霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一一章 難破船(なんぱせん)〔七二三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第23巻 如意宝珠 戌の巻 篇:第3篇 有耶無耶 よみ(新仮名遣い):うやむや
章:第11章 難破船 よみ(新仮名遣い):なんぱせん 通し章番号:723
口述日:1922(大正11)年06月12日(旧05月17日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年4月19日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
高姫は舟に乗り、もう玉を手に入れたも同然と得意になっているが、四人の部下は舟をこぐのに疲れて文句を言い始める。
たちまち雲と風が起こり、高姫の舟は暗礁に乗り上げて木っ端微塵になってしまった。玉能姫は淡路島の磯端に着いてその夜は風をやり過ごした。
夜が明けると、うめき声が聞こえてきた。見ると浜辺に高姫ら五人が打ち上げられて苦しんでいる。玉能姫は鎮魂をして五人の息を吹き返させた。
高姫は自分を助けたのが玉能姫だと知ると、またしても憎まれ口とともに食ってかかり、教主や杢助にも悪態をつきはじめた。
高姫の部下の四人は、命の恩人に対する高姫の悪口に愛想が尽きたと言って、玉能姫の弟子にしてくれと頼み出す。玉能姫は人の弟子を横取りすることはできないと言って断り、高姫と一緒に舟に乗って戻るようにと促す。
しかし高姫は断固として断り、あくまで家島に行くと言ってきかない。そこへ船頭がやってきて、難船したなら乗せてあげようと声を掛ける。高姫は渡りに舟と船頭の舟に乗って行ってしまう。
玉能姫は四人の男を乗せて、高姫の舟の後を追った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-07-01 17:29:10 文字数:6952 OBC :rm2311
愛善世界社版:177頁 八幡書店版:第4輯 559頁 修補版: 校定版:180頁 普及版:82頁 初版: ページ備考:
001心(こころ)の空(そら)も高姫(たかひめ)が
002四(よ)人(にん)の供(とも)を伴(とも)なひて
003三(み)つの宝(たから)の所在(ありか)をば
004探(さぐ)らにや止(や)まぬ闇(やみ)の夜(よ)の
005大海原(おほうなばら)を打(う)ち渡(わた)り
006心(こころ)の駒(こま)の狂(くる)ふまに
007家島(えじま)を指(さ)して進(すす)み行(ゆ)く
008其(その)目的(もくてき)は玉能丸(たまのまる)
009玉(たま)の行方(ゆくへ)を探(さぐ)らむと
010操(あやつ)るすべも白浪(しらなみ)の
011上(うへ)を辷(すべ)つて進(すす)み往(ゆ)く
012四(よ)人(にん)の男(をとこ)は汗脂(あせあぶら)
013滝(たき)の如(ごと)くに搾(しぼ)りつつ
014浪(なみ)のまにまに漂(ただよ)ひて
015遂(つひ)に進路(しんろ)を取(と)り外(はづ)し
016心(こころ)も淡路(あはぢ)の島影(しまかげ)に
017かかる折(をり)しも暗礁(あんせう)に
018船(ふね)の頭(かしら)は衝突(しようとつ)し
019忽(たちま)ち浪(なみ)に落(お)ち込(こ)みて
020九死(きうし)一生(いつしやう)の憂目(うきめ)をば
021見(み)ながら心(こころ)は何処迄(どこまで)も
022執念深(しふねんぶか)き高姫(たかひめ)が
023宝探(たからさが)しの物語(ものがたり)
024褥(しとね)の船(ふね)に横(よこ)たはり
025心(こころ)の海(うみ)に日月(じつげつ)の
026浮(う)かぶまにまに述(の)べ立(た)つる
027瑞月(ずいげつ)霊界(れいかい)物語(ものがたり)
028底(そこ)ひも知(し)れぬ曲津(まがつ)神(かみ)
029神(かみ)の仕組(しぐみ)の荒浪(あらなみ)を
030ときわけかきわけ進(すす)み行(ゆ)く
031アヽ惟神(かむながら)々々(かむながら)
032御霊(みたま)幸倍(さちはへ)ましませよ。
033 高姫(たかひめ)は首尾(しゆび)よく三(さん)人(にん)の船頭(せんどう)をまき散(ち)らし、034一行(いつかう)五(ご)人(にん)意気(いき)揚々(やうやう)として闇(やみ)の海原(うなばら)を漕(こ)ぎ出(だ)した。035浜辺(はまべ)の明火(あかりび)は漸(やうや)く遠(とほ)ざかり眼(まなこ)に映(うつ)らない迄(まで)になつて来(き)た。036高姫(たかひめ)は鼻(はな)蠢(うごめ)かしながら、
037高姫(たかひめ)『アヽ皆(みな)の者(もの)、038御(ご)苦労(くらう)であつた。039モウ斯(こ)うなれば大丈夫(だいぢやうぶ)、040滅多(めつた)に後(あと)から追(お)ひかけ来(く)る気遣(きづか)ひもあるまい。041仮令(たとへ)来(き)た所(ところ)で宝(たから)の所在(ありか)を探(さぐ)つた以上(いじやう)は、042そつと此(この)船(ふね)に積(つ)み込(こ)み、043廻(まは)り道(みち)をして帰(かへ)つて来(く)れば好(い)いのだ。044さうして其(その)玉(たま)は、045此(この)高姫(たかひめ)の腹(はら)の中(なか)に呑(の)み込(こ)んで置(お)けば、046誰(たれ)が来(き)たとて取(と)られる気遣(きづか)ひはない。047オホヽヽヽ、048待(ま)てば海路(うなぢ)の風(かぜ)が吹(ふ)くとやら、049時節(じせつ)は待(ま)たねばならぬものだ』
050貫州(くわんしう)『モシモシ高姫(たかひめ)様(さま)、051貴方(あなた)は既(すで)に已(すで)にお宝(たから)が手(て)に入(はい)つたやうな事(こと)を仰有(おつしや)いますな、052取(と)らぬ狸(たぬき)の皮算用(かはざんよう)では御座(ござ)いますまいか』
053高姫(たかひめ)『何(なに)大丈夫(だいぢやうぶ)だよ、054何(なん)と云(い)うても日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)が睨(にら)んだら間違(まちが)ひはない。055言依別(ことよりわけ)の教主(けうしゆ)や、056杢助(もくすけ)、057玉能姫(たまのひめ)の連中(れんちう)が嘸(さぞ)や嘸(さぞ)アフンとする事(こと)であらう。058其(その)時(とき)の顔(かほ)が今(いま)見(み)るやうに思(おも)はれて可愍(いぢらし)いやうな心持(こころもち)がして来(き)た。059お天道(てんだう)様(さま)の御(ご)守護(しゆご)ある証拠(しようこ)には、060今夜(こんや)に限(かぎ)つてお月様(つきさま)も現(あら)はれず、061星(ほし)ばかりの大空(おほぞら)、062いつもからあの玉(たま)が欲(ほ)しい欲(ほ)しいと思(おも)つて居(ゐ)た故(せい)か、063今日(けふ)の星(ほし)の光(ひかり)はまた格別(かくべつ)だ。064何(なん)と云(い)つてもあれ丈(だ)け天道(てんだう)様(さま)が星々(ほしほし)と云(い)つて、065沢山(たくさん)に睨(にら)んで御座(ござ)る天下(てんか)の重宝(ぢうほう)だから、066手(て)に入(い)れば大(たい)したものだ、067誰(たれ)が何(なん)と云(い)うても玉(たま)を呑(の)んだ以上(いじやう)は聖地(せいち)へ帰(かへ)り、068高姫(たかひめ)内閣(ないかく)を組織(そしき)し、069お前(まへ)達(たち)を幕僚(ばくれう)に任(にん)じてやる考(かんが)へだから、070勇(いさ)んで船(ふね)を漕(こ)いで下(くだ)されや』
071貫州(くわんしう)『余(あま)り気張(きば)つたものですから、072私(わたし)のハンドルは知覚(ちかく)精神(せいしん)を喪失(さうしつ)し、073最早(もはや)用(よう)をなさないやうになつて仕舞(しま)ひました』
074高姫(たかひめ)『エヽ、075今頃(いまごろ)に何(なん)と云(い)ふ心細(こころぼそ)い事(こと)を云(い)ふのだい。076兎(うさぎ)の糞(ふん)で、077長続(ながつづ)きがしないものは、078到底(たうてい)まさかの時(とき)に間(ま)に合(あ)ひませぬぞ。079ここは一(ひと)つ千騎(せんき)一騎(いつき)の場合(ばあひ)、080伸(の)るか反(そ)るかの境目(さかひめ)だから、081些(ちつ)と腕(うで)に撚(よ)りでもかけて噪(はしや)ぎなされ』
082鶴公(つるこう)『オイ貫州(くわんしう)、083お前(まへ)もさうか、084俺(おれ)も何(ど)うやら機関(きくわん)の油(あぶら)が切(き)れたやうだ。085腕(うで)も何(なに)もむしれさうになつて仕舞(しま)つた』
086清公(きよこう)『俺(おれ)もさうだ』
087高姫(たかひめ)『まだこれから長(なが)い海路(かいろ)だのに、088明石(あかし)海峡(かいけふ)前(まへ)でくたばつて仕舞(しま)つては仕方(しかた)が無(な)いぢやないか。089ちと確(しつか)りと性念(しやうねん)を据(す)ゑてモ一働(ひとはたら)きやつて貰(もら)はねば、090三千(さんぜん)世界(せかい)の肝腎要(かんじんかなめ)の御用(ごよう)は勤(つと)め上(あが)りませぬぞえ。091出世(しゆつせ)が仕度(した)くば今(いま)気張(きば)らねば、092後(あと)の後悔(こうくわい)間(ま)に合(あ)ひませぬぞ。093三千(さんぜん)世界(せかい)に又(また)とない功名(こうみやう)を現(あら)はさうと思(おも)へば、094人(ひと)のよう致(いた)さぬ事(こと)を致(いた)し、095人(ひと)のよう往(ゆ)かぬ所(ところ)へ往(い)つて来(こ)ねば真(まこと)の御(ご)神徳(しんとく)は頂(いただ)けませぬ。096サア皆(みな)さま、097先(さき)楽(たの)しみにもう一気張(ひときば)りだ』
098貫州(くわんしう)『斯(か)う腕(うで)が抜(ぬ)けるやうに怠(だる)くなつて来(き)ては損(そん)も得(とく)も構(かま)うて居(を)れますか。099欲(よく)にも得(とく)にもかへられませぬ今晩(こんばん)の苦(くる)しさ、100こりや何(ど)うしても神(かみ)様(さま)のお気(き)に入(い)らぬのかも知(し)れませぬぜ。101何(なん)とは無(な)しに心(こころ)の底(そこ)から恐(おそ)ろしくなり、102大罪(だいざい)を犯(をか)すやうな気(き)がしてなりませぬワイ。103一(ひと)つ暗礁(あんせう)にでも乗(の)り上(あ)げやうものなら忽(たちま)ち寂滅(じやくめつ)為楽(ゐらく)、104土左衛門(どざゑもん)と早替(はやがは)り、105竜宮行(りうぐうゆ)きをせなならぬかも知(し)れませぬ。106何(ど)うでせう、107風(かぜ)のまにまに、108浪(なみ)のまにまに任(まか)せ、109皆(みな)の者(もの)が休(やす)まして貰(もら)つたら、110又(また)元気(げんき)がついて働(はたら)けるかも知(し)れませぬ』
111高姫(たかひめ)『一刻(いつこく)の猶予(いうよ)もならぬのだから休(やす)む事(こと)は絶対(ぜつたい)になりませぬ』
112貫州(くわんしう)『アヽ、113何程(なにほど)休(やす)まずに働(はたら)かうと思(おも)つても、114肝腎(かんじん)のハンドルが吾々(われわれ)の命令(めいれい)に服従(ふくじゆう)しないのだから仕方(しかた)が無(な)い。115高姫(たかひめ)さま、116貴女(あなた)一(ひと)つ漕(こ)いで御覧(ごらん)、117さうしたら吾々(われわれ)の辛(つら)い事(こと)が味(あぢ)ははれませう。118人(ひと)を使(つか)はうと思(おも)へば、119人(ひと)に使(つか)はれて見(み)なくては部下(ぶか)の苦痛(くつう)が分(わか)りませぬからなア』
120高姫(たかひめ)『お前(まへ)は何(なん)の為(ため)について来(き)たのだ。121生神(いきがみ)様(さま)に船(ふね)を漕(こ)げと云(い)ふのか、122そりや些(ちつ)と了見(りやうけん)が違(ちが)ひはせぬかの。123高姫(たかひめ)が船(ふね)が使(つか)へるのなれば、124誰(たれ)がこんな秘密(ひみつ)の御(ご)神業(しんげふ)に、125お前(まへ)達(たち)を連(つ)れて来(く)るものか。126船(ふね)を漕(こ)がすために連(つ)れて来(き)たのだから、127そんなに気(き)なげをせずに一(ひと)つ身魂(みたま)に撚(より)をかけて気張(きば)つて下(くだ)さい。128その代(かは)りこの事(こと)が成就(じやうじゆ)致(いた)したら、129立派(りつぱ)にお礼(れい)を申(まを)しますから』
130鶴公(つるこう)『お礼(れい)も何(なに)も入(い)りませぬ。131我々(われわれ)は手柄(てがら)したいの、132名(な)が残(のこ)したいの、133人(ひと)に誇(ほこ)りたいのと云(い)ふやうな、134そんな小(ちひ)さい心(こころ)は持(も)ちませぬ。135何時(いつ)も貴女(あなた)は口癖(くちぐせ)のやうに、136此(この)事(こと)が成就(じやうじゆ)致(いた)したら出世(しゆつせ)さすとか、137お礼(れい)を申(まを)すとか、138万劫(まんご)末代(まつだい)名(な)を残(のこ)してやるとか、139神(かみ)に祀(まつ)つてやらうとか仰有(おつしや)いますが、140第一(だいいち)そのお言葉(ことば)が気(き)に喰(く)ひませぬワイ。141そんな名誉(めいよ)や欲望(よくばう)に駆(か)られて神(かみ)様(さま)の御用(ごよう)が出来(でき)ますものか。142我々(われわれ)は手柄(てがら)がしたさに貴女(あなた)について来(き)て居(を)るやうに思(おも)はれては片腹痛(かたはらいた)い。143何(なん)だか自分(じぶん)の良心(りやうしん)を侮辱(ぶじよく)されたやうな気(き)がしてなりませぬ。144何卒(どうぞ)これからそんな子供騙(こどもだま)しのやうな事(こと)は云(い)はぬやうにして下(くだ)さい。145たらだとか、146けれどとかの語尾(ごび)のつく間(あひだ)は駄目(だめ)ですよ。147そんな疑問詞(ぎもんし)は根(ね)つから葉(は)つから腹(はら)の虫(むし)が承認(しようにん)致(いた)しませぬ』
148高姫(たかひめ)『お前(まへ)はそんな立派(りつぱ)な事(こと)を口(くち)で云(い)うて居(を)るが、149心(こころ)の底(そこ)はさうぢやあるまい。150名誉心(めいよしん)のない奴(やつ)はこの広(ひろ)い世界(せかい)に一人(ひとり)だつて有(あ)らう筈(はず)がない。151赤裸々(せきらら)に腹(はら)の底(そこ)を叩(たた)けば、152誰(たれ)だつて手柄(てがら)が仕度(した)いと云(い)ふ心(こころ)の無(な)い者(もの)は有(あ)るまい。153日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)だつて矢張(やつぱり)名誉(めいよ)も欲(ほ)しい、154手柄(てがら)もしたい、155これが偽(いつは)らざるネツトプライスの告白(こくはく)だ。156皆(みな)の者共(ものども)、157それに間違(まちが)ひはあるまいがな、158オホヽヽヽ』
159一同(いちどう)『エヽさうですかいな』
160とのかず触(さは)らずのやうな、161あぢな味噌(みそ)を嘗(な)めた時(とき)のやうに、162せう事(こと)なしに冷淡(れいたん)な返事(へんじ)をして居(ゐ)る。163一天(いつてん)俄(にはか)に墨(すみ)を流(なが)せし如(ごと)く掻(か)き曇(くも)り、164星影(ほしかげ)さへ見(み)えなくなつた。165忽(たちま)ち吹(ふ)き来(く)る颶風(ぐふう)に山岳(さんがく)の如(ごと)き浪(なみ)立(た)ち狂(くる)ひ、166玉能丸(たまのまる)を毬(まり)の如(ごと)くに翻弄(ほんろう)し始(はじ)めた。167何時(いつ)の間(ま)にか船(ふね)は淡路島(あはぢしま)の北岸(ほくがん)近(ちか)く進(すす)んで居(ゐ)たと見(み)え、168島(しま)の火影(ほかげ)は幽(かす)かに瞬(またた)き始(はじ)めた。169高姫(たかひめ)は其(その)火光(くわくわう)を目当(めあて)に船(ふね)を漕(こ)げよと厳命(げんめい)する。170四(よ)人(にん)は最早(もはや)両腕(りやううで)共(とも)萎(な)へて艪櫂(ろかい)を操縦(さうじう)する事(こと)が出来(でき)なくなつて居(ゐ)た。171船(ふね)は忽(たちま)ち暗礁(あんせう)に乗(の)り上(あ)げたと見(み)え、172船底(ふなぞこ)はバリバリバリ、173パチパチパチ、174メキメキメキと大音響(だいおんきやう)を立(た)てて木端(こつぱ)微塵(みぢん)となり、175高姫(たかひめ)以下(いか)は荒波(あらなみ)に呑(の)まれて仕舞(しま)つた。
176 玉能姫(たまのひめ)は甲斐(かひ)々々(がひ)しく襷(たすき)十文字(じふもんじ)に綾取(あやど)り、177艪(ろ)を操(あやつ)りながら高姫(たかひめ)が後(あと)を追(お)ひ進(すす)み来(く)る折(をり)しも、178俄(にはか)の颶風(ぐふう)に遇(あ)ひ淡路島(あはぢしま)の火影(ほかげ)の瞬(またた)きを目当(めあて)に辛(から)うじて磯端(いそばた)に安着(あんちやく)し、179夜明(よあけ)を待(ま)つ事(こと)とした。180風(かぜ)は歇(や)み雲(くも)は散(ち)り、181忽(たちま)ち紺碧(こんぺき)の空(そら)に金覆輪(きんぷくりん)の太陽(たいやう)は、182山(やま)の端(は)を覗(のぞ)いて海面(かいめん)に清鮮(せいせん)なる光(ひかり)を投(な)げ、183鴎(かもめ)の群(むれ)は嬉々(きき)として東西(とうざい)南北(なんぼく)に浪(なみ)の上(うへ)を翺翔(こうしよう)して居(ゐ)る。184漁夫(ぎよふ)の群(むれ)と見(み)えて四五(しご)の小(ちひ)さき帆掛船(ほかけぶね)は遥(はるか)の彼方(かなた)に見(み)えつ隠(かく)れつ太陽(たいやう)に照(てら)されて浮(う)いて居(ゐ)る。
185 玉能姫(たまのひめ)は東天(とうてん)に向(むか)ひ祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)する折(をり)しも、186傍(かたはら)より呻吟(うめき)の声(こゑ)が聞(きこ)えて来(く)る。187怪(あや)しみながらよくよく見(み)れば、188波(なみ)に打(う)ち上(あ)げられた五(ご)人(にん)の体(からだ)、189人事(じんじ)不省(ふせい)の態(てい)にて『ウンウン』と唸(うな)り声(ごゑ)のみ僅(わづか)に発(はつ)して居(ゐ)る。190近(ちか)より見(み)れば、191高姫(たかひめ)一行(いつかう)であるに打驚(うちおどろ)き、192色々(いろいろ)と介抱(かいほう)をなし鎮魂(ちんこん)を修(しう)し、193魂寄(たまよ)せの神言(かみごと)を唱(とな)へ漸(やうや)う五(ご)人(にん)を蘇生(そせい)せしめた。194玉能姫(たまのひめ)は高姫(たかひめ)の背(せ)を擦(さす)り乍(なが)ら、
195玉能姫(たまのひめ)『確(しつか)りなさいませ。196気(き)が付(つ)きましたか』
197と優(やさ)しき声(こゑ)にて労(いた)はる。198高姫(たかひめ)は初(はじ)めて気(き)がつきたるが如(ごと)く、
199高姫(たかひめ)『アヽ何(いづ)れの方(かた)か存(ぞん)じませぬが、200危(あやふ)い所(ところ)をお助(たす)け下(くだ)さいまして有難(ありがた)う御座(ござ)います。201是(これ)と云(い)ふのも全(まつた)く日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)が、202貴女(あなた)にお憑(うつ)り遊(あそ)ばして助(たす)けて下(くだ)さつたのに違(ちが)ひありませぬ。203アヽ外(ほか)の者(もの)は何(ど)うなつたか』
204玉能姫(たまのひめ)『高姫(たかひめ)様(さま)、205御(ご)心配(しんぱい)なされますな、206皆(みな)妾(わたし)が御(ご)介抱(かいはう)申(まを)し上(あ)げ、207漸(やうや)う気(き)がつきました。208大変(たいへん)なお疲(つか)れと見(み)えて横(よこ)になつて此処(ここ)に居(を)られます』
209高姫(たかひめ)『妾(わたし)の名(な)を知(し)つて居(を)る方(かた)は何(いづ)れの御(お)人(ひと)だ』
210とよくよく見(み)れば玉能姫(たまのひめ)である。
211高姫(たかひめ)『ヤアお前(まへ)は玉能姫(たまのひめ)かいナア、212ようまア来(こ)られました。213夜前(やぜん)の荒浪(あらなみ)に唯(ただ)一人(ひとり)船(ふね)を操(あやつ)つて、214この大海原(おほうなばら)を渡(わた)るなどとは偉(えら)い度胸(どきよう)の女(をんな)だ。215さうしてお前(まへ)は妾(わたし)を助(たす)けて、216高姫(たかひめ)の頭(あたま)を押(おさ)へる積(つも)りだらうが、217さうはいけませぬぞえ』
218玉能姫(たまのひめ)『イエイエ滅相(めつさう)な事(こと)、219どうして左様(さやう)な野心(やしん)を持(も)ちませう。220どこ迄(まで)いても玉能姫(たまのひめ)は玉能姫(たまのひめ)、221高姫(たかひめ)は高姫(たかひめ)で御座(ござ)いますもの』
222高姫(たかひめ)『何(なん)と仰有(おつしや)る。223玉能姫(たまのひめ)は玉能姫(たまのひめ)と云(い)うたぢやないか。224要(えう)するにお前(まへ)はお前(まへ)、225私(わし)は私(わし)と云(い)ふ傲慢(がうまん)不遜(ふそん)なお前(まへ)の了見(りやうけん)、226弱味(よわみ)に付(つ)け込(こ)んで同等(どうとう)の権利(けんり)を握(にぎ)つたやうな其(その)口吻(くちぶり)、227どうしても日(ひ)の出神(でのかみ)は腑(ふ)に落(お)ちませぬ。228お前(まへ)に助(たす)けて貰(もら)うたと思(おも)へば結構(けつこう)なやうなものの、229余(あま)り嬉(うれ)しうも無(な)いやうな気(き)が致(いた)しますワイ。230オヽさうぢやさうぢや、231日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)が玉能姫(たまのひめ)の肉体(にくたい)を臨時(りんじ)道具(だうぐ)にお使(つか)ひなさつたのだ。232……アヽ日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)、233よう助(たす)けて下(くだ)さいました。234玉能姫(たまのひめ)の如(ごと)き曇(くも)り切(き)つた身魂(みたま)にお憑(かか)り遊(あそ)ばすのは、235並大抵(なみたいてい)の事(こと)では御座(ござ)いますまい。236御(ご)苦労(くらう)様(さま)お察(さつ)し申(まを)します。237……コレコレ玉能姫(たまのひめ)、238唯今(ただいま)限(かぎ)り日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)はこの生宮(いきみや)へ憑(うつ)り替(か)へ遊(あそ)ばしたから、239決(けつ)して決(けつ)して此(この)後(ご)は私(わたし)の真似(まね)をして日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)だなんて、240そんな野心(やしん)を起(おこ)してはなりませぬぞ。241チツト嗜(たしな)みなされ』
242玉能姫(たまのひめ)『何(なに)は兎(と)もあれ、243日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)のお蔭(かげ)で大切(たいせつ)な生命(いのち)をお助(たす)かり遊(あそ)ばして、244お目出度(めでた)う御座(ござ)います』
245高姫(たかひめ)『そりや貴女(あなた)、246嘘(うそ)でせう。247死(し)ねば良(よ)いのに何時(いつ)迄(まで)もガシヤ婆(ばば)が頑張(ぐわんば)つて夫婦(ふうふ)の仲(なか)を邪魔(じやま)を致(いた)す奴(やつ)、248お目出度(めでた)いと云(い)ふのは口先(くちさき)許(ばか)り、249真実(ほんと)の心(こころ)の底(そこ)は大(おほ)きにお目出度(めでた)うありますまい、250オホヽヽヽ』
251玉能姫(たまのひめ)『それは何(なん)と云(い)ふ事(こと)を仰有(おつしや)います。252暴言(ばうげん)にも程(ほど)があるぢやありませぬか』
253高姫(たかひめ)『定(きま)つた事(こと)よ。254言依別(ことよりわけ)の教主(けうしゆ)や杢助(もくすけ)等(ら)と腹(はら)を合(あは)せ、255此(この)生宮(いきみや)に蛸(たこ)の揚壺(あげつぼ)を喰(く)はせ、256面目玉(めんぼくだま)を潰(つぶ)させ、257高姫(たかひめ)を進退(しんたい)維(こ)れ谷(きは)まる窮地(きゆうち)に陥(おとしい)れたお前(まへ)、258どこに私(わたし)が助(たす)かつたのが目出度(めでた)いと云(い)ふ道理(だうり)が御座(ござ)んすかいな。259阿諛(あゆ)諂佞(てんねい)、260巧言(こうげん)令色(れいしよく)至(いた)らざる無(な)き貴女(あなた)方(がた)には、261高姫(たかひめ)も心(こころ)の底(そこ)よりイヤもう感心(かんしん)仕(つかまつ)りました。262それだけの悪智慧(わるぢゑ)が廻(まは)らねば大(だい)それたあんな大望(たいもう)は出来(でき)ますまい』
263玉能姫(たまのひめ)『妾(わたし)が此処(ここ)へ来(こ)なかつたら、264貴女(あなた)は既(すで)に生命(いのち)の無(な)い処(ところ)ぢやありませぬか。265生命(いのち)を助(たす)けられ乍(なが)ら、266余(あま)りと云(い)へば余(あま)りのお愛想(あいそ)尽(づ)かし、267妾(わたし)も実(じつ)に感心(かんしん)致(いた)しました』
268高姫(たかひめ)『それはお前(まへ)何(なん)と云(い)ふ口(くち)びらたい事(こと)を云(い)ふのかい。269天道(てんだう)は人(ひと)を殺(ころ)さずと云(い)つて、270日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)の生宮(いきみや)、271どんな事(こと)があつても神(かみ)様(さま)が救(すく)ひ上(あ)げてお助(たす)けなさるのは必定(ひつぢやう)だ。272万々一(まんまんいち)此(この)高姫(たかひめ)が溺(おぼ)れて死(し)ぬ様(やう)な事(こと)があつたら、273それこそ三千(さんぜん)年(ねん)の変性(へんじやう)男子(なんし)のお仕組(しぐみ)が薩張(さつぱり)水(みづ)の泡(あわ)になつて仕舞(しま)ふぢやないか。274此(この)世(よ)の中(なか)を三角(さんかく)にしようと四角(しかく)にしようと餅(もち)にしようと団子(だんご)にしようと、275自由(じいう)自在(じざい)に遊(あそ)ばす大国治立(おほくにはるたちの)大神(おほかみ)様(さま)は、276そんな不利益(ふりえき)な事(こと)を遊(あそ)ばす筈(はず)がない。277仮令(たとへ)お前(まへ)が来(こ)なくてもあれ御覧(ごらん)なさい。278沢山(たくさん)の漁船(れふせん)が浪(なみ)の上(うへ)を往来(わうらい)して居(を)るぢやないか。279世界(せかい)に鬼(おに)は無(な)いと云(い)ふ。280見(み)ず知(し)らずの赤(あか)の他人(たにん)でも人(ひと)が困(こま)つて居(を)れば助(たす)けたうなるものぢや。281人(ひと)を助(たす)けた時(とき)の愉快(ゆくわい)さと云(い)うたら譬方(たとへかた)の無(な)いものだ。282お前(まへ)さまは赤(あか)の他人(たにん)とは云(い)ひ乍(なが)ら矢張(やつぱ)り曲(まが)りなりにも同(おな)じ神(かみ)様(さま)のお道(みち)の懐(ふところ)にくつついて居(ゐ)る虱(しらみ)のやうなものだ。283虱(しらみ)の分際(ぶんざい)として、284霊界(れいかい)物語(ものがたり)第五(だいご)巻(くわん)の総説(そうせつ)ぢやないが、285広大(くわうだい)無辺(むへん)の大御心(おほみこころ)が分(わか)つて耐(たま)りますかい。286暫(しば)しの間(あひだ)でも私(わたし)を助(たす)けてやつたと夢見(ゆめみ)たときの愉快(ゆくわい)さは、287何(なん)とも云(い)はれぬ感(かん)がしただらう。288仮令(たとへ)刹那(せつな)の愉快(ゆくわい)でも此(この)高姫(たかひめ)があつたらこそ、289そんな結構(けつこう)な目(め)に遇(あ)うたのだ。290サアサア早(はや)く日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)に感謝(かんしや)なさいませ。291アヽ神(かみ)様(さま)はお恵(めぐみ)が深(ふか)いから、292こんな玉隠(たまかく)しの身魂(みたま)にさへも喜(よろこ)びを与(あた)へて下(くだ)さるか。293思(おも)へば尊(たふと)い御(ご)神力(しんりき)の強(つよ)い日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)。294杢助(もくすけ)や玉能姫(たまのひめ)に守護(しゆご)して居(を)る神(かみ)様(さま)は、295此(この)高姫(たかひめ)に対(たい)し一度(いちど)も束(つか)の間(ま)も嬉(うれ)しいと云(い)ふ感(かん)を与(あた)へて呉(く)れた事(こと)はない。296その筈(はず)だ、297何(なに)を云(い)うても素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)の悪(あく)の一番(いちばん)醜(ひど)い時(とき)の分霊(わけみたま)が守護(しゆご)して居(ゐ)るのだから、298注文(ちうもん)するのが此方(こつち)の不調法(ぶてうはふ)だ、299オホヽヽヽ』
300とそろそろ元気(げんき)づいて来(く)るに従(したが)ひ、301再(ふたた)び意地(いぢ)くねの悪(わる)い事(こと)を捏(こ)ね出(だ)したり。
302玉能姫(たまのひめ)『貴女(あなた)、303船(ふね)はどうなりました』
304高姫(たかひめ)『オホヽヽヽ、305船(ふね)が残(のこ)る位(くらゐ)なら誰人(たれ)が海(うみ)へはまるものか。306お前(まへ)も思(おも)ひの外(ほか)智慧(ちゑ)の足(た)らぬ事(こと)を云(い)ひなさるな。307あの船(ふね)にはエラさうに玉能丸(たまのまる)と印(しるし)が入(い)れてあつたが、308決(けつ)してお前(まへ)の船(ふね)ぢやありますまい。309三五教(あななひけう)の神(かみ)様(さま)の御(ご)用船(ようせん)だ。310それを僣越(せんゑつ)至極(しごく)にも自分(じぶん)の船(ふね)のやうに思(おも)ひ、311玉能丸(たまのまる)なんて記(しる)した所(ところ)を見(み)れば、312心(こころ)の中(うち)には既(すで)に既(すで)に船(ふね)一艘(いつそう)窃盗(どろぼう)して居(を)つたのだ。313お前(まへ)併(しか)し乍(なが)らこれも神(かみ)様(さま)の深(ふか)いお仕組(しぐみ)かも知(し)れませぬ。314玉能姫(たまのひめ)の名(な)のついた船(ふね)が暗礁(あんせう)に衝突(ぶつつ)かつて木(こ)つ端(ぱ)微塵(みじん)になつたと思(おも)へばオホヽヽヽ、315心地(ここち)よい事(こと)だ。316この船(ふね)がお前(まへ)の前途(ぜんと)の箴(しん)をなして居(を)るのだ。317余(あま)り慢心(まんしん)をして我(が)を張(は)り通(とほ)すと又(また)此(この)船(ふね)のやうに暗礁(あんせう)に乗(の)り上(あ)げ、318破滅(はめつ)の厄(やく)に遇(あ)はねばなりますまい。319大慈(だいじ)大悲(だいひ)の日(ひ)の出神(でのかみ)が気(き)をつけて置(お)くから云(い)ふ中(うち)に改心(かいしん)をなさらぬと、320トコトンのどん詰(づま)りになつて地団駄(ぢだんだ)踏(ふ)んでも後(あと)の祭(まつり)、321誰(たれ)も構(かま)うては呉(く)れませぬぞエ。322……コレコレ貫州(くわんしう)、323皆々(みなみな)好(よ)い加減(かげん)に起(お)きて来(こ)ぬかいな、324男(をとこ)の癖(くせ)に何(なに)を弱(よわ)つて居(を)るのだ』
325貫州(くわんしう)『いやモウ余(あま)り感心(かんしん)致(いた)しまして立(た)つ事(こと)が出来(でき)ませぬワ。326ナア鶴公(つるこう)、327お前(まへ)も感心(かんしん)しただらう』
328鶴公(つるこう)『さうともさうとも、329四(よ)人(にん)共(とも)揃(そろ)つて感心(かんしん)した。330生命(いのち)を助(たす)けて貰(もら)うて置(お)きながら、331竹篦返(しつぺいがへ)しの能弁(のうべん)には俺(おれ)達(たち)も開(あ)いた口(くち)が塞(ふさ)がらぬワイ。332ナア玉能姫(たまのひめ)様(さま)、333貴女(あなた)の御(ご)精神(せいしん)には心(こころ)から感心(かんしん)致(いた)しました。334ようマア生命(いのち)を助(たす)けて下(くだ)さいました。335お腹(はら)が立(た)ちませうが狂人(きちがひ)の云(い)ふ事(こと)だと思(おも)つて何卒(どうぞ)勘弁(かんべん)してやつて下(くだ)さいませ。336海(うみ)の向(むか)ふに須磨(すま)の精神(せいしん)病院(びやうゐん)が御座(ござ)いますから、337其処(そこ)へお頼(たの)み申(まを)して監禁(かんきん)して貰(もら)ひますから、338どうぞそれ迄(まで)御(ご)辛抱(しんばう)を願(ねが)ひます。339生命(いのち)の親(おや)の玉能姫(たまのひめ)様(さま)、340アヽ惟神(かむながら)々々(かむながら)』
341高姫(たかひめ)『コラコラ鶴(つる)、342貫(くわん)、343何(なに)を云(い)ふのだ。344生神(いきがみ)様(さま)に対(たい)して狂人(きちがひ)とは何(なん)と云(い)ふ不心得(ふこころえ)の事(こと)を云(い)ふのだ。345そんな事(こと)を申(まを)すと今日(けふ)限(かぎ)り師匠(ししやう)でもないぞ、346弟子(でし)でもない。347破門(はもん)するからさう思(おも)へ』
348鶴公(つるこう)『捨(す)てる神(かみ)もあれば拾(ひろ)ふ神(かみ)もある。349世(よ)の中(なか)はようしたものだ。350私(わたくし)は唯今(ただいま)限(かぎ)りお前(まへ)さまに愛憎(あいそ)が尽(つ)きたから、351玉能姫(たまのひめ)様(さま)のお弟子(でし)にして頂(いただ)きます。352否々(いやいや)生命(いのち)の親様(おやさま)、353孝行(かうかう)な子(こ)となりて尽(つく)します。354高姫(たかひめ)さま、355長(なが)らく御(ご)心配(しんぱい)をかけさして下(くだ)さいました。356私(わたくし)も是(これ)で四十二(しじふに)の厄祓(やくばら)ひ、357家内中(かないぢう)綺麗(きれい)薩張(さつぱり)煤払(すすはら)ひをしたやうな気分(きぶん)になりました』
358 高姫(たかひめ)は面(かほ)を膨(ふく)らし目(め)を剥(む)いて睨(にら)み付(つ)けて居(ゐ)る。
359玉能姫(たまのひめ)『四(よ)人(にん)のお方(かた)、360貴方(あなた)方(がた)は何処迄(どこまで)も高姫(たかひめ)様(さま)の御(ご)教養(けうやう)をお受(うけ)下(くだ)さいませ。361妾(わたし)は他人(ひと)様(さま)の弟子(でし)を横取(よこど)りしたと云(い)はれましては迷惑(めいわく)で御座(ござ)います。362断(だん)じて弟子(でし)でもなければ親子(おやこ)でもないと思(おも)うて下(くだ)さい』
363鶴公(つるこう)『そりや貴女(あなた)御(ご)無理(むり)です。364何(なん)と仰有(おつしや)つても私(わたくし)の心(こころ)が高姫(たかひめ)様(さま)を離(はな)れて、365貴女(あなた)に密着(みつちやく)して仕舞(しま)つたのだから、366何彼(なにか)の因縁(いんねん)と諦(あきら)めて下(くだ)さいませ。367お許(ゆる)しなくば貴女(あなた)に助(たす)けて貰(もら)うた此(この)生命(いのち)、368綺麗(きれい)薩張(さつぱ)り身(み)を投(な)げてお返(かへ)し致(いた)しますから』
369玉能姫(たまのひめ)『貴方(あなた)方(がた)のお心(こころ)はよく承知(しようち)致(いた)しました。370併(しか)し妾(わたし)を助(たす)けると思(おも)うて断念(だんねん)して下(くだ)さい。371それよりも一(いち)時(じ)も早(はや)く妾(わたし)の船(ふね)に高姫(たかひめ)様(さま)をお乗(の)せ申(まを)して帰(かへ)りませう』
372一同(いちどう)『ハイさう致(いた)しませう』
373と言葉(ことば)を揃(そろ)へて頷(うなづ)く。
374高姫(たかひめ)『お前(まへ)等(ら)は御(ご)勝手(かつて)に乗(の)つて帰(かへ)りなさい。375私(わたし)は玉能姫(たまのひめ)に助(たす)けられる因縁(いんねん)が無(な)いのだから。376あの通(とほ)り沢山(たくさん)の船(ふね)、377此処(ここ)に待(ま)つて居(を)れば何処(どこ)かの船(ふね)が来(こ)う。378それに沢山(たくさん)の賃銀(ちんぎん)を与(あた)へれば何処(どこ)へでも乗(の)せて往(い)つて呉(く)れるから、379お節(せつ)惚(のろ)けのお前(まへ)達(たち)はどうでも勝手(かつて)にするがよいワイのう。380私(わたし)は一(ひと)つの目的(もくてき)を達(たつ)する迄(まで)帰(かへ)らないから、381お前(まへ)達(たち)は玉能姫(たまのひめ)と一緒(いつしよ)に帰(かへ)りなさい』
382鶴公(つるこう)『アヽ、383こんな目(め)に遇(あ)うても貴女(あなた)は矢張(やつぱ)り執着心(しふちやくしん)が退(の)かぬと見(み)えますな。384家島(えじま)とか神島(かみしま)とかへ行(い)つて宝(たから)を呑(の)んで来(く)る積(つも)りでせう』
385と聞(き)くより高姫(たかひめ)は癇声(かんごゑ)を張(は)り上(あ)げ、
386高姫(たかひめ)『構(かま)ふな、387お前(まへ)達(たち)の知(し)つた事(こと)かい』
388と呶鳴(どな)りつけた。
389 此(この)時(とき)一艘(いつそう)の漁船(れふせん)矢(や)を射(い)る如(ごと)くに此(この)場(ば)に寄(よ)り来(きた)り、
390船頭(せんどう)『夜前(やぜん)は大変(たいへん)な暴風雨(ばうふうう)だつたが、391茲(ここ)に一艘(いつそう)の船(ふね)が毀(こは)れたと見(み)えて板片(いたぎれ)が残(のこ)つて居(を)る。392大方(おほかた)お前(まへ)等(ら)は難船(なんせん)したのだらう。393サア私(わたし)の船(ふね)に乗(の)つて向(むか)ふへ帰(かへ)らつしやい、394賃銀(ちんぎん)は幾何(いくら)でもよいから』
395高姫(たかひめ)『アヽ流石(さすが)は神(かみ)様(さま)だ。396お前(まへ)は偉(えら)いものだ。397サア私(わたし)を乗(の)せて下(くだ)さい。398賃銀(ちんぎん)は幾何(いくら)でも上(あ)げるから』
399船頭(せんどう)『見(み)れば此処(ここ)に船(ふね)が一艘(いつそう)着(つ)いて居(を)るが、400是(これ)は誰(たれ)の船(ふね)だな』
401高姫(たかひめ)『あれかいな、402あれは此処(ここ)に居(を)る連中(れんちう)の船(ふね)だ。403最前(さいぜん)から乗(の)せて呉(く)れと云(い)つて頼(たの)んで居(を)るのに、404根(ね)つから乗(の)せてやらうと云(い)はぬのだ。405エグイ奴(やつ)があればあるもの。406……よう来(き)て下(くだ)さつた。407サア乗(の)せて貰(もら)はう』
408船頭(せんどう)『サアサア乗(の)つて下(くだ)さい。409コレコレお前(まへ)さま達(たち)、410なぜこの婆(ばば)アを乗(の)せてやらぬのだ。411腹(はら)の悪(わる)い男(をとこ)だなア』
412鶴公(つるこう)『船頭(せんどう)さま、413この婆(ばば)アは一寸(ちよつと)気(き)が違(ちが)うて居(を)るから何(なに)云(い)ふか分(わか)りませぬ。414最前(さいぜん)からこの船(ふね)に乗(の)りなさいと云(い)ふのに、415自分(じぶん)から乗(の)らないと頑張(ぐわんば)つて、416駄々(だだ)をこね、417あんな事(こと)を云(い)ふのだから仕方(しかた)が無(な)い。418お前(まへ)さま、419要心(ようじん)して須磨(すま)の精神(せいしん)病院(びやうゐん)へでも送(おく)つてやつて下(くだ)さい。420途中(とちう)海(うみ)へでも飛(と)び込(こ)むと大変(たいへん)だから、421綱(つな)かなんかで、422がんじ搦(がら)めに縛(くく)つて船(ふね)の中(なか)の荷物(にもつ)で押(おさ)へて置(お)かぬと耐(たま)りませぬぜ』
423高姫(たかひめ)『こりや鶴(つる)、424恩(おん)知(し)らず奴(め)、425何(なん)と云(い)ふ事(こと)を云(い)ふのだ』
426と睨(ね)め付(つ)け、
427高姫(たかひめ)『サア船頭(せんどう)さま、428早(はや)くやつて下(くだ)さい。429サア早(はや)く早(はや)く早(はや)く』
430船頭(せんどう)『ハイ、431左様(さやう)なら何処(どこ)へでもお供(とも)致(いた)しませう』
432と、433艪(ろ)を取(と)り、434西(にし)に向(むか)つて漕(こ)いで行(ゆ)く。
435 玉能姫(たまのひめ)は四(よ)人(にん)の男(をとこ)を吾(わが)船(ふね)に乗(の)せ、436自(みづか)ら艪(ろ)を操(あやつ)りながら高姫(たかひめ)の船(ふね)を目蒐(めが)けて追(お)うて往(ゆ)く。
437(大正一一・六・一二 旧五・一七 加藤明子録)
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