霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三章 松上(しようじやう)の苦悶(くもん)〔七一五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第23巻 如意宝珠 戌の巻 篇:第1篇 南海の山 よみ(新仮名遣い):なんかいのやま
章:第3章 松上の苦悶 よみ(新仮名遣い):しょうじょうのくもん 通し章番号:715
口述日:1922(大正11)年06月10日(旧05月15日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年4月19日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
若彦の館を訪れた三人の客とは、案の定杢助、国依別、玉治別であった。若彦が、先ほど館に魔我彦・竹彦がやってきたことを告げると、三人は青山峠で魔我彦たちが、国依別と玉治別を殺害しようとしたことを明かした。
若彦は驚いたが、杢助は一計を案じて若彦に授けた。若彦はそ知らぬふりをして、魔我彦・竹彦が待つ客室に戻ってきた。そして、信者で病気になっている者があるから後で鎮魂を施してほしい、と魔我彦に頼み、それまで館で休んでいるように伝えた。
魔我彦は若彦の様子や、三人の来客ということから、杢助たちがやってきて事が露見したのではないかと気を揉む。そこで様子を探ろうと竹彦に神懸りをやらせた。
竹彦の神懸りは八岐大蛇の眷属だと名乗り、杢助・国依別・玉治別がやってきて復讐を企んでいるから、あきらめて自害しろと魔我彦に告げた。魔我彦が何とかして助けてくれ、と頼むと、八岐大蛇の眷属は庭の松の木の上に登れ、と命じた。
松の木の下には杢助らがやってきた。杢助は二人を雷のような声で怒鳴りつけた。魔我彦が八岐大蛇の眷属に助けを求めると、八岐大蛇の眷属は松の木の上から紫の雲に乗せて救ってやるから飛び降りろ、と命じた。
魔我彦と竹彦は、松の木の上から飛び降りて真っ逆さまに落下し、人事不省となった。国依別と玉治別は二人を介抱し、息を吹き返した。
魔我彦と竹彦を怨んでいるか、という杢助の問いかけに、国依別・玉治別は揃って毛筋ほども怨みの心はない、と宣言した。
また杢助は高姫一派の姦計を白状するようにと魔我彦・竹彦に迫るが、魔我彦は高姫との約束を破るわけにはいかない、と拒否した。杢助は約束を守ろうという良心がまだ魔我彦に残っているとして、追及をやめた。
杢助はこれまでの経緯を宣伝歌に歌うと、若彦・国依別・玉治別には三国ケ岳の探検を命じ、自分は魔我彦と竹彦を連れて聖地に帰ることとなった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ:宇都山郷(宇津山郷) データ凡例: データ最終更新日:2026-10-12 23:10:28 文字数:6196 OBC :rm2303
愛善世界社版:39頁 八幡書店版:第4輯 507頁 修補版: 校定版:40頁 普及版:17頁 初版: ページ備考:
001 原野(げんや)を遠(とほ)く見晴(みは)らした若彦館(わかひこやかた)の奥(おく)の間(ま)に招(せう)ぜられた三(さん)人(にん)の男(をとこ)は、002杢助(もくすけ)、003玉治別(たまはるわけ)、004国依別(くによりわけ)であつた。
005若彦(わかひこ)『これはお三人(さんにん)様(さま)、006打(う)ち揃(そろ)うてよくも御(お)入来(いで)下(くだ)さいました。007今(いま)も今(いま)とて貴方(あなた)方(がた)の噂(うはさ)を致(いた)して居(を)りました。008呼(よ)ぶより誹(そし)れとはよう云(い)つたものですなア』
009杢助(もくすけ)『言依別(ことよりわけ)の教主(けうしゆ)の命(めい)に依(よ)つて、010紀(き)の国(くに)へ急遽(きふきよ)出張(しゆつちやう)致(いた)しました』
011若彦(わかひこ)『言依別(ことよりわけ)の教主(けうしゆ)は、012矢張(やは)り相変(あひかは)らず勤(つと)めて居(を)られますか』
013杢助(もくすけ)『これは又(また)妙(めう)なお尋(たづ)ね、014教主(けうしゆ)が変(かは)つてなるものですか』
015若彦(わかひこ)『高姫(たかひめ)さまは何(ど)うなりました』
016杢助(もくすけ)『高姫(たかひめ)さまは相変(あひかは)らず聖地(せいち)で働(はたら)いて居(を)られます』
017 若彦(わかひこ)『ハテナ』と思案(しあん)に暮(く)れる。
018若彦(わかひこ)『玉能姫(たまのひめ)は如何(どう)致(いた)しましたか』
019杢助(もくすけ)『玉能姫(たまのひめ)様(さま)は初稚姫(はつわかひめ)様(さま)とお二人(ふたり)、020錦(にしき)の宮(みや)の別殿(べつでん)にお仕(つか)へになつて居(を)ります。021併(しか)し妙(めう)な事(こと)をお尋(たづ)ねですな。022誰(たれ)か当館(たうやかた)へ来(き)た者(もの)がありますか』
023若彦(わかひこ)『ハイ、024先程(さきほど)魔我彦(まがひこ)、025竹彦(たけひこ)の両人(りやうにん)が参(まゐ)りました』
026 国依別(くによりわけ)は是(これ)を聞(き)くより俄(にはか)に眉(まゆ)を吊(つ)りあげ、027何(なん)と無(な)しに不穏(ふおん)な色(いろ)を顔面(がんめん)に漂(ただよ)はした。
028国依別(くによりわけ)『其(そ)の魔我彦(まがひこ)は何処(どこ)に参(まゐ)りましたか』
029若彦(わかひこ)『離(はな)れの座敷(ざしき)で休息(きうそく)して居(を)られます』
030杢助(もくすけ)『アハヽヽヽ、031これは妙(めう)だ。032悪(わる)い事(こと)は出来(でき)ぬものだなア』
033若彦(わかひこ)『魔我彦(まがひこ)が何(なに)を致(いた)しましたか』
034杢助(もくすけ)『イエ、035人(ひと)の心(こころ)位(ぐらゐ)恐(おそ)ろしいものはありませぬ』
036若彦(わかひこ)『何(なん)だか、037そはそはと両人(りやうにん)は致(いた)して居(を)りますので、038これには深(ふか)い様子(やうす)のある事(こと)と思(おも)ひ、039どつこにも逃(に)げないやうに五(ご)人(にん)の荒男(あらをとこ)をもつて監守(かんしゆ)さして置(お)きました。040一体(いつたい)何(ど)んな事(こと)をやつたのです』
041 杢助(もくすけ)は、042青山峠(あをやまたうげ)の頂上(ちやうじやう)より谷底(たにぞこ)へ玉治別(たまはるわけ)、043国依別(くによりわけ)を突(つ)き落(おと)し、044殺害(さつがい)を企(くはだ)てた事(こと)を小声(こごゑ)に耳打(みみう)ちした。045若彦(わかひこ)は倒(たふ)れむ許(ばか)りに打(う)ち驚(おどろ)き、
046若彦(わかひこ)『どこ迄(まで)も執念深(しふねんぶか)き高姫(たかひめ)一派(いつぱ)の奸計(かんけい)。047何(ど)うしても金狐(きんこ)、048大蛇(をろち)、049悪鬼(あくき)の守護神(しゆごじん)が退(の)かぬと見(み)えますな。050何(ど)う致(いた)しませう。051此(この)儘(まま)追(お)ひ帰(かへ)すか、052但(ただし)は帰順(きじゆん)させるか二(ふた)つに一(ひと)つの方法(はうはふ)を執(と)らねばなりますまい』
053杢助(もくすけ)『まア私(わたし)に任(まか)して下(くだ)さい』
054と腕(うで)を組(く)んでやや思案(しあん)に耽(ふけ)る。055暫(しばら)くありて杢助(もくすけ)は若彦(わかひこ)の耳(みみ)に口(くち)を寄(よ)せた。056若彦(わかひこ)は打(う)ち頷(うなづ)き、057此(この)場(ば)を立(た)つて離(はな)れ座敷(ざしき)に進(すす)み入(い)り、058五(ご)人(にん)の男(をとこ)に向(むか)ひ、
059若彦(わかひこ)『アヽ皆(みな)の者(もの)御(ご)苦労(くらう)であつた。060各自(めいめい)自分(じぶん)の部屋(へや)に帰(かへ)つて休息(きうそく)して下(くだ)さい。061……魔我彦(まがひこ)さま、062竹彦(たけひこ)さま、063長(なが)らくお待(ま)たせ致(いた)しました。064嘸(さぞ)お退屈(たいくつ)でせう』
065魔我彦(まがひこ)『何卒(どうぞ)お構(かま)ひ下(くだ)さいますな。066お客(きやく)さまは何(ど)うなりましたか』
067若彦(わかひこ)『ハイ、068ほんの近(ちか)くの百姓(ひやくしやう)が見(み)えましたので御座(ござ)います。069何(いづ)れも用(よう)をたして帰(かへ)りました。070何卒(どうぞ)御悠(ごゆつ)くりとして下(くだ)さい。071併(しか)し一(ひと)つ貴方(あなた)にお願(ねが)ひ仕度(した)き事(こと)が御座(ござ)います』
072魔我彦(まがひこ)『お願(ねが)ひとは何事(なにごと)で御座(ござ)いますか』
073若彦(わかひこ)『実(じつ)は熱心(ねつしん)な信者(しんじや)が病気(びやうき)にかかつて此(この)館(やかた)に籠(こも)つて居(を)りますが、074何(ど)うも怪(あや)しい病気(びやうき)ですから、075一遍(いつぺん)貴方(あなた)の御(ご)鎮魂(ちんこん)を願(ねが)ひ度(た)いのです』
076魔我彦(まがひこ)『神徳(しんとく)の充実(じゆうじつ)した貴方(あなた)がゐらつしやるのに、077何(ど)うして私(わたし)のやうな者(もの)がお間(ま)に合(あ)ひませうか』
078若彦(わかひこ)『あの病人(びやうにん)は何(ど)うしても貴方(あなた)の鎮魂(ちんこん)を受(う)けなくては癒(なほ)らないのです。079総(すべ)てものは相縁(あひえん)奇縁(きえん)と云(い)うて、080何程(なにほど)神(かみ)様(さま)の御(ご)神徳(しんとく)だと云(い)うても、081意気(いき)の合(あは)ぬものは到底(たうてい)効能(かうのう)がありませぬ。082何卒(どうぞ)貴方(あなた)急(いそ)ぎませぬから、083お休(やす)みになつたら鎮魂(ちんこん)を施(ほどこ)して下(くだ)さい』
084魔我彦(まがひこ)『承知(しようち)致(いた)しました。085一(ひと)つ神(かみ)様(さま)に願(ねが)つて見(み)ませう』
086若彦(わかひこ)『早速(さつそく)の御(ご)承知(しようち)、087本人(ほんにん)も喜(よろこ)ぶ事(こと)でせう。088併(しか)し乍(なが)ら、089何(なに)か物怪(もののけ)が憑(つ)いて居(を)ると見(み)えて、090昼(ひる)は平穏(へいおん)です。091夜分(やぶん)になつてから一(ひと)つお願(ねが)ひ申(まを)しませう』
092 魔我彦(まがひこ)は傲然(ごうぜん)として、
093魔我彦『ハイ宜敷(よろし)い』
094と大(おほ)ぴらに首(くび)を振(ふ)つて居(ゐ)る。095表(おもて)の方(はう)には杢助(もくすけ)、096玉治別(たまはるわけ)、097国依別(くによりわけ)の三(さん)人(にん)小声(こごゑ)になりて、098何事(なにごと)か話(はなし)に耽(ふけ)つて居(ゐ)る。099若彦(わかひこ)は二人(ふたり)に向(むか)ひ、
100若彦(わかひこ)『些(すこ)しく表(おもて)に用(よう)が御座(ござ)いますれば失礼(しつれい)致(いた)します。101何卒(どうぞ)御悠(ごゆつ)くりと今日(けふ)はお休(やす)み下(くだ)さいませ。102今晩(こんばん)お世話(せわ)にならなくてはなりませぬから』
103と云(い)ひ捨(すて)て立(た)ち去(さ)る。104後(あと)に二人(ふたり)は小声(こごゑ)になり、
105魔我彦(まがひこ)『何(ど)うも怪(あや)しいぢやないか。106何(ど)うやら、107杢助(もくすけ)がやつて来(き)て居(ゐ)るやうな気(き)がしてならぬ。108まかり間違(まちが)へば青山峠(あをやまたうげ)の陰謀(いんぼう)が露見(ろけん)したのだなからうかなア』
109竹彦(たけひこ)『私(わたし)も何(なん)だか心持(こころもち)が悪(わる)くなつて来(き)た。110何(ど)うぞして此処(ここ)を逃(に)げ出(だ)す工夫(くふう)はあるまいかなア』
111魔我彦(まがひこ)『ひよつとしたら二人(ふたり)の奴(やつ)、112谷底(たにぞこ)で蘇生(そせい)したかも知(し)れないぞ。113それなら大変(たいへん)だ。114一(ひと)つお前(まへ)神懸(かむがが)り[*三版・御校正本・愛世版は「神懸り」、校定版は「神憑り」。]をやつて見(み)て呉(く)れ』
115 竹彦(たけひこ)は言下(げんか)に手(て)を組(く)み、116瞑目(めいもく)した。117忽(たちま)ち身体(しんたい)震動(しんどう)して、
118竹彦(たけひこ)『ウヽヽ、119此(この)方(はう)は八岐(やまた)の大蛇(をろち)の眷属(けんぞく)であるぞよ。120今(いま)表(おもて)に杢助(もくすけ)、121玉治別(たまはるわけ)、122国依別(くによりわけ)の三(さん)人(にん)が現(あら)はれて、123今夜(こんや)を待(ま)つて復讐(ふくしう)せむとの企(たく)みをやつて居(を)るぞよ』
124魔我彦(まがひこ)『それは大変(たいへん)です、125何(なん)とかして助(たす)かる工夫(くふう)はありますまいか』
126竹彦(たけひこ)『ウヽヽ、127もうかうなる以上(いじやう)は、128館(やかた)の周囲(ぐるり)は荒男(あらをとこ)が取(と)り巻(ま)き警戒(けいかい)して居(ゐ)る。129力強(ちからづよ)の杢助(もくすけ)は表(おもて)に隠(かく)れて居(ゐ)る。130もはや袋(ふくろ)の鼠(ねずみ)、131両人(りやうにん)の身体(からだ)は逃(のが)れる見込(みこみ)はあるまい』
132魔我彦(まがひこ)『ハテ、133困(こま)つた事(こと)だ。134何(ど)うしたら良(よ)からう』
135と顔色(かほいろ)を変(か)へてまごつく。
136竹彦(たけひこ)『ウヽヽ、137周章(あわて)るには及(およ)ばぬ。138先(ま)づ気(き)を落(お)ち着(つ)けよ。139かういふ時(とき)こそ刹那心(せつなしん)が必要(ひつえう)だ。140何(いづ)れ人(ひと)を呪(のろ)はば穴(あな)二(ふた)つ、141天(てん)に向(むか)つて唾(つばき)したやうなものだ。142自業(じごう)自得(じとく)だ、143諦(あきら)めて三(さん)人(にん)に命(いのち)をやつたらよからう』
144 魔我彦(まがひこ)は益々(ますます)狼狽(うろた)へ、
145魔我彦(まがひこ)『命(いのち)惜(を)しさに吾々(われわれ)は信仰(しんかう)もし、146宣伝使(せんでんし)もやつて居(ゐ)るのです。147そんな事(こと)があつて耐(たま)るものですか。148かういふ所(ところ)を助(たす)けて下(くだ)さるのが神(かみ)様(さま)だ。149何(なん)とかよいお指図(さしづ)を願(ねが)ひます』
150竹彦(たけひこ)『ウンウン、151自業(じごう)自得(じとく)だ。152仕方(しかた)がない、153今(いま)表(おもて)に折伏(しやくふく)の剣(つるぎ)を三(さん)人(にん)が力(ちから)限(かぎ)り研(と)いで居(ゐ)るぞ。154あの業物(わざもの)で、155すつぱりとやられたら、156二人(ふたり)の身体(からだ)は見事(みごと)梨割(なしわ)りになるだらう、157ウフヽヽヽ』
158魔我彦(まがひこ)『何卒(なにとぞ)、159吾々(われわれ)二人(ふたり)を此処(ここ)から救(すく)ひ出(だ)して下(くだ)さい。160もうこれきり改心(かいしん)を致(いた)しますから……』
161竹彦(たけひこ)『ウンウンウン、162先(ま)づ周章(あわて)ずと日(ひ)が暮(くれ)る迄(まで)待(ま)つたらよからう。163何程(なにほど)謝罪(あやま)つた所(ところ)で、164これだけ大勢(おほぜい)強(つよ)い奴(やつ)が取巻(とりま)いて居(ゐ)るから何(ど)うする事(こと)も出来(でき)はしない。165なまじいに逃(に)げ隠(かく)れ致(いた)して、166名(な)もなき奴(やつこ)に命(いのち)を取(と)られ恥(はぢ)を曝(さら)すよりも、167汝(なんぢ)が持(も)てる懐剣(くわいけん)で刺違(さしちが)へて死(し)んだがよからう。168それが最善(さいぜん)の方法(はうはふ)だ』
169魔我彦(まがひこ)『この不安(ふあん)状態(じやうたい)がどうして今夜(こんや)迄(まで)待(ま)てますか。170また大切(たいせつ)な一(ひと)つの命(いのち)を、171さう易々(やすやす)と放(ほ)る訳(わけ)には行(ゆ)きますまい』
172竹彦(たけひこ)『ウヽヽ、173この肉体(にくたい)も可愛(かはい)さうなものだが、174其(その)方(はう)も可愛(かはい)さうだ。175併(しか)し玉治別(たまはるわけ)、176国依別(くによりわけ)の命(いのち)を易々(やすやす)と取(と)らうと企(たく)んだ張本人(ちやうほんにん)は魔我彦(まがひこ)だから仕方(しかた)がない、177観念(かんねん)致(いた)せ』
178魔我彦(まがひこ)『これが何(ど)うして観念(かんねん)が出来(でき)ませう』
179竹彦(たけひこ)『ウヽヽ、180命(いのち)が惜(をし)いか、181吾(わが)身(み)を抓(つめ)つて人(ひと)の痛(いた)さを知(し)れ、182貴様(きさま)が命(いのち)の惜(を)しいのも、183玉(たま)、184国(くに)両人(りやうにん)が命(いのち)の惜(を)しいのも同(おな)じ事(こと)だ。185併(しか)し乍(なが)ら、186玉(たま)、187国(くに)両人(りやうにん)は常(つね)から命(いのち)が大切(たいせつ)だと云(い)うて居(ゐ)る位(くらゐ)だから、188死(し)ぬのは嫌(いや)なに違(ちが)ひない。189それに引(ひき)かへ貴様(きさま)は高姫(たかひめ)と共(とも)に、190日々(にちにち)烏(からす)の啼(な)くやうに命(いのち)はいらぬ、191お道(みち)の為(ため)なら仮令(たとへ)どうなつても惜(を)しくないと云(い)うて居(を)るぢやないか。192命(いのち)の無(な)くなるのは貴様(きさま)の日頃(ひごろ)の願望(ぐわんもう)成就(じやうじゆ)ぢや、193こんな目出度(めでた)い事(こと)は又(また)とあるまい。194アハヽヽヽ』
195魔我彦(まがひこ)『貴方(あなた)は何(いづ)れの神(かみ)様(さま)か存(ぞん)じませぬが、196ちと気(き)に食(く)はぬ事(こと)を仰有(おつしや)る。197お引取(ひきとり)を願(ねが)ひます』
198竹彦(たけひこ)『ウヽヽ、199さうだらう、200気(き)に食(く)はぬだらう。201尤(もつと)もぢや、202口先(くちさき)でこそ命(いのち)はいらぬと云(い)つて居(を)つても、203肝腎要(かんじんかなめ)な時(とき)になると、204娑婆(しやば)に未練(みれん)の残(のこ)るのは人間(にんげん)として、205普通(ふつう)一般(いつぱん)の当然(たうぜん)の執着心(しふちやくしん)だ。206その執着心(しふちやくしん)を取(と)らなければ、207誠(まこと)の神業(しんげふ)は成就(じやうじゆ)致(いた)さぬぞ』
208魔我彦(まがひこ)『同(おな)じ事(こと)なら肉体(にくたい)を持(も)つて御用(ごよう)を致(いた)し度(た)う御座(ござ)います。209アヽしまつた事(こと)をした。210何(ど)うしたらよからうかなア。211日(ひ)はだんだんと暮(く)れて来(く)る。212愚図(ぐづ)々々(ぐづ)して居(を)れば何(ど)んな目(め)に遇(あ)はされるか知(し)れやしない、213翼(つばさ)でもあれば、214たつて帰(かへ)るのだけれど』
215竹彦(たけひこ)『ウヽヽアハヽヽヽ、216それ程(ほど)命(いのち)が惜(を)しければ此(この)方(はう)の申(まを)す様(やう)に致(いた)すか』
217魔我彦(まがひこ)『命(いのち)の助(たす)かる事(こと)なら何(ど)んな事(こと)でも致(いた)します。218何(ど)うぞ早(はや)く仰有(おつしや)つて下(くだ)さいませ』
219竹彦(たけひこ)『ウンウンウン、220汝(なんぢ)等(ら)両人(りやうにん)は庭先(にはさき)のこの松(まつ)の頂上(ちやうじやう)に登(のぼ)り、221天津(あまつ)祝詞(のりと)を一生(いつしやう)懸命(けんめい)に奏上(そうじやう)致(いた)せ。222さうすれば天上(てんじやう)より紫(むらさき)の雲(くも)をもつて汝(なんぢ)の身体(からだ)を迎(むか)へ取(と)り、223安全(あんぜん)地帯(ちたい)に送(おく)つてやらう。224何(ど)うぢや嬉(うれ)しいか』
225魔我彦(まがひこ)『ハイ、226助(たす)かる事(こと)なれば結構(けつこう)です。227そんなら何時(いつ)から登(のぼ)りませう』
228竹彦(たけひこ)『時(とき)遅(おく)れては一大事(いちだいじ)、229半時(はんとき)の猶予(いうよ)もならぬ。230松(まつ)の木(き)を目蒐(めが)けて登(のぼ)つてゆけ。231竹彦(たけひこ)の肉体(にくたい)も共(とも)に登(のぼ)るのだぞ。232ウンウンウン』
233と云(い)ひながら霊(れい)は元(もと)に帰(かへ)つた。234魔我彦(まがひこ)は四辺(あたり)キヨロキヨロ見廻(みまは)し、235人(ひと)無(な)きを幸(さいは)ひ庭先(にはさき)の大木(たいぼく)を命(いのち)を的(まと)に猿(ましら)の如(ごと)くかけ登(のぼ)つた。236竹彦(たけひこ)も続(つづ)いて頂上(ちやうじやう)に登(のぼ)りついた。237二人(ふたり)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に天津(あまつ)祝詞(のりと)を声(こゑ)の限(かぎ)り奏上(そうじやう)した。238此(この)声(こゑ)に驚(おどろ)いて若彦(わかひこ)を初(はじ)め、239杢助(もくすけ)、240玉(たま)、241国(くに)其(その)他(た)の一同(いちどう)は松上(しようじやう)の二人(ふたり)の姿(すがた)を見(み)て、242『アハヽヽヽ』と笑(わら)ひどよめいて居(ゐ)る。243二人(ふたり)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)汗(あせ)みどろになつて惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)を奏上(そうじやう)して居(ゐ)る。244杢助(もくすけ)は態(わざ)と大(おほ)きな声(こゑ)で、
245杢助(もくすけ)『サア、246是(これ)から曲津彦(まがつひこ)と竹取別(たけとりわけ)の両人(りやうにん)を料理(れうり)して酒(さけ)の肴(さかな)に一杯(いつぱい)やらうかい』
247と雷(らい)の如(ごと)く呶鳴(どな)りつけた。248魔我彦(まがひこ)は是(これ)を聞(き)き戦慄(せんりつ)し、249次第(しだい)々々(しだい)に慄(ふる)ひ声(ごゑ)になり、250遂(つひ)には息(いき)も出(で)なくなつて仕舞(しま)つた。251竹彦(たけひこ)は『ウヽヽ』と又(また)もや松上(しようじやう)にて神懸(かむがが)り[*三版・御校正本・愛世版は「神懸り」、校定版は「神憑り」。]を始(はじ)めた。
252魔我彦(まがひこ)『貴方(あなた)の御(ご)命令(めいれい)通(どほ)り此処迄(ここまで)避難(ひなん)しましたが、253あの通(とほ)り杢助(もくすけ)以下(いか)の連中(れんちう)が樹下(じゆか)を取(と)り巻(ま)いて居(を)ります。254どうぞ早(はや)く雲(くも)をもつて迎(むか)ひに来(き)て下(くだ)さい』
255竹彦(たけひこ)『ウンウンウン、256斯(かく)の如(ごと)く濃厚(のうこう)な紫(むらさき)の雲(くも)、257汝(なんぢ)の身体(しんたい)を取囲(とりかこ)んで居(ゐ)るのが目(め)に入(い)らぬか。258活眼(くわつがん)を開(ひら)いて四辺(あたり)を熟視(じゆくし)せよ』
259魔我彦(まがひこ)『何(ど)うしても我々(われわれ)の目(め)には見(み)えませぬ』
260竹彦(たけひこ)『ウンウンウン、261見(み)えなくつても雲(くも)は雲(くも)だ。262竹彦(たけひこ)の肉体(にくたい)と手(て)を繋(つな)いで天(てん)に向(むか)つて飛(と)びあがれ。263さうすれば摘(つま)み上(あ)げて此(この)館(やかた)より脱出(だつしゆつ)せしめ、264安全(あんぜん)地帯(ちたい)に救(すく)うてやらう。265男(をとこ)は決断力(けつだんりよく)が肝要(かんえう)だ。266サア早(はや)く早(はや)く』
267と促(うなが)され、268魔我彦(まがひこ)は無我(むが)夢中(むちう)になつて竹彦(たけひこ)の手(て)をとり、269一(ひい)イ二(ふう)ウ三(みつ)ツと声(こゑ)を揃(そろ)へて一二(いちに)尺(しやく)飛(と)び上(あが)つた途端(とたん)に、270松上(しようじやう)より眼下(がんか)の荒砂(ばらす)を敷(し)きつめた庭(には)に真逆(まつさか)様(さま)に墜落(つゐらく)し、271蛙(かはづ)をぶつつけたやうにビリビリと手足(てあし)を慄(ふる)はせ、272人事(じんじ)不省(ふせい)に陥(おちい)つた。273若彦(わかひこ)、274杢助(もくすけ)、275玉(たま)、276国(くに)其(その)他(た)の者(もの)は此(この)光景(くわうけい)に驚(おどろ)き、277忽(たちま)ち樹下(じゆか)に人山(ひとやま)を築(きづ)き、278水(みづ)よ水(みづ)よと右往(うわう)左往(さわう)に慌(あわ)て廻(まは)る。279お光(みつ)は手桶(てをけ)を提(さ)げ慌(あわただ)しく走(はし)り来(きた)る。280杢助(もくすけ)は直(ただ)ちに水(みづ)を含(ふく)み、281両人(りやうにん)の面部(めんぶ)に息吹(ゐぶき)の狭霧(さぎり)を吹(ふ)きかけ、282漸(やうや)くにして二人(ふたり)は唸(うな)りながら生気(せいき)に復(ふく)し、283四辺(あたり)をキヨロキヨロ見廻(みまは)し、284玉治別(たまはるわけ)、285国依別(くによりわけ)の姿(すがた)を見(み)て『キヤツ』と叫(さけ)び、286又(また)もや人事(じんじ)不省(ふせい)に陥(おちい)つて仕舞(しま)つた。287玉治別(たまはるわけ)は魔我彦(まがひこ)を、288国依別(くによりわけ)は竹彦(たけひこ)をひつ抱(かか)へ、289奥(おく)の間(ま)深(ふか)く運(はこ)び入(い)れ、290夜具(やぐ)を敷(し)いて鄭重(ていちよう)に寝(ね)させ、291神前(しんぜん)に向(むか)つて天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し、292更(あらた)めて鎮魂(ちんこん)を施(ほどこ)した。293漸(やうや)くにして二人(ふたり)は息(いき)を吹(ふ)きかへす。
294玉治別(たまはるわけ)『魔我彦(まがひこ)さま、295何(ど)うでした。296随分(ずゐぶん)御(ご)心配(しんぱい)なさつたでせう』
297魔我彦(まがひこ)『ハイ、298誠(まこと)に申訳(まをしわけ)のない事(こと)を致(いた)しました。299何(ど)うぞ命(いのち)だけは御(ご)猶予(いうよ)を願(ねが)ひます』
300玉治別(たまはるわけ)『人(ひと)を助(たす)ける宣伝使(せんでんし)がどうしてお前(まへ)の命(いのち)が欲(ほ)しからう。301お蔭(かげ)で大変(たいへん)な修業(しうげふ)をさして貰(もら)ひました。302併(しか)し此(この)後(ご)はあんな危険(きけん)な事(こと)は止(や)めて貰(もら)ひたいものだ。303天(あめ)の真浦(まうら)の宣伝使(せんでんし)が、304駒彦(こまひこ)、305秋彦(あきひこ)に宇津山(うづやま)郷(がう)の断崖(だんがい)から雪中(せつちう)へ落(おと)されたよりも余程(よほど)険難(けんのん)でしたよ』
306 魔我彦(まがひこ)は真赤(まつか)な顔(かほ)をして俯向(うつむ)く。
307国依別(くによりわけ)『竹彦(たけひこ)さま、308気(き)がつきましたか』
309竹彦(たけひこ)『ハイ、310気(き)がつきました。311悪(わる)い事(こと)は出来(でき)ませぬワイ。312余(あま)り成功(せいこう)を急(いそ)いだものですから何分(なにぶん)貴方(あなた)方(がた)は高姫(たかひめ)さまの御(ご)神業(しんげふ)の妨害(ばうがい)をなさる悪人(あくにん)だと信(しん)じきつて、313あゝ云(い)ふ無謀(むぼう)な事(こと)を致(いた)しました。314併(しか)し乍(なが)ら魔我彦(まがひこ)の精神(せいしん)は存(ぞん)じませぬが、315決(けつ)して竹彦(たけひこ)はそんな悪人(あくにん)ではありませぬ。316八岐(やまた)の大蛇(をろち)の邪霊(じやれい)が私(わたし)に憑(つ)いてあんな事(こと)をさせたのですよ。317何卒(なにとぞ)私(わたし)を恨(うら)まぬやうに願(ねが)ひます』
318杢助(もくすけ)『随分(ずゐぶん)不減口(へらずぐち)を叩(たた)く男(をとこ)だな。319併(しか)し乍(なが)らお前(まへ)も是(これ)で悪(あく)は出来(でき)ないと云(い)ふ事(こと)は分(わか)つたであらう』
320魔我彦(まがひこ)『私(わたくし)も肉体(にくたい)がやつたのではありませぬ。321八岐(やまた)の大蛇(をろち)の眷族(けんぞく)が憑(かか)つたのですから、322どうぞ神直日(かむなほひ)大直日(おほなほひ)に見直(みなほ)し聞(き)き直(なほ)しを願(ねが)ひます』
323杢助(もくすけ)『大体(だいたい)お前(まへ)達(たち)は高姫(たかひめ)の脱線(だつせん)的(てき)熱心(ねつしん)に惚込(ほれこ)んで居(ゐ)るから、324そんな不善(ふぜん)的(てき)な事(こと)を平気(へいき)でやつて、325立派(りつぱ)な御(ご)神業(しんげふ)が勤(つと)まると思(おも)うて居(ゐ)るのだ』
326魔我彦(まがひこ)『何事(なにごと)も日(ひ)の出神(でのかみ)さまの御(ご)命令(めいれい)通(どほ)りだと思(おも)つて、327高姫(たかひめ)さまの意志(いし)を一寸(ちよつと)忖度(そんたく)して居(を)る処(ところ)へ守護神(しゆごじん)がやつて来(き)て、328霊肉(れいにく)一致(いつち)、329二人(ふたり)を谷底(たにぞこ)へ突落(つきおと)し、330殺(ころ)さうとしたのです。331併(しか)し乍(なが)ら魔我彦(まがひこ)の肉体(にくたい)は何(なに)も知(し)りませぬ』
332杢助(もくすけ)『玉治別(たまはるわけ)、333国依別(くによりわけ)の宣伝使(せんでんし)は青山峠(あをやまたうげ)の絶頂(ぜつちやう)から、334あの深(ふか)い谷間(たにま)へつき落(おと)され、335すんでの事(こと)で五体(ごたい)を粉砕(ふんさい)するやうな目(め)に遇(あ)はされても、336お前(まへ)達(たち)両人(りやうにん)に対(たい)し鵜(う)の毛(け)の露(つゆ)程(ほど)も恨(うら)んで居(ゐ)ないのは実(じつ)に感服(かんぷく)の至(いた)りだ。337お前(まへ)達(たち)も此(この)両(りやう)宣伝使(せんでんし)の心(こころ)を汲(く)みとつて、338少(すこ)し改心(かいしん)したらどうだ。339さうして改心(かいしん)を証明(しようめい)する為(ため)に、340今迄(いままで)の高姫(たかひめ)一派(いつぱ)の計略(けいりやく)を此処(ここ)ですつかり自白(じはく)したがよからう』
341魔我彦(まがひこ)『そればつかりは自白(じはく)出来(でき)ませぬ、342高姫(たかひめ)さまから仮令(たとへ)死(し)んでも云(い)うてはならないと口留(くちど)めされ、343私(わたし)も万劫(まんごふ)末代(まつだい)、344舌(した)を抜(ぬ)かれても言(い)はないと固(かた)く約(やく)したのですから』
345杢助(もくすけ)『仮令(たとへ)善(ぜん)にもせよ、346悪(あく)にもせよ、347まだ良心(りやうしん)に輝(かがや)きがあると見(み)えて、348約束(やくそく)を守(まも)ると云(い)ふ心(こころ)がけは見上(みあ)げたものだ。349俺(おれ)達(たち)も是(これ)以上(いじやう)は最早(もはや)追及(つゐきふ)せぬ。350玉治別(たまはるわけ)さま、351国依別(くによりわけ)さまこの両人(りやうにん)を赦(ゆる)しておやりでせうなア』
352玉治別(たまはるわけ)『赦(ゆる)すも許(ゆる)さぬもありませぬ。353何事(なにごと)も神(かみ)様(さま)の御(お)経綸(しぐみ)、354我々(われわれ)に油断(ゆだん)は大敵(たいてき)だと云(い)ふ実地(じつち)の教育(けういく)を与(あた)へて下(くだ)さつたのですから、355其(その)お役(やく)に使(つか)はれなさつた御(ご)両人(りやうにん)に対(たい)し、356御(ご)苦労(くらう)様(さま)と感謝(かんしや)こそすれ、357寸毫(すんがう)も不足(ふそく)に思(おも)つたり恨(うら)んだりは致(いた)しませぬ』
358国依別(くによりわけ)『私(わたし)も玉治別(たまはるわけ)と同感(どうかん)です。359魔我彦(まがひこ)さま、360竹彦(たけひこ)さま、361安心(あんしん)して下(くだ)さい。362当(あた)つて砕(くだ)けよと云(い)ふ事(こと)がある。363此(この)上(うへ)は層一層(そういつそう)親密(しんみつ)にして、364神界(しんかい)の御用(ごよう)を勤(つと)めようぢやありませぬか』
365 杢助(もくすけ)は立(た)つて歌(うた)を歌(うた)ひ、366しらけた此(この)場(ば)の回復(くわいふく)を図(はか)つた。
367杢助『大和(やまと)河内(かはち)を踏(ふ)み越(こ)えて
368漸々(やうやう)此処(ここ)に紀(き)の国(くに)の
369青山峠(あをやまたうげ)の谷間(たにあひ)に
370言依別(ことよりわけ)の御言(みこと)もて
371勇(いさ)み進(すす)んで来(き)て見(み)れば
372音(おと)に名高(なだか)き十津川(とつがは)の
373激潭(げきたん)飛沫(ひまつ)の谷(たに)の水(みづ)
374衣類(いるゐ)を脱(ぬ)ぎて真裸体(まつぱだか)
375ざんぶとばかり飛(と)び込(こ)みて
376御禊(みそぎ)を修(しう)する折(をり)からに
377樹々(きぎ)の青葉(あをば)も追々(おひおひ)に
378黒(くろ)ずみ来(きた)り天津(あまつ)日(ひ)の
379影(かげ)は漸(やうや)く隠(かく)ろひて
380闇(やみ)を彩(いろど)る折(をり)からに
381頭上(づじやう)をかすめて落(お)ち来(きた)る
382二(ふた)つの影(かげ)は忽(たちま)ちに
383青淵(あをぶち)目(め)がけて顛落(てんらく)し
384人事(じんじ)不省(ふせい)になる滝(たき)の
385辺(かたへ)に二人(ふたり)を抱(いだ)きあげ
386よくよく見(み)ればこは如何(いか)に
387玉治別(たまはるわけ)や国依別(くによりわけ)の
388神(かみ)の命(みこと)の宣伝使(せんでんし)
389青山峠(あをやまたうげ)の断崖(だんがい)より
390つき落(おと)されて此(この)さまと
391聞(き)いたる時(とき)の驚(おどろ)きは
392流石(さすが)に豪気(がうき)の杢助(もくすけ)も
393胸(むね)に浪(なみ)をば打(う)たせつつ
394闇(やみ)を辿(たど)りて漸々(やうやう)に
395二人(ふたり)を伴(ともな)ひ平岩(ひらいは)の
396麓(ふもと)に漸(やうや)く近寄(ちかよ)つて
397其(その)夜(よ)を明(あ)かし両人(りやうにん)に
398様子(やうす)を聞(き)けば魔我彦(まがひこ)や
399竹彦(たけひこ)二人(ふたり)の悪戯(いたづら)と
400聞(き)いて再(ふたた)び胸(むね)躍(をど)り
401深(ふか)き仔細(しさい)のある事(こと)と
402此処(ここ)に三人(みたり)はとるものも
403取敢(とりあへ)ずして若彦(わかひこ)が
404館(やかた)に訪(たづ)ね来(き)て見(み)れば
405思(おも)ひがけなき両人(りやうにん)が
406離(はな)れ座敷(ざしき)でひそびそと
407深(ふか)き企(たく)みを語(かた)り合(あ)ふ
408善悪(ぜんあく)邪正(じやせい)の其(その)報(むく)い
409忽(たちま)ち現(あら)はれ北(きた)の空(そら)
410雲(くも)を払(はら)つて照(て)り渡(わた)る
411北極星(ほくきよくせい)の動(うご)きなき
412若彦(わかひこ)さまが雄心(をごころ)に
413再(ふたた)び動(うご)く三人(みたり)連(づ)れ
414魔我彦(まがひこ)竹彦(たけひこ)両人(りやうにん)は
415虚実(きよじつ)の程(ほど)は知(し)らねども
416兎(と)も角(かく)前非(ぜんぴ)を心(こころ)から
417悔(く)いしが如(ごと)く見(み)えにける
418嗚呼(ああ)頼(たの)もしや頼(たの)もしや
419仕組(しぐみ)の糸(いと)に操(あやつ)られ
420心(こころ)にかかりし村雲(むらくも)も
421愈(いよいよ)晴(は)らす今日(けふ)の宵(よひ)
422あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
423御霊(みたま)幸倍(さちはへ)ましまして
424鷹鳥姫(たかとりひめ)が迷(まよ)ひをば
425晴(は)らさせ給(たま)へ魔我彦(まがひこ)や
426竹彦(たけひこ)一派(いつぱ)の迷信(めいしん)を
427朝日(あさひ)の豊栄(とよさか)昇(のぼ)るごと
428照(てら)し明(あか)して三五(あななひ)の
429道(みち)の誠(まこと)を四方(よも)の国(くに)
430国(くに)の内外(うちと)の島々(しまじま)に
431月日(つきひ)の如(ごと)く明(あきら)かに
432照(てら)させたまへ天津(あまつ)神(かみ)
433国津(くにつ)神(かみ)達(たち)八百万(やほよろづ)
434百(もも)の御伴(みとも)の神(かみ)達(たち)の
435御前(みまへ)に頸根(うなね)つきぬきて
436遥(はるか)に祈(いの)り奉(たてまつ)る
437慎(つつし)み祈(いの)り奉(たてまつ)る』
438と歌(うた)ひ終(をは)つて両人(りやうにん)に向(むか)ひ、
439杢助(もくすけ)『サア、440魔我彦(まがひこ)さま、441竹彦(たけひこ)さま、442此(この)杢助(もくすけ)と共(とも)に聖地(せいち)へ帰(かへ)りませう。443若彦(わかひこ)、444玉治別(たまはるわけ)、445国依別(くによりわけ)は是(これ)より伊勢路(いせぢ)に渡(わた)り近江(あふみ)に出(い)で、446三国(みくに)ケ岳(だけ)を探険(たんけん)して聖地(せいち)へ帰(かへ)つて下(くだ)さい。447聖地(せいち)には又(また)もや高姫(たかひめ)の陰謀(いんぼう)が劃策(くわくさく)されてあるから、448杢助(もくすけ)は是(これ)より両人(りやうにん)を伴(ともな)ひ、449すぐ帰国(きこく)致(いた)さう』
450と云(い)ふより早(はや)く忙(いそが)しげに此(この)館(やかた)を立(た)ち出(いで)た。451魔我彦(まがひこ)、452竹彦(たけひこ)は何(なん)となく心(こころ)落着(おちつ)かぬ面持(おももち)にて、453悄々(すごすご)後(あと)に従(したが)ひ聖地(せいち)をさして帰(かへ)り行(ゆ)く。
454(大正一一・六・一〇 旧五・一五 加藤明子録)
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