霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三章

インフォメーション
題名:第3章 著者:出口瑞月
ページ:8 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B117100c03
一、神の道は心を清むるをもつて第一とするのである。心の中の(つみ)(とが)(けがれ)を洗ひ去りて、神に見ゆるを誠の信仰と云ふのである。肉体の垢や穢れは、清き水、清き湯をもつて洗ひ落す事が出来るといへども、心の垢は湯や水では洗ひ落す事は出来ぬのである。(たい)をもつて体に対するは天地の真理である。湯や水の如き物体をもつて、無形無声の霊魂を清めんとするのは、あたかも木によりて(うを)を求めんとするに等しき、実に(おろか)の至りである。我霊魂の垢を洗ひ落すには、(まこと)の霊なる神に依らねばならぬゆゑに皇神(すめかみ)、鎮魂の(わざ)をもつて心を清むるの(かなめ)となし給へり。鎮魂の業は霊学の大本(たいほん)である。世の中に為すべきの業さわにあれど、鎮魂をもつて第一とするのである。(あめ)(した)の穏かに治まるの道も、鎮魂の法に基くものである。天皇の国を治め給ふも、人々の身を治め家を治める道もまた鎮魂に基くのである。鎮魂の道は万事万業(ばんげう)の大本である。一つの業務(なりはひ)を起すにも、鎮魂の道に依らずば成り遂げぬのである。天津日嗣(ひつぎ)揺ぎなき万代(よろづよ)までも、天地と共に窮まりなきは、これ皆皇神の始め給ひし鎮魂の稜威(みいづ)に基くのである。万世一系の皇室の存在ましますは、伊邪那岐命の神代に行ひ給ひし鎮魂の徳によるのである。
二、三代長者なしといふ事あり。人の家はどうしても長く続いたものがない。たまたま在つてもあまけのそらの星の如く稀なものである。これ何が故であろうか。万物の霊長、また天地経綸の主宰者たる者は、よく思ひ計らねばならぬ。日本の国の神の開き給ひし修身斎家の大本(たいほん)を忘れて()しき(いや)しき外国(とつくに)の亡びの道に迷ひ、栄へに充てる生神(いきがみ)御心(みこころ)に背いてゐるからである。人々の生命の短いのもまた、この道を忘れて省みぬからである。千年も万年も万劫末代、我が血統を伝へ家を継続(つが)せんと思ふものは、一日も早く悔い改めて亡ぶべき横さの道を捨てて、生ける(まこと)の神の正道(まさみち)に帰れ。寂滅為楽涅槃(ねはん)を旨とする亡びの道を捨てて、生成化育の誠の栄えを旨とする道に帰れ。祖先より誤りて横さの道に迷へる罪を、天津神国津神に詫びて、祖先の罪を救ふは子孫たるものの第一の務むべき業である。祖先の罪せられて根の国底の国に落ち入れる霊魂(みたま)を救ふは孝の道である。
三、この鎮魂の法は、天津神より授け給ひし御教(みのり)にして現世(うつしよ)幽界(かくりよ)の学則であるから、上は天皇(すめらぎ)の国を治め天が下の穏かを守り給ふ御事(おんごと)より、(しも)は人民が身を修め家を(ととな)ふる(もとい)にて此上(こよ)なき尊き御教(みをしへ)である。またこの法は形もなく声もなき所の幽界(かくりよ)を窺ふの基いであるから、人たるものは必ず朝な夕なに省みてこれを行はねばならぬのである。伊邪那岐の大神より皇祖天照大神に御頸玉(みくびたま)の玉の緒母由良(もゆら)に取り由良(ゆら)かして下し給ひしはこれその霊魂(みたま)をその曲玉(まがたま)に取掛けて下し給ふたのである。すなはち現(てん)(しゆ)たらん事を神定(かむさだ)め給ふたのである。皇祖天照大御神より皇孫瓊々杵命(ににぎのみこと)に葦原の瑞穂の国を言向けて(しろ)し召せと、三種の神宝即ち()(きやう)(けん)を授け給ひて、天地と共に宝祚(ほうそ)の目出度きこと(きは)まり無かるべしと詔り給ひしも、その神宝に御霊(みたま)を取りつけて鎮魂遊ばしたのである。
四、大名持(おほなもち)の大神の(うつ)()顕事(あらはごと)をすべて皇孫命(すめみまのみこと)(たてまつ)り給ひしとき、(おの)和魂(にぎみたま)八咫(やあたの)鏡に取りかけて、そを(おほ)三輪(みわ)大社(かんなび)(いつ)き祭られしも鎮魂の御業(みわざ)によられたのである。その御霊(みたま)を大和の大物主くしみかたまの神と(たた)(まつ)るのである。その後御代(みよ)々々の天皇が天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)を継がせ給ふ時は、必ず三種の神宝を用ひて、(いかし)御代の手長(たなが)の御代になし(さちは)ひませと祈らせ給ふ御定(みさだめ)となつておるのである。
鎮御魂斎戸祭(みたまを斎戸(いつきど)に鎮むる祭)こは毎年十一月鎮魂祭の折、結びたる天皇の霊魂(たま)の緒を、十二月神祇(しんぎ)官の祭院に鎮め(まつ)らん為に行はるる御祭(みまつり)である。
延喜式祝詞に曰く
高天(たかま)の原に神(つま)ります。皇親(すめみおや)神漏岐(かむろぎ)神漏美(かむろみ)(みこと)(もち)て、皇孫(すめみまの)(みこと)は豊葦原の瑞穂の国を安国(やすくに)と定め奉りて、下津岩根に宮柱(みやばしら)太しき立て、高天原(たかあまはら)知木(ちぎ)(たか)知りて、(あめ)御蔭(みかげ)日の御蔭と称言(たたへごと)()(まつ)りて、(たてまつ)るみてはかみしも供へ(まつ)りて、うづの御幣(みくら)は、明妙(あかるたへ)照妙(てるたへ)和妙(にぎたへ)荒妙(あらたへ)、五つ色のもの、御酒(みき)甕戸(みかのへ)高知(たかしり)甕腹(みかのはら)(みて)並べて山野(やまぬ)のものは、甘菜(あまな)辛菜(あらな)青海(あをみ)の原のものは、(はた)広物(ひろもの)(はた)挟物(さもの)奥津(おきつ)藻菜(もは)辺津(へつ)藻菜(もは)にいたるまでに、種々(くさぐさ)のものを横山の如く置きたかなして(たてまつ)宇豆(うづ)幣帛(みてくら)を、安幣帛(やすみてくら)足幣帛(たりみてくら)と、(たひら)けく聞食(きこしめ)して、(すめら)御門(みかど)を、常磐(ときは)堅磐(かきは)にいはひまつり、(いかし)御代(みよ)(さきは)(まつ)りたまいて、この師走より初めて(きた)らん師走に至るまで、(たひら)けくおほまします所に、おほまさしめ給へと、今年の師走のそれのひ、いはい鎮めまつらくと(まを)す。