霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第四章 雪雑寝(ゆきざこね)〔一二五八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第48巻 舎身活躍 亥の巻 篇:第1篇 変現乱痴 よみ(新仮名遣い):へんげんらんち
章:第4章 雪雑寝 よみ(新仮名遣い):ゆきざこね 通し章番号:1258
口述日:1923(大正12)年01月12日(旧11月26日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年10月25日
概要: 舞台:浮木の森のバラモン軍の陣営 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
アークは、三五教の二人の美人宣伝使に加えてお民もいる今、酒宴を開いたらどうかとランチ将軍に提案した。ランチ将軍は幕僚のみの酒宴を開くこととし、アークとタールは準備に出て行った。
後に残ったランチ将軍とお民はしばし、軍人の本分について語り合った。ランチ将軍は、人間は悪を喜ぶのが本能だから、他を亡ぼし圧迫し略奪しなくては世にときめきわたることはできない、と体主霊従主義を開陳している。そして、蠑螈別もその道理がわかったら、お民と一緒に陣中においてやろうとお民に言い渡した。
アークとタールが酒房に酒を取りに行くと、エキスが酒を盗み飲みしている。エキスにそそのかされたアークとタールは、一緒に酒を飲み始めて前後不覚になり、その場に倒れてしまった。
蠑螈別とお民はこの場を通りかかった。お民はこれを見て、酒を控えるように蠑螈別に言うが、蠑螈別も酒を飲み始め、一緒に倒れてしまった。お民はさっさとこの場を立ち去った。
木枯らしが吹く雪が、倒れた四人の上に降り注いた。次第にあたりも見えないほどに雪が降りしきり、たちまち四人の体は積雪に包まれてしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-05-18 09:31:38 文字数:4459 OBC :rm4804
愛善世界社版:51頁 八幡書店版:第8輯 606頁 修補版: 校定版:53頁 普及版:26頁 初版: ページ備考:
001 蠑螈別(いもりわけ)は次(つぎ)の神殿(しんでん)の間(ま)に進(すす)んで一生(いつしやう)懸命(けんめい)に祈願(きぐわん)を凝(こ)らしてゐる。002後(あと)にはランチ将軍(しやうぐん)、003お民(たみ)、004アーク、005タールの四(よ)人(にん)が冷(ひや)やかな笑(ゑみ)を泛(うか)べて、006暫(しばら)く沈黙(ちんもく)の幕(まく)を下(お)ろしてゐた。007アークは口(くち)を開(ひら)いて鼻柱(はなばしら)の両方(りやうはう)を右(みぎ)の手(て)でクレリ クレリと擦(こす)り上(あ)げながら、
008アーク『モシ将軍(しやうぐん)様(さま)、009今(いま)承(うけたま)はれば実(じつ)に御(ご)愉快(ゆくわい)な事(こと)で厶(ござ)つたさうですな。010何処(どこ)ともなしに御(ご)雄壮(ゆうさう)なる………否(いな)歓喜(くわんき)に充(み)たされた御(ご)尊顔(そんがん)を拝(はい)し奉(たてまつ)り、011アーク身(み)にとり恐悦(きようえつ)至極(しごく)に存(ぞん)じ承(たてまつ)ります。012古(いにしへ)より英雄(えいゆう)色(いろ)を好(この)むとか伝(つた)へ聞(き)いて居(を)りまする、013之(これ)にて将軍(しやうぐん)様(さま)も初(はじ)めて英雄(えいゆう)の英雄(えいゆう)たる器量(きりやう)を発揮(はつき)遊(あそ)ばしたと云(い)ふもの、014いかでか之(これ)を祝(しゆく)せずに居(を)れませう。015然(しか)しお祝(いはひ)には酒(さけ)がつきものです。016酒(さけ)がつかなければあまり縁起(えんぎ)がよくないものです。017将軍(しやうぐん)様(さま)の此(この)お祝(いはひ)をして永遠(ゑいゑん)無窮(むきう)に益々(ますます)幸(さち)あらしめむために、018お酒(さけ)を一杯(いつぱい)頂戴(ちやうだい)する訳(わけ)には行(ゆ)きませぬか。019幸(さいは)ひお民(たみ)殿(どの)がここに居(を)られますれば、020お酌(しやく)は合(あ)うたり叶(かな)うたり、021万事(ばんじ)惟神(かむながら)的(てき)に出来(でき)て居(を)ります。022如何(いかが)で厶(ござ)りませう』
023ランチ『アーク、024其(その)方(はう)は気(き)の利(き)いた奴(やつ)だ。025やはり俺(おれ)が幕僚(ばくれう)に栄転(えいてん)させて使(つか)つたのは、026要(えう)するに先見(せんけん)の明(めい)ありと云(い)ふべしだ。027よし、028其(その)方(はう)の言葉(ことば)が気(き)に入(い)つた、029何程(いくら)なりと酒(さけ)は飲(の)み放題(はうだい)、030然(しか)しながら軍規(ぐんき)紊乱(ぶんらん)の恐(おそ)れあれば、031あまり部下(ぶか)の者(もの)には知(し)らさぬ様(やう)に幕僚(ばくれう)のみ私(ひそ)かに酒宴(しゆえん)を催(もよほ)すであらう』
032アーク『早速(さつそく)の御(ご)承知(しようち)、033流石(さすが)は明智(めいち)の大将(たいしやう)、034吾(わが)意(い)を得(え)たりと云(い)ふべしだ。035エヘン、036おいタール、037如何(どう)だ、038俺(おれ)の言霊(ことたま)は其(その)功力(くりき)忽(たちま)ちだ、039恐(おそ)れ入(い)つたか』
040タール『うん、041斯(か)ふ云(い)ふ時(とき)にや貴様(きさま)は最適任(さいてきにん)だ。042その代(かは)り敵陣(てきぢん)に向(むか)つちや一番(いちばん)がけに逃(に)げる奴(やつ)だからな。043弱(よわ)い敵(てき)と見(み)りや無性(むしやう)矢鱈(やたら)に追駆(おつか)けて行(ゆ)きよるが、044少(すこ)し許(ばか)り敵(てき)が強(つよ)いと見(み)たら尻(しり)に帆(ほ)かけてスタコラ、045ヨイヤサと一目散(いちもくさん)だから大(たい)したものだよ。046アハヽヽヽ』
047ランチ『コリヤコリヤ両人(りやうにん)、048此(この)目出度(めでた)い時(とき)に、049左様(さやう)な争(いさか)ひは不吉(ふきつ)だ。050七六(しちむつ)かしい戦(いくさ)なんかの話(はなし)はやめてくれ。051それよりも話(はなし)は止(や)めてお民(たみ)に酌(しやく)をさせ、052二人(ふたり)の珍客(ちんきやく)に舞(ま)ひつ踊(をど)りつ、053お慰(なぐさ)みに供(きよう)するのだな。054エヘヽヽヽ、055サア早(はや)く将軍(しやうぐん)の命令(めいれい)だ、056用意(ようい)! 一(いち)、057二(に)、058三(さん)!』
059 アーク、060タールは早速(さつそく)此(この)場(ば)を外(はづ)し、061酒(さけ)の用意(ようい)を整(ととの)ふべく出(で)て行(い)つた。062あとにランチ将軍(しやうぐん)とお民(たみ)は差向(さしむか)ひとなつて、063一(ひと)つの火鉢(ひばち)を隔(へだ)て小(ちひ)さい声(こゑ)で何事(なにごと)か囁(ささや)いて居(ゐ)る。
064お民『将軍(しやうぐん)様(さま)、065貴方(あなた)は軍人(ぐんじん)がお好(す)きで厶(ござ)りますか、066但(ただし)は理想(りさう)の女(をんな)と民間(みんかん)に下(くだ)つて楽(たの)しくお暮(くら)し遊(あそ)ばすがお好(す)きですか、067承(うけたま)はりたいものですな』
068ランチ『ウン、069俺(おれ)はもとはお前(まへ)の知(し)つてる通(とほ)りバラモン教(けう)の大(だい)宣伝使(せんでんし)兼(けん)大将軍(だいしやうぐん)だ。070右(みぎ)の手(て)に剣(つるぎ)を持(も)ち、071左(ひだり)の手(て)にコーランを携(たづさ)へて臨(のぞ)み、072教(をしへ)を聞(き)くものは之(これ)を善人(ぜんにん)と見做(みな)し、073教(をしへ)を聞(き)かないものは之(これ)を魔物(まもの)と見做(みな)して斬(き)り捨(す)つるのが将軍(しやうぐん)の役(やく)だ。074是(これ)位(くらゐ)愉快(ゆくわい)な事(こと)があらうか。075将軍(しやうぐん)の権威(けんゐ)を以(もつ)てすれば、076何事(なにごと)も意(い)の如(ごと)くならぬ事(こと)はないのだから、077何処(どこ)迄(まで)もバラモン教(けう)の宣伝(せんでん)将軍(しやうぐん)は止(や)められないのだ。078実(じつ)に吾々(われわれ)の威勢(ゐせい)は空(そら)に輝(かがや)く日月(じつげつ)の如(ごと)きものだ。079其(その)方(はう)も吾(わが)前(まへ)に近(ちか)く侍(はべ)り、080実(じつ)に光栄(くわうえい)だらう』
081お民『ハイ、082光栄(くわうえい)に存(ぞん)じます。083然(しか)し軍人(ぐんじん)と云(い)ふものは天下(てんか)泰平(たいへい)の時(とき)には必要(ひつえう)がないものですな、084斯(か)ふ云(い)ふ乱世(らんせ)になれば無(な)くては叶(かな)ひますまい。085其(その)点(てん)になれば軍人(ぐんじん)さまは国家(こくか)の柱石(ちうせき)、086平和(へいわ)の守(まも)り神(がみ)様(さま)で厶(ござ)ります。087併(しか)しながら貴方(あなた)等(がた)の神力(しんりき)と武力(ぶりよく)によつて世界(せかい)が平定(へいてい)され、088真善美(しんぜんび)の平和(へいわ)が建設(けんせつ)されたならば、089軍人(ぐんじん)はおやめになりませうな、090否(いな)必要(ひつえう)がありますまいな』
091ランチ『ウン、092それもさうだ。093併(しか)しそれは云(い)ふべくして行(おこな)ふべからざるものだ。094徒(いたづら)に高遠(かうゑん)な理想(りさう)世界(せかい)を夢(ゆめ)みた所(ところ)で、095所詮(しよせん)此(この)世(よ)の中(なか)は戦(たたか)ひの世(よ)の中(なか)だ。096弱(よわ)い者(もの)は到底(たうてい)頭(あたま)の上(あが)らない娑婆(しやば)世界(せかい)だ。097さうして不幸(ふかう)にして世界(せかい)が平和(へいわ)に治(をさ)まり善人(ぜんにん)ばかりになつたら、098俺(おれ)達(たち)軍人(ぐんじん)はサツパリ商売(しやうばい)が出来(でき)ない。099敵(てき)が現(あら)はれて各所(かくしよ)に動乱(どうらん)が起(おこ)ればこそ俺(おれ)達(たち)の威勢(ゐせい)も出(で)るなり、100又(また)安楽(あんらく)に生活(せいくわつ)が出来(でき)るのだ。101世(よ)の中(なか)は善悪(ぜんあく)混淆(こんこう)だよ、102芝居(しばゐ)だよ。103虚偽(きよぎ)と罪悪(ざいあく)とを擅(ほしいまま)にする世(よ)の中(なか)だ。104よく考(かんが)へて見(み)よ、105瀬戸物(せともの)屋(や)は瀬戸物(せともの)の割(わ)れる事(こと)を好(この)み、106坊主(ばうず)は死者(ししや)の多(おほ)からむ事(こと)を願(ねが)ひ、107医者(いしや)は病人(びやうにん)の多(おほ)からむ事(こと)を望(のぞ)み、108スパイは小盗人(こぬすと)の多(おほ)からむ事(こと)を欲(ほつ)し、109役人(やくにん)は罪人(ざいにん)の最(もつと)も多(おほ)きを以(もつ)て自分(じぶん)の商売(しやうばい)の繁栄(はんゑい)として喜(よろこ)ぶのだ。110何程(なにほど)三五教(あななひけう)とやらが此(この)世(よ)の中(なか)を水晶(すゐしやう)にすると云(い)つても五六七(みろく)の世(よ)を建設(けんせつ)すると云(い)つても、111それは口先(くちさき)ばかりだ。112要(えう)するに商売(しやうばい)の能書(のうがき)だ、113広告(くわうこく)手段(しゆだん)だ。114お前(まへ)もチツと時代(じだい)に目(め)を醒(さま)し社会(しやくわい)の潮流(てうりう)に遅(おく)れない様(やう)にしたがよからうぞ。115之(これ)が人世(じんせ)の径路(けいろ)だ。116さうして悪(あく)を喜(よろこ)ぶのは人間(にんげん)の本能(ほんのう)だ。117己(おのれ)を安全(あんぜん)にし己(おのれ)の幸福(かうふく)を得(え)むとすれば、118必(かなら)ずや他(た)を亡(ほろぼ)し他(た)を圧迫(あつぱく)し他(た)の利益(りえき)を掠奪(りやくだつ)せなくちや、119到底(たうてい)世(よ)に時(とき)めき渡(わた)り、120貴人(きじん)となり富豪(ふうがう)となり紳士(しんし)紳商(しんしやう)となることは出来(でき)ない。121お前(まへ)のくはへて来(き)た蠑螈別(いもりわけ)も余程(よつぽど)薄野呂(うすのろ)だな。122あれ見(み)よ、123泡沫(ほうまつ)に等(ひと)しき経文(きやうもん)を楯(たて)に、124此(この)ランチ将軍(しやうぐん)の命(いのち)を祈(いの)りによつてとらう等(など)と、125アハヽヽヽ……扨(さ)ても扨(さ)てもうぶな考(かんが)へだ。126殆(ほとん)ど今日(こんにち)の時代(じだい)より一万(いちまん)年(ねん)ばかりおくれて居(ゐ)る。127チツと脳味噌(なうみそ)の詰替(つめかへ)をしてやらなくちや此(この)陣中(ぢんちう)でも使(つか)ひ様(やう)がないわ』
128と調子(てうし)に乗(の)つて体主(たいしゆ)霊従(れいじう)主義(しゆぎ)をお民(たみ)に向(むか)つてまくし立(た)ててゐる。129お民(たみ)は善悪(ぜんあく)に迷(まよ)ひ、130只(ただ)俯向(うつむ)いて考(かんが)へ込(こ)んでゐる。
131お民『もしランチ将軍(しやうぐん)様(さま)、132夜前(やぜん)のお二人(ふたり)の美(うつく)しいお方(かた)は何方(どちら)へ行(ゆ)かれました。133一度(いちど)拝顔(はいがん)を願(ねが)ひ度(た)いもので厶(ござ)りますな』
134ランチ『ウン、135あまり話(はなし)に実(み)が入(い)つて、136肝腎(かんじん)のナイスを念頭(ねんとう)より遺失(ゐしつ)して居(ゐ)た。137オー、138さうだ、139斯(こ)んな事(こと)してる時(とき)ぢやない、140ヒヨツと片彦(かたひこ)にでも占領(せんりやう)されちや大変(たいへん)だ。141いやお民(たみ)殿(どの)、142其方(そなた)は蠑螈別(いもりわけ)に対(たい)し某(それがし)が今(いま)申(まを)した言葉(ことば)、143トツクリと云(い)ひ聞(き)かしたがよからう、144それが合点(がてん)が行(い)つたら、145お前(まへ)と二人(ふたり)此(この)陣中(ぢんちう)に大切(たいせつ)にしておいて上(あ)げよう』
146お民『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)ります。147御存(ごぞん)じの通(とほ)りの男(をとこ)で厶(ござ)りますから、148お気(き)に障(さは)る事(こと)をチヨイチヨイ申(まを)しませうが、149何卒(なにとぞ)大目(おほめ)に見(み)てやつて下(くだ)さい。150蠑螈別(いもりわけ)は少々(せうせう)ばかり精神(せいしん)上(じやう)に欠陥(けつかん)が厶(ござ)りますから』
151ランチ『ウン、152ヨシヨシ、153精神(せいしん)病者(びやうしや)ならば又(また)その積(つも)りで、154つき合(あ)うて上(あ)げよう、155随分(ずゐぶん)気(き)をつけてやつたが宜(よ)からう』
156お民『ハイ、157お情深(なさけぶか)いお言葉(ことば)、158お民(たみ)の肝(きも)に銘(めい)じて、159何時(いつ)の世(よ)にかは忘(わす)れませう。160将軍(しやうぐん)さま、161有難(ありがた)う厶(ござ)ります』
162と手(て)を組(く)んで涙(なみだ)を流(なが)し感謝(かんしや)してゐる。
163 アーク、164タールの両人(りやうにん)は酒房(しゆばう)へ振舞酒(ふるまひざけ)をとり出(だ)すべく欣々(いそいそ)として進(すす)みやつて来(き)た。165見(み)れば一人(ひとり)の男(をとこ)が壺(つぼ)に杓(しやく)を突(つ)つ込(こ)みグビリ グビリと飲(の)んでゐる。166よくよく見(み)れば同僚(どうれう)のエキスであつた。167アークはエキスの後(うしろ)から足音(あしおと)を忍(しの)ばせながら近(ちか)く進(すす)み寄(よ)り、
168アーク『オイ』
169と一声(ひとこゑ)呶鳴(どな)ると共(とも)に背中(せなか)を三(み)つ四(よ)つ喰(くら)はした。170エキスは不意(ふい)を打(う)たれて杓(しやく)をパツと放(はな)し、171呂律(ろれつ)も廻(まは)らぬ舌(した)で、
172エキス『ダヽヽヽ誰(だれ)ぢやい、173エーン、174人(ひと)が折角(せつかく)いい気分(きぶん)になつてるのに、175後(うしろ)から来(き)やがつて脅(おびや)かしやがつたな。176マア待(ま)て、177今(いま)に将軍(しやうぐん)様(さま)に訴(うつた)へてやらう』
178アーク『コリヤ、179貴様(きさま)はエキスぢやないか、180エーン、181俺(おれ)の方(はう)から訴(うつた)へてやらう。182酒泥棒(さけどろぼう)奴(め)、183誰(たれ)の許(ゆる)しを得(え)て此処(ここ)に来(き)たのだ』
184エキス『エーン、185八釜(やかま)しう云(い)ふない。186同(おな)じ穴(あな)の狐(きつね)ぢやないか。187貴様(きさま)だつて今(いま)酒(さけ)を盗(ぬす)んで喰(くら)はうと思(おも)つて来(き)やがつたのだらう。188俺(おれ)が一足先(ひとあしさき)に来(き)たばかりだ。189やはり酒(さけ)を盗(ぬす)む心(こころ)は同(おな)じだ。190俺(おれ)の事(こと)を云(い)ふと貴様(きさま)の事(こと)を素破抜(すつぱぬ)くぞ』
191アーク『馬鹿(ばか)云(い)ふな。192俺(おれ)は将軍(しやうぐん)様(さま)の命令(めいれい)によつて今日(けふ)お祝(いはひ)があるのでお酒(さけ)をとりに来(き)たのだ、193なあタール、194さうだらう。195それにエキスの奴(やつ)、196俺(おれ)達(たち)迄(まで)自分(じぶん)の卑(いや)しき心(こころ)に比(くら)べて盗人(ぬすびと)呼(よ)ばはりをするとは怪(け)しからぬ奴(やつ)だ。197こりやエキス、198違(ちが)ふと思(おも)ふなら将軍(しやうぐん)様(さま)に聞(き)いて見(み)よ』
199エキス『酒(さけ)の上(うへ)でした事(こと)は罪(つみ)はないわい。200そんな野暮(やぼ)な事(こと)を云(い)ふものぢやない。201マア貴様(きさま)も一杯(いつぱい)やつたら如何(どう)だ』
202アーク『アハヽヽヽ、203到頭(たうとう)折(を)れて来(き)よつたな。204それでは御(ご)酒宴(しゆえん)に先立(さきだ)つて毒味(どくみ)をして見(み)よう。205もし味(あぢ)が悪(わる)けりや直(なほ)して置(お)かんならぬからな』
206エキス『アハヽヽヽ、207到頭(たうとう)地金(ぢがね)を出(だ)しよつたな。208オイ、209鍍金(めつき)先生(せんせい)、210偉(えら)さうに云(い)つても、211塗(ぬ)つた金箔(きんぱく)は剥(は)げるから仕方(しかた)がないわ。212エー』
213タール『オイ、214アーク、215ここで飲(の)んぢやいけない、216樽(たる)にドツと詰(つ)め込(こ)んで将軍(しやうぐん)様(さま)の前(まへ)に持(も)つて行(ゆ)かう。217そしてエキスの事(こと)をスツパぬいてやらう。218さうぢやないと、219成上(なりあが)り者(もの)の癖(くせ)に威張(ゐば)りよつて仕方(しかた)がないからな』
220エキス『ヘン、221貴様(きさま)も成上(なりあが)がり者(もの)ぢやないか、222俺(おれ)ばつかりぢやないぞ。223人(ひと)の事(こと)を云(い)はうと思(おも)へば自分(じぶん)の蜂(はち)から払(はら)うてかかれ。224人(ひと)を呪(のろ)はば穴(あな)二(ふた)つだ、225本当(ほんたう)に馬鹿(ばか)だな』
226アーク『エー、227何(なん)だか喉(のど)の虫(むし)が頻(しき)りに汽笛(きてき)を吹(ふ)き出(だ)した。228飲(の)みたい事(こと)はないけど、229機関(きくわん)に油(あぶら)を注(さ)すと思(おも)うて、230ホンの三升(さんじよう)ばかり喉(のど)を潤(うるほ)はして見(み)ようかい。231オイ、232タール、233そんな七六(しちむつ)かしい顔(かほ)せずに、234つきあうたら如何(どう)だ。235なあエキス、236さうだらう』
237エキス『ウン、238さうだ。239気(き)に入(い)つた。240人間(にんげん)はさうなくちやいけない、241タールの様(やう)な唐変木(たうへんぼく)は社会(しやくわい)の落伍者(らくごしや)だ。242可憐(かはい)さうなものだな』
243タール『ヘン、244馬鹿(ばか)にすない』
245と腹立(はらだ)ち紛(まぎ)れに杓(しやく)をグツと取(と)り、246酒壺(さけつぼ)にグツと突(つ)つ込(こ)み鯨飲(げいいん)をはじめた。
247エキス『アハヽヽヽ、248到頭(たうとう)、249俺(おれ)の舌(した)に捲(ま)き込(こ)まれよつたな。250然(しか)し吾(わが)党(たう)の士(し)だ。251えらいえらい』
252と凡(すべ)ての紛紜(いさくさ)はケロリと忘(わす)れ、253三(さん)人(にん)は交(かは)る交(がは)る杓(しやく)に口(くち)をつけてガブガブと飲(の)みさがし、254前後(ぜんご)不覚(ふかく)になつて其(その)場(ば)に倒(たふ)れて了(しま)つた。255蠑螈別(いもりわけ)、256お民(たみ)はヒヨロリ ヒヨロリと何気(なにげ)なう此(この)場(ば)に現(あら)はれ来(きた)り、257三(さん)人(にん)の打(う)ち倒(たふ)れてゐる姿(すがた)を見(み)て打驚(うちおどろ)き、
258お民『マアマア、259此(この)方(かた)はアークさま、260タールさま、261エキスさまぢやありませぬか。262マア何(ど)うしてこんな処(ところ)に倒(たふ)れて厶(ござ)るのだらう。263家(いへ)がないものかなんぞの様(やう)に土(つち)の上(うへ)に倒(たふ)れて、264みつともない処(ところ)を丸出(まるだ)しにして、265エーマアいやな事(こと)』
266蠑螈別『此奴(こいつ)ア盗(ぬす)み酒(ざけ)に喰(くら)ひ酔(よ)うて倒(たふ)れてゐるのだ。267何(なん)と酒(さけ)の酔(よひ)と云(い)ふものは見(み)つともないものだな』
268お民『貴方(あなた)だつて何時(いつ)もお酒(さけ)にお酔(よ)ひになると、269もつともつと見(み)つともないですよ。270そんな時(とき)の姿(すがた)を見(み)ると三(さん)年(ねん)の恋(こひ)もゾツとして醒(さ)ましますよ。271私(わたし)なりやこそ、272貴方(あなた)を今迄(いままで)愛(あい)して来(き)たのですよ。273本当(ほんたう)に男(をとこ)と云(い)ふものは卑(いや)しいものだな。274吾(わが)身(み)の正念(しやうねん)がなくなる処(ところ)まで意地(いぢ)汚(きたな)い、275本当(ほんたう)に嫌(いや)になつて了(しま)ふわ。276蠑螈別(いもりわけ)さま、277之(これ)を見(み)て酒(さけ)をこれつきり止(や)めて下(くだ)さい』
278蠑螈別『ウン、279側(そば)から見(み)て居(ゐ)りや見(み)つともないが、280酔(よ)うて居(ゐ)る本人(ほんにん)になつたら愉快(ゆくわい)だよ。281俺(おれ)や如何(どう)しても止(や)められない。282死(し)んだら如何(どう)か知(し)らぬが、283息(いき)のある間(うち)は止(や)められないよ』
284お民『それなら、285貴方(あなた)は酒(さけ)と私(わたし)と、286どちらか止(や)めなならぬと云(い)つたら、287何方(どちら)をお止(や)めになりますか』
288蠑螈別『ウン、289さうだな、290小豆餅(あづきもち)食(く)たか、291島田(しまだ)と寝(ね)るか、292小豆餅(あづきもち)食(く)て島田(しまだ)と寝(ね)ると云(い)ふ事(こと)があるだらう。293酒(さけ)も好(す)きだ、294お前(まへ)も好(す)きだ。295何方(どちら)と云(い)ふ事(こと)は出来(でき)ないね』
296お民『米(こめ)を潰(つぶ)して拵(こしら)へた植物(しよくぶつ)の液汁(えきじう)と神(かみ)様(さま)の生宮(いきみや)たる人間(にんげん)と同様(どうやう)に見(み)られちや堪(たま)りませぬわ。297そんな水臭(みづくさ)いお方(かた)なら今日(けふ)限(かぎ)りお暇(ひま)を下(くだ)さい。298さうして貴方(あなた)は腸(はらわた)の腐(くさ)る所(とこ)までお酒(さけ)をお上(あが)りなさいませ』
299蠑螈別『アーア、300酒(さけ)は飲(の)みたし、301女(をんな)には別(わか)れともなし、302えらいヂレンマに罹(かか)つたものだな。303アヽもう堪(たま)らぬ。304此(この)香(にほひ)を嗅(か)いぢや立(た)つても居(ゐ)ても居(を)れない』
305と云(い)ひながら鏡(かがみ)のぬいた酒(さけ)を見(み)ながら、306両手(りやうて)で樽(たる)を抱(かか)へながらグウグウと鯨飲(げいいん)し初(はじ)めた。307忽(たちま)ち蠑螈別(いもりわけ)は其(その)場(ば)に酔(よ)ひ倒(たふ)れ、308此処(ここ)に四(よ)人(にん)の泥酔者(よひどれ)の雑魚寝(ざこね)が初(はじ)まつた。309お民(たみ)は逸早(いちはや)く此(この)場(ば)を立去(たちさ)り、310奥(おく)の間(ま)さして進(すす)み行(ゆ)く。
311 凩(こがらし)が持(も)て来(く)る雪(ゆき)しばきは遺憾(ゐかん)なく四(よ)人(にん)が地上(ちじやう)に倒(たふ)れた上(うへ)に降(ふ)り注(そそ)ぎ、312次第(しだい)々々(しだい)に雪(ゆき)はこまかくなり来(きた)り、313ザアザアと砂(すな)を撒(ま)く様(やう)な声(こゑ)を出(だ)して、314四辺(しへん)雪襖(ゆきぶすま)を立(た)てた様(やう)になつて来(き)た。315忽(たちま)ち四(よ)人(にん)の身体(からだ)は積雪(せきせつ)に包(つつ)まれて了(しま)つた。
316(大正一二・一・一二 旧一一・一一・二六 北村隆光録)
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