言依別命は、国依別らの身に変事があったとは思わず、一心不乱に神言を奏上しながら、千畳敷の岩石が散乱する谷間にやってきた。そこには山と山との間に紺碧の淵が広がり、風もないのに波騒いでいた。
若彦は波が騒いでいるのを見て、国依別が途中の太平柿を取って竜神の機嫌を損ねたのではないかと心配になる。
言依別と待っていると、常楠が息せききってやってきた。常楠はさいぜんの出来事を包み隠さず報告した。そこへ、国依別とチャール、ベースが宣伝歌を歌いながら登ってきた。
国依別はまた茶目っ気を出して軽口を叩いている。すると一陣の暴風が水面から吹き起こり、巨大な岩石を巻き上げる勢いになってきた。国依別は大木の幹に抱きついて必死に祈念していた。
言依別をはじめその他の人々は、暴風にも裾もふかれず端座していた。一同は国依別の様子を見てからかっている。国依別以外の人々には、暴風を感じていないようであった。言依別命は国依別をたしなめた。
夜が更けてきた。一同が月に祈願を凝らしていると、雨つぶてがばらばらと降ってきた。湖面は鉢のように窪みがいくつも生じてきた。雨が止まると湖底に火柱のようなものが横たわって輝き始めた。
四方の山々から怪音が響き出し、四辺は真っ暗となって見えなくなってしまった。湖面を渡ってくる白色の長大な怪物があった。白髪・髭を長く垂らして金色さんぜんたる角を生やし、口は耳まで裂け、金色の牙をむき出していた。
怪物は、竜神の眷属・竜若彦神であると名乗った。ハーリス山の竜神・大竜別命、大竜別姫命は、言依別命らが玉照彦・玉照姫の神命によって琉球の玉を受け取りに来たことを喜んでいる、と伝えた。
しかし言依別命幕下の国依別が、柿を盗んで喰ったために、眷属たちは大いに立腹し、琉球の玉を引き渡すことは考え直さなければならないと大評定の真っ最中であると伝えた。
国依別は自分が交渉しようと前に出ると、竜若彦命に対して、怪物の姿で現れて脅したことを非難した。また柿については、竜神が食べるわけでもないのに、人間に食べることを禁じて、天与の珍味を木に腐らせたことを、天恵を無視する大逆と非難した。
国依別が背水の陣で自棄になって力限りに天の数歌を歌うと、竜若彦命と名乗る竜神は次第に容積を減じて小さくなり、消えてしまった。
国依別は、竜神が執着心から難癖をつけて少しでも長く玉を手元に置いておこうとしていることを見抜き、水底に向かって、玉が三五教に渡るべき時節が来たことを告げ、大喝した。国依別の面はこのとき、崇高な威厳に満たされていた。