霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第七章 六道(ろくだう)の辻(つじ)〔一二六一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第48巻 舎身活躍 亥の巻 篇:第2篇 幽冥摸索 よみ(新仮名遣い):ゆうめいもさく
章:第7章 六道の辻 よみ(新仮名遣い):ろくどうのつじ 通し章番号:1261
口述日:1923(大正12)年01月12日(旧11月26日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年10月25日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
精霊界は善霊・悪霊が集合する天界と地獄の中間的境域である。人の死後、八衢の中心にある関所に来るためにはいろいろの道をたどることになる。
東から来る者は良い方の精霊たちである。西から来るものはやや魂が曇っており、剣の山を渡ってくる。北から来るものは氷の橋を渡ってくる。南から来るものは燃えている山を通ってくる。
東北東からは身を没するばかりの雪の中を、東南からは枯れ野原を、西南からはけわしい岩山を、西北からはとがった小石の道を足を痛めながらやってくる。こうして苦しみながら八衢へ来るのは、いずれも地獄へ行く副守護神の精霊ばかりである。
善霊はいずれの方面から来ても、生前に尽くした愛善と信真の徳によって、精霊界をやすやすと歩いていくことができる。
八衢の関所は、正守護神も副守護神もすべてのものの会合するところであって、ここで善悪真偽を調べられ、あるいは修練をさせられ、ある一定の期間を経て地獄に落ちたり天国へ昇ったりするのである。
片彦は針の山を通って八衢の関所やってきた。関所の守衛は片彦を呼び止め、身柄を拘束した。片彦は金剛力を出して綱を引きちぎり、館の戸を無理に押しあけて走ってきて門の敷居に躓いて倒れてしまった。
ランチ将軍、副官のガリヤ、ケースが東の方からやってきた。三人は殺したと思った片彦が倒れているのを見つけて揺り起こした。片彦はランチ将軍と二人の副官を認めると、怒って挑みかかった。
ランチ将軍は、いさかいの元になった美人たちは妖怪であり、自分たちも高殿から川に落ち込んでここへやってきたのだ、と経緯を説明した。そしてこうなった上はまた旧交をあたためようと仲直りを申し出た。
そこへお民がやってきて合流した。お民はここは死後の八衢の関所だと伝えるが、ランチたちは信じない。そこへ十人ばかりの守衛たちが得物を手にしていかめしく五人の周りを取り囲んだ。
ランチはまだ自分が生きている気になって守衛たちを威嚇するが、逆に守衛に一喝され、ようやくもろ手を組んでいぶかり始めた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-05-22 09:59:47 文字数:5444 OBC :rm4807
愛善世界社版:89頁 八幡書店版:第8輯 620頁 修補版: 校定版:93頁 普及版:45頁 初版: ページ備考:
001 精霊界(せいれいかい)は善霊(ぜんれい)悪霊(あくれい)の集合(しふがふ)する天界(てんかい)地獄(ぢごく)の中間(ちうかん)的(てき)境域(きやうゐき)にして、002之(これ)を天(あめ)の八衢(やちまた)といふ事(こと)は既(すで)に述(の)べた所(ところ)である。003さて八衢(やちまた)は仏教者(ぶつけうしや)の云(い)ふ六道(ろくだう)の辻(つじ)の様(やう)なものである。004又(また)人(ひと)の死後(しご)此(この)八衢(やちまた)の中心(ちうしん)なる関所(せきしよ)に来(きた)るには、005いろいろの道(みち)を辿(たど)るものである。006東西(たうざい)南北(なんぼく)乾(いぬゐ)坤(ひつじさる)巽(たつみ)艮(うしとら)と、007各精霊(かくせいれい)は八方(はつぱう)より此(この)関所(せきしよ)を中間(ちうかん)として集(あつ)まり来(きた)るものである。008東(ひがし)から来(きた)る者(もの)は大抵(たいてい)は精霊(せいれい)の中(うち)でも良(よ)い方(はう)の部分(ぶぶん)であり、009さうして三途(せうづ)の川(かは)が流(なが)れてゐる。010どうしても此(この)関所(せきしよ)を通(とほ)らなければならないのである。011又(また)西(にし)から来(きた)る者(もの)は稍(やや)魂(たましひ)の曇(くも)つたものが出(で)て来(く)る所(ところ)であつて、012針(はり)を立(た)てたやうな、013所謂(いはゆる)剣(つるぎ)の山(やま)を渉(わた)つて来(く)る者(もの)である。014ここを渉(わた)るのは僅(わづか)に足(あし)を容(い)るるだけの細(ほそ)い道(みち)がまばらに足型(あしがた)丈(だけ)残(のこ)つて居(を)つて、015一寸(ちよつと)油断(ゆだん)をすればすぐに足(あし)を破(やぶ)り、016躓(つまづ)いてこけでもしようものなら、017体(からだ)一面(いちめん)に、018針(はり)に刺(さ)されて苦(くる)しむのである。019又(また)北(きた)から来(きた)る者(もの)は冷(つめ)たい氷(こほり)の橋(はし)を渡(わた)つて来(く)る。020少(すこ)しく油断(ゆだん)をすれば幾千丈(いくせんぢやう)とも知(し)れぬ深(ふか)い泥水(どろみづ)の流(なが)れへ落(お)ち込(こ)み、021そして其(その)橋(はし)の下(した)には何(なん)とも云(い)へぬ厭(いや)らしい怪物(くわいぶつ)が、022鰐(わに)の様(やう)な口(くち)をあけて、023落(お)ちくる人(ひと)を呑(の)まむと待(ま)つてゐる。024そして其(その)上(うへ)骨(ほね)を刻(きざ)む如(ごと)き寒(さむ)い風(かぜ)が吹(ふ)きまくり、025手足(てあし)が凍(こご)えて、026殆(ほとん)ど生死(せいし)の程(ほど)も分(わか)らぬやうな苦(くる)しい思(おも)ひに充(みた)されるのである。027又(また)南(みなみ)の方(はう)から来(きた)る精霊(せいれい)は、028山(やま)一面(いちめん)に火(ひ)の燃(も)えてゐる中(なか)を、029焔(ほのほ)と煙(けむり)をくぐつて来(こ)なくてはならない。030之(これ)も少(すこ)しく油断(ゆだん)をすれば煙(けむり)にまかれ、031衣類(いるゐ)を焼(や)かれ、032大火傷(おほやけど)をなして苦(くる)しまなくてはならぬ。033併(しか)しながら十分(じふぶん)に注意(ちゆうい)をすれば、034火傷(やけど)の難(なん)を免(のが)れて八衢(やちまた)の中心地(ちうしんち)へ来(きた)る事(こと)を得(う)るのである。035又(また)東北方(とうほくはう)より来(きた)る者(もの)は寒氷道(かんぴようだう)と云(い)つて、036雪(ゆき)は身(み)を没(ぼつ)するばかり寒(さむ)い冷(つめ)たい所(ところ)を、037野分(のわき)に吹(ふ)かれながら、038こけつまろびつ、039死物狂(しにものぐる)ひになつて数十(すうじふ)里(り)の長(なが)い道(みち)を渉(わた)り、040漸(やうや)くにして八衢(やちまた)の中心地(ちうしんち)へつくのである。041又(また)東南(とうなん)より来(きた)る精霊(せいれい)は、042満目(まんもく)蕭然(せうぜん)たる枯野(かれの)ケ原(はら)を只(ただ)一人(ひとり)トボトボとやつて来(く)る。043そして泥田(どろた)やシクシク原(ばら)や怪(あや)しき虫(むし)の居(ゐ)る中(なか)を、044辛(から)うじて中心地(ちうしんち)へ向(むか)ふのである。045又(また)西南(せいなん)より来(きた)る精霊(せいれい)は、046崎嶇(きく)たる山坂(やまさか)や岩(いは)の上(うへ)をあちらへ飛(と)び此方(こちら)へ飛(と)び、047種々(いろいろ)の怪物(くわいぶつ)に時々(ときどき)襲(おそ)はれながら、048手足(てあし)を傷(きず)つけ、049飛(と)んだり転(ころ)げたりしながらに、050漸(やうや)く八衢(やちまた)の中心地(ちうしんち)に出(で)て来(く)るものである。051又(また)西北(せいほく)より来(きた)る精霊(せいれい)は、052赤跣足(まつぱだし)になり、053尖(とが)つた小石(こいし)の路(みち)を足(あし)を痛(いた)めながら、054漸(やうや)くにして命(いのち)カラガラ八衢(やちまた)へ来(きた)るものである。055併(しか)しながら斯(かく)の如(ごと)き苦(くる)しみを経(へ)て各方面(かくはうめん)より之(これ)に集(あつ)まり来(きた)る精霊(せいれい)は、056何(いづ)れも地獄(ぢごく)へ行(ゆ)くべき暗黒(あんこく)なる副(ふく)守護神(しゆごじん)の精霊(せいれい)ばかりである。057而(しか)して各方面(かくはうめん)が違(ちが)ひ苦痛(くつう)の度(ど)が違(ちが)ふのは、058其(その)精霊(せいれい)の悪(あく)と虚偽(きよぎ)との度合(どあひ)の如何(いかん)に依(よ)るものである。059又(また)善霊(ぜんれい)即(すなは)ち正(せい)守護神(しゆごじん)の精霊(せいれい)は、060何(いづ)れの方面(はうめん)より来(きた)るも、061余(あま)り苦(くる)しからず、062恰(あだか)も春秋(はるあき)の野(の)を心地(ここち)よげに旅行(りよかう)する様(やう)なものである。063これは生前(せいぜん)に尽(つく)した愛善(あいぜん)の徳(とく)と信真(しんしん)の徳(とく)によつて、064精霊界(せいれいかい)を易々(やすやす)と跋渉(ばつせふ)する事(こと)を得(う)るのである。065善(ぜん)の精霊(せいれい)が八衢(やちまた)へ指(さ)して行(ゆ)く時(とき)は、066殆(ほとん)ど風景(ふうけい)よき現世界(げんせかい)の原野(げんや)を行(ゆ)く如(ごと)く、067或(あるひ)は美(うる)はしき川(かは)を渡(わた)り、068海辺(うみべ)を伝(つた)ひ、069若(もし)くは美(うる)はしき花(はな)咲(さ)く山(やま)を越(こ)え、070或(あるひ)は大河(たいが)を舟(ふね)にて易々(やすやす)と渡(わた)り、071又(また)は風景(ふうけい)よき谷道(たにみち)を登(のぼ)りなどして漸(やうや)く八衢(やちまた)に着(つ)くものである。072正(せい)守護神(しゆごじん)の通過(つうくわ)する此(この)八衢(やちまた)街道(かいだう)は、073殆(ほとん)ど最下層(さいかそう)天国(てんごく)の状態(じやうたい)に相似(さうじ)してゐるのである。074而(しか)して八衢(やちまた)の関所(せきしよ)は正(せい)守護神(しゆごじん)も副(ふく)守護神(しゆごじん)も、075凡(すべ)てのものの会合(くわいがふ)する所(ところ)であつて、076此処(ここ)にて善悪(ぜんあく)真偽(しんぎ)を査(しら)べられ、077且(かつ)修練(しうれん)をさせられ、078いよいよ悪(あく)の改善(かいぜん)をする見込(みこみ)のなきものは、079或(ある)一定(いつてい)の期間(きかん)を経(へ)て地獄界(ぢごくかい)に落(お)ち、080善霊(ぜんれい)は其(その)徳(とく)の度(ど)に応(おう)じて、081各段(かくだん)の天国(てんごく)へそれぞれ昇(のぼ)り得(う)るものである。
082 針(はり)の山(やま)を越(こ)えて漸(やうや)く此処(ここ)に息(いき)も絶(た)え絶(だ)えにやつて来(き)たのは、083バラモン教(けう)の先鋒隊(せんぽうたい)片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)であつた。084片彦(かたひこ)は赤門(あかもん)の前(まへ)に意気(いき)揚々(やうやう)と、085ヤレ楽(らく)だといふやうな気(き)になつてやつて来(く)ると、086赤(あか)白(しろ)の守衛(しゆゑい)は、
087赤白の守衛『暫(しばら)く待(ま)てツ』
088と呼(よ)びとめた。089片彦(かたひこ)は物見櫓(ものみやぐら)の上(うへ)から谷底(たにそこ)へ真逆(まつさか)様(さま)に投(な)げ込(こ)まれ、090肉体(にくたい)の死(し)んだことは少(すこ)しも気(き)がつかず、091依然(いぜん)として現界(げんかい)に居(を)るものの如(ごと)く信(しん)じてゐた。092それ故(ゆゑ)守衛(しゆゑい)の一喝(いつかつ)に会(あ)ひ、093少(すこ)しも騒(さわ)がず、
094片彦『拙者(せつしや)は大自在天(だいじざいてん)大国彦(おほくにひこの)神(かみ)の教(をしへ)を奉(ほう)じ、095且(か)つ数多(あまた)の軍勢(ぐんぜい)を率(ひき)ゐて斎苑(いそ)の館(やかた)へ進軍(しんぐん)の途中(とちう)、096浮木(うきき)ケ原(はら)へ陣営(ぢんえい)をかまへて、097戦備(せんび)をととのへゐる、098宣伝使(せんでんし)兼(けん)征討(せいたう)将軍(しやうぐん)片彦(かたひこ)で厶(ござ)る。099某(それがし)は酩酊(めいてい)の余(あま)り、100道(みち)にふみ迷(まよ)ひ、101実(じつ)に烈(はげ)しき針(はり)の如(ごと)き草木(さうもく)の茂(しげ)れる霜(しも)の山(やま)を通(とほ)り、102漸(やうや)く此処(ここ)までやつて来(き)たもので厶(ござ)る。103此処(ここ)は何(なん)といふ所(ところ)で厶(ござ)るか、104少時(しばらく)休息(きうそく)を致(いた)すによつて、105腹(はら)も余程(よほど)減(へ)つたなり、106体(からだ)も疲(つか)れたから、107酒(さけ)でもふれまつてくれまいか、108あつい茶(ちや)があれば、109一杯(いつぱい)戴(いただ)きたいものだ』
110 赤(あか)の守衛(しゆゑい)は目(め)をギロリと剥(む)き、
111赤の守衛『当関所(たうせきしよ)は霊界(れいかい)の八衢(やちまた)にて、112伊吹戸主(いぶきどぬしの)神(かみ)の御(お)関所(せきしよ)だ。113其(その)方(はう)は浮木(うきき)の森(もり)の陣営(ぢんえい)に於(おい)て、114ランチ将軍(しやうぐん)の副官(ふくくわん)に後手(うしろで)に縛(しば)られ、115谷川(たにがは)へほり込(こ)まれ、116絶命(ぜつめい)致(いた)して此処(ここ)へ迷(まよ)うて来(き)た精霊(せいれい)だ。117精霊(せいれい)の中(なか)でも最(もつと)も憎(にく)むべき、118汝(なんぢ)は悪霊(あくれい)だ。119サア此処(ここ)に於(おい)て、120其(その)方(はう)の罪(つみ)の軽重(けいぢゆう)を査(しら)べてやらう』
121片彦『ヘヽー、122何(なに)を吐(ぬか)しよるのだ。123馬鹿(ばか)にするな。124俺(おれ)は酒(さけ)にこそチツとばかり酔(よ)うたが、125死(し)んだ覚(おぼえ)はない。126一体(いつたい)ここは何処(どこ)だ。127本当(ほんたう)の事(こと)を申(まを)さぬと、128此(この)儘(まま)にはすまさないぞ。129大方(おほかた)其(その)方(はう)は往来(ゆきき)の路人(ろじん)をかすめる泥棒(どろばう)だらう』
130赤の守衛『馬鹿(ばか)だなア、131確(しつか)り致(いた)さぬか、132そこらの光景(くわうけい)を見(み)よ。133これでも気(き)がつかないか』
134片彦『別(べつ)にどこも変(かは)つた所(ところ)がないぢやないか、135世間並(せけんなみ)に樹木(じゆもく)もあれば、136道路(だうろ)もある。137小(ちひ)さい池(いけ)もあれば川(かは)も流(なが)れてゐる。138人間(にんげん)も道々(みちみち)沢山(たくさん)に出会(であ)つて来(き)た。139左様(さやう)な事(こと)を申(まを)して、140吾々(われわれ)を脅迫(けうはく)しようと致(いた)しても、141いつかな いつかな誑(たぶらか)されるやうな片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)ではないぞ。142左様(さやう)な不都合(ふつがふ)な事(こと)を申(まを)すと、143ふん縛(じば)つて陣営(ぢんえい)につれ帰(かへ)り、144火炙(ひあぶ)りの刑(けい)に処(しよ)してやらうか、145エエーン』
146 赤(あか)は片彦(かたひこ)の手(て)をグツと後(うしろ)へ廻(まは)し、147鉄(てつ)の紐(ひも)にてクルクルとまきつけ、148伊吹戸主(いぶきどぬし)の審判廷(しんぱんてい)へ引(ひ)き立(た)てた。
149片彦『ヤア此処(ここ)は何(なん)だか妙(めう)な処(ところ)だ。150俺(おれ)をかやうな所(ところ)へ、151縛(しば)つてつれて来(く)るとは何事(なにごと)だ』
152赤の守衛『先(ま)づ待(ま)つてゐろ、153これから地獄行(ぢごくゆき)の言渡(いひわた)しがあるから……』
154と云(い)ひすて、155青色(あをいろ)の守衛(しゆゑい)に片彦(かたひこ)を任(まか)せおき、156慌(あわただ)しく表(おもて)へ駆(か)け出(だ)した。157少時(しばらく)あつて、158青赤(あをあか)の衣類(いるゐ)をつけたる、159いかめしき守衛(しゆゑい)や獄卒(ごくそつ)の如(ごと)き者(もの)ドカドカと入(い)り来(きた)り、160片彦(かたひこ)の身辺(しんぺん)を取巻(とりま)き、161どこへもやらじと厳重(げんぢゆう)に警戒(けいかい)してゐる。162片彦(かたひこ)は金剛力(こんがうりき)を出(だ)して、163鉄(てつ)の綱(つな)を引(ひ)きちぎり、164片方(かたへ)の腰掛(こしかけ)をグツと手(て)に取(と)るより早(はや)く、165前後(ぜんご)左右(さいう)にふりまはし、166館(やかた)の戸(と)を無理(むり)に押開(おしあ)け、167八衢(やちまた)の赤門前(あかもんまへ)へ驀地(まつしぐら)に走(はし)り来(きた)り、168門(もん)の敷居(しきゐ)に躓(つまづ)きパタリと倒(たふ)れ、169暫(しば)しは人事(じんじ)不省(ふせい)に陥(おちい)つて了(しま)つた。
170 暫(しばら)くするとランチ将軍(しやうぐん)及(およ)びガリヤ、171ケースの三(さん)人(にん)は、172東(ひがし)の方(はう)からスタスタと足早(あしばや)に走(はし)り来(きた)り、
173ランチ『オイ両人(りやうにん)、174此処(ここ)はどこだ、175そこに門番(もんばん)が居(ゐ)る。176一寸(ちよつと)尋(たづ)ねて来(こ)い』
177ガリヤ『ハイ、178承知(しようち)しました。179何(なん)だか、180四辺(あたり)の情況(じやうきやう)が怪(あや)しう厶(ござ)います。181どうぞ、182貴方(あなた)はケースと共(とも)に少時(しばらく)ここにお待(ま)ちを願(ねが)ひます』
183と云(い)ひ棄(す)て、184門口(もんぐち)近(ちか)く進(すす)み寄(よ)つた。185見(み)れば一人(ひとり)の男(をとこ)が倒(たふ)れてゐる。186何人(なにびと)ならむと近寄(ちかよ)つて顔(かほ)をのぞき見(み)れば、187豈計(あにはか)らむや片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)であつた。188ガリヤは驚(おどろ)いて、189ツカツカと元来(もとき)し道(みち)へ引返(ひつかへ)し、
190ガリヤ『モシ、191将軍(しやうぐん)様(さま)、192不思議(ふしぎ)な事(こと)があるものです。193物見台(ものみだい)から谷底(たにそこ)へ投込(なげこ)んで殺(ころ)してやつた片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)が、194あの門(もん)の中(なか)べらに倒(たふ)れて居(を)ります。195片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)はいつの間(ま)にこんな所(ところ)へ逃(に)げて来(き)たのでせうか』
196ランチ『成程(なるほど)、197ここから見(み)ても、198よく似(に)てゐる様(やう)だ。199ハヽー、200誰(たれ)かに助(たす)けられ、201此処(ここ)まで逃(に)げて来(き)よつたのだなア。202大方(おほかた)酒(さけ)にでも酔(よ)うてゐるのだらう。203何(なに)はともあれ、204近(ちか)づいて査(しら)べてみよう』
205といひながらランチは進(すす)みよつた。206そしてよくよく見(み)れば、207疑(うたがひ)もなき片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)である。208ランチは肩(かた)を切(しき)りにゆすり、
209ランチ『オイオイ片彦(かたひこ)、210貴様(きさま)は命冥加(いのちみやうが)のある奴(やつ)だ。211早(はや)く起(お)きぬかい、212かやうな所(ところ)でイビキをかいて寝(ね)て居(ゐ)るといふ事(こと)があるか』
213 片彦(かたひこ)は此(この)声(こゑ)にハツと気(き)がつき、214ムクムクと起(お)き上(あが)り、
215片彦『ヤア、216其(その)方(はう)はランチ将軍(しやうぐん)、217ガリヤ、218ケースの三(さん)人(にん)だなア。219ヤア良(い)い所(ところ)で会(あ)うた。220此(この)方(はう)を高殿(たかどの)から突落(つきおと)しよつたのを覚(おぼ)えて居(ゐ)るか。221斯(か)くなる上(うへ)は最早(もはや)了簡(れうけん)相成(あひな)らぬ。222サア尋常(じんじやう)に勝負(しようぶ)致(いた)せ』
223ランチ『アハヽヽヽヽ、224蟷螂(たうろう)の斧(おの)をふるつて竜車(りうしや)に向(むか)ふとは其(その)方(はう)の事(こと)だ。225こちらは武勇(ぶゆう)絶倫(ぜつりん)の勇士(ゆうし)三(さん)人(にん)、226如何(いか)に汝(なんぢ)鬼神(きじん)をひしぐ勇(ゆう)ありとも、227到底(たうてい)汝(なんぢ)一(いち)人(にん)の力(ちから)に及(およ)ばむや、228左様(さやう)な無謀(むぼう)な戦(たたか)ひを挑(いど)むよりも、229体(てい)よく吾(わが)軍門(ぐんもん)に降(くだ)つたら何(ど)うだ』
230片彦『馬鹿(ばか)を申(まを)せ、231此(この)方(はう)を谷底(たにそこ)へ投込(なげこ)んだのみならず、232最愛(さいあい)の清照姫(きよてるひめ)、233初稚姫(はつわかひめ)まで横奪(わうだつ)した恋(こひ)の仇(あだ)、234モウ斯(か)うなる上(うへ)は片彦(かたひこ)が死物狂(しにものぐるひ)、235命(いのち)をすてた此(この)方(はう)、236サア、237かかるならかかつてみよ』
238ランチ『ヤ、239片彦(かたひこ)、240あの美人(びじん)は妖怪(えうくわい)で厶(ござ)つたぞや。241拙者(せつしや)もあの美人(びじん)が虎(とら)とも狐(きつね)とも狼(おほかみ)とも譬方(たとへがた)ない形相(ぎやうさう)をして、242拙者(せつしや)を睨(にら)みつけた時(とき)は、243本当(ほんたう)に肝(きも)をつぶし、244ヨロヨロとヨロめいた途端(とたん)に、245高殿(たかどの)の欄干(らんかん)に三(さん)人(にん)一(いち)時(じ)にぶつ倒(たふ)れ、246其(その)はづみに高欄(かうらん)はメキメキとこはれ、247泡立(あわだ)つ淵(ふち)に向(むか)つて三(さん)人(にん)は急転(きふてん)落下(らくか)の厄(やく)に遇(あ)ひ、248已(すで)に溺死(できし)せんとする所(ところ)、249命冥加(いのちみやうが)があつたと見(み)え、250吾々(われわれ)三(さん)人(にん)は岸(きし)に泳(およ)ぎつき、251無我(むが)無夢(むちう)になつて此処(ここ)まで走(はし)り来(き)て見(み)れば、252門(もん)の傍(かたはら)に一人(ひとり)の行倒(ゆきだふ)れ、253救(すく)ひやらむと、254ガリヤを遣(つか)はし調(しら)べて見(み)れば片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)と聞(き)き、255取(と)るものも取敢(とりあへ)ず救助(きうじよ)に向(むか)つたのだ。256最早(もはや)彼(あ)の女(をんな)が妖怪(えうくわい)であり、257又(また)拙者(せつしや)が貴殿(きでん)と同様(どうやう)、258高殿(たかどの)より水中(すゐちう)におち、259双方(さうはう)無事(ぶじ)に命(いのち)を保(たも)ち得(え)たのは、260全(まつた)く大自在天(だいじざいてん)様(さま)の御(ご)守護(しゆご)の致(いた)す所(ところ)だ。261モウ斯(か)うなる上(うへ)は、262今迄(いままで)の恨(うらみ)をスツパリと水(みづ)に流(なが)し、263旧交(きうかう)を温(あたた)めようぢやないか』
264片彦『さうだ、265拙者(せつしや)も斯(か)うして命(いのち)の繋(つな)げた限(かぎ)りは、266貴殿(きでん)と別(べつ)に赤目(あかめ)つり合(あ)うて争(あらそ)ふにも及(およ)ぶまい。267何分(なにぶん)宜(よろ)しく御(お)頼(たの)み申(まを)す。268併(しか)しランチ殿(どの)、269此処(ここ)は不思議(ふしぎ)な所(ところ)で厶(ござ)る。270この門内(もんない)に高大(かうだい)なる館(やかた)があり、271数多(あまた)の番卒(ばんそつ)共(ども)が立籠(たてこも)り、272拙者(せつしや)を軍法(ぐんぱふ)会議(くわいぎ)に附(ふ)せむと致(いた)しよつた。273そこで拙者(せつしや)は後手(うしろで)に縛(しば)られた鉄(てつ)の綱(つな)を剛力(がうりき)に任(まか)せて切断(せつだん)し、274門(もん)の戸(と)を押破(おしやぶ)り逃来(にげきた)る途中(とちう)、275門(もん)の閾(しきゐ)に躓(つまづ)き顛倒(てんたう)して、276暫(しばら)く目(め)をまはしてゐたのでござる。277そこを貴殿(きでん)がお助(たす)け下(くだ)さつたのだから、278命(いのち)の御(ご)恩人(おんじん)、279最早(もはや)怨(うら)みは少(すこ)しも御座(ござ)らぬ、280サ是(これ)より浮木(うきき)の森(もり)の方角(はうがく)を尋(たづ)ね、281一(いち)時(じ)も早(はや)く陣営(ぢんえい)へ帰(かへ)らうでは厶(ござ)らぬか、282さぞ軍卒(ぐんそつ)共(ども)が心配(しんぱい)を致(いた)して居(を)りませう』
283 斯(か)かる所(ところ)へ、284ヒヨロリ ヒヨロリとやつて来(き)たのはお民(たみ)であつた。
285片彦(かたひこ)『ヤア其方(そなた)はお民(たみ)どのぢや厶(ござ)らぬか、286ようマア拙者(せつしや)の後(あと)を尋(たづ)ねて来(き)て下(くだ)さつた。287ヤア感謝(かんしや)致(いた)す』
288お民『ハイ、289ここは何処(どこ)で厶(ござ)いますか』
290片彦『サア地名(ちめい)がサツパリ分(わか)らないのだ。291最前(さいぜん)も赤(あか)い面(つら)した奴(やつ)が一人(ひとり)やつて来(き)よつて、292八衢(やちまた)だとか関所(せきしよ)だとか威(おど)かしよつたが、293俺(おれ)の勢(いきほひ)に辟易(へきえき)して、294何処(どこ)ともなく消(き)え失(う)せて了(しま)ひよつた。295アツハヽヽヽヽ、296併(しか)しお民(たみ)、297俺(おれ)を慕(した)ふ心(こころ)が何処(どこ)までも離(はな)れぬと見(み)えて、298こんな名(な)も知(し)れない所(ところ)まで、299よくついて来(き)てくれた。300イヤ本当(ほんたう)に優(やさ)しい女(をんな)だ』
301お民『あの片彦(かたひこ)様(さま)の自惚様(うぬぼれやう)わいのう。302私(わたし)には蠑螈別(いもりわけ)さまといふ立派(りつぱ)な夫(をつと)が厶(ござ)いますよ。303あなたは人(ひと)の上(かみ)に立(た)つ将軍(しやうぐん)の身(み)でゐながら、304主(ぬし)ある女(をんな)に恋慕(れんぼ)するとは余(あんま)りぢやありませぬか、305チツと心得(こころえ)なされませ』
306片彦『言(い)はしておけば、307女(をんな)の分際(ぶんざい)として、308聞(き)くに堪(た)へざる雑言(ざふごん)無礼(ぶれい)、309いよいよ軍法(ぐんぱふ)会議(くわいぎ)にまはし、310其(その)方(はう)を重(おも)き刑罰(けいばつ)に処(しよ)してやるから、311覚悟(かくご)を致(いた)したがよからう』
312お民『ホヽヽヽヽ、313あなたも余程(よほど)常識(じやうしき)のない方(かた)ですね。314軍人(ぐんじん)でもないもの、315而(しか)も軍隊(ぐんたい)に何一(なにひと)つ関係(くわんけい)のない此(この)女(をんな)一人(ひとり)をつかまへて、316軍法(ぐんぱふ)会議(くわいぎ)にまはすなんて、317余(あま)り常識(じやうしき)がなさ過(す)ぎるぢやありませぬか、318ねえランチ将軍(しやうぐん)様(さま)、319まるで片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)は八衢(やちまた)人足(にんそく)みたやうな方(かた)ですねえ。320ホツホヽヽヽ』
321ランチ『サア、322どうかなア』
323片彦『コリヤお民(たみ)、324何(なん)といふ無礼(ぶれい)な事(こと)を申(まを)すか、325八衢(やちまた)人足(にんそく)とは何(なん)だ。326畏(おそれおほ)くも大自在天(だいじざいてん)様(さま)の御(ご)恩寵(おんちやう)を受(う)けた、327万民(ばんみん)を天国(てんごく)に救(すく)ひ、328且(か)つ世界(せかい)の動乱(どうらん)をしづめる宣伝(せんでん)将軍(しやうぐん)様(さま)だぞ。329八衢(やちまた)にさまよふ奴(やつ)は、330其(その)方(はう)や蠑螈別(いもりわけ)の如(ごと)き人足(にんそく)だ』
331お民『ホツホヽヽヽヽ、332私(わたし)が八衢(やちまた)人足(にんそく)なら、333あなた方(がた)皆(みな)さうですワ。334現(げん)に八衢(やちまた)の関所(せきしよ)へ迷(まよ)つて来(き)てゐるぢや厶(ござ)いませぬか。335あれ御覧(ごらん)なさい、336あすこに館(やかた)が厶(ござ)いませう。337あこが閻魔(えんま)さまのお館(やかた)で厶(ござ)いますよ。338何(いづ)れここで、339私(わたし)もあなた方(がた)も取調(とりしら)べられるにきまつてゐます。340其(その)時(とき)になれば私(わたし)が天国(てんごく)へ行(ゆ)くか、341あなた方(がた)が地獄(ぢごく)へお落(お)ち遊(あそ)ばすか、342ハツキリと分(わか)りませうから、343マア楽(たのし)んでお待(ま)ちなさいませ』
344片彦『コリヤお民(たみ)、345其(その)方(はう)は狂気(きやうき)致(いた)したか、346死(し)んでるのぢやないぞ。347今(いま)から亡者(まうじや)気取(きど)りになつて何(なん)とする。348コレコレ ランチ殿(どの)、349お民(たみ)に気(き)つけを呑(の)ましたいと思(おも)ひますが、350生憎(あひにく)途中(とちう)にて肝腎(かんじん)の薬(くすり)を遺失(ゐしつ)致(いた)しました。351少(すこ)しばかり貴方(あなた)の分(ぶん)を与(あた)へてやつて下(くだ)さい』
352ランチ『拙者(せつしや)も川(かは)へ落込(おちこ)んだ刹那(せつな)、353肝腎(かんじん)の霊薬(れいやく)を川(かは)へ落(おと)したと見(み)えます、354仕方(しかた)がありませぬワ』
355お民『ホヽヽヽヽ、356私(わたし)の方(はう)から気付(きつけ)を上(あ)げたい位(くらゐ)だが、357私(わたし)も生憎(あいにく)持合(もちあは)せがないので、358仕方(しかた)がありませぬ。359併(しか)しながら今(いま)赤鬼(あかおに)さまがお調(しら)べ下(くだ)さるでせうから、360其(その)時(とき)になつてビツクリなさいますなや、361本当(ほんたう)にお気(き)の毒(どく)さまですワ。362あなたの霊衣(れいい)は浮木(うきき)の森(もり)の陣営(ぢんえい)に厶(ござ)つた時(とき)とは大変(たいへん)に薄(うす)くなつてゐますよ。363気(き)の毒(どく)な運命(うんめい)が、364あなた方(がた)の頭上(づじやう)にふりかかつて来(き)てるやうに思(おも)へてなりませぬワ』
365片彦『気(き)の違(ちが)つた女(をんな)といふものは、366どうも仕方(しかた)がないものだなア』
367 斯(か)く話(はな)す所(ところ)へ、368今度(こんど)は十(じふ)人(にん)ばかりの赤面(あかづら)の守衛(しゆゑい)が突棒(つきぼう)、369刺股(さすまた)などを携(たづさ)へ、370いかめしき装束(しやうぞく)をして、371バラバラと五(ご)人(にん)の周囲(まはり)を取巻(とりま)いた。
372ランチ『拙者(せつしや)はバラモンの先鋒軍(せんぽうぐん)、373ランチ将軍(しやうぐん)で厶(ござ)る。374其(その)方(はう)は何者(なにもの)なるや知(し)らねども、375其(その)いかめしき形相(ぎやうさう)は何事(なにごと)ぞ。376それがしを護衛(ごゑい)の為(ため)か、377但(ただし)は召捕(めしと)る考(かんが)へか、378直様(すぐさま)返答(へんたふ)を致(いた)せ』
379守衛(しゆゑい)の一『ここは霊界(れいかい)の八衢(やちまた)だ、380其方(そのはう)等(ら)は已(すで)に肉体(にくたい)を離(はな)れ、381ここに生前(せいぜん)の業(ごふ)の酬(むく)いによつて、382今(いま)や審判(しんぱん)を受(う)けねばならぬ身(み)の上(うへ)となつてゐるのだ。383サア神妙(しんめう)に冥土(めいど)の御(ご)規則(きそく)に従(したが)ひ、384此(この)衡(はかり)の上(うへ)に一人(ひとり)々々(ひとり)乗(の)つたがよからう、385罪(つみ)の軽重(けいぢゆう)大小(だいせう)によつて、386其(その)方(はう)の行(ゆ)くべき所(ところ)を定(さだ)めねばならぬ。387サ、388キリキリと此(この)衡(はかり)にかかれ』
389 ランチは双手(もろて)を組(く)み、
390ランチ『ハーテナア』
391(大正一二・一・一二 旧一一・一一・二六 松村真澄録)
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