霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章 鞘当(さやあて)〔一二五九〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第48巻 舎身活躍 亥の巻 篇:第1篇 変現乱痴 よみ(新仮名遣い):へんげんらんち
章:第5章 鞘当 よみ(新仮名遣い):さやあて 通し章番号:1259
口述日:1923(大正12)年01月12日(旧11月26日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年10月25日
概要: 舞台:浮木の森のバラモン軍の陣営 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
ランチ将軍が奥の居間に帰ってみると、清照姫と初稚姫は片彦将軍を囲んで笑い語らっている。ランチ将軍は嫉妬を抑えて、将軍が女にうつつを抜かすとは何事かと自分を棚に上げてたしなめた。
しかしランチ将軍があらわれると、二人の女はどうしたことか急に片彦に冷たくなり、ランチ将軍にまとわりつきだした。片彦が何を言っても二人の女は邪険に答え、得意になったランチ将軍は、片彦に退室を命じた。
ランチ将軍は二人の女をはべらせて雪見の宴を開こうと駕籠を呼んだ。アーク、タール、エキスらも呼ぼうとしたが、彼らは泥酔して雪に埋もれたため発見できなかった。そこで二人の副官(ガリヤ、ケース)と二人の美人だけ伴って雪をかきわけ、物見やぐらに到着した。
片彦はお民をくどこうとしていたが、ランチ将軍が三五教の二人の美人を連れて物見やぐらに雪見の宴を張っていると聞くと、お民を伴って物見やぐらに進んで行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-05-18 09:10:54 文字数:4534 OBC :rm4805
愛善世界社版:63頁 八幡書店版:第8輯 610頁 修補版: 校定版:65頁 普及版:32頁 初版: ページ備考:
001 ランチ将軍(しやうぐん)は慌(あわただ)しく奥(おく)の吾(わが)居間(ゐま)に帰(かへ)つて見(み)ると、002清照姫(きよてるひめ)、003初稚姫(はつわかひめ)及(およ)び片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)がニコニコとして、004火鉢(ひばち)を真中(まんなか)に三(み)つ巴形(どもゑがた)となつて喋々(てふてふ)喃々(なんなん)と笑(わら)ひ声(ごゑ)を洩(も)らして居(ゐ)る。005ランチ将軍(しやうぐん)は之(これ)を見(み)てやけて耐(たま)らず、006忽(たちま)ち一刀(いつたう)を引(ひ)き抜(ぬ)き、007片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)をめがけて梨割(なしわり)にする所(ところ)だが、008遉(さすが)二人(ふたり)の女(をんな)にはしたない男(をとこ)と思(おも)はれてはとの考(かんが)へから、009腹立(はらだち)をグツと圧(おさ)へ、010態(わざ)と素知(そし)らぬ顔(かほ)して其(その)場(ば)に進(すす)み入(い)つた。011されど其(その)唇(くちびる)と云(い)ひ手(て)と云(い)ひ足(あし)の先(さき)迄(まで)激(はげ)しき震動(しんどう)を感(かん)じて居(ゐ)た。012怒(いか)りの頂上(ちやうじやう)に達(たつ)した時(とき)は全身(ぜんしん)が激(はげ)しく動(うご)くものである。013片彦(かたひこ)はランチ将軍(しやうぐん)の入(い)り来(きた)りしを見(み)て、014眥(まなじり)を下(さ)げ、
015片彦『ヤア是(これ)は是(これ)は将軍殿(しやうぐんどの)、016何処(どこ)におはせられた。017いやもう二人(ふたり)のナイスに手(て)を引(ひ)かれ、018甘酒(うまざけ)にもりつぶされ、019いかい酩酊(めいてい)を致(いた)して厶(ござ)る、020御(ご)無礼(ぶれい)の段(だん)は平(ひら)にお赦(ゆる)し下(くだ)さいませ』
021ランチ『別(べつ)に尖(とが)めも致(いた)さぬが、022苟(いやし)くも将軍(しやうぐん)の身(み)をもつて、023即(すなは)ち三軍(さんぐん)を指揮(しき)する尊(たふと)き職権(しよくけん)を有(いう)しながら、024作法(さはふ)を弁(わきま)へず、025拙者(せつしや)の不在中(ふざいちゆう)に女(をんな)に現(うつつ)をぬかし、026何(なん)の態(ざま)で厶(ござ)る。027些(ち)とおたしなみなさい』
028片彦『ヤアお説(せつ)一応(いちおう)御尤(ごもつと)も、029拙者(せつしや)も部下(ぶか)に対(たい)して模範(もはん)を示(しめ)さねばならない重要(ぢうえう)の地位(ちゐ)に立(た)てるもの、030女(をんな)なんかに心(こころ)を蕩(とろ)かすやうな柔弱(にうじやく)なものでは厶(ござ)らぬ。031併(しか)し此(これ)等(ら)両人(りやうにん)、032某(それがし)に熱烈(ねつれつ)なる恋愛(れんあい)を注(そそ)ぎ申(まを)すにより、033無下(むげ)に捨(す)つるも男(をとこ)の情(なさけ)ならじと、034迷惑(めいわく)ながら女(をんな)に導(みちび)かれ此処(ここ)に参(まゐ)つた処(ところ)で厶(ござ)る。035イヤ如何(いか)に固造(かたざう)のかた彦(ひこ)も、036女(をんな)の魔力(まりよく)には敵(てき)し得(え)ず、037骨(ほね)も節(ふし)もゆるみ、038さつぱりガタ彦(ひこ)となつて了(しま)ひました。039先程(さきほど)迄(まで)は此(この)ナイス、040貴方(あなた)に熱烈(ねつれつ)なる愛(あい)を捧(ささ)げて居(ゐ)たやうですが、041もはや此(この)通(とほ)り、042屋外(をくぐわい)に冷(つめ)たき雪(ゆき)が降(ふ)つて居(を)りますれば、043貴下(きか)に対(たい)する両人(りやうにん)の恋情(れんじやう)も冷(ひや)やかになつたと見(み)えますわい。044どうかして此(この)中(うち)の一人(ひとり)を貴方(あなた)の御用(ごよう)をさせたいと思(おも)ひますが、045どうしたものか、046両人(りやうにん)共(とも)首(くび)を左右(さいう)に振(ふ)り、047ランチキ将軍(しやうぐん)のお世話(せわ)にならうとも又(また)お世話(せわ)をしようとも申(まを)しませぬ、048イヤもう此(この)片彦(かたひこ)もかたがたもつて迷惑(めいわく)でも何(なん)でも厶(ござ)らぬ。049アハヽヽヽ』
050清照(きよてる)『モシ、051ランチ将軍(しやうぐん)様(さま)、052どこへ往(い)つてゐやしたの、053妾(あたい)、054どんなに探(たづ)ねて居(ゐ)たか知(し)れませぬよ』
055 ランチは此(この)声(こゑ)に生返(いきかへ)つたやうな心持(こころもち)になり、056顔(かほ)の色(いろ)まで勇(いさ)ましく、057頓(にはか)に元気(げんき)づき、
058ランチ『ヤア清照姫(きよてるひめ)殿(どの)、059誠(まこと)に済(す)みませなんだ、060実(じつ)は軍務(ぐんむ)上(じやう)の件(けん)につき調査(てうさ)すべき事(こと)があり、061暫(しばら)く席(せき)を外(はづ)して居(を)りました』
062清照姫『将軍(しやうぐん)様(さま)、063そりや嘘(うそ)でせう。064妾(あたい)がイヤになつたものだから、065何処(どこ)かへ隠(かく)れて居(ゐ)やしやつたのでせう、066妾(あたい)残念(ざんねん)ですわ、067アンアンアン、068オンオンオン』
069ランチ『エヘヽヽヽ、070オイ片彦(かたひこ)殿(どの)、071如何(どう)で厶(ござ)る、072可愛(かあい)いもので厶(ござ)らうがな』
073片彦『コレコレ清照姫(きよてるひめ)殿(どの)、074貴女(あなた)は又(また)変心(へんしん)をしましたか』
075清照姫『ランチ将軍(しやうぐん)さまが、076あの大(おほ)きな目(め)をむいて私(わたし)に電波(でんぱ)、077イヤ電信(でんしん)を送(おく)つて下(くだ)さつたから、078どうしても返信(へんしん)(変心(へんしん))をすべき義務(ぎむ)があるぢやありませぬか、079ホヽヽヽヽ』
080片彦『アヽどうも仕方(しかた)がない。081どうせ片彦(かたひこ)が二人(ふたり)の美女(びぢよ)を左右(さいう)に侍(はべ)らせ、082ナイスを一人(ひとり)で独占(どくせん)して居(ゐ)ても仕方(しかた)がない。083清照姫(きよてるひめ)が変心(へんしん)したのも天(てん)の配剤(はいざい)だらう、084イヤ清照姫(きよてるひめ)、085拙者(せつしや)は寛大(くわんだい)なる勇猛心(ゆうまうしん)を発揮(はつき)して、086ランチ将軍(しやうぐん)にお任(まか)せ申(まを)す。087唯今(ただいま)限(かぎ)り片彦(かたひこ)の事(こと)は思(おも)ひ切(き)り、088ランチ将軍(しやうぐん)に貞節(ていせつ)を尽(つく)したがよからう』
089清照姫『オホヽヽヽ、090あの片彦(かたひこ)さまの虫(むし)のよい事(こと)、091自惚(うぬぼれ)もよい加減(かげん)にして置(お)かんせいなア。092思(おも)ひもかけぬものに思(おも)ひ切(き)れとは、093マア何(なん)と云(い)ふ自惚者(うぬぼれもの)だらう。094好(す)かぬたらしい。095男(をとこ)と云(い)ふものは、096ほんとに自惚(うぬぼれ)の強(つよ)いものだよ』
097片彦『ランチ殿(どの)、098嘸(さぞ)御(ご)満足(まんぞく)で厶(ござ)らうのう、099エーン、100エーン、101拙者(せつしや)は大(おほい)に譲歩(じやうほ)致(いた)して、102年(とし)の若(わか)い初稚姫(はつわかひめ)で満足(まんぞく)致(いた)す、103どうか拙者(せつしや)の雅量(がりやう)を認(みと)めて下(くだ)さい』
104ランチ『何(なん)なりと勝手(かつて)に仰有(おつしや)い、105両人(りやうにん)共(とも)拙者(せつしや)の女(をんな)で厶(ござ)るぞ。106ヘン馬鹿(ばか)々々(ばか)しい、107拙者(せつしや)が黙言(だま)つて居(ゐ)るかと思(おも)つてよい気(き)になり、108図々(づづ)しいにも程(ほど)がある』
109片彦『仰(おほ)せられなランチ殿(どの)、110拙者(せつしや)が何(ど)う致(いた)したのでもない、111女(をんな)の方(はう)から秋波(しうは)を送(おく)り、112女(をんな)に頼(たの)まれて約束(やくそく)致(いた)せし迄(まで)の事(こと)、113其(その)女(をんな)を拙者(せつしや)が貴下(あなた)にお任(まか)せしようと云(い)ふのだから、114吾々(われわれ)は感謝(かんしや)をこそ受(う)くべけれ、115そのやうな、116榎(えのき)で鼻(はな)をこすつたやうな御(ご)挨拶(あいさつ)は承(うけたま)はりたくない、117コレ初稚姫(はつわかひめ)殿(どの)、118こんな分(わか)らない将軍(しやうぐん)の所(ところ)に居(を)らうよりも、119私(わたし)の居間(ゐま)に参(まゐ)りませう、120貴女(あなた)は永久(えいきう)に愛(あい)します』
121初稚姫『エヽすかぬたらしい、122私(わたし)がいつ貴方(あなた)を好(す)きました。123私(わたし)は姉(ねえ)さまが好(す)きな人(ひと)が好(す)きなのです、124御免(ごめん)下(くだ)さいませ』
125片彦『何(なん)だか外(そと)の陽気(やうき)が変(かは)つたと思(おも)へば、126初稚姫(はつわかひめ)様(さま)の鼻息(はないき)までが変(かは)つて来(き)たわい、127ハヽ、128ウン、129分(わか)つた、130恥(はづ)かしいのだな、131人前(ひとまへ)を作(つく)つて居(ゐ)るのだな。132ウンウンヨシヨシ可愛(かあい)いものだな』
133と口(くち)の奥(おく)で呟(つぶや)いて居(ゐ)る。134初稚姫(はつわかひめ)は鋭敏(えいびん)な耳(みみ)に此(この)声(こゑ)を聞(き)き知(し)り、
135初稚姫『モシ、136片彦(かたひこ)さま、137「可愛(かあい)いものだ」などと云(い)うて下(くだ)さいますな、138妾(あて)、139胸(むね)が悪(わる)くなりました』
140ランチ『アハヽヽヽ、141片彦(かたひこ)殿(どの)、142如何(どう)で厶(ござ)る、143色(いろ)は年増(としま)が艮刺(とどめさ)すと云(い)ふ事(こと)を御存(ごぞん)じかな。144アハヽヽヽ』
145片彦『チヨツ、146エーエイ』
147ランチ『片彦(かたひこ)殿(どの)、148チヨツ、149エーエイとは御(ご)無礼(ぶれい)では厶(ござ)らぬか、150上官(じやうくわん)の命令(めいれい)だ、151この場(ば)を退却(たいきやく)めされ』
152 片彦(かたひこ)は鶴(つる)の一声(ひとこゑ)、153已(や)むを得(え)ず、
154片彦『ヘーエ』
155と嫌(いや)さうな返事(へんじ)をしながら二人(ふたり)の女(をんな)に心(こころ)を残(のこ)し、156次(つぎ)の間(ま)に飛(と)び出(だ)し、157襖(ふすま)の外(そと)から上下(うへした)の歯(は)を喰(く)ひ締(し)めたまま唇(くちびる)をパツと開(ひら)き、
158片彦『イーン』
159と云(い)ひながら、160拳骨(げんこつ)で二(ふた)つ三(みつ)つ空(くう)を打(う)ち、
161片彦『チヨツ、162上官(じやうくわん)の命令(めいれい)だなんて、163チヨツ、164馬鹿(ばか)にして居(ゐ)る、165併(しか)し仕方(しかた)がない、166俺(おれ)も上燗(じやうかん)で一杯(いつぱい)やる事(こと)にしよう、167お民(たみ)でも相手(あひて)にして』
168と云(い)ひながら、169すごすごと帰(かへ)り往(ゆ)く。
170 ランチは片彦(かたひこ)を室外(しつぐわい)に突(つ)き出(だ)し、171二人(ふたり)の美人(びじん)の中央(まんなか)に色男(いろをとこ)気取(きど)りで胡床(あぐら)をかき、172目(め)を細(ほそ)くしながら、
173ランチ『これは清照姫(きよてるひめ)殿(どの)、174其方(そなた)は此(この)ランチの眼(め)をよけて、175いつの間(ま)にか片彦(かたひこ)と以心(いしん)伝心(でんしん)とやらをやつて居(ゐ)たのぢやないか』
176清照姫『ハイ別(べつ)に左様(さやう)な事(こと)はありませぬ。177併(しか)しながら貴方(あなた)も好(す)きですが、178片彦(かたひこ)さまの抱持(はうぢ)さるる思想(しさう)が気(き)に入(い)りましたから、179それで私(わたし)は片彦(かたひこ)さまは何(ど)うでも宜敷(よろし)いが、180新(あたら)しい思想(しさう)だと思(おも)つて、181其(その)思想(しさう)に惚(ほ)れ込(こ)んで居(ゐ)ます。182貴方(あなた)が、183私(わたし)の思想(しさう)と同(おな)じ思想(しさう)をもつて下(くだ)さらば、184此(この)位(くらゐ)嬉(うれ)しい事(こと)はありませぬ。185実(じつ)は貴方(あなた)に対(たい)しては肉体美(にくたいび)を愛(あい)し、186片彦(かたひこ)さまに対(たい)しては其(その)思想(しさう)を愛(あい)して居(ゐ)るのですよ』
187ランチ『片彦(かたひこ)の新思想(しんしさう)とはどんな思想(しさう)だ、188俺(おれ)だつて思想(しさう)については、189先繰(せんぐ)り新(あたら)しい書物(しよもつ)をあさつて居(ゐ)るから、190片彦(かたひこ)には負(ま)けない積(つも)りだ、191一体(いつたい)どんな事(こと)を云(い)うて居(を)るのだな』
192清照姫『ハイ、193片彦(かたひこ)さまの思想(しさう)はどうかと存(ぞん)じまして探(さぐ)つて見(み)ました所(ところ)、194本当(ほんたう)に惚(ほ)れ惚(ぼ)れするやうな思想(しさう)で厶(ござ)いますよ。195かいつまんで申(まを)せば、196軍備(ぐんび)不必要(ふひつえう)論者(ろんじや)です、197武備(ぶび)撤廃(てつぱい)論者(ろんじや)ですよ、198そして平和(へいわ)な耽美(たんび)生活(せいくわつ)を送(おく)りたいと云(い)ふ、199ほんとに新(あたら)しい思想(しさう)ですよ』
200ランチ『片彦(かたひこ)身(み)軍籍(ぐんせき)にありながら左様(さやう)な事(こと)を申(まを)したかな、201それは中々(なかなか)もつて不都合(ふつがふ)千万(せんばん)……ぢやない、202吾(わが)意(い)を得(え)たる、203マヽヽヽ思想(しさう)だ。204ウン、205さうして武術(ぶじゆつ)の事(こと)については、206何(ど)う云(い)うて居(ゐ)たな』
207清照姫『武術家(ぶじゆつか)は臆病者(おくびやうもの)だと云(い)つて居(を)られました。208臆病者(おくびやうもの)なるが故(ゆゑ)に世(よ)の中(なか)が恐(おそ)ろしくなり、209疑心(ぎしん)暗鬼(あんき)を生(しやう)じ、210敵(てき)なきに敵(てき)を作(つく)り、211何人(なにびと)か自分(じぶん)を害(がい)するものはなきかと、212心中(しんちう)戦々(せんせん)兢々(きようきよう)として安(やす)らかならず、213常(つね)に自己(じこ)保護(ほご)の迷夢(めいむ)に襲(おそ)はれ、214武術(ぶじゆつ)を練(ね)り、215柔術(じうじゆつ)などを稽古(けいこ)するのだと云(い)うて居(を)られました。216ほんとに世(よ)の中(なか)に愛善(あいぜん)の徳(とく)さへあれば、217虎(とら)狼(おほかみ)でも悦服(えつぷく)して、218決(けつ)して其(その)人(ひと)に敵(てき)するものではありませぬ。219況(ま)して人間(にんげん)に於(おい)てをやです、220私(わたし)はこの思想(しさう)が大(おほい)に気(き)に入(い)りました。221心(こころ)に邪悪(じやあく)分子(ぶんし)を含(ふく)んで居(ゐ)るものは、222徒(いたづら)に人(ひと)を怖(こは)がり人(ひと)を恐(おそ)るるものです。223かかる人間(にんげん)が身(み)を護(まも)るために剣術(けんじゆつ)柔術(じうじゆつ)を学(まな)ぶものです。224地獄界(ぢごくかい)に籍(せき)を有(いう)し、225八衢(やちまた)に彷徨(さまよ)うて居(ゐ)るものが武術(ぶじゆつ)を志(こころざ)すものです、226低脳児(ていなうじ)や殺人狂(さつじんきやう)の徒(と)が喜(よろこ)んで人命(じんめい)を奪(うば)ひ財産(ざいさん)を奪(うば)ひ、227或(あるひ)は人(ひと)の国土(こくど)を奪(うば)ひ或(あるひ)は人(ひと)の子女(しぢよ)を辱(はづ)かしめ、228悪逆(あくぎやく)無道(ぶだう)の限(かぎり)を尽(つく)して英雄(えいゆう)豪傑(がうけつ)と誇(ほこ)り、229其(その)驕慢券(けうまんけん)とも云(い)ふべき窘笑(くんせう)を、230胸(むね)にブラブラ下(さ)げて居(ゐ)るのは、231本当(ほんたう)に時代後(じだいおく)れだと片彦(かたひこ)さまが仰有(おつしや)いましたよ』
232ランチ『それだと云(い)うて、233世界(せかい)に国家(こくか)として存在(そんざい)する以上(いじやう)は軍備(ぐんび)は必要(ひつえう)だ。234仮令(たとへ)ミロクの世(よ)となつても軍備(ぐんび)の撤廃(てつぱい)は出来(でき)ない、235さう新思想(しんしさう)にかぶれて仕舞(しま)つては駄目(だめ)だ。236一方(いつぱう)に偏(へん)せず片寄(かたよ)らず、237其(その)中庸(ちうよう)を往(ゆ)くのが最(もつと)も安全(あんぜん)の道(みち)だらうよ』
238初稚姫『姉(ねえ)さま、239ランチ将軍(しやうぐん)さまのお言葉(ことば)は、240本当(ほんたう)に間然(かんぜん)する所(ところ)ありませぬが、241併(しか)しながら三五教(あななひけう)の治国別(はるくにわけ)さまとやらを、242深(ふか)い陥穽(おとしあな)へ突(つ)つ込(こ)み遊(あそ)ばしたと云(い)ふ事(こと)をチラリと聞(き)きましたが、243それを聞(き)くと、244本当(ほんたう)にゾツと致(いた)しますね』
245清照姫『さう、246さうなの、247アヽいやらしい、248何(なん)とランチさまも甚(ひど)い事(こと)をなさいます、249私(わたし)それを聞(き)いて俄(にはか)にこの人(ひと)がどことはなしに嫌(いや)になつて来(き)ましたよ。250矢張(やつぱり)片彦(かたひこ)さまがお優(やさ)しくて、251仰有(おつしや)る事(こと)が新(あたら)しうて、252胸(むね)の琴線(きんせん)に触(ふ)れるやうですわ』
253 ランチは慌(あわ)てて、
254ランチ『イヤイヤ決(けつ)して私(わたし)がしたのではない、255片彦(かたひこ)の計(はか)らひで致(いた)したのだ。256彼奴(あいつ)は偽善者(ぎぜんしや)だから、257其(その)方(はう)達(たち)の前(まへ)でそんな事(こと)を云(い)うて居(ゐ)るのだ。258彼奴(あいつ)は武断派(ぶだんは)の隊長(たいちやう)、259軍国(ぐんこく)主義(しゆぎ)の張本(ちやうほん)だ。260併(しか)しながらあの治国別(はるくにわけ)及(およ)び竜公(たつこう)と云(い)ふ奴(やつ)は、261どうしても許(ゆる)す事(こと)の出来(でき)ない奴(やつ)だ。262これを許(ゆる)さうものなら、263バラモン軍(ぐん)は根底(こんてい)より破壊(はくわい)せられなくてはならない、264大黒主(おほくろぬし)の大棟梁(だいとうりやう)様(さま)に申訳(まをしわけ)ない、265又(また)竜公(たつこう)とやら、266吾(わが)軍(ぐん)の秘書役(ひしよやく)を勤(つと)めながら敵(てき)に裏返(うらがへ)つたのだから、267陥穽(おとしあな)に陥(おちい)つて斃(くたば)るのも自業(じごふ)自得(じとく)だ、268仮令(たとへ)愛(あい)する汝(なんぢ)のためなればとて、269是(これ)ばかりは赦(ゆる)す事(こと)は出来(でき)ない』
270清照姫『妾(あて)この館(やかた)に左様(さやう)の人(ひと)が九死(きうし)一生(いつしやう)の苦(くるし)みをしてゐらしやるかと思(おも)へば、271恐(おそ)ろしくて仕方(しかた)が厶(ござ)いませぬ。272どうか何処(どこ)かへ雪見(ゆきみ)にでも連(つ)れて往(い)つて下(くだ)さいな』
273ランチ『アハヽヽヽ、274遉(さすが)は女(をんな)だな。275気(き)の弱(よわ)い事(こと)を云(い)ふものだ。276併(しか)し其(その)弱(よわ)いのが女(をんな)の特色(とくしよく)だ、277女(をんな)の可愛(かあい)い所(ところ)なのだ。278さらば、279これより早速(さつそく)雪見(ゆきみ)の宴(えん)を催(もよほ)すため、280入口(いりぐち)の風景(ふうけい)の佳(よ)き物見(ものみ)へ往(い)つて、281酒(さけ)汲(く)み交(かは)しながら楽(たの)しむ事(こと)と致(いた)さう』
282清照姫『ハイ、283早速(さつそく)の御(ご)承知(しようち)、284有難(ありがた)う厶(ござ)ります。285サア初稚姫(はつわかひめ)さま、286将軍(しやうぐん)の後(あと)について、287少(すこ)し遠(とほ)うは厶(ござ)いますが、288物見櫓(ものみやぐら)までお供(とも)を致(いた)しませう』
289ランチ『この積雪(せきせつ)に、290女(をんな)の足(あし)では行歩(かうほ)になやむだらう。291幸(さいは)ひ駕籠(かご)があるから、292従卒(じゆうそつ)に舁(かつ)がしてやる』
293初稚姫『姉(ねえ)さま、294さう願(ねが)ひませうかな』
295清照姫『此(これ)丈(だけ)の雪(ゆき)の中(なか)、296どうせ駕籠(かご)で送(おく)つて貰(もら)はねば、297とても歩(ある)けませぬわ』
298 ランチはポンポンと手(て)を拍(う)つた。299次(つぎ)の間(ま)に控(ひか)へて居(ゐ)た二人(ふたり)の副官(ふくくわん)は慌(あわただ)しく出(い)で来(きた)り、
300二人の副官『将軍(しやうぐん)様(さま)、301何(なに)か御用(ごよう)で厶(ござ)いますか』
302ランチ『ウン、303今日(けふ)は稀(まれ)なる大雪(おほゆき)だ。304四方(しはう)は一面(いちめん)の銀世界(ぎんせかい)、305雪見(ゆきみ)の宴(えん)を催(もよほ)すから、306お前(まへ)達(たち)も供(とも)をせい。307そして駕籠(かご)を五六挺(ごろくちやう)持(も)つて来(こ)いと云(い)うて呉(く)れ』
308 二人(ふたり)の副官(ふくくわん)は、
309二人の副官『ハイ』
310と云(い)つたきり早々(さうさう)に此(この)場(ば)を立(た)つて出(い)でて往(ゆ)く。
311 ランチは、312アーク、313タール、314エキス、315蠑螈別(いもりわけ)等(など)の所在(ありか)を従卒(じゆうそつ)に命(めい)じ探(さが)さしめ、316雪見(ゆきみ)に伴(ともな)ひ往(ゆ)かむとしたが、317折柄(をりから)の積雪(せきせつ)に埋(うづ)もつて居(ゐ)たため発見(はつけん)する事(こと)が出来(でき)なかつた。318此(この)時(とき)お民(たみ)は片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)の居間(ゐま)に招(まね)かれて、319いろいろと片彦(かたひこ)の意味(いみ)ありげな話(はなし)に、320膝(ひざ)をモヂモヂさせながら苦(くる)しさうに時(とき)を移(うつ)して居(ゐ)た。321ランチ将軍(しやうぐん)は四(よ)人(にん)の姿(すがた)の見(み)えざるに、322どこか雪見(ゆきみ)でもする積(つも)りで郊外(かうぐわい)に往(い)つたのだらうと思(おも)ひ、323二人(ふたり)の副官(ふくくわん)と二人(ふたり)の美人(びじん)を伴(ともな)ひ、324五人(ごにん)連(づ)れ駕籠(かご)に揺(ゆ)られながら物見櫓(ものみやぐら)をさして進(すす)み往(ゆ)く。325地上(ちじやう)二(に)尺(しやく)許(ばか)りの積雪(せきせつ)に、326駕籠舁(かごかき)の足音(あしおと)はザク、327ザク、328ザクと馬丁(ばてい)が押切(おしき)りにて馬糧(まぐさ)を切(き)るやうな音(おと)をさせ、329綺麗(きれい)な雪道(ゆきみち)にスバル星(せい)を数多(あまた)印(いん)しながら、330漸(やうや)くにして物見櫓(ものみやぐら)に安着(あんちやく)した。331此処(ここ)に炭火(すみび)を拵(こしら)へ、332酒(さけ)の燗(かん)をなし、333雪見(ゆきみ)の酒宴(しゆえん)を催(もよほ)す事(こと)となつた。
334 一方(いつぱう)片彦(かたひこ)はランチ将軍(しやうぐん)が二人(ふたり)の女(をんな)を伴(ともな)ひ、335物見櫓(ものみやぐら)に雪見(ゆきみ)の宴(えん)を張(は)つて居(ゐ)ると云(い)ふ事(こと)を、336従卒(じゆうそつ)の内報(ないはう)によつて聞(き)き知(し)り、337大方(おほかた)蠑螈別(いもりわけ)其(その)他(た)も同伴(どうはん)せしならむと、338二挺(にちやう)の駕籠(かご)を命(めい)じ、339お民(たみ)と共(とも)に宙(ちう)を飛(と)んで物見櫓(ものみやぐら)をさして進(すす)み往(ゆ)く。
340(大正一二・一・一二 旧一一・一一・二六 加藤明子録)
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