霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一九章 吹雪(ふぶき)〔一二〇九〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第45巻 舎身活躍 申の巻 篇:第4篇 虎風獣雨 よみ(新仮名遣い):こふうじゅうう
章:第19章 吹雪 よみ(新仮名遣い):ふぶき 通し章番号:1209
口述日:1922(大正11)年12月13日(旧10月25日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年9月12日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
お寅はお民のところにやってくると、お民は経典をひも解いている。お寅はお民に対して、蠑螈別を狙っても高嶺の花だ、魔我彦と結婚しろといきなり怒鳴りつけた。お民は驚いたが、すぐには返事はできないと冷静に返す。
お寅がしつこく迫っても、お民は頑として譲らない。お寅はしまいにお民を怒鳴りつけて帰ってしまった。
お民が独り言でいうことには、あんなケチで腰が曲がった魔我彦の女房になるくらいなら死んだ方がましだとくさした。そして自分がこんな教団に参詣するのは蠑螈別が一万両の金をもって駆け落ちしようといってくれたからだと独り言に明かした。
お民は、自分と蠑螈別との約束をお寅に見透かされたような対応を受けたので、もうこんな教団は逃げ出そうと去就を考えている。
一方お寅は夜分に松姫館を尋ねた。松姫からお民に言い聞かせてもらおうという魂胆である。お寅は、蠑螈別からお民を引き離したい一心で、お民が魔我彦の女房になることを今晩のうちに説きつけてくれと松姫に頼み込む。
そこへお菊と魔我彦がお寅を尋ねてやってきた。お寅は魔我彦に、蠑螈別の見張りをするようにと追い出すが、お寅と松姫が自分の結婚問題をどうさばくか気になり、雪がちらつく戸外で盗み聞きしている。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-03-06 14:50:47 文字数:3458 OBC :rm4519
愛善世界社版:277頁 八幡書店版:第8輯 348頁 修補版: 校定版:290頁 普及版:112頁 初版: ページ備考:
001悋気(りんき)の角(つの)を振(ふ)り立(た)てて
002顔(かほ)を真赤(まつか)に染(そ)めながら
003轟(とどろ)く胸(むね)を撫(な)で下(おろ)し
004居間(ゐま)に魔我彦(まがひこ)残(のこ)しつつ
005粋(すゐ)に気(き)の利(き)くお寅(とら)さま
006炊事場(すゐじば)さして進(すす)み入(い)り
007お民(たみ)の居間(ゐま)へ訪(おとな)へば
008お民(たみ)は切(しき)りに経典(きやうてん)を
009繙(ひもと)き初(はじ)め居(ゐ)たりける
010お寅(とら)は外(そと)から声(こゑ)をかけ
011これこれ申(まを)しお民(たみ)さま
012こんな夜更(よふけ)に何(なに)してぞ
013人(ひと)の寝静(ねしづ)まつた其(その)後(あと)で
014文(ふみ)でも書(か)いて居(ゐ)るのだらう
015油断(ゆだん)のならぬ女(をんな)だなあ
016かう出(だ)し抜(ぬ)けに呼(よ)ばはれば
017お民(たみ)は驚(おどろ)き経典(きやうてん)を
018二(ふた)つに畳(たた)んで傍(そば)におき
019貴女(あなた)は内事(ないじ)のお寅(とら)さま
020この真夜中(まよなか)に何(なん)として
021態々(わざわざ)訪(たづ)ねて来(き)なさつた
022合点(がてん)がゆかぬと怪(あや)しめば
023お寅(とら)は眼(まなこ)をむき出(いだ)し
024花(はな)の盛(さか)りのお民(たみ)さま
025お門(かど)が多(おほ)くて嘸(さぞ)やさぞ
026心(こころ)の揉(も)める事(こと)でせう
027お前(まへ)がここへ参(まゐ)つたのは
028神信心(かみしんじん)は表向(おもてむ)き
029外(ほか)に望(のぞ)みがあるのだろ
030お前(まへ)も美(うつく)し身(み)をもつて
031グヅグヅして居(ゐ)る時(とき)ぢやない
032早(はや)く夫(をつと)を持(も)たさせよと
033大神(おほかみ)様(さま)に聞(き)いた故(ゆゑ)
034眠(ねむ)たい眼(め)をばこすりつつ
035態々(わざわざ)やつて来(き)たのだよ
036お前(まへ)の身魂(みたま)は義理(ぎり)天上(てんじやう)
037日出(ひのでの)神(かみ)の奥(おく)さまの
038玉則姫(たまのりひめ)に違(ちが)ひない
039神(かみ)と神(かみ)との因縁(いんねん)で
040夫婦(めをと)にならねばなりませぬ
041日出(ひのでの)神(かみ)の生宮(いきみや)の
042魔我彦(まがひこ)さまと逸早(いちはや)く
043結婚式(けつこんしき)をあげなされ
044この神勅(しんちよく)に背(そむ)いたら
045其方(そなた)が御(おん)身(み)の一大事(いちだいじ)
046神(かみ)の怒(いか)りで忽(たちま)ちに
047根底(ねそこ)の国(くに)へ墜(お)ちますよ
048何程(なにほど)蠑螈別(いもりわけ)さまを
049恋(こひ)し恋(こひ)しと思(おも)うても
050高根(たかね)の花(はな)か水(みづ)の月(つき)
051とても掴(つか)める筈(はず)がない
052そんな野心(やしん)を起(おこ)さずに
053馬(うま)は馬(うま)づれ牛(うし)は牛(うし)
054魔我彦(まがひこ)さまと機嫌(きげん)よう
055合衾式(がふきんしき)を上(あ)げなされ
056返答(へんたふ)はどうぢやと手厳(てきび)しく
057呶鳴(どな)ればお民(たみ)は仰天(ぎやうてん)し
058晴(は)れたる空(そら)に霹靂(へきれき)の
059閃(ひらめ)く如(ごと)く胸(むね)打(う)たれ
060暫(しば)し言葉(ことば)もなかりける。
061お民(たみ)『お寅(とら)さま、062貴女(あなた)は今(いま)私(わたし)が蠑螈別(いもりわけ)さまに○○して居(ゐ)るやうに仰有(おつしや)いましたな、063それや大変(たいへん)な迷惑(めいわく)です、064そして魔我彦(まがひこ)さまと夫婦(めをと)になれと仰有(おつしや)いましたが、065それや本気(ほんき)ですか』
066お寅(とら)『本気(ほんき)でなくてこの眠(ねむ)たいのに、067誰(たれ)が態々(わざわざ)来(き)ませうか。068お前(まへ)の身魂(みたま)は玉則姫(たまのりひめ)さまと云(い)ふ事(こと)が、069御(ご)神勅(しんちよく)で分(わか)つたのだよ、070それだから一(いち)時(じ)も早(はや)く義理(ぎり)天上(てんじやう)日出(ひのでの)神(かみ)と夫婦(ふうふ)に致(いた)さねば、071神界(しんかい)の経綸(しぐみ)が後(おく)れるのだから勧(すす)めに来(き)たのだよ』
072お民(たみ)『藪(やぶ)から棒(ぼう)のやうなお言葉(ことば)、073早速(さつそく)に御(ご)返事(へんじ)が出来(でき)ませぬ。074どうか一(いつ)週間(しうかん)程(ほど)熟考(じゆくかう)の猶予(いうよ)を与(あた)へて下(くだ)さいませ。075さうすれば否(いや)とか、076応(おう)とか御(ご)返事(へんじ)致(いた)しますから』
077お寅(とら)『さてもさても歯切(はぎ)れのせぬお方(かた)ぢやな、078なぜ神(かみ)様(さま)の仰有(おつしや)る事(こと)を素直(すなほ)に聞(き)かないのだ。079十万(じふまん)億土(おくど)に落(おと)されても構(かま)はないのですか』
080お民(たみ)『どうなつても仕方(しかた)が無(な)いぢやありませぬか。081何程(なにほど)神(かみ)様(さま)の御(ご)命令(めいれい)だと言(い)つても自分(じぶん)の気(き)に合(あ)はない夫(をつと)をもつ事(こと)は一生(いつしやう)の不愉快(ふゆくわい)ですから、082何程(なにほど)神(かみ)様(さま)だつてそんな無理(むり)は仰有(おつしや)いますまい。083私(わたし)は女(をんな)としての人間(にんげん)を作(つく)つて、084その上(うへ)で夫(をつと)をもつ考(かんが)へですよ。085人形(にんぎやう)の家(いへ)になつては困(こま)りますからな。086ホヽヽヽヽ』
087お寅(とら)『随分(ずゐぶん)悪思想(あくしさう)に染(そま)つたものだねえ。088それだから今時(いまどき)の女(をんな)は仕方(しかた)が無(な)いと云(い)ふのだ、089そんな剛情(がうじやう)を張(は)るものぢやありませぬ。090「剛強(がうきやう)必(かなら)ず死(し)して仁義(じんぎ)王(わう)たり」と云(い)ふ事(こと)を知(し)つて居(ゐ)ますか、091女(をんな)と云(い)ふものは仁義(じんぎ)の心(こころ)が肝腎(かんじん)だよ、092剛強(がうきやう)なは男(をとこ)に欠(か)くべからざる特質(とくしつ)だ。093剛強(がうきやう)にして仁義(じんぎ)を保(たも)つのが男(をとこ)の中(なか)の男(をとこ)だよ、094女(をんな)に剛強(がうきやう)の必要(ひつえう)はない、095サア早(はや)く返答(へんたふ)して下(くだ)さい。096返答(へんたふ)のないのは矢張(やつぱ)り蠑螈別(いもりわけ)さまに野心(やしん)があるのだらう』
097お民(たみ)『エヽ何(なん)と仰有(おつしや)つて下(くだ)さつても、098女(をんな)の一生(いつしやう)の一大事(いちだいじ)ですから、099一(いつ)週間(しうかん)熟考(じゆくかう)の余地(よち)を与(あた)へて貰(もら)はなくては御(ご)返事(へんじ)は出来(でき)ませぬ』
100 お寅(とら)は不機嫌(ふきげん)な顔(かほ)をして雨戸(あまど)をガラガラビシヤンと閉(し)めながら、101一足(ひとあし)々々(ひとあし)四股(しこ)を踏(ふ)み庭(には)の小石(こいし)を蹴散(けち)らし跳(は)ね散(ちら)し、
102お寅(とら)『ど強太(しぶと)い阿魔(あま)ツチヨ奴(め)、103それ程(ほど)蠑螈別(いもりわけ)が欲(ほ)しいのか』
104と口汚(くちぎたな)く罵(ののし)りながら帰(かへ)つて往(ゆ)く。105後(あと)にお民(たみ)は独言(ひとりごと)、
106お民(たみ)『あゝ情(なさけ)ない、107一人前(いちにんまへ)の女(をんな)と生(うま)れながら背(せ)の低(ひく)い腰(こし)の屈(まが)つた瓢箪面(へうたんづら)の、108スカンピン男(をとこ)を夫(をつと)に持(も)てとは、109お寅(とら)さまも余(あんま)りだわ、110何程(なんぼ)神(かみ)様(さま)の命令(めいれい)だつてどうしてこんな事(こと)が承諾(きけ)ませうか、111私(わたし)もおたんちんだけれども、112矢張(やつぱ)り十人並(じふにんなみ)に勝(すぐ)れて居(ゐ)る心算(つもり)だ、113あんなケチナ魔我彦(まがひこ)の女房(にようばう)になる位(くらゐ)なら、114目(め)でもかんで死(し)んで仕舞(しま)つた方(はう)が何程(なにほど)気(き)が利(き)いて居(ゐ)るか、115分(わか)らないのだ。116何(なん)でまあ、117あんな男(をとこ)が副教主(ふくけうしゆ)になつて居(ゐ)るのだらう。118此処(ここ)の神(かみ)様(さま)は余程(よほど)悪戯(いたづら)がお好(す)きだと見(み)えるなあ、119私(わたし)がかうして此(この)お山(やま)に参詣(さんけい)するのも十中(じつちう)の九分(くぶ)迄(まで)は、120蠑螈別(いもりわけ)さまが……「暫(しばら)く待(ま)つて居(を)れ、121お寅(とら)の隠(かく)して居(ゐ)る一万(いちまん)両(りやう)の金(かね)さへ手(て)に入(い)らば、122お前(まへ)を連(つ)れて好(い)い所(ところ)へ往(い)つてやらう。123そして二人(ふたり)仲好(なかよ)う暮(くら)さう」と仰有(おつしや)つた御(ご)親切(しんせつ)のお言葉(ことば)を夢寐(むび)にも忘(わす)れた事(こと)はない、124それにまあ、125お寅(とら)さまとした事(こと)が、126魔我彦(まがひこ)さまを夫(をつと)にもてとは好(よ)うも好(よ)うもこのお民(たみ)を軽蔑(けいべつ)したものだ、127お寅(とら)さまは、128私(わたし)と蠑螈別(いもりわけ)さまが怪(あや)しいと思(おも)つて其(その)意気利(いきり)抜(ぬ)きのためにあんな事(こと)を云(い)つて来(き)たのだらう、129アタ阿呆(あはう)らしい、130玉則姫(たまのりひめ)の身魂(みたま)ぢやなんて、131そんなことにチヨロマカされるお民(たみ)ぢやありませぬ。132あゝもう嫌(いや)になつた。133何(なん)とかしてお月様(つきさま)がお出(で)ましになれば、134此処(ここ)を逃出(にげだ)さうかなあ、135今晩(こんばん)は二十一(にじふいち)日(にち)のお月様(つきさま)、136もうお上(あが)りなさるに間(ま)もあるまい、137あゝさうださうだ。138これから荷物(にもつ)を片付(かたづ)けて逃(に)げ出(だ)すのが上分別(じやうふんべつ)だ、139併(しか)し蠑螈別(いもりわけ)さまに一言(ひとこと)云(い)うて置(お)かねば後(あと)で何(なん)と不服(ふふく)云(い)はれても仕方(しかた)がない、140あゝ如何(どう)したらよからう、141大方(おほかた)今頃(いまごろ)はお酒(さけ)に酔(よ)つて寝(ね)て居(ゐ)らつしやるのだらう、142あゝ如何(どう)しようかなア』
143と独(ひと)り言(ご)ちつつ去就(きよしう)に迷(まよ)うて居(ゐ)る。
144 お寅(とら)は直様(すぐさま)松彦(まつひこ)や松姫(まつひめ)の館(やかた)を夜中(やちう)にも拘(かかは)らず叩(たた)き起(おこ)した。
145お寅(とら)『もし上義姫(じやうぎひめ)様(さま)、146一寸(ちよつと)起(お)きて下(くだ)さいますまいか』
147 上義姫(じやうぎひめ)は中(なか)より、
148松姫(まつひめ)『ハイまだ寝(やす)んで居(を)りませぬから、149サア何卒(どうぞ)お這入(はい)り下(くだ)さいませ、150甚(えら)う遅(おそ)いぢやありませぬか』
151お寅(とら)『這入(はい)つてお差支(さしつかへ)は厶(ござ)いませぬかな』
152松姫(まつひめ)『サアサアどうぞお構(かま)ひなく』
153と云(い)ひながら門口(もんぐち)をガラリと引(ひ)き開(あ)け、154お寅(とら)の手(て)を取(と)つて静(しづ)かに座敷(ざしき)に通(とほ)し、155夜風(よかぜ)を防(ふせ)ぐため再(ふたた)び庭(には)に下(お)りて門口(もんぐち)の戸(と)をピシヤリと閉(し)め、156土(つち)で捏(こ)ねた火鉢(ひばち)を前(まへ)におき、157二人(ふたり)は茲(ここ)に対座(たいざ)した。158隣室(りんしつ)には早(はや)くも松彦(まつひこ)お千代(ちよ)の鼾(いびき)が聞(きこ)えて居(ゐ)る。
159松姫(まつひめ)『お寅(とら)さま、160夜半(やはん)にお訪(たづ)ね下(くだ)さいましたのは、161何(なに)か急用(きふよう)でも起(おこ)つたのですかなア』
162お寅(とら)『ハイ、163実(じつ)の所(ところ)は魔我彦(まがひこ)の一件(いつけん)で厶(ござ)います、164彼(あれ)は今迄(いままで)義理(ぎり)天上(てんじやう)日出(ひのでの)神(かみ)の生宮(いきみや)と確(かた)く信(しん)じ副教祖(ふくけうそ)となつて御用(ごよう)を致(いた)して来(き)ましたが、165貴女(あなた)様(さま)に御(ご)主人(しゆじん)様(さま)があつた事(こと)が分(わか)り、166もはやスツカリと断念(だんねん)致(いた)しました。167それに就(つい)ては魔我彦(まがひこ)にも女房(にようばう)を持(も)たさねば、168はうけて仕舞(しま)ひます。169それで私(わたし)も気(き)を揉(も)んで衣掛村(きぬかけむら)から来(き)て居(ゐ)る信者(しんじや)のお民(たみ)の宿(やど)つて居(ゐ)る処(ところ)へ態々(わざわざ)押(お)しかけて参(まゐ)り「魔我彦(まがひこ)の女房(にようばう)になつてやつて呉(く)れ」と申(まを)しました所(ところ)、170スツタモンダと申(まを)し仲々(なかなか)承知(しようち)して呉(く)れませぬ、171一(いつ)週間(しうかん)熟考(じゆくかう)の暇(ひま)を与(あた)へて呉(く)れ、172其(その)上(うへ)で返答(へんたふ)するといふのだから、173腹(はら)がたつて仕方(しかた)がありませぬ。174グヅグヅして居(ゐ)ると、175蠑螈別(いもりわけ)さまを喰(く)はへて何処(どこ)に往(ゆ)くか分(わか)りませぬ。176それで一(ひと)つは蠑螈別(いもりわけ)の恋(こひ)の予防(よばう)のため、177一(ひと)つは魔我彦(まがひこ)を安心(あんしん)さすため一挙(いつきよ)両得(りやうとく)、178どうでせう、179貴方(あなた)の御(ご)神徳(しんとく)と権威(けんゐ)とをもつてお民(たみ)を説(と)きつけて頂(いただ)く訳(わけ)には参(まゐ)りますまいか』
180松姫(まつひめ)『左様(さやう)で厶(ござ)いますか、181それや実際(じつさい)にさう往(ゆ)けば好都合(かうつがふ)ですな、182併(しか)し乍(なが)ら幸(さいは)ひ末代(まつだい)日(ひ)の王天(わうてん)の大神(おほかみ)様(さま)がお越(こ)し遊(あそ)ばしたのだから、183とつくりと伺(うかが)つた上(うへ)で話(はな)せなら話(はな)しても見(み)ませう。184今夜(こんや)に何(ど)うと云(い)ふ事(こと)も厶(ござ)いますまいから、185明日(みやうにち)でも悠(ゆつく)り懸(か)け合(あ)つて見(み)ませう』
186お寅(とら)『イエイエそんなまどろしい事(こと)ではいけませぬ。187実(じつ)の所(ところ)は今夜(こんや)の中(うち)に何(ど)つちか極(き)めて仕舞(しま)ひたいのです』
188とかく話(はな)す内(うち)にお菊(きく)と魔我彦(まがひこ)がやつて来(き)て、
189お菊(きく)『ご免(めん)なさい、190お母(かあ)さまは来(き)て居(を)られますかな』
191 戸(と)の中(なか)からお寅(とら)は、
192お寅(とら)『その声(こゑ)はお菊(きく)ぢやないか、193女(をんな)の子(こ)が夜分(やぶん)に独(ひと)り歩(ある)くものぢやないと云(い)うておくのに、194云(い)ふ事(こと)を聞(き)かぬ子(こ)ぢやな』
195お菊(きく)『お母(か)アさま、196魔我(まが)ヤンと一緒(いつしよ)に来(き)たのだよ、197あの腰(こし)の屈(まが)つた魔我(まが)ヤンと』
198お寅(とら)『魔我(まが)ヤン、199お前(まへ)は蠑螈別(いもりわけ)さまの番犬(ばんけん)に頼(たの)んでおいたぢやないか、200何(なに)しにこんな所(ところ)へ来(き)たのだ、201このお寅(とら)はお前(まへ)の縁談(えんだん)を取結(とりむす)んでやらうと思(おも)つてこの遅(おそ)いのにお民(たみ)の部屋(へや)へいつたり、202松姫(まつひめ)さまのお室(へや)に来(き)たりして心配(しんぱい)して居(ゐ)るのだ。203サア早(はや)く家(うち)へ帰(かへ)つて蠑螈別(いもりわけ)さまの番犬(ばんけん)をしてお呉(く)れ、204お前(まへ)さへ居(を)ればお民(たみ)が来(き)たつて大丈夫(だいぢやうぶ)だから』
205魔我(まが)『そんならお寅(とら)さま、206これから番犬(ばんけん)を勤(つと)めますわ、207併(しか)しお菊(きく)さまだけは、208貴女(あなた)のお傍(そば)に置(お)いて往(ゆ)きますからな』
209お寅(とら)『仕方(しかた)がない、210そんならお菊(きく)、211這入(はい)らして貰(もら)ひなさい』
212お菊(きく)『おばさま御免(ごめん)』
213と云(い)ひながら、214自分(じぶん)から戸(と)を開(あ)け、215又(また)締(し)め、216松姫(まつひめ)、217お寅(とら)の横(よこ)にチヨコナンと坐(すわ)つて居(ゐ)る。218魔我彦(まがひこ)は、219松姫(まつひめ)、220お寅(とら)の話(はなし)が気(き)にかかつて堪(たま)らず、221壁(かべ)の外(そと)に耳(みみ)を当(あ)て二人(ふたり)の談話(だんわ)を盗(ぬす)み聞(ぎ)きして居(ゐ)る。222凩(こがらし)がもつて来(く)るマバラの雪(ゆき)、223チラチラと魔我彦(まがひこ)の頬(ほほ)をなめて通(とほ)る。
224(大正一一・一二・一三 旧一〇・二五 加藤明子録)
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