霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一六章 怯風(けふふう)〔一一八五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第44巻 舎身活躍 未の巻 篇:第3篇 珍聞万怪 よみ(新仮名遣い):ちんぶんばんかい
章:第16章 怯風 よみ(新仮名遣い):きょうふう 通し章番号:1185
口述日:1922(大正11)年12月09日(旧10月21日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年8月18日
概要: 舞台:野中の森 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
万公はうら寂しく、寝付かれずに一行の寝息をうかがいながら夜明けを待っている。このさびしい森でぐっすり寝ている連れの三人の肝の太さに感心し、我が身を省みて、言霊を打ち出してみることにした。
そうするうちに、五三公は幽霊の夢に驚いて目を覚ました。五三公は不安そうに治国別はちゃんとここに寝ているだろうかと万公に尋ねた。五三公と万公は寝られずに話を続けている。
すると少し離れたところで何かひそひそと人声が聞こえてきた。万公と五三公は口をつぐんで耳を傾けた。これはバラモン教の斥候、アク、タク、テクであった。三人は昨晩、鬼娘におどかされた後に、三五教の宣伝歌で追い散らされて恐ろしい目にあったとびくついている。
万公と五三公は、鬼の夫婦の真似をして三人を驚かせた。アク、テク、タクは腰が抜けてその場から動けなくなってしまった。そこへ月の光が照らして、一同の顔は互いに明らかになった。
万公と五三公は竜公と起こそうとしたが、どうしたわけか治国別と竜公の姿が見えない(治国別と竜公はこっそり浮木の森へ向かった。第47巻第1章を見よ)。代わりに起きてきたのは松彦であった。二人は松彦に、腰が抜けて動けなくなっているバラモン軍の三人を見せた。
松彦はアク、テク、タクの三人を安堵させて、一緒に話をするようにと打ち解けた。万公と五三公も三人を受け入れることとし、五三公はこの場のなごやかな空気に思わず愉快気に笑い出した。
この笑い声はあたりの陰鬱を破り、一同はにわかに陽気となって敵味方声をそろえて高笑いをした。今まで我が物顔にこずえを飛び交っていた猿どもは一度に声を潜めてしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-02-15 18:07:01 文字数:5366 OBC :rm4416
愛善世界社版:212頁 八幡書店版:第8輯 213頁 修補版: 校定版:222頁 普及版:91頁 初版: ページ備考:
001冷(つめ)たき初冬(しよとう)の凩(こがらし)に
002吹(ふ)かれて降(ふ)り来(く)る村時雨(むらしぐれ)
003治国別(はるくにわけ)の一行(いつかう)は
004珍彦(うづひこ)親子(おやこ)を河鹿山(かじかやま)
005登(のぼ)り口(ぐち)まで送(おく)りつけ
006万公(まんこう)五三公(いそこう)竜公(たつこう)や
007松彦(まつひこ)引(ひき)つれ大野原(おほのはら)
008時雨(しぐれ)を冒(をか)して進(すす)み行(ゆ)く
009歩(あゆ)みも早(はや)き山口(やまぐち)の
010森(もり)をば右手(めて)に眺(なが)めつつ
011草野(くさの)を分(わ)けてやうやうに
012野中(のなか)の森(もり)に到着(たうちやく)し
013怪(あや)しき声(こゑ)に木(き)の茂(しげ)み
014身(み)を忍(しの)びつつ窺(うかが)へば
015鬼(おに)をもひしぐ荒男(あらをとこ)
016一人(ひとり)のか弱(よわ)き女(をんな)をば
017捉(とら)へて無体(むたい)の打擲(ちやうちやく)を
018なし居(を)れるこそ歎(うた)てけれ
019治国別(はるくにわけ)は木蔭(こかげ)より
020此(この)惨状(さんじやう)を一瞥(いちべつ)し
021其(その)成行(なりゆき)に任(まか)す内(うち)
022女(をんな)は忽(たちま)ち白煙(はくえん)と
023なつて消(き)えしと思(おも)ふ間(ま)に
024思(おも)ひもよらぬ白狐(しろぎつね)
025のそりのそりと這(は)ひ出(いだ)し
026野中(のなか)を指(さ)して逃(に)げて行(ゆ)く
027七八(しちはち)人(にん)の荒男(あらをとこ)
028互(たがひ)に棍棒(こんぼう)ふりかざし
029眼(まなこ)くらみて同士打(どうしうち)
030挑(いど)み戦(たたか)ふ可笑(をか)しさに
031万公(まんこう)さまは吹(ふ)きいだす
032治国別(はるくにわけ)も松彦(まつひこ)も
033五三公(いそこう)竜公(たつこう)もこらえかね
034思(おも)はず知(し)らず吹(ふ)き出(だ)せば
035男(をとこ)は驚(おどろ)き雲(くも)霞(かすみ)
036森(もり)の奥(おく)へと一散(いつさん)に
037命(いのち)からがら逃(に)げて行(ゆ)く
038治国別(はるくにわけ)の一行(いつかう)は
039月日(つきひ)の白狐(びやくこ)の出現(しゆつげん)に
040驚異(きやうい)の眼(まなこ)を見(み)はりつつ
041白狐(びやつこ)の後(あと)を伏拝(ふしをが)み
042森(もり)の広場(ひろば)に蓑(みの)を布(し)き
043天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し
044生言霊(いくことたま)を唱(とな)へつつ
045一夜(いちや)を茲(ここ)に明(あ)かさむと
046肱(ひぢ)を枕(まくら)に横(よこ)たはる
047冷(つめ)たき風(かぜ)は容赦(ようしや)なく
048森(もり)の梢(こずゑ)を揺(ゆる)がして
049ザワザワザワと鳴(な)り立(た)てる
050彼方(あなた)此方(こなた)にキヤツ キヤツと
051聞(きこ)ゆる声(こゑ)は山猿(やまざる)か
052但(ただし)は魔神(まがみ)の襲来(しふらい)か
053只事(ただごと)ならじと万公(まんこう)は
054一人(ひとり)胸(むね)をば躍(をど)らせて
055眠(ねむ)りもえせずパチパチと
056目(め)を繁叩(しばたた)き座(すわ)りゐる。
057 万公(まんこう)は何(なん)となく、058心(うら)淋(さび)しく、059思(おも)ふ様(やう)に寝(ね)つかれねば、060横(よこ)になつて見(み)たり、061坐(すわ)つて見(み)たり、062一行(いつかう)の寝息(ねいき)を窺(うかが)つたりなどして、063夜(よ)の明(あ)けるのを一時(いつとき)も早(はや)かれと待(ま)つてゐる。
064万公『先生(せんせい)と言(い)ひ、065松彦(まつひこ)さまと云(い)ひ、066肝玉(きもだま)の太(ふと)い方(かた)計(ばか)り、067斯(か)う他愛(たあい)もなく寝(ね)て了(しま)はれては淋(さび)しい事(こと)だわい、068俺(おり)や又(また)何(ど)うして寝(ね)られぬのか知(し)らぬがなア、069昨夜(さくや)のやうに又(また)もや楓(かへで)の化者(ばけもの)がやつて来(き)よつたなら、070おらモウ、071仮令(たとへ)真人間(まにんげん)であらうと辛棒(しんぼう)が出来(でき)ないワ。072七八分(しちはちぶ)迄(まで)肝玉(きもだま)をどつかへやつて了(しま)つたのだから、073強(つよ)相(さう)に言(い)うてるものの、074実際(じつさい)はビクビクものだ、075誰(たれ)か起(お)きて下(くだ)さらぬかいなア。076折角(せつかく)の安眠(あんみん)を揺(ゆす)り起(おこ)してお目玉(めだま)頂戴(ちやうだい)してはたまらないし、077何(なん)だか首筋元(くびすぢもと)がゾクゾクして来(き)だした。078誰(たれ)か物(もの)云(い)ふ奴(やつ)が一人(ひとり)あると、079互(たがひ)に語(かた)り合(あ)うて此(この)淋(さび)しさを紛(まぎ)らすのだけれど鼾(いびき)計(ばか)りでは根(ね)つから有難(ありがた)くないわい。080五三公(いそこう)の奴(やつ)、081怪体(けたい)な鼾(いびき)を出(だ)しよつて、082何(なん)だ。083がらがらがらがらといふ鼾(いびき)がどこにあるかい。084グツグツグツグツと鼻(はな)を鳴(な)らしてゐるのは、085コリヤ竜公(たつこう)だろ、086丸(まる)でお粥(かゆ)をたいた様(やう)な声(こゑ)を出(だ)しよる。087エヽ、088こンな声(こゑ)を聞(き)くと益々(ますます)淋(さび)しうなつて来(き)た。089一(ひと)つ鼻(はな)でも摘(つ)まンで起(おこ)してやろかな、090怒(おこ)つたら罪(つみ)のない喧嘩(けんくわ)を始(はじ)める迄(まで)の事(こと)だ。091何(なん)とかして紛(まぎ)らさなくちや、092仕方(しかた)がないワ。093オウさうださうだ、094言霊(ことたま)を忘(わす)れて居(を)つた。095夜前(やぜん)の先生(せんせい)に聞(き)いた言霊(ことたま)を一(ひと)つ打出(うちだ)して見(み)よう。096さうすれば、097陰鬱(いんうつ)な空気(くうき)がどつかへ退散(たいさん)し、098俺(おれ)の気分(きぶん)もさえるだろ。099エーエ、100副守(ふくしゆ)の奴(やつ)、101早(はや)から泣(な)き声(ごゑ)を出(だ)しよる。102おりやそンな弱(よわ)い男(をとこ)だないが、103怪体(けたい)の悪(わる)い、104弱(よわ)つたらしい守護神(しゆごじん)がくつついてると見(み)えるわい』
105 五三公(いそこう)は昨夜(さくや)の夢(ゆめ)を見(み)たと見(み)え、106いやらしい声(こゑ)を出(だ)して、
107五三公『キヤア、108幽霊(いうれい)だア、109鬼娘(おにむすめ)だア、110オイ万公(まんこう)、111ウニヤ ウニヤ ウニヤ』
112万公『アヽア、113又(また)ビツクリさしよつたナ、114此奴(こいつ)ア一(ひと)つ揺(ゆす)り起(おこ)してやろ、115襲(おそ)はれてけつかるのだろ。116オイオイ五三公(いそこう)、117起(お)きたり起(お)きたり、118万公(まんこう)さまだぞ、119大変(たいへん)魘(うな)されてるぢやないか』
120五三公『あ……、121恐(おそ)ろしことだつた。122よう起(おこ)してくれた。123万公(まんこう)、124お前(まへ)又(また)無事(ぶじ)で居(を)つたのか。125マアそれで安心(あんしん)だ』
126万公『無事(ぶじ)で居(を)つたかて、127……妙(めう)な事(こと)を云(い)ふぢやないか、128俺(おれ)の夢(ゆめ)でも見(み)たのかい』
129五三公『ウーン、130見(み)た見(み)た、131貴様(きさま)はなア、132昨夜(さくや)会(あ)うた楓(かへで)さまの変装(へんさう)以上(いじやう)の……厭(いや)らしい怪物(くわいぶつ)が現(あら)はれて、133赤黒(あかぐろ)い痩(やせ)た手(て)を出(だ)して、134貴様(きさま)の素(そ)つ首(くび)をグツと握(にぎ)り、135山奥(やまおく)へひつ攫(さら)へて行(い)つた夢(ゆめ)を見(み)たのだ。136其(その)時(とき)にキヤアキヤアとお前(まへ)の泣(な)く声(こゑ)が何(なん)とも知(し)れぬ厭(いや)らしかつたよ。137まだ誰(たれ)かキヤアキヤア言(い)つてるぢやないか』
138 万公(まんこう)は身慄(みぶる)ひし乍(なが)ら、
139万公『貴様(きさま)は身魂(みたま)が曇(くも)つて居(ゐ)るから、140そンなケヽ怪体(けたい)な、141悪夢(あくむ)に魘(おそ)はれるのだ。142キヤツ キヤツ云(い)うてるのは猿(さる)の声(こゑ)だよ。143オイちとしつかりせぬかい。144エヽー、145万公(まんこう)だつて気味(きみ)が悪(わる)て、146たまらぬぢやないか。147せうもない夢(ゆめ)を聞(き)かされて……』
148 五三公(いそこう)は不安(ふあん)さうに、
149五三公『先生(せんせい)は此処(ここ)に居(を)られるかなア』
150万公『居(ゐ)られえでかい。151現(げん)に此(この)通(とほ)り鼾(いびき)がしてるぢやないか。152余(あま)り暗(くら)くつてお姿(すがた)はハツキリせぬが、153大抵(たいてい)鼾(いびき)で分(わか)つてるわ』
154五三公『さうだらうかなア。155俺(おれ)の夢(ゆめ)には、156貴様(きさま)が化物(ばけもの)に引掴(ひつつか)まれ、157キヤアキヤア言(い)つて逃(に)げた時(とき)、158治国別(はるくにわけ)の先生(せんせい)と松彦(まつひこ)さまとが、159後(あと)追(お)つかけて行(い)つて了(しま)はれた夢(ゆめ)を見(み)たのだ』
160万公『そら夢(ゆめ)だ。161現(げん)に此処(ここ)に鼾(いびき)をかいて居(を)られるのだからマア安心(あんしん)せい。162時(とき)に竜公(たつこう)を一(ひと)つ揺(ゆす)り起(おこ)してくれぬか、163貴様(きさま)と二人(ふたり)で面白(おもしろ)うない話(はなし)をしてゐると、164だんだん体(からだ)が縮(ちぢ)まるやうになつて来(く)るワ、165何(なん)とマア陰気(いんき)な夜(よ)さぢやな』
166五三公『それ程(ほど)淋(さび)しければ、167俺(おれ)に喰(くら)ひついて居(を)れ。168言(い)うても五三公(いそこう)さまは肝(きも)つ玉(たま)が太(ふと)いからなア』
169万公『さうだらう、170夢(ゆめ)見(み)てもビツクリするやうな男(をとこ)だからな、171ヘン』
172 二三間(にさんげん)傍(かたはら)に何(なに)かヒソヒソと人声(ひとごゑ)が聞(きこ)えて来(く)る。173万公(まんこう)、174五三公(いそこう)は俄(にはか)に口(くち)をつめ、175抱(だき)ついた儘(まま)、176耳(みみ)を傾(かたむ)け出(だ)した。
177アク『オイ、178テク、179昨夜(さくや)は随分(ずゐぶん)驚(おどろ)いたねえ、180今晩(こんばん)もこンな所(ところ)で休(やす)むのはいいが、181又(また)ホツホヽなンて仰有(おつしや)ると、182モウ此(この)上(うへ)はアクさまも居(ゐ)たたまらないから、183小声(こごゑ)で大自在天(だいじざいてん)様(さま)を拝(をが)まうぢやないか』
184テク『コリヤ、185アク、186貴様(きさま)も悪人(あくにん)に似合(にあ)はぬ気(き)の弱(よわ)い奴(やつ)だなア。187人(ひと)に相談(さうだん)しなくつても、188自分(じぶん)の口(くち)で神(かみ)様(さま)に願(ねが)つたら何(ど)うだい』
189アク『俺(おれ)だつて余(あま)りビツクリしたので、190神(かみ)さままでが怖(こは)うなつて、191連(つれ)がなくては拝(をが)めぬぢやないか。192どうだ、193三(さん)人(にん)声(こゑ)を揃(そろ)へて御(ご)祈願(きぐわん)せうぢやないか。194又(また)ホツホヽヽがやつて来(き)さうだぞ。195どうも陰欝(いんうつ)になつて来(き)た。196僅(わづ)か二十(にじふ)里(り)の道(みち)を猫(ねこ)の様(やう)に、197草原(くさはら)計(ばか)りやつて来(き)たのだから、198枯芒(かれすすき)で手(て)も足(あし)も顔(かほ)も疵(きず)だらけだ。199何(なん)だかピリピリと体中(からだぢう)が痛(いた)くて仕方(しかた)がないワ』
200テク『さうだから、201当(あた)り前(まへ)の道(みち)を俺(おれ)の名(な)のやうにテクらうといふのに、202貴様(きさま)が臆病風(おくびやうかぜ)に誘(さそ)はれて、203道(みち)もない所(ところ)を四這(よつばひ)になつて歩(ある)きよるものだから……自業(じごふ)自得(じとく)だよ』
204アク『それだと云(い)つて、205うつかり立(た)つて歩(ある)かうものなら、206俺(おれ)達(たち)の体(からだ)が見(み)えるぢやないか。207もしも三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)にでも見(み)つけられてみよ。208それこそ大変(たいへん)だ。209アクさまの提案(ていあん)を遵奉(じゆんぽう)したお蔭(かげ)に依(よ)つて、210やうやう、211此処(ここ)まで安着(あんちやく)したではないか。212オイ、213タク、214何(なん)だ、215糞落着(くそおちつ)きに落(おち)つきよつて、216チと何(なに)か話(はなし)でもせぬかい、217淋(さび)しうて仕方(しかた)がないワ』
218タク『おりやモウ腰(こし)が痛(い)タクて、219話(はなし)どころかい。220気息(きそく)奄々(えんえん)だ。221随分(ずゐぶん)四足(よつあし)の真似(まね)も苦(くる)しいものだなア』
222アク『貴様(きさま)はコンパスが長(なが)くて、223手(て)の方(はう)が比較(ひかく)的(てき)短(みじか)いから、224四足(よつあし)になるのもえらかろ、225ソリヤ尤(もつと)もだ。226併(しか)し足(あし)の長(なが)いのは手(て)の長(なが)いのよりもマシだ。227手(て)が長(なが)いと交番所(かうばんしよ)の前(まへ)が通(とほ)れぬからのオ』
228テク『何(なん)だか知(し)らぬが、229俄(にはか)に此(この)森(もり)へテクリ込(こ)んでから淋(さび)しくなつたぢやないか。230そこらあたりに死屍(しし)累々(るゐるゐ)と横(よこ)たはつてるやうな怪体(けたい)な気分(きぶん)がするぢやないか』
231タク『ヒヨツとしたら、232ここは墓場(はかば)ぢやあるまいかな。233鼾(いびき)が聞(きこ)えるやうだ、234幽霊(いうれい)がタク山(さん)に寝(ね)てけつかるのだなからうかな』
235テク『馬鹿(ばか)言(い)へ。236幽霊(いうれい)が鼾(いびき)をかくかい。237大方(おほかた)狸(たぬき)が寝(ね)てゐるのだらう。238確(たしか)に野中(のなか)の森(もり)だ、239墓場(はかば)の気遣(きづか)ひないワ、240マア安心(あんしん)せい、241テクが保証(ほしよう)するよ』
242タク『何(なん)だかお粥(かゆ)でもタク否(い)ナ、243炊(た)いてるやうな音(おと)がするぞ』
244アク『オイ、245そんな怪体(けたい)な話(はなし)はやめて、246トツクリと寝(ね)やうぢやないか。247寝(ね)さへすれば怖(こは)い事(こと)も何(なん)にも忘(わす)れて了(しま)ふからな。248疑心(ぎしん)暗鬼(あんき)を生(しやう)ずとか云(い)つて、249此(この)暗(やみ)の晩(ばん)にそンな事(こと)計(ばか)り云(い)うてると、250又(また)それ、251アク魔(ま)がホツホヽヽぢや』
252 万公(まんこう)、253五三公(いそこう)は二三間(にさんげん)側(そば)で、254三(さん)人(にん)の話(はなし)を聞(き)き終(をは)り、255万公(まんこう)は声低(こゑび)くに、
256万公『オイ五三公(いそこう)、257此奴(こやつ)ア バラモン教(けう)の臆病者(おくびやうもの)だで。258昨夜(さくや)晴公(はるこう)や楓(かへで)さまに脂(あぶら)をとられた奴(やつ)と見(み)えるワイ。259オイ一(ひと)つ俺(おれ)が晴公(はるこう)になるから、260五三公(いそこう)お前(まへ)楓(かへで)になつたらどうだ、261お前(まへ)の声(こゑ)は女(をんな)に似(に)てゐるからなア』
262五三公『ウン、263そら面白(おもしろ)い。264そンなら俺(おれ)から一(ひと)つ戦闘(せんとう)を開始(かいし)しようかな。265貴様(きさま)と俺(おれ)とは余程(よほど)臆病者(おくびやうもの)だと思(おも)つてゐたら、266モウ一段(いちだん)と臆病者(おくびやうもの)が現(あら)はれよつた。267上(うへ)には上(うへ)のあるものだのオ』
268と小声(こごゑ)に囁(ささや)いてゐる。269三(さん)人(にん)はそンな事(こと)とは知(し)らず、270暗(くら)がりに手(て)を繋(つな)ぎ合(あは)せ、271慄(ふる)ひ慄(ふる)ひ小声(こごゑ)で囁(ささや)いてゐる。
272アク『オイどうも形勢(けいせい)不穏(ふをん)だぞ。273キヤツキヤツと吐(ぬか)す猿(さる)の声(こゑ)が、274何(なん)とはなしにアク魔(ま)否(い)ナ幽(いう)さまの声(こゑ)のやうに聞(きこ)えて来(く)るぢやないか。275こンな時(とき)には腹帯(はらおび)をしつかり締(しめ)て居(を)らぬと、276ヒユードロドロドロとやられちや、277おたまり小坊子(こぼうし)がないからなア』
278 五三公(いそこう)は暗(くら)がり乍(なが)らも、279両手(りやうて)を前(まへ)にニユツと伸(の)ばし、280手首(てくび)をペロツと下(さ)げ、281少(すこ)し立膝(たてひざ)をして、282蟷螂(かまきり)の様(やう)に体(からだ)を前(まへ)へつき出(だ)し、
283五三公『ヒユードロドロドロドロ、284ホツホヽヽ』
285アク『ソーレ アク、286幽(いう)だ、287逃(に)げろ逃(に)げろ』
288テク『逃(に)げろと云(い)つたつて、289テクろと云(い)つたつて駄目(だめ)だよ、290又(また)脱(ぬ)けた』
291タク『あゝあ、292俺(おれ)もぬけた。293アク、294俺(おれ)達(たち)二人(ふたり)をかたげてのいてくれ、295タヽタクが頼(たの)む』
296アク『俺(おれ)もチヨボチヨボだ、297アクものは口(くち)斗(ばか)りだ』
298五三公『ホツホヽヽ、299アツハヽヽ』
300アク『ヤア昨夜(さくや)の化州(ばけしう)だ、301執念深(しふねんぶか)い、302どこ迄(まで)もついて来(き)よるのだな。303オイ、304タク、305テク、306かう幽霊(いうれい)に魅入(みい)られては仕方(しかた)がない、307アク胴(どう)を据(す)ゑようぢやないか』
308 斯(か)く話(はな)す内(うち)十九(じふく)日(にち)の夜(よる)の月(つき)は東天(とうてん)をこがして一層(いつそう)鮮(あざや)かな光(ひかり)を地上(ちじやう)に投(な)げた。309丁度(ちやうど)此処(ここ)は木(き)の疎(まばら)な所(ところ)で、310東(ひがし)がすいてゐるので、311一同(いちどう)の顔(かほ)はパツと明(あきら)かになつた。
312万公『アハヽヽヽ、313これで天地(てんち)開明(かいめい)の気分(きぶん)になつて来(き)た、314ヤツパリ月(つき)の大神(おほかみ)様(さま)のお蔭(かげ)は有難(ありがた)いものだな。315肚(はら)の底(そこ)まで光(ひか)つたやうな気(き)がする。316モウ大丈夫(だいぢやうぶ)だ。317オイ竜(たつ)、318起(お)きぬかい、319万公(まんこう)さまだよ』
320「ウン」と云(い)つて起(お)きて来(き)たのは松彦(まつひこ)である。
321松彦『ヤア良(よ)い月(つき)だな。322治国別(はるくにわけ)様(さま)竜公(たつこう)の姿(すがた)が見(み)えぬぢやないか、323何処(どこ)へ行(ゆ)かれたのだろ』[※治国別と竜公はこっそり浮木の森へ向かった。第47巻第1章を見よ]
324万公『ヤア、325マンマンマンマン大変(たいへん)だ。326知(し)らぬ間(ま)に何者(なにもの)か先生(せんせい)を拐(かど)はかしよつたなア』
327五三公『ナアニ芋(いも)でもイソイソ埋(い)けに行(ゆ)かれたのだよ。328何(なに)俺(おれ)達(たち)を捨(す)てて勝手(かつて)に往(ゆ)くなンて、329そンな不親切(ふしんせつ)な事(こと)をなさるものかい。330なア松彦(まつひこ)さま』
331松彦『ソリヤ何(なん)とも分(わか)らぬなア。332何程(なんぼ)兄弟(きやうだい)だつて、333心(こころ)の中(なか)迄(まで)分(わか)らぬからなア、334松彦(まつひこ)には』
335五三公『ヘーン、336もしもそンな事(こと)だつたら大変(たいへん)ですがな、337あイソを尽(つく)されたのか』
338松彦『師匠(ししやう)を杖(つゑ)につくな、339人(ひと)を頼(たよ)りにすなと神(かみ)様(さま)は仰有(おつしや)るぢやないか、340一丈(いちぢやう)二(に)尺(しやく)の褌(まはし)をかいた男(をとこ)がそンな弱音(よわね)を吹(ふ)くものぢやない、341之(これ)から各自(かくじ)単独(たんどく)で、342ランチ将軍(しやうぐん)の陣営(ぢんえい)へ突撃(とつげき)せよと命(めい)ぜられたら何(ど)うするか。343それでも行(ゆ)かねばなるまい。344お前(まへ)達(たち)は生(せい)の執着(しふちやく)が強(きつ)いから恐怖心(きようふしん)が起(おこ)るのだ。345捨身(すてみ)になれば何(なに)も恐(おそ)ろしい事(こと)はないぢやないか。346最前(さいぜん)から随分(ずゐぶん)臆病風(おくびやうかぜ)に吹(ふ)かれて居(ゐ)たなア、347松彦(まつひこ)が聞(き)いて居(を)れば何(なん)だホツホヽヽなンてせうもない余興(よきよう)をやるぢやないか』
348万公『何程(なにほど)恐怖心(きようふしん)にかられたといつても、349流石(さすが)に万公(まんこう)さまは三五教(あななひけう)の信者(しんじや)ですわい。350余裕(よゆう)綽々(しやくしやく)として滑稽(こつけい)を演(えん)ずるのですからなア。351あれ御覧(ごらん)なさい、352あこに三匹(さんびき)の四足(よつあし)がへたつて居(を)りますわ』
353松彦『ウン、354あれはバラモン軍(ぐん)の斥候(せきこう)を勤(つと)めてるアク、355タク、356テクの三(さん)人(にん)だ、357楓(かへで)さまに脂(あぶら)を取(と)られた連中(れんちう)だらう』
358万公『松彦(まつひこ)さま、359貴方(あなた)は鼾(いびき)をかき乍(なが)ら聞(き)いてゐたのですかい』
360松彦『ウン、361鼾(いびき)は鼾(いびき)、362聞(き)くのは聞(き)くのだ、363鼻(はな)は休(やす)ンで居(を)つても、364耳(みみ)は起(お)きてゐるからなア』
365 アクは手(て)を合(あは)せ、
366アク『モシモシ、367三五教(あななひけう)の先生(せんせい)、368私(わたし)はお察(さつ)しの通(とほ)り、369アク、370タク、371テクの三(さん)人(にん)で厶(ござ)います。372決(けつ)して貴方(あなた)方(がた)に仇(あだ)をするものでは厶(ござ)いませぬから、373どうぞ宜(よろ)しく頼(たの)みます……とは申(まを)しませぬが、374いぢめぬやうにして下(くだ)さい、375構(かま)うてさへ貰(もら)はねば、376何(ど)うなつと処置(しよち)をつけますから、377本当(ほんたう)に貴方(あなた)の家来(けらい)には意地(いぢ)の悪(わる)い方(かた)がありますなア。378吾々(われわれ)三(さん)人(にん)の腰(こし)を抜(ぬ)いて了(しま)つたのですから本当(ほんたう)に困(こま)りますワ』
379松彦『それは気(き)の毒(どく)だ。380併(しか)し乍(なが)ら二十(にじふ)里(り)の道(みち)を四這(よつばひ)になつて来(く)るのは、381随分(ずゐぶん)苦(くる)しかつたでせうなア、382松彦(まつひこ)は感心(かんしん)したよ』
383アク『何(なに)もかも皆(みな)御存(ごぞん)じですな。384其(その)通(とほ)り暫(しばら)く四足(よつあし)の修行(しうぎやう)をアク迄(まで)やつてみましたが、385随分(ずゐぶん)苦(くる)しいもので厶(ござ)いますよ』
386松彦『コンパスの長(なが)い手(て)の短(みじか)いタクさまは余程(よほど)お困(こま)りだつたさうですねえ』
387タク『手(て)の短(みじか)いのは正直者(しやうぢきもの)の証拠(しようこ)ですから、388どうぞ大目(おほめ)に見(み)て下(くだ)さいナ、389松彦(まつひこ)さまとやら』
390松彦『アハヽヽヽ、391マア此方(こちら)へお出(いで)なさい、392ゆつくり話(はなし)を交換(かうくわん)しませう』
393アク『オイ、394タク、395テク三五教(あななひけう)の大将(たいしやう)は余程(よほど)開(ひら)けてるぢやないかエヽー、396バラモン教(けう)の司(つかさ)だつたら、397随分(ずゐぶん)威張(ゐば)る所(ところ)だがなア。398ヤツパリ平民(へいみん)主義(しゆぎ)と見(み)えるワイ、399俺(おれ)や平民(へいみん)主義(しゆぎ)が大好(だいす)きだ……三五教(あななひけう)の先生(せんせい)、400そンなら一切(いつさい)の障壁(しやうへき)を除(のぞ)いて御(ご)昵懇(ぢつこん)に預(あづ)かりませう』
401 松彦(まつひこ)は、
402松彦『ハア、403お互(たがひ)に御(お)心(こころ)安(やす)う頼(たの)みますよ』
404と軽(かる)くうなづく。
405万公『モシモシ先生(せんせい)、406あンな事(こと)を言(い)つて、407様子(やうす)を考(かんが)へてゐるのですよ、408万公(まんこう)は気懸(きがか)りですワ。409モ一(ひと)つホヽヽヽヽでおどかして逃(に)がしてやりませう』
410アク『ホツホヽヽ、411モシモシ万公(まんこう)さま、412正体(しやうたい)が現(あら)はれた以上(いじやう)は、413ホヽヽもアハヽヽヽも笑(わら)ひの種(たね)にこそなれチヨツとも恐(おそ)ろしくありませぬよ。414アク迄(まで)も得意(とくい)のホヽヽヽヽをやつて御覧(ごらん)なさい』
415万公『オイ、416五三公(いそこう)、417最(も)う駄目(だめ)だ、418仕方(しかた)が無(な)いなア』
419五三公『松彦(まつひこ)さまがあゝ仰有(おつしや)るのだもの、420俺(おれ)達(たち)は泣(な)き寝入(ねいり)かな。421無条件(むでうけん)降服(かうふく)だ……否(いな)無条件(むでうけん)還附(くわんぷ)だ。422之(これ)から臥薪(ぐわしん)嘗胆(しやうたん)、423十(じふ)年(ねん)の苦(く)をなめて、424捲土(けんど)重来(ぢうらい)復讐戦(ふくしうせん)をやるのだなア、425アツハヽヽヽ』
426と始(はじ)めて愉快(ゆくわい)げに五三公(いそこう)は笑(わら)ひ出(だ)した。427此(この)笑(わら)ひ声(ごゑ)は四辺(しへん)の陰鬱(いんうつ)を破(やぶ)つて一同(いちどう)は俄(にはか)に陽気(やうき)となり、428敵(てき)も味方(みかた)も声(こゑ)を揃(そろ)へて、429「ワハヽヽヽ」と高笑(たかわら)ひする、430今迄(いままで)吾物顔(わがものがほ)に梢(こずゑ)に飛(と)び交(か)ひ、431キヤツキヤツ囁(さへづ)つてゐた猿(さる)は一度(いちど)に声(こゑ)を潜(ひそ)めて了(しま)つた。
432(大正一一・一二・九 旧一〇・二一 松村真澄録)
433(昭和九・一二・二九 於湯ケ島 王仁校正)
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