霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一四章 籠抜(かごぬけ)〔七二六〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第23巻 如意宝珠 戌の巻 篇:第3篇 有耶無耶 よみ(新仮名遣い):うやむや
章:第14章 籠抜 よみ(新仮名遣い):かごぬけ 通し章番号:726
口述日:1922(大正11)年06月12日(旧05月17日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年4月19日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
東助が留守の間、洲本の東助館は妻のお百合が守っていた。お百合は東助が何日も帰って来ないことを心配していたが、そこへ門口に宣伝使が尋ねてくる。
宣伝使は、バラモン教の友彦であった。友彦は東助が何日も海へ出たきり帰ってこないことを近所で聞きつけると、それをネタにお百合に取り入って東助の財産を自分のものにしてしまおうと企んでいた。
しかしお百合は、友彦が去年浪速の姉のところで、病気に付け込んで詐欺を働こうとした男であることに気づき、友彦を怒鳴りつけて気を失わせ、縛ってしまった。
そこへ東助が帰還してくる。事の次第を聞いた東助は、友彦に改心を薦め、村人の前で改心の説法をするようにと諭す。しかし友彦は便所に行く振りをして、便壺の穴から逃げてしまった。
東助の部下となった鶴公、清公、武公は、東助に感化されて改心し、言依別命の教えを奉じることになった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-10-13 23:45:52 文字数:5416 OBC :rm2314
愛善世界社版:226頁 八幡書店版:第4輯 577頁 修補版: 校定版:230頁 普及版:106頁 初版: ページ備考:
001 洲本(すもと)の里(さと)に名(な)も高(たか)き、002人子(ひとご)の司(つかさ)東助(とうすけ)が留守(るす)の門前(もんぜん)に佇(たたず)み、003宣伝歌(せんでんか)を声低(こゑひく)に歌(うた)ふ一人(ひとり)の宣伝使(せんでんし)があつた。004下女(はしため)のお冊(さつ)は台所(だいどころ)より此(この)声(こゑ)を聞(き)きつけ、005門(もん)の戸(と)を開(ひら)いて眺(なが)むれば、006蓑笠(みのかさ)、007草鞋(わらぢ)脚絆(きやはん)の扮装(いでたち)したる、008四十(しじふ)恰好(かつかう)の男盛(をとこざか)りの宣伝使(せんでんし)であつた。009宣伝使(せんでんし)はお冊(さつ)に向(むか)ひ、
010宣伝使(せんでんし)『我(わ)れは日頃(ひごろ)の経験(けいけん)上(じやう)、011此(この)館(やかた)の前(まへ)を通(とほ)り見(み)れば、012何(なん)とはなしに此(この)家(や)には変事(へんじ)の突発(とつぱつ)せし如(ごと)く覚(おぼ)ゆる。013汝(なんぢ)が家(いへ)に何事(なにごと)もなきや』
014と言葉(ことば)淑(しと)やかに問(と)ひかけた。015お冊(さつ)は少(すこ)し首(くび)を傾(かたむ)け乍(なが)ら、
016お冊(さつ)『一寸(ちよつと)お待(ま)ちを願(ねが)ひます。017奥(おく)へ云(い)つて奥様(おくさま)に伺(うかが)つて参(まゐ)りますから……』
018と言(い)ひ残(のこ)し、019其(その)儘(まま)姿(すがた)を隠(かく)した。020奥(おく)の一間(ひとま)には女房(にようばう)のお百合(ゆり)、021火鉢(ひばち)の前(まへ)にもたれかかり、022何事(なにごと)か思案(しあん)の態(てい)であつた。023お冊(さつ)は襖(ふすま)をソツと引(ひき)あけ、
024お冊(さつ)『奥様(おくさま)々々(おくさま)』
025と呼(よ)んだ。026お百合(ゆり)は何事(なにごと)にか気(き)を取(と)られしものの如(ごと)く、027お冊(さつ)の声(こゑ)が耳(みみ)に入(い)らなかつた。028お冊(さつ)は恐(おそ)る恐(おそ)るお百合(ゆり)の前(まへ)ににじり寄(よ)り、
029お冊(さつ)『モウシ奥様(おくさま)、030門口(かどぐち)に不思議(ふしぎ)な宣伝使(せんでんし)が立(た)つて居(を)られます。031如何(どう)いたしませうかなア』
032と云(い)ふ声(こゑ)に、033お百合(ゆり)は顔(かほ)をあげ、
034お百合(ゆり)『ナニ、035宣伝使(せんでんし)が門(かど)にお立(た)ちとな。036それは都合(つがふ)の好(い)い事(こと)だ。037一(ひと)つ伺(うかが)つて頂(いただ)きたい事(こと)があるから……どうぞ此方(こちら)へ通(とほ)つて貰(もら)うて下(くだ)さい』
038お冊(さつ)『ハイ畏(かしこ)まりました』
039と足早(あしばや)に表(おもて)へ出(い)で、
040お冊(さつ)『モシモシ宣伝使(せんでんし)様(さま)、041奥様(おくさま)が何(なに)か御(お)願(ねがひ)なされたい事(こと)があるさうですから、042どうぞ奥(おく)へ御(お)通(とほ)り下(くだ)さいませ』
043 宣伝使(せんでんし)は打(う)ち頷(うなづ)きお冊(さつ)の後(あと)に従(したが)ひ、044草鞋(わらぢ)を脱(ぬ)ぎ足(あし)を洗(あら)ひ、045お百合(ゆり)の居間(ゐま)に通(とほ)された。046お百合(ゆり)は座(ざ)を下(さ)がり、047宣伝使(せんでんし)を上座(かみざ)に請(しやう)じ、048丁寧(ていねい)に頭(かしら)を下(さ)げ、
049お百合(ゆり)『宣伝使(せんでんし)様(さま)、050よくこそ御(お)立寄(たちよ)り下(くだ)さいました。051先(ま)づ御(ご)ゆるりと御(ご)休息(きうそく)下(くだ)さいませ』
052宣伝使(せんでんし)『私(わたくし)はバラモン教(けう)の友彦(ともひこ)と申(まを)す宣伝使(せんでんし)で御座(ござ)る。053当家(たうけ)の門前(もんぜん)を通過(つうくわ)致(いた)さむとする時(とき)、054何(なん)となく気懸(きがか)りが致(いた)しましてなりませぬので、055お宅(うち)には思(おも)ひも寄(よ)らぬ事件(じけん)が突発(とつぱつ)致(いた)して居(を)る様(やう)に考(かんが)へましたから、056一寸(ちよつと)御(お)尋(たづ)ね致(いた)しました』
057お百合(ゆり)『それはそれは御(ご)親切(しんせつ)に有難(ありがた)う御座(ござ)ります。058実(じつ)の所(ところ)は妾(わたし)の主人(しゆじん)東助(とうすけ)と申(まを)す者(もの)、059二三(にさん)日(にち)以前(いぜん)より何処(どこ)へ参(まゐ)りましたか、060皆目(かいもく)行方(ゆくへ)は分(わか)らず、061大方(おほかた)此(この)間(あひだ)の颶風(しけ)に、062船自慢(ふねじまん)の主人(しゆじん)の事(こと)とて船(ふね)を操(あやつ)り、063荒波(あらなみ)に呑(の)まれたのではあるまいかと、064上(うへ)を下(した)への大騒動(おほさうどう)、065村中(むらぢう)の者(もの)が夫(そ)れ夫(ぞ)れ手分(てわ)けを致(いた)しまして、066山林(さんりん)原野(げんや)は申(まを)すに及(およ)ばず、067近海(きんかい)を隈(くま)なく探(さが)し廻(まは)れども皆目(かいもく)行方(ゆくへ)が知(し)れず、068生(いき)て居(ゐ)るのか死(し)んで居(を)りますのか、069それさへも分(わか)りませぬ。070どうぞ神(かみ)様(さま)に一応(いちおう)御(お)伺(うかが)ひ下(くだ)さいますまいか』
071 友彦(ともひこ)は近辺(きんぺん)の者(もの)の騒(さわ)ぎを見(み)て、072遠近(をちこち)の人々(ひとびと)に東助(とうすけ)の紛失(ふんしつ)せし事(こと)を、073前(まへ)以(もつ)て聞(き)き知(し)り、074ワザと立寄(たちよ)つたのである、075されど素知(そし)らぬ風(ふう)を装(よそほ)ひ乍(なが)ら、
076友彦(ともひこ)『それはそれは御(ご)心配(しんぱい)で御座(ござ)いませう。077一(ひと)つ私(わたし)が伺(うかが)つて見(み)ませう』
078と手(て)を洗(あら)ひ口(くち)を嗽(すす)ぎ、079あたりに人(ひと)無(な)きを見(み)てニタリと笑(わら)ひ、080舌(した)を出(だ)し、
081友彦(ともひこ)『村人(むらびと)の話(はなし)に依(よ)れば、082あれ丈(だけ)探(さが)したのだから、083最早(もはや)生(い)きて居(ゐ)る気遣(きづか)ひはない。084ウマくチヨロまかせば、085淡路一(あはぢいち)の財産家(ざいさんか)、086友彦(ともひこ)が亭主(ていしゆ)となり、087バラモン教(けう)を淡路(あはぢ)一(いち)円(ゑん)に此(この)富力(ふりよく)を以(もつ)て拡張(くわくちやう)すれば何(なん)でもない事(こと)だ。088あゝ結構(けつこう)な風(かぜ)が吹(ふ)いて来(き)たものだ。089併(しか)し乍(なが)ら万々一(まんまんいち)主人(しゆじん)が生(い)きて帰(かへ)つて来(き)たら大変(たいへん)だが、090併(しか)し滅多(めつた)にそんな事(こと)はあるまい。091一(ひと)つ度胸(どきよう)を出(だ)してやつて見(み)よう』
092と小声(こごゑ)に呟(つぶや)いて居(を)る。093そこへ女房(にようばう)のお百合(ゆり)は新(あたら)しき手拭(てぬぐひ)を持(も)ち、
094お百合(ゆり)『宣伝使(せんでんし)様(さま)、095どうぞ此(こ)れでお手(て)を御(お)拭(ふ)き下(くだ)さいませ』
096とつき出(だ)す。097其(その)横顔(よこがほ)を見(み)て、
098友彦(ともひこ)『アヽ何(なん)と綺麗(きれい)な女(をんな)だなア。099……併(しか)し今(いま)の独語(ひとりごと)を聞(き)かれはせなかつたか』
100と稍(やや)不安(ふあん)の念(ねん)に駆(か)られ、101盗(ぬす)み目(め)にお百合(ゆり)の顔(かほ)を覗(のぞ)いて見(み)ると、102お百合(ゆり)はそんな気配(けはい)も無(な)かつた。103友彦(ともひこ)はヤツと安心(あんしん)の胸(むね)を撫(な)でおろし、104悠々(いういう)と床(とこ)の間(ま)に端坐(たんざ)し、105バラモン教(けう)の経文(きやうもん)を唱(とな)へ終(をは)り、106偽神憑(にせかむがか)りとなつて、
107友彦(ともひこ)『ウンウンウン、108此(この)方(はう)は大自在天(だいじざいてん)大国別(おほくにわけの)命(みこと)なるぞ』
109と雷(らい)の如(ごと)く呶鳴(どな)り立(た)てた。110お百合(ゆり)は驚(おどろ)いて平伏(へいふく)し、
111お百合(ゆり)『ハイ有難(ありがた)う御座(ござ)います』
112と涙声(なみだごゑ)になつて居(ゐ)る。113友彦(ともひこ)は又(また)もや口(くち)を切(き)り、
114友彦(ともひこ)『当家(たうけ)の主人(しゆじん)東助(とうすけ)は、115何(なに)不自由(ふじゆう)なき身(み)であり乍(なが)ら、116海漁(うみれう)を好(この)み或(あるひ)は冒険(ばうけん)的(てき)事業(じげふ)を致(いた)す悪(わる)い癖(くせ)がある。117それが為(ため)に生命(いのち)を棄(す)てたのだ。118不憫(ふびん)なれどモウ仕方(しかた)がない。119せめて三日(みつか)以前(いぜん)に此(この)宣伝使(せんでんし)が当家(たうけ)に来(き)て居(を)れば、120知(し)らしてやるのであつたが、121さてもさても残念(ざんねん)な事(こと)であつたのう。122モウ此(この)上(うへ)は仕方(しかた)がない。123霊魂(みたま)の冥福(めいふく)を祈(いの)り、124主人(しゆじん)の天国(てんごく)に救(すく)はるる様(やう)、125鄭重(ていちよう)なる祭典(さいてん)を行(おこな)ひ、126且(かつ)有力(いうりよく)なる神(かみ)の如(ごと)き夫(をつと)を持(も)ち、127東助(とうすけ)の後継(あとつぎ)を致(いた)ささねば、128当家(たうけ)は到底(たうてい)永続(えいぞく)致(いた)すまいぞよ。129又(また)東助(とうすけ)は睾丸病(かうぐわんびやう)がある為(ため)、130子(こ)が出来(でき)ないから、131折角(せつかく)蓄(た)めた財産(ざいさん)も他人(たにん)に与(や)らねばなるまい。132汝(なんぢ)は神(かみ)の申(まを)す事(こと)を、133よつく肚(はら)に入(い)れて、134何事(なにごと)も大国別(おほくにわけの)命(みこと)の命令(めいれい)通(どほ)り致(いた)すが上分別(じやうふんべつ)だ』
135お百合(ゆり)『ハイハイ有難(ありがた)う御座(ござ)います。136……神(かみ)様(さま)の仰(あふ)せなら、137どんな事(こと)でも背(そむ)きは致(いた)しませぬ』
138友彦(ともひこ)『何(なん)と偉(えら)い奴(やつ)だ。139其(その)方(はう)は流石(さすが)東助(とうすけ)の妻(つま)だけあつて、140よく身魂(みたま)が研(みが)けたものだ。141神(かみ)も感心(かんしん)致(いた)すぞよ』
142お百合(ゆり)『何(なに)を申(まを)しても、143世間(せけん)知(し)らずの卑女(はしため)、144神(かみ)様(さま)から褒(ほ)められる様(やう)な事(こと)は一(ひと)つも御座(ござ)いませぬ』
145友彦(ともひこ)『坊間(ばうかん)伝(つた)ふる所(ところ)に依(よ)れば、146汝(なんぢ)は実(じつ)に貞淑(ていしゆく)の女(をんな)と云(い)ふ事(こと)だ。147世間(せけん)の噂(うはさ)を聞(き)かずとも、148神(かみ)は心(こころ)のドン底(ぞこ)までよく見抜(みぬ)いて居(を)るぞよ。149一旦(いつたん)死(し)んだ主人(しゆじん)は最早(もはや)呼(よ)べど答(こた)へず、150叫(さけ)べど帰(かへ)らず、151是非(ぜひ)なしと諦(あきら)め、152後(あと)の家(いへ)を大切(たいせつ)に守(まも)り、153子孫(しそん)を生(う)み殖(ふ)やし、154祖先(そせん)の家(いへ)を守(まも)るが、155せめてもの東助(とうすけ)への貞節(ていせつ)、156合点(がてん)が行(い)つたか』
157お百合(ゆり)『ハイハイ畏(かしこ)まりまして御座(ござ)います。158併(しか)し乍(なが)ら妾(わたし)の様(やう)な者(もの)に、159如何(どう)して後添(のちぞへ)に来(き)て呉(く)れる者(もの)が御座(ござ)いませう。160何(なん)だか夫(をつと)の霊(れい)に対(たい)し気(き)が済(す)まない様(やう)に思(おも)はれてなりませぬ。161そして其(その)夫(をつと)を持(も)つのは、162せめて三年祭(さんねんさい)を終(をは)つてからにして貰(もら)ふ事(こと)は出来(でき)ますまいか』
163友彦(ともひこ)『大国別(おほくにわけの)命(みこと)が申(まを)す事(こと)、164しつかり聞(き)け。165人間(にんげん)の理屈(りくつ)は論(ろん)ずるに足(た)らぬ。166善(ぜん)は急(いそ)げだ、167一(いち)日(にち)も早(はや)く夫(をつと)を迎(むか)へたがよからう。168其(その)夫(をつと)は神(かみ)が授(さづ)けてやる程(ほど)に……さうすれば子孫(しそん)は天(てん)の星(ほし)の数(かず)の如(ごと)く殖(ふ)えて、169家(いへ)は万代(ばんだい)不易(ふえき)、170世界(せかい)の幸福者(しあわせもの)としてやるぞよ』
171お百合(ゆり)『ハイハイ有難(ありがた)う御座(ござ)います。172どうぞ宜(よろ)しう御(お)願(ねがひ)申上(まをしあ)げます。173そして其(その)夫(をつと)と申(まを)すのは、174何処(どこ)から貰(もら)ひましたら宜(よろ)しう御座(ござ)いますか、175これも一(ひと)つ御(お)伺(うかが)ひ致(いた)したう御座(ござ)います』
176友彦(ともひこ)『別(べつ)に何処(どこ)へも探(さが)しに行(ゆ)くに及(およ)ばぬ。177灯台下(とうだいもと)は真暗(まつくら)がり、178今(いま)汝(なんぢ)が目(め)の前(まへ)に三国一(さんごくいち)の花婿(はなむこ)が来(き)て居(を)るぞよ。179これも神(かみ)が媒介(なかうど)を致(いた)さむと、180遥々(はるばる)連(つ)れて来(き)たのだから、181喜(よろこ)び勇(いさ)んで命令(めいれい)に服従(ふくじゆう)するがよからう』
182お百合(ゆり)『神(かみ)様(さま)、183根(ね)つから其処(そこ)らに誰(たれ)も見(み)えませぬ』
184友彦(ともひこ)『ハテ察(さつ)しの悪(わる)い。185今(いま)汝(なんぢ)の目(め)の前(まへ)に於(おい)て神(かみ)の託宣(たくせん)を伝(つた)へて居(を)る、186大国別(おほくにわけの)命(みこと)の生宮(いきみや)の宣伝使(せんでんし)であるぞよ』
187 お百合(ゆり)はハツと驚(おどろ)き、188友彦(ともひこ)の顔(かほ)をつくづく看守(みまも)り、
189お百合(ゆり)『あなたは何時(いつ)やら、190浪速(なには)の里(さと)でお目(め)にかかつた事(こと)のある様(やう)な方(かた)ですなア』
191友彦(ともひこ)『馬鹿(ばか)を申(まを)せ。192他人(たにん)の空似(そらに)と申(まを)して、193世界(せかい)に同(おな)じ顔(かほ)をした者(もの)は、194二人(ふたり)づつ天(てん)から拵(こしら)へてあるのだ。195此(この)肉体(にくたい)は神(かみ)の直々(ぢきぢき)の生宮(いきみや)であるぞよ。196よく調(しら)べたがよからう』
197お百合(ゆり)『鼻(はな)の先(さき)の一寸(ちよつと)赤(あか)い所(ところ)から、198目(め)の窪(くぼ)んだ所(ところ)、199口(くち)の大(おほ)きさ、200出(で)つ歯(ぱ)の先(さき)の欠(か)けた所(ところ)、201似(に)たりや似(に)たり、202よくマア似(に)た方(かた)も有(あ)るものですなア。203妾(わたし)の姉(あね)は浪速(なには)の里(さと)に嫁入(よめい)つて居(を)りますが、204去年(きよねん)の冬(ふゆ)、205急飛脚(きふひきやく)が来(き)ましたので、206行(い)て見(み)れば姉(あね)の大病(たいびやう)、207そこへ宣伝使(せんでんし)がお見(み)えになり、208イロイロと仰有(おつしや)つて……姉(あね)の病気(びやうき)を直(なほ)してやらう、209それに就(つい)てはコレコレの薬(くすり)が要(い)るから、210薬代(くすりだい)を出(だ)せ……と仰(あふ)せられ、211大枚(たいまい)三百(さんびやく)両(りやう)を懐(ふところ)にし門口(かどぐち)を出(で)た限(き)り、212今(いま)に顔(かほ)を見(み)せないさうです。213妾(わたし)は其(その)時(とき)に見(み)た顔(かほ)と貴方(あなた)のお顔(かほ)と、214余(あま)りよく似(に)て居(を)りますので、215一寸(ちよつと)御(お)伺(うかが)ひ致(いた)しました』
216友彦(ともひこ)『神(かみ)と詐偽師(さぎし)と一(ひと)つに見(み)られては、217神(かみ)も迷惑(めいわく)致(いた)すぞよ』
218お百合(ゆり)『さう仰有(おつしや)るお声(こゑ)は、219あの詐偽師(さぎし)とそつくりですワ。220声(こゑ)までそれ程(ほど)よく似(に)た人(ひと)が有(あ)るものですかなア』
221友彦(ともひこ)『つい話(はなし)が横道(よこみち)へ這入(はい)つた。222其(その)方(はう)の覚悟(かくご)は如何(どう)ぢや』
223お百合(ゆり)『どうぞ二三(にさん)日(にち)お待(ま)ち下(くだ)さいませ。224其(その)上(うへ)でトツクリと考(かんが)へ、225親類(しんるゐ)にも相談(さうだん)致(いた)し、226浪速(なには)の姉(あね)も招(よ)んで来(き)て、227其(その)上(うへ)に御(ご)厄介(やくかい)に預(あづか)りませう。228どうぞ神(かみ)さま一先(ひとま)づ御(お)引取(ひきと)り下(くだ)さいませ』
229 ポンポンと手(て)を拍(う)つた。230友彦(ともひこ)は顔色(かほいろ)を真赤(まつか)に染(そ)め、231冷汗(ひやあせ)を体(からだ)一面(いちめん)ヅクヅクにかいて、232湯気(ゆげ)をポーツポーツと立(た)て乍(なが)ら、
233友彦(ともひこ)『あゝ失礼(しつれい)致(いた)しました。234つい眠(ねむ)つたと見(み)えて、235結構(けつこう)な風呂(ふろ)に入(い)れて貰(もら)うたと思(おも)へば、236アヽ夢(ゆめ)でしたか。237体中(からだぢう)此(この)通(とほ)り、238守護神(しゆごじん)が入浴(にふよく)したと見(み)えまして、239湯気(ゆげ)が立(た)つて居(を)りまする』
240お百合(ゆり)『イエイエ決(けつ)して夢(ゆめ)では御座(ござ)いませぬ。241お神懸(かむがか)り[*三版・御校正本・愛世版では「神懸り」、校定版では「神憑り」。]で御座(ござ)いました。242それはそれは妙(めう)な事(こと)を仰有(おつしや)いました。243妾(わたし)は少(すこ)し許(ばか)り腑(ふ)に落(お)ちぬ事(こと)が御座(ござ)いますので、244二三(にさん)日(にち)猶予(いうよ)を願(ねが)つて置(お)きました』
245友彦(ともひこ)『あゝさうでしたか。246何分(なにぶん)知覚(ちかく)精神(せいしん)を失(うしな)つて了(しま)ふ神感法(しんかんはふ)の神懸(かむがかり)[*三版・御校正本・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]ですから、247チツトも分(わか)りませぬ。248神懸(かむがかり)[*三版・御校正本・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]も却(かへつ)て自分(じぶん)に取(と)つては不便(ふべん)なもので御座(ござ)います。249アハヽヽヽ』
250と笑(わら)ひに紛(まぎ)らす。
251お百合(ゆり)『それ丈(だけ)立派(りつぱ)な神懸(かむがかり)[*三版・御校正本・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]が出来(でき)ましたら結構(けつこう)です。252仮令(たとへ)人間憑(にんげんがか)りに致(いた)しましても、253あれ丈(だけ)巧妙(かうめう)に託宣(たくせん)が出来(でき)ますれば、254大抵(たいてい)の者(もの)は皆(みな)降参(まゐ)つて了(しま)ひます。255妾(わたし)でさへも一旦(いつたん)は、256あの何々(なになに)でした位(くらゐ)ですもの。257オホヽヽヽ』
258友彦(ともひこ)『何(なん)と、259合点(がてん)の行(ゆ)かぬ貴女(あなた)の御(お)言葉尻(ことばじり)、260何(なん)ぞ怪(あや)しい事(こと)が御座(ござ)いましたか』
261お百合(ゆり)『イエイエ別(べつ)に怪(あや)しい事(こと)は御座(ござ)いませぬ。262神(かみ)様(さま)の御(お)引合(ひきあは)せ、263姉(あね)の内(うち)へ去年(きよねん)参(まゐ)りました泥棒(どろばう)の模型(もけい)か実物(じつぶつ)か、264それは後(あと)で分(わか)りますが、265……野太(のぶと)い奴(やつ)が瞞(だま)しに来(き)ました』
266と後(あと)の一二句(いちにく)に力(ちから)を籠(こ)めて、267優(やさ)しき女(をんな)に似(に)ず呶鳴(どな)りつけた。268友彦(ともひこ)は此(この)声(こゑ)に打(う)たれ、269思(おも)はず尻餅(しりもち)を搗(つ)いて、270口(くち)を開(あ)けた儘(まま)、271火鉢(ひばち)の横(よこ)にバタリと倒(たふ)れた。272お百合(ゆり)は独語(ひとりごと)、
273お百合(ゆり)『オホヽヽヽ、274何(なん)と悪魔(あくま)と云(い)ふものは、275どこまでも抜目(ぬけめ)のないものだ。276的(てつ)きり此奴(こいつ)は姉(ねえ)さんの宅(うち)で三百(さんびやく)両(りやう)騙(かた)り取(と)つた奴(やつ)に間違(まちがひ)ない。277まだ主人(しゆじん)の生死(せいし)さへも分(わか)らない内(うち)から其処(そこ)ら近所(きんじよ)で噂(うはさ)を聞(き)いて来(き)よつて、278良(い)い加減(かげん)な事(こと)を言(い)ひ、279若後家(わかごけ)を誑(たぶ)らかさうと思(おも)うてやつて来(き)よつたのだなア。280どうやら目(め)を眩(ま)かして居(ゐ)るらしい。281今(いま)の間(うち)に細帯(ほそおび)で手足(てあし)を括(くく)り、282庭先(にはさき)へ引摺(ひきず)り出(だ)し、283水(みづ)でもかけて気(き)を付(つ)けてやりませう。284……アーアそれにしても東助(とうすけ)さまは如何(どう)なつたのかいな。285村(むら)の衆(しう)は、286未(いま)だに誰(たれ)も報告(はうこく)に来(き)て下(くだ)さらず、287イヨイヨ妾(わたし)も未亡人(みばうじん)になれば、288今迄(いままで)とは層一層(そういつそう)腹帯(はらおび)を締(し)めねばなるまい。289あゝ困(こま)つた事(こと)が出来(でき)て来(き)た』
290と自語(じご)する折(をり)しも、291お冊(さつ)は慌(あわただ)しく此(この)場(ば)に駆来(かけきた)り、
292お冊(さつ)『奥様(おくさま)、293お喜(よろこ)び下(くだ)さりませ。294旦那(だんな)様(さま)が只今(ただいま)御(ご)機嫌(きげん)よう御(お)帰(かへ)りになりました』
295 お百合(ゆり)は飛(と)び立(た)つ許(ばか)り喜(よろこ)び、
296お百合(ゆり)『ナニ、297旦那(だんな)様(さま)がお帰(かへ)りとな。298あゝ斯(こ)うしては居(を)られまい。299ドレドレお迎(むか)へを申(まを)さねばなるまい』
300と襟(えり)を正(ただ)し居(ゐ)る所(ところ)へ、301早(はや)くも東助(とうすけ)は三(さん)人(にん)の男(をとこ)を引連(ひきつ)れ、302廊下(らうか)の縁板(えんいた)を威喝(ゐかつ)させ乍(なが)ら現(あら)はれ来(きた)り、
303東助(とうすけ)『アヽお百合(ゆり)、304余(あま)り帰(かへ)るのが遅(おそ)かつたので、305心配(しんぱい)しただらうなア。306村人(むらびと)にも大変(たいへん)な厄介(やくかい)をかけたさうだ。307俺(おれ)も到頭(たうとう)風(かぜ)に吹(ふ)き流(なが)されたと云(い)ふ訳(わけ)でもないが、308家島(えじま)まで往(い)つて来(き)たのだ。309マア安心(あんしん)して呉(く)れ』
310お百合(ゆり)『それはそれは何(なに)よりも嬉(うれ)しい事(こと)で御座(ござ)います。311つきましては貴方(あなた)のお不在中(るすちゆう)に、312四足(よつあし)が一匹(いつぴき)這(は)ひ込(こ)んで来(き)ましたので、313今(いま)生捕(いけどり)にして置(お)きました。314どうぞトツクリ御覧(ごらん)下(くだ)さいませ』
315と友彦(ともひこ)を指(ゆび)ざす。
316東助(とうすけ)『何(なに)、317これは人間(にんげん)だないか。318厳(きび)しく縛(ばく)されて居(を)るではないか』
319お百合(ゆり)『ハイ、320一寸(ちよつと)妾(わたし)が縛(ばく)しておきました。321此奴(こいつ)は去年(きよねん)の冬(ふゆ)、322姉(ねえ)さまの内(うち)で三百(さんびやく)両(りやう)騙(かた)り取(と)つた泥棒(どろばう)ですよ。323あなたが行方(ゆくへ)が知(し)れないと云(い)ふ噂(うはさ)を聞(き)いて、324ウマく妾(わたし)を誑(たぶ)らかし、325此(この)家(いへ)を横領(わうりやう)しようと思(おも)うて出(で)て来(き)た図太(づぶと)い代物(しろもの)です』
326東助(とうすけ)『それは怪(け)しからぬ奴(やつ)だ。327併(しか)し乍(なが)ら斯(こ)うしてはおかれまい。328助(たす)けてやらねばならぬから……コレコレ鶴公(つるこう)、329清公(きよこう)、330武公(たけこう)、331お前(まへ)達(たち)御(ご)苦労(くらう)だが、332縛(いましめ)を解(と)き水(みづ)でも与(あた)へて、333気(き)を付(つ)けてやつて下(くだ)さい』
334 三(さん)人(にん)は命(めい)の儘(まま)に縛(いましめ)を解(と)き水(みづ)を吹(ふ)き注(か)けた。335漸(やうや)くの事(こと)で友彦(ともひこ)は正気(しやうき)に復(ふく)し起(お)きあがり、336東助(とうすけ)其(その)他(た)の姿(すがた)を見(み)て大(おほい)に驚(おどろ)き、337畳(たたみ)に頭(かしら)を摺(す)りつけ、338涙(なみだ)と共(とも)に詫入(わびい)る。339東助(とうすけ)は友彦(ともひこ)に向(むか)ひ、
340東助『お前(まへ)は立派(りつぱ)な宣伝使(せんでんし)の風(ふう)をして居(ゐ)るが、341今(いま)聞(き)く所(ところ)に依(よ)れば、342大変(たいへん)な悪党(あくたう)らしい。343此(この)世(よ)の中(なか)は何処(どこ)までも悪(あく)では通(とほ)れませぬぞ』
344友彦(ともひこ)『ハイ誠(まこと)に悪(わる)う御座(ござ)いました。345面目(めんぼく)次第(しだい)も御座(ござ)いませぬ。346どうぞ生命(いのち)計(ばか)りはお助(たす)け下(くだ)さいませ。347これつきりモウ宣伝使(せんでんし)は廃(や)めまする』
348東助(とうすけ)『結構(けつこう)な宣伝使(せんでんし)の役(やく)をやめとは申(まを)さぬ。349ますます魂(たましひ)を研(みが)いて立派(りつぱ)な宣伝使(せんでんし)にお成(な)りなさい。350そして世界(せかい)の人民(じんみん)を善道(ぜんだう)に導(みちび)きなさるのが貴方(あなた)の天職(てんしよく)だ。351今迄(いままで)の様(やう)な神(かみ)様(さま)を松魚節(かつをぶし)にして女(をんな)を籠絡(ろうらく)したり、352病人(びやうにん)の在(あ)る家(いへ)を探(さが)して、353弱身(よわみ)に付(つ)け込(こ)み詐欺(さぎ)をしたりする様(やう)な事(こと)は、354これ限(ぎ)りお廃(や)めなさるがよからう』
355友彦(ともひこ)『ハイ有難(ありがた)う御座(ござ)います。356どうぞお助(たす)け下(くだ)さいませ。357これ限(かぎ)り悪(あく)は改(あらた)めまする』
358 斯(か)かる所(ところ)へ門口(かどぐち)に大勢(おほぜい)の声(こゑ)にて、
359『東助(とうすけ)さまが生(い)きてござつた。360無事(ぶじ)に帰(かへ)られた、361ウローウロー』
362と山岳(さんがく)も揺(ゆる)ぐ計(ばか)り歓呼(くわんこ)の声(こゑ)聞(きこ)え来(く)る。
363東助(とうすけ)『お前(まへ)、364イヨイヨ改心(かいしん)を志(し)たのならば、365あの通(とほ)り今(いま)門口(かどぐち)に沢山(たくさん)の村人(むらびと)が来(き)て居(を)るから、366一(ひと)つ懺悔(ざんげ)演説(えんぜつ)でもして下(くだ)され。367一伍(いちぶ)一什(しじふ)包(つつ)み隠(かく)さず、368旧悪(きうあく)をさらけ出(だ)して改心(かいしん)の状(じやう)をお示(しめ)しなされ。369それが出来(でき)ねば大泥棒(おほどろばう)として、370此(この)東助(とうすけ)が酋長(しうちやう)の職権(しよくけん)を以(もつ)て成敗(せいばい)を致(いた)す』
371 友彦(ともひこ)小(ちひ)さい声(こゑ)で、
372友彦『ハイ致(いた)しまする』
373東助(とうすけ)『サア早(はや)く門口(かどぐち)へ出(で)て、374懺悔(ざんげ)演説(えんぜつ)を始(はじ)めたが宜(よろ)しからう』
375 友彦(ともひこ)は、
376友彦『ハイ直(すぐ)に参(まゐ)ります。377俄(にはか)に大便(だいべん)が催(もよほ)して来(き)ました。378どうぞ便所(べんじよ)へ往(ゆ)く間(あひだ)御(ご)猶予(いうよ)を願(ねが)ひます』
379東助(とうすけ)『便所(べんじよ)ならば其処(そこ)にある。380サア早(はや)く行(い)つて来(き)たがよからう』
381 友彦(ともひこ)は、
382友彦『ハイ有難(ありがた)う御座(ござ)います』
383と直様(すぐさま)雪隠(せつちん)に入(い)り、384跨(また)げ穴(あな)から潜(くぐ)つて外(そと)に這(は)ひ出(だ)し、385折柄(をりから)日(ひ)の暮(く)れかかつたのを幸(さいは)ひ、386裏山(うらやま)の密林(みつりん)指(さ)して一生(いつしやう)懸命(けんめい)に隠(かく)れたりける。
387 鶴公(つるこう)、388清公(きよこう)、389武公(たけこう)の三(さん)人(にん)は暫(しばら)く東助(とうすけ)の家(いへ)に厄介(やくかい)となり、390遂(つひ)に東助(とうすけ)に感化(かんくわ)されて前非(ぜんぴ)を悔(く)い、391心(こころ)の底(そこ)より言依別(ことよりわけの)命(みこと)の教(をしへ)を奉(ほう)ずる事(こと)となりにける。
392(大正一一・六・一二 旧五・一七 松村真澄録)
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