霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第九章 怪光(くわいくわう)〔一一七八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第44巻 舎身活躍 未の巻 篇:第2篇 月明清楓 よみ(新仮名遣い):げつめいせいふう
章:第9章 怪光 よみ(新仮名遣い):かいこう 通し章番号:1178
口述日:1922(大正11)年12月08日(旧10月20日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年8月18日
概要: 舞台:山口の森 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
晴公は、自分の言霊に神力が現れず万公に罵倒されたことを気に病み、治国別の言霊解説歌の真意を早く悟って見返してやろうと一睡もせずに両手を組んで考え込んでいた。
あたりはシンとして声もなく、物寂しさが刻々に身に迫ってきた。しばらくすると、はるかかなたに光明が輝きだしたのが見えた。晴公は自分の言霊がようやく効果を表したと得意になっていたが、光が近づいてくると、それは頭にろうそくを立てて金槌、五寸釘を持った鬼女であった。
鬼女は人に見られたことを覚ると、治国別一行に襲い掛かろうとした。治国別は寝たまま霊縛をかけると、鬼女は剣を振り上げたまま固まってしまった。
治国別は震えおののいている晴公をからかっている。松彦は、女は鬼ではなく、お百度参りをしている娘であることを見抜いて、身の上話を聞いた。聞けば、バラモン教のランチ将軍に両親が捕えられ、殺されたと聞いたため、その恨みを晴らすために丑の刻参りをしていたのだという。
女は、元はアーメニヤの生まれであったが、アーメニヤがバラモン軍に襲われた混乱のときに兄と生き別れになり、年老いた両親とライオン川のほとりで暮らしていたところ、三五教の黄金姫に諭されて改宗したと身の上話を語った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-01-21 15:53:00 文字数:4736 OBC :rm4409
愛善世界社版:118頁 八幡書店版:第8輯 180頁 修補版: 校定版:123頁 普及版:51頁 初版: ページ備考:
001 治国別(はるくにわけ)外(ほか)五(ご)人(にん)は祠(ほこら)の跡(あと)に蓑(みの)を敷(し)き端坐(たんざ)し、002天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し神言(かみごと)を唱(とな)へ、003漸(やうや)く寝(しん)に就(つ)きぬ。004晴公(はるこう)は万公(まんこう)に力(ちから)一杯(いつぱい)罵倒(ばたう)され且(か)つ言霊(ことたま)の神力(しんりき)の現(あら)はれざりしに胸(むね)を痛(いた)め、005五(ご)人(にん)の鼾(いびき)を聞(き)き乍(なが)ら首(くび)を左右(さいう)に振(ふ)り治国別(はるくにわけ)の言霊(ことたま)の解説歌(かいせつか)を思(おも)ひ出(だ)し、006万公(まんこう)よりも早(はや)く真意(しんい)を諒解(りやうかい)しアツと言(い)はせて呉(く)れむものと一睡(いつすゐ)もせず双手(もろて)を組(く)み瞑目(めいもく)正座(せいざ)し考(かんが)へ込(こ)ンでゐる。007夜(よ)はおひおひと更(ふ)け渡(わた)り冬(ふゆ)の初(はじ)めの木枯(こがらし)は森(もり)の老樹(らうじゆ)の枝(えだ)を揺(ゆす)り、008分(ぶ)の厚(あつ)い枯葉(かれは)はパラパラと雨(あめ)の如(ごと)くに落(お)ちて来(く)る。009四辺(あたり)はシンとして声(こゑ)なく物淋(ものさび)しさは刻々(こくこく)に身(み)に迫(せま)り来(き)たる。010何(なん)とはなく身体(しんたい)震(ふる)ひ出(だ)し恐怖(きようふ)の念(ねん)は刻々(こくこく)に吾(わが)身(み)を襲(おそ)ふ。011暫(しばら)くありて、012一道(いちだう)の光明(くわうみやう)遥(はるか)の彼方(かなた)より輝(かがや)き来(き)たる。013晴公(はるこう)は稍(やや)得意(とくい)となつて独語(ひとりごと)、
014晴公『何(なん)とまア有難(ありがた)いものだナア。015先生(せんせい)始(はじ)め四(よ)人(にん)の連中(れんちう)は何(なん)にも知(し)らず、016白河(しらかは)夜船(よぶね)を漕(こ)いでゐる間(ま)に此(この)晴公(はるこう)は言霊(ことたま)の理解(りかい)について研究(けんきう)した結果(けつくわ)、017此(この)暗黒(あんこく)の闇(やみ)に光明(くわうみやう)がさし出(だ)した。018一(ひと)つ万公(まんこう)に見(み)せてやり度(た)いものだな。019何(なん)だか淋(さび)しくなつたと思(おも)へば、020こンな光明(くわうみやう)が現(あら)はれる前提(ぜんてい)だつたのか。021さうするとウラル教(けう)も万更(まんざら)捨(す)てたものぢやないワ。022暗(やみ)の後(あと)には月(つき)が出(で)ると云(い)ふが本当(ほんたう)に俺(おれ)の言霊(ことたま)は不思議(ふしぎ)だ。023下(した)の方(はう)から月光(げつくわう)がさして来(く)る。024光(ひかり)と云(い)ふものは空(そら)から来(く)るものとばかり今(いま)の奴(やつ)は信(しん)じて居(ゐ)るが俺(おれ)の言霊(ことたま)は偉(えら)いものだワイ。025地(ち)の中(なか)から月光(げつくわう)が輝(かがや)くのだから豪気(がうき)なものだ。026先生(せんせい)だつてこれ丈(だけ)の神力(しんりき)は滅多(めつた)にお出(だ)しなさつた事(こと)はあるまい。027一(ひと)つ揺(ゆす)り起(おこ)して御覧(ごらん)に入(い)れようかな。028追々(おひおひ)と近(ちか)くなつて来(く)る。029やア瑞(みづ)の魂(みたま)と見(み)えて三(み)つの玉(たま)が光(ひか)つて来(く)るぞ。030ヒヨツとしたら三光(さんくわう)の神(かみ)がおいでになつたのかな。031一(ひと)つ万公(まんこう)を揺(ゆす)り起(おこ)して見(み)せてやりたいものだナア』
032と得意(とくい)になつてゐる。033治国別(はるくにわけ)は熟睡(じゆくすゐ)を装(よそほ)ひ晴公(はるこう)の独語(ひとりごと)を聞(き)き、034可笑(をか)しさに堪(た)へず笑(わら)ひを抑(おさ)へ、035体中(からだぢう)を揺(ゆす)つて目(め)から涙(なみだ)を出(だ)し気張(きば)つてゐる。036晴公(はるこう)は得意気(とくいげ)に、
037晴公『やア近付(ちかづ)いた近付(ちかづ)いた』
038と目(め)を円(まる)うして見(み)つめてゐると頭(かしら)に三本(さんぼん)の蝋燭(らふそく)を立(た)て胸(むね)に鏡(かがみ)をつり、039其(その)上(うへ)に鋏(はさみ)を二(ふた)つばかり釣(つ)つてゐる。040さうして口(くち)は耳(みみ)迄(まで)引(ひ)き裂(さ)け顔(かほ)は真蒼(まつさを)に右(みぎ)の手(て)には金槌(かなづち)、041左(ひだり)の手(て)には五寸釘(ごすんくぎ)、042白(しろ)い布(ぬの)を三間(さんげん)ばかり垂(た)らした異様(いやう)の怪物(くわいぶつ)、043歩(ある)く拍子(ひやうし)に鋏(はさみ)と鏡(かがみ)と当(あた)り合(あ)うて、044チヤンチヤンと音(おと)を立(た)て蝋燭(らふそく)の火(ひ)は鏡面(きやうめん)に映(えい)じ晴公(はるこう)の面(おもて)を照(てら)した。045晴公(はるこう)は忽(たちま)ち真蒼(まつさを)になり唇(くちびる)を慄(ふる)はせ、
046晴公『セヽヽヽ先々々(せんせんせん)……先生(せんせい)』
047と云(い)ひ乍(なが)ら体(からだ)をすくめて目(め)を塞(ふさ)ぐ。048怪物(くわいぶつ)は六(ろく)人(にん)の姿(すがた)を見(み)て、049厭(いや)らしき細(ほそ)い声(こゑ)を絞(しぼ)り、
050怪物『やア、051残念(ざんねん)至極(しごく)、052口惜(くちをし)やな、053今日(けふ)は三七(さんしち)日(にち)の満願(まんぐわん)の日(ひ)、054人(ひと)に見(み)つけられては願望(ぐわんまう)成就(じやうじゆ)せぬと聞(き)く。055もうかうなる上(うへ)は死物狂(しにものぐる)ひだ』
056と云(い)ひ乍(なが)ら懐剣(くわいけん)をスラリと引(ひ)きぬき、057先(ま)づ晴公(はるこう)に向(むか)つて飛(と)びかからむとするにぞ、058晴公(はるこう)はキヤツと一声(ひとこゑ)、059其(その)場(ば)に打倒(うちたふ)れた。060治国別(はるくにわけ)は寝(ね)たまま「ウン」と一声(ひとこゑ)鎮魂(ちんこん)をかけた。061怪物(くわいぶつ)は土中(どちう)から生(は)えた樹木(じゆもく)の如(ごと)く懐剣(くわいけん)をふり上(あ)げたまま硬(かた)まつて了(しま)つた。062晴公(はるこう)の叫(さけ)び声(ごゑ)に万公(まんこう)、063五三公(いそこう)、064松彦(まつひこ)、065竜公(たつこう)は目(め)を覚(さ)まし形相(ぎやうさう)凄(すさま)じき怪物(くわいぶつ)の姿(すがた)を見(み)て又(また)もやキヤツと声(こゑ)を上(あ)げ慄(ふる)ひ戦(をのの)いて居(ゐ)る。066怪物(くわいぶつ)は目(め)をきよろつかし口(くち)をもがもがさせ、067舌(した)をペロペロ出(だ)し乍(なが)ら依然(いぜん)として懐剣(くわいけん)をふり上(あ)げたまま睨(にら)みゐる。
068万公『セヽヽヽ先生(せんせい)、069タヽヽヽ大変(たいへん)です。070起(お)きて下(くだ)さいな。071晴公(はるこう)がしようもない言霊(ことたま)を上(あ)げるものですから地獄(ぢごく)から万公(まんこう)を迎(むか)へに来(き)ました。072ドヽヽヽ何卒(どうぞ)追(お)ひやつて下(くだ)さい。073あの……言霊(ことたま)で………』
074 治国別(はるくにわけ)は少(すこ)しも騒(さわ)がず、
075治国別『ハヽヽヽヽまア修行(しうぎやう)のためだ。076一(ひと)つあの鬼娘(おにむすめ)さまと抱擁(はうよう)接吻(キツス)でもやつて来(き)たらどうだい。077何程(なにほど)怖(こは)い顔(かほ)だと云(い)つてもヤツパリ女(をんな)だからな』
078万公『メヽヽヽ滅相(めつさう)な、079何程(なにほど)女(をんな)早魃(ひでり)の世(よ)の中(なか)でも、080アタ恐(こは)い、081アタ厭(いや)らしい、082誰(たれ)があンな奴(やつ)にキヽヽヽキツスするバヽヽヽ馬鹿(ばか)がありますか、083万公(まんこ)とに恐(こは)い化者(ばけもの)だ』
084治国別『ハヽヽヽヽおい晴公(はるこう)さま、085お前(まへ)の言霊(ことたま)は大(たい)したものだナ。086到頭(たうとう)鬼娘(おにむすめ)を生(う)んで了(しま)つたぢやないか。087言葉(ことば)は神(かみ)也(なり)。088神(かみ)即(すなは)ち言葉(ことば)也(なり)。089言葉(ことば)は神(かみ)と共(とも)にあり。090万物(ばんぶつ)之(これ)によつて造(つく)らる。091実(じつ)に大成功(だいせいこう)だ。092然(しか)しお前(まへ)のは言葉(ことば)は鬼娘(おにむすめ)也(なり)、093鬼娘(おにむすめ)即(すなは)ち言葉(ことば)也(なり)。094言葉(ことば)は鬼娘(おにむすめ)と共(とも)にあり。095怪物(くわいぶつ)これに依(よ)つて造(つく)らる、096と云(い)ふのだから天下(てんか)一品(いつぴん)だよ。097おい何(なに)を慄(ふる)つてゐるのだ。098お前(まへ)が生(う)ンだ鬼娘(おにむすめ)だから、099さアさアお前(まへ)が形(かた)づけるのだよ』
100晴公『南無(なむ)幽霊(いうれい)鬼女(きぢよ)大菩薩(だいぼさつ)頓生(とんしやう)菩提(ぼだい)、101消滅(せうめつ)し給(たま)へ、102晴公(はるこう)の言霊(ことたま)に逃(に)げ出(だ)し玉(たま)へ、103隠(かく)れさせ給(たま)へ、104かなはぬからたまちはへませだ。105あゝア、106先生(せんせい)もう駄目(だめ)ですわ。107そンなにイチヤつかさずに早(はや)く、108あのオヽヽヽ鬼娘(おにむすめ)を退却(たいきやく)さして下(くだ)さいな』
109治国別『俺(わし)は年(とし)が寄(よ)つて言霊(ことたま)を一度(いちど)奏上(そうじやう)すると熱湯(ねつたう)の様(やう)な汗(あせ)が出(で)るから最前(さいぜん)の言霊(ことたま)で最早(もはや)原料(げんれう)欠乏(けつぼう)だ。110お前(まへ)は百遍(ひやつぺん)、111千遍(せんべん)、112言霊(ことたま)を発射(はつしや)しても体(からだ)が弱(よわ)らない、113汗(あせ)一(ひと)つかかないと云(い)つたぢやないか。114声量(せいりやう)タツプリ余裕(よゆう)綽々(しやくしやく)たる晴公(はるこう)に頼(たの)まねば、115最早(もはや)治国別(はるくにわけ)は言霊(ことたま)の停電(ていでん)だよ』
116晴公『あゝア、117困(こま)つた事(こと)だな。118言霊(ことたま)の貧乏(びんばふ)な先生(せんせい)について歩(ある)いて居(ゐ)ると、119こンな時(とき)には仕方(しかた)がないわい。120オイ、121こら松彦(まつひこ)、122竜公(たつこう)、123チツと起(お)きぬかい。124千騎(せんき)一騎(いつき)の場合(ばあひ)だ。125何(なに)をグウスウ八兵衛(はちべゑ)と寝(ね)て居(ゐ)るのだ。126味方(みかた)の勇士(ゆうし)一団(いちだん)となつて只今(ただいま)現(あら)はれた強敵(きやうてき)に向(むか)ひ言霊(ことたま)を発射(はつしや)しようぢやないか』
127竜公『俺(おれ)やまだ三五教(あななひけう)へ入信(はい)つてから二日(ふつか)にもならぬのだから言霊(ことたま)の持合(もちあは)せがないわい。128兄貴(あにき)、129お前(まへ)がしやうもない事(こと)を云(い)つて、130あンな鬼(おに)を呼(よ)び出(だ)したのだから、131お前(まへ)がすつ込(こ)めて呉(く)れねばどうも仕方(しかた)がないぢやないか。132こンな事(こと)を先生(せんせい)に御(ご)苦労(くらう)をかけると云(い)ふ事(こと)があるものか、133あゝ厭(いや)らしい。134首筋(くびすぢ)がゾクゾクして来(き)た。135竜公(たつこう)さまの髪(かみ)の毛(け)は針(はり)の様(やう)に立(た)つて来出(きだ)したワ』
136と云(い)ひ乍(なが)ら頭(あたま)を抱(かか)へ俯向(うつむ)いて了(しま)つて居(ゐ)る。
137晴公『あゝア、138何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も、139言(い)はいでもいい言霊(ことたま)は自然(しぜん)に発射(はつしや)し乍(なが)ら肝腎(かんじん)の時(とき)になつて言(い)はねばならぬ言霊(ことたま)を発射(はつしや)する奴(やつ)は、140先生(せんせい)を始(はじ)め一人(ひとり)も半分(はんぶん)でもありやせぬわ。141えー晴公(はるこう)さまも、142もう仕方(しかた)がない。143これ、144鬼娘(おにむすめ)、145どうなつと貴様(きさま)の勝手(かつて)にしたがよいわ』
146と捨鉢(すてばち)になり無性(むしやう)矢鱈(やたら)に喋(しやべ)り立(た)てる。147松彦(まつひこ)はムツクと立(た)ち上(あが)りツカツカと鬼娘(おにむすめ)の前(まへ)に進(すす)み寄(よ)り、148念入(ねんい)りに頭(あたま)の上(うへ)から足(あし)の下(した)迄(まで)覗(のぞ)き込(こ)み、
149松彦『ハヽア、150頭(あたま)に三徳(さんとく)を冠(かむ)り蝋燭(らふそく)を三本(さんぼん)立(た)てて居(ゐ)るな。151何(なん)だ、152顔(かほ)に青(あを)いものや赤(あか)いものを塗(ぬ)り、153口(くち)を大(おほ)きく見(み)せて役者(やくしや)の様(やう)な奴(やつ)だ。154何(なん)だい、155光(ひか)つたものをブラブラとつりよつて、156長(なが)い尾(を)を引(ひ)き摺(ず)り、157金毛(きんまう)九尾(きうび)の狐(きつね)と枉鬼(まがおに)と八岐(やまた)大蛇(をろち)と、158つきまぜた様(やう)な凄(すさま)じき形相(ぎやうさう)をやつてゐるな。159何(なん)だい、160懐剣(くわいけん)を振(ふ)り上(あ)げたまま金仏(かなぶつ)の様(やう)にカンカンになつてゐよる。161要(えう)するに俺(おれ)等(たち)の勇士(ゆうし)の面影(おもかげ)を拝(はい)しビツクリして立往生(たちわうじやう)をしよつたのか。162エー弱(よわ)い鬼(おに)だな。163此奴(こいつ)アよく人(ひと)の云(い)ふ丑(うし)の時(とき)詣(まゐ)りかも知(し)れぬぞ。164おい娘(むすめ)、165お前(まへ)は女(をんな)の身(み)として此(この)厭(いや)らしい人里(ひとざと)離(はな)れた魔(ま)の森(もり)へやつて来(く)るのは、166何(なに)か深(ふか)い仔細(しさい)があるだらう。167もう斯(か)うなる以上(いじやう)は有態(ありてい)に白状(はくじやう)して了(しま)へ。168俺(おれ)の力(ちから)で叶(かな)ふ事(こと)なら何(なん)でも聞(き)いてやる』
169 女(をんな)は強直(きやうちよく)したまま首(くび)から上(うへ)は自由(じいう)になるを幸(さいは)ひ、170両眼(りやうがん)より涙(なみだ)をハラハラと流(なが)し、
171女(楓)『ザヽヽヽ残念(ざんねん)で厶(ござ)ります。172私(わたし)の両親(りやうしん)はバラモン教(けう)のランチ将軍(しやうぐん)と云(い)ふ悪人(あくにん)に捕(とら)へられ今(いま)は浮木(うきき)ケ原(はら)の陣営(ぢんえい)で嬲(なぶ)り殺(ころし)にあつたと云(い)ふことで厶(ござ)ります。173それ故(ゆゑ)三(さん)週間(しうかん)以前(いぜん)からこの魔(ま)の森(もり)へ丑(うし)の時(とき)詣(まゐ)りをして親(おや)の敵(かたき)を討(う)たむと思(おも)ひ森(もり)の大杉(おほすぎ)に呪(のろ)ひ釘(くぎ)を打(う)ち、174ランチ将軍(しやうぐん)の滅亡(めつぼう)を祈(いの)つてゐるもので厶(ござ)ります。175どうやら貴方(あなた)は三五教(あななひけう)のお方(かた)と見(み)えますが何卒(どうぞ)お助(たす)け下(くだ)さいませ』
176とワツと泣(な)き叫(さけ)ぶ。177治国別(はるくにわけ)は「ウン」と一声(ひとこゑ)霊縛(れいばく)を解(と)いた。178女(をんな)は忽(たちま)ち身体(しんたい)自由(じいう)となり、179治国別(はるくにわけ)の方(はう)に向(むか)つて合掌(がつしやう)し感謝(かんしや)の意(い)を表(へう)したり。
180治国別『やア何処(どこ)のお女中(ぢよちう)か知(し)らぬが様子(やうす)を聞(き)けば実(じつ)に気(き)の毒(どく)な話(はなし)だ。181まアここへ来(き)て坐(すわ)りなさい。182トツクリと話(はなし)を聞(き)かして貰(もら)はう。183都合(つがふ)によつたらお前(まへ)の力(ちから)になつてやろまいものでもないから』
184と親切(しんせつ)相(さう)に云(い)ふ。185万公(まんこう)は、
186万公『アヽもしもし先生(せんせい)、187ナヽヽヽ何(なん)と云(い)ふ事(こと)を仰有(おつしや)います。188あンな鬼娘(おにむすめ)が側(そば)へやつて来(き)て堪(たま)りますか。189早(はや)く追(お)ひ散(ち)らして下(くだ)さいな』
190治国別『アハヽヽヽ何(なん)と強(つよ)い男(をとこ)ばつかり寄(よ)つたものだな。191まるで幽霊(いうれい)の様(やう)な代物(しろもの)ばつかりだワイ』
192万公『おい、193晴公(はるこう)、194五三公(いそこう)、195竜公(たつこう)、196貴様(きさま)もチツと確(しつか)りして、197何(なん)とか彼奴(あいつ)を追(お)ひ捲(まく)つて呉(く)れ、198万公(まんこう)の一生(いつしやう)のお願(ねがひ)だ』
199晴公『何(なに)、200こンな時(とき)には先生(せんせい)に任(まか)しておけばよいのだ。201先生(せんせい)がよい様(やう)にして下(くだ)さるわ。202なア五三公(いそこう)、203竜公(たつこう)、204さうぢやないか』
205五三公『何(なん)と云(い)つても、206先生(せんせい)は先生(せんせい)だ。207松彦(まつひこ)さまもヤツパリ御(ご)兄弟(きやうだい)だけあつて肝(きも)が太(ふと)いわい、208五三公(いそこう)さまも感心(かんしん)仕(つかまつ)つたよ』
209竜公『何(なん)と女(をんな)と云(い)ふものは恐(おそ)ろしいものだのう、210俺(おれ)やもう之(これ)を見(み)ると一生(いつしやう)女房(にようばう)持(も)たうとは思(おも)はぬわ。211睾玉(きんたま)も何(なに)も何処(どこ)か洋行(やうかう)して了(しま)つたワ。212もう立上(たちあが)る勇気(ゆうき)もなし、213腰(こし)は変(へん)になる、214最早(もはや)人力(じんりよく)の如何(いかん)ともする所(ところ)でない。215あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)、216御霊(みたま)幸(さち)はひましませよ。217朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも、218月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも、219竜公(たつこう)さまに取(と)つてこンな恐(おそ)ろしい事(こと)が又(また)と三千(さんぜん)世界(せかい)にあるものか。220おゝゝゝ恐(おそ)ろしい……もゝゝゝ森(もり)だな』
221松彦『これ、222娘(むすめ)さま、223そンな顔(かほ)して居(を)つては皆(みな)の連中(れんちう)が肝(きも)を潰(つぶ)して困(こま)るから一(ひと)つ顔(かほ)を洗(あら)ひ髪(かみ)を撫(な)で上(あ)げ、224もとの人間(にんげん)に還元(くわんげん)して、225それから詳(くは)しい物語(ものがたり)をこの松彦(まつひこ)に聴(き)かしたらどうだい。226此(この)側(わき)に清水(しみづ)が湧(わ)いてゐる。227さアここで一(ひと)つ蝋燭(らふそく)の火(ひ)があるのを幸(さいは)ひ顔(かほ)を洗(あら)ひ身繕(みつくろ)ひを改(あらた)めなさい』
228女(楓)『ハイ、229有難(ありがた)う厶(ござ)ります。230えらい失礼(しつれい)を致(いた)しました』
231と云(い)ひ乍(なが)ら、232女(をんな)は傍(かたはら)の水溜(みづたま)りで念入(ねんい)りに彩(ゑど)つた顔(かほ)をスツカリ洗(あら)ひ落(おと)し、233胸(むね)にかけた鏡(かがみ)や鋏(はさみ)を其(その)場(ば)に棄(す)て、234髪(かみ)を撫(な)で上(あ)げ白衣(びやくい)を脱(ぬ)ぎ棄(す)てた。235見(み)れば十七八(じふしちはつ)才(さい)と覚(おぼ)しき妙齢(めうれい)の美人(びじん)である。
236松彦『やア、237見(み)かけによらぬ立派(りつぱ)なナイスだ。238おい竜公(たつこう)、239松彦(まつひこ)がきいて居(を)れば、240貴様(きさま)は今(いま)一生(いつしやう)女房(にようばう)を持(も)たぬと云(い)つたが、241これなら随分(ずゐぶん)気(き)に入(い)るだらう、242アハヽヽヽ』
243竜公『女(をんな)は化物(ばけもの)と云(い)ふ事(こと)は聞(き)いて居(ゐ)たが本当(ほんたう)に恐(おそ)ろしいものだな。244いやもうどンなナイスでも竜公(たつこう)さまは女(をんな)と来(き)ちや一生(いつしやう)御免(ごめん)だ。245一(ひと)つ違(ちが)へばあれだからなア。246俺(おれ)やもう一目(ひとめ)見(み)るなり百(ひやく)年(ねん)程(ほど)寿命(じゆみやう)を縮(ちぢ)めて了(しま)つたよ』
247松彦『アハヽヽヽ気(き)の弱(よわ)い男(をとこ)だな』
248と松彦(まつひこ)は吹(ふ)き出(だ)し笑(わら)ふ。
249 女(をんな)はチヤンと身繕(みつくろ)ひをし乍(なが)ら治国別(はるくにわけ)の側(そば)へ恐(おそ)る恐(おそ)る進(すす)み寄(よ)り、250土下坐(どげざ)し乍(なが)ら優(やさ)しき声(こゑ)にて、
251女(楓)『三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)様(さま)、252誠(まこと)にお寝(やす)み中(ちう)を驚(おどろ)かせまして申訳(まをしわけ)が厶(ござ)りませぬ。253私(わたし)はライオン河(がは)の辺(ほとり)に住(す)む首陀(しゆだ)の娘(むすめ)で厶(ござ)ります。254私(わたし)の両親(りやうしん)はライオン川(がは)に釣魚(つり)をする時(とき)、255ランチ将軍(しやうぐん)の部下(ぶか)がやつて来(き)まして「其(その)方(はう)は三五教(あななひけう)の間諜者(まわしもの)だらう」と云(い)つて高手(たかて)小手(こて)に縛(いま)しめ陣屋(ぢんや)へ連(つ)れ帰(かへ)り嬲殺(なぶりごろし)にしたと云(い)ふ事(こと)で厶(ござ)ります。256もとはアーメニヤの生(うま)れで厶(ござ)りますが大騒動(おほさうどう)以来(いらい)、257兄(あに)の行衛(ゆくゑ)は分(わか)らなくなり、258年(とし)老(お)いたる両親(りやうしん)と私(わたし)は、259そこら中(ぢう)を乞食(こじき)巡礼(じゆんれい)となつて経巡(へめぐ)り、260漸(やうや)くライオン川(がは)の片辺(かたほとり)に小(ちひ)さき庵(いほり)を結(むす)び親子(おやこ)三(さん)人(にん)山(やま)に入(い)つて果実(このみ)を採(と)り其(その)日(ひ)を送(おく)つてゐました処(ところ)、261黄金姫(わうごんひめ)様(さま)とか云(い)ふ立派(りつぱ)なお方(かた)がお通(とほ)りになり、262一寸(ちよつと)休(やす)ンで下(くだ)さいまして「お前(まへ)はこンな川(かは)べりに一軒家(いつけんや)を建(た)てて何(なに)をして居(を)るか」と仰有(おつしや)いましたので私(わたし)の両親(りやうしん)はいろいろと来歴(らいれき)を申上(まをしあ)げた処(ところ)、263その黄金姫(わうごんひめ)様(さま)が仰有(おつしや)るには「お前(まへ)はこれから三五教(あななひけう)の神(かみ)様(さま)を信仰(しんかう)せよ。264さうすれば世(よ)の中(なか)に何(なに)も恐(おそ)るべきものはない」と仰有(おつしや)つて下(くだ)さいました。265それ故(ゆゑ)朝晩(あさばん)三五教(あななひけう)の祝詞(のりと)を覚(おぼ)えて祈念(きねん)を致(いた)して居(を)りました。266さうするとランチ将軍(しやうぐん)の手下(てした)の者(もの)がドカドカと五六(ごろく)人(にん)飛(と)び込(こ)み来(きた)り「其(その)方(はう)は今(いま)三五教(あななひけう)の祝詞(のりと)を唱(とな)へて居(を)つた怪(け)しからぬ奴(やつ)だ。267大方(おほかた)敵(てき)の間諜(まわしもの)だらう」と云(い)つて両親(りやうしん)を捕(とら)へ帰(かへ)つて了(しま)ひました。268私(わたし)は幸(さいは)ひ廁(かはや)に這入(はい)つて居(を)りましたので命(いのち)だけは助(たす)かりました。269それからテームス峠(たうげ)をソツと渡(わた)り斎苑(いそ)の館(やかた)へ参拝(さんぱい)せむと来(き)て見(み)れば、270河鹿(かじか)峠(たうげ)の中(なか)程(ほど)にバラモン教(けう)の軍勢(ぐんぜい)が張(は)つて居(ゐ)ると云(い)ふ事(こと)なので峠(たうげ)を越(こ)ゆる訳(わけ)にも行(ゆ)かず此(この)森(もり)の片隅(かたすみ)に洞穴(ほらあな)のあるのを幸(さいは)ひ、271そこに身(み)を忍(しの)び夜中(よなか)丑満(うしみつ)の刻(こく)を考(かんが)へ、272どうぞして両親(りやうしん)の敵(かたき)を討(う)ち恋(こひ)しい一人(ひとり)の兄(あに)に会(あ)はして下(くだ)さいと、273今日(けふ)で二十一(にじふいち)日(にち)の間(あひだ)お詣(まゐ)りを致(いた)しました。274実(じつ)に不仕合(ふしあは)せな女(をんな)で厶(ござ)ります。275何卒(どうぞ)お憐(あは)れみ下(くだ)さいませ』
276とワツとばかりに大地(だいち)に身(み)を投(な)げ棄(す)てて泣(な)き叫(さけ)ぶ其(その)いぢらしさ。277治国別(はるくにわけ)を初(はじ)め一同(いちどう)は、278娘(むすめ)の物語(ものがたり)を聞(き)いて悲嘆(ひたん)の涙(なみだ)にくれゐたりける。
279(大正一一・一二・八 旧一〇・二〇 北村隆光録)
280(昭和九・一二・二七 王仁校正)
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