霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一二章 妖瞑酒(えうめいしゆ)〔一三九八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第54巻 真善美愛 巳の巻 篇:第3篇 猪倉城寨 よみ(新仮名遣い):いのくらじょうさい
章:第12章 妖瞑酒 よみ(新仮名遣い):ようめいしゅ 通し章番号:1398
口述日:1923(大正12)年02月22日(旧01月7日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月26日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
フエルとベットは、玉木村の豪農テームス宅に引っ張られた。家政のシーナは二人を大きな蔵に監禁し、バラモン軍の制服をはぎ取った。
シーナは道晴別を主人のテームス、ベリシナ夫婦に引き合わせた。二人は何千人ものバラモン軍中から娘たちを取り戻せるだろうかを心配したが、道晴別は自分が工夫して連れ帰ることを受け合った。
道晴別は夫婦に三五教の信仰を勧め、テームスとベリシナは受諾して三五教と盤古神王を共に祀ることになった。道晴別は神殿を作ってお祭りを済ませると、シーナと共にバラモン軍の軍服を着て、さらわれた姉妹スミエルとスガールを取り戻すために出立した。
バラモン軍の見張りたちは酔いどれて不平不満を言いながら馬鹿話にふけっていた。道晴別とシーナはバラモン軍の士官服を着ているので、将軍の目付だと言って近づいた。そして兵卒たちに玉木村から奪ってきた美酒だと言って、一時的にひどく狂乱を起こす薬が入った酒を飲ませた。
飲んだ者はにわかに踊りだし、訳のわからないことをしゃべりだして川に飛び込んだり陣中を駆け回った。非常に猛烈なにおいがし、このにおいをかいだ者にも感染し、軍服を脱いで川に飛び込む者が続出した。
士官のマルタはこれを見て驚き、将軍に注進しようと本陣に向かった。薬に感染した者たちも、訳のわからないことをさえずりながら、将軍の陣営指して吶喊して行く。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-04-10 16:01:20 文字数:4965 OBC :rm5412
愛善世界社版:144頁 八幡書店版:第9輯 671頁 修補版: 校定版:144頁 普及版:65頁 初版: ページ備考:
001 甲(かふ)乙(おつ)丙(へい)の三(さん)人(にん)はベツト、002フエルの両人(りやうにん)を庫(くら)の中(なか)へ突(つ)つ込(こ)みおき、003代(かは)る代(がは)る入口(いりぐち)に錠(ぢやう)をおろして番(ばん)をする事(こと)となつた。004此(この)屋敷(やしき)は祖先(そせん)代々(だいだい)から、005玉木(たまき)の村(むら)の里庄(りしやう)を勤(つと)めてゐる豪農(がうのう)で、006庫(くら)の数(かず)が二十(にじつ)戸前(とまへ)も並(なら)んでゐた。007ここへ入(い)れへおけば、008絶対(ぜつたい)に気(き)のつく筈(はず)がない、009窓(まど)から水(みづ)や食料(しよくれう)を放(はふ)り込(こ)んで、010娘(むすめ)の帰(かへ)る迄(まで)、011二人(ふたり)をここに監禁(かんきん)する事(こと)としたのである。012そして二人(ふたり)のチユーニツクはスツカリはがせ、013相当(さうたう)の衣類(いるゐ)を与(あた)へておいたのである。014甲(かふ)の名(な)はシーナといふ。015此(この)男(をとこ)はテームス家(け)の譜代(ふだい)の家来(けらい)であつて、016テームス家(け)一切(いつさい)の家政(かせい)を司(つかさど)つてゐた。
017 さて道晴別(みちはるわけ)はシーナに導(みちび)かれ、018テームス、019ベリシナ夫婦(ふうふ)の前(まへ)に現(あら)はれて、020シメジ峠(たうげ)の頂上(ちやうじやう)でベツト、021フエルに会(あ)うた事(こと)や或(あるひ)は其(その)神力(しんりき)に打(う)たれて此処(ここ)迄(まで)引張(ひつぱ)られて来(き)た事(こと)などを、022詳(くは)しく物語(ものがた)つた。023テームス夫婦(ふうふ)は非常(ひじやう)に喜(よろこ)んで茶菓(さくわ)などを出(だ)し、024湯(ゆ)を沸(わか)せて風呂(ふろ)に案内(あんない)し、025宣伝服(せんでんふく)を着替(きがへ)させ、026客室(きやくしつ)に請(しやう)じ、027娘(むすめ)の危難(きなん)の事情(じじやう)を物語(ものがた)つた。
028テームス『貴方(あなた)は音(おと)に名高(なだか)き三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)様(さま)、029能(よ)くマア来(き)て下(くだ)さいました。030併(しか)し乍(なが)ら何千(なんぜん)といふ軍隊(ぐんたい)の中(なか)へ二人(ふたり)の娘(むすめ)が攫(さら)はれて参(まゐ)つたので厶(ござ)いますから、031いかに御(ご)神力(しんりき)強(つよ)き貴方(あなた)様(さま)でも、032容易(ようい)に取返(とりかへ)して頂(いただ)く事(こと)は難(むつ)かしう厶(ござ)いませうなア』
033と顔(かほ)を覗(のぞ)いた。034道晴別(みちはるわけ)は少時(しばし)双手(もろて)を組(く)んで思案(しあん)の体(てい)であつたが、035何(なに)か確信(かくしん)あるものの如(ごと)く微笑(ほほゑ)み乍(なが)ら、
036道晴(みちはる)『ああ決(けつ)して御(ご)心配(しんぱい)なさりますな。037到底(たうてい)一通(ひととほ)りや二通(ふたとほり)りでは行(ゆ)きますまいが、038何(なん)とか工夫(くふう)を致(いた)しまして、039敵中(てきちう)に忍(しの)び込(こ)み、040お嬢(ぢやう)さまを連(つ)れ帰(かへ)ることに致(いた)しませう。041併(しか)し乍(なが)ら連(つ)れ帰(かへ)つた所(ところ)で、042又(また)もや取返(とりかへ)しに来(こ)られては何(なん)にもなりませぬ、043此奴(こいつ)は徹底(てつてい)的(てき)に敵(てき)を改心(かいしん)させるか、044但(ただし)は追散(おひち)らすか致(いた)さねば駄目(だめ)でせう』
045ベリシナ『どうか、046老夫婦(らうふうふ)が首(くび)を鳩(あつ)めて日夜(にちや)心配(しんぱい)を致(いた)して居(を)りますから、047神(かみ)様(さま)の御(ご)神力(しんりき)に仍(よ)つて御(お)助(たす)け下(くだ)さいますやう、048御(お)願(ねがひ)申(まを)します』
049道晴(みちはる)『当家(たうけ)はウラル教(けう)と見(み)えますが、050貴方(あなた)は三五教(あななひけう)を信仰(しんかう)する気(き)はありませぬか』
051ベリシナ『ハイ、052神(かみ)様(さま)は元(もと)は一株(ひとかぶ)、053祖先(そせん)が祭(まつ)つた神(かみ)様(さま)を俄(にはか)に子孫(しそん)が替(か)へるといふのは、054何(なん)だか先祖(せんぞ)に対(たい)してすまないやうな気(き)が致(いた)します。055貴方(あなた)の信仰(しんかう)遊(あそ)ばす三五(あななひ)の神(かみ)様(さま)をお祭(まつ)り致(いた)しても神罰(しんばつ)は当(あた)りますまいかな』
056道晴(みちはる)『神(かみ)様(さま)は一株(ひとかぶ)だから、057ウラル教(けう)にならうが、058三五教(あななひけう)にならうがそんな小(ちひ)さい事(こと)を仰有(おつしや)る神(かみ)様(さま)ぢやありませぬ、059そして最(もつと)も神徳(しんとく)の高(たか)い詐(いつは)りのない誠(まこと)一(ひと)つの教(をしへ)を信仰(しんかう)するが祖先(そせん)へ対(たい)しての孝行(かうかう)で厶(ござ)いませう。060先(ま)づ第一(だいいち)に三五(あななひ)の神(かみ)様(さま)をお祭(まつ)り致(いた)し、061其(その)御(ご)神徳(しんとく)に仍(よ)つて、062お二人(ふたり)様(さま)の命(いのち)が助(たす)かるやう、063願(ねが)はうぢやありませぬか。064それとも、065どうしてもウラル教(けう)を改(あらた)めるのが厭(いや)と仰有(おつしや)るならば、066それで宜(よろ)しい、067決(けつ)してお勧(すす)めは致(いた)しませぬから……』
068テームス『婆(ばば)の意見(いけん)は何(なん)と申(まを)すか知(し)りませぬが、069これ丈(だけ)朝(あさ)から晩(ばん)迄(まで)、070ウラルの神(かみ)様(さま)を信仰(しんかう)し乍(なが)ら、071こんなに苦(くる)しい目(め)に会(あ)ふので厶(ござ)いますから、072ウラル教(けう)の神(かみ)様(さま)も此(この)頃(ごろ)はどうかして厶(ござ)るだらうと疑(うたが)つて居(を)ります。073現(げん)にビクの国(くに)のビクトリヤ王(わう)様(さま)もウラル教(けう)でゐらつしやるのに、074あの様(やう)な大難(だいなん)にお会(あ)ひなされ、075三五(あななひ)の神(かみ)様(さま)に助(たす)けられたとの噂(うはさ)が立(た)つて居(を)りまする。076何卒(どうぞ)宜(よろ)しう御(お)願(ねが)ひ致(いた)します。077ベリシナ、078お前(まへ)もヨモヤ異存(いぞん)はあるまいなア』
079ベリシナ『貴方(あなた)がさう仰有(おつしや)るのならば、080女房(にようばう)の私(わたし)は決(けつ)して異議(いぎ)は申(まを)しませぬ。081どうぞ祀(まつ)つて貰(もら)つて下(くだ)さいませ』
082道晴(みちはる)『然(しか)らば三五教(あななひけう)の神(かみ)様(さま)と、083ウラル教(けう)を守護(しゆご)遊(あそ)ばす盤古(ばんこ)神王(しんのう)様(さま)を並(なら)べて祀(まつ)る事(こと)に致(いた)しませう。084神(かみ)様(さま)は元(もと)は一(ひと)つで厶(ござ)いますからなア』
085テームス『いかにも仰(おほせ)の通(とほ)り、086実(じつ)に公平(こうへい)無私(むし)なお言葉(ことば)、087先(ま)づ第一(だいいち)に神(かみ)様(さま)をお祀(まつ)り致(いた)し、088其(その)上(うへ)娘(むすめ)を救(すく)つて頂(いただ)く事(こと)に願(ねが)ひませう』
089とここに愈(いよいよ)、090夫婦(ふうふ)の決心(けつしん)が定(さだ)まつたので、091道晴別(みちはるわけ)は俄(にはか)に神殿(しんでん)を作(つく)り、092簡単(かんたん)なお祭(まつり)をすませ、093いよいよ猪倉山(ゐのくらやま)に向(むか)つて、094スミエル、095スガールの姉妹(きやうだい)を取返(とりかへ)さむと進(すす)み行(ゆ)く用意(ようい)に取(とり)かかつた。096幸(さいはひ)、097ベツト、098フエルの軍服(ぐんぷく)があるので、099道晴別(みちはるわけ)とシーナの両人(りやうにん)は之(これ)を着用(ちやくよう)に及(およ)び、100夜(よる)に紛(まぎ)れて陣中(ぢんちう)に進(すす)み入(い)る事(こと)となつた。
101 シーナは近(ちか)くの事(こと)とて、102猪倉山(ゐのくらやま)の地理(ちり)は能(よ)く知(し)つて居(を)つた。103谷川(たにがは)の激流(げきりう)を右(みぎ)に飛(と)び越(こ)え、104左(ひだり)へ渡(わた)り、105漸(やうや)くにして東北西(とうほくせい)の三方(さんぱう)深山(しんざん)に包(つつ)まれた一方口(いつぱうぐち)の広(ひろ)い谷間(たにあひ)に着(つ)いた。106三千(さんぜん)人(にん)許(ばか)りの兵卒(へいそつ)の中(なか)へ、107同(おな)じ軍服(ぐんぷく)を着(き)て紛(まぎ)れ込(こ)んだのだから、108上(うへ)の役人(やくにん)ならば目(め)につくが、109軍曹(ぐんさう)や平兵(ひらへい)の服(ふく)では容易(ようい)に見破(みやぶ)られる気遣(きづか)ひがないのである。
110 月(つき)は東(ひがし)の山(やま)の端(は)を覗(のぞ)いて、111谷川(たにがは)に光(ひかり)を投(な)げてゐる。112彼方(あなた)此方(こなた)の若葉(わかば)の間(あひだ)から時鳥(ほととぎす)の声(こゑ)が面白(おもしろ)く聞(きこ)えて来(く)る。113見上(みあ)ぐる許(ばか)りの大岩(おほいは)の麓(ふもと)に四五(しご)人(にん)のバラモン兵(へい)が趺座(あぐら)をかいて夜警(やけい)を勤(つと)めてゐる。114何(いづ)れも皆(みな)酒(さけ)に酔(よ)うてゐるらしい。
115甲(かふ)『オイ、116敵(てき)もないのに、117毎日(まいにち)日日(ひにち)夜警(やけい)計(ばか)りやらされて居(を)つては、118つまらぬぢやないか。119夜警(やけい)も此(この)頃(ごろ)はヤケクソになつて、120ヤケ酒(ざけ)でも呑(の)まなくちややり切(き)れない。121すつぱい腐(くさ)つたやうな酒(さけ)を、122カーネル奴(め)、123……これは夜警(やけい)に呑(の)ませ……なんて吐(ぬか)しやがつて、124自分(じぶん)等(ら)の呑(の)みさし計(ばか)りをまはして来(く)るのだから、125本当(ほんたう)にむかつくだないか』
126乙(おつ)『だつて呑(の)まないよりマシだ。127別(べつ)に之(これ)を呑(の)まねば軍規(ぐんき)に反(はん)すると云(い)つて厳命(げんめい)したのでもなし、128退屈(たいくつ)だらうから、129之(これ)でも構(かま)はねば呑(の)んだらどうだと云(い)つて、130カーネルさまが下(さ)げて下(くだ)さつたのだ、131チツといたみた酒(さけ)でも貰(もら)はぬよりマシぢやないか』
132甲(かふ)『さうだと云(い)つて、133自分(じぶん)達(たち)は芳醇(はうじゆん)な酒(さけ)にくらひ酔(よひ)、134ホフクー、135ゲスラートだと云(い)つて、136用(よう)もないのに、137小田原(をだはら)評定(ひやうじやう)計(ばか)りやりやがつて、138スミエル、139スガールの頗(すこぶ)る別嬪(べつぴん)に酌(しやく)をさせ、140ヤニ下(さが)つてゐやがるのだもの、141俺(おれ)達(たち)雑兵(ざふひやう)は殆(ほとん)ど人間扱(にんげんあつかひ)をされてゐないのだからな』
142乙(おつ)『馬鹿(ばか)云(い)ふな、143そこが辛抱(しんばう)だ。144辛抱(しんばう)さへしてゐれば、145時節(じせつ)が来(き)たら花(はな)が咲(さ)くのだ。146之(これ)からゼネラルの命令(めいれい)に仍(よ)つて、147猪倉山(ゐのくらやま)の城寨(じやうさい)が完成(くわんせい)した上(うへ)は、148近国(きんごく)を荒(あら)し廻(まは)り、149馬蹄(ばてい)に蹂躙(じうりん)し、150大(だい)共和国(きようわこく)を建設(けんせつ)するのだ。151さうなれば何(ど)うしても人物(じんぶつ)が必要(ひつえう)だ、152何程(なにほど)雑兵(ざふひやう)だつて、153汝(きさま)でもキヤプテン位(くらゐ)には登庸(とうよう)されるよ』
154甲(かふ)『ヘン、155大尉(たいゐ)位(くらゐ)になつたつて、156何(なに)が結構(けつこう)だ、157貧乏(びんばふ)少尉(せうゐ)の、158ヤリクリ中尉(ちうゐ)の、159ヤツトコ大尉(たいゐ)と云(い)ふぢやないか、160そんな事(こと)で何(ど)うして嬶(かか)が養(やしな)へるか。161せめてユウンケル位(くらゐ)にしてくれりや、162骨折(ほねを)つても可(い)いのだが。163三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)の三(さん)人(にん)や四(よ)人(にん)に恐怖(きようふ)して、164こんな所(ところ)へ籠城(ろうじやう)するやうな大将(たいしやう)だから、165先(さき)が見(み)えてゐるワ、166何(なん)と云(い)つても、167鬼春別(おにはるわけ)、168久米彦(くめひこ)両将軍(りやうしやうぐん)が馬鹿(ばか)だからなア』
169乙(おつ)『オイそんな大(おほ)きな声(こゑ)で云(い)ふな。170丙(へい)丁(てい)戊(ぼう)が居眠(ゐねむ)つたやうな面(つら)して聞(き)いてるぞ。171人間(にんげん)の心(こころ)と云(い)ふものは分(わか)つたものぢやない。172いつ俺(おれ)達(たち)の裏(うら)をかいて、173畏(おそ)れ乍(なが)らと、174ゼネラルの前(まへ)へ密告(みつこく)するか分(わか)りやしないぞ』
175甲(かふ)『ナニ、176こんな奴(やつ)がそんな事(こと)共(ども)致(いた)してみよれ、177忽(たちま)ちウーンだ』
178乙(おつ)『ウンとは何(なん)だい、179又(また)糞(ふん)パツだな、180そんな所(ところ)でウンをやられちや臭(くさ)くてたまらないワ』
181甲(かふ)『ハハハハ、182分(わか)らぬ奴(やつ)だな。183三五教(あななひけう)の言霊(ことたま)で、184ウーンとやつてやるのだい』
185乙(おつ)『汝(きさま)は元(もと)は三五教(あななひけう)だな、186此奴(こいつ)ア油断(ゆだん)のならぬ奴(やつ)だ』
187甲(かふ)『油断(ゆだん)がなるまい。188俺(おれ)はチヤンとビクトリヤ城(じやう)へ治国別(はるくにわけ)がやつて来(き)た時(とき)に、189門(もん)の外(そと)にすくんで、190どんな事(こと)やりよるかと考(かんが)へてゐたら、191両手(りやうて)を組(く)んで、192ウーンとやるが最後(さいご)、193何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も体(からだ)が動(うご)けぬやうになつたのだ。194そして足(あし)計(ばか)りは自由(じいう)に動(うご)くものだから皆(みな)逃(に)げよつたのだ。195其(その)呼吸(こきふ)をチヤンと呑(の)み込(こ)んでゐる。196グヅグヅいふと一寸(ちよつと)やつてやらうか』
197乙(おつ)『ソレヤ面白(おもしろ)い、198一(ひと)つ此所(ここ)でやつてみよ』
199甲(かふ)『やらいでかい、200マアみて居(を)れ、201汝(きさま)に一(ひと)つ霊縛(れいばく)をかけてやらう』
202と云(い)ひ乍(なが)ら、203両手(りやうて)を組(く)んで、204一生(いつしやう)懸命(けんめい)にウンウンと唸(うな)つてゐる。205余(あま)り唸(うな)つたので唸(うな)つた拍子(ひやうし)にブウブウと裏門(うらもん)へ一二発(いちにはつ)破裂(はれつ)した。
206乙(おつ)『アハハハハ、207たうとう屁古垂(へこた)れやがつたな。208大方(おほかた)そんな事(こと)だと思(おも)うて居(を)つたのだ。209余(あま)りホラを吹(ふ)くものぢやないぞ』
210甲(かふ)『俺(おれ)達(たち)は、211ヘーたれさまだ、212口(くち)からホラを吹(ふ)いて尻(しり)からラツパを吹(ふ)くのが職掌(しよくしやう)だ』
213乙(おつ)『オイ、214丙(へい)丁(てい)戊(ぼう)、215早(はや)く起(お)きぬかい。216何(なん)だか、217向(むか)ふの方(はう)から二人(ふたり)やつてくる様(やう)だ。218モシや治国別(はるくにわけ)の片割(かたわ)れぢやなからうかな』
219 治国別(はるくにわけ)といふ声(こゑ)を聞(き)いて、220三(さん)人(にん)の泥酔者(よひどれ)は俄(にはか)に起上(おきあが)り、221ソロソロ逃仕度(にげじたく)をしかけた。
222乙(おつ)『コレヤ、223まだ敵(てき)か味方(みかた)か分(わか)らぬ先(さき)から逃(に)げ仕度(じたく)をする奴(やつ)があるかい。224卑怯者(ひけふもの)だな』
225丙(へい)『分(わか)つてから逃(に)げた所(ところ)で仕方(しかた)がないぢやないか、226分(わか)らぬ先(さき)に逃(に)げるのが兵法(へいはふ)の奥(おく)の手(て)だ。227モシ敵(てき)でもあつてみよ、228抜(ぬ)き差(さし)がならぬぢやないか』
229乙(おつ)『モシ敵(てき)が出(で)て来(き)たら、230俺(おれ)達(たち)が撃退(げきたい)するやうに、231一歩(いつぽ)も此所(ここ)より中(なか)へ入(い)れないやうに番(ばん)をしてゐるのぢやないか、232肝腎(かんじん)の時(とき)に逃(に)げる奴(やつ)がどこにあるかい。233しつかりせぬかい』
234 かかる所(ところ)へ道晴別(みちはるわけ)、235シーナの両人(りやうにん)はチューニック姿(すがた)で登(のぼ)つて来(き)た。
236甲(かふ)『誰(たれ)だア、237名(な)を名乗(なの)れツ』
238と呶鳴(どな)りつける。
239道晴(みちはる)『俺(おれ)はバラモン軍(ぐん)の軍曹(ぐんさう)、240デクといふものだ』
241シーナ『俺(おれ)はシーナといふ軍人(ぐんじん)だ。242ゼネラル様(さま)の命令(めいれい)に仍(よ)つて汝(きさま)達(たち)がよく勤(つと)めてるか勤(つと)めてゐないかを巡検(じゆんけん)に来(き)たのだ、243其(その)ザマは一体(いつたい)何(なん)だ』
244乙(おつ)『ヘ、245誠(まこと)に済(す)みませぬ。246併(しか)し乍(なが)ら貴方(あなた)もウスウス御存(ごぞん)じでせうが、247ゼネラルから賜(たまは)つた此(この)お酒(さけ)、248退屈(たいくつ)ざましに頂(いただ)いて居(を)つたのです』
249シーナ『頂(いただ)いた酒(さけ)なら、250呑(の)むなと云(い)はぬが、251軍務(ぐんむ)に差支(さしつかへ)ないやうに致(いた)さぬと困(こま)るぢやないか』
252乙(おつ)『ハイ、253チツと過(す)ごしましたが、254よう考(かんが)へて御覧(ごらん)なさい、255別(べつ)に敵(てき)が来(く)るでもなし、256さうシヤチ張(ば)つて居(を)つた処(ところ)で、257暖簾(のれん)と脛押(すねお)しするやうなものです。258私(わたし)計(ばか)りぢやありませぬ、259皆(みな)附近(あたり)の民家(みんか)へ行(い)つて、260色々(いろいろ)のドブ酒(ざけ)を徴発(ちようはつ)し、261勝手(かつて)気儘(きまま)に呑(の)んでるぢやありませぬか』
262シーナ『かう軍規(ぐんき)が紊(みだ)れては、263何(ど)うも仕方(しかた)がない、264これからチツと監督(かんとく)を厳重(げんぢう)にせなくちやなりませぬなア、265デクさま』
266デク(道晴別)『ウン、267さうだ、268チツと之(これ)から厳(きび)しくやらう。269オイ雑兵(ざふひやう)共(ども)、270此(この)川(かは)に橋(はし)を架(か)け』
271乙(おつ)『ヘー、272架(か)けないこた厶(ござ)いませぬが、273カーネルさまの御(ご)命令(めいれい)に仍(よ)れば、274……此(この)橋(はし)を架(か)けちや可(い)かない……と云(い)つて落(おと)されたのですから、275一寸(ちよつと)伺(うかが)つた上(うへ)でなくては、276軍曹(ぐんさう)さま位(くらゐ)の命令(めいれい)では聞(き)く事(こと)が出来(でき)ませぬからなア』
277デク(道晴別)『俺(おれ)は此(この)肩章(けんしやう)を見(み)たら分(わか)るが、278一人(ひとり)は伍長(ごちやう)だ。279伍長(ごちやう)と雖(いへど)も、280汝(きさま)らの上官(じやうくわん)だぞ、281なぜ上官(じやうくわん)の命令(めいれい)を聞(き)かないか』
282乙(おつ)『ヘー、283そんなら仕方(しかた)がありませぬ、284私(わたし)達(たち)が橋(はし)になつて向方(むかふ)へお渡(わた)し申(まを)しませう。285時(とき)に軍曹(ぐんさう)様(さま)、286マアゆつくりなさいませ。287ここに、288何(なん)ならスツパイ御(お)神酒(みき)がチツと計(ばか)り残(のこ)つてゐますがなア』
289デク(道晴別)『そんな酒(さけ)は俺(おれ)は呑(の)みたくない、290今(いま)玉木村(たまきむら)の豪農(がうのう)、291テームスの宅(たく)へ闖入(ちんにふ)して、292かやうな結構(けつこう)な酒(さけ)を貰(もら)つて来(き)たのだ。293何(なん)なら、294汝(きさま)、295これを一杯(いつぱい)呑(の)んだら何(ど)うだい』
296 因(ちなみ)に此(この)酒(さけ)は非常(ひじやう)に苛性(かせい)的(てき)な狂乱(きやうらん)を起(おこ)す薬(くすり)が入(はい)つてゐたのである。297一寸(ちよつと)一口(ひとくち)呑(の)むと、298何(なん)とも知(し)れぬ舌(した)ざはりである。299乙(おつ)は、
300乙『ヤア、301軍曹殿(ぐんさうどの)、302話(はな)せますなア、303ヤツパリ泥棒軍(どろぼうぐん)の上官(じやうくわん)丈(だけ)あつて、304気(き)が利(き)いてますワイ』
305デク(道晴別)『上官(じやうくわん)に向(むか)つて、306泥坊(どろばう)とは何(なん)だ』
307乙(おつ)『それでも、308人(ひと)の内(うち)へ入(はい)つて、309脅(おど)かして貰(もら)つて来(く)るのは泥坊(どろばう)でせう、310ヘヘヘヘ』
311デク(道晴別)『マ一杯(いつぱい)呑(の)んで見(み)よ、312盃(さかづき)を出(だ)せい』
313乙(おつ)『盃(さかづき)なんか、314気(き)の利(き)いたものはありませぬ、315ここに竹製(たけせい)の臨時盃(りんじさかづき)がありますから、316何卒(どうぞ)これに注(つ)いで下(くだ)さい。317竹筒(たけづつ)に注(つ)いだ酒(さけ)は又(また)格別(かくべつ)に甘(うま)いものですよ』
318と云(い)ひながら、319竹筒(たけづつ)をつき出(だ)す。320デクは瓢(ひさご)からドブドブと注(つ)ぎ与(あた)へ、
321デク(道晴別)『オイ汝(きさま)一人(ひとり)呑(の)んでは可(い)かないぞ。322これは妖瞑酒(えうめいしゆ)というて、323一口(ひとくち)呑(の)めば三十(さんじふ)年(ねん)の命(いのち)が延(の)びるのだ。324二口(ふたくち)呑(の)めば三十(さんじふ)年(ねん)の寿命(じゆみやう)がちぢまるのだ。325それだから、326之(これ)を五(ご)人(にん)に呑(の)み廻(まは)すのだ』
327乙(おつ)『何(なん)と難(むつ)かしい、328気(き)のじゆつない[※「じゅつない」とは「術無い」で、為すべき方法がない、という意味。]酒(さけ)ですなア』
329と言(い)ひ乍(なが)ら、330一口(ひとくち)より呑(の)めぬといふので、331十分(じふぶん)に口(くち)にくくんだ。332何(なん)とも知(し)れない可(い)い味(あぢ)がする、333モ一口(ひとくち)呑(の)みたくて仕方(しかた)がないが、334三十(さんじふ)年(ねん)の寿命(じゆみやう)が縮(ちぢ)まるのも惜(をし)いと思(おも)つたか、335惜(をし)相(さう)に甲(かふ)に渡(わた)した。336甲(かふ)は一口(ひとくち)呑(の)んで其(その)風味(ふうみ)に感(かん)じ、337又(また)厭(いや)相(さう)に丙(へい)丁(てい)戊(ぼう)と呑(の)みまはした。338戊(ぼう)の口(くち)に廻(まは)つた時分(じぶん)は、339ホンの舌(した)がぬれる程(ほど)より無(な)かつた。340五(ご)人(にん)は俄(にはか)に踊(をど)り出(だ)し、341息苦(いきぐる)しくなり、342川(かは)に飛込(とびこ)んだり、343這(は)ひ上(あが)つたり、344訳(わけ)の分(わか)らぬ事(こと)を喋(しやべ)り出(だ)して、345一目散(いちもくさん)に陣中(ぢんちう)に駆込(かけこ)んだ。346非常(ひじやう)に猛烈(まうれつ)な匂(にほひ)がする、347此(この)匂(にほひ)を嗅(か)いだものは忽(たちま)ち感染(かんせん)し、348軍服(ぐんぷく)を脱(ぬ)ぎすて、349赤裸(まつぱだか)になつて、350川中(かはなか)へ投(な)げ込(こ)むのが特色(とくしよく)である。351次(つぎ)から次(つぎ)へ伝染(でんせん)して、352三千(さんぜん)人(にん)の軍隊(ぐんたい)の大半(たいはん)は剣(けん)を谷川(たにがは)に投(なげ)すて、353チューニックを脱(ぬ)いで、354之(こ)れ又(また)谷川(たにがは)に放(はふ)り込(こ)み、355赤裸(まつぱだか)となつて、356ワイワイと訳(わけ)の分(わか)らぬ事(こと)を囀(さへづ)り初(はじ)めた。357次(つぎ)から次(つぎ)へと伝染(でんせん)して、358スボスボと赤裸(まつぱだか)になる者(もの)計(ばか)りなので、359カーネルのマルタは之(これ)を見(み)て驚(おどろ)き、360兎(と)も角(かく)将軍(しやうぐん)に注進(ちうしん)せむと本陣(ほんぢん)指(さ)して一目散(いちもくさん)に駆込(かけこ)んだ、361赤裸(まつぱだか)の沢山(たくさん)の軍人(ぐんじん)は訳(わけ)の分(わか)らぬ事(こと)をガアガアと囀(さへず)り乍(なが)ら、362列(れつ)を作(つく)つて、363将軍(しやうぐん)の陣営(ぢんえい)指(さ)して突喊(とつかん)し行(ゆ)く。
364(大正一二・二・二二 旧一・七 於竜宮館 松村真澄録)
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