霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一一章 仲裁(ちゆうさい)〔一二〇一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第45巻 舎身活躍 申の巻 篇:第3篇 裏名異審判 よみ(新仮名遣い):うらないしんぱん
章:第11章 仲裁 よみ(新仮名遣い):ちゅうさい 通し章番号:1201
口述日:1922(大正11)年12月12日(旧10月24日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年9月12日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
教主の間では、蠑螈別、魔我彦、お寅、熊公が酒を酌み交わしている。熊公の目的は、こうして酒にありつこうということだった。熊公は舌がもつれだしてどら声を張り上げ、歌いだした。
熊公は、これからは自分は蠑螈別のお付きとなって酒を飲み明かすのだと怒鳴りたてる。魔我彦がたしなめると、熊公は難癖をつけて脅しにかかった。その権幕に蠑螈別と魔我彦は小さくなってしまう。
熊公は若いころにお寅と夫婦関係にあったことを持ち出し、さらに蠑螈別を脅しにかかる。蠑螈別は、お寅に未練はないから連れて帰ってくれと返答し、怒ったお寅にまた押さえつけられそうになって畳にかじりついて叫んでいる。
とうとう熊公は刺青だらけの腕を振り回し、蠑螈別とお寅に手切れ金を要求し始めた。エスカレートする熊公に、蠑螈別と魔我彦は引け腰になってお金を渡して手切れしようと言い出すが、お寅は一人承知せず、逆に熊公に食って掛かる。
熊公は怒ってお寅のたぶさをつかんで引きずり回し、怒鳴りつけた。蠑螈別と魔我彦はすっかり肝をつぶし、奥の間の長持の中へ身を隠してしまう。
この騒ぎを聞きつけて、万公、五三公、アク、タク、テクの五人はどやどやと走ってきて仲裁に立った。五三公は大親分、アクはバラモン軍の片彦将軍のふりをして芝居を打ち、位の高い者の仲裁という態を取って、千両で熊公とウラナイ教の間の手切れ話をまとめ上げた。
熊公はこの仲裁に満足し、千両を懐にねじ込んでさっさと帰ってしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-02-27 18:08:32 文字数:5980 OBC :rm4511
愛善世界社版:183頁 八幡書店版:第8輯 315頁 修補版: 校定版:193頁 普及版:71頁 初版: ページ備考:
001 教主(けうしゆ)の間(ま)には蠑螈別(いもりわけ)、002魔我彦(まがひこ)、003お寅(とら)、004熊公(くまこう)の四(よ)人(にん)は胡坐(あぐら)をかき、005無礼講(ぶれいかう)の体(てい)でグビリグビリと酒(さけ)汲(く)み交(か)はして居(ゐ)る。006無性(むしやう)矢鱈(やたら)にお寅(とら)は熊公(くまこう)にきつい酒(さけ)をすすめる。007下地(したぢ)は好(す)きなり御意(ぎよい)はよし、008何条(なんでう)以(もつ)て断(ことわ)るべき、009喉(のど)の虫(むし)がクウクウと催促(さいそく)して堪(たま)らない。010猫(ねこ)が鰹節(かつをぶし)に飛(と)びついた様(やう)、011初(はじ)めの権幕(けんまく)何処(どこ)へやら、012俄(にはか)に恵比須(ゑびす)顔(がほ)となつてグイグイと、013会(あ)うた時(とき)に笠脱(かさぬ)げ式(しき)でやり初(はじ)めた。014熊公(くまこう)が群集(ぐんしふ)の中(なか)で大声(おほごゑ)を出(だ)し蠑螈別(いもりわけ)の酒(さけ)を攻撃(こうげき)したのも、015心(こころ)の底(そこ)は何(なん)とか云(い)つて甘酒(うまざけ)にありつかうと云(い)ふ算段(さんだん)だつたから渡(わた)りに舟(ふね)、016得手(えて)に帆(ほ)と云(い)ふ好都合(かうつがふ)だ。017熊公(くまこう)はソロソロ舌(した)が縺(もつ)れ出(だ)し銅羅声(どらごゑ)を出(だ)して唄(うた)ひ出(だ)した。
018熊公『飲(の)めよ騒(さわ)げよ一寸先(いつすんさき)や暗(やみ)よ
019暗(やみ)の後(あと)には月(つき)は出(で)る
020つきはつきぢやが酒(さけ)づきぢや
021チヨビチヨビ飲(の)むのは邪魔(じやま)臭(くさ)い
022土瓶(どびん)の口(くち)からデツカンシヨ
023胃(ゐ)の腑(ふ)のタンクへ直輸入(ぢきゆにふ)
024直(ただち)に雪隠(せんち)へ卸売(おろしうり)
025面白(おもしろ)うなつておいでたな
026酒(さけ)は酒屋(さかや)に、よい茶(ちや)は茶屋(ちやや)に
027若(わか)いナイスは此(この)館(やかた)
028お寅(とら)婆(ば)さまぢや一寸(ちよつと)古(ふる)い
029それでも蠑螈別(いもりわけ)さまが
030細(ほそ)い目(め)をして抱(いだ)きつき
031吸(す)ひつき泣(な)きつき獅噛(しが)みつき
032笑壺(ゑつぼ)に入(い)つて厶(ござ)るのだ
033ドツコイシヨ、デツカンシヨ
034応対(おうたい)づくなら仕様(しやう)がない
035酒(さけ)を飲(の)むなと神(かみ)さまが
036野暮(やぼ)の事(こと)をば仰有(おつしや)るまいぞ
037御(お)神酒(みき)上(あが)らぬ神(かみ)はない
038此(この)熊公(くまこう)も之(これ)からは
039蠑螈別(いもりわけ)のお側(そば)づき
040お酒(さけ)の御用(ごよう)なら何時(いつ)迄(まで)も
041天地(てんち)の神(かみ)は云(い)ふも更(さら)
042八岐(やまた)大蛇(をろち)や醜狐(しこぎつね)
043鬼(おに)でも狐(きつね)でも狸(たぬき)でも
044何(なん)でも構(かま)はぬやつて来(こ)い
045お前(まへ)の代(かは)りに俺(おれ)が飲(の)む
046仮令(たとへ)狐(きつね)が飲(の)んだとて
047矢張(やつぱり)俺(おれ)が喉(のど)通(とほ)る
048其(その)時(とき)や俺(おれ)も甘(うま)いぞや
049デツカンシヨ デツカンシヨ』
050魔我(まが)『こりやこりや熊(くま)さま、051そんな大(おほ)きな声(こゑ)で唄(うた)ふものぢやない。052大広前(おほひろまへ)へ聞(きこ)えるぢやないか。053チツと気(き)を利(き)かしたら如何(どう)だ』
054熊公(くまこう)『折角(せつかく)機嫌(きげん)よう飲(の)んだ酒(さけ)を何(なに)ゴテゴテ云(い)ふんでえ、055黙(だま)つて盗(ぬす)んで酒(さけ)を呑(の)む様(やう)にチヨビリチヨビリと飲(の)んだつて何(なに)が面白(おもしろ)い。056酒(さけ)を飲(の)めば酔(よ)ふにきまつてる。057酔(よ)うたら騒(さわ)ぐにきまつてる。058お前(まへ)は結構(けつこう)な酒(さけ)を殺(ころ)して飲(の)めと云(い)ふのか。059エーン、060なア蠑螈別(いもりわけ)さま、061熊公(くまこう)の云(い)ふ事(こと)が違(ちが)ひますかな』
062蠑螈(いもり)『アハヽヽヽチツとも違(ちが)ひはせぬ』
063熊公(くまこう)(大声)『それ見(み)たか魔我彦(まがひこ)、064教祖(けうそ)様(さま)が違(ちが)はぬと仰有(おつしや)つたぢやないか』
065 魔我彦(まがひこ)は青(あを)くなり、
066魔我(まが)『これ、067熊(くま)さま、068何(なん)ぼどうでも体裁(ていさい)と云(い)ふ事(こと)を考(かんが)へて呉(く)れなくちや此(この)城(しろ)がもてぬぢやないか』
069熊公(くまこう)『酒(さけ)に酔(よ)うたものに体裁(ていさい)も糞(くそ)もあるものかい。070体裁(ていさい)を作(つく)らうものなら酒(さけ)を飲(の)まれぬぢやないか、071さうすりやウラナイ教(けう)には裏(うら)がないと云(い)つたが矢張(やつぱり)裏(うら)があるのだなア。072表(おもて)には鹿爪(しかつめ)らしい事(こと)を吐(ほざ)き乍(なが)ら何(なん)でい。073奥(おく)へ這入(はい)れば朝(あさ)から晩(ばん)まで甘酒(うまざけ)に酔(よ)ひつぶれ、074神(かみ)の教(をしへ)は其方(そつち)除(の)けにして肝腎(かんじん)の教祖(けうそ)さまからお寅(とら)婆(ば)アさまと意茶(いちや)つき喧嘩(けんくわ)をしたり、075抓(つめ)つたり叩(たた)いたりするのだからな、076呆(あき)れたものだ』
077お寅(とら)『これ熊(くま)さま、078お前(まへ)は悪酒(わるざけ)だから本当(ほんたう)に困(こま)つて了(しま)ふよ。079チツとは教祖(けうそ)様(さま)の御(ご)心中(しんちう)も察(さつ)し俺(わし)の心(こころ)も酌(く)んで呉(く)れたら如何(どう)だい。080結構(けつこう)な酒(さけ)を頂(いただ)き乍(なが)ら、081ここの迷惑(めいわく)になる様(やう)の事(こと)を云(い)つても宜(よろ)しいのか。082チツとは義理(ぎり)と云(い)ふ事(こと)も考(かんが)へて下(くだ)さいな』
083熊公(くまこう)『ワツハヽヽヽそらア、084何(なに)を吐(ぬか)しやがるんだい。085不義理(ふぎり)の天上(てんじやう)、086日出(ひのでの)神(かみ)様(さま)の御(ご)入来(じゆらい)だ。087エーン、088こりやお寅(とら)、089貴様(きさま)も大分(だいぶん)に老耄(おいぼれ)たねえ、090浮木(うきき)の森(もり)の女侠客(をんなけふかく)、091丑寅(うしとら)と云(い)つたら一(いち)時(じ)は飛(た)つ鳥(とり)も落(おと)す様(やう)な豪勢(がうせい)な勢(いきほひ)だつたが、092何時(いつ)の間(ま)にやらウラナイ教(けう)に沈没(ちんぼつ)してフニヤフニヤになつて了(しま)つたぢやないか。093こりやお寅(とら)、094昔(むかし)の事(こと)をまだ忘(わす)れては居(ゐ)めえな。095エーン、096此(この)熊公(くまこう)はお前(まへ)に対(たい)しては十分(じふぶん)駄々(だだ)を捏(こ)ねるだけの権利(けんり)が具備(ぐび)してるのだ。097蠑螈別(いもりわけ)の前(まへ)だから素破抜(すつぱぬ)くのは廃(よし)とくが、098ここ迄(まで)云(い)つたら蠑螈別(いもりわけ)だつて馬鹿(ばか)でない限(かぎ)りは大抵(たいてい)合点(がてん)が行(ゆ)くだらう。099此(この)熊公(くまこう)が信者(しんじや)の中(なか)へ紛(まぎ)れ込(こ)み、100お寅(とら)の行衛(ゆくゑ)をつきとめむと腕(うで)に撚(より)をかけ待(ま)つて居(ゐ)るのも知(し)らずに聖人面(せいじんづら)を列(つら)ねて、101よくもまア演壇(えんだん)に立(た)ちやがつたな。102虎(とら)狼(おほかみ)野干(やかん)は化(くわ)して卿相(けいしやう)雲客(うんかく)となるとは、103よく云(い)つたものだ。104世(よ)の中(なか)は比較(ひかく)的(てき)に馬鹿者(ばかもの)の多(おほ)いものだなア。105アツハヽヽヽ』
106お寅(とら)『これこれ熊(くま)さま、107あまりぢやありませぬか。108云(い)ひ度(た)い事(こと)があるなら後(あと)でしつぽり聞(き)かして下(くだ)さんせ。109蠑螈別(いもりわけ)の前(まへ)ぢや厶(ござ)いませぬか』
110熊公(くまこう)『アハヽヽヽ、111チツと都合(つがふ)が悪(わる)いかの。112其方(そちら)に都合(つがふ)が悪(わる)けりや此方(こつち)に都合(つがふ)がよい。113其方(そちら)に都合(つがふ)が好(よ)けりや此方(こつち)の面工(めんく)が悪(わる)い。114何(なん)でも彼(か)でも世(よ)の中(なか)の事(こと)は上(あが)つたり下(さ)がつたり唐臼(からうす)拍子(びやうし)に行(ゆ)くものだ。115二世(にせ)を契(ちぎ)つた此(この)熊公(くまこう)が、116それ丈(だ)け煩(うる)さいのか。117うんよし、118大方(おほかた)貴様(きさま)は蠑螈別(いもりわけ)と太(ふて)え事(こと)をやつてゐやがるのだらう。119サア有態(ありてい)に白状(はくじやう)せい此(この)儘(まま)には帰(かへ)らないぞ、120エーン』
121蠑螈(いもり)『熊(くま)さま、122何卒(どうぞ)お寅(とら)さまを貴方(あなた)の御(ご)自由(じいう)に連(つ)れて帰(かへ)つて下(くだ)さい。123決(けつ)して私(わたし)には未練(みれん)はありませぬからナア』
124お寅(とら)『これ蠑螈別(いもりわけ)さま、125貴方(あなた)は何(なん)と云(い)ふ水臭(みづくさ)い事(こと)を仰有(おつしや)るのだ。126私(わたし)にも量見(れうけん)がありますぞや。127又(また)鼻(はな)を捻(ねぢ)て上(あ)げませうか』
128と立(た)ち上(あが)り強力(がうりき)に任(まか)せて蠑螈別(いもりわけ)の鼻(はな)を捻(ねぢ)やうとする。129蠑螈別(いもりわけ)はお寅(とら)の鼻抓(はなつま)みには懲々(こりごり)してゐるから両手(りやうて)で顔(かほ)を隠(かく)し俯向(うつむ)いて畳(たたみ)にかぶりついたまま、
130蠑螈(いもり)『熊(くま)さま助(たす)けて呉(く)れえ助(たす)けて呉(く)れえ』
131と恥(はぢ)も外聞(ぐわいぶん)も忘(わす)れて叫(さけ)んでゐる。132熊公(くまこう)はお寅(とら)の首筋(くびすぢ)をグツと握(にぎ)り後(うしろ)へ引(ひ)いた。133途端(とたん)にお寅(とら)はドスンと尻餅(しりもち)を搗(つ)く。
134お寅(とら)『アイタヽヽヽ何(なん)とひどい事(こと)をする男(をとこ)だ事(こと)、135これ、136熊(くま)さま、137お前(まへ)ここを何(なん)と心得(こころえ)て居(ゐ)る。138ここは神(かみ)様(さま)のお集(あつ)まり遊(あそ)ばす聖場(せいぢやう)で厶(ござ)んすぞえ、139斯様(かやう)な処(ところ)で呶鳴(どな)つたり、140人(ひと)を転(こか)したり、141そんな乱暴(らんばう)をなすつちや済(す)みますまい。142チツと心得(こころえ)て下(くだ)さんせえな。143これ魔我彦(まがひこ)、144何(なに)をグヅグヅして居(ゐ)るのだ。145早(はや)く末代(まつだい)様(さま)に此(この)事(こと)を申(まを)し上(あ)げ熊(くま)さまの乱暴(らんばう)を喰(く)ひ止(と)め追(お)つ帰(かへ)して下(くだ)さいな』
146熊公(くまこう)『アハヽヽヽお寅(とら)の奴(やつ)、147到頭(とうとう)弱(よわ)りよつたな。148蠑螈別(いもりわけ)と朝(あさ)から晩(ばん)まで意茶(いちや)つき喧嘩(けんくわ)をして居(ゐ)る癖(くせ)に、149こんな聖場(せいぢやう)で喧嘩(けんくわ)する事(こと)アやめて呉(く)れえなんて、150ケヽヽヽヽ尻(けつ)が呆(あき)れるわい。151いや、152チヤンチヤラ可笑(をか)しいわい。153ワツハヽヽヽ』
154お寅(とら)『これ熊(くま)さま、155頼(たの)みだから機嫌(きげん)ようお酒(さけ)を飲(の)んで、156今日(けふ)は帰(かへ)つて下(くだ)さいな。157そして又(また)お酒(さけ)が飲(の)みたくなつたら来(き)て下(くだ)さい。158さうしておとなしう飲(の)んで下(くだ)さつたら酒(さけ)位(くらゐ)は何程(いくら)でも振舞(ふるま)つてあげますから』
159熊公(くまこう)『振舞(ふるま)つてくれるとは、160そりや怪(け)しからぬ、161夫(をつと)が女房(にようばう)の処(ところ)へ来(き)て振舞(ふるま)ふも、162振舞(ふるま)はぬもあつたものかい。163貴様(きさま)は俺(おれ)を置去(おきざ)りにして浮木(うきき)の森(もり)迄(まで)逃(に)げ失(う)せ、164柄(がら)にもない女侠客(をんなけふかく)となり沢山(たくさん)な野郎(やらう)共(ども)を飼(か)ひやがつて、165虚勢(きよせい)を張(は)つてゐよつただないか。166俺(おれ)は貴様(きさま)に宅(うち)を飛(と)び出(だ)され、167浮木(うきき)の村(むら)に間誤(まご)ついてゐる時(とき)、168幾度(いくど)門口(かどぐち)へ行(い)つたか分(わか)らない。169その時(とき)も腐(くさ)つた様(やう)な親爺(おやぢ)を持(も)ち、170此(この)熊(くま)さまを多勢(おほぜい)の力(ちから)を借(か)つて袋叩(ふくろだた)きに致(いた)した事(こと)が幾度(いくど)もあるぢやないか。171貴様(きさま)の亭主(ていしゆ)としてゐた田子公(たごこう)の奴(やつ)、172俺(おれ)の当身(あてみ)を喰(くら)つて、173それが病(や)み付(つき)となり脆(もろ)くも国替(くにがへ)をしたと、174噂(うはさ)に聞(き)いた時(とき)の嬉(うれ)しさ、175いや愉快(ゆくわい)さ、176溜飲(りういん)が三斗(さんど)ばかり下(お)りた様(やう)にあつたわい。177ウワツハヽヽヽ、178もう今日(けふ)となつては貴様(きさま)も世(よ)の末(すゑ)だ。179婆嬶(ばばかかあ)や子供(こども)を相手(あひて)に致(いた)し、180お寅婆(とらばあ)サンと威張(ゐば)つてゐる様(やう)では此(この)熊公(くまこう)に指一本(ゆびいつぽん)触(さ)える事(こと)も出来(でき)やしめえ。181俺(おれ)も男(をとこ)だ。182女房(にようばう)に肱鉄(ひぢてつ)を喰(く)らはされて再(ふたた)び女房(にようばう)になれとは云(い)はねえ。183いや頼(たの)まれても此方(こちら)からお断(ことわ)りだ。184然(しか)し乍(なが)ら魚心(うをごころ)あらば水心(みづごころ)だ。185何(なん)とか挨拶(あいさつ)をして貰(もら)ひ度(て)えものだなア』
186お寅(とら)『挨拶(あいさつ)をせえと云(い)ふのはお金(かね)でも強請(ゆす)らうと云(い)ふのかい。187お金(かね)なんか、188神(かみ)様(さま)の道(みち)にありやせないわ』
189熊公(くまこう)『アハヽヽヽ惚(とぼ)けな惚(とぼ)けな、190これ丈(だ)け太(ふて)え屋台骨(やたいぼね)をしやがつて何程(いくら)ないと云(い)つても金(かね)の千(せん)両(りやう)や万(まん)両(りやう)は目(め)を剥(む)いて居(ゐ)る筈(はず)だ。191手切(てぎ)れに綺麗(きれい)薩張(さつぱり)と出(だ)して貰(もら)ひませうかい。192蠑螈別(いもりわけ)だつて俺(おれ)の女房(にようばう)を自由(じいう)にしたかせぬか知(し)らぬが断(ことわ)りなく使(つか)つて居(ゐ)るのだから、193否応(いやおう)は云(い)えまい』
194と両肌(もろはだ)を脱(ぬ)ぎ入墨(いれずみ)だらけの腕(かいな)を振(ふ)りまはし、195生地(きぢ)を現(あら)はして白浪(しらなみ)言葉(ことば)を頻(しき)りに連発(れんぱつ)しだした。
196魔我(まが)『お寅(とら)さま、197斯(か)うなつちや容易(ようい)に片(かた)づきますまいぜ。198吝(けち)な事(こと)云(い)はずに、199それ、200あの一万(いちまん)両(りやう)の金(かね)を渡(わた)したら如何(どう)です。201常時(じやうじ)こんな事(こと)云(い)つて来(き)て貰(もら)うては煩(うるさ)いぢやありませぬか』
202お寅(とら)『これこれ魔我彦(まがひこ)、203お前(まへ)夢(ゆめ)でも見(み)たのか。204何処(どこ)にそんな大(たい)した金(かね)がありますか。205万(まん)両(りやう)と云(い)つたら庭先(にはさき)に赤(あか)い実(み)のなつてる植木(うゑき)位(くらゐ)なもんだよ。206しやうもない事(こと)云(い)つて困(こま)るぢやないか。207慎(つつし)みなさい。208仮令(たとへ)あつた処(ところ)でここは蠑螈別(いもりわけ)のお館(やかた)だ。209私(わたし)の自由(じいう)になりますか』
210熊公(くまこう)『アハヽヽヽ到頭(とうとう)一万(いちまん)両(りやう)の所在(ありか)を見(み)つけ出(だ)した様(やう)なものだ。211サアもう斯(か)うなる上(うへ)は、212一万(いちまん)両(りやう)だ、213非(ひ)が邪(じや)でも一万(いちまん)両(りやう)だ。214此(この)熊(くま)さまを追払(おつぱら)ふのもヤツパリ一万(いちまん)両(りやう)だ。215煩(うる)さい因縁(いんねん)を切(き)つて貰(もら)ふのもヤツパリ一万(いちまん)両(りやう)だ』
216お寅(とら)『これこれ熊(くま)さま、217一(ひと)つ云(い)ふては一万(いちまん)両(りやう)、218一(ひと)つ云(い)ふては一万(いちまん)両(りやう)とそりや何(なに)を云(い)ふのだい。219あんまり馬鹿(ばか)にしなさんな、220最前(さいぜん)からお前(まへ)の云(い)ふ事(こと)を聞(き)いて居(ゐ)りや五万(ごまん)両(りやう)も要(い)るぢやないか。221お前(まへ)に一万(いちまん)両(りやう)でも一銭(いつせん)でもあげる金(かね)があれや、222八幡(はちまん)さまに奉納(ほうなふ)致(いた)しますわいな。223そんな欲(よく)な事(こと)を考(かんが)へてをると八万(はちまん)地獄(ぢごく)に落(お)ちますぞや』
224熊公(くまこう)『八万(はちまん)地獄(ぢごく)所(どころ)か十万(じふまん)億土(おくど)の旅立(たびだち)を楽(たのし)んで居(ゐ)る此(この)熊公(くまこう)だ。225熊公(くまこう)と思(おも)や正真(しやうしん)正銘(しやうめい)の悪魔公(あくまこう)だよ。226悪魔払(あくまばら)ひに一万(いちまん)両(りやう)は安(やす)いものだ。227サアサアキリキリ払(はら)うたり払(はら)うたり払(はら)ひ給(たま)へ、228清(きよ)め給(たま)へだ』
229お寅(とら)『そんなヤンチヤを云(い)はずにトツとと帰(かへ)つて下(くだ)さい。230お頼(たの)みだから』
231熊公(くまこう)『そんなら五万(ごまん)両(りやう)は割引(わりびき)して一万(いちまん)両(りやう)にまけておく。232一万(いちまん)両(りやう)は安(やす)いものだらう』
233お寅(とら)『好(す)かぬたらしい。234これ熊(くま)さま、235何(なに)を云(い)ふのだい。236俺(わし)が此(この)ウラナイ教(けう)へ入信(にふしん)した時(とき)、237貯(た)めて置(お)いた一万(いちまん)両(りやう)の金(かね)で此(この)通(とほ)り立派(りつぱ)なお宮(みや)を建(た)てたのだ。238其(その)一万(いちまん)両(りやう)が欲(ほ)しければ、239あの石(いし)の宮(みや)さまを懐(ふところ)へ入(い)れてなつと、240担(かつ)いでなつと勝手(かつて)に帰(い)んで下(くだ)さい。241お金(かね)なんぞ、242ありやせないよ』
243 蠑螈別(いもりわけ)は、244小(ちひ)さい声(こゑ)で舌(した)をもつらせ乍(なが)ら、
245蠑螈(いもり)『おいお寅(とら)、246煩(うるさ)いから有(あ)る丈(だ)け持(も)つて帰(い)なしたらどうだ。247そして今後(こんご)は文句(もんく)は云(い)はないと書付(かきつ)けをとつておくのだな』
248お寅(とら)『これ蠑螈別(いもりわけ)さま、249何(なん)と云(い)ふ気(き)の弱(よわ)い事(こと)を仰有(おつしや)るのだ。250生命(いのち)と懸替(かけがへ)の、251あの一万(いちまん)両(りやう)を渡(わた)す位(くらゐ)なら死(し)んだがましぢやないか。252何(ど)うしてお前(まへ)さまと私(わたし)と此(この)先(さき)やつて行(ゆ)くのだい。253黙(だま)つて居(ゐ)なさい。254溝壺(どぶつぼ)へ捨(す)てる金(かね)が有(あ)つても熊(くま)さまなんかへ渡(わた)す金(かね)はありませぬぞ。255こんな処(ところ)へヌツケリコとやつて来(き)て思(おも)はぬ苦労(くらう)をかけやがつて、256これ熊公(くまこう)、257此(この)お寅(とら)さまを何(なん)と心得(こころえ)てる。258浮木(うきき)の森(もり)の女侠客(をんなけふかく)丑寅(うしとら)サンと云(い)つたら、259ヘン、260憚(はばか)り乍(なが)ら此(この)姐(ねえ)さまだ。261お前(まへ)達(たち)の様(やう)な一羽鶏(いちはどり)に脅(おびや)かされて屁古垂(へこた)れる様(やう)な姐(ねえ)さまぢやありませぬぞや』
262と棄鉢(すてばち)気分(きぶん)になり、263入墨(いれずみ)のした腕(うで)をグツと捲(まく)り、264一方(いつぱう)の足(あし)を立膝(たてひざ)し乍(なが)ら泡(あわ)を吹(ふ)き飛(と)ばし呶鳴(どな)りつけた。265熊公(くまこう)は猛(たけ)り狂(くる)うてお寅婆(とらばば)の髻(たぶさ)を引(ひ)つ掴(つか)み力限(ちからかぎ)り引張(ひつぱ)りまはす。266蠑螈別(いもりわけ)、267魔我彦(まがひこ)は此(この)権幕(けんまく)に肝(きも)を潰(つぶ)し、268奥(おく)の間(ま)の長持(ながもち)の中(なか)へ身(み)を隠(かく)し、269慄(ふる)ひ戦(をのの)いてゐる。270此(この)声(こゑ)を聞(き)きつけて万公(まんこう)、271五三公(いそこう)、272アク、273タク、274テクの五(ご)人(にん)はドヤドヤと走(はし)り来(きた)り、
275万公(まんこう)『待(ま)つた待(ま)つた、276待(ま)てと申(まを)せば待(ま)つたが宜(よ)からうぞ』
277五三(いそ)『何事(なにごと)の縺(もつ)れか知(し)らねえが、278此(この)場(ば)の仲裁(ちゆううさい)は此(この)五三公(いそこう)が預(あづ)かりやせう』
279と故意(わざ)とに白浪(しらなみ)言葉(ことば)を使(つか)つて嚇(おど)しにかかる。
280熊公(くまこう)『アハヽヽヽ小童子(こわつぱ)野郎(やらう)が斯(こ)んな処(ところ)へ飛(と)び出(だ)し、281俺(おれ)達(たち)の喧嘩(けんくわ)を仲裁(ちゆうさい)するとは片腹痛(かたはらいて)え、282弥之助(やのすけ)人形(にんぎやう)の空威張(からゐば)り、283そんな事(こと)に屁古垂(へこた)れて、284酔泥(よひどれ)の熊公(くまこう)のお顔(かほ)が立(た)つと思(おも)ふかエーン、285小童子(こわつぱ)武者(むしや)の出(で)る幕(まく)ぢやない。286すつこんで厶(ござ)れ』
287アク『あいや酔泥(よひどれ)の熊公(くまこう)とやら、288暫(しばら)く待(ま)つたがよからうぞ。289吾(われ)こそはバラモン教(けう)の大目付(おほめつけ)片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)で厶(ござ)るぞ。290何(なに)を血迷(ちまよ)うて斯様(かやう)な処(ところ)へ乱暴(らんばう)にやつてうせたか、291怪(け)しからぬ代物(しろもの)だ。292おい家来(けらい)共(ども)、293大自在天(だいじざいてん)より授(さづ)かりし金縛(かなしば)りの妙法(めうはふ)を以(もつ)て此(この)乱暴者(らんばうもの)を手痛(ていた)くふン縛(じば)れ』
294五三(いそ)『もしもし片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)様(さま)、295お腹立(はらだ)ちは御尤(ごもつと)も乍(なが)ら様子(やうす)も聞(き)かず、296ふン縛(じば)るとは無慈悲(むじひ)と申(まを)すもの、297何卒(なにとぞ)イルナの侠客(けふかく)五三公(いそこう)サンに此(この)場(ば)はお任(まか)し下(くだ)さる訳(わけ)には行(ゆ)きますめえか』
298アク『飽迄(あくまで)憎(につく)き奴(やつ)なれど、299当時(たうじ)売出(うりだ)しの侠客(けふかく)の其(その)方(はう)が申(まを)す事(こと)、300無下(むげ)に断(ことわ)る訳(わけ)にも行(ゆ)くまい。301そんなら其(その)方(はう)に此(この)場(ば)の解決(かいけつ)を一任(いちにん)する。302万一(まんいち)ゴテゴテ吐(ぬか)すに就(つ)いては容赦(ようしや)はならぬぞ』
303五三(いそ)『ハイ、304委細(ゐさい)承知(しようち)仕(つかまつ)りやした。305私(わたし)も当時(たうじ)売出(うりだ)しの侠客(けふかく)、306命(いのち)に代(か)へても此(この)場(ば)の落着(らくちやく)をつけて御覧(ごらん)に入(い)れやせう。307万々一(まんまんいち)行(ゆ)かねば此(この)場(ば)で割腹(かつぷく)致(いた)して見(み)せやせう。308さすれば貴方(あなた)の御(ご)自由(じいう)に御(ご)成敗(せいばい)遊(あそ)ばしやせえ』
309アク『然(しか)らば暫(しばら)く別間(べつま)に控(ひか)へて居(ゐ)る。310万公(まんこう)、311タク、312テク、313余(よ)が後(うしろ)に従(したが)つて来(こ)い。314五三公(いそこう)親分(おやぶん)、315さらばで厶(ござ)る』
316と肱(ひぢ)を張(は)り悠々(いういう)として笑(わら)ひを忍(しの)び乍(なが)ら大広間(おほひろま)さして立(た)つて行(ゆ)く。
317お寅(とら)『これはこれは片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)様(さま)、318尊(たふと)き御(おん)身(み)を以(もつ)て入(い)らせられました。319これと申(まを)すも神(かみ)様(さま)の御(ご)神徳(しんとく)、320いやもう有(あ)り難(がた)う厶(ござ)います』
321五三(いそ)『ハルナの国(くに)に時(とき)めき給(たま)ふ大黒主(おほくろぬし)の右守(うもり)の司(かみ)と聞(きこ)えたる鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)の部下(ぶか)、322片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)は、323今(いま)や数万(すうまん)の軍勢(ぐんぜい)を引(ひ)き率(つ)れ斎苑(いそ)の館(やかた)へ進軍(しんぐん)の途中(とちう)、324小北山(こぎたやま)の神徳(しんとく)、325いやちこなりと聞(き)き戦勝(せんしよう)祈願(きぐわん)のため、326浮木(うきき)の森(もり)に軍隊(ぐんたい)を留(とど)め、327少(すこ)しの部下(ぶか)を伴(ともな)ひ参詣(さんけい)致(いた)したもの、328神(かみ)のお示(しめ)しによればアバ摺(ず)れ男(をとこ)の熊公(くまこう)なるもの、329神(かみ)の司(つかさ)の蠑螈別(いもりわけ)殿(どの)、330其(その)他(た)お寅(とら)殿(どの)に向(むか)つて無体(むたい)の脅迫(けうはく)を試(こころ)みしと聞(き)き、331取(と)るものも取(と)り敢(あへ)ず、332此処(ここ)に来(き)て見(み)れば、333不都合(ふつがふ)千万(せんばん)な此(この)始末(しまつ)、334と片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)様(さま)が霊(れい)を以(もつ)て此(この)五三公(いそこう)が霊(れい)に伝(つた)へ給(たま)うた。335片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)の御(お)身魂(みたま)が宿(やど)つた此(この)五三公(いそこう)様(さま)が仲裁(ちゆうさい)に立(た)つても、336よもや不足(ふそく)ぢやあるめえ、337のう、338熊公(くまこう)とやら』
339熊公(くまこう)『ハイ、340貴方(あなた)の如(ごと)き尊(たふと)きお方(かた)に仲裁(ちゆうさい)の労(らう)を煩(わづら)はし、341誠(まこと)に光栄(くわうえい)に存(ぞん)じます。342いやもう今日(こんにち)限(かぎ)りスツパリ心(こころ)を改(あらた)め、343今後(こんご)は決(けつ)して此(この)館(やかた)へ足踏(あしぶ)みを致(いた)しませぬ。344何卒(どうぞ)御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ』
345五三(いそ)『早速(さつそく)の納得(なつとく)、346いや片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)の神霊(しんれい)も五三公(いそこう)の哥兄(あにい)もズンと満足(まんぞく)いたした。347就(つ)いてはお寅(とら)殿(どの)、348蠑螈別(いもりわけ)殿(どの)、349わつちも侠客(けふかく)だ。350片手落(かたてお)ちの事(こと)はやられねえ。351当座(たうざ)の草鞋銭(わらぢせん)だと思(おも)つて此(この)熊(くま)サンに一千(いつせん)両(りやう)の金(かね)をスツパリとお渡(わた)しなせえ。352蠑螈別(いもりわけ)さまもこれで解決(かいけつ)つくならば安(やす)いものだらう。353ほんの抓(つま)み銭(せん)だ。354アハヽヽヽ』
355お寅(とら)『親方(おやかた)さまの御(ご)仲裁(ちゆうさい)、356何(なに)しに背(そむ)きませう。357私(わたし)も、358もとは女侠客(をんなけふかく)、359侠客(けふかく)の意地(いぢ)はよく呑(の)み込(こ)んで居(を)ります。360そんなら貴方(あなた)のお顔(かほ)に免(めん)じて千(せん)両(りやう)の金(かね)を渡(わた)しますから、361今後(こんご)は熊(くま)さまが何(なん)にも云(い)つて来(こ)ない様(やう)にして下(くだ)さいませ』
362五三(いそ)『いや承知(しようち)致(いた)しやした。363流石(さすが)は姐貴(あねき)だ。364スツパリしたものだ。365おい熊公(くまこう)、366如何(どう)だ。367これで文句(もんく)はあるめえな』
368熊公(くまこう)『いやもう有難(ありがた)う厶(ござ)ります。369千(せん)両(りやう)の金(かね)さへあれば五(ご)年(ねん)や十(じふ)年(ねん)の甘(うめ)え酒(さけ)が頂(いただ)けます。370いやもう有難(ありがた)う厶(ござ)りやした』
371 お寅(とら)は次(つぎ)の間(ま)から小判(こばん)を千(せん)両(りやう)とり出(だ)し、
372お寅(とら)『さあ五三公(いそこう)の親分(おやぶん)さま、373これを引替(ひきか)へに証文(しようもん)を取(と)つて置(お)いて下(くだ)さいませ』
374五三(いそ)『アハヽヽヽ証文(しようもん)をとるのは未来(みらい)の人間(にんげん)のする事(こと)だ。375男(をとこ)が一旦(いつたん)約束(やくそく)をした事(こと)は万古(まんご)末代(まつだい)磐石(ばんじやく)の如(ごと)く決(けつ)して動(うご)くものぢやねえ。376熊公(くまこう)如何(どう)だ』
377熊公(くまこう)『はいはい、378私(わたし)も男(をとこ)です、379如何(どう)してゴテゴテ申(まを)しませう。380おい、381お寅(とら)、382安心(あんしん)して呉(く)れ。383有難(ありがた)え、384お前(まへ)が、385ありや、386こりや無(な)けりや、387こりや、388うまいお酒(さけ)が飲(の)めるのだ。389チヨイ チヨイ チヨイの頂戴(ちやうだい)だ』
390と両手(りやうて)を合(あは)せ掌(てのひら)を仰向(あふむ)けにして上下(うへした)へ揺(ゆす)つて居(ゐ)る。
391五三(いそ)『それ、392千(せん)両(りやう)だ。393確(たしか)に受取(うけと)れ』
394熊公(くまこう)『ハイ、395有難(ありがた)う。396万古(まんご)末代(まつだい)、397あんたの御恩(ごおん)は忘(わす)れませぬ。398そしてお寅(とら)の事(こと)は只今(ただいま)限(かぎ)り忘(わす)れます』
399と云(い)ふより早(はや)く懐(ふところ)に捻込(ねぢこ)み長居(ながゐ)は恐(おそ)れと言(い)はぬばかりトントントンと坂道(さかみち)を矢(や)を射(い)る如(ごと)く帰(かへ)り行(ゆ)く。
400(大正一一・一二・一二 旧一〇・二四 北村隆光録)
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