霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一一章 腰(こし)ぬけ〔一一八〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第44巻 舎身活躍 未の巻 篇:第2篇 月明清楓 よみ(新仮名遣い):げつめいせいふう
章:第11章 腰ぬけ よみ(新仮名遣い):こしぬけ 通し章番号:1180
口述日:1922(大正11)年12月08日(旧10月20日) 口述場所: 筆録者:外山豊二 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年8月18日
概要: 舞台:山口の森 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
晴公、楓の兄妹は久しぶりの再会に積もる話をしようと森の木の間の月影をたよりに二三町ばかり南へ進んで行く。
南方より三人の男が提灯をともしてやってくる。提灯の三つ葉葵のしるしを見て、兄妹はバラモン教の捕り手とわかり、大木の幹に姿を隠した。
三人の男はバラモン教軍の斥候であり、三五教の宣伝使に出会ったらひとたまりもないとびくつきながら、このあたりで最近噂の鬼娘の話に恐れおののいている。
また話の中に、晴公と楓の両親が三五教の杢助・黒姫宣伝使に間違われて捕えられ、人質として駕籠に乗せられて運ばれてくることも漏れ聞こえてきた。
三人の馬鹿話に晴公と楓は思わず吹き出してしまう。バラモン教の三人は、二人はてっきり人目を忍ぶ若夫婦だと思って姿を見せるように呼びかけたが、楓は鬼娘のふりをして、逆に三人を驚かせる。
そこへバラモン軍の後発隊十五六人が、二人の両親を駕籠に乗せてやってきた。一行が斥候隊の三人、アク、タク、テクから様子を聞いていると、森の中から宣伝歌が聞こえてきた。
不意を打たれたバラモン軍の一隊は、人質の駕籠を投げ捨ててバラバラと逃げて行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-02-11 17:11:20 文字数:4392 OBC :rm4411
愛善世界社版:147頁 八幡書店版:第8輯 191頁 修補版: 校定版:154頁 普及版:65頁 初版: ページ備考:
001 晴公(はるこう)、002楓(かへで)の両人(りやうにん)は兄妹(きやうだい)睦(むつま)じく手(て)をひき乍(なが)ら、003森(もり)の木間(こま)を漏(も)る月影(つきかげ)を幸(さいは)ひに枯草(かれくさ)の茫々(ばうばう)と生(は)え茂(しげ)つた細道(ほそみち)を逍遥(せうえう)し、004知(し)らず知(し)らず二三丁(にさんちやう)計(ばか)り南(みなみ)の方(はう)へ進(すす)むで行(ゆ)く。
005 南方(なんぱう)より二三(にさん)人(にん)の男(をとこ)[※アク、タク、テクの3人]、006忙(いそが)しげに提灯(ちやうちん)をとぼしてやつて来(く)る。007兄妹(きやうだい)は之(これ)を眺(なが)めて彼(か)の提灯(ちやうちん)のしるしは三葉葵(みつばあふひ)がついてゐる。008擬(まが)ふ方(かた)もなきバラモン教(けう)の捕手(とりて)に間違(まちが)ひない、009見(み)つけられては一大事(いちだいじ)と大木(たいぼく)の幹(みき)に姿(すがた)を隠(かく)した。010三(さん)人(にん)はツト立止(たちど)まり、
011甲(かふ)『オイ此辺(ここら)で一先(ひとま)づ一服(いつぷく)して行(ゆ)かうぢやないか。012これから先(さき)は危険(きけん)区域(くゐき)だ。013何程(なにほど)斥候隊(せきこうたい)だと云(い)つても、014僅(わづ)かに三(さん)人(にん)位(ぐらゐ)では心細(こころぼそ)いぢやないか。015三五教(あななひけう)の言霊(ことたま)宣伝使(せんでんし)とやらに出会(でつくは)したら、016大変(たいへん)な目(め)に逢(あ)ふと云(い)う事(こと)だ。017一(ひと)つ此辺(ここら)で団尻(だんじり)を下(お)ろして馬(うま)に水(みづ)でもかうたら何(ど)うだイ』
018乙(おつ)『オイ何処(どこ)に馬(うま)が居(ゐ)るのだ。019貴様(きさま)チツと呆(とぼ)けてゐやせぬか』
020甲(かふ)『貴様(きさま)は馬(うま)で、021モ一人(ひとり)が鹿(しか)だ。022大分(だいぶ)最前(さいぜん)からヒイヒイと汽笛(きてき)をならしてゐるぢやないか。023それだから此(こ)の出水(でみづ)で馬(うま)に水(みづ)を呑(の)ませと云(い)ふのだよ』
024乙(おつ)『何(なに)を吐(ぬか)すのだ、025鼬(いたち)奴(め)が。026先(さき)へ行(ゆ)きよつて臭(くさ)い臭(くさ)い屁(へ)を連発(れんぱつ)しよつて、027コレ見(み)ろ、028俺(おれ)の鼻(はな)は曲(まが)つて了(しま)つた。029眉毛(まゆげ)迄(まで)立枯(たちがれ)が出来(でき)てきたワ。030本当(ほんたう)に困(こま)つた奴(やつ)が先(さき)に立(た)つたものだな』
031甲(かふ)『俺(おれ)の最後屁(さいごぺ)で鼻(はな)が曲(まが)つたのぢやないわ。032貴様(きさま)は先天(せんてん)的(てき)に鼻曲(はなまが)りだ。033親譲(おやゆづ)りの片輪(かたわ)迄(まで)俺(おれ)の屁(へ)に転嫁(てんか)さすとは、034チト虫(むし)が好(よ)すぎるぞ。035何(ど)うだドツと張込(はりこ)ンで此処(ここ)で休息(きうそく)しようぢやないか。036さうすりや、037やがて本隊(ほんたい)がやつて来(く)るのだから、038先(ま)づ斥候(せきこう)だと云(い)つても一丁(いつちやう)位(くらゐ)の距離(きより)を持(たも)つて行(ゆ)かなくちやコレから先(さき)は心細(こころぼそ)いよ』
039乙(おつ)『それだから貴様(きさま)は鼬(いたち)と云(い)ふのだ。040直(すぐ)に糞(ばば)をたれ屁古垂(へこた)れよつて何(なん)の態(ざま)だイ』
041甲(かふ)『ヘン偉(えら)さうに云(い)ふない。042臆病(おくびやう)たれ奴(め)、043三(さん)人(にん)の真中(まんなか)へ入(はい)らにやヨウ歩(ある)かぬと云(い)つたぢやないか。044ポンポン乍(なが)ら此(この)アーちやまは敵(てき)の矢玉(やだま)を受(う)ける一番槍(いちばんやり)の御(ご)先頭(せんとう)だぞ。045何(なん)なら貴様(きさま)、046先(さき)へ行(い)つたら何(ど)うだイ。047俺(おれ)が真中(まんなか)から行(い)つてやらうか』
048乙(おつ)『先輩(せんぱい)が先(さき)へ行(ゆ)くのは当(あた)り前(まへ)だよ。049総(すべ)て物(もの)には順序(じゆんじよ)がある。050長幼序(ちやうえうじよ)あり夫婦別(ふうふべつ)あり、051といふからなア』
052甲(かふ)『夜道(よみち)を行(ゆ)く時(とき)丈(だ)け貴様(きさま)は長幼序(ちやうえうじよ)ありを振(ふ)り廻(まは)すのだから耐(たま)らぬワ。053なア丙州(へいしう)、054一(ひと)つ此処(ここら)で休(やす)ンで行(ゆ)かうぢやないか』
055丙(へい)『モー二三丁(にさんちやう)北(きた)へ行(ゆ)けば古社(ふるやしろ)の跡(あと)がある。056ウン其処(そこ)には大変(たいへん)都合(つがふ)のよい段(だん)があつて、057腰(こし)をかけるに持(も)つて来(こ)いだ。058そこ迄(まで)行(ゆ)かうぢやないか』
059甲(かふ)『そこ迄(まで)行(ゆ)くのは知(し)つて居(ゐ)るが、060なンだか俄(にはか)に足(あし)が進(すす)まなくなつたのだ。061出(で)るのぢやないか。062エー』
063丙(へい)『出(で)るとは何(なに)が出(で)るのだい。064怪体(けたい)な事(こと)をいふ奴(やつ)だな』
065甲(かふ)『出(で)るとも出(で)るとも大(おほい)に出(で)るのだ。066モウ夜明(よあ)けに間(ま)もあるまいから、067此処(ここら)で一寸(ちよつと)休(やす)みて行(ゆ)かうかい』
068丙(へい)『アハー此(この)間(あひだ)から噂(うはさ)に聞(き)いた鬼娘(おにむすめ)の事(こと)を思(おも)ひ出(だ)しよつたな。069ソレは貴様(きさま)、070人(ひと)の話(はなし)だよ。071幽霊(いうれい)と化物(ばけもの)と鬼(おに)とは決(けつ)して此(この)世(よ)の中(なか)にあるものぢやない。072そンな迷信(めいしん)をするな。073さア、074行(ゆ)かう』
075乙(おつ)『ヨウ其奴(そいつ)は一寸(ちよつと)見(み)ものだ。076併(しか)し乍(なが)ら見(み)たところが、077何(なん)の役(やく)にもならないから、078マア此辺(ここら)で一層(いつそう)の事(こと)一服(いつぷく)しようかい。079それの方(はう)が余程(よほど)安全(あんぜん)だぞ』
080丙(へい)『アハヽヽヽ此奴(こいつ)も到頭(たうとう)本音(ほんね)を吹(ふ)き居(を)つた。081やつぱり鬼娘(おにむすめ)が恐(こは)いと見(み)えるワイ。082頭(あたま)に蝋燭(らふそく)を三本(さんぼん)立(た)て、083面(つら)を青赤(あをあか)く塗(ぬ)りたて、084口(くち)を耳(みみ)迄(まで)裂(さ)けたやうにして、085ピカツ ピカツと暗(やみ)を照(て)らし乍(なが)ら、086白(しろ)い尾(を)を引(ひき)ずつて来(く)る姿(すがた)を見(み)たら余(あんま)り気味(きびた)がよい事(こと)ない事(こと)ない事(こと)ないワ。087俺(おれ)も何(なん)だか身柱元(ちりけもと)がぞくぞくして来(き)はせぬワイ。088さア、089何奴(どいつ)も此奴(こいつ)もそこ迄(まで)進(すす)めとは云(い)はぬわ』
090甲(かふ)『アハヽヽヽ、091やつぱり此奴(こいつ)も屁古垂(へこた)れ組(ぐみ)だな。092時(とき)にランチ将軍(しやうぐん)さまは何故(なぜ)アンナ爺(ぢい)や婆(ばば)を大事(だいじ)相(さう)に駕籠(かご)に乗(の)せて河鹿(かじか)峠(たうげ)を越(こ)ゆるのだらうかなア。093些(ちつ)とも合点(がつてん)が行(ゆ)かぬぢやないか。094彼奴(あいつ)は三五教(あななひけう)の杢助(もくすけ)や、095黒姫(くろひめ)が化(ば)けてゐるのだと云(い)ふ噂(うはさ)だが、096俺(おれ)も一寸(ちよつと)面(かほ)を見(み)たが、097余(あま)り恐(こは)さうな奴(やつ)ぢやなかつたぞ』
098乙(おつ)『それが化物(ばけもの)だよ。099人殺(ひとごろし)をしたり、100強盗(がうたう)する奴(やつ)には決(けつ)して悪相(あくさう)な奴(やつ)は無(な)いものだ。101虫(むし)も殺(ころ)さぬ丸(まる)で女(をんな)の様(やう)な優(やさ)しい面(かほ)をして居(を)つて、102陰(かげ)で悪(わる)い事(こと)をするのだ。103俺(おれ)の様(やう)な閻魔面(えんまづら)は世間(せけん)の奴(やつ)が初(はじ)めから恐(こは)がつて油断(ゆだん)をせぬから、104一寸(ちよつと)も悪(わる)い事(こと)は出来(でき)はせない。105外面(げめん)如(によ)菩薩(ぼさつ)、106内心(ないしん)如(によ)夜叉(やしや)と云(い)つてな、107外(そと)から弱(よわ)そに見(み)える奴(やつ)が挺子(てこ)でも棒(ぼう)でも了(を)へぬ奴(やつ)だよ』
108丙(へい)『さうすると彼(あ)の杢助(もくすけ)、109黒姫(くろひめ)を駕籠(かご)に乗(の)せ、110河鹿(かじか)峠(たうげ)を通過(つうくわ)せうといふ算段(さんだん)だなア』
111甲(かふ)『ウンさうだ。112何(なん)でも治国別(はるくにわけ)とか、113玉国別(たまくにわけ)とか云(い)ふ豪傑(がうけつ)が祠(ほこら)の森(もり)や、114懐谷(ふところだに)辺(あたり)に陣(ぢん)を構(かま)へて頻(しき)りに言霊(ことたま)とやらを打出(うちだ)しよるものだから、115何(ど)うしても進(すす)む事(こと)が出来(でき)ない。116そこで三五教(あななひけう)の杢助(もくすけ)、117黒姫(くろひめ)が初稚姫(はつわかひめ)を伴(つ)れてライオン河(がは)の畔(ほとり)にバラモン軍(ぐん)の動静(どうせい)を考(かんが)へて居(を)つたのを甘(うま)く捕獲(ほくわく)し、118河鹿(かじか)峠(たうげ)を無事(ぶじ)に通過(つうくわ)しようといふ計略(けいりやく)だ。119もし言霊(ことたま)でも打出(うちだ)し居(を)つたら駕籠(かご)の扉(と)をパツと開(ひら)き、120槍(やり)で殺(ころ)すが何(ど)うだ。121コレでも言霊(ことたま)を発射(はつしや)するかと両人(りやうにん)の胸元(むなもと)へ突(つ)きつけるのだ。122さうすると如何(いか)に無謀(むぼう)な宣伝使(せんでんし)でも、123三五教(あななひけう)切(き)つての豪傑(がうけつ)杢助(もくすけ)、124黒姫(くろひめ)を見殺(みごろし)にする訳(わけ)には行(ゆ)かぬ。125せう事(こと)なしに屁古垂(へこた)れ居(を)つて、126何卒(どうぞ)無事(ぶじ)に御(ご)通過(つうくわ)をして下(くだ)さいと反対(あべこべ)に頼(たの)むやうに仕組(しぐ)まれた仕事(しごと)だ。127随分(ずゐぶん)ランチさまも智勇(ちゆう)兼備(けんび)の勇将(ゆうしやう)ぢやないか』
128 兄妹(きやうだい)は一口(ひとくち)々々(ひとくち)胸(むね)を轟(とどろ)かせ乍(なが)ら聞(き)きゐたり。
129丙(へい)『何(なん)だか人(ひと)くさいぞ。130怪体(けたい)な匂(にほ)ひがするぢやないか』
131乙(おつ)『人(ひと)くさいなンて丸(まる)で鬼(おに)のやうな事(こと)をいふない。132アタ厭(いや)らしい、133鬼娘(おにむすめ)の出(で)る森(もり)だと思(おも)つて馬鹿(ばか)な事(こと)を云(い)ふものぢや無(な)い。134ナーニ此処(ここ)に人(ひと)が居(を)つて耐(たま)るかい。135俺様(おれさま)のやうな英雄(えいゆう)豪傑(がうけつ)でも気味(きみ)の悪(わる)い山口(やまぐち)の森(もり)だ。136こンな所(ところ)へ夜夜中(よるよなか)うろついて居(ゐ)ようものなら大蛇(をろち)に呑(の)まれて了(しま)ふワイ』
137丙(へい)『それでも何(なん)だか人間(にんげん)の匂(にほ)ひがするやうだ、138併(しか)し人間(にんげん)の臭(にほひ)のするのは当然(あたりまへ)だらうよ。139此処(ここ)にも一人(ひとり)人間(にんげん)が居(を)るのだからなア』
140乙(おつ)『人間(にんげん)が一人(ひとり)とはなンだい。141三(さん)人(にん)居(を)るぢやないか』
142丙(へい)『俺(おれ)は人間(にんげん)だが他(ほか)は鼬(いたち)と鹿(しか)だ』
143乙(おつ)『ナニを吐(ぬか)すのだい。144ドー狸(たぬき)奴(め)が』
145丙(へい)『狸(たぬき)でも何(なん)でもホツチツチだ。146俺(おれ)の人間(にんげん)さまの鼻(はな)には何(ど)うも異性(いせい)の匂(にほ)ひがするのだ。147随分(ずゐぶん)威勢(ゐせい)のよい匂(にほ)ひだよ。148一寸(ちよつと)男(をとこ)の匂(にほ)ひもするやうだし』
149乙(おつ)『ハー、150さうすると貴様(きさま)もやつぱり四足(よつあし)だ。151犬(いぬ)の生(うま)れ代(がは)りだな。152さうでなくちや、153それ丈(だけ)鼻(はな)の利(き)く気遣(きづか)ひはないわ。154ハナハナ以(もつ)て奇妙(きめう)奇天烈(きてれつ)な動物(どうぶつ)だなア』
155 楓(かへで)は可笑(をか)しさに怺(こら)えかね、156「ホヽヽヽヽ」と吹(ふ)き出(だ)せば、
157乙(おつ)『ソラ鬼娘(おにむすめ)だ。158ホヽヽヽヽだ。159オイ逃(に)げろ逃(に)げろ』
160甲(かふ)丙(へい)『逃(に)げろといつたつて逃(にげ)られるものか。161モウあきらめるより仕方(しかた)がないわ。162肝腎(かんじん)の腰(こし)が命令権(めいれいけん)に服従(ふくじゆう)せぬのだから』
163 傍(かたはら)の木蔭(こかげ)から、
164(晴公、楓)『アハヽヽヽ、165オホヽヽヽ』
166丙(へい)『ソレ見(み)たか、167俺(おれ)の鼻(はな)は偉(えら)いものだろ。168若(わか)い男女(だんぢよ)が手(て)に手(て)を取(と)つて、169ソツと吾(わが)家(や)を脱(ぬ)け出(だ)し、170たとへ野(の)の末(すゑ)、171山(やま)の奥(おく)、172虎(とら)狼(おほかみ)の住処(すみか)でも、173などと洒落(しやれ)よつて恋(こひ)の道(みち)行(ゆ)きをやつてるのだよ。174斯(か)う分(わか)つた以上(いじやう)は矢張(やつぱり)人間(にんげん)だ、175驚(おどろ)く必要(ひつえう)はないわ』
176 甲(かふ)乙(おつ)は胸(むね)をなで下(お)ろし、
177甲、乙『誰(たれ)も驚(おどろ)いてゐるものがあるかい。178貴様(きさま)一人(ひとり)驚(おどろ)いて居(ゐ)よるのだ。179オイ若夫婦(わかふうふ)、180そンな処(ところ)へ隠(かく)れて居(を)らずに、181御(ご)遠慮(ゑんりよ)なく此処(ここ)へ罷(まか)りつン出(で)て、182何(ど)ンな面付(つらつ)きをして居(を)るか、183一(ひと)つ御(お)慰(なぐさ)みに供(きよう)したら何(ど)うだい』
184 楓(かへで)はやさしい声(こゑ)で、
185楓『兄(にい)さま、186三(さん)人(にん)の御(お)方(かた)がアナイ云(い)うてゐやはりますから、187一寸(ちよつと)顔(かほ)を拝(をが)まして上(あ)げませうかなア。188ホヽヽヽヽ』
189甲(かふ)『ナーンだ、190馬鹿(ばか)にしやがるない。191拝(をが)まして上(あ)げようなンて、192何(ど)ンなナイスかしらぬが、193女(をんな)位(ぐらゐ)に精神(せいしん)をとろかすアーちやまぢやないぞ、194エー。195世間体(せけんてい)をつくりよつて「兄(にい)さま、196ホヽヽヽヽ」が聞(き)いて呆(あき)れるワイ。197貴様(きさま)は親(おや)の目(め)を忍(しの)ンで喰(く)つ付(つ)いてゐるのだろ。198サア此処(ここ)へつン出(で)て何(なに)も彼(か)も白状(はくじやう)するのだ。199早(はや)う出(で)て来(こ)ぬかいグヅグヅしてゐると爺婆(ぢぢばば)の駕籠(かご)が出(で)て来(く)ると迷惑(めいわく)だ。200それ迄(まで)に首実検(くびじつけん)をしておく必要(ひつえう)があるワ』
201楓(かへで)『ホヽヽヽヽ、202アタイもアンタ方(がた)の首(くび)を実検(じつけん)して置(お)く必要(ひつえう)があるのよ。203幸(さいは)ひお月様(つきさま)も御(お)照(て)り遊(あそ)ばし、204よく見(み)えるでせう。205アタイ毎晩(まいばん)此(この)森(もり)に現(あら)はれて来(く)る鬼娘(おにむすめ)ですわ。206ビツクリなさいますなや』
207甲(かふ)『エー、208気味(きび)たの悪(わる)い事(こと)を吐(ぬか)す奴(やつ)だ。209モウ拝謁(はいえつ)はまかりならぬ。210勝手(かつて)に森(もり)の奥(おく)へすつこみて、211万劫(まんご)末代(まつだい)姿(すがた)を現(あら)はさぬやうにいたせ』
212楓(かへで)『アタイその爺(ぢい)さまと婆(ばあ)さまとが喰(く)ひたいのよ。213それで此処(ここ)に青鬼(あをおに)の兄(にい)さまと待(ま)つてゐるの。214皆(みな)さま、215御(ご)苦労(くらう)だね。216馬(うま)さま、217鹿(しか)さま、218狸(たぬき)さま。219ホヽヽヽヽ』
220甲(かふ)『エー鬼娘(おにむすめ)迄(まで)が馬鹿(ばか)にしよる哩(わい)。221コリヤ鬼娘(おにむすめ)、222コレでも一人前(いちにんまへ)の立派(りつぱ)な兄(にい)さまだぞ。223沢山(たくさん)のナイスにチヤホヤされて袖(そで)が千切(ちぎ)れて怺(たま)らないから、224浮世(うきよ)のうるささを避(さ)けてバラモン教(けう)の先生(せんせい)になつてゐるのだ。225何程(なにほど)惚(ほれ)たつて駄目(だめ)だ。226四十八(しじふはち)珊(サンチ)のクルツプ砲(はう)を発射(はつしや)してやらうか。227貴様(きさま)も地獄(ぢごく)から来(き)たのだらうが、228地獄(ぢごく)へ帰(かへ)つてアーちやまに肱鉄(ひぢてつ)をかまされたと云(い)つては貴様(きさま)の面(つら)が立(た)つまい。229さア、230早(はや)く退却(たいきやく)々々(たいきやく)』
231 斯(か)かる処(ところ)へ十七八(じふしちはち)人(にん)の同勢(どうぜい)、232抜(ぬ)き身(み)の鎗(やり)を振(ふ)りかざし、233二挺(にちやう)の駕籠(かご)をかつがせてスタスタとやつて来(く)る。234先頭(せんとう)に立(た)つた男(をとこ)は三(さん)人(にん)の姿(すがた)を月影(つきかげ)に眺(なが)め、
235男(をとこ)『ヤア此処(ここ)に何(なん)だか怪(あや)しいものが居(を)る。236大方(おほかた)三五教(あななひけう)の奴(やつ)だろ。237オイ皆(みな)の者(もの)、238首途(かどで)の血祭(ちまつり)に芋刺(いもざ)しにして行(ゆ)け』
239 甲(かふ)乙(おつ)丙(へい)は驚(おどろ)いて両手(りやうて)をひろげ、
240甲、乙、丙『アーモシモシ アクに、241タクに、242テクだ。243一寸(ちよつと)此処(ここ)で鬼娘(おにむすめ)が出(で)やがつたから評定(ひやうじやう)をしてゐるのだ。244見違(みちが)へて貰(もら)つちや困(こま)るぞ』
245槍持(やりもち)『ナンダ斥候隊(せきこうたい)のアク、246タク、247テクぢやないか。248何故(なぜ)こンな処(ところ)にグヅグヅしてゐるのだ。249敵状(てきじやう)は何(ど)うなつたか』
250甲(かふ)『何(ど)うも斯(か)うもあつたものぢやない。251今(いま)此処(ここ)に鬼娘(おにむすめ)が現(あら)はれたのだ。252声(こゑ)ばつかり聞(きこ)えてチツとも姿(すがた)が見(み)えないのだよ』
253 槍持(やりもち)はビクビク震(ふる)へ出(だ)した。
254槍持『ナヽヽヽナニ鬼娘(おにむすめ)が出(で)たと。255ソヽヽヽそしてそれは何(ど)うなつたのだい』
256甲(かふ)『俺(おれ)に惚(ほれ)よつたと見(み)えて、257どうしても斯(か)うしても除(の)かぬのだよ。258大雲山(だいうんざん)のお札(ふだ)でもあつたら貸(かし)て呉(く)れないか』
259男(をとこ)『怪体(けたい)な事(こと)を云(い)ふぢやないか。260マアマア此処(ここ)へ一(ひと)つ駕籠(かご)を下(お)ろして調(しら)べて見(み)よう。261全隊(ぜんたい)止(と)まれ!』
262と号令(がうれい)する。263十七八(じふしちはち)人(にん)の同勢(どうぜい)は鎗(やり)を杖(つゑ)につき足(あし)を揃(そろ)へてピタリと止(と)まつた。264二人(ふたり)を乗(の)せた籠(かご)は手荒(てあら)く地上(ちじやう)に下(お)ろされた。
265 森(もり)の中(なか)から辺(あた)りに響(ひび)く大声(おほごゑ)の宣伝歌(せんでんか)さやさやに聞(きこ)え来(き)たる。
266治国別『神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて
267善(ぜん)と悪(あく)とを立別(たてわ)ける
268三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)
269われは治国別(はるくにわけ)の神(かみ)
270ランチ将軍(しやうぐん)片彦(かたひこ)の
271手下(てした)の奴(やつ)共(ども)よつく聞(き)け
272河鹿(かじか)峠(たうげ)に陣取(ぢんど)りて
273生言霊(いくことたま)に妙(めう)を得(え)し
274天下(てんか)無双(むさう)の宣伝使(せんでんし)
275汝(なんぢ)等(ら)一族(いちぞく)悉(ことごと)く
276生言霊(いくことたま)に払(はら)はむと
277今(いま)や此処(ここ)迄(まで)向(むか)うたり
278もはや逃(にが)れぬ百年目(ひやくねんめ)
279汝(なんぢ)の運(うん)も早(はや)つきぬ
280二(ふた)つの籠(かご)をそこに置(お)き
281一(いち)時(じ)も早(はや)く逃(に)げ帰(かへ)れ
282拒(こば)むに於(おい)ては某(それがし)が
283又(また)もやきびしき言霊(ことたま)を
284霰(あられ)の如(ごと)く打出(うちいだ)し
285曲(まが)に従(したが)ふ者(もの)共(ども)を
286木端(こつぱ)微塵(みぢん)に踏(ふ)み砕(くだ)き
287滅(ほろぼ)しくれむは目(ま)の当(あた)り
288此(この)世(よ)を造(つく)りし神直日(かむなほひ)
289心(こころ)も広(ひろ)き大直日(おほなほひ)
290唯(ただ)何事(なにごと)も吾々(われわれ)は
291直日(なほひ)に見直(みなほ)す宣伝使(せんでんし)
292汝(なんぢ)の罪(つみ)は憎(にく)けれど
293皇(すめ)大神(おほかみ)に神習(かむなら)ひ
294仁慈(じんじ)を以(もつ)て救(すく)ふ可(べ)し
295あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
296神(かみ)の言葉(ことば)に従(したが)へよ』
297 此(この)言霊(ことたま)に不意(ふい)を打(う)たれて二挺籠(にちやうかご)を路上(ろじやう)に捨(す)てた儘(まま)、298バラバラパツと蜘蛛(くも)の子(こ)を散(ち)らすが如(ごと)く生命(いのち)からがら逃(に)げて行(ゆ)く。299アク、300タク、301テクの三(さん)人(にん)は腰(こし)をぬかして逃(に)げ後(おく)れ、302路傍(ろばう)に四這(よつば)ひとなつて慄(ふる)ひ戦(おのの)いてゐる。303楓(かへで)は森(もり)かげを立出(たちい)で山駕籠(やまかご)の扉(と)を開(ひら)いて、304アツと計(ばか)りにおどろき叫(さけ)ぶ。
305(大正一一・一二・八 旧一〇・二〇 外山豊二録)
306(昭和九・一二・二七 王仁校正)
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