霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一章 入那(いるな)の野辺(のべ)〔一一〇五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第41巻 舎身活躍 辰の巻 篇:第1篇 天空地平 よみ(新仮名遣い):てんくうちへい
章:第1章 入那の野辺 よみ(新仮名遣い):いるなののべ 通し章番号:1105
口述日:1922(大正11)年11月10日(旧09月22日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年6月15日
概要: 舞台:イルナの森(入那の森) あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
入那の国のヨルの都に向かう途中の田舎道で、黄金姫と清照姫の二人は忽然と森蔭に姿を隠してしまった。カルとレーブは宵闇の中、二人を探してさまよっていた。
二人は、黄金姫と清照姫は神格者だからと思い直して跪坐し天地の神明に祈願をこらした。どこからともなく中空から声があり、黄金姫と清照姫は二三日神界の御用に使うから、一足心配せずに先に入那の都を行くようにと伝えた。
両人は安心して四方山話に花を咲かせ、夜を明かした。二人は七八人の男たちに取り囲まれていることに気づき、わざと大声でバラモン教徒であることを示す話をした。
男たちは、入那の国のセーラン王の左守・クーリンスの家来たちであった。二人は、自分たちは黄金姫と清照姫の行方を知っていると語り、入那の都へ一緒に行くことになった。
そこへテク、アルマ、テムの三人が現れて、一行の前に来ると道にへたばってしまった。一行は三人を介抱した。テクは正気付くと法螺を吹いてでたらめな報告をする。一行は総勢で左守の館を目指して進んだ。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-08-22 18:31:50 文字数:6695 OBC :rm4101
愛善世界社版:11頁 八幡書店版:第7輯 533頁 修補版: 校定版:11頁 普及版:4頁 初版: ページ備考:
001木枯(こがらし)すさぶ秋(あき)の空(そら)
002野辺(のべ)の木草(きぐき)も黄金姫(わうごんひめ)の
003神(かみ)の命(みこと)の神司(かむづかさ)
004四方(よも)に清照姫(きよてるひめ)命(みこと)
005レーブやカルを従(したが)へて
006天津(あまつ)日(ひ)の神(かみ)西山(せいざん)に
007入那(いるな)の国(くに)の小都会(せうとくわい)
008ヨルの都(みやこ)へ進(すす)み行(ゆ)く
009暗(やみ)の張(とばり)はおろされて
010森(もり)の小烏(こがらす)がやがやと
011鳴(な)く音(ね)も寂(さび)しき田圃路(たんぼみち)
012脚下(あしもと)みたり四人(よつたり)が
013こころいそいそ進(すす)み行(ゆ)く
014忽(たちま)ち森(もり)の木蔭(こかげ)より
015現(あら)はれ出(い)でし黒(くろ)い影(かげ)
016母娘(おやこ)二人(ふたり)を引抱(ひつかか)へ
017暗(やみ)に紛(まぎ)れて何処(どこ)となく
018足音(あしおと)忍(しの)ばせ矢(や)の如(ごと)く
019忽(たちま)ち姿(すがた)を隠(かく)しけり
020レーブとカルの両人(りやうにん)は
021母娘(おやこ)の姿(すがた)の消(き)えしより
022打驚(うちおどろ)きて忍(しの)び足(あし)
023声(こゑ)もひそかに彼方(あち)此方(こち)と
024宵暗(よひやみ)の空(そら)すかしつつ
025力(ちから)泣(な)く泣(な)く探(さが)しゆく。
026レーブ『オイ、027カル、028困(こま)つたなア、029こんな処(ところ)でお二人(ふたり)様(さま)を見失(みうしな)ひ、030どうしてハルナの都(みやこ)の鬼熊別(おにくまわけ)様(さま)に申訳(まをしわけ)が立(た)つものか。031われわれ両人(りやうにん)は草(くさ)を分(わ)けてもお後(あと)を慕(した)ひ、032その御(おん)在処(ありか)を尋(たづ)ねて、033御(ご)主人(しゆじん)様(さま)にお渡(わた)し申上(まをしあ)げねばならぬぢやないか』
034カル『そりや貴様(きさま)の言(い)ふ通(とほ)りだ。035吾々(われわれ)も斯(か)うして依然(じつ)として手(て)を束(つか)ね惟神(かむながら)に任(まか)すと云(い)ふ訳(わけ)には行(ゆ)かないなア。036神界(しんかい)旅行(りよかう)の際(さい)にも生魂姫(いくむすびひめの)命(みこと)様(さま)から惟神(かむながら)中毒(ちうどく)をしてはならないといふことを大変(たいへん)に戒(いまし)められたのだからなア』
037レーブ『オイ、038カルよ、039熟々(つらつら)考(かんが)へて見(み)ると黄金姫(わうごんひめ)様(さま)、040清照姫(きよてるひめ)様(さま)は吾々(われわれ)から見(み)れば幾十段(いくじふだん)とも知(し)れない神格者(しんかくしや)でもあり、041神(かみ)様(さま)の直接(ちよくせつ)の御(ご)神力(しんりき)を戴(いただ)いて居(を)られるのだから、042余(あま)り心配(しんぱい)は要(い)るまいと思(おも)ふよ。043併(しか)し乍(なが)ら此(こ)の儘(まま)放任(はうにん)して置(お)く訳(わけ)には行(ゆ)かないから、044吾々(われわれ)としてのベストを竭(つく)して見(み)ようぢやないか。045あの黒(くろ)い影(かげ)は、046どうやら狼(おほかみ)か獅子(しし)の群(むれ)のやうだつたが、047それならば吾々(われわれ)は、048決(けつ)して心配(しんぱい)は要(い)らない。049御(ご)両人(りやうにん)様(さま)には狼(おほかみ)が守護(しゆご)して居(ゐ)るのだから大丈夫(だいぢやうぶ)だよ』(狼(おほかみ)、050獅子(しし)は皆(みな)比喩(ひゆ)なり。051蔭武者(かげむしや)又(また)は強者(きやうしや)の意(い))
052カル『何(なに)は兎(と)もあれ、053神(かみ)様(さま)に祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)して、054御(ご)両人(りやうにん)様(さま)の御(ご)無事(ぶじ)を祈(いの)ることに致(いた)さうぢやないか』
055レーブ『アヽそれが善(よ)からう』
056と茲(ここ)に両人(りやうにん)は森蔭(もりかげ)の暗(やみ)に跪坐(きざ)して天地(てんち)の神明(しんめい)に祈願(きぐわん)を凝(こ)らし、057夜(よ)の明(あ)くるを待(ま)つこととせり。058何処(どこ)ともなく空中(くうちう)に声(こゑ)あり、
059声『レーブ、060カルの両人(りやうにん)、061必(かなら)ず心配(しんぱい)致(いた)すに及(およ)ばぬ。062黄金姫(わうごんひめ)、063清照姫(きよてるひめ)は神(かみ)の都合(つがふ)に依(よ)つて二三(にさん)日(にち)の間(あひだ)神界(しんかい)から御用(ごよう)に使(つか)うて居(ゐ)るから、064汝(なんぢ)は明朝(みやうてう)未明(みめい)にここを出立(しゆつたつ)いたして入那(いるな)の都(みやこ)へ一足先(ひとあしさき)へ参(まゐ)れ。065母娘(おやこ)両人(りやうにん)は後(あと)より追付(おひつ)くべければ、066両人(りやうにん)に心配(しんぱい)なく今夜(こんや)は此処(ここ)で夜(よ)を明(あ)かしたが宜(よ)からうぞよ』
067と雷(らい)の如(ごと)き声(こゑ)聞(きこ)え来(きた)る。068両人(りやうにん)はこの声(こゑ)こそは全(まつた)く天声(てんせい)なり、069神(かみ)の御(おん)示(しめ)しなりと、070喜(よろこ)び勇(いさ)み森(もり)の大木(おほき)の根(ね)に腰(こし)打(う)ちかけて、071四方山(よもやま)の話(はなし)に夜(よ)を更(ふ)かし、072取留(とりとめ)もなき雑談(ざつだん)の花(はな)を咲(さ)かしつつありけるが、073レーブはそろそろカルに向(むか)ひ揶揄(からか)ひ始(はじ)めたり。
074レーブ『オイ、075カル、076貴様(きさま)は大切(たいせつ)な女房(にようばう)に肱鉄(ひぢてつ)の乱射(らんしや)を浴(あび)せかけられた挙句(あげく)の果(はて)は、077近所(きんじよ)のセムの背虫(せむし)男(をとこ)に横奪(よこど)りされたといふ評判(ひやうばん)を薄々(うすうす)聞(き)かぬでもないが、078其(その)後(ご)どうしたのだい。079あの儘(まま)に泣(な)き寝入(ねい)りらしいが、080それではカルの男振(をとこぶり)も駄目(だめ)ぢやないか。081何故(なにゆゑ)貞操(ていさう)蹂躙(じうりん)の訴訟(そしよう)を提起(ていき)せないのか』
082カル『ソンナ事(こと)が何(なん)ぼ何(なん)でも男(をとこ)として出来(でき)るものかい。083貞操(ていさう)蹂躙(じうりん)の訴訟(そしよう)は女(をんな)からするものぢやないか』
084レーブ『女(をんな)に限(かぎ)つて貞操(ていさう)蹂躙(じうりん)の訴(うつた)へを起(おこ)すことを得(え)た時代(じだい)は、085今後(こんご)三十余万(さんじふよまん)年後(ねんご)の廿(にじつ)世紀(せいき)の体主(たいしゆ)霊従(れいじう)の時代(じだい)の事(こと)だ。086今日(こんにち)は最早(もはや)廿(にじつ)世紀(せいき)より三十余万(さんじふよまん)年(ねん)の過去(くわこ)の神代(かみよ)だ。087男子(だんし)だつて貞操(ていさう)蹂躙(じうりん)の訴訟(そしよう)が提起(ていき)出来(でき)ない道理(だうり)があるかい。088貴様(きさま)は未来(みらい)の法律(はふりつ)のみに迷従(めいじゆう)して、089現代(げんだい)の法律(はふりつ)を忘(わす)れて居(ゐ)るのか、090アーン』
091カル『それでも婆羅門(ばらもん)教(けう)では女子(ぢよし)の貞操(ていさう)といふことはあるが、092男子(だんし)の貞操(ていさう)といふ事(こと)は聞(き)かないからのう』
093レーブ『婆羅門(ばらもん)教(けう)では教主(けうしゆ)の大黒主(おほくろぬし)さまから一夫(いつぷ)多妻(たさい)主義(しゆぎ)ぢやから、094婦人(ふじん)は丸切(まるき)り機械(きかい)扱(あつか)ひにされて居(ゐ)るやうなものだよ。095婦人(ふじん)の立場(たちば)として貞操(ていさう)蹂躙(じうりん)の訴(うつた)へでもする権利(けんり)がなくては堪(たま)らないからだよ。096然(しか)し一夫(いつぷ)一婦(いつぷ)の道(みち)を奉(ほう)ずる三五教(あななひけう)では妻(つま)の方(はう)から貴様(きさま)の女房(にようばう)のやうに夫(をつと)を捨(す)て他(た)の男(をとこ)と情(じやう)を通(つう)じたり、097夫(をつと)を盲目(まうもく)にしよつた時(とき)は、098男(をとこ)だつて矢張(やつぱり)貞操(ていさう)を蹂躙(じうりん)された事(こと)になるのだ。099男(をとこ)の方(はう)からその不貞腐(ふてくさ)れの女房(にようばう)に対(たい)して、100貞操(ていさう)蹂躙(じうりん)の訴訟(そしよう)を提起(ていき)するのは当然(たうぜん)だ。101女(をんな)ばかりに貞操(ていさう)蹂躙(じうりん)の訴訟権(そしようけん)があるのは未来(みらい)の廿(にじつ)世紀(せいき)といふ世(よ)の中(なか)にて行(おこな)はれる制度(せいど)だ。102併(しか)し婆羅門(ばらもん)教(けう)は文明(ぶんめい)的(てき)進歩(しんぽ)的(てき)宗教(しうけう)だと見(み)えて、103三十五万(さんじふごまん)年(ねん)も凡(すべ)ての規則(きそく)や行(や)り方(かた)が進歩(しんぽ)して居(ゐ)るわい。104アハヽヽヽヽ』
105カル『さうすると、106鬼雲姫(おにくもひめ)様(さま)は永(なが)らく夫(をつと)の大黒主(おほくろぬし)様(さま)と苦労(くらう)艱難(かんなん)して、107彼処(あこ)までバラモンの基礎(きそ)を築(きづ)き上(あ)げ、108ヤレもう楽(らく)ぢやといふ間際(まぎは)になつて、109大黒主(おほくろぬし)さまから追出(おひだ)され、110其(その)後(あと)へ立派(りつぱ)な若(わか)い石生能(いその)姫(ひめ)さまを女房(にようばう)に入(い)れられて、111自分(じぶん)は年(とし)を老(と)つてから、112アンナ残酷(ざんこく)な目(め)に合(あは)されて居(ゐ)ながら、113何故(なぜ)貞操(ていさう)蹂躙(じうりん)の訴訟(そしよう)を提起(ていき)なさらないのだらうかなア』
114レーブ『そこが強食(きやうしよく)弱肉(じやくにく)の世(よ)の中(なか)だよ。115大黒主(おほくろぬし)さまより上(うへ)のお役(やく)もなし、116之(これ)を制御(せいぎよ)する法律(はふりつ)もないのだから、117是(これ)計(ばか)りは致(いた)し方(かた)がない。118司法(しはふ)、119行政(げうせい)、120立法(りつぱふ)の三大(さんだい)権力(けんりよく)を握(にぎ)つて居(ゐ)るのが大黒主(おほくろぬし)だから、121これを制御(せいぎよ)し懲戒(ちようかい)する権利(けんり)ある者(もの)は大自在天(だいじざいてん)様(さま)より外(ほか)にはないのだ。122思(おも)へば下(した)の者(もの)はつまらぬものだよ。123鬼雲姫(おにくもひめ)様(さま)は随分(ずゐぶん)お道(みち)の為(ため)には沐雨(もくう)櫛風(しつぷう)、124東奔(とうほん)西走(せいそう)して、125漸(やうや)くあれだけの土台(どだい)を築(きづ)き上(あ)げ、126今(いま)一息(ひといき)といふ所(ところ)で放逐(はうちく)とは余(あま)り残酷(ざんこく)ぢやないか。127それだから婆羅門(ばらもん)教(けう)は無道(ぶだう)の教団(けうだん)だといふのだ。128是(これ)が○○教(けう)であつたら大変(たいへん)ぢやないか。129部下(ぶか)の宣伝使(せんでんし)や信徒(しんと)が承知(しようち)せないからなア』
130カル『それでも三五教(あななひけう)の神柱(かむばしら)神(かむ)素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)様(さま)は一夫(いつぷ)多妻(たさい)ぢやないか。131八(はち)人(にん)同(おな)じやうな年配(ねんぱい)の女(をんな)の子(こ)があつたぢやないか』
132レーブ『神(かむ)素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)様(さま)は月(つき)の大神(おほかみ)様(さま)ぢや。133元(もと)より女房(にようばう)はない。134八人(やたり)乙女(をとめ)の出来(でき)たのは肉体(にくたい)の御子(みこ)ではない。135霊魂(みたま)の美(うる)はしき乙女(をとめ)を八(はち)人(にん)も方々(はうばう)から拾(ひろ)ひ集(あつ)めて、136その乙女(をとめ)の霊魂(みたま)に対(たい)し自(みづか)ら厳(いづ)の御息(みいき)を吹(ふ)きかけて我(わが)子(こ)と為(な)したまうたのだ。137吾々(われわれ)のやうに暗(くら)がりで夫婦(ふうふ)が拵(こしら)へたのとは違(ちが)ふのだ』
138カル『それならあの八人(やたり)乙女(をとめ)を生(う)んだ肉体(にくたい)の親(おや)はあるだらうな』
139レーブ『ソリアあるとも、140併(しか)し乍(なが)ら八人(やたり)乙女(をとめ)とも皆(みな)捨児(すてご)を拾(ひろ)つて自分(じぶん)の子(こ)に遊(あそ)ばしたのだから、141両親(りやうしん)は尊様(みことさま)には御(お)分(わか)りになつて居(ゐ)ても、142八人(やたり)乙女(をとめ)の方(はう)では矢張(やつぱり)真(しん)の父上(ちちうへ)と思(おも)つて居(を)られるやうだ。143肝腎要(かんじんかなめ)の御(ご)精霊(せいれい)を分与(ぶんよ)されて居(ゐ)るのだから、144仮令(たとへ)肉体(にくたい)の児(こ)でなくとも肉体(にくたい)以上(いじやう)の近(ちか)い親(した)しい御児(みこ)になるのだ。145おれ達(たち)も矢張(やつぱり)神(かむ)素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)様(さま)の孫(まご)位(くらゐ)なものだ。146今迄(いままで)は大黒主(おほくろぬし)の孫(まご)だつたが俺(おれ)も今度(こんど)いよいよ尊様(みことさま)の孫(まご)になつたのだ。147貴様(きさま)も昨日(きのふ)あたりから尊様(みことさま)の曾孫(ひまご)位(ぐらゐ)になつて居(ゐ)るかも知(し)れないよ』
148カル『さうか、149有難(ありがた)いなア、150アヽ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
151 レーブ、152カルの両人(りやうにん)は森林(しんりん)に囀(さへづ)り始(はじ)めた諸鳥(ももとり)の声(こゑ)に目(め)を覚(さ)まし、153あたりの明(あか)くなつたのに打驚(うちおどろ)いて、
154レーブ『オヽ、155カル、156もう夜明(よあ)けだ。157よく草臥(くたび)れてグツと一寝入(ひとねい)りやつてしまつた。158サア是(これ)から両人(りやうにん)が力(ちから)を合(あ)はして奥様(おくさま)等(たち)の所在(ありか)の捜索(そうさく)しようぢやないか』
159カル『さう慌(あわて)るには及(およ)ばぬぢやないか。160たつた今(いま)主人(しゆじん)になつた所(ところ)だ。161言(い)はば二日月(ふつかづき)さまのやうなものだよ………。162現(あら)はれて間(ま)もなく隠(かく)るる二日月(ふつかづき)………そんな水臭(みづくさ)い主人(しゆじん)を捜(さが)した所(ところ)で仕方(しかた)がないぢやないか。163来(きた)るものは拒(こば)まず、164去(さ)る者(もの)は追(お)はず式(しき)で此(この)世(よ)を渡(わた)つて行(ゆ)かねば、165何程(なにほど)石(いし)に根(ね)つぎをするやうな案(あん)じ方(かた)をしたつて、166会(あ)ふ時(とき)が来(こ)な会(あ)はれるものぢやないワ。167マアマア気(き)を落付(おちつ)けて惟神(かむながら)に………オツト ドツコイ、168此奴(こいつ)は言(い)はれぬワイ………お目(め)にかかる時(とき)を待(ま)つことにしようかい』
169レーブ『貴様(きさま)最早(もはや)変心(へんしん)しかけよつたな。170怪(け)しからぬ奴(やつ)だ。171さういふ冷(ひや)やかな根性(こんじやう)で居(を)ると、172又(また)今度(こんど)は八万(はちまん)地獄(ぢごく)へ真逆(まつさか)様(さま)に落(お)ちるぞ』
173カル『冷(ひや)やかなといふが、174晩秋(ばんしう)初冬(しよとう)の境目(さかひめ)だ。175冷(ひや)やかなのは当然(あたりまへ)だ。176人(ひと)は天地(てんち)に習(なら)ふのが惟神(かむながら)ぢやないか。177男心(をとこごころ)と秋(あき)の空(そら)、178曇(くも)るかと思(おも)へば直(すぐ)に照(て)る、179照(て)るかと思(おも)へば曇(くも)る、180天地(てんち)を以(もつ)て教(をしへ)となし、181日月(じつげつ)を以(もつ)て経(きやう)とするのだから、182貴様(きさま)のやうな偽善者(ぎぜんしや)とは此(この)カルさまはチツと違(ちが)ふのだ』
183レーブ『貴様(きさま)は森(もり)で転寝(うたたね)をして居(ゐ)る間(うち)に、184又(また)もや大黒主(おほくろぬし)の眷族(けんぞく)共(ども)に憑依(ひようい)されたのだな。185何程(なにほど)秋(あき)の空(そら)だと云(い)つても、186余(あま)りキツイ変(かは)り様(やう)ぢやないか』
187カル『代(よ)と云(い)ふ字(じ)はかはると書(か)くから、188刻々(こくこく)に変(かは)るのが世(よ)の中(なか)だ。189道端(みちばた)の岩(いは)のやうに常磐(ときは)に堅磐(かきは)に動(うご)かなくては、190世界(せかい)の進歩(しんぽ)も天地(てんち)の経綸(けいりん)も出来(でき)るものぢやない。191世(よ)の中(なか)は三日(みつか)見(み)ぬ間(ま)に桜(さくら)哉(かな)………と云(い)ふだらう。192それが天地(てんち)の真理(しんり)だ』
193レーブ『さうするとカル、194貴様(きさま)は大黒主(おほくろぬし)の孫(まご)に逆転(ぎやくてん)したのだな』
195カル『別(べつ)に逆転(ぎやくてん)したのでも何(なん)でもないよ。196鞘(さや)を抜(ぬ)き出(で)た刀(かたな)がキチンと元(もと)の鞘(さや)へ納(をさ)まつただけのものだ。197矢張(やつぱり)俺(おれ)はかうなつて来(く)ると大黒主(おほくろぬし)の方(はう)が偉(えら)いやうな気(き)がするワイ』
198レーブ『ハハア、199さうすると貴様(きさま)は黄金姫(わうごんひめ)様(さま)、200清照姫(きよてるひめ)様(さま)が側(そば)にゐられる間(あひだ)だけは、201野良犬(のらいぬ)のやうに尾(を)を振(ふ)つて居(ゐ)よつて、202表面(へうめん)帰順(きじゆん)を装(よそほ)ひ、203お二人(ふたり)が何者(なにもの)かに攫(さら)はれて見(み)えなくなつたので、204又(また)もやそんなズルイ考(かんが)へを起(おこ)しよつたのだなア』
205カル『面従(めんじう)腹背(ふくはい)、206長(なが)いものにまかれるのが当世(たうせい)だよ。207ウツフヽヽヽ』
208レーブ『ハハー、209此奴(こいつ)ア、210ヤツパリ大黒主(おほくろぬし)の眷族(けんぞく)が憑依(ひようい)しよつたと見(み)えるワイ。211どうやら俺(おれ)も大黒主(おほくろぬし)気分(きぶん)になつて来(き)よつたぞ。212吾(われ)ながら吾(われ)の心(こころ)がテンと善(ぜん)か悪(あく)か分(わか)らなくなつて来(き)たワイ。213それなら俺(おれ)もこれから大黒主(おほくろぬし)様(さま)に服従(ふくじゆう)し、214黄金姫(わうごんひめ)母娘(おやこ)の所在(ありか)を注進(ちゆうしん)して、215入那(いるな)の国(くに)のセーラン王(わう)様(さま)の御前(みまへ)に手柄(てがら)を立(た)てようかなア』
216と両人(りやうにん)は目(め)と目(め)を見合(みあ)はしながらワザと大声(おほごゑ)に呶鳴(どな)つてゐる。217道端(みちばた)の草(くさ)の中(なか)からムクムクと近(ちか)よつて来(き)た七八(しちはち)人(にん)の男(をとこ)、218其(その)中(なか)の頭(かしら)と覚(おぼ)しき目(め)のクルツと光(ひか)つた、219どこともなしに威厳(ゐげん)のある男(をとこ)は、220セーラン王(わう)の左守(さもり)の司(かみ)と仕(つか)へてゐるクーリンスの家来(けらい)で、221テームスといふ男(をとこ)である。
222テームス『今(いま)ここに於(おい)て様子(やうす)を聞(き)けば、223其(その)方(はう)等(ら)両人(りやうにん)はバラモン教(けう)の大黒主(おほくろぬし)様(さま)の御(ご)家来(けらい)と見(み)えるが、224黄金姫(わうごんひめ)、225清照姫(きよてるひめ)の所在(ありか)を知(し)つてゐるさうだが、226吾々(われわれ)に言(い)つてくれまいかなア。227左守(さもり)の司(かみ)クーリンス様(さま)の命令(めいれい)に依(よ)つて、228吾々(われわれ)は数多(あまた)の家来(けらい)を引連(ひきつ)れ、229黄金姫(わうごんひめ)母娘(おやこ)がここを通過(つうくわ)するとの或者(あるもの)の注進(ちゆうしん)に依(よ)つて、230土中(どちう)の関所(せきしよ)に待(ま)つてゐたのだ』
231レーブ『ハイ、232実(じつ)の処(ところ)は其(その)黄金姫(わうごんひめ)母娘(おやこ)に甘(うま)く取入(とりい)り、233入那(いるな)の森(もり)まで何(なん)とか彼(か)とか云(い)つて連(つ)れて参(まゐ)り、234セーラン王(わう)様(さま)に御(お)手渡(てわた)しして、235王(わう)様(さま)の御(お)手柄(てがら)にしたいと存(ぞん)じ、236イヤ王(わう)様(さま)の力(ちから)を借(か)り、237共々(ともども)に手柄(てがら)をさして頂(いただ)かうと思(おも)ひまして参(まゐ)りました処(ところ)、238狼(おほかみ)の群(むれ)が沢山(たくさん)やつて来(き)て、239二人(ふたり)を喰(くは)へてどつかへ参(まゐ)りました。240併(しか)しながらこれには深(ふか)い秘密(ひみつ)があります。241只今(ただいま)此処(ここ)で申上(まをしあ)げる訳(わけ)には行(ゆ)きませぬ。242クーリンス様(さま)の御(おん)前(まへ)に於(おい)てハツキリと申上(まをしあ)げますから、243どうぞ案内(あんない)して下(くだ)さい』
244テームス『秘密(ひみつ)とあらば強(た)つて聞(き)かうとは申(まを)さぬ。245それなら入那(いるな)の都(みやこ)まで案内(あんない)するから従(つ)いて来(き)て下(くだ)さい』
246カル『オイ、247レーブ、248甘(うま)くやつたなア』
249と言(い)ひかけて、250俄(にはか)に自分(じぶん)の口(くち)を押(おさ)へ、
251カル『イヤ、252レーブ、253甘(うま)いことになつて来(き)たなア。254吾々(われわれ)両人(りやうにん)の手柄(てがら)の現(あら)はれ時(どき)、255アヽ勇(いさ)ましし勇(いさ)ましし、256宝(たから)の山(やま)は眼前(がんぜん)に横(よこた)はつて来(き)た様(やう)なものだ。257モシ、258テームスさま、259吾々(われわれ)両人(りやうにん)を大切(たいせつ)にせなくちや、260黄金姫(わうごんひめ)母娘(おやこ)の所在(ありか)は口(くち)を噤(つぐ)んで申(まを)しませぬぞや。261吾々(われわれ)の口(くち)を開(あ)くか開(あ)かぬかに依(よ)つて、262お前(まへ)さま達(たち)や左守(さもり)の司様(かみさま)の成功(せいこう)不成功(ふせいこう)が分(わか)るるのだから、263御(ご)機嫌(きげん)を損(そこ)ねない様(やう)に特別(とくべつ)待遇(たいぐう)を願(ねが)ひますよ』
264テームス『よくマア恩(おん)にきせる男(をとこ)だなア。265エヽ仕方(しかた)がない、266余(あま)り威張(ゐば)られてもチツとは迷惑(めいわく)だけれど、267クーリンス様(さま)の命令(めいれい)には代(か)へられない』
268レーブ『今(いま)は兎(と)も角(かく)、269何(なん)とでも云(い)つて此奴(こいつ)等(ら)両人(りやうにん)をたらかし、270館(やかた)へつれて帰(かへ)るが最後(さいご)、271四方(しはう)八方(はつぱう)から槍襖(やりぶすま)の垣(かき)を造(つく)り、272両人(りやうにん)を否応(いやおう)なしに白状(はくじやう)さしてやろといふお前(まへ)さまの下心(したごころ)だらうがな。273アハヽヽヽ』
274テームス『何(なん)と悪気(わるぎ)のまはる男(をとこ)だなア。275マアどうでも良(い)い。276来(く)る所(ところ)まで来(き)てみなくては分(わか)らぬぢやないか』
277カル『何(なん)せよ、278騙(だま)し合(あ)ひの狸(たぬき)ばかりの世(よ)の中(なか)だから、279このレーブだつてカルだつて、280何(なに)を吐(ぬか)してるか分(わか)りませぬぞや。281ウツフヽヽヽ本当(ほんたう)のこと言(い)へば、282レーブ、283カルの両人(りやうにん)は、284お前(まへ)さま等(ら)の為(ため)にドテライ目(め)に会(あ)はされるのが怖(こは)さに、285三五教(あななひけう)で居(ゐ)ながら俄(にはか)にワザと聞(きこ)えよがしに、286お前(まへ)さまが岩窟(がんくつ)にゐるのを前知(ぜんち)して喋(しやべ)つたのだから当(あて)にはなりませぬぞや。287イツヒヽヽヽ』
288 テームスは声(こゑ)を尖(とが)らし、
289テームス『コリヤ コリヤ両人(りやうにん)、290今(いま)からそんなことを申(まを)しても駄目(だめ)だぞ。291偽(いつは)りを申(まを)すな、292三五教(あななひけう)だと云(い)へば此(この)テームスが驚(おどろ)くかと思(おも)うて、293左様(さやう)なことを申(まを)すのだろ。294そんなことに一杯(いつぱい)喰(く)はされるやうな此(この)方(はう)ぢやないワイ。295自分(じぶん)の心(こころ)の秘密(ひみつ)を吾々(われわれ)に喋(しやべ)る奴(やつ)があらう道理(だうり)がない。296貴様(きさま)はヤツパリ、297バラモン教(けう)の生粋(きつすゐ)だ。298左様(さやう)なことを申(まを)して此(この)テームスやクーリンスに揚壺(あげつぼ)を喰(く)はせ、299直接(ちよくせつ)セーラン王(わう)様(さま)の前(まへ)に出(で)て、300自分(じぶん)等(ら)二人(ふたり)の手柄(てがら)にしようと思(おも)ふのだろ。301其(その)手(て)は喰(く)はぬぞ』
302と目(め)を剥(む)き出(だ)し呶鳴(どな)りつける。
303レーブ『ハヽヽヽヽ、304何(なに)が何(なん)だか、305レーブもサツパリ混線(こんせん)してしまつた。306それならマア黄金姫(わうごんひめ)母娘(おやこ)の行方(ゆくへ)を知(し)つてゐることにしておかうかい』
307テームス『ナマクラなことを申(まを)すな、308正直(しやうぢき)に申上(まをしあ)げるのだぞ。309クーリンス様(さま)の前(まへ)で今(いま)の様(やう)な訳(わけ)の分(わか)らぬことを申(まを)すと、310お赦(ゆる)しはないぞ』
311レーブ『お赦(ゆる)しがなければなくていいワ。312肝腎要(かんじんかなめ)の三五教(あななひけう)の秘密(ひみつ)や黄金姫(わうごんひめ)の所在(ありか)を申(まを)し上(あ)げぬまでのことだ。313アハヽヽヽ、314それよりも俺(おれ)達(たち)が直接(ちよくせつ)に大黒主(おほくろぬし)様(さま)へ注進(ちゆうしん)致(いた)したら、315すぐに一国(いつこく)の王(わう)位(くらゐ)にはして貰(もら)へるのだからなア、316イツヒヽヽヽ、317ボロイボロイ、318甘(うま)い物(もの)は小人数(こにんず)で食(く)へだから、319こんな所(ところ)で博愛(はくあい)慈善(じぜん)主義(しゆぎ)を振(ふ)りまいて居(を)つても、320あまり引(ひ)き合(あは)ないワ、321のう、322カル公(こう)』
323カル『オイ、324レーブ、325いい加減(かげん)に意茶(いちや)つかしておかぬか、326テームス様(さま)は吾々(われわれ)とは違(ちが)つて左守(さもり)の司様(かみさま)の秘書役(ひしよやく)だから、327御(ご)機嫌(きげん)をとつておきさへすれば、328どんな出世(しゆつせ)をさして下(くだ)さるかも知(し)れないぞ。329ねえテームスさま、330さうでげせう』
331テームス『カルの申(まを)す通(とほ)り、332魚心(うをごころ)あれば水心(みづごころ)あり、333水心(みづごころ)あれば魚心(うをごころ)ありだ。334決(けつ)して悪(わる)くは取計(とりはか)らはないから、335安心(あんしん)して来(き)てくれ』
336レーブ『それなら一(ひと)つ、337どつと安心(あんしん)して、338来(き)て呉(く)れてやらうかな。339イヤ、340テームスさま、341何分(なにぶん)宜(よろ)しく御(お)頼(たの)み致(いた)しやす』
342テームス『それなら、343左守(さもり)の司様(かみさま)も大変(たいへん)にお急(せ)きだから、344サア急(いそ)いで都(みやこ)へ帰(かへ)らう』
345 かく話(はなし)してゐる所(ところ)へ、346テク、347アルマ、348テムの三(さん)人(にん)捻鉢巻(ねぢはちまき)をしめ、349足腰(あしこし)の痛(いた)みも直(なほ)つたと見(み)え、350大変(たいへん)な勢(いきほひ)で、
351三人『エーサツサ エーサツサ エーサツサ エーサツサ』
352と掛声(かけごゑ)しながら通(とほ)り過(す)ぎようとする。353テームスは之(これ)を見(み)て、
354テームス『オイオイ、355三(さん)人(にん)の奴(やつ)共(ども)、356暫(しばら)く待(ま)てえ』
357 此(この)声(こゑ)に驚(おどろ)いて三(さん)人(にん)は立(た)ち止(ど)まり、
358テク『あゝテームス様(さま)で厶(ござ)いましたか。359余(あま)り急(いそ)いだので、360ここのお関所(せきしよ)も気(き)がつかず通(とほ)り越(こ)さうと致(いた)しました。361あゝ余(あま)り走(はし)つたので息苦(いきぐる)しい、362目(め)がまはるのか天地(てんち)が廻転(くわいてん)するのか知(し)らないが、363貴方(あなた)のお声(こゑ)を聞(き)くにつけ、364ガタリと気(き)が弛(ゆる)んで参(まゐ)りました。365どうぞ一(ひと)つ背中(せなか)を打(う)つて下(くだ)さいな。366ハア ハア ハア』
367と三(さん)人(にん)はグタリとなつて深傷(ふかで)を負(お)うた軍人(ぐんじん)のやうに道(みち)の上(うへ)にベタリと平太(へた)つてしまつた。
368テームス『大声(おほごゑ)で呶鳴(どな)りつけ、369叱(しか)りつけてやらねば気(き)が弛(ゆる)んでは駄目(だめ)だ。370ヤア家来(けらい)の者(もの)共(ども)、371三(さん)人(にん)の気(き)をつけてやれ』
372 七八(しちはち)人(にん)の捕手(とりて)はバラバラと三(さん)人(にん)の側(そば)に寄(よ)り、373背中(せなか)を打(う)つやら、374頭(あたま)から水(みづ)をぶつかけるやら、375大変(たいへん)な大騒動(おほさうどう)をやつてゐる。376漸(やうや)くにして次々(つぎつぎ)に正気(しやうき)づき、377テクは息(いき)も苦(くる)しげに物語(ものがた)る。
378テク『テームス様(さま)の仰(あふ)せにより、379吾々(われわれ)三(さん)人(にん)は猛獣(まうじう)荒(すさ)ぶ荒野原(あらのはら)を入那(いるな)の森(もり)まで進(すす)み行(ゆ)く折(をり)しも、380祠(ほこら)の中(なか)に怪(あや)しの物音(ものおと)、381ハテ不思議(ふしぎ)と立寄(たちよ)り、382様子(やうす)を窺(うかが)ひ見(み)れば、383当(たう)の目的物(もくてきぶつ)たる恐(おそ)ろしき武勇(ぶゆう)の聞(きこ)えある黄金姫(わうごんひめ)、384清照姫(きよてるひめ)、385それに従(したが)ふレーブ、386カルの両人(りやうにん)、387吾(われ)等(ら)一行(いつかう)に打向(うちむか)ひ言霊戦(ことたません)を開始(かいし)し、388吾々(われわれ)三(さん)人(にん)は息(いき)ふさがり、389足(あし)はなえ、390腰(こし)を抜(ぬ)かして大地(だいち)にドツと倒(たふ)れ伏(ふ)す、391進退(しんたい)維(こ)れ谷(きは)まり居(を)る折(をり)しも、392雲(くも)押分(おしわ)けて現(あら)はれ来(きた)る大空(おほぞら)の月(つき)の影(かげ)、393大自在天(だいじざいてん)大国彦(おほくにひこの)命(みこと)、394天馬(てんば)に跨(また)がり、395悠々(いういう)として入那(いるな)の森(もり)近(ちか)く下(くだ)り給(たま)へば、396流石(さすが)の黄金姫(わうごんひめ)、397清照姫(きよてるひめ)は其(その)神徳(しんとく)に辟易(へきえき)し、398雲(くも)を霞(かすみ)と南方(なんぱう)指(さ)して逃(に)げゆく可笑(をか)しさ。399レーブ、400カルの両人(りやうにん)は、401吾々(われわれ)三(さん)人(にん)が神徳(しんとく)に怖(お)ぢ恐(おそ)れ、402ウンと一声(ひとこゑ)其(その)場(ば)に倒(たふ)れ、403敢(あへ)なき最後(さいご)を遂(と)げにけり。404かかる小童(こわつぱ)武者(むしや)には目(め)もかけず、405黄金姫(わうごんひめ)、406清照姫(きよてるひめ)の後(あと)を追(お)ひかけ、407ここまで来(きた)り候(さふらふ)。408母娘(おやこ)二人(ふたり)は既(すで)に既(すで)に此(この)一筋道(ひとすぢみち)を通(とほ)りしならむ、409テームス様(さま)、410キツと掴(つか)まへ遊(あそ)ばしたで厶(ござ)いませうなア。411それさへ承(うけたま)はらば吾々(われわれ)三(さん)人(にん)は仮令(たとへ)此(この)場(ば)で相果(あひは)つるとも、412決(けつ)して恨(うらみ)とは存(ぞん)じませぬ』
413と息(いき)もせきせき述(の)べ立(た)つる。
414レーブ『オイ、415テク、416随分(ずゐぶん)駄法螺(だぼら)を吹(ふ)きよるなア。417レーブさまもカルさまも貴様(きさま)より一足(ひとあし)お先(さき)に此処(ここ)へ来(き)て居(を)るのだ。418テームス様(さま)と万事(ばんじ)交渉(かうせふ)を遂(と)げ、419目出度(めでた)く締盟(ていめい)の済(す)んだ所(ところ)だ、420確(しつ)かり致(いた)さぬか。421其(その)方(はう)は驚(おどろ)きの余(あま)り狂気(きやうき)致(いた)したなア』
422テク『ヤア、423貴様(きさま)はレーブ、424カルの両人(りやうにん)か。425何時(いつ)の間(ま)に生返(いきかへ)りよつたのだ』
426カル『オイ、427テク、428何(なに)を言(い)つてるのだ。429ソリヤ俺(おれ)の方(はう)から言(い)ふべきことだよ。430貴様(きさま)こそ何時(いつ)の間(ま)に生返(いきかへ)つたのだ』
431テク『あゝカルか、432さうすると貴様(きさま)はヤツパリ此方(こちら)の味方(みかた)だつたのかなア』
433レーブ『見方(みかた)に依(よ)つては味方(みかた)でもあり、434敵(てき)でもあるワイ。435敵(てき)の中(なか)に味方(みかた)あり、436味方(みかた)の中(なか)に敵(てき)のある世(よ)の中(なか)だ。437自分(じぶん)の心(こころ)の中(なか)でさへも敵味方(てきみかた)の衝突(しようとつ)が絶(た)えず起(おこ)つてゐるのだからなア。438アハヽヽヽ』
439 テームスは立(た)ち上(あが)り、
440テームス『何(なに)は兎(と)もあれ、441左守(さもり)の司様(かみさま)の館(やかた)まで急(いそ)ぐことに致(いた)さう』
442 茲(ここ)に一行(いつかう)十三(じふさん)人(にん)膝栗毛(ひざくりげ)に鞭(むちう)ちながら入那(いるな)の都(みやこ)を指(さ)して進(すす)み行(ゆ)く。
443(大正一一・一一・一〇 旧九・二二 松村真澄録)
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