霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一五章 情意(じやうい)投合(とうがふ)〔七九七〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第27巻 海洋万里 寅の巻 篇:第4篇 竜神昇天 よみ(新仮名遣い):りゅうじんしょうてん
章:第15章 情意投合 よみ(新仮名遣い):じょういとうごう 通し章番号:797
口述日:1922(大正11)年07月27日(旧06月04日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年6月20日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
虻公(清彦)と蜂公(照彦)は、生田の森の館で駒彦より、言依別命教主が琉球に出かけたこと、それを追って高姫が船出したことを聞いた。
言依別命から清彦、照彦という名を授かって準宣伝使に抜擢されていた二人は、教主への忠心から、高姫が教主を妨害してはならじと、取るものも取り合えず、舟に乗って琉球に船出した。
途中、児島半島の沖合いの暗礁で難船している二人を発見し、救い出してみれば、これは比沼真奈井に仕えていた清子姫と照子姫であった。
四人は荒波を漕ぎぬけて、琉球の那覇の港に安着し、何ものにか引かれるように槻の木の大きな洞穴にやってきた。
照子姫と清子姫の祖先は行成彦命であり、四代目の孫に当たる。神勅を受けて豊国姫命が比沼真奈井に出現するに先立って現れ、比治山に草庵を結んで時を待っていたのであった。
過去にはウラナイ教時代の黒姫に出くわしていろいろ教理を聞かされ誘われたこともあったが、反駁もせずかといって付かず、表面上服従していたのみであった。
四人の男女は長い航海の間に、密かにお互いに意中の人を定めていた。清子姫と清彦、照子姫と照彦は互いに想いあっていたが、それを口に出さずにそれぞれ互いに胸中に秘めたままとしていた。
四人はここに一夜を明かすことにした。洞穴の中が整っていることから、ここは琉球の立派な酋長の住処かもしれないので、夜は清彦と照彦が交代で見張りに立つことにした。
一行はまず火をつけて、道々採ってきた木の実で夕食を済ませることにした。清彦は雑談のうちに、独身生活は不便なものだから、照彦は清子姫と夫婦になったら媒酌をしてやるのだが、と話を向けた。
清子姫、照彦はお互いに別に意中の人がいる風に答えた。そして照彦は逆に、照子姫と清彦が夫婦となったらどうか、と話を向けた。すると照子姫は、単刀直入に自分の意中の人は照彦だと明かした。
清子姫も、自分の意中の人は清彦だと明かす。四人がこのような話をしていると、洞穴の入口に二三人の話し声が聞こえてきた。清彦はそれが高姫一行だと気がつき、入口の方に偵察に行った。
高姫、春彦、常彦はおそるおそる入口から中をうかがいながら、お互いに先に入って様子を見てくるようにと譲り合っている。高姫は、言依別がすべての玉を持って高砂島へ渡り、高砂島の国王となる陰謀だと独り合点して、言依別命の改心を勝手に祈り、必死に祈願を凝らしている。
その様子に清彦は思わず噴出してしまう。清彦は声色を変えて高姫一行をからかった後、名乗り出た。高姫は相手が清彦たちだとわかると、俄かに勇気づいて春彦・常彦を引き連れて、清彦が止めるのも構わずに奥に入って行った。
高姫は、照彦が二人の美人を共に居るのを見て名乗った。清子姫と照子姫は手を付いて自己紹介をなした。高姫は、おおかた照彦と清彦が二人をかどわかしたか、たぶらかしたのだろう、と悪口を並べ立てる。
清彦が怒って高姫の胸倉をつかんだのを、照彦がひとしきりからかって間に割って入った。高姫は憤慨して、こんな乱暴な男をどう思うか、清子姫と照子姫に尋ねるが、案に相違して二人は、照彦・清彦が意に沿う方だと口にする。
高姫は言依別命がここに来たかと執念深く聞き出そうとする。一同は高姫を追い払おうと、すでに言依別命は琉球の玉を手に入れて台湾を経て、南米の高砂島に渡ったと答えて高姫の気をそらした。
高姫はそれを聞くと、春彦と常彦をせきたてて港に戻り、大海原に漕ぎ出して行ってしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-10-20 10:00:38 文字数:8210 OBC :rm2715
愛善世界社版:232頁 八幡書店版:第5輯 325頁 修補版: 校定版:239頁 普及版:100頁 初版: ページ備考:
001 虻(あぶ)、002蜂(はち)の両人(りやうにん)は生田(いくた)の森(もり)に立寄(たちよ)り、003駒彦(こまひこ)に面会(めんくわい)して、004言依別(ことよりわけ)の教主(けうしゆ)が国依別(くによりわけ)と共(とも)に高砂(たかさご)の島(しま)に神務(しんむ)を帯(お)び、005急遽(きふきよ)聖地(せいち)を立(た)ちて出発(しゆつぱつ)せられ、006瀬戸(せと)の海(うみ)を、007西南(せいなん)指(さ)して行(ゆ)かれたりと云(い)ふ消息(せうそく)を、008例(れい)の高姫(たかひめ)が聞(き)きつけ、009春彦(はるひこ)、010常彦(つねひこ)の一行(いつかう)三(さん)人(にん)、011言依別(ことよりわけ)の後(あと)を追(お)ひしと聞(き)きしより、012茲(ここ)に虻(あぶ)、013蜂(はち)の二人(ふたり)は、014取(と)る物(もの)も取敢(とりあへ)ず、015一隻(いつさう)の軽舟(けいしう)に身(み)を任(まか)せ、016高姫(たかひめ)が教主(けうしゆ)に対(たい)し、017如何(いか)なる妨害(ばうがい)を加(くは)ふるやも計(はか)り難(がた)しと、018一生(いつしやう)懸命(けんめい)に高姫(たかひめ)の後(あと)を探(たづ)ねて漕(こ)ぎ出(いだ)し、019児島(こじま)半島(はんとう)の沿岸(えんがん)に差(さし)かかる時(とき)、020暗礁(あんせう)に乗(の)り上(あ)げたる一隻(いつさう)の船(ふね)を見付(みつ)け、021何人(なにびと)ならんと星(ほし)の光(ひかり)に透(す)かし見(み)れば、022比沼(ひぬ)の真奈井(まなゐ)の宝座(ほうざ)に仕(つか)へ居(ゐ)たる、023清子姫(きよこひめ)、024照子姫(てるこひめ)の二人(ふたり)であつた。
025 茲(ここ)に二人(ふたり)を我(わが)舟(ふね)に救(すく)ひ上(あ)げ、026半(なかば)破(やぶ)れし其(その)舟(ふね)を見棄(みす)て、027荒波(あらなみ)を勢(いきほひ)よく漕(こ)ぎつけて、028漸(やうや)く琉球(りうきう)の那覇(なは)の港(みなと)に安着(あんちやく)し、029一行(いつかう)四(よ)人(にん)は何者(なにもの)にか引(ひ)かるる様(やう)な心地(ここち)して、030其(その)日(ひ)の夕(ゆふ)べ頃(ごろ)常楠(つねくす)、031若彦(わかひこ)両人(りやうにん)が一(いち)時(じ)の住居(ぢうきよ)となしたる槻(つき)の木(き)の洞窟(どうくつ)の前(まへ)に辿(たど)りついた。
032 虻公(あぶこう)は既(すで)に言依別(ことよりわけの)命(みこと)より清彦(きよひこ)と云(い)ふ名(な)を賜(たまは)り、033蜂公(はちこう)は照彦(てるひこ)と云(い)ふ名(な)を賜(たまは)つて、034准(じゆん)宣伝使(せんでんし)の職(しよく)に就(つ)いて居(ゐ)たのである。035二人(ふたり)は思(おも)ひ掛(がけ)なく言依別(ことよりわけの)命(みこと)に抜擢(ばつてき)されたのを、036此(この)上(うへ)なく打喜(うちよろこ)び、037其(その)師恩(しおん)に酬(むく)いん為(ため)、038言依別(ことよりわけの)命(みこと)に対(たい)しては、039如何(いか)なる苦労(くらう)も、040仮令(たとへ)身命(しんめい)を抛(なげう)つても惜(をし)まざるの決心(けつしん)をきめて居(ゐ)たのであつた。
041 当(たう)の目的物(もくてきぶつ)たる高姫(たかひめ)一行(いつかう)を、042海上(かいじやう)にて見失(みうしな)ひたれ共(ども)、043照子姫(てるこひめ)、044清子姫(きよこひめ)の遭難(さうなん)を救(すく)ひたるは、045全(まつた)く神(かみ)の御(ご)摂理(せつり)として稍(やや)満足(まんぞく)の体(てい)であつた。
046 此(この)照子姫(てるこひめ)、047清子姫(きよこひめ)は其(その)祖先(そせん)は行成彦(ゆきなりひこの)命(みこと)であつて、048四代目(よんだいめ)の孫(まご)に当(あた)つて居(ゐ)る。049神勅(しんちよく)を受(う)けて、050比沼(ひぬの)真奈井(まなゐ)に豊国姫(とよくにひめ)出現(しゆつげん)に先立(さきだ)つて現(あら)はれ、051比治山(ひぢやま)に草庵(さうあん)を結(むす)び、052時(とき)を待(ま)つて居(ゐ)たのである。053そこへウラナイ教(けう)の黒姫(くろひめ)に出会(でつくわ)し、054いろいろとウラナイ教(けう)の教理(けうり)を説(と)き聞(き)かされ、055半(なかば)之(こ)れを信(しん)じ、056半(なかば)之(これ)を疑(うたが)ひ、057何程(なにほど)黒姫(くろひめ)が弁舌(べんぜつ)を以(もつ)て説(と)きつくる共(とも)、058清子姫(きよこひめ)、059照子姫(てるこひめ)は魔窟(まくつ)ケ原(はら)の黒姫(くろひめ)が館(やかた)には一回(いつくわい)も足(あし)をむけず、060又(また)高姫(たかひめ)などにも会(あ)はなかつた。061只(ただ)黒姫(くろひめ)の言葉(ことば)を反駁(はんばく)もせず、062善悪(ぜんあく)を取捨(しゆしや)して表面(へうめん)服従(ふくじゆう)して居(ゐ)たのみであつた。063此(この)二女(にぢよ)の黒姫(くろひめ)に対(たい)する態度(たいど)は、064其(その)時(とき)の勢上(いきほひじやう)已(や)むを得(え)ず、065之(こ)れ以上(いじやう)最善(さいぜん)の態度(たいど)を執(と)ることが出来(でき)なかつたのである。
066 時(とき)に豊国姫(とよくにひめの)命(みこと)の神勅(しんちよく)、067此(この)二人(ふたり)に降(くだ)り、068諏訪(すは)の湖(うみ)の玉依姫(たまよりひめ)より麻邇(まに)宝珠(ほつしゆ)を受取(うけと)り、069梅子姫(うめこひめ)其(その)他(た)一行(いつかう)が、070由良(ゆら)の港(みなと)の秋山彦(あきやまひこ)が館(やかた)に帰(かへ)り来(きた)り、071神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)、072国武彦(くにたけひこの)命(みこと)の出(い)でますと聞(き)きて、073二人(ふたり)は旅装(りよさう)を整(ととの)へ、074由良(ゆら)の港(みなと)の秋山彦(あきやまひこ)の館(やかた)に出(い)で来(きた)りし頃(ころ)は、075最早(もはや)麻邇(まに)宝珠(ほつしゆ)は聖地(せいち)に送(おく)られ、076神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)、077国武彦(くにたけひこの)命(みこと)の御(おん)行方(ゆくへ)も分(わか)らなくなつた後(あと)の祭(まつ)りであつたから、078二人(ふたり)は時(とき)を移(うつ)さず、079陸路(りくろ)聖地(せいち)に向(むか)ひ、080錦(にしき)の宮(みや)の玉照彦(たまてるひこ)、081玉照姫(たまてるひめ)の神司(かむづかさ)に謁(えつ)し、082琉球(りうきう)の島(しま)に渡(わた)るべく、083再(ふたた)び聖地(せいち)を立(た)ちて、084玉照彦(たまてるひこの)命(みこと)の出現地(しゆつげんち)なる高熊山(たかくまやま)に立籠(たてこ)もり、085三(さん)週間(しうかん)の改(あらた)めて修業(しうげふ)をなし、086木花姫(このはなひめ)の神教(みをしへ)を蒙(かうむ)りて、087意気(いき)揚々(やうやう)と山坂(やまさか)を越(こ)え、088生田(いくた)の森(もり)に立寄(たちよ)り、089それより兵庫(ひやうご)の港(みなと)を船出(ふなで)して、090琉球(りうきう)に向(むか)はんとし、091神(かみ)の仕組(しぐみ)か、092思(おも)はずも児島(こじま)半島(はんたう)の手前(てまへ)に於(おい)て暗礁(あんせう)に乗(の)りあげ、093危険(きけん)極(きは)まる所(ところ)へ、094三五教(あななひけう)の新(しん)宣伝使(せんでんし)、095清彦(きよひこ)、096照彦(てるひこ)の舟(ふね)に助(たす)けられ、097漸(やうや)く那覇港(なはかう)に四人(よにん)連(づ)れ安着(あんちやく)し、098槻(つき)の洞穴(どうけつ)の前(まへ)迄(まで)進(すす)んで来(き)たのである。
099 四(よ)人(にん)の男女(だんぢよ)は小(ちい)さき船(ふね)にて長途(ちやうと)の航海(かうかい)をなす間(うち)、100何時(いつ)とはなしに意気(いき)投合(とうがふ)し、101互(たがひ)に意中(いちう)の人(ひと)を心(こころ)に深(ふか)く定(さだ)めて居(ゐ)た。102清子姫(きよこひめ)は清彦(きよひこ)に、103照子姫(てるこひめ)は照彦(てるひこ)に望(のぞ)みを嘱(しよく)して居(ゐ)た。104然(しか)るに清彦(きよひこ)は又(また)照子姫(てるこひめ)に、105照彦(てるひこ)は清子姫(きよこひめ)に望(のぞ)みを嘱(しよく)し、106将来(しやうらい)夫婦(ふうふ)となつて神業(しんげふ)に参加(さんか)し度(た)く思(おも)つて居(ゐ)たのである。107清彦(きよひこ)は四十四五(よんじふしご)才(さい)、108照彦(てるひこ)は四十二三(よんじふにさん)才(さい)の元気(げんき)盛(ざか)り、109清子姫(きよこひめ)は二十五(にじふご)才(さい)、110照子姫(てるこひめ)は二十三(にじふさん)才(さい)になつて居(ゐ)た。111年齢(ねんれい)に於(おい)て二十(にじふ)年(ねん)許(ばか)り違(ちが)つて居(ゐ)る。112されど神徳(しんとく)を蒙(かうむ)りて誠(まこと)の道(みち)を悟(さと)りたる清彦(きよひこ)、113照彦(てるひこ)は、114全身(ぜんしん)爽快(さうくわい)の気分(きぶん)漲(みなぎ)り、115血色(けつしよく)もよく比較(ひかく)的(てき)若(わか)く見(み)え、116夫婦(ふうふ)として一見(いつけん)余(あま)り不釣合(ふつりあひ)の様(やう)にも見(み)えなかつたのである。
117 四(よ)人(にん)は一夜(いちや)を此処(ここ)に明(あ)かさんと、118洞穴(どうけつ)の奥(おく)深(ふか)く進(すす)んだ。119サヤサヤした葦莚(ゐむしろ)の畳(たたみ)、120土間(どま)に敷(し)きつめられ、121食器(しよくき)など行儀(ぎやうぎ)よく並(なら)べられてあつた。
122清彦(きよひこ)『あゝこれは何人(なんぴと)の住家(すみか)か知(し)らぬが、123穴居(けつきよ)人種(じんしゆ)の多(おほ)い此(この)島(しま)に、124木株(きかぶ)のこんな天然(てんねん)の館(やかた)があるとは、125大(たい)したものだ。126何(なん)でもこれは此(この)辺(あた)りの酋長(しうちやう)の住家(すみか)か分(わか)らないぞ。127斯様(かやう)な所(ところ)にうつかりと安眠(あんみん)して居(ゐ)る所(ところ)へ、128沢山(たくさん)の眷族(けんぞく)を連(つ)れ、129帰(かへ)り来(きた)つて立腹(りつぷく)でもしようものなら、130どんな事(こと)が突発(とつぱつ)するか知(し)れたものだない。131入口(いりぐち)は一方(いつぱう)、132グヅグヅして居(を)ると、133徳利攻(とつくりぜ)めに会(あ)うて苦(くる)しまねばならぬ。134コリヤ一人(ひとり)宛(づつ)、135互(たがひ)に入口(いりぐち)に立番(たちばん)をし、136もしも怪(あや)しき奴(やつ)がやつて来(き)たら合図(あひづ)をすると云(い)ふ事(こと)にしようかなア』
137照彦(てるひこ)『それもさうだ。138併(しか)し乍(なが)ら先(ま)づ路々(みちみち)むしつて来(き)た此(こ)の苺(いちご)を夕食(ゆふしよく)に済(す)ませ、139其(その)上(うへ)の事(こと)にしても余(あま)り遅(おそ)くはあるまい。140そろそろそこらが暗(くら)くなつて来(き)たようだ』
141と懐(ふところ)より火燧(ひうち)を取出(とりいだ)し、142そこらに積(つ)み重(かさ)ねたる肥松(こえまつ)の割木(わりき)に火(ひ)をつけ明(あか)りを点(てん)じ、143夕食(ゆふしよく)を喫(きつ)し、144家(うち)へ帰(かへ)つた様(やう)な気分(きぶん)になつて、145四(よ)人(にん)は奥(おく)の方(はう)に安坐(あんざ)し、146種々(いろいろ)と感想談(かんさうだん)に耽(ふけ)つて居(ゐ)た。
147清彦(きよひこ)『こうして我々(われわれ)男女(だんぢよ)四(よ)人(にん)、148此(この)島(しま)に渡(わた)つた以上(いじやう)は、149何(いづ)れも独身(どくしん)生活(せいくわつ)は不便(ふべん)なものだ。150恰度(ちやうど)諾冊(なぎなみ)二尊(にそん)が自転倒(おのころ)島(じま)に天降(あまくだ)り玉(たま)うた様(やう)なものだ。151此(この)大木(たいぼく)を撞(つき)の御柱(みはしら)と定(さだ)めて、152……あなにやしえー乙女(をとめ)……とか…えー男(をとこ)…とか云(い)つて、153惟神(かむながら)の神業(しんげふ)を始(はじ)めたら如何(どう)でせう。154……照彦(てるひこ)さま、155私(わたし)は媒酌人(ばいしやくにん)となつて、156清子姫(きよこひめ)様(さま)と結婚(けつこん)の式(しき)をあげられたらどうです。157ナア清子姫(きよこひめ)さま、158あなたも以時(いつ)迄(まで)も独身(どくしん)で斯様(かやう)な蛮地(ばんち)に暮(くら)す訳(わけ)にも参(まゐ)りますまい』
159清子姫(きよこひめ)『ハイ、160有難(ありがた)う御座(ござ)います。161併(しか)し乍(なが)ら少(すこ)し考(かんが)へさして頂(いただ)きたう御座(ござ)います』
162清彦(きよひこ)『清子(きよこ)さま、163あなたは照彦(てるひこ)さまがお気(き)に入(い)らぬのですか』
164清子姫(きよこひめ)『イーエ、165勿体(もつたい)ない、166左様(さやう)な訳(わけ)では御座(ござ)いませぬ』
167と涙(なみだ)ぐまし気(げ)に俯(うつ)むく。
168照彦(てるひこ)『コレコレ清彦(きよひこ)、169御(ご)親切(しんせつ)は有難(ありがた)いが、170モウ結婚(けつこん)の事(こと)は言(い)つて呉(く)れな。171清子(きよこ)さまは此(この)照彦(てるひこ)がお気(き)に召(め)さぬのだよ。172無理押(むりお)しに決行(けつかう)した所(ところ)で、173うまの合(あ)はぬ夫婦(ふうふ)はキツと後日(ごじつ)破鏡(はきやう)の歎(なげ)きに会(あ)はねばならぬから、174此(この)話(はなし)は止(や)めて貰(もら)はう。175就(つ)いては照子姫(てるこひめ)さまを、176お前(まへ)の奥(おく)さまに御(お)世話(せわ)したいと思(おも)ふのだが、177どうだ』
178清彦(きよひこ)『それは実(じつ)に有難(ありがた)い、179併(しか)し乍(なが)ら照子姫(てるこひめ)さまの御(ご)意見(いけん)を承(うけたま)はりたい。180其(その)上(うへ)でなくば、181何(なん)とも返答(へんたふ)する事(こと)が出来(でき)ないワ』
182照子姫(てるこひめ)『照彦(てるひこ)さまの御(ご)親切(しんせつ)は有難(ありがた)う御座(ござ)いますが、183妾(わたし)は何(なん)だか……どこが如何(どう)といふ事(こと)はありませぬが、184清彦(きよひこ)さまは虫(むし)が好(す)きませぬワ。185妾(わたし)の意中(いちう)の人(ひと)は露骨(ろこつ)に言(い)ひますが、186照彦(てるひこ)さまで御座(ござ)います。187あなたならばどこまでも、188偕老(かいらう)同穴(どうけつ)の契(ちぎり)を結(むす)んで頂(いただ)きたう御座(ござ)います』
189照彦(てるひこ)『コレハコレハ大変(たいへん)な迷惑(めいわく)で御座(ござ)る。190実(じつ)の所(ところ)は此(この)照彦(てるひこ)、191清子姫(きよこひめ)様(さま)と夫婦(ふうふ)の約束(やくそく)が結(むす)びたいのです。192それに清子(きよこ)さまは何(なん)とか、193かんとか仰有(おつしや)つて、194私(わたし)を御(お)嫌(きら)ひ遊(あそ)ばす様(やう)な形勢(けいせい)です』
195 清子姫(きよこひめ)は『ホヽヽヽヽ』と袖(そで)で顔(かほ)をかくし、
196清子姫(きよこひめ)『妾(わたし)も本当(ほんたう)は清彦(きよひこ)さまと夫婦(ふうふ)になつて、197神界(しんかい)の御用(ごよう)が致(いた)したう御座(ござ)います。198照彦(てるひこ)さまと夫婦(ふうふ)になるのは、199何(なん)だか身魂(みたま)が合(あ)はない様(やう)な気分(きぶん)が致(いた)します』
200清彦(きよひこ)『互(たがひ)に目的物(もくてきぶつ)が斯(か)う複雑(ふくざつ)になつて居(ゐ)ては仕方(しかた)がない。201ハテ困(こま)つたな。202此方(こちら)が好(すき)だと言(い)へば向(むか)ふが嫌(きら)ひだと云(い)ふ、203此方(こちら)が嫌(きら)ひだといへば一方(いつぱう)が好(すき)だと云(い)ふ。204此奴(こいつ)アどうやら人間力(にんげんぢから)で決(き)める事(こと)は出来(でき)ないワイ。205言依別(ことよりわけの)命(みこと)様(さま)でも御座(ござ)つたならば、206判断(はんだん)をして定(き)めて貰(もら)ふのだけれど、207斯様(かやう)な結構(けつこう)な洞穴館(どうけつやかた)に、208誰(たれ)も居(を)らぬことを思(おも)へば、209言依別(ことよりわけ)の神(かみ)様(さま)は、210琉(りう)、211球(きう)の宝玉(ほうぎよく)を手(て)に入(い)れ、212早(はや)くも出発(しゆつぱつ)された後(あと)と見(み)える。213ハテ……困(こま)つたなア』
214 四(よ)人(にん)は互(たがひ)に顔(かほ)を見合(みあは)せ、215青息(あをいき)吐息(といき)の真最中(まつさいちう)、216洞穴(どうけつ)の入口(いりぐち)に二三(にさん)人(にん)の声(こゑ)が聞(きこ)えて来(き)た。217清彦(きよひこ)は耳敏(みみざと)くも之(これ)を聞付(ききつ)け、
218清彦(きよひこ)『ヤアあの声(こゑ)はどうやら、219高姫(たかひめ)の声(こゑ)らしいぞ。220一寸(ちよつと)査(しら)べて来(く)るから、221三(さん)人(にん)仲(なか)よく待(ま)つて居(ゐ)て下(くだ)さい』
222と早(はや)くも洞穴(どうけつ)の入口(いりぐち)に立(た)つた。
223 外(そと)には高姫(たかひめ)、224春彦(はるひこ)、225常彦(つねひこ)と共(とも)に怖(こは)相(さう)に洞穴(どうけつ)を覗(のぞ)いて居(ゐ)る。226月(つき)明(あ)かりに三(さん)人(にん)の顔(かほ)はハツキリと見(み)えた。227されど高姫(たかひめ)の方(はう)からは、228清彦(きよひこ)の姿(すがた)は少(すこ)しも見(み)えない。229清彦(きよひこ)は傍(かたはら)の小石(こいし)を拾(ひろ)ひ、230左右(さいう)の手(て)に持(も)つて中(なか)よりカチカチと打(う)つて見(み)せた。
231高姫(たかひめ)『大変(たいへん)な大(おほ)きな洞空(うつろ)であるが、232何(なに)か此(この)中(なか)に獣(けもの)でも棲(す)まつてゐるやうな気配(けはい)が致(いた)しますぞ。233……常彦(つねひこ)、234一寸(ちよつと)お前(まへ)、235中(なか)へ這入(はい)つて調(しら)べて来(き)て下(くだ)さらぬか』
236 清彦(きよひこ)中(なか)より『カチカチカチ』、
237常彦(つねひこ)『ハハー、238ここはカチカチ山(やま)の古狸(ふるだぬき)が住居(ぢうきよ)して居(ゐ)る洞穴(どうけつ)と見(み)えますワイ。239……オイ春彦(はるひこ)、240お前(まへ)、241斥候(せきこう)となつて一(ひと)つ探険(たんけん)して来(き)たら如何(どう)だ』
242春彦(はるひこ)『お前(まへ)に命令(めいれい)が下(くだ)つたのだ。243狸(たぬき)の巣窟(さうくつ)へキ常彦(つねひこ)が這入(はい)るのは当然(たうぜん)だよ。244マア君子(くんし)は危(あやふ)きに近(ちか)よらずだ。245命令(めいれい)も受(う)けないことを、246危険(きけん)を冒(をか)して失敗(しつぱい)しては、247それこそ犬(いぬ)に喰(く)はれた様(やう)なものだ』
248高姫(たかひめ)『春彦(はるひこ)、249お前(まへ)も一緒(いつしよ)に探険(たんけん)に這入(はい)つて来(く)るのだよ』
250春彦(はるひこ)『たかが知(し)れた此(この)洞窟(どうくつ)、251さう二人(ふたり)も這入(はい)る必要(ひつえう)はありますまい』
252高姫(たかひめ)『アヽさうだらう。253そんなら一人(ひとり)で良(よ)いから、254春彦(はるひこ)さま、255お前(まへ)豪胆者(がうたんもの)だから這入(はい)つて下(くだ)さい』
256 春彦(はるひこ)頭(あたま)をかき乍(なが)ら、
257春彦(はるひこ)『ヘー……ハイ』
258とモジモジして居(ゐ)る。259『カチカチ カチカチ ウー』と唸(うな)り声(ごゑ)が聞(きこ)えて来(く)る。
260春彦(はるひこ)『モシモシ高姫(たかひめ)さま、261此奴(こいつ)ア一人(ひとり)では如何(どう)しても往(ゆ)きませぬワ。262あの声(こゑ)を聞(き)いて御覧(ごらん)、263数十匹(すうじつぴき)の猛獣(まうじう)がキツと潜(ひそ)んで居(ゐ)ますよ。264グヅグヅして居(ゐ)ると、265一(いち)も取(と)らず二(に)も取(と)らず虻蜂(あぶはち)取(と)らずになつて了(しま)ひますぜ』
266高姫(たかひめ)『其(その)虻蜂(あぶはち)で思(おも)ひ出(だ)したが、267彼奴(あいつ)は何(なん)でも言依別(ことよりわけの)命(みこと)から、268清彦(きよひこ)、269照彦(てるひこ)と云(い)ふ名(な)を頂(いただ)き宣伝使(せんでんし)になり、270飽迄(あくまで)も我々(われわれ)に反抗(はんかう)的(てき)態度(たいど)を執(と)ると云(い)つて居(ゐ)たさうだが、271今(いま)どこに如何(どう)して居(ゐ)るだらう。272言依別(ことよりわけの)命(みこと)が此(この)琉球(りうきう)へ渡(わた)り、273琉(りう)と球(きう)との宝玉(ほうぎよく)を手(て)に入(い)れ、274自分(じぶん)の隠(かく)した七個(しちこ)の玉(たま)と共(とも)に、275高砂島(たかさごじま)へ持(も)ち渡(わた)つて、276高砂島(たかさごじま)の国王(こくわう)となる計画(たくみ)だと聞(き)いて居(ゐ)る。277自転倒(おのころ)島(じま)では此(この)高姫(たかひめ)の日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)が、278目(め)の上(うへ)の瘤(こぶ)となつて思(おも)はしく目的(もくてき)が立(た)たぬので、279高姫(たかひめ)の居(ゐ)ない地点(ちてん)で野心(やしん)を遂行(すゐかう)すると云(い)ふ考(かんが)へで、280大切(たいせつ)な宝玉(ほうぎよく)を盗(ぬす)み出(だ)し、281自転倒(おのころ)島(じま)を立去(たちさ)つたのだから、282仮令(たとへ)言依別(ことよりわけ)、283天(てん)を翔(か)けり地(ち)を潜(くぐ)るとも、284草(くさ)を分(わ)けても探(さが)し出(だ)し、285宝玉(ほうぎよく)を取返(とりかへ)し、286さうして彼(かれ)が面皮(めんぴ)を剥(む)いて、287心(こころ)の底(そこ)より改心(かいしん)さしてやらねば、288我々(われわれ)の系統(ひつぽう)としての役目(やくめ)が済(す)まぬ。289アヽ年(とし)が寄(よ)つてから、290又(また)しても又(また)しても海洋(かいやう)万里(ばんり)の波(なみ)を渡(わた)り、291苦労(くらう)を致(いた)さねばならぬのか。292これも全(まつた)く言依別(ことよりわけ)の肉体(にくたい)に悪(あく)の守護神(しゆごじん)の憑依(ひようい)してゐるからだ。293……アヽ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。294一(いち)時(じ)も早(はや)く言依別(ことよりわけ)の副(ふく)守護神(しゆごじん)を退却(たいきやく)させ、295誠(まこと)の大和(やまと)魂(だましひ)に立返(たちかへ)つて、296日(ひ)の出神(でのかみ)の命令(めいれい)を聞(き)く様(やう)にして下(くだ)さいませ』
297と半(なかば)泣声(なきごゑ)になり、298鼻(はな)を啜(すす)つて両手(りやうて)を合(あは)せ、299一生(いつしやう)懸命(けんめい)に祈願(きぐわん)して居(ゐ)る。300清彦(きよひこ)は此(この)態(てい)を見(み)て俄(にはか)に可笑(をか)しくなり「プーツプーツ」吹(ふ)き出(だ)し、301終(しま)ひには大声(おほごゑ)をあげて、
302清彦(きよひこ)『ワツハヽヽヽ』
303と笑(わら)ひ転(こ)けた。
304高姫(たかひめ)『誰(たれ)だ。305日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)が神界(しんかい)の為(ため)、306一生(いつしやう)懸命(けんめい)御(ご)祈願(きぐわん)を申(まを)し上(あ)げてるのに、307ウフヽアハヽヽヽと笑(わら)ふ奴(やつ)は……よもや狸(たぬき)ぢやあるまい。308何者(なにもの)だ。309サアこうなる上(うへ)は高姫(たかひめ)承知(しようち)致(いた)さぬ。310此(この)入口(いりぐち)を青松葉(あをまつば)でくすべてでも往生(わうじやう)さしてやらねば措(を)かぬ。311……コレ常彦(つねひこ)さま、312春彦(はるひこ)さま、313そこらの、314青(あを)いものを持(も)つて来(き)なさい。315コラ大変(たいへん)な劫(ごふ)経(へ)た古狸(ふるだぬき)が居(ゐ)るのだ。316四(よ)つ足(あし)が劫(ごふ)経(へ)ると人語(じんご)を使(つか)ふやうになるからなア』
317 清彦(きよひこ)俄(にはか)に女(をんな)の声(こゑ)を出(だ)し、
318清彦(きよひこ)『コレハコレハ高姫(たかひめ)様(さま)、319常彦(つねひこ)、320春彦(はるひこ)の御(ご)両人(りやうにん)様(さま)、321遠方(ゑんぱう)の所(ところ)遥々(はるばる)と能(よ)くこそ御(お)越(こ)し下(くだ)さいました。322ここは琉球王(りうきうわう)の仮館(かりやかた)、323木(き)の丸殿(まるどの)と云(い)ふ所(ところ)で御座(ござ)います。324王(わう)様(さま)は……言依別(ことよりわけの)神(かみ)様(さま)とやらが、325自転倒(おのころ)島(じま)から遥々(はるばる)御(お)越(こ)しになり、326琉(りう)と球(きう)との宝玉(ほうぎよく)を御(お)受取(うけと)り遊(あそ)ばし、327台湾(たいわん)に一寸(ちよつと)立寄(たちよ)り、328それから南米(なんべい)の高砂島(たかさごじま)へ御(お)越(こ)しになりました不在中(るすちう)で御座(ござ)います。329妾(わらは)は虻(あぶ)……オツトドツコイ、330危(あぶな)い猛獣(まうじう)毒蛇(どくじや)の沢山(たくさん)に棲息(せいそく)する此(この)島(しま)に留守(るす)を守(まも)つて居(ゐ)る大蛇姫(をろちひめ)と云(い)ふ、331夫(それ)は夫(それ)は厭(いや)らしい女(をんな)で御座(ござ)います。332サア御(ご)遠慮(ゑんりよ)は要(い)りませぬ。333此(この)洞穴(どうけつ)には沢山(たくさん)な古狸(ふるだぬき)や大蛇(だいぢや)が住居(ぢうきよ)を致(いた)し、334今日(けふ)の所(ところ)綺麗(きれい)な男(をとこ)が二人(ふたり)、335綺麗(きれい)な女(をんな)が二人(ふたり)、336四魂(しこん)揃(そろ)うて守護(しゆご)を致(いた)してをります。337併(しか)し乍(なが)ら何(いづ)れも本当(ほんたう)の人間(にんげん)では御座(ござ)いませぬ。338皆(みんな)化物(ばけもの)で御座(ござ)いますから、339其(その)お心算(つもり)で御(お)這入(はい)りを願(ねが)ひます。340メツタにあなた方(がた)を塩(しほ)をつけて頭(あたま)から咬(か)んだり、341蛇(へび)が蛙(かへる)を呑(の)むやうにキユウキユウと呑(の)み込(こ)むやうな事(こと)は御座(ござ)りませぬ。342如意(によい)宝珠(ほつしゆ)の玉(たま)でも呑(の)み込(こ)むと云(い)ふ不可思議(ふかしぎ)力(りよく)を備(そな)へた貴女(あなた)、343早(はや)く御(お)這入(はい)り下(くだ)さいませ』
344高姫(たかひめ)『這入(はい)れなら這入(はい)つてもあげませう。345併(しか)し一遍(いつぺん)外(そと)へ姿(すがた)をあらはし、346案内(あんない)をなさらぬか』
347清彦(きよひこ)『外(そと)へ出(で)るが最後(さいご)、348虻公(あぶこう)の正体(しやうたい)が現(あら)はれますワイ。349アツハヽヽヽ』
350高姫(たかひめ)『最前(さいぜん)から何(なん)だか可笑(をか)しいと思(おも)つて居(を)つた。351お前(まへ)は淡路(あはぢ)の東助(とうすけ)の門番(もんばん)をして居(を)つた泥坊(どろばう)上(あが)りの虻公(あぶこう)ぢやないか。352如何(どう)して又(また)斯(こ)んな所(ところ)へやつて来(き)たのだ。353お前(まへ)はドハイカラの教主(けうしゆ)から、354清彦(きよひこ)と云(い)ふ名(な)を貰(もら)うたぢやないか。355自転倒(おのころ)島(じま)では最早(もはや)泥坊(どろばう)が出来(でき)ないと思(おも)うて、356こんな所(ところ)まで海賊(かいぞく)を働(はたら)き漂着(へうちやく)して来(き)たのだらう。357サアお前(まへ)一人(ひとり)ではあるまい、358大方(おほかた)蜂(はち)も来(き)て居(ゐ)るだらう。359其(その)他(た)の同類(どうるゐ)は残(のこ)らず此処(ここ)へ引張(ひつぱ)つて来(き)なさい。360天地(てんち)根本(こつぽん)の誠(まこと)の道(みち)を説(と)いて聞(き)かせ、361大和(やまと)魂(だましひ)をねりなをして助(たす)けて上(あ)げよう。362事(こと)と品(しな)によつたら此(この)高姫(たかひめ)が家来(けらい)にしてやらぬ事(こと)もない』
363清彦(きよひこ)『今(いま)お前(まへ)さまに這入(はい)られると、364実(じつ)は困(こま)つた事(こと)があるのだ。365今日(けふ)は情意(じやうい)投合(とうがふ)……オツトドツコイ情約(じやうやく)履行(りかう)をしようと云(い)ふ肝腎要(かんじんかなめ)な吉日(きちにち)だ。366お前(まへ)さまのやうなお婆(ば)アさまは我々(われわれ)壮年者(さうねんしや)の心理(しんり)は分(わか)るまい。367あゝエライ所(ところ)へエライ奴(やつ)が来(き)たものだ。368月(つき)に村雲(むらくも)花(はな)に嵐(あらし)、369美人(びじん)の前(まへ)に皺苦茶(しわくちや)婆(ばば)ア……』
370と小声(こごゑ)に呟(つぶや)いた。371高姫(たかひめ)は此(この)言葉(ことば)の一端(いつたん)を耳(みみ)に入(い)れ、
372高姫(たかひめ)『ナニ、373美人(びじん)に皺苦茶(しわくちや)婆(ばば)アと言(い)つたなア。374コリヤ何(なん)でも秘密(ひみつ)の伏在(ふくざい)する此(この)洞穴(どうけつ)、375モウ斯(か)うなる以上(いじやう)は強行(きやうかう)的(てき)に押入(おしい)り、376隅(すみ)から隅(すみ)まで調(しら)べてやらねばなるまい。377ヒヨツとしたら天(てん)火(くわ)水(すゐ)地(ち)の宝玉(ほうぎよく)も隠(かく)してあるか分(わか)らない。378…常彦(つねひこ)、379春彦(はるひこ)、380妾(わし)に続(つづ)け』
381と言(い)ひ乍(なが)ら、382清彦(きよひこ)が「待(ま)つた待(ま)つた」と大手(おほで)を拡(ひろ)げて遮(さへぎ)るのも聞(き)かず、383むりやりに飛(と)び込(こ)んで了(しま)つた。
384 奥(おく)には肥松(こえまつ)の明(あか)りが瞬(またた)いて居(ゐ)る。385三(さん)人(にん)の顔(かほ)はハツキリと輪廓(りんくわく)まで現(あら)はれて居(ゐ)る。
386高姫(たかひめ)『コレハコレハ皆(みな)さま、387御(お)楽(たの)しみの最中(さいちう)、388御(お)邪魔(じやま)を致(いた)しまして申訳(まをしわけ)のない事(こと)で御座(ござ)いました。389花(はな)を欺(あざむ)く美男子(びだんし)と美人(びじん)、390そこへ白髪交(しらがまじ)りの歯脱婆(はぬけばば)アが参(まゐ)りまして、391嘸(さぞ)、392折角(せつかく)の興(きよう)がさめた事(こと)で御座(ござ)いませう。393此(この)洞穴(どうけつ)に似合(にあ)はぬ……お前(まへ)さまは美(うつく)しい方(かた)だが、394此(この)島(しま)の方(かた)か、395但(ただし)は、396虻(あぶ)、397蜂(はち)の両人(りやうにん)に拐(かどは)かされてこんな所(ところ)へ押込(おしこ)められたのか、398様子(やうす)がありさうに思(おも)はれる。399サア包(つつ)まずかくさず仰有(おつしや)つて下(くだ)さい。400日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)が此(この)場(ば)へ現(あら)はれた以上(いじやう)は、401虻(あぶ)、402蜂(はち)の両人(りやうにん)位(くらゐ)何(なん)と云(い)つても駄目(だめ)ですよ』
403 清子姫(きよこひめ)、404照子姫(てるこひめ)両人(りやうにん)は行儀(ぎやうぎ)よく両手(りやうて)をつき、
405両女(りやうぢよ)『ハイ有難(ありがた)う御座(ござ)います。406聖地(せいち)に於(おい)て御(ご)高名(かうめい)著(いちじる)しき、407あなた様(さま)が高姫(たかひめ)様(さま)で御座(ござ)いましたか。408妾(わたし)は比沼(ひぬ)の真奈井(まなゐ)の宝座(ほうざ)に仕(つか)へて居(を)りました清子姫(きよこひめ)、409照子姫(てるこひめ)の両人(りやうにん)で御座(ござ)います』
410高姫(たかひめ)『かねがね黒姫(くろひめ)さまから承(うけたま)はつて居(を)つた、411比治山(ひぢやま)の隠家(かくれが)に厶(ござ)つた淑女(しゆくぢよ)はお前(まへ)さまの事(こと)であつたか。412如何(どう)して又(また)かやうな所(ところ)へお越(こ)し遊(あそ)ばしたのだ。413大方(おほかた)虻(あぶ)、414蜂(はち)両人(りやうにん)の小盗人(こぬすびと)に拐(かど)はかされて、415斯(こ)んな所(ところ)へ来(き)なさつたのだらう。416グヅグヅして居(ゐ)ると此奴(こいつ)ア○○をしかねまい代物(しろもの)です。417最前(さいぜん)も小声(こごゑ)に情約(じやうやく)履行(りかう)の間際(まぎは)だとか何(なん)とか吐(ほざ)いて居(ゐ)ました。418サア、419妾(わたし)が来(き)た以上(いじやう)は最早(もはや)大丈夫(だいぢやうぶ)、420高姫(たかひめ)と一緒(いつしよ)に此(この)琉球(りうきう)の島(しま)を探険(たんけん)し、421結構(けつこう)な宝玉(ほうぎよく)の所在(ありか)を求(もと)め、422言依別(ことよりわけ)の後(あと)を追(お)うて、423其(その)七(なな)つの宝玉(ほうぎよく)を手(て)に入(い)れて聖地(せいち)に帰(かへ)り、424大神(おほかみ)様(さま)の御(ご)神業(しんげふ)をお助(たす)けしようではありませぬか』
425 二人(ふたり)は顔(かほ)赭(あか)らめて、426無言(むごん)の儘(まま)俯(うつむ)いて居(ゐ)る。427清彦(きよひこ)は高姫(たかひめ)の胸倉(むなぐら)をグツととり、
428清彦(きよひこ)『コラ婆(ばば)ア、429小盗人(こぬすびと)とは聞捨(ききずて)ならぬ。430三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)清彦(きよひこ)、431照彦(てるひこ)の両人(りやうにん)だ』
432高姫(たかひめ)『ヘン、433馬鹿(ばか)にするない。434お前(まへ)達(たち)が胸倉(むなぐら)を取(と)つて威喝(ゐかつ)した所(ところ)で、435そんな事(こと)にビクとも致(いた)す高姫(たかひめ)ぢやありませぬぞ。436虻(あぶ)、437蜂(はち)の小泥坊(こどろばう)が恐(おそ)ろしくて、438こんな所(ところ)まで活動(くわつどう)に来(こ)られますかい。439今(いま)は宣伝使(せんでんし)でも、440昔(むかし)はヤツパリ泥坊(どろばう)をやつて居(ゐ)たぢやないか』
441清彦(きよひこ)『昔(むかし)は昔(むかし)、442今(いま)は今(いま)だ。443改心(かいしん)すれば其(その)日(ひ)から真人間(まにんげん)にしてやらうと神(かみ)様(さま)が仰有(おつしや)るぢやないか。444俺(おれ)が泥坊(どろばう)なら高姫(たかひめ)は大泥坊(おほどうばう)だ』
445高姫(たかひめ)『オイ常彦(つねひこ)、446春彦(はるひこ)、447何(なに)をグヅグヅして居(ゐ)るのか、448高姫(たかひめ)が此(この)通(とほ)り胸倉(むなぐら)を取(と)られて居(ゐ)るのに平気(へいき)で見(み)て居(ゐ)ると云(い)ふ事(こと)がありますか』
449常彦(つねひこ)『左様(さやう)で厶(ござ)います。450あなたも余(あま)り我(が)が強(つよ)いから、451神(かみ)様(さま)が清彦(きよひこ)さまの手(て)を借(か)つて身魂研(みたまみが)きをなさるのだと思(おも)つて、452ジツとして御(お)神徳(かげ)を頂(いただ)いて居(を)ります。453……なア春彦(はるひこ)さま、454キツと善(ぜん)が勝(か)つと神(かみ)さまが仰有(おつしや)いますから、455今(いま)善悪(ぜんあく)の立別(たてわ)けが始(はじ)まるのですで……高姫(たかひめ)さま、456シツカリやりなさい。457……清彦(きよひこ)さま、458何方(どちら)も負(ま)けて下(くだ)さるなや』
459 照彦(てるひこ)はムツクと立上(たちあが)り、460行司(ぎやうじ)気取(きど)りになつて、461そこにあつた芭蕉(ばせう)の葉(は)の端(はし)をむしり唐団扇(たううちは)の様(やう)な形(かたち)にして、462右(みぎ)の手(て)に捧(ささ)げ、
463照彦(てるひこ)『東西(とうざい)……東(ひがし)は高姫山(たかひめやま)に、464西(にし)イ清彦川(きよひこがは)……何(いづ)れも一番(いちばん)勝負(しようぶ)、465アハヽヽヽ』
466と笑(わら)つて居(ゐ)る。467高姫(たかひめ)は金切声(かなきりごゑ)を出(だ)して、468爪(つめ)を立(た)て、469一生(いつしやう)懸命(けんめい)に掻(か)きむしらうとする。470強力(がうりき)な清彦(きよひこ)に両方(りやうはう)の手首(てくび)をグツと握(にぎ)られ、471如何(いかん)ともすること能(あた)はず、472目(め)計(ばか)り白黒(しろくろ)させ前歯(まへば)のぬけた口(くち)から、473臭(くさ)い息(いき)と唾(つばき)とを盛(さかん)に吐(は)き出(だ)して、474清彦(きよひこ)の顔(かほ)に注(そそ)いでゐる。475清彦(きよひこ)も堪(たま)りかねて両方(りやうはう)の手(て)をパツと放(はな)した。476照彦(てるひこ)は中(なか)に割(わ)つて入(い)り、
477照彦(てるひこ)『御(ご)見物(けんぶつ)の方々(かたがた)、478此(この)勝負(しようぶ)は照彦(てるひこ)が来年(らいねん)迄(まで)お預(あづ)かりと致(いた)します』
479高姫(たかひめ)『清子姫(きよこひめ)さま、480照子姫(てるこひめ)さま、481お前(まへ)さまは、482斯(こ)んな乱暴(らんばう)な男(をとこ)を何(なん)と思(おも)うてゐられますか』
483清子姫(きよこひめ)『ハイ、484御(お)二人(ふたり)共(とも)申分(まをしぶん)のない、485立派(りつぱ)なお方(かた)で御座(ござ)います。486中(なか)にも清彦(きよひこ)さまはどこともなしに虫(むし)の好(す)く御(お)方(かた)ですよ。487なア照子姫(てるこひめ)さま』
488照子姫(てるこひめ)『あなたの御(お)言葉(ことば)の通(とほ)り、489御(お)二人(ふたり)とも本当(ほんたう)に立派(りつぱ)な方(かた)ですワ。490妾(わたし)は何(なん)だか照彦(てるひこ)さまの方(はう)が、491中(なか)でもモ一(ひと)つ立派(りつぱ)な方(かた)だと思(おも)ひます、492ホヽヽヽヽ』
493と俯(うつ)むく。
494高姫(たかひめ)『清彦(きよひこ)が妾(わたし)の胸倉(むなぐら)を取(と)つたのも道理(だうり)、495二人(ふたり)の男(をとこ)に二人(ふたり)の女(をんな)、496好(す)いた同志(どうし)が今晩(こんばん)こそは、497此(この)離(はな)れ島(じま)で何々(なになに)しようと思(おも)うてる所(ところ)へ、498此(この)婆(ばば)アがやつて来(き)たものだから腹(はら)が立(た)つたでせう。499御(ご)無理(むり)もありませぬ。500併(しか)し乍(なが)ら縁(えん)と云(い)ふものは汚(きたな)いものぢやな。501行成彦(ゆきなりひこの)命(みこと)の系統(けいとう)をうけた御(ご)両人(りやうにん)さまが、502人(ひと)もあらうにこんなお方(かた)の女房(にようばう)にならうとは、503イヤモウ理外(りぐわい)の理(り)、504高姫(たかひめ)感(かん)じ入(い)りました。505併(しか)し言依別(ことよりわけの)命(みこと)さまは此処(ここ)へ来(こ)られたか、506御存(ごぞん)じでせうな』
507 清子姫(きよこひめ)、508照子姫(てるこひめ)一(いち)時(じ)に、
509両女(りやうぢよ)『ハイ、510おいでになつた相(さう)で御座(ござ)います』
511清彦(きよひこ)『おいでになるはなつたが、512竜(りう)の腮(あぎと)の二(ふた)つの玉(たま)を手(て)に入(い)れ、513意気(いき)揚々(やうやう)として、514遠(とほ)の昔(むかし)台湾島(たいわんたう)へ行(ゆ)き、515それから南米(なんべい)の高砂島(たかさごじま)へ渡(わた)られたといふことだ。516我々(われわれ)もその琉(りう)と球(きう)との二(ふた)つの玉(たま)を手(て)に入(い)れる為(ため)にやつて来(き)たのだが、517一足(ひとあし)遅(おく)れた為(ため)に、518後(あと)の祭(まつ)り、519せめても腹(はら)いせに男女(だんぢよ)四(よ)人(にん)が、520撞(つき)の御柱(みはしら)を巡(めぐ)り合(あ)ひ、521美斗能(みとの)麻具波比(まぐはひ)をなせと宣(の)り玉(たま)ひ、522此(この)島(しま)の守(まも)り神(がみ)とならうと思(おも)つて居(ゐ)る所(ところ)ですよ』
523高姫(たかひめ)『何(なん)とお前(まへ)は男(をとこ)にも似合(にあ)はぬ、524チツポけな肝玉(きもだま)だな。525此(この)広(ひろ)い世界(せかい)に斯(こ)んな島(しま)を一(ひと)つ治(をさ)めて満足(まんぞく)してゐる様(やう)な事(こと)では、526到底(たうてい)三千(さんぜん)世界(せかい)の御用(ごよう)は出来(でき)ませぬぞや。527併(しか)し乍(なが)ら身魂(みたま)相応(さうおう)な御用(ごよう)だから、528何程(なにほど)烏(からす)に孔雀(くじやく)になれと言(い)つたつてなれる気遣(きづか)ひはなし、529仕方(しかた)がないなア』
530と揚(あ)げ面(づら)し、531冷笑(れいせう)を浮(うか)べて居(ゐ)る。
532照彦(てるひこ)『高姫(たかひめ)さま、533余(あま)り見下(みさ)げて下(くだ)さいますな。534私(わたし)だつて琉(りう)と球(きう)との玉(たま)を手(て)に入(い)れ、535言依別(ことよりわけ)さまの隠(かく)された七(なな)つの玉(たま)を、536仮令(たとへ)半分(はんぶん)でも探(さが)し出(だ)し、537そして、538高砂島(たかさごじま)は申(まを)すに及(およ)ばず、539筑紫(つくし)の島(しま)から世界中(せかいぢう)の覇権(はけん)を握(にぎ)る位(くらゐ)な考(かんが)へは持(も)つて居(ゐ)るのだが、540肝腎(かんじん)な琉(りう)と球(きう)との宝玉(ほうぎよく)を言依別(ことよりわけ)に取(と)られて了(しま)つたのだから、541後(あと)を付(つ)け狙(ねら)うと云(い)つても見当(けんたう)がつかぬだないか。542それだから百(ひやく)日(にち)百夜(ひやくや)水行(すゐぎやう)でもして、543二夫婦(ふたふうふ)の者(もの)が玉(たま)の所(ありか)を探(さが)しに行(ゆ)かうといふ考(かんが)へだ。544百(ひやく)日(にち)の水行(すゐぎやう)をすれば世界(せかい)が見(み)えすくと三五教(あななひけう)の神(かみ)様(さま)が仰有(おつしや)るのだから、545玉(たま)の所在(ありか)はもとより、546言依別(ことよりわけ)の行方(ゆくへ)も分(わか)るのだ。547あなたは日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)なら、548猶更(なほさら)分(わか)るでせう』
549高姫(たかひめ)『きまつた事(こと)だよ。550分(わ)かればこそ、551ここ迄(まで)従(つ)いて来(き)たのだ……サア言依別(ことよりわけの)命(みこと)、552余(あま)り遠(とほ)くは行(ゆ)くまい。553グヅグヅしてると又(また)面倒(めんだう)だ。554……常彦(つねひこ)さま、555春彦(はるひこ)さま、556早(はや)く参(まゐ)りませう。557なる事(こと)ならば、558照子姫(てるこひめ)さま、559清子姫(きよこひめ)さま、560あなた丈(だけ)は私(わたし)のお供(とも)なさいませぬか。561虻(あぶ)、562蜂(はち)両人(りやうにん)の女房(にようばう)になるのは一(ひと)つ考(かんが)へ物(もの)ですで』
563清彦(きよひこ)『エー又(また)婆(ばば)アの癖(くせ)に構(かま)ひやがる。564サア早(はや)く出(で)て行(ゆ)け』
565高姫(たかひめ)『出(で)て行(ゆ)けと言(い)はなくても、566こんな所(ところ)にグヅグヅしてをれるか。567……サア常彦(つねひこ)、568春彦(はるひこ)、569早(はや)く早(はや)く』
570とせき立(た)てて、571立(た)ち去(さ)らうとする。
572常彦(つねひこ)『モシモシ高姫(たかひめ)さま、573何程(なにほど)急(いそ)いだつて、574なる様(やう)により成(な)りませぬで。575今夜(こんや)はここで宿(と)めて貰(もら)つて、576明日(あす)の朝(あさ)ゆつくり行(ゆ)きませうか……ナア春彦(はるひこ)、577お前(まへ)も大分(だいぶん)に草臥(くたび)れただらう』
578春彦(はるひこ)『草臥(くたび)れたと云(い)つた所(ところ)で、579船(ふね)の中(なか)に浮(う)いて居(ゐ)るのだ。580目的(もくてき)が立(た)つてから、581何程(なにほど)ゆつくり休(やす)まうとままだ。582サア行(ゆ)かう』
583と厭(いや)さうにしてる常彦(つねひこ)の手(て)を取(と)り、584引摺(ひきず)るやうにして、585高姫(たかひめ)と共(とも)に此(この)洞穴(どうけつ)を脱(ぬ)け出(だ)し、586路々(みちみち)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し乍(なが)ら、587苺(いちご)や石松(いしまつ)の茂(しげ)る珊瑚岩(さんごがん)の碁列(ごれつ)せる浜辺(はまべ)を指(さ)して一目散(いちもくさん)に駆(かけ)つけ、588乗(の)り来(き)し船(ふね)に身(み)を任(まか)せ、589一生(いつしやう)懸命(けんめい)南(みなみ)を指(さ)して大海原(おほうなばら)を漕(こ)ぎ出(だ)した。
590(大正一一・七・二七 旧六・四 松村真澄録)
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