霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一六章 百円(ひやくゑん)〔一四〇二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第54巻 真善美愛 巳の巻 篇:第4篇 関所の玉石 よみ(新仮名遣い):せきしょのぎょくせき
章:第16章 百円 よみ(新仮名遣い):ひゃくえん 通し章番号:1402
口述日:1923(大正12)年02月23日(旧01月8日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月26日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
次に妖仙という医者の爺がやってきた。赤の守衛に見立て違いや薬の押し売りを責められたが、これも理屈をこねて自分が正しいを言い張り、白の守衛に審判庭に引き込まれてしまった。
続いて、人尾威四郎と名乗る弁護士がやってきた。赤の守衛は、小作人を扇動して騒ぎを起こし、逮捕された者の弁護を請け負うという人尾の罪を責めたが、人尾は自分が霊界の裁判官の目を覚ましてやると言って堂々と審判庭に入って行く。
次にやってきた要助という男は、女にだまされて父親の金を貢ぎ、父親に追いかけられてライオン川に投身したという。守衛は、要助の寿命はまだ残っていたが、父親が引き上げた要助の身体を埋葬してしまったので、要助に中有界で四十年ほどの修業を命じた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-04-14 16:25:28 文字数:5788 OBC :rm5416
愛善世界社版:195頁 八幡書店版:第9輯 691頁 修補版: 校定版:197頁 普及版:91頁 初版: ページ備考:
派生[?]この文献を底本として書かれたと思われる文献です。[×閉じる]:出口王仁三郎著作集 > 第二巻 変革と平和 > 第三部 『霊界物語』の思想 > 百円
001懐(ふところ)の寒(さむ)きが故(ゆゑ)に藪医者(やぶいしや)は
002薬(くすり)にまでも風(かぜ)ひかせけり
003(病井妖仙)『あああ、004どつかそこらに香(かん)ばしい病人(びやうにん)がないかと捜(さが)してみたが、005野(の)たれ、006行倒(ゆきだふ)れ計(ばか)りで、007根(ね)つから金(かね)をくれさうな奴(やつ)もなし、008こんな所(ところ)へ迷(まよ)つて来(き)た。009これだから、010内(うち)の嬶(かか)が酒(さけ)を呑(の)むな酒(さけ)を呑(の)むなといつも言(い)ひよるのだけれど、011医者(いしや)の養生(やうじやう)知(し)らずといつて、012どうも節制(せつせい)が守(まも)れないものだ。013余(あま)り此(この)頃(ごろ)は世界(せかい)の人間(にんげん)が賢(かしこ)うなつて、014衛生(ゑいせい)とか運動(うんどう)とかに注意(ちうい)をし出(だ)したので、015何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も壮健(さうけん)になり、016妖仙(えうせん)さまの懐(ふところ)は益々(ますます)御(ご)衰弱(すゐじやく)遊(あそ)ばす、017困(こま)つたことだなア。018去年(きよねん)仕入(しい)れた薬(くすり)は風(かぜ)を引(ひ)く、019だと云(い)つて、020ヤツパリ元(もと)がかかつてゐるのだから、021病人(びやうにん)に呑(のま)して金(かね)にせなくちや会計(くわいけい)は立(た)たず、022呑(の)ましても呑(の)ましても直(なほ)らぬものだから、023彼奴(あいつ)ア竹(たけ)の子(こ)だ、024藪医(やぶい)竹庵(ちくあん)だ、025と仕様(しやう)もない噂(うはさ)を立(た)てられ門前(もんぜん)雀羅(じやくら)を張(は)つて、026実(じつ)に惨(みじめ)なものだ、027どこぞ好(よ)い患者(くわんじや)があれば、028一(ひと)つ取(と)つつかまへたいものだなア』
029と独言(ひとりご)ちつつ、030八衢(やちまた)の門(もん)を潜(くぐ)らうとする茶瓶爺(ちやびんおやぢ)があつた。
031赤(あか)『コレヤコレヤ一寸(ちよつと)待(ま)て、032其(その)方(はう)は何者(なにもの)だ』
033医(い)(病井妖仙)『ハイ、034拙者(せつしや)は仁術(じんじゆつ)を以(もつ)て家業(かげふ)と致(いた)す国手(こくしゆ)で厶(ござ)る。035何(なん)ぞ用(よう)が厶(ござ)るかな。036病気(びやうき)とあらば拙者(せつしや)が脈(みやく)をみてやらうかな』
037赤(あか)『俺(おれ)は至極(しごく)健全(けんぜん)だ、038医者(いしや)なんかに用(よう)はない』
039医(い)(病井妖仙)『ああさうかな、040さうすれば私(わたし)に用(よう)のない人(ひと)だ。041私(わたし)と親密(しんみつ)な交際(かうさい)をする者(もの)は病家(びやうか)計(ばか)りだ。042此(この)頃(ごろ)は何(なん)だか三五教(あななひけう)とかいふ邪教(じやけう)が蔓延(まんえん)して何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も病気(びやうき)を直(なほ)し、043非常(ひじやう)な商売(しやうばい)の妨害(ばうがい)を致(いた)すので聊(いささ)か困(こま)つてゐるのだ。044ああ医者(いしや)もモウ世(よ)の末(すゑ)かなア』
045赤(あか)『其(その)方(はう)の姓名(せいめい)は何(なん)と申(まを)すか』
046医(い)(病井妖仙)『ハイ病井(やまい)妖仙(えうせん)とも云(い)ひ藪医(やぶい)竹庵(ちくあん)とも申(まを)します』
047赤(あか)『どちらも其(その)方(はう)の綽名(あだな)だな、048本名(ほんみやう)は何(なん)といふか』
049妖仙(えうせん)『あまり商売(しやうばい)が忙(いそが)しいので、050本名(ほんみやう)は忘(わす)れました。051誰(たれ)も彼(かれ)も私(わたし)の前(まへ)では、052先生(せんせい)々々(せんせい)といひますから、053マア先生(せんせい)が本名(ほんみやう)で厶(ござ)いませうかい』
054赤(あか)『其(その)方(はう)は一生(いつしやう)の間(あひだ)に病人(びやうにん)を幾(いく)ら助(たす)けたか』
055妖仙(えうせん)『助(たす)けたのも沢山(たくさん)厶(ござ)いますが、056寿命(じゆみやう)のない者(もの)は、057神(かみ)さまだつて、058医者(いしや)だつて叶(かな)ひませぬから……併(しか)し乍(なが)ら医者(いしや)と南瓜(かぼちや)はひねたが可(い)いと申(まを)しまして、059一人前(いちにんまへ)の医者(いしや)にならうと思(おも)へば、060どうしても経験(けいけん)上(じやう)千(せん)人(にん)位(ぐらゐ)を殺(ころ)さなくちやなりませぬからなア』
061赤(あか)『汝(きさま)は本当(ほんたう)に診察(しんさつ)しても、062病気(びやうき)の原因(げんいん)や医療法(いれうはふ)が徹底(てつてい)的(てき)に分(わか)つて居(ゐ)るのか』
063妖仙(えうせん)『人間(にんげん)の分際(ぶんざい)として、064分(わか)り相(さう)な事(こと)はありませぬが、065兎(と)も角(かく)先人(せんじん)の作(つく)つておいた医書(いしよ)と首(くび)つ引(ぴき)して薬(くすり)の調合(てうがふ)致(いた)します。066そして問診(もんしん)と云(い)つて、067介抱人(かいほうにん)や家族(かぞく)の者(もの)に病(やまひ)の経過(けいくわ)を聞(き)き、068食欲(しよくよく)の有無(うむ)を問(と)ひ糺(ただ)し、069又(また)望診(ばうしん)と云(い)つて、070病人(びやうにん)の様子(やうす)を望(のぞ)み、071顔(かほ)の黄色(きいろ)い病人(びやうにん)は黄疸(わうだん)と断定(だんてい)し、072赤(あか)い奴(やつ)は酒(さけ)の酔(よひ)と断定(だんてい)し、073夫(そ)れ相当(さうたう)の薬(くすり)を与(あた)へます。074其(その)上(うへ)血液(けつえき)循環(じゆんかん)の様子(やうす)や、075呼吸器(こきふき)、076神経(しんけい)系統(けいとう)などを、077念入(ねんい)りに調(しら)べる為(ため)、078打診(だしん)、079聴診(ちやうしん)、080触診(しよくしん)など、081所在(あらゆる)手段(しゆだん)を尽(つく)し、082どうしても分(わか)らない時(とき)は、083可(い)い加減(かげん)な名(な)をつけて、084マア胡魔化(ごまくわ)すのですな。085沢山(たくさん)に医者(いしや)も居(を)りますが、086実際(じつさい)の病気(びやうき)をつかんだ医者(いしや)は、087恐(おそ)らくは一人(ひとり)もありますまい。088世(よ)の中(なか)はマアこんなものですよ』
089赤(あか)『不届(ふとどき)な藪医者(やぶいしや)奴(め)、090其(その)方(はう)の薬違(くすりちがひ)によつて、091あるべき命(いのち)を棄(す)てたる者(もの)が幾人(いくにん)あるか分(わか)らぬぞ、092人殺(ひとごろし)の大罪人(だいざいにん)奴(め)』
093妖仙(えうせん)『医者(いしや)は人(ひと)を殺(ころ)しても、094別(べつ)に法律(はふりつ)には触(ふ)れませぬよ。095それが医者(いしや)の特権(とくけん)です。096普通(ふつう)の人間(にんげん)が人(ひと)を殺(ころ)せば、097忽(たちま)ち死刑(しけい)の処分(しよぶん)を受(う)けねばなりますまい。098医者(いしや)は堕胎(だたい)をしようが手足(てあし)を切(き)らうが、099堕胎罪(だたいざい)にもならず、100傷害罪(しやうがいざい)にもならず、101一種(いつしゆ)の特権(とくけん)階級(かいきふ)だから、102お前(まへ)さま等(ら)に大罪人(だいざいにん)呼(よ)ばはりをされる筈(はず)がない、103構(かま)うて下(くだ)さるな。104ヘン、105お前(まへ)さまは顔(かほ)が赤(あか)い、106チツと逆上(のぼ)せて厶(ござ)るな。107チツと古(ふる)いけれどセメンエンでも上(あ)げませうか。108陳皮(ちんぴ)に茯苓(ぶくりやう)、109ケンチアナ末(まつ)に、110アマ仁油(にんゆ)、111重曹(ぢうさう)に牡蠣(ぼれい)、112何(なん)なら一服(いつぷく)召(め)し上(あが)つたら何(ど)うだい』
113赤(あか)『バカツ、114汝(きさま)は医者(いしや)の押売(おしうり)を致(いた)すのか』
115妖仙(えうせん)『さうですとも、116生存(せいぞん)競争(きやうそう)の烈(はげ)しき世(よ)の中(なか)、117医者(いしや)だと云(い)つて、118ジツとして居(を)れば誰(たれ)も来(き)ませぬ。119大新聞(だいしんぶん)に広告(くわうこく)をしたり、120記者(きしや)に提灯(ちやうちん)を持(もた)せたり、121金(かね)を出(だ)して博士(はかせ)の称号(しやうがう)を取(と)つたり、122種々(いろいろ)雑多(ざつた)と体裁(ていさい)を飾(かざ)り立(た)てなくては、123乞食(こじき)だつて手(て)を握(にぎ)つてくれといふ者(もの)がありませぬワ』
124赤(あか)『此(この)帳面(ちやうめん)に、125よく調(しら)べてみると、126其(その)方(はう)は葡萄酒(ぶだうしゆ)に水(みづ)を混(ま)ぜて、127大変(たいへん)高貴(かうき)な薬(くすり)だと申(まを)し、128病人(びやうにん)にのませ、129非常(ひじやう)にボツた事(こと)があらうな』
130妖仙(えうせん)『そらさうですとも、131併(しか)し乍(なが)ら私(わたし)達(たち)のボルのは一服(いつぷく)五銭(ごせん)十銭(じつせん)と小(ちひ)さくボツて行(ゆ)くのです。132一口(ひとくち)に千(せん)円(ゑん)万(まん)円(ゑん)とボツてゐる奴(やつ)は、133世界(せかい)に幾(いく)らあるか知(し)れませぬよ。134四百四(しひやくし)病(びやう)の中(うち)でも直(なほ)る病(やまひ)もあれば、135どうしても直(なほ)らない病(やまひ)がありますが、136それでも病人(びやうにん)が薬(くすり)をくれといへばやらぬ訳(わけ)にも行(ゆ)かず、137又(また)此方(こちら)もボルことが出来(でき)ぬから、138あかぬとは知(し)りつつ、139葡萄酒(ぶだうしゆ)に水(みづ)をまぜて慰安(ゐあん)の為(ため)呑(の)ましてをります。140之(これ)が所謂(いはゆる)医者(いしや)の正(まさ)に尽(つく)すべき道徳律(だうとくりつ)ですから、141さう貴方(あなた)のやうに一口(ひとくち)に貶(けな)すものぢやありませぬ』
142赤(あか)『兎(と)も角(かく)難物(なんぶつ)だ。143到底(たうてい)モルヒネ注射(ちうしや)位(ぐらゐ)では気(き)がつくまいが、144今(いま)に荒料理(あられうり)をしてやるから、145マア奥(おく)へ行(い)つて順番(じゆんばん)の来(く)る迄(まで)待(ま)つてゐるが可(い)いワ』
146妖仙(えうせん)『貴方(あなた)は今(いま)、147荒料理(あられうり)をしてやると云(い)つたが、148それは外科(げくわ)的(てき)大手術(だいしゆじゆつ)の事(こと)でせう。149貴方(あなた)は医者(いしや)の鑑札(かんさつ)を持(も)つてゐますか。150そんな事(こと)をなさると医師法(いしはふ)違反(ゐはん)で告発(こくはつ)しますぞ。151サ、152何(なん)といふ姓名(せいめい)だ、153聞(き)かして貰(もら)ひませう。154此方(こちら)にも考(かんが)へがあるから、155お前(まへ)達(たち)のやうな素人(しろうと)に俺(おれ)達(たち)の縄張(なはばり)を荒(あ)らされては、156到底(たうてい)、157医者(いしや)として立(た)つていけるものぢやない。158鎮魂(ちんこん)だの、159祈祷(きたう)だの、160心理(しんり)療法(れうはふ)だのと、161此(この)頃(ごろ)は俺(おれ)達(たち)の敵(てき)が沢山(たくさん)現(あらは)れて、162商売(しやうばい)の妨害(ばうがい)をするから、163全国(ぜんこく)医師(いし)大会(たいくわい)を開(ひら)いて、164政府(せいふ)に抗議(かうぎ)を申込(まをしこ)み彼(かれ)等(ら)の輩(ともがら)を殲滅(せんめつ)せむと、165筍会議(たけのこくわいぎ)で定(き)めてあるのだ。166それに素人(しろうと)のお前(まへ)が、167大手術(だいしゆじゆつ)を医者(いしや)の私(わし)に向(むか)つて、168してやらうなどとは、169法治国(はふちこく)の人民(じんみん)として、170実(じつ)に怪(け)しからぬものだ。171サア、172名(な)を聞(き)かしなさい』
173と懐(ふところ)から手帳(てちやう)を出(だ)し、174鉛筆(えんぴつ)を舐(ねぶ)つて、175姓名(せいめい)を書(か)き留(と)めようとしてゐる。176白(しろ)の守衛(しゆゑい)は妖仙(えうせん)の腕(うで)をグツと握(にぎ)り、177厭(いや)がるのを無理(むり)無体(むたい)に引張(ひつぱ)つて、178門内(もんない)に隠(かく)れた。
179 目(め)のクルリとした、180鼻(はな)に角(かど)のある、181腮鬚(あごひげ)を一(いつ)尺(しやく)計(ばか)り生(は)やした一癖(ひとくせ)有(あり)さうな男(をとこ)、182此(この)街道(かいだう)は俺(おれ)のものだといふやうな調子(てうし)で、183大手(おほて)を振(ふ)つてのそりのそりとやつて来(く)る。184赤(あか)の守衛(しゆゑい)は、
185赤(あか)『オイ暫(しばら)く待(ま)て、186取調(とりしら)べる事(こと)がある』
187と呶鳴(どな)つた声(こゑ)に、188彼(か)の男(をとこ)は立(たち)どまり、189厭(いや)らしい目(め)で赤(あか)の顔(かほ)を睨(ね)めつけ乍(なが)ら、
190男(をとこ)(人尾)『何(なん)だ、191天下(てんか)の大道(だいだう)を自由(じいう)に濶歩(かつぽ)するのは吾々(われわれ)の自由(じいう)の権利(けんり)だ、192待(ま)てとは何(なん)だ。193他人(たにん)の権利(けんり)を妨害(ばうがい)し、194仮令(たとへ)一刻(いつこく)でも暇取(ひまど)らせるならば、195それ丈(だけ)の損害(そんがい)賠償(ばいしやう)を請求(せいきう)するぞ。196其(その)方(はう)は人間(にんげん)の権利(けんり)義務(ぎむ)といふ事(こと)を弁(わきま)へてるか、197エエン』
198赤(あか)『ここは八衢(やちまた)の関所(せきしよ)だ。199汝(きさま)の生前(せいぜん)のメモアルを査(しら)べ、200天国(てんごく)へやるか、201地獄(ぢごく)へ墜(おと)すか、202……といふ分水嶺(ぶんすゐれい)だ。203汝(きさま)のネームは何(なん)といふか』
204男(をとこ)(人尾)『拙者(せつしや)は人尾(ひとを)威四郎(おどしらう)といふ有名(いうめい)な弁護士(べんごし)だ。205そして特許(とくきよ)弁理士(べんりし)を兼(か)ねてゐるのだ。206これでも法科(はふくわ)大学(だいがく)の卒業生(そつげふせい)だ。207守衛(しゆゑい)の分際(ぶんざい)として吾々(われわれ)を取調(とりしら)べる権能(けんのう)がどこにあるツ』
208赤(あか)『いかにも汝(きさま)は人間(にんげん)の生血(いきち)を絞(しぼ)る悪党(あくたう)だ。209随分(ずいぶん)金(かね)を能(よ)く絞(しぼ)り取(と)つたものだなア』
210人尾(ひとを)『人(ひと)が憂(うれ)ひの涙(なみだ)に沈(しづ)み、211首(くび)もまはらぬやうになつてゐる所(ところ)を、212聊(いささ)か慰安(ゐあん)を与(あた)へるのが拙者(せつしや)の職掌(しよくしやう)だ。213其(その)報酬(はうしう)として労金(らうきん)を請求(せいきう)するのは商売(しやうばい)上(じやう)の権利(けんり)ぢやないか、214請求(せいきう)すべき物(もの)を請求(せいきう)したのが何(なに)が悪(わる)い』
215赤(あか)『其(その)方(はう)は始(はじめ)からの弁護士(べんごし)ではあるまい。216今(いま)は人尾(ひとを)威四郎(おどしらう)と申(まを)してゐるが、217以前(いぜん)は二股(ふたまた)検事(けんじ)と云(い)つて、218随分(ずいぶん)悪辣(あくらつ)な事(こと)を致(いた)した者(もの)だなア。219無謀(むぼう)な検挙(けんきよ)を致(いた)して、220失敗(しくじ)つた揚句(あげく)、221已(や)むを得(え)ず弁護士(べんごし)になつたであらう』
222人尾(ひとを)『構(かま)つて下(くだ)さるな、223自由(じいう)の権利(けんり)だ。224お前(まへ)は吾々(われわれ)を辱(はづかし)める積(つも)りか、225ヨーシ現行(げんかう)法律(はふりつ)に仍(よ)つて誹毀罪(ひきざい)に訴(うつた)へてやる。226事実(じじつ)の有無(うむ)に関(くわん)せず、227人(ひと)の悪事(あくじ)を非難(ひなん)致(いた)した者(もの)は、228新刑法(しんけいはふ)の条項(でうかう)に照(てら)し相当(さうたう)の処分(しよぶん)がある筈(はず)だ。229併(しか)し乍(なが)ら其(その)方(はう)の出様(でやう)によつては取消(とりけ)さない事(こと)もない、230賠償金(ばいしやうきん)を幾(いく)ら出(だ)すか』
231赤(あか)『馬鹿(ばか)言(い)へ、232ここは霊界(れいかい)だ。233霊界(れいかい)へ現界(げんかい)の法律(はふりつ)を持(も)つて来(き)ても通用(つうよう)致(いた)さぬぞ。234其(その)方(はう)は少(すこ)しくボレ相(さう)な大事件(だいじけん)は残(のこ)らず有名(いうめい)な弁護士(べんごし)に取(と)られて了(しま)ひ、235糊口(ここう)に窮(きう)し、236小作人(こさくにん)を煽動(せんどう)し、237労働者(らうどうしや)を煽(おだ)てあげて、238沢山(たくさん)の入監者(にふかんしや)を作(つく)り、239自分(じぶん)が弁護(べんご)の得意先(とくいさき)を製造(せいざう)致(いた)す、240しれ者(もの)であらうがな』
241人尾(ひとを)『成程(なるほど)、242それに間違(まちが)ひはない。243併(しか)し乍(なが)ら煽動(せんどう)する者(もの)が悪(わる)いのぢやない、244其(その)煽動(せんどう)にのる奴(やつ)が悪(わる)いのだ。245拙者(せつしや)は拙者(せつしや)として商売(しやうばい)繁昌(はんじやう)の為(ため)に所在(あらゆる)手段(しゆだん)を尽(つく)し、246活動(くわつどう)してゐるのだ。247此(この)権利(けんり)を侵害(しんがい)する者(もの)は、248何程(なにほど)霊界(れいかい)だつてあらう筈(はず)がない。249訳(わけ)の分(わか)らぬ事(こと)をいはずにスツ込(こ)んだがよからう。250八衢(やちまた)の関所(せきしよ)と聞(き)く上(うへ)は定(さだ)めて審判所(しんぱんしよ)もあるだらう。251ヨシ、252裁判(さいばん)はお手(て)のものだ。253これから滔々(たうたう)と弁論(べんろん)をまくし立(た)て判官(はんぐわん)の目(め)を醒(さ)ましてやらう。254第一審(だいいつしん)でいけなければ第二審(だいにしん)、255第二審(だいにしん)で可(い)かなければ第三審(だいさんしん)、256美事(みごと)勝(か)つてみせよう。257そして天国(てんごく)の永住権(えいぢうけん)を獲得(くわくとく)し、258人生(じんせい)特有(とくいう)の権利(けんり)を遺憾(ゐかん)なく発揮(はつき)する心段(つもり)だ、259オツホン』
260と云(い)ひ乍(なが)ら、261反身(そりみ)になつて自(みづか)ら門(もん)を潜(くぐ)り、262のそりのそりと進(すす)み行(ゆ)く。263後(あと)に二人(ふたり)の守衛(しゆゑい)は顔(かほ)を見合(みあは)せ、
264白(しろ)『彼奴(あいつ)アどしても地獄墜(ぢごくお)ちですなア、265法律家(はふりつか)といふ者(もの)は実(じつ)に味(あぢはひ)のない者(もの)ですなア』
266赤(あか)『冷酷(れいこく)無残(むざん)の獣(けだもの)とは彼奴(あいつ)等(ら)の事(こと)だ。267法律(はふりつ)にのみ精神(せいしん)を傾注(けいちう)してゐる現界(げんかい)の奴(やつ)は、268口(くち)では権利(けんり)義務(ぎむ)を叫(さけ)び乍(なが)ら、269人(ひと)の権利(けんり)を侵害(しんがい)し、270義務(ぎむ)を踏(ふ)みたたくる位(くらゐ)は何(なん)とも思(おも)つてゐない。271厚顔(こうがん)無恥(むち)の精神(せいしん)病者(びやうしや)計(ばか)りだから、272可哀相(かあいさう)なものだ。273あああ可(い)いかげんに守衛(しゆゑい)もお暇(ひま)を頂(いただ)かねば堪(たま)らなくなつてきた。274併(しか)し乍(なが)ら自分(じぶん)と雖(いへど)も、275天国(てんごく)へ行(ゆ)く資格(しかく)もなし、276外(ほか)に之(これ)といふ芸(げい)もないのだから、277ヤツパリ厭(いや)な守衛(しゆゑい)を勤(つと)めねばならないのかなア』
278 斯(か)く話(はな)す所(ところ)へ、279又(また)もや向方(むかふ)の方(かた)より、280三十(さんじふ)恰好(かつかう)のハイカラ男(をとこ)がそそり[※「そそり」とは浮かれ騒いで歌う歌のこと。そそり節。そそり歌。]を唄(うた)ひ乍(なが)ら、281千鳥足(ちどりあし)にて大道(だいだう)狭(せま)しとやつて来(く)る。
 
282(要助)『冬(ふゆ)の日(ひ)の
283 うす日(ひ)をうけて只(ただ)一人(ひとり)
284 分(わか)らぬ所(ところ)を彷徨(さまよ)ひ来(きた)る。
285 冬(ふゆ)の日(ひ)は
286 空(そら)にふるうて照(て)りわたる
287 烏(からす)の皺枯声(しわがれごゑ)がする。
288 何(なん)となく
289 あとの心(こころ)の淋(さび)しさよ
290 今(いま)は世(よ)になき恋人(こひびと)思(おも)へば。
291 なれそめて
292 君(きみ)におびえぬ鳥(とり)ありと
293 悲(かな)しき事(こと)を書(か)ける文(ふみ)。
294 島田(しまだ)つぶして丸髷(まるまげ)結(ゆ)うて
295 嬉(うれ)しやお宮(みや)へ礼参(れいまゐ)り……と、
 
296あああ酔(よ)うた酔(よ)うた、297一体(いつたい)ここはどこだい。298何(なん)だか無粋(ぶすゐ)な奴(やつ)が山門(さんもん)の仁王然(にわうぜん)と立(た)つてゐやがるぢやないか。
299 二世(にせ)や三世(さんせ)は何(ど)うでもよいが
300  せめて一夜(いちや)の縁(えん)なりと………とけつかるわい。301ウーエ、302何(なん)と淋(さび)しい街道(かいだう)だな。303ソロソロ酔(よひ)が醒(さ)め出(だ)したやうだ。304こんな所(ところ)で醒(さ)められちや、305やり切(き)れない。306モウ暫(しばら)く持続(ぢぞく)する為(ため)に歌(うた)でも唄(うた)つて騒(さわ)いでやらうかな、307……
308 何(なん)とするかと狸寝(たぬきね)すれば
309  舌(した)を出(だ)したり笑(わら)つたり……と、
310アハハハハ、311お徳(とく)の奴(やつ)、312此(この)間(あひだ)の晩(ばん)も馬鹿(ばか)にしてゐやがる、
313 浮気(うはき)聞(き)いても気(き)になる人(ひと)が
314  出雲参(いづもまゐ)りを誰(たれ)とした……か、
315 二世(にせ)を契(ちぎ)つたあなたの前(まへ)で
316  切(き)れて気(き)になる三味(しやみ)の糸(いと)。
317 切(き)れた切(き)れたは世間(せけん)の噂(うはさ)
318  水(みづ)に萍(うきぐさ)根(ね)は切(き)れぬ………と何(なん)と云(い)つても、319お徳(とく)はお徳(とく)だ、320要助(えうすけ)さまには、321誰(たれ)が何(なん)と云(い)つても……切(き)れはせぬ……と吐(ぬか)すんだから、322大(たい)したものだ』
323と袖懐(そでふところ)をし乍(なが)ら、324ドンと門(もん)に行当(ゆきあた)り、325頭(あたま)がフラフラした拍子(ひやうし)にバツタリ此処(ここ)に倒(たふ)れた。326守衛(しゆゑい)は背中(せなか)を力(ちから)限(かぎ)りに三(み)つ四(よ)つ続(つづ)け打(うち)に打(う)つた。327要助(えうすけ)はハツと気(き)がつき、328酒(さけ)の酔(よひ)も醒(さ)め、329真青(まつさを)な顔(かほ)になり、330二人(ふたり)の顔(かほ)をギロギロと見詰(みつ)めてゐる。
331赤(あか)『其(その)方(はう)は何者(なにもの)だ』
332要助(えうすけ)『ヘヘ、333私(わたし)は有名(いうめい)な好色(かうしよく)男子(だんし)要助(えうすけ)と申(まを)します。334私(わたし)をお呼(よ)び止(と)めになつて、335何(なに)か要助(えうすけ)が厶(ござ)いますかな。336余(あま)りお徳(とく)にならぬ事(こと)はお尋(たづ)ねなさらぬが宜(よろ)しい。337お徳(とく)変(へん)じてお損(そん)となつては互(たがひ)の迷惑(めいわく)ですからな』
338赤(あか)『其(その)お徳(とく)といふのは何処(どこ)の女(をんな)だ』
339要助(えうすけ)『エヘヘヘ、340一寸(ちよつと)申上(まをしあ)げ難(にく)う厶(ござ)いますが、341ベコ助(すけ)の女房(にようばう)で厶(ござ)います』
342赤(あか)『ベコ助(すけ)の女房(にようばう)に、343其(その)方(はう)は関係(くわんけい)をしたのか』
344要助(えうすけ)『関係(くわんけい)があるといへばあります。345無(な)いと云(い)へばない様(やう)なものですが……』
346赤(あか)『其(その)方(はう)はお徳(とく)に肱鉄(ひぢてつ)をかまされたぢやないか。347そして沢山(たくさん)な金(かね)を取(と)られただらう』
348要助(えうすけ)『ヘエ、349実(じつ)の所(ところ)はエー、350お徳(とく)の要求(えうきう)に応(おう)じ、351爺(おやぢ)の貯金(ちよきん)を引(ひつ)ぱり出(だ)し、352饂飩屋(うどんや)の資本金(もとで)にするといふものですから、353百(ひやく)両(りやう)許(ばか)り貸(か)してやりました。354そして酒(さけ)を一杯(いつぱい)すすめられ、355寝(ね)た振(ふり)をしてみて居(を)りますと、356お徳(とく)の奴(やつ)、357舌(した)を出(だ)したり、358私(わたし)の方(はう)を見(み)て、359イインをしたり、360笑(わら)つたりしてをるのですよ、361……何(なに)をするかと狸寝(たぬきね)すれば、362舌(した)を出(だ)したり笑(わら)つたり……、363マアこんな調子(てうし)でした、364何分(なにぶん)にもお徳(とく)にはレコがあるものですから、365どうしても要助(えうすけ)と完全(くわんぜん)に意志(いし)を疎通(そつう)する事(こと)が出来(でき)ませぬので、366目(め)を剥(む)いたり、367仕方(しかた)をしたり、368それはそれは苦心(くしん)をして居(を)りますよ。369併(しか)しまだ一度(いちど)も姦通(かんつう)などはして居(を)りませぬから、370二人(ふたり)の仲(なか)は潔白(けつぱく)なものです』
371赤(あか)『仮令(たとへ)肉体(にくたい)の上(うへ)に姦通(かんつう)はしなくても、372已(すで)に已(すで)に心(こころ)で姦通(かんつう)したぢやないか』
373要助(えうすけ)『サ、374夫(そ)れが判然(はつきり)分(わか)りませぬので、375私(わたし)の方(はう)では、376心(こころ)で已(すで)に姦通(かんつう)せむとして居(を)りますが、377トツクリ話(はなし)をする間(ま)がないものですから、378向(むか)ふの意志(いし)は十分(じふぶん)に分(わか)りませぬ。379出刃(でば)が切(き)れるとか、380菜刀(ながたな)が切(き)れるとか、381今日(けふ)は金(かね)が切(き)れたとか、382饂飩(うどん)の原料(げんれう)が断(き)れたとか、383仕舞(しま)ひの果(はて)にや……切(き)れた切(き)れたは世間(せけん)の噂(うはさ)、384水(みづ)に萍(うきぐさ)根(ね)は切(き)れぬ……などと唄(うた)つてるものですから、385実際(じつさい)私(わたし)の事(こと)を云(い)つてるのか、386商売(しやうばい)の事(こと)を云(い)つてるのか、387まだスツカリ判断(はんだん)がつかないのです。388そした所(ところ)、389家(うち)の爺(おやぢ)奴(め)が、390私(わたし)が貯金(ちよきん)を引張出(ひつぱりだ)し饂飩屋(うどんや)のお徳(とく)にやつたと云(い)ふ事(こと)を聞(き)いて、391怒(おこ)るの怒(おこ)らぬのつて、392矢庭(やには)に手斧(てをの)を振(ふり)かざし……コーラ極道伜(ごくだうせがれ)奴(め)……と鬼(おに)のやうな顔(かほ)して追(おひ)かけて来(く)るものですから、393止(や)むを得(え)ずライオン河(がは)へ投身(とうしん)をしたと思(おも)へば、394ヤツパリ夢(ゆめ)だつたか、395こんな所(ところ)へ踏(ふ)み迷(まよ)うて来(き)ました。396何分(なにぶん)酒(さけ)のまはつてる最中(さいちう)に追(お)ひかけられたものですから、397どこをどう通(とほ)つて来(き)たのか、398川(かは)へはまつたのが本当(ほんたう)か、399テンと訳(わけ)が分(わか)りませぬワ』
400 赤(あか)は生死簿(せいしぼ)を繰(く)り乍(なが)ら、
401赤(あか)『ヤ、402其(その)方(はう)はまだ四十(しじふ)年(ねん)許(ばか)り命(いのち)が残(のこ)つてゐる。403併(しか)し乍(なが)ら其(その)方(はう)の肉宮(にくみや)は爺(おやぢ)が川(かは)から引上(ひきあ)げて、404「此(この)極道(ごくだう)奴(め)」と言(い)つて、405矢庭(やには)に土(つち)の中(なか)へ埋(い)け込(こ)んで了(しま)ひよつたので、406最早(もはや)帰(かへ)る事(こと)が出来(でき)まい。407気(き)の毒(どく)乍(なが)ら四十(しじふ)年(ねん)許(ばか)り、408此(この)中有界(ちううかい)で修業(しうげふ)を致(いた)したがよからう』
409要助(えうすけ)『ハイ、410ソリヤ仕方(しかた)がありませぬ。411併(しか)しお徳(とく)は何処(どこ)に居(を)りますか、412一寸(ちよつと)知(し)らせて下(くだ)さいな。413別(べつ)に向(むか)ふに思召(おぼしめし)のないのに、414無理(むり)に要求(えうきう)に応(おう)じてくれとは申(まを)しませぬ。415只(ただ)百(ひやく)円(ゑん)の金(かね)を貸(か)した為(ため)に、416こんな顛末(てんまつ)になつたといふ事(こと)丈(だけ)を云(い)つてやりたう厶(ござ)いますから、
417 百(ひやく)円(ゑん)(逆縁(ぎやくえん))も、418もらさで救(すく)ふ願(ぐわん)なれば
419  導(みちび)き玉(たま)へ弥陀(みだ)の浄土(じやうど)へ……
420といふ、421どこやらの観音(くわんおん)様(さま)の、422詠歌(えいか)が厶(ござ)いましたなア、423あの百(ひやく)円(ゑん)さへ私(わたし)の手(て)へ返(かへ)されば、424極楽(ごくらく)浄土(じやうど)へ救(すく)うて下(くだ)さるでせうから、425果(はた)してここが冥土(めいど)とあれば、426仮令(たとへ)幽霊(いうれい)になつてでもあの金(かね)をお徳(とく)から取返(とりかへ)し、427極楽行(ごくらくゆき)がしたう厶(ござ)いますからなア』
428 赤(あか)は、
429赤の守衛『エエ八釜(やかま)しい、430そちらへ行(ゆ)けツ』
431と力(ちから)に任(まか)して突飛(つきと)ばせば、432要助(えうすけ)は細(ほそ)くなつて、433東北(とうほく)の方(はう)を目(め)がけて逃(に)げて行(ゆ)く。
434(大正一二・二・二三 旧一・八 於竜宮館 松村真澄録)
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