霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
×
設定
URL:
印刷用画面を開く [?]プリント専用のシンプルな画面が開きます。文章の途中から印刷したい場合は、文頭にしたい位置のアンカーをクリックしてから開いて下さい。[×閉じる]
話者名の追加表示 [?]セリフの前に話者名が記していない場合、誰がしゃべっているセリフなのか分からなくなってしまう場合があります。底本にはありませんが、話者名を追加して表示します。[×閉じる]
表示できる章
テキストのタイプ [?]ルビを表示させたまま文字列を選択してコピー&ペーストすると、ブラウザによってはルビも一緒にコピーされてしまい、ブログ等に引用するのに手間がかかります。そんな時には「コピー用のテキスト」に変更して下さい。ルビも脚注もない、ベタなテキストが表示され、きれいにコピーできます。[×閉じる]

文字サイズ
行間
ルビの表示


アンカーの表示 [?]本文中に挿入している3~4桁の数字がアンカーです。原則として句読点ごとに付けており、標準設定では本文の左端に表示させています。クリックするとその位置から表示されます(URLの#の後ろに付ける場合は数字の頭に「a」を付けて下さい)。長いテキストをスクロールさせながら読んでいると、どこまで読んだのか分からなくなってしまう時がありますが、読んでいる位置を知るための目安にして下さい。目障りな場合は「表示しない」設定にして下さい。[×閉じる]


宣伝歌 [?]宣伝歌など七五調の歌は、底本ではたいてい二段組でレイアウトされています。しかしブラウザで読む場合には、二段組だと読みづらいので、標準設定では一段組に変更して(ただし二段目は分かるように一文字下げて)表示しています。お好みよって二段組に変更して下さい。[×閉じる]
脚注[※]用語解説 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

脚注[*]編集用 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

外字の外周色 [?]一般のフォントに存在しない文字は専用の外字フォントを使用しています。目立つようにその文字の外周の色を変えます。[×閉じる]
現在のページには外字は使われていません

表示がおかしくなったらリロードしたり、クッキーを削除してみて下さい。

第一章 聖言(せいげん)〔一二五五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第48巻 舎身活躍 亥の巻 篇:第1篇 変現乱痴 よみ(新仮名遣い):へんげんらんち
章:第1章 聖言 よみ(新仮名遣い):せいげん 通し章番号:1255
口述日:1923(大正12)年01月12日(旧11月26日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年10月25日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
宇宙には霊界と現界の二つの区界がある。霊界には、高天原と根底の国の両方面がある。この両方面の中間に介在する一つの界があって、これを中有界または精霊界という。
現界に昼夜・寒暑の区別があるのは、霊界に天界と地獄界があることに比べられる。人間は霊界の直接または間接内流を受け、自然界の物質すなわち剛柔流の三大元質によって肉体を造られ、肉体に精霊が宿っている。精霊は、人間自身であり、体は精霊の居宅に過ぎない。
霊なるものは、神の神格である愛の善と信の真から形成された一個体である。人間は一方に愛信の想念があり、一方には身体を発育し現実界に生き働くための体欲がある。この体欲も愛から来ている。
しかし体に対する愛は自愛である。神より直接来る愛は神愛といい、神を愛し万物を愛する普遍愛である。人間は肉体のある限り、自愛も必要欠くべからざるものである。それと共に、本源にさかのぼって真の愛に帰正しなくてはならない。
精霊は善悪両方面を抱持している。人間は霊的動物であると共に、体的動物でもある。精霊はあるいは向上して天人となり、あるいは堕落して地獄の邪鬼となる。人間は善悪正邪の分水嶺に立っているものである。
たいていの人間は、神界より見れば精霊界に彷徨している。精霊の善なるものを正守護神といい、悪なるものを副守護神という。正守護神は神格の直接内流を受け、人身を機関として天国の御用に奉仕すべく神より造られたものである。正守護神をよく統制し得ることができれば、一躍本守護神となって天人の列に加わるものである。
悪霊すなわち副守護神に圧倒され、使役される卑怯な精霊となるときは、精霊自らも地獄界へ落とされてしまうのである。
悪霊は、自然界にける自愛、すなわち外部から入り来たる諸々の悪と虚偽によって、形作られるものである。悪霊に心身を占領された者を体主霊従の人間という。現代の人間は精霊界、または地獄界に籍をおいているものが大多数を占めている。
現代の学者は、霊的事物を覚知せずに宇宙の真相を究めようとしている。これを体主霊従的研究という。大本神諭に途中の鼻高とあるのは、天国自国の中途である精霊界に迷っている盲どものことを言っているのである。
まず現代の学者は霊的事物の存在を認め、神の直接内流によって真の善を知り、信の真を覚る糸口を捕捉しなくてはならない。自然界にあって自然的事物の科学的研究をどこまで進めても解決がつかないような知識では、霊界の門内に一歩でも踏み入ることさえできるはずがない。
現界の研究さえまだ門戸に達していない学者どもが、霊界のことにくちばしを入れて瑞月を審神者しようとするのだから、実に滑稽である。この『霊界物語』も、これを読む人々の智慧証覚の度合いによって、神霊に感応する程度に幾多の差が生じるのはやむを得ないのである。
宇宙の真理は開闢の始めより億兆万年の末に至るまで、決して微塵の変化もない。これに対する人間の智慧証覚の賢愚の度によって、種々雑多に映じるのである。
霊界に通じる唯一の方法として、鎮魂帰神という神術がある。人間の精霊が直接、大元神すなわち主の神に向かい、神格の内流を受け、大神と和合する状態を帰神というのである。それゆえ、帰神は予言者としてもっとも必要な霊界真相の伝達者である。
次に大神の御神格に照らされ、智慧証覚を受けて霊国のエンゼルとなった天人が人間の精霊に降り来たり、神界の消息を人間界に伝達することを神懸という。これを神格の間接内流ともいう。予言者を求めてその精霊を充たすのである。
悪霊または副守護神が外部から人間の肉体に侵入し、罪悪と虚偽を行う状態を、神憑という。偽予言者、贋救世主などは、この副守のささやきを自ら深く信じ、憑霊を貴き神と信じている。神憑は、現界の人間の善霊と肉体を亡ぼそうと謀るものである。
ゆえに霊界の研究者は霊媒の平素の人格についてよく研究をめぐらし、その心性を十二分に探査したうえでなくてはならない。好奇心にかられて不真面目な研究をするようなことでは、学者自身が中有界はおろか、地獄道に陥落するにいたってしまうことになる。
帰神も神懸も神憑もひとくくりに神がかりというが、その間には非常に尊卑のへだたりがあることを悟らなければならない。
大本開祖の帰神では、開祖はいつも神様が前額から肉体におはいりになられるといわれていた。前額部は高天原の最後部に相応する至聖所である。畏れ多くも口述者は審神者として開祖を永年間注目し、ついに大神の聖霊に充たされ給う地上唯一の大予言者であることを覚り得たのである。
また、高天原には霊国と天国の二大区別がある。霊国の天人を説明の便宜上、霊的天人と呼び、天国の天人を天的天人として説明を加えようと思う。
霊的天人から来る間接内流は、人間の肉体の各方面から感じ来たり、頭脳に流入する。前額およびこめかみから、大脳の所在全部にいたるまでを集合点とする。この局部は霊国の智慧に相応する。天的天人からの間接内流は、後脳すなわち耳より始まり、頸部全体に流入する。この局部は証覚に相応するからである。
天人が人間と言葉を交えるときは、人間の想念中に入り来るものである。天人と語り合う者は、高天原の光によってそこにある事物を見ることができる。しかして天人はこの人の内分を通じて地上の事物を見ることができる。
天界の天人は人間の内分によって世間の事物と和合し、世間は天界と和合する。これを現幽一致、霊肉不二、明暗一体という。
大神が霊界の消息や意志を現界人に対して告示するとき、まずおのが化相をもって精霊を充たし、この充たされた精霊を予言者の体に遣わし給う。この精霊は、大神の霊徳に充ちてその言葉を予言者に伝える。
これらの言葉は大神より直接に出て来た聖言であるので、一々確乎不易にして神格によって充たされているものである。しかし人間は何事も自然的、科学的意義にしたがって聖言を解釈しようとするゆえに、懐疑心をますばかりで解決がつかない。ここにおいて大神は、瑞霊を世に降して直接の予言者が伝達した聖言を詳細に解説せしめ、現界人を教え導こうとなし給うたのである。
大神の御神格が予言者を充たして聖言を伝達し終わると、大神は天に帰り給う。すると予言者の神格はにわかに劣り、言うことは明晰を欠くようになる。そこで予言者は、自分はやはり精霊であり、聖言は大神から言わしめ給うたことを知覚し承認するに至る。大本開祖は、万民のために伝達の役を勤めていたことをよく承認していられたのである。
開祖に帰神し給うたのは大元神大国治立尊様である。その精霊は、稚姫君命と国武彦命であった。天人は開祖によって示された聖言を直ちに理解することができるが、現界人には容易に通じない。それゆえ、聖言を細かく説いて諭す伝達者として、瑞の御魂の大神の神格に充たされた精霊が変性女子の肉体に来たり、地上の天人として神業に参加せしめられた。
その詳細な説明をもってしても疑念をさしはさみ研究的態度に出ようとする者もある。されど神は至仁至愛にましますので、かくのごとき難物をも種々に身を変じ給いてその精霊を救おうと昼夜御心を悩ませ給いつつある。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-10-13 01:14:34 文字数:6466 OBC :rm4801
愛善世界社版:7頁 八幡書店版:第8輯 589頁 修補版: 校定版:7頁 普及版:3頁 初版: ページ備考:
001 宇宙(うちう)には霊界(れいかい)と現界(げんかい)との二(ふた)つの区界(くかい)がある。002而(しか)して霊界(れいかい)には又(また)高天原(たかあまはら)と根底(ねそこ)の国(くに)との両方面(りやうはうめん)があり、003此(この)両方面(りやうはうめん)の中間(ちうかん)に介在(かいざい)する一(ひと)つの界(かい)があつて、004これを中有界(ちううかい)又(また)は精霊界(せいれいかい)と云(い)ふのである。005又(また)現界(げんかい)一名(いちめい)自然界(しぜんかい)には昼夜(ちうや)の区別(くべつ)があり寒暑(かんしよ)の区別(くべつ)があるのは、006恰(あだか)も霊界(れいかい)に天界(てんかい)と地獄界(ぢごくかい)とあるに比(ひ)すべきものである。007人間(にんげん)は霊界(れいかい)の直接(ちよくせつ)又(また)は間接(かんせつ)内流(ないりう)を受(う)け、008自然界(しぜんかい)の物質(ぶつしつ)即(すなは)ち剛柔流(がうじうりう)の三大(さんだい)元質(げんしつ)によつて、009肉体(にくたい)なるものを造(つく)られ、010此(この)肉体(にくたい)を宿(やど)として、011精霊(せいれい)之(これ)に宿(やど)るものである。012其(その)精霊(せいれい)は即(すなは)ち人間(にんげん)自身(じしん)なのである。013要(えう)するに人間(にんげん)の躯殻(くかく)は精霊(せいれい)の居宅(きよたく)に過(す)ぎないのである。014此(この)原理(げんり)を霊主(れいしゆ)体従(たいじう)といふのである。015霊(れい)なるものは神(かみ)の神格(しんかく)なる愛(あい)の善(ぜん)と信(しん)の真(しん)より形成(けいせい)されたる一個体(いちこたい)である。016而(しか)して人間(にんげん)には一方(いつぱう)に愛信(あいしん)の想念(さうねん)あると共(とも)に、017一方(いつぱう)には身体(しんたい)を発育(はついく)し現実界(げんじつかい)に生(い)き働(はたら)くべき体欲(たいよく)がある。018此(この)体欲(たいよく)は所謂(いはゆる)愛(あい)より来(きた)るのである。019併(しか)し体(たい)に対(たい)する愛(あい)は之(これ)を自愛(じあい)といふ。020神(かみ)より直接(ちよくせつ)に来(きた)る所(ところ)の愛(あい)は之(これ)を神愛(しんあい)といひ、021神(かみ)を愛(あい)し万物(ばんぶつ)を愛(あい)する、022所謂(いはゆる)普遍愛(ふへんあい)である。023又(また)自愛(じあい)は自己(じこ)を愛(あい)し、024自己(じこ)に必要(ひつえう)なる社会(しやくわい)的(てき)利益(りえき)を愛(あい)するものであつて、025之(これ)を自利心(じりしん)といふのである。026人間(にんげん)は肉体(にくたい)のある限(かぎ)り、027自愛(じあい)も又(また)必要(ひつえう)欠(か)くべからざるものであると共(とも)に、028人(ひと)は其(その)本源(ほんげん)に遡(さかのぼ)り、029どこ迄(まで)も真(しん)の神愛(しんあい)に帰正(きせい)しなくてはならぬのである。030要(えう)するに人間(にんげん)は霊界(れいかい)より見(み)れば即(すなは)ち精霊(せいれい)であつて、031此(この)精霊(せいれい)なるものは善悪(ぜんあく)両方面(りやうはうめん)を抱持(はうぢ)してゐる。032故(ゆゑ)に人間(にんげん)は霊的(れいてき)動物(どうぶつ)なると共(とも)に又(また)体的(たいてき)動物(どうぶつ)である。033精霊(せいれい)は或(あるひ)は向上(かうじやう)して天人(てんにん)となり、034或(あるひ)は堕落(だらく)して地獄(ぢごく)の邪鬼(じやき)となる、035善悪(ぜんあく)正邪(せいじや)の分水嶺(ぶんすゐれい)に立(た)つてゐるものである。036而(しか)して大抵(たいてい)の人間(にんげん)は神界(しんかい)より見(み)れば、037人間(にんげん)の肉体(にくたい)を宿(やど)として精霊界(せいれいかい)に彷徨(はうくわう)してゐるものである。038而(しか)して精霊(せいれい)の善(ぜん)なるものを正(せい)守護神(しゆごじん)といひ、039悪(あく)なるものを副(ふく)守護神(しゆごじん)と云(い)ふ。040正(せい)守護神(しゆごじん)は神格(しんかく)の直接(ちよくせつ)内流(ないりう)を受(う)け、041人身(じんしん)を機関(きくわん)として天国(てんごく)の目的(もくてき)即(すなは)ち御用(ごよう)に奉仕(ほうし)すべく神(かみ)より造(つく)られたもので、042此(この)正(せい)守護神(しゆごじん)は副(ふく)守護神(しゆごじん)なる悪霊(あくれい)に犯(をか)されず、043よく之(これ)を統制(とうせい)し得(う)るに至(いた)れば、044一躍(いちやく)して本(ほん)守護神(しゆごじん)となり天人(てんにん)の列(れつ)に加(くは)はるものである。045又(また)悪霊(あくれい)即(すなは)ち副(ふく)守護神(しゆごじん)に圧倒(あつたふ)され、046彼(かれ)が頤使(いし)に甘(あま)んずる如(ごと)き卑怯(ひけふ)なる精霊(せいれい)となる時(とき)は、047精霊(せいれい)自(みづか)らも地獄界(ぢごくかい)へ共々(ともども)におとされて了(しま)ふのである。048此(この)時(とき)は殆(ほとん)ど善(ぜん)の精霊(せいれい)は悪霊(あくれい)に併合(へいがふ)され、049副(ふく)守護神(しゆごじん)のみ我物顔(わがものがほ)に跋扈(ばつこ)跳梁(てうりやう)するに至(いた)るものである。050そして此(この)悪霊(あくれい)は自然界(しぜんかい)に於(お)ける自愛(じあい)の最(もつと)も強(つよ)きもの即(すなは)ち外部(ぐわいぶ)より入(い)り来(きた)る諸々(もろもろ)の悪(あく)と虚偽(きよぎ)に依(よ)つて、051形作(かたちづく)られるものである。052かくの如(ごと)き悪霊(あくれい)に心身(しんしん)を占領(せんりやう)された者(もの)を称(しよう)して、053体主(たいしゆ)霊従(れいじう)の人間(にんげん)といふのである。054又(また)善霊(ぜんれい)も悪霊(あくれい)も皆(みな)之(これ)を一括(いつくわつ)して精霊(せいれい)といふ。055現代(げんだい)の人間(にんげん)は百(ひやく)人(にん)が殆(ほとん)ど百(ひやく)人(にん)迄(まで)、056本(ほん)守護神(しゆごじん)たる天人(てんにん)の情態(じやうたい)なく、057何(いづ)れも精霊界(せいれいかい)に籍(せき)をおき、058そして精霊界(せいれいかい)の中(なか)でも外分(ぐわいぶん)のみ開(ひら)けてゐる、059地獄界(ぢごくかい)に籍(せき)をおく者(もの)、060大多数(だいたすう)を占(し)めてゐるのである。061又(また)今日(こんにち)のすべての学者(がくしや)は宇宙(うちう)の一切(いつさい)を解釈(かいしやく)せむとして非常(ひじやう)に頭脳(づなう)をなやませ、062研究(けんきう)に研究(けんきう)を重(かさ)ねてゐるが、063彼(かれ)等(ら)は霊的(れいてき)事物(じぶつ)の何物(なにもの)たるを知(し)らず、064又(また)霊界(れいかい)の存在(そんざい)をも覚知(かくち)せない癲狂(てんきやう)痴呆(ちはう)的(てき)態度(たいど)を以(もつ)て、065宇宙(うちう)の真相(しんさう)を究(きは)めむとしてゐる。066之(これ)を称(しよう)して体主(たいしゆ)霊従(れいじう)的(てき)研究(けんきう)といふ。067甚(はなは)だしきは体主(たいしゆ)体従(たいじゆう)的(てき)研究(けんきう)に堕(だ)して居(ゐ)るものが多(おほ)い。068何(いづ)れも『大本(おほもと)神諭(しんゆ)』にある通(とほ)り、069暗(くら)がりの世(よ)、070夜(よる)の守護(しゆご)の副(ふく)守護神(しゆごじん)ばかりである。071途中(とちう)の鼻高(はなだか)と書(か)いてあるのは、072所謂(いはゆる)天国(てんごく)地獄(ぢごく)の中途(ちうと)にある精霊界(せいれいかい)に迷(まよ)うてゐる盲(めくら)共(ども)のことである。
073 すべて宇宙(うちう)には霊界(れいかい)、074現界(げんかい)の区別(くべつ)ある以上(いじやう)は、075到底(たうてい)一方(いつぱう)のみにて其(その)真相(しんさう)を知(し)ることは出来(でき)ない。076自然界(しぜんかい)の理法(りはふ)に基(もとづ)く所謂(いはゆる)科学(くわがく)的(てき)知識(ちしき)を以(もつ)て、077無限(むげん)絶対(ぜつたい)無始(むし)無終(むしう)、078不可知(ふかち)不可測(ふかそく)の霊界(れいかい)の真相(しんさう)を探(さぐ)らむとするは、079実(じつ)に迂愚(うぐ)癲狂(てんきやう)も甚(はなはだ)しといはねばならぬ。080先(ま)づ現代(げんだい)の学者(がくしや)はその頭脳(づなう)の改造(かいざう)をなし、081霊的(れいてき)事物(じぶつ)の存在(そんざい)を少(すこ)しなりとも認(みと)め、082神(かみ)の直接(ちよくせつ)内流(ないりう)に依(よ)つて真(しん)の善(ぜん)を知(し)り、083真(しん)の真(しん)を覚(さと)るべき糸口(いとぐち)を捕捉(ほそく)せなくては、084黄河(くわうが)百(ひやく)年(ねん)の河清(かせい)をまつやうなものである。085今日(こんにち)の如(ごと)き学者(がくしや)の態度(たいど)にては、086仮令(たとへ)幾(いく)百万(ひやくまん)年(ねん)努力(どりよく)するとも、087到底(たうてい)其(その)目的(もくてき)は達(たつ)することを得(え)ないのである。088夏(なつ)の虫(むし)が冬(ふゆ)の雪(ゆき)を信(しん)ぜない如(ごと)く、089今日(こんにち)の学者(がくしや)は其(その)智(ち)暗(くら)く其(その)識(しき)浅(あさ)く、090且(かつ)驕慢(けうまん)にして自尊心(じそんしん)強(つよ)く、091何事(なにごと)も自己(じこ)の知識(ちしき)を以(もつ)て、092宇宙(うちう)一切(いつさい)の解決(かいけつ)がつくやうに、093否(いな)殆(ほとん)どついたものの様(やう)に思(おも)つてゐるから、094実(じつ)にお目出度(めでた)いといはねばならぬのである。095天体(てんたい)の運行(うんかう)や大地(だいち)の自転(じてん)運動(うんどう)や、096月(つき)の循行(じゆんかう)、097寒熱(かんねつ)の原理(げんり)等(など)に就(つ)いても、098未(ま)だ一(いつ)として其(その)真(しん)を得(え)たものは見当(みあた)らない。099徹頭(てつとう)徹尾(てつび)、100矛盾(むじゆん)と撞着(どうちやく)と、101昏迷(こんめい)惑乱(わくらん)とに充(み)たされ、102暗黒(あんこく)無明(むみやう)の域(ゐき)に彷徨(はうくわう)し、103太陽(たいやう)の光明(くわうみやう)に反(そむ)き、104僅(わづ)かに陰府(いんぷ)の鬼火(おにび)の影(かげ)を認(みと)めて、105大発明(だいはつめい)でもしたやうに騒(さわ)ぎまはつてゐるその浅(あさ)ましさ、106少(すこ)しでも証覚(しようかく)の開(ひら)けたものの目(め)より見(み)る時(とき)は、107実(じつ)に妖怪(えうくわい)変化(へんげ)の夜行(やかう)する如(ごと)き状態(じやうたい)である。108現実界(げんじつかい)の尺度(しやくど)はすべて計算(けいさん)的(てき)知識(ちしき)によつて其(その)或(ある)程度(ていど)までは考察(かうさつ)し得(え)られるであらう。109併(しか)し何程(なにほど)数学(すうがく)の大博士(だいはくし)と雖(いへど)も、110其(その)究極(きうきよく)する所(ところ)は、111到底(たうてい)割(わ)り切(き)れないのである。112例(たと)へば十(じふ)を三分(さんぶん)し、113順(じゆん)を追(お)うて、114追々(おひおひ)細分(さいぶん)し行(ゆ)く時(とき)は、115其(その)究極(きうきよく)する所(ところ)は、116ヤハリ細微(さいび)なる一(いち)といふものが残(のこ)る。117此(この)一(いち)は何程(なにほど)鯱矛立(しやちほこだち)になつて研究(けんきう)しても到底(たうてい)能(あた)はざる所(ところ)である。118自然界(しぜんかい)にあつて自然(しぜん)的(てき)事物(じぶつ)即(すなは)ち科学(くわがく)的(てき)研究(けんきう)をどこ迄(まで)進(すす)めても、119解決(かいけつ)がつかないやうな愚鈍(ぐどん)な暗冥(あんめい)な知識(ちしき)を以(もつ)て、120焉(いづく)んぞ霊界(れいかい)の消息(せうそく)門内(もんない)に一歩(いつぽ)たりとも踏(ふ)み入(い)ることが出来(でき)ようか。121口述者(こうじゆつしや)が霊界(れいかい)より大神(おほかみ)の愛善(あいぜん)と信真(しんしん)より成(な)れる神格(しんかく)の直接(ちよくせつ)内流(ないりう)や其(その)他(た)諸天使(しよてんし)の間接(かんせつ)内流(ないりう)に仍(よ)つて、122暗迷(あんめい)愚昧(ぐまい)なる現界人(げんかいじん)に対(たい)し、123霊界(れいかい)の消息(せうそく)を洩(も)らすのは、124何(なん)だか豚(ぶた)に真珠(しんじゆ)を与(あた)ふる様(やう)な心持(こころもち)がする。125かく言(い)へば瑞月(ずゐげつ)は癲狂者(てんきやうしや)或(あるひ)は誇大(こだい)妄想狂(まうさうきやう)として、126一笑(いつせう)に附(ふ)するであらう。127併(しか)し乍(なが)ら自分(じぶん)の目(め)より見(み)れば、128現代(げんだい)の学者(がくしや)位(くらゐ)始末(しまつ)の悪(わる)い、129分(わか)らずやはないと思(おも)ふ。130プラス、131マイナスを唯一(ゆゐいつ)の武器(ぶき)として、132絣(かすり)や金米糖(こんぺいたう)を描(ゑが)き、133現界(げんかい)の研究(けんきう)さへも未(ま)だ其(その)門戸(もんこ)に達(たつ)してゐない自称(じしよう)学者(がくしや)が、134霊界(れいかい)のことに嘴(くちばし)を容(い)れて審神者(さには)をしようとするのだから、135実(じつ)に滑稽(こつけい)である。136故(ゆゑ)に此(この)『霊界(れいかい)物語(ものがたり)』も之(これ)を読(よ)む人々(ひとびと)の智慧(ちゑ)証覚(しようかく)の度合(どあひ)の如何(いかん)によつて、137其(その)神霊(しんれい)の感応(かんのう)に応(おう)ずる程度(ていど)に、138幾多(いくた)の差等(さとう)が生(しやう)ずるのは已(や)むを得(え)ないのである。
139 宇宙(うちう)の真理(しんり)は開闢(かいびやく)の始(はじ)めより、140億兆万(おくてうまん)年(ねん)の末(すゑ)に至(いた)るも、141決(けつ)して微塵(みじん)の変化(へんくわ)もないものである。142併(しか)し乍(なが)ら之(これ)に相対(あひたい)する人間(にんげん)の智慧(ちゑ)証覚(しようかく)の賢愚(けんぐ)の度(ど)によつて、143種々(しゆじゆ)雑多(ざつた)に映(えい)ずるのであつて、144つまり其(その)変化(へんくわ)は真理(しんり)そのものにあらずして、145人間(にんげん)の知識(ちしき)そのものにあることを知(し)らねばならぬのである。146もし現代(げんだい)の人間(にんげん)が大神(おほかみ)の直接(ちよくせつ)統治(とうち)し給(たま)ふ天界(てんかい)の団体(だんたい)に籍(せき)をおき、147天人(てんにん)の列(れつ)に加(くは)はることを得(え)たならば、148現代(げんだい)の学者(がくしや)の如(ごと)く無性(むしやう)矢鱈(やたら)に頭脳(づなう)を悩(なや)まし、149心臓(しんざう)を痛(いた)め肺臓(はいざう)を破(やぶ)り、150神経(しんけい)衰弱(すゐじやく)を来(きた)さなくても、151容易(ようい)に明瞭(めいれう)に宇宙(うちう)の組織(そしき)紋理(もんり)が判知(はんち)さるるのである。
152 憎(にく)まれ口(ぐち)はここらでお預(あづ)かりとして、153改(あらた)めて本題(ほんだい)に移(うつ)ることとする。154茲(ここ)に霊界(れいかい)に通(つう)ずる唯一(ゆゐいつ)の方法(はうはふ)として、155鎮魂(ちんこん)帰神(きしん)なる神術(かむわざ)がある。156而(しか)して人間(にんげん)の精霊(せいれい)が直接(ちよくせつ)大元神(だいげんしん)即(すなは)ち主(す)の神(かみ)(又(また)は大神(おほかみ)といふ)に向(むか)つて神格(しんかく)の内流(ないりう)を受(う)け、157大神(おほかみ)と和合(わがふ)する状態(じやうたい)を帰神(きしん)といふのである。158帰神(きしん)とは、159我(わが)精霊(せいれい)の本源(ほんげん)なる大神(おほかみ)の御(ご)神格(しんかく)に帰一(きいつ)和合(わがふ)するの謂(いひ)である。160故(ゆゑ)に帰神(きしん)は大神(おほかみ)の直接(ちよくせつ)内流(ないりう)を受(う)くるに依(よ)つて、161予言者(よげんしや)として最(もつと)も必要(ひつえう)なる霊界(れいかい)真相(しんさう)の伝達者(でんたつしや)である。
162 次(つぎ)に大神(おほかみ)の御(ご)神格(しんかく)に照(て)らされ、163知慧(ちゑ)証覚(しようかく)を得(え)、164霊国(れいごく)に在(あ)つてエンゼルの地位(ちゐ)に進(すす)んだ天人(てんにん)が、165人間(にんげん)の精霊(せいれい)に降(くだ)り来(きた)り、166神界(しんかい)の消息(せうそく)を人間界(にんげんかい)に伝達(でんたつ)するのを神懸(しんけん)といふ。167又(また)之(これ)を神格(しんかく)の間接(かんせつ)内流(ないりう)とも云(い)ふ。168之(これ)も亦(また)予言者(よげんしや)を求(もと)めて其(その)精霊(せいれい)を充(み)たし、169神界(しんかい)の消息(せうそく)を或(ある)程度(ていど)まで人間界(にんげんかい)に伝達(でんたつ)するものである。
170 次(つぎ)に、171外部(ぐわいぶ)より人間(にんげん)の肉体(にくたい)に侵入(しんにふ)し、172罪悪(ざいあく)と虚偽(きよぎ)を行(おこな)ふ所(ところ)の邪霊(じやれい)がある。173之(これ)を悪霊(あくれい)又(また)は副(ふく)守護神(しゆごじん)といふ。174此(この)情態(じやうたい)を称(しよう)して神憑(しんぴよう)といふ。
175 すべての偽(にせ)予言者(よげんしや)、176贋(にせ)救世主(きうせいしゆ)などは、177此(この)副守(ふくしゆ)の囁(ささや)きを人間(にんげん)の精霊(せいれい)自(みづか)ら深(ふか)く信(しん)じ、178且(かつ)憑霊(ひようれい)自身(じしん)も貴(たふと)き神(かみ)と信(しん)じ、179其(その)説(と)き教(をし)へる所(ところ)も亦(また)神(かみ)の言葉(ことば)と、180自(みづか)ら自(みづか)らを信(しん)じてゐるものである。181すべてかくの如(ごと)き神憑(しんぴよう)は自愛(じあい)と世間愛(せけんあい)より来(きた)る凶霊(きようれい)であつて、182世人(せじん)を迷(まよ)はし且(か)つ大神(おほかみ)の神格(しんかく)を毀損(きそん)すること最(もつと)も甚(はなはだ)しきものである。183斯(かく)の如(ごと)き神憑(しんぴよう)はすべて地獄(ぢごく)の団体(だんたい)に籍(せき)をおき、184現界(げんかい)の人間(にんげん)をして、185其(その)善霊(ぜんれい)を亡(ほろ)ぼし且(かつ)肉体(にくたい)をも亡(ほろ)ぼさむことを謀(はか)るものである。186近来(きんらい)天眼通(てんがんつう)とか千里眼(せんりがん)とか、187或(あるひ)は交霊術(かうれいじゆつ)の達人(たつじん)とか称(しよう)する者(もの)は、188何(いづ)れも此(この)地獄界(ぢごくかい)に籍(せき)をおける副(ふく)守護神(しゆごじん)の所為(しよゐ)である。189泰西(たいせい)諸国(しよこく)に於(おい)ては今日(こんにち)漸(やうや)く、190現界(げんかい)以外(いぐわい)に霊界(れいかい)の在(あ)ることを、191霊媒(れいばい)を通(つう)じて稍(やや)覚(さと)り始(はじ)めたやうであるが、192併(しか)し此(この)研究(けんきう)は余程(よほど)進(すす)んだ者(もの)でも、193精霊界(せいれいかい)へ一歩(いつぽ)踏(ふ)み入(い)れた位(くらゐ)な程度(ていど)のもので、194到底(たうてい)天国(てんごく)の消息(せうそく)は夢想(むさう)だにも窺(うかが)ひ得(え)ざる所(ところ)である。195偶(たま)には最下層(さいかそう)天国(てんごく)の一部(いちぶ)の光明(くわうみやう)を遠方(ゑんぱう)の方(はう)から眺(なが)めて、196臆測(おくそく)を下(くだ)した霊媒者(れいばいしや)も少(すこ)しは現(あら)はれてゐる様(やう)である。197霊界(れいかい)の真相(しんさう)を充分(じうぶん)とは行(ゆ)かずとも、198相当(さうたう)に究(きは)めた上(うへ)でなくては、199妄(みだ)りに之(これ)を人間界(にんげんかい)に伝達(でんたつ)するのは却(かへつ)て頑迷(ぐわんめい)無智(むち)なる人間(にんげん)をして、200益々(ますます)疑惑(ぎわく)の念(ねん)を増(ま)さしむる様(やう)なものである。201故(ゆゑ)に霊界(れいかい)の研究者(けんきうしや)は最(もつと)も霊媒(れいばい)の平素(へいそ)の人格(じんかく)に就(つい)てよく研究(けんきう)をめぐらし、202其(その)心性(しんせい)を十二分(じふにぶん)に探査(たんさ)した上(うへ)でなくては、203好奇心(かうきしん)にかられて、204不真面目(ふまじめ)な研究(けんきう)をするやうな事(こと)では、205学者(がくしや)自身(じしん)が中有界(ちううかい)は愚(おろ)か、206地獄道(ぢごくだう)に陥落(かんらく)するに至(いた)ることは想念(さうねん)の情動(じやうどう)上(じやう)已(や)むを得(え)ない所(ところ)である。
207 さて帰神(きしん)も神懸(しんけん)も神憑(しんぴよう)も概括(がいくわつ)して神(かみ)がかりと称(とな)へてゐるが、208其(その)間(あひだ)に非常(ひじやう)の尊卑(そんぴ)の径庭(けいてい)ある事(こと)を覚(さと)らねばならぬのである。209大本(おほもと)開祖(かいそ)の帰神(きしん)情態(じやうたい)を口述者(こうじゆつしや)は前後(ぜんご)二十(にじふ)年間(ねんかん)、210側(かたはら)に在(あ)つて伺(うかが)ひ奉(たてまつ)つたことがある。211開祖(かいそ)は何時(いつ)も神(かみ)様(さま)が前額(ぜんがく)より肉体(にくたい)にお這入(はい)りになると云(い)はれて、212いつも前額部(ぜんがくぶ)を右手(めて)の拇指(おやゆび)で撫(な)でてゐられたことがある。213前額部(ぜんがくぶ)は高天原(たかあまはら)の最高部(さいかうぶ)に相応(さうおう)する至聖所(しせいしよ)であつて、214大神(おほかみ)の御(ご)神格(しんかく)の直接(ちよくせつ)内流(ないりう)は必(かなら)ず前額(ぜんがく)より始(はじ)まり、215遂(つひ)に顔面(がんめん)全部(ぜんぶ)に及(およ)ぶものである。216而(しか)して人(ひと)の前額(ぜんがく)は愛善(あいぜん)に相応(さうおう)し、217顔面(がんめん)は神格(しんかく)の内分(ないぶん)一切(いつさい)に相応(さうおう)するものである。218畏多(おそれおほ)くも口述者(こうじゆつしや)が開祖(かいそ)を審神者(さには)として永年間(ながねんかん)、219茲(ここ)に注目(ちゆうもく)し、220遂(つひ)に大神(おほかみ)の聖霊(せいれい)に充(み)たされ給(たま)ふ地上(ちじやう)唯一(ゆゐいつ)の大(だい)予言者(よげんしや)たることを覚(さと)り得(え)たのである。
221 それから又(また)高天原(たかあまはら)には霊国(れいごく)、222天国(てんごく)の二大(にだい)区別(くべつ)があつて、223霊国(れいごく)に住(す)める天人(てんにん)は之(これ)を説明(せつめい)の便宜(べんぎ)上(じやう)霊的(れいてき)天人(てんにん)といひ、224天国(てんごく)に住(す)める天人(てんにん)を天的(てんてき)天人(てんにん)といふことにして説明(せつめい)を加(くは)へようと思(おも)ふ。225乃(すなは)ち霊的(れいてき)天人(てんにん)より来(きた)る内流(ないりう)(間接(かんせつ)内流(ないりう))は人間(にんげん)肉体(にくたい)の各方面(かくはうめん)より感(かん)じ来(きた)り、226遂(つひ)に其(その)頭脳(づなう)の中(うち)に流入(りうにふ)するものである。227即(すなは)ち前額(ぜんがく)及(およ)び顳顬(こめかみ)より大脳(だいなう)の所在(しよざい)全部(ぜんぶ)に至(いた)る迄(まで)を集合点(しふがふてん)とする。228此(この)局部(きよくぶ)は霊国(れいごく)の智慧(ちゑ)に相応(さうおう)するが故(ゆゑ)である。229又(また)天的(てんてき)天人(てんにん)よりの内流(ないりう)(間接(かんせつ)内流(ないりう))は頭中(づちう)小脳(せうなう)の所在(しよざい)なる後脳(こうなう)といふ局部(きよくぶ)即(すなは)ち耳(みみ)より始(はじ)まつて頸部(けいぶ)全体(ぜんたい)にまで至(いた)る所(ところ)より流入(りうにふ)するものである、230即(すなは)ち此(この)局部(きよくぶ)は証覚(しようかく)に相応(さうおう)するが故(ゆゑ)である。
231 以上(いじやう)の天人(てんにん)が人間(にんげん)と言葉(ことば)を交(まじ)へる時(とき)に当(あた)り、232其(その)言(い)ふ所(ところ)は斯(かく)の如(ごと)くにして、233人間(にんげん)の想念中(さうねんちう)に入(い)り来(きた)るものである。234すべて天人(てんにん)と語(かた)り合(あ)ふ者(もの)は、235又(また)高天原(たかあまはら)の光(ひかり)によつて其処(そこ)にある事物(じぶつ)を見(み)ることを得(う)るものである。236そは其(その)人(ひと)の内分(ないぶん)(霊覚(れいかく))は此(この)光(ひかり)の中(なか)に包(つつ)まれてゐるからである。237而(しか)して天人(てんにん)は此(この)人(ひと)の内分(ないぶん)を通(つう)じて、238又(また)地上(ちじやう)の事物(じぶつ)を見(み)ることを得(う)るのである。239即(すなは)ち天人(てんにん)は人間(にんげん)の内分(ないぶん)によつて、240現実界(げんじつかい)を見(み)、241人間(にんげん)は天界(てんかい)の光(ひかり)に包(つつ)まれて、242天界(てんかい)に在(あ)るすべての事物(じぶつ)を見(み)ることが出来(でき)る。243天界(てんかい)の天人(てんにん)は人間(にんげん)の内分(ないぶん)によつて世間(せけん)の事物(じぶつ)と和合(わがふ)し、244世間(せけん)は又(また)天界(てんかい)と和合(わがふ)するに至(いた)るものである。245之(これ)を現幽(げんいう)一致(いつち)、246霊肉(れいにく)不二(ふじ)、247明暗(めいあん)一体(いつたい)といふのである。
248 大神(おほかみ)が予言者(よげんしや)と物語(ものがた)り給(たま)ふ時(とき)は、249太古(たいこ)即(すなは)ち神代(かみよ)の人間(にんげん)に於(お)けるが如(ごと)く、250其(その)内分(ないぶん)に流入(りうにふ)してこれと語(かた)り給(たま)ふことはない。251大神(おほかみ)は先(ま)づおのが化相(けさう)を以(もつ)て精霊(せいれい)を充(み)たし、252此(この)充(み)たされた精霊(せいれい)を予言者(よげんしや)の体(たい)に遣(つか)はし給(たま)ふのである。253故(ゆゑ)に此(この)精霊(せいれい)は大神(おほかみ)の霊徳(れいとく)に充(み)ちて其(その)言葉(ことば)を予言者(よげんしや)に伝(つた)ふるものである。254斯(かく)の如(ごと)き場合(ばあひ)は、255神格(しんかく)の流入(りうにふ)ではなくて伝達(でんたつ)といふべきものである。256伝達(でんたつ)とは霊界(れいかい)の消息(せうそく)や大神(おほかみ)の意思(いし)を現界人(げんかいじん)に対(たい)して告示(こくじ)する所為(しよゐ)を云(い)ふのである。
257 而(しか)して此(これ)等(ら)の言葉(ことば)は大神(おほかみ)より直接(ちよくせつ)に出(い)で来(きた)れる聖言(せいげん)なるを以(もつ)て、258一々(いちいち)万々(ばんばん)確乎(かくこ)不易(ふえき)にして、259神格(しんかく)にて充(み)たされてゐるものである。260而(しか)して其(その)聖言(せいげん)の裡(うち)には何(いづ)れも皆(みな)内義(ないぎ)なるものを含(ふく)んでゐる。261而(しか)して天界(てんかい)に在(あ)る天人(てんにん)は此(この)内義(ないぎ)を知悉(ちしつ)するには霊的(れいてき)及(およ)び天的(てんてき)意義(いぎ)を以(もつ)てするが故(ゆゑ)に、262直(ただち)に其(その)神意(しんい)を了解(れうかい)し得(う)れども、263人間(にんげん)は何事(なにごと)も自然(しぜん)的(てき)、264科学(くわがく)的(てき)意義(いぎ)に従(したが)つて其(その)聖言(せいげん)を解釈(かいしやく)せむとするが故(ゆゑ)に、265懐疑心(くわいぎしん)を増(ま)すばかりで到底(たうてい)満足(まんぞく)な解決(かいけつ)は付(つ)け得(え)ないのである。266茲(ここ)に於(おい)てか大神(おほかみ)は、267天界(てんかい)と世界(せかい)即(すなは)ち現幽(げんいう)一致(いつち)の目的(もくてき)を達成(たつせい)し、268神人(しんじん)和合(わがふ)の境(きやう)に立到(たちいた)らしめむとして、269瑞霊(ずゐれい)を世(よ)に降(くだ)し、270直接(ちよくせつ)の予言者(よげんしや)が伝達(でんたつ)したる聖言(せいげん)を詳細(しやうさい)に解説(かいせつ)せしめ、271現界人(げんかいじん)を教(をし)へ導(みちび)かむとなし給(たま)うたのである。
272 精霊(せいれい)は如何(いか)にして化相(けさう)によつて大神(おほかみ)より来(きた)る神格(しんかく)の充(み)たす所(ところ)となるかは、273今(いま)述(の)べた所(ところ)を見(み)て、274明(あきら)かに知(し)らるるであらう。275大神(おほかみ)の御(ご)神格(しんかく)に充(み)たされたる精霊(せいれい)は、276自分(じぶん)が大神(おほかみ)なることを信(しん)じ、277又(また)其(その)所言(しよげん)の神格(しんかく)より出(い)づることを知(し)るのみにして、278其(その)他(た)は一切(いつさい)知(し)らない。279而(しか)して其(その)精霊(せいれい)は言(い)ふべき所(ところ)を言(い)ひ尽(つく)す迄(まで)は、280自分(じぶん)は大神(おほかみ)であり、281自分(じぶん)の言(い)ふことは大神(おほかみ)の言(げん)であると固(かた)く信(しん)じ切(き)つてゐるけれども、282一旦(いつたん)其(その)使命(しめい)を果(はた)すに至(いた)れば、283大神(おほかみ)は天(てん)に復(かへ)り給(たま)ふが故(ゆゑ)に俄(にはか)に其(その)神格(しんかく)は劣(おと)り、284其(その)所言(しよげん)は余程(よほど)明晰(めいせき)を欠(か)くが故(ゆゑ)に、285そこに至(いた)つて、286自分(じぶん)はヤツパリ精霊(せいれい)であつたこと、287又(また)自分(じぶん)の所言(しよげん)は大神(おほかみ)より言(い)はしめ給(たま)うた事(こと)を知覚(ちかく)し、288承認(しようにん)するに至(いた)るものである。289大本(おほもと)開祖(かいそ)の如(ごと)きは始(はじ)めより大神(おほかみ)の直接(ちよくせつ)内流(ないりう)によつて、290神(かみ)の意思(いし)を伝(つた)へ居(を)ること及(およ)び自分(じぶん)の精霊(せいれい)が神格(しんかく)に充(み)たされて、291万民(ばんみん)の為(ため)に伝達(でんたつ)の役(やく)を勤(つと)めてゐたことを能(よ)く承認(しようにん)してゐられたのである。292其(その)証拠(しようこ)は『大本(おほもと)神諭(しんゆ)』の各所(かくしよ)に明確(めいかく)に記(しる)されてある。293今更(いまさら)ここに引用(いんよう)するの煩(はん)を省(はぶ)いておくから、294開祖(かいそ)の『神諭(しんゆ)』に就(つ)いて研究(けんきう)さるれば此(この)間(かん)の消息(せうそく)は明(あきら)かになることと信(しん)ずる。
295 開祖(かいそ)に直接(ちよくせつ)帰神(かむがかり)し給(たま)うたのは大元神(だいげんしん)大国治立(おほくにはるたちの)尊(みこと)様(さま)で、296其(その)精霊(せいれい)は、297稚姫君(わかひめぎみの)命(みこと)と国武彦(くにたけひこの)命(みこと)であつた。298故(ゆゑ)に『神諭(しんゆ)』の各所(かくしよ)に……此(この)世(よ)の先祖(せんぞ)の大神(おほかみ)が国武彦(くにたけひこの)命(みこと)と現(あら)はれて……とか又(また)は……稚姫君(わかひめぎみ)の身魂(みたま)と一(ひと)つになりて、299三千(さんぜん)世界(せかい)(現幽神(げんいうしん)三界(さんかい))の一切(いつさい)の事(こと)を、300世界(せかい)の人民(じんみん)に知(し)らすぞよ……と現(あら)はれてゐるのは、301所謂(いはゆる)精霊界(せいれいかい)なる国武彦(くにたけひこの)命(みこと)、302稚姫君(わかひめぎみの)命(みこと)の精霊(せいれい)を充(み)たして、303予言者(よげんしや)の身魂(みたま)即(すなは)ち天界(てんかい)に籍(せき)をおかせられた、304地上(ちじやう)の天人(てんにん)なる開祖(かいそ)に来(きた)つて、305聖言(せいげん)を垂(た)れさせ給(たま)うことを覚(さと)り得(う)るのである。
306 前巻(ぜんくわん)にもいつた通(とほ)り、307天人(てんにん)は現界人(げんかいじん)の数百言(すうひやくげん)を費(つひや)さねば其(その)意味(いみ)を通(つう)ずることの出来(でき)ない言葉(ことば)をも、308僅(わづ)かに一二言(いちにげん)にて其(その)意味(いみ)を通達(つうたつ)し得(う)るものである。309故(ゆゑ)に開祖(かいそ)即(すなは)ち予言者(よげんしや)によつて示(しめ)されたる聖言(せいげん)は、310天人(てんにん)には直(ただち)に其(その)意味(いみ)が通(つう)ずるものなれども、311中有(ちうう)に迷(まよ)へる現界人(げんかいじん)の暗(くら)き知識(ちしき)や、312うとき眼(まなこ)や、313半(なか)ば塞(ふさ)がれる耳(みみ)には容易(ようい)に通(つう)じ得(え)ない。314それ故(ゆゑ)に其(その)聖言(せいげん)を細(こま)かく説(と)いて世人(せじん)に諭(さと)す伝達者(でんたつしや)として、315瑞(みづ)の御霊(みたま)の大神(おほかみ)の神格(しんかく)に充(み)たされたる精霊(せいれい)が、316相応(さうおう)の理(り)によつて変性(へんじやう)女子(によし)の肉体(にくたい)に来(きた)り、317其(その)手(て)を通(つう)じ、318其(その)口(くち)を通(つう)じて、319一二言(いちにげん)の言葉(ことば)を数千言(すうせんげん)に砕(くだ)き、320一(いつ)頁(ページ)の文章(ぶんしやう)を数百(すうひやく)頁(ページ)に微細(びさい)に分割(ぶんかつ)して、321世人(せじん)の耳目(じもく)を通(つう)じて、322其(その)内分(ないぶん)に流入(りうにふ)せしめむ為(ため)に、323地上(ちじやう)の天人(てんにん)として、324神業(しんげふ)に参加(さんか)せしめられたのである。325故(ゆゑ)に開祖(かいそ)の『神諭(しんゆ)』を其(その)儘(まま)真解(しんかい)し得(え)らるる者(もの)は、326已(すで)に天人(てんにん)の団体(だんたい)に籍(せき)をおける精霊(せいれい)であり、327又(また)中有界(ちううかい)に迷(まよ)へる精霊(せいれい)は、328瑞(みづ)の御霊(みたま)の詳細(しやうさい)なる説明(せつめい)に依(よ)つて、329間接(かんせつ)諒解(りようかい)を得(え)なくてはならぬのである。330而(しか)して此(この)詳細(しやうさい)なる説明(せつめい)さへも首肯(しゆこう)し得(え)ず、331疑念(ぎねん)を差挟(さしはさ)み、332研究(けんきう)的(てき)態度(たいど)に出(い)でむとする者(もの)は、333所謂(いはゆる)暗愚(あんぐ)無智(むち)の徒(と)にして、334学(がく)で知慧(ちゑ)の出来(でき)た途中(とちう)の鼻高(はなだか)、335似而非(えせ)学者(がくしや)の徒(と)である。336斯(かく)の如(ごと)き人間(にんげん)は已(すで)に已(すで)に地獄界(ぢごくかい)に籍(せき)をおいてゐる者(もの)なることは、337相応(さうおう)の理(り)によつて明(あきら)かである、338斯(かく)の如(ごと)き人(ひと)は容易(ようい)に済度(さいど)し難(がた)きものである。339何故(なぜ)ならば、340其(その)人間(にんげん)の内分(ないぶん)は全(まつた)く閉塞(へいそく)して、341上方(じやうはう)に向(むか)つて閉(と)ぢ、342外分(ぐわいぶん)のみ開(ひら)け、343その想念(さうねん)は神(かみ)を背(せ)にし、344脚底(きやくてい)の地獄(ぢごく)にのみ向(むか)つてゐるからである。345而(しか)して其(その)知識(ちしき)はくらみ霊的(れいてき)聴覚(ちやうかく)は鈍(にぶ)り、346霊的(れいてき)視覚(しかく)は眩(くら)み、347如何(いか)なる光明(くわうみやう)も如何(いか)なる音響(おんきやう)も容易(ようい)に其(その)内分(ないぶん)に到達(たうたつ)せないからである。348されど神(かみ)は至仁(しじん)至愛(しあい)にましませば、349斯(かく)の如(ごと)き難物(なんぶつ)をも、350種々(いろいろ)に身(み)を変(へん)じ給(たま)ひて、351其(その)地獄(ぢごく)的(てき)精霊(せいれい)を救(すく)はむと、352昼夜(ちうや)御心(みこころ)を悩(なや)ませ給(たま)ひつつあるのである。353あゝ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。
354(大正一二・一・一二 旧一一・一一・二六 松村真澄録)
このページに誤字・脱字や表示乱れなどを見つけたら教えて下さい。
返信が必要な場合はメールでお送り下さい。【メールアドレス】
合言葉「みろく」を入力して下さい→