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霊界物語
舎身活躍(第37~48巻)
第45巻(申の巻)
序文
総説
第1篇 小北の特使
第1章 松風
第2章 神木
第3章 大根蕪
第4章 霊の淫念
第2篇 恵の松露
第5章 肱鉄
第6章 唖忿
第7章 相生の松
第8章 小蝶
第9章 賞詞
第3篇 裏名異審判
第10章 棚卸志
第11章 仲裁
第12章 喜苔歌
第13章 五三の月
第4篇 虎風獣雨
第14章 三昧経
第15章 曲角狸止
第16章 雨露月
第17章 万公月
第18章 玉則姫
第19章 吹雪
第20章 蛙行列
余白歌
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霊界物語
>
舎身活躍(第37~48巻)
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第45巻(申の巻)
> 第3篇 裏名異審判 > 第11章 仲裁
<<< 棚卸志
(B)
(N)
喜苔歌 >>>
第一一章
仲裁
(
ちゆうさい
)
〔一二〇一〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第45巻 舎身活躍 申の巻
篇:
第3篇 裏名異審判
よみ(新仮名遣い):
うらないしんぱん
章:
第11章 仲裁
よみ(新仮名遣い):
ちゅうさい
通し章番号:
1201
口述日:
1922(大正11)年12月12日(旧10月24日)
口述場所:
筆録者:
北村隆光
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1924(大正13)年9月12日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
教主の間では、蠑螈別、魔我彦、お寅、熊公が酒を酌み交わしている。熊公の目的は、こうして酒にありつこうということだった。熊公は舌がもつれだしてどら声を張り上げ、歌いだした。
熊公は、これからは自分は蠑螈別のお付きとなって酒を飲み明かすのだと怒鳴りたてる。魔我彦がたしなめると、熊公は難癖をつけて脅しにかかった。その権幕に蠑螈別と魔我彦は小さくなってしまう。
熊公は若いころにお寅と夫婦関係にあったことを持ち出し、さらに蠑螈別を脅しにかかる。蠑螈別は、お寅に未練はないから連れて帰ってくれと返答し、怒ったお寅にまた押さえつけられそうになって畳にかじりついて叫んでいる。
とうとう熊公は刺青だらけの腕を振り回し、蠑螈別とお寅に手切れ金を要求し始めた。エスカレートする熊公に、蠑螈別と魔我彦は引け腰になってお金を渡して手切れしようと言い出すが、お寅は一人承知せず、逆に熊公に食って掛かる。
熊公は怒ってお寅のたぶさをつかんで引きずり回し、怒鳴りつけた。蠑螈別と魔我彦はすっかり肝をつぶし、奥の間の長持の中へ身を隠してしまう。
この騒ぎを聞きつけて、万公、五三公、アク、タク、テクの五人はどやどやと走ってきて仲裁に立った。五三公は大親分、アクはバラモン軍の片彦将軍のふりをして芝居を打ち、位の高い者の仲裁という態を取って、千両で熊公とウラナイ教の間の手切れ話をまとめ上げた。
熊公はこの仲裁に満足し、千両を懐にねじ込んでさっさと帰ってしまった。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2023-02-27 18:08:32
OBC :
rm4511
愛善世界社版:
183頁
八幡書店版:
第8輯 315頁
修補版:
校定版:
193頁
普及版:
71頁
初版:
ページ備考:
001
教主
(
けうしゆ
)
の
間
(
ま
)
には
蠑螈別
(
いもりわけ
)
、
002
魔我彦
(
まがひこ
)
、
003
お
寅
(
とら
)
、
004
熊公
(
くまこう
)
の
四
(
よ
)
人
(
にん
)
は
胡坐
(
あぐら
)
をかき、
005
無礼講
(
ぶれいかう
)
の
体
(
てい
)
でグビリグビリと
酒
(
さけ
)
汲
(
く
)
み
交
(
か
)
はして
居
(
ゐ
)
る。
006
無性
(
むしやう
)
矢鱈
(
やたら
)
にお
寅
(
とら
)
は
熊公
(
くまこう
)
にきつい
酒
(
さけ
)
をすすめる。
007
下地
(
したぢ
)
は
好
(
す
)
きなり
御意
(
ぎよい
)
はよし、
008
何条
(
なんでう
)
以
(
もつ
)
て
断
(
ことわ
)
るべき、
009
喉
(
のど
)
の
虫
(
むし
)
がクウクウと
催促
(
さいそく
)
して
堪
(
たま
)
らない。
010
猫
(
ねこ
)
が
鰹節
(
かつをぶし
)
に
飛
(
と
)
びついた
様
(
やう
)
、
011
初
(
はじ
)
めの
権幕
(
けんまく
)
何処
(
どこ
)
へやら、
012
俄
(
にはか
)
に
恵比須
(
ゑびす
)
顔
(
がほ
)
となつてグイグイと、
013
会
(
あ
)
うた
時
(
とき
)
に
笠脱
(
かさぬ
)
げ
式
(
しき
)
でやり
初
(
はじ
)
めた。
014
熊公
(
くまこう
)
が
群集
(
ぐんしふ
)
の
中
(
なか
)
で
大声
(
おほごゑ
)
を
出
(
だ
)
し
蠑螈別
(
いもりわけ
)
の
酒
(
さけ
)
を
攻撃
(
こうげき
)
したのも、
015
心
(
こころ
)
の
底
(
そこ
)
は
何
(
なん
)
とか
云
(
い
)
つて
甘酒
(
うまざけ
)
にありつかうと
云
(
い
)
ふ
算段
(
さんだん
)
だつたから
渡
(
わた
)
りに
舟
(
ふね
)
、
016
得手
(
えて
)
に
帆
(
ほ
)
と
云
(
い
)
ふ
好都合
(
かうつがふ
)
だ。
017
熊公
(
くまこう
)
はソロソロ
舌
(
した
)
が
縺
(
もつ
)
れ
出
(
だ
)
し
銅羅声
(
どらごゑ
)
を
出
(
だ
)
して
唄
(
うた
)
ひ
出
(
だ
)
した。
018
熊公
『
飲
(
の
)
めよ
騒
(
さわ
)
げよ
一寸先
(
いつすんさき
)
や
暗
(
やみ
)
よ
019
暗
(
やみ
)
の
後
(
あと
)
には
月
(
つき
)
は
出
(
で
)
る
020
つきはつきぢやが
酒
(
さけ
)
づきぢや
021
チヨビチヨビ
飲
(
の
)
むのは
邪魔
(
じやま
)
臭
(
くさ
)
い
022
土瓶
(
どびん
)
の
口
(
くち
)
からデツカンシヨ
023
胃
(
ゐ
)
の
腑
(
ふ
)
のタンクへ
直輸入
(
ぢきゆにふ
)
024
直
(
ただち
)
に
雪隠
(
せんち
)
へ
卸売
(
おろしうり
)
025
面白
(
おもしろ
)
うなつておいでたな
026
酒
(
さけ
)
は
酒屋
(
さかや
)
に、よい
茶
(
ちや
)
は
茶屋
(
ちやや
)
に
027
若
(
わか
)
いナイスは
此
(
この
)
館
(
やかた
)
028
お
寅
(
とら
)
婆
(
ば
)
さまぢや
一寸
(
ちよつと
)
古
(
ふる
)
い
029
それでも
蠑螈別
(
いもりわけ
)
さまが
030
細
(
ほそ
)
い
目
(
め
)
をして
抱
(
いだ
)
きつき
031
吸
(
す
)
ひつき
泣
(
な
)
きつき
獅噛
(
しが
)
みつき
032
笑壺
(
ゑつぼ
)
に
入
(
い
)
つて
厶
(
ござ
)
るのだ
033
ドツコイシヨ、デツカンシヨ
034
応対
(
おうたい
)
づくなら
仕様
(
しやう
)
がない
035
酒
(
さけ
)
を
飲
(
の
)
むなと
神
(
かみ
)
さまが
036
野暮
(
やぼ
)
の
事
(
こと
)
をば
仰有
(
おつしや
)
るまいぞ
037
御
(
お
)
神酒
(
みき
)
上
(
あが
)
らぬ
神
(
かみ
)
はない
038
此
(
この
)
熊公
(
くまこう
)
も
之
(
これ
)
からは
039
蠑螈別
(
いもりわけ
)
のお
側
(
そば
)
づき
040
お
酒
(
さけ
)
の
御用
(
ごよう
)
なら
何時
(
いつ
)
迄
(
まで
)
も
041
天地
(
てんち
)
の
神
(
かみ
)
は
云
(
い
)
ふも
更
(
さら
)
042
八岐
(
やまた
)
大蛇
(
をろち
)
や
醜狐
(
しこぎつね
)
043
鬼
(
おに
)
でも
狐
(
きつね
)
でも
狸
(
たぬき
)
でも
044
何
(
なん
)
でも
構
(
かま
)
はぬやつて
来
(
こ
)
い
045
お
前
(
まへ
)
の
代
(
かは
)
りに
俺
(
おれ
)
が
飲
(
の
)
む
046
仮令
(
たとへ
)
狐
(
きつね
)
が
飲
(
の
)
んだとて
047
矢張
(
やつぱり
)
俺
(
おれ
)
が
喉
(
のど
)
通
(
とほ
)
る
048
其
(
その
)
時
(
とき
)
や
俺
(
おれ
)
も
甘
(
うま
)
いぞや
049
デツカンシヨ デツカンシヨ』
050
魔我
(
まが
)
『こりやこりや
熊
(
くま
)
さま、
051
そんな
大
(
おほ
)
きな
声
(
こゑ
)
で
唄
(
うた
)
ふものぢやない。
052
大広前
(
おほひろまへ
)
へ
聞
(
きこ
)
えるぢやないか。
053
チツと
気
(
き
)
を
利
(
き
)
かしたら
如何
(
どう
)
だ』
054
熊公
(
くまこう
)
『
折角
(
せつかく
)
機嫌
(
きげん
)
よう
飲
(
の
)
んだ
酒
(
さけ
)
を
何
(
なに
)
ゴテゴテ
云
(
い
)
ふんでえ、
055
黙
(
だま
)
つて
盗
(
ぬす
)
んで
酒
(
さけ
)
を
呑
(
の
)
む
様
(
やう
)
にチヨビリチヨビリと
飲
(
の
)
んだつて
何
(
なに
)
が
面白
(
おもしろ
)
い。
056
酒
(
さけ
)
を
飲
(
の
)
めば
酔
(
よ
)
ふにきまつてる。
057
酔
(
よ
)
うたら
騒
(
さわ
)
ぐにきまつてる。
058
お
前
(
まへ
)
は
結構
(
けつこう
)
な
酒
(
さけ
)
を
殺
(
ころ
)
して
飲
(
の
)
めと
云
(
い
)
ふのか。
059
エーン、
060
なア
蠑螈別
(
いもりわけ
)
さま、
061
熊公
(
くまこう
)
の
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
が
違
(
ちが
)
ひますかな』
062
蠑螈
(
いもり
)
『アハヽヽヽチツとも
違
(
ちが
)
ひはせぬ』
063
熊公
(
くまこう
)
(大声)『それ
見
(
み
)
たか
魔我彦
(
まがひこ
)
、
064
教祖
(
けうそ
)
様
(
さま
)
が
違
(
ちが
)
はぬと
仰有
(
おつしや
)
つたぢやないか』
065
魔我彦
(
まがひこ
)
は
青
(
あを
)
くなり、
066
魔我
(
まが
)
『これ、
067
熊
(
くま
)
さま、
068
何
(
なん
)
ぼどうでも
体裁
(
ていさい
)
と
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
を
考
(
かんが
)
へて
呉
(
く
)
れなくちや
此
(
この
)
城
(
しろ
)
がもてぬぢやないか』
069
熊公
(
くまこう
)
『
酒
(
さけ
)
に
酔
(
よ
)
うたものに
体裁
(
ていさい
)
も
糞
(
くそ
)
もあるものかい。
070
体裁
(
ていさい
)
を
作
(
つく
)
らうものなら
酒
(
さけ
)
を
飲
(
の
)
まれぬぢやないか、
071
さうすりやウラナイ
教
(
けう
)
には
裏
(
うら
)
がないと
云
(
い
)
つたが
矢張
(
やつぱり
)
裏
(
うら
)
があるのだなア。
072
表
(
おもて
)
には
鹿爪
(
しかつめ
)
らしい
事
(
こと
)
を
吐
(
ほざ
)
き
乍
(
なが
)
ら
何
(
なん
)
でい。
073
奥
(
おく
)
へ
這入
(
はい
)
れば
朝
(
あさ
)
から
晩
(
ばん
)
まで
甘酒
(
うまざけ
)
に
酔
(
よ
)
ひつぶれ、
074
神
(
かみ
)
の
教
(
をしへ
)
は
其方
(
そつち
)
除
(
の
)
けにして
肝腎
(
かんじん
)
の
教祖
(
けうそ
)
さまからお
寅
(
とら
)
婆
(
ば
)
アさまと
意茶
(
いちや
)
つき
喧嘩
(
けんくわ
)
をしたり、
075
抓
(
つめ
)
つたり
叩
(
たた
)
いたりするのだからな、
076
呆
(
あき
)
れたものだ』
077
お
寅
(
とら
)
『これ
熊
(
くま
)
さま、
078
お
前
(
まへ
)
は
悪酒
(
わるざけ
)
だから
本当
(
ほんたう
)
に
困
(
こま
)
つて
了
(
しま
)
ふよ。
079
チツとは
教祖
(
けうそ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
心中
(
しんちう
)
も
察
(
さつ
)
し
俺
(
わし
)
の
心
(
こころ
)
も
酌
(
く
)
んで
呉
(
く
)
れたら
如何
(
どう
)
だい。
080
結構
(
けつこう
)
な
酒
(
さけ
)
を
頂
(
いただ
)
き
乍
(
なが
)
ら、
081
ここの
迷惑
(
めいわく
)
になる
様
(
やう
)
の
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
つても
宜
(
よろ
)
しいのか。
082
チツとは
義理
(
ぎり
)
と
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
も
考
(
かんが
)
へて
下
(
くだ
)
さいな』
083
熊公
(
くまこう
)
『ワツハヽヽヽそらア、
084
何
(
なに
)
を
吐
(
ぬか
)
しやがるんだい。
085
不義理
(
ふぎり
)
の
天上
(
てんじやう
)
、
086
日出
(
ひのでの
)
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
入来
(
じゆらい
)
だ。
087
エーン、
088
こりやお
寅
(
とら
)
、
089
貴様
(
きさま
)
も
大分
(
だいぶん
)
に
老耄
(
おいぼれ
)
たねえ、
090
浮木
(
うきき
)
の
森
(
もり
)
の
女侠客
(
をんなけふかく
)
、
091
丑寅
(
うしとら
)
と
云
(
い
)
つたら
一
(
いち
)
時
(
じ
)
は
飛
(
た
)
つ
鳥
(
とり
)
も
落
(
おと
)
す
様
(
やう
)
な
豪勢
(
がうせい
)
な
勢
(
いきほひ
)
だつたが、
092
何時
(
いつ
)
の
間
(
ま
)
にやらウラナイ
教
(
けう
)
に
沈没
(
ちんぼつ
)
してフニヤフニヤになつて
了
(
しま
)
つたぢやないか。
093
こりやお
寅
(
とら
)
、
094
昔
(
むかし
)
の
事
(
こと
)
をまだ
忘
(
わす
)
れては
居
(
ゐ
)
めえな。
095
エーン、
096
此
(
この
)
熊公
(
くまこう
)
はお
前
(
まへ
)
に
対
(
たい
)
しては
十分
(
じふぶん
)
駄々
(
だだ
)
を
捏
(
こ
)
ねるだけの
権利
(
けんり
)
が
具備
(
ぐび
)
してるのだ。
097
蠑螈別
(
いもりわけ
)
の
前
(
まへ
)
だから
素破抜
(
すつぱぬ
)
くのは
廃
(
よし
)
とくが、
098
ここ
迄
(
まで
)
云
(
い
)
つたら
蠑螈別
(
いもりわけ
)
だつて
馬鹿
(
ばか
)
でない
限
(
かぎ
)
りは
大抵
(
たいてい
)
合点
(
がてん
)
が
行
(
ゆ
)
くだらう。
099
此
(
この
)
熊公
(
くまこう
)
が
信者
(
しんじや
)
の
中
(
なか
)
へ
紛
(
まぎ
)
れ
込
(
こ
)
み、
100
お
寅
(
とら
)
の
行衛
(
ゆくゑ
)
をつきとめむと
腕
(
うで
)
に
撚
(
より
)
をかけ
待
(
ま
)
つて
居
(
ゐ
)
るのも
知
(
し
)
らずに
聖人面
(
せいじんづら
)
を
列
(
つら
)
ねて、
101
よくもまア
演壇
(
えんだん
)
に
立
(
た
)
ちやがつたな。
102
虎
(
とら
)
狼
(
おほかみ
)
野干
(
やかん
)
は
化
(
くわ
)
して
卿相
(
けいしやう
)
雲客
(
うんかく
)
となるとは、
103
よく
云
(
い
)
つたものだ。
104
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
は
比較
(
ひかく
)
的
(
てき
)
に
馬鹿者
(
ばかもの
)
の
多
(
おほ
)
いものだなア。
105
アツハヽヽヽ』
106
お
寅
(
とら
)
『これこれ
熊
(
くま
)
さま、
107
あまりぢやありませぬか。
108
云
(
い
)
ひ
度
(
た
)
い
事
(
こと
)
があるなら
後
(
あと
)
でしつぽり
聞
(
き
)
かして
下
(
くだ
)
さんせ。
109
蠑螈別
(
いもりわけ
)
の
前
(
まへ
)
ぢや
厶
(
ござ
)
いませぬか』
110
熊公
(
くまこう
)
『アハヽヽヽ、
111
チツと
都合
(
つがふ
)
が
悪
(
わる
)
いかの。
112
其方
(
そちら
)
に
都合
(
つがふ
)
が
悪
(
わる
)
けりや
此方
(
こつち
)
に
都合
(
つがふ
)
がよい。
113
其方
(
そちら
)
に
都合
(
つがふ
)
が
好
(
よ
)
けりや
此方
(
こつち
)
の
面工
(
めんく
)
が
悪
(
わる
)
い。
114
何
(
なん
)
でも
彼
(
か
)
でも
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
の
事
(
こと
)
は
上
(
あが
)
つたり
下
(
さ
)
がつたり
唐臼
(
からうす
)
拍子
(
びやうし
)
に
行
(
ゆ
)
くものだ。
115
二世
(
にせ
)
を
契
(
ちぎ
)
つた
此
(
この
)
熊公
(
くまこう
)
が、
116
それ
丈
(
だ
)
け
煩
(
うる
)
さいのか。
117
うんよし、
118
大方
(
おほかた
)
貴様
(
きさま
)
は
蠑螈別
(
いもりわけ
)
と
太
(
ふて
)
え
事
(
こと
)
をやつてゐやがるのだらう。
119
サア
有態
(
ありてい
)
に
白状
(
はくじやう
)
せい
此
(
この
)
儘
(
まま
)
には
帰
(
かへ
)
らないぞ、
120
エーン』
121
蠑螈
(
いもり
)
『
熊
(
くま
)
さま、
122
何卒
(
どうぞ
)
お
寅
(
とら
)
さまを
貴方
(
あなた
)
の
御
(
ご
)
自由
(
じいう
)
に
連
(
つ
)
れて
帰
(
かへ
)
つて
下
(
くだ
)
さい。
123
決
(
けつ
)
して
私
(
わたし
)
には
未練
(
みれん
)
はありませぬからナア』
124
お
寅
(
とら
)
『これ
蠑螈別
(
いもりわけ
)
さま、
125
貴方
(
あなた
)
は
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ふ
水臭
(
みづくさ
)
い
事
(
こと
)
を
仰有
(
おつしや
)
るのだ。
126
私
(
わたし
)
にも
量見
(
れうけん
)
がありますぞや。
127
又
(
また
)
鼻
(
はな
)
を
捻
(
ねぢ
)
て
上
(
あ
)
げませうか』
128
と
立
(
た
)
ち
上
(
あが
)
り
強力
(
がうりき
)
に
任
(
まか
)
せて
蠑螈別
(
いもりわけ
)
の
鼻
(
はな
)
を
捻
(
ねぢ
)
やうとする。
129
蠑螈別
(
いもりわけ
)
はお
寅
(
とら
)
の
鼻抓
(
はなつま
)
みには
懲々
(
こりごり
)
してゐるから
両手
(
りやうて
)
で
顔
(
かほ
)
を
隠
(
かく
)
し
俯向
(
うつむ
)
いて
畳
(
たたみ
)
にかぶりついたまま、
130
蠑螈
(
いもり
)
『
熊
(
くま
)
さま
助
(
たす
)
けて
呉
(
く
)
れえ
助
(
たす
)
けて
呉
(
く
)
れえ』
131
と
恥
(
はぢ
)
も
外聞
(
ぐわいぶん
)
も
忘
(
わす
)
れて
叫
(
さけ
)
んでゐる。
132
熊公
(
くまこう
)
はお
寅
(
とら
)
の
首筋
(
くびすぢ
)
をグツと
握
(
にぎ
)
り
後
(
うしろ
)
へ
引
(
ひ
)
いた。
133
途端
(
とたん
)
にお
寅
(
とら
)
はドスンと
尻餅
(
しりもち
)
を
搗
(
つ
)
く。
134
お
寅
(
とら
)
『アイタヽヽヽ
何
(
なん
)
とひどい
事
(
こと
)
をする
男
(
をとこ
)
だ
事
(
こと
)
、
135
これ、
136
熊
(
くま
)
さま、
137
お
前
(
まへ
)
ここを
何
(
なん
)
と
心得
(
こころえ
)
て
居
(
ゐ
)
る。
138
ここは
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
のお
集
(
あつ
)
まり
遊
(
あそ
)
ばす
聖場
(
せいぢやう
)
で
厶
(
ござ
)
んすぞえ、
139
斯様
(
かやう
)
な
処
(
ところ
)
で
呶鳴
(
どな
)
つたり、
140
人
(
ひと
)
を
転
(
こか
)
したり、
141
そんな
乱暴
(
らんばう
)
をなすつちや
済
(
す
)
みますまい。
142
チツと
心得
(
こころえ
)
て
下
(
くだ
)
さんせえな。
143
これ
魔我彦
(
まがひこ
)
、
144
何
(
なに
)
をグヅグヅして
居
(
ゐ
)
るのだ。
145
早
(
はや
)
く
末代
(
まつだい
)
様
(
さま
)
に
此
(
この
)
事
(
こと
)
を
申
(
まを
)
し
上
(
あ
)
げ
熊
(
くま
)
さまの
乱暴
(
らんばう
)
を
喰
(
く
)
ひ
止
(
と
)
め
追
(
お
)
つ
帰
(
かへ
)
して
下
(
くだ
)
さいな』
146
熊公
(
くまこう
)
『アハヽヽヽお
寅
(
とら
)
の
奴
(
やつ
)
、
147
到頭
(
とうとう
)
弱
(
よわ
)
りよつたな。
148
蠑螈別
(
いもりわけ
)
と
朝
(
あさ
)
から
晩
(
ばん
)
まで
意茶
(
いちや
)
つき
喧嘩
(
けんくわ
)
をして
居
(
ゐ
)
る
癖
(
くせ
)
に、
149
こんな
聖場
(
せいぢやう
)
で
喧嘩
(
けんくわ
)
する
事
(
こと
)
アやめて
呉
(
く
)
れえなんて、
150
ケヽヽヽヽ
尻
(
けつ
)
が
呆
(
あき
)
れるわい。
151
いや、
152
チヤンチヤラ
可笑
(
をか
)
しいわい。
153
ワツハヽヽヽ』
154
お
寅
(
とら
)
『これ
熊
(
くま
)
さま、
155
頼
(
たの
)
みだから
機嫌
(
きげん
)
ようお
酒
(
さけ
)
を
飲
(
の
)
んで、
156
今日
(
けふ
)
は
帰
(
かへ
)
つて
下
(
くだ
)
さいな。
157
そして
又
(
また
)
お
酒
(
さけ
)
が
飲
(
の
)
みたくなつたら
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さい。
158
さうしておとなしう
飲
(
の
)
んで
下
(
くだ
)
さつたら
酒
(
さけ
)
位
(
くらゐ
)
は
何程
(
いくら
)
でも
振舞
(
ふるま
)
つてあげますから』
159
熊公
(
くまこう
)
『
振舞
(
ふるま
)
つてくれるとは、
160
そりや
怪
(
け
)
しからぬ、
161
夫
(
をつと
)
が
女房
(
にようばう
)
の
処
(
ところ
)
へ
来
(
き
)
て
振舞
(
ふるま
)
ふも、
162
振舞
(
ふるま
)
はぬもあつたものかい。
163
貴様
(
きさま
)
は
俺
(
おれ
)
を
置去
(
おきざ
)
りにして
浮木
(
うきき
)
の
森
(
もり
)
迄
(
まで
)
逃
(
に
)
げ
失
(
う
)
せ、
164
柄
(
がら
)
にもない
女侠客
(
をんなけふかく
)
となり
沢山
(
たくさん
)
な
野郎
(
やらう
)
共
(
ども
)
を
飼
(
か
)
ひやがつて、
165
虚勢
(
きよせい
)
を
張
(
は
)
つてゐよつただないか。
166
俺
(
おれ
)
は
貴様
(
きさま
)
に
宅
(
うち
)
を
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
され、
167
浮木
(
うきき
)
の
村
(
むら
)
に
間誤
(
まご
)
ついてゐる
時
(
とき
)
、
168
幾度
(
いくど
)
門口
(
かどぐち
)
へ
行
(
い
)
つたか
分
(
わか
)
らない。
169
その
時
(
とき
)
も
腐
(
くさ
)
つた
様
(
やう
)
な
親爺
(
おやぢ
)
を
持
(
も
)
ち、
170
此
(
この
)
熊
(
くま
)
さまを
多勢
(
おほぜい
)
の
力
(
ちから
)
を
借
(
か
)
つて
袋叩
(
ふくろだた
)
きに
致
(
いた
)
した
事
(
こと
)
が
幾度
(
いくど
)
もあるぢやないか。
171
貴様
(
きさま
)
の
亭主
(
ていしゆ
)
としてゐた
田子公
(
たごこう
)
の
奴
(
やつ
)
、
172
俺
(
おれ
)
の
当身
(
あてみ
)
を
喰
(
くら
)
つて、
173
それが
病
(
や
)
み
付
(
つき
)
となり
脆
(
もろ
)
くも
国替
(
くにがへ
)
をしたと、
174
噂
(
うはさ
)
に
聞
(
き
)
いた
時
(
とき
)
の
嬉
(
うれ
)
しさ、
175
いや
愉快
(
ゆくわい
)
さ、
176
溜飲
(
りういん
)
が
三斗
(
さんど
)
ばかり
下
(
お
)
りた
様
(
やう
)
にあつたわい。
177
ウワツハヽヽヽ、
178
もう
今日
(
けふ
)
となつては
貴様
(
きさま
)
も
世
(
よ
)
の
末
(
すゑ
)
だ。
179
婆嬶
(
ばばかかあ
)
や
子供
(
こども
)
を
相手
(
あひて
)
に
致
(
いた
)
し、
180
お
寅婆
(
とらばあ
)
サンと
威張
(
ゐば
)
つてゐる
様
(
やう
)
では
此
(
この
)
熊公
(
くまこう
)
に
指一本
(
ゆびいつぽん
)
触
(
さ
)
える
事
(
こと
)
も
出来
(
でき
)
やしめえ。
181
俺
(
おれ
)
も
男
(
をとこ
)
だ。
182
女房
(
にようばう
)
に
肱鉄
(
ひぢてつ
)
を
喰
(
く
)
らはされて
再
(
ふたた
)
び
女房
(
にようばう
)
になれとは
云
(
い
)
はねえ。
183
いや
頼
(
たの
)
まれても
此方
(
こちら
)
からお
断
(
ことわ
)
りだ。
184
然
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
魚心
(
うをごころ
)
あらば
水心
(
みづごころ
)
だ。
185
何
(
なん
)
とか
挨拶
(
あいさつ
)
をして
貰
(
もら
)
ひ
度
(
て
)
えものだなア』
186
お
寅
(
とら
)
『
挨拶
(
あいさつ
)
をせえと
云
(
い
)
ふのはお
金
(
かね
)
でも
強請
(
ゆす
)
らうと
云
(
い
)
ふのかい。
187
お
金
(
かね
)
なんか、
188
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
道
(
みち
)
にありやせないわ』
189
熊公
(
くまこう
)
『アハヽヽヽ
惚
(
とぼ
)
けな
惚
(
とぼ
)
けな、
190
これ
丈
(
だ
)
け
太
(
ふて
)
え
屋台骨
(
やたいぼね
)
をしやがつて
何程
(
いくら
)
ないと
云
(
い
)
つても
金
(
かね
)
の
千
(
せん
)
両
(
りやう
)
や
万
(
まん
)
両
(
りやう
)
は
目
(
め
)
を
剥
(
む
)
いて
居
(
ゐ
)
る
筈
(
はず
)
だ。
191
手切
(
てぎ
)
れに
綺麗
(
きれい
)
薩張
(
さつぱり
)
と
出
(
だ
)
して
貰
(
もら
)
ひませうかい。
192
蠑螈別
(
いもりわけ
)
だつて
俺
(
おれ
)
の
女房
(
にようばう
)
を
自由
(
じいう
)
にしたかせぬか
知
(
し
)
らぬが
断
(
ことわ
)
りなく
使
(
つか
)
つて
居
(
ゐ
)
るのだから、
193
否応
(
いやおう
)
は
云
(
い
)
えまい』
194
と
両肌
(
もろはだ
)
を
脱
(
ぬ
)
ぎ
入墨
(
いれずみ
)
だらけの
腕
(
かいな
)
を
振
(
ふ
)
りまはし、
195
生地
(
きぢ
)
を
現
(
あら
)
はして
白浪
(
しらなみ
)
言葉
(
ことば
)
を
頻
(
しき
)
りに
連発
(
れんぱつ
)
しだした。
196
魔我
(
まが
)
『お
寅
(
とら
)
さま、
197
斯
(
か
)
うなつちや
容易
(
ようい
)
に
片
(
かた
)
づきますまいぜ。
198
吝
(
けち
)
な
事
(
こと
)
云
(
い
)
はずに、
199
それ、
200
あの
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
の
金
(
かね
)
を
渡
(
わた
)
したら
如何
(
どう
)
です。
201
常時
(
じやうじ
)
こんな
事
(
こと
)
云
(
い
)
つて
来
(
き
)
て
貰
(
もら
)
うては
煩
(
うるさ
)
いぢやありませぬか』
202
お
寅
(
とら
)
『これこれ
魔我彦
(
まがひこ
)
、
203
お
前
(
まへ
)
夢
(
ゆめ
)
でも
見
(
み
)
たのか。
204
何処
(
どこ
)
にそんな
大
(
たい
)
した
金
(
かね
)
がありますか。
205
万
(
まん
)
両
(
りやう
)
と
云
(
い
)
つたら
庭先
(
にはさき
)
に
赤
(
あか
)
い
実
(
み
)
のなつてる
植木
(
うゑき
)
位
(
くらゐ
)
なもんだよ。
206
しやうもない
事
(
こと
)
云
(
い
)
つて
困
(
こま
)
るぢやないか。
207
慎
(
つつし
)
みなさい。
208
仮令
(
たとへ
)
あつた
処
(
ところ
)
でここは
蠑螈別
(
いもりわけ
)
のお
館
(
やかた
)
だ。
209
私
(
わたし
)
の
自由
(
じいう
)
になりますか』
210
熊公
(
くまこう
)
『アハヽヽヽ
到頭
(
とうとう
)
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
の
所在
(
ありか
)
を
見
(
み
)
つけ
出
(
だ
)
した
様
(
やう
)
なものだ。
211
サアもう
斯
(
か
)
うなる
上
(
うへ
)
は、
212
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
だ、
213
非
(
ひ
)
が
邪
(
じや
)
でも
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
だ。
214
此
(
この
)
熊
(
くま
)
さまを
追払
(
おつぱら
)
ふのもヤツパリ
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
だ。
215
煩
(
うる
)
さい
因縁
(
いんねん
)
を
切
(
き
)
つて
貰
(
もら
)
ふのもヤツパリ
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
だ』
216
お
寅
(
とら
)
『これこれ
熊
(
くま
)
さま、
217
一
(
ひと
)
つ
云
(
い
)
ふては
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
、
218
一
(
ひと
)
つ
云
(
い
)
ふては
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
とそりや
何
(
なに
)
を
云
(
い
)
ふのだい。
219
あんまり
馬鹿
(
ばか
)
にしなさんな、
220
最前
(
さいぜん
)
からお
前
(
まへ
)
の
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
を
聞
(
き
)
いて
居
(
ゐ
)
りや
五万
(
ごまん
)
両
(
りやう
)
も
要
(
い
)
るぢやないか。
221
お
前
(
まへ
)
に
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
でも
一銭
(
いつせん
)
でもあげる
金
(
かね
)
があれや、
222
八幡
(
はちまん
)
さまに
奉納
(
ほうなふ
)
致
(
いた
)
しますわいな。
223
そんな
欲
(
よく
)
な
事
(
こと
)
を
考
(
かんが
)
へてをると
八万
(
はちまん
)
地獄
(
ぢごく
)
に
落
(
お
)
ちますぞや』
224
熊公
(
くまこう
)
『
八万
(
はちまん
)
地獄
(
ぢごく
)
所
(
どころ
)
か
十万
(
じふまん
)
億土
(
おくど
)
の
旅立
(
たびだち
)
を
楽
(
たのし
)
んで
居
(
ゐ
)
る
此
(
この
)
熊公
(
くまこう
)
だ。
225
熊公
(
くまこう
)
と
思
(
おも
)
や
正真
(
しやうしん
)
正銘
(
しやうめい
)
の
悪魔公
(
あくまこう
)
だよ。
226
悪魔払
(
あくまばら
)
ひに
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
は
安
(
やす
)
いものだ。
227
サアサアキリキリ
払
(
はら
)
うたり
払
(
はら
)
うたり
払
(
はら
)
ひ
給
(
たま
)
へ、
228
清
(
きよ
)
め
給
(
たま
)
へだ』
229
お
寅
(
とら
)
『そんなヤンチヤを
云
(
い
)
はずにトツとと
帰
(
かへ
)
つて
下
(
くだ
)
さい。
230
お
頼
(
たの
)
みだから』
231
熊公
(
くまこう
)
『そんなら
五万
(
ごまん
)
両
(
りやう
)
は
割引
(
わりびき
)
して
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
にまけておく。
232
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
は
安
(
やす
)
いものだらう』
233
お
寅
(
とら
)
『
好
(
す
)
かぬたらしい。
234
これ
熊
(
くま
)
さま、
235
何
(
なに
)
を
云
(
い
)
ふのだい。
236
俺
(
わし
)
が
此
(
この
)
ウラナイ
教
(
けう
)
へ
入信
(
にふしん
)
した
時
(
とき
)
、
237
貯
(
た
)
めて
置
(
お
)
いた
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
の
金
(
かね
)
で
此
(
この
)
通
(
とほ
)
り
立派
(
りつぱ
)
なお
宮
(
みや
)
を
建
(
た
)
てたのだ。
238
其
(
その
)
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
が
欲
(
ほ
)
しければ、
239
あの
石
(
いし
)
の
宮
(
みや
)
さまを
懐
(
ふところ
)
へ
入
(
い
)
れてなつと、
240
担
(
かつ
)
いでなつと
勝手
(
かつて
)
に
帰
(
い
)
んで
下
(
くだ
)
さい。
241
お
金
(
かね
)
なんぞ、
242
ありやせないよ』
243
蠑螈別
(
いもりわけ
)
は、
244
小
(
ちひ
)
さい
声
(
こゑ
)
で
舌
(
した
)
をもつらせ
乍
(
なが
)
ら、
245
蠑螈
(
いもり
)
『おいお
寅
(
とら
)
、
246
煩
(
うるさ
)
いから
有
(
あ
)
る
丈
(
だ
)
け
持
(
も
)
つて
帰
(
い
)
なしたらどうだ。
247
そして
今後
(
こんご
)
は
文句
(
もんく
)
は
云
(
い
)
はないと
書付
(
かきつ
)
けをとつておくのだな』
248
お
寅
(
とら
)
『これ
蠑螈別
(
いもりわけ
)
さま、
249
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ふ
気
(
き
)
の
弱
(
よわ
)
い
事
(
こと
)
を
仰有
(
おつしや
)
るのだ。
250
生命
(
いのち
)
と
懸替
(
かけがへ
)
の、
251
あの
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
を
渡
(
わた
)
す
位
(
くらゐ
)
なら
死
(
し
)
んだがましぢやないか。
252
何
(
ど
)
うしてお
前
(
まへ
)
さまと
私
(
わたし
)
と
此
(
この
)
先
(
さき
)
やつて
行
(
ゆ
)
くのだい。
253
黙
(
だま
)
つて
居
(
ゐ
)
なさい。
254
溝壺
(
どぶつぼ
)
へ
捨
(
す
)
てる
金
(
かね
)
が
有
(
あ
)
つても
熊
(
くま
)
さまなんかへ
渡
(
わた
)
す
金
(
かね
)
はありませぬぞ。
255
こんな
処
(
ところ
)
へヌツケリコとやつて
来
(
き
)
て
思
(
おも
)
はぬ
苦労
(
くらう
)
をかけやがつて、
256
これ
熊公
(
くまこう
)
、
257
此
(
この
)
お
寅
(
とら
)
さまを
何
(
なん
)
と
心得
(
こころえ
)
てる。
258
浮木
(
うきき
)
の
森
(
もり
)
の
女侠客
(
をんなけふかく
)
丑寅
(
うしとら
)
サンと
云
(
い
)
つたら、
259
ヘン、
260
憚
(
はばか
)
り
乍
(
なが
)
ら
此
(
この
)
姐
(
ねえ
)
さまだ。
261
お
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
の
様
(
やう
)
な
一羽鶏
(
いちはどり
)
に
脅
(
おびや
)
かされて
屁古垂
(
へこた
)
れる
様
(
やう
)
な
姐
(
ねえ
)
さまぢやありませぬぞや』
262
と
棄鉢
(
すてばち
)
気分
(
きぶん
)
になり、
263
入墨
(
いれずみ
)
のした
腕
(
うで
)
をグツと
捲
(
まく
)
り、
264
一方
(
いつぱう
)
の
足
(
あし
)
を
立膝
(
たてひざ
)
し
乍
(
なが
)
ら
泡
(
あわ
)
を
吹
(
ふ
)
き
飛
(
と
)
ばし
呶鳴
(
どな
)
りつけた。
265
熊公
(
くまこう
)
は
猛
(
たけ
)
り
狂
(
くる
)
うてお
寅婆
(
とらばば
)
の
髻
(
たぶさ
)
を
引
(
ひ
)
つ
掴
(
つか
)
み
力限
(
ちからかぎ
)
り
引張
(
ひつぱ
)
りまはす。
266
蠑螈別
(
いもりわけ
)
、
267
魔我彦
(
まがひこ
)
は
此
(
この
)
権幕
(
けんまく
)
に
肝
(
きも
)
を
潰
(
つぶ
)
し、
268
奥
(
おく
)
の
間
(
ま
)
の
長持
(
ながもち
)
の
中
(
なか
)
へ
身
(
み
)
を
隠
(
かく
)
し、
269
慄
(
ふる
)
ひ
戦
(
をのの
)
いてゐる。
270
此
(
この
)
声
(
こゑ
)
を
聞
(
き
)
きつけて
万公
(
まんこう
)
、
271
五三公
(
いそこう
)
、
272
アク、
273
タク、
274
テクの
五
(
ご
)
人
(
にん
)
はドヤドヤと
走
(
はし
)
り
来
(
きた
)
り、
275
万公
(
まんこう
)
『
待
(
ま
)
つた
待
(
ま
)
つた、
276
待
(
ま
)
てと
申
(
まを
)
せば
待
(
ま
)
つたが
宜
(
よ
)
からうぞ』
277
五三
(
いそ
)
『
何事
(
なにごと
)
の
縺
(
もつ
)
れか
知
(
し
)
らねえが、
278
此
(
この
)
場
(
ば
)
の
仲裁
(
ちゆううさい
)
は
此
(
この
)
五三公
(
いそこう
)
が
預
(
あづ
)
かりやせう』
279
と
故意
(
わざ
)
とに
白浪
(
しらなみ
)
言葉
(
ことば
)
を
使
(
つか
)
つて
嚇
(
おど
)
しにかかる。
280
熊公
(
くまこう
)
『アハヽヽヽ
小童子
(
こわつぱ
)
野郎
(
やらう
)
が
斯
(
こ
)
んな
処
(
ところ
)
へ
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
し、
281
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
の
喧嘩
(
けんくわ
)
を
仲裁
(
ちゆうさい
)
するとは
片腹痛
(
かたはらいて
)
え、
282
弥之助
(
やのすけ
)
人形
(
にんぎやう
)
の
空威張
(
からゐば
)
り、
283
そんな
事
(
こと
)
に
屁古垂
(
へこた
)
れて、
284
酔泥
(
よひどれ
)
の
熊公
(
くまこう
)
のお
顔
(
かほ
)
が
立
(
た
)
つと
思
(
おも
)
ふかエーン、
285
小童子
(
こわつぱ
)
武者
(
むしや
)
の
出
(
で
)
る
幕
(
まく
)
ぢやない。
286
すつこんで
厶
(
ござ
)
れ』
287
アク『あいや
酔泥
(
よひどれ
)
の
熊公
(
くまこう
)
とやら、
288
暫
(
しばら
)
く
待
(
ま
)
つたがよからうぞ。
289
吾
(
われ
)
こそはバラモン
教
(
けう
)
の
大目付
(
おほめつけ
)
片彦
(
かたひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
で
厶
(
ござ
)
るぞ。
290
何
(
なに
)
を
血迷
(
ちまよ
)
うて
斯様
(
かやう
)
な
処
(
ところ
)
へ
乱暴
(
らんばう
)
にやつてうせたか、
291
怪
(
け
)
しからぬ
代物
(
しろもの
)
だ。
292
おい
家来
(
けらい
)
共
(
ども
)
、
293
大自在天
(
だいじざいてん
)
より
授
(
さづ
)
かりし
金縛
(
かなしば
)
りの
妙法
(
めうはふ
)
を
以
(
もつ
)
て
此
(
この
)
乱暴者
(
らんばうもの
)
を
手痛
(
ていた
)
くふン
縛
(
じば
)
れ』
294
五三
(
いそ
)
『もしもし
片彦
(
かたひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
、
295
お
腹立
(
はらだ
)
ちは
御尤
(
ごもつと
)
も
乍
(
なが
)
ら
様子
(
やうす
)
も
聞
(
き
)
かず、
296
ふン
縛
(
じば
)
るとは
無慈悲
(
むじひ
)
と
申
(
まを
)
すもの、
297
何卒
(
なにとぞ
)
イルナの
侠客
(
けふかく
)
五三公
(
いそこう
)
サンに
此
(
この
)
場
(
ば
)
はお
任
(
まか
)
し
下
(
くだ
)
さる
訳
(
わけ
)
には
行
(
ゆ
)
きますめえか』
298
アク『
飽迄
(
あくまで
)
憎
(
につく
)
き
奴
(
やつ
)
なれど、
299
当時
(
たうじ
)
売出
(
うりだ
)
しの
侠客
(
けふかく
)
の
其
(
その
)
方
(
はう
)
が
申
(
まを
)
す
事
(
こと
)
、
300
無下
(
むげ
)
に
断
(
ことわ
)
る
訳
(
わけ
)
にも
行
(
ゆ
)
くまい。
301
そんなら
其
(
その
)
方
(
はう
)
に
此
(
この
)
場
(
ば
)
の
解決
(
かいけつ
)
を
一任
(
いちにん
)
する。
302
万一
(
まんいち
)
ゴテゴテ
吐
(
ぬか
)
すに
就
(
つ
)
いては
容赦
(
ようしや
)
はならぬぞ』
303
五三
(
いそ
)
『ハイ、
304
委細
(
ゐさい
)
承知
(
しようち
)
仕
(
つかまつ
)
りやした。
305
私
(
わたし
)
も
当時
(
たうじ
)
売出
(
うりだ
)
しの
侠客
(
けふかく
)
、
306
命
(
いのち
)
に
代
(
か
)
へても
此
(
この
)
場
(
ば
)
の
落着
(
らくちやく
)
をつけて
御覧
(
ごらん
)
に
入
(
い
)
れやせう。
307
万々一
(
まんまんいち
)
行
(
ゆ
)
かねば
此
(
この
)
場
(
ば
)
で
割腹
(
かつぷく
)
致
(
いた
)
して
見
(
み
)
せやせう。
308
さすれば
貴方
(
あなた
)
の
御
(
ご
)
自由
(
じいう
)
に
御
(
ご
)
成敗
(
せいばい
)
遊
(
あそ
)
ばしやせえ』
309
アク『
然
(
しか
)
らば
暫
(
しばら
)
く
別間
(
べつま
)
に
控
(
ひか
)
へて
居
(
ゐ
)
る。
310
万公
(
まんこう
)
、
311
タク、
312
テク、
313
余
(
よ
)
が
後
(
うしろ
)
に
従
(
したが
)
つて
来
(
こ
)
い。
314
五三公
(
いそこう
)
親分
(
おやぶん
)
、
315
さらばで
厶
(
ござ
)
る』
316
と
肱
(
ひぢ
)
を
張
(
は
)
り
悠々
(
いういう
)
として
笑
(
わら
)
ひを
忍
(
しの
)
び
乍
(
なが
)
ら
大広間
(
おほひろま
)
さして
立
(
た
)
つて
行
(
ゆ
)
く。
317
お
寅
(
とら
)
『これはこれは
片彦
(
かたひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
、
318
尊
(
たふと
)
き
御
(
おん
)
身
(
み
)
を
以
(
もつ
)
て
入
(
い
)
らせられました。
319
これと
申
(
まを
)
すも
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
神徳
(
しんとく
)
、
320
いやもう
有
(
あ
)
り
難
(
がた
)
う
厶
(
ござ
)
います』
321
五三
(
いそ
)
『ハルナの
国
(
くに
)
に
時
(
とき
)
めき
給
(
たま
)
ふ
大黒主
(
おほくろぬし
)
の
右守
(
うもり
)
の
司
(
かみ
)
と
聞
(
きこ
)
えたる
鬼春別
(
おにはるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
の
部下
(
ぶか
)
、
322
片彦
(
かたひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
は、
323
今
(
いま
)
や
数万
(
すうまん
)
の
軍勢
(
ぐんぜい
)
を
引
(
ひ
)
き
率
(
つ
)
れ
斎苑
(
いそ
)
の
館
(
やかた
)
へ
進軍
(
しんぐん
)
の
途中
(
とちう
)
、
324
小北山
(
こぎたやま
)
の
神徳
(
しんとく
)
、
325
いやちこ
なりと
聞
(
き
)
き
戦勝
(
せんしよう
)
祈願
(
きぐわん
)
のため、
326
浮木
(
うきき
)
の
森
(
もり
)
に
軍隊
(
ぐんたい
)
を
留
(
とど
)
め、
327
少
(
すこ
)
しの
部下
(
ぶか
)
を
伴
(
ともな
)
ひ
参詣
(
さんけい
)
致
(
いた
)
したもの、
328
神
(
かみ
)
のお
示
(
しめ
)
しによればアバ
摺
(
ず
)
れ
男
(
をとこ
)
の
熊公
(
くまこう
)
なるもの、
329
神
(
かみ
)
の
司
(
つかさ
)
の
蠑螈別
(
いもりわけ
)
殿
(
どの
)
、
330
其
(
その
)
他
(
た
)
お
寅
(
とら
)
殿
(
どの
)
に
向
(
むか
)
つて
無体
(
むたい
)
の
脅迫
(
けうはく
)
を
試
(
こころ
)
みしと
聞
(
き
)
き、
331
取
(
と
)
るものも
取
(
と
)
り
敢
(
あへ
)
ず、
332
此処
(
ここ
)
に
来
(
き
)
て
見
(
み
)
れば、
333
不都合
(
ふつがふ
)
千万
(
せんばん
)
な
此
(
この
)
始末
(
しまつ
)
、
334
と
片彦
(
かたひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
が
霊
(
れい
)
を
以
(
もつ
)
て
此
(
この
)
五三公
(
いそこう
)
が
霊
(
れい
)
に
伝
(
つた
)
へ
給
(
たま
)
うた。
335
片彦
(
かたひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
の
御
(
お
)
身魂
(
みたま
)
が
宿
(
やど
)
つた
此
(
この
)
五三公
(
いそこう
)
様
(
さま
)
が
仲裁
(
ちゆうさい
)
に
立
(
た
)
つても、
336
よもや
不足
(
ふそく
)
ぢやあるめえ、
337
のう、
338
熊公
(
くまこう
)
とやら』
339
熊公
(
くまこう
)
『ハイ、
340
貴方
(
あなた
)
の
如
(
ごと
)
き
尊
(
たふと
)
きお
方
(
かた
)
に
仲裁
(
ちゆうさい
)
の
労
(
らう
)
を
煩
(
わづら
)
はし、
341
誠
(
まこと
)
に
光栄
(
くわうえい
)
に
存
(
ぞん
)
じます。
342
いやもう
今日
(
こんにち
)
限
(
かぎ
)
りスツパリ
心
(
こころ
)
を
改
(
あらた
)
め、
343
今後
(
こんご
)
は
決
(
けつ
)
して
此
(
この
)
館
(
やかた
)
へ
足踏
(
あしぶ
)
みを
致
(
いた
)
しませぬ。
344
何卒
(
どうぞ
)
御
(
ご
)
安心
(
あんしん
)
下
(
くだ
)
さいませ』
345
五三
(
いそ
)
『
早速
(
さつそく
)
の
納得
(
なつとく
)
、
346
いや
片彦
(
かたひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
の
神霊
(
しんれい
)
も
五三公
(
いそこう
)
の
哥兄
(
あにい
)
もズンと
満足
(
まんぞく
)
いたした。
347
就
(
つ
)
いてはお
寅
(
とら
)
殿
(
どの
)
、
348
蠑螈別
(
いもりわけ
)
殿
(
どの
)
、
349
わつちも
侠客
(
けふかく
)
だ。
350
片手落
(
かたてお
)
ちの
事
(
こと
)
はやられねえ。
351
当座
(
たうざ
)
の
草鞋銭
(
わらぢせん
)
だと
思
(
おも
)
つて
此
(
この
)
熊
(
くま
)
サンに
一千
(
いつせん
)
両
(
りやう
)
の
金
(
かね
)
をスツパリとお
渡
(
わた
)
しなせえ。
352
蠑螈別
(
いもりわけ
)
さまもこれで
解決
(
かいけつ
)
つくならば
安
(
やす
)
いものだらう。
353
ほんの
抓
(
つま
)
み
銭
(
せん
)
だ。
354
アハヽヽヽ』
355
お
寅
(
とら
)
『
親方
(
おやかた
)
さまの
御
(
ご
)
仲裁
(
ちゆうさい
)
、
356
何
(
なに
)
しに
背
(
そむ
)
きませう。
357
私
(
わたし
)
も、
358
もとは
女侠客
(
をんなけふかく
)
、
359
侠客
(
けふかく
)
の
意地
(
いぢ
)
はよく
呑
(
の
)
み
込
(
こ
)
んで
居
(
を
)
ります。
360
そんなら
貴方
(
あなた
)
のお
顔
(
かほ
)
に
免
(
めん
)
じて
千
(
せん
)
両
(
りやう
)
の
金
(
かね
)
を
渡
(
わた
)
しますから、
361
今後
(
こんご
)
は
熊
(
くま
)
さまが
何
(
なん
)
にも
云
(
い
)
つて
来
(
こ
)
ない
様
(
やう
)
にして
下
(
くだ
)
さいませ』
362
五三
(
いそ
)
『いや
承知
(
しようち
)
致
(
いた
)
しやした。
363
流石
(
さすが
)
は
姐貴
(
あねき
)
だ。
364
スツパリしたものだ。
365
おい
熊公
(
くまこう
)
、
366
如何
(
どう
)
だ。
367
これで
文句
(
もんく
)
はあるめえな』
368
熊公
(
くまこう
)
『いやもう
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
ります。
369
千
(
せん
)
両
(
りやう
)
の
金
(
かね
)
さへあれば
五
(
ご
)
年
(
ねん
)
や
十
(
じふ
)
年
(
ねん
)
の
甘
(
うめ
)
え
酒
(
さけ
)
が
頂
(
いただ
)
けます。
370
いやもう
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
りやした』
371
お
寅
(
とら
)
は
次
(
つぎ
)
の
間
(
ま
)
から
小判
(
こばん
)
を
千
(
せん
)
両
(
りやう
)
とり
出
(
だ
)
し、
372
お
寅
(
とら
)
『さあ
五三公
(
いそこう
)
の
親分
(
おやぶん
)
さま、
373
これを
引替
(
ひきか
)
へに
証文
(
しようもん
)
を
取
(
と
)
つて
置
(
お
)
いて
下
(
くだ
)
さいませ』
374
五三
(
いそ
)
『アハヽヽヽ
証文
(
しようもん
)
をとるのは
未来
(
みらい
)
の
人間
(
にんげん
)
のする
事
(
こと
)
だ。
375
男
(
をとこ
)
が
一旦
(
いつたん
)
約束
(
やくそく
)
をした
事
(
こと
)
は
万古
(
まんご
)
末代
(
まつだい
)
磐石
(
ばんじやく
)
の
如
(
ごと
)
く
決
(
けつ
)
して
動
(
うご
)
くものぢやねえ。
376
熊公
(
くまこう
)
如何
(
どう
)
だ』
377
熊公
(
くまこう
)
『はいはい、
378
私
(
わたし
)
も
男
(
をとこ
)
です、
379
如何
(
どう
)
してゴテゴテ
申
(
まを
)
しませう。
380
おい、
381
お
寅
(
とら
)
、
382
安心
(
あんしん
)
して
呉
(
く
)
れ。
383
有難
(
ありがた
)
え、
384
お
前
(
まへ
)
が、
385
ありや、
386
こりや
無
(
な
)
けりや、
387
こりや、
388
うまいお
酒
(
さけ
)
が
飲
(
の
)
めるのだ。
389
チヨイ チヨイ チヨイの
頂戴
(
ちやうだい
)
だ』
390
と
両手
(
りやうて
)
を
合
(
あは
)
せ
掌
(
てのひら
)
を
仰向
(
あふむ
)
けにして
上下
(
うへした
)
へ
揺
(
ゆす
)
つて
居
(
ゐ
)
る。
391
五三
(
いそ
)
『それ、
392
千
(
せん
)
両
(
りやう
)
だ。
393
確
(
たしか
)
に
受取
(
うけと
)
れ』
394
熊公
(
くまこう
)
『ハイ、
395
有難
(
ありがた
)
う。
396
万古
(
まんご
)
末代
(
まつだい
)
、
397
あんたの
御恩
(
ごおん
)
は
忘
(
わす
)
れませぬ。
398
そしてお
寅
(
とら
)
の
事
(
こと
)
は
只今
(
ただいま
)
限
(
かぎ
)
り
忘
(
わす
)
れます』
399
と
云
(
い
)
ふより
早
(
はや
)
く
懐
(
ふところ
)
に
捻込
(
ねぢこ
)
み
長居
(
ながゐ
)
は
恐
(
おそ
)
れと
言
(
い
)
はぬばかりトントントンと
坂道
(
さかみち
)
を
矢
(
や
)
を
射
(
い
)
る
如
(
ごと
)
く
帰
(
かへ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
400
(
大正一一・一二・一二
旧一〇・二四
北村隆光
録)
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