霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三一章

インフォメーション
題名:第31章 著者:出口瑞月
ページ:113 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B117100c31
一、神あり王仁に教へ諭し給はく、主教(しゆけう)たるものは、必ず自ら働くを要せず。よく人を知り人を容れ、人に住し、大局に明かにして、寛仁(くわんじん)大度(だいど)を旨とし、こせつかず焦らず洋々として心は海の如く広く深かれ。また部下の正邪賢愚を推知して、(おのおの)その所を得せしめ、弟子配下の罪責(つみ)を一身に引き受けて、一言(ひとこと)(つぶや)くなかれ。これ瑞の霊の大神の御業に()らふ者なり。
二、心正しく(なほ)くとも(おろそか)なる者を重く用ふる事なかれ、知識無き者は(かみ)を知らず(しも)を見ず、前後を(わきま)へずしてかへつて道を(けが)すものぞ。
三、牛や馬は(わら)馬草(まぐさ)を喰ひ、人は五穀を喰ふ。(おろか)なる人はその心牛馬(ぎうば)にも等し。ゆゑに霊魂の()たる(しん)(こめ)の教に逢へばかへつて命を失ふ者ぞ。
四、人には人の食ふべき物あり。牛馬(ぎうば)には牛馬に食ふべき物あり。人にして人たるの資格を失ひたる者はとても人を教ふるの道をもつて教ふる事あたはず。(ああ)憐れむべき(かな)
五、園部(そのべ)のある所に曲津神の集まる斎場(ゐば)あり。老ひたる女まづ野天狗に欺かれ、次に多くの人々の心を狂はせ曲津の容れ物となしつつあり。彼は心誇り高ぶりて神の正道(まさみち)を踏みはづし居れる憐むべき者なり。
六、また催眠術と至玄至妙の帰神(きしん)の妙法とを誤解せる不敬漢あり。国家の為にはたとへ少々なり弱々なりとも、獅子身中(しんちう)の虫ならずんば(さいはひ)なるべし。
七、(みづ)(みたま)の教を読みて教へ諭さんとすれば彼らは恐れて直ちに逃げ去り行くなり。
八、彼の女曲津(まがつ)(たぶ)らかされつつも信者の事を祈れば霊験(みしるし)あり。これ曲津にあらぬ(しる)しなりといひて、益々地獄の淵に陥り行かんとするなり。神は至仁なり。故にたとへ教役者に罪ありとも曲津神(うつ)るとも神は手づから祈る者の心と体に手づから救ひ授け給へるなり。その神の御旨をも悟らずに我の力にて信者を助け得たりと思へるは実に憐むべき(こと)(ども)なり。