霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章 万違(まちがひ)〔一三九一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第54巻 真善美愛 巳の巻 篇:第1篇 神授の継嗣 よみ(新仮名遣い):しんじゅのけいし
章:第5章 万違 よみ(新仮名遣い):まちがい 通し章番号:1391
口述日:1923(大正12)年02月21日(旧01月6日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月26日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
治国別は松彦、竜彦を連れて神殿建設の監督に出かけており、留守であった。留守を預かっていた万公は、左守が突然の無理な結婚話を相談にやってきたと聞いて、てっきりダイヤ姫が自分と結婚したいと言い出したのかと勘違いした。
万公は、治国別が留守の間は自分の意見が治国別の意見だと調子のいいことを言って、左守が身分違いの結婚に異議を唱えるのを反論し始めた。万公は、ダイヤ姫が身分の違いを撤廃したいと言っていた、などと自分に都合のよい説を、左守に得々と聞かせている。
左守は、万公がダイヤ姫との結婚話で相談に来たと勘違いしていることに気づき、ダイヤ姫の件で伺ったわけではないと万公に伝えた。
万公は当てがあずれながらも、左守に湯を出しがてら、ありもしないダイヤ姫とのロマンスを作って聞かせた。左守は呆れて笑い、ダイヤ姫が夫に望んだのは竜彦だったが、治国別の許しがまだ出ていないのだ、と万公に明かした。
万公は機嫌を損ねて左守に食って掛かるが、体よくからかわれてしまう。そこへ治国別が松彦・竜彦と共に帰ってきた。治国別は左守に詫びを入れ、左守に失礼な対応をしないよう万公に注意した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-01-10 14:05:02 文字数:5828 OBC :rm5405
愛善世界社版:59頁 八幡書店版:第9輯 641頁 修補版: 校定版:58頁 普及版:28頁 初版: ページ備考:
001 左守(さもり)は青(あを)い面(かほ)をし乍(なが)ら、002切(しき)りに首(くび)を傾(かたむ)け、003治国別(はるくにわけ)の館(やかた)を訪(おとづ)れた。004治国別(はるくにわけ)は竜彦(たつひこ)、005松彦(まつひこ)を伴(ともな)ひ、006ビクトル山(さん)の神殿(しんでん)建築(けんちく)の模様(もやう)を見(み)むとて、007監督(かんとく)がてら出(で)て行(い)つた後(あと)である。008万公(まんこう)は入口(いりぐち)の間(ま)に只(ただ)一人(ひとり)机(つくゑ)に凭(もた)れて居眠(ゐねむ)つてゐると、009『御免(ごめん)なされませ』と入(い)つて来(き)たのは左守(さもり)のキユービツトであつた。010万公(まんこう)は此(この)声(こゑ)に驚(おどろ)いて、
011万公(まんこう)『あ、012左守殿(さもりどの)、013よくお越(こ)し下(くだ)さいました。014何(なん)の御用(ごよう)で厶(ござ)いますか、015大方(おほかた)縁談(えんだん)でお越(こ)しになつたのでせう、016エヘヘヘヘ』
017左守(さもり)『お察(さつ)しの通(とほ)り、018縁談(えんだん)に付(つ)いて治国別(はるくにわけ)様(さま)に御(ご)相談(さうだん)に上(あが)りました。019治国別(はるくにわけ)様(さま)は御(お)宅(たく)で厶(ござ)いますか』
020万公(まんこう)『ハイ、021今(いま)一寸(ちよつと)ビクトル山(ざん)の御(ご)普請(ふしん)監督(かんとく)がてら、022お越(こ)しになりました、023やがてお帰(かへ)りになりませうから、024待(ま)つてゐて下(くだ)さい。025併(しか)し乍(なが)ら御(ご)不在中(ふざいちう)は此(この)万公(まんこう)が全権(ぜんけん)を行使(かうし)することになつて居(を)りますから、026つまり拙者(せつしや)の意見(いけん)は先生(せんせい)の意見(いけん)で厶(ござ)います。027何卒(どうぞ)仰有(おつしや)つて下(くだ)さいませ、028随分(ずいぶん)青(あを)いお顔(かほ)ですな』
029左守(さもり)『イヤもう地異(ちい)天変(てんぺん)、030話(はなし)にも杭(くひ)にもかからない結婚(けつこん)沙汰(ざた)が持上(もちあが)りまして、031私(わたくし)には判断(はんだん)がつき兼(か)ね、032治国別(はるくにわけ)様(さま)の御(ご)判断(はんだん)を願(ねが)はうと思(おも)ひ、033御(お)邪魔(じやま)を致(いた)しました』
034 万公(まんこう)は早(はや)くも……ダイヤ姫(ひめ)と自分(じぶん)は炊事(すゐじ)や膳部係(ぜんぶがかり)をやつた時(とき)、035チヨイチヨイ視線(しせん)を通(かよ)はしておいたから、036姫(ひめ)さまが駄々(だだ)をこね出(だ)し、037頑固(ぐわんこ)な左守(さもり)が其(その)事(こと)でもて余(あま)し、038治国別(はるくにわけ)様(さま)に御(ご)相談(さうだん)に来(き)よつたのだな、039ヨシヨシ、040不在(ふざい)を幸(さいは)ひ、041此(この)際(さい)に頑固爺(ぐわんこおやぢ)の頭脳(づなう)を改造(かいざう)しておかねば、042折角(せつかく)の姫(ひめ)様(さま)の思召(おぼしめ)しも画餅(ぐわへい)になつて了(しま)ふ……と自分(じぶん)の事(こと)に取(と)り、043ワザとすました顔(かほ)で、
044万公(まんこう)『地異(ちい)天変(てんぺん)的(てき)縁談(えんだん)とは、045ソレヤ又(また)何(なん)で厶(ござ)いますか、046相思(さうし)の男女(だんぢよ)が結婚(けつこん)をするについては、047別(べつ)に地位(ちゐ)も門閥(もんばつ)もヘツタクレもあつたものぢやありますまい』
048左守(さもり)『イヤ、049理窟(りくつ)を云(い)へばさうかも知(し)れませぬが、050何(なに)を云(い)つても一方(いつぱう)は刹帝利(せつていり)家(け)の事(こと)で厶(ござ)いますから、051余程(よほど)考(かんが)へなくてはなりますまい。052未(ま)だ王(わう)様(さま)にも申上(まをしあ)げず、053先(ま)づ治国別(はるくにわけ)様(さま)の御(ご)意見(いけん)を伺(うかが)つた上(うへ)と、054忍(しの)んで参(まゐ)りました』
055万公(まんこう)『成程(なるほど)、056夫(そ)れは御(ご)苦労(くらう)さまで厶(ござ)います。057刹帝利(せつていり)家(け)に関(くわん)する事(こと)とあれば、058ハア、059殆(ほとん)ど分(わか)りました。060男女(だんぢよ)の地位(ちゐ)に付(つ)いて非常(ひじやう)な懸隔(けんかく)があるから、061それで御(ご)心配(しんぱい)をして厶(ござ)るのでせう。062抑(そもそ)も恋愛(れんあい)と云(い)ふものは古(ふる)い頭(あたま)の昔人間(むかしにんげん)が考(かんが)へた如(ごと)き、063決(けつ)して劣情(れつじやう)なものではありませぬよ』
064左守(さもり)『ソレヤよく知(し)つて居(を)りまする。065恋愛(れんあい)なくては結婚(けつこん)問題(もんだい)は持上(もちあが)らぬ位(くらゐ)は、066左守(さもり)だつて心得(こころえ)てゐます。067併(しか)し乍(なが)ら恋愛(れんあい)は結婚(けつこん)の要素(えうそ)だと言(い)つても、068さう無暗(むやみ)に地位(ちゐ)も考(かんが)へず、069決行(けつかう)することは出来(でき)ませぬ。070恋愛(れんあい)がなかつても結婚(けつこん)は立派(りつぱ)に成立(せいりつ)するものです。071毘舎(びしや)首陀(しゆだ)の身分(みぶん)なれば、072恋愛(れんあい)至聖論(しせいろん)を振廻(ふりまは)しても通(とほ)りませうが、073何(なに)を云(い)つても一国(いつこく)の城主(じやうしゆ)の体面(たいめん)に拘(かか)はる一大事(いちだいじ)ですから、074下々(しもじも)のやうな平易(へいい)な簡単(かんたん)な訳(わけ)には参(まゐ)りませぬからなア』
075万公(まんこう)『ソレヤ、076チと、077僻論(へきろん)だありませぬか、078よく考(かんが)へて御覧(ごらん)なさい。079貴方(あなた)は結婚(けつこん)問題(もんだい)と恋愛(れんあい)問題(もんだい)と放(はな)してゐられるやうですが、080左様(さやう)な無理解(むりかい)な事(こと)は、081今日(こんにち)の教育(けういく)を受(う)けた人間(にんげん)には思考(しかう)する事(こと)は出来(でき)ませぬ。082例(たと)へば頭脳(づなう)はなくても人間(にんげん)は人間(にんげん)でせう。083頭脳(づなう)以外(いぐわい)の要素(えうそ)が備(そな)はつておれば、084いかにも人間(にんげん)に相違(さうゐ)ありますまい。085併(しか)し乍(なが)らそれを何(ど)うしても立派(りつぱ)な人間(にんげん)らしい人間(にんげん)だとは言(い)はれますまい。086それと同様(どうやう)に恋愛(れんあい)がなくても法律(はふりつ)上(じやう)の婚姻(こんいん)は、087形式(けいしき)として立派(りつぱ)に成立(せいりつ)することはするでせう。088併(しか)しそれは真(しん)に男子(だんし)たり、089女子(ぢよし)たる者(もの)の人格(じんかく)と自由(じいう)を尊重(そんちよう)した精神(せいしん)的(てき)意義(いぎ)ある完全(くわんぜん)な結婚(けつこん)だとは、090吾々(われわれ)は断(だん)じて信(しん)ずる事(こと)は出来(でき)ませぬからな』
091左守(さもり)『さう承(うけたま)はれば、092さうに違(ちが)ひありませぬが、093世(よ)の中(なか)は思(おも)ふ様(やう)にいかぬもので、094理論(りろん)と実地(じつち)とは違(ちが)ふものですからなア』
095万公(まんこう)『今(いま)は旧道徳(きうだうとく)廃(すた)れ、096新道徳(しんだうとく)起(おこ)らずと云(い)ふ混沌(こんとん)時代(じだい)ですから、097非常(ひじやう)に青年(せいねん)男女(だんぢよ)が頭(あたま)を悩(なや)ましてをりますが、098時勢(じせい)に目(め)の醒(さ)めた女(をんな)ならば、099キツと恋愛(れんあい)結婚(けつこん)を以(もつ)て最上(さいじやう)の方法(はうはふ)とするでせう。100私(わたくし)は現代(げんだい)の婦人(ふじん)に同情(どうじやう)致(いた)します。101特(とく)にダイヤ姫(ひめ)様(さま)などは、102時代(じだい)に目(め)の醒(さ)めた方(かた)ですよ。103私(わたし)とホン少時(しばらく)で厶(ござ)いましたが、104炊事場(すゐじば)の立話(たちばなし)に、105かやうな事(こと)を仰有(おつしや)いましたよ。106……』
107左守(さもり)『エ、108姫(ひめ)様(さま)が、109どんな事(こと)を仰有(おつしや)いましたか、110参考(さんかう)の為(ため)に一(ひと)つ聞(き)かして貰(もら)ひたいものですなア』
111万公(まんこう)『サア、112聞(き)かして上(あ)げない事(こと)もありませぬが、113イ……此(この)話(はなし)が落着(らくちやく)する迄(まで)暫(しばら)く保留(ほりう)しておきたいものです。114互(たがひ)の迷惑(めいわく)になると困(こま)ります』
115と早(はや)くも左守(さもり)が自分(じぶん)とダイヤ姫(ひめ)の結婚(けつこん)問題(もんだい)に就(つ)いて来(き)たものと信(しん)じてゐる。
116左守(さもり)『どうか、117私(わたし)も左守(さもり)として御(ご)教育(けういく)申上(まをしあ)げる関係(くわんけい)上(じやう)、118一(ひと)つ聞(き)きたいものですな。119何(なん)と云(い)つてゐられましたか』
120万公(まんこう)『私(わたくし)と姫(ひめ)様(さま)との談話(だんわ)の中(うち)に、121かふいふお言葉(ことば)がありました。122実(じつ)に賢明(けんめい)なお姫(ひめ)さまですよ。123今時(いまどき)の婦人(ふじん)はああなくては叶(かな)ひませぬワイ。124姫(ひめ)様(さま)のお言葉(ことば)に依(よ)れば、125人間(にんげん)と生活(せいくわつ)とを先(ま)づ本質(ほんしつ)的(てき)に、126根本(こんぽん)的(てき)に、127第一義(だいいちぎ)的(てき)に考(かんが)へてみなくてはならぬ。128何(なん)等(ら)の偏見(へんけん)もなく、129捉(とら)はるる所(ところ)もなしに、130人生(じんせい)の真味(しんみ)を正(ただ)しく悟(さと)つてみなくてはならぬ。131互(たがひ)に理解(りかい)なき結婚(けつこん)といふものは実(じつ)に人生(じんせい)に於(お)ける罪悪(ざいあく)の源泉(げんせん)となるものだ……との結論(けつろん)で厶(ござ)いました。132本当(ほんたう)に、133左守(さもり)さま、134姫(ひめ)様(さま)のお言葉(ことば)の通(とほ)りだありませぬか、135私(わたくし)は非常(ひじやう)に其(その)お説(せつ)に共鳴(きようめい)したのですよ』
136と姫(ひめ)の一口(ひとくち)も云(い)はない言葉(ことば)を甘(うま)く、137左守(さもり)に、138聞(き)いた様(やう)な顔(かほ)して話(はなし)してゐる其(その)狡猾(ずる)さ。139左守(さもり)は……ダイヤ姫(ひめ)さまの事(こと)なら、140定(さだ)めてすれつからしだから、141年(とし)はゆかいでも、142其(その)位(くらゐ)な事(こと)は仰有(おつしや)るだらう……と少(すこ)しも疑(うたが)はず、143膝(ひざ)を乗(の)り出(だ)し、144首(くび)を前(まへ)へ突出(つきだ)して、145『ハイハイ』と熱心(ねつしん)に聞(き)きかけた。146万公(まんこう)はここぞと言(い)はぬ許(ばか)りに、
147万公(まんこう)『そこでダイヤ姫(ひめ)様(さま)が仰有(おつしや)るには、148……人間(にんげん)としての婦人(ふじん)ならば、149すべての欠陥(けつかん)と不備(ふび)とを見(み)て、150避(さ)け得(え)らるる丈(だけ)の害悪(がいあく)は之(これ)を排除(はいじよ)しようと努(つと)めねばならない。151此(この)努力(どりよく)を惜(をし)むやうな婦人(ふじん)は卑怯者(ひけふもの)だ。152卑怯者(ひけふもの)でなければ怠惰者(なまけもの)だ、153怠惰者(なまけもの)でなければ馬鹿者(ばかもの)だ……と云(い)つてゐられましたよ。154……かふ云(い)ふ卑怯者(ひけふもの)や馬鹿者(ばかもの)、155怠惰者(なまけもの)の絶(た)えない内(うち)は世間(せけん)は一歩(いつぽ)たり共(とも)進(すす)む事(こと)は出来(でき)ない、156何事(なにごと)も改造(かいざう)されて行(ゆ)く時機(じき)だから、157吾々(われわれ)は何事(なにごと)も率先(そつせん)して上下(じやうげ)階級(かいきふ)の差別(さべつ)を撤廃(てつぱい)したい……と、158年(とし)にも似合(にあは)ず、159それはそれは舌端(ぜつたん)火(ひ)を吹(ふ)いてまくしたてられましたよ。160私(わたくし)も其(その)お説(せつ)と弁舌(べんぜつ)にスツカリ共鳴(きようめい)致(いた)しました、161実(じつ)に姫(ひめ)様(さま)のお言葉(ことば)には千釣(せんきん)の重(おも)みがあるだありませぬか。162改造(かいざう)のない所(ところ)には向上(かうじやう)も進歩(しんぽ)もあるものではない。163そんな事(こと)では何時(いつ)まで経(た)つても、164天国(てんごく)の門戸(もんこ)はエターナルに開(ひら)けるものだありませぬ。165そして真善美(しんぜんび)の光明(くわうみやう)は遂(つひ)に地上(ちじやう)に輝(かがや)く事(こと)は出来(でき)ないでせう』
166左守(さもり)『成程(なるほど)、167一応(いちおう)御尤(ごもつと)もですが、168貴方(あなた)は何程(なにほど)姫(ひめ)様(さま)の説(せつ)を共鳴(きようめい)なさつたと云(い)つても、169宗教家(しうけうか)だから、170心底(しんてい)からそんな事(こと)に耳(みみ)を傾(かたむ)けらるる方(かた)でないと、171私(わたくし)は信(しん)じますが、172どうですかな』
173万公(まんこう)『宗教家(しうけうか)だと云(い)つて、174どうして宇宙(うちう)の真理(しんり)を曲(ま)げる事(こと)が出来(でき)ませうか。175抑(そもそ)も愛(あい)は人間(にんげん)生活(せいくわつ)の根本(こつぽん)要件(えうけん)であり、176そして一切(いつさい)宗教(しうけう)の源泉(げんせん)も亦(また)愛(あい)から出(で)てゐるのです。177さうだから人心(じんしん)を支配(しはい)して正(ただ)しく之(これ)を導(みちび)き得(う)る所(ところ)のものは勿論(もちろん)禁欲(きんよく)主義(しゆぎ)のバラモン教(けう)や、178ウラナイ教(けう)の様(やう)なものではありませぬ。179三五教(あななひけう)は其(その)様(やう)な古(ふる)い事(こと)は云(い)ひませぬぞ。180三五教(あななひけう)は自己(じこ)否定(ひてい)的(てき)な古(ふる)い道徳(だうとく)でもなく形式(けいしき)でもなく、181本当(ほんたう)に時代(じだい)に適応(てきおう)した明(あきら)かな教(をしへ)で厶(ござ)います。182人間(にんげん)らしき欲求(よくきう)を否定(ひてい)し去(さ)る事(こと)に仍(よ)つて、183地上(ちじやう)に天国(てんごく)楽園(らくゑん)を建設(けんせつ)し得(う)るとは、184どうしても考(かんが)へる事(こと)は出来(でき)ませぬからな。185寧(むし)ろ人間(にんげん)の欲求(よくきう)を肯定(こうてい)し強調(きやうてう)して、186而(しか)もそれが又(また)同時(どうじ)に自己(じこ)否定(ひてい)、187自己(じこ)犠牲(ぎせい)の精神(せいしん)と全然(ぜんぜん)合一(がふいつ)して、188吾(われ)と非我(ひが)との間(あひだ)に不調和(ふてうわ)なきものであらしめねばならぬものだと思(おも)ひます。189かくの如(ごと)き心境(しんきやう)はどうしても之(これ)を愛(あい)の世界(せかい)に見出(みいだ)すより外(ほか)ないだありませぬか、190愛(あい)には上下(じやうげ)の隔(へだ)てもなければ、191階級(かいきふ)だの、192形式(けいしき)だの、193財産(ざいさん)だの、194法律(はふりつ)などの仮定(かてい)的(てき)なものの容喙(ようかい)を許(ゆる)さない神聖(しんせい)不可犯(ふかはん)なものですからな。195貴方(あなた)は、196私(わたくし)と姫(ひめ)様(さま)との恋愛観(れんあいくわん)を、197要(えう)するに先生(せんせい)に願(ねが)つて、198不調(ふてう)ならしめむとする御(お)考(かんが)へでせう。199何程(なにほど)本人(ほんにん)以外(いぐわい)の者(もの)が垣(かき)をしたつて、200堰(せ)けば溢(あふ)るる堰(せき)の水(みづ)、201どつかへ破裂(はれつ)致(いた)しますから、202そこはよく御(お)考(かんが)へなさるが宜(よろ)しいでせう』
203左守(さもり)『アハハハハ、204イヤ、205それや話(はなし)が違(ちが)ひますよ。206ダイヤ姫(ひめ)様(さま)と貴方(あなた)の事(こと)に就(つ)いては、207まだ一回(いつくわい)も話頭(わとう)に上(のぼ)つた事(こと)はありませぬ。208随分(ずいぶん)貴方(あなた)も自惚心(うぬぼれごころ)がお強(つよ)いお方(かた)ですな、209アハハハハ』
210 万公(まんこう)は拍子(ひやうし)の抜(ぬ)けたやうな顔(かほ)をして頭(あたま)を掻(か)き、
211万公(まんこう)『ヘーン、212そんな筈(はず)はないのだがなア。213あれ程(ほど)固(かた)う約束(やくそく)をしておいたのだもの、214ハハア大方(おほかた)恥(はづか)しいので隠(かく)してゐらつしやるのだな。215治国別(はるくにわけ)さまにラブしたやうな顔(かほ)をして、216お前(まへ)さまに談判(だんぱん)に来(き)さしたのかな、217治国別(はるくにわけ)さまは立派(りつぱ)な奥(おく)さまがありますよ、218松彦(まつひこ)だつて其(その)通(とほ)り、219竜彦(たつひこ)だつてどつかにありませう、220さうすれば拙者(せつしや)にきまつて居(を)りませうがな』
221左守(さもり)『アハハハハ、222ヤアもう万公(まんこう)さまの自惚(うぬぼれ)には感心(かんしん)致(いた)しました。223それ丈(だけ)の馬力(ばりき)がなくては到底(たうてい)宣伝使(せんでんし)に伴(つ)いて歩(ある)く訳(わけ)には行(ゆ)きますまい。224問題(もんだい)がスツカリ間違(まちが)つてるのですからな』
225万公(まんこう)『問題(もんだい)が間違(まちが)うと云(い)つても、226ここへお出(い)でになつた以上(いじやう)は吾々(われわれ)四(よ)人(にん)の中(うち)でせう。227あの荊(いばら)だらけの山阪(やまさか)を越(こ)えて、228六(ろく)人(にん)の御(ご)兄妹(きやうだい)をお伴(つ)れ申(まを)して帰(かへ)つたのだから、229人情(にんじやう)の上(うへ)から云(い)つても、230メツタに外(そと)へ嫁入(よめいり)をなさる筈(はず)がありますまい』
231左守(さもり)『とても見当(けんたう)が取(と)れませぬから、232先(ま)づ治国別(はるくにわけ)様(さま)が御(お)帰(かへ)りまで、233ここで一服(いつぷく)さして貰(もら)ひませう。234お茶(ちや)を一(ひと)つ頂戴(ちやうだい)致(いた)したいものですな』
235万公(まんこう)『常(つね)なればお茶(ちや)を差上(さしあ)げますが、236結構(けつこう)な縁談(えんだん)に茶々(ちやちや)が入(い)つては約(つま)りませぬから、237今日(こんにち)は白湯(さゆ)でこらへて貰(もら)ひませう、238折角(せつかく)の良縁(りやうえん)がフイになつては、239互(たがひ)の不利益(ふりえき)ですからなア』
240左守(さもり)『ヤア、241どうも恐(おそ)れ入(い)りました。242何(なん)でも結構(けつこう)で厶(ござ)います』
243 万公(まんこう)は白湯(さゆ)を汲(く)んで手(て)を震(ふる)はせ乍(なが)ら、244左守(さもり)の前(まへ)に恭(うやうや)しくつき出(だ)した。
245左守(さもり)『ヤ、246有難(ありがた)う厶(ござ)います、247えらうお手(て)が震(ふる)うてるぢやありませぬか』
248万公(まんこう)『イヤもう震(ふる)うといふ訳(わけ)ではありませぬが、249ダイヤ姫(ひめ)様(さま)が私(わたし)の手(て)をグツと握(にぎ)つて細(ほそ)い目(め)をし乍(なが)ら、250お歌(うた)ひ遊(あそ)ばした事(こと)を今(いま)思(おも)ひ出(だ)し、251ハートに波(なみ)が打(う)つて、252少(すこ)し許(ばか)り全身(ぜんしん)に動揺(どうえう)を感(かん)じたのですよ、253エヘヘヘヘ』
254左守(さもり)『あんな若(わか)い娘(むすめ)がどんな歌(うた)を歌(うた)はれました、255一寸(ちよつと)聞(き)かして貰(もら)ひたいものです』
256万公(まんこう)『天機(てんき)洩(も)らす可(べか)らず、257どこ迄(まで)も「之(こ)れは万公(まんこう)さま、258内証(ないしよう)だよ」と仰有(おつしや)つた言葉(ことば)を無(む)にする訳(わけ)には行(ゆ)きませぬから、259発表(はつぺう)するのは先(ま)づやめておきませう。260併(しか)し姫(ひめ)様(さま)と私(わたし)との間柄(あひだがら)を汲(く)み取(と)つて下(くだ)さるならば、261申上(まをしあ)げない事(こと)もありませぬ』
262左守(さもり)『お歌(うた)の様子(やうす)に仍(よ)つては、263左守(さもり)にも考(かんが)へがありますから、264兎(と)も角(かく)聞(き)かして貰(もら)ひたいものです』
265万公(まんこう)『エー、266キツと笑(わら)ひませぬか、267……否(いな)立腹(りつぷく)しちやなりませぬよ。268何(なん)と云(い)つても情(じやう)のこもつた歌(うた)ですからな。269貴方(あなた)のやうなお年(とし)よりにはチツと解(かい)しにくいかも知(し)れませぬが、270此(この)万公(まんこう)の鋭敏(えいびん)な頭脳(づなう)には電気(でんき)に打(う)たれやうに感(かん)じましたよ。271マア沢山(たくさん)の歌(うた)の中(なか)で一二(いちに)を申(まを)しますれば、272ザツと左(さ)の通(とほ)りです』
273とダイヤ姫(ひめ)が歌(うた)つた事(こと)もない歌(うた)を急造(きふざう)して歌(うた)ひ始(はじ)めた。
 
274万公(まんこう)『恋着(れんちやく)の南風(なんぷう)に
275 いとかむばしき帆(ほ)を上(あ)げて
276 漂渺(へうべう)たる大海原(おほうなばら)を
277 遠(とほ)く遠(とほ)く
278 恋(こひ)しき君(きみ)を乗(の)せ行(ゆ)く
279 ヘヘヘヘヘ
280 果(は)てしも知(し)らぬ恋(こひ)の海(うみ)
281 愛(あい)の船路(ふなぢ)のいや永(なが)く
282 いと遠(とほ)く
283 うら紫(むらさき)の
284 潮(うしほ)の歌(うた)のゆらぎにとけてゆく
285 恋(こひ)に縺(もつ)れし吾(わが)思(おも)ひ
286 花(はな)爛漫(らんまん)と咲匂(さきにほ)ふ
287 恋(こひ)の泉(いづみ)のそのほとり
288 うつす姿(すがた)は万公(まんこう)さま
289 花(はな)を争(あらそ)ふダイヤ姫(ひめ)
290 晴(は)れて添(そ)ふ日(ひ)を松(まつ)の下(した)。
 
291ヘヘヘヘヘ、292てな事(こと)を仰有(おつしや)りましたよ。293どうです、294これでも両人(りやうにん)の心(こころ)が汲取(くみと)られませぬかな』
295左守(さもり)『ハハハハハ、296大分(だいぶ)に陽気(やうき)がポカポカするので春情(しゆんじやう)があふれて来(き)たとみえますな……ヘン馬鹿(ばか)にして下(くだ)さるな。297黙(だま)つて聞(き)いてをれば、298ようマア、299モンクの身(み)として左様(さやう)なウソが言(い)はれますな、300姫(ひめ)様(さま)に何(なに)もかも聞(き)いてありますよ。301姫(ひめ)様(さま)の夫(をつと)に持(も)ちたいと仰有(おつしや)るのは竜彦(たつひこ)さまです。302併(しか)しこれも治国別(はるくにわけ)様(さま)に先日(せんじつ)お尋(たづ)ねした所(ところ)が、303お許(ゆる)しにならなかつたので、304これは駄目(だめ)でした。305お前(まへ)さまはてんで問題(もんだい)になつて居(を)りませぬがな。306性欲(せいよく)を抑制(よくせい)する為(ため)に臭(しう)ボツでもお呑(の)みになつたらどうですか、307それで足(た)らねばルタ・グレベオレンスク草(さう)か、308但(ただし)は芥子(からし)か唐辛(たうがらし)をおあがりなさい。309春駒(はるこま)があばれ出(だ)しては、310治国別(はるくにわけ)さまも大変(たいへん)御(ご)迷惑(めいわく)だらうから、311それが厭(いや)なら、312淡泊(たんぱく)な食物(しよくもつ)か、313多量(たりやう)なアルコールでも飲(の)めばキツと抑制(よくせい)出来(でき)ますよ。314アハハハハ』
315 万公(まんこう)はクワツと怒(いか)り、
316万公(まんこう)『コレヤ爺(おやぢ)、317何程(なにほど)左守(さもり)だとて偉相(えらさう)に言(い)ふな、318ドタマの古(ふる)い男(をとこ)だなア、319お前(まへ)達(たち)が今日(こんにち)斯(か)うして安全(あんぜん)に暮(くら)してるのは、320皆(みな)俺(おれ)の先生(せんせい)のお蔭(かげ)だぞ。321先生(せんせい)の御恩(ごおん)を覚(おぼ)えてるのなら、322なぜ最愛(さいあい)の弟子(でし)を嘲弄(てうろう)するのだ。323男(をとこ)の鼻(はな)を折(を)らうと致(いた)しても、324いつかな いつかな折(を)られるやうな万公(まんこう)ぢやないぞ』
325左守(さもり)『イヤ実(じつ)に失礼(しつれい)な事(こと)を申(まを)しました。326何分(なにぶん)老耄(おいぼ)れて居(を)りますので、327お気(き)に障(さわ)ることが厶(ござ)いませうなれど、328何卒(どうぞ)御(お)許(ゆる)し下(くだ)さいませ』
329万公(まんこう)『お前(まへ)達(たち)の様(やう)な老耄(おいぼれ)は恋愛(れんあい)や情欲(じやうよく)の如何(いか)なるものかと云(い)ふ事(こと)は分(わか)るまい。330それだからそんな残酷(ざんこく)な無味(むみ)乾燥(かんさう)的(てき)な挨拶(あいさつ)をするのだ。331チとお前(まへ)も性欲(せいよく)を増進(ぞうしん)させて、332恋愛(れんあい)の真味(しんみ)を味(あぢ)はひなさい。333玉葱(たまねぎ)に薤(にら)、334牛蒡(ごぼう)に人参(にんじん)、335オランダ三(み)つ葉(ば)に魚肉(ぎよにく)、336牡蠣(かき)に牛肉(ぎうにく)、337アヒルの焼肉(やきにく)を精(せい)だして食(く)つて御覧(ごらん)、338そすれば青春(せいしゆん)の血(ち)に燃(も)ゆる青年(せいねん)男女(だんぢよ)の心裡(しんり)状態(じやうたい)もチト分(わか)るだらう。339それ丈(だけ)食(く)つても効能(かうのう)がなければ、340カンタリヂンを呑(の)むかストリキニーネか、341或(あるひ)はセンソ、342ヨヒンビン、343或(あるひ)は臭化金(しうくわきん)か鉛製(えんせい)の白粉(おしろい)の匂(にほ)ひを嗅(か)ぐとキツと性欲(せいよく)が増進(ぞうしん)して来(く)る。344そして少量(せうりやう)のアルコールを興奮剤(こうふんざい)として呑(の)むのだ』
345としつぺ返(かへ)しに性欲(せいよく)増進剤(ぞうしんざい)を並(なら)べ立(た)て、346揶揄(からか)つてみた。
347左守(さもり)『ハハハハハそれではチツと鉛製(えんせい)の白粉(おしろい)の臭(にほひ)でもかいで若(わか)やがうかなア』
348と話(はなし)してゐる所(ところ)へ治国別(はるくにわけ)は松彦(まつひこ)、349竜彦(たつひこ)を伴(ともな)い、350門口(かどぐち)から突然(とつぜん)這入(はい)つて来(き)た。
351治国(はるくに)『ヤア、352左守殿(さもりどの)、353よく来(き)て下(くだ)さいました。354不在(ふざい)でさぞ不都合(ふつがふ)で厶(ござ)いましたらう』
355左守(さもり)『イエイエ決(けつ)して決(けつ)して、356エライ御(ご)厄介(やくかい)に預(あづ)かつて居(を)ります』
357治国(はるくに)『どうも万公(まんこう)が失礼(しつれい)な事(こと)を申上(まをしあ)げましてすみませぬ。358此(この)男(をとこ)は一寸(ちよつと)発情期(はつじやうき)に向(むか)つて居(を)りますから、359あの通(とほ)り目(め)が血走(ちばし)つて居(を)ります。360どうかお気(き)にさへられないやうに願(ねが)ひます。361アハハハハ』
362万公(まんこう)『先生(せんせい)、363御(お)帰(かへ)りイ、364大変(たいへん)お早(はや)う厶(ござ)いましたな』
365治国(はるくに)『ウン、366せうもないことを言(い)つてはなりませぬぞ』
367万公(まんこう)『妾(せふ)もない所(どころ)か、368至(いた)つて微妻(びさい)に渡(わた)り婦人論(ふじんろん)を妾妻(せふさい)にまくし立(た)てて居(を)つた所(ところ)です。369此(この)爺(ぢい)さまは丸(まる)で枯木(こぼく)寒巌(かんがん)的(てき)の方(かた)ですから、370どうしても若(わか)い者(もの)とはバツが合(あ)ひませぬ』
371竜彦(たつひこ)『ハハハハ万公(まんこう)、372又(また)自惚(うぬぼれ)をしよつたな、373いいかげんに夢(ゆめ)をさまさぬか』
374万公(まんこう)『ヘン、375自分(じぶん)のラブを先生(せんせい)に茶々(ちやちや)入(い)れられただないか、376チヤンとそんなこた、377此(この)万公(まんこう)がダイヤ姫(ひめ)さまから聞(き)いてるのだ。378ヘン、379済(す)みませぬな』
380竜彦(たつひこ)『ハハハハ、381サ、382松彦(まつひこ)さま、383ここは万公(まんこう)に任(まか)しておいて、384左守(さもり)の司(かみ)の御(ご)接待(せつたい)に奥(おく)へ参(まゐ)りませう』
385 松彦(まつひこ)は『ハイ』と答(こた)へて治国別(はるくにわけ)の居間(ゐま)に進(すす)み行(ゆ)く。
386(大正一二・二・二一 旧一・六 於竜宮館 松村真澄録)
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