霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第六章 執念(しふねん)〔一三九二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第54巻 真善美愛 巳の巻 篇:第1篇 神授の継嗣 よみ(新仮名遣い):しんじゅのけいし
章:第6章 執念 よみ(新仮名遣い):しゅうねん 通し章番号:1392
口述日:1923(大正12)年02月21日(旧01月6日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月26日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
治国別は松彦、竜公とともに左守のアールについての相談を聞いた。治国別は、左守の心配はもっともなれど、恋愛の中にいる両人は恋の殉教者の心境に立っているため、なるべく穏やかに治めるよう考えるのが得策だと答え、対応策を相談に入った。
万公はふすまの外から立ち聞きしてみれば、治国別が恋愛の擁護をしているようである。てっきり、師匠が自分の恋愛に助け船を出していると勘違いし、いつのまにか室内に入り込んで妙な声を出して恋愛擁護論を語りだした。
万公は、ダイヤ姫が自分に乗り移ってあんなことを言わせたのだと弁明したが、治国別は万公を注意して部屋を出て行かせた。
最後に治国別は、自分はアールの恋愛と結婚を支持する、と左守に伝えた。左守は意外の感に打たれながらも、こうなっては治国別の意見を刹帝利にぶつけてアールの縁談を結ぶ方向で進めるより仕方がないと腹を決めた。左守は治国別に礼を述べて帰って行く。
後に治国別は万公を呼び、左守に対する失礼な言動について油を搾った。竜公は、ダイヤ姫の縁談話があったかのように偽って、万公をからかう。
万公は、松彦に説明されて、ようやくアール王子と首陀の娘ハンナの結婚話が話題になっていたのだと悟った。しかし竜彦に、黄金山の御神業が終わるまで女のことから離れるよう諭されると、あくまでダイヤ姫への執着心を起こし、左守の後を追って、ダイヤ姫は他の誰とも結婚させないように頼み込んだ。
左守は、自分はアール王子の縁談を最後に、もう金輪際仲人みたいな気の揉めることはしないつもりだ、とだけ答えてさっさとビクトリヤ城の門を潜って中へ行ってしまった。
治国別は、万公がまた左守を困らせているのではないかと、松彦に言い含めて呼びにやらせた。松彦は、ビクトリヤ城の城門の前でポカンと空を眺めていた。松彦は万公をおどしたりなだめたり、やっとのことで治国別の館へ連れ帰った。
万公は、治国別の懇篤な訓戒を受けて、やってダイヤ姫に対する執着の念を断ち切りることになった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :rm5406
愛善世界社版:75頁 八幡書店版:第9輯 647頁 修補版: 校定版:74頁 普及版:36頁 初版: ページ備考:
001 左守(さもり)治国別(はるくにわけ)居間(ゐま)(すす)み、002(ふすま)密閉(みつぺい)して、003松彦(まつひこ)004竜彦(たつひこ)(とも)にアールの結婚(けつこん)問題(もんだい)につき、005(こゑ)(ひそ)めて意見(いけん)()かむと、006()りし顛末(てんまつ)物語(ものがた)つた。
007左守(さもり)治国別(はるくにわけ)(さま)008(まこと)心配(しんぱい)出来(でき)ました。009(なに)()つても一方(いつぱう)刹帝利(せつていり)(いへ)010一方(いつぱう)素性(すじやう)(ひく)首陀(しゆだ)(ござ)いますから、011()うしても(これ)体面(たいめん)(じやう)成立(せいりつ)させる(こと)出来(でき)なからうと(ぞん)じますが、012如何(いかが)(ござ)いませうかな』
013治国(はるくに)成程(なるほど)014それはお(こま)りでせう、015(なん)とか(かんが)へねばなりますまい。016(しか)(なが)(この)恋愛(れんあい)関係(くわんけい)(ばか)りは、017到底(たうてい)如何(いか)なる権威(けんゐ)(もつ)てしても制止(せいし)することは出来(でき)ますまい。018(すべ)(あい)なるものは自己(じこ)放棄(はうき)することに()つて、019(かへつ)自己(じこ)主張(しゆちやう)してゐるものですから、020(あい)終局(しうきよく)(たつ)した(とき)は、021自己(じこ)地位(ちゐ)財産(ざいさん)などを(かま)ふものではない、022(じつ)猛烈(まうれつ)なものですからな。023(その)恋愛(れんあい)益々(ますます)(かう)じて強烈(きやうれつ)極度(きよくど)(たつ)する(とき)は、024自己(じこ)生命(せいめい)(をし)まずに(よろこ)んで投出(なげだ)すに(いた)るものですから、025(この)問題(もんだい)については何程(なにほど)宣伝使(せんでんし)だとて(ちから)(およ)びますまい。026国家(こくか)(あい)するが(ため)に、027主君(しゆくん)(あい)するが(ため)に、028(また)金銭(きんせん)(あい)するが(ため)に、029(まつた)()(かへり)みずして生命(せいめい)()()(もの)があるのは、030世間(せけん)(めづ)らしくない(れい)(ござ)います。031(こと)()ゆるが(ごと)宗教(しうけう)信念(しんねん)(ため)に、032(かみ)(あい)祭壇(さいだん)生命(せいめい)(ささ)げて()いざる殉教者(じゆんけうしや)(ごと)きも、033(ほとん)恋愛(れんあい)(おな)じやうなものです。034(この)強烈(きやうれつ)なる恋愛(れんあい)(もく)して狭隘(けふあい)なる自己(じこ)(てき)行為(かうゐ)だとのみ非難(ひなん)する(こと)出来(でき)ませぬ。035(あい)()強烈(きやうれつ)なるに(くら)べて益々(ますます)集中(しふちう)(てき)となることを(まぬ)がれませぬ。036(したが)つて恋愛(れんあい)(おい)てそれが(もつと)狭隘(けふあい)らしく()えるのは、037たまたま恋愛(れんあい)()如何(いか)なる(あい)よりも強烈(きやうれつ)集中(しふちう)(てき)でもあり、038熾熱(しねつ)最高度(さいかうど)(たつ)するものを(しよう)して()りまする。039(この)両人(りやうにん)(こひ)殉教者(じゆんけうしや)(をしへ)(じゆん)じて()いざると同様(どうやう)心境(しんきやう)()つてゐるのですから、040()()(おだや)かに(をさ)めなさつたが得策(とくさく)だと(かんが)へます』
041 万公(まんこう)(ふすま)(そと)から、042様子(やうす)如何(いか)にと(みみ)(かたむ)けて立聞(たちぎき)をしてゐたが、043治国別(はるくにわけ)答弁(たふべん)()いて、044……(なん)ともなしに(かん)ばしい言葉(ことば)だ。045そしてハツキリ(わか)らぬけれど、046体面(たいめん)だとか首陀(しゆだ)だとか()言葉(ことば)(きこ)えたからは、047ヤツパリ自分(じぶん)(こと)(ちが)ひない。048治国別(はるくにわけ)さまも(えら)いワイ、049ヤツパリ(おれ)贔屓(ひいき)をして(くだ)さる……と()(よろこ)(なが)ら、050(なほ)(みみ)をすまして()いてゐる。051(はなし)はだんだん(こゑ)(ひく)くなりつつ(すす)んでゐる。052万公(まんこう)(ふすま)(そと)自分(じぶん)()つてゐるのを、053何時(いつ)()にか(わす)れて(しま)ひ、054五寸(ごすん)(ばか)(ふすま)をあけてヌツと(かほ)()した。055されど()(にん)(あたま)一緒(いつしよ)(あつ)めて、056一生(いつしやう)懸命(けんめい)(この)問題(もんだい)(あたま)(いた)めてゐるので、057万公(まんこう)(のぞ)いてるのに()がつかなかつた。058万公(まんこう)はソツと竜彦(たつひこ)(うしろ)ににじり()り、059(うつむ)いて(つく)(ごゑ)をし(なが)ら、060(をんな)(やさ)しい(こゑ)で、
061万公(まんこう)恋愛(れんあい)心境(しんきやう)(おい)てのみ、062人間(にんげん)(もつと)完全(くわんぜん)なる(ひと)であり()るのです。063それに一生(いつしやう)(あひだ)064一度(いちど)(こひ)(あぢ)はつた(こと)のないやうな人間(にんげん)065(また)終身(しうしん)(まつた)異性(いせい)(せつ)しないやうな人間(にんげん)には、066(ひと)として(かなら)ずどこかに(だい)なる欠陥(けつかん)のあるものですよ。067ねえ治国別(はるくにわけ)(さま)068一切(いつさい)人間愛(にんげんあい)源泉(げんせん)性欲(せいよく)にあるのは、069開闢(かいびやく)以来(いらい)神律(しんりつ)でせう、070性欲(せいよく)がなければ恋愛(れんあい)はありませぬ。071恋愛(れんあい)がなければ一切(いつさい)(あい)なる(もの)はありませぬよ』
072 治国別(はるくにわけ)一同(いちどう)(にはか)(めう)(こゑ)がして()たと、073一度(いちど)(かほ)()げて()れば、074竜彦(たつひこ)(うしろ)(ちひ)さくなつて万公(まんこう)(ふる)うてゐる。075左守(さもり)(はや)くも自分(じぶん)()(まへ)万公(まんこう)姿(すがた)()て、
076左守(さもり)『オツホホホホ、077万公(まんこう)さまが秘密(ひみつ)会議(くわいぎ)席上(せきじやう)へおみえになつて()ります。078これ万公(まんこう)さま()心配(しんぱい)なさいますな。079(けつ)してお(まへ)さまのことぢやありませぬからなア』
080治国(はるくに)『オイ万公(まんこう)さま、081(なん)だ、082(めう)(をんな)(こゑ)()したぢやないか。083なぜあちらに(ばん)をしてゐないのか』
084万公(まんこう)『ハイ、085(なん)だか(ぞん)じませぬが、086ダイヤ(ひめ)さまが(わたくし)にパツとのり(うつ)り、087こんな(ところ)引摺(ひきず)つて()たのです。088そしてあんな(やさ)しい(こゑ)(なん)だか仰有(おつしや)いました』
089治国(はるくに)馬鹿(ばか)(いた)すな、090サ、091(はや)彼方(あちら)()け、092グヅグヅしてゐると尻尾(しつぽ)()えるぞ』
093 万公(まんこう)不承(ふしよう)無承(ぶしよう)(あと)ふり(かへ)りふり(かへ)(おもて)(いや)(さう)()でて()く。
094治国(はるくに)『ハハハ、095左守(さもり)さま、096(こま)つたものですよ。097彼奴(あいつ)(この)(ごろ)春情立(にわだ)つて()りますので、098(こま)りますよ。099(しか)しアールさまの結婚(けつこん)問題(もんだい)大体(だいたい)(おい)(わたくし)賛成(さんせい)(いた)します。100何卒(どうぞ)其処(そこ)刹帝利(せつていり)(さま)によく取持(とりも)つて、101(この)(はなし)をつけて()げて(くだ)さい』
102 左守(さもり)案外(あんぐわい)治国別(はるくにわけ)挨拶(あいさつ)(きも)(つぶ)(なが)ら、103万一(まんいち)刹帝利(せつていり)不服(ふふく)(とな)へられた(とき)は、104治国別(はるくにわけ)さまを(あたま)にふりかざし、105(この)縁談(えんだん)(むす)ぶより仕方(しかた)あるまいと決心(けつしん)(なが)ら、106叮嚀(ていねい)(れい)()べ、107(かへ)つて()く。
108 (あと)治国別(はるくにわけ)万公(まんこう)(ちか)(まね)き、
109治国(はるくに)万公(まんこう)110(まへ)左守司(さもりのかみ)相手(あひて)大変(たいへん)()いてゐたぢやないか。111チツと心得(こころえ)(もら)はぬと(おれ)(たち)(かほ)(かか)はるぢやないか』
112万公(まんこう)『ヘー、113そらさうでせうが(なん)()つても一生(いつしやう)一代(いちだい)(わたくし)()つて大問題(だいもんだい)ですから、114チツとは火花(ひばな)()らしたでせう。115()うです、116都合好(つがふよ)(はなし)をして(くだ)さいましたかな』
117治国(はるくに)『ウーン』
118竜彦(たつひこ)『オイ万公(まんこう)119先生(せんせい)千言(せんげん)万語(まんご)(つひや)し、120(まへ)(ため)非常(ひじやう)斡旋(あつせん)(らう)をとられたが、121肝心(かんじん)(ところ)(ふすま)をあけて()()し、122ダイヤ(さま)声色(こわいろ)使(つか)つたり(いた)すものだから、123左守司(さもりのかみ)もたうとう愛想(あいさう)をつかし……見下(みさ)()てたる(をとこ)だ。124何程(なにほど)(ひめ)(さま)がラブされても(わたし)()(くろ)(うち)(この)縁談(えんだん)(むす)ばせない。125本当(ほんたう)下劣(げれつ)人格者(じんかくしや)だ……と()つて、126愛想(あいさう)をつかして(かへ)つて(しま)つた。127それで虻蜂取(あぶはちと)らずになつて(しま)つた。128貴様(きさま)下劣(へた)(こと)をしたものだなア』
129万公(まんこう)『ヤア、130其奴(そいつ)(こま)つた。131(しか)(なが)当人(たうにん)当人(たうにん)との精神(せいしん)結合(けつがふ)してゐるのだから、132(たれ)(なん)()つても大丈夫(だいぢやうぶ)だ。133竜彦(たつひこ)さま安心(あんしん)して(くだ)さい、134キツと、135コリヤ、136(はや)かれ(おそ)かれ成功(せいこう)しますからなア』
137竜彦(たつひこ)『お(まへ)138妻君(さいくん)(もら)うてどうする心算(つもり)だ。139先生(せんせい)吾々(われわれ)と、140(この)(みや)落成(らくせい)(とも)に、141黄金山(わうごんざん)(むか)つてお()しになるのだから、142貴様(きさま)もお(とも)をせねばなるまい。143あんな子供(こども)女房(にようばう)だと()つて()れて()(こと)(ゆる)されまい。144貴様(きさま)宣伝使(せんでんし)のお(とも)はやめる心算(つもり)かなア』
145万公(まんこう)妻君(さいくん)()つたが(ため)に、146宣伝使(せんでんし)のお(とも)出来(でき)ぬと()(こと)があるかい、147よく(かんが)へてみよ、148先生(せんせい)だつて、149松彦(まつひこ)さまだつて(みな)立派(りつぱ)(おく)さまがあるぢやないか。150(おれ)妻君(さいくん)があるからと()つてお(とも)をささぬと()(こと)があるものか、151そらチト得手(えて)勝手(かつて)だ。152貴様(きさま)悋気(りんき)()ふのだらう』
153松彦(まつひこ)『アハハハハ、154オイ万公(まんこう)155(かど)(ちが)ふのだ。156(まへ)(はなし)だない、157アールさまの結婚(けつこん)問題(もんだい)でお()しになつたのだから心配(しんぱい)するな。158そして(この)竜彦(たつひこ)()(こと)(うそ)だよ。159(まへ)(あま)逆上(のぼ)せてゐるから揶揄(からか)はれるのだ』
160万公(まんこう)『これは()しからぬ、161天国(てんごく)(まで)探険(たんけん)した竜彦(たつひこ)とあるものが、162(うそ)()つてすむか。163オイ竜彦(たつひこ)164どうだ。165本音(ほんね)()け、166返答(へんたふ)次第(しだい)()つて(おれ)にも(かんが)へがある』
167竜彦(たつひこ)(かんが)へがあるとは、168()うすると()ふのだ。169(おれ)(うそ)()つたと()つて、170貴様(きさま)はせめるが、171貴様(きさま)随分(ずいぶん)左守司(さもりのかみ)(うた)(まで)うたつて、172上手(じやうず)(うそ)(なら)べ、173内兜(うちかぶと)()すかされ、174屁古垂(へこた)れたでないか』
175万公(まんこう)『ウーン、176ソラさうだ。177そんならモウ、178此奴(こいつ)帳消(ちやうけ)しにしよう。179(しか)しアールさまの結婚(けつこん)問題(もんだい)とは、180一方(いつぱう)(たれ)だ。181一寸(ちよつと)()かしてくれないか』
182竜彦(たつひこ)(あま)りハンナ……りせぬ(はなし)だが、183(えん)()うやらアールと()えるワイ、184アハハハハ。185万公(まんこう)(まへ)熱心(ねつしん)(とど)いたら、186(また)(きく)夫婦(ふうふ)になれるかも()れぬから、187(あま)落胆(らくたん)せずに、188黄金山(わうごんざん)御用(ごよう)がすむ(まで)189(をんな)(こと)()はないやうにしたらどうだ』
190万公(まんこう)『ヘン、191馬鹿(ばか)にして(もら)ふまいかい。192(きく)なんて、193(ふる)めかしいワ、194(おれ)()うしてもダイヤ(ひめ)だ。195一番(いちばん)がけに(おれ)()をかけて(たす)けた(をんな)だからな。196どうしても(むか)ふは(おれ)(たい)しては、197何者(なにもの)かが(のこ)つてゐるのだ。198それをば無下(むげ)放棄(はうき)すると()(こと)は、199(をとこ)として人情(にんじやう)(わきま)へぬと()ふものだから、200仮令(たとへ)三年先(さんねんさき)でも十年先(じふねんさき)でも(かま)はぬ、201(をとこ)一心(いつしん)(いは)でもつきぬく(てい)(だい)金剛心(こんがうしん)(もつ)て、202どこ(まで)もやりぬく心算(つもり)だ』
203竜彦(たつひこ)(なん)とエライ野心(やしん)(おこ)したものだなア、204(その)しやつ(つら)で、205ダイヤ(ひめ)のバチュウンカ(旦那(だんな))にならうとは(あま)(むし)()すぎるぞ。206そんな(こと)(おも)ふよりも、207なぜ(かみ)(さま)信仰(しんかう)(はげ)まないのか』
208万公(まんこう)(かみ)(さま)(かみ)(さま)だ。209(かみ)(あい)(ひと)(あい)とは(また)(べつ)だ、210(かみ)地位(ちゐ)()てば(かみ)(あい)211(ひと)地位(ちゐ)()てば(ひと)(あい)完全(くわんぜん)遂行(すゐかう)するのが人間(にんげん)(みち)だ。212一寸(ちよつと)先生(せんせい)213(にはか)便(べん)(もよほ)しましたから失礼(しつれい)(いた)します』
214万公(まんこう)(この)()(はづ)し、215裏口(うらぐち)から左守司(さもりのかみ)(あと)()うて、216()(みち)から(はし)つて()く。217左守司(さもりのかみ)(おい)足許(あしもと)トボトボと(つゑ)(ちから)(やうや)城門前(じやうもんまへ)馬場(ばば)()いた。218万公(まんこう)はチヤンと(さき)(まは)つて、
219万公(まんこう)『ヤア()れは左守(さもり)(さま)220遠方(ゑんぱう)(ところ)()苦労(くらう)(ござ)いました。221エエ(うけたま)はりますれば、222アール(さま)と、223ハンナとかいふお(かた)との()結婚(けつこん)がととのうたやうな塩梅(あんばい)で、224さぞさぞ貴方(あなた)()骨折(ほねをり)(ござ)いませう。225人間(にんげん)一生(いつしやう)一度(いちど)()うしても仲介人(なかうど)をせなくては、226人間(にんげん)(やく)がすまぬと()(こと)ですが、227それは普通(ふつう)人間(にんげん)(こと)228(なん)()つてもビク一国(いつこく)左守(さもり)(さま)229到底(たうてい)一人(ひとり)二人(ふたり)仲介人(なかうど)では、230(かみ)(さま)(たい)()責任(せきにん)がすみますまい。231ついては(ろく)(にん)()兄妹(きやうだい)(さま)232(みな)貴方(あなた)()仲介人(なかうど)(あそ)ばすに(ちが)(ござ)いますまい。233何卒(どうぞ)ダイヤ(ひめ)(さま)()結婚(けつこん)(だけ)は、234まだお(とし)(わか)いなり、235どこから(たれ)(なん)()つて()ましても何卒(どうぞ)取合(とりあは)ないやうにしておいて(くだ)さいませ。236それ(だけ)神勅(しんちよく)()つて、237ソツと万公(まんこう)()注意(ちうい)(まを)しておきます』
238左守(さもり)『アハハハハ、239(よろ)しい(よろ)しい、240まだ(とし)(わか)いなり、241(また)(その)(とき)(その)(とき)(かぜ)()くでせう。242(わたし)はモウ(この)()結婚(けつこん)(まと)まつたら、243縁談(えんだん)仲介人(なかうど)()れぎり()(ことわ)(まを)心算(つもり)だ。244こんな心配(しんぱい)(こと)はないからなア』
245(てい)よくつつ(ぱな)し、246サツサと(もん)(くぐ)()る。247万公(まんこう)後姿(うしろすがた)見送(みおく)り、248ポカンとして(くち)をあけたままテレ(くさ)いやうな(かほ)して()つてゐる。
249 治国別(はるくにわけ)万公(まんこう)便所(べんじよ)()くと()つて()たきり、250どこにも姿(すがた)()えぬので、251……大方(おほかた)左守(さもり)(あと)()うて、252せうもない(こと)(たの)みに()つたのではあらうまいか、253(こま)つた(こと)だ、254コレヤ(たれ)()つて(もら)はねばなるまい……と松彦(まつひこ)をソツと(まね)耳打(みみうち)した。255松彦(まつひこ)一生(いつしやう)懸命(けんめい)にビクトリヤ(じやう)()して()()し、256門前(もんぜん)()つて()ると、257万公(まんこう)奴拍子(どびやうし)のぬけた(かほ)して、258(からす)(とび)中空(なかぞら)()うてゐるのをポカンと(なが)めてゐる。259松彦(まつひこ)足音(あしおと)(しの)ばせ万公(まんこう)(そば)によつて、260『オイ』と一声(ひとこゑ)261(かた)()をかけて(ふた)(みつ)つゆすつた。262万公(まんこう)吃驚(びつくり)して、
263万公(まんこう)(たれ)ぢやい、264(ひと)をおどかしやがつて……』
265振返(ふりかへ)りみれば松彦(まつひこ)であつた。
266松彦(まつひこ)『オイ万公(まんこう)267(えら)(とほ)雪隠(せつちん)だなア』
268万公(まんこう)『ナアニ、269(べつ)(とほ)(こと)もありませぬ、270雪隠(せつちん)(まど)から(のぞ)いて()つたら、271(とび)(からす)がつるんでをつたので、272此奴(こいつ)273(めう)(こと)だなア、274大方(おほかた)刹帝利(せつていり)(むすめ)首陀(しゆだ)息子(むすこ)とが婚礼(こんれい)をする前兆(ぜんてう)だと(おも)つたものですから、275突止(つきと)めやうとここ(まで)やつて()(ところ)276たうとうここでパツと(はな)れ、277あの(とほ)中空(ちうくう)(かけ)つてをるのですよ。278(なん)とマア不思議(ふしぎ)(こと)があるものですなア』
279松彦(まつひこ)馬鹿(ばか)()ふな、280(とび)(からす)がさかるといふ(こと)があるかい』
281万公(まんこう)『サ、282それが不思議(ふしぎ)だから、283かうして()てゐるのです。284(てん)がかうして標本(へうほん)()せてる以上(いじやう)は、285キツと首陀(しゆだ)息子(むすこ)刹帝利(せつていり)(むすめ)結婚(けつこん)申込(まをしこ)み、286目出(めで)たく合衾(がふきん)(しき)をあげるやうになるかも()れませぬで。287松彦(まつひこ)さま、288(まへ)さまは立派(りつぱ)(おく)さまがあるから結婚(けつこん)問題(もんだい)()いては門外漢(もんぐわいかん)だ。289(わたし)(いま)研究中(けんきうちう)だから邪魔(じやま)をしないやうにして(くだ)さい。290既婚者(きこんしや)未婚者(みこんしや)同一(どういつ)(あつか)つちや(こま)りますからな』
291松彦(まつひこ)『エエ(こま)つた(をとこ)だなア。292(まへ)はそんな(こと)()つて、293左守(さもり)(あと)()ひ、294(はぢ)をかかされたのだらう、295吾々(われわれ)宣伝使(せんでんし)一行(いつかう)()面汚(つらよご)しだ。296これから(ひま)をやるから、297小北山(こぎたやま)へなと(かへ)つて、298(きく)さまの弄物(おもちや)にでもなつて()い。299治国別(はるくにわけ)さまが、300只今(ただいま)(かぎ)師弟(してい)(えん)()ると()つて、301大変(たいへん)()立腹(りつぷく)だぞ』
302万公(まんこう)『ああどうも(すゐ)()かぬ先生(せんせい)についてゐると、303面白(おもしろ)くないなア。304(しか)(なが)らこんな(ところ)でつつ(ぱな)されちや、305こつちも(をとこ)()たず、306マア辛抱(しんばう)して、307黄金山(わうごんざん)(まで)(とも)をさして(いただ)かうかなア』
308松彦(まつひこ)『ソレヤならぬ、309どうしてもお(まへ)師弟(してい)(えん)()ると、310一旦(いつたん)仰有(おつしや)つたからは、311(なん)()つても駄目(だめ)だ、312サ、313ここに旅費(りよひ)(あづ)かつて()たから、314(これ)()つて小北山(こぎたやま)(まで)(かへ)れ』
315万公(まんこう)竜彦(たつひこ)(やつ)316(うま)先生(せんせい)(のど)(した)這入(はい)りやがつて、317(おれ)恋人(こひびと)をせしめやうと(たく)んでゐるのだなア、318さうだらう。319万公(まんこう)さまが()ると一寸(ちよつと)都合(つがふ)(わる)いから……』
320松彦(まつひこ)馬鹿(ばか)()ふな、321竜彦(たつひこ)はそんな(をとこ)ぢやないぞ。322清浄(せいじやう)潔白(けつぱく)宣伝使(せんでんし)だ。323御用(ごよう)途中(とちう)(をんな)()をくれるやうな(くさ)(をとこ)ぢやない。324そんな(こと)をいうと竜彦(たつひこ)()(どく)でたまらないワイ。325自分(じぶん)(いや)しい(こころ)土台(どだい)にして(ひと)(こころ)忖度(そんたく)しようとは、326(わけ)(わか)らぬにも(ほど)があるぢやないか』
327万公(まんこう)『ヘン、328仰有(おつしや)いますわい、329治国別(はるくにわけ)貴方(あなた)(おとうと)なり、330竜彦(たつひこ)さまは義理(ぎり)(おとうと)331兄弟(きやうだい)(さん)(にん)(はら)(あは)して、332他人(たにん)万公(まんこう)さまを(てい)よく排斥(はいせき)する心算(つもり)だなア。333(くち)立派(りつぱ)(こと)()つても、334ヤツパリ身贔屓(みびいき)をなさると()えるワイ。335ドーレ、336(これ)から斎苑(いそ)(やかた)(かへ)つてお(まへ)(たち)(さん)(にん)不公平(ふこうへい)処置(しよち)一切(いつさい)合切(がつさい)陳情(ちんじやう)するから、337(その)心算(つもり)でをれ。338こんな旅費(りよひ)()らぬワイ』
339松彦(まつひこ)(わた)した(かね)芝生(しばふ)(うへ)()げつけてしまつた。340松彦(まつひこ)身贔屓(みびいき)すると()はれて(おほい)(よわ)り、341一応(いちおう)治国別(はるくにわけ)(たの)んで(ふたた)万公(まんこう)(つみ)(ゆる)して(いただ)き、342黄金山(わうごんざん)まで御用(ごよう)のお(とも)にさしてやらうと決心(けつしん)し、343いろいろと(なだ)めて万公(まんこう)をたらしつ、344(すか)しつ、345治国別(はるくにわけ)(やかた)()(かへ)(こと)となつた。346そして万公(まんこう)治国別(はるくにわけ)懇篤(こんとく)なる訓戒(くんかい)()つて、347ダイヤ(ひめ)(たい)する執着(しふちやく)(ねん)をヤツと()()(こと)()たりける。
348大正一二・二・二一 旧一・六 於竜宮館 松村真澄録)
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