霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一八章 一本橋(いつぽんばし)〔一一八七〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第44巻 舎身活躍 未の巻 篇:第3篇 珍聞万怪 よみ(新仮名遣い):ちんぶんばんかい
章:第18章 一本橋 よみ(新仮名遣い):いっぽんばし 通し章番号:1187
口述日:1922(大正11)年12月09日(旧10月21日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年8月18日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
松彦一行は宣伝歌を歌いながら進んで行く。ここには河鹿川の下流があり、ライオン川に注いでいるという。かなり広い川に天然の川中の石を土台として一本橋が架けられている。橋を渡ってくる老女と少女があった。
万公が二人に声をかけると、老女はバラモン軍が村にやってきて村人を徴収するので皆逃げてしまい、橋を渡って小北山の神様の館に隠れていたのだという。そこが手狭になって断られたので、親子でここまで帰ってきたのだという。
婆が言うには、小北山の神様にも十曜の紋がついていて、国治立命様を祀っているのだという。松彦は、そこへよって様子を見たいといい、一行四人も賛成した。
かく小北山の様子について話していると、婆はアク、テク、タクの三人は先日、村へきて女を徴収していったバラモン軍の者だと気が付き、ものすごい権幕で怒鳴りつけて睨みつけた。
松彦がこの三人はもう改心したのだとなだめたが、婆はどうしても三人に土下座して詫びをさせねば済まぬと怒りが収まらない。アク、タク、テクの三人は逃げ出したが、アクは足をすべらせて川に落ち込んでしまった。
お寅というこの婆さんは、万公の首筋をぐっと引いた。娘の少女お菊も万公の足をさらえて、川端に倒してしまった。万公は助けを求めたが、他の者はみな、アクを助けようと駆け出している。
アクは下流に流れ着いて、何事もなく着物を絞っている。松彦たちが、万公がいないのに気が付いて振り向くと、万公は婆と少女に押さえられて責められている。
お寅婆さんによると万公は、お菊の姉のお里と無理矢理くっついて一年ばかり暮らしていたのだが、お里が難産で死んでしまった。するとこの万公は薄情にも逃げ出したのだという。
お寅とお菊は、娘の仇、姉の仇だと万公を打っている。松彦と五三公になだめられ、また万公は注意を受けて、ようやくお寅とお菊は万公を離した。万公は捨て台詞を残して逃げて行く。
お寅は追いかけようとするが、五三公になだめられる。お寅は、憎いやつではあるがたとえ一年でも娘の夫になっていた男だから、なんとか懲らして一人前の男にしてやりたい一心で手荒いことをしたのだ、と明かした。
五三公は親の恩に感心し、一本橋を渡って一行とともに小北山の霊場に急いた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-02-16 19:03:19 文字数:5416 OBC :rm4418
愛善世界社版:241頁 八幡書店版:第8輯 224頁 修補版: 校定版:253頁 普及版:106頁 初版: ページ備考:
001 松彦(まつひこ)一行(いつかう)は野中(のなか)の森(もり)を後(あと)にして、002宣伝歌(せんでんか)を歌(うた)ひながら浮木(うきき)ケ原(はら)をさして進(すす)み往(ゆ)く。003此処(ここ)には河鹿川(かじかがは)の下流(かりう)が横(よこ)たはつて居(ゐ)る。004此(こ)の河(かは)は、005ライオン川(がは)に注(そそ)ぐと伝(つた)へられて居(ゐ)る。
006 可(か)なり広(ひろ)い河(かは)に、007天然(てんねん)の河(かは)の中(なか)の岩(いは)を土台(どだい)として、008一本橋(いつぽんばし)が架(か)けられてある。009橋(はし)を渡(わた)つて帰(かへ)つて来(く)る二人(ふたり)の女(をんな)があつた。010一人(ひとり)は中年増(ちうどしま)、011一人(ひとり)は十五六(じふごろく)才(さい)の少女(せうぢよ)である。012一行(いつかう)六(ろく)人(にん)は橋(はし)の詰(つ)めに立(た)つて清(きよ)らかな激流(げきりう)を眺(なが)めて息(いき)を休(やす)めて居(ゐ)た。013万公(まんこう)は二人(ふたり)の女(をんな)に向(むか)ひ、
014万公『随分(ずゐぶん)、015烈(はげ)しい流(なが)れだが、016こンな一本橋(いつぽんばし)を女(をんな)の身(み)としてよく渡(わた)れたものだなア、017一体(いつたい)お前(まへ)さまは、018何処(どこ)から来(き)たのだイ』
019女(お寅)『ハイ私(わたくし)は浮木(うきき)の里(さと)の者(もの)で厶(ござ)いますが、020此(この)間(あひだ)から沢山(たくさん)の軍人(ぐんじん)が私(わたし)の村(むら)に陣取(ぢんど)り、021女(をんな)と云(い)ふ女(をんな)を軒別(けんべつ)に徴集(ちようしふ)して炊事(すゐじ)をさせたり、022いろいろと辱(はづかしめ)たりするので、023誰(たれ)も彼(かれ)も皆(みな)逃(に)げて仕舞(しま)ひました。024私(わたし)は婆(ばば)の事(こと)なり、025相手(あひて)にはして呉(く)れませなンだが、026段々(だんだん)と女(をんな)が減(へ)るにつけ、027婆(ばば)でも少女(こども)でも構(かま)はぬ、028女(をんな)でさへあれば引張(ひつぱ)つて帰(かへ)りますので吾(わが)村(むら)を逃(に)げ出(だ)し、029此(この)橋(はし)を渡(わた)つて小北山(こぎたやま)の神(かみ)様(さま)のお館(やかた)へ身(み)を隠(かく)して居(を)りましたが、030あまり沢山(たくさん)の女(をんな)で寝(ね)る所(ところ)もなく断(ことわ)られて、031親子(おやこ)二人(ふたり)が此処(ここ)迄(まで)帰(かへ)つて来(き)たので厶(ござ)います』
032 アクは言葉(ことば)せはしく、
033アク『ウン、034女(をんな)計(ばか)りが小北山(こぎたやま)に隠(かく)れて居(ゐ)るとは一体(いつたい)幾十(いくじふ)人(にん)程(ほど)居(ゐ)るのだい』
035女(お寅)『ハイ、036一寸(ちよつと)百(ひやく)人(にん)計(ばか)り集(あつ)まつて居(を)りますが、037私(わたし)は後(あと)から行(い)つたものですから、038部屋(へや)と云(い)ふ部屋(へや)は酢司詰(すしづめ)の有様(ありさま)で軒下(のきした)にも寝(ね)る所(ところ)がないので厶(ござ)ります。039それ故(ゆゑ)帰(かへ)つて参(まゐ)りました。040此(この)先(さき)何(ど)うしたらよからうかと思案(しあん)に暮(く)れて居(ゐ)ます。041貴方(あなた)の笠(かさ)には十曜(とえう)の紋(もん)がついて居(ゐ)ますが、042不思議(ふしぎ)の事(こと)には小北山(こぎたやま)の神(かみ)様(さま)にも十曜(とえう)の紋(もん)がつけてありました』
043アク『さうして何(なん)といふ神(かみ)様(さま)が祭(まつ)つてあるのだ』
044女(お寅)『ハイ国治立(くにはるたちの)命(みこと)様(さま)とか承(うけたま)はりました』
045アク『ハテ国治立(くにはるたちの)命(みこと)様(さま)を祭(まつ)つてあるとは合点(がてん)が往(ゆ)かぬ。046三五教(あななひけう)の一派(いつぱ)ではあるまいかなア』
047女(お寅)『何(なん)だか知(し)りませぬが、048小北山(こぎたやま)の神(かみ)様(さま)と云(い)うて参(まゐ)つて居(を)ります。049一寸(ちよつと)外(そと)からは分(わか)りませぬが、050あれ御覧(ごらん)なさい、051細(ほそ)い煙(けぶり)が立(た)ち上(のぼ)つて居(を)りませう、052あすこが神(かみ)様(さま)を祭(まつ)つてある所(ところ)です。053そして門(もん)もあり、054沢山(たくさん)の神(かみ)様(さま)も祭(まつ)つてあつて一々(いちいち)名(な)は覚(おぼ)えて居(ゐ)ませぬが何(なん)でも六ケ敷(むつかしき)名(な)のついた神(かみ)様(さま)計(ばか)りで厶(ござ)います』
055アク『松彦(まつひこ)さま、056此(この)婆(ばあ)さまの話(はなし)は耳寄(みみよ)りぢやありませぬか。057国治立(くにはるたちの)神(かみ)様(さま)が祭(まつ)つてあると云(い)ひ十曜(とえう)の紋(もん)がついて居(ゐ)ると云(い)つたでせう。058ひよつとしたら治国別(はるくにわけ)の先生(せんせい)が、059其処(そこ)へ往(ゆ)かれたのではありますまいかな』
060松彦『さうでもあるまいが、061松彦(まつひこ)もその小北山(こぎたやま)とやらへ一寸(ちよつと)立寄(たちよ)つて様子(やうす)を考(かんが)へて見度(みた)いものだなア』
062アク『そンならお伴(とも)致(いた)しませうか。063オイ、064五三(いそ)さま、065万公(まんこう)さま、066タク、067テク、068お前(まへ)等(ら)も賛成(さんせい)だらうなア』
069 四(よ)人(にん)一度(いちど)に「賛成(さんせい)々々(さんせい)」とばつを合(あは)した。
070アク『ヤア小生(せうせい)の提案(ていあん)を満場(まんぢやう)一致(いつち)賛成(さんせい)下(くだ)さいまして、071アクの身(み)に取(と)り有(あ)り難(がた)う厶(ござ)います』
072松彦『ハヽヽヽヽ、073アクさま、074この二人(ふたり)の女(をんな)は見殺(みごろし)にする積(つも)りかな、075何(なん)とかして連(つ)れて往(い)つてやらねば、076可愛(かあい)さうぢやないか。077百(ひやく)人(にん)も居(ゐ)る処(ところ)へ二人(ふたり)位(くらゐ)融通(ゆうづう)のつかぬ筈(はず)はあるまい。078此(この)婆(ば)さまは何(なに)か万(まん)びきでもやつたのぢやあるまいかな』
079アク『さうだなア、080やりよつたのだらう。081随分(ずゐぶん)手癖(てくせ)の悪(わる)い奴(やつ)が、082女(をんな)の中(なか)にもあるからなア』
083女(お寅)『これこれあなた方(がた)、084私(わたし)を手癖(てくせ)が悪(わる)いと仰有(おつしや)つたが、085さうどんどんと仰有(おつしや)るからには何(なん)ぞ証拠(しようこ)がありますかな、086サアそれを聞(き)かして貰(もら)はう、087こンな事(こと)を聞(き)いては、088何程(なにほど)女(をんな)だと云(い)うて聞(き)き捨(ず)てになりませぬ、089盗人(ぬすびと)の名(な)をきせられて、090先祖(せんぞ)に対(たい)して申訳(まをしわけ)がありますか、091娘(むすめ)にだつて合(あは)す顔(かほ)がない。092何(なに)を証拠(しようこ)にそンな事(こと)を仰有(おつしや)いますか』
093と眉(まゆ)を逆立(さかだ)て、094睨(にら)みつける。
095アク『ヤアこいつは失敗(しくじ)つた、096まことに粗疎(そさう)千万(せんばん)アク言(げん)を申上(まをしあ)げました。097つい口(くち)が辷(すべ)りましてなア』
098女(お寅)『口(くち)が辷(すべ)つたの、099足(あし)が辷(すべ)つたのと、100そンな事(こと)で云(い)ひ訳(わけ)が立(た)ちますか。101私(わたし)に着(き)せた濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)をサアどうして乾(かわ)かして下(くだ)さる。102お前(まへ)さまも世界(せかい)の人(ひと)を導(みちび)いて歩(ある)くお方(かた)だと見(み)えるが、103そンな事(こと)でどうして神(かみ)様(さま)の御用(ごよう)が出来(でき)ますか』
104アク『イヤ誠(まこと)に閉口(へいこう)頓首(とんしゆ)だ、105アクの身魂(みたま)はやられた哩(わい)』
106万公『オイ、107アクさま、108態(ざま)を見(み)ろ、109余(あま)り言霊(ことたま)を使(つか)ひ過(す)ぎると、110七(しち)尺(しやく)以上(いじやう)の男(をとこ)が女(をんな)に屁古(へこ)まされるやうな事(こと)が起(おこ)るのだよ。111アハヽヽヽ万(まん)の悪(わる)い代物(しろもの)だなア』
112女(お寅)『さうするとお前(まへ)はアクと云(い)ふのかい、113道理(だうり)で万引(まんびき)の様(やう)な面(つら)をして厶(ござ)るわい。114オヽ恐(おそ)ろしい恐(おそ)ろしい、115こンな所(ところ)で追剥(おひはぎ)せられては大変(たいへん)だ、116サア菊(きく)、117長居(ながゐ)は恐(おそ)れ、118早(はや)く帰(かへ)りませう』
119お菊『お母(かあ)さま、120浮木(うきき)の里(さと)へ帰(かへ)ればバラモンの軍人(ぐんじん)に追剥(おひはぎ)をされたり、121念仏講(ねんぶつかう)に合(あ)はされたりしては耐(たま)りませぬから、122一層(いつそう)此処(ここ)へ身(み)を投(な)げて死(し)にませうか。123小北山(こぎたやま)へ行(い)つても放(はふ)り出(だ)される、124ここへ来(く)れば追剥(おひはぎ)にせられる。125家(いへ)へ帰(かへ)れば軍人(ぐんじん)に訶(さいな)まれる、126何(ど)うする事(こと)も出来(でき)ぬぢやありませぬか』
127五三公『これこれ母子(おやこ)御(ご)両人(りやうにん)さま、128私(わたし)は五三公(いそこう)と申(まを)すもの、129決(けつ)して盗人(どろぼう)ぢやありませぬ。130三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)のお伴(とも)だ。131決(けつ)して人(ひと)を難(なや)めたり、132追剥(おひはぎ)なンどはして呉(く)れと云(い)はれても致(いた)しませぬから安心(あんしん)して下(くだ)さい。133大切(たいせつ)な命(いのち)をこンな所(ところ)で果(はた)すとは悪(わる)い了見(れうけん)だ。134気(き)の短(みじか)いにも程(ほど)がある。135これお菊(きく)さま、136この叔父(おぢ)さまはそンな怖(こは)い者(もの)ぢやない、137まア安心(あんしん)してお呉(く)れ』
138お菊『イエイエお前(まへ)さまは泥棒(どろばう)だよ。139そこに厶(ござ)る三(さん)人(にん)のお方(かた)は、140此(この)間(あひだ)私(わたし)の村(むら)へ出(で)て来(き)て「女(をんな)徴集(ちようしふ)だ」と云(い)つて、141掻(か)つ攫(さら)ひに来(き)たお方(かた)ぢや。142顔(かほ)に見覚(みおぼえ)があります。143そんな事(こと)を仰有(おつしや)つても私(わたし)は承知(しようち)は出来(でき)ませぬよ。144なアお母(かあ)さま、145さうでせう』
146母(お寅)『成(な)る程(ほど)、147そこの三(さん)人(にん)の男(をとこ)は家(うち)へもやつてきた男(をとこ)だ。148隣(となり)のお亀(かめ)を攫(さら)へよつたのはそこの三(さん)人(にん)だ。149バラモン教(けう)の目付(めつ)けだと云(い)つて威張(ゐば)りよつた。150こら三(さん)人(にん)の奴(やつ)、151此(この)婆(ばば)はかう見(み)えても浮木(うきき)ケ原(はら)のお寅(とら)と云(い)つて若(わか)い時(とき)には賭場(とば)を開張(かいちやう)して居(を)つた白浪(しらなみ)女(をんな)だ。152もはや娘(むすめ)が命(いのち)を捨(す)てると覚悟(かくご)した以上(いじやう)は、153このお寅(とら)も足手(あして)纏(まと)ひがなくて力(ちから)一(いつ)ぱい活動(くわつどう)が出来(でき)る。154サア小童(こわつぱ)共(ども)このお寅(とら)が河(かは)へ投(な)げ込(こ)ンで村(むら)の人(ひと)の仇(あだ)を打(う)つてやらう。155サアどうぢや』
156と目(め)を釣上(つりあ)げ、157偉(えら)い剣幕(けんまく)で睨(ね)めつけた。158アク、159タク、160テクの三(さん)人(にん)はお寅婆(とらばば)の勢(いきほひ)に辟易(へきえき)し、161後(あと)ずさりして頭(あたま)を掻(か)いて居(ゐ)る。
162万公『ハヽヽヽヽ、163オイ、164アク、165貴様(きさま)等(ら)三(さん)人(にん)偉(えら)さうに云(い)つて居(を)るが随分(ずゐぶん)悪(わる)い事(こと)をしよつたなア、166年貢(ねんぐ)の納(をさ)め時(どき)だ。167一(ひと)つ婆(ば)アサンとこの激流(げきりう)に投(な)げ込(こ)まれて見(み)よ、168俺(おれ)も何(なん)なら婆(ば)アさまの助太刀(すけだち)をせぬ事(こと)もないワ、169万公(まんこう)末代(まつだい)の善(ぜん)の鏡(かがみ)だから』
170アク『これこれお婆(ばあ)さま、171さう怒(おこ)つて呉(く)れては困(こま)る、172アクの俺(おれ)は役目(やくめ)で止(や)むを得(え)ず女徴集(をんなちようしふ)と出(で)たのだ。173役目(やくめ)だと思(おも)うてまア見直(みなほ)して呉(く)れ』
174お寅『何(なん)と云(い)つてもお寅婆(とらばば)が死物狂(しにものぐる)ひ、175許(ゆる)すものかい。176これや万公(まんこう)とやら貴様(きさま)も同類(どうるゐ)であらう。177これお菊(きく)、178お前(まへ)は死(し)ぬと覚悟(かくご)を極(き)めた上(うへ)は一人(ひとり)死(し)ぬのも勿体(もつたい)ない。179これ等(ら)六(ろく)人(にん)を残(のこ)らず河(かは)へ投(な)げ込(こ)ンで、180大活動(だいくわつどう)をし、181天晴(あつぱ)れ勇者(ゆうしや)となつて、182冥途(めいど)に行(い)つた時(とき)に其(その)勇名(ゆうめい)を誇(ほこ)らうぢやないか』
183お菊『お母(かあ)さまそンなら一(ひと)つ私(わたし)も死物狂(しにものぐるひ)の活動(くわつどう)を致(いた)しませう。184仮令(たとへ)一人(ひとり)でも道連(みちづれ)にしてやらねば腹(はら)が癒(い)へませぬからなア』
185 松彦(まつひこ)は初(はじ)めて口(くち)を開(ひら)き、
186松彦『もしもし、187お寅(とら)さま、188お菊(きく)さま、189先(ま)づお静(しづ)まりなさい、190決(けつ)して吾々(われわれ)は悪人(あくにん)ではありませぬよ。191バラモン教(けう)の中(なか)にもたまには善人(ぜんにん)が混(まじ)つて居(を)りますからなア。192此(この)三(さん)人(にん)は成(な)る程(ほど)女徴集(をんなちようしふ)に往(い)つたのは事実(じじつ)でせう。193併(しか)し今日(こんにち)は最早(もはや)改心(かいしん)をして三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)のお伴(とも)して歩(ある)いて居(ゐ)るのだから、194どうぞ許(ゆる)してやつて下(くだ)さい』
195お寅『お前(まへ)さまは一寸(ちよつと)賢(かしこ)さうな顔(かほ)をして居(ゐ)るだけに一寸(ちよつと)分(わか)つた事(こと)を仰有(おつしや)る。196許(ゆる)し難(がた)き餓鬼(がき)なれども、197今日(けふ)は見逃(みのが)しておきませう。198そのかはり三(さん)人(にん)の餓鬼(がき)に「どうも悪(わる)かつた」と犬蹲(いぬつくば)ひになつてお詫(わび)をさせにや承知(しようち)しませぬよ。199命(いのち)だけは助(たす)けてやります』
200万公『オイ、201アク、202テク、203タク三(さん)人(にん)薩張(さつぱり)顔色(がんしよく)無(な)しだナ、204女(をんな)の一人(ひとり)や二人(ふたり)にこみわられて慄(ふる)つて居(を)るやうな事(こと)で、205どうして男(をとこ)の顔(かほ)が立(た)つか。206是(これ)を思(おも)へば悪(わる)い事(こと)は出来(でき)ぬものぢやなア。207万公(まんこう)末代(まつだい)万(まん)年(ねん)の恥(はぢ)だよ。208アハヽヽヽ』
209アク『何(なに)も俺(おれ)は此(この)婆(ばあ)さまにあやまりの条(すぢ)がないのだ。210婆(ばあ)さまや娘(むすめ)の体(からだ)に指一本(ゆびいつぽん)さへたのでもない、211隣(となり)の家(うち)まで往(い)つたのみだ。212オイ婆(ばあ)さま、213隣(となり)の家(うち)の敵打(かたきうち)だなンて旧(ふる)いぢやないか。214お前(まへ)も随分(ずゐぶん)頭(あたま)が旧(ふる)いなア』
215お寅『エヽつべこべと今(いま)の奴(やつ)は青表紙(あをべうし)や蟹文字(かにもじ)を噛(かぢ)つてけつかるから、216そンな小理屈(こりくつ)を吐(ぬか)すのぢや、217強太(しぶと)う致(いた)して謝罪(あやま)らぬなら謝罪(あやま)らないでもよい。218此方(こちら)にも覚悟(かくご)があるのだから』
219アク『ハヽヽヽヽ剛情(がうじやう)な婆(ばば)だな、220江戸(えど)の敵(かたき)を長崎(ながさき)で打(う)たうとして居(ゐ)る。221オイ、222俺(おれ)達(たち)三(さん)人(にん)はこの一本橋(いつぽんばし)を向(むか)ふへ渡(わた)つて、223婆(ばば)の来(こ)ぬやうに、224この橋(はし)を落(おと)してやらうぢやないか、225タク、226テク、227サア来(こ)い』
228と尻(しり)を引(ひ)き捲(まく)り一本橋(いつぽんばし)を無性(むしやう)矢鱈(やたら)に渡(わた)らむとし慌(あわて)てアクは渦(うづ)まく激流(げきりう)にドブンと落(お)ち込(こ)ンだ。229タク、230テクの両人(りやうにん)は辛(から)うじて向(むか)ふへ渡(わた)る。231お寅(とら)とお菊(きく)は両手(りやうて)を上(あ)げて、232ウワイ ウワイとぞめいて居(ゐ)る。
233 松彦(まつひこ)は驚(おどろ)き、
234松彦『オイ、235万公(まんこう)、236五三公(いそこう)、237これやかうしては居(を)られない。238婆(ばあ)さまも婆(ばあ)さまだがアクを助(たす)けてやらねばなるまい、239サア渡(わた)らう』
240と云(い)ひながら松彦(まつひこ)は先(さき)に立(た)つて一本橋(いつぽんばし)を渡(わた)り初(はじ)める。241続(つづ)いて五三公(いそこう)も渡(わた)り出(だ)した。242万公(まんこう)は、
243万公『アクを助(たす)けるとは妙(めう)だなア、244俺(おれ)だつたら善(ぜん)を助(たす)けるがなア』
245とほざいて居(ゐ)る。246後(あと)からお寅(とら)は万公(まんこう)の首筋(くびすぢ)をグツと引(ひ)き、247お菊(きく)は足(あし)を浚(さら)へ、248ドスンと河端(かはばた)に倒(たふ)して仕舞(しま)つた。
249万公『バヽヽヽ婆(ば)さま、250ナヽヽ何(なに)をするのだ。251俺(おれ)はスヽヽ些(すこ)しもシヽヽ知(し)らぬぢやないか』
252お寅『知(し)つても知(し)らぬでもよいわ。253貴様(きさま)は敵(かたき)の片割(かたわ)れだから親子(おやこ)寄(よ)つて集(たか)つて命(いのち)を取(と)つてやるのだ』
254 万公(まんこう)は吃驚(びつくり)して、
255万公『オイ松彦(まつひこ)さま、256五三公(いそこう)さま、257人殺(ひとごろし)だ、258救(たす)けて呉(く)れ』
259と声(こゑ)を限(かぎ)りに叫(さけ)び居(ゐ)る。260激流(げきりう)の音(おと)に遮(さへぎ)られて向(むか)ふ岸(ぎし)には聞(きこ)えなかつた。261四(よ)人(にん)はアクを助(たす)けむと右往(うわう)左往(さわう)に周章(うろた)へ廻(まは)つて居(ゐ)る。262アクはどうしたものか二三町(にさんちやう)下手(しもて)の岸(きし)に漸(やうや)く泳(およ)ぎつき、263真裸体(まつぱだか)となつて濡(ぬ)れた着物(きもの)を圧搾(あつさく)し初(はじ)めた。
264松彦『アーもう大丈夫(だいぢやうぶ)だ、265矢張(やつぱり)アクは偉(えら)い奴(やつ)だ。266松彦(まつひこ)も感心(かんしん)した。267悪運(あくうん)強(つよ)いとは此(この)事(こと)であらう、268ハヽヽヽヽ』
269五三公『もし松彦(まつひこ)さま、270万公(まんこう)が居(を)らぬぢやありませぬか』
271松彦『何(なに)、272五三公(いそこう)、273万公(まんこう)が居(を)らぬか』
274と云(い)ひながら向(むか)ふの岸(きし)を見(み)ると、275二人(ふたり)の女(をんな)に押(おさ)へられ藻掻(もが)いて居(ゐ)る。
276 松彦(まつひこ)は言(ことば)せはしく、
277松彦『オイ、278タク、279テクの両人(りやうにん)はアクの方(はう)へ往(い)つて世話(せわ)をしてやつて呉(く)れ、280五三公(いそこう)は御(ご)苦労(くらう)ぢやが一本橋(いつぽんばし)を渡(わた)つて万公(まんこう)を助(たす)けて来(こ)い』
281五三公『ヘイ承知(しようち)致(いた)しました、282併(しか)し貴方(あなた)はどうなさるお積(つも)りです』
283松彦『私(わたし)は宣伝使(せんでんし)代理(だいり)だから先(ま)づ中央(ちうあう)に坐(ざ)を占(し)めて両軍(りやうぐん)の戦闘振(せんとうぶり)を講評(かうひやう)する積(つも)りだ、284サア早(はや)くゆかないか』
285五三公『エヽ仕方(しかた)がない』
286と五三公(いそこう)は一本橋(いつぽんばし)を又(また)もや渡(わた)り、
287五三公『これやツ!!』
288と呶鳴(どな)りつけるを、289お寅(とら)にお菊(きく)は平気(へいき)なもので、
290お寅『これお前(まへ)さま何(なに)を邪魔(じやま)をするのだイ。291向(むか)ふに先生(せんせい)が待(ま)つて厶(ござ)るぢやないか、292とつととあちらに往(ゆ)かつしやれ。293此奴(こいつ)は万公(まんこう)と云(い)つてな、294私(わたし)の娘(むすめ)をチヨロマカした奴(やつ)だよ。295お菊(きく)の姉(あね)のお里(さと)が野良(のら)へ往(い)つた処(ところ)を待(ま)ち伏(ぶせ)して野倒(のだふ)しをやり、296たうとう夫婦(ふうふ)気取(きど)りで、297一(いち)年(ねん)計(ばか)りも私(わたし)の家(うち)で暮(くら)して居(を)つた奴(やつ)ぢや。298お里(さと)は悪縁(あくえん)で腹(はら)が膨(ふく)れ、299其(その)ために難産(なんざん)をした揚句(あげく)に死(し)ンで仕舞(しま)ひよつた。300さうするとこの薄情(はくじやう)男(をとこ)奴(め)後足(あとあし)で砂(すな)をかけて逃(に)げてしまひよつたのだ。301どこへ往(い)つたかと探(さが)して居(ゐ)たが、302天命(てんめい)遁(のが)れず此処(ここ)で廻(めぐ)り合(あ)つたのだ、303娘(むすめ)の敵(かたき)だ、304どうしても殺(ころ)さねや承知(しようち)しないのだ。305目(め)が悪(わる)いと思(おも)うて万公(まんこう)の奴(やつ)知(し)らぬ顔(かほ)して居(ゐ)るが、306そンな事(こと)の分(わか)らぬ婆(ば)さまぢやない。307娘(むすめ)の敵(かたき)この鉄拳(てつけん)でも喰(くら)へ』
308と握(にぎ)り拳(こぶし)をふり上(あ)げてコンコンと叩(たた)く。
309万公『アイタヽヽヽ万々々(まんまんまん)どうぞ勘弁(こら)へてお呉(く)れ』
310お菊『姉(ねえ)さまの敵(かたき)承知(しようち)しないぞ』
311と又(また)拳(こぶし)を固(かた)めてコンコンと打(う)つ。
312万公『オイ五三公(いそこう)の奴(やつ)、313助(たす)けて呉(く)れないか。314私(わたし)も三(さん)人(にん)や四人(よつたり)の女(をんな)に弱(よわ)るやうな男(をとこ)ぢやないが、315お寅(とら)婆(ば)アさまは柔道(じうだう)百段(ひやくだん)だから、316グツと掴(つか)まれたら、317どうする事(こと)も出来(でき)ないのだ』
318お寅『オホヽヽヽ、319これ五三公(いそこう)とやらこの婆(ばば)に指一本(ゆびいつぽん)でもこの体(からだ)にさへたら承知(しようち)せぬぞ』
320五三公『これや五三公(いそこう)も手(て)の出(だ)しやうがないわい、321滅多(めつた)に命(いのち)を取(と)るやうな事(こと)もあるまいから、322精(せい)出(だ)して叩(たた)いて貰(もら)へ。323なアお婆(ばあ)さま何(ど)うぞ強(き)つく、324柔(やはら)かう頼(たの)みますよ』
325お菊『お母(かあ)さま、326こンな腰抜(こしぬ)け男(をとこ)を叩(たた)いても仕方(しかた)がない。327もう勘忍(かんにん)してやりませうか。328それよりも浮木(うきき)ケ原(はら)へ帰(かへ)り、329ランチ将軍(しやうぐん)の陣営(ぢんえい)に飛(と)び込(こ)み、330斬(き)つて斬(き)つて斬(き)り死(じに)をした方(はう)が死甲斐(しにがひ)があるかも知(し)れませぬぜ』
331お寅『さうだ、332こンな蠅虫(はへむし)の二匹(にひき)や三匹(さんびき)相手(あひて)にしたつて仕方(しかた)がない、333許(ゆる)してやらう。334命冥加(いのちみやうが)の奴(やつ)だ。335今後(こんご)はきつと慎(つつし)め、336万公(まんこう)奴(め)』
337万公『ハイ謹(つつし)みます』
338お寅『私(わたし)の云(い)ふ事(こと)を何時(いつ)迄(まで)も覚(おぼ)えて居(を)つて、339あの先生(せんせい)の云(い)ふ事(こと)を好(よ)う聞(き)いて善心(ぜんしん)に立(た)ち帰(かへ)るのだよ。340サア三千(さんぜん)世界(せかい)の放(はな)ち飼(が)ひ、341何処(いづこ)へなりと万公(まんこう)勝手(かつて)に往(ゆ)け』
342と掴(つか)むで居(ゐ)た手(て)をパツと放(はな)した。343万公(まんこう)はムクムクと起(お)き上(あが)り、
344万公『婆(ばあ)さま大(おほ)きにお世話(せわ)になりました。345お蔭(かげ)で肩(かた)の凝(こ)りが癒(なほ)りました』
346と捨台詞(すてぜりふ)を残(のこ)して逃(に)げて行(ゆ)く。
347お寅『仕方(しかた)のない男(をとこ)だな。348彼奴(あいつ)はまだ、349どせう骨(ぼね)[※土性骨]が直(なほ)つて居(ゐ)ないと見(み)える。350後(あと)より追(お)つついて、351も一(ひと)つ折檻(せつかん)してやらう、352サアお菊(きく)』
353と一本橋(いつぽんばし)を渡(わた)らうとする。354五三公(いそこう)は両手(りやうて)を拡(ひろ)げ、
355五三公『お婆(ばあ)さま、356まあまあ待(ま)つて下(くだ)さい、357私(わたし)がとつくと言(い)うて聞(き)かしますから、358もうこれ切(き)り許(ゆる)してやつて下(くだ)さい。359貴女(あなた)も一旦(いつたん)許(ゆる)すと仰有(おつしや)つたのだから、360もう、361これ切(き)り許(ゆる)して下(くだ)さい。362さう執念深(しふねんぶか)く追駆(おつかけ)ないでもよいぢやありませぬか』
363お寅『憎(にく)い奴(やつ)ではあるけれど、364たとへ一(いち)年(ねん)でも可愛(かあい)娘(むすめ)の可愛(かあい)がつて居(ゐ)た男(をとこ)だから、365十分(じふぶん)言(い)うて聞(き)かして懲(こら)してやり、366一人前(いちにんまへ)の男(をとこ)にしてやりたい計(ばか)りに、367かうして母子(おやこ)が手荒(てあら)い事(こと)をしたのだ。368万公(まんこう)を打擲(ちやうちやく)したのは矢張(やつぱり)可愛(かあい)いからだよ。369何(なに)しに憎(にく)うて頭(あたま)の一(ひと)つも叩(たた)かれやうぞ』
370と云(い)ひながら涙(なみだ)を袖(そで)に拭(ぬぐ)ふ。371お菊(きく)も顔(かほ)を隠(かく)し涙(なみだ)をそつと拭(ふ)いて居(ゐ)る。
372五三公『アヽ親(おや)の恩(おん)と云(い)ふものは有(あ)り難(がた)いものぢやなア。373お婆(ばあ)さま左様(さやう)なら』
374と云(い)ひ捨(す)て、375五三公(いそこう)は又(また)もや一本橋(いつぽんばし)を慌(あわただ)しく渡(わた)つて仕舞(しま)ひ、376小北(こぎた)の霊場(れいぢやう)へと急(いそ)ぎける。
377(大正一一・一二・九 旧一〇・二一 加藤明子録)
378(昭和九・一二・二九 於湯ケ島 王仁校正)
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