霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第九章 高姫(たかひめ)騒(さわぎ)〔七二一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第23巻 如意宝珠 戌の巻 篇:第3篇 有耶無耶 よみ(新仮名遣い):うやむや
章:第9章 高姫騒 よみ(新仮名遣い):たかひめさわぎ 通し章番号:721
口述日:1922(大正11)年06月11日(旧05月16日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年4月19日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
若彦の館の門を潜って一人の女が入ってきた。門番がとがめると、女は門番をたしなめて足早に奥に入って行った。女は玄関番の久助と言い争い、そこへ若彦が現れて女を見ると、はっとして奥へ通した。
女は若彦の妻・玉能姫であった。玉能姫は、高姫が若彦に対して陰謀を企んでいる危急を知らせに来たのであった。玉能姫は、高姫またはその使いが食べ物を持って来たなら、決して口にしてはならない、と告げた。
若彦は承知して、玉能姫に礼を言う。そこへ玄関に騒々しい争いの声が聞こえてきた。高姫がやってきて、玉能姫がここへ来ただろうと怒鳴っている。
高姫は奥へ勝手に入ってきて、若彦と玉能姫が会談している部屋に現れた。そして憎まれ口を叩いている。高姫は二人を脅したりすかしたりして、玉の隠し場所を白状させようとする。
若彦は怒り、玉能姫は去ろうとするが、高姫は食ってかかって怒鳴りたてる。そこへ常楠夫婦、木山彦夫婦、秋彦、駒彦、虻公、蜂公がやってきて、奥の争い声を聞いてやってきた。
一行は若彦の前に平伏する。高姫は皆が陰謀を企てにやってきたのだろう、と非難を始めるが、駒彦、秋彦は何のことやらわからずに途方に暮れている。久助が一行を大広間に案内しようとすると、高姫はまたもや言いがかりをつけて一行の行く手を阻む。
秋彦と駒彦は、自分たちは教主・言依別命に絶対服従しており、若彦を玉能姫を崇敬していると言って高姫を無視して通ろうとした。
高姫は怒って秋彦と駒彦のえりを掴んで引き倒した。それを見た常楠は怒って、大力に任せて高姫の襟首を掴み、館の外へと放り出した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-06-29 17:24:57 文字数:6441 OBC :rm2309
愛善世界社版:141頁 八幡書店版:第4輯 545頁 修補版: 校定版:143頁 普及版:65頁 初版: ページ備考:
001 若彦(わかひこ)の門(もん)を潜(くぐ)つて入(い)り来(きた)る一人(ひとり)の美人(びじん)があつた。002門番(もんばん)の秋公(あきこう)、003七五三(しめ)公(こう)の両人(りやうにん)は此(この)姿(すがた)を見(み)て、
004秋公(あきこう)『モシモシ、005何処(どこ)のお女中(ぢよちう)か知(し)りませぬが、006何(なん)の御用(ごよう)で御座(ござ)るか、007門番(もんばん)の私(わたくし)に一応(いちおう)御用(ごよう)の趣(おもむき)を聞(き)かして下(くだ)さいませ』
008女(をんな)『少(すこ)しく様子(やうす)あつて……兎(と)も角(かく)主人(しゆじん)に会(あ)ひ度(た)う御座(ござ)いますから』
009七五三(しめ)公(こう)『名(な)も分(わか)らぬ女(をんな)を通(とほ)す事(こと)は罷(まか)り成(な)りませぬ』
010女(をんな)『お前(まへ)は此処(ここ)の門番(もんばん)ではないか、011妾(わたし)が如何(いか)なる者(もの)か分(わか)らぬ様(やう)な事(こと)で、012門番(もんばん)が勤(つと)まりますか』
013とたしなめ乍(なが)ら、014足早(あしばや)に奥(おく)深(ふか)く進(すす)み入(い)つた。
015七五三(しめ)公(こう)『アヽ薩張(さつぱり)駄目(だめ)だ、016女(をんな)と言(い)ふ奴(やつ)は押(お)し尻(けつ)の強(つよ)いものだ。017然(しか)し彼奴(あいつ)は何処(どこ)ともなしに気品(きひん)の高(たか)い女(をんな)であつたが一体(いつたい)何(なに)だらうかなア』
018秋公(あきこう)『ひよつとしたら大将(たいしやう)のレコかも知(し)れぬぞ』
019と小指(こゆび)を出(だ)して見(み)せる。
020七五三(しめ)公(こう)『当家(うち)の大将(たいしやう)に限(かぎ)つてそんな者(もの)があつて堪(たま)らうかい。021玉能姫(たまのひめ)様(さま)と言(い)ふ立派(りつぱ)な奥様(おくさま)があるのだが、022今(いま)は再度山(ふたたびさん)の麓(ふもと)の生田(いくた)の森(もり)に、023三五教(あななひけう)の館(やかた)を建(た)てて熱心(ねつしん)に活動(くわつどう)して居(を)られると言(い)ふ事(こと)だ。024御(ご)夫婦(ふうふ)は遥々(はるばる)国(くに)を隔(へだ)てて忠実(ちうじつ)に御(ご)神業(しんげふ)を為(な)さると言(い)つて、025大変(たいへん)な評判(へうばん)だから、026そんな事(こと)があつて堪(たま)るものか』
027秋公(あきこう)『さうだと言(い)つて思案(しあん)の外(ほか)と言(い)ふ事(こと)がある。028ひよつとしたら玉能姫(たまのひめ)さまが御(お)入来(いで)になつたのぢやあるまいかな』
029七五三(しめ)公(こう)『馬鹿(ばか)を言(い)へ、030玉能姫(たまのひめ)様(さま)がどうして一人(ひとり)お入来(いで)になるものか。031少(すく)なくとも一人(ひとり)や二人(ふたり)のお供(とも)は、032屹度(きつと)従(つ)いて居(を)らねばならぬ筈(はず)だ』
033秋彦(あきひこ)『そこが……微行(しのび)と言(い)ふ事(こと)がある。034きつと大将(たいしやう)が恋(こひ)しくなつて、035御(ご)微行(びかう)と出掛(でか)けられたのだらう』
036と門番(もんばん)は美人(びじん)の噂(うはさ)に有頂天(うちやうてん)になつて居(ゐ)る。
037 美人(びじん)は奥(おく)深(ふか)く進(すす)み入(い)り玄関先(げんくわんさき)に立(た)ち、038小声(こごゑ)になつて、
039女(をんな)『若彦(わかひこ)様(さま)は御(ご)在宅(ざいたく)で御座(ござ)いますか』
040と訪(おとな)うた。041玄関番(げんくわんばん)の久助(きうすけ)は此(この)声(こゑ)に走(はし)り出(い)で、
042久助(きうすけ)『ハイ、043若彦(わかひこ)の御(ご)主人(しゆじん)は今(いま)奥(おく)に居(ゐ)られます。044誰方(どなた)で御座(ござ)いますか、045御(お)名(な)を聞(き)かして下(くだ)さいませ』
046女(をんな)『少(すこ)しく名(な)は申(まを)し上(あ)げられぬ仔細(しさい)が御座(ござ)います。047お会(あ)ひ申(まを)しさへすれば分(わか)りますから、048何卒(どうぞ)「女(をんな)が一人(ひとり)お訪(たづ)ねに参(まゐ)つた」と伝(つた)へて下(くだ)さいませ』
049久助(きうすけ)『私(わたし)は姓名(せいめい)を承(うけたま)はらずにお取次(とりつぎ)を致(いた)しますると、050大変(たいへん)に叱(しか)られますから、051何卒(どうぞ)名(な)を言(い)つて下(くだ)さい、052さうでなければお取次(とりつぎ)は絶対(ぜつたい)に出来(でき)ませぬ』
053女(をんな)『左様(さやう)なれば妾(わたし)から進(すす)んでお目(め)に掛(かか)るべく通(とほ)りませう』
054久助(きうすけ)『是(これ)は怪(け)しからぬ事(こと)を仰有(おつしや)る。055此処(ここ)は私(わたし)の関所(せきしよ)、056さう無暗(むやみ)に通(とほ)る事(こと)は罷(まか)りなりませぬ』
057女(をんな)『左様(さやう)なれば取次(とりつ)いで下(くだ)さいませ』
058久助(きうすけ)『見(み)れば貴女(あなた)は相当(さうたう)の人格者(じんかくしや)と見(み)えるが、059私(わたし)の言(い)ふ事(こと)が分(わか)りませぬか。060玄関番(げんくわんばん)は玄関番(げんくわんばん)としての職責(しよくせき)を守(まも)らねばなりませぬから、061何程(なにほど)通(とほ)して上(あ)げ度(た)くとも、062姓名(せいめい)の分(わか)らない方(かた)は化物(ばけもの)だか何(なん)だか知(し)れませぬ。063気(き)の毒(どく)乍(なが)ら何卒(どうぞ)お帰(かへ)り下(くだ)さいませ』
064 美人(びじん)は稍(やや)声(こゑ)を高(たか)め、
065女(をんな)『コレ久助(きうすけ)、066お前(まへ)はまだ聖地(せいち)に上(のぼ)つた事(こと)もなく、067生田(いくた)の森(もり)へ来(き)た事(こと)も無(な)いので分(わか)らぬのも無理(むり)はないが、068名(な)を名告(なの)らずとも玄関番(げんくわんばん)をして居(ゐ)る位(くらゐ)なら、069大抵(たいてい)分(わか)りさうなものだ。070何(なん)と言(い)つても妾(わたし)は通(とほ)るのだから邪魔(じやま)をして下(くだ)さるな』
071と何処(どこ)やらに強味(つよみ)のある言(い)ひ振(ぶ)り。
072 久助(きうすけ)は首(くび)を傾(かたむ)け、
073久助(きうすけ)『ハテナ、074貴女(あなた)は奥様(おくさま)では御座(ござ)いませぬか。075ア、076いやいや奥様(おくさま)ではあるまい。077尊(たふと)き玉能姫(たまのひめ)様(さま)は結構(けつこう)な御(ご)神業(しんげふ)を遊(あそ)ばして、078今(いま)では女房(にようばう)とは言(い)ひ乍(なが)ら、079格式(かくしき)がズツと上(うへ)になられ、080当家(たうけ)の御(ご)主人(しゆじん)様(さま)も容易(ようい)にお側(そば)へ寄(よ)れないと言(い)ふ事(こと)だ。081そんな立派(りつぱ)な方(かた)が供(とも)を連(つ)れずに、082軽々(かるがる)しく一人(ひとり)御(お)入来(いで)遊(あそ)ばす道理(だうり)がない。083アヽ此奴(こいつ)は、084てつきり魔性(ましやう)のものだ。085……こりやこりや女(をんな)、086絶対(ぜつたい)に通(とほ)る事(こと)は罷(まか)りならぬぞ』
087と大声(おほごゑ)に呶鳴(どな)りつけてゐる。088若彦(わかひこ)は久助(きうすけ)の大声(おほごゑ)に何事(なにごと)の起(おこ)りしかと、089座(ざ)を起(た)つて此(この)場(ば)に現(あら)はれ来(きた)り、090美人(びじん)の姿(すがた)を見(み)て打(う)ち驚(おどろ)き、
091若彦『ア、092お前(まへ)は玉(たま)……』
093と言(い)ひかけて俄(にはか)に口(くち)をつぐみ、094居(ゐ)直(なほ)つて、
095若彦『何(いづ)れの女中(ぢよちう)か存(ぞん)じませぬが、096何卒(どうぞ)奥(おく)へお通(とほ)り下(くだ)さいませ』
097女(をんな)『ハイ、098有(あ)り難(がた)う御座(ござ)います。099御(ご)神務(しんむ)御(ご)多忙(たばう)の中(なか)を御(お)邪魔(じやま)に上(あが)りまして、100誠(まこと)に御(ご)迷惑(めいわく)様(さま)で御座(ござ)いませう。101左様(さやう)なればお言葉(ことば)に従(したが)ひ、102奥(おく)に通(とほ)して頂(いただ)きませう』
103若彦(わかひこ)『サア私(わたし)に従(つ)いて御(お)入来(いで)なさいませ。104コレ久助(きうすけ)、105お前(まへ)は此処(ここ)にしつかりと玄関番(げんくわんばん)をして居(を)るのだよ、106一足(ひとあし)も奥(おく)へ来(き)てはいけないから』
107と言(い)ひ捨(す)てて両人(りやうにん)は奥(おく)の間(ま)に姿(すがた)を隠(かく)した。108後(あと)見送(みおく)つた久助(きうすけ)は首(くび)を稍(やや)左方(さはう)に傾(かたむ)け舌(した)を斜(はすかい)に噛(か)み出(だ)し、109妙(めう)な目付(めつき)をして合点(がてん)の往(ゆ)かぬ面持(おももち)にて天井(てんじやう)を眺(なが)めて居(ゐ)る。110若彦(わかひこ)は奥(おく)の間(ま)に女(をんな)と二人(ふたり)静(しづ)かに座(ざ)を占(し)め、
111若彦(わかひこ)『貴方(あなた)は玉能姫(たまのひめ)殿(どの)では御座(ござ)らぬか。112大切(たいせつ)な御(ご)神業(しんげふ)に奉仕(ほうし)しながら、113何故(なぜ)案内(あんない)も無(な)く一人(ひとり)で此処(ここ)へお入来(いで)になりましたか。114私(わたし)は神(かみ)様(さま)へ誓(ちか)つた以上(いじやう)、115貴女(あなた)と此(この)館(やかた)で面会(めんくわい)する事(こと)は思(おも)ひも寄(よ)りませぬ』
116玉能姫(たまのひめ)『お言葉(ことば)は御尤(ごもつと)もで御座(ござ)いますが、117之(これ)には深(ふか)い仔細(しさい)があつて参(まゐ)りました。118貴方(あなた)の御存(ごぞん)じの通(とほ)り、119言依別(ことよりわけ)様(さま)より大切(たいせつ)な神業(しんげふ)を命(めい)ぜられ、120次(つい)で生田(いくた)の森(もり)の館(やかた)の主人(あるじ)となりましたが、121それに就(つ)いて高姫(たかひめ)さまの部下(ぶか)に仕(つか)へて居(を)る人(ひと)達(たち)が、122「三個(さんこ)の神宝(しんぽう)は、123屹度(きつと)妾(わたし)と貴方(あなた)とが申(まを)し合(あは)せ当館(たうやかた)に隠(かく)してあるに相違(さうゐ)ないから、124若彦(わかひこ)の生命(いのち)をとつてでも、125其(その)神宝(しんぽう)の所在(ありか)を白状(はくじやう)させねばならぬ」と言(い)つて、126大変(たいへん)な陰謀(いんぼう)を企(くはだ)てて居(を)りますから、127妾(わたし)もそれを聞(き)いて心(こころ)落(お)ち着(つ)かず、128何(なん)にも御存(ごぞん)じの無(な)い貴方(あなた)に御(ご)迷惑(めいわく)を掛(か)けては、129妻(つま)たる妾(わたし)の責任(せきにん)が済(す)むまいと思(おも)つて、130長途(ちやうと)の旅(たび)を只(ただ)一人(ひとり)忍(しの)んで御(ご)報告(はうこく)に参(まゐ)りました』
131若彦(わかひこ)『左様(さやう)で御座(ござ)つたか。132それは御(ご)親切(しんせつ)に有難(ありがた)う御座(ござ)います。133然(しか)し乍(なが)ら何事(なにごと)も神(かみ)様(さま)に任(まか)した私(わたし)、134仮令(たとへ)高姫(たかひめ)が如何(いか)なる企(たく)みを以(もつ)て参(まゐ)りませうとも、135神(かみ)様(さま)のお力(ちから)に依(よ)つて切(き)り抜(ぬ)ける覚悟(かくご)で御座(ござ)います。136何卒(どうぞ)御(ご)安心(あんしん)の上(うへ)、137休息(きうそく)なされたら一時(ひととき)も早(はや)くお帰(かへ)り下(くだ)さいませ。138万一(まんいち)此(この)事(こと)が他(た)に洩(も)れましてはお互(たがひ)の迷惑(めいわく)「若彦(わかひこ)、139玉能姫(たまのひめ)は立派(りつぱ)な者(もの)だと思(おも)つて居(ゐ)たのに、140矢張(やつぱり)人目(ひとめ)を忍(しの)んで夫婦(ふうふ)が会合(くわいがふ)して居(を)る」と言(い)はれてはなりませぬから、141教主(けうしゆ)のお許(ゆる)しある迄(まで)は絶対(ぜつたい)にお目(め)に掛(かか)る事(こと)は出来(でき)ませぬ。142その代(かは)り私(わたし)も何処(どこ)までも独身(どくしん)で道(みち)を守(まも)つて居(を)りますから、143御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ』
144玉能姫(たまのひめ)『貴方(あなた)に限(かぎ)つて左様(さやう)な気遣(きづか)ひは要(い)りますものか。145互(たがひ)に心(こころ)の裡(うち)は信用(しんよう)し合(あ)つた仲(なか)ですから、146決(けつ)して決(けつ)して左様(さやう)なさもしい心(こころ)は起(おこ)しませぬ。147御(ご)承知(しようち)で御座(ござ)いませうが何(いづ)れ遠(とほ)からぬ中(うち)、148高姫(たかひめ)さまか、149又(また)は部下(ぶか)の方々(かたがた)が食物(たべもの)を以(もつ)て見(み)えませうから、150決(けつ)してお食(あが)りになつてはなりませぬ。151是(これ)だけは特(とく)にお願(ねが)ひ致(いた)して置(お)きます』
152若彦(わかひこ)『ハイ、153有(あ)り難(がた)う御座(ござ)います、154何(なに)から何(なに)まで御(ご)注意(ちうい)下(くだ)さいまして御(ご)親切(しんせつ)の段(だん)、155何時迄(いつまで)も忘却(ばうきやく)致(いた)しませぬ』
156 玉能姫(たまのひめ)は嬉(うれ)し気(げ)に若彦(わかひこ)の言葉(ことば)を聞(き)いて笑顔(ゑがほ)を作(つく)り、157嬉(うれ)し涙(なみだ)を滲(にじ)ませて居(ゐ)る。
158 斯(か)かる処(ところ)へ玄関(げんくわん)に当(あた)つて争(あらそ)ひの声(こゑ)おいおい高(たか)くなつて来(く)る。159二人(ふたり)は何事(なにごと)ならんと耳(みみ)を澄(す)ませ聞(き)き入(い)れば、160高姫(たかひめ)の癇声(かんごゑ)として、
161高姫『此処(ここ)へ玉能姫(たまのひめ)が来(き)たであらう』
162久助(きうすけ)の声(こゑ)『イヤイヤ決(けつ)して決(けつ)して女(をんな)らしい者(もの)は一人(ひとり)も来(き)ませぬ。163此(この)館(やかた)は御(ご)主人(しゆじん)の命令(めいれい)に依(よ)つて当分(たうぶん)の間(うち)、164女(をんな)は禁制(きんせい)で御座(ござ)る』
165高姫(たかひめ)の声(こゑ)『何(なん)と言(い)つて隠(かく)してもチヤンと門番(もんばん)に聞(き)いて来(き)たのだ。166女(をんな)が一人(ひとり)此処(ここ)へ這入(はい)つて来(き)た筈(はず)だ、167上(うへ)も下(した)も心(こころ)を合(あは)せ、168しやうも無(な)い女(をんな)を引(ひ)き摺(ず)り込(こ)み、169体主(たいしゆ)霊従(れいじう)のあり丈(た)けを尽(つく)し、170表面(うはべ)は誠(まこと)らしく見(み)せて居(を)る若彦(わかひこ)の企(たく)みであらう。171彼奴(あいつ)は青彦(あをひこ)と言(い)つて、172妾(わし)が育(そだ)ててやつた男(をとこ)だ。173エー、174通(とほ)すも通(とほ)さぬもあるか、175言(い)はば弟子(でし)の館(やかた)に師匠(ししやう)が来(き)たのだ。176邪魔(じやま)致(いた)すな』
177と呶鳴(どな)り立(た)て、178久助(きうすけ)の止(とど)むるを振(ふ)り払(はら)ひ、179三四(さんよ)人(にん)の男(をとこ)を玄関(げんくわん)に待(ま)たせ置(お)き、180畳(たたみ)を足(あし)にて強(きつ)く威喝(ゐかつ)させ乍(なが)ら若彦(わかひこ)の居間(ゐま)に進(すす)み来(きた)り、
181高姫(たかひめ)『オホヽヽヽ、182若彦(わかひこ)さま、183悪(わる)い処(ところ)へカシヤ婆(ばば)が参(まゐ)りまして誠(まこと)に御(ご)迷惑(めいわく)様(さま)、184折角(せつかく)意茶(いちや)つかうと思(おも)ひなさつた処(ところ)を、185風流気(ふうりうげ)の無(な)い皺苦茶(しわくちや)婆(ばば)が這入(はい)つて来(き)て、186折角(せつかく)の興(きよう)を醒(さ)ましました。187お前(まへ)さまは羊頭(やうとう)を掲(かか)げて狗肉(くにく)を売(う)る山師(やまし)の様(やう)な宣伝使(せんでんし)ぢや。188玉能姫(たまのひめ)殿(どの)、189此(この)高姫(たかひめ)の眼力(がんりき)に違(たが)はず、190表面(うはべ)は立派(りつぱ)な事(こと)を……ヘン……仰有(おつしや)つて言依別(ことよりわけ)の教主(けうしゆ)を誤魔化(ごまくわ)して御座(ござ)つたが、191今日(けふ)の醜態(ざま)は何(なん)で御座(ござ)りますか。192貴方(あなた)の御(お)身分(みぶん)で一人(ひとり)の伴(とも)も連(つ)れずに、193大切(たいせつ)な神業(しんげふ)を遊(あそ)ばす夫(をつと)の側(そば)へ忍(しの)んで来(く)るとは、194実(じつ)に立派(りつぱ)な貴方(あなた)の行(おこな)ひ、195高姫(たかひめ)も実(じつ)に感心(かんしん)致(いた)しました。196本当(ほんたう)に凄(すご)いお腕前(うでまへ)、197爪(つめ)の垢(あか)でも煎(せん)じて頂(いただ)き度(た)う御座(ござ)いますワ。198オホヽヽヽ』
199若彦(わかひこ)『これはこれは高姫(たかひめ)様(さま)、200遠方(ゑんぱう)の所(ところ)ようこそいらせられました』
201高姫(たかひめ)『よう来(き)たのでは無(な)い、202悪(わる)く来(き)たのですよ。203お前(まへ)さまも気持(きもち)良(よ)く楽(たの)しまうと思(おも)つて居(ゐ)た処(ところ)へ、204皺苦茶(しわくちや)婆(ばば)アがやつて来(き)て、205折角(せつかく)の楽(たの)しみを滅茶(めちや)々々(めちや)にされて胸(むね)が悪(わる)いでせう。206月(つき)に村雲(むらくも)、207花(はな)には嵐(あらし)、208世(よ)の中(なか)は思(おも)ふ様(やう)には往(ゆ)きますまいがな。209西(にし)は妹山(いもやま)、210東(ひがし)は背山(せやま)、211中(なか)を隔(へだ)つる高姫川(たかひめがは)、212本当(ほんたう)に悪(わる)い奴(やつ)が出(で)て参(まゐ)りました。213コレコレ玉能姫(たまのひめ)さま、214恥(はづ)かし相(さう)に赭(あか)い顔(かほ)して何(なん)ぢやいな。215阿婆擦(あばずれ)女(をんな)の癖(くせ)に、216殊勝(しゆしよう)らしう見(み)せようと思(おも)つて、217そんな芝居(しばゐ)をしても、218他(はた)のお方(かた)は誤魔化(ごまくわ)されませうが、219此(この)高姫(たかひめ)に限(かぎ)つて其(その)手(て)は喰(く)ひませぬぞエ。220「その手(て)でお釈迦(しやか)の顔(かほ)撫(な)でた」と言(い)ふのはお前(まへ)さまの事(こと)だ。221アヽア怖(こは)い怖(こは)い、222こりや一通(ひととほ)りの狸(たぬき)ではあるまい。223愚図(ぐづ)々々(ぐづ)して居(を)ると高姫(たかひめ)の睾丸(きんたま)……オツトドツコイ……胆玉(きもだま)まで抜(ぬ)かれますワイ』
224玉能姫(たまのひめ)『これはこれは高姫(たかひめ)様(さま)、225遠方(ゑんぱう)の処(ところ)御(ご)苦労(くらう)様(さま)で御座(ござ)いました。226今(いま)承(うけたま)はれば貴方(あなた)は色々(いろいろ)と我々(われわれ)夫婦(ふうふ)の事(こと)に就(つ)いて、227誤解(ごかい)をして居(ゐ)らつしやいますが、228決(けつ)して左様(さやう)な考(かんが)へを以(もつ)て来(き)たのでは御座(ござ)いませぬ』
229高姫(たかひめ)『そんな事(こと)は今々(いまいま)の信者(しんじや)に仰有(おつしや)る事(こと)だ。230蹴爪(けづめ)の生(は)えた高姫(たかひめ)には、231根(ね)つから通用(つうよう)致(いた)しませぬワイなア』
232と小面(こづら)憎気(にくげ)に頤(あご)をしやくつて見(み)せる。233玉能姫(たまのひめ)は返(かへ)す言葉(ことば)も無(な)く迷惑相(めいわくさう)に俯向(うつむ)いて居(ゐ)る。
234高姫(たかひめ)『コレ、235玉能姫(たまのひめ)さま、236イヤお節(せつ)さま、237悪(わる)い事(こと)は出来(でき)ますまいがな。238誠(まこと)水晶(すゐしやう)の生粋(きつすゐ)の日本(やまと)魂(だましひ)ぢやと教主(けうしゆ)が見込(みこ)んで、239大切(たいせつ)な御(ご)神業(しんげふ)を言(い)ひ付(つ)けられた貴女(あなた)の精神(せいしん)が、240さうグラ付(つ)く様(やう)な事(こと)では如何(どう)なりますか。241妾(わたし)は是(これ)から貴女(あなた)の夫婦(ふうふ)会合(くわいがふ)を実地(じつち)に目撃(もくげき)した証拠人(しようこにん)だから、242三五教(あななひけう)一般(いつぱん)に報告(はうこく)致(いた)しまして信者(しんじや)大会(たいくわい)を開(ひら)き、243お前(まへ)さまの御用(ごよう)を取上(とりあ)げて仕舞(しま)はねば、244折角(せつかく)大神(おほかみ)様(さま)の三千(さんぜん)年(ねん)の御(ご)苦労(くらう)も水(みづ)の泡(あわ)になります。245サア如何(どう)ぢや、246返答(へんたふ)をしなされ。247三(み)つの玉(たま)は何処(どこ)へ隠(かく)してある。248それを聞(き)かねば、249お前(まへ)さまの様(やう)なグラグラする瓢箪鯰(へうたんなまづ)には秘密(ひみつ)は守(まも)れませぬ。250サア玉能姫(たまのひめ)さま、251若彦(わかひこ)さま、252夫婦(ふうふ)共謀(きようぼう)してドハイカラの言依別(ことよりわけ)を誤魔化(ごまくわ)して居(を)つたが、253最早(もはや)化(ば)けの現(あら)はれ時(どき)、254何(なん)と言(い)つても高姫(たかひめ)が承知(しようち)しませぬぞエ。255一般(いつぱん)に報告(はうこく)されるのが苦(くる)しければ……魚心(うをごころ)あれば水心(みづごころ)ありとやら……此(この)高姫(たかひめ)も血(ち)もあれば涙(なみだ)もある。256決(けつ)してお前(まへ)さま達(たち)の御(ご)迷惑(めいわく)を見(み)て、257心地(ここち)よいとは滅多(めつた)に思(おも)ひませぬ。258サア玉能姫(たまのひめ)さま、259お前(まへ)さまはチツと妾(わし)の言(い)ひ様(やう)が強(きつ)うて腹(はら)も立(た)つであらうが、260そこは神直日(かむなほひ)大直日(おほなほひ)に見直(みなほ)し聞(き)き直(なほ)して、261御(ご)神宝(しんぽう)の所在(ありか)を妾(わし)にソツと言(い)つて下(くだ)さい。262さうすればお前(まへ)さま等(ら)夫婦(ふうふ)のアラも分(わか)らず、263妾(わし)も亦(また)誠(まこと)の御(ご)神業(しんげふ)が出来(でき)て結構(けつこう)だから』
264玉能姫(たまのひめ)『妾(わたし)は一度(いちど)教主(けうしゆ)様(さま)から玉(たま)はお預(あづか)り致(いた)しましたが、265不思議(ふしぎ)な方(かた)が現(あら)はれて遠(とほ)い国(くに)へ持(も)つて行(ゆ)かれましたから、266実際(じつさい)の事(こと)は何処(どこ)に隠(かく)されてあるか、267妾(わたし)風情(ふぜい)が分(わか)つて堪(たま)りますか。268又(また)仮令(たとへ)知(し)つて居(を)りましても、269三十万(さんじふまん)年(ねん)の間(あひだ)は口外(こうぐわい)は出来(でき)ない事(こと)になつて居(を)りますから、270それ許(ばか)りは如何(どう)仰有(おつしや)つても申(まを)し上(あ)げられませぬ。271何卒(どうぞ)貴女(あなた)の天眼通(てんがんつう)と日(ひ)の出神(でのかみ)の御(ご)守護(しゆご)とで、272玉(たま)の所在(ありか)を御(ご)発見(はつけん)なさるが宜(よろ)しう御座(ござ)いませう』
273高姫(たかひめ)『エー、274ツベコベと小理屈(こりくつ)を言(い)ふ方(かた)ぢやなア。275そんな事(こと)を勿体(もつたい)ない、276日(ひ)の出神(でのかみ)に御(ご)苦労(くらう)を掛(か)けたり、277天眼通(てんがんつう)を使(つか)うて堪(たま)りますか。278お前(まへ)さまが只(ただ)一言(ひとこと)「斯(こ)う斯(こ)うぢや」と言(い)ひさへすれば良(い)いぢやないか』
279若彦(わかひこ)『現在(げんざい)夫(をつと)の私(わたくし)にさへも仰有(おつしや)らぬのですから、280何程(なにほど)お尋(たづ)ねになつても駄目(だめ)ですよ』
281高姫(たかひめ)『エー、282お前(まへ)までが横槍(よこやり)を入(い)れるものぢやない。283夫婦(ふうふ)が腹(はら)を合(あは)して隠(かく)して居(を)るのであらう。284そんな事(こと)はチヤーンと分(わか)つて居(を)るのだ』
285 若彦(わかひこ)は稍(やや)語気(ごき)を荒(あら)らげ、
286若彦(わかひこ)『知(し)つて居(を)るのなら何故(なぜ)貴女(あなた)勝手(かつて)にお探(さが)しなさらぬか。287貴女(あなた)の仰有(おつしや)る事(こと)は矛盾(むじゆん)撞着(どうちやく)脱線(だつせん)だらけぢやありませぬか』
288高姫(たかひめ)『脱線(だつせん)とはお前(まへ)の事(こと)だ。289教主(けうしゆ)の御(ご)命令(めいれい)がある迄(まで)夫婦(ふうふ)顔(かほ)を合(あは)さぬと誓(ちか)ひ乍(なが)ら、290今日(けふ)の脱線(だつせん)振(ぶ)りは何(なん)の事(こと)だ。291矛盾(むじゆん)撞着(どうちやく)はお前(まへ)等(ら)夫婦(ふうふ)の事(こと)ぢやないか。292余(あんま)り人(ひと)の事(こと)をけなすと屑(くづ)が出(で)ますぞ。293オホヽヽヽ』
294と嘲(あざけ)る様(やう)に笑(わら)ふ。
295玉能姫(たまのひめ)『若彦(わかひこ)様(さま)、296妾(わたし)は之(これ)でお暇(いとま)致(いた)します。297高姫(たかひめ)様(さま)、298何卒(どうぞ)御(ご)ゆるりと遊(あそ)ばしませ。299左様(さやう)なら』
300と立(た)ち上(あが)らうとするを、301高姫(たかひめ)はグツと肩(かた)を押(おさ)へ、
302高姫(たかひめ)『コレコレ、303逃(に)げ様(やう)と云(い)つたつて逃(にが)しはせぬぞえ。304金輪(こんりん)奈落(ならく)の底(そこ)迄(まで)、305神宝(しんぽう)の所在(ありか)を白状(はくじやう)させねば措(を)きませぬぞ』
306玉能姫(たまのひめ)『何(なん)と仰有(おつしや)つても是(これ)許(ばか)りは申(まを)し上(あ)げられませぬ』
307高姫(たかひめ)『何(なん)と、308マア、309夫婦(ふうふ)がよく腹(はら)を合(あは)したものだ。310本当(ほんたう)に羨(うらや)ましい程(ほど)、311仲(なか)の良(よ)い御(ご)夫婦(ふうふ)様(さま)ぢや。312オホヽヽヽ』
313玉能姫(たまのひめ)『何卒(どうぞ)高姫(たかひめ)様(さま)、314其処(そこ)放(はな)して下(くだ)さいませ。315妾(わたし)は生田(いくた)の森(もり)へ帰(かへ)らねばなりませぬから、316一時(ひととき)の間(ま)も神業(しんげふ)を疎略(おろそか)に出来(でき)ませぬ』
317高姫(たかひめ)『オホヽヽヽ、318一時(ひととき)の間(ま)も疎略(おろそか)に出来(でき)ない御(ご)神業(しんげふ)を振(ふ)り棄(す)てて、319夫(をつと)の側(そば)へなれば幾日(いくにち)も幾日(いくにち)もかかつて、320遥々(はるばる)紀(き)の国(くに)迄(まで)お越(こ)し遊(あそ)ばすのだから、321実(じつ)に立派(りつぱ)なものだ』
322玉能姫(たまのひめ)『それでも退引(のつぴ)きならぬ御用(ごよう)が出来(でき)ましたので、323多忙(たばう)の中(なか)を神(かみ)様(さま)にお願(ねが)ひ申(まを)して参(まゐ)つたので御座(ござ)います』
324高姫(たかひめ)『その用(よう)とは何事(なにごと)で御座(ござ)るか、325サア、326それを聞(き)かして貰(もら)はう。327妾(わし)に聞(き)かせぬ様(やう)な御用(ごよう)なら何(いづ)れ碌(ろく)な事(こと)ではあるまい。328お前(まへ)達(たち)若夫婦(わかふうふ)は寄(よ)つて如何(どん)な企(たく)みをして居(を)るか分(わか)つたものぢやない。329サアもう斯(こ)うなつては私(わし)も勘忍袋(かんにんぶくろ)の緒(を)が切(き)れた。330何(なん)と云(い)うても舌(した)を抜(ぬ)いてでも言(い)はして見(み)せる』
331と癇声(かんごゑ)に呶鳴(どな)り立(た)てて居(を)る。
332 此(この)時(とき)玄関(げんくわん)に騒々(さうざう)しき人(ひと)の足音(あしおと)が聞(きこ)えて来(き)た。333暫(しば)らくすると秋彦(あきひこ)、334駒彦(こまひこ)、335木山彦(きやまひこ)夫婦(ふうふ)外(ほか)四(よ)人(にん)兄弟(きやうだい)、336慌(あわただ)しく奥(おく)の間(ま)の声(こゑ)を聞(き)きつけて此(この)場(ば)に現(あら)はれ来(きた)り、337八(はち)人(にん)一度(いちど)に手(て)をついて若彦(わかひこ)の前(まへ)に平伏(へいふく)した。
338若彦(わかひこ)『ヤア、339其方(そなた)は駒彦(こまひこ)、340秋彦(あきひこ)の宣伝使(せんでんし)では御座(ござ)らぬか、341何用(なによう)あつてお越(こ)しなされた』
342駒彦(こまひこ)『ハイ、343熊野(くまの)の大神(おほかみ)様(さま)へお礼(れい)の為(た)めに参拝(さんぱい)致(いた)しました』
344 高姫(たかひめ)はカラカラと打笑(うちわら)ひ、
345高姫(たかひめ)『アハヽヽヽ、346オホヽヽヽようもようも揃(そろ)つたものだ。347何(なに)かお前(まへ)達(たち)は諜(しめ)し合(あ)はせ大陰謀(だいいんぼう)を企(くはだ)てて居(ゐ)た所(ところ)、348アタ間(ま)の悪(わる)い、349憎(にく)まれ者(もの)の高姫(たかひめ)がやつて来(き)て居(を)るので肝(きも)を潰(つぶ)し、350熊野(くまの)の大神(おほかみ)様(さま)へお礼(れい)詣(まゐ)りをしたとは、351子供(こども)騙(だま)しの様(やう)な逃口上(にげこうじやう)、352立派(りつぱ)な聖地(せいち)には大神(おほかみ)様(さま)が御座(ござ)るぢやないか。353それにも拘(かか)はらず熊野(くまの)へお礼(れい)詣(まゐ)りとは方角(はうがく)違(ちが)ひにも程(ほど)がある。354何事(なにごと)も嘘言(うそ)で固(かた)めた事(こと)は直(すぐ)剥(は)げるものだ。355オホヽヽヽ、356あの、357マア皆(みな)さんの首尾(しゆび)悪(わる)相(さう)な顔(かほ)わいな。358梟鳥(ふくろどり)が夜食(やしよく)に外(はづ)れてアフンとした様(やう)な其(その)様子(やうす)、359写真(しやしん)にでも撮(と)つて置(お)いたら、360よい記念(きねん)になりませうぞい』
361と言葉尻(ことばじり)をピンと撥(は)ねた様(やう)に捨台詞(すてぜりふ)を使(つか)つて居(ゐ)る。362駒彦(こまひこ)一行(いつかう)は何(なに)が何(なに)やら合点(がてん)往(ゆ)かず途方(とはう)に暮(く)れ、363黙然(もくねん)として看守(みまも)つて居(ゐ)る。
364若彦(わかひこ)『皆様(みなさま)、365後(あと)でゆつくりとお話(はなし)を承(うけたま)はりませう。366何卒(どうぞ)御(ご)神前(しんぜん)へおいで遊(あそ)ばして、367お礼(れい)を済(す)まして来(き)て下(くだ)さいませ。368……オイ久助(きうすけ)、369御(ご)神殿(しんでん)へ此(この)方々(かたがた)を御(ご)案内(あんない)申(まを)せ』
370 久助(きうすけ)は玄関(げんくわん)より若彦(わかひこ)の声(こゑ)を聞(き)きつけ走(はし)り来(きた)り、
371久助(きうすけ)『サア、372皆様(みなさま)、373大広間(おほひろま)へ御(ご)案内(あんない)致(いた)しませう』
374高姫(たかひめ)『コレコレ悪人(あくにん)共(ども)、375イヤ同(おな)じ穴(あな)の狐衆(きつねしう)、376暫(しばら)くお待(ま)ちなされ。377若彦(わかひこ)と腹(はら)を合(あ)はせ、378御(ご)神殿(しんでん)へお礼(れい)と云(い)ひ立(た)て、379巧(うま)く此(この)場(ば)を逃(に)げて行(ゆ)く御(ご)所存(しよぞん)であらう。380そんなアダトイ事(こと)を成(な)さつても、381世界(せかい)の見(み)え透(す)く日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)はチヤンと知(し)つて居(を)りますぞえ。382何故(なぜ)男(をとこ)らしう此(この)場(ば)で斯様(かやう)々々(かやう)の次第(しだい)と白状(はくじやう)なさらぬのだ。383今日(こんにち)三五教(あななひけう)に於(おい)て、384誠(まこと)の神力(しんりき)の備(そな)はつた神(かみ)の生宮(いきみや)は此(この)高姫(たかひめ)で御座(ござ)る。385高姫(たかひめ)の申(まを)す事(こと)を聞(き)くか、386若彦(わかひこ)の言葉(ことば)を聞(き)くか。387サア事(こと)の大小(だいせう)、388軽重(けいちよう)を考(かんが)へた上(うへ)、389速(すみや)かに返答(へんたふ)なされ。390返答(へんたふ)次第(しだい)に依(よ)つて此(この)高姫(たかひめ)にも量見(りやうけん)が御座(ござ)るぞや』
391 秋彦(あきひこ)、392駒彦(こまひこ)は口(くち)を揃(そろ)へて、
393秋(あき)、394駒(こま)『私(わたくし)は第一(だいいち)に言依別(ことよりわけ)の教主(けうしゆ)、395其(その)次(つぎ)には玉能姫(たまのひめ)様(さま)、396其(その)次(つぎ)には若彦(わかひこ)さまの崇敬者(すうけいしや)ですよ。397何程(なにほど)高姫(たかひめ)様(さま)が御(ご)神力(しんりき)が強(つよ)いと言(い)つて、398自家(じか)広告(くわうこく)を為(な)さつても、399根(ね)つから我々(われわれ)の耳(みみ)には這入(はい)りませぬ。400サア皆(みな)さま、401御(ご)神殿(しんでん)へ参拝(さんぱい)致(いた)しませう』
402と此(この)場(ば)を立(た)つて行(ゆ)かうとする。403高姫(たかひめ)は夜叉(やしや)の如(ごと)く立腹(りつぷく)し、404秋彦(あきひこ)、405駒彦(こまひこ)の襟髪(えりがみ)を両手(もろて)にひん握(にぎ)り、406力(ちから)をこめて後(うしろ)へドツと引(ひ)き倒(たふ)した。407常楠(つねくす)、408木山彦(きやまひこ)は余(あま)りの乱暴(らんばう)にムツと腹(はら)を立(た)て、
409常楠(つねくす)『何処(どこ)の何人(なにびと)か知(し)らぬが、410罪(つみ)も無(な)い我々(われわれ)の伜(せがれ)を打擲(ちやうちやく)するとは言語(ごんご)道断(だうだん)、411年(とし)は寄(よ)つても昔(むかし)執(と)つた杵柄(きねづか)の腕(うで)の冴(さ)えは今(いま)に変(かは)りは致(いた)さぬ。412さア高姫(たかひめ)とやら、413思(おも)ひ知(し)れよ』
414とグツと襟首(えりくび)を掴(つか)みて常楠(つねくす)が強力(がうりき)に任(まか)せて、415猫(ねこ)を抓(つま)んだ様(やう)に館(やかた)の外(そと)に放(はう)り出(だ)した。416高姫(たかひめ)はそれきり如何(どう)なつたか暫(しばら)く姿(すがた)を見(み)せなかつた。417一同(いちどう)は神殿(しんでん)に向(むか)ひ感謝(かんしや)の祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)して高姫(たかひめ)の無事(ぶじ)を祈(いの)りけるこそ殊勝(しゆしよう)なれ。
418(大正一一・六・一一 旧五・一六 北村隆光録)
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