霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一八章 蠑螈(いもり)の精(せい)〔二〇四五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第81巻 天祥地瑞 申の巻 篇:第4篇 猛獣思想 よみ(新仮名遣い):もうじゅうしそう
章:第18章 蠑螈の精 よみ(新仮名遣い):いもりのせい 通し章番号:2045
口述日:1934(昭和9)年08月15日(旧07月6日) 口述場所:水明閣 筆録者:白石恵子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1934(昭和9)年12月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
チンリウ姫になりすましたセンリウは、母のアララギとともに並ぶもの無き権勢を木田山城に奮っていた。
あるときセンリウは、木田山城内の森林を逍遥しつつ咲き乱れる花を愛でていた。すると、後ろから突然容姿端麗な美男子が現れ、自分はエームス王子の従兄弟・セームスであると名乗った。
この美男子セームスを一目見たセンリウはすっかり心を奪われてしまった。セームスがセンリウを誘惑すると、センリウは気のある心をほのめかす歌を返した。すると不思議にも、セームスの姿は煙のように消えてしまった。
あくる日、センリウは提言して城内の菖蒲池に舟を浮かべ、半日の清遊を試みた。舟にはエームス王子、センリウ、アララギのほかは二人の侍女が乗っているのみであった。
一同が歌を歌いつつ日を過ごしていると、突然池の水が煮えくり返り、水柱がいくつも立ち昇った。舟は転倒し、エームス王子は水中に落ちたままついに姿を現すことはなかった。
先日、センリウの前に姿を現したセームスという美男子は、実はこの池の主の巨大な蠑螈の精であった。蠑螈の精はエームスを亡き者にして、センリウの夫となって城を乗っ取ろうとしていたのである。
この騒ぎの中、一同はエームス王子が水死したことに気づかず、蠑螈の精セームスはまんまとエームス王子になりすましてしまった。
センリウはこの事件以来、エームス王子の様子が何とはなしにおかしなことに気づき、そのことを問い詰めた。蠑螈の精は、自分は先日会った従兄弟のセームスであり、エームスを亡き者にして王子になりすましたのは自分の計略だと明かした。そして、センリウがチンリウ姫になりすましていることに気づいているが、お互いに偽者として夫婦となり、国を乗っ取ろうとセンリウに持ちかけた。
センリウはエームスに同意し、二人は木田山城奥深くに身を置いて、快楽にふけることとなった。国政は日に日に乱れ、ついには収集できないほどに混乱が深まって行くことになる。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:3722 OBC :rm8118
愛善世界社版: 八幡書店版:第14輯 527頁 修補版: 校定版:387頁 普及版: 初版: ページ備考:
001 主人(しゆじん)のチンリウ姫(ひめ)を計略(けいりやく)を以(もつ)て退(しりぞ)け、002自(みづか)らチンリウ姫(ひめ)と名告(なの)りてエームス王(わう)の妃(きさき)となり、003母(はは)のアララギと共(とも)に権勢(けんせい)並(なら)ぶものなく、004数多(あまた)の群臣(ぐんしん)の上(うへ)に君臨(くんりん)して、005意気(いき)揚々(やうやう)たりしチンリウ姫(ひめ)は、006木田山(きたやま)城内(じやうない)の森林(しんりん)を徒然(つれづれ)のまま、007彼方(あなた)此方(こなた)に咲(さ)き匂(にほ)ふ花(はな)を賞(ほ)めつつ逍遥(せうえう)して居(ゐ)る。
008『前(さき)や後(あと)右(みぎ)も左(ひだり)も芳(かんば)しき
009花(はな)に包(つつ)まれ吾(われ)は遊(あそ)ぶも
010回天(くわいてん)の望(のぞ)みを遂(と)げて吾(われ)は今(いま)
011木田山(きたやま)城(じやう)の花(はな)と匂(にほ)ふも
012百千花(ももちばな)咲(さ)けど匂(にほ)へど如何(いか)にして
013わが花(はな)の香(か)に及(およ)ぶべきかは
014燕子花(かきつばた)花(はな)の紫(むらさき)水(みづ)の面(も)に
015写(うつ)るを見(み)れば夏(なつ)さりにけり
016木田山(きたやま)の城(しろ)は広(ひろ)けし山水(さんすゐ)の
017景色(けしき)あつめて清(きよ)き真秀良場(まほらば)
018此(こ)の城(しろ)の花(はな)と世人(よびと)に讃(たた)へられ
019吾(われ)は楽(たの)しく世(よ)に生(い)くるかも
020天地(あめつち)は残(のこ)らず吾手(わがて)に入(い)りしかと
021思(おも)へば楽(たの)しき吾(わが)身(み)なるかも
022エールスの王(きみ)はイドムの国(くに)にあり
023われ若王(わかぎみ)の妃(きさき)となりぬ
024何(なに)ものの制縛(せいばく)もなく此(こ)の城(しろ)に
025時(とき)じくかをると思(おも)へば楽(たの)し
026国津(くにつ)神(かみ)のあらむ限(かぎ)りを統(す)べ治(をさ)め
027王(きみ)に仕(つか)へて御代(みよ)を照(て)らさむ
028わが母(はは)は賢(さか)しくませばチンリウ姫(ひめ)を
029わが身(み)となして退(やら)ひましけり
030心地(ここち)よやチンリウ姫(ひめ)は魔(ま)の島(しま)に
031漂(ただよ)ひながら亡(ほろ)び失(う)せけむ
032かくならば世(よ)に恐(おそ)るべきものはなし
033エームス王(わう)を力(ちから)とたのめば
034エームス王(わう)われに恋(こ)ふるを幸(さいは)ひに
035如何(いか)なる事(こと)も遂(と)げざるはなし
036朝風(あさかぜ)にゆらるる百合(ゆり)の花(はな)見(み)れば
037清(すが)しきわれの姿(すがた)なるかな
038赤(あか)に白(しろ)に匂(にほ)へる花(はな)も世(よ)の人(ひと)は
039あふひの花(はな)と称(たた)へ来(き)にけり
040チンリウ姫(ひめ)の贋(にせ)にはあれど吾(われ)もまた
041あふひに匂(にほ)ふ花(はな)にあらずや
042雪(ゆき)といふ字(じ)も黒々(くろぐろ)と墨(すみ)で書(か)く
043例(ためし)ある世(よ)ぞ何(なに)を恐(おそ)れむ
044贋物(にせもの)と看破(みやぶ)りたりし朝月(あさづき)は
045王(きみ)の威勢(ゐせい)に退(やら)はれにけり
046朝月(あさづき)は千(せん)里(り)の海(うみ)の島ケ根(しまがね)に
047流(なが)され生命(いのち)亡(う)せにけむかも
048妨(さまた)ぐる何(なに)ものもなき吾(われ)なれば
049心(こころ)のままに世(よ)にふれまはむ
050水(みづ)濁(にご)る木田山(きたやま)城(じやう)の司(つかさ)等(ら)は
051吾(わが)言霊(ことたま)に苦(く)もなくまつろふ
052吾(わが)威勢(ゐせい)日(ひ)に日(ひ)に高(たか)まりゆく見(み)れば
053智慧(ちゑ)の力(ちから)の現(あら)はれなるべし
054イドム城(じやう)に長(なが)く仕(つか)へしわが王(きみ)の
055行方(ゆくへ)はいづく最早(もはや)影(かげ)なし
056わが王(きみ)の滅(ほろ)びによりて今(いま)ここに
057木田山(きたやま)城(じやう)の花(はな)と匂(にほ)ふも
058よき事(こと)に曲事(まがこと)いつき曲事(まがこと)に
059よき事(こと)いつくは吾(われ)の身(み)にしる
060かくならば世(よ)に恐(おそ)るべきものはなし
061エームス王(わう)を操(あやつ)りゆきなば』
062 斯(か)く歌(うた)ひながら、063人(ひと)もなげに逍遥(せうえう)して居(ゐ)る。064後(うしろ)の方(はう)より容姿(ようし)端麗(たんれい)なる美男子(びだんし)、065すつくと現(あら)はれ、
066『姫(ひめ)様(さま)のみあと慕(した)ひて来(きた)りけり
067エームス王(わう)の吾(われ)は従弟(いとこ)よ
068御姿(みすがた)の気高(けだか)さ美々(びび)しさに見惚(みと)れつつ
069心(こころ)の駒(こま)に引(ひ)かれ来(こ)しはや
070汝(な)が姿(すがた)ふと見初(みそ)めてゆ朝夕(あさゆふ)を
071うつつともなく過(す)ぎにけらしな
072傍(かたはら)に人影(ひとかげ)なければわが思(おも)ひ
073君(きみ)の御前(みまへ)に匂(にほ)はせ奉(まつ)らむ』
074 此(こ)の声(こゑ)に贋(にせ)のチンリウ姫(ひめ)は驚(おどろ)き振(ふ)り返(かへ)れば、075エームス王(わう)に幾倍(いくばい)とも知(し)れぬ美男子(びだんし)、076チンリウ姫(ひめ)は恋(こひ)の悪魔(あくま)にとらはれ、077恍惚(くわうこつ)として男(をとこ)の側(そば)に進(すす)み寄(よ)り、078右手(みぎて)をしつかと握(にぎ)りながら、079頬(ほほ)を赤(あか)らめて歌(うた)ふ。
080『思(おも)ひきやかく麗(うる)はしき艶人(あでびと)の
081此(こ)の国原(くにはら)におはしますとは
082エームスの王(きみ)に仕(つか)へし吾(われ)なれば
083汝(なれ)に答(こた)ふる言(こと)の葉(は)もなし
084さりながら汝(なれ)が愛(いと)しき心根(こころね)を
085われ忝(かたじけ)なみて胸(むね)にしるさむ
086かかる世(よ)に此(こ)のうるはしき大丈夫(ますらを)の
087いますとは夢(ゆめ)にも知(し)らざりにけり
088ままならば君(きみ)と千歳(ちとせ)を契(ちぎ)りつつ
089木田山(きたやま)城(じやう)に住(す)みたく思(おも)ふ』
090 美男(びなん)は歌(うた)ふ。
091『吾(われ)こそはエームス王(わう)の従弟(いとこ)にて
092セームスといふ軽(かる)きものなり
093御心(みこころ)に叶(かな)ひ奉(まつ)らば今日(けふ)よりは
094人目(ひとめ)を忍(しの)びて千代(ちよ)を語(かた)らむ
095われは今(いま)エームス王(わう)の目(め)を忍(しの)び
096姫(ひめ)を恋(こ)ひつつ此処(ここ)に来(きた)りし
097名(な)も位(くら)も生命(いのち)も吾(われ)は惜(を)しからじ
098君(きみ)と会(あ)ふ夜(よ)のありと思(おも)へば』
099 チンリウ姫(ひめ)は歌(うた)ふ。
100『懐(なつ)かしの君(きみ)に会(あ)ひてゆわが胸(むね)は
101高鳴(たかな)り止(や)まず面(おも)ほてりけり
102明日(あす)さればこの森林(しんりん)に君(きみ)と吾(われ)と
103千代(ちよ)の契(ちぎ)りを語(かた)らはむかも』
104 セームスは歌(うた)ふ。
105『ありがたき情(なさけ)の言葉(ことば)聞(き)くにつけ
106心(こころ)の駒(こま)の雄猛(をたけ)びやまずも』
107 斯(か)く歌(うた)ひつつ、108何処(いづこ)へか煙(けむり)の如(ごと)く消(き)え失(う)せにける。
109 チンリウ姫(ひめ)は茫然(ばうぜん)として佇(たたず)みながら歌(うた)ふ。
110『いぶかしき事(こと)の限(かぎ)りよ麗(うるは)しき
111恋(こひ)のセームス煙(けむり)と消(き)えたり
112エームスの王(きみ)にいやまし麗(うるは)しき
113セームスこそはわが生命(いのち)かも』
114 斯(か)く歌(うた)ひながら、115しづしづと殿内(でんない)に帰(かへ)り来(きた)る。
116 アララギは玄関(げんくわん)に迎(むか)へながら、
117『汝(なれ)は今(いま)いづらにありし供人(ともびと)も
118つれずひとり身(み)危(あや)ふからずや
119汝(な)が姿(すがた)見(み)えぬに吾(われ)は驚(おどろ)きて
120千々(ちぢ)に心(こころ)を砕(くだ)きたりしよ
121明日(あす)よりは御供(みとも)をつれて出(い)でませよ
122一人(ひとり)歩(あゆ)みは危(あや)ふかるらむ』
123 チンリウ姫(ひめ)は歌(うた)ふ。
124『百花(ももばな)の清(きよ)きかをりに誘(さそ)はれて
125知(し)らず知(し)らずに一人(ひとり)遊(あそ)びぬ
126水(みづ)をもてめぐれる木田山(きたやま)城内(じやうない)に
127恐(おそ)るべきもの如何(いか)であるべき
128此(こ)の城(しろ)は吾(われ)等(ら)が心(こころ)のままなれば
129心(こころ)安(やす)んじ遊(あそ)ぶともよし』
130 斯(か)く歌(うた)へる折(をり)しも、131エームス王(わう)は姫(ひめ)の姿(すがた)なきに稍(やや)待(ま)ちかまへ気味(ぎみ)なりしが、132その場(ば)に現(あら)はれ来(きた)りて、
133『汝(なれ)は今(いま)帰(かへ)り来(きた)るか吾(わが)心(こころ)
134いたくさやぎてありけるものを
135明日(あす)よりは侍女(じぢよ)を伴(ともな)ひ遊(あそ)ぶべし
136一人(ひとり)歩(あゆ)みは吾意(わがい)に叶(かな)はじ』
137 チンリウ姫(ひめ)は微笑(ほほゑ)みながら歌(うた)ふ。
138『吾(わが)王(きみ)の幸(さち)を祈(いの)ると裏庭(うらには)に
139佇(たたず)み神言(かみごと)白(まを)し居(ゐ)たりき』
140 斯(か)くて其(そ)の日(ひ)は黄昏(たそがれ)の闇(やみ)に包(つつ)まれ、141夫婦(ふうふ)睦(むつ)まじく寝(しん)に就(つ)きけるが、142その翌日(あくるひ)はチンリウ姫(ひめ)の提言(ていげん)として、143城内(じやうない)の菖蒲池(あやめいけ)に舟(ふね)を浮(うか)べ、144半日(はんにち)の清遊(せいいう)を試(こころ)むる事(こと)となりぬ。
145 菖蒲池(あやめいけ)に舟遊(ふなあそ)びの準備(じゆんび)は整(ととの)ふた。146然(しか)しながら舟(ふね)と言(い)つても大木(たいぼく)の幹(みき)を石鑿(いしのみ)を以(もつ)てゑぐりたるものなりければ、147余(あま)り多(おほ)くの人(ひと)の乗(の)るべき余地(よち)なく、148エームス王(わう)はじめ、149チンリウ姫(ひめ)、150アララギ其(そ)の他(た)二人(ふたり)の侍女(じぢよ)のみなりける。
151 王(わう)は菖蒲池(あやめいけ)の汀(みぎは)に匂(にほ)へる紫(むらさき)の花(はな)を打(う)ち見(み)やりつつ愉快(ゆくわい)げに歌(うた)ふ。
152『菖蒲(あやめ)咲(さ)く此(こ)の池水(いけみづ)に棹(さを)さして
153ものいふ花(はな)と遊(あそ)ぶ楽(たの)しさ
154水底(みなそこ)にうつろふ花(はな)の紫(むらさき)を
155見(み)つつ床(ゆか)しき舟遊(ふなあそ)びかな
156八千尋(やちひろ)の深(ふか)き池底(ちてい)にひそむなる
157真鯉(まごひ)、緋鯉(ひごひ)も驚(おどろ)きにけむ
158此(こ)の池(いけ)に初(はじ)めて舟(ふね)を浮(うか)べつつ
159遊(あそ)ぶは昔(むかし)ゆ例(ためし)なきかな
160此(こ)の池(いけ)に魔神(まがみ)の棲(す)むと昔(むかし)より
161伝(つた)へ来(きた)れど今日(けふ)の安(やす)けさ
162アララギの雄々(をを)しき女(をみな)と諸共(もろとも)に
163遊(あそ)ぶ御舟(みふね)は楽(たの)しかりけり』
164 アララギは歌(うた)ふ。
165『吾(わが)王(きみ)の言葉(ことば)の巧(たく)みさあきれたり
166アララギならでチンリウならずや
167年(とし)老(お)いし此(こ)のアララギは花(はな)の香(か)も
168はや失(う)せぬればかをらひもなし』
169 エームス王(わう)は歌(うた)ふ。
170『春(はる)匂(にほ)ふ花(はな)もよけれどまた秋(あき)の
171花(はな)のかをりも捨(す)て難(がた)く思(おも)ふ
172五月雨(さみだれ)の空(そら)晴(は)れにつつ燕子花(かきつばた)
173菖蒲(あやめ)匂(にほ)へる清(すが)しき今日(けふ)なり
174チンリウの姫(ひめ)の装(よそほ)ひ清(きよ)ければ
175菖蒲(あやめ)もかきつも恥(はぢ)らひ顔(がほ)なる』
176 チンリウ姫(ひめ)は歌(うた)ふ。
177『わが王(きみ)の言葉(ことば)嬉(うれ)しやたのもしや
178われは生命(いのち)を捧(ささ)げて仕(つか)へむ
179わが王(きみ)の手活(ていけ)の花(はな)と匂(にほ)ひつつ
180木田山(きたやま)城(じやう)の要(かなめ)と仕(つか)へむ』
181 斯(か)く歌(うた)ふ折(をり)しも、182不思議(ふしぎ)や池水(いけみづ)は俄(にはか)に煮(に)えくり返(かへ)り、183水柱(みづばしら)各所(かくしよ)に立(た)ち狂乱(きやうらん)怒濤(どたう)のために独木舟(まるきぶね)は忽(たちま)ち顛覆(てんぷく)し、184エームス王(わう)は真逆(まつさか)様(さま)に水中(すいちう)に落(お)ちたるまま遂(つひ)に姿(すがた)を現(あら)はさざりける。
185 茲(ここ)に生命(いのち)からがら、186アララギ、187チンリウ其(そ)の他(た)の侍女(じぢよ)は汀辺(みぎはべ)に這(は)い上(あが)り、188玉(たま)の生命(いのち)をつなぎける。
189 先(さき)の日(ひ)チンリウ姫(ひめ)の前(まへ)に現(あら)はれし、190セームスといふ美男(びなん)は此(こ)の池(いけ)の主(ぬし)にして、191巨大(きよだい)なる蠑螈(いもり)の精(せい)なりけるが、192俄(にはか)に池水(いけみづ)を躍(をど)らせて舟(ふね)を顛覆(てんぷく)せしめ、193王(わう)の生命(いのち)を奪(うば)ひとり、194チンリウ姫(ひめ)の夫(をつと)となりて此(こ)の城(しろ)にはばらむとする計略(たくみ)なりける。
195 これより不思議(ふしぎ)やアララギ及(およ)び二人(ふたり)の侍女(じぢよ)は、196生命(いのち)は助(たす)かりたれども、197眼(まなこ)眩(くら)み喉(のど)塞(ふさ)がりて何一(なにひと)つ見(み)る事(こと)を得(え)ず、198また語(かた)らふ事(こと)も得(え)ずなりにける。199それ故(ゆゑ)王(わう)の水中(すいちう)に陥(おちい)りて溺死(できし)したる事(こと)も知(し)らずに居(ゐ)たりしなり。
200 茲(ここ)に蠑螈(いもり)の精(せい)は、201エームス王(わう)となりて奥殿(おくでん)に端然(たんぜん)と控(ひか)へ、202チンリウ姫(ひめ)を側(そば)近(ちか)く侍(はべ)らせ不義(ふぎ)の快楽(けらく)に耽(ふけ)りつつ国政(こくせい)日(ひ)に月(つき)に乱(みだ)れゆくこそ浅(あさ)ましかりける。
203 チンリウ姫(ひめ)は、204どこともなくエームス王(わう)に似(に)たれども、205稍(やや)様子(やうす)の異(こと)なれるに不審(ふしん)の眉(まゆ)をひそめながら歌(うた)ふ。
206『エームスの王(きみ)は池中(ちちう)に陥(おちい)りて
207生命(いのち)死(し)せしと思(おも)ひたりしを
208エームスの王(きみ)と思(おも)へどどこやらに
209わが腑(ふ)に落(お)ちぬ節(ふし)のあるかも
210先(さき)の日(ひ)に吾(われ)と語(かた)りし艶人(あでびと)に
211若(も)しあらずやと疑(うたが)はれぬる』
212 蠑螈(いもり)の精(せい)は歌(うた)ふ。
213『愚(おろか)なりチンリウ姫(ひめ)よ吾(われ)こそは
214先(さき)の日(ひ)会(あ)ひしセームスなるぞや
215幸(さいは)ひにエームス王(わう)は滅(ほろ)びたり
216いざやこれより汝(なれ)と住(す)みなむ
217歎(なげ)くとも逝(ゆ)きたる人(ひと)は帰(かへ)らまじ
218吾(われ)にいそひて暮(くら)させ給(たま)へ』
219 チンリウ姫(ひめ)は歌(うた)ふ。
220『思(おも)ひきや汝(なれ)はセームス優男(やさをとこ)
221わがたましひを蘇(よみがへ)らせり
222われもまたエームス王(わう)にあき居(ゐ)たり
223汝(なれ)が姿(すがた)を見初(みそ)めてしより
224汝(なれ)こそは常世(とこよ)の夫(つま)よ恋(こひ)の夫(つま)よ
225生命(いのち)捧(ささ)げて吾(われ)は仕(つか)へむ』
226 蠑螈(いもり)の精(せい)は歌(うた)ふ。
227『汝(なれ)とても誠(まこと)のチンリウ姫(ひめ)ならず
228センリウ姫(ひめ)の贋玉(にせだま)なりけむ
229吾(われ)もまた誠(まこと)のエームス王(わう)ならず
230従弟(いとこ)のセームス優男(やさをとこ)なり
231贋物(にせもの)と贋物(にせもの)二人(ふたり)が此(こ)の城(しろ)に
232二世(にせ)を契(ちぎ)るも面白(おもしろ)からずや
233アララギは眼(まなこ)失(うしな)ひ唖(おし)となり
234わがたくらみを悟(さと)らであるらし
235今日(けふ)よりは汝(なれ)に免(めん)じてアララギの
236病(やまひ)は癒(いや)し永久(とは)に救(すく)はむ』
237 チンリウ姫(ひめ)は歌(うた)ふ。
238『吾(わが)母(はは)を救(すく)ひ給(たま)ふかありがたし
239さすがは吾(わが)背(せ)の君(きみ)なりにけり
240よき事(こと)のいやつぎつぎに重(かさ)なりて
241恋(こひ)しき汝(なれ)にいそひ居(ゐ)るかも
242どこまでもエームス王(わう)となりすまし
243木田山(きたやま)城(じやう)に臨(のぞ)ませ給(たま)へよ』
244 蠑螈(いもり)の精(せい)は歌(うた)ふ。
245『汝(な)が言葉(ことば)宜(うべ)なり吾(われ)はどこまでも
246エームス王(わう)となりて臨(のぞ)まむ
247面白(おもしろ)き吾世(わがよ)なるかも木田山(きたやま)の
248城(しろ)の主(あるじ)となれる思(おも)へば』
249 斯(か)くして贋(にせ)のチンリウ姫(ひめ)と、250蠑螈(いもり)の精(せい)の化身(けしん)なる贋(にせ)のエームス王(わう)は、251木田山(きたやま)城内(じやうない)奥深(おくふか)く住(す)み込(こ)みて、252国政(こくせい)は日(ひ)に月(つき)に乱(みだ)れ衰(おとろ)へ、253遂(つひ)には収拾(しうしふ)すべからざるに至(いた)りたるこそ是非(ぜひ)なけれ。
254(昭和九・八・一五 旧七・六 於水明閣 白石恵子謹録)
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