霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一七章 玉照姫(たまてるひめ)〔六四五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第18巻 如意宝珠 巳の巻 篇:第5篇 五月五日祝 よみ(新仮名遣い):ごがついつかのいわい
章:第17章 玉照姫 よみ(新仮名遣い):たまてるひめ 通し章番号:645
口述日:1922(大正11)年04月28日(旧04月02日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年2月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
常彦ら三人は、世継王山の麓にできた、悦子姫の館に逃げて帰ってきた。そして、加米彦と夏彦に、事の顛末を報告し、青彦たちがウラナイ教に寝返ったことを伝えた。
加米彦は慌てて魔窟ケ原に乗り込もうとするが、夏彦は落ち着いて加米彦を引き止める。夏彦は一日ゆっくりしていれば、青彦、紫姫らの動向がきっとわかる、と落ち着いている。
翌日、悦子姫と音彦が、五十子姫を伴って館に帰ってきた。加米彦と夏彦は慌てて大掃除をして一行を迎える。そこへ、ウラナイ教に潜入していた馬公と鹿公が、けっこうな神様を奉戴して戻ってきた、と報告に来る。
丹州を先頭に、玉照姫を抱いたお玉を連れて、青彦ら一行が館に戻ってきた。悦子姫は嬉し涙を流して玉照姫を迎えた。
青彦はこれまでの経緯を宣伝歌に込めて歌った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-03-26 18:20:24 文字数:6843 OBC :rm1817
愛善世界社版:275頁 八幡書店版:第3輯 739頁 修補版: 校定版:282頁 普及版:125頁 初版: ページ備考:
001自転倒(おのころ)島(じま)の第一(だいいち)の
002霊地(れいち)と世(よ)にも鳴(な)りひびく
003世界(せかい)に無二(むに)の神策地(しんさくち)
004瑞(みづ)の御霊(みたま)の隠(かく)れ場所(ばしよ)
005青葉(あをば)も、そよぐ夏彦(なつひこ)が
006万世(ばんせい)不動(ふどう)の瑞祥(ずゐしやう)を
007祝(いは)ふ加米彦(かめひこ)、諸共(もろとも)に
008四(よ)つの手足(てあし)を働(はたら)かせ
009朝(あさ)な夕(ゆふ)なに勉強(いそし)みて
010主(あるじ)の留守(るす)を守(まも)り居(ゐ)る
011世継王(よつわう)の山(やま)の夕嵐(ゆふあらし)
012雨戸(あまど)を敲(たた)く折(をり)からに
013息(いき)もせきせき尋(たづ)ね来(く)る
014三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)
015常(つね)に変(かは)りし常彦(つねひこ)が
016顔(かほ)に紅葉(もみぢ)を散(ち)らしつつ
017音(おと)もサワサワ滝公(たきこう)や
018心(こころ)痛(いた)むる板公(いたこう)が
019これの庵(いほり)を打叩(うちたた)き
020頼(たの)も頼(たの)もと訪(おと)なへば
021オウと答(こた)へて加米彦(かめひこ)は
022雨戸(あまど)ガラリと引開(ひきあ)けて
023此(この)真夜中(まよなか)に一(ひと)つ家(や)を
024訪(おと)なふ神(かみ)は何者(なにもの)ぞ
025鬼(おに)か大蛇(をろち)か曲神(まがかみ)か
026まさか違(ちが)へば木常彦(きつねひこ)
027唯(ただ)一言(いちごん)の言霊(ことたま)の
028愛想(あいさう)もコソも夕嵐(ゆふあらし)
029吹(ふ)き払(はら)はむと夕月夜(ゆふづくよ)
030キツと透(すか)して眺(なが)むれば
031何(なん)とは、なしに見覚(みおぼ)えの
032姿(すがた)に心(こころ)和(やは)らげつ
033林(はやし)の中(なか)の一(ひと)つ家(いえ)
034訪(おと)なふ人(ひと)は何人(なにびと)ぞ
035御名(みな)を名乗(なの)らせ給(たま)へよと
036いと慇懃(いんぎん)に言霊(ことたま)を
037宣(の)り直(なほ)すれば常彦(つねひこ)は
038首(かうべ)をかたげ腰(こし)を曲(ま)げ
039両手(りやうて)を膝(ひざ)の上(うへ)に置(お)き
040鬼(おに)ケ城(じやう)にて別(わか)れたる
041吾(わ)れは常彦(つねひこ)宣伝使(せんでんし)
042汝(なれ)は加米彦(かめひこ)、夏彦(なつひこ)か
043申上(まをしあ)げたき仔細(しさい)あり
044紫姫(むらさきひめ)や青彦(あをひこ)が
045三五教(あななひけう)にアキの空(そら)
046天津(あまつ)御空(みそら)も黒姫(くろひめ)が
047醜(しこ)の魔風(まかぜ)に包(つつ)まれて
048誠(まこと)の道(みち)を取(と)りはづし
049悪魔(あくま)の擒(とりこ)となりにける
050友(とも)の身魂(みたま)を救(すく)はむと
051夜(よ)を日(ひ)についで遥々(はるばる)と
052茲(ここ)まで訪(たづ)ね来(きた)りしぞ。
053 加米彦(かめひこ)はこれを聞(き)くより、
054加米彦『ナニ、055紫姫(むらさきひめ)、056青彦(あをひこ)がウラナイ教(けう)に沈没(ちんぼつ)しましたか。057それは大変(たいへん)、058先(ま)づ先(ま)づお這入(はい)り下(くだ)さいませ……ヤア見馴(みなれ)ぬ方(かた)が、059しかもお二人(ふたり)』
060 滝(たき)、061板(いた)一度(いちど)に、
062滝公、板公『私(わたくし)は常彦(つねひこ)様(さま)のお伴(とも)を致(いた)して参(まゐ)りました新参者(しんざんもの)で御座(ござ)います、063何卒(なにとぞ)宜(よろ)しうお願(ねがひ)致(いた)します』
064加米彦(かめひこ)『アーよしよし、065御(お)互(たがひ)にお心安(こころやす)う願(ねが)ひませう。066……夏彦(なつひこ)の御(おん)大将(たいしやう)、067何(なに)をグヅグヅして御座(ござ)る。068天変(てんぺん)地妖(ちえう)の大事変(だいじへん)が出来(しゆつたい)致(いた)しましたぞ』
069 夏彦(なつひこ)は奥(おく)の間(ま)より、070ノソノソ出(い)で来(きた)り、
071夏彦『ヤア常彦(つねひこ)さま、072暫(しばら)くでしたネ、073ようこそお出(いで)下(くだ)さいました。074マアマアお上(あが)り下(くだ)さいませ。075ユツクリと内開(うちあ)け話(ばなし)でも致(いた)しませうか』
076加米彦(かめひこ)『コレコレ夏彦(なつひこ)の大将(たいしやう)、077そんな陽気(やうき)な所(ところ)ぢやありませぬワ』
078夏彦(なつひこ)『そう慌(あは)てずとも宜(よろ)しいワイ。079何事(なにごと)も皆(みな)神(かみ)様(さま)のなさる事(こと)ぢや。080ヤア常彦(つねひこ)さま、081決(けつ)して決(けつ)して御(ご)心配(しんぱい)は要(い)りませぬ。082今(いま)に紫姫(むらさきひめ)、083青彦(あをひこ)も、084意気(いき)揚々(やうやう)として此家(ここ)へ帰(かへ)つて来(き)ますよ』
085常彦(つねひこ)『そうかは存(ぞん)じませぬが、086只今(ただいま)の所(ところ)では非常(ひじやう)な勢(いきほひ)で御座(ござ)います。087私(わたくし)も青彦(あをひこ)、088紫姫(むらさきひめ)の堕落(だらく)を救(すく)はむ為(ため)に、089ワザワザ敵(てき)の本城(ほんじやう)へ侵入(しんにふ)し、090忠告(ちうこく)を加(くは)へてやりました。091そうした所(ところ)、092青彦(あをひこ)の人格(じんかく)はガラリと悪化(あくくわ)し、093終結(しまひ)の果(は)てには乱暴(らんばう)狼藉(ろうぜき)、094棍棒(こんぼう)を以(もつ)て吾々(われわれ)の身体(しんたい)を、095所(ところ)構(かま)はず滅多(めつた)打(う)ち、096斯(か)かる乱暴者(らんばうもの)は最早(もはや)救(すく)ふべき手段(しゆだん)なしと、097取(と)る物(もの)も取敢(とりあへ)ず此(この)二人(ふたり)を伴(ともな)ひ、098悦子姫(よしこひめ)様(さま)初(はじ)めあなた方(がた)に、099何(なん)とか良(い)い智慧(ちゑ)を借(か)りたいと思(おも)つて、100一先(ひとま)づ引返(ひきかへ)して来(き)ました。101そう楽観(らくくわん)は出来(でき)ませぬ』
102加米彦(かめひこ)『ヤア其奴(そいつ)ア大変(たいへん)だ。103悦子姫(よしこひめ)さまは竹生島(ちくぶしま)へ、104英子姫(ひでこひめ)さまの後(あと)を追(お)うてお出(い)でになつた不在中(ふざいちゆう)、105こんな突発(とつぱつ)事件(じけん)を等閑(とうかん)に附(ふ)して置(お)くと云(い)ふ事(こと)は、106不忠実(ふちうじつ)の極(きは)まりだ。107サア常彦(つねひこ)さま、108時(とき)を移(うつ)さず魔窟(まくつ)ケ原(はら)の黒姫(くろひめ)の本陣(ほんぢん)へ乗込(のりこ)み、109言霊戦(ことたません)の大攻撃(だいこうげき)を致(いた)しませう』
110と早(はや)くも尻(しり)ひつからげ飛(と)び出(だ)さむとする。
111夏彦(なつひこ)『アハヽヽヽ、112よく慌(あは)てる奴(やつ)だなア。113これだから若(わか)い奴(やつ)は困(こま)るのだ。114マアゆるゆると久(ひさ)し振(ぶり)だ、115お神酒(みき)でも戴(いただ)いて、116作戦(さくせん)計画(けいくわく)をやらうぢやないか。117急(せ)いては事(こと)を仕損(しそん)ずる』
118加米彦(かめひこ)『急(せ)かねば事(こと)が間(ま)に合(あ)はぬ。119芽出度(めでたく)凱旋(がいせん)した其(その)上(うへ)で、120ゆるゆるお神酒(みき)をあがる事(こと)にせう。121刻一刻(こくいつこく)と心(こころ)の底(そこ)に浸潤(しんじゆん)し来(きた)るウラナイ教(けう)が悪霊(あくれい)の誘拐(いうかい)の矢(や)は日(ひ)に日(ひ)に烈(はげ)しくなるであらう、122老耄爺(おいぼれおやぢ)の夏彦(なつひこ)の腰折(こしお)れ、123モウ俺(おれ)は愛想(あいさう)が尽(つ)きた。124悦子姫(よしこひめ)様(さま)の御(ご)命令(めいれい)だから、125姫(ひめ)様(さま)に仕(つか)へると思(おも)つて、126今迄(いままで)は如何(いか)なる愚論(ぐろん)拙策(せつさく)も、127目(め)を塞(ふさ)いで盲従(まうじゆう)して来(き)たが、128それは平安時(へいあんじ)の時(とき)の事(こと)だ。129危急(ききふ)存亡(そんばう)の此(この)場合(ばあひ)、130臨機(りんき)応変(おうへん)の処置(しよち)を執(と)らねばならぬ。131平和(へいわ)の時(とき)の宰相(さいさう)には、132カナリ適当(てきたう)かは知(し)らぬが国家(こくか)興亡(こうばう)危機(きき)一髪(いつぱつ)の此(この)際(さい)、133仮令(たとへ)上官(じやうくわん)の夏彦(なつひこ)が命令(めいれい)たりとも、134服従(ふくじゆう)すべき限(かぎ)りにあらずだ。135サアサア常彦(つねひこ)外(ほか)両人(りやうにん)加米彦(かめひこ)に続(つづ)かせられい……』
136夏彦(なつひこ)『アツハヽヽヽ、137石亀(いしがめ)の地団駄(ぢだんだ)、138何程(なにほど)騒(さわ)いだ所(ところ)で駄目(だめ)だよ。139マアゆつくりと落着(おちつ)いたが宜(よ)からう。140俺(おれ)は一寸(ちよつと)紫姫(むらさきひめ)様(さま)の御(ご)意中(いちう)を以心(いしん)伝心(でんしん)的(てき)に感得(かんとく)して居(ゐ)るから、141滅多(めつた)な事(こと)は無(な)い。142何(なに)か深(ふか)いお考(かんが)へが有(あ)つての事(こと)だ。143万一(まんいち)紫姫(むらさきひめ)を始(はじ)め、144青彦(あをひこ)其(その)他(た)の者(もの)、145一人(ひとり)にてもウラナイ教(けう)の黒姫(くろひめ)に籠絡(ろうらく)さるる様(やう)な事(こと)が実現(じつげん)したら、146此(この)夏彦(なつひこ)が一(ひと)つより無(な)い首(くび)を、147幾(いく)つでも加米彦(かめひこ)、148常彦(つねひこ)さまに献上(けんじやう)する』
149加米彦(かめひこ)『今日(けふ)に限(かぎ)つて夏彦(なつひこ)の大将(たいしやう)、150糞落(くそお)ち着(つき)に落(お)ち着(つ)いて御座(ござ)るぢやないか。151コラちと変(へん)だ黒姫(くろひめ)の悪霊(あくれい)が憑依(ひようい)して居(を)るのではなからうかなア。152一(ひと)つ厳重(げんぢう)なる審神(さには)を施行(しかう)するの余地(よち)充分(じゆうぶん)あるワイ』
153 夏彦(なつひこ)、154二人(ふたり)の耳元(みみもと)に口(くち)を寄(よ)せ、155何事(なにごと)か囁(ささや)いた。
156加米彦(かめひこ)『アーさうか、157ア、158それなら安心(あんしん)だ。159ナア常彦(つねひこ)、160肝腎(かんじん)の事(こと)を俺(おれ)達(たち)に言(い)つて呉(く)れぬものだから、161要(い)らぬ気(き)を揉(も)んだぢやないか』
162夏彦(なつひこ)『身魂(みたま)にチツとでも曇(くも)りの有(あ)る間(うち)は、163神(かみ)は今(いま)の今迄(いままで)誠(まこと)の仕組(しぐみ)は申(まを)さぬぞよ。164誠(まこと)が聞(き)きたくば、165我(が)を折(お)りて生(うま)れ赤児(あかご)の心(こころ)になり、166水晶(すゐしやう)の身魂(みたま)に研(みが)いて下(くだ)されよ。167神(かみ)は誠(まこと)を聞(き)かしてやりたいなれど、168悪(あく)の身魂(みたま)の混(まじ)りて居(を)る守護神(しゆごじん)には、169実地(じつち)正真(しやうまつ)の事(こと)が云(い)うてやれぬぞよ……とお筆先(ふでさき)に現(あら)はれて居(を)りますぞ』
170加米彦(かめひこ)『ヤアさうすると常彦(つねひこ)さま、171吾々(われわれ)二人(ふたり)はまだ数(かず)に入(い)つて居(を)らぬのだ。172なんとムツカしいものだなア』
173夏彦(なつひこ)『兎(と)も角(かく)、174神(かみ)様(さま)にお礼(れい)を申上(まをしあ)げ、175此処(ここ)で一(いち)日(にち)二日(ふつか)休養(きうやう)して下(くだ)さい。176其(その)間(あひだ)にキツと紫姫(むらさきひめ)様(さま)、177青彦(あをひこ)の消息(せうそく)が分(わか)るでせう』
178加米彦(かめひこ)『流石(さすが)は御(おん)大将(たいしやう)、179イヤもう今日(こんにち)限(かぎ)り、180何事(なにごと)も盲従(まうじゆう)致(いた)しませう。181併(しか)し乍(なが)ら間違(まちが)つたら、182約束(やくそく)の通(とほ)り、183常彦(つねひこ)と加米彦(かめひこ)が、184夏彦(なつひこ)の御首(みしるし)頂戴(ちやうだい)仕(つかまつ)るから……御(お)覚悟(かくご)は確(たしか)でせうな』
185夏彦(なつひこ)『アハヽヽヽ、186たしかだ たしかだ』
187 斯(か)く話(はなし)に眈(ふけ)り乍(なが)ら、188其(その)夜(よ)は主客(しゆきやく)五(ご)人(にん)枕(まくら)を並(なら)べて寝(しん)に就(つ)いた。
189 連日(れんじつ)連夜(れんや)曇(くも)り果(は)てたる五月(さつき)の空(そら)も、190今日(けふ)はカラリと日本晴(にほんばれ)の好天気(かうてんき)、191煎(い)りつく様(やう)な大空(おほぞら)に、192朝鮮燕(てうせんつばめ)の幾十(いくじふ)となく泥(どろ)を含(ふく)みて、193前後(ぜんご)左右(さいう)に飛(と)び交(か)ふ有様(ありさま)を、194夏彦(なつひこ)外(ほか)四(よ)人(にん)は窓(まど)を開(ひら)いて愉快気(ゆくわいげ)に眺(なが)めて居(ゐ)る。
195加米彦(かめひこ)『随分(ずゐぶん)よく活動(くわつどう)をしたものだなア。196我々(われわれ)も燕(つばめ)に傚(なら)つて、197一層(いつそう)の雄飛(ゆうひ)活躍(くわつやく)をやらねばなるまい。198……ヤア向(むか)うの方(はう)へ、199白(しろ)い笠(かさ)が揺(ゆ)らついて来(き)たぞ』
200と話(はな)す折(をり)しも、201勢(いきほひ)よく此方(こなた)に向(むか)つて、202青葉(あをば)の中(なか)を波(なみ)打(う)たせつつ進(すす)み来(きた)れる饅頭笠(まんじうがさ)、203三本(さんぼん)の金剛杖(こんがうづゑ)、204黒(くろ)い脚(あし)が二本(にほん)、205白(しろ)い脚(あし)が四本(しほん)。
206加米彦(かめひこ)『モシモシ夏彦(なつひこ)の大将(たいしやう)、207青彦(あをひこ)がどうやら凱旋(がいせん)と見(み)えますワイ。208一(ひと)つ万歳(ばんざい)を三唱(さんしやう)しませうか。209祝砲(しゆくはう)でも上(あ)げませうか』
210と言(い)ひも終(をは)らず「プツプツプウ」と放射(はうしや)する。
211夏彦(なつひこ)『アーア煙硝(えんせう)臭(くさ)い、212屋内(をくない)で花火(はなび)を揚(あ)げるのは険呑(けんのん)だ、213外(そと)へ行(い)つてやつて下(くだ)さい』
214加米彦(かめひこ)『モウ裏(うら)の言霊(ことたま)は材料(ざいれう)欠乏(けつぼう)、215これから表(おもて)の言霊(ことたま)だ……ウローウロー』
216と唯(ただ)一人(ひとり)呶鳴(どな)つて居(ゐ)る。217近(ちか)づいた三(さん)人(にん)の男女(だんぢよ)、
218三人(音彦、悦子姫、五十子姫)『ヤア加米彦(かめひこ)さま、219エライ元気(げんき)だなア』
220加米彦(かめひこ)『サア エライ元気(げんき)だ。221紫姫(むらさきひめ)に、222青彦(あをひこ)に、223モ一人(ひとり)は……大方(おほかた)お節(せつ)だらう。224よう帰(かへ)つて下(くだ)さつた。225サアサア奮戦(ふんせん)の情況(じやうきやう)、226委細(つぶさ)に夏彦(なつひこ)の御(おん)大将(たいしやう)に言上(ごんじやう)遊(あそ)ばせ』
227男(音彦)『アハヽヽヽ』
228と一人(ひとり)の男(をとこ)は笠(かさ)を脱(ぬ)ぐ。
229加米彦(かめひこ)『ヤアお前(まへ)は音彦(おとひこ)様(さま)か。230……アヽこれはしたり、231悦子姫(よしこひめ)様(さま)……ア何(なん)だ、232五十子(いそこ)姫(ひめ)様(さま)……ヤア音彦(おとひこ)様(さま)、233お芽出度(めでた)う。234悦子(よしこ)女王(ぢよわう)が居(ゐ)らせられなかつたら、235大変(たいへん)御(ご)夫婦(ふうふ)ご愉快(ゆくわい)で有(あ)りましただらうに……ヤアもう世(よ)の中(なか)は思(おも)う様(やう)に行(ゆ)かぬものですナア[※音彦と五十子姫は夫婦である。]』
236悦子姫(よしこひめ)『オホヽヽヽ』
237加米彦(かめひこ)『中(なか)を隔(へだ)つる悦子川(よしこがは)かなア、238可哀相(かはいさう)に、239焦(こが)れ焦(こが)れたコガの助(すけ)、240お顔(かほ)見(み)乍(なが)ら儘(まま)ならぬ……と云(い)ふ、241喜劇(きげき)、242悲劇(ひげき)の活動(くわつどう)写真(しやしん)……ヤア兎(と)も角(かく)お這入(はい)り下(くだ)さいませ』
243音彦(おとひこ)『然(しか)らば許(ゆる)しめされよ』
244加米彦(かめひこ)『姫御前(ひめごぜん)と道中(だうちう)を遊(あそ)ばしたお蔭(かげ)で、245大変(たいへん)言霊(ことたま)が向上(かうじやう)しました。246……サア夏彦(なつひこ)さま、247今日(けふ)限(かぎ)り吾々(われわれ)と同僚(どうれう)だ、248何時(いつ)までも女王(ぢよわう)の代(かは)りは出来(でき)ませぬぞ。249……サア悦子姫(よしこひめ)女王(ぢよわう)、250ズツと奥(おく)へお通(とほ)り下(くだ)さいませ』
251悦子姫(よしこひめ)『加米彦(かめひこ)さま、252夏彦(なつひこ)さま、253よく神妙(しんめう)にお留守(るす)をして下(くだ)さいました。254あなた方(がた)の健実(まめ)な事(こと)、255よく気(き)を附(つ)けて下(くだ)さると見(み)えて、256風流(ふうりう)な夏草(なつくさ)が家(いへ)の周囲(まはり)に一杯(いつぱい)生(は)えて居(を)ります。257小蛇(こへび)でも出(で)そうに御座(ござ)いますな。258オホヽヽヽ』
259 加米彦(かめひこ)、260頭(あたま)を掻(か)き乍(なが)ら、
261加米彦『イヤもう……エー外(そと)は惟神(かむながら)に任(まか)し、262内(うち)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に、263内容(ないよう)の充実(じゆうじつ)を主(しゆ)と致(いた)しました。264これが所謂(いはゆる)内主(ないしゆ)外従(ぐわいじゆう)と云(い)ふものです』
265悦子姫(よしこひめ)『ホヽヽヽ、266成程(なるほど)外(そと)には茫々(ばうばう)と美(うつく)しい草(くさ)が御(お)天道(てんだう)様(さま)のお蔭(かげ)で繁茂(はんも)して居(ゐ)ます。267室内(しつない)はザツクバラン、268沢山(たくさん)に紙片(かみぎれ)が散乱(さんらん)して、269まるで花見(はなみ)の庭(には)の様(やう)です』
270加米彦(かめひこ)『イヤ此間(こなひだ)から、271夏彦(なつひこ)の仮(かり)の大将(たいしやう)、272寝冷(ねび)えを致(いた)し、273風邪(かぜ)を引(ひ)いたものですから、274鼻紙(はながみ)をそこら中(ぢう)に散(ち)らして置(お)いたのです。275……一寸(ちよつと)待(ま)つて下(くだ)さい。276箒(はうき)で今(いま)掃(は)いて除(の)けます、277ウツカリ踏(ふ)んで貰(もら)へば、278足(あし)の裏(うら)にニチヤツとひつつきます。279……オイ夏彦(なつひこ)鼻紙(はながみ)の大将(たいしやう)、280何(なに)をグヅグヅして居(を)るのだ。281此(この)加米彦(かめひこ)は何事(なにごと)も盲従(まうじゆう)して来(き)たのだ。282どうだ、283此(この)鼻紙(はながみ)を箒(はうき)で掃(は)き散(ち)らしても、284お叱(しか)りは御座(ござ)いませぬかなア』
285夏彦(なつひこ)『これはこれは悦子姫(よしこひめ)様(さま)、286今(いま)煤掃(すすはき)の最中(さいちう)へお帰(かへ)り下(くだ)さいまして、287誠(まこと)に申訳(まをしわけ)が御座(ござ)いませぬ。288どうぞ暫(しばら)く、289裏(うら)の森林(しんりん)に美(うつく)しい花(はな)も咲(さ)いて居(ゐ)ます、290恰度(ちやうど)菖蒲(あやめ)が真(ま)つ盛(さか)り、291お三(さん)人(にん)共(とも)暫(しばら)く御覧(ごらん)なし下(くだ)さいませ。292其(その)間(あひだ)に夏季(かき)大(だい)清潔法(せいけつはふ)を執行(しつかう)致(いた)します。293……オイ加米彦(かめひこ)、294箒(はうき)だ、295水(みづ)を汲(く)め、296采払(さいはらひ)だ……』
297加米彦(かめひこ)『貴様(きさま)はジツとして手(て)を出(だ)さずに、298頤(あご)ばつかりで……そう一度(いちど)に……千手(せんじゆ)観音(くわんのん)様(さま)ぢやあるまいに、299水(みづ)を汲(く)む、300采払(さいはらひ)を使(つか)ふ、301箒(はうき)を使(つか)うと云(い)ふ事(こと)が出来(でき)るものか。302貴様(きさま)も一(ひと)つ活動(くわつどう)せぬか。303門外(かど)の燕(つばめ)の活動(くわつどう)を、304チツと傚(なら)へ』
305夏彦(なつひこ)『ハイハイ畏(かしこ)まりました』
306と襷(たすき)をかけ、
307夏彦『わしはお家(いへ)を掃除(さうぢ)する。308お前(まへ)は庭(には)を掃除(さうぢ)して呉(く)れ…』
309 俄(にはか)にバタバタ、310ガタガタ……、
311夏彦(なつひこ)『オイ常彦(つねひこ)、312板(いた)、313滝(たき)、314手伝(てつだ)ひして呉(く)れぬか。315……ヤアどつか往(ゆ)きやがつたなア』
316と窓(まど)を覗(のぞ)き、
317夏彦『ヤア一生(いつしやう)懸命(けんめい)に草(くさ)をひいて居(を)るワイ』
318 半時(はんとき)ばかりかかつて大掃除(おほさうぢ)を、319吐血(とけつ)の起(お)こつた様(やう)な騒(さわ)ぎでやつてのけた。320時(とき)を見計(みはか)らひ悦子姫(よしこひめ)、321音彦(おとひこ)、322五十子(いそこ)姫(ひめ)、323ニコニコし乍(なが)ら、
324音彦(おとひこ)『ヤア俄(にはか)に参(まゐ)りまして、325エライ御(ご)雑作(ざふさ)をかけました』
326加米彦(かめひこ)『ヤア有難(ありがた)う。327斯(こ)う云(い)ふ事(こと)が無(な)ければ、328モウ一月(ひとつき)も経(た)たぬ内(うち)に、329此(この)家(いへ)は草(くさ)の中(なか)に沈没(ちんぼつ)する所(ところ)でした。330アハヽヽヽ』
331音彦(おとひこ)『身魂(みたま)相応(さうおう)の御(ご)住宅(ぢうたく)で……』
332悦子姫(よしこひめ)『オホヽヽヽ』
333 茲(ここ)に八(やつ)つの笠(かさ)の台(だい)は、334畳(たたみ)の上(うへ)に二列(にれつ)に並列(へいれつ)した。335悦子姫(よしこひめ)を始(はじ)め一同(いちどう)は、336互(たがひ)に久濶(きうくわつ)を叙(じよ)し、337打解話(うちとけばなし)に時(とき)を移(うつ)す。338折(をり)しも門口(かどぐち)に現(あら)はれ来(きた)る馬公(うまこう)、339鹿公(しかこう)、
340馬公、鹿公『モシモシ夏彦(なつひこ)さま、341馬(うま)、342鹿(しか)の両人(りやうにん)です。343御(ご)注進(ちうしん)に参(まゐ)りました』
344と門口(かどぐち)より呶鳴(どな)り込(こ)んだ。
345夏彦(なつひこ)『ヤア馬公(うまこう)に鹿公(しかこう)、346よう帰(かへ)つて来(き)た。347併(しか)し今日(けふ)は奥(おく)に珍(めづ)らしいお客(きやく)さまだ。348御(ご)主人公(しゆじんこう)の紫姫(むらさきひめ)さま始(はじ)め青彦(あをひこ)はどうなつた』
349馬公(うまこう)『只今(ただいま)結構(けつこう)な生神(いきがみ)さまの玉子(たまご)を奉迎(ほうげい)して、350これへお帰(かへ)りになります。351どうぞ座敷(ざしき)を片付(かたづ)けて、352充分(じゆうぶん)清潔(せいけつ)にして待(ま)つて居(ゐ)て呉(く)れいとの、353青彦(あをひこ)さまの御(ご)命令(めいれい)、354宙(ちう)を飛(と)んで御(ご)報告(はうこく)に参(まゐ)りました。355やがて御(ご)入来(じゆらい)になりませう』
356夏彦(なつひこ)『アーそれはそれは御(ご)苦労(くらう)でした。357マア一服(いつぷく)して下(くだ)さい』
358とイソイソとして奥(おく)に入(い)り、
359夏彦『悦子姫(よしこひめ)様(さま)、360只今(ただいま)紫姫(むらさきひめ)様(さま)、361青彦(あをひこ)がこれへ帰(かへ)つて来(く)るそうで御座(ござ)います』
362悦子姫(よしこひめ)『アーそうだらう。363床(とこ)の間(ま)もよく掃除(さうぢ)して御(お)待受(まちう)けを致(いた)しませう。364キツと玉照姫(たまてるひめ)様(さま)の御(お)光来(いで)でせう』
365夏彦(なつひこ)『そんな事(こと)が御座(ござ)いませうかなア。366どうして又(また)それが分(わか)りますか』
367悦子姫(よしこひめ)『何事(なにごと)も英子姫(ひでこひめ)様(さま)の御(ご)経綸(けいりん)、368キツと今(いま)にお越(こ)しになります』
369 斯(か)く言(い)ふ所(ところ)へ、370丹州(たんしう)を先頭(せんとう)に、371お玉(たま)は玉照姫(たまてるひめ)を恭(うやうや)しく捧持(ほうぢ)し、372紫姫(むらさきひめ)、373青彦(あをひこ)、374お節(せつ)の一行(いつかう)ゾロゾロと此(この)一(ひと)つ家(や)に勢(いきほひ)よく入(い)り来(きた)る。375加米彦(かめひこ)、376慌(あわて)て飛(と)んで出(い)で、
377加米彦(かめひこ)『ヤア杏(あんず)るより桃(もも)が安(やす)い。378今日(けふ)はモモだらけだ。379モウモウ忙(いそが)しうて忙(いそが)しうて、380嬉(うれ)しいやら面白(おもしろ)いやら、381勇(いさ)ましいやら、382根(ね)つから、383葉(は)つから見当(けんたう)が取(と)れなくなつた。384改心(かいしん)致(いた)すとマサカの時(とき)に、385嬉(うれ)しうてキリキリ舞(まひ)を致(いた)す身魂(みたま)と、386辛(つら)うてキリキリ舞(まひ)致(いた)す身魂(みたま)とが出来(でき)るぞよ……とは此(この)事(こと)だ。387サアサア皆(みな)さま、388ズツと奥(おく)へ、389キリキリ舞(ま)ひもつてお這入(はい)り下(くだ)さいませ……ドツコイシヨのヤツトコシヨ…』
390と面白(おもしろ)い手(て)つきをして踊(をど)つて居(を)る。391青彦(あをひこ)、
392青彦(あをひこ)『コレコレ加米彦(かめひこ)さま、393早(はや)く玉照姫(たまてるひめ)様(さま)を、394悦子姫(よしこひめ)様(さま)に御(ご)紹介(せうかい)して下(くだ)さい』
395 悦子姫(よしこひめ)は奥(おく)より走(はし)り来(きた)り、396恭(うやうや)しく拍手(はくしゆ)し、397嬉(うれ)し涙(なみだ)をタラタラと流(なが)し乍(なが)ら、
398悦子姫(よしこひめ)『玉照姫(たまてるひめ)様(さま)、399よくもお越(こ)し下(くだ)さいました。400これで愈(いよいよ)神政(しんせい)成就(じやうじゆ)疑(うたがひ)なし。401アヽ有難(ありがた)し、402辱(かたじけ)なし』
403と言(い)つた限(き)り、404嬉(うれ)し涙(なみだ)に暮(く)れて、405顔(かほ)さへあげず泣(な)きいる。
406加米彦(かめひこ)『これはこれは悦子姫(よしこひめ)の女王(ぢよわう)様(さま)、407何(なに)を此(この)芽出度(めでた)い時(とき)に、408メソメソお泣(な)き遊(あそ)ばすのだ。409ヤツパリ女(をんな)は女(をんな)だなア。410涙脆(なみだもろ)いと見(み)えるワイ。411アヽ矢張(やつぱ)り俺(おれ)も何(なん)だか泣(な)きたくなつて来(き)た、412アンアンアン』
413 青彦(あをひこ)は歌(うた)ふ、
414青彦『神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)の
415御言(みこと)畏(かしこ)み曇(くも)りたる
416世(よ)を照(てら)さむと英子姫(ひでこひめ)
417神(かみ)の仕組(しぐみ)を奥山(おくやま)の
418心(こころ)に深(ふか)く包(つつ)みつつ
419隠(かく)して容易(ようい)に弥仙山(みせんざん)
420万代(よろづよ)祝(いは)ふ亀彦(かめひこ)を
421伴(ともな)ひ聖地(せいち)を後(あと)にして
422国(くに)の栄(さか)えも豊彦(とよひこ)が
423娘(むすめ)のお玉(たま)に木花(このはな)の
424姫(ひめ)の命(みこと)の分霊(わけみたま)
425咲耶(さくや)の姫(ひめ)を取(と)り懸(か)けて
426後(あと)白雲(しらくも)と帰(かへ)り行(ゆ)く
427心(こころ)も春(はる)の山家道(やまがみち)
428折(をり)こそよけれ悦子姫(よしこひめ)
429音彦(おとひこ)、加米彦(かめひこ)、夏彦(なつひこ)が
430川辺(かはべ)の木蔭(こかげ)に立寄(たちよ)りて
431英子(ひでこ)の姫(ひめ)の神界(しんかい)の
432それとはなしに秘事(ひめごと)を
433以心(いしん)伝心(でんしん)語(かた)りつつ
434父(ちち)に近江(あふみ)の竹生島(ちくぶしま)
435足(あし)を速(はや)めて出(い)で給(たま)ふ。
436悦子(よしこ)の姫(ひめ)は急坂(きふはん)を
437三人(みたり)の男(をとこ)と諸共(もろとも)に
438辿(たど)りて、やうやう弥仙山(みせんざん)
439麓(ふもと)に建(た)てる豊彦(とよひこ)が
440賤(しづ)の伏家(ふせや)に立寄(たちよ)りて
441俄(にはか)産婆(さんば)の神業(しんげふ)に
442思(おも)ひも寄(よ)らぬ貴(うづ)の声(こゑ)
443お玉(たま)の腹(はら)を藉(か)つて出(で)た
444玉照姫(たまてるひめ)を取(と)りあげて
445イソイソ帰(かへ)る世継王(よつわう)の
446山(やま)の麓(ふもと)に霊場(れいぢやう)を
447卜(ぼく)して庵(いほり)を結(むす)びつつ
448二人(ふたり)の男(をとこ)に留守(るす)をさせ
449紫姫(むらさきひめ)に何事(なにごと)か
450囁(ささや)き合(あ)ひて右左(みぎひだ)り
451悦子(よしこ)の姫(ひめ)は近江路(あふみぢ)へ
452紫姫(むらさきひめ)や青彦(あをひこ)は
453馬(うま)、鹿(しか)二人(ふたり)を伴(ともな)ひて
454西北(せいほく)指(さ)して進(すす)み行(ゆ)く
455船岡山(ふなをかやま)の山麓(さんろく)に
456かかる折(をり)しも夕闇(ゆふやみ)を
457透(すか)して聞(きこ)ゆる叫(さけ)び声(ごゑ)
458青彦(あをひこ)、馬(うま)、鹿(しか)三(さん)人(にん)は
459声(こゑ)を尋(たづ)ねて暗(やみ)の路(みち)
460進(すす)む折(をり)しもウラナイの
461道(みち)の教(をしへ)の滝(たき)、板(いた)が
462一人(ひとり)の女(をんな)を引捉(ひつとら)へ
463松(まつ)の古木(こぼく)に縛(しば)りつけ
464権謀(けんぼう)術数(じゆつすう)の最中(さいちう)を
465闇(やみ)を幸(さいは)ひ黒姫(くろひめ)の
466声色(こわいろ)使(つか)ふ鹿公(しかこう)が
467早速(さつそく)の頓智(とんち)、滝(たき)、板(いた)は
468おののき怖(おそ)れ幽霊(いうれい)と
469思(おも)ひ誤(あやま)り谷底(たにそこ)に
470スツテンコロリと転落(てんらく)し
471腰骨(こしぼね)打(う)つてウンウンと
472闇(やみ)に苦(くるし)む憐(あは)れさよ
473紫姫(むらさきひめ)は三(さん)人(にん)の
474男(をとこ)にお節(せつ)を守(まも)らせつ
475進(すす)んで来(きた)る元伊勢(もといせ)の
476稜威(いづ)の御前(みまへ)に参拝(さんぱい)し
477天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し
478神示(しんじ)を仰(あふ)ぐ時(とき)もあれ
479谷(たに)に聞(きこ)ゆる言霊(ことたま)の
480怪(あや)しき響(ひびき)に青彦(あをひこ)は
481紫姫(むらさきひめ)を伴(ともな)ひて
482剣先山(けんさきやま)の深谷(ふかたに)を
483尋(たづ)ねて行(ゆ)けば、こは如何(いか)に
484顔色(かほいろ)黒(くろ)き黒姫(くろひめ)が
485二人(ふたり)の男(をとこ)と諸共(もろとも)に
486一心(いつしん)不乱(ふらん)に水垢離(みづごうり)
487其(その)熱烈(ねつれつ)な信仰(しんかう)に
488何(いづ)れも肝(きも)を冷(ひや)しつつ
489紫姫(むらさきひめ)や青彦(あをひこ)は
490何(なに)か心(こころ)に諾(うなづ)きつ
491俄(にはか)に変(かは)るウラナイの
492神(かみ)の教(をしへ)の宣伝使(せんでんし)
493馬公(うまこう)、鹿公(しかこう)諸共(もろとも)に
494魔窟(まくつ)ケ原(はら)に築(きづ)きたる
495黒姫館(くろひめやかた)に出(いで)て行(ゆ)く
496高山彦(たかやまひこ)や黒姫(くろひめ)は
497相好(さうがう)崩(くづ)してニコニコと
498忽(たちま)ち変(かは)る地蔵顔(ぢざうがほ)
499勝(か)ち誇(ほこ)りたる会心(くわいしん)の
500笑(ゑみ)にあたりの雰囲気(ふんゐき)は
501乾燥(かんさう)無味(むみ)の岩窟(がんくつ)も
502忽(たちま)ち春(はる)の花(はな)咲(さ)いて
503飲(の)めよ騒(さわ)げの賑(にぎ)はしさ
504大洪水(だいこうずゐ)の氾濫(はんらん)し
505堤防(ていぼう)崩(くづ)した如(ごと)くなる
506乱痴気(らんちき)騒(さわ)ぎの最中(さいちう)に
507阿修羅(あしゆら)の如(ごと)き勢(いきほひ)で
508現(あら)はれ来(きた)る常彦(つねひこ)が
509滝公(たきこう)板公(いたこう)伴(ともな)ひて
510青彦(あおひこ)さまが胸(むね)の内(うち)
511知(し)らぬが仏(ほとけ)の黒姫(くろひめ)や
512折柄(をりから)来(きた)れる高姫(たかひめ)に
513喰(く)つてかかつた可笑(おか)しさよ
514可哀相(かあいさう)とは知(し)り乍(なが)ら
515時(とき)を繕(つくろ)ふ青彦(あをひこ)が
516早速(さそく)の頓智(とんち)、棍棒(こんぼう)を
517打(う)ち振(ふ)り打(う)ち振(ふ)り常彦(つねひこ)が
518体(からだ)を目(め)がけて滅多打(めつたうち)
519地蟹(づがに)の様(やう)に泡(あわ)吹(ふ)いて
520涙(なみだ)を流(なが)す滝公(たきこう)や
521痛々(いたいた)しげに板公(いたこう)が
522雲(くも)を霞(かすみ)と逃(にげ)て行(ゆ)く
523この振舞(ふるまひ)に高姫(たかひめ)や
524道(みち)に迷(まよ)うた黒姫(くろひめ)が
525始(はじ)めてヤツと気(き)を許(ゆる)し
526紫姫(むらさきひめ)や青彦(あをひこ)に
527大事(だいじ)の大事(だいじ)の宝物(たからもの)
528玉照姫(たまてるひめ)の人質(ひとじち)を
529何(なん)の気(き)もなく吾々(われわれ)に
530渡(わた)して呉(く)れた其(その)お蔭(かげ)
531綾彦(あやひこ)、お民(たみ)を伴(ともな)ひて
532心(こころ)イソイソ山坂(やまさか)を
533右(みぎ)に左(ひだり)に飛(と)び越(こ)えつ
534於与岐(およぎ)の里(さと)の豊彦(とよひこ)が
535館(やかた)に到(いた)りいろいろと
536一伍(いちぶ)一什(しじふ)を物語(ものがた)る
537紫姫(むらさきひめ)の言霊(ことたま)に
538豊彦(とよひこ)夫婦(ふうふ)は雀踊(こをど)りし
539お玉(たま)を添(そ)へて玉照(たまてる)の
540姫(ひめ)の命(みこと)の貴(うづ)の御子(みこ)
541一(いち)も二(に)もなく奉(たてまつ)る
542大願(たいぐわん)成就(じやうじゆ)、大勝利(だいしようり)
543長居(ながゐ)は恐(おそ)れ又(また)御意(ぎよい)の
544変(かは)らぬ内(うち)に帰(かへ)らむと
545丹州(たんしう)、お玉(たま)に送(おく)られて
546イヨイヨ聖地(せいち)に来(き)て見(み)れば
547思(おも)ひかけぬは悦子姫(よしこひめ)
548科戸(しなど)の風(かぜ)の音彦(おとひこ)や
549心(こころ)いそいそ五十子(いそこ)姫(ひめ)
550並(なら)ぶ五(ご)月(ぐわつ)の雛祭(ひなまつり)
551悠々然(いういうぜん)と構(かま)へ居(ゐ)る
552此方(こなた)の隅(すみ)を眺(なが)むれば
553常(つね)に変(かは)つた常彦(つねひこ)が
554むつかしい顔(かほ)の紐(ひも)を解(と)き
555滝公(たきこう)、板公(いたこう)従(したが)へて
556坐(すわ)つて御座(ござ)る勇(いさ)ましさ
557剽軽者(へうきんもの)の加米彦(かめひこ)が
558主人(あるじ)の留守(るす)を幸(さいは)ひに
559なまくら、したる其(その)酬(むく)ゐ
560捻鉢巻(ねぢはちまき)に尻(しり)からげ
561庭(には)を掃(は)くやら采払(さいはら)ひ
562そこらバタバタ叩(たた)くやら
563戸口(とぐち)の外(そと)を眺(なが)むれば
564蛙(かわづ)や蛇(へび)の巣窟(さうくつ)と
565なつた庭(には)をば滝(たき)、板(いた)の
566二人(ふたり)は忽(たちま)ち頬(ほほ)かぶり
567汗(あせ)をタラタラ流(なが)しつつ
568狼狽(うろた)へ騒(さわ)ぐ草(くさ)むしり
569蓬ケ原(よもぎがはら)を掻(か)き分(わ)けて
570黄金(こがね)花(はな)咲(さ)く今日(けふ)の空(そら)
571黄金(こがね)の峰(みね)に現(あら)はれし
572木花姫(このはなひめ)の分霊(わけみたま)
573咲耶(さくや)の姫(ひめ)の再来(さいらい)と
574仰(あふ)ぐ玉照姫(たまてるひめ)の神(かみ)
575迎(むか)へ奉(まつ)りて三五(あななひ)の
576教(をしへ)を守(まも)る元津(もとつ)神(かみ)
577国武彦(くにたけひこ)の隠(かく)れます
578世継王(よつわう)山(ざん)の表口(おもてぐち)
579朝日(あさひ)輝(かがや)く夕日(ゆうひ)照(て)る
580これの聖地(せいち)に永久(とこしへ)に
581鎮(しづ)まり居(ゐ)まして常闇(とこやみ)の
582天(あま)の岩戸(いはと)を開(ひら)きます
583ミロクの御代(みよ)の礎(いしずゑ)と
584寿(ことほ)ぎまつる今日(けふ)の空(そら)
585壬戌(みづのえいぬ)の閏(うる)五(ご)月(ぐわつ)
586五日(いつか)の宵(よひ)の此(この)仕組(しぐみ)
587イツカは晴(は)れて松(まつ)の世(よ)の
588栄(さかえ)を見(み)るぞ目出度(めでた)けれ
589アヽ惟神(かむながら)々々(かむながら)
590御霊(みたま)幸(さち)はへましませよ』
591と青彦(あをひこ)は声(こゑ)も涼(すず)しく謡(うた)ひ終(をは)りぬ。592十八(じふはち)バムの仮名(かな)に因(ちな)みし松(まつ)の神代(かみよ)の物語(ものがたり)、593松竹梅(まつたけうめ)と祝(いは)ひ納(をさ)むる。
594(大正一一・四・二八 旧四・二 松村真澄録)
595(昭和一〇・六・三 王仁校正)
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