霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二章 厳(いづ)の花(はな)〔六三〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第18巻 如意宝珠 巳の巻 篇:第1篇 弥仙の神山 よみ(新仮名遣い):みせんのみやま
章:第2章 厳の花 よみ(新仮名遣い):いずのはな 通し章番号:630
口述日:1922(大正11)年04月24日(旧03月28日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年2月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
爺の豊彦は、一行を自分のあばら家に案内した。豊彦の息子は真名井参りの途中でバラモン教にさらわれて、今は生死もわからないという。
また娘は理由のわからない業病にかかり、十八ケ月も伏せっているという。先だってここを訪れた英子姫によると、これは病気ではなく妊娠だと言われたが、まったく心当たりがない。
悦子姫が見立てて、確かに妊娠であることを確認した。十八ケ月前、夢で白髪の老人が五つの玉を与え、それをお玉に飲ませる夢を親子ともども見た後から、腹が膨れてきたのだという。
悦子姫は、立派な神様の霊魂が宿っているのを見抜いた。そして、厳の御魂の大神がお生まれになる、と診断した。
そのとたん娘のお玉は起き上がり、白髪の神様からも、「七人の女の随一、厳の御霊の誕生」を告げられた、と明かす。そして陣痛を訴え始めた。
悦子姫が取り上げて、無事に女の子が生まれた。悦子姫は女児に、玉照姫と名前をつけた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-03-07 02:20:54 文字数:3922 OBC :rm1802
愛善世界社版:33頁 八幡書店版:第3輯 649頁 修補版: 校定版:34頁 普及版:15頁 初版: ページ備考:
001山(やま)と山(やま)との迫(せま)りたる
002春野(はるの)の花(はな)に右左(みぎひだり)
003白(しろ)や紫(むらさき)黄金(こがね)なす
004男蝶(をてふ)女蝶(めてふ)の翩翻(へんぽん)と
005常世(とこよ)の春(はる)を舞(ま)ひ遊(あそ)ぶ
006紫雲英(げんげ)の花(はな)の咲(さ)き満(み)ちた
007山(やま)の麓(ふもと)の田圃道(たんぼみち)
008景色(けしき)も殊(こと)に悦子姫(よしこひめ)
009谷(たに)の水音(みなおと)潺湲(せんくわん)と
010遠音(とほね)に響(ひび)く音彦(おとひこ)や
011加米彦(かめひこ)夏彦(なつひこ)諸共(もろとも)に
012白髪(しらが)親爺(おやぢ)の豊彦(とよひこ)が
013賤(しづ)の伏屋(ふせや)へ徐々(しづしづ)と
014石(いし)の田楽橋(でんがくばし)を越(こ)え
015蒲公英(たんぽぽ)の花(はな)を踏(ふ)みすだき
016半(なかば)倒(たふ)れた萱(かや)の家(や)の
017漸(やうや)う表門(おもて)に着(つ)きにける。
018 豊彦(とよひこ)は、019三(さん)月(ぐわつ)の菱餅(ひしもち)の様(やう)になつた門口(かどぐち)の戸(と)を敲(たた)いて、
020豊彦『オイオイ、021お婆(ばば)、022お客(きやく)さまだ、023早(はや)う開(あ)けぬか』
024婆(ばば)(豊姫)『豊彦(とよひこ)どのか、025マアマア待(ま)つて下(くだ)され、026敷居(しきゐ)も鴨居(かもゐ)も斜(はすかい)になり、027戸(と)を噛(か)みて一寸(ちよつと)やそつとにや開(あ)きはせぬ。028お玉(たま)はお玉(たま)で身体(からだ)は自由(じいう)にならず、029爺(ぢい)どの、030お前(まへ)も外(そと)から力(ちから)を添(そ)へて下(くだ)さい。031アーア貧乏(びんばふ)すると戸(と)までが嫌(いや)相(さう)に歪(ゆが)み出(だ)すなり、032壁(かべ)は身上(しんじやう)の痩(や)せたせいか骨(ほね)を出(だ)すなり、033情(なさけ)無(な)い事(こと)だ、034コンナ茅屋(あばらや)にソンナ立派(りつぱ)なお客(きやく)さまに来(き)て貰(もら)うた処(ところ)で、035腰(こし)を掛(か)けて貰(もら)ふ処(ところ)もありやせぬワ』
036 豊彦(とよひこ)は婆(ばば)アと共(とも)に内(うち)と外(そと)から年寄(としより)の金剛力(こんがうりき)を出(だ)し、037左(ひだり)の方(かた)へグイツとしやくつた其(その)途端(とたん)に、038半(なかば)破(やぶ)れた古戸(ふるど)は敷居(しきゐ)を外(はづ)れてバタリと中(なか)へ転(こ)け込(こ)みたり。
039豊彦(とよひこ)『エーエ、040気(き)の利(き)かぬ婆(ばば)だ、041戸倒(とたふ)しものだナ、042サアサお客(きやく)さま、043ずつと奥(おく)へお通(とほ)り下(くだ)さいませ』
044 加米彦(かめひこ)は、
045加米彦『お爺(ぢい)さま、046奥(おく)へ通(とほ)れと云(い)つたつて何処(どこ)に奥(おく)があるのだい、047門口(かどぐち)へ這入(はい)るなり、048もう裏口(うらぐち)ぢやないか、049ウラナイ教(けう)なら奥(おく)の奥(おく)に奥(おく)があり、050其(その)又(また)奥(おく)にも奥(おく)があるものだが、051こら又(また)何(なん)と狭(せま)い箱枕(はこまくら)の様(やう)な家(うち)だなア』
052 音彦(おとひこ)は気(き)の毒(どく)がり乍(なが)ら、
053音彦『コラコラ、054加米(かめ)、055又(また)はつしやぎよる、056ちつと沈黙(ちんもく)せぬかい失礼(しつれい)な』
057加米彦(かめひこ)『ハイ、058如何(どう)も副守(ふくしゆ)の奴(やつ)、059加米彦(かめひこ)の命令(めいれい)を遵奉(じゆんぽう)せないので困(こま)る、060モシモシお爺(ぢい)さま、061何卒(どうぞ)気(き)に障(さ)へて下(くだ)さいますな、062私(わたし)の茅屋(あばらや)に這入(はい)つて居(ゐ)るお客(きやく)が申(まを)したので御座(ござ)います』
063豊彦『さうだらう、064私(わたくし)の茅屋(あばらや)に這入(はい)つて来(き)たお客(きやく)の一人(ひとり)だ、065さう八釜(やかま)しく云(い)ふと娘(むすめ)の身体(からだ)に障(さは)ります、066ちつとお静(しづか)にして下(くだ)さい』
067 加米彦(かめひこ)、068小声(こごゑ)になつて、
069加米彦『ハイ、070承知(しようち)致(いた)しました、071然(しか)し余(あんま)り軽蔑(けいべつ)して下(くだ)さるな、072斯(か)う見(み)えても娘(むすめ)の身体(からだ)に障(さは)る様(やう)な不躾(ぶしつけ)な事(こと)は致(いた)しませぬワ』
073豊彦(とよひこ)『コレコレ婆(ばば)や、074座蒲団(ざぶとん)を出(だ)さぬかい、075お茶(ちや)を酌(く)まぬか、076モシモシお姫(ひめ)さま、077何卒(どうぞ)お腰(こし)をかけて下(くだ)さいませ』
078婆(ばば)(豊姫)『皆(みな)さま、079よう来(き)て下(くだ)さいました。080早速(さつそく)乍(なが)らお尋(たづ)ね致(いた)しますが私(わたくし)等(ら)夫婦(ふうふ)は誠(まこと)に運(うん)の悪(わる)いもので御座(ござ)いまして、081一人(ひとり)の息子(むすこ)に嫁(よめ)を貰(もら)ひ、082比沼(ひぬ)の真名井(まなゐ)山(さん)へ参拝(さんぱい)をさせました其(その)途中(とちう)に、083大江山(おほえやま)の鬼雲彦(おにくもひこ)とやら云(い)ふ悪人(あくにん)の手下(てした)共(ども)に掻攫(かつさら)はれ、084生(い)きて居(ゐ)るか死(し)んで居(ゐ)るか。085今(いま)に便(たよ)りが御座(ござ)いませぬ、086それに又(また)一人(ひとり)の妹娘(いもうとむすめ)は、087一年半(いちねんはん)ほど前(まへ)から身体(からだ)が変(へん)になりまして、088酢(す)い物(もの)が食(く)ひ度(た)いと云(い)ひ出(だ)し、089腹(はら)は段々(だんだん)、090日(ひ)に日(ひ)に太(ふと)り出(だ)し、091最早(もはや)十八(じふはち)ケ月(げつ)にもなりますのに、092脹満(てうまん)でもなければ子(こ)でもない様(やう)な、093訳(わけ)の分(わか)らぬ業病(ごふびやう)に罹(かか)つて苦(くるし)みて居(を)ります。094かう云(い)ふ山奥(やまおく)の一(ひと)つ家(や)、095娘(むすめ)は元来(もとより)臆病者(おくびやうもの)で、096十八(じふはつ)才(さい)の今日(こんにち)まで親(おや)の側(そば)を半時(はんとき)だつて離(はな)れた事(こと)はありませぬ、097それだから子(こ)の宿(やど)る筈(はず)もなし、098腹(はら)を抑(おさ)へて見(み)れば大(おほ)きな塊(かたまり)がゴロゴロと動(うご)いて居(ゐ)るなり、099何(なに)が何(なん)ぢややら訳(わけ)が分(わか)らず、100天(てん)にも地(ち)にも只(ただ)一人(ひとり)の娘(むすめ)の為(た)めに、101年寄(としより)夫婦(ふうふ)が泣(な)きの涙(なみだ)で暮(くら)して居(を)ります。102それに合点(がてん)のゆかぬは、103此(この)間(あひだ)も三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)の英子姫(ひでこひめ)さまとやら云(い)ふお方(かた)が、104立派(りつぱ)な家来(けらい)をお伴(つ)れ遊(あそ)ばして此(この)茅屋(あばらや)へ立寄(たちよ)つて下(くだ)さいまして、105娘(むすめ)の容態(ようだい)をつくづくと眺(なが)め、106これは妊娠(にんしん)だから大切(たいせつ)にせよとの御(お)言葉(ことば)、107妊娠(にんしん)なれば遠(と)うの昔(むかし)に生(うま)れて居(を)らねばなりませぬが、108もう十八(じふはち)ケ月(げつ)にもなりますのに何(なん)の音沙汰(おとさた)も無(な)し、109英子姫(ひでこひめ)さまの仰(おつ)しやるには四五(しご)日(にち)の間(うち)に立派(りつぱ)な宣伝使(せんでんし)を遣(よこ)してやるから、110それに頼(たの)みて無事(ぶじ)に子(こ)を生(う)まして貰(もら)へとの事(こと)でした。111相手(あひて)も無(な)いのに子(こ)が出来(でき)ると云(い)ふ様(やう)な事(こと)が昔(むかし)からあるものでせうか』
112悦子姫(よしこひめ)『アヽそれは御(ご)心配(しんぱい)でせう、113一寸(ちよつと)妾(わたし)が見(み)てあげませう』
114とお玉(たま)の側(そば)に寄(よ)り添(そ)ひ、115腹(はら)を撫(な)で、
116悦子姫『ア、117これは全(まつた)く妊娠(にんしん)です、118然(しか)し乍(なが)ら決(けつ)して、119人間(にんげん)と人間(にんげん)との息(いき)から出来(でき)た子(こ)ではありませぬ、120何(なに)か心当(こころあた)りは御座(ござ)いませぬか』
121豊彦(とよひこ)『さう聞(き)けば無(な)い事(こと)もありませぬ、122一昨年(おととし)の秋(あき)の初(はじ)め、123私(わたくし)の夢(ゆめ)に白髪(はくはつ)異様(いやう)の老人(らうじん)が此(この)茅屋(あばらや)に訪(たづ)ねて御(お)いでになり、124立派(りつぱ)な水晶(すゐしやう)とも瑠璃(るり)とも譬方(たとへかた)ない玉(たま)を五(いつ)つ下(くだ)さいまして「之(これ)をお前(まへ)にやるから娘(むすめ)に呑(の)ましてやれ」と仰(おつ)しやいました。125そこで私(わたくし)は「承知(しようち)致(いた)しました、126然(しか)し乍(なが)ら斯(こ)んな硬(かた)いものが呑(の)めますか」と尋(たづ)ねましたら、127その方(かた)の云(い)はれるのには「俺(わし)が呑(の)ましてやらう、128決(けつ)して呑(の)み難(にく)い物(もの)ではない」と仰(おつ)しやつてお玉(たま)の身体(からだ)をグツと抱(かか)へ、129胸(むね)の辺(あた)りに無理(むり)に押(お)し込(こ)みなさつたと思(おも)へば目(め)が覚(さ)めました。130さうすると娘(むすめ)のお玉(たま)がウンウンと魘(うな)されて居(ゐ)るので、131揺(ゆす)り起(お)こしてやりますと、132お玉(たま)の身体(からだ)は一面(いちめん)、133汗(あせ)びしよ濡(ぬ)れになり、134私(わたくし)の見(み)た夢(ゆめ)と同様(どうやう)の夢(ゆめ)を見(み)た、135それから身体(からだ)が何(なん)となく苦(くる)しくなつて堪(たま)らぬと云(い)ひました。136何(いづ)れ夢(ゆめ)の事(こと)だから明日(あした)になつたら苦(くる)しいのも癒(なほ)るだらうと云(い)つて、137その晩(ばん)寝(やす)みました。138夜(よ)が明(あ)けて見(み)ればお玉(たま)は矢張(やつぱり)ウンウンと呻(うな)つて居(を)ります。139それつきり十八(じふはち)ケ月(げつ)の今日(こんにち)まで、140腹(はら)が段々(だんだん)膨(ふく)れる許(ばか)りで、141身体(からだ)の自由(じいう)も利(き)きませず、142不思議(ふしぎ)な事(こと)があればあるもので御座(ござ)います、143何(なに)か悪神(あくがみ)の所作(しよさ)ではありますまいかな』
144悦子姫(よしこひめ)『ヤ、145心配(しんぱい)なされますな、146悪神(あくがみ)どころか立派(りつぱ)な神(かみ)様(さま)のお霊魂(みたま)が宿(やど)らせられていらつしやいます。147厳(いづ)の御霊(みたま)の大神(おほかみ)が御(おん)生(うま)れになるのでせう。148妾(わたし)が今(いま)神(かみ)様(さま)にお願(ねがひ)を致(いた)します』
149と何事(なにごと)か小声(こごゑ)になつて頻(しき)りに祈願(きぐわん)を凝(こ)らしつつある折(をり)しも、150お玉(たま)は『ウン』と一声(いつせい)諸共(もろとも)に初(はじ)めて起(お)き直(なほ)り夢中(むちう)になつて、
151お玉『ア、152有難(ありがた)う御座(ござ)います、153これで私(わたくし)も助(たす)かります、154七(しち)人(にん)の女(をんな)の随一(ずゐいつ)、155厳(いづ)の御霊(みたま)の御(ご)誕生(たんじやう)だと何時(いつ)やら見(み)えた白髪(はくはつ)の神(かみ)様(さま)が仰(おつ)しやいました、156何卒(どうぞ)、157とり上(あ)げの用意(ようい)をして下(くだ)さいませ、158強(きつ)い陣痛(しきり)が催(もよほ)して来(き)ました』
159 豊彦(とよひこ)夫婦(ふうふ)は吃驚(びつくり)し、
160豊彦夫婦『ヤア、161それは大変(たいへん)ぢや、162早(はや)く湯(ゆ)を沸(わ)かさねばなるまい』
163悦子姫(よしこひめ)『お爺(ぢい)さま、164お婆(ば)アさま、165貴方(あなた)等(ら)は此処(ここ)にぢつとして居(ゐ)て下(くだ)さい、166これ加米彦(かめひこ)や夏彦(なつひこ)さま、167早(はや)くお湯(ゆ)を沸(わ)かしなさい』
168加米彦(かめひこ)『ハイ(妙(めう)な声(こゑ)で)ナア夏彦(なつひこ)、169どうで碌(ろく)な事(こと)ぢや無(な)いと思(おも)うて居(を)つた、170コンナ山奥(やまおく)へ出(で)て来(き)てお産(さん)の湯(ゆ)まで沸(わ)かさして頂(いただ)くとは、171思(おも)ひも寄(よ)らぬ光栄(くわうえい)ぢやないか』
172夏彦(なつひこ)『ソンナ勿体(もつたい)ない事(こと)を云(い)ふものぢやない、173結構(けつこう)な神(かみ)様(さま)が御(お)出産(しゆつさん)遊(あそ)ばすのぢや、174その御用(ごよう)の端(はし)に使(つか)うて貰(もら)ふのは余程(よほど)の因縁(いんねん)ぢや無(な)くちや、175コンナ御用(ごよう)が仰(あふ)せ付(つ)かるものかいヤイ、176あら有難(ありがた)い辱(かたじけ)ない』
177お玉(たま)『ウンウン』
178音彦(おとひこ)『サア早(はや)く、179加米彦(かめひこ)、180夏彦(なつひこ)、181湯(ゆ)を沸(わ)かして上(あ)げぬかい』
182加米彦、夏彦『ハイハイ』
183と破(わ)れ鍋(なべ)に水(みづ)を盛(も)り、184閉蓋(とぢぶた)をチヤンとのせ、185薪(たきぎ)をポキポキ折(を)つて火鉢(ひばち)の火(ひ)を吹(ふ)き点(つ)け、186座蒲団(ざぶとん)で風(かぜ)をおこし、187湯沸(ゆわ)かしに全力(ぜんりよく)を注(そそ)いで居(ゐ)る。188忽(たちま)ち聞(きこ)ゆる赤子(あかご)の声(こゑ)、
189赤子『ほぎやア ほぎやア ほぎやア』
190悦子姫『アヽ目出度(めでた)い目出度(めでた)い、191サア腹帯(はらおび)を締(し)めてあげよう』
192と悦子姫(よしこひめ)は甲斐(かひ)々々(がひ)しくお玉(たま)の後(うしろ)に廻(まは)り、193グツと腹帯(はらおび)を締(し)め、
194悦子姫『サア之(これ)でもう大丈夫(だいぢやうぶ)です、195お爺(ぢい)さま、196お婆(ば)アさま、197ご安心(あんしん)なさいませ』
198爺(ぢい)、199婆(ばば)(豊彦、豊姫)『ハイハイ、200有難(ありがた)う御座(ござ)います、201とりあげ迄(まで)させまして誠(まこと)に何(なん)とも恐(おそ)れ入(い)つた事(こと)で御座(ござ)います』
202音彦『サア湯(ゆ)が沸(わ)いた様(やう)です、203どれどれ私(わたくし)が湯(ゆ)を浴(あぶ)せてやりませう、204ヤア何(なん)と長(なが)い事(こと)腹(はら)の中(なか)に居(ゐ)られたせいか、205立派(りつぱ)なお子(こ)さまだワイ』
206と音彦(おとひこ)は赤子(あかご)を両手(りやうて)に抱(かか)へ、207湯(ゆ)の手加減(てかげん)をした上(うへ)、208悦子姫(よしこひめ)と共(とも)に行水(ぎやうずゐ)をさせる。209赤子(あかご)は盥(たらひ)の中(なか)で、210火(ひ)でも身体(からだ)に焦(こげ)ついた様(やう)に真赤(まつか)な顔(かほ)をして泣(な)き立(た)て居(ゐ)る。
211 悦子姫(よしこひめ)はいそいそとして、
212悦子姫『ア、213立派(りつぱ)な丈夫(ぢやうぶ)なお子(こ)さまだ。214お爺(ぢい)さま、215お婆(ば)アさま、216お玉(たま)さま、217御(ご)安心(あんしん)なさいませよ』
218 三(さん)人(にん)黙然(もくねん)として涙(なみだ)を零(こぼ)し俯向(うつむ)き居(ゐ)る。
219加米彦『何(なん)と不思議(ふしぎ)な事(こと)があるものぢや無(な)いか、220ナア夏彦(なつひこ)、221十八(じふはち)ケ月(げつ)で子(こ)が出来(でき)るとは前代(ぜんだい)未聞(みもん)だ。222俺(おれ)達(たち)は節季(せつき)が来(く)ると何時(いつ)もたらい(不足(たらひ))で泣(な)くが、223此(この)赤(あか)ン坊(ばう)は、224ほンのりと温(ぬく)う暖(あたた)まつて矢張(やつぱり)たらい(盥(たらひ))で泣(な)くのだな、225アハヽヽヽ』
226夏彦(なつひこ)『コラコラ加米(かめ)、227又(また)そンな大(おほ)きな声(こゑ)を出(だ)しよると、228お玉(たま)さまの身体(からだ)に障(さは)つたら如何(どう)するのだ』
229加米彦『さはるのは加米(かめ)とはお役(やく)が違(ちが)ふ哩(わい)、230悦子姫(よしこひめ)さまがさはつて御座(ござ)るぢやないか、231アハヽヽヽ』
232音彦(おとひこ)『コラコラ両人(りやうにん)、233静(しづか)にせぬか』
234夏彦、加米彦『ハイ畏(かしこ)まりました』
235お玉(たま)『皆様(みなさま)、236いかい御(お)世話(せわ)になりました。237生(で)けた子(こ)は男(をとこ)で御座(ござ)いますか、238女(をんな)で御座(ござ)いますか』
239音彦(おとひこ)『オヽ、240さうさう、241あまり嬉(うれ)しうて調査(てうさ)するのを失念(しつねん)して居(ゐ)た。242アア折角(せつかく)乍(なが)ら割(わ)れて居(ゐ)ますワ』
243豊姫(とよひめ)『エ、244又(また)女(をんな)で御座(ござ)いますか、245矢張(やつぱり)私(わたくし)の家(うち)は養子(やうし)でなければ治(をさ)まらぬと見(み)えます。246伜(せがれ)に嫁(よめ)を貰(もら)つて後(あと)を継(つ)がさうと思(おも)へば、247最前(さいぜん)申(まを)した通(とほ)り行衛(ゆくへ)は分(わか)らず、248矢張(やつぱり)妹(いもうと)のお玉(たま)に養子(やうし)をせねばなりませぬ、249今度(こんど)生(うま)れた総領(そうりやう)も養子(やうし)を貰(もら)ふ様(やう)になりました』
250 加米彦(かめひこ)、251又(また)もやはしやいで、
252加米彦『お爺(ぢい)さま、253お目出度(めでた)う、254これで貴方(あなた)の家(うち)の運(うん)も開(ひら)ける、255養子(やうし)が三代(さんだい)続(つづ)けば長者(ちやうじや)になると云(い)ふ事(こと)だ、256お喜(よろこ)びなさい、257私(わたくし)も嬉(うれ)しい、258お目出度(めでた)い、259手(て)の舞(ま)ひ足(あし)の踏(ふ)む所(ところ)を知(し)らずだ。260どつこいしよ どつこいしよ』
261と跳上(はねあが)り田楽橋(でんがくばし)を踏(ふ)み外(はづ)し、262小溝(こみぞ)の中(なか)へバサリと落(お)ち、
263加米彦(かめひこ)『ヤア折角(せつかく)の着物(きもの)を濡(ぬ)らして仕舞(しま)つた』
264夏彦(なつひこ)『ハヽヽヽ、265狼狽者(あはてもの)だな』
266悦子姫(よしこひめ)『もうこれでお案(あん)じなさる事(こと)は要(い)りませぬ、267大丈夫(だいぢやうぶ)です。268名(な)はおつけなさいますか』
269豊彦(とよひこ)『誠(まこと)に済(す)みませぬが、270貴女(あなた)様(さま)のお世話(せわ)になつた子供(こども)で御座(ござ)いますから、271何卒(どうぞ)お名(な)をやつて下(くだ)さいませ』
272悦子姫(よしこひめ)『承知(しようち)致(いた)しました、273ソンナラ妾(わたし)が名(な)をあげませう、274玉照姫(たまてるひめ)とつけませう』
275 豊彦(とよひこ)、276豊姫(とよひめ)、277お玉(たま)、278一(いち)時(じ)に口(くち)を揃(そろ)へて、
279豊彦、豊姫、お玉『有難(ありがた)う存(ぞん)じます』
280悦子姫(よしこひめ)『サアサア私(わたくし)は之(これ)からお山(やま)へ参拝(さんぱい)を致(いた)して参(まゐ)ります。281又(また)帰(かへ)りがけに悠(ゆつ)くり伺(うかが)ひます、282左様(さやう)なら』
283と早(はや)くも門口(かどぐち)を跨(また)げる。284三(さん)人(にん)は何(なに)も云(い)はず手(て)を合(あは)して悦子姫(よしこひめ)の方(かた)に向(むか)つて拝(をが)ンで居(ゐ)る。285音彦(おとひこ)は、
286音彦『サア、287加米彦(かめひこ)、288夏彦(なつひこ)出陣(しゆつぢん)だ』
289と悦子姫(よしこひめ)の後(あと)に従(したが)ひ旧来(もとき)し道(みち)に引返(ひきかへ)し、290四(よ)人(にん)は又(また)もや道(みち)に這(は)ひ出(で)た急坂(きふはん)の木(き)の根(ね)の段梯子(だんばしご)を渡(わた)つて奥(おく)へ奥(おく)へと登(のぼ)り行(ゆ)く。
291(大正一一・四・二四 旧三・二八 北村隆光録)
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