霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一三章 岩情(がんじやう)〔一三九九〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第54巻 真善美愛 巳の巻 篇:第3篇 猪倉城寨 よみ(新仮名遣い):いのくらじょうさい
章:第13章 岩情 よみ(新仮名遣い):がんじょう 通し章番号:1399
口述日:1923(大正12)年02月22日(旧01月7日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月26日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
猪倉山の頂上には、巨大なイノシシの形をした岩倉があり、岩には広い岩窟があった。五合目以下はすごい密林になっている。岩窟内には大きな蝙蝠がたくさん住んでいたが、きれいな水がところどころに湧いていて、また岩から甘露のような油がにじみ出し、これを嘗めていれば何とか命をつなげるという天与の場所である。
バラモン軍は調査の結果、この窟内には恐ろしい猛獣などは住んでいないことがわかったので、ここを本拠として五合目以下に兵舎を作り、谷川を境にして立てこもっていた。
鬼春別と久米彦は、葡萄酒を傾けながら懐旧談にふけっていた。話がさらってきた姉妹のことになり、醜い姉のスミエルと美人の妹のスガールを巡って、また言い争いになった。
二人はスガールを呼び出して、どちらの妻になるかを選ばせたが、スガールは非道なバラモン軍の将軍の妻となるくらいなら死んだ方がましだとはねつけた。二人は怒り、久米彦はスガールを地下の暗窟に落とし込むべく連れて行った。
途中、久米彦は脅迫まじりにスガールに迫ってきた。スガールは抵抗しても逃れられないと思い、久米彦に気があるような素振りをしてこの場を逃れようとした。久米彦はほとぼりが冷めるまで自分の部屋にスガールを匿い、鬼春別けには暗窟に放り込んで殺したことにしておくと言った。
スガールは姉と一緒においてくれるように頼んだ。久米彦は聞き入れ、スミエルを連れてくると二人とも自分の部屋に入れて鍵をかけ、どこかに行ってしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :rm5413
愛善世界社版:157頁 八幡書店版:第9輯 676頁 修補版: 校定版:157頁 普及版:72頁 初版: ページ備考:
001 猪倉山(ゐのくらやま)頂上(ちやうじやう)には巨大(きよだい)なる(ゐのしし)(かたち)をした岩倉(いはくら)がある。002(これ)(もつ)猪倉(ゐのくら)()出来(でき)たのである。003(やま)五合目(ごがふめ)以上(いじやう)全部(ぜんぶ)(いは)(もつ)(かた)められ、004五合目(ごがふめ)以下(いか)(すご)いやうな密林(みつりん)である。005そして(この)(いは)には所々(ところどころ)岩窟(がんくつ)入口(いりぐち)があつて、006(その)内部(ないぶ)(すう)()(わた)つてゐると(うはさ)され、007(おほ)きな蝙蝠(かうもり)沢山(たくさん)()んでゐた。008(この)窟内(くつない)には所々(ところどころ)綺麗(きれい)(みづ)()いてゐて、009(すこ)しも(みづ)には不自由(ふじゆう)がない。010そして所々(ところどころ)(いは)から甘露(かんろ)のやうな(あぶら)がにじみ()し、011(これ)さへ()めて()れば、012(あま)労働(らうどう)をせぬ(かぎ)り、013()(げつ)(さん)(げつ)体力(たいりよく)(おとろ)へないと()ふ、014天与(てんよ)岩窟(がんくつ)である。015鬼春別(おにはるわけ)016久米彦(くめひこ)両将軍(りやうしやうぐん)部下(ぶか)兵卒(へいそつ)探険(たんけん)(ため)窟内(くつない)(ふか)(すす)ましめ、017調査(てうさ)結果(けつくわ)018(べつ)(おそ)ろしい猛獣(まうじう)()んでゐない(こと)(わか)つたので、019(いよいよ)ここを本拠(ほんきよ)(さだ)め、020五合目(ごがふめ)以下(いか)俄作(にはかづく)りの兵舎(へいしや)(つく)つて、021谷川(たにがは)(さかひ)()()もつたのである。022(この)岩窟(がんくつ)()りさへすれば、023いかに治国別(はるくにわけ)神力(しんりき)あり(とも)024(けつ)しておとす(こと)出来(でき)まい、025大雲山(だいうんざん)岩窟(がんくつ)よりも幾倍(いくばい)堅固(けんご)であり、026(かつ)(ひろ)いかも()れぬ。027両将軍(りやうしやうぐん)はここを自分(じぶん)千代(ちよ)住家(すみか)として全力(ぜんりよく)(そそ)ぎ、028(いは)()(ひろ)げたり、029いろいろ雑多(ざつた)として、030三千(さんぜん)兵士(へいし)(なか)孔鑿(こうさく)器用(きよう)なものを(えら)んで昼夜(ちうや)岩窟(がんくつ)鑿掘(さくくつ)をやつてゐた。031(あな)入口(いりぐち)(まへ)には俄作(にはかづく)りの事務所(じむしよ)があつて、032そこにはスパール、033エミシのカーネルが(かた)(まも)つてゐた。034窟内(くつない)中央(ちうあう)とも(おぼ)しき(やや)(ひろ)居間(ゐま)には鬼春別(おにはるわけ)035久米彦(くめひこ)両将軍(りやうしやうぐん)がそこら(ぢう)徴収(ちようしう)して()葡萄酒(ぶだうしゆ)(かたむ)け、036懐旧談(くわいきうだん)(ふけ)つてゐる。
037鬼春(おにはる)久米彦(くめひこ)殿(どの)038かやうな堅城(けんじやう)鉄壁(てつぺき)陣取(ぢんど)つた(うへ)最早(もはや)大丈夫(だいぢやうぶ)(ござ)るが、039(しか)(なが)千載(せんざい)恨事(こんじ)ともいふは、040ヒルナ、041カルナの両人(りやうにん)(のが)した(こと)だ。042此奴(こいつ)をどうかして()(かへ)工夫(くふう)はなからうかな』
043久米(くめ)『サア、044(いのち)(まと)にかけさへすれば、045()(かへ)されない(こと)はありますまいが、046あの(とほ)りライオンが、047あの(をんな)には守護(しゆご)してると()えますから、048一寸(ちよつと)(むつ)かしいでせう』
049鬼春(おにはる)(なん)()つても、050()(くら)むやうな美人(びじん)だから、051(もと)より一通(ひととほ)りの(もの)ではないと(おも)うてゐた。052大方(おほかた)あれは何神(なにがみ)かの化身(けしん)であつたに(ちがひ)ない。053ああ、054馬鹿(ばか)()()たものだ。055久米彦(くめひこ)056(まへ)()()かないものだから、057掌中(しやうちう)(たま)()られて(しま)つたのだよ。058(はな)はねぢられ、059(かほ)はかきむしられ、060イヤもうゼネラルとしての貫目(くわんめ)はゼロで(ござ)る』
061久米(くめ)(なん)()つても、062あなたが率先(そつせん)して美人(びじん)(たましひ)をぬかれ(あそ)ばすのだから、063拙者(せつしや)がのろけるのは、064()はば閣下(かくか)教育(けういく)()つたも同然(どうぜん)065仕方(しかた)がありませぬワ』
066鬼春(おにはる)馬鹿(ばか)(まを)すな。067カルナを(はじ)めて陣中(ぢんちう)引張(ひつぱ)つたのは、068貴殿(きでん)では(ござ)らぬか』
069久米(くめ)『あつて()ぎた(こと)()ふに(およ)びますまい、070それよりも今度(こんど)ぼつたくつて()た、071スミエルにスガールの両人(りやうにん)072あれを(なん)とか()きつけて、073(いち)()ヒルナ、074カルナの代用品(だいようひん)にしたら如何(いかが)(ござ)る』
075鬼春(おにはる)『イヤもう(をんな)には懲々(こりごり)した。076あれは飯焚(めしたき)をさしておけば()いのだ』
077久米(くめ)(しか)らば両人(りやうにん)飯焚(めした)きをさせませう、078そしてあなたが(をんな)懲々(こりごり)なさつたとあれば、079拙者(せつしや)両人共(りやうにんとも)(いただ)(こと)(いた)しませう』
080鬼春(おにはる)『イヤさうは(まゐ)らぬ、081貴殿(きでん)勝手(かつて)(いた)(くらゐ)なら拙者(せつしや)勝手(かつて)(いた)す』
082久米(くめ)(しか)らばあなたは上官(じやうくわん)(こと)でもありますから、083(あね)のスミエルを()自由(じいう)になさいませ。084拙者(せつしや)はスガールを(あづか)りませう』
085鬼春(おにはる)『スガールはカルナ(ひめ)()いでの美人(びじん)086スミエルは比較(ひかく)(てき)醜婦(しうふ)だ。087左様(さやう)勝手(かつて)(こと)出来(でき)ますまいぞ』
088久米(くめ)(しか)らば両人(りやうにん)自由(じいう)(まか)せ、089選択(せんたく)をさせたら如何(どう)(ござ)るかな』
090鬼春(おにはる)『ヤ、091それが()からう、092(しか)らばスガールを呼出(よびだ)して、093(まへ)どちらが()きだか……と(たづ)ねてみよう。094そしてスガールの()きだと()つた(はう)彼女(かのぢよ)自由(じいう)にするのだ、095無理(むり)往生(わうじやう)さしても面白(おもしろ)くない、096(また)(をとこ)らしうもないからな』
097久米(くめ)『そら面白(おもしろ)いでせう、098(しか)(なが)ら、099あなたは軍服(ぐんぷく)()れば上官(じやうくわん)だと()(こと)(わか)つて()りますから、100(をんな)といふ(もの)虚栄心(きよえいしん)(つよ)いもの(ゆゑ)101キツと地位(ちゐ)(たか)いものに(なび)くは当然(たうぜん)102それでは面白(おもしろ)くないから、103どちらもチューニックを()平服(へいふく)になり、104階級(かいきふ)高下(かうげ)(わか)らないやうにし、105(えら)ましたら()うでせう』
106鬼春(おにはる)『ウン、107そら面白(おもしろ)い、108それが本当(ほんたう)だ。109サ、110(はや)(たれ)かを()んで、111スガールを此処(ここ)召伴(めしつ)(きた)(やう)112(めい)じなさい』
113 久米彦(くめひこ)はうち(うな)づき、114(この)居間(ゐま)()て、115(つぎ)岩窟(がんくつ)(いた)り、116リウチナントのサムといふ(をとこ)に、117スガールを将軍(しやうぐん)居間(ゐま)(ひき)つれ(きた)(こと)厳命(げんめい)した。118リウチナントは『ハイ』と(こた)へて、119スガールの押込(おしこ)んである岩窟(がんくつ)一間(ひとま)(あし)(いそ)いだ。120両将軍(りやうしやうぐん)軍服(ぐんぷく)()ぎ、121平服(へいふく)着替(きか)へ、122(かほ)整理(せいり)などして、123色男(いろをとこ)競争(きやうそう)をやつて、124(いま)(おそ)しと()つてゐる。
125 (しばら)くあつてスガールは(おそ)(おそ)中尉(ちうゐ)(おく)られ、126将軍(しやうぐん)居間(ゐま)にやつて()て、127ビリビリ(ふる)うてゐる。128鬼春別(おにはるわけ)相好(さうがう)(くづ)し、
129鬼春(おにはる)『オイ、130スガール、131(まへ)随分(ずいぶん)不便(ふべん)であらうの。132(この)(はう)全軍(ぜんぐん)統率(とうそつ)する将軍(しやうぐん)だ、133ここにゐる(をとこ)(また)(おな)じく将軍(しやうぐん)だ。134部下(ぶか)(わる)(やつ)があつて、135其方(そなた)斯様(かやう)(ところ)()れて()たさうだが(じつ)不愍(ふびん)(もの)だ。136()うかしてお(まへ)(おや)(うち)(おく)つてやりたいと、137いろいろ両人(りやうにん)(ほね)()つてゐるのだが、138(なん)()つても(この)(やま)(ふもと)は、139三五教(あななひけう)軍勢(ぐんぜい)が、140幾万(いくまん)とも()れず、141押寄(おしよ)せて()てゐるのだから、142険難(けんのん)(おく)つてやる(わけ)にも()かず、143(しばら)くマア此処(ここ)時節(じせつ)()つたがよからう、144そして不自由(ふじゆう)(こと)があつたら、145どんな(こと)でも()いてやるから、146遠慮(ゑんりよ)なく()うたがいいぞ』
147スガール『ハイ、148(おも)ひもよらぬ()親切(しんせつ)149有難(ありがた)(ぞん)じます』
150 久米彦(くめひこ)鬼春別(おにはるわけ)(をんな)()()(さう)(こと)(ばか)り、151(さき)()はれて(しま)ひ、152自分(じぶん)()(こと)がないので、153()うしようかなアと(むね)(いた)めつつ(かんが)()んだ。154どうやら鬼春別(おにはるわけ)にスガールは思召(おぼしめし)がありさうに(おも)はれるので、155()()でならず、
156久米(くめ)『ああ其方(そなた)スガールといふ玉木(たまき)(むら)でも有名(いうめい)美人(びじん)だ、157本当(ほんたう)悪者(わるもの)()にかかつて、158かやうな(ところ)()るとは、159不愍(ふびん)(もの)だなア、160(おれ)同情(どうじやう)(なみだ)にくれてゐるのだ、161どうかして、162(いち)()(はや)玉木(たまき)(むら)(おく)つてやりたいのだが、163(いま)将軍(しやうぐん)のいはれた(とほ)り、164敵軍(てきぐん)取囲(とりかこ)んでゐるから、165ここ(しばら)くは辛抱(しんばう)してくれねばなるまい、166バラモン(ぐん)(とら)はれてゐなければ三五軍(あななひぐん)(とら)はれてゐるのだ、167それを(おも)へば、168(まへ)(じつ)仕合(しあは)せだよ。169キツト(てき)退散(たいさん)させてみる心算(つもり)だから、170何事(なにごと)(この)(はう)(まを)(こと)(しん)じて、171(たのし)んで()つてゐるが()いワ。172なア、173スガール、174かう()えても、175随分(ずいぶん)親切(しんせつ)(をとこ)だらう』
176スガール『ハイ、177()両人(りやうにん)(さま)178()親切(しんせつ)によう()うて(くだ)さりました。179どうぞ(よろ)しう()(ねがひ)(まを)します』
180鬼春(おにはる)『オイ、181スガール、182(まへ)(この)将軍(しやうぐん)さまと(わたし)何方(どちら)(やさ)しい(をとこ)(おも)ふか、183それが(ひと)()きたいものだなア』
184スガール『ハイ、185どちら(さま)も、186人情深(にんじやうぶか)いお(かた)(ござ)います。187(しか)(なが)ら、188(なん)だか()りませぬが、189一口(ひとくち)でも(さき)へ、190(やさ)しい言葉(ことば)をおかけ(くだ)さつたお(かた)(うれ)しう(ござ)います』
191鬼春(おにはる)『アハハハハ、192さうすると、193(この)髭面(ひげづら)(はう)()()つたと()ふのかな』
194スガール『ハイ、195(べつ)()()るといふ(こと)(ござ)いませぬが、196()(かく)()親切(しんせつ)()(かた)だと(よろこ)んで()ります』
197鬼春(おにはる)『ウン、198親切(しんせつ)(わか)つてゐるが、199もし()りにお(まへ)(をつと)()つとしたらば、200何方(どちら)(をつと)()つか、201それが()きたいものだ』
202スガール『どうぞ、203そんな(こと)仰有(おつしや)つて(くだ)さいますな、204(わらは)軍人(ぐんじん)なんか(をつと)()()(ござ)いませぬ』
205鬼春(おにはる)軍人(ぐんじん)()()らねば軍人(ぐんじん)をやめてもよい、206そしたらお(まへ)()うするか』
207スガール『ハイ、208()両人(りやうにん)(さま)一度(いちど)軍人(ぐんじん)をやめて、209普通(ふつう)人間(にんげん)にお()(あそ)ばした(とき)には(わらは)はあとのお(かた)(もら)つて(いただ)きます。210(しか)(なが)らモツトモツト、211綺麗(きれい)()()いた(をとこ)世間(せけん)にはありませうから、212さうあわてるには(およ)びませぬ』
213久米(くめ)『コリヤ、214(をんな)215(まへ)(とし)にも似合(にあ)はず大胆(だいたん)(こと)()(やつ)だなア、216(しか)(なが)拙者(せつしや)()きだと()つたな、217エヘヘヘヘ、218鬼春別(おにはるわけ)さま、219すみませぬが、220()約束通(やくそくどほり)拙者(せつしや)頂戴(ちやうだい)(いた)しませう、221あなたはスミエルさまで()辛抱(しんばう)なさいませ』
222鬼春(おにはる)『オイ、223スガール、224実際(じつさい)(こと)()つてくれ、225(おれ)にも(かんが)へがあるから』
226スガール『ハイ、227実際(じつさい)(こと)(まを)しましたら、228()両人(りやうにん)(さま)がお立腹(りつぷく)(あそ)ばしますでせう、229マア()ひますまい』
230久米(くめ)本当(ほんたう)(こと)()つてくれ、231(けつ)して喧嘩(けんくわ)はしない、232何程(なにほど)将軍(しやうぐん)()立腹(りつぷく)(あそ)ばしてもお(まへ)意見(いけん)できまるのだから、233武士(ぶし)言葉(ことば)二言(にごん)はないのだから、234サ、235ここで、236スツパリと久米彦(くめひこ)さまが()きなら、237()つたがよからうぞ』
238スガール『バラモン(ぐん)(かしら)をして(ござ)るやうなお(かた)には、239()んでも()(まか)(こと)出来(でき)ませぬ。240あなたは人民(じんみん)(かたき)です、241かやうな(ところ)へつれ()まれ、242あなた(がた)の、243(けだもの)弄物(おもちや)になるのなら、244()んだがマシで(ござ)います、245(ふたた)(おや)(うち)(かへ)らうなどとそんな未練(みれん)()ちませぬ、246エエ(けが)らはしい、247どうぞ(ころ)して(くだ)さいませ』
248鬼春(おにはる)『アハハハハ久米彦(くめひこ)殿(どの)249如何(いかが)(ござ)る。250(あま)り、251得意(とくい)になつて、252ホラも()けますまい』
253久米(くめ)『エエ仕方(しかた)がない、254牢獄(らうごく)へぶち()んでやろ、255()しからぬ(こと)()(やつ)だ。256そして(その)(はう)(かんが)(ひと)つに()つて、257(あね)のスミエルも如何(いか)なる運命(うんめい)(おちい)るか()れぬから覚悟(かくご)をせい』
258荒々(あらあら)しく呶鳴(どな)()(なが)ら、259久米彦(くめひこ)はスガールの()無理(むり)(ひつ)ぱつて、260(なが)隧道(とんねる)(つた)うて()く。261鬼春別(おにはるわけ)双手(もろて)をくみ、262(くび)をうなだれて、263独言(ひとりごと)
264『ああ(この)(みち)(ばか)りは如何(いか)なる権力(けんりよく)強迫(きやうはく)駄目(だめ)だなア、265(しか)(なが)一旦(いつたん)()()した(こと)266(この)(まま)ひつ()んでは(をとこ)()たぬ、267(また)久米彦(くめひこ)占領(せんりやう)されては、268尚々(なほなほ)(かほ)()たない、269(なん)とか工夫(くふう)をめぐらして、270スガールの(こころ)(うご)かす方法(はうはふ)はあるまいかなア』
271小声(こごゑ)(ささや)いてゐた。272一方(いつぱう)久米彦(くめひこ)牢獄(らうごく)(とう)ずると()(なが)ら、273(なが)隧道(とんねる)をくぐつて、274(まが)(かど)(くら)(ところ)()つた(とき)
275久米(くめ)『オイ、276スガール、277(まへ)本気(ほんき)であんな(こと)()つたのか』
278スガール『本気(ほんき)です(とも)279(わらは)(いのち)()しくはないんですから、280(いのち)()()してゐるのですもの』
281久米(くめ)『フーム、282さうか、283(おれ)(ため)(いのち)()()すと()ふのだな、284ヤ、285心底(しんてい)がみえた、286感心(かんしん)々々(かんしん)287(おれ)(その)つもりで(かげ)から可愛(かあい)がつてやろ』
288スガール『エエ気色(きしよく)(わる)い、289(たれ)があんたなんかに(いのち)差出(さしだ)(もの)がありますか、290(あく)張本人(ちやうほんにん)291馬賊(ばぞく)親方(おやかた)みたいな(をとこ)に、292()んでも(なび)きませぬワ』
293久米(くめ)『ハハハハハ、294ヒルナ、295カルナの(やつ)には()れたやうな(かほ)をして、296(うま)(だま)されたが、297此奴(こいつ)(また)あべこべだ。298()んな(やつ)本当(ほんたう)のものがあるのだ、299ここが(ひと)(ほね)折所(をりどころ)だ』
300自惚(うぬぼ)(なが)ら、301スガールの背中(せなか)()で、302(ねこ)なで(ごゑ)()して、
303久米(くめ)『オイ、304スガール、305さう(はら)()てるものぢやない、306(まへ)(わし)()(とほ)りにすれば何事(なにごと)都合好(つがふよ)くゆくのだ。307キツとお(まへ)のお(とう)さまやお(かあ)さまに()はしてやるから、308(わし)()(とほ)りになるのだ、309()いか、310よく(もの)(かんが)へてみよ』
311 スガールはとても抵抗(ていかう)した(ところ)(のが)れない、312一時(いつとき)のがれに(なん)とかゴマかしておかうと(にはか)思案(しあん)(さだ)め、313ワザと(うれ)しげに、
314スガール『ハイ、315本当(ほんたう)(わたし)精神(せいしん)はお(さつ)(くだ)さいませ、316将軍(しやうぐん)(さま)(まへ)(ござ)いますから、317あのやうに()つてみたので(ござ)いますよ』
318久米(くめ)『アハハハハ、319ヤツパリ(わし)()(くろ)い、320さうだらう。321ヨシ、322それなら(わし)のここに特別室(とくべつしつ)があるから、323ここへ這入(はい)つて()れ、324将軍(しやうぐん)(はう)へは、325(まへ)牢獄(らうごく)へぶち()んだと(うま)()つておくから……』
326スガール『それは有難(ありがた)(ござ)いますが、327どうぞ(ねえ)さまと一緒(いつしよ)において(くだ)さいな、328別々(べつべつ)()るのも(さび)しう(ござ)いますから、329(わらは)(しん)(あい)して(くだ)さるのなら、330(こひ)しい(ねえ)さまと一緒(いつしよ)において(くだ)さるでせうねえ』
331久米(くめ)『さうだ、332二人(ふたり)おくのはチツと都合(つがふ)(わる)いけれど、333(ほか)ならぬお(まへ)(こと)だから、334()げて(ねがひ)(かな)へてやろ、335どうだ(うれ)しいか』
336スガール『ハイ(うれ)しう(ござ)います、337サ、338(はや)く、339何卒(どうぞ)(ねえ)さまを()んで()(くだ)さいませ』
340 久米彦(くめひこ)(うち)うなづき(なが)ら、341自分(じぶん)居間(ゐま)にスガールを(しの)ばせおき、342スミエルを牢屋(ひとや)から(ひつ)ぱり()し、343自分(じぶん)寝室(しんしつ)()(かへ)つた。
344スガール『あれマア(ねえ)さま、345()ひたう(ござ)いました。346()うしてゐらつしやいましたの』
347スミエル『ハ、348(くら)(くら)(ところ)一人(ひとり)()れられて、349モウ()なうかモウ()なうかと覚悟(かくご)してをつた(ところ)へ、350(あはれ)(ぶか)将軍(しやうぐん)(さま)がお()(くだ)さいまして、351(いもうと)()はしてやらうと仰有(おつしや)つて此処(ここ)()れて()(くだ)さつたのよ。352将軍(しやうぐん)(さま)353有難(ありがた)(ござ)います』
354久米(くめ)『ヨシヨシ、355モウ心配(しんぱい)はいらぬ、356(また)時機(じき)をみて、357(おや)(うち)(おく)つてやる。358(まへ)(たち)二人(ふたり)(おほ)きな(こゑ)()さずに、359此処(ここ)(かく)れてゐるが(よろ)しい、360(また)鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)見付(みつ)かると大変(たいへん)だから、361(わし)一寸(ちよつと)軍務(ぐんむ)都合(つがふ)()つて、362陣営(ぢんえい)巡視(じゆんし)してくるから』
363()(なが)らピタリと()をしめ、364(そと)から(かぎ)をおろして、365どつかへ()つて(しま)つた。
366大正一二・二・二二 旧一・七 於竜宮館 松村真澄録)
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