霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章 難有(ありがた)迷惑(めいわく)〔八〇五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第28巻 海洋万里 卯の巻 篇:第1篇 高砂の島 よみ(新仮名遣い):たかさごのしま
章:第5章 難有迷惑 よみ(新仮名遣い):ありがためいわく 通し章番号:805
口述日:1922(大正11)年08月06日(旧06月14日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年8月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
日楯と月鉾は禊を終わって、信徒を連れて神殿に戻ってきた。そして神殿の前で父の無事な帰還を祈っていた。そこへ人々をかきわけて真道彦が現れ、兄弟と共に拝礼を行った。
真道彦は拝礼を終えると、兄弟の手を握って父の名乗りをした。兄弟をはじめその場の信徒一同は喜び、祝いの直会は三日も続いた。
玉藻の湖水の東には、天嶺という景勝の山地があり、日楯とユリコ姫に守らせることになった。西側の泰嶺には、月鉾とマリヤス姫に守らせた。真道彦は玉藻山の霊場にヤーチン姫を奉じていた。
日楯とユリコ姫は夫婦となって神業に仕えた。マリヤス姫は月鉾に想いを寄せたが、月鉾は神の命により独身生活を続けていた。
ヤーチン姫は、老いたとはいえ精悍な真道彦に対し、自分を救ってくれたという思いからいつしか恋の想いを抱くようになった。そしてその想いが募って病気を発し、床に就いてしまった。
侍臣のキールスタンはヤーチン姫を看病したが、一向に効験はなく重病となってしまった。ある日真道彦がヤーチン姫の病床を見舞った。ヤーチン姫は、真道彦に想いを伝えた。
真道彦は、死の床にある婦人に対して没義道な振る舞いをせずに見送ろうと決心し、姫の思いを入れる返答をなした。ヤーチン姫は喜び、病の身のまま病床を出て身を繕い、真道彦を自分の居間に導いた。
そして真道彦をカールス王であると誤認して、当惑する真道彦の腕にしがみついて泣き伏した。キールスタンはこの様を見て驚き、二人の間には夫婦関係が結ばれたものという噂が信徒の間には広まった。
しかし真道彦は将来を慮り、ヤーチン姫には一指もさえることはなく、主人のように尊び仕えた。ヤーチン姫も病気が回復するにしたがい、誤認は解けて、真道彦の信仰の堅実さに感歎し、互いに胸襟を開いて神業に参加することとなった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ:オリオン座(オレオン星座) データ凡例: データ最終更新日:2021-11-15 18:56:11 文字数:4754 OBC :rm2805
愛善世界社版:59頁 八幡書店版:第5輯 373頁 修補版: 校定版:60頁 普及版:26頁 初版: ページ備考:
001 日楯(ひたて)、002月鉾(つきほこ)の両(りやう)教主(けうしゆ)は数多(あまた)の取次(とりつぎ)信徒(しんと)等(ら)に取巻(とりま)かれ、003数多(あまた)の松明(たいまつ)を点(てん)じ乍(なが)ら、004湖(みづうみ)の畔(ほとり)を長蛇(ちやうだ)の陣(ぢん)を作(つく)り、005蜿蜒(えんえん)として玉藻山(たまもやま)の聖地(せいち)を指(さ)して帰(かへ)り行(ゆ)く。006松明(たいまつ)の火光(くわくわう)は湖面(こめん)に映(えい)じ、007恰(あたか)も水中(すゐちう)に火竜(ひりよう)の泳(およ)ぐが如(ごと)く、008壮観(さうくわん)譬(たと)ふるに物(もの)なき眺(なが)めなりけり。
009 真道彦(まみちひこの)命(みこと)は松明(たいまつ)の後(うしろ)より、010ヤーチン姫(ひめ)、011ユリコ姫(ひめ)、012キールスタンと共(とも)に一行(いつかう)に従(したが)ひ、013聖地(せいち)に帰(かへ)り着(つ)いた。014されど一人(ひとり)として、015夜中(よなか)の事(こと)と云(い)ひ、016最後(さいご)より来(きた)りし事(こと)とて、017気(き)の付(つ)く者(もの)は一人(ひとり)もなかりけり。
018 日楯(ひたて)、019月鉾(つきほこ)の二人(ふたり)は新(あらた)に建造(けんざう)されたる神殿(しんでん)に進(すす)み入(い)り、020『父(ちち)真道彦(まみちひこの)命(みこと)の一日(ひとひ)も早(はや)く行方(ゆくへ)の分(わか)りますよう』……と一心(いつしん)不乱(ふらん)に祈念(きねん)をし居(ゐ)たり。
021 そこへ衆人(しうじん)を掻(か)き分(わ)け、022悠々(いういう)として現(あら)はれ出(い)でたる真道彦(まみちひこの)命(みこと)は、023先(ま)づ第一(だいいち)に神前(しんぜん)に向(むか)つて拍手(はくしゆ)し祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し始(はじ)めた。024二人(ふたり)の兄弟(きやうだい)は其(その)姿(すがた)と云(い)ひ、025声(こゑ)と云(い)ひ、026且(か)つ……吾(わ)が前(まへ)に出(い)でて祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)する者(もの)は、027三五教(あななひけう)に一人(ひとり)もなし、028正(まさ)しく神(かみ)の顕現(けんげん)か、029但(ただし)は吾(わが)父(ちち)の帰(かへ)りませしにあらずや……と心中(しんちう)に且(か)つ疑(うたが)ひ、030且(か)つ歓(よろこ)び、031祝詞(のりと)の終(をは)るを待(ま)つて居(ゐ)た。
032 真道彦(まみちひこの)命(みこと)は拝礼(はいれい)を了(をは)り、033一同(いちどう)に目礼(もくれい)をなし、034兄弟(きやうだい)の手(て)を握(にぎ)り、035涙(なみだ)を流(なが)し乍(なが)ら、
036真道彦命『吾(わ)れは久(ひさ)しく此(この)聖地(せいち)を逃(のが)れ居(ゐ)たる汝(なんぢ)が父(ちち)なるぞ。037よくマア無事(ぶじ)に生(い)き永(なが)らへしのみならず、038再(ふたた)び聖場(せいぢやう)を復興(ふくこう)し得(え)たるは、039全(まつた)く汝(なんぢ)等(ら)が信仰(しんかう)の真心(まごころ)を、040三五教(あななひけう)の大神(おほかみ)御(ご)照覧(せうらん)遊(あそ)ばし、041厚(あつ)く守(まも)らせ玉(たま)ふものならむ。042あゝ有難(ありがた)や、043辱(かたじけ)なや』
044と落涙(らくるい)に咽(むせ)び、045嬉(うれ)しさ余(あま)つて、046其(その)場(ば)にハタと打倒(うちたふ)れけり。
047 これを聞(き)きたる数多(あまた)の取次(とりつぎ)、048信徒(しんと)等(ら)は一斉(いつせい)に神徳(しんとく)を讃美(さんび)し、049神恩(しんおん)を感謝(かんしや)し、050欣喜(きんき)雀躍(じやくやく)の余(あま)り、051夜(よ)の明(あ)くるも知(し)らずに、052直会(なほらひ)の宴(えん)に、053日三日(ひみつか)、054夜三夜(よるみよさ)を費(つひ)やしけるが、055玉藻(たまも)の聖地(せいち)開設(かいせつ)以来(いらい)の大盛宴(だいせいえん)なりける。
056 真道彦(まみちひこの)命(みこと)は日楯(ひたて)、057月鉾(つきほこ)二人(ふたり)の兄弟(きやうだい)に、058美(うる)はしき館(やかた)を作(つく)られ、059そこに老(おい)の身(み)を養(やしな)ふこととなりぬ。060されど真道彦(まみちひこ)は年齢(ねんれい)に似合(にあ)はず、061神徳(しんとく)、062霊肉(れいにく)共(とも)に充実(じゆうじつ)して若々(わかわか)しく、063元気(げんき)も亦(また)壮者(さうしや)を凌(しの)ぐ許(ばか)りなり。
064 玉藻(たまも)の湖水(こすゐ)は東西(とうざい)十五(じうご)里(り)、065南北(なんぽく)八(はち)里(り)、066山中(さんちう)にては可(か)なり大(だい)なる湖水(こすゐ)なり。067玉藻山(たまもやま)の霊地(れいち)は殆(ほとん)ど其(その)中心(ちうしん)に位(くらゐ)し、068東(ひがし)の端(はし)に天嶺(てんれい)といふ小高(こだか)き樹木(じゆもく)密生(みつせい)せる景勝(けいしよう)の山地(さんち)があつた。069そこに日楯(ひたて)をして守(まも)らしめ、070神殿(しんでん)を新(あらた)に造(つく)り、071政教(せいけう)一致(いつち)の道(みち)を布(し)かしめた。072さうしてユリコ姫(ひめ)を宮司(みやつかさ)とし、073聖地(せいち)の東方(とうはう)を固(かた)めしめ、074真道彦(まみちひこの)命(みこと)は玉藻山(たまもやま)の霊場(れいぢやう)に在(あ)つて、075老後(らうご)を養(やしな)ひつつヤーチン姫(ひめ)を奉(ほう)じ、076神業(しんげふ)に奉仕(ほうし)して居(ゐ)た。
077 玉藻湖(たまもこ)の西端(せいたん)には泰嶺(たいれい)と云(い)ふ霊山(れいざん)があつた。078そこには月鉾(つきほこ)を配置(はいち)し、079マリヤス姫(ひめ)を神司(かむづかさ)として奉仕(ほうし)せしめつつありき。080玉藻山(たまもやま)以東(いとう)を日潭(につたん)の聖地(せいち)と称(しよう)し、081以西(いせい)を月潭(げつたん)の霊地(れいち)と称(とな)へ、082オレオン星(せい)の如(ごと)く三座(さんざ)相並(あひなら)びて、083三五教(あななひけう)の神業(しんげふ)に奉仕(ほうし)し、084其(その)稜威(みいづ)は台湾(たいわん)全島(ぜんたう)に轟(とどろ)き渡(わた)り、085新高山(にひたかやま)の山麓(さんろく)なる泰安(たいあん)の都(みやこ)にまで、086其(その)勢力(せいりよく)は轟(とどろ)いて居(ゐ)た。
087 泰嶺(たいれい)の鎮守(ちんじゆ)として使(つか)へたる月鉾(つきほこ)は神(かみ)の命(めい)により独身(どくしん)生活(せいくわつ)を続(つづ)け居(ゐ)たり。088マリヤス姫(ひめ)は何時(いつ)とはなしに月鉾(つきほこ)に対(たい)し恋慕(れんぼ)の念(ねん)起(おこ)り、089矢(や)も楯(たて)もたまらず、090神業(しんげふ)を閑却(かんきやく)して昼夜(ちうや)の区別(くべつ)なく、091月鉾(つきほこ)に対(たい)し心(こころ)を奪(うば)はれ、092隙(すき)ある毎(ごと)に寄(よ)り添(そ)ひて、093種々(いろいろ)と思(おも)ひの丈(たけ)を述(の)べ立(た)つるのであつた。094されど月鉾(つきほこ)は信心(しんじん)堅固(けんご)にして、095神(かみ)の命(めい)をよく守(まも)り、096且(か)つマリヤス姫(ひめ)は泰安(たいあん)の都(みやこ)にましますカールス王(わう)の妹(いもうと)たる尊(たふと)き身(み)の上(うへ)なる事(こと)を知(し)り居(ゐ)たれば、097手厳(てきび)しく戒(いまし)むる事(こと)も得(え)せず、098又(また)放逐(はうちく)する事(こと)も得(え)ずして、099心(こころ)の限(かぎ)り尊敬(そんけい)を払(はら)つて居(ゐ)た。100マリヤス姫(ひめ)の恋路(こひぢ)は益々(ますます)猛烈(まうれつ)となり、101遂(つひ)には取次(とりつぎ)信徒(しんと)等(ら)の端(はし)に至(いた)る迄(まで)、102月鉾(つきほこ)とマリヤス姫(ひめ)の間(あひだ)に温(あたた)かき関係(くわんけい)の結(むす)ばれある事(こと)を固(かた)く信(しん)じいたりけり。103月鉾(つきほこ)は神命(しんめい)と姫(ひめ)との板挟(いたばさ)みとなつて、104日夜(にちや)苦慮(くりよ)しつつ其(その)日(ひ)を送(おく)り居(ゐ)たり。105又(また)日楯(ひたて)はユリコ姫(ひめ)と共(とも)に夫婦(ふうふ)となり睦(むつ)まじく神業(しんげふ)に参加(さんか)し居(ゐ)たり。
106 老(おい)たりとは云(い)へ、107未(いま)だ元気(げんき)旺盛(わうせい)なる真道彦(まみちひこの)命(みこと)は妻(つま)に先立(さきだ)たれ、108独身(どくしん)の生活(せいくわつ)を続(つづ)けて、109余生(よせい)を此(この)聖地(せいち)に送(おく)り居(ゐ)たるが危(あやふ)き生命(いのち)を救(すく)はれたる真道彦(まみちひこ)に対(たい)して、110ヤーチン姫(ひめ)は何時(いつ)とはなしに恋(こひ)に落(お)ち、111昼夜(ちうや)煩悶(はんもん)の結果(けつくわ)、112面(おも)やつれ、113身体(しんたい)骨立(こつりつ)し、114遂(つひ)には重(おも)き病(やまひ)の床(とこ)に就(つ)きける。
115 侍女(じぢよ)のユリコ姫(ひめ)は天嶺(てんれい)の聖地(せいち)にあつて、116日楯(ひたて)の妻(つま)となり、117早(はや)くも妊娠(にんしん)の身(み)となり居(ゐ)たり。118それ故(ゆゑ)ヤーチン姫(ひめ)の重病(ぢうびやう)を看護(かんご)することさへ出来(でき)ざりき。119キールスタンは昼夜(ちうや)の別(べつ)なく、120忠実(ちうじつ)に姫(ひめ)の看護(かんご)に全力(ぜんりよく)を尽(つく)し居(ゐ)たれ共(ども)、121姫(ひめ)の病(やまひ)は日(ひ)に日(ひ)に重(おも)る計(ばか)りなりける。
122 真道彦(まみちひこの)命(みこと)は姫(ひめ)の大病(たいびやう)を救(すく)はむと、123朝(あさ)な夕(ゆふ)な神前(しんぜん)に祈願(きぐわん)をこらしつつありしか共(ども)、124少(すこ)しも其(その)効験(かうけん)現(あら)はれず、125尊(たふと)きエーリスの姫君(ひめきみ)、126如何(いか)にもして、127元(もと)の身体(からだ)に回復(くわいふく)せしめむと心胆(しんたん)を砕(くだ)き乍(なが)ら、128病床(びやうしやう)を見舞(みま)つた。129キールスタンは真道彦(まみちひこの)命(みこと)の来(きた)れるに打喜(うちよろこ)び、130挨拶(あいさつ)も碌々(ろくろく)になさず、131あはてふためきて、132ヤーチン姫(ひめ)の枕許(まくらもと)に走(はし)り寄(よ)り、133耳(みみ)に口(くち)を寄(よ)せ、
134キールスタン『あなたの日頃(ひごろ)恋(こ)はせ玉(たま)ふ真道彦(まみちひこの)命(みこと)様(さま)が、135今(いま)茲(ここ)におみえになりました』
136と囁(ささや)きし此(この)声(こゑ)に、137姫(ひめ)はムツクと起上(おきあが)り、138さも嬉(うれ)しげに、139真道彦(まみちひこの)命(みこと)に向(むか)ひ、
140ヤーチン姫(ひめ)『真道彦(まみちひこ)様(さま)、141ようこそ御(ご)親切(しんせつ)に御(お)訪(たづ)ね下(くだ)さいました。142モウ妾(わたし)、143これぎり国替(くにがへ)致(いた)しても、144後(あと)に残(のこ)る事(こと)は御座(ござ)いませぬ。145どうぞ妾(わたし)の死後(しご)に於(おい)て、146夢(ゆめ)になりとも妾(わたし)の事(こと)を思(おも)ひ出(だ)し玉(たま)ふ事(こと)あらば、147只(ただ)一言(ひとこと)なりと吾(わが)名(な)をお呼(よ)び下(くだ)さいませ。148これが妾(わたし)の一生(いつしやう)の願(ねが)ひで御座(ござ)います』
149と恥(はづ)かしげに言(い)ひ終(をは)つて、150枕(まくら)に顔(かほ)を伏(ふ)せた。151真道彦(まみちひこ)は稍(やや)当惑(たうわく)の体(てい)にて、152少時(しばし)ためらひ居(ゐ)たりしが、153斯(か)く迄(まで)吾(われ)を慕(した)へる此(この)婦人(ふじん)に対(たい)し、154今(いま)はの際(きは)に、155余(あま)り没義道(もぎだう)にあしらふべきに非(あら)ず、156何(いづ)れ死(し)に行(ゆ)く運命(うんめい)の人(ひと)ならば、157優(やさ)しき言葉(ことば)をかけて、158潔(いさぎよ)く此(この)世(よ)を去(さ)らしむるに若(し)かじ……と決心(けつしん)し、159厳然(げんぜん)として身(み)を構(かま)へ、
160真道彦(まみちひこ)『ヤーチン姫殿(ひめどの)、161あなたの尊(たふと)き御(お)心(こころ)、162木石(ぼくせき)ならぬ真道彦(まみちひこ)も満足(まんぞく)に存(ぞん)じます。163今迄(いままで)の貴女(あなた)に対(たい)する無情(むじやう)の罪(つみ)、164御(お)赦(ゆる)し下(くだ)さいませ』
165とキツパリ言(い)ひ放(はな)つた。166ヤーチン姫(ひめ)は此(この)言葉(ことば)に何(なん)となく元気(げんき)づき、167病(やまひ)の身(み)を忘(わす)れて身(み)を起(おこ)し、168膝(ひざ)を摺(す)り寄(よ)せ、169命(みこと)の顔(かほ)を打(うち)みまもり、170感謝(かんしや)の涙(なみだ)をハラハラと流(なが)し乍(なが)ら、
171ヤーチン『日頃(ひごろ)恋(こ)ひ慕(した)ふ真道彦(まみちひこの)命(みこと)様(さま)、172それならあなたは今日(こんにち)只今(ただいま)より、173ヤーチン姫(ひめ)の夫(をつと)、174よもや御(ご)冗談(じようだん)では御座(ござ)いますまいなア』
175と念(ねん)を押(お)したりしに、
176真道(まみち)『エー勿体(もつたい)ない、177私(わたし)も神(かみ)に仕(つか)ふる身(み)の上(うへ)、178決(けつ)して嘘(うそ)は申(まを)しませぬ』
179ヤーチン『そんなら……あなたは妾(わたし)の夫(をつと)、180モウ斯(こ)うなる上(うへ)は、181病(やまひ)位(くらゐ)は物(もの)の数(かず)では御座(ござ)いませぬ』
182と痩(やせ)こけたる体(からだ)も俄(にはか)に元気(げんき)づき、183顔(かほ)の色(いろ)さへ仄紅(ほのあか)く、184直(ただち)に井戸端(ゐどばた)に歩(あゆ)み寄(よ)り、185身(み)を浄(きよ)め、186自(みづか)ら衣服(いふく)を着替(きか)へ、187身繕(みつくろ)ひを終(をは)つて、188再(ふたた)び真道彦(まみちひこ)の前(まへ)に現(あら)はれ来(きた)り、
189ヤーチン『あゝ吾(わが)夫様(つまさま)、190吾(わが)居間(ゐま)へ御(お)越(こ)し下(くだ)さいませ。191いろいろと申上(まをしあ)げたき仔細(しさい)が御座(ござ)います』
192と無理(むり)に手(て)を曳(ひ)き、193吾(わが)居間(ゐま)に姿(すがた)を没(ぼつ)したり。
194 ヤーチン姫(ひめ)は吾(わが)居間(ゐま)に真道彦(まみちひこの)命(みこと)を伴(ともな)ひ、195あたりを密閉(みつぺい)して両人(りやうにん)端坐(たんざ)し声(こゑ)を私(ひそ)めて、
196ヤーチン『カールス様(さま)、197泰安(たいあん)の都(みやこ)の様子(やうす)は如何(いかが)なりましたか。198セールス姫(ひめ)は如何(どう)遊(あそ)ばされました。199どうぞ包(つつ)まず隠(かく)さず、200御(お)漏(も)らし下(くだ)さいませ』
201真道(まみち)『これは又(また)異(い)なることを承(うけたま)はるものかな。202私(わたし)は祖先(そせん)代々(だいだい)此(この)玉藻(たまも)の聖地(せいち)に住居(ぢうきよ)して、203三五教(あななひけう)を開(ひら)く者(もの)、204畏(おそ)れ多(おほ)くも泰安(たいあん)の都(みやこ)のカールス王(わう)などとは思(おも)ひも寄(よ)らぬ御(お)言葉(ことば)、205永(なが)の御(ご)病気(びやうき)の為(ため)に、206精神(せいしん)に御(ご)異状(いじやう)を御(お)来(きた)し遊(あそ)ばされ、207カールス王(わう)に、208私(わたし)が見(み)えたのでせう。209決(けつ)して私(わたし)は左様(さやう)な尊(たふと)き身分(みぶん)では御座(ござ)いませぬ。210どうぞトツクリと御(お)検(あらた)め下(くだ)され』
211とヤーチン姫(ひめ)の面前(めんぜん)にワザとに顔(かほ)をつき出(だ)して見(み)せた。212ヤーチン姫(ひめ)は、213兎見(とみ)斯(こ)う見(み)し乍(なが)ら[※「と見こう見」は「あちらを見たり、こちらを見たり」の意〔広辞苑〕]ニヤリと笑(わら)ひ、
214ヤーチン姫『如何(いか)に御(お)忍(しの)びの御(おん)身(み)の上(うへ)なればとて、215さう御(お)隠(かく)しなさるには及(およ)びますまい。216妾(わたし)が淡渓(たんけい)に投(な)げ込(こ)まれ、217生命(いのち)危(あやふ)き所(ところ)へ貴方(あなた)は妾(わたし)を助(たす)けむと、218先(さき)に廻(まは)つて御(お)救(すく)ひ下(くだ)さつた生命(いのち)の恩人(おんじん)カールス様(さま)に間違(まちが)ひは御座(ござ)いますまい。219最早(もはや)斯(こ)うなる上(うへ)は、220御(お)隠(かく)しなさるには及(およ)びませぬ。221どうぞ打解(うちと)けて誠(まこと)の事(こと)を仰有(おつしや)つて下(くだ)さいませ。222何程(なにほど)御(お)隠(かく)し遊(あそ)ばしても、223どこから何処(どこ)まで、224毛筋(けすぢ)の横巾(よこはば)も違(ちが)はぬあなたの御(お)姿(すがた)、225これが如何(どう)して別人(べつじん)と思(おも)へませうか』
226真道(まみち)『これは聊(いささ)か迷惑(めいわく)千万(せんばん)、227能(よ)く御(お)考(かんが)へ遊(あそ)ばしませ。228カールス様(さま)は未(ま)だ御(おん)年(とし)三十(さんじふ)に成(な)らせ玉(たま)はず、229吾(われ)は最早(もはや)五十路(いそぢ)の坂(さか)にかかつて居(ゐ)る老(おい)ぼれ者(もの)、230何程(なにほど)能(よ)く似(に)たりとは言(い)へ、231老者(らうしや)と壮者(さうしや)、232皮膚(ひふ)の色(いろ)、233声(こゑ)の色(いろ)、234決(けつ)して決(けつ)して同(おな)じ筈(はず)は御座(ござ)いませぬ。235仮令(たとへ)姿(すがた)は能(よ)く似(に)たりと雖(いへど)も、236月(つき)に鼈(すつぽん)、237尊卑(そんぴ)の点(てん)に於(おい)て雲泥(うんでい)の相違(さうゐ)ある私(わたし)何卒(なにとぞ)御(お)心(こころ)を鎮(しづ)められ、238真偽(しんぎ)の御(ご)判断(はんだん)を下(くだ)し遊(あそ)ばす様(やう)、239御(お)願(ねがひ)致(いた)します』
240ヤーチン『どこまでも用心(ようじん)深(ぶか)いあなたの御(お)言葉(ことば)、241女(をんな)は嫉妬(しつと)に大事(だいじ)を漏(もら)すとの諺(ことわざ)を信(しん)じ、242分(わか)り切(き)つたる秘密(ひみつ)を、243どこまでも包(つつ)み隠(かく)さむと遊(あそ)ばすあなた様(さま)の御(お)心根(こころね)が恨(うら)めしう御座(ござ)います。244どこまでも御(お)隠(かく)し遊(あそ)ばすならば、245最早(もはや)是非(ぜひ)も御座(ござ)いませぬ。246真道彦(まみちひこの)命(みこと)ならば真道彦(まみちひこの)命(みこと)で宜(よろ)しう御座(ござ)います。247王(わう)様(さま)に間違(まちがひ)は御座(ござ)いませぬ。248どうぞ此処(ここ)に改(あらた)めて結婚(けつこん)の式(しき)を御(お)挙(あ)げ下(くだ)さいます様(やう)に御(お)願(ねがひ)致(いた)します』
249真道(まみち)『アヽ困(こま)つたなア。250どうしたら姫(ひめ)様(さま)の疑(うたがひ)が晴(は)れるであらうか。251他人(たにん)の空似(そらに)とは云(い)ひ乍(なが)ら勿体(もつたい)ない、252カールス王(わう)様(さま)に能(よ)く似(に)て居(ゐ)るとは………真道彦(まみちひこ)の何(なん)たる光栄(くわうえい)であらう。253否(いや)迷惑(めいわく)であらう。254アヽどうしたら此(この)難関(なんくわん)が切(き)り抜(ぬ)けられようかなア』
255とさし俯(うつむ)いて溜息(ためいき)をつき居(ゐ)る。
256ヤーチン『何程(なにほど)御(お)隠(かく)し遊(あそ)ばしても、257カールス王(わう)様(さま)に間違(まちがひ)はありませぬ。258あなたはサアルボースやホーロケース両人(りやうにん)の悪者(わるもの)に恐(おそ)れて、259淡渓(たんけい)の畔(ほとり)に身(み)を隠(かく)し、260真道彦(まみちひこの)命(みこと)と名(な)を変(か)へて、261此(この)世(よ)を偽(いつは)る卑怯(ひけふ)未練(みれん)の御(お)振舞(ふるまひ)、262御(おん)父上(ちちうへ)の許(ゆる)し玉(たま)ひし夫婦(ふうふ)の仲(なか)、263未(いま)だ一夜(いちや)も枕(まくら)を交(かは)さね共(ども)、264親(おや)と親(おや)との許(ゆる)し玉(たま)ひし夫婦(ふうふ)の間柄(あひだがら)、265誰(たれ)に遠慮(ゑんりよ)が御座(ござ)いませう。266あなたは昔(むかし)はエルサレムに仕(つか)へ玉(たま)ひし、267天使(てんし)花森彦(はなもりひこの)命(みこと)の御(ご)末孫(ばつそん)、268高国別(たかくにわけ)や玉手姫(たまてひめ)の悪神(あくがみ)の腹(はら)より生(うま)れ出(い)でたる、269サアルボースや、270ホーロケースを父(ちち)や叔父(をぢ)に持(も)つ、271セールス姫(ひめ)が御(お)気(き)に入(い)らぬのは御尤(ごもつと)もで御座(ござ)います。272さり乍(なが)ら何(なに)を苦(くるし)んで、273泰安(たいあん)の都(みやこ)を脱(ぬ)け出(い)で、274あの様(やう)な処(ところ)に身(み)を隠(かく)し遊(あそ)ばしたので御座(ござ)いますか……それはさうと、275妾(わたし)の生命(いのち)を助(たす)け下(くだ)さつたのもヤツパリあなた様(さま)、276都(みやこ)を出(い)でさせ玉(たま)ひし其(その)御(お)蔭(かげ)、277尽(つ)きぬ縁(えにし)の証(しるし)にて、278恋(こひ)しきあなたに助(たす)けられ、279此(この)里(さと)に参(まゐ)りましたのも、280結(むす)ぶの神(かみ)の引合(ひきあは)せ、281これより夫婦(ふうふ)心(こころ)を合(あは)せ、282三五教(あななひけう)の信徒(しんと)を引(ひき)つれ、283時(とき)を見(み)て泰安(たいあん)の都(みやこ)に攻(せ)め寄(よ)せ、284父(ちち)の業(げふ)を御(お)継(つ)ぎ遊(あそ)ばす御(ご)所存(しよぞん)は御座(ござ)いませぬか。285それさへ承(うけたま)はらば、286妾(わたし)は此(この)儘(まま)帰幽(きいう)致(いた)す共(とも)、287あなたの雄々(をを)しき心(こころ)を力(ちから)として、288幽界(いうかい)より御(ご)神業(しんげふ)を御(お)助(たす)け申(まを)す覚悟(かくご)で御座(ござ)います。289生(いき)ても死(し)しても、290決(けつ)してあなたの御(お)側(そば)を離(はな)れぬヤーチン姫(ひめ)の真心(まごころ)、291どうぞ仇(あだ)に思召(おぼしめ)し下(くだ)さいますな』
292真道(まみち)『私(わたし)には日楯(ひたて)、293月鉾(つきほこ)と云(い)ふ二人(ふたり)の息子(むすこ)が御座(ござ)います。294私(わたし)の妻(つま)は既(すで)に此(この)世(よ)を去(さ)り、295今(いま)は此(この)通(とほ)り位牌(ゐはい)となつて、296此(この)神殿(しんでん)に御(お)祭(まつ)りして御座(ござ)いますれば、297どうしても妻(つま)を持(も)つことは、298私(わたし)として出来(でき)ませぬ。299併(しか)し乍(なが)らあなたの御(おん)志(こころざし)を無(む)にするも情(つれ)なく存(ぞん)じますれば、300夫婦(ふうふ)の交(まじ)はりのみは御(お)許(ゆる)しを頂(いただ)きまして、301夫婦(ふうふ)気取(きどり)で御(ご)神業(しんげふ)に参加(さんか)させて下(くだ)さいませ。302カールス王(わう)様(さま)の御(おん)身(み)の上(うへ)に就(つい)て、303変事(へんじ)あらば時(とき)を移(うつ)さず、304吾々(われわれ)は数多(あまた)の強者(つはもの)を引具(ひきぐ)し、305泰安(たいあん)の都(みやこ)に乗込(のりこ)んで御(お)助(たす)け申(まを)し、306貴女(あなた)の望(のぞ)みを達(たつ)し参(まゐ)らす覚悟(かくご)で御座(ござ)います。307此(この)事(こと)計(ばか)りは御(ご)安心(あんしん)遊(あそ)ばしませ。308決(けつ)して私(わたし)はカールス王(わう)では御座(ござ)いませぬ。309正真(しやうしん)正銘(しやうめい)の真道彦(まみちひこ)で御座(ござ)います』
310ヤーチン『エーもどかしや』
311と言(い)ひ乍(なが)ら、312矢庭(やには)に真道彦(まみちひこ)の利腕(ききうで)にしがみつき、313涙(なみだ)と共(とも)に泣(な)き口説(くど)き、314身(み)をもだえ居(ゐ)る。
315 此(この)時(とき)何気(なにげ)なく、316隔(へだて)の襖(ふすま)をおし開(ひら)き、317入(い)り来(きた)るキールスタンは此(この)態(てい)を見(み)て驚(おどろ)き、318物(もの)をも言(い)はず一目散(いちもくさん)に此(この)場(ば)を駆出(かけだ)したり。319これより真道彦(まみちひこの)命(みこと)とヤーチン姫(ひめ)の間(あひだ)には、320情意(じやうい)投合(とうがふ)の契約(けいやく)が結(むす)ばれたるものとして、321窃(ひそか)に三五教(あななひけう)の一般(いつぱん)に伝(つた)へらるる事(こと)となりぬ。322されど真道彦(まみちひこの)命(みこと)は将来(しやうらい)を慮(おもんばか)り、323姫(ひめ)に対(たい)して一指(いつし)だにも支(さ)へざりける。
324 姫(ひめ)は其(その)後(ご)病気(びやうき)追々(おひおひ)快復(くわいふく)して元(もと)の如(ごと)く容色(ようしよく)端麗(たんれい)なる美人(びじん)となり、325聖地(せいち)の大神殿(だいしんでん)に朝夕(あさゆふ)奉仕(ほうし)して、326神(かみ)の威徳(ゐとく)は益々(ますます)四方(よも)に輝(かがや)き亘(わた)りぬ。327真道彦(まみちひこの)命(みこと)は飽(あ)く迄(まで)もヤーチン姫(ひめ)を尊敬(そんけい)し、328主人(しゆじん)の如(ごと)く待遇(たいぐう)して、329至誠(しせい)を尽(つく)したるに、330ヤーチン姫(ひめ)も漸(やうや)くにして、331真道彦(まみちひこの)命(みこと)のカールス王(わう)に非(あら)ざりしことを悟(さと)り、332且(か)つ命(みこと)の信仰(しんかう)の堅実(けんじつ)なるに感歎(かんたん)し、333互(たがひ)に胸襟(きやうきん)を開(ひら)きて神業(しんげふ)に参加(さんか)し、334時(とき)の到(いた)るを待(ま)ちつつありける。335惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。
336(大正一一・八・六 旧六・一四 松村真澄録)
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