霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一〇章 天国(てんごく)の富(とみ)〔一二六四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第48巻 舎身活躍 亥の巻 篇:第3篇 愛善信真 よみ(新仮名遣い):あいぜんしんしん
章:第10章 天国の富 よみ(新仮名遣い):てんごくのとみ 通し章番号:1264
口述日:1923(大正12)年01月13日(旧11月27日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年10月25日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
自然界と霊界には惟神の順序によって相応がある。人間は天人の有するところをすべて有している。人間はその内分から見れば霊界に居る。しかしまた同時に、外分から見ると自然界に居る。
人間の自然的・外的記憶に属するものを外分と言う。人間の知識や学問等から来る悦楽および会館のすべて世間的趣味を帯びるもの、肉体の感覚、言語、動作が外分である。
外分は、大神より来る神的・霊的内流が止まる終極点の事物である。神的順序が究極するところは万物の霊長、神の生き宮、天人の養成所である人間なのである。ゆえに人間は神様の根底となり基礎となるべきことを知らなければならない。
このような尊い存在である人間が、内分を神に背けて高天原との連絡を断絶し、自然界と自己に向けて自己を愛し世間を愛し外分のみに向かっているゆえに、大神はぜひなく予言者という媒介人を設けて地上に降し、御経綸を行わせ給うたのである。
治国別は竜公とともに言霊別命の化相身である五三公に案内され、珍彦の館を後にして中間天国の各団体を訪問することになった。一行は樹木が秩序よく生えている金砂銀砂をしきつめた平坦な道を進んで行く。
道の両方には天国の田が展開し、涼風にそよぐ稲葉の音が心地よく耳に響いてくる。天人の男女は水田に入って草取り歌を歌いながら草を取っている。
五三公は、天国では土地は全部団体の公有でありながら、みな一切平等に御神業と額に汗をして神様のために活動し、それぞれの愉快に立ち働いているという。そして、天国にも貧富はあるが、貧富は現界のようによく働く者が多くの報酬を得るのではなく、神様の賜うところであるという。
各人の努力によって獲得するものではなく、現界にあるときに尽くした善徳の如何によって貧富が惟神につくので、貧者は富者を見てこれを模範とし、善徳を積むことのみを考えるのだという。
治国別の問いに答えて五三公は、天国の富者は現界にあるうちによく神を理解し愛のために愛をなし、善のために善をなし、真のために真を行い、自利心を捨てて神の国の建設のために心身を尽くして現界で十分に活動した者たちだと説いた。
竜公も交えて四方山話した後、五三公は霊陽山の名所に二人を案内しようと歩を進めた。一行は天国街道を進み霊陽山のふもとについた。五三公は、ここは第二天国の有名な公園地であると紹介した。
二人の目には天国の公園の景色はかすんで見えたが、五三公に言われて被面布をかぶり、麗しい公園の花卉・庭園を見ることができた。五三公の諭しを聞いて、二人もようやく被面布を取っても花園の光景を見ることができるようになってきた。二人は神の御恵に感謝した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2019-01-14 18:59:27 文字数:4904 OBC :rm4810
愛善世界社版:149頁 八幡書店版:第8輯 643頁 修補版: 校定版:155頁 普及版:77頁 初版: ページ備考:
派生[?]この文献を底本として書かれたと思われる文献です。[×閉じる]:出口王仁三郎著作集 > 第一巻 神と人間 > 『霊界物語』 抄 > 愛善信真
001 現界(げんかい)即(すなは)ち自然界(しぜんかい)の万物(ばんぶつ)と霊界(れいかい)の万物(ばんぶつ)との間(あひだ)には、002惟神(かむながら)の順序(じゆんじよ)によりて相応(さうおう)なるものがある。003又(また)人間(にんげん)の万事(ばんじ)と天界(てんかい)の万物(ばんぶつ)との間(あひだ)に動(うご)かすべからざる理法(りはふ)があり、004又(また)其(その)連結(れんけつ)によつて相応(さうおう)なるものがある。005そして人間(にんげん)は又(また)天人(てんにん)の有(いう)する所(ところ)を総(すべ)て有(いう)すると共(とも)に、006其(その)有(いう)せざる所(ところ)をも亦(また)有(いう)するものである。007人間(にんげん)はその内分(ないぶん)より見(み)て霊界(れいかい)に居(を)るものであるが、008それと同時(どうじ)に、009外分(ぐわいぶん)より見(み)て、010人間(にんげん)は自然界(しぜんかい)に居(を)るのである。011人(ひと)の自然(しぜん)的(てき)即(すなは)ち外的(ぐわいてき)記憶(きおく)に属(ぞく)するものを外分(ぐわいぶん)と称(しよう)し、012想念(さうねん)と、013これよりする想像(さうざう)とに関(くわん)する一切(いつさい)の事物(じぶつ)を云(い)ふのである。014約言(やくげん)すれば、015人間(にんげん)の知識(ちしき)や学問(がくもん)等(とう)より来(きた)る悦楽(えつらく)及(およ)び快感(くわいかん)の総(すべ)て世間(せけん)的(てき)趣味(しゆみ)を帯(お)ぶるもの、016又(また)肉体(にくたい)の感官(かんくわん)に属(ぞく)する諸々(もろもろ)の快感(くわいかん)及(およ)び感覚(かんかく)、017言語(げんご)、018動作(どうさ)を合(あは)せて之(これ)を人間(にんげん)の外分(ぐわいぶん)となすのである。019是(これ)等(ら)の外分(ぐわいぶん)は何(いづ)れも大神(おほかみ)より来(きた)る神的(しんてき)即(すなは)ち霊的(れいてき)内流(ないりう)が止(とど)まる所(ところ)の終極点(しうきよくてん)に於(お)ける事物(じぶつ)である。020何故(なぜ)なれば、021神的(しんてき)内流(ないりう)なるものは決(けつ)して中途(ちうと)に止(とど)まるものでなく、022必(かなら)ずや其(その)窮極(きうきよく)の所(ところ)まで進行(しんかう)するからである。023この神的(しんてき)順序(じゆんじよ)の窮極(きうきよく)する所(ところ)は所謂(いはゆる)万物(ばんぶつ)の霊長(れいちやう)、024神(かみ)の生宮(いきみや)、025天地(てんち)経綸(けいりん)の主宰者(しゆさいしや)、026天人(てんにん)の養成所(やうせいしよ)たるべき人間(にんげん)なのである。027故(ゆゑ)に人間(にんげん)は総(すべ)て神(かみ)様(さま)の根底(こんてい)となり、028基礎(きそ)となるべき事(こと)を知(し)るべきである。029又(また)神格(しんかく)の内流(ないりう)が通過(つうくわ)する中間(ちうかん)は高天原(たかあまはら)にして、030其(その)窮極(きうきよく)する所(ところ)は即(すなは)ち人間(にんげん)に存(ぞん)する。031故(ゆゑ)に、032又(また)この連結中(れんけつちう)に入(い)らないものは何物(なにもの)も存在(そんざい)する事(こと)を得(え)ないのである。033故(ゆゑ)に天界(てんかい)と人類(じんるゐ)と和合(わがふ)し連結(れんけつ)するや、034両々(りやうりやう)相倚(あひよ)りて継続(けいぞく)存在(そんざい)するものなる事(こと)を明(あきら)め得(う)るのである。035故(ゆゑ)に天界(てんかい)を離(はな)れたる人間(にんげん)は鍵(かぎ)のなき鎖(くさり)の如(ごと)く、036又(また)人類(じんるゐ)を離(はな)れたる天界(てんかい)は基礎(きそ)なき家(いへ)の如(ごと)くにして、037双方(さうはう)相(あひ)和合(わがふ)せなくてはならないものである。
038 斯(かく)の如(ごと)き尊(たふと)き人間(にんげん)が、039其(その)内分(ないぶん)を神(かみ)に背(そむ)けて、040高天原(たかあまはら)との連絡(れんらく)を断絶(だんぜつ)し、041却(かへつ)て之(これ)を自然界(しぜんかい)と自己(じこ)とに向(む)けて、042自己(じこ)を愛(あい)し、043世間(せけん)を愛(あい)し、044其(その)外分(ぐわいぶん)のみに向(むか)ひたるにより、045従(したが)つて人間(にんげん)は其(その)身(み)を退(しりぞ)けて再(ふたた)び高天原(たかあまはら)の根底(こんてい)となり、046基礎(きそ)となるを得(え)ざらしめたるによつて、047大神(おほかみ)は是非(ぜひ)なく、048茲(ここ)に予言者(よげんしや)なる媒介(ばいかい)天人(てんにん)を設(まう)けて之(これ)を地上(ちじやう)に下(くだ)し、049其(その)神人(しんじん)をもつて天界(てんかい)の根底(こんてい)及(およ)び基礎(きそ)となし、050又(また)之(これ)によつて天界(てんかい)と人間(にんげん)とを和合(わがふ)せしめ、051地上(ちじやう)をして天国(てんごく)同様(どうやう)の国土(こくど)となさしめ給(たま)ふべく、052甚深(じんしん)なる経綸(けいりん)を行(おこな)はせたまうたのである。053この御(ご)経綸(けいりん)が完成(くわんせい)した暁(あかつき)を称(しよう)して、054松(まつ)の代(よ)、055ミロクの世(よ)、056又(また)は天国(てんごく)の世(よ)と云(い)ふのである。057そして厳(いづ)の御霊(みたま)、058瑞(みづ)の御霊(みたま)の経緯(けいゐ)の予言者(よげんしや)の手(て)を通(つう)じ口(くち)を通(つう)じて聖言(せいげん)を伝達(でんたつ)し、059完全(くわんぜん)なる天地(てんち)合体(がつたい)の国土(こくど)を完成(くわんせい)せしめむとしたまうたのである。060大本(おほもと)開祖(かいそ)の神諭(しんゆ)に『天(てん)も地(ち)も一(ひと)つに丸(まる)めて、061神国(しんこく)の世(よ)に致(いた)すぞよ。062三千(さんぜん)世界(せかい)一度(いちど)に開(ひら)く梅(うめ)の花(はな)、063須弥仙(しゆみせん)山(ざん)に腰(こし)を掛(か)け艮(うしとら)の金神(こんじん)守(まも)るぞよ。064この大本(おほもと)は天地(てんち)の大橋(おほはし)、065世界(せかい)の人民(じんみん)は此(この)橋(はし)を渡(わた)りて来(こ)ねば、066誠(まこと)のお蔭(かげ)は分(わか)らぬぞよ』と平易(へいい)簡明(かんめい)に示(しめ)されて居(ゐ)るのである。067されど現代(げんだい)の人間(にんげん)は却(かへつ)てかかる平易(へいい)簡明(かんめい)なる聖言(せいげん)には耳(みみ)を藉(か)さず、068不可解(ふかかい)なる難書(なんしよ)を漁(あさ)り、069是(これ)を半可通(はんかつう)的(てき)に誤解(ごかい)して其(その)知識(ちしき)を誇(ほこ)らむとするのは実(じつ)に浅(あさ)ましいものである。
070 治国別(はるくにわけ)は竜公(たつこう)と共(とも)に言霊別(ことたまわけの)命(みこと)の化相身(けさうしん)なる五三公(いそこう)に案内(あんない)され、071珍彦(うづひこ)の館(やかた)を後(あと)にして中間(ちうかん)天国(てんごく)の各団体(かくだんたい)を訪問(はうもん)する事(こと)となつた。072五三公(いそこう)は得(え)も云(い)はれぬ麗(うるは)しき樹木(じゆもく)の秩序(ちつじよ)よく間隔(かんかく)を隔(へだ)てて点綴(てんてつ)せる、073金砂(きんしや)銀砂(ぎんしや)の布(し)きつめたる如(ごと)き平坦路(へいたんろ)をいそいそとして進(すす)んで往(ゆ)く。074道(みち)の両方(りやうはう)には、075天国(てんごく)の狭田(さだ)、076長田(ながた)、077高田(たかだ)、078窪田(くぼた)が展開(てんかい)し、079得(え)も云(い)はれぬ涼風(りやうふう)にそよぐ稲葉(いなば)の音(おと)はサヤサヤと心地(ここち)よく耳(みみ)に響(ひび)いて来(く)る。080天人(てんにん)の男女(だんぢよ)は得(え)も云(い)はれぬ麗(うるは)しき面貌(めんばう)をしながら、081瑪瑙(めなう)の如(ごと)く透(す)き通(とほ)つた脛(すね)を現(あら)はし、082水田(みづた)に入(はい)つて草取(くさとり)をしながら勇(いさ)ましき声(こゑ)に草取歌(くさとりうた)を歌(うた)つて居(ゐ)る。083太陽(たいやう)は余(あま)り高(たか)からず頭上(づじやう)に輝(かがや)きたれども、084自然界(しぜんかい)の如(ごと)く焦(こ)げつくやうな暑(あつ)さもなく、085実(じつ)に入(い)り心地(ごこち)のよい温泉(をんせん)に入(はい)つたやうな陽気(やうき)である。086さうして此(この)天国(てんごく)には決(けつ)して冬(ふゆ)がない、087永久(とこしへ)に草木(さうもく)繁茂(はんも)し、088落葉樹(らくえうじゆ)の如(ごと)きは少(すこ)しも見当(みあた)らない。089田面(たのも)は金銀色(きんぎんしよく)の水(みづ)にて満(み)たされ、090稲葉(いなば)は青(あを)く風(かぜ)に翻(ひるがへ)る度(たび)毎(ごと)に金銀(きんぎん)の波(なみ)を打(う)たせ、091何(なん)とも筆舌(ひつぜつ)の尽(つく)し難(がた)き光景(くわうけい)である。092五三公(いそこう)は途中(とちう)に立(た)ち止(ど)まり、093二人(ふたり)を顧(かへり)みて微笑(ほほえ)みながら、094得(え)も云(い)はれぬ喜(よろこ)びの色(いろ)を湛(たた)へて、
095五三公『治国別(はるくにわけ)様(さま)、096御覧(ごらん)なさいませ、097天国(てんごく)にも矢張(やつぱ)り農工商(のうこうしやう)の事業(じげふ)が営(いとな)まれて居(ゐ)ます。098さうしてあの通(とほ)り各人(かくじん)は一団(いちだん)となつて其(その)業(げふ)を楽(たの)しみ、099歓喜(くわんき)の生活(せいくわつ)を送(おく)つて居(を)ります。100実(じつ)に見(み)るも愉快(ゆくわい)な光景(くわうけい)ぢやありませぬか』
101治国別『成程(なるほど)、102実(じつ)に各人(かくじん)己(おのれ)を忘(わす)れ一斉(いつせい)に業(げふ)を楽(たの)しむ光景(くわうけい)は、103到底(たうてい)現界(げんかい)に於(おい)て夢想(むさう)だも出来(でき)ない有様(ありさま)で厶(ござ)いますな。104さうして矢張(やはり)彼(か)の天人(てんにん)共(ども)は各自(かくじ)に土地(とち)を所有(しよいう)して居(ゐ)るので厶(ござ)いますか』
105五三公『イエイエ、106土地(とち)は全部(ぜんぶ)団体(だんたい)の公有(こういう)です。107地上(ちじやう)の世界(せかい)の如(ごと)く大地主(おほぢぬし)、108自作農(じさくのう)又(また)は小作農(こさくのう)などの忌(いま)はしき制度(せいど)は厶(ござ)いませぬ、109皆(みな)一切(いつさい)平等(べうどう)に何事(なにごと)も御(ご)神業(しんげふ)と喜(よろこ)んで額(ひたひ)に汗(あせ)をし、110神(かみ)様(さま)のために活動(くわつどう)して居(ゐ)るのです。111さうして事業(じげふ)に趣味(しゆみ)が出来(でき)て、112誰(たれ)一人(ひとり)不服(ふふく)を称(とな)ふる者(もの)もなく、113甲(かふ)の心(こころ)は乙(おつ)の心(こころ)、114乙(おつ)の心(こころ)は甲(かふ)の心(こころ)、115各人(かくじん)皆(みな)心(こころ)を合(あは)せ、116何事(なにごと)も皆(みな)御(ご)神業(しんげふ)と信(しん)じ、117あの通(とほ)り愉快(ゆくわい)に立(た)ち働(はたら)いて居(ゐ)るのです』
118治国別『さうすれば天国(てんごく)に於(おい)ては貧富(ひんぷ)の区別(くべつ)はなく、119所謂(いはゆる)社会(しやくわい)主義(しゆぎ)的(てき)制度(せいど)が行(おこな)はれて居(ゐ)るのですか』
120五三公『天国(てんごく)にも貧富(ひんぷ)の区別(くべつ)があります。121同(おな)じ団体(だんたい)の中(なか)にも富者(ふうしや)も貧者(ひんじや)もあります。122併(しか)しながら、123貧富(ひんぷ)と事業(じげふ)とは別個(べつこ)のものです』
124治国別『働(はたら)きによつて其(その)報酬(ほうしう)を得(う)るに非(あら)ざれば、125貧富(ひんぷ)の区別(くべつ)がつく筈(はず)がないぢやありませぬか。126同(おな)じやうに働(はたら)き、127同(おな)じ物(もの)を分配(ぶんぱい)して生活(せいくわつ)を続(つづ)ける天人(てんにん)に、128どうして又(また)貧富(ひんぷ)の区別(くべつ)がつくのでせうか』
129五三公『現界(げんかい)に於(おい)ては、130総(すべ)て体主(たいしゆ)霊従(れいじう)が法則(はふそく)のやうになつて居(ゐ)ます。131それ故(ゆゑ)優(すぐ)れたもの、132よく働(はたら)くものが多(おほ)く報酬(ほうしう)を得(う)るのは自然界(しぜんかい)のやり方(かた)です。133天国(てんごく)に於(おい)ては総(すべ)てが神(かみ)様(さま)のものであり、134総(すべ)ての事業(じげふ)は神(かみ)様(さま)にさして頂(いただ)くと云(い)ふ考(かんが)へを何(いづ)れの天人(てんにん)も持(も)つて居(を)ります。135それ故(ゆゑ)天国(てんごく)に於(おい)ては貧富(ひんぷ)の区別(くべつ)があつても、136貧者(ひんじや)は決(けつ)して富者(ふうしや)を恨(うら)みませぬ。137何人(なにびと)も神(かみ)様(さま)のお蔭(かげ)によつて働(はたら)かして頂(いただ)くのだ、138神(かみ)様(さま)の御(ご)神格(しんかく)によつて生(い)かして頂(いただ)くのだと、139日々(にちにち)感謝(かんしや)の生活(せいくわつ)を送(おく)らして頂(いただ)くのですから、140貧富(ひんぷ)などを天人(てんにん)は念頭(ねんとう)に置(お)きませぬ。141そして、142貧富(ひんぷ)は皆(みな)神(かみ)様(さま)の賜(たま)ふ所(ところ)で、143天人(てんにん)が各自(めいめい)の努力(どりよく)によつて獲得(くわくとく)したものではありませぬ。144何(いづ)れも現実界(げんじつかい)にある時(とき)に尽(つく)した善徳(ぜんとく)の如何(いかん)によりて、145天国(てんごく)へ来(き)ても矢張(やつぱ)り貧富(ひんぷ)が惟神(かむながら)的(てき)につくのです。146貧者(ひんじや)は富者(ふうしや)を見(み)て之(これ)を模範(もはん)とし、147善徳(ぜんとく)を積(つ)む事(こと)のみを考(かんが)へて居(を)ります。148天国(てんごく)に於(お)ける貧富(ひんぷ)は一厘(いちりん)一毛(いちまう)の錯誤(さくご)もなく、149不公平(ふこうへい)もありませぬ。150其(その)徳(とく)相応(さうおう)に神(かみ)から授(さづ)けらるるものです』
151治国別『天国(てんごく)の富者(ふうしや)とは、152現界(げんかい)に於(おい)て如何(いか)なる事(こと)を致(いた)したもので厶(ござ)いませうか』
153五三公『天国(てんごく)団体(だんたい)の最(もつと)も富(と)めるものは、154現界(げんかい)にある中(うち)によく神(かみ)を理解(りかい)し、155愛(あい)のために愛(あい)をなし、156善(ぜん)のために善(ぜん)をなし、157真(しん)の為(ため)に真(しん)を行(おこな)ひ、158自利心(じりしん)を捨(す)て、159さうして神(かみ)の国(くに)の建設(けんせつ)の為(ため)に心(こころ)を尽(つく)し身(み)を尽(つく)し、160忠実(ちうじつ)なる神(かみ)の下僕(しもべ)となり、161且(かつ)又(また)現界(げんかい)に於(おい)て充分(じうぶん)に活動(くわつどう)をし、162其(その)余財(よざい)を教会(けうくわい)の為(ため)に捧(ささ)げ、163神(かみ)の栄(さかえ)と道(みち)の拡張(くわくちやう)にのみ心身(しんしん)を傾注(けいちゆう)したる善徳者(ぜんとくしや)が所謂(いはゆる)天国(てんごく)の富者(ふうしや)であります。164約(つま)り現界(げんかい)に於(おい)て宝(たから)を天国(てんごく)の庫(くら)に積(つ)んで置(お)いた人(ひと)達(たち)であります。165さうして中位(ちうゐ)の富者(ふうしや)は、166自分(じぶん)の知己(ちき)や朋友(ほういう)の危難(きなん)を救(すく)ひ、167又(また)社会(しやくわい)公共(こうきよう)の救済(きうさい)の為(ため)に財(ざい)を散(さん)じ、168隠徳(いんとく)を積(つ)んだ人間(にんげん)が、169天国(てんごく)に来(きた)つて大神(おほかみ)様(さま)より相応(さうおう)の財産(ざいさん)を賜(たま)はり安楽(あんらく)に生活(せいくわつ)を続(つづ)けて居(ゐ)るのです。170そして天国(てんごく)で頂(いただ)いた財産(ざいさん)は総(すべ)て神(かみ)様(さま)から賜(たま)はつたものですから、171地上(ちじやう)の世界(せかい)の如(ごと)く自由(じいう)に之(これ)を他(た)の天人(てんにん)に施(ほどこ)す事(こと)は出来(でき)ませぬ。172ただ其(その)財産(ざいさん)を以(もつ)て神(かみ)様(さま)の祭典(さいてん)の費用(ひよう)に当(あ)てたり、173公休日(こうきうび)に天人(てんにん)の団体(だんたい)を吾(わが)家(や)に招(まね)き、174自費(じひ)を投(とう)じて馳走(ちそう)を拵(こしら)へ大勢(おほぜい)と共(とも)に楽(たの)しむので厶(ござ)います、175それ故(ゆゑ)に天国(てんごく)の富者(ふうしや)は衆人(しうじん)尊敬(そんけい)の的(まと)となつて居(を)ります』
176治国別『成程(なるほど)、177実(じつ)に平和(へいわ)なものですな、178本当(ほんたう)に理想(りさう)的(てき)に社会(しやくわい)が造(つく)られてありますなア』
179 竜公(たつこう)はしやしやり出(い)で、
180竜公『モシ五三公(いそこう)さま、181もしも私(わたし)が天国(てんごく)へ霊肉(れいにく)脱離(だつり)の後(のち)、182上(のぼ)る事(こと)を得(え)ましたならば、183定(さだ)めて貧乏人(びんばふにん)でせうな』
184五三公『アヽさうでせう、185唯今(ただいま)直(すぐ)に天国(てんごく)の住民(ぢゆうみん)となられるやうな事(こと)があれば、186貴方(あなた)はやはり第三(だいさん)天国(てんごく)の極貧者(ごくひんしや)でせう。187併(しか)し再(ふたた)び現界(げんかい)に帰(かへ)り、188無形(むけい)の宝(たから)と云(い)ふ善(ぜん)の宝(たから)を十分(じふぶん)お積(つ)みになれば、189天国(てんごく)の宝(たから)となり、190名誉(めいよ)と光栄(くわうえい)の生涯(しやうがい)を永遠(ゑいゑん)に送(おく)る事(こと)が出来(でき)ませう』
191竜公『それでは聖言(せいげん)に、192貧(まづ)しきものは幸(さいはひ)なるかな、193富(と)めるものの天国(てんごく)に到(いた)るは針(はり)の穴(あな)を駱駝(らくだ)の通(かよ)ふよりも難(かた)し、194と云(い)ふぢやありませぬか』
195五三公『貧(まづ)しきものは常(つね)に心(こころ)驕(おご)らず、196神(かみ)の教(をしへ)に頼(よ)り、197神(かみ)の救(すく)ひを求(もと)め、198尊(たふと)き聖言(せいげん)が比較(ひかく)的(てき)耳(みみ)に入(い)り易(やす)う厶(ござ)いますが、199地上(ちじやう)に於(おい)て何(なに)不自由(ふじゆう)なく財産(ざいさん)のあるものは、200知(し)らず知(し)らずに神(かみ)の恩寵(おんちよう)を忘(わす)れ、201自己愛(じこあい)に流(なが)れ易(やす)いものですから、202其(その)財産(ざいさん)が汚穢(をゑ)となり暗黒(あんこく)となり或(あるひ)は鬼(おに)となつて地獄(ぢごく)へ落(おと)し行(ゆ)くものです。203若(も)しも富者(ふうしや)にして神(かみ)の為(ため)に尽(つく)し、204又(また)社会(しやくわい)のために隠徳(いんとく)を積(つ)むならば、205天国(てんごく)に上(のぼ)り得(う)るの便利(べんり)は貧者(ひんじや)よりも多(おほ)いかも知(し)れませぬが、206世(よ)の中(なか)はようしたもので富者(ふうしや)の天国(てんごく)に来(きた)るものは、207聖言(せいげん)に示(しめ)されたる如(ごと)く稀(まれ)なものです。208其(その)財産(ざいさん)を悪用(あくよう)して人(ひと)の利益(りえき)を壟断(ろうだん)し、209或(あるひ)は邪悪(じやあく)を遂行(すゐかう)し、210淫欲(いんよく)に耽(ふけ)り、211身心(しんしん)を汚(けが)し損(そこな)ひ、212遂(つひ)に霊的(れいてき)不具者(ふぐしや)となつて大抵(たいてい)地獄(ぢごく)に落(お)つるものです。213仮令(たとへ)天国(てんごく)に上(のぼ)り得(う)るにしても、214天国(てんごく)に於(お)ける極貧者(ごくひんじや)です』
215竜公『治国別(はるくにわけ)さまが、216今(いま)天国(てんごく)の住民(ぢゆうみん)となられましたら何(ど)んなものでせう、217相当(さうたう)の富者(ふうしや)になられませうかなア』
218五三(いそ)『ハヽヽヽヽ』
219と笑(わら)つて答(こた)へず。
220竜公『ヤア先生(せんせい)も怪(あや)しいぞ、221矢張(やはり)これから天国(てんごく)の宝(たから)をお積(つみ)にならねばなりますまい』
222五三(いそ)『サア是(これ)から霊陽山(れいやうざん)の名所(めいしよ)に御(ご)案内(あんない)致(いた)しませう』
223と早(はや)くも歩(ほ)を起(おこ)した。224二人(ふたり)は後(あと)に従(したが)ひ、225麗(うるは)しき原野(げんや)を縫(ぬ)うて、226樹木(じゆもく)点綴(てんてつ)せる天国(てんごく)街道(かいだう)を歓喜(くわんき)に満(み)たされながら進(すす)んで往(ゆ)く。227五三公(いそこう)は霊陽山(れいやうざん)の麓(ふもと)に辿(たど)りついた。
228五三公『此処(ここ)が第二(だいに)天国(てんごく)の有名(いうめい)なる公園地(こうゑんち)で厶(ござ)います。229今日(けふ)は公休日(こうきうび)で厶(ござ)いませぬから、230余(あま)り天人(てんにん)の姿(すがた)も見(み)えませぬが、231これ御覧(ごらん)なさいませ、232あの山(やま)の景色(けしき)と云(い)ひ、233岩石(がんせき)の配置(はいち)、234樹木(じゆもく)の色(いろ)、235花(はな)の香(にほひ)、236到底(たうてい)地上(ちじやう)の世界(せかい)では見(み)られない景色(けしき)で厶(ござ)いませう』
237治国(はるくに)『ハイ、238何(なん)だかぼんやりとして、239私(わたし)の目(め)には入(はい)りませぬ』
240五三公『被面布(ひめんぷ)をお被(かぶ)りなさい、241さうすればハツキリと分(わか)るでせう』
242治国別『ハイ』
243と答(こた)へて治国別(はるくにわけ)は直(ただち)に被面布(ひめんぷ)を被(かぶ)つた。244竜公(たつこう)も同(おな)じく被面布(ひめんぷ)に面(おもて)を包(つつ)んだ。
245治国(はるくに)『何故(なぜ)、246吾々(われわれ)の目(め)には被面布(ひめんぷ)がなくては、247此(この)麗(うるは)しき景色(けしき)が目(め)に入(い)らないのでせうか』
248五三公『失礼(しつれい)ながら、249天国(てんごく)の智慧(ちゑ)に疎(うと)きものは此(この)樹木(じゆもく)花卉(くわき)が目(め)に入(い)らないのです。250総(すべ)て神(かみ)の智慧(ちゑ)に居(を)るものの前(まへ)には、251各種(かくしゆ)各様(かくやう)の樹木(じゆもく)花卉(くわき)にて満(み)ちたる楽園(らくゑん)の現(あら)はれるものです。252是(これ)等(ら)の樹木(じゆもく)は最(もつと)も麗(うるは)しき配列(はいれつ)をなし、253枝々(しし)交叉(かうさ)して得(え)も云(い)はれぬ装(よそほ)ひをなし、254薫香(くんかう)を送(おく)るものです。255総(すべ)て天国(てんごく)は想念(さうねん)の国土(こくど)でありますから、256貴方(あなた)に神的(しんてき)智慧(ちえ)が満(み)つれば、257直(ただ)ちに天国(てんごく)の花園(はなぞの)が眼前(がんぜん)に展開(てんかい)致(いた)します。258園亭(ゑんてい)あり、259行門(かうもん)あり、260行径(かうけい)あり、261行(ゆ)く道(みち)の美麗(びれい)なる事(こと)、262言語(げんご)の尽(つく)す所(ところ)ではありませぬ。263故(ゆゑ)に神(かみ)の智慧(ちゑ)に居(を)るものは、264斯(かく)の如(ごと)き楽園(らくゑん)の中(なか)を漫歩(まんぽ)しながら、265思(おも)ひ思(おも)ひに花(はな)を摘(つ)み花鬘(はなかづら)を作(つく)りなどして、266楽(たの)しく嬉(うれ)しく暮(くら)し得(う)るものです』
267治国別『成程(なるほど)、268此(この)楽園(らくゑん)には被面布(ひめんぷ)を透(とほ)して眺(なが)めますれば、269種々(しゆじゆ)雑多(ざつた)の樹木(じゆもく)、270花卉(くわき)の吾々(われわれ)地上(ちじやう)に嘗(かつ)て見(み)ざるものが沢山(たくさん)ございますな』
271五三公『是(これ)等(ら)の麗(うるは)しき樹木(じゆもく)は正(ただ)しき神(かみ)の知識(ちしき)に居(を)るものの愛(あい)の徳(とく)如何(いかん)によりて花(はな)を開(ひら)き実(み)を結(むす)ぶものです。272厳(いづ)の御霊(みたま)の神諭(しんゆ)にも「一度(いちど)に開(ひら)く梅(うめ)の花(はな)、273開(ひら)いて散(ち)りて実(み)を結(むす)び、274スの種(たね)を養(やしな)ふ」とあるでせう。275開(ひら)く梅(うめ)の花(はな)とは、276智慧(ちゑ)と証覚(しようかく)とに相応(さうおう)する情態(じやうたい)の謂(いひ)であります。277斯(か)くなる時(とき)は、278天国(てんごく)の園亭(ゑんてい)や楽園(らくゑん)に実(み)を結(むす)ぶ樹木(じゆもく)及(およ)び花卉(くわき)は神(かみ)の供(そな)へ物(もの)として、279又(また)天人(てんにん)各自(かくじ)の歓喜(くわんき)の種(たね)として各自(かくじ)の徳(とく)によつて現前(げんぜん)するものです。280高天原(たかあまはら)には斯(かく)の如(ごと)き楽園(らくゑん)のある事(こと)は聞(き)いては居(を)りますが、281唯(ただ)是(これ)を実際(じつさい)に知(し)る者(もの)は、282唯(ただ)神(かみ)よりする愛善(あいぜん)の徳(とく)に居(を)る者(もの)及(およ)び自然界(しぜんかい)の光(ひかり)と其(その)偽(いつは)りとによつて自己(じこ)の胸中(きようちう)にある所(ところ)の天界(てんかい)の光(ひかり)を亡(ほろ)ぼさなかつた者(もの)に限(かぎ)つて居(を)ります。283故(ゆゑ)に高天原(たかあまはら)に対(たい)して目(め)未(いま)だ見(み)えざるもの、284耳(みみ)未(いま)だ聞(きこ)えざるものは、285現(げん)に其(その)場(ば)に近(ちか)づき居(を)ると雖(いへど)も、286此(この)光景(くわうけい)を見(み)る事(こと)も亦(また)斯(かく)の如(ごと)き麗(うるは)しき音楽(おんがく)の声(こゑ)を聞(き)く事(こと)も出来(でき)ませぬ』
287治国別『種々(さまざま)の御(ご)教諭(けうゆ)、288いや有難(ありがた)う厶(ござ)いました。289これで吾々(われわれ)も大変(たいへん)に神(かみ)様(さま)の御恵(みめぐみ)を頂(いただ)き、290どうやら被面布(ひめんぷ)を取(と)つてもこの花園(はなぞの)の光景(くわうけい)が見(み)えるやうになつて参(まゐ)りました。291嗚呼(ああ)神(かみ)様(さま)、292言霊別(ことたまわけの)命(みこと)様(さま)の御(ご)化身(けしん)なる五三公(いそこう)様(さま)の口(くち)を通(とほ)して、293天国(てんごく)の福音(ふくいん)をお示(しめ)し下(くだ)さつた其(その)御恵(みめぐみ)を有難(ありがた)く感謝(かんしや)致(いた)します。294アヽ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
295(大正一二・一・一三 旧一一・一一・二七 加藤明子録)
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