霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一三章 捨小舟(すてをぶね)〔七二五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第23巻 如意宝珠 戌の巻 篇:第3篇 有耶無耶 よみ(新仮名遣い):うやむや
章:第13章 捨小舟 よみ(新仮名遣い):すておぶね 通し章番号:725
口述日:1922(大正11)年06月12日(旧05月17日) 口述場所: 筆録者:谷村真友 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年4月19日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
玉能姫に逃げられた高姫一行は海岸にやってくるが、自分たちが乗ってきた舟もなくなっているのに気が付いた。
高姫は東助に当り散らし、玉能姫とぐるになって自分たちを計略にはめたのだろうと責め立てる。東助は覚えのない非難に怒るが、高姫はあくまでも東助を疑い、部下たちに東助を見張らせて自分は山の上に行ってしまった。
その間に東助は、高姫の部下たちに自分の弁解をして打ち解ける。また、東助は自分が淡路島の大金持ちということを明かして気を引く。
そうしているうちに、東助の持ち舟は波に流されて岸に戻ってきた。それを見た貫州は高姫に知らせに行くが、その間に東助と他の三人は舟に乗って島を出てしまった。
海岸から高姫と貫州が呼びかけても、東助は天罰が当たったのだと二人を助ける気はない。鶴公、清公、武公は東助の子分になってしまった。
高姫は今度は貫州に当り散らす。しかし貫州も日の出神のくせにまったく神力がないと高姫に非難の応酬をする。高姫は怒って黙って山上に上って行ってしまうが、貫州は境遇を悲観して、松の枝から首を吊ってしまった。
しかし足が枝に引っかかってうまくいかなかったのだが、物音に驚いた高姫は、貫州が首を吊って息絶えてしまったと思って嘆き、貫州に詫びを入れ始めた。
貫州は高姫の我を折ってやろうと思って、幽霊の振りをして高姫に改心の約束をさせる。しかし高姫は貫州の首が締まっていないことに気づくと、また元のように威張り出した。
貫州はまた首を吊ろうと思って適当な松の枝を探していてると、高姫は貫州の横面を張ってやめさせた。
二人が磯端に戻ってくると、玉能姫からの贈り物として、舟が一艘横付けになっていた。高姫は、玉能姫が竜神が玉を持っていったと言ったのは、玉が竜宮島に隠してあるに違いないと一人合点し、玉能姫や東助の後は追わず、舟に果物を積むと貫州と共に竜宮島を目指して西へと漕ぎ出した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-10-13 01:10:43 文字数:6563 OBC :rm2313
愛善世界社版:209頁 八幡書店版:第4輯 571頁 修補版: 校定版:212頁 普及版:97頁 初版: ページ備考:
001 高姫(たかひめ)一行(いつかう)を包(つつ)みたる濃霧(のうむ)は、002暫(しばら)くにして消散(せうさん)し、003四辺(あたり)は元(もと)の如(ごと)く明(あか)るくなつて来(き)た。004玉能姫(たまのひめ)の行衛(ゆくゑ)は如何(いか)にと、005高姫(たかひめ)以下(いか)血眼(ちまなこ)になつて探(さが)し廻(まは)せど、006何(なん)の影(かげ)もなく終(つひ)には、007船着場(ふなつきば)迄(まで)一行(いつかう)ゾロゾロやつて来(き)た。008見(み)れば玉能姫(たまのひめ)の乗(の)つて来(き)た船(ふね)も高姫(たかひめ)の船(ふね)もない。009高姫(たかひめ)は地団太(ぢだんだ)踏(ふ)んで口惜(くや)しがり、
010高姫(たかひめ)『アヽ残念(ざんねん)、011口惜(くちを)しやな、012お節(せつ)の奴(やつ)、013濃霧(のうむ)を幸(さいは)ひに三(み)つの宝(たから)を掘出(ほりだ)し、014船(ふね)に乗(の)つて逃(に)げ帰(かへ)つたか。015それにしても残念(ざんねん)なは船(ふね)迄(まで)どうやら持(も)つて帰(かへ)つたらしい。016まるで島流(しまなが)しに遭(あ)はされた様(やう)なものだ。017……コレコレ東助(とうすけ)さま、018第一(だいいち)お前(まへ)が気(き)がきかぬからだ。019船頭(せんどう)は船(ふね)にくつついて居(を)れば好(よ)いのに、020職責(しよくせき)を忘(わす)れて宣伝使(せんでんし)の様(やう)に山(やま)に登(のぼ)つて来(く)るものだから、021こんな目(め)に逢(あ)うたのだ。022サアどうして下(くだ)さる』
023東助(とうすけ)『どうして下(くだ)さるもあつたものかい。024大切(たいせつ)な商売(しやうばい)道具(だうぐ)を盗(と)られて仕舞(しま)つて手(て)も足(あし)も出(だ)し様(やう)が無(な)い。025帰(かへ)る訳(わけ)にも行(ゆ)かず、026第一(だいいち)お前(まへ)が此(こ)んな所(ところ)へ謀反(むほん)を起(おこ)して遣(や)つて来(く)るものだから、027神罰(しんばつ)が当(あた)つたのだ。028サア俺(おれ)の船(ふね)をどうして呉(く)れる』
029高姫(たかひめ)『ヨウマアそんな事(こと)が言(い)へたものだ、030大切(たいせつ)なお客(きやく)を連(つ)れて来(き)ながら、031船(ふね)を盗(と)られてどうするのだ。032大方(おほかた)お節(せつ)の奴(やつ)と腹(はら)を合(あ)はし、033日(ひ)の出神(でのかみ)を斯(こ)んな所(ところ)へ押込(おしこ)める計略(けいりやく)をして居(を)つたのだらう。034油断(ゆだん)も隙(すき)もあつたものだ無(な)い』
035 東助(とうすけ)は大(おほ)いに怒(いか)り、
036東助『女(をんな)と思(おも)ひ柔(やはら)かく申(まを)せば、037無体(むたい)の難題(なんだい)、038此(この)東助(とうすけ)は貴様(きさま)の如(ごと)き悪人(あくにん)ではない。039正直(しやうぢき)一方(いつぱう)の名(な)の通(とほ)つた船頭(せんどう)だ。040男(をとこ)の顔(かほ)に泥(どろ)を塗(ぬ)り居(を)つたなア。041モウ量見(りやうけん)致(いた)さぬ覚悟(かくご)をせい』
042 高姫(たかひめ)頤(あご)をシヤクリ乍(なが)ら、
043高姫『オホヽヽヽ、044何程(なにほど)力(ちから)が強(つよ)くても、045此方(こちら)は五(ご)人(にん)、046お前(まへ)は一人(ひとり)、047到底(たうてい)駄目(だめ)だよ。048それよりも綺麗(きれい)薩張(さつぱり)白状(はくじやう)したらどうだ』
049東助(とうすけ)『白状(はくじやう)せいと云(い)つたつて知(し)らぬ事(こと)が白状(はくじやう)出来(でき)るかい。050余(あんま)り馬鹿(ばか)にするない』
051高姫(たかひめ)『オホヽヽヽ、052アノ白(しら)つぱくれようわいのう。053知(し)らぬかと思(おも)うてツベコベと其(その)弁解(べんかい)、054余人(よじん)は知(し)らぬが、055人(ひと)の心(こころ)のドン底(ぞこ)迄(まで)見透(みす)かす御(ご)神力(しんりき)の高(たか)い、056日(ひ)の出神(でのかみ)を誤魔化(ごまくわ)さうとはチツト虫(むし)が好過(よす)ぎるぞ。057お前(まへ)は玉能姫(たまのひめ)にいくら金(かね)を貰(もら)うた。058うまい事(こと)をやつたな』
059 東助(とうすけ)は余(あま)りの腹立(はらだ)たしさに、060物(もの)をも言(い)はず唇(くちびる)をビリビリ振(ふる)はせ、061拳(こぶし)を握(にぎ)り無念(むねん)の涙(なみだ)に暮(く)れて居(ゐ)る。062高姫(たかひめ)は、
063高姫『さうだらう、064言(い)ひ訳(わけ)があるまい。065何程(なにほど)弁解(べんかい)を巧(たくみ)に致(いた)しても、066神(かみ)の前(まへ)では言霊(ことたま)は使(つか)へまいがな。067お前(まへ)も大勢(おほぜい)の前(まへ)で化(ば)けの皮(かは)をむかれ残念(ざんねん)であらうが、068それが自業(じごう)自得(じとく)だ。069つまり己(おのれ)があざのうた縄(なは)で己(おの)が首(くび)を絞(しめ)たも同然(どうぜん)、070ほんにほんに可愛相(かはいさう)なものだ。071悪(あく)の企(たく)みは到底(たうてい)成就(じやうじゆ)せぬといふ事(こと)が分(わか)つただらう。072淡路島(あはぢしま)で難船(なんせん)した時(とき)に時間(じかん)を見計(みはか)らひ、073ノソノソ遣(や)つて来(き)て此(この)高姫(たかひめ)をだまし込(こ)み、074甘(うま)くやらうと考(かんが)へたのも水(みづ)の泡(あわ)、075忽(たちま)ち日(ひ)の出神(でのかみ)の眼力(がんりき)に看破(かんぱ)され、076其(その)態(ざま)は何(な)んだ。077大(おほ)きな男(をとこ)の癖(くせ)に、078メソメソと吠面(ほえづら)かわき見(み)つともない。079何(いづ)れは玉能姫(たまのひめ)と同類(どうるゐ)だから、080玉(たま)の隠(かく)し場所(ばしよ)も知(し)つて居(を)る筈(はず)だ。081どうだお前(まへ)、082玉能姫(たまのひめ)は玉(たま)を持(も)つて帰(かへ)つたであらうがな』
083 東助(とうすけ)は口許(くちもと)を痙攣(けいれん)させ乍(なが)ら、
084東助(とうすけ)『シヽ知(し)らぬワイ、085バヽ馬鹿(ばか)にするな』
086と漸(やうや)う奇数(きすう)的(てき)に癇声(かんごゑ)を出(だ)して呶鳴(どな)つた。
087高姫(たかひめ)『シヽ知(し)らぬぢや無(な)からう。088シヽしぶといワイ。089バヽ馬鹿(ばか)にするないと言(い)つたが、090お前(まへ)の方(はう)から日(ひ)の出神(でのかみ)を馬鹿(ばか)にしようとかかつて馬鹿(ばか)を見(み)たのだから仕方(しかた)があるまい』
091貫州(くわんしう)『モシモシ高姫(たかひめ)さま、092肝腎(かんじん)の船(ふね)が無(な)くては、093どうする事(こと)も出来(でき)ないぢやありませぬか。094そんな話(はなし)は次(つぎ)の次(つぎ)にして、095先決(せんけつ)問題(もんだい)として船(ふね)の詮索(せんさく)から掛(かか)らなくては、096我々(われわれ)安心(あんしん)が出来(でき)ないぢやありませぬか』
097高姫(たかひめ)『オホヽヽヽ、098お前(まへ)は年(とし)が若(わか)いから心配(しんぱい)するのだが、099玉能姫(たまのひめ)の同類(どうるゐ)東助(とうすけ)の居(を)る以上(いじやう)は屹度(きつと)人(ひと)を替(か)へて、100素知(そし)らぬ顔(かほ)して船(ふね)を持(も)つて来(く)るに違(ちが)ひない。101其(その)時(とき)は手早(てばや)く東助(とうすけ)奴(め)其(その)船(ふね)に飛(と)び乗(の)り、102一目散(いちもくさん)に逃(に)げ帰(かへ)る計略(けいりやく)、103今度(こんど)船(ふね)が来(き)たら必(かなら)ず必(かなら)ず東助(とうすけ)を放(はな)してならぬぞ。104此奴(こいつ)が乗(の)つたら此方(こちら)も一緒(いつしよ)に帰(かへ)るのだから、105お前(まへ)等(ら)四(よ)人(にん)は此奴(こいつ)の見張(みは)りをして居(を)つて呉(く)れ。106そうして船(ふね)が来(き)たら此(この)中(なか)から一人(ひとり)妾(わたし)を迎(むか)ひに来(く)るのだ。107それ迄(まで)船(ふね)も船頭(せんどう)も取(と)つ捉(つか)まへて放(はな)す事(こと)ならぬぞや』
108と云(い)ひ捨(す)て山上(さんじやう)目蒐(めが)けて足早(あしばや)に登(のぼ)り行(ゆ)く。109後(あと)に五(ご)人(にん)の男(をとこ)は磯端(いそばた)に座(ざ)を占(し)め、110広(ひろ)き海面(かいめん)を眺(なが)めて呆気(ほうけ)た様(やう)な顔(かほ)をして居(を)る。111東助(とうすけ)はやうやう心(こころ)柔(やはら)いだと見(み)えて、112そろそろ喋(しや)べり出(だ)した。
113東助(とうすけ)『オイお前(まへ)達(たち)、114俺(おれ)を高姫(たかひめ)とやらが言(い)うた様(やう)な悪人(あくにん)だと思(おも)ふのか。115俺(おれ)は肝腎(かんじん)の商売(しやうばい)道具(だうぐ)を盗(と)られて仕舞(しま)ひ、116其(その)上(うへ)に思(おも)はぬ難題(なんだい)を吹(ふ)き掛(かけ)られ、117こんな引合(ひきあ)はぬ事(こと)はあつたものぢやない。118本当(ほんたう)に災難(さいなん)と云(い)ふものは何時(いつ)来(く)るか分(わか)らぬものだワイ』
119貫州(くわんしう)『俺(おれ)も別(べつ)にお前(まへ)を悪人(あくにん)の様(やう)には思(おも)はぬが、120高姫(たかひめ)の大将(たいしやう)がアー言(い)ひ出(だ)したら全然(まるき)り気違(きちが)ひだから、121メツタに口答(くちごた)へは出来(でき)ないので黙(だま)つて辛抱(しんばう)して居(ゐ)たのだが、122お前(まへ)の様子(やうす)といひ顔色(かほいろ)と云(い)ひ、123全(まつた)く玉能姫(たまのひめ)と腹(はら)を合(あ)はして居(を)る様(やう)な男(をとこ)でないと思(おも)ふ』
124東助(とうすけ)『アヽ好(よ)う言(い)うて呉(く)れた。125それで俺(おれ)も一寸(ちよつと)安心(あんしん)した。126皆(みな)さまは如何(どう)いふ御(ご)感想(かんさう)を持(も)つて居(を)られますか、127腹蔵(ふくざう)なく言(い)つて下(くだ)さい』
128 三(さん)人(にん)一度(いちど)に、
129三人『貫州(くわんしう)の云(い)つた通(とほ)り、130どうもお前(まへ)が悪(わる)いとは思(おも)はれないよ。131本当(ほんたう)にエライお災難(さいなん)だ、132御(ご)同情(どうじやう)申(まを)し上(あ)げる。133何分(なにぶん)あの大将(たいしやう)はあの通(とほ)りだから困(こま)つてしまふ。134玉能姫(たまのひめ)が逃(に)げて帰(い)ぬ際(さい)に、135船(ふね)を何処(どこ)かへ流(なが)し居(を)つたのは憎(にく)らしいが、136併(しか)し乍(なが)ら今(いま)高姫(たかひめ)に捨(す)てられては鼻(はな)の下(した)は忽(たちま)ちだからなア』
137東助(とうすけ)『皆(みな)さま、138そんな心配(しんぱい)は要(い)らないよ。139私(わし)は淡路島(あはぢしま)の者(もの)だが、140お前方(まへがた)の三(さん)人(にん)や五(ご)人(にん)は幾日(いくにち)遊(あそ)んで食(く)つて居(を)つても、141滅多(めつた)に俺(おれ)の家(うち)は潰(つぶ)れはせぬ。142斯(こ)うして俺(おれ)は船頭(せんどう)が好(す)きでやつて居(を)るものの、143淡路島(あはぢしま)で第一等(だいいちとう)の物持(ものもち)の主人公(しゆじんこう)だ。144様子(やうす)あつて船頭(せんどう)はして居(を)るが普通(ふつう)の駄賃(だちん)取(と)りの船頭(せんどう)とはチツと違(ちが)ふのだ。145お前(まへ)の身(み)の上(うへ)は俺(おれ)が引受(ひきう)けてやるから心配(しんぱい)するな』
146鶴公(つるこう)『それは有難(ありがた)い、147然(しか)し本当(ほんたう)か』
148東助(とうすけ)『本当(ほんたう)でなうて何(なん)とせう。149昔(むかし)から正直者(しやうぢきもの)の名(な)を取(と)つた東助(とうすけ)とは俺(おれ)の事(こと)だ。150男(をとこ)が仮(か)りにも嘘(うそ)を言(い)へるものかい』
151鶴公(つるこう)『さう聞(き)けばさうかも知(し)れぬな』
152と話(はな)し居(を)る所(ところ)へ風(かぜ)の吹(ふ)き廻(まは)しにて一旦(いつたん)沖(おき)へ流(なが)されて居(ゐ)た東助(とうすけ)の持船(もちぶね)は、153ダンダンと此方(こなた)に向(むか)つて近(ちか)づいて来(く)るのが目(め)に付(つ)いた。154東助(とうすけ)は手(て)を拍(う)つて、
155東助(とうすけ)『アヽ嬉(うれ)しい、156風(かぜ)のお蔭(かげ)で流(なが)れて居(を)つた船(ふね)が、157ドウヤラ此方(こちら)へ流(なが)れて来(き)さうだ。158皆(みな)さま、159喜(よろこ)びなさい』
160 四(よ)人(にん)は立(た)つて海面(かいめん)を眺(なが)めながら、161風(かぜ)に吹(ふ)かれて近(ちか)より来(きた)る船(ふね)を見(み)て、162思(おも)はず手(て)を拍(う)ち『ウローウロー』と叫(さけ)び居(ゐ)る。
163東助(とうすけ)『最早(もはや)此方(こつち)のものだ。164俊寛(しゆんくわん)の島流(しまなが)しも、165ドウヤラ赦免(しやめん)の船(ふね)が来(き)た様(やう)だ。166サア兎(と)も角(かく)帰(かへ)らねばなるまい。167此(こ)んな処(ところ)に長居(ながゐ)をして居(を)れば、168又(また)最前(さいぜん)の様(やう)に濃霧(のうむ)に包(つつ)まれ神罰(しんばつ)を蒙(かうむ)るか分(わか)つたものではない。169……これ貫州(くわんしう)さま、170早(はや)く高姫(たかひめ)さまを呼(よ)んで来(き)て下(くだ)さい、171船(ふね)の用意(ようい)をするから』
172貫州(くわんしう)『オイ鶴公(つるこう)、173清公(きよこう)、174武公(たけこう)、175確(しつか)り船(ふね)を捉(つか)まへて東助(とうすけ)さまを気(き)を付(つ)けよ。176俺(おれ)は急(いそ)いで大将(たいしやう)を呼(よ)んで来(く)るから』
177東助(とうすけ)『アハヽヽヽ、178滅多(めつた)に逃(に)げて帰(かへ)りも致(いた)さぬ。179安心(あんしん)して此(この)山中(さんちう)を探(さが)して来(き)なさい。180待(ま)つて居(を)るから……併(しか)し我(わが)家(や)に帰(かへ)つて……』
181と小声(こごゑ)にて後(あと)を付(つ)けた。182貫州(くわんしう)は一目散(いちもくさん)に勇(いさ)んで高姫(たかひめ)に報告(はうこく)す可(べ)く森林(しんりん)へ上(のぼ)り行(ゆ)く。183船(ふね)は磯端(いそばた)に漸(やうや)く寄(よ)つて来(き)た。184東助(とうすけ)は拍手(はくしゆ)しながら、
185東助(とうすけ)『アヽ、186船神(ふながみ)様(さま)、187有(あ)り難(がた)う御座(ござ)います。188サアサ三(さん)人(にん)の方々(かたがた)乗(の)つたり乗(の)つたり』
189鶴公(つるこう)『高姫(たかひめ)さまと貫州(くわんしう)はまだ見(み)えませぬから、190一寸(ちよつと)待(ま)つてやつて下(くだ)さいな』
191東助(とうすけ)『待(ま)つてはやるが家(うち)に帰(かへ)つて待(ま)つ事(こと)にせう。192サア乗(の)つたり乗(の)つたり』
193鶴公(つるこう)『ハヽヽヽヽ、194矢張(やつぱり)両人(りやうにん)は島流(しまなが)しだな。195アーそれもよからう。196何分(なにぶん)にも日(ひ)の出神(でかみ)が憑(つ)いて御座(ござ)るから滅多(めつた)な事(こと)はあるまい。197マアとつくりと御(ご)修業(しうげふ)が出来(でき)てよからう』
198と云(い)ひ乍(なが)ら四(よ)人(にん)はひらりと船(ふね)へ飛乗(とびの)り、199艪(ろ)をギクギクと漕出(こぎだ)し始(はじ)めた。200猜疑心(さいぎしん)深(ふか)き高姫(たかひめ)は最前(さいぜん)より、201傍(かたはら)の森林(しんりん)に身(み)を潜(ひそ)め、202一同(いちどう)の話(はなし)を窺(うかが)ひ聞(き)いて居(ゐ)たが、203コリヤ大変(たいへん)と貫州(くわんしう)を誘(さそ)ひながら磯端(いそばた)に走(はし)り来(きた)り、
204高姫(たかひめ)『コレコレ東助(とうすけ)さま、205お前(まへ)は何処(どこ)へ行(ゆ)くのだ。206妾(わし)をどうする積(つも)りだい』
207東助(とうすけ)『何処(どこ)へも行(ゆ)きませぬ。208淡路(あはぢ)の洲本(すもと)迄(まで)帰(かへ)るのだ』
209高姫(たかひめ)『そら約束(やくそく)が違(ちが)うぢやないか。210チヨツと船(ふね)を此方(こつち)へ着(つ)けて下(くだ)さい。211妾(わたし)も乗(の)つて帰(かへ)らねばならぬから、212そんなことをなさると今迄(いままで)の賃銀(ちんぎん)は払(はら)ひませぬぞ』
213東助(とうすけ)『賃銀(ちんぎん)を取(と)つて生活(せいくわつ)して居(を)る東助(とうすけ)とはチツと違(ちが)ふのだ。214私(わし)はこう見(み)えても淡路島(あはぢしま)第一(だいいち)の財産家(ざいさんか)だ。215船頭(せんどう)は道楽(だうらく)でやつて居(を)るのだから、216賃銀(ちんぎん)なぞは此方(こちら)から平(ひら)にお断(ことわ)り申(まを)します。217金(かね)が欲(ほ)しけりや幾程(いくら)でも此方(こつち)からやるワ。218マア緩(ゆつ)くりと此(この)島(しま)でお二人(ふたり)さま、219修業(しうげふ)なさいませ』
220と又(また)もや艪(ろ)を漕(こ)ぎ出(だ)す。221高姫(たかひめ)は声(こゑ)限(かぎ)り、
222高姫(たかひめ)『コレコレそんな無茶(むちや)な事(こと)がありますか。223天罰(てんばつ)が当(あた)りますぞ』
224東助(とうすけ)『天罰(てんばつ)の当(あた)つたのはお前(まへ)ら二人(ふたり)だ。225余(あま)り精神(せいしん)が良(よ)くないから、226修業(しうげふ)の為(た)めに残(のこ)して置(お)くのぢやから、227有難(ありがた)く思(おも)ひなさい。228……コレコレ鶴公(つるこう)、229清公(きよこう)、230武公(たけこう)、231お前(まへ)達(たち)は私(わたし)の船(ふね)に助(たす)けてやつたのだから、232一挙(いつきよ)一動(いちどう)、233私(わたし)の云(い)ふ様(やう)にするのだよ』
234 三(さん)人(にん)は声(こゑ)を揃(そろ)へて、
235三人『承知(しようち)しました、236何分(なにぶん)宜敷(よろし)く御(ご)指導(しだう)を願(ねが)ひます』
237貫州(くわんしう)『オーイオーイ東助(とうすけ)さま、238そりや余(あんま)りぢや、239一遍(いつぺん)船(ふね)を此方(こちら)へ着(つ)けて下(くだ)さい』
240 東助(とうすけ)は舌(した)をペロツと出(だ)す、241三(さん)人(にん)も顔(かほ)を見合(みあ)はして同(おな)じく舌(した)をペロツと出(だ)す。
242東助(とうすけ)『折角(せつかく)だが今日(けふ)は荷物(にもつ)が多(おほ)いからお断(ことわ)り申(まを)しませうかい。243此(この)上(うへ)罪(つみ)の多(おほ)い人間(にんげん)が乗(の)ると沈没(ちんぼつ)すると迷惑(めいわく)だからなア』
244 三(さん)人(にん)一度(いちど)に口(くち)を揃(そろ)へて、245東助(とうすけ)の言葉(ことば)其(その)儘(まま)を繰返(くりかへ)す。246東助(とうすけ)は何(なん)の頓着(とんちやく)もなく艪(ろ)を漕(こ)ぎ、247声(こゑ)も涼(すず)しく船歌(ふなうた)を唄(うた)ひながら追々(おひおひ)島(しま)に遠(とほ)ざかり行(ゆ)く。248高姫(たかひめ)、249貫州(くわんしう)の二人(ふたり)は磯端(いそばた)に地団太(ぢだんだ)踏(ふ)んで『オーイオーイ』と呼(よ)んで居(ゐ)る。250東助(とうすけ)は、
251(追分(おひわけ))
252東助『家島(えじま)立(た)ち出(い)で、253神島(かみじま)越(こ)えて、254向(むか)ふに見(み)ゆるは淡路島(あはぢしま)』
255(同上)
256東助『誠明石(まことあかし)の、257海峡(かいけふ)よぎり、258洲本(すもと)の我(わが)家(や)へ帰(かへ)ります』
259(同上)
260東助『後(あと)に残(のこ)りしお二人(ふたり)の、261高姫(たかひめ)さまや貫州(くわんしう)は、262鬼界(きかい)ケ島(しま)の俊寛(しゆんくわん)か。263どうして月日(つきひ)を送(おく)るやら』
264と唄(うた)ふ声(こゑ)、265海風(かいふう)に送(おく)られて両人(りやうにん)の耳(みみ)に入(い)[*ママ]る。266二人(ふたり)は狂気(きやうき)の如(ごと)く猛(たけ)び狂(くる)ひ騒(さわ)ぎ廻(まは)れども、267何(な)んと船影(せんえい)泣(な)く涙(なみだ)、268トボトボと力(ちから)なげに深林(しんりん)の中(なか)に薄(うす)き影(かげ)を隠(かく)すのであつた。269後(あと)に残(のこ)された高姫(たかひめ)は捨(す)て鉢(ばち)気味(ぎみ)になり、270芝生(しばふ)の上(うへ)に身(み)を投(な)げる様(やう)に横(よこ)たはりながら、271足(あし)をピンピン動(うご)かし、
272高姫(たかひめ)『コレコレ貫州(くわんしう)、273お前(まへ)は余程(よほど)イヽ頓馬(とんま)だな。274アレ丈(だ)け噛(か)んで呑(の)む様(やう)に言(い)うて置(お)いたのに、275人(ひと)の言(い)ふ事(こと)を尻(しり)で聞(き)き居(を)るから、276天罰(てんばつ)が当(あた)つて、277こんな目(め)に逢(あ)はされるのだよ。278是(こ)れから妾(わし)の云(い)ふ事(こと)を素直(すなほ)に聞(き)くのだよ』
279貫州(くわんしう)『天罰(てんばつ)は御(ご)同様(どうやう)だ。280貴女(あなた)も矢張(やつぱ)り此(こ)んなに置(お)いとけ放(ぼ)りを食(く)はされたのは、281何(なに)か深(ふか)い罪(つみ)があるからでせう。282私(わたし)は貴女(あなた)の罪(つみ)の巻添(まきぞ)へに逢(あ)うたのです。283誰(たれ)を恨(うら)める所(ところ)もない、284只(ただ)高姫(たかひめ)さまを恨(うら)む計(ばか)りだ』
285高姫(たかひめ)『誠(まこと)水晶(すゐしやう)の日(ひ)の出神(でのかみ)に罪(つみ)があつて堪(たま)りますか。286つまりお前(まへ)の罪(つみ)の巻添(まきぞ)へに遭(あ)うたのだ。287それだから神(かみ)様(さま)が何時(いつ)も水晶(すゐしやう)の身魂(みたま)は、288汚(よご)れた者(もの)と一緒(いつしよ)に置(お)くと総損(そうぞこな)ひになると仰有(おつしや)るのだ。289これを折(しほ)にスツパリと改心(かいしん)をなされ。290さうして日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)に絶対(ぜつたい)服従(ふくじゆう)をするのだよ』
291貫州(くわんしう)『此(こ)んな人影(ひとかげ)もない島(しま)に捨(す)てられる様(やう)な日(ひ)の出神(でのかみ)さまも、292頼(たよ)りない好(よ)い加減(かげん)なものですなア』
293高姫(たかひめ)『お前(まへ)は何(なん)ぞと云(い)うと、294直(すぐ)に日(ひ)の出神(でのかみ)のわざの様(やう)に云(い)ひなさる。295それが第一(だいいち)慢心(まんしん)といふものだよ』
296貫州(くわんしう)『貴女(あなた)の御(お)説教(せつけう)は何時(いつ)も隔靴(かくか)掻痒(さうよう)とか言(い)つて徹底(てつてい)せず、297恥(はぢ)を掻(か)き、298あたまを掻(か)き、299人(ひと)には靴靴(くつくつ)笑(わら)はれ、300痛(いた)かゆい様(やう)な気(き)がしていけませぬワ』
301高姫(たかひめ)『動中静(どうちうせい)あり、302静中動(せいちうどう)あり、303千変(せんぺん)万化(ばんくわ)、304自由(じいう)自在(じざい)の神(かみ)様(さま)の御(ご)経綸(けいりん)、305虱(しらみ)の放(こ)いた糞(ふん)にわいた虫(むし)の様(やう)な人間(にんげん)が、306苟(いやし)くも天地(てんち)の御(ご)先祖(せんぞ)様(さま)の御(おん)事(こと)に対(たい)し、307ゴテゴテ小言(こごと)を云(い)ふ資格(しかく)がありますか。308況(いは)んや広大(くわうだい)無辺(むへん)の御(ご)神徳(しんとく)の備(そな)はり給(たま)ふ日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)に於(おい)てをやだ。309モウ是(これ)限(き)り日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)に対(たい)し、310不足(ふそく)がましい事(こと)は言(い)はぬが宜(よろ)しいぞや』
311と肩(かた)を斜(なな)めに揺(ゆ)りながら、312四辺(あたり)の雑草(ざつさう)を蹴散(けち)らす様(やう)な足(あし)つきで、313ピンピン尻(しり)振(ふ)りつつ坂路(さかみち)を上(のぼ)つて行(ゆ)く。314貫州(くわんしう)も是非(ぜひ)なく二三間(にさんげん)遅(おく)れて不性(ふしよう)無精(ぶしよう)に従(つ)いて行(ゆ)く。315高姫(たかひめ)は怒(いか)り心頭(しんとう)に達(たつ)し、316益々(ますます)肩(かた)をくねりくねりと互(たが)ひ違(ちが)ひに揺(ゆす)り乍(なが)ら、317見向(みむ)きもせず山上(さんじやう)目蒐(めが)けて上(のぼ)つて行(ゆ)く。318貫州(くわんしう)は後(うしろ)より独語(ひとりごと)、
319貫州(くわんしう)『アヽ今年(ことし)は何(な)んとしてこんな年廻(としまは)りが悪(わる)いだらうか。320力(ちから)に思(おも)ふ高姫(たかひめ)さまは伊勢蝦(いせえび)の様(やう)にピンピンとはねなさる、321船(ふね)には見棄(みす)てられる。322こらマア何(ど)うなるのであらうかなア。323…アー此処(ここ)に枝振(えだぶり)の好(よ)い松(まつ)の木(き)がニユーツと出(で)て居(ゐ)る。324一(ひと)つ一思(ひとおも)ひに徳利結(とくりむす)びをやつて、325一(ひと)はねプリンプリンと出掛(でか)けやうかな。326アヽ何(ど)うなり行(ゆ)くも因縁(いんねん)だ』
327と帯(おび)を解(と)き徳利結(とくりむすび)を拵(こしら)へ、328松(まつ)の木(き)の枝(えだ)よりプリンと下(さが)つた。329此(この)物音(ものおと)に高姫(たかひめ)は後(あと)振返(ふりかへ)り見(み)てびつくりし、330周章(あわただ)しく七八間(しちはちけん)駆戻(かけもど)り、331貫州(くわんしう)の体躯(からだ)に取付(とりつ)き、
332高姫(たかひめ)『コレコレ貫州(くわんしう)、333何(なん)といふ短気(たんき)な事(こと)をして呉(く)れた。334此(この)島(しま)に放(はう)り残(のこ)され、335力(ちから)と頼(たの)むお前(まへ)に死(し)なれては、336どうして此(この)高姫(たかひめ)がたまらうか。337何(なん)といふ情(なさけ)ない事(こと)をするのだいなア……』
338 貫州(くわんしう)はポイと飛(と)んだ拍子(へうし)に灌木(くわんぼく)の枝(えだ)に足(あし)がツンと引(ひ)つ掛(か)かり、339首(くび)も締(しま)らず少(すこ)しの痛(いた)さも感(かん)じなかつた。340されど心(こころ)の内(うち)に『エー序(ついで)だ、341高姫(たかひめ)の我(が)を折(を)つて遣(や)らねばなるまい』と態(わざ)と細(ほそ)いイヤらしい声(こゑ)を出(だ)し、
342貫州(くわんしう)『アーア恨(うら)めしや、343私(わたし)は高姫(たかひめ)様(さま)の余(あま)り我(が)が強(つよ)いので、344度々(たびたび)御(ご)意見(いけん)をするのだけれどもチツトも聞(き)いて下(くだ)さらぬ。345夫(それ)故(ゆゑ)死(し)んで高姫(たかひめ)さまに意見(いけん)をするのだ。346改心(かいしん)さへ出来(でき)たらばまだ死(し)んで間(ま)が無(な)いから、347直(すぐ)に生(い)き返(かへ)り再(ふたた)び御用(ごよう)をするのだけれども、348到底(たうてい)改心(かいしん)は出来(でき)ない。349アヽ高姫(たかひめ)様(さま)もたつた独(ひとり)で淋(さび)しからう。350併(しか)し乍(なが)らたつた今(いま)迎(むか)ひに来(き)て上(あ)げる程(ほど)に、351必(かなら)ず心配(しんぱい)しなさるなヤア』
352 高姫(たかひめ)は驚(おどろ)いて、
353高姫(たかひめ)『コレコレ貫幽(くわんいう)どの、354私(わたし)が悪(わる)かつた。355これからもう我(が)を張(は)らぬから、356今(いま)一遍(いつぺん)娑婆(しやば)に帰(かへ)つてお呉(く)れ。357これこの通(とほ)りだ』
358と手(て)を合(あは)せ俯向(うつむ)く途端(とたん)に、359貫州(くわんしう)は灌木(くわんぼく)の枝(えだ)に両足(りやうあし)共(とも)チヨンと止(とま)り、360首筋(くびすぢ)を見(み)れば徳利結(とくりむすび)はチツトも締(しま)つて居(ゐ)ない。361ハテ不思議(ふしぎ)やと首(くび)を傾(かたむ)けて居(を)る其(その)間(あひだ)に、362貫州(くわんしう)は緩(ゆる)やかな首縄(くびなは)をグイと放(はな)し、
363貫州(くわんしう)『アヽ高姫(たかひめ)さまよう改心(かいしん)して下(くだ)さつた。364お蔭(かげ)で肉体(にくたい)で貴女(あなた)の御用(ごよう)がさして頂(いただ)け升(ます)』
365高姫(たかひめ)『アタ阿呆(あはう)らしい。366お前(まへ)は狂言(きやうげん)をしたのだらう。367本当(ほんたう)かと思(おも)つて肝(きも)を潰(つぶ)しかけた。368イヽ加減(かげん)なてんごうして置(お)きなされ』
369貫州(くわんしう)『てんごうでも何(な)んでもありませぬ。370本真剣(ほんしんけん)でやつたのだが、371折(をり)善(よ)くか折(をり)悪(あし)くか知(し)らぬが、372足(あし)の止(と)まりが出来(でき)て遣(や)り損(そこな)うたのだ。373そんなら今度(こんど)は改(あらた)めて本真剣(ほんしんけん)にやりませうか』
374 高姫(たかひめ)は又(また)もやツンとして、
375高姫(たかひめ)『勝手(かつて)にしなされ。376お前(まへ)の命(いのち)をお前(まへ)が失(うしな)ふのだから』
377貫州(くわんしう)『ハイ有難(ありがた)う。378お許(ゆる)しが出(で)ましたら即座(そくざ)に決行(けつかう)します。379其(その)代(かは)り最前(さいぜん)の様(やう)な泣(な)き言(ごと)は言(い)うて貰(もら)ひませぬぜ、380迷(まよ)ひますと困(こま)りますからなア』
381と手早(てばや)く松(まつ)の枝(えだ)にくくり付(つ)けた帯(おび)をほどき、382再(ふたたび)徳利結(とくりむすび)を拵(こしら)へ、383適当(てきたう)な枝振(えだぶり)を探(さが)して居(ゐ)る。384高姫(たかひめ)は、
385高姫(たかひめ)『エーしつかりせぬかいな』
386と平手(ひらて)で横面(よこづら)を二(ふた)つ三(み)つピシヤピシヤとやつた。
387貫州(くわんしう)『アイタヽヽ、388高姫(たかひめ)さま、389そんな無茶(むちや)をしなさるな。390何(なに)を腹(はら)が立(たち)ますか』
391高姫(たかひめ)『お前(まへ)は今(いま)死神(しにがみ)に憑(つ)かれて首(くび)を吊(つ)つて居(を)つたぢやないか。392それだから気(き)を付(つ)けてやつたのだよ』
393貫州(くわんしう)『ヘー』
394と生返事(なまへんじ)をしながら顔色(かほいろ)をサツと替(か)へ、395両方(りやうはう)の手(て)で頸(くび)の辺(あた)りを、396嫌(いや)らしさうに撫(な)で廻(まは)して居(ゐ)る。
397高姫(たかひめ)『アヽ今日(けふ)は何(なん)となく気分(きぶん)が悪(わる)い。398ササ貫州(くわんしう)、399磯辺(いそべ)に行(い)つて、400広(ひろ)い海(うみ)でも眺(なが)めて気(き)を換(か)へて来(こ)よう。401又(また)船(ふね)の一艘(いつそう)も流(なが)れて来(く)るかも知(し)れない。402ササしつかりしつかり』
403と背(せな)を三(み)ツ四(よ)ツ叩(たた)き、404貫州(くわんしう)の手(て)を引(ひ)き山坂(やまさか)を下(くだ)つて、405再(ふたたび)元(もと)の磯端(いそばた)に帰(かへ)つて来(き)た。406見(み)れば艪櫂(ろかい)の付(つ)いた新(あたら)しい船(ふね)が一隻(いつせき)磯端(いそばた)に横付(よこづ)けになつて居(ゐ)る。407好(よ)く好(よ)く見(み)れば船(ふね)の中側(なかべり)に『玉能姫(たまのひめ)より高姫(たかひめ)様(さま)に此(この)船(ふね)進上(しんじやう)仕(つかまつ)ります』と記(しる)して在(あ)つた。408高姫(たかひめ)はこれを見(み)て、
409高姫(たかひめ)『オホヽヽヽ、410さすがの玉能姫(たまのひめ)も日(ひ)の出神(でのかみ)の御(ご)神力(しんりき)に恐(おそ)れ、411寝心地(ねごこち)が悪(わる)くなつたと見(み)えて、412こんな新(あたら)しい船(ふね)を何処(どこ)からか買求(かひもと)め、413そつと此処(ここ)へ置(お)いといて遁(に)げて帰(い)んだのだな。414意地(いぢ)くね悪(わる)い奴(やつ)に似合(にあ)はず、415一寸(ちよつと)気(き)の利(き)いた事(こと)を遣(や)り居(を)るワイ。416サア此(この)船(ふね)さへあれば何日(なんにち)此(この)島(しま)に居(を)つたつて心配(しんぱい)は無(な)いが、417余(あま)り長(なが)らく置(お)いて置(お)くと俄(にはか)に心(こころ)が変(かは)りあの船(ふね)が惜(をし)くなつたと云(い)うて、418取返(とりかへ)しに来(こ)られては、419それこそ此方(こちら)が取返(とりかへ)しの付(つ)かぬ縮尻(しくじり)をやらねばならぬから、420今日(けふ)は兎(と)も角(かく)此(この)船(ふね)に乗(の)つて玉(たま)の所在(ありか)を探(さが)して来(こ)う。421どうも此(この)島(しま)には在(あ)りさうにない。422玉能姫(たまのひめ)の言葉(ことば)に、423竜神(りうじん)が持(も)つて行(い)き居(を)つたと言(い)うた事(こと)がある。424大方(おほかた)南洋(なんやう)の竜宮島(りうぐうじま)へでも納(をさ)まつて居(を)るだらう。425此(この)島(しま)の果物(くだもの)を沢山(たくさん)に積込(つみこ)み兵糧(ひやうらう)をドンと用意(ようい)して、426神(かみ)の随意(まにまに)此(この)船(ふね)の続(つづ)く限(かぎ)り、427腕力(うでぢから)のあらむ限(かぎ)り探(さが)しに行(ゆ)く。428お前(まへ)も結構(けつこう)な御用(ごよう)だから、429御(お)伴(とも)をさして上(あ)げるから喜(よろこ)びなさい』
430貫州(くわんしう)『成(な)る可(べ)くなら此(この)お伴(とも)ばかりは、431除隊(ぢよたい)にして貰(もら)ひ度(た)いものですなア』
432高姫(たかひめ)『オホヽヽヽ、433お前(まへ)も中々(なかなか)のしれ物(もの)だ。434除隊(ぢよたい)のない事(こと)を仰有(おつしや)るわい』
435と果物(くだもの)を数多(あまた)積込(つみこ)み、436高姫(たかひめ)は下手(へた)ながらも艪(ろ)を操(あやつ)り、437貫州(くわんしう)は櫂(かい)を使(つか)ひながら家島(えじま)を後(あと)に瀬戸(せと)の海(うみ)を西(にし)へ西(にし)へと進(すす)み行(ゆ)く。
438(大正一一・六・一二 旧五・一七 谷村真友録)
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