霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一〇章 太平柿(たいへいがき)〔七九二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第27巻 海洋万里 寅の巻 篇:第3篇 神仙霊境 よみ(新仮名遣い):しんせんれいきょう
章:第10章 太平柿 よみ(新仮名遣い):たいへいがき 通し章番号:792
口述日:1922(大正11)年07月25日(旧06月02日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年6月20日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
若彦は常楠と共に熊野で修行中、木花姫命の託宣により、琉球の島に渡って竜神と言霊戦を行うことになっていたのであった。
一行がハーリス山に登る途中、国依別は空腹に耐えかねて、山腹の断崖絶壁に見事に生っている太平柿を常楠に所望した。常楠は、島人の一人に柿取りを依頼した。
島人チャールは、あの柿は竜神の持ち物であり、食った者は腹が膨れて苦しみ、遂には大蛇の子が腹を破って絶命する恐ろしい柿だと語ったが、国依別が竜神の化身ならば大丈夫かもしれないので取ってこようと請合った。
しかし島人ベースはいくら竜神が懸っていたとしても、食べるのは国依別の肉体だからやめた方がよいと忠告した。国依別は自分は肉体も完全に竜神の化身なのだからと適当なことを言って、柿を取ってくるように命じた。
命を受けたチャールとベースの両人は、あまりに柿がうまそうなので、使命を忘れて自分たちが食べ始めてしまった。仕方なく国依別は自分も断崖の柿の木に登って、むしって食べ始めた。
たちまち腹が布袋のように膨れて来た。国依別は慌てて木を降りようとしたが、相当に大きな大蛇が木を登ってきた。国依別は天の数歌を唱えたが、大蛇は登ってくる。辟易した国依別は、断崖の下の谷川の深淵に飛び込んだ。
チャールとベースも国依別の後を追って飛び込んでしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-10-30 18:33:39 文字数:4127 OBC :rm2710
愛善世界社版:169頁 八幡書店版:第5輯 304頁 修補版: 校定版:175頁 普及版:76頁 初版: ページ備考:
001紀州(きしう)熊野(くまの)の片畔(かたほとり)
002天地(てんち)の神(かみ)の御教(みをしへ)を
003朝(あさ)な夕(ゆふ)なに宣(の)べ伝(つた)ふ
004三五教(あななひけう)の若彦(わかひこ)が
005常楠爺(つねくすぢい)さまと諸共(もろとも)に
006熊野(くまの)の滝(たき)に参詣(まゐまう)で
007御禊祓(みそぎはらひ)の最中(さいちう)に
008現(あら)はれ出(い)でし姫神(ひめがみ)は
009心(こころ)の花(はな)の開(ひら)くなる
010蓮華(はちす)の山(やま)の守(まも)り神(がみ)
011木花姫(このはなひめ)の忽然(こつぜん)と
012滝(たき)の畔(ほとり)に現(あ)れまして
013言葉(ことば)静(しづ)かに宣(の)らすやう
014汝(なんぢ)は是(これ)により常楠(つねくす)と
015旅装(りよさう)を整(ととの)へ船(ふね)に乗(の)り
016熊野(くまの)の浦(うら)を立(た)ち出(い)でて
017浪間(なみま)に浮(うか)ぶ宝島(たからじま)
018琉(りう)と球(きう)との瑞宝(ずゐはう)の
019いや永久(とこしえ)に納(をさ)まれる
020聖地(せいち)に到(いた)りてハーリスの
021山(やま)に棲(す)まへる荒神(あらがみ)を
022言向(ことむ)け和(やは)し竜神(りうじん)の
023腮(あぎと)の珠(たま)を受(う)け取(と)りて
024三五教(あななひけう)の神司(かむづかさ)
025玉照彦(たまてるひこ)や玉照姫(たまてるひめ)の
026貴(うづ)の御前(みまへ)に奉(たてまつ)れ
027高天原(たかあまはら)の聖地(せいち)より
028言依別(ことよりわけ)を始(はじ)めとし
029国依別(くによりわけ)の宣伝使(せんでんし)
030後(あと)より来(きた)り給(たま)ふべし
031汝(なんぢ)はそれに先(さき)だちて
032此(この)神島(かみじま)に到着(たうちやく)し
033ハーリス山(ざん)の深谷(しんこく)に
034棲(す)む竜神(りうじん)を言霊(ことたま)の
035神(かみ)の息吹(ゐぶき)に言向(ことむ)けよ
036木花姫(このはなひめ)は汝(なれ)が身(み)の
037前(まへ)に後(うしろ)につき添(そ)ひて
038必(かなら)ず功績(いさを)を建(た)てさせむ
039一日(ひとひ)も早(はや)く進(すす)めよと
040言葉(ことば)終(をは)ると諸共(もろとも)に
041早(は)や御姿(みすがた)は消(き)え給(たま)ひ
042後(あと)に芳香(はうかう)馥郁(ふくいく)と
043四辺(あたり)に薫(かを)る床(ゆか)しさよ
044幽玄(いうげん)閑雅(かんが)の音楽(おんがく)は
045梢(こずゑ)を渡(わた)る科戸辺(しなどべ)の
046風(かぜ)に相和(あひわ)し面白(おもしろ)く
047耳(みみ)も若(わか)やぐ若彦(わかひこ)が
048常楠(つねくす)伴(ともな)ひ天(てん)を覆(おほ)ふ
049樟(くす)の老木(らうぼく)生茂(おひしげ)る
050熊野(くまの)の森(もり)を後(あと)にして
051神(かみ)の御言(みこと)を畏(かしこ)みつ
052浪(なみ)のまにまに出(い)で来(きた)り
053ハーリス山(ざん)の麓(ふもと)なる
054槻(つき)の大樹(だいじゆ)の洞穴(どうけつ)を
055暫時(しばし)の住家(すみか)と定(さだ)めつつ
056日日(ひにち)毎日(まいにち)竜神(りうじん)を
057言向(ことむ)け和(やは)す其(その)為(ため)に
058数多(あまた)の土人(どじん)に侍(かしづ)かれ
059嶮(けは)しき山坂(やまさか)昇降(しようかう)し
060心(こころ)の限(かぎ)り真心(まごころ)を
061尽(つく)して神業(しんげふ)に仕(つか)へける
062今日(けふ)は殊更(ことさら)竜神(りうじん)の
063出現(しゆつげん)遅(おそ)く暇(ひま)どりて
064槻(つき)の大木(おほき)の仮宅(かりたく)に
065帰(かへ)りし頃(ころ)は夜半(よはん)頃(ごろ)
066数多(あまた)の篝火(かがりび)かがやかし
067我(わ)が洞穴(ほらあな)に近(ちか)づきて
068外(そと)より中(なか)を眺(なが)むれば
069虎(とら)狼(おほかみ)か鬼(おに)か蛇(じや)か
070はた竜神(りうじん)の化身(けしん)にや
071異様(いやう)の物影(ものかげ)忽(たちま)ちに
072嘯(うそぶ)く声(こゑ)はウーウーと
073四辺(あたり)に響(ひび)く大音(だいおん)に
074若彦(わかひこ)胆(きも)を潰(つぶ)しつつ
075小声(こごゑ)になりて数歌(かずうた)を
076唱(とな)へ終(をは)れば中(なか)よりも
077声調(せいてう)揃(そろ)はぬ怪声(くわいせい)に
078一(ひと)二(ふた)三(み)つ四(よ)つ五(いつ)つ六(む)つ
079七(なな)八(や)つ九(ここの)つ十(とう)たらり
080百(もも)千(ち)万(よろづ)と応酬(おうしう)する
081若彦(わかひこ)大地(だいち)に平(ひ)れ伏(ふ)して
082轟(とどろ)く胸(むね)を押(おさ)へつつ
083虎(とら)狼(おほかみ)か鬼(おに)か蛇(じや)か
084但(ただし)は誠(まこと)の神(かみ)様(さま)か
085名乗(なの)らせ給(たま)へと呼(よば)はれば
086国依別(くによりわけ)は声(こゑ)を変(か)へ
087ハーリス山(ざん)の竜神(りうじん)が
088琉(りう)と球(きう)との宝玉(ほうぎよく)を
089言依別(ことよりわけ)や国依別(くによりわけ)の
090神(かみ)の司(つかさ)に授(さづ)くなり
091夢々(ゆめゆめ)疑(うたが)ふ事(こと)なかれ
092是(これ)を聞(き)いたる若彦(わかひこ)は
093正直(しやうぢき)一途(いちづ)の性質(うまれつき)
094誠(まこと)の神(かみ)と喜(よろこ)んで
095感謝(かんしや)の涙(なみだ)に暮(く)れて居(ゐ)る
096常楠爺(つねくすぢ)さまは怪(あや)しんで
097心(こころ)の僻(ひが)みか知(し)らねども
098竜(りう)の化身(けしん)の姫神(ひめがみ)と
099思(おも)へぬ節(ふし)がやつとある
100言依別(ことよりわけの)神(かみ)様(さま)や
101国依別(くによりわけ)の宣伝使(せんでんし)
102此(この)洞穴(どうけつ)に入(い)りまして
103息(いき)を休(やす)ませ給(たま)ふらん
104此(この)姫神(ひめがみ)は正(まさ)しくも
105三五教(あななひけう)の国依別(くによりわけ)の
106神(かみ)の司(つかさ)が茶目(ちやめ)式(しき)を
107発揮(はつき)したるに相違(さうゐ)なし
108これこれ国依別(くによりわけ)さまよ
109早(はや)く正体(しやうたい)現(あら)はせと
110云(い)ふ間(ま)もあらず国依別(くによりわけ)は
111察知(さつち)の言葉(ことば)に耐(たま)りかね
112思(おも)はず吹(ふ)き出(だ)す笑(わら)ひ声(ごゑ)
113忽(たちま)ち化(ばけ)は現(あら)はれて
114茲(ここ)に三(さん)人(にん)暗黒(あんこく)の
115洞穴内(どうけつない)に押(お)し入(い)つて
116闇(やみ)に彷徨(さまよ)ひ燧石(ひうちいし)
117カチカチ打(う)てど何故(なにゆゑ)か
118今日(けふ)に限(かぎ)つて火(ひ)は出(い)でぬ
119三(さん)人(にん)闇(やみ)に包(つつ)まれて
120盲(めくら)の神(かみ)の垣(かき)覗(のぞ)き
121四辺(あたり)を探(さぐ)る折柄(をりから)に
122松明(たいまつ)持(も)つて両人(りやうにん)が
123此(この)場(ば)に現(あら)はれ入(い)り来(きた)り
124其処(そこ)に明火(かがりび)を立(た)て置(お)いて
125忽(たちま)ち表(おもて)へ駆(か)け出(いだ)す
126言依別(ことよりわけ)は起上(おきあが)り
127三人(みたり)の姿(すがた)を透(すか)し見(み)て
128不意(ふい)の邂逅(かいこう)祝(しゆく)しつつ
129久方(ひさかた)振(ぶ)りに四方山(よもやま)の
130話(はなし)と共(とも)に夜(よ)は明(あ)けぬ
131あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
132尊(たふと)き神(かみ)の引(ひ)き合(あは)せ
133四魂(しこん)揃(そろ)うて神人(かみびと)は
134旭(あさひ)の光(ひかり)を浴(あ)びながら
135四五(しご)の土人(どじん)を従(したが)へて
136棕櫚(しゆろ)や花櫚(くわりん)の生(を)ひ茂(しげ)る
137林(はやし)の中(なか)を掻(か)い潜(くぐ)り
138土(つち)柔(やはら)かくぼかぼかと
139足(あし)を没(ぼつ)する山麓(さんろく)の
140小径(こみち)を踏占(ふみし)め登(のぼ)り行(ゆ)く。
141 冬(ふゆ)とは云(い)へど雪(ゆき)も無(な)ければ霜(しも)も降(ふ)らぬ、142自転倒(おのころ)島(じま)の夏(なつ)の如(ごと)き陽気(やうき)に、143汗(あせ)を垂(た)らしながら脛(すね)を没(ぼつ)する灰(はひ)のやうなボカボカ道(みち)を踏(ふ)み慣(な)れぬ足(あし)に登(のぼ)つて往(ゆ)く。
144 国依別(くによりわけ)は空腹(くうふく)に耐(た)へ兼(か)ね、145傍(かたはら)の芭蕉(ばせう)の葉(は)を一(いち)枚(まい)剥(めく)つて之(これ)を四(よつ)つに畳(たた)み、146敷物(しきもの)の代(かは)りにして路傍(みちばた)にドツカと坐(ざ)し、147左(ひだり)の手(て)を膝(ひざ)に上向(うへむ)けにチンと乗(の)せ、148右(みぎ)の手(て)を握(にぎ)り食指(ひとさしゆび)のみヌツと前(まへ)に突(つ)き出(だ)し、149太平柿(たいへいがき)の甘(うま)さうに断崖(だんがい)絶壁(ぜつぺき)に実(な)つて居(ゐ)るのを見(み)て、150喉(のど)を鳴(な)らせながら無言(むごん)の儘(まま)坐(すわ)つて居(ゐ)る。151言依別(ことよりわけ)、152若彦(わかひこ)は七八間(しちはちけん)も先(さき)に立(た)つて居(ゐ)る。153国依別(くによりわけ)の後(うしろ)から従(つ)いて来(き)た常楠(つねくす)、154チヤール、155ベース其(その)他(た)の土人(どじん)は、156国依別(くによりわけ)の態度(たいど)に不審(ふしん)の念(ねん)晴(は)れず、157ジツとして顔(かほ)を見詰(みつ)めて居(ゐ)た。158国依別(くによりわけ)は膝(ひざ)の上(うへ)に乗(の)せた左(ひだり)の手(て)を一二回(いちにくわい)上(あ)げ下(さ)げし乍(なが)ら、159右(みぎ)の手(て)の食指(ひとさしゆび)にて向(むか)ふの柿(かき)を指(ゆびさ)し、160次(つい)で自分(じぶん)の口(くち)を指(さ)し、161又(また)柿(かき)を指(さ)し又(また)口(くち)を指(ゆびさ)しやつて居(ゐ)る。
162常楠(つねくす)『モシモシ国依別(くによりわけ)さま、163此(この)常楠(つねくす)は年(とし)は老(と)つても耳(みみ)は近(ちか)いのだから、164そんな仕方(しかた)をせずに口(くち)で言(い)つたら如何(どう)ですか』
165 国依別(くによりわけ)は自分(じぶん)の口(くち)を指(さ)し又(また)柿(かき)を指(さ)し、166遂(つひ)には腹(はら)を指(さ)して見(み)せた。
167常楠(つねくす)『察(さつ)する所(ところ)あの柿(かき)が食(く)ひたいと仰有(おつしや)るのですか。168そんなら今(いま)喰(く)はして上(あ)げませう。169これこれチヤールさま、170誰(たれ)か此(この)中(うち)で木登(きのぼ)りが上手(じやうづ)な人(ひと)、171此(この)谷(たに)を向(むか)ふへ渡(わた)つて、172あの甘(うま)さうな柿(かき)を二(ふた)つ三(みつ)つ採(と)つて来(き)て下(くだ)さらぬか。173国依別(くによりわけ)の喉(のど)の神(かみ)さまが彼(あ)の柿(かき)を献(たてまつ)れよと御(ご)命令(めいれい)して御座(ござ)る』
174チヤール『ハイ畏(かしこ)まりました。175併(しか)し乍(なが)ら彼処(あすこ)に残(のこ)つて居(ゐ)るあの柿(かき)は、176竜神(りうじん)さまの柿(かき)と云(い)つて人間(にんげん)の喰(く)ふ物(もの)ぢや御座(ござ)いませぬ。177若(も)し一(ひと)つでも喰(く)はうものなら、178男女(だんぢよ)に拘(かか)はらず、179忽(たちま)ち腹(はら)が膨(ふく)れ、180遂(つひ)に臍(へそ)がはぢけて、181大蛇(をろち)の児(こ)が生(うま)れ、182親(おや)はそれつ切(き)り国替(くにがへ)致(いた)すと云(い)ふ険難(けんのん)の柿(かき)です。183それ故(ゆゑ)誰(たれ)も採(と)つた者(もの)もなければ、184食(く)つた者(もの)もありませぬ。185従(したが)つて其(その)味(あぢ)を知(し)る者(もの)もないのです。186此(この)方(かた)に竜神(りうじん)様(さま)が御(お)憑(うつ)りになつて居(を)られますのかなア。187そんなら竜神(りうじん)さまに御(お)上(あ)げ申(まを)すつもりで、188取(と)つて参(まゐ)りませうか』
189ベース『オイオイ、190チヤール、191さう安請合(やすうけあひ)をするものぢやないぞ。192何程(なにほど)常楠(つねくす)様(さま)が天降(あまくだ)つた神(かみ)様(さま)だと云(い)つても、193竜神(りうじん)の柿(かき)を自由(じいう)になさる事(こと)は出来(でき)ない。194又(また)仮令(たとへ)御(お)憑(うつ)りになつても、195それは霊(れい)だから、196ムシヤムシヤお食(あが)りになる筈(はず)がない。197お食(あが)りになるとすれば此(この)方(かた)の肉体(にくたい)が食(く)ふのだから、198それこそ大変(たいへん)だ。199サア往(ゆ)かう。200若彦(わかひこ)様(さま)や言依別(ことよりわけの)神(かみ)様(さま)は、201最早(もはや)御(お)姿(すがた)が見(み)えなくなつて了(しま)つた』
202国依別(くによりわけ)『汝(なんぢ)チヤール、203ベースの両人(りやうにん)、204其(その)争(あらそ)ひは尤(もつと)もだ。205併(しか)し乍(なが)ら此(こ)の方(はう)は真(しん)の竜神(りうじん)の化身(けしん)、206元(もと)の姿(すがた)の儘(まま)ならば谷間(たにま)に下(くだ)つて鎌首(かまくび)をキユウと立(た)て、207舌(した)をニヨロニヨロ出(だ)せば、208手(て)もなく口(くち)にニユウと這入(はい)るのであるが、209斯(か)う人間(にんげん)に化(ばけ)て居(ゐ)る間(あひだ)は、210ヤツパリ人間(にんげん)並(なみ)に採(と)ることが出来(でき)ない。211神(かみ)が命令(めいれい)する、212チヤール、213ベース、214早(はや)く採(と)つて参(まゐ)れ。215苦(くる)しうないぞ』
216チヤール『ハイ畏(かしこ)まりました』
217ベース『苦(くる)しうないと仰有(おつしや)いましたね。218そりや其(その)筈(はず)だ。219ジツとして芭蕉(ばせう)の葉(は)の上(うへ)に胡坐(あぐら)をかき、220人(ひと)に苦(くる)しい思(おも)ひをさして、221あの柿(かき)を採(と)り、222居(ゐ)乍(なが)らにして据膳(すゑぜん)を戴(いただ)き遊(あそ)ばすのだもの、223何(なに)が苦(くる)しいものか。224楽(らく)なものだよ』
225国依別(くによりわけ)『グヅグヅ申(まを)さずに早(はや)く採(と)つて献上(けんじやう)致(いた)せ。226国依別(くによりわけ)空腹(くうふく)に依(よ)り、227最早(もはや)一歩(いつぽ)も歩行(ある)けなくなつて、228此処(ここ)に極楽(ごくらく)往生(わうじやう)を致(いた)しかけたぞよ』
229常楠(つねくす)『オツホヽヽヽ』
230 チヤール、231ベースの両人(りやうにん)は、232猿(ましら)の如(ごと)く断崖(だんがい)を下(くだ)り、233可(か)なり深(ふか)い谷川(たにがは)の点在(てんざい)せる岩(いは)の頭(あたま)を飛(と)び乍(なが)ら、234流(ながれ)を避(よ)けて向(むか)ふ側(がは)に渡(わた)り、235柿(かき)の木(き)に喰(く)ひついて二人(ふたり)は登(のぼ)り行(ゆ)く。
236 水(みづ)の垂(た)る様(やう)な甘(うま)さうな柿(かき)が、237幾(いく)つともなく沢山(たくさん)に葉(は)の蔭(かげ)にぶらついて居(ゐ)る。238其(その)大(おほ)きさは牛(うし)の睾丸(きんたま)位(くらゐ)確(たし)かにある。239チヤール、240ベースの両人(りやうにん)は得(え)も言(い)はれぬ甘(うま)さうな香(にほひ)に耐(たま)りかね、241自分(じぶん)の使命(しめい)を忘(わす)れて一生(いつしやう)懸命(けんめい)に甘(うま)さうな奴(やつ)から、242採(と)つては食(く)ひ採(と)つては食(く)ひ、243舌鼓(したつづみ)を打(う)つて居(ゐ)た。
244 常楠(つねくす)は下(した)から声(こゑ)を掛(か)け、
245常楠(つねくす)『コレコレ、246チヤール、247ベースの両人(りやうにん)、248柿(かき)を落(おと)さないか』
249 此(この)声(こゑ)にチヤールはフト気(き)がつき、
250チヤール『今(いま)落(おと)しませう。251併(しか)し斯(こ)んな柔(やはら)かい柿(かき)を落(おと)せば、252潰(つぶ)れて了(しま)ひます。253生憎(あいにく)容(い)れ物(もの)もなし、254私(わたし)の腹(はら)の中(なか)へ入(い)れて持(も)つて下(お)りますから、255待(ま)つて居(ゐ)て下(くだ)さい』
256常楠(つねくす)『此処(ここ)に竜神(りうじん)さまがお待兼(まちかね)だ。257少(すこ)し固(かた)くつても良(よ)いから、258むしつて此方(こちら)へ抛(ほ)つて呉(く)れ』
259チヤール『堅(かた)いものは渋(しぶ)くつて喰(く)へませぬぞえ』
260常楠(つねくす)『エー仕方(しかた)がないなア』
261国依別(くによりわけ)『あゝ斯(こ)うして居(ゐ)て、262人(ひと)が甘(うま)さうに食(く)うて居(ゐ)るのを見(み)ると、263腹(はら)が余計(よけい)空(す)くようだ。264エー仕方(しかた)がない、265人(ひと)を力(ちから)にするな、266師匠(ししやう)を杖(つゑ)に突(つ)くなと、267神(かみ)様(さま)が仰有(おつしや)つた。268人(ひと)の力(ちから)で甘(あま)い柿(かき)を採(と)つて、269徳(とく)を取(と)らうと思(おも)つても駄目(だめ)だ。270ドレ自分(じぶん)の事(こと)は自分(じぶん)で埒(らち)をつけるに限(かぎ)る』
271とペコペコした腹(はら)を抱(かか)へ、272二重腰(ふたへごし)になつて、273断崖(だんがい)を辷(すべ)り落(お)ち、274谷川(たにがは)から浮(う)き出(だ)した岩(いは)の頭(あたま)を、275ポイポイと飛(と)び越(こ)え、276辛(から)うじて対岸(たいがん)の柿(かき)の根元(ねもと)に着(つ)いた。277見(み)れば二人(ふたり)は蚕(かひこ)が桑(くは)の葉(は)を食(く)ふやうに、278小口(こぐち)ごなしに赤(あか)い甘(うま)いのを平(たひ)らげて仕舞(しま)ひ、279下(した)の方(はう)には青(あを)い渋(しぶ)いのがぶら下(さが)つて居(ゐ)る。280国依別(くによりわけ)は空(そら)を仰(あふ)きながら、
281国依別(くによりわけ)『オイ、282チヤール、283ベースの両人(りやうにん)、284些(ちつ)とは赤(あか)いのを残(のこ)して置(お)いて呉(く)れよ。285今(いま)登(のぼ)るから……』
286と柿(かき)の節(ふし)だらけの瘤(こぶ)に手(て)をかけ足(あし)をかけ、287やつと一(いち)の枝(えだ)に取(と)りつき下(した)を見(み)れば、288激潭(げきたん)飛沫(ひまつ)の谷川(たにがは)凄惨(せいさん)の気(き)に襲(おそ)はれ、289空腹(くうふく)の上(うへ)の事(こと)とて目(め)も眩(くら)む様(やう)な感(かん)じがして来(き)た。290国依別(くによりわけ)は漸(やうや)くにして一方(いつぱう)の細(ほそ)き枝(えだ)に身(み)を寄(よ)せ、
291国依別(くによりわけ)『アヽ危(あぶな)いものだ。292この枝(えだ)が一(ひと)つペキンと折(を)れようものなら忽(たちま)ち寂滅(じやくめつ)為楽(ゐらく)だ。293併(しか)し怖(こは)い所(ところ)に行(ゆ)かねば熟柿(じゆくし)は食(く)へんぞよと神(かみ)様(さま)が仰有(おつしや)つた。294美味(おい)しい熟柿(じゆくし)は矢張(やつぱ)り怖(こは)い所(ところ)にあるものだナア』
295と呟(つぶや)きながら辛(から)うじて美味(うま)さうな奴(やつ)を一(ひと)つむしり、296飛(と)びつくやうに矢庭(やには)に頬張(ほほば)つて見(み)た。297何(なん)とも云(い)へぬ美味(びみ)で思(おも)はず目(め)も細(ほそ)くなり、298顔(かほ)に皺(しわ)を寄(よ)せて賞翫(しやうぐわん)した。299忽(たちま)ち腹(はら)は布袋(ほてい)の如(ごと)く刻々(こくこく)に膨(ふく)れ出(だ)した。
300国依別(くによりわけ)『ヤア此奴(こいつ)は耐(たま)らん、301チヤールの云(い)ふやうに大蛇(だいじや)が腹(はら)に宿(やど)つたのかなア。302何(なん)だか腹(はら)の中(なか)がクレクレとして来(き)たぞ。303天足(あだる)、304胞場(えば)の昔(むかし)のやうに体主(たいしゆ)霊従(れいじう)になつて仕舞(しま)ふのではあるまいかなア。305高山(たかやま)の伊保理(いほり)、306低山(ひきやま)の伊保理(いほり)を柿(かき)わけて食(きこ)し召(め)せと云(い)ふからは、307強(あなが)ち神罰(しんばつ)も当(あた)るまい。308アヽグヅグヅして居(ゐ)ると腹(はら)が大(おほ)きくなつて下(お)りられないやうになる。309あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
310と樹(き)を下(お)りんとする。311相当(さうたう)に黒(くろ)い大(おほ)きな大蛇(だいじや)、312亀甲型(きつかふがた)の斑紋(はんもん)を光(ひか)らせながら絡繹(らくえき)として柿(かき)の樹(き)目蒐(めが)けて上(のぼ)つて来(く)る嫌(いや)らしさ。313国依別(くによりわけ)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に一(ひと)二(ふた)三(み)四(よ)と天(あま)の数歌(かずうた)を唱(とな)へた。
314 国依別(くによりわけ)は追々(おひおひ)登(のぼ)り来(きた)る勢(いきほひ)猛(たけ)き悪蛇(あくじや)に僻易(へきえき)し、315樹上(じゆじやう)より両手(りやうて)を拡(ひろ)げて空中(くうちう)を掻(か)きながら、316谷川(たにがは)の蒼味(あをみ)だつた深淵(しんえん)の上(うへ)にドブンと落(お)ち込(こ)んだ。317逆巻(さかま)く浪(なみ)に捲(ま)き込(こ)まれて暫(しばら)くは其(その)姿(すがた)も見(み)えなくなつて仕舞(しま)つた。318蛇(へび)は急速度(きふそくど)を以(もつ)て数(かず)限(かぎ)りなく柿(かき)の木(き)に上(のぼ)つて来(く)る。
319 チヤール、320ベースの両人(りやうにん)は、321国依別(くによりわけ)の飛(と)び込(こ)んだ青淵(あをぶち)目蒐(めが)けて又(また)もやドブンドブンと飛(と)び込(こ)んで仕舞(しま)つた。322パツと立(た)つた水煙(みづけむり)と共(とも)に二人(ふたり)の姿(すがた)は又々(またまた)消(き)えて仕舞(しま)つた。323あゝ此(この)三(さん)人(にん)の行方(ゆくへ)は如何(どう)なつたのであらうか。
324(大正一一・七・二五 旧六・二 加藤明子録)
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