霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一章 玉(たま)の露(つゆ)〔七一三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第23巻 如意宝珠 戌の巻 篇:第1篇 南海の山 よみ(新仮名遣い):なんかいのやま
章:第1章 玉の露 よみ(新仮名遣い):たまのつゆ 通し章番号:713
口述日:1922(大正11)年06月10日(旧05月15日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年4月19日
概要: 舞台:青山峠 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
国依別と玉治別は、熊野の滝にこもる若彦の宣伝使に会おうと、大台ケ原の峰(青山峠)を旅していた。すると後から三五教の宣伝歌を歌いながら追ってくる二人がある。
それは魔我彦と竹彦であった。魔我彦と竹彦は、国依別と玉治別に谷底をのぞかせると、後ろから谷底に突き落としてしまった。
魔我彦と竹彦は、変性男子の系統である高姫を差し置いて、若彦の妻・玉能姫にたいへんなご神業をさせたのは、国依別と玉治別らの企みだとして、天下国家の害毒を除いたのだ、と嘯く。
魔我彦は、自分の策謀で最終的に言依別命を狙っていることを明かし、そのために若彦のところに行って活動するのだ、と言う。竹彦はしかし、魔我彦の陰謀を知って、それをゆすりの種にしようという素振りを示す。
魔我彦は青い顔になって大台ケ原の峰を行く。夜が更けてくると、竹彦は霊懸りになって国依別・玉治別の怨念を語りだした。魔我彦と竹彦は恐ろしさにその場に人事不省となり倒れてしまった。
夜が明けると魔我彦と竹彦は目を覚まし、国依別と玉治別が昨晩幽霊になって竹彦の体に懸ってきたくらいだから、両人はすでに死んだと安心し、杖をつきながら岩道を下っていった。
一方、突き落とされた国依別・玉治別は鋭い崖石にもぶつからず、谷底の青淵に落ち込み、ちょうどそこで水行をしていた杢助に助けられていた。
国依別と玉治別は杢助の問いかけに対して魔我彦と竹彦を怨んではいない、と答え、三人揃って熊野の滝を指して進んで行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-06-21 18:31:14 文字数:6402 OBC :rm2301
愛善世界社版:7頁 八幡書店版:第4輯 495頁 修補版: 校定版:7頁 普及版:2頁 初版: ページ備考:
001経(たて)と緯(よこ)との機(はた)を織(お)る
002錦(にしき)の宮(みや)の御(ご)経綸(けいりん)
003玉照彦(たまてるひこ)や玉照姫(たまてるひめ)の
004神(かみ)の命(みこと)の神勅(しんちよく)を
005四方(よも)に伝(つた)ふる宣伝使(せんでんし)
006国依別(くによりわけ)や玉治別(たまはるわけ)の
007神(かみ)の命(みこと)は神徳(しんとく)も
008大台(おほだい)ケ原(はら)の峰(みね)つづき
009日(ひ)の出ケ岳(でがだけ)より流(なが)れ来(く)る
010深谷川(ふかたにがは)の畔(ほとり)をば
011青葉(あをば)滴(したた)る木(き)の茂(しげ)み
012飛沫(ひまつ)を飛(と)ばす千仭(せんじん)の
013谷(たに)の絶景(ぜつけい)眺(なが)めつつ
014足(あし)を休(やす)らふ折柄(をりから)に
015追々(おひおひ)近付(ちかづ)く宣伝歌(せんでんか)
016後(あと)振(ふ)り返(かへ)り眺(なが)むれば
017草鞋(わらぢ)脚絆(きやはん)の扮装(いでたち)に
018金剛杖(こんがうづゑ)に饅頭笠(まんぢうがさ)
019二(ふた)つの影(かげ)はゆらゆらと
020此方(こなた)に向(むか)つて進(すす)み来(く)る。
021国依別(くによりわけ)『玉治別(たまはるわけ)さま、022あなたも随分(ずゐぶん)永(なが)らく無言(むごん)の行(ぎやう)をやつて居(ゐ)ましたネー。023若彦(わかひこ)の宣伝使(せんでんし)が熊野(くまの)の滝(たき)で荒行(あらぎやう)をやつて居(ゐ)ましたが、024どうでせう、025まだ依然(いぜん)として継続(けいぞく)して居(ゐ)るでせうか』
026玉治別(たまはるわけ)『私(わたくし)も実(じつ)は若彦(わかひこ)さまに会(あ)ひたいので、027やつて来(き)た途中(とちう)、028ゆくりなくも貴方(あなた)にお目(め)にかかり、029様子(やうす)を伺(うかが)ひたいと思(おも)つた所(ところ)です』
030国依別(くによりわけ)『玉能姫(たまのひめ)さまが、031あれ丈(だけ)の御(ご)神業(しんげふ)を遊(あそ)ばしたのだから、032若彦(わかひこ)の宣伝使(せんでんし)も聞(き)いたら大変(たいへん)に喜(よろこ)ぶ事(こと)でせう。033それに就(つい)ては何時(いつ)までも紀(き)の国路(くにぢ)に居(を)つて貰(もら)ふ訳(わけ)にはゆかないから、034実(じつ)は言依別(ことよりわけの)命(みこと)様(さま)の内命(ないめい)を奉(ほう)じて、035お迎(むか)へに来(き)たのですよ』
036玉治別(たまはるわけ)『私(わたくし)も堅(かた)い秘密(ひみつ)を守(まも)り、037玉能姫(たまのひめ)の御(ご)神業(しんげふ)を口外(こうぐわい)する事(こと)は出来(でき)ないのだが、038貴方(あなた)と二人(ふたり)の中(なか)だから云(い)つても差支(さしつかへ)あるまいが、039併(しか)し乍(なが)ら悪霊(あくれい)は吾々(われわれ)の身辺(しんぺん)を付(つ)け狙(ねら)うて居(ゐ)るから、040迂濶(うつかり)した事(こと)は云(い)ひますまい。041……時(とき)に彼(あ)の宣伝歌(せんでんか)はどうやら三五教(あななひけう)らしいですな。042何人(なんびと)か、043近寄(ちかよ)つて来(く)る迄(まで)、044此(この)絶景(ぜつけい)を眺(なが)めて待(ま)ちませうか』
045国依別(くによりわけ)『ヤアもう顔(かほ)が判然(はつきり)する程(ほど)近寄(ちかよ)つて来(き)ました。046兎(と)も角(かく)待(ま)つ事(こと)にしませう』
047 斯(か)く言(い)ふ折(をり)しも、048宣伝歌(せんでんか)は俄(にはか)に歇(や)んで、049二(ふた)つの笠(かさ)追々(おひおひ)と、050木(き)の茂(しげ)みを分(わ)けて近寄(ちかよ)つて来(き)た。051見(み)れば魔我彦(まがひこ)、052竹彦(たけひこ)の両人(りやうにん)、053二人(ふたり)の端座(たんざ)せるに驚(おどろ)いた様(やう)な声(こゑ)で、
054魔我彦(まがひこ)『ヤア貴方(あなた)は玉治別(たまはるわけ)、055国依別(くによりわけ)の宣伝使(せんでんし)で御座(ござ)つたか。056何(いづ)れへ宣伝(せんでん)にお出(い)でになるお考(かんが)へですか』
057国依別(くによりわけ)『誰(たれ)かと思(おも)へば、058魔我彦(まがひこ)さまに竹彦(たけひこ)さま。059あなたこそ何方(どちら)へ、060何用(なによう)あつて御(お)出(い)でになります。061言依別(ことよりわけ)の教主(けうしゆ)より御(お)命(めい)じになつたのですか。062此(この)紀(き)の国(くに)の方面(はうめん)は若彦(わかひこ)の宣伝(せんでん)区域(くゐき)と定(きま)つて居(ゐ)る。063其処(そこ)へ貴方(あなた)がお出(い)でになるのは、064チツト合点(がつてん)が行(ゆ)きませぬ』
065と問(と)はれて魔我彦(まがひこ)稍(やや)口籠(くちごも)り、066手持(てもち)無沙汰(ぶさた)の様(やう)な顔付(かほつき)して、
067魔我彦『ハイ……私(わたくし)は宣伝(せんでん)に来(き)たのでは有(あ)りませぬ。068熊野(くまの)の滝(たき)へ、069罪穢(つみけが)れを洗(あら)ふ為(ため)に荒行(あらぎやう)にやつて来(き)たのです』
070玉治別(たまはるわけ)『遥々(はるばる)斯(こ)んな所(ところ)まで荒行(あらぎやう)に来(こ)なくても、071聖地(せいち)には立派(りつぱ)な那智(なち)の滝(たき)が落(お)ちて居(ゐ)るぢやありませぬか』
072 魔我彦(まがひこ)はソワソワし乍(なが)ら、
073魔我彦『なんと、074天下(てんか)の絶景(ぜつけい)ですな。075緑(みどり)滴(したた)る木々(きぎ)の梢(こずゑ)と云(い)ひ、076此(この)谷川(たにがは)の水音(みづおと)と云(い)ひ、077実(じつ)に勇壮(ゆうさう)ですなア』
078と成(な)るべく話(はなし)を外(ほか)へ転(てん)ぜようと努(つと)めて居(ゐ)る。079玉(たま)、080国(くに)の二人(ふたり)は其(その)意(い)を察(さつ)し、081ワザと忘(わす)れた様(やう)な風(ふう)をなし、
082玉治別(たまはるわけ)『流石(さすが)は大台(おほだい)ケ原(はら)に源(みなもと)を発(はつ)した丈(だけ)あつて、083随分(ずゐぶん)に立派(りつぱ)な流(なが)れです。084あの渓川(たにがは)の巨岩(きよがん)怪石(くわいせき)に水(みづ)の噛(か)み付(つ)いて、085水煙(みづけぶり)を立(た)て、086白銀(はくぎん)の玉(たま)を飛(と)ばす光景(くわうけい)と云(い)つたら、087実(じつ)に天下(てんか)の絶勝(ぜつしよう)です。088斯(こ)う云(い)ふ所(ところ)にせめて三日(みつか)も遊(あそ)んで居(を)れば、089生命(いのち)が延(の)びるやうな気(き)が致(いた)しますワイ』
090 魔我彦(まがひこ)は恐(こは)相(さう)に谷底(たにそこ)を覗(のぞ)き見(み)て、091驚(おどろ)いた様(やう)に、
092魔我彦『アヽ大変(たいへん)々々(たいへん)』
093と足掻(あがき)をする。094玉(たま)、095国(くに)の二人(ふたり)は其(その)驚(おどろ)きに何事(なにごと)か大事(だいじ)の突発(とつぱつ)せるならむと、096慌(あわて)て谷底(たにそこ)を覗(のぞ)く。097魔我彦(まがひこ)は竹彦(たけひこ)に目配(めくば)せし乍(なが)ら、098全身(ぜんしん)の力(ちから)を籠(こ)めて二人(ふたり)の背後(はいご)よりドツと押(お)した。099何条(なんでう)堪(たま)るべき、100二人(ふたり)は千仭(せんじん)の谷間(たにま)に風(かぜ)を切(き)つて顛落(てんらく)した。101木々(きぎ)の青葉(あをば)は追々(おひおひ)黒(くろ)ずんで、102太陽(たいやう)の高山(かうざん)の頂(いただ)きに姿(すがた)を隠(かく)し、103黄昏(たそがれ)の空気(くうき)四辺(しへん)を圧(あつ)する。
104魔我彦(まがひこ)『アハヽヽヽ、105何程(なにほど)立派(りつぱ)な宣伝使(せんでんし)でも、106斯(こ)うなつては駄目(だめ)だ、107玉(たま)、108国(くに)の両人(りやうにん)、109言依別(ことよりわけ)の教主(けうしゆ)に巧(うま)く取(と)り入(い)り、110変性(へんじやう)男子(なんし)の系統(ひつぱう)の高姫(たかひめ)さまに揚壺(あげつぼ)を喰(く)はし、111若彦(わかひこ)の女房(にようばう)…元(もと)のお節(せつ)や杢助(もくすけ)の女(あま)つちよに御用(ごよう)をさせる様(やう)にしよつたのは、112皆(みんな)此奴(こいつ)等(ら)の企(たく)みだ。113是(こ)れから先(さき)、114生(い)かして置(お)けば、115どんなに邪魔(じやま)をしやがるか分(わか)つたものぢやない。116一(ひと)つはお道(みち)の為(ため)、117国家(こくか)の為(ため)ぢや。118竹彦(たけひこ)、119巧(うま)く行(い)つたぢやないか』
120竹彦(たけひこ)『俄(にはか)に其処(そこ)らが暗(くら)くなつて来(き)て分(わか)りませぬが、121うまく寂滅(じやくめつ)したでせうか。122万一(まんいち)此(この)中(うち)の一人(ひとり)でも生(い)き残(のこ)つて居(ゐ)ようものなら、123忽(たちま)ち陰謀(いんぼう)露顕(ろけん)、124吾々(われわれ)は到底(たうてい)此(この)儘(まま)で安楽(あんらく)に神業(しんげふ)に参加(さんか)する事(こと)は出来(でき)ますまい』
125魔我彦(まがひこ)『アハヽヽヽ、126そんな取越(とりこし)苦労(くらう)はするものでない。127断崖(だんがい)絶壁(ぜつぺき)屹立(きつりつ)した、128岩(いは)ばかりの所(ところ)へ落(お)ちたのだから、129体(からだ)は忽(たちま)ち木端(こつぱ)微塵(みじん)、130こんな者(もの)が助(たす)かるなら、131それこそ煎豆(いりまめ)に花(はな)が咲(さ)くワ。132アハヽヽヽ』
133と心地(ここち)よげに笑(わら)ふ。
134竹彦(たけひこ)『それでも煎豆(いりまめ)に花(はな)の咲(さ)く時節(じせつ)が来(く)ると、135神(かみ)様(さま)が仰有(おつしや)つた以上(いじやう)は、136油断(ゆだん)がなりませぬぞ』
137魔我彦(まがひこ)『そりや比喩事(たとへごと)だよ。138そんな事(こと)を心配(しんぱい)して居(ゐ)て思惑(おもわく)が成就(じやうじゆ)するか。139高姫(たかひめ)様(さま)を表面(おもて)へ出(だ)さねば、140到底(たうてい)五六七(みろく)の神政(しんせい)は完全(くわんぜん)に樹立(じゆりつ)するものでない。141吾々(われわれ)は天下(てんか)国家(こくか)の害毒(がいどく)を除(のぞ)いた殊勲者(しゆくんしや)だ。142万一(まんいち)一人(ひとり)や半分(はんぶん)生(い)き残(のこ)つて居(を)つて不足(ふそく)を云(い)つた所(ところ)で、143肝腎(かんじん)の高姫(たかひめ)さまの勢力(せいりよく)さへ旺盛(わうせい)ならば何(なん)でもない。144勝(か)てば善軍(ぜんぐん)、145敗(ま)くれば魔軍(まぐん)だ。146何程(なにほど)平等愛(べうどうあい)の神(かみ)様(さま)の教(をしへ)でも力(ちから)が肝腎(かんじん)だ。147力(ちから)が無(な)ければ国祖(こくそ)国常立(くにとこたちの)大神(おほかみ)様(さま)でも、148むざむざと艮(うしとら)へ押籠(おしこ)められなさるのだから、149兎(と)も角(かく)吾々(われわれ)は勢力(せいりよく)を旺盛(わうせい)にし、150部下(ぶか)を多(おほ)く抱(かか)へ、151一方(いつぱう)には害物(がいぶつ)を除却(ぢよきやく)せねばならぬ。152摂受(せつじゆ)の剣(けん)と折伏(しやくふく)の剣(けん)は、153平和(へいわ)の女神(めがみ)でさへも持(も)つて居(ゐ)るのだから……』
154竹彦(たけひこ)『こんな宣伝使(せんでんし)の二人(ふたり)位(くらゐ)葬(はうむ)つた所(ところ)で、155肝腎(かんじん)の言依別(ことよりわけの)命(みこと)が頑張(ぐわんば)つて居(ゐ)る以上(いじやう)は何(なん)にもならぬぢやないか。156根本(こんぽん)的(てき)治療(ちれう)を施(ほどこ)さんとすれば、157先(ま)づ言依別(ことよりわけ)を第一(だいいち)の強敵(きやうてき)と認(みと)めねばなるまい』
158 魔我彦(まがひこ)はニタリと笑(わら)ひ、
159魔我彦『天機(てんき)漏(も)らす可(べ)からず。160吾(わが)神算(しんさん)鬼謀(きぼう)、161後(のち)にぞ思(おも)ひ知(し)らるるであらう』
162竹彦(たけひこ)『大樹(たいじゆ)を伐(き)らむとする者(もの)は、163先(ま)づ其(その)枝(えだ)を伐(き)るの筆法(ひつぱふ)ですかな』
164魔我彦(まがひこ)『音(おと)高(たか)し音(おと)高(たか)し。165天(てん)に口(くち)、166壁(かべ)に耳(みみ)、167モウ此(この)話(はなし)は只今(ただいま)限(かぎ)り言(い)はぬ事(こと)にせう。168是(こ)れから熊野(くまの)の滝(たき)へ下(くだ)り、169若彦(わかひこ)に会(あ)つて其(その)上(うへ)に分別(ふんべつ)をするのだから、170ウツカリ喋舌(しやべ)つてはならないぞ。171お前(まへ)は表面(へうめん)俺(わし)の随行者(ずゐかうしや)となつた心持(こころもち)で、172何(なに)を若彦(わかひこ)が尋(たづ)ねても、173知(し)らぬ存(ぞん)ぜぬの一点張(いつてんばり)で居(ゐ)るが宜(よ)からうぞ』
174竹彦(たけひこ)『委細(ゐさい)承知(しようち)しました。175併(しか)し乍(なが)ら私(わたし)の副(ふく)守護神(しゆごじん)が喋(しやべ)つた時(とき)は如何(どう)しますか』
176魔我彦(まがひこ)『そんな副(ふく)守護神(しゆごじん)を何時(いつ)までも抱(かか)へて居(を)る様(やう)な奴(やつ)は、177忽(たちま)ち……ムニヤムニヤ』
178竹彦(たけひこ)『忽(たちまち)……の後(あと)を瞭然(はつきり)聞(き)かして下(くだ)さい』
179魔我彦(まがひこ)『そんな事(こと)聞(き)く必要(ひつえう)が何処(どこ)に有(あ)るか』
180竹彦(たけひこ)『我(わが)身(み)に係(かか)はる一大事(いちだいじ)、181どうも意味(いみ)有(あ)り気(げ)なお言葉(ことば)でした。182猿(さる)の小便(せうべん)ぢやないが、183キに懸(かか)つてならない。184それを聞(き)かねば、185私(わたし)も一(ひと)つの考(かんが)へがある』
186魔我彦(まがひこ)『ハテ困(こま)つた事(こと)を言(い)ひ出(だ)しやがつたものだ』
187竹彦(たけひこ)『こんな事(こと)なら竹彦(たけひこ)を連(つ)れて来(こ)なんだがよかつたに……併(しか)し乍(なが)ら二人(ふたり)の奴(やつ)を、188谷底(たにそこ)へ転(まく)るのには、189一人(ひとり)では都合(つがふ)好(よ)う行(ゆ)かず……アーア一利(いちり)あれば一害(いちがい)ありだ。190肝腎(かんじん)の処(とこ)になつて竹彦(たけひこ)の副(ふく)守護神(しゆごじん)が発動(はつどう)し、191斯(こ)んな事(こと)を素破抜(すつぱぬ)かうものなら、192高姫(たかひめ)も、193魔我彦(まがひこ)一派(いつぱ)も、194それこそ大変(たいへん)だ。195アーア後悔(こうくわい)しても仕方(しかた)がない。196……と云(い)ふ様(やう)な貴方(あなた)の心理(しんり)状態(じやうたい)でせう。197御(ご)心配(しんぱい)なさいますな。198私(わたし)も同(おな)じく共謀者(きようぼうしや)だから滅多(めつた)に拙劣(へた)な事(こと)は申(まを)しませぬ。199併(しか)し国依別(くによりわけ)、200玉治別(たまはるわけ)の亡霊(ばうれい)が貴方(あなた)や私(わたし)に憑依(ひようい)して喋(しやべ)つた時(とき)は、201コリヤ例外(れいぐわい)だから仕方(しかた)がない、202アハヽヽヽ』
203と気楽(きらく)相(さう)に笑(わら)ひ転(こ)ける。204魔我彦(まがひこ)は双手(もろて)を組(く)み、205蒼白(まつさを)な顔(かほ)になつて、206肩(かた)で息(いき)をし乍(なが)ら思案(しあん)に暮(く)れて居(ゐ)る。207夜(よる)の張(とばり)はますます濃厚(のうこう)の色(いろ)を増(ま)し、208遂(つひ)には相互(さうご)の姿(すがた)さへ闇(やみ)に没(ぼつ)して了(しま)つた。209木々(きぎ)の梢(こずゑ)を揉(も)む暴風(ばうふう)の音(おと)、210何(なん)となく騒(さわ)がしく、211陰鬱(いんうつ)身(み)に迫(せま)り、212鬼哭(きこく)啾々(しうしう)恰(あたか)も根底(ねそこ)の国(くに)に独(ひと)り彷徨(さまよ)ふ如(ごと)き不安(ふあん)寂寥(せきれう)を感(かん)じた。213二人(ふたり)は互(たがひ)に負(まけ)ん気(き)を出(だ)し、214何(なん)となく心(こころ)の底(そこ)の恐怖(きようふ)を抑(おさ)へ、215強(つよ)い事(こと)を話(はな)し合(あ)つて、216此(この)寂(さび)しさと不安(ふあん)を紛(まぎ)らさうとして居(ゐ)る。217風(かぜ)はますます烈(はげ)しく、218夜(よ)は追々(おひおひ)更(ふ)けて来(く)る。219女(をんな)を責(せ)める様(やう)な小猿(こざる)の声(こゑ)、220彼方(あちら)にも此方(こちら)にも、221キヤアキヤアと聞(きこ)えて来(く)るかと思(おも)へば、222山岳(さんがく)も震動(しんどう)する許(ばか)りの狼(おほかみ)の声(こゑ)刻々(こくこく)に高(たか)まり来(きた)る。223青白(あをじろ)い火(ひ)は闇(やみ)の中(なか)よりポツと現(あら)はれ、224ボヤボヤと燃(も)えては消(き)え、225燃(も)えては消(き)え、226二人(ふたり)の身辺(しんぺん)を取(と)り巻(ま)き、227遂(つひ)には頭上(づじやう)を唸(うな)りを立(た)てて燃(も)え狂(くる)ふ。228二人(ふたり)は目(め)を塞(ふさ)ぎ、229耳(みみ)を詰(つ)め、230頭(あたま)抱(かか)へて大地(だいち)にかぶり付(つ)いて了(しま)つた。231首筋(くびすぢ)の辺(あた)りを、232誰(たれ)ともなく氷(こほり)の如(よ)うな手(て)で撫(な)でるものがある。233頭(あたま)の先(さき)から睾丸(きんたま)までヒヤリと氷(こほり)の如(ごと)き冷(つめ)たさを感(かん)じて来(き)た。234竹彦(たけひこ)は慄(ふる)い声(ごゑ)を出(だ)して、
235竹彦(たけひこ)『のー恨(うら)めしやなア。236如何(いか)に魔我彦(まがひこ)、237騙(だま)し討(う)ちとは卑怯(ひけふ)未練(みれん)な奴(やつ)。238モウ斯(こ)うなる上(うへ)は汝(なんぢ)が素(そ)つ首(くび)を引抜(ひきぬ)き、239根(ね)の国(くに)底(そこ)の国(くに)に落(おと)して呉(く)れむ。240覚悟(かくご)せーよ』
241と暗(くら)がりに霊懸(れいがか)りをやり出(だ)した。242魔我彦(まがひこ)は、
243魔我彦『オイ竹彦(たけひこ)、244厭(いや)らしい事(こと)をするものではない。245チツと落着(おちつ)かぬか。246そりや貴様(きさま)、247神経(しんけい)だ。248今(いま)から発狂(はつきやう)して如何(どう)なるか。249チト気(き)を大(おほ)きう持(も)たぬかい』
250竹彦(たけひこ)『何(なん)と云(い)つても此(この)恨(うら)み晴(は)らさで置(お)かうか……押(お)しも押(お)されもせぬ宣伝使(せんでんし)の玉治別(たまはるわけ)、251国依別(くによりわけ)を亡(な)き者(もの)にせうと企(たく)んだ、252汝(なんぢ)の心(こころ)の鬼(おに)が今(いま)此処(ここ)に現(あら)はれ、253竹彦(たけひこ)の肉体(にくたい)を借(か)つて讐(かたき)を討(う)つてやるのだ。254其(その)方(はう)も今迄(いままで)高姫(たかひめ)の部下(ぶか)となり、255変性(へんじやう)女子(によし)を苦(くるし)めよつた揚句(あげく)、256猶(なほ)飽(あ)き足(た)らいで、257我々(われわれ)両人(りやうにん)を谷底(たにぞこ)に突(つ)き落(おと)し殺(ころ)すとは、258極悪(ごくあく)無道(ぶだう)の痴者(しれもの)。259只今(ただいま)幽界(いうかい)の閻魔(えんま)の庁(ちやう)より命令(めいれい)を受(う)けて、260汝(なんぢ)を迎(むか)へに来(き)たのだ。261サア最早(もはや)逃(のが)るるに由(よし)なし。262尋常(じんじやう)に覚悟(かくご)を致(いた)せ。263花(はな)は三吉野(みよしの)、264人(ひと)は武士(ぶし)だ。265せめてもの名残(なごり)に潔(いさぎよ)く散(ち)つたがよからう』
266と冷(つめ)たい手(て)で首(くび)の周囲(まはり)を撫(な)でまはす。267青(あを)い火(ひ)は燃(も)えては消(き)え、268燃(も)えては消(き)え、269ブンブンと唸(うな)りを立(た)てて魔我彦(まがひこ)の周囲(しうゐ)を飛(と)び廻(まは)る。270猿(さる)の声(こゑ)、271狼(おほかみ)の声(こゑ)は刻々(こくこく)に烈(はげ)しくなつて来(く)る。272魔我彦(まがひこ)は余(あま)りの恐(こは)さに魂(たま)消(き)え、273其(その)場(ば)に人事(じんじ)不省(ふせい)になつて了(しま)つた。274竹彦(たけひこ)も亦(また)其(その)場(ば)にバタリと倒(たふ)れて、275後(あと)は風(かぜ)の音(おと)のみ。276やがて下弦(かげん)の月(つき)は研(と)ぎすました草刈(くさか)り鎌(がま)の様(やう)な姿(すがた)を現(あら)はし、277熊野灘(くまのなだ)から浮上(うきあが)り、278二人(ふたり)の姿(すがた)を怪(あや)しげに覗(のぞ)いて居(ゐ)る。279夜(よ)は漸(やうや)くにして明(あ)け放(はな)れた。280小猿(こざる)の群(むれ)、281何処(いづく)ともなく両人(りやうにん)の前(まへ)に飛(と)び来(きた)り、282足(あし)の裏(うら)を掻(か)き、283顔(かほ)を掻(か)いた。284其(その)痛(いた)さに気(き)が付(つ)き、285両人(りやうにん)は期(き)せずして一度(いちど)に起(お)きあがりたり。
286魔我彦(まがひこ)『アヽ夜前(やぜん)は大変(たいへん)な恐(おそ)ろしい目(め)に遇(あ)うた。287お蔭(かげ)で新(あたら)しい日天(につてん)様(さま)が出(で)て下(くだ)さつて、288稍(やや)心強(こころづよ)くなつて来(き)た。289これと云(い)ふも全(まつた)く日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)のお助(たす)けだ。290月(つき)の御魂(みたま)と云(い)ふものは出(で)たり出(で)なかつたり、291大(おほ)きうなつたり、292小(ちひ)さくなつたり、293まるで変性(へんじやう)女子(によし)の様(やう)なものだ、294チツとも当(あて)になりやしない。295天地(てんち)から鑑(かがみ)を出(だ)して見(み)せてあるぞよ……と仰有(おつしや)つたが、296本当(ほんたう)に愛想(あいさう)がツキの神(かみ)ぢや。297何時(いつ)も形(かたち)も変(かは)らず晃々(くわうくわう)と輝(かがや)き給(たま)ふのは日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)ばかりぢや。298それだから俺(おれ)は日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)でなければ夜(よ)が明(あ)けぬと云(い)ふのだ。299月(つき)の御魂(みたま)なんて、300精神(せいしん)の定(きま)らぬ事(こと)は、301天(てん)を見(み)ても分(わか)つて居(を)るぢやないか。302それに就(つい)て坤(ひつじさる)の金神(こんじん)ぢや。303未(ひつじ)や申(さる)と云(い)ふ奴(やつ)は碌(ろく)な奴(やつ)ぢやない。304紙(かみ)を喰(く)らつたり、305人(ひと)を掻(か)きまはしたりする奴(やつ)だよ』
306竹彦(たけひこ)『本当(ほんたう)にさうだなア。307猿(さる)の奴(やつ)悪戯(いたづら)しやがつて、308そこら中(ぢう)を掻(か)きむしりやがつた。309此方(こちら)が吃驚(びつくり)して起(お)きるが最後(さいご)、310一目散(いちもくさん)に逃(に)げて了(しま)ひやがつたぢやないか。311是(こ)れもヤツパリ坤(ひつじさる)の金神(こんじん)の力(ちから)の無(な)いと云(い)ふ証拠(しようこ)だ。312アハヽヽヽ』
313魔我彦(まがひこ)『併(しか)し昨夜(ゆうべ)の両人(りやうにん)は如何(どう)なつただらうかなア』
314竹彦(たけひこ)『どうも斯(こ)うもあるものか。315人(ひと)の体(からだ)に幽霊(いうれい)となつて憑(うつ)つて来(き)やがつた位(くらゐ)だから、316心配(しんぱい)は最早(もはや)有(あ)るまい』
317魔我彦(まがひこ)『そらさうだ。318青(あを)い火(ひ)を点(とぼ)して、319パツパツとアタ煩雑(うる)さい、320出(で)て来(き)やがつて、321思(おも)ひ切(き)りの悪(わる)い奴(やつ)だなア。322サアこれから若彦(わかひこ)の居所(ゐどころ)を訪(たづ)ね一(ひと)つの活動(はたらき)をするのだ。323グヅグヅして居(ゐ)ると険難(けんのん)だから、324早(はや)く目的(もくてき)地点(ちてん)まで往(ゆ)かう』
325と先(さき)に立(た)ちスタスタと坂路(さかみち)を、326又(また)元(もと)の如(ごと)く蓑笠(みのかさ)を着(つ)け、327金剛杖(こんがうづゑ)を突(つ)いて、328ケチンケチンと音(おと)させ乍(なが)ら岩路(いはみち)を下(くだ)つて行(ゆ)く。
329○
330 谷底(たにぞこ)には一人(ひとり)の男(をとこ)、331赤裸(まつぱだか)となつて水行(すゐぎやう)をやつて居(ゐ)た。332そこへ薄(うす)暗(くら)がりに二(ふた)つの影(かげ)、333青淵(あをぶち)へ向(むか)つてドブンと許(ばか)り落(お)ち込(こ)んで来(き)たものがある。334男(をとこ)は驚(おどろ)いて手早(てばや)く二人(ふたり)を救(すく)ひ上(あ)げ、335イロイロと人口(じんこう)呼吸(こきふ)を施(ほどこ)したり、336指(ゆび)を曲(ま)げたりして蘇生(そせい)せしめた。
337男(をとこ)『モシモシあなたの服装(ふくさう)を見(み)れば、338夜陰(やいん)にて確(たしか)には分(わか)りませぬが、339宣伝使(せんでんし)の様(やう)に見(み)えますが、340一体(いつたい)どなたで御座(ござ)いますか』
341国依別(くによりわけ)『悪者(わるもの)に突(つ)き落(おと)され、342思(おも)はず不覚(ふかく)を取(と)りました。343其(その)刹那(せつな)、344吾(わが)身(み)は最早(もはや)粉砕(ふんさい)の厄(やく)に遭(あ)うたものと覚悟(かくご)をして居(ゐ)ましたが、345よう助(たす)けて下(くだ)さいました』
346玉治別(たまはるわけ)『私(わたくし)も実(じつ)は宣伝使(せんでんし)です。347此(こ)れだけ沢山(たくさん)の岩(いは)が並(なら)んで居(ゐ)るのに、348少(すこ)しの怪我(けが)もなく、349此(この)青淵(あをぶち)へうまく落込(おちこ)んだのも、350神(かみ)様(さま)のお蔭(かげ)、351又(また)貴方(あなた)様(さま)のお助(たす)けで御座(ござ)います。352此(この)御恩(ごおん)は決(けつ)して忘(わす)れませぬ』
353男(をとこ)『確(たし)かに分(わか)らぬが、354お前(まへ)さまは何処(どこ)ともなしに聞覚(ききおぼ)えの有(あ)る声(こゑ)だ。355玉治別(たまはるわけ)さまに国依別(くによりわけ)さまぢやありませぬか』
356と問(と)はれて二人(ふたり)は、
357玉(たま)、358国(くに)『ハイ左様(さやう)で御座(ござ)います。359さうして貴方(あなた)は何(いづ)れの方(かた)で……』
360と皆(みな)まで聞(き)かず男(をとこ)は、
361男(をとこ)『アヽそれで安心(あんしん)致(いた)しました。362私(わたし)は初稚姫(はつわかひめ)様(さま)のお指図(さしづ)に依(よ)つて、363言依別(ことよりわけ)の教主(けうしゆ)の承諾(しようだく)を得(え)、364此(この)谷川(たにがは)へ、365何故(なにゆゑ)か急(きふ)に派遣(はけん)され、366水行(すゐぎやう)をしかけた所(ところ)へ、367あなた方(がた)が落(お)ちて来(こ)られたのです。368モウ少(すこ)し私(わたし)の来(く)るのが遅(おそ)かつたならば大変(たいへん)な事(こと)でした。369私(わたし)は杢助(もくすけ)ですよ』
370と聞(き)いて二人(ふたり)は、371安心(あんしん)と喜悦(よろこび)の念(ねん)に堪(た)へず、372杢助(もくすけ)の体(からだ)に喰(くら)ひついて、373嬉(うれ)し泣(な)きに泣(な)くのであつた。
374杢助(もくすけ)『随分(ずゐぶん)暗(くら)い夜(よ)さだが、375其(その)二人(ふたり)の声(こゑ)で少(すこ)しも疑(うたが)う余地(よち)はない。376斯様(かやう)な所(ところ)に長(なが)らく居(を)つては面白(おもしろ)くない。377今回(こんくわい)の私(わたし)の使命(しめい)はこれで終(をは)つたのだらうから、378どつか平坦(へいたん)な所(ところ)へ行(い)つて、379詳(くは)しう話(はなし)を承(うけたま)はりませう。380何(なに)を言(い)つても此(この)谷川(たにがは)の水音(みなおと)では、381十分(じふぶん)の話(はなし)が出来(でき)ませぬ』
382と云(い)ひつつ、383闇(やみ)に白(しろ)く光(ひか)つた羊腸(やうちやう)の小径(こみち)を、384探(さぐ)り探(さぐ)り下(くだ)つて行(ゆ)く。385路(みち)が木(き)の蔭(かげ)に遮(さへぎ)られて見(み)えなくなると、386白(しろ)い白狐(びやくこ)の影(かげ)一二間(いちにけん)前(まへ)をノソノソと歩(あゆ)む。387杢助(もくすけ)は其(その)跡(あと)を目当(めあて)に七八丁(しちはつちやう)許(ばか)り降(くだ)り、388平(ひら)たき岩(いは)の上(うへ)に腰(こし)をおろし、
389杢助(もくすけ)『サアサア御(お)二人(ふたり)さま、390此処(ここ)でゆつくりと夜明(よあ)けを待(ま)ちませうかい』
391 二人(ふたり)は『ハイ』と言(い)ひ乍(なが)ら、392濡(ぬ)れた着物(きもの)を脱(ぬ)いで、393一生(いつしやう)懸命(けんめい)に絞(しぼ)り直(なほ)し、394岩(いは)にパツと拡(ひろ)げて乾(かわ)かして居(ゐ)る。395昼(ひる)の暑(あつ)さに岩(いは)は焼(や)けたと見(み)え、396非常(ひじやう)な暖(あたた)かみがある。397着物(きもの)は少時(しばらく)の間(うち)に元(もと)の如(ごと)く乾燥(かんさう)した。
398国依別(くによりわけ)『天道(てんだう)は人(ひと)を殺(ころ)さずとはよう言(い)つたものだ。399何処(どこ)も彼(か)も夜露(よつゆ)で冷(ひや)やかうなつて居(ゐ)るのに、400此(この)岩(いは)計(ばか)りは全然(まるで)ストーブの様(やう)だ。401日輪(にちりん)様(さま)もお上(あが)りなさらぬのに、402着物(きもの)が乾(かわ)くと云(い)ふ事(こと)は珍(めづら)しい事(こと)だ。403これもヤツパリ神(かみ)様(さま)の御恵(みめぐみ)だらう。404サア皆(みな)さま、405神言(かみごと)を奏上(そうじやう)致(いた)しませう』
406と茲(ここ)に三(さん)人(にん)は天地(てんち)も揺(ゆる)ぐばかりの大音声(だいおんじやう)を発(はつ)して、407スガスガしく神言(かみごと)を奏上(そうじやう)し、408宣伝歌(せんでんか)を歌(うた)つて、409暫(しばら)く夜明(よあ)けを待(ま)つ事(こと)にした。410夜(よ)は漸(やうや)くに明(あ)け放(はな)れ、411木々(きぎ)の梢(こずゑ)に置(お)く露(つゆ)に一々(いちいち)太陽(たいやう)の光(ひかり)宿(やど)つて、412恰(あたか)も五色(ごしき)の果実(くだもの)一面(いちめん)に実(み)のるが如(ごと)く麗(うる)はしくなつて来(き)た。
413玉治別(たまはるわけ)『スンデの事(こと)で、414玉治別(たまはるわけ)も魂(たま)の宿換(やどが)へする所(とこ)だつたが、415東天(とうてん)には金烏(きんう)の玉(たま)晃々(くわうくわう)と輝(かがや)き玉(たま)ひ、416一面(いちめん)の草木(くさき)には吾輩(わがはい)の分身(ぶんしん)分魂(ぶんこん)、417空間(すきま)もなく憑依(ひようい)して居(ゐ)る。418ヤツパリ玉治別(たまはるわけ)の宣伝使(せんでんし)に限(かぎ)りますよ。419なア杢助(もくすけ)さま』
420杢助(もくすけ)『アハヽヽヽ、421体(からだ)や着物(きもの)が燥(はし)やいだと見(み)えて、422徐々(そろそろ)燥(はし)やぎかけましたなア』
423国依別(くによりわけ)『オイ玉公(たまこう)、424そんな気楽(きらく)な事(こと)言(い)つてる時(とき)ぢやないぞ。425昨夜(ゆうべ)の讐(かたき)を討(う)つと云(い)ふ……そんな気(き)は無(な)いが、426併(しか)し吾々(われわれ)二人(ふたり)にあゝ云(い)ふ非常(ひじやう)手段(しゆだん)を用(もち)ひた以上(いじやう)は、427何(なに)かこれには深(ふか)い計略(たくみ)が有(あ)るに違(ちがひ)ない。428余程(よほど)これは考(かんが)へねばなるまいぞ。429杢助(もくすけ)さま、430どうでせう』
431杢助(もくすけ)『さうだ。432グヅグヅして居(ゐ)る時(とき)ではない。433余程(よほど)注意(ちうい)を払(はら)つて居(を)らねば、434此(この)辺(へん)は某々(ぼうぼう)らの陰謀地(いんぼうち)だから……。435さうして其(その)悪者(わるもの)は誰(たれ)だい。436名(な)は分(わか)つて居(ゐ)ますかなア』
437玉治別(たまはるわけ)『分(わか)つたでもなし、438分(わか)らぬでもなし。439他人(ひと)の事(こと)は言(い)はぬが宜(よろ)しからう』
440国依別(くによりわけ)『マガな隙(すき)がな吾々(われわれ)の行動(かうどう)を阻止(そし)せむと考(かんが)へて居(ゐ)るマガツ神(かみ)の容器(いれもの)でせう。441何(いづ)れ心(こころ)のマガつた奴(やつ)に違(ちがひ)ありますまい』
442玉治別(たまはるわけ)『悪人(あくにん)タケタケしい世(よ)の中(なか)だから、443誰(たれ)だと云(い)ふ事(こと)は、444マア止(や)めにして推量(すゐりやう)に任(まか)しませうかい』
445杢助(もくすけ)『モクスケして語(かた)らずと云(い)ふ御(ご)両人(りやうにん)の考(かんが)へらしい。446ヤア感心(かんしん)々々(かんしん)。447それでこそ三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)だ。448今迄(いままで)の二人(ふたり)に加(くは)へた悪虐(あくぎやく)無道(ぶだう)を無念(むねん)には思(おも)つて居(ゐ)ませぬか』
449玉治別(たまはるわけ)『過越(すぎこし)苦労(くらう)は禁物(きんもつ)だ』
450国依別(くによりわけ)『刹那心(せつなしん)だ。451綺麗(きれい)さつぱりと谷川(たにがは)へ流(なが)しませう。452天下(てんか)の政権(せいけん)を握(にぎ)る内閣(ないかく)でさへも、453敵党(てきたう)に渡(わた)して花(はな)を持(も)たす志士(しし)仁人(じんじん)的(てき)宰相(さいしやう)の現(あら)はれぬ時節(じせつ)だから……アハヽヽヽ……マア此(この)岩(いは)の上(うへ)でカトウ約束(やくそく)をして、454杢助(もくすけ)内閣(ないかく)でも組織(そしき)し、455熊野(くまの)の滝(たき)へ政見(せいけん)発表(はつぺう)と出(で)かけませうかい』
456 杢助(もくすけ)外(ほか)二人(ふたり)は蓑(みの)、457笠(かさ)、458金剛杖(こんがうづえ)、459草鞋(わらじ)、460脚絆(きやはん)に小手脛(こてすね)当(あ)て、461宣伝歌(せんでんか)を歌(うた)ひ乍(なが)ら、462熊野(くまの)の滝(たき)を指(さ)して進(すす)み行(ゆ)く。
463(大正一一・六・一〇 旧五・一五 松村真澄録)
464(昭和一〇・六・四 王仁校正)
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