霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一二章 大歓喜(だいくわんき)〔一一八一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第44巻 舎身活躍 未の巻 篇:第2篇 月明清楓 よみ(新仮名遣い):げつめいせいふう
章:第12章 大歓喜 よみ(新仮名遣い):だいかんき 通し章番号:1181
口述日:1922(大正11)年12月08日(旧10月20日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年8月18日
概要: 舞台:山口の森 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
これは治国別の言霊歌であった。治国別は晴公と楓の両親を救うため、寝所から言霊歌を発射してバラモン軍を退けたのであった。
治国別は言霊を聞いて起きてきた万公、五三公、竜公、松彦四人に、森の中の二人を探しに行き、また駕籠が二挺あるから担いでくるようにと命じた。
晴公、楓の兄妹は、駕籠をかついだ万公らと共に帰ってきた。駕籠の中の人質を助け出すと、果たしてそれは兄妹の両親の珍彦、静子であった。晴公と楓は両親との対面がかない、治国別に感謝の言葉を述べる。
万公は親子対面のうれしさに調子はずれの宣伝歌を歌って喜びを表した。助け出された珍彦は、アーメニヤをバラモン軍が襲った騒動にまぎれて息子(晴公)と生き別れ、親子三人で逃げてきたところ、ライオン川のほとりで黄金姫一行に出会って三五教の神徳をいただき暮らしていた経緯を語った。
珍彦、静子、楓の三人がそのまま川のほとりで草小屋を作って暮らしていたところ、ランチ将軍の手下に三五教の斥候だと間違われて捕えられたのだという。
晴公は本名の俊彦を名乗って親子の対面を果たした。治国別は親子四人に手紙を持たせて、玉国別への使いとした。晴公はじめ四人は玉国別に面会し、河鹿峠の神殿造営の神業に携わることになった。
珍彦と静子の老夫婦は神殿のお給仕役となり、楓は五十子姫の侍女となった。神殿落成ののち、楓は斎苑館に落ち着き神の道を研究し、立派な宣伝使となった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-02-13 16:04:56 文字数:4523 OBC :rm4412
愛善世界社版:159頁 八幡書店版:第8輯 196頁 修補版: 校定版:167頁 普及版:71頁 初版: ページ備考:
001 治国別(はるくにわけ)の言霊(ことたま)に一同(いちどう)は驚(おどろ)き目(め)を覚(さ)まし、002万公(まんこう)は目(め)をこすり乍(なが)ら、
003万公『先生(せんせい)貴方(あなた)は俄(にはか)に言霊(ことたま)を発射(はつしや)なさいましたが、004何(なに)か変(かは)つた者(もの)が現(あら)はれたのですか』
005治国別『ウン』
006万公『オイ晴公(はるこう)、007楓(かへで)さまの姿(すがた)が見(み)えぬぢやないか。008大蛇(をろち)に呑(の)まれて了(しま)つたのぢやあるまいかな。009オイ五三公(いそこう)、010竜公(たつこう)、011何(なに)をグヅグヅしてゐるのぢやい。012サア探(さが)した探(さが)した』
013と慌(あわて)まはる。014五三公(いそこう)、015竜公(たつこう)、016松彦(まつひこ)も目(め)をキヨロキヨロさせ乍(なが)ら四辺(あたり)を見(み)まはし、017二人(ふたり)の姿(すがた)の無(な)きに驚(おどろ)いて居(ゐ)る。
018治国別『御(ご)苦労(くらう)だが四(よ)人(にん)共(とも)、019森(もり)の外(そと)へ出(で)て、020ここへ駕籠(かご)をかついで来(き)てくれ』
021万公(まんこう)『駕籠(かご)を舁(かつ)げとは、022ソリヤ又(また)妙(めう)なことを仰有(おつしや)いますなア』
023治国(はるくに)『行(い)つて見(み)たら判(わか)るのだ。024晴公(はるこう)と楓(かへで)さまが、025待(ま)つてゐるよ。026サア四(よ)人(にん)共(とも)早(はや)く行(い)つたり行(い)つたり』
027万公(まんこう)『オイ、028何(なに)は兎(と)もあれ先生(せんせい)の御(ご)命令(めいれい)だ。029行(い)つて見(み)ようかな』
030 三(さん)人(にん)は「ヨーシ合点(がつてん)だ」と万公(まんこう)の後(あと)につき、031森(もり)の外(そと)へと走(はし)り行(ゆ)く。032後(あと)に治国別(はるくにわけ)は合掌(がつしやう)し乍(なが)ら、033独言(ひとりごと)、
034治国別『あゝ有難(ありがた)い、035神(かみ)様(さま)の御(お)引合(ひきあは)せ、036どうやら親子(おやこ)兄妹(きやうだい)の対面(たいめん)が許(ゆる)された様(やう)だ。037之(これ)から一骨(ひとほね)折(を)らなくてはなるまいと、038昨夜(さくや)も思案(しあん)にくれて眠(ねむ)られなかつたが、039何(なん)とマアよい都合(つがふ)に神(かみ)様(さま)はして下(くだ)さつたものだ。040之(これ)と云(い)ふのも昨夜(さくや)言霊(ことたま)の宣伝歌(せんでんか)を歌(うた)つた神力(しんりき)の御(お)蔭(かげ)だらう。041道(ことば)は神(かみ)と共(とも)にあり、042万物(ばんぶつ)之(これ)に依(よ)つて造(つく)らる、043との聖言(せいげん)は今更(いまさら)の如(ごと)く思(おも)はれて実(じつ)に有難(ありがた)い、044あゝ偉大(ゐだい)なる哉(かな)神(かみ)の御(ご)神力(しんりき)、045言霊(ことたま)の効用(かうよう)』
046と感歎(かんたん)し乍(なが)ら、047東(ひがし)に向(むか)つて天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し、048天(あま)の数歌(かずうた)を歌(うた)ひ上(あ)げ、049神言(かみごと)まで恭(うやうや)しく詔上(のりあ)げて了(しま)つた。050そこへ二挺(にちやう)の駕籠(かご)を舁(かつ)いで、051一行(いつかう)六(ろく)人(にん)は帰(かへ)り来(き)たる。
052 治国別(はるくにわけ)は、
053治国別『ヤアお目出度(めでた)う。054晴公(はるこう)さま、055楓(かへで)さま、056神(かみ)様(さま)の御(ご)神徳(しんとく)は偉(えら)いものですなア』
057晴公『先生(せんせい)、058晴公(はるこう)は、059おかげで両親(りやうしん)にタヽ対面(たいめん)が出来(でき)ました』
060と早(はや)くも声(こゑ)を曇(くも)らしてゐる。061楓(かへで)は紅葉(もみぢ)のやうな愛(あい)らしき手(て)を合(あは)せ、062治国別(はるくにわけ)に向(むか)ひ、063覚束(おぼつか)なげに泣声(なきごゑ)交(まじ)りに惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)を幾度(いくたび)となく繰返(くりかへ)して居(ゐ)る。
064万公『先生(せんせい)、065イヤもう何(ど)うもかうもありませぬワイ。066偉(えら)いものですなア、067大(たい)したものですなア、068エヽー、069こンな結構(けつこう)なことは万々(まんまん)ありませぬワ。070本当(ほんたう)に嬉(うれ)しいですワ、071何(なん)と云(い)つて御(ご)挨拶(あいさつ)を申上(まをしあ)げたらよいやら、072万公(まんこう)は言葉(ことば)も早速(さつそく)に出(で)て来(き)ませぬワ』
073治国別『ヤア結構(けつこう)だ、074万公(まんこう)サア早(はや)くお二人(ふたり)をここへ出(だ)して上(あ)げてくれ』
075万公『万々々(まんまんまん)承知(しようち)致(いた)しました。076コレコレ晴公(はるこう)さま、077楓(かへで)さま、078何(なに)を狼狽(うろた)へて居(を)るのだい。079お前(まへ)さまも手伝(てつだ)はぬかい、080コラ五三公(いそこう)、081松彦(まつひこ)、082竜(たつ)、083何(なに)をグヅグヅしてゐるのだい。084千騎(せんき)一騎(いつき)の此(この)場合(ばあひ)安閑(あんかん)としてる時(とき)ぢやないぞ。085サア対面(たいめん)ぢや対面(たいめん)ぢや、086言霊(ことたま)だ言霊(ことたま)だ、087言霊(ことたま)の幸(さち)はふ国(くに)だ』
088と万公(まんこう)は駕籠(かご)のぐるりを幾度(いくたび)ともなく、089お百度(ひやくど)参(まゐ)りの様(やう)に廻転(くわいてん)してゐる。090老夫婦(らうふうふ)は悠々(いういう)として駕籠(かご)より立出(たちい)で、091治国別(はるくにわけ)の前(まへ)に両手(りやうて)を合(あは)せ、
092珍彦『三五教(あななひけう)の活神(いきがみ)様(さま)、093有難(ありがた)う厶(ござ)います。094私(わたし)は珍彦(うづひこ)と申(まを)す者(もの)で厶(ござ)ります』
095静子『妾(わたし)は妻(つま)の静子(しづこ)で厶(ござ)ります。096お礼(れい)は此(この)通(とほ)りで厶(ござ)います』
097と両手(りやうて)を合(あは)せ、098嬉(うれ)し涙(なみだ)を滝(たき)の如(ごと)くに流(なが)してゐる。099晴公(はるこう)も楓(かへで)も茫然(ばうぜん)として、100余(あま)りの嬉(うれ)しさに言葉(ことば)もなく、101両親(りやうしん)の顔(かほ)を横(よこ)から見守(みまも)りゐるのみ。
102万公『何(なん)とマア偉(えら)いこつちやないか、103エヽー。104本当(ほんたう)に誠(まこと)に欣喜(きんき)雀躍(じやくやく)、105手(て)の舞(ま)ひ足(あし)の踏(ふ)む所(ところ)を知(し)らずとは此(この)事(こと)だ。106余(あま)り嬉(うれ)しくてキリキリ舞(まひ)を致(いた)すものと、107怖(こは)うてキリキリ舞(まひ)致(いた)す者(もの)と出来(でき)るぞよ、108信神(しんじん)なされ、109信神(しんじん)はマサカの時(とき)の杖(つゑ)になるぞよ……との御(ご)聖言(せいげん)はマアこんな事(こと)だらう、110万々々(まんまんまん)万公(まんこう)の満足(まんぞく)だよ。
111あゝ有難(ありがた)い有難(ありがた)い
112神(かみ)の力(ちから)が現(あら)はれて
113常夜(とこよ)の暗(やみ)の如(ごと)くなる
114此(この)山口(やまぐち)の森蔭(もりかげ)で
115親子(おやこ)四(よ)人(にん)の巡(めぐ)り合(あ)ひ
116おれの親(おや)でもなけれ共(ども)
117矢張(やつぱり)嬉(うれ)しうて万公(まんこう)は
118手(て)の舞(ま)ひ足(あし)の踏(ふ)む所(ところ)
119知(し)らぬばかりになつて来(き)た
120三五教(あななひけう)の神(かみ)様(さま)は
121本当(ほんたう)に偉(えら)いお方(かた)ぢやなア
122バラモン教(けう)の曲神(まがかみ)は
123バカの骨頂(こつちやう)だガラクタの
124力(ちから)の足(た)らぬ厄雑神(やくざがみ)
125折角(せつかく)ここ迄(まで)やつて来(き)て
126肝腎要(かんじんかなめ)の品物(しなもの)を
127途上(とじやう)に放(ほ)り出(だ)し逸早(いちはや)く
128治国別(はるくにわけ)の言霊(ことたま)に
129恐(おそ)れて逃(に)げ出(だ)す可笑(をか)しさよ
130あゝ面白(おもしろ)い面白(おもしろ)い
131オツトドツコイ有難(ありがた)い
132それだに依(よ)つて万公(まんこう)は
133何時(いつ)も喧(やかま)しう言(い)うてゐる
134三五教(あななひけう)ぢやないことにや
135誠(まこと)の救(すく)ひは得(え)られない
136生言霊(いくことたま)の神力(しんりき)は
137本当(ほんたう)に偉(えら)い勇(いさ)ましい
138斎苑(いそ)の館(やかた)に沢山(たくさん)の
139神(かみ)の司(つかさ)はあるけれど
140一番(いちばん)偉(えら)い杢助(もくすけ)の
141あとに続(つづ)いた亀彦(かめひこ)は
142治国別(はるくにわけ)と云(い)ふ丈(だけ)で
143天下(てんか)無双(むさう)の宣伝使(せんでんし)
144俺(おれ)の肩(かた)まで広(ひろ)うなつた
145オイオイ五三公(いそこう)竜公(たつこう)よ
146お前(まへ)のやうな仕合(しあは)せな
147奴(やつ)が世界(せかい)にあらうかい
148サア是(これ)からは是(これ)からは
149ハルナの都(みやこ)を蹂躙(じうりん)し
150大黒主(おほくろぬし)の素(そ)つ首(くび)を
151言霊隊(ことたまたい)の神力(しんりき)で
152捻切(ねぢき)り引切(ひつき)り月(つき)の海(うみ)
153ドブンとばかり投込(なげこ)ンで
154天(あめ)が下(した)にはバラモンの
155曲津(まがつ)の神(かみ)の影(かげ)もなく
156伊吹払(いぶきはら)ひに吹(ふ)き払(はら)ひ
157天地(てんち)を浄(きよ)め神界(しんかい)の
158お褒(ほ)めをドツサリ被(かうむ)りて
159至喜(しき)と至楽(しらく)の天国(てんごく)を
160地上(ちじやう)に建設(けんせつ)せうぢやないか
161治国別(はるくにわけ)の先生(せんせい)よ
162本当(ほんたう)に貴方(あなた)は偉(えら)い方(かた)
163始(はじ)めて感(かん)じ入(い)りました
164どうぞ私(わたし)を末永(すえなが)う
165お弟子(でし)に使(つか)うて下(くだ)さンせ
166コレコレ晴(はる)さま楓(かへで)さま
167お前(まへ)も一(ひと)つ喜(よろこ)ンで
168歌(うた)でも歌(うた)うたらどうだいナ
169地異(ちい)天変(てんぺん)もこれ丈(だけ)に
170突発(とつぱつ)したら面白(おもしろ)い
171オツトドツコイ有難(ありがた)い
172三五教(あななひけう)の神(かみ)様(さま)に
173早(はや)く御(お)礼(れい)を申(まを)しやいのう
174何(なに)をグズグズして厶(ござ)る
175側(そば)から見(み)てもジレツたい
176あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
177神(かみ)の御前(みまへ)に万公(まんこう)が
178今日(けふ)の恵(めぐみ)を謹(つつし)みて
179感謝(かんしや)し仕(つか)へ奉(たてまつ)る
180朝日(あさひ)は照(て)る共(とも)曇(くも)る共(とも)
181月(つき)は盈(み)つ共(とも)虧(か)くる共(とも)
182仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)む共(とも)
183星(ほし)は天(てん)よりおつる共(とも)
184三五教(あななひけう)はやめられぬ
185ホンに結構(けつこう)な御教(みをしへ)だ
186不言(ふげん)実行(じつかう)といふことは
187三五教(あななひけう)の神(かみ)様(さま)が
188手本(てほん)を出(だ)して下(くだ)さつた
189これから心(こころ)を改(あらた)めて
190口(くち)を謹(つつし)み行(おこな)ひに
191誠(まこと)の限(かぎ)りを現(あら)はして
192神(かみ)の御子(みこ)たる本職(ほんしよく)を
193尽(つく)そぢやないか皆(みな)の者(もの)
194あゝ有難(ありがた)い有難(ありがた)い
195有難涙(ありがたなみだ)がこぼれます
196ヤツトコドツコイ ドツコイシヨ
197ドツコイドツコイ コレワイシヨ
198ヨイトサア ヨイトサア
199ヨイヨイヨイのヨイトサア
200ドツコイドツコイ ドツコイシヨー』
201と夢中(むちう)になつて、202広場(ひろば)を飛廻(とびまは)る。203治国別(はるくにわけ)は言(ことば)も静(しづか)に、
204治国別『珍彦(うづひこ)さま、205大変(たいへん)な苦(くる)しい目(め)に会(あ)はれたでせうな。206お察(さつ)し申(まを)します。207静子(しづこ)さまも嘸(さぞ)御(ご)心配(しんぱい)をなされたでせう』
208 珍彦(うづひこ)は涙(なみだ)を拭(ぬぐ)ひ乍(なが)ら、
209珍彦『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)います。210アーメニヤの大騒動(おほさうどう)に依(よ)つて親子(おやこ)思(おも)ひ思(おも)ひに離散(りさん)し、211漸(やうや)くにして娘(むすめ)の所在(ありか)を尋(たづ)ね、212三(さん)人(にん)手(て)に手(て)を取(と)つて、213兄(あに)俊彦(としひこ)の行衛(ゆくゑ)を尋(たづ)ねむものと、214いろいろ艱難(かんなん)辛苦(しんく)を嘗(な)め、215テームス山(ざん)の麓(ふもと)を流(なが)るるライオン川(がわ)の畔(ほとり)迄(まで)参(まゐ)りました所(ところ)、216老(おい)の疲(つか)れが来(き)たものか、217不思議(ふしぎ)にも夫婦(ふうふ)の者(もの)が身体(からだ)の自由(じいう)を失(うしな)ひ、218一人(ひとり)の娘(むすめ)に二人(ふたり)の親(おや)は介抱(かいほう)をされ、219あるにあられぬ困難(こんなん)を致(いた)して居(を)りました所(ところ)へ、220黄金姫(わうごんひめ)様(さま)が美(うつく)しい娘(むすめ)さまと共(とも)に通(とほ)り合(あ)はされ、221いろいろと結構(けつこう)なお話(はなし)を聞(き)かして下(くだ)さいまして、222お蔭(かげ)で夫婦(ふうふ)の者(もの)は気分(きぶん)も爽快(さうくわい)になり体(からだ)の悩(なや)みも段々(だんだん)と癒(なほ)つて参(まゐ)りました。223小(ちひ)さい草小屋(くさごや)を造(つく)り、224川端(かはばた)の一軒家(いつけんや)で親子(おやこ)三(さん)人(にん)が暮(くら)して居(を)りました所(ところ)へ、225ランチ将軍(しやうぐん)の手下(てした)がやつて来(き)て、226夫婦(ふうふ)の者(もの)の祝詞(のりと)の声(こゑ)を聞(き)き……貴様(きさま)は三五教(あななひけう)の間者(まはしもの)だろ……と云(い)つて、227無理(むり)にも高手(たかて)小手(こて)に縛(いまし)められ駒(こま)に乗(の)せられ、228ランチ将軍(しやうぐん)の陣営(ぢんえい)迄(まで)送(おく)られました。229吾々(われわれ)夫婦(ふうふ)はどうなつても構(かま)ひませぬ。230惜(をし)くない命(いのち)なれど、231娘(むすめ)や兄(あに)の事(こと)が案(あん)じられ、232寝(ね)ても起(お)きても、233夫婦(ふうふ)の者(もの)が霜(しも)寒(さむ)き陣営(ぢんえい)に捉(とら)へられて、234無念(むねん)の涙(なみだ)を絞(しぼ)つて居(を)りました』
235と言(い)ひさして、236ワツとばかりに男泣(をとこなき)に泣(な)く。
237 治国別(はるくにわけ)は憮然(ぶぜん)として慰(なぐさ)めるやうに、
238治国別『それは御(ご)老体(らうたい)の身(み)を以(もつ)て、239エライ御(ご)艱難(かんなん)をなさいましたな。240併(しか)し乍(なが)ら最早(もはや)御(ご)安心(あんしん)をなさいませ。241吾々(われわれ)のついてゐる限(かぎ)りは最早(もはや)大丈夫(だいぢやうぶ)ですから』
242 珍彦(うづひこ)は「ハイ」と云(い)つたきり、243又(また)もや泣(な)きじやくる。244静子(しづこ)は又(また)もや涙(なみだ)片手(かたて)に、
245静子『お話(はなし)申(まを)すも涙(なみだ)の種(たね)乍(なが)ら、246ランチ将軍(しやうぐん)の陣営(ぢんえい)へ夫婦(ふうふ)は連(つ)れ行(ゆ)かれ、247鬼(おに)のやうな番卒(ばんそつ)に朝(あさ)から晩(ばん)迄(まで)、248身(み)に覚(おぼ)えもないことを詰問(きつもん)され、249身体(しんたい)所(ところ)構(かま)はず鞭(むちう)たれ、250実(じつ)に苦(くる)しう厶(ござ)いました。251そしてランチ将軍(しやうぐん)の前(まへ)に時々(ときどき)引出(ひきだ)され……其(その)方(はう)は三五教(あななひけう)の杢助(もくすけ)であらう。252汝(なんぢ)は黒姫(くろひめ)であらう、253白状(はくじやう)致(いた)せ。254そして其(その)方(はう)の同居(どうきよ)してゐた娘(むすめ)は初稚姫(はつわかひめ)に違(ちが)ひなからう。255サアどこへ隠(かく)した、256所在(ありか)を知(し)らせ……とエライ拷問(がうもん)、257到底(たうてい)命(いのち)はなきものと覚悟(かくご)致(いた)して居(を)りましたが、258死(し)ぬる此(この)身(み)は厭(いと)はねど、259どうぞして吾(わが)子(こ)二人(ふたり)に廻(めぐ)り合(あ)はねば死(し)ぬにも死(し)ねないと思(おも)ひまして、260嘘(うそ)を言(い)つては済(す)まないと存(ぞん)じ乍(なが)ら、261向(むか)うの尋(たづ)ぬるままに、262夫(をつと)は杢助(もくすけ)で厶(ござ)いました、263……と答(こた)へ、264私(わたし)はまがふ方(かた)なき黒姫(くろひめ)だ、265そして娘(むすめ)は初稚姫(はつわかひめ)に相違(さうゐ)厶(ござ)いませぬ……と言(い)つてのけました。266そした所(ところ)がますます詮議(せんぎ)が厳(きび)しくなり、267三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)はハルナの都(みやこ)へ向(むか)つて、268何人(なんにん)ばかり出張(しゆつちやう)したかとか、269いろいろと存(ぞん)じもよらぬことを詰問(きつもん)され、270苦(くる)しさまぎれに口(くち)から出任(でまか)せの返答(へんたふ)を致(いた)しました所(ところ)、271斎苑(いそ)の館(やかた)へ送(おく)つてやらうと云(い)つて、272吾々(われわれ)夫婦(ふうふ)を後手(うしろで)に縛(しば)り山駕籠(やまかご)に投込(なげこ)み、273家来(けらい)に舁(かつ)がせてここ迄(まで)つれて来(き)ました。274吾々(われわれ)夫婦(ふうふ)はどうなることかと胸(むね)を痛(いた)めて居(を)りましたが、275思(おも)ひもよらぬ貴方(あなた)様(さま)のお助(たす)けに預(あづ)かり、276其(その)上(うへ)焦(こが)れ慕(した)うた二人(ふたり)の子(こ)に会(あ)はして貰(もら)ひ、277斯様(かやう)な嬉(うれ)しいことは、278天(てん)にも地(ち)にも厶(ござ)りませぬ。279命(いのち)の親(おや)の活神(いきがみ)様(さま)』
280と又(また)もや手(て)を合(あ)はしてワツとばかりに泣伏(なきふ)しにける。
281 晴公(はるこう)は珍彦(うづひこ)の側(そば)に寄(よ)り、
282晴公『父上(ちちうへ)様(さま)、283お久(ひさ)しう厶(ござ)います。284よくマア生(い)きてゐて下(くだ)さいました。285私(わたし)は俊彦(としひこ)で厶(ござ)います、286若(わか)い時(とき)はいろいろと御(ご)心配(しんぱい)をかけましたが、287三五教(あななひけう)の教(をしへ)を聞(き)くにつけて、288親(おや)の御恩(ごおん)を思(おも)ひ出(だ)し、289何卒(どうぞ)両親(りやうしん)に会(あ)はして下(くだ)さいませと、290朝夕(あさゆふ)祈(いの)らぬ間(ま)とては厶(ござ)いませなかつたので厶(ござ)ります』
291と又(また)もや涙(なみだ)を絞(しぼ)る。292珍彦(うづひこ)は鼻(はな)を啜(すす)り乍(なが)ら、293皺手(しわで)を伸(の)ばして、294晴公(はるこう)の頭(あたま)を撫(な)でまはし、
295珍彦『あゝ俊彦(としひこ)、296よう言(い)うてくれた。297其(その)言葉(ことば)を聞(き)く以上(いじやう)は此(この)儘(まま)国替(くにがへ)をしても、298此(この)世(よ)に残(のこ)ることはない。299あゝ有難(ありがた)い。300持(も)つべきものは吾(わが)子(こ)だ。301コレ俊彦(としひこ)、302安心(あんしん)して呉(く)れ、303私(わたし)は年(とし)はよつてゐても体(からだ)は達者(たつしや)だから、304ここ二(に)年(ねん)や三(さん)年(ねん)にどうかうはあるまいから』
305晴公『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)います、306これから力限(ちからかぎ)り孝行(かうかう)を励(はげ)みます。307今迄(いままで)の罪(つみ)は許(ゆる)して下(くだ)さいませ』
308といふ言葉(ことば)さへも涙交(なみだまじ)りである。309楓(かへで)は静子(しづこ)の手(て)をシツカと握(にぎ)り、
310楓『お母(か)アさま、311随分(ずゐぶん)お困(こま)りでしたらうねえ。312私(わたし)、313どれ丈(だけ)泣(な)いたか知(し)れませぬよ。314ウブスナ山(やま)の斎苑(いそ)館(やかた)へ参拝(さんぱい)して、315御(ご)両親(りやうしん)の所在(ありか)を知(し)らして貰(もら)はうと、316身(み)をやつして、317河鹿(かじか)峠(たうげ)の山口(やまぐち)迄(まで)参(まゐ)りました所(ところ)、318道(みち)行(ゆ)く人(ひと)の話(はなし)に聞(き)けば、319バラモン教(けう)の軍勢(ぐんぜい)が谷道(たにみち)を扼(やく)してゐるといふことを聞(き)きましたので、320あゝ是非(ぜひ)がない、321モウ此(この)上(うへ)は両親(りやうしん)の無事(ぶじ)を祈(いの)り、322かたきの滅亡(めつぼう)を祈(いの)るより、323私(わたし)としての尽(つく)すべき途(みち)はないと思(おも)ひ、324此(この)恐(おそ)ろしい魔(ま)の森(もり)の奥(おく)に大蛇(をろち)の岩窟(いはや)のあることを聞(き)き、325ここに忍(しの)びて居(を)ればバラモンの捕手(とりて)も滅多(めつた)に尋(たづ)ねては来(き)まいと思(おも)ひ、326恐(おそ)ろしい岩窟(いはや)に身(み)を忍(しの)び、327三七(さんしち)廿一(にじふいち)日(にち)の夜参(よまゐ)りを、328鬼(おに)に化(ば)けて致(いた)して居(を)りました。329心願(しんぐわん)が通(とほ)つたと見(み)えて、330三七(さんしち)日(にち)の上(あが)りに兄(にい)さまに巡(めぐ)り会(あ)ひ、331又(また)お父(とう)さまお母(か)アさまに会(あ)はして頂(いただ)きました。332どうぞ御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ、333斯様(かやう)な偉(えら)い宣伝使(せんでんし)様(さま)の懐(ふところ)に抱(いだ)かれた以上(いじやう)は最早(もはや)大丈夫(だいぢやうぶ)で厶(ござ)います』
334と涙交(なみだまぜ)りに慰(なぐさ)める。335静子(しづこ)は楓(かへで)の背(せ)に喰(くら)ひつき、336嬉(うれ)し涙(なみだ)にかきくれる。337これより治国別(はるくにわけ)の命(めい)に依(よ)つて、338珍彦(うづひこ)、339静子(しづこ)、340楓(かへで)、341晴公(はるこう)の四(よ)人(にん)を玉国別(たまくにわけ)のこもつてゐる祠(ほこら)の森(もり)へ手紙(てがみ)を持(も)たせてやることとした。342そして山口(やまぐち)迄(まで)宣伝使(せんでんし)一行(いつかう)は送(おく)り届(とど)けた。343親子(おやこ)四(よ)人(にん)は玉国別(たまくにわけ)に面会(めんくわい)し、344神殿(しんでん)造営(ざうえい)の手伝(てつだ)ひをなし、345夫婦(ふうふ)は遂(つひ)に宮(みや)のお給仕役(きふじやく)となり、346楓(かへで)は五十子(いそこ)姫(ひめ)の侍女(じぢよ)となつて、347神殿(しんでん)落成(らくせい)の後(のち)斎苑(いそ)館(やかた)に帰(かへ)り、348神(かみ)の教(をしへ)を研究(けんきう)し、349遂(つひ)には立派(りつぱ)なる宣伝使(せんでんし)となつて神(かみ)の御恩(ごおん)に報(はう)ずる身(み)とはなりにける。
350(大正一一・一二・八 旧一〇・二〇 松村真澄録)
351(昭和九・一二・二八 王仁校正)
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