霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三章 懸引(かけひき)〔一三八九〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第54巻 真善美愛 巳の巻 篇:第1篇 神授の継嗣 よみ(新仮名遣い):しんじゅのけいし
章:第3章 懸引 よみ(新仮名遣い):かけひき 通し章番号:1389
口述日:1923(大正12)年02月21日(旧01月6日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月26日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
治国別は神示により、未明に松彦たちが王子・王女を連れて帰ってくることを悟り、門口を開けて湯を沸かし、座布団を並べるなどして準備して待っていた。
長年の山暮らしで髯も伸びきった王子たちに、治国別は湯を勧めた。王子たちは、三五教の宣伝使たちがビク国を救ってくれたことにお礼を述べた。王子たちは代わる代わる垢を落とし身なりを整えた。すると戻ってきたときの山男の風体とは打って変わり、みな貴公子然たる男ばかりであった。
身なりを整えたダイヤ姫は、治国別の前に手をついて再生の恩を感謝した。万公は、ダイヤ姫の美しさに心を奪われ、一同の前で姫の美貌をほめそやし、惚れてしまったと公言するありさまであった。
松彦と竜彦にたしなめられ、万公は客人の炊事の支度をすることになった。松彦と竜彦は、王子たちを無事に連れ帰ったことを王城に報告に行く役目があるので、万公一人で王子たちの世話をすることになった。
万公は、一人では手に余るのでぜひダイヤ姫に手伝いをしてほしいと頼み込んだ。治国別はまた万公に注意を与えたが、結局万公が炊事をしてダイヤ姫がその他の雑事を手伝うことになった。
松彦と竜彦は城に到着した。知らせを待っていたタルマンは、早速首尾を尋ねた。いたずら好きの竜公は、話をじらして脚色して、タルマンをやきもきさせた。
左守と右守はこの場にやってきて、タルマンの顔が土色になっているが、松彦と竜彦がニコニコと笑っているので、奉迎がうまくいったことを悟った。
一同が話していると、治別と万公に付き添われて長兄のアール王子が駕籠に乗ってやってきた。左守と右守はアールの姿を見ると、うれし涙がこみあげて一言も発せず、左右の手を取って刹帝利の居間へ案内して行った。
竜公にからかわれてやきもきしていたタルマンもようやく胸をなでおろし、アールの後を追って刹帝利の居間へ急いだ。治国別は後に残した五人が気にかかり、万公を連れてすぐに館に戻って行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-03-30 19:01:05 文字数:5174 OBC :rm5403
愛善世界社版:33頁 八幡書店版:第9輯 631頁 修補版: 校定版:32頁 普及版:14頁 初版: ページ備考:
001 暁(あかつき)の空(そら)は茜(あかね)さし、002百鳥(ももどり)の声(こゑ)は千代(ちよ)千代(ちよ)とビクの国家(こくか)の繁栄(はんゑい)を祝(しゆく)し、003又(また)ビクトリヤ王(わう)が親子(おやこ)対面(たいめん)の慶事(けいじ)を寿(ことほ)ぐ如(ごと)く、004今朝(けさ)は何(なん)となく勇(いさ)ましく鳥(とり)の声(こゑ)さへ聞(きこ)えて来(く)る。
005 治国別(はるくにわけ)は神示(しんじ)に仍(よ)つて、006今朝(こんてう)未明(みめい)に松彦(まつひこ)一行(いつかう)の帰(かへ)つて来(く)る事(こと)を悟(さと)り、007門口(かどぐち)の戸(と)を開(あ)け放(はな)ち、008湯(ゆ)などを沸(わ)かし、009座蒲団(ざぶとん)を並(なら)べて待(ま)つてゐた。010そこへ八男(はちなん)一女(いちによ)はイソイソとして帰(かへ)つて来(き)た。011五(ご)人(にん)の男兄弟(をとこきやうだい)は熊(くま)のやうに顔(かほ)一面(いちめん)に鬚(ひげ)ムシヤムシヤと生(は)やしてゐる。012一見(いつけん)した所(ところ)では、013どうしても人間(にんげん)らしく見(み)えなかつた。014而(しか)して永(なが)らく山住居(やまずまゐ)をしてゐたので、015体中(からだぢう)苔(こけ)が生(は)えたと疑(うたが)はるる許(ばか)りに垢(あか)がたまつてゐる。
016松彦(まつひこ)『先生(せんせい)様(さま)、017お蔭(かげ)に依(よ)りまして、018漸(やうや)く六(ろく)人(にん)の御(ご)兄妹(きやうだい)をお迎(むか)へして帰(かへ)りました』
019治国(はるくに)『ああ三(さん)人(にん)共(とも)御(ご)苦労(くらう)であつた。020サアサア六人(ろくにん)様(さま)、021こちらへお上(あが)り下(くだ)さい。022そして湯(ゆ)を沸(わか)しておきましたから、023お兄(にい)さまから順々(じゆんじゆん)に湯浴(ゆあ)みをして下(くだ)さい』
024アール『イヤ、025何(なん)共(とも)御(お)礼(れい)の申上(まをしあげ)やうが厶(ござ)いませぬ。026父(ちち)が大変(たいへん)御(ご)厄介(やくかい)に預(あづ)かつたさうで厶(ござ)います。027其(その)上(うへ)又(また)吾々(われわれ)兄妹(きやうだい)をお救(すく)ひ下(くだ)さるとは、028貴方(あなた)方(がた)は神(かみ)様(さま)のやうに存(ぞん)じます』
029と荒(あら)くれ男(をとこ)に似(に)ず、030嬉(うれ)し涙(なみだ)をハラハラと流(なが)してゐる。
031治国(はるくに)『御(お)礼(れい)を云(い)はれては恐(おそ)れ入(い)ります。032何事(なにごと)も神(かみ)様(さま)の為(ため)に御用(ごよう)をさして頂(いただ)いたので厶(ござ)いますから、033御(ご)心配(しんぱい)なく御(お)湯(ゆ)をお召(め)し下(くだ)さいませ。034オイ万公(まんこう)、035御(お)湯場(ゆば)へ御(ご)案内(あんない)を致(いた)せ。036そして垢(あか)をおとして上(あ)げるのだよ』
037万公(まんこう)『ハイ承知(しようち)致(いた)しました。038サ、039アールさま、040貴方(あなた)からお入(はい)りなさい。041背中(せなか)を流(なが)しませう』
042と云(い)ひ乍(なが)ら湯殿(ゆどの)へ案内(あんない)した。043松彦(まつひこ)、044竜彦(たつひこ)は代(かは)る代(がは)る六(ろく)人(にん)の兄妹(きやうだい)を湯浴(ゆあ)みさせ、045親切(しんせつ)に洗(あら)うてやり、046それからスツカリと鬚(ひげ)を剃(そ)りおとし、047ホーフスから預(あづか)つた六人分(ろくにんぶん)の衣類(いるゐ)を着替(きか)へさせた。048何(いづ)れも斯(か)うなつてみると、049気品(きひん)の高(たか)い貴公子(きこうし)然(ぜん)たる男(をとこ)計(ばか)りである。050ダイヤ姫(ひめ)は女(をんな)の事(こと)とて、051男(をとこ)が背(せ)を流(なが)す訳(わけ)にもゆかず、052只(ただ)一人(ひとり)湯浴(ゆあみ)をなし、053念入(ねんい)りに身体(からだ)の垢(あか)をおとし、054ラブロックを整理(せいり)し、055美(うる)はしき小袖(こそで)に身(み)を纒(まと)ひ、056ニコニコし乍(なが)ら治国別(はるくにわけ)の前(まへ)に両手(りやうて)をついて、057再生(さいせい)の恩(おん)を感謝(かんしや)した。
058 万公(まんこう)はダイヤ姫(ひめ)の姿(すがた)を見(み)て、059肝(きも)を潰(つぶ)し、
060万公(まんこう)『ヤア、061これはこれはと許(ばか)り花(はな)の吉野山(よしのやま)、062女(をんな)は化物(ばけもの)だと聞(き)いてゐたが、063コラまアどうした事(こと)だ。064小北山(こぎたやま)のお菊(きく)から比(くら)べてみると雲泥(うんでい)の相違(さうゐ)だ。065何(なん)とマア立派(りつぱ)なシヤンだなア、066エヘヘヘ』
067松彦(まつひこ)『オイ万公(まんこう)、068ヤツパリお菊(きく)が恋(こひ)しいか、069困(こま)つた男(をとこ)だなア。070それではモンクになつても駄目(だめ)だぞ』
071万公(まんこう)『イヤ、072もう文句(もんく)も何(なに)もありませぬ。073素的(すてき)滅法界(めつぱふかい)惚(ほれ)ました、074ああ惚(ほれ)た惚(ほれ)た。075われ乍(なが)らよう惚(ほれ)たものだ』
076松彦(まつひこ)『アハハハハ、077彫刻師(てうこくし)か井戸掘(ゐどほり)の検査(けんさ)のやうに言(い)つてゐやがるな。078困(こま)つた男(をとこ)だなア。079それぢや何時(いつ)迄(まで)も万公(まんこう)で行(ゆ)かねばなるまい』
080万公(まんこう)『万公(まんこう)の同情(どうじやう)を寄(よ)せて、081此(この)姫(ひめ)様(さま)をお迎(むか)へして来(き)たのだから、082何(いづ)れ此(この)……何(なん)でせう、083お兄(にい)さまがあるのだから、084刹帝利(せつていり)家(け)を継(つ)がれる筈(はず)はなし、085どこかへ○○をなさるお身分(みぶん)だから、086ねえ松彦(まつひこ)さま、087モウお菊(きく)は思(おも)ひ切(き)りますワ、088エヘヘヘヘ』
089松彦(まつひこ)『アハハハハ、090身分(みぶん)不相応(ふさうおう)と云(い)ふ事(こと)を知(し)つてゐるか、091本当(ほんたう)に困(こま)つた奴(やつ)だなア』
092万公(まんこう)『門閥(もんばつ)や、093財産(ざいさん)や、094地位(ちゐ)や、095名望(めいばう)や、096そんな物(もの)が何(なん)になりますか。097そんな物(もの)を以(もつ)て神聖(しんせい)なる恋愛(れんあい)を制肘(せいちう)せられちや堪(たま)りませぬワ、098キツと私(わたし)のものですよ。099貴方(あなた)だつて、100万公(まんこう)にやるのは惜(を)しいでせうが、101そこは部下(ぶか)を愛(あい)するといふ神心(かみごころ)を以(もつ)て、102私(わたし)に媒介(ばいかい)して下(くだ)さるでせうなア。103否(いな)キツと子弟(してい)を愛(あい)する慈悲(じひ)深(ぶか)いお心(こころ)から、104周旋(しうせん)をして下(くだ)さるだらうと固(かた)く信(しん)じて居(を)ります。105刹帝利(せつていり)様(さま)だつて、106一旦(いつたん)ない者(もの)と定(き)めて厶(ござ)つたから、107つまり云(い)へば拾(ひろ)ひ者(もの)ですワ。108さうだから、109キツと吾々(われわれ)がお迎(むか)へにいつた御(ご)褒美(ほうび)として、110貴方(あなた)方(がた)の周旋(しうせん)の如何(いかん)に仍(よ)つて、111万公(まんこう)に与(あた)へると仰有(おつしや)るでせう。112キツと抜目(ぬけめ)なく、113先生(せんせい)、114頼(たの)みますで……』
115ダイヤ『ホホホホ、116あのマア万公(まんこう)さまとやら、117御(ご)親切(しんせつ)に能(よ)う云(い)つて下(くだ)さいます。118併(しか)し私(わたし)には既(すで)に業(すで)に夫(をつと)が厶(ござ)います。119年(とし)は十一(じふいつ)才(さい)でも女(をんな)として一人前(いちにんまへ)の心得(こころえ)は持(も)つて居(を)りますからねえ』
120万公(まんこう)『これはしたり、121貴方(あなた)の夫(をつと)といふのは何方(どなた)ですか。122まさか兄妹(きやうだい)同士(どうし)、123そんな馬鹿(ばか)な事(こと)はなさいますまいし……』
124ダイヤ『ハイ、125先生(せんせい)様(さま)にお願(ねが)ひ申(まを)し、126父(ちち)に掛合(かけあ)つて頂(いただ)いて、127左守司(さもりのかみ)の息子(むすこ)ハルナさまと、128二三(にさん)年(ねん)したら結婚(けつこん)するやうに願(ねが)つて頂(いただ)きたいもので厶(ござ)います。129私(わたし)はハルナさまが一番(いちばん)好(す)きなので厶(ござ)いますからねえ』
130 万公(まんこう)は首(くび)を頻(しき)りにふり、
131万公(まんこう)『折角(せつかく)乍(なが)ら、132ハルナさまは駄目(だめ)ですよ。133既(すで)に業(すで)にカルナ姫(ひめ)といふ立派(りつぱ)な奥(おく)さまが出来(でき)ました。134そして貴女(あなた)とは年(とし)が違(ちが)ふのですからそんな事(こと)は思(おも)ひ切(き)つたが宜(よろ)しからう』
135ダイヤ『あれマア、136ハルナさまとした事(こと)が、137一(いち)年(ねん)の間(ま)にチヤンと奥(おく)さまを持(も)たれたのですか。138私(わたし)、139どうしませう』
140万公(まんこう)『ハハハ、141さうだから、142それ丈(だけ)年(とし)の違(ちが)ふ男(をとこ)にラブしても駄目(だめ)だと云(い)ふのですよ』
143ダイヤ『ハルナさまと私(わたし)と年(とし)が違(ちが)うといつても、144僅(わづ)か十(じふ)年(ねん)許(ばか)りですよ。145貴方(あなた)は三十(さんじふ)年(ねん)も違(ちが)ふぢやありませぬか。146そんな方(かた)と夫婦(ふうふ)になつたら、147世間(せけん)の人(ひと)がお半(はん)長右衛門(ちやううゑもん)だと云(い)つて笑(わら)ひますがな。148ホホホホ、149あのマアいけ好(す)かないお顔(かほ)』
150とプリンと背中(せなか)を向(む)ける。
151万公(まんこう)『ヤア此奴(こいつ)ア失敗(しくじ)つた。152どうしたら年(とし)が若(わか)くなるだらうかなア。153なぜ二十(にじふ)年(ねん)も後(あと)から生(うま)れて来(こ)なかつただらう』
154松彦(まつひこ)『アハハハハ』
155竜彦(たつひこ)『オイ万公(まんこう)、156馬鹿(ばか)な事(こと)を云(い)はずに、157早(はや)くお客(きやく)さまの御飯(ごはん)の用意(ようい)をするのだ。158貴様(きさま)は之(これ)からボーイを命(めい)ずる。159早(はや)く台所(だいどころ)へ行(い)つて襷(たすき)がけになつて活動(くわつどう)せぬかい』
160万公(まんこう)『ヘー、161承知(しようち)しました。162併(しか)し、163これ丈(だけ)沢山(たくさん)のお客(きやく)さまだから、164万公(まんこう)一人(ひとり)では手(て)が廻(まは)りませぬ。165炊事(すゐじ)に女(をんな)がなくてはなりませぬから、166一(ひと)つダイヤさまに手伝(てつだ)つて貰(もら)ひませうかい。167それが厭(いや)なら、168竜彦(たつひこ)さまも水汲(みづく)みなつとして貰(もら)ひませう』
169治国(はるくに)『イヤ、170松彦(まつひこ)、171竜彦(たつひこ)は大変(たいへん)な御用(ごよう)がある。172之(これ)から種々(いろいろ)の準備(じゆんび)を整(ととの)へホーフスへ参(まゐ)り、173刹帝利(せつていり)様(さま)にいろいろと御(ご)相談(さうだん)に行(ゆ)かねばならぬ。174御(ご)苦労(くらう)乍(なが)ら万公(まんこう)、175お前(まへ)今日(けふ)丈(だけ)一人(ひとり)でやつてくれ。176ダイヤ様(さま)は女(をんな)の事(こと)でもあり、177暫(しばら)く手伝(てつだ)つて頂(いただ)けば此方(こちら)も都合(つがふ)が好(よ)し、178お前(まへ)も喜(よろこ)ぶだらうが、179どうも万公(まんこう)では険難(けんのん)で、180さうする訳(わけ)にも行(ゆ)かず困(こま)つた者(もの)だ』
181万公(まんこう)『先生(せんせい)、182そんな御(ご)心配(しんぱい)はいりませぬ、183私(わたし)も男(をとこ)です。184滅多(めつた)に不調法(ぶてうはふ)はしませぬから、185何卒(どうぞ)、186仮令(たとへ)半時(はんとき)でも一緒(いつしよ)に仕事(しごと)をさして下(くだ)さい。187きつい山坂(やまさか)を荊(いばら)を分(わ)けて往来(わうらい)し、188ヤツと此処(ここ)迄(まで)帰(かへ)つたと思(おも)へば、189三助(さんすけ)をやらされる、190又(また)炊事(すゐじ)まで命(めい)ぜられる……といふのだから、191チツと御(ご)推量(すゐりやう)下(くだ)さつてもよささうなものですな』
192ダイヤ『妾(わたし)は山中(さんちう)に於(おい)て不便(ふべん)な生活(せいくわつ)をし乍(なが)ら、193六人分(ろくにんぶん)の炊事(すゐじ)をやつて来(き)ました経験(けいけん)が厶(ござ)います。194妾(わたし)一人(ひとり)が、195そんなら炊事場(すゐじば)を預(あづか)りませう。196万公(まんこう)さまはお休(やす)み下(くだ)さいませ』
197万公(まんこう)『滅相(めつさう)もない、198お年(とし)のいかぬ若(わか)い姫(ひめ)様(さま)に、199コーカー・マスターをさせては、200男(をとこ)が立(た)ちませぬ。201又(また)刹帝利(せつていり)様(さま)に聞(きこ)えてもすみませぬから、202夫婦(ふうふ)……オツトドツコイ男女(だんぢよ)共稼(ともかせぎ)で、203コーカー・マスターを勤(つと)めませう。204ねえ先生(せんせい)、205それで差支(さしつかへ)ありますまい』
206治国(はるくに)『ダイヤ様(さま)さへ御(ご)承知(しようち)なればよからう。207併(しか)しお前(まへ)は飯炊役(めしたきやく)、208ダイヤ様(さま)はバトラーになつて貰(もら)はう』
209万公(まんこう)『エエ仕方(しかた)がない。210君命(くんめい)に従(したが)ふ事(こと)に致(いた)しませう』
211と万公(まんこう)はいろいろの食料品(しよくれうひん)を集(あつ)め、212炊事(すゐじ)に襷(たすき)がけで取掛(とりかか)つた。213ダイヤは火(ひ)を焚(た)き、214茶(ちや)を沸(わか)し、215チヤンと準備(じゆんび)が整(ととの)うて、216膳部(ぜんぶ)を運(はこ)び、217一々(いちいち)毒味(どくみ)を了(をは)り座敷(ざしき)に並(なら)べた。218之(これ)より一同(いちどう)は朝飯(あさはん)を喫(きつ)し、219ゆるゆると山中(さんちう)生活(せいくわつ)の話(はなし)や、220又(また)は宣伝使(せんでんし)の苦労話(くらうばなし)や、221愉快(ゆくわい)な話(はなし)を交換(かうくわん)し、222ビクトリヤ城内(じやうない)の戦争談(せんそうだん)などを始(はじ)めて、223一時(いつとき)許(ばか)り面白(おもしろ)可笑(をか)しく時(とき)をうつした。
224 治国別(はるくにわけ)の内命(ないめい)に仍(よ)つて、225松彦(まつひこ)、226竜彦(たつひこ)両人(りやうにん)は、227衣紋(えもん)を繕(つく)ろひ、228ホーフスに参入(さんにふ)した。229内事司(ないじつかさ)のタルマンは二人(ふたり)を叮嚀(ていねい)に向(むか)へ、230奥(おく)の間(ま)に通(とほ)し、231茶菓(さくわ)を饗応(きやうおう)し乍(なが)ら、232六(ろく)人(にん)の子女(しぢよ)の消息(せうそく)を待(ま)ち兼(かね)た様(やう)に尋(たづ)ね出(だ)した。
233タルマン『大変(たいへん)にお待(ま)ち申(まを)して居(を)りましたが、234お子様(こさま)の消息(せうそく)は如何(いかが)で厶(ござ)いましたか』
235 竜彦(たつひこ)は早速(さつそく)六(ろく)人(にん)を無事(ぶじ)に連(つ)れ帰(かへ)つたと云(い)つては、236余(あま)り興味(きようみ)がない、237ここは一(ひと)つ内事司(ないじつかさ)をぢらしてやらうと、238徒好(いたづらずき)の竜彦(たつひこ)はワザと心配相(しんぱいさう)な顔(かほ)をして、239ナフキンで唇(くちびる)の唾(つばき)をふき乍(なが)ら、240咳払(せきばらひ)を七(なな)つも八(やつ)つもつづけ、241言(い)ひにくさうにモヂモヂして揉手(もみで)をし乍(なが)ら、
242竜彦(たつひこ)『エー、243折角(せつかく)、244参(まゐ)りましたが、245中々(なかなか)以(もつ)て、246容易(ようい)の事(こと)ではありませぬ。247夫(そ)れは夫(そ)れは、248意外(いぐわい)にも深山(しんざん)幽谷(いうこく)で荊蕀(いばら)茂(しげ)り、249鳥(とり)も通(かよ)はないやうな難所(なんしよ)で厶(ござ)いましたよ』
250タルマン『ヘー、251成程(なるほど)、252大変(たいへん)お困(こま)りで厶(ござ)いましただらうな。253そして御(ご)子女(しぢよ)は無事(ぶじ)に御(お)帰(かへ)りになりましたか』
254竜彦(たつひこ)『サ、255そこが、256ウン、257何(なん)です。258誠(まこと)に早(はや)、259骨(ほね)を折(を)りましたよ。
 
260 月花(つきはな)の友(とも)は次第(しだい)に雪(ゆき)と消(き)え
261 光明(くわうみやう)は三日(みつか)の月(つき)のあとへさし
262 藪医者(やぶいしや)は験(けん)より変(へん)を見(み)せるなり』
 
263タルマン『エ、264何(なん)と仰(おほ)せられます。265御(ご)子女(しぢよ)はゐられなかつたので厶(ござ)いますか』
266竜彦(たつひこ)『ヘー、267居(を)られるはゐられました。268それがサ、269中々(なかなか)容易(ようい)に、270ウンと仰有(おつしや)らぬので、271猪突槍(ししつきやり)を以(もつ)て吾々(われわれ)三(さん)人(にん)を十重(とへ)二十重(はたへ)に取囲(とりかこ)み、272蟻(あり)の這(は)ひ出(で)る隙間(すきま)のなき迄(まで)に、273攻(せ)め来(きた)る其(その)猛烈(まうれつ)さ。274僅(わづか)に血路(けつろ)を開(ひら)いて雲(くも)を霞(かすみ)と逃(に)げ帰(かへ)り候(さふらふ)……といふやうな為体(ていたらく)で厶(ござ)いましたよ。275あああ、276是非(ぜひ)も厶(ござ)いませぬ』
277タルマン『向(むか)ふは六(ろく)人(にん)さま、278十重(とへ)二十重(はたへ)だとか、279蟻(あり)も這(は)ひ出(で)る隙間(すきま)もない……とか、280そんな御(ご)冗談(じやうだん)仰有(おつしや)らずに、281早(はや)く吉報(きつぱう)を御(お)聞(き)かし頂(いただ)きたいもので厶(ござ)います』
282 松彦(まつひこ)はニコニコし乍(なが)ら、283黙(だま)つて二人(ふたり)の問答(もんだふ)を聞(き)いてゐる。284そして時々(ときどき)「プープー」と噴(ふ)き出(だ)してゐた。285タルマンは気(き)を焦(いら)ち、286膝(ひざ)をすりよせ乍(なが)ら、
287タルマン『エ、288焦(ぢ)らさずに早(はや)く言(い)つて下(くだ)さい。289キツと勝利(しようり)を得(え)られたのでせう』
290竜彦(たつひこ)『吾々(われわれ)三(さん)人(にん)がヤツと格闘(かくとう)の結果(けつくわ)、291到底(たうてい)生捕(いけどり)にして帰(かへ)る訳(わけ)にも行(ゆ)かず、292首(くび)をチヨン切(ぎ)つて、293漸(やうや)く凱旋(がいせん)致(いた)しました。294やがて首実検(くびじつけん)に供(そな)へませう。295毛(け)は熊(くま)の如(ごと)くに顔(かほ)一面(いちめん)に生(は)えて居(を)りますから、296御(お)見違(みちが)ひのない様(やう)にお検(あらた)めを願(ねが)ひます。297今(いま)治国別(はるくにわけ)さまの館(やかた)で仮令(たとへ)首(くび)丈(だけ)でも疎(おろそか)には出来(でき)ませぬから、298輿(こし)を作(つく)つて舁(かつ)いで参(まゐ)りますからよくお検(あらた)め下(くだ)さいませ』
299タルマン『左様(さやう)な事(こと)を誰(たれ)が御(お)願(ねがひ)申(まを)しましたか、300以(もつ)ての外(ほか)の乱暴(らんばう)、301首(くび)計(ばか)り持(も)つて帰(かへ)つて何(なん)になりますか。302貴方(あなた)は人殺(ひとごろし)の大罪人(だいざいにん)、303これから、304何程(なにほど)神徳(しんとく)の高(たか)きモンクだと云(い)つても、305許(ゆる)す訳(わけ)には参(まゐ)りませぬ、306覚悟(かくご)をなされ』
307と顔色(かほいろ)を変(か)へて怒(おこ)り出(だ)した。308竜彦(たつひこ)は平然(へいぜん)として、
309竜彦(たつひこ)『アハハハ、310大(おほ)きな体(からだ)を引抱(ひつかか)へて帰(かへ)る訳(わけ)にも行(ゆ)かず、311首(くび)丈(だけ)持(も)つて帰(かへ)れば大変(たいへん)軽便(けいべん)だと思(おも)ひ、312刹帝利(せつていり)様(さま)の意志(いし)に従(したが)つて、313ビクの国家(こくか)を乱(みだ)さむとする、314悪逆(あくぎやく)無道(ぶだう)の御(ご)子女(しぢよ)を亡(ほろ)ぼし帰(かへ)つたのが、315何(なに)がお不足(ふそく)で厶(ござ)るか。316六(ろく)人(にん)の子供(こども)が顔(かほ)さへ見(み)せてくれさへすれやよいと仰有(おつしや)つたでせう。317別(べつ)に胴体(どうたい)を見(み)せいとも、318手足(てあし)を見(み)せいとも仰有(おつしや)らなかつたでせう。319さやうな不足(ふそく)は、320吾々(われわれ)は聞(き)く耳(みみ)は持(も)ちませぬ、321アハハハハ』
322 タルマンは余(あま)りの事(こと)に呆(あき)れ果(は)て、323真青(まつさを)な顔(かほ)をして唇(くちびる)を慄(ふる)はせ乍(なが)ら、324恨(うら)めしげに竜彦(たつひこ)の顔(かほ)を睨(にら)んでゐる。325ここへ、326レーブ・アン・ルームにあつて、327治国別(はるくにわけ)の返辞(へんじ)を待(ま)つてゐた、328左守(さもり)右守(うもり)はどうやら竜彦(たつひこ)の声(こゑ)がする様(やう)だと、329ドアを排(はい)し、330廊下(らうか)を伝(つた)うて此(この)場(ば)に現(あら)はれ、331見(み)ればタルマンは顔色(かほいろ)土(つち)の如(ごと)くなつて慄(ふる)うてゐる。332二人(ふたり)はニコニコとして笑(わら)うてゐた。333左守(さもり)のキユービツトは此(この)体(てい)をみて、334……ハハア、335タルマンの奴(やつ)、336予言者(よげんしや)だ、337宣伝使(せんでんし)だと威張(ゐば)つてゐるから、338懲戒(みせしめ)の為(ため)に油(あぶら)を取(と)られてゐるのだ、339此奴(こいつ)ア面白(おもしろ)い……と思(おも)ひ乍(なが)ら、340三(さん)人(にん)の前(まへ)に現(あら)はれ来(きた)り、
341左守(さもり)『今(いま)喫煙室(きつえんしつ)に於(おい)て様子(やうす)を聞(き)けば、342どうやら、343不成功(ふせいこう)に終(をは)つた様子(やうす)で厶(ござ)いますが、344イヤもう何(なん)でも結構(けつこう)で厶(ござ)います。345アールさまさへ連(つ)れて帰(かへ)つて下(くだ)さらば、346ビクの城中(じやうちう)は磐石(ばんじやく)の如(ごと)くで厶(ござ)います。347ヤ、348誠(まこと)にお骨(ほね)を折(を)らせました、349何卒(どうぞ)治国別(はるくにわけ)様(さま)へ宜(よろ)しくお礼(れい)を申(まを)して下(くだ)さい』
350松彦(まつひこ)『漸(やうや)くの事(こと)で、351いろいろと事情(じじやう)を申上(まをしあ)げ、352お一人(ひとり)丈(だけ)お連(つ)れ申(まを)すことに致(いた)しました。353やがて治国別(はるくにわけ)様(さま)が駕籠(かご)にお乗(の)せ申(まを)して御(お)送(おく)りになるでせう、354何卒(どうぞ)御(お)受取(うけと)り下(くだ)さいませ』
355左守(さもり)『有難(ありがた)う厶(ござ)います。356さぞ刹帝利(せつていり)様(さま)も満足(まんぞく)遊(あそ)ばす事(こと)でせう。357そして其(その)お一人(ひとり)と申(まを)すのは何方(どなた)で厶(ござ)いますか』
358 竜彦(たつひこ)は松彦(まつひこ)の返答(へんたふ)せぬ内(うち)に、
359竜彦(たつひこ)『アイヤ、360余(あま)り顔(かほ)一面(いちめん)に毛(け)が生(は)えてゐるので、361男(をとこ)とも女(をんな)とも兄(あに)とも弟(おとうと)共(とも)見当(けんたう)がつきませぬ。362何(なん)だか知(し)りませぬが、363エ、364一人(ひとり)丈(だけ)やうやうと引張(ひつぱつ)て帰(かへ)りました。365何卒(どうぞ)、366よくお調(しら)べ下(くだ)さいませ』
367 かく話(はな)す所(ところ)へ駕籠(かご)に舁(かつ)がれて万公(まんこう)が先(さき)に立(た)ち、368やつて来(き)たのは総領(そうりやう)息子(むすこ)のアールであつた。369松彦(まつひこ)は、
370松彦(まつひこ)『ヤ、371今(いま)お帰(かへ)りになりました。372サ、373皆(みな)さまお迎(むか)へ致(いた)しませう』
374と玄関口(げんくわんぐち)に出迎(でむか)へた。375駕籠(かご)は玄関口(げんくわんぐち)に横(よこ)づけとなつた。376中(なか)からヌツと現(あら)はれた、377髭(ひげ)をそりおとし、378立派(りつぱ)な衣装(いしやう)をつけた貴公子(きこうし)は総領(そうりやう)息子(むすこ)のアールであつた。379タルマン始(はじ)め左守(さもり)右守(うもり)はアツと許(ばか)りに驚(おどろ)いて、380暫(しば)し言葉(ことば)も出(で)なかつた。
381治国(はるくに)『皆(みな)さま、382此(この)方(かた)が御(ご)総領(そうりやう)のアールさまで厶(ござ)います』
383 左守(さもり)右守(うもり)は俄(にはか)に嬉(うれ)し涙(なみだ)がこみ上(あ)げて来(き)て、384只(ただ)一言(ひとこと)も発(はつ)し得(え)ず、385左右(さいう)の手(て)を取(と)つて、386刹帝利(せつていり)の居間(ゐま)へ案内(あんない)して行(ゆ)く。387タルマンもヤツと胸(むね)を撫(な)でおろし、
388タルマン『竜彦(たつひこ)さま覚(おぼ)えてゐなさい。389キツと御(お)礼(れい)を申(まを)しますから……』
390と云(い)ひ乍(なが)ら、391アールの後(うしろ)に従(したが)ひ、392奥(おく)の間(ま)に姿(すがた)を隠(かく)した。393治国別(はるくにわけ)は万公(まんこう)を伴(ともな)ひ逸早(いちはや)く刹帝利(せつていり)にもあはず、394吾(わが)住家(すみか)に残(のこ)した五(ご)人(にん)が気(き)にかかるので帰(かへ)つて行(ゆ)く。
395(大正一二・二・二一 旧一・六 於竜宮館 松村真澄録)
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