霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一九章 婆口露(ばくろ)〔一一八八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第44巻 舎身活躍 未の巻 篇:第3篇 珍聞万怪 よみ(新仮名遣い):ちんぶんばんかい
章:第19章 婆口露 よみ(新仮名遣い):ばくろ 通し章番号:1188
口述日:1922(大正11)年12月09日(旧10月21日) 口述場所: 筆録者:外山豊二 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年8月18日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
松彦は山道の傍らの大岩のそばに五人の従者を集めて話にふけっていた。そこへお寅とお菊がやってきた。お寅は万公が自分の長女をたぶらかして夫婦となり、子供を産ませたが母子は出産がもとで死んでしまった話を一同に話して聞かせた。
松彦は、万公は今は治国別という立派な先生の弟子だから、万公の改心については心配しないようにと諭した。お寅とお菊は帰って行った。
万公は一同にからかわれる。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-02-17 19:39:57 文字数:5949 OBC :rm4419
愛善世界社版:256頁 八幡書店版:第8輯 230頁 修補版: 校定版:268頁 普及版:113頁 初版: ページ備考:
001 松彦(まつひこ)は山道(やまみち)の傍(かたはら)に屹立(きつりつ)せる大岩(おほいは)の傍(そば)に、002五(ご)人(にん)の従者(じゆうしや)を集(あつ)め息(いき)を休(やす)めて話(はなし)に耽(ふけ)つてゐる。
003松彦『アクさま、004随分(ずゐぶん)危(あぶ)ない事(こと)だつたな。005マア結構(けつこう)だつたよ』
006アク『婆(ばば)におどかされて走(はし)る途端(とたん)に足(あし)をふみ外(はづ)し、007随分(ずゐぶん)冷(ひや)つこい目(め)に逢(あ)ひました。008併(しか)し乍(なが)ら水泳(すゐえい)に得意(とくい)な私(わたし)ですから助(たす)かつたのですよ。009タク、010テクの両人(りやうにん)だつたら、011サツパリ駄目(だめ)ですわ』
012松彦『そらさうぢや。013マアよかつた。014万公(まんこう)さま、015お前(まへ)は偉(えら)う親子(おやこ)の女(をんな)にやられて居(を)つたぢやないか。016随分(ずゐぶん)弱(よわ)い男(をとこ)だなア』
017万公『ヘーヘ、018悪(あく)に弱(よわ)い、019善(ぜん)に強(つよ)い万公(まんこう)ですもの、020無抵抗(むていかう)主義(しゆぎ)の三五教(あななひけう)でなかつたら、021婆(ばば)を河(かは)へほりこンで了(しま)ふとこでしたけれども、022成(な)る可(べ)く直日(なほひ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)して、023無抵抗(むていかう)主義(しゆぎ)を固(かた)く守(まも)つてをつたのですよ。024さうしたところ婆(ばば)と娘(むすめ)とが按摩(あんま)をしてくれました。025肩(かた)をうつやら腰(こし)をもむやら、026足(あし)を引(ひつ)ぱるやら、027おかげで体(からだ)が楽(らく)になりましたよ』
028 五三公(いそこう)はふき出(だ)し、
029五三公『アハヽヽヽ負惜(まけをし)みのつよい男(をとこ)だな。030キヤアキヤア云(い)つて泣(な)いて居(を)つたぢやないか』
031万公『ナーニあれはこそばいとこを揉(も)むものだから笑(わら)つてゐたのだよ。032貴様(きさま)には泣(な)いた様(やう)に聞(きこ)えるか』
033五三公『それでも人殺(ひとごろし)、034助(たす)けてくれと云(い)つたぢやないか』
035万公『ウン一寸(ちよつと)テンゴに言(い)つて見(み)たのだ。036その証拠(しようこ)には婆(ばあ)さまと娘(むすめ)とが泣(な)いてをつたぢやろ。037俺(おれ)は一寸(ちよつと)も泣(な)きはせぬよ、038大丈夫(だいぢやうぶ)たるもの女(をんな)位(ぐらゐ)に泣(な)かされてたまるかい』
039 五三公(いそこう)は、
040五三公『モシモシ松彦(まつひこ)さま、041此奴(こいつ)の秘密(ひみつ)を探(さぐ)つて来(き)ました。042仕方(しかた)のない奴(やつ)ですでー』
043松彦『ナニツ、044秘密(ひみつ)をさぐつたと、045そりや面白(おもしろ)い。046どンな事(こと)だ、047差支(さしつかへ)なくば聞(き)かしてくれ』
048万公『コリヤコリヤ五三公(いそこう)、049他人(ひと)の秘密(ひみつ)をあばくやうな不道徳(ふだうとく)はないぞ、050慎(つつし)まぬかい』
051五三公『それなら仕方(しかた)がない、052五三公(いそこう)も沈黙(ちんもく)しようかな、053お里(さと)がわかると気(き)の毒(どく)だからなア』
054万公『コリヤお里(さと)の事(こと)は云(い)はぬやうにしてくれ。055さう親友(しんいう)の事(こと)を公衆(こうしう)の前(まへ)にさらけ出(だ)すものぢやないわ』
056五三公『松彦(まつひこ)さま、057あー云(い)つて頼(たの)みますから、058五三公(いそこう)も友情(いうじやう)を以(もつ)て、059或(ある)時期(じき)まで保留(ほりう)しておきませう。060その代(かは)りに、061万公(まんこう)が私(わたし)の命令(めいれい)を奉(ほう)じない時(とき)には、062さらけ出(だ)します。063なア万公(まんこう)、064その条件附(でうけんつき)で暫(しばら)く沈黙(ちんもく)を守(まも)ることにしようかい』
065万公『どうぞ頼(たの)む、066万公(まんこう)末代(まつだい)云(い)はぬやうに』
067五三公『ヨシヨシその代(かは)りに俺(おれ)の尻(しり)を拭(ふ)けといつても拭(ふ)くのだぞ。068滅多(めつた)に違背(ゐはい)はあるまいなア』
069万公『ヘン馬鹿(ばか)らしい。070誰(たれ)が貴様(きさま)の尻(けつ)をアタ汚(きたな)い拭(ふ)く奴(やつ)があるかい。071体(からだ)ばかりか心(こころ)迄(まで)汚(きたな)い代物(しろもの)だからなア。072吝(けち)ン坊(ばう)で悪口(わるくち)言(い)ひで穴(あな)さがしで、073奸黠(かんきつ)で、074狡猾(かうくわつ)で、075不道徳(ふだうとく)で、076権謀(けんぼう)術数(じゆつすう)家(か)で、077強欲(がうよく)で丸(まる)で旃陀羅(せんだら)のけつに醤油(しやうゆ)の実(み)をつけて甜(ねぶ)つてるやうな奴(やつ)だ。078こンな奴(やつ)に秘密(ひみつ)を握(にぎ)られて居(ゐ)ると一生(いつしやう)頭(あたま)が上(あが)らぬから、079イツソの事(こと)俺(おれ)の方(はう)から松彦(まつひこ)さまの前(まへ)で公開(こうかい)をするから構(かま)うて呉(く)れな。080オイ五三公(いそこう)さま、081えらい御(ご)心配(しんぱい)をかけました。082別(べつ)に人(ひと)のものをチヨロマカシたのでも無(な)し、083聞(き)いたら涎(よだれ)の出(で)るよなボロイ面白(おもしろ)い話(はなし)だから、084別(べつ)に恥(はぢ)にもなるまい。085誰(たれ)だつて多少(たせう)のローマンスはあるのだからなア。086女(をんな)なンか胸(むね)が悪(わる)いと云(い)ふやうな顔(かほ)をしてゐ乍(なが)ら、087人(ひと)の見(み)ぬところでは、088女(をんな)に湯巻(ゆまき)の紐(ひぼ)でしばかれて涎(よだれ)を繰(く)つて居(ゐ)る奴(やつ)が多(おほ)いのだから、089多少(たせう)の恋物語(こひものがたり)があるのは寧(むし)ろ誇(ほこ)りだ。090貴様(きさま)の様(やう)な唐変木(たうへんぼく)では、091春(はる)が来(き)ても花(はな)は咲(さ)きはせぬぞ』
092五三公『何(ど)うなと勝手(かつて)にほざいたが好(よ)いわい。093俺(おれ)やもう干渉(かんせう)せぬわ。094その代(かは)り貴様(きさま)が失敗(しつぱい)しても五三公(いそこう)は高見(たかみ)から見物(けんぶつ)するから、095さう思(おも)つたがよからう』
096アク『なンだか様子(やうす)ありげな口振(くちぶり)だな。097そのローマンスとやらをアクも聞(きき)たいものだよ』
098 万公(まんこう)は肱(ひぢ)を張(は)り、
099万公『きかしてやらう、100謹聴(きんちやう)せい』
101と今(いま)や話(はなし)の糸口(いとぐち)を解(ほど)かむとしてゐる所(ところ)へ、102以前(いぜん)のお寅(とら)、103お菊(きく)はスタスタとやつて来(き)た。
104お寅『モシモシ、105万(まん)は其処(そこ)に居(を)りますかなア、106あの悪(あく)たれ男(をとこ)は』
107五三公『そーれ、108やつて来(き)たぞ。109万公(まんこう)、110喜(よろこ)べ、111モ一遍(いつぺん)按摩(あんま)をして貰(もら)つたら何(ど)うだイ』
112万公『お婆(ばあ)さま、113モウ沢山(たくさん)で厶(ござ)います、114イヤもうズンと万公(まんこう)も改心(かいしん)いたしました。115何卒(どうぞ)帰(かへ)つて下(くだ)さいませ』
116お寅『イヤイヤ未(ま)だ改心(かいしん)が出来(でき)て居(を)らぬ。117娘(むすめ)と二人(ふたり)よつて折檻(せつかん)をしてやるのに結構(けつこう)な按摩(あんま)で肩(かた)の凝(こり)が下(さが)つたと捨台詞(すてぜりふ)を残(のこ)して逃(に)げて行(ゆ)くよな男(をとこ)だからな。118死(し)なねば治(なを)らぬカク病(やまひ)だ、119エーエ、120骨(ほね)の折(を)れた事(こと)だが思(おも)ひ切(き)つて荒療治(あられうぢ)をしてやらう。121オイ万(まん)、122此方(こつち)やへ来(こ)い』
123 万公(まんこう)は小(ちひ)さくなつて慄(ふる)ひ戦(をのの)いてゐる。
124お寅『アハヽヽヽ、125やつぱり何処(どこ)か心(こころ)に光明(くわうみやう)があると見(み)えて、126恥(はぢ)を知(し)つて顔(かほ)を隠(かく)しよる。127マア頼(たの)もしいものだ。128コレコレお前(まへ)さまは万(まん)の親方(おやかた)と見(み)えるが、129こンな厄介物(やくかいもの)を連(つ)れて旅(たび)をなさるのは、130嘸(さぞ)お骨(ほね)が折(を)れる事(こと)でせう。131此(この)婆(ばば)が物語(ものがたり)をするのを聞(き)いて下(くだ)さいませ。132此奴(こいつ)の欠点(けつてん)をよく呑(の)み込(こ)ンでおいて貰(もら)ひませぬと、133貴方(あなた)の御(ご)迷惑(めいわく)になるといけませぬから、134後(あと)へ引返(ひつかへ)して参(まゐ)りました』
135松彦『何事(なにごと)か存(ぞん)じませぬが承(うけたま)はりませう。136此(この)男(をとこ)には一(ひと)つの秘密(ひみつ)があるさうですなア』
137万公『お寅(とら)さま、138殺生(せつしやう)な、139コレお菊(きく)、140どうぞお前(まへ)仲裁(ちうさい)して止(と)めてくれぬか。141あンな事(こと)を云(い)はれちや顔(かほ)が赤(あか)くなつて、142ついて行(ゆ)く事(こと)が出来(でき)ぬからなア』
143お菊『お母(かあ)さま、144一(ひと)つか二(ふた)つ程(ほど)にして、145みんな云(い)はないやうにして上(あ)げて下(くだ)さい。146押(おし)かけ婿(むこ)に入(はい)つて来(き)た事(こと)やら、147私(わたし)を手込(てごめ)にしかけた事(こと)は云(い)はないやうにしてねー』
148万公『コラお菊(きく)、149そンな秘密(ひみつ)が何処(どこ)にあるか。150肝腎(かんじん)の事(こと)を皆(みな)云(い)つて了(しま)つたぢやないか、151万公(まんこう)さまを馬鹿(ばか)にするない』
152お菊『私(わたし)は子供上(こどもあが)りだから何(なに)云(い)ふかしれないよ。153気(き)にかけずに許(ゆる)して頂戴(ちやうだい)ね』
154五三公『アハヽヽヽ、155ウフヽヽヽ到頭(たうとう)面(つら)の皮(かは)をむかれよるのか。156イヒヽヽヽ』
157と五三公(いそこう)、158アク、159タク、160テクの四(よ)人(にん)は手(て)を拍(う)ち踊(をど)り上(あが)つて喜(よろこ)ぶ。
161お寅『松彦(まつひこ)の先生(せんせい)様(さま)、162此(こ)の婆(ばば)の云(い)ふ事(こと)一通(ひととほ)り聞(き)いて下(くだ)さい。163此(こ)の万(まん)と云(い)ふ男(をとこ)は酢(す)でも菎蒻(こんにやく)でも行(ゆ)かぬ動物(どうぶつ)で厶(ござ)いますよ。164一昨年(おととし)の冬(ふゆ)だつたか、165凩(こがらし)のピユーピユーと吹(ふ)く夕間(ゆふま)ぐれ、166家(うち)の門前(もんぜん)に見(み)すぼらしい乞食(こじき)がふるうてゐると、167僕(しもべ)の者(もの)が奥(おく)へ知(しら)しに来(き)たものですから、168私(わたし)も小北山(こぎたやま)の神(かみ)様(さま)を信心(しんじん)して居(ゐ)るのだから、169人(ひと)を助(たす)けるのは神(かみ)様(さま)の御(ご)奉公(ほうこう)だと思(おも)ひ握(にぎ)り飯(めし)を一(ひと)つ持(も)つて門口(かどぐち)迄(まで)出(で)て見(み)れば、170若布(わかめ)の行列(ぎやうれつ)か、171シメシの親分(おやぶん)と云(い)ふよなツヅレの錦(にしき)を着(き)て、172蓆(むしろ)をかぶつて慄(ふる)うて居(ゐ)る奴乞食(どこじき)があるぢやありませぬか。173そこでアー可愛相(かあいさう)に同(おな)じ様(やう)に神(かみ)様(さま)の息(いき)から生(うま)れた人間(にんげん)だ、174助(たす)けてやるのが神(かみ)様(さま)への孝行(かうかう)だと思(おも)ひ、175握(にぎ)り飯(めし)を一(ひと)つお盆(ぼん)にのせて、176アタ汚(きたな)い乞食(こじき)に御(ご)叮嚀(ていねい)に、177さア嘸(さぞ)おひもじう厶(ござ)いませう。178さあ、179これでも食(た)べて帰(かへ)つて下(くだ)さいと云(い)ふと、180その乞食(こじき)は黒(くろ)い黒(くろ)い顔(かほ)から、181眼(め)をむき出(だ)し、182吐(ぬか)すことには「アー世界(せかい)に鬼(おに)はない、183誠(まこと)に有難(ありがた)う厶(ござ)います。184此(この)御恩(ごおん)は忘(わす)れませぬ」と米搗(こめつき)バツタの様(やう)に腰(こし)をペコペコ百遍(ひやつぺん)計(ばか)りも曲(ま)げて拝(をが)むぢやありませぬか、185私(わたし)も不愍(ふびん)が重(かさ)なつて何(なん)とかして湯巻(ゆまき)の古手(ふるて)でも探(さが)して被(かぶ)せてやりたいと思(おも)つて居(を)りました。186お盆(ぼん)に握(にぎ)り飯(めし)をのせて突出(つきだ)して居(ゐ)るのに取(と)らうともせず、187腰(こし)ばつかりペコペコさして居(ゐ)る。188辛気(しんき)くさくて仕方(しかた)がないから、189お前(まへ)、190此(こ)の握(にぎ)り飯(めし)が気(き)に入(い)らぬのかいと聞(き)くと、191その乞食(こじき)の云(い)ふには今(いま)近所(きんじよ)で葬式(さうれん)の残(のこ)りの御(ご)馳走(ちそう)を鱈腹(たらふく)頂(いただ)いて来(き)たところだから、192握(にぎ)り飯(めし)は欲(ほ)しくはありませぬ、193暖(あたた)かいお茶(ちや)が一杯(いつぱい)頂(いただ)きたいと云(い)ふので、194私(わたし)も浮木(うきき)の村(むら)のお寅(とら)と云(い)つて仇名(あだな)を取(と)つた女侠客(をんなけふかく)だから人(ひと)を助(たす)けてやらぬ訳(わけ)にも行(ゆ)かず、195苔(こけ)だらけの手(て)を握(にぎ)つて奥(おく)へつれて行(ゆ)き、196たぎつて居(を)つた茶(ちや)を出(だ)して、197サア之(これ)をお上(あが)りなさいと茶椀(ちやわん)を添(そ)へて出(だ)しておきました。198而(さう)して奥(おく)の間(ま)へ入(はい)つて障子(しやうじ)の破(やぶ)れから考(かんが)へてゐると生(うま)れついての乞食(こじき)だと見(み)えて、199アタ行儀(ぎやうぎ)がわるい。200土瓶(どびん)の口(くち)から煮(に)え切(き)つた茶(ちや)をグツと呑(の)み込(こ)み、201喉(のど)に焼傷(やけど)をして目(め)をクルクルとむき、202泡(あわ)を吹(ふ)き七転(しちてん)八倒(ばつたう)してゐるぢやありませぬか。203エー怪体(けたい)のわるい、204ド乞食(こじき)を引張(ひつぱり)込(こ)ンだものだと思(おも)ひ、205慌(あわて)て行(い)つて見(み)れば、206大切(だいじ)にしておいた青土瓶(あをどびん)はポカツと二(ふた)つに破(わ)れ、207折角(せつかく)沸(わ)かした茶(ちや)は畳(たたみ)にこぼれ、208畳(たたみ)が御(ご)馳走(ちそう)とも何(なん)とも言(い)はずにけろりとなめて、209細(ほそ)い目(め)を沢山(たくさん)ならべて睨(にら)ンでゐるぢやありませぬか。210ホヽヽヽヽ、211そのド乞食(こじき)が仰向(あふむけ)に倒(たふ)れてゐるとこを見(み)れば、212煤(すす)で煮〆(にしめ)たような褌(ふんどし)を垂(た)らし、213吊柿(つるしがき)のよな真黒気(まつくろけ)のものを出(だ)して倒(たふ)れてゐる。214サア大変(たいへん)だと家内中(かないぢう)がよつてたかつて水(みづ)をのませ、215いろいろと介抱(かいほう)した結果(けつくわ)、216ようよう息(いき)を吹(ふ)きかへした。217併(しか)し乍(なが)ら舌(した)をやけどしたものだから、218舌(した)も口(くち)も腫(は)れ上(あが)り、219国所(くにところ)を尋(たづ)ねようにも名(な)を聞(き)こうにも物(もの)が言(い)へないので、220聞(き)く訳(わけ)にも行(ゆ)かず、221筆紙(ひつし)を持(も)つて来(き)て名(な)を書(か)けと云(い)つても、222此奴(こいつ)は明(あ)きめくらと見(み)えて一字(いちじ)もよう書(か)かず、223仕方(しかた)なしに藪医者(やぶいしや)を頼(たの)ンで来(き)て裏門(うらもん)から灌腸(くわんちやう)して到頭(たうとう)物(もの)を云(い)ふ様(やう)にしてやりました。224それから虱(しらみ)だらけの衣物(きもの)を油(あぶら)をかけて、225焼(や)いて了(しま)ひ、226亡(な)くなつた爺(ぢい)さまの一番(いちばん)古(ふる)い衣物(きもの)を着(き)せてやつて、227行(ゆ)く処(ところ)もない代物(しろもの)だと云(い)ふから下僕(しもべ)につかつて野良(のら)仕事(しごと)に使(つか)つて居(を)りました』
228 五三公(いそこう)は首(くび)をかたむけ乍(なが)ら、
229五三公『そら誰(たれ)の事(こと)ですか、230よもや万公(まんこう)さまでは有(あ)りますまいナ』
231お寅『云(い)はいでも知(し)れたこつちや、232此(こ)の万(まん)のことだよ』
233五三公『何(なん)とマンのわるいとこに出会(でつくは)したものだなア、234万公(まんこう)さま』
235アク『アハヽヽヽ面白(おもしろ)い面白(おもしろ)い、236お婆(ばあ)さま、237しつかり頼(たの)みますデ。238千(せん)両(りやう)々々(せんりやう)アクアクするワ』
239万公『コリヤ、240アクの奴(やつ)馬鹿(ばか)にすない、241俺(おれ)は瑞(みづ)のみたまだ。242アクの鏡(かがみ)が映(うつ)つとるのだから、243俺(おれ)の事(こと)ぢやない、244世間(せけん)の奴(やつ)の悪(わる)い事(こと)が奇麗(きれい)なみたまの俺(おれ)にうつつたのだ。245其(そ)のつもりでお婆(ばあ)さまの云(い)ふ事(こと)を聞(き)けよ。246取違(とりちが)ひと慢心(まんしん)は大怪我(おほけが)の基(もと)だから、247お婆(ばあ)さまの云(い)ふ事(こと)をよく味(あぢ)はうて聞(き)くがよいぞよ。248人(ひと)の事(こと)だと思(おも)へば皆(みな)吾(わが)身(み)の事(こと)であるぞよ。249世界中(せかいぢう)がかうなつて居(ゐ)ると云(い)ふ事(こと)を変性(へんじやう)女子(によし)の身魂(みたま)にさして見(み)せてあるぞよ。250…………と云(い)ふ教(をしへ)をきいて居(ゐ)るだろ、251それが俺(おれ)の事(こと)だからのう』
252松彦『フヽヽヽヽお婆(ばあ)さま、253その次(つぎ)を松彦(まつひこ)にお聞(き)かせ願(ねが)ひます』
254お寅『一寸(ちよつと)此処(ここ)で中入(なかいり)といたしまして、255又(また)後(あと)はゆるゆると御(ご)清聴(せいちやう)を煩(わづら)はします。256オホヽヽ、257万公(まんこう)さま随分(ずゐぶん)耳(みみ)が痛(いた)からうなア』
258万公『チヨツ、259万公(まんこう)も万(まん)がわるいワイ』
260お寅『アーア、261こンな事(こと)は云(い)ひたい事(こと)ないけれど、262これも万公(まんこう)の将来(しやうらい)の為(ため)だから、263モウ一息(ひといき)先生(せんせい)のお耳(みみ)をわづらはしませうかなア。264コレ万公(まんこう)さま、265お前(まへ)が決(けつ)して憎(にく)うて云(い)ふのぢやない、266たとへ三日(みつか)でも因縁(いんねん)があればこそだ。267お前(まへ)の為(ため)に云(い)ふのだから、268聞(き)いて下(くだ)さい。269どうせチツトは耳(みみ)が痛(いた)いのは請合(うけあひ)だが、270罪亡(つみほろ)ぼしだと思(おも)つて辛抱(しんばう)しなさい』
271五三公『ナント御(ご)親切(しんせつ)なお婆(ばあ)さまだなア、272五三公(いそこう)もこンな親切(しんせつ)に云(い)うて呉(く)れるお婆(ばあ)さまに逢(あ)ひたいわ。273それからお婆(ばあ)さま、274後(あと)は何(ど)うなつたのだい』
275お寅『それからお前(まへ)さま、276此(こ)の万(まん)を野良(のら)仕事(しごと)にやつて置(お)いたところが、277鼠(ねづみ)かなンぞのよに大根(だいこん)を作(つく)つておけば噛(か)ぢつて食(く)ふ。278蕪(かぶら)をひいて食(く)ふ、279サツマ芋(いも)は根(ね)からひいて食(く)つて了(しま)ふ。280まるで土竜(もぐらもち)を飼(か)うてをるよなものだ。281こンなものを飼(か)うてゐちや百姓(ひやくしやう)をせぬがましだと思(おも)つて、282仕方(しかた)なしに娘(むすめ)の見守(みまも)り役(やく)にしてやつた。283それがサツパリ災(わざはひ)の種(たね)となつたのだ。284此(こ)の婆(ばば)が熱病(ねつびやう)をわづらつて今日(けふ)か明日(あす)か分(わか)らぬといふやうになつたので、285孝行(かうかう)な娘(むすめ)のお里(さと)が此(この)万(まん)をつれて氏神(うぢがみ)の社(やしろ)へ参拝(さんぱい)をしたのだ。286ソーすると何時(いつ)の間(ま)にかお里(さと)の腹(はら)がポテレンと太(ふと)つて来(き)た。287婿(むこ)も貰(もら)はぬのに腹(はら)がふくれるといふのは、288コリヤ屹度(きつと)脹満(ちやうまん)に違(ちが)ひないと藪医(やぶい)先生(せんせい)を頼(たの)ンで見(み)て貰(もら)つたら、289娘(むすめ)の氏神(うぢがみ)参(まゐ)りの御(お)かげで私(わたし)の病気(びやうき)は直(なほ)つて了(しま)うたが娘(むすめ)が脹満(ちやうまん)になつて了(しま)つた。290医者(いしや)も医者(いしや)だ。291脹満(ちやうまん)だ脹満(ちやうまん)だといつて矢鱈(やたら)に苦(にが)いものを飲(の)ます、292ソレでも十月目(とつきめ)にターンクの口(くち)が開(あ)いてホギヤアと一声(ひとこゑ)、293娘(むすめ)はビツクリして其(その)場(ば)に気絶(きぜつ)して了(しま)つたわいのー、294アンアン。295それから上(うへ)を下(した)へと大騒動(おほさうどう)を始(はじ)め、296朝鮮(てうせん)人蔘(にんじん)を飲(の)ましたおかげで、297ヤツトの事(こと)で気(き)がつき、298おかげで娘(むすめ)の生命(いのち)はとりとめたが、299肝腎(かんじん)の乳(ちち)が出(で)ぬものだから、300生(うま)れた子(こ)は骨(ほね)と皮(かは)とになり、301到頭(とうとう)死(し)ンで了(しま)つた。302アーンアーン』
303五三公『ソリヤどうも気(き)の毒(どく)な事(こと)だなア。304そしてその子(こ)は一体(いつたい)誰(たれ)の子(こ)だい』
305 婆(ばば)はところまだらに残(のこ)つた歯(は)をかみしめ、306イーンイーンと頤(あご)をつき出(だ)し、307妙(めう)な手(て)つきで万公(まんこう)の肩(かた)をこづくやうな手振(てぶ)りをして、
308お寅『此奴(こいつ)だ此奴(こいつ)だ、309此(こ)のガキだよ。310アーンアーン』
311アク『オイ万公(まんこう)さま、312まンざらでもないのー。313エー、314アクにも一杯(いつぱい)おごつて貰(もら)はうかい』
315万公『ウン』
316お寅『それからいろいろと詮議(せんぎ)の結果(けつくわ)、317お里(さと)が言(い)ふには万(まん)さまの子(こ)だ。318こうなるのも前生(ぜんしやう)の因縁(いんねん)づくぢやから、319何卒(どうぞ)乞食(こじき)上(あが)りの万(まん)さまでも私(わたし)の夫(をつと)に違(ちが)ひない。320此(この)人(ひと)と添(そ)はしてくれなければ死(し)にます死(し)にますと駄々(だだ)をこねるのだ。321此(この)道(みち)ばかりは親(おや)が何(ど)うする訳(わけ)にも行(ゆ)かず気(き)に入(い)らぬ男(をとこ)だと思(おも)つたが、322何(なに)を言(い)うても肝腎(かんじん)の娘(むすめ)がゾツコン惚(ほれ)こンでゐるのだから、323此(この)婆(ばば)も我(が)を折(を)つて泣(な)き寝入(ねい)りにしたのだ。324所(ところ)が運(うん)の悪(わる)いお里(さと)は産後(さんご)の肥立(ひだ)ちが悪(わる)うて、325帰(かへ)らぬ旅(たび)に行(ゆ)きました。326アーンアーン』
327と涙(なみだ)を拭(ぬぐ)ふ。
328 五三公(いそこう)はホツと息(いき)をつぎ乍(なが)ら、
329五三公『ナント万公(まんこう)といふ奴(やつ)は罪(つみ)な事(こと)をしたものだなア。330刃物(はもの)持(も)たずに二人(ふたり)も人(ひと)を殺(ころ)しやがつたなア。331道理(だうり)で野中(のなか)の森(もり)で暗(くら)うなるとビリビリふるひよると思(おも)つた。332やつぱり斯(か)う云(い)ふ原因(げんいん)があるのだから、333怖(おそ)ろしがるのだワイ』
334 万公(まんこう)は、
335万公『コリヤ五三公(いそこう)、336批評(ひひやう)はやめてシツカリきけ。337これからが性念場(しやうねんば)だぞ』
338と焼糞(やけくそ)になつて怒鳴(どな)り立(た)ててゐる。
339 お寅(とら)は言(ことば)を次(つ)いで、
340お寅『それから此(この)万(まん)の恩(おん)知(し)らず奴(め)、341増長(ぞうちよう)しよつて、342まだ蕾(つぼみ)の花(はな)のお菊(きく)を手込(てご)めにし、343二代目(にだいめ)の女房(にようばう)にしようと企(たく)みをつたのだ。344流石(さすが)に偉(えら)い女(をんな)だからお菊(きく)はポンと肱鉄(ひぢてつ)をくはした。345すると万公(まんこう)奴(め)、346妹(いもうと)に肱鉄(ひぢてつ)をくはされて逢(あ)はす顔(かほ)がないと遺書(おきがき)を書(か)いて吾(わが)家(や)を出(で)た切(き)り、347膿(う)んだ鼻(はな)が、348つぶれたとも、349河童(かつぱ)の屁(へ)がくさくないとも云(い)つて来(こ)ず、350本当(ほんたう)に困(こま)つたガラクタ男(をとこ)だ。351妾(わたし)は今日(けふ)小北山(こぎたやま)の神(かみ)様(さま)に、352浮木(うきき)の森(もり)の村(むら)に一(いち)時(じ)も早(はや)く軍人(いくさびと)が居(を)らぬ様(やう)になります様(やう)と祈(いの)つて居(ゐ)る所(ところ)へ、353娘(むすめ)に神憑(かむがかり)があり「今(いま)早(はや)く行(ゆ)けば万公(まんこう)に出逢(であ)ふ」との御(お)指図(さしづ)で、354実(じつ)の処(ところ)は万公(まんこう)に意見(いけん)をしてやらうと思(おも)つて出(で)て来(き)たのだ。355此(この)上(うへ)の神(かみ)様(さま)には沢山(たくさん)な人(ひと)がこもつて居(ゐ)るが、356まだ三(さん)人(にん)や五(ご)人(にん)寝(ね)られぬ筈(はず)はないが、357万公(まんこう)の様子(やうす)を探(さぐ)らうと思(おも)つてあンな事(こと)を云(い)つて居(を)つたのだ。358……松彦(まつひこ)の先生(せんせい)さま、359私(わたし)の家(うち)では斯(か)ういふ事(こと)をやつて居(ゐ)ましたから、360嘸(さぞ)世間(せけん)でも悪(わる)い事(こと)をして歩(ある)くでせう。361何卒(なにとぞ)気(き)をつけて真人間(まにんげん)にして下(くだ)さい。362因縁(いんねん)あればこそ娘(むすめ)の腹(はら)をふくらしたのですから、363娘(むすめ)の惚(ほれ)て居(を)つた男(をとこ)を憎(にく)いとは思(おも)つて居(ゐ)ませぬ、364何卒(どうぞ)一人前(いちにんまへ)の人間(にんげん)にして貰(もら)ひたいと思(おも)つて再(ふたた)び引返(ひつかへ)して来(き)ました』
365と涙(なみだ)乍(なが)らに語(かた)り終(をは)る。
366松彦『何(なに)もかもわかりました。367何卒(なにとぞ)御(ご)安心(あんしん)なさいませ。368私(わたし)ばかりか治国別(はるくにわけ)様(さま)といふ立派(りつぱ)な先生(せんせい)がついて居(を)られますから、369万公(まんこう)の事(こと)は御(お)案(あん)じ下(くだ)さいますな』
370お寅『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)います、371何卒(どうぞ)よろしう御(お)願(ねが)ひいたします。372サアお菊(きく)、373失礼(しつれい)して一足(ひとあし)お先(さき)へ行(ゆ)きませう。374お竜(たつ)さまが待(ま)つてゐられますから』
375お菊『皆(みな)さま御(ご)面倒(めんだう)いたしました。376菊(きく)はお先(さき)へ失礼(しつれい)いたします』
377松彦『左様(さやう)ならば御(ご)機嫌(きげん)よう』
378五三(いそ)『アハヽヽヽ』
379アク『オツホヽヽヽ』
380 タク、381テクは飛(と)び上(あが)つて、
382タク、テク『ワツハヽヽヽ面白(おもしろ)い面白(おもしろ)いオツホヽヽヽ』
383万公『アーア、384悪(わる)い夢(ゆめ)を見(み)たものだ。385薩張(さつぱ)り俺(おれ)の顔(かほ)は台(だい)なしだ。386ドーレこれから一(ひと)つ花々(はなばな)しい功名(こうみやう)をして万公(まんこう)末代(まつだい)世界(せかい)に名(な)を残(のこ)し、387お里(さと)の霊(れい)を慰(なぐさ)めてやらうかなア』
388五三公『アハヽヽヽ、389五三公(いそこう)にまで、390万公(まんこう)、391到頭(たうとう)お里(さと)が解(わか)つたぢやないか。392イヒヽヽヽ』
393(大正一一・一二・九 旧一〇・二一 外山豊二録)
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