霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一〇章 縺(もつ)れ髪(がみ)〔八一〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第28巻 海洋万里 卯の巻 篇:第2篇 暗黒の叫 よみ(新仮名遣い):あんこくのさけび
章:第10章 縺れ髪 よみ(新仮名遣い):もつれがみ 通し章番号:810
口述日:1922(大正11)年08月08日(旧06月16日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年8月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
日楯夫婦と月鉾は、父・真道彦やヤーチン姫が重臣たちの裏切りによって捕らえられたことに心を痛め、神前にて祈願をこらしていた。たちまちユリコ姫に神懸りがあり、国魂神・竜世姫命の神勅が降りた。
それによると、このたび真道彦の禍はすべて神界の経綸によるものであり、案じ煩うことは無い、とのことであった。そしてカールス王の迷夢を覚ますためには、日楯夫婦と月鉾の三人で、南琉球の王である照彦王を尋ね、救援を求めよ、と神命を下した。
三人は密かに旅立ち、キールの港を指して山道を進んだ。月の照る夜、三人はアーリス山の山頂で休んでいた。すると峠を登ってくる菅笠が見えた。見ると巡礼姿の妙齢の美人である。
巡礼姿の美人は、月鉾を追って来たテーリン姫であった。テーリン姫はどうしても月鉾と同行すると言い張り、三人が神勅による旅だと言っても、月鉾が自分から逃げて、マリヤス姫の元に逃げるのではないかと疑って聞かない。
三人が困り果てていると、最前より木陰に潜んで様子を窺っていたマリヤス姫が現れ、月鉾が自分のところに逃げるなど無礼千万と言って、月鉾に打ってかかった。テーリン姫はそれを見てマリヤス姫に狂気のごとく組み付いた。
月鉾はこれを見てテーリン姫を縛り上げた。そして三人はこの機に乗じてその場を逃げた。後に残されたマリヤス姫は、テーリン姫に優しく接した。最初は疑っていたテーリン姫も、正直に身の上を話すマリヤス姫に心を開き、二人は姉妹のように親しむようになった。そして月鉾らの帰りを待つこととなった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ:キールの港(基隆の港) データ凡例: データ最終更新日:2021-11-24 16:59:25 文字数:5185 OBC :rm2810
愛善世界社版:112頁 八幡書店版:第5輯 393頁 修補版: 校定版:116頁 普及版:53頁 初版: ページ備考:
001 真道彦(まみちひこの)命(みこと)の教主(けうしゆ)を始(はじ)めヤーチン姫(ひめ)は、002淡渓(たんけい)の上流(じやうりう)なる岩窟(がんくつ)の牢獄(らうごく)に投(とう)ぜられ、003数多(あまた)の幹部(かんぶ)は鉾(ほこ)を逆(さか)さまにして、004カールス王(わう)に取(と)り入(い)り、005暴政(ばうせい)を振(ふる)ひ、006其(その)勢(いきほ)ひ猛烈(まうれつ)にして何時(いつ)如何(いか)なる難題(なんだい)を此(この)聖地(せいち)に向(むか)つて持込(もちこ)み来(きた)るやも計(はか)られず、007且(か)つ数多(あまた)の信徒(しんと)は殆(ほとん)ど離散(りさん)し、008寂寥(せきれう)の気(き)に包(つつ)まれ、009日楯(ひたて)夫婦(ふうふ)を始(はじ)め、010月鉾(つきほこ)は心(こころ)も落(お)ちつかず、011薄氷(はくひよう)を踏(ふ)む如(ごと)き心地(ここち)し乍(なが)ら、012ヤーチン姫(ひめ)始(はじ)め、013父(ちち)の寃罪(ゑんざい)の一(いち)日(にち)も早(はや)く晴(は)れむ事(こと)を、014朝夕(あさゆふ)神前(しんぜん)に祈願(きぐわん)しつつあつた。015忽(たちま)ちユリコ姫(ひめ)に神懸(かむがか)りあり、016詞(ことば)おごそかに宣(の)り玉(たま)ふよう、
017ユリコ姫(に懸かった竜世姫命)『汝(なんぢ)日楯(ひたて)、018月鉾(つきほこ)の兄弟(きやうだい)よ、019真道彦(まみちひこの)命(みこと)の此(この)度(たび)の奇禍(きくわ)は、020すべて神界(しんかい)の経綸(けいりん)に出(い)でさせ玉(たま)ふものなれば必(かなら)ず案(あん)じ煩(わづら)ふ勿(なか)れ。021頓(やが)て晴天(せいてん)白日(はくじつ)の時(とき)来(きた)るべし。022真道彦(まみちひこの)命(みこと)、023此(この)度(たび)の遭難(さうなん)なくば、024到底(たうてい)三五教(あななひけう)の救世主(きうせいしゆ)としての任務(にんむ)を全(まつた)うする事(こと)能(あた)はず。025今日(こんにち)の悲(かな)しみは後日(ごじつ)の喜(よろこ)びなり、026必(かなら)ず必(かなら)ず傷心(しやうしん)する事(こと)勿(なか)れ。027是(こ)れより汝(なんぢ)兄弟(きやうだい)は、028ユリコ姫(ひめ)を伴(ともな)ひ、029暗夜(あんや)に乗(じやう)じて聖地(せいち)を去(さ)り、030荒波(あらなみ)を渡(わた)りて、031琉球(りうきう)の南島(なんたう)に在(あ)る三五教(あななひけう)の神司(かむづかさ)兼(けん)国王(こきし)たる照彦(てるひこ)、032照子姫(てるこひめ)の許(もと)に到(いた)り、033事情(じじやう)を打明(うちあ)かし、034救援(きうゑん)を求(もと)めよ。035然(しか)らばカールス王(わう)の迷夢(めいむ)も醒(さ)め、036汝(なんぢ)が父(ちち)の疑(うたがひ)も全(まつた)く晴(は)るるに至(いた)らむ。037汝(なんぢ)兄弟(きやうだい)は未(いま)だ年(とし)若(わか)く、038如何(いか)なる艱難(かんなん)辛苦(しんく)にも堪(た)へ得(う)べき能力(のうりよく)あり。039年(とし)老(おい)たる父(ちち)の危難(きなん)を思(おも)へば、040如何(いか)なる難事(なんじ)に遭遇(さうぐう)する共(とも)、041物(もの)の数(かず)にも非(あら)ざるべし。042今宵(こよひ)は時(とき)を移(うつ)さず、043聖地(せいち)を立出(たちい)で琉球(りうきう)の島(しま)に向(むか)へよ。044中途(ちうと)にして種々(しゆじゆ)雑多(ざつた)の迫害(はくがい)艱難(かんなん)に遭(あ)ふ事(こと)あるとも、045撓(たゆ)まず屈(くつ)せず、046勇猛心(ゆうまうしん)を発揮(はつき)して、047此(この)使命(しめい)を果(はた)すべし。048我(わ)れは本島(ほんたう)の国魂神(くにたまがみ)竜世姫(たつよひめの)命(みこと)なるぞ。049ゆめゆめ我(わが)神勅(しんちよく)を疑(うたが)ふな』
050と云(い)ひ終(をは)つて、051ユリコ姫(ひめ)の神懸(かむがか)りは元(もと)に復(ふく)した。052茲(ここ)に日楯(ひたて)、053月鉾(つきほこ)兄弟(きやうだい)はユリコ姫(ひめ)と共(とも)に、054身(み)を巡礼姿(じゆんれいすがた)にやつし、055蓑笠(みのかさ)草鞋(わらぢ)脚絆(きやはん)の扮装(いでたち)、056金剛杖(こんがうづゑ)をつき乍(なが)ら、057人里(ひとざと)離(はな)れし山途(やまみち)を辿(たど)りて遂(つひ)に基隆(キール)の港(みなと)を指(さ)して進(すす)むこととなつた。
058 月(つき)照(て)りわたる涼(すず)しき夏(なつ)の夜(よ)を、059三(さん)人(にん)は漸(やうや)くにして、060アーリス山(ざん)の頂上(ちやうじやう)に辿(たど)り着(つ)き、061傍(かたはら)の巌(いはほ)に腰打(こしうち)かけ息(いき)を休(やす)めてゐた。062フト見(み)れば、063月夜(つきよ)の中(なか)に白(しろ)く光(ひか)つた菅(すげ)の小笠(をがさ)一(いち)枚(まい)、064ゆらぎつつ峠(たうげ)を目蒐(めが)けて登(のぼ)り来(く)る。065三(さん)人(にん)は目(め)を瞠(みは)り、066テールスタンの部下(ぶか)の間者(かんじや)にはあらざるかと稍(やや)胸(むね)を轟(とどろ)かせ乍(なが)ら、067心(こころ)の中(なか)にて天(あま)の数歌(かずうた)を称(とな)へつつあつた。068笠(かさ)は漸(やうや)く間近(まぢか)くなつた。069見(み)れば一人(ひとり)の巡礼姿(じゆんれいすがた)の妙齢(めうれい)の美人(びじん)である。070美人(びじん)は三(さん)人(にん)の憩(いこ)へる前(まへ)に、071恐(おそ)る恐(おそ)る近(ちか)づき来(きた)り、072さも慇懃(いんぎん)に、
073巡礼(じゆんれい)『失礼(しつれい)乍(なが)ら、074あなたは月鉾(つきほこ)様(さま)の一行(いつかう)では御座(ござ)いませぬか。075妾(わたし)は泰嶺(たいれい)の聖地(せいち)に朝(あさ)な夕(ゆふ)な仕(つか)へまつれるテーリン姫(ひめ)で御座(ござ)います』
076 月鉾(つきほこ)は此(この)声(こゑ)に驚(おどろ)き、077あたりを見廻(みまは)し乍(なが)ら、078声(こゑ)をひそめて、
079月鉾『如何(いか)にも私(わたくし)は月鉾(つきほこ)で御座(ござ)います。080此(この)深山(しんざん)を繊弱(かよわ)き婦人(ふじん)の身(み)として、081同伴(つれ)もなく只(ただ)一人(ひとり)、082御(お)越(こ)しになるとは大胆(だいたん)至極(しごく)の御(お)振舞(ふるまひ)、083何処(どこ)へ御(お)出(い)でになりますか』
084 テーリン姫(ひめ)は涙(なみだ)を拭(ぬぐ)ひ乍(なが)ら、
085テーリン姫『月鉾(つきほこ)様(さま)、086何(いづ)れへ行(ゆ)くかとは、087それは余(あま)り御(お)胴欲(どうよく)で御座(ござ)います。088三五教(あななひけう)の神(かみ)様(さま)に心願(しんぐわん)を掛(か)け、089ヤツト叶(かな)うた妾(わたし)の恋路(こひぢ)、090あなたは妾(わたし)に仰(あふ)せられた御(お)言葉(ことば)、091最早(もはや)御(お)忘(わす)れになりましたか。092エヽ残念(ざんねん)で御座(ござ)います。093そんな御(お)心(こころ)とは露知(つゆし)らず、094互(たがひ)に心(こころ)を変(かは)るまじとの御(お)言葉(ことば)を神(かみ)様(さま)の教示(けうじ)と信(しん)じ、095夢(ゆめ)にも忘(わす)れぬ妾(わたし)の心(こころ)、096……エヽ口惜(くや)しい、097残念(ざんねん)な』
098とあたり構(かま)はず、099身(み)を大地(だいち)にうちつけて泣(な)き叫(さけ)ぶのであつた。100月鉾(つきほこ)は当惑顔(たうわくがほ)にて、101太(ふと)き息(いき)をつき乍(なが)ら、
102月鉾『あなたに誓(ちか)つた言葉(ことば)は、103夢寐(むび)にも忘(わす)れは致(いた)しませぬ。104去(さ)り乍(なが)ら、105已(や)むに止(や)まれぬ事情(じじやう)の為(ため)、106あなたにも委細(ゐさい)を打明(うちあ)けず、107俄(にはか)に或(ある)秘密(ひみつ)の用務(ようむ)を帯(お)びて、108暫(しばら)く聖地(せいち)を離(はな)れねばならぬ事(こと)が出来(でき)ました。109決(けつ)して決(けつ)して貴女(あなた)を嫌(きら)つたのでも、110忘(わす)れたのでも有(あ)りませぬ。111此(この)月鉾(つきほこ)が天晴(あつぱ)れ使命(しめい)を果(はた)すまで、112泰嶺(たいれい)に帰(かへ)り神妙(しんめう)に神(かみ)様(さま)に仕(つか)へて居(ゐ)て下(くだ)さい。113キツト貴女(あなた)との約束(やくそく)は反古(ほご)には致(いた)しませぬ。114サア斯(こ)う云(い)ふ内(うち)にも、115テールスタンの部下(ぶか)の者共(ものども)の耳(みみ)に入(い)らば、116互(たがひ)の不覚(ふかく)、117今(いま)の辛(つら)き別(わか)れは後(のち)の楽(たのし)み、118どうぞ此(この)事(こと)を聞(き)き分(わ)けて、119一刻(いつこく)も早(はや)く帰(かへ)つて下(くだ)さい』
120テーリン『イエイエあなたはさう仰有(おつしや)つて、121うまく妾(わたし)を振棄(ふりす)て、122泰安城(たいあんじやう)に隠(かく)れますマリヤス姫(ひめ)様(さま)のお側(そば)へ招(まね)かれて行(ゆ)かれるのでせう。123何(なん)と仰有(おつしや)つても、124妾(わたし)は仮令(たとへ)火(ひ)の中(なか)、125水(みづ)の底(そこ)をも厭(いと)ひませぬ。126あなたに影(かげ)の如(ごと)く附添(つきそ)ひ参(まゐ)ります』
127月鉾(つきほこ)『あゝ困(こま)つたなア。128……日楯(ひたて)さま、129ユリコ姫(ひめ)さま、130どうしたら宜(よ)いでせうか』
131日楯(ひたて)『ハテ困(こま)つた事(こと)が出来(でき)ましたなア。132何(なん)と云(い)つても、133今度(こんど)は特別(とくべつ)の使命(しめい)が有(あ)るのだから、134ここの所(ところ)はテーリンさまに聞分(ききわ)けて貰(もら)つて、135帰(かへ)つて貰(もら)ふより仕方(しかた)が有(あ)りますまい』
136テーリン『あなた迄(まで)が腹(はら)を合(あ)はして、137妾(わたし)を排斥(はいせき)なされますか。138キツト御(お)恨(うら)み申(まを)します』
139日楯(ひたて)『あゝあ、140どうしたら良(よ)からうかなア。141竜世姫(たつよひめ)様(さま)がいろいろの迫害(はくがい)や艱難(かんなん)に遭(あ)うても、142撓(たゆ)まず屈(くつ)せず、143初心(しよしん)を貫徹(くわんてつ)せよと仰有(おつしや)つたが、144これは又(また)同情(どうじやう)ある迫害(はくがい)に会(あ)つたものだ。145情(なさけ)ある艱難(かんなん)に出会(でつくわ)したものだ。146……ナア月鉾(つきほこ)さま』
147ユリコ『もし、148テーリン様(さま)、149妾(わたし)は女(をんな)の身(み)として、150差出(さしで)がましく申上(まをしあ)げるのも、151何(なん)となく恥(はづ)かしう御座(ござ)いますが、152貴方(あなた)も月鉾(つきほこ)様(さま)と深(ふか)く契合(ちぎりあ)うたお仲(なか)、153切(せつ)なき御(お)心(こころ)は御(お)察(さつ)し申上(まをしあ)げます。154さり乍(なが)ら夫(をつと)の一大事(いちだいじ)、155ここは能(よ)く噛(か)み分(わ)けて、156一先(ひとま)づ聖地(せいち)へ帰(かへ)つて下(くだ)さいませ。157何(いづ)れ遠(とほ)からぬ内(うち)に、158吉(よ)き便(たよ)りをお聞(き)かせ申(まを)すことが出来(でき)ませう』
159と慰(なぐさ)める様(やう)に、160言葉(ことば)やさしく説(と)き諭(さと)す。161テーリン姫(ひめ)は首(くび)を左右(さいう)にふり、
162テーリン『イエイエ、163夫(をつと)が行(ゆ)かるる所(ところ)へ、164仮令(たとへ)内縁(ないえん)にせよ、165妻(つま)の妾(わたし)が行(ゆ)かれない道理(だうり)が有(あ)りますか。166女房(にようばう)が行(ゆ)く事(こと)が出来(でき)ないのならば、167あなたも日楯(ひたて)さまと此処(ここ)で袂(たもと)を別(わか)ち、168泰嶺(たいれい)の聖地(せいち)へ帰(かへ)つて、169神前(しんぜん)に御(ご)奉仕(ほうし)なさりませ。170貴女(あなた)がさうなされば、171妾(わたし)も泰嶺(たいれい)の聖地(せいち)へ潔(いさぎよ)く帰(かへ)ります』
172と抜差(ぬきさ)しならぬ理詰(りづ)めに、173ユリコ姫(ひめ)は是非(ぜひ)なく黙(だま)り込(こ)んで了(しま)つた。
174 月鉾(つきほこ)は父(ちち)の危難(きなん)を救(すく)ふべく、175意(い)を決(けつ)して住(す)み慣(な)れし聖地(せいち)をあとに、176漸(や)う漸(や)う此処(ここ)まで息(いき)せき来(きた)りしものを、177恋女(こひをんな)に追(お)ひせまられ、178恥(はづ)かしさと苦(くる)しさに、179五色(ごしき)の息(いき)を吐(つ)いて居(ゐ)る。
180日楯(ひたて)『テーリンさま、181貴女(あなた)は最前(さいぜん)の御(お)言葉(ことば)に依(よ)れば、182泰安(たいあん)の城(しろ)に御座(ござ)るマリヤス姫(ひめ)様(さま)に会(あ)はむとて、183月鉾(つきほこ)さまが御(お)出(い)でになる様(やう)に仰有(おつしや)つたが、184左様(さやう)な気楽(きらく)な場合(ばあひ)では御座(ござ)いませぬ。185吾々(われわれ)兄弟(きやうだい)は父上(ちちうへ)の危難(きなん)を救(すく)はねばならぬ千騎(せんき)一騎(いつき)の此(この)場合(ばあひ)、186どうして気楽(きらく)相(さう)に女(をんな)を連(つ)れて行(ゆ)くことが出来(でき)ませう。187まさかの時(とき)に手足(てあし)纏(まと)ひになるのは女(をんな)で御座(ござ)いますよ』
188テーリン『オホヽヽヽ、189勝手(かつて)な事(こと)能(よ)う仰有(おつしや)ります。190ユリコ姫(ひめ)様(さま)は男(をとこ)で御座(ござ)いますか、191そして貴方(あなた)と無関係(むくわんけい)の御(お)方(かた)で御座(ござ)いますか。192あなた方(がた)は夫婦(ふうふ)で御(お)出(い)でになつても陽気(やうき)ではなくて、193妾(わたし)が月鉾(つきほこ)さまと一緒(いつしよ)に参(まゐ)るのが陽気(やうき)なとは、194そりや又(また)如何(どう)した訳(わけ)で御座(ござ)います。195此(この)事(こと)をハツキリと妾(わたし)の合点(がつてん)の往(ゆ)く様(やう)に仰有(おつしや)つて下(くだ)さいませ。196心(こころ)の僻(ひが)みか存(ぞん)じませぬが、197左様(さやう)な事(こと)を仰有(おつしや)れば仰有(おつしや)る程(ほど)、198妾(わたし)は月鉾(つきほこ)さまに見放(みはな)されたとより思(おも)はれませぬ。199月鉾(つきほこ)さまには、200マリヤス姫(ひめ)と云(い)ふ立派(りつぱ)な恋女(こひをんな)が御座(ござ)いますから、201ここでは一人旅(ひとりたび)なれど、202泰安(たいあん)の都(みやこ)迄(まで)御(お)着(つ)きになれば、203キツと二夫婦(ふたふうふ)手(て)に手(て)を取(と)つて、204どつかへ御(お)越(こ)し遊(あそ)ばすのでせう』
205月鉾(つきほこ)『あゝ持(も)つ可(べか)らざるものは女(をんな)なりけり。206余(あま)りの親切(しんせつ)にほだされて、207内縁(ないえん)を結(むす)んだのは今(いま)になつて見(み)ると、208チト早計(さうけい)だつた。209あゝ如何(どう)したら良(よ)からうかなア』
210テーリン『そら御覧(ごらん)、211吾(わ)れと吾(わが)手(て)に心(こころ)の底(そこ)を御(お)明(あ)かしなさつたぢやありませぬか。212それ程(ほど)妾(わたし)がうるさくて堪(たま)らねば、213どうぞ此(この)場(ば)であなたの御(お)手(て)にかけて、214一思(ひとおも)ひに殺(ころ)して下(くだ)さい。215さうすれば定(さだ)めし、216マリヤス姫(ひめ)も御(ご)満足(まんぞく)遊(あそ)ばし、217夫婦(ふうふ)睦(むつま)じく末永(すえなが)く暮(くら)して下(くだ)さるでせう』
218と身(み)を悶(もだ)えて泣(な)きまろぶ。219三(さん)人(にん)は代(かは)る代(がは)る理(り)を分(わ)けて諭(さと)せ共(ども)、220テーリン姫(ひめ)は容易(ようい)に承知(しようち)せず、221言(い)へば言(い)ふ程(ほど)、222益々(ますます)疑(うたがひ)烈(はげ)しくなる計(ばか)りである。
223 最前(さいぜん)よりあたりの木蔭(こかげ)に潜(ひそ)んで、224此(この)悲劇(ひげき)を聞(き)き居(ゐ)たる人影(ひとかげ)があつた。225忽(たちま)ち此(この)場(ば)に現(あら)はれ、226四(よ)人(にん)の前(まへ)につつ立(た)ち、
227(マリヤス姫)『ヤア汝(なんぢ)は月鉾(つきほこ)の一行(いつかう)であらう。228最前(さいぜん)よりここを通(とほ)り合(あは)せ見(み)れば、229何事(なにごと)か人(ひと)の囁(ささや)き声(ごゑ)、230様子(やうす)あらむと木蔭(こかげ)に立寄(たちよ)り、231聞(き)くともなしに聞(き)き居(を)れば、232汚(けが)らはしや、233アークス王(わう)の娘(むすめ)と生(うま)れたる、234マリヤス姫(ひめ)と月鉾(つきほこ)と夫婦(ふうふ)の約束(やくそく)を結(むす)びしとか、235結(むす)ぶとか、236無礼(ぶれい)千万(せんばん)なる申様(まうしやう)、237妾(わたし)は仮令(たとへ)父(ちち)に死(し)に別(わか)れたりとはいへ、238カールス王(わう)の妹(いもうと)、239かかる尊貴(そんき)の身(み)を以(もつ)て、240如何(いか)に泰嶺(たいれい)の神司(かむづかさ)たりとはいへ、241月鉾(つきほこ)の如(ごと)きに、242秋波(しうは)を送(おく)らむや。243吾(わ)れは神(かみ)を信(しん)ずるの余(あま)り、244泰嶺(たいれい)の聖地(せいち)に仕(つか)へ居(を)れ共(ども)、245決(けつ)して、246月鉾(つきほこ)如(ごと)きに従(したが)ひ居(を)るものにあらず、247雑言(ざふごん)無礼(ぶれい)、248思(おも)ひこらし呉(く)れん』
249と云(い)ふより早(はや)く、250蓑(みの)の上(うへ)より、251骨(ほね)も砕(くだ)けよと計(ばか)り、252月鉾(つきほこ)を打据(うちす)ゑた。253月鉾(つきほこ)は一言(ひとこと)も発(はつ)せず、254マリヤス姫(ひめ)の乱打(らんだ)の鞭(むち)を痛(いた)さを忍(しの)んで怺(こら)へて居(ゐ)る。255此(この)態(てい)を見(み)て、256テーリン姫(ひめ)は狂気(きやうき)の如(ごと)くマリヤス姫(ひめ)に飛(と)びつき、257直(ただち)に右(みぎ)の腕(うで)にカブリつき、258一口(ひとくち)計(ばか)り肉(にく)を喰(く)ひちぎつた。259忽(たちま)ち血(ち)はボトボトと流(なが)れ出(い)で、260月夜(つきよ)の木蔭(こかげ)を黒(くろ)く染(そ)むるに至(いた)つた。261月鉾(つきほこ)は此(この)態(てい)を見(み)て、262テーリン姫(ひめ)の腕(うで)を後(うしろ)に廻(まは)し、263笠(かさ)の紐(ひも)を以(もつ)て厳(きび)しく縛(しば)りあげた。264日楯(ひたて)、265ユリコ姫(ひめ)は、266直(ただち)におのが帯(おび)を引裂(ひきさ)き、267マリヤス姫(ひめ)の傷所(きずしよ)に、268土(つち)をかき集(あつ)めて、269塗(ぬ)りつけ、270固(かた)く縛(しば)り、271天(あま)の数歌(かずうた)を歌(うた)ひ、272伊吹(いぶき)の狭霧(さぎり)を吹(ふ)きかけた。273傷(きず)は忽(たちま)ち元(もと)の如(ごと)くに癒(い)えて了(しま)つた。
274 日楯(ひたて)、275月鉾(つきほこ)、276ユリコ姫(ひめ)は此(この)機(き)に乗(じやう)じて、277足早(あしばや)に何処(いづく)ともなく姿(すがた)を隠(かく)して了(しま)つた。278跡(あと)に残(のこ)りし二人(ふたり)は稍(やや)暫(しば)し、279無言(むごん)の儘(まま)にて互(たがひ)に顔(かほ)を見(み)つめて居(ゐ)た。
280 暫(しばら)くあつて、281マリヤス姫(ひめ)は言葉(ことば)を軟(やは)らげ、
282マリヤス姫『貴女(あなた)様(さま)はテーリン姫(ひめ)様(さま)で御座(ござ)いましたか。283不思議(ふしぎ)な所(ところ)でお目(め)にかかりました。284何事(なにごと)も人間(にんげん)は神界(しんかい)の御(ご)経綸(けいりん)の儘(まま)によりなるものでは御座(ござ)いませぬから、285どうぞ心(こころ)を落(お)ちつけて、286月鉾(つきほこ)様(さま)の無事(ぶじ)使命(しめい)を了(をは)つて、287泰嶺(たいれい)の聖地(せいち)へ無事(ぶじ)御(お)帰(かへ)りなさる日(ひ)を御(お)待(ま)ちなされませ。288キツト妾(わたし)があなたの望(のぞ)みを叶(かな)へさして上(あ)げませう』
289 テーリン姫(ひめ)は後手(うしろで)に縛(しば)られ乍(なが)ら、290歯(は)を喰(く)ひしばり、291血(ち)さへ滲(にぢ)らして居(ゐ)る其(その)形相(ぎやうさう)の凄(すさま)じさ。292月(つき)の光(ひかり)に照(て)らし見(み)て、293マリヤス姫(ひめ)は恋(こひ)の妄執(まうしふ)の如何(いか)にも恐(おそ)ろしきものたることに舌(した)を巻(ま)いた。
294テーリン姫(ひめ)『あなたは、295妾(わたし)に比(くら)べて、296余程(よほど)年(とし)をとつて居(を)られます丈(だけ)あつて、297実(じつ)に巧名(こうめう)な八百長(やほちやう)を行(や)られますなア。298田舎(いなか)の未通娘(おぼこむすめ)をだまさうとなさつても、299私(わたくし)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)ですから、300そんな手(て)には乗(の)りませぬよ。301要(い)らぬ気休(きやす)めはモウ言(い)つて下(くだ)さるな。302何(なん)と仰有(おつしや)つても、303あなたには、304そんな事(こと)を仰有(おつしや)る資格(しかく)はありませぬ。305三五教(あななひけう)一般(いつぱん)の喧(やかま)しい噂(うはさ)で御座(ござ)います』
306マリヤス姫(ひめ)『あゝ情(なさけ)ない事(こと)になりました。307実(じつ)の事(こと)を、308妾(わたし)は白状(はくじやう)致(いた)して、309貴女(あなた)の疑(うたがひ)を晴(は)らして頂(いただ)かねばなりませぬ。310妾(わたし)は或(ある)事情(じじやう)の為(ため)、311泰安城(たいあんじやう)をのがれ、312泰嶺(たいれい)の聖地(せいち)に参(まゐ)りまして、313尊(たうと)き神(かみ)様(さま)の教(をしへ)を奉(ほう)じ、314今(いま)は神前(しんぜん)近(ちか)く仕(つか)ふる聖職(せいしよく)となりました。315一度(いちど)は月鉾(つきほこ)様(さま)に対(たい)し、316妾(わたし)も非常(ひじやう)に恋慕(れんぼ)の念(ねん)を起(おこ)し、317いろいろと言(い)ひよりましたが、318如何(どう)しても、319月鉾(つきほこ)様(さま)は御(お)聞(き)き下(くだ)さりませぬ。320翻(ひるがへ)つてよく考(かんが)へて見(み)れば、321妾(わたし)はアークス王(わう)の落胤(らくいん)とは申(まを)し乍(なが)ら、322父(ちち)が母(はは)の目(め)を忍(しの)んで生(う)みましたる罪(つみ)の子(こ)の妾(わたし)、323如何(どう)して尊(たふと)い月鉾(つきほこ)様(さま)の女房(にようばう)になることが出来(でき)ませうか。324又(また)国治立(くにはるたちの)大神(おほかみ)様(さま)の御教(みをしへ)を奉(ほう)じ玉(たま)ふ真道彦(まみちひこの)命(みこと)様(さま)は、325アークス王(わう)に弥(いや)増(ま)して尊(たふと)き御(お)身(み)の上(うへ)、326其(その)御(お)方(かた)の珍(うづ)の子(こ)と生(うま)れ玉(たま)ひし月鉾(つきほこ)様(さま)に、327恋慕(れんぼ)の心(こころ)を起(おこ)すといふは、328全(まつた)く早(はや)まつた考(かんが)へだと気(き)が付(つ)きました。329其(その)日(ひ)よりプツツリと思(おも)ひ切(き)り、330今(いま)は極(きは)めて清(きよ)き心(こころ)を以(もつ)て神前(しんぜん)に奉仕(ほうし)して居(ゐ)るので御座(ござ)います。331世間(せけん)の噂(うはさ)の喧(やかま)しく立(た)つたのも、332元(もと)はヤツパリ妾(わたし)の月鉾(つきほこ)様(さま)を恋(こ)ひ慕(した)ふ其(その)様子(やうす)が何(なん)となく目(め)に立(た)つたからで御座(ござ)いませう。333全(まつた)く妾(わたし)の罪(つみ)と諦(あきら)めるより仕方(しかた)はありませぬ。334……どうぞテーリン姫(ひめ)様(さま)、335今迄(いままで)の疑(うたがひ)を私(わたくし)の此(この)告白(こくはく)に依(よ)つてお晴(は)らし下(くだ)さいませ。336貴女(あなた)は月鉾(つきほこ)様(さま)とは従兄妹(いとこ)同志(どうし)の仲(なか)、337何(いづ)れも尊(たふと)い神(かみ)様(さま)の御(お)胤(たね)、338こんな結構(けつこう)な縁(えん)はないと存(ぞん)じまして、339妾(わたし)は内々(ないない)月鉾(つきほこ)様(さま)に、340あなたとの御(ご)結婚(けつこん)を、341お勧(すす)め申(まを)して居(ゐ)る者(もの)で御座(ござ)います』
342テーリン姫(ひめ)『其(そ)のお言葉(ことば)に依(よ)つて、343妾(わたし)も安心(あんしん)致(いた)しました。344月鉾(つきほこ)様(さま)は父上(ちちうへ)の危難(きなん)を救(すく)はねばならぬ大切(たいせつ)な此(この)場合(ばあひ)妾(わたし)などが此(こ)んな所(ところ)へ参(まゐ)りまして、345ゴテゴテと御(お)邪魔(じやま)を致(いた)す場合(ばあひ)では御座(ござ)いませぬが、346つい恋(こひ)の意地(いぢ)から貴女(あなた)様(さま)の事(こと)が気(き)にかかり、347妬(ねた)ましくなり、348最前(さいぜん)の様(やう)な恥(はづか)しい事(こと)をお目(め)にかけました。349どうぞ御(お)宥(ゆる)し下(くだ)さいませ。350妾(わたし)は月鉾(つきほこ)に後手(うしろで)に縛(いまし)められて居(を)ります。351どうぞ此(この)縛(いましめ)をお解(と)き下(くだ)さいますまいか』
352マリヤス姫(ひめ)『あゝさうで御座(ござ)いましたか、353夜分(やぶん)の事(こと)とて、354……つい、355気(き)が付(つ)きませなんだ』
356と言(い)ひ乍(なが)ら、357テーリン姫(ひめ)の縛(いましめ)を解(と)き、358背(せ)を撫(な)でさすり、359労(いたは)り助(たす)け抱(だ)き起(おこ)し、
360マリヤス姫(ひめ)『サア妾(わたし)も是(こ)れより泰嶺(たいれい)へ参(まゐ)りませう。361泰安城(たいあんじやう)には大変(たいへん)な事(こと)が突発(とつぱつ)致(いた)し、362何時(いつ)妾(わたし)に追手(おつて)がかかるかも計(はか)られませぬ。363何事(なにごと)も運(うん)を神(かみ)様(さま)に任(まか)せ、364泰嶺(たいれい)の聖地(せいち)に於(おい)て神(かみ)様(さま)に奉仕(ほうし)し、365惟神(かむながら)の御(ご)摂理(せつり)に任(まか)す考(かんが)へで御座(ござ)います。366又(また)日楯(ひたて)様(さま)が夫婦(ふうふ)連(づれ)にてお越(こ)し遊(あそ)ばしたのも、367これには特別(とくべつ)の事情(じじやう)が御座(ござ)いますから、368聖地(せいち)へ帰(かへ)つた上(うへ)御(ご)得心(とくしん)の行(ゆ)く様(やう)に御(お)話(はな)し申上(まをしあ)げませう。369サア斯様(かやう)な処(ところ)にグヅグヅ致(いた)して居(を)りましては険呑(けんのん)千万(せんばん)、370早(はや)く帰(かへ)りませう』
371とテーリン姫(ひめ)の手(て)を取(と)り、372互(たがひ)に打解(うちと)けて、373アーリス山(ざん)を降(くだ)り、374日月潭(じつげつたん)の湖辺(こへん)を辿(たど)りて、375遂(つひ)に玉藻山(たまもやま)の聖地(せいち)に参拝(さんぱい)し、376漸(やうや)くにして泰嶺(たいれい)の聖地(せいち)に帰(かへ)り着(つ)いた。377これよりテーリン姫(ひめ)の疑(うたがひ)は全(まつた)く晴(は)れ、378姉妹(しまい)の如(ごと)く相親(あひした)しみ、379神業(しんげふ)に奉仕(ほうし)し、380月鉾(つきほこ)の帰(かへ)り来(きた)るを待(ま)ち居(ゐ)たりける。
381(大正一一・八・八 旧六・一六 松村真澄録)
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