霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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霊(たま)の礎(いしずゑ)(四)

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第18巻 如意宝珠 巳の巻 篇:後付 よみ(新仮名遣い):
章:霊の礎(四) よみ(新仮名遣い):たまのいしずえ 通し章番号:
口述日:1922(大正11)年12月 口述場所: 筆録者: 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年2月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
真の神であり、厳瑞である主神に認められ、愛され、信じられ、また主神を認めて深く信じ愛する所には、必ず天国が開かれる。善徳が同じでないことから、主神を礼拝する方法もひとつではなく、そのために人が往生すべき天国に差ができるのである。
天国は、このような各種の部分から成るひとつの単元である。天国の円満具足の相は、これら部分が調和しているところから来るのである。また各部分に変化があり、その性質によって、円満具足の相が保たれる。
天国の全体は、ひとつの巨人に譬えられる。第一天国は頭部から頚部、第二天国は胸部から膝まで、第三天国は脚部と肘から先を成しているようなものである。
天国は上方にも、中間にも、下方にも存在する。それぞれに天人や精霊が住んでいる。各自その善徳によって住所を異にしている。
宇宙全体では、一物として失われるものはなく、また静止しているものもない。人間の意志や情動も朽ちないものである。霊魂不滅であるから、記憶や意思をもって天国に行くのである。現界へ再生するときは、肉体が弱小であるために、思い出せないだけなのである。また過去世の記憶は人生に益なく弊害があるために、思い出す必要もないのである。しかし天国に行くと、それはますます明瞭になってくる。そのため、天国では再生ではなく、復活というのである。
科学的な交霊論者の議論は、まったく無駄ではないにせよ、謎の間で板ばさみになっている。もはや時間を数えることができない世界へ、死者の後をほんの一足つけて行くだけなのである。
宇宙の真相は、二言三言では現せないし、言い表したとしても、決して現代人の脳に入りきらない。人間の分際としては、いかなる聖人賢哲も、天国や霊界の秘密・真相を握る事は不可能である。この秘密や真相は、宇宙それ自身と同等に無限、絶対、不可測、究極するところの無いものだからである。
死者が我々と交通可能なときには、死者の方でもたいして報告すべきことがない状態にある。一方で天国に登った後は、もはや交通はできないのである。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:1858 OBC :rm189901
愛善世界社版:297頁 八幡書店版:第3輯 747頁 修補版: 校定版:305頁 普及版: 初版: ページ備考:
派生[?]この文献を底本として書かれたと思われる文献です。[×閉じる]:出口王仁三郎全集 > 第二巻 宗教・教育編 > 第四篇 神霊世界 > 第三章 霊の礎
001一、002真神(しんしん)又(また)は厳瑞(げんずゐ)なる主神(しゆしん)に認(みと)められ愛(あい)せられ信(しん)ぜられ又(また)主神(しゆしん)を認(みと)め深(ふか)く信(しん)じ厚(あつ)く愛(あい)する所(ところ)には必(かなら)ず天国(てんごく)が開(ひら)かれるものである。003諸多(しよた)の団体(だんたい)に於(お)ける善徳(ぜんとく)の不同(ふどう)よりして、004主神(しゆしん)を礼拝(れいはい)するその方法(はうはふ)も亦(また)同一(どういつ)でない、005故(ゆゑ)に天国(てんごく)にも差等(さとう)あり人(ひと)の往生(わうじやう)すべき天国(てんごく)に相違(さうゐ)が出来(でき)るのである。006併(しか)し乍(なが)ら天国(てんごく)の円満(ゑんまん)なるは此(かく)の如(ごと)く不同(ふどう)あるが故(ゆゑ)である。007同一(どういつ)の花(はな)の咲(さ)く樹(き)にも種々(しゆじゆ)の枝振(えだぶ)りもあり花(はな)にも満開(まんかい)のもの半開(はんかい)のもの莟(つぼみ)の儘(まま)のものがあつて、008一(ひと)つの花樹(くわじゆ)の本分(ほんぶん)を完全(くわんぜん)に尽(つく)して居(ゐ)るやうなものである。
009一、010天国(てんごく)は各種(かくしゆ)各様(かくやう)の分体(ぶんたい)より形成(けいせい)したる単元(たんげん)であつて、011その分体(ぶんたい)は最(もつと)も円満(ゑんまん)なる形式(けいしき)の中(なか)に排列(はいれつ)せられて居(ゐ)る。012凡(すべ)て円満(ゑんまん)具足(ぐそく)の相(さう)なるものは諸分体(しよぶんたい)の調節(てうせつ)より来(きた)るものといふことは吾人(ごじん)の諸々(もろもろ)の感覚(かんかく)や外心(ぐわいしん)を動(うご)かす所(ところ)の一切(いつさい)の美(び)なるもの楽(たの)しきもの心(こころ)ゆくものの性質(せいしつ)を見(み)れば分明(ぶんめい)である。013数多(あまた)の相和(あひわ)し相協(あいかな)うた分体(ぶんたい)があつて或(あるひ)は同時(どうじ)に或(あるひ)は連続(れんぞく)して節奏(せつそう)および調和(てうわ)を生(しやう)ずるより起(おこ)り来(きた)るもので決(けつ)して単独(たんどく)の事物(じぶつ)より発(はつ)せないものである。014故(ゆゑ)に種々(しゆじゆ)の変化(へんくわ)は快感(くわいかん)を生(しやう)ずるに到(いた)ることは吾人(ごじん)の日夜(にちや)目撃(もくげき)実証(じつしよう)する所(ところ)である。015そして此(この)快感(くわいかん)の性相(せいさう)を定(さだ)むるは変化(へんくわ)の性質(せいしつ)如何(いかん)にあるのである。016天国(てんごく)に於(お)ける円満(ゑんまん)具足(ぐそく)の実相(じつさう)は種々(しゆじゆ)の変態(へんたい)に帰因(きいん)することを明(あきら)め得(え)らるるのである。
017一、018天国(てんごく)の全体(ぜんたい)は一(ひとつ)の巨人(きよじん)に譬(たと)ふ可(べ)きものである。019故(ゆゑ)に甲(かふ)の天国(てんごく)団体(だんたい)はその頭部(とうぶ)に又(また)は頭部(とうぶ)の或(あ)る局所(きよくしよ)に在(あ)る様(やう)なものである。020乙(おつ)天国(てんごく)の団体(だんたい)は胸部(きようぶ)に又(また)胸部(きようぶ)の或(あ)る局所(きよくしよ)にある。021丙(へい)天国(てんごく)の団体(だんたい)は腰部(えうぶ)又(また)は腰部(えうぶ)の或(あ)る局所(きよくしよ)に在(あ)る如(ごと)きものである。022故(ゆゑ)に最上(さいじやう)天国(てんごく)即(すなは)ち第一(だいいち)天国(てんごく)は頭部(とうぶ)より頸(くび)に至(いた)るまでを占(し)め、023中間(ちうかん)即(すなは)ち第二(だいに)天国(てんごく)は胸部(きようぶ)より腰(こし)及(およ)び膝(ひざ)の間(あひだ)を占(し)め、024最下(さいか)即(すなは)ち第三(だいさん)天国(てんごく)は脚部(きやくぶ)より脚底(きやくてい)と臂(ひぢ)より指頭(しとう)の間(あひだ)を占(し)めて居(ゐ)る様(やう)なものである。
025一、026天国(てんごく)は決(けつ)して上(うへ)の方(はう)而已(のみ)に在(あ)るもので無(な)い。027上方(じやうはう)にも中間(ちうかん)にも下方(かはう)にも存在(そんざい)するものである。028人間(にんげん)の肉体(にくたい)に上下(じやうげ)の区別(くべつ)なく頭部(とうぶ)より脚底(きやくてい)に至(いた)るまでそれぞれ意志(いし)の儘(まま)に活動(くわつどう)する資質(ししつ)ある如(ごと)きものである。029故(ゆゑ)に天国(てんごく)の下面(かめん)に住(す)む精霊(せいれい)もあり、030天人(てんにん)もある、031又(また)天国(てんごく)の上面(じやうめん)に住(す)むのも中間(ちうかん)に住(す)むのもある。032天(てん)の高天原(たかあまはら)もあり地(ち)の高天原(たかあまはら)も在(あ)つて各自(かくじ)その善徳(ぜんとく)の相違(さうゐ)に由(よ)つて住所(ぢうしよ)を異(こと)にするのである。
033一、034宇宙間(うちうかん)に於(おい)ては一物(いちぶつ)と雖(いへど)も決(けつ)して失(うしな)はるる事(こと)も無(な)く、035又(また)一物(いちぶつ)も静止(せいし)して居(ゐ)るものでは無(な)い。036故(ゆゑ)に輪廻(りんね)転生(てんしやう)即(すなは)ち再生(さいせい)と云(い)ふことは有(あ)り得(う)べきものである。037然(しか)るに生前(せいぜん)の記憶(きおく)や意志(いし)が滅亡(めつぼう)した後(のち)に矢張(やはり)個人(こじん)と云(い)ふものが再生(さいせい)して行(ゆ)くとすれば、038約(つま)り自分(じぶん)が自分(じぶん)であると云(い)ふ事(こと)を知(し)らずに再生(さいせい)するものならば再生(さいせい)せないも同(おな)じことであると云(い)ふ人(ひと)がある。039実(じつ)に尤(もつと)もな言(い)ひ分(ぶん)である。040凡(すべ)て人間(にんげん)の意志(いし)や情動(じやうだう)なるものは、041何処(どこ)までも朽(くち)ないものである以上(いじやう)は、042霊魂(れいこん)不滅(ふめつ)の上(うへ)から見(み)ても記憶(きおく)や意志(いし)を有(もつ)て天国(てんごく)へ行(ゆ)くものである。043然(しか)し現界(げんかい)へ再生(さいせい)する時(とき)は一旦(いつたん)その肉体(にくたい)が弱少(じやくせう)となるを以(もつ)て容易(ようい)に記憶(きおく)を喚起(くわんき)することは出来(でき)ないのである。044又(また)記憶(きおく)して居(ゐ)ても何(なん)の益(えき)する所(ところ)なき而已(のみ)ならず、045種々(しゆじゆ)の人生(じんせい)上(じやう)弊害(へいがい)が伴(ともな)ふからである。046之(これ)に反(はん)して天国(てんごく)へ往(ゆ)く時(とき)はその記憶(きおく)も意念(いねん)も益々(ますます)明瞭(めいれう)に成(な)つて来(く)るものである。047故(ゆゑ)に天国(てんごく)にては再生(さいせい)と云(い)はず、048復活(ふくくわつ)と云(い)ふのである。
049一、050科学(くわがく)的(てき)の交霊論(かうれいろん)者(しや)は人霊(じんれい)の憑依(ひようい)せし情況(じやうきやう)や死後(しご)の世界(せかい)に就(つ)いて種々(しゆじゆ)と論弁(ろんべん)を試(こころ)みて居(ゐ)るのは全然(ぜんぜん)無用(むよう)の業(わざ)でもない。051然(しか)し乍(なが)ら彼(かれ)等(ら)の徒(と)は最初(さいしよ)と最後(さいご)の此(こ)の二(ふた)つの謎(なぞ)の間(あひだ)に板挟(いたばさ)みの姿(すがた)で、052其(その)言(い)ふ所(ところ)を知(し)らない有様(ありさま)である。053彼(かれ)等(ら)はホンの少時間(せうじかん)、054時間(じかん)と云(い)ふものを最早(もはや)数(かぞ)へることの出来(でき)ぬ世界(せかい)へホンの一足(ひとあし)許(ばか)り死者(ししや)の跡(あと)をつけて行(ゆ)くだけであつて、055闇黒(あんこく)の中(なか)で其(その)儘(まま)茫然(ばうぜん)としてその行衛(ゆくゑ)を失(うしな)つて了(しま)つて居(ゐ)る。056彼(かれ)等(ら)に対(たい)して宇宙(うちう)の秘密(ひみつ)や真相(しんさう)を闡明(せんめい)せよと言(い)つた所(ところ)で、057到底(たうてい)ダメである。
058一、059宇宙(うちう)の秘密(ひみつ)や真相(しんさう)は到底(たうてい)二言(ふたこと)や三言(みこと)で現代人(げんだいじん)の脳裡(なうり)に入(い)るものでは無(な)い。060又(また)本当(ほんたう)にこれを物語(ものがた)つた所(ところ)で到底(たうてい)人間(にんげん)の頭脳(づなう)に這入(はい)り切(き)れるものでは無(な)い。061人間(にんげん)の分際(ぶんざい)としては如何(いか)なる聖人(せいじん)も賢哲(けんてつ)も決(けつ)して天国(てんごく)や霊界(れいかい)の秘密(ひみつ)や真相(しんさう)を握(にぎ)る事(こと)は不可能(ふかのう)だと信(しん)じて居(ゐ)る。062何(なん)となれば此(この)秘密(ひみつ)や真相(しんさう)は宇宙(うちう)それ自身(じしん)の如(ごと)く無限(むげん)で絶対(ぜつたい)で不可測(ふかそく)で窮極(きうきよく)する所(ところ)の無(な)いものだからである。
063一、064死者(ししや)が矢張(やは)り霊界(れいかい)に生(いき)て居(ゐ)るならば、065彼(かれ)等(ら)は何(なん)等(ら)かの方法(はうはふ)を用(もち)ゐてなりと吾々(われわれ)に教(をし)へて呉(く)れさうなものだと云(い)ふ人(ひと)がある。066然(しか)しながら死者(ししや)が吾々(われわれ)に話(はなし)をすることが出来(でき)る時分(じぶん)には死者(ししや)の方(はう)に於(おい)て何(なに)も吾々(われわれ)に報告(はうこく)すべき材料(ざいれう)を持(も)つて居(ゐ)ないし、067又(また)何(なに)か話(はな)すべき程(ほど)の事柄(ことがら)を知(し)り得(え)た時分(じぶん)には、068死者(ししや)は最早(もはや)吾々(われわれ)と交通(かうつう)の出来(でき)ない天国(てんごく)へ上(のぼ)つて、069永久(とこしへ)に吾々(われわれ)人間(にんげん)と懸(か)け離(はな)れて了(しま)つて居(ゐ)るからである。
070 大正十一年十二月
071(昭和一〇・六・三 王仁校正)
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