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霊界物語
真善美愛(第49~60巻)
第54巻(巳の巻)
序文
総説
第1篇 神授の継嗣
第1章 子宝
第2章 日出前
第3章 懸引
第4章 理妻
第5章 万違
第6章 執念
第2篇 恋愛無涯
第7章 婚談
第8章 祝莚
第9章 花祝
第10章 万亀柱
第3篇 猪倉城寨
第11章 道晴別
第12章 妖瞑酒
第13章 岩情
第14章 暗窟
第4篇 関所の玉石
第15章 愚恋
第16章 百円
第17章 火救団
第5篇 神光増進
第18章 真信
第19章 流調
第20章 建替
第21章 鼻向
第22章 凱旋
附録 神文
余白歌
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第54巻(巳の巻)
> 第3篇 猪倉城寨 > 第12章 妖瞑酒
<<< 道晴別
(B)
(N)
岩情 >>>
第一二章
妖瞑酒
(
えうめいしゆ
)
〔一三九八〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第54巻 真善美愛 巳の巻
篇:
第3篇 猪倉城寨
よみ(新仮名遣い):
いのくらじょうさい
章:
第12章 妖瞑酒
よみ(新仮名遣い):
ようめいしゅ
通し章番号:
1398
口述日:
1923(大正12)年02月22日(旧01月7日)
口述場所:
竜宮館
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1925(大正14)年3月26日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
フエルとベットは、玉木村の豪農テームス宅に引っ張られた。家政のシーナは二人を大きな蔵に監禁し、バラモン軍の制服をはぎ取った。
シーナは道晴別を主人のテームス、ベリシナ夫婦に引き合わせた。二人は何千人ものバラモン軍中から娘たちを取り戻せるだろうかを心配したが、道晴別は自分が工夫して連れ帰ることを受け合った。
道晴別は夫婦に三五教の信仰を勧め、テームスとベリシナは受諾して三五教と盤古神王を共に祀ることになった。道晴別は神殿を作ってお祭りを済ませると、シーナと共にバラモン軍の軍服を着て、さらわれた姉妹スミエルとスガールを取り戻すために出立した。
バラモン軍の見張りたちは酔いどれて不平不満を言いながら馬鹿話にふけっていた。道晴別とシーナはバラモン軍の士官服を着ているので、将軍の目付だと言って近づいた。そして兵卒たちに玉木村から奪ってきた美酒だと言って、一時的にひどく狂乱を起こす薬が入った酒を飲ませた。
飲んだ者はにわかに踊りだし、訳のわからないことをしゃべりだして川に飛び込んだり陣中を駆け回った。非常に猛烈なにおいがし、このにおいをかいだ者にも感染し、軍服を脱いで川に飛び込む者が続出した。
士官のマルタはこれを見て驚き、将軍に注進しようと本陣に向かった。薬に感染した者たちも、訳のわからないことをさえずりながら、将軍の陣営指して吶喊して行く。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2024-04-10 16:01:20
OBC :
rm5412
愛善世界社版:
144頁
八幡書店版:
第9輯 671頁
修補版:
校定版:
144頁
普及版:
65頁
初版:
ページ備考:
001
甲
(
かふ
)
乙
(
おつ
)
丙
(
へい
)
の
三
(
さん
)
人
(
にん
)
はベツト、
002
フエルの
両人
(
りやうにん
)
を
庫
(
くら
)
の
中
(
なか
)
へ
突
(
つ
)
つ
込
(
こ
)
みおき、
003
代
(
かは
)
る
代
(
がは
)
る
入口
(
いりぐち
)
に
錠
(
ぢやう
)
をおろして
番
(
ばん
)
をする
事
(
こと
)
となつた。
004
此
(
この
)
屋敷
(
やしき
)
は
祖先
(
そせん
)
代々
(
だいだい
)
から、
005
玉木
(
たまき
)
の
村
(
むら
)
の
里庄
(
りしやう
)
を
勤
(
つと
)
めてゐる
豪農
(
がうのう
)
で、
006
庫
(
くら
)
の
数
(
かず
)
が
二十
(
にじつ
)
戸前
(
とまへ
)
も
並
(
なら
)
んでゐた。
007
ここへ
入
(
い
)
れへおけば、
008
絶対
(
ぜつたい
)
に
気
(
き
)
のつく
筈
(
はず
)
がない、
009
窓
(
まど
)
から
水
(
みづ
)
や
食料
(
しよくれう
)
を
放
(
はふ
)
り
込
(
こ
)
んで、
010
娘
(
むすめ
)
の
帰
(
かへ
)
る
迄
(
まで
)
、
011
二人
(
ふたり
)
をここに
監禁
(
かんきん
)
する
事
(
こと
)
としたのである。
012
そして
二人
(
ふたり
)
のチユーニツクはスツカリはがせ、
013
相当
(
さうたう
)
の
衣類
(
いるゐ
)
を
与
(
あた
)
へておいたのである。
014
甲
(
かふ
)
の
名
(
な
)
はシーナといふ。
015
此
(
この
)
男
(
をとこ
)
はテームス
家
(
け
)
の
譜代
(
ふだい
)
の
家来
(
けらい
)
であつて、
016
テームス
家
(
け
)
一切
(
いつさい
)
の
家政
(
かせい
)
を
司
(
つかさど
)
つてゐた。
017
さて
道晴別
(
みちはるわけ
)
はシーナに
導
(
みちび
)
かれ、
018
テームス、
019
ベリシナ
夫婦
(
ふうふ
)
の
前
(
まへ
)
に
現
(
あら
)
はれて、
020
シメジ
峠
(
たうげ
)
の
頂上
(
ちやうじやう
)
でベツト、
021
フエルに
会
(
あ
)
うた
事
(
こと
)
や
或
(
あるひ
)
は
其
(
その
)
神力
(
しんりき
)
に
打
(
う
)
たれて
此処
(
ここ
)
迄
(
まで
)
引張
(
ひつぱ
)
られて
来
(
き
)
た
事
(
こと
)
などを、
022
詳
(
くは
)
しく
物語
(
ものがた
)
つた。
023
テームス
夫婦
(
ふうふ
)
は
非常
(
ひじやう
)
に
喜
(
よろこ
)
んで
茶菓
(
さくわ
)
などを
出
(
だ
)
し、
024
湯
(
ゆ
)
を
沸
(
わか
)
せて
風呂
(
ふろ
)
に
案内
(
あんない
)
し、
025
宣伝服
(
せんでんふく
)
を
着替
(
きがへ
)
させ、
026
客室
(
きやくしつ
)
に
請
(
しやう
)
じ、
027
娘
(
むすめ
)
の
危難
(
きなん
)
の
事情
(
じじやう
)
を
物語
(
ものがた
)
つた。
028
テームス『
貴方
(
あなた
)
は
音
(
おと
)
に
名高
(
なだか
)
き
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
、
029
能
(
よ
)
くマア
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さいました。
030
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
何千
(
なんぜん
)
といふ
軍隊
(
ぐんたい
)
の
中
(
なか
)
へ
二人
(
ふたり
)
の
娘
(
むすめ
)
が
攫
(
さら
)
はれて
参
(
まゐ
)
つたので
厶
(
ござ
)
いますから、
031
いかに
御
(
ご
)
神力
(
しんりき
)
強
(
つよ
)
き
貴方
(
あなた
)
様
(
さま
)
でも、
032
容易
(
ようい
)
に
取返
(
とりかへ
)
して
頂
(
いただ
)
く
事
(
こと
)
は
難
(
むつ
)
かしう
厶
(
ござ
)
いませうなア』
033
と
顔
(
かほ
)
を
覗
(
のぞ
)
いた。
034
道晴別
(
みちはるわけ
)
は
少時
(
しばし
)
双手
(
もろて
)
を
組
(
く
)
んで
思案
(
しあん
)
の
体
(
てい
)
であつたが、
035
何
(
なに
)
か
確信
(
かくしん
)
あるものの
如
(
ごと
)
く
微笑
(
ほほゑ
)
み
乍
(
なが
)
ら、
036
道晴
(
みちはる
)
『ああ
決
(
けつ
)
して
御
(
ご
)
心配
(
しんぱい
)
なさりますな。
037
到底
(
たうてい
)
一通
(
ひととほ
)
りや
二通
(
ふたとほり
)
りでは
行
(
ゆ
)
きますまいが、
038
何
(
なん
)
とか
工夫
(
くふう
)
を
致
(
いた
)
しまして、
039
敵中
(
てきちう
)
に
忍
(
しの
)
び
込
(
こ
)
み、
040
お
嬢
(
ぢやう
)
さまを
連
(
つ
)
れ
帰
(
かへ
)
ることに
致
(
いた
)
しませう。
041
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
連
(
つ
)
れ
帰
(
かへ
)
つた
所
(
ところ
)
で、
042
又
(
また
)
もや
取返
(
とりかへ
)
しに
来
(
こ
)
られては
何
(
なん
)
にもなりませぬ、
043
此奴
(
こいつ
)
は
徹底
(
てつてい
)
的
(
てき
)
に
敵
(
てき
)
を
改心
(
かいしん
)
させるか、
044
但
(
ただし
)
は
追散
(
おひち
)
らすか
致
(
いた
)
さねば
駄目
(
だめ
)
でせう』
045
ベリシナ『どうか、
046
老夫婦
(
らうふうふ
)
が
首
(
くび
)
を
鳩
(
あつ
)
めて
日夜
(
にちや
)
心配
(
しんぱい
)
を
致
(
いた
)
して
居
(
を
)
りますから、
047
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
神力
(
しんりき
)
に
仍
(
よ
)
つて
御
(
お
)
助
(
たす
)
け
下
(
くだ
)
さいますやう、
048
御
(
お
)
願
(
ねがひ
)
申
(
まを
)
します』
049
道晴
(
みちはる
)
『
当家
(
たうけ
)
はウラル
教
(
けう
)
と
見
(
み
)
えますが、
050
貴方
(
あなた
)
は
三五教
(
あななひけう
)
を
信仰
(
しんかう
)
する
気
(
き
)
はありませぬか』
051
ベリシナ『ハイ、
052
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
は
元
(
もと
)
は
一株
(
ひとかぶ
)
、
053
祖先
(
そせん
)
が
祭
(
まつ
)
つた
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
を
俄
(
にはか
)
に
子孫
(
しそん
)
が
替
(
か
)
へるといふのは、
054
何
(
なん
)
だか
先祖
(
せんぞ
)
に
対
(
たい
)
してすまないやうな
気
(
き
)
が
致
(
いた
)
します。
055
貴方
(
あなた
)
の
信仰
(
しんかう
)
遊
(
あそ
)
ばす
三五
(
あななひ
)
の
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
をお
祭
(
まつ
)
り
致
(
いた
)
しても
神罰
(
しんばつ
)
は
当
(
あた
)
りますまいかな』
056
道晴
(
みちはる
)
『
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
は
一株
(
ひとかぶ
)
だから、
057
ウラル
教
(
けう
)
にならうが、
058
三五教
(
あななひけう
)
にならうがそんな
小
(
ちひ
)
さい
事
(
こと
)
を
仰有
(
おつしや
)
る
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
ぢやありませぬ、
059
そして
最
(
もつと
)
も
神徳
(
しんとく
)
の
高
(
たか
)
い
詐
(
いつは
)
りのない
誠
(
まこと
)
一
(
ひと
)
つの
教
(
をしへ
)
を
信仰
(
しんかう
)
するが
祖先
(
そせん
)
へ
対
(
たい
)
しての
孝行
(
かうかう
)
で
厶
(
ござ
)
いませう。
060
先
(
ま
)
づ
第一
(
だいいち
)
に
三五
(
あななひ
)
の
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
をお
祭
(
まつ
)
り
致
(
いた
)
し、
061
其
(
その
)
御
(
ご
)
神徳
(
しんとく
)
に
仍
(
よ
)
つて、
062
お
二人
(
ふたり
)
様
(
さま
)
の
命
(
いのち
)
が
助
(
たす
)
かるやう、
063
願
(
ねが
)
はうぢやありませぬか。
064
それとも、
065
どうしてもウラル
教
(
けう
)
を
改
(
あらた
)
めるのが
厭
(
いや
)
と
仰有
(
おつしや
)
るならば、
066
それで
宜
(
よろ
)
しい、
067
決
(
けつ
)
してお
勧
(
すす
)
めは
致
(
いた
)
しませぬから……』
068
テームス『
婆
(
ばば
)
の
意見
(
いけん
)
は
何
(
なん
)
と
申
(
まを
)
すか
知
(
し
)
りませぬが、
069
これ
丈
(
だけ
)
朝
(
あさ
)
から
晩
(
ばん
)
迄
(
まで
)
、
070
ウラルの
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
を
信仰
(
しんかう
)
し
乍
(
なが
)
ら、
071
こんなに
苦
(
くる
)
しい
目
(
め
)
に
会
(
あ
)
ふので
厶
(
ござ
)
いますから、
072
ウラル
教
(
けう
)
の
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
も
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
はどうかして
厶
(
ござ
)
るだらうと
疑
(
うたが
)
つて
居
(
を
)
ります。
073
現
(
げん
)
にビクの
国
(
くに
)
のビクトリヤ
王
(
わう
)
様
(
さま
)
もウラル
教
(
けう
)
でゐらつしやるのに、
074
あの
様
(
やう
)
な
大難
(
だいなん
)
にお
会
(
あ
)
ひなされ、
075
三五
(
あななひ
)
の
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
に
助
(
たす
)
けられたとの
噂
(
うはさ
)
が
立
(
た
)
つて
居
(
を
)
りまする。
076
何卒
(
どうぞ
)
宜
(
よろ
)
しう
御
(
お
)
願
(
ねが
)
ひ
致
(
いた
)
します。
077
ベリシナ、
078
お
前
(
まへ
)
もヨモヤ
異存
(
いぞん
)
はあるまいなア』
079
ベリシナ『
貴方
(
あなた
)
がさう
仰有
(
おつしや
)
るのならば、
080
女房
(
にようばう
)
の
私
(
わたし
)
は
決
(
けつ
)
して
異議
(
いぎ
)
は
申
(
まを
)
しませぬ。
081
どうぞ
祀
(
まつ
)
つて
貰
(
もら
)
つて
下
(
くだ
)
さいませ』
082
道晴
(
みちはる
)
『
然
(
しか
)
らば
三五教
(
あななひけう
)
の
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
と、
083
ウラル
教
(
けう
)
を
守護
(
しゆご
)
遊
(
あそ
)
ばす
盤古
(
ばんこ
)
神王
(
しんのう
)
様
(
さま
)
を
並
(
なら
)
べて
祀
(
まつ
)
る
事
(
こと
)
に
致
(
いた
)
しませう。
084
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
は
元
(
もと
)
は
一
(
ひと
)
つで
厶
(
ござ
)
いますからなア』
085
テームス『いかにも
仰
(
おほせ
)
の
通
(
とほ
)
り、
086
実
(
じつ
)
に
公平
(
こうへい
)
無私
(
むし
)
なお
言葉
(
ことば
)
、
087
先
(
ま
)
づ
第一
(
だいいち
)
に
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
をお
祀
(
まつ
)
り
致
(
いた
)
し、
088
其
(
その
)
上
(
うへ
)
娘
(
むすめ
)
を
救
(
すく
)
つて
頂
(
いただ
)
く
事
(
こと
)
に
願
(
ねが
)
ひませう』
089
とここに
愈
(
いよいよ
)
、
090
夫婦
(
ふうふ
)
の
決心
(
けつしん
)
が
定
(
さだ
)
まつたので、
091
道晴別
(
みちはるわけ
)
は
俄
(
にはか
)
に
神殿
(
しんでん
)
を
作
(
つく
)
り、
092
簡単
(
かんたん
)
なお
祭
(
まつり
)
をすませ、
093
いよいよ
猪倉山
(
ゐのくらやま
)
に
向
(
むか
)
つて、
094
スミエル、
095
スガールの
姉妹
(
きやうだい
)
を
取返
(
とりかへ
)
さむと
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く
用意
(
ようい
)
に
取
(
とり
)
かかつた。
096
幸
(
さいはひ
)
、
097
ベツト、
098
フエルの
軍服
(
ぐんぷく
)
があるので、
099
道晴別
(
みちはるわけ
)
とシーナの
両人
(
りやうにん
)
は
之
(
これ
)
を
着用
(
ちやくよう
)
に
及
(
およ
)
び、
100
夜
(
よる
)
に
紛
(
まぎ
)
れて
陣中
(
ぢんちう
)
に
進
(
すす
)
み
入
(
い
)
る
事
(
こと
)
となつた。
101
シーナは
近
(
ちか
)
くの
事
(
こと
)
とて、
102
猪倉山
(
ゐのくらやま
)
の
地理
(
ちり
)
は
能
(
よ
)
く
知
(
し
)
つて
居
(
を
)
つた。
103
谷川
(
たにがは
)
の
激流
(
げきりう
)
を
右
(
みぎ
)
に
飛
(
と
)
び
越
(
こ
)
え、
104
左
(
ひだり
)
へ
渡
(
わた
)
り、
105
漸
(
やうや
)
くにして
東北西
(
とうほくせい
)
の
三方
(
さんぱう
)
深山
(
しんざん
)
に
包
(
つつ
)
まれた
一方口
(
いつぱうぐち
)
の
広
(
ひろ
)
い
谷間
(
たにあひ
)
に
着
(
つ
)
いた。
106
三千
(
さんぜん
)
人
(
にん
)
許
(
ばか
)
りの
兵卒
(
へいそつ
)
の
中
(
なか
)
へ、
107
同
(
おな
)
じ
軍服
(
ぐんぷく
)
を
着
(
き
)
て
紛
(
まぎ
)
れ
込
(
こ
)
んだのだから、
108
上
(
うへ
)
の
役人
(
やくにん
)
ならば
目
(
め
)
につくが、
109
軍曹
(
ぐんさう
)
や
平兵
(
ひらへい
)
の
服
(
ふく
)
では
容易
(
ようい
)
に
見破
(
みやぶ
)
られる
気遣
(
きづか
)
ひがないのである。
110
月
(
つき
)
は
東
(
ひがし
)
の
山
(
やま
)
の
端
(
は
)
を
覗
(
のぞ
)
いて、
111
谷川
(
たにがは
)
に
光
(
ひかり
)
を
投
(
な
)
げてゐる。
112
彼方
(
あなた
)
此方
(
こなた
)
の
若葉
(
わかば
)
の
間
(
あひだ
)
から
時鳥
(
ほととぎす
)
の
声
(
こゑ
)
が
面白
(
おもしろ
)
く
聞
(
きこ
)
えて
来
(
く
)
る。
113
見上
(
みあ
)
ぐる
許
(
ばか
)
りの
大岩
(
おほいは
)
の
麓
(
ふもと
)
に
四五
(
しご
)
人
(
にん
)
のバラモン
兵
(
へい
)
が
趺座
(
あぐら
)
をかいて
夜警
(
やけい
)
を
勤
(
つと
)
めてゐる。
114
何
(
いづ
)
れも
皆
(
みな
)
酒
(
さけ
)
に
酔
(
よ
)
うてゐるらしい。
115
甲
(
かふ
)
『オイ、
116
敵
(
てき
)
もないのに、
117
毎日
(
まいにち
)
日日
(
ひにち
)
夜警
(
やけい
)
計
(
ばか
)
りやらされて
居
(
を
)
つては、
118
つまらぬぢやないか。
119
夜警
(
やけい
)
も
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
はヤケクソになつて、
120
ヤケ
酒
(
ざけ
)
でも
呑
(
の
)
まなくちややり
切
(
き
)
れない。
121
すつぱい
腐
(
くさ
)
つたやうな
酒
(
さけ
)
を、
122
カーネル
奴
(
め
)
、
123
……これは
夜警
(
やけい
)
に
呑
(
の
)
ませ……なんて
吐
(
ぬか
)
しやがつて、
124
自分
(
じぶん
)
等
(
ら
)
の
呑
(
の
)
みさし
計
(
ばか
)
りをまはして
来
(
く
)
るのだから、
125
本当
(
ほんたう
)
にむかつくだないか』
126
乙
(
おつ
)
『だつて
呑
(
の
)
まないよりマシだ。
127
別
(
べつ
)
に
之
(
これ
)
を
呑
(
の
)
まねば
軍規
(
ぐんき
)
に
反
(
はん
)
すると
云
(
い
)
つて
厳命
(
げんめい
)
したのでもなし、
128
退屈
(
たいくつ
)
だらうから、
129
之
(
これ
)
でも
構
(
かま
)
はねば
呑
(
の
)
んだらどうだと
云
(
い
)
つて、
130
カーネルさまが
下
(
さ
)
げて
下
(
くだ
)
さつたのだ、
131
チツといたみた
酒
(
さけ
)
でも
貰
(
もら
)
はぬよりマシぢやないか』
132
甲
(
かふ
)
『さうだと
云
(
い
)
つて、
133
自分
(
じぶん
)
達
(
たち
)
は
芳醇
(
はうじゆん
)
な
酒
(
さけ
)
にくらひ
酔
(
よひ
)
、
134
ホフクー、
135
ゲスラートだと
云
(
い
)
つて、
136
用
(
よう
)
もないのに、
137
小田原
(
をだはら
)
評定
(
ひやうじやう
)
計
(
ばか
)
りやりやがつて、
138
スミエル、
139
スガールの
頗
(
すこぶ
)
る
別嬪
(
べつぴん
)
に
酌
(
しやく
)
をさせ、
140
ヤニ
下
(
さが
)
つてゐやがるのだもの、
141
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
雑兵
(
ざふひやう
)
は
殆
(
ほとん
)
ど
人間扱
(
にんげんあつかひ
)
をされてゐないのだからな』
142
乙
(
おつ
)
『
馬鹿
(
ばか
)
云
(
い
)
ふな、
143
そこが
辛抱
(
しんばう
)
だ。
144
辛抱
(
しんばう
)
さへしてゐれば、
145
時節
(
じせつ
)
が
来
(
き
)
たら
花
(
はな
)
が
咲
(
さ
)
くのだ。
146
之
(
これ
)
からゼネラルの
命令
(
めいれい
)
に
仍
(
よ
)
つて、
147
猪倉山
(
ゐのくらやま
)
の
城寨
(
じやうさい
)
が
完成
(
くわんせい
)
した
上
(
うへ
)
は、
148
近国
(
きんごく
)
を
荒
(
あら
)
し
廻
(
まは
)
り、
149
馬蹄
(
ばてい
)
に
蹂躙
(
じうりん
)
し、
150
大
(
だい
)
共和国
(
きようわこく
)
を
建設
(
けんせつ
)
するのだ。
151
さうなれば
何
(
ど
)
うしても
人物
(
じんぶつ
)
が
必要
(
ひつえう
)
だ、
152
何程
(
なにほど
)
雑兵
(
ざふひやう
)
だつて、
153
汝
(
きさま
)
でもキヤプテン
位
(
くらゐ
)
には
登庸
(
とうよう
)
されるよ』
154
甲
(
かふ
)
『ヘン、
155
大尉
(
たいゐ
)
位
(
くらゐ
)
になつたつて、
156
何
(
なに
)
が
結構
(
けつこう
)
だ、
157
貧乏
(
びんばふ
)
少尉
(
せうゐ
)
の、
158
ヤリクリ
中尉
(
ちうゐ
)
の、
159
ヤツトコ
大尉
(
たいゐ
)
と
云
(
い
)
ふぢやないか、
160
そんな
事
(
こと
)
で
何
(
ど
)
うして
嬶
(
かか
)
が
養
(
やしな
)
へるか。
161
せめてユウンケル
位
(
くらゐ
)
にしてくれりや、
162
骨折
(
ほねを
)
つても
可
(
い
)
いのだが。
163
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
の
三
(
さん
)
人
(
にん
)
や
四
(
よ
)
人
(
にん
)
に
恐怖
(
きようふ
)
して、
164
こんな
所
(
ところ
)
へ
籠城
(
ろうじやう
)
するやうな
大将
(
たいしやう
)
だから、
165
先
(
さき
)
が
見
(
み
)
えてゐるワ、
166
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても、
167
鬼春別
(
おにはるわけ
)
、
168
久米彦
(
くめひこ
)
両将軍
(
りやうしやうぐん
)
が
馬鹿
(
ばか
)
だからなア』
169
乙
(
おつ
)
『オイそんな
大
(
おほ
)
きな
声
(
こゑ
)
で
云
(
い
)
ふな。
170
丙
(
へい
)
丁
(
てい
)
戊
(
ぼう
)
が
居眠
(
ゐねむ
)
つたやうな
面
(
つら
)
して
聞
(
き
)
いてるぞ。
171
人間
(
にんげん
)
の
心
(
こころ
)
と
云
(
い
)
ふものは
分
(
わか
)
つたものぢやない。
172
いつ
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
の
裏
(
うら
)
をかいて、
173
畏
(
おそ
)
れ
乍
(
なが
)
らと、
174
ゼネラルの
前
(
まへ
)
へ
密告
(
みつこく
)
するか
分
(
わか
)
りやしないぞ』
175
甲
(
かふ
)
『ナニ、
176
こんな
奴
(
やつ
)
がそんな
事
(
こと
)
共
(
ども
)
致
(
いた
)
してみよれ、
177
忽
(
たちま
)
ちウーンだ』
178
乙
(
おつ
)
『ウンとは
何
(
なん
)
だい、
179
又
(
また
)
糞
(
ふん
)
パツだな、
180
そんな
所
(
ところ
)
でウンをやられちや
臭
(
くさ
)
くてたまらないワ』
181
甲
(
かふ
)
『ハハハハ、
182
分
(
わか
)
らぬ
奴
(
やつ
)
だな。
183
三五教
(
あななひけう
)
の
言霊
(
ことたま
)
で、
184
ウーンとやつてやるのだい』
185
乙
(
おつ
)
『
汝
(
きさま
)
は
元
(
もと
)
は
三五教
(
あななひけう
)
だな、
186
此奴
(
こいつ
)
ア
油断
(
ゆだん
)
のならぬ
奴
(
やつ
)
だ』
187
甲
(
かふ
)
『
油断
(
ゆだん
)
がなるまい。
188
俺
(
おれ
)
はチヤンとビクトリヤ
城
(
じやう
)
へ
治国別
(
はるくにわけ
)
がやつて
来
(
き
)
た
時
(
とき
)
に、
189
門
(
もん
)
の
外
(
そと
)
にすくんで、
190
どんな
事
(
こと
)
やりよるかと
考
(
かんが
)
へてゐたら、
191
両手
(
りやうて
)
を
組
(
く
)
んで、
192
ウーンとやるが
最後
(
さいご
)
、
193
何奴
(
どいつ
)
も
此奴
(
こいつ
)
も
体
(
からだ
)
が
動
(
うご
)
けぬやうになつたのだ。
194
そして
足
(
あし
)
計
(
ばか
)
りは
自由
(
じいう
)
に
動
(
うご
)
くものだから
皆
(
みな
)
逃
(
に
)
げよつたのだ。
195
其
(
その
)
呼吸
(
こきふ
)
をチヤンと
呑
(
の
)
み
込
(
こ
)
んでゐる。
196
グヅグヅいふと
一寸
(
ちよつと
)
やつてやらうか』
197
乙
(
おつ
)
『ソレヤ
面白
(
おもしろ
)
い、
198
一
(
ひと
)
つ
此所
(
ここ
)
でやつてみよ』
199
甲
(
かふ
)
『やらいでかい、
200
マアみて
居
(
を
)
れ、
201
汝
(
きさま
)
に
一
(
ひと
)
つ
霊縛
(
れいばく
)
をかけてやらう』
202
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
203
両手
(
りやうて
)
を
組
(
く
)
んで、
204
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
にウンウンと
唸
(
うな
)
つてゐる。
205
余
(
あま
)
り
唸
(
うな
)
つたので
唸
(
うな
)
つた
拍子
(
ひやうし
)
にブウブウと
裏門
(
うらもん
)
へ
一二発
(
いちにはつ
)
破裂
(
はれつ
)
した。
206
乙
(
おつ
)
『アハハハハ、
207
たうとう
屁古垂
(
へこた
)
れやがつたな。
208
大方
(
おほかた
)
そんな
事
(
こと
)
だと
思
(
おも
)
うて
居
(
を
)
つたのだ。
209
余
(
あま
)
りホラを
吹
(
ふ
)
くものぢやないぞ』
210
甲
(
かふ
)
『
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
は、
211
ヘーたれさまだ、
212
口
(
くち
)
からホラを
吹
(
ふ
)
いて
尻
(
しり
)
からラツパを
吹
(
ふ
)
くのが
職掌
(
しよくしやう
)
だ』
213
乙
(
おつ
)
『オイ、
214
丙
(
へい
)
丁
(
てい
)
戊
(
ぼう
)
、
215
早
(
はや
)
く
起
(
お
)
きぬかい。
216
何
(
なん
)
だか、
217
向
(
むか
)
ふの
方
(
はう
)
から
二人
(
ふたり
)
やつてくる
様
(
やう
)
だ。
218
モシや
治国別
(
はるくにわけ
)
の
片割
(
かたわ
)
れぢやなからうかな』
219
治国別
(
はるくにわけ
)
といふ
声
(
こゑ
)
を
聞
(
き
)
いて、
220
三
(
さん
)
人
(
にん
)
の
泥酔者
(
よひどれ
)
は
俄
(
にはか
)
に
起上
(
おきあが
)
り、
221
ソロソロ
逃仕度
(
にげじたく
)
をしかけた。
222
乙
(
おつ
)
『コレヤ、
223
まだ
敵
(
てき
)
か
味方
(
みかた
)
か
分
(
わか
)
らぬ
先
(
さき
)
から
逃
(
に
)
げ
仕度
(
じたく
)
をする
奴
(
やつ
)
があるかい。
224
卑怯者
(
ひけふもの
)
だな』
225
丙
(
へい
)
『
分
(
わか
)
つてから
逃
(
に
)
げた
所
(
ところ
)
で
仕方
(
しかた
)
がないぢやないか、
226
分
(
わか
)
らぬ
先
(
さき
)
に
逃
(
に
)
げるのが
兵法
(
へいはふ
)
の
奥
(
おく
)
の
手
(
て
)
だ。
227
モシ
敵
(
てき
)
でもあつてみよ、
228
抜
(
ぬ
)
き
差
(
さし
)
がならぬぢやないか』
229
乙
(
おつ
)
『モシ
敵
(
てき
)
が
出
(
で
)
て
来
(
き
)
たら、
230
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
が
撃退
(
げきたい
)
するやうに、
231
一歩
(
いつぽ
)
も
此所
(
ここ
)
より
中
(
なか
)
へ
入
(
い
)
れないやうに
番
(
ばん
)
をしてゐるのぢやないか、
232
肝腎
(
かんじん
)
の
時
(
とき
)
に
逃
(
に
)
げる
奴
(
やつ
)
がどこにあるかい。
233
しつかりせぬかい』
234
かかる
所
(
ところ
)
へ
道晴別
(
みちはるわけ
)
、
235
シーナの
両人
(
りやうにん
)
はチューニック
姿
(
すがた
)
で
登
(
のぼ
)
つて
来
(
き
)
た。
236
甲
(
かふ
)
『
誰
(
たれ
)
だア、
237
名
(
な
)
を
名乗
(
なの
)
れツ』
238
と
呶鳴
(
どな
)
りつける。
239
道晴
(
みちはる
)
『
俺
(
おれ
)
はバラモン
軍
(
ぐん
)
の
軍曹
(
ぐんさう
)
、
240
デクといふものだ』
241
シーナ『
俺
(
おれ
)
はシーナといふ
軍人
(
ぐんじん
)
だ。
242
ゼネラル
様
(
さま
)
の
命令
(
めいれい
)
に
仍
(
よ
)
つて
汝
(
きさま
)
達
(
たち
)
がよく
勤
(
つと
)
めてるか
勤
(
つと
)
めてゐないかを
巡検
(
じゆんけん
)
に
来
(
き
)
たのだ、
243
其
(
その
)
ザマは
一体
(
いつたい
)
何
(
なん
)
だ』
244
乙
(
おつ
)
『ヘ、
245
誠
(
まこと
)
に
済
(
す
)
みませぬ。
246
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
貴方
(
あなた
)
もウスウス
御存
(
ごぞん
)
じでせうが、
247
ゼネラルから
賜
(
たまは
)
つた
此
(
この
)
お
酒
(
さけ
)
、
248
退屈
(
たいくつ
)
ざましに
頂
(
いただ
)
いて
居
(
を
)
つたのです』
249
シーナ『
頂
(
いただ
)
いた
酒
(
さけ
)
なら、
250
呑
(
の
)
むなと
云
(
い
)
はぬが、
251
軍務
(
ぐんむ
)
に
差支
(
さしつかへ
)
ないやうに
致
(
いた
)
さぬと
困
(
こま
)
るぢやないか』
252
乙
(
おつ
)
『ハイ、
253
チツと
過
(
す
)
ごしましたが、
254
よう
考
(
かんが
)
へて
御覧
(
ごらん
)
なさい、
255
別
(
べつ
)
に
敵
(
てき
)
が
来
(
く
)
るでもなし、
256
さうシヤチ
張
(
ば
)
つて
居
(
を
)
つた
処
(
ところ
)
で、
257
暖簾
(
のれん
)
と
脛押
(
すねお
)
しするやうなものです。
258
私
(
わたし
)
計
(
ばか
)
りぢやありませぬ、
259
皆
(
みな
)
附近
(
あたり
)
の
民家
(
みんか
)
へ
行
(
い
)
つて、
260
色々
(
いろいろ
)
のドブ
酒
(
ざけ
)
を
徴発
(
ちようはつ
)
し、
261
勝手
(
かつて
)
気儘
(
きまま
)
に
呑
(
の
)
んでるぢやありませぬか』
262
シーナ『かう
軍規
(
ぐんき
)
が
紊
(
みだ
)
れては、
263
何
(
ど
)
うも
仕方
(
しかた
)
がない、
264
これからチツと
監督
(
かんとく
)
を
厳重
(
げんぢう
)
にせなくちやなりませぬなア、
265
デクさま』
266
デク
(道晴別)
『ウン、
267
さうだ、
268
チツと
之
(
これ
)
から
厳
(
きび
)
しくやらう。
269
オイ
雑兵
(
ざふひやう
)
共
(
ども
)
、
270
此
(
この
)
川
(
かは
)
に
橋
(
はし
)
を
架
(
か
)
け』
271
乙
(
おつ
)
『ヘー、
272
架
(
か
)
けないこた
厶
(
ござ
)
いませぬが、
273
カーネルさまの
御
(
ご
)
命令
(
めいれい
)
に
仍
(
よ
)
れば、
274
……
此
(
この
)
橋
(
はし
)
を
架
(
か
)
けちや
可
(
い
)
かない……と
云
(
い
)
つて
落
(
おと
)
されたのですから、
275
一寸
(
ちよつと
)
伺
(
うかが
)
つた
上
(
うへ
)
でなくては、
276
軍曹
(
ぐんさう
)
さま
位
(
くらゐ
)
の
命令
(
めいれい
)
では
聞
(
き
)
く
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
ませぬからなア』
277
デク
(道晴別)
『
俺
(
おれ
)
は
此
(
この
)
肩章
(
けんしやう
)
を
見
(
み
)
たら
分
(
わか
)
るが、
278
一人
(
ひとり
)
は
伍長
(
ごちやう
)
だ。
279
伍長
(
ごちやう
)
と
雖
(
いへど
)
も、
280
汝
(
きさま
)
らの
上官
(
じやうくわん
)
だぞ、
281
なぜ
上官
(
じやうくわん
)
の
命令
(
めいれい
)
を
聞
(
き
)
かないか』
282
乙
(
おつ
)
『ヘー、
283
そんなら
仕方
(
しかた
)
がありませぬ、
284
私
(
わたし
)
達
(
たち
)
が
橋
(
はし
)
になつて
向方
(
むかふ
)
へお
渡
(
わた
)
し
申
(
まを
)
しませう。
285
時
(
とき
)
に
軍曹
(
ぐんさう
)
様
(
さま
)
、
286
マアゆつくりなさいませ。
287
ここに、
288
何
(
なん
)
ならスツパイ
御
(
お
)
神酒
(
みき
)
がチツと
計
(
ばか
)
り
残
(
のこ
)
つてゐますがなア』
289
デク
(道晴別)
『そんな
酒
(
さけ
)
は
俺
(
おれ
)
は
呑
(
の
)
みたくない、
290
今
(
いま
)
玉木村
(
たまきむら
)
の
豪農
(
がうのう
)
、
291
テームスの
宅
(
たく
)
へ
闖入
(
ちんにふ
)
して、
292
かやうな
結構
(
けつこう
)
な
酒
(
さけ
)
を
貰
(
もら
)
つて
来
(
き
)
たのだ。
293
何
(
なん
)
なら、
294
汝
(
きさま
)
、
295
これを
一杯
(
いつぱい
)
呑
(
の
)
んだら
何
(
ど
)
うだい』
296
因
(
ちなみ
)
に
此
(
この
)
酒
(
さけ
)
は
非常
(
ひじやう
)
に
苛性
(
かせい
)
的
(
てき
)
な
狂乱
(
きやうらん
)
を
起
(
おこ
)
す
薬
(
くすり
)
が
入
(
はい
)
つてゐたのである。
297
一寸
(
ちよつと
)
一口
(
ひとくち
)
呑
(
の
)
むと、
298
何
(
なん
)
とも
知
(
し
)
れぬ
舌
(
した
)
ざはりである。
299
乙
(
おつ
)
は、
300
乙
『ヤア、
301
軍曹殿
(
ぐんさうどの
)
、
302
話
(
はな
)
せますなア、
303
ヤツパリ
泥棒軍
(
どろぼうぐん
)
の
上官
(
じやうくわん
)
丈
(
だけ
)
あつて、
304
気
(
き
)
が
利
(
き
)
いてますワイ』
305
デク
(道晴別)
『
上官
(
じやうくわん
)
に
向
(
むか
)
つて、
306
泥坊
(
どろばう
)
とは
何
(
なん
)
だ』
307
乙
(
おつ
)
『それでも、
308
人
(
ひと
)
の
内
(
うち
)
へ
入
(
はい
)
つて、
309
脅
(
おど
)
かして
貰
(
もら
)
つて
来
(
く
)
るのは
泥坊
(
どろばう
)
でせう、
310
ヘヘヘヘ』
311
デク
(道晴別)
『マ
一杯
(
いつぱい
)
呑
(
の
)
んで
見
(
み
)
よ、
312
盃
(
さかづき
)
を
出
(
だ
)
せい』
313
乙
(
おつ
)
『
盃
(
さかづき
)
なんか、
314
気
(
き
)
の
利
(
き
)
いたものはありませぬ、
315
ここに
竹製
(
たけせい
)
の
臨時盃
(
りんじさかづき
)
がありますから、
316
何卒
(
どうぞ
)
これに
注
(
つ
)
いで
下
(
くだ
)
さい。
317
竹筒
(
たけづつ
)
に
注
(
つ
)
いだ
酒
(
さけ
)
は
又
(
また
)
格別
(
かくべつ
)
に
甘
(
うま
)
いものですよ』
318
と
云
(
い
)
ひながら、
319
竹筒
(
たけづつ
)
をつき
出
(
だ
)
す。
320
デクは
瓢
(
ひさご
)
からドブドブと
注
(
つ
)
ぎ
与
(
あた
)
へ、
321
デク
(道晴別)
『オイ
汝
(
きさま
)
一人
(
ひとり
)
呑
(
の
)
んでは
可
(
い
)
かないぞ。
322
これは
妖瞑酒
(
えうめいしゆ
)
というて、
323
一口
(
ひとくち
)
呑
(
の
)
めば
三十
(
さんじふ
)
年
(
ねん
)
の
命
(
いのち
)
が
延
(
の
)
びるのだ。
324
二口
(
ふたくち
)
呑
(
の
)
めば
三十
(
さんじふ
)
年
(
ねん
)
の
寿命
(
じゆみやう
)
がちぢまるのだ。
325
それだから、
326
之
(
これ
)
を
五
(
ご
)
人
(
にん
)
に
呑
(
の
)
み
廻
(
まは
)
すのだ』
327
乙
(
おつ
)
『
何
(
なん
)
と
難
(
むつ
)
かしい、
328
気
(
き
)
のじゆつない
[
※
「じゅつない」とは「術無い」で、為すべき方法がない、という意味。
]
酒
(
さけ
)
ですなア』
329
と
言
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
330
一口
(
ひとくち
)
より
呑
(
の
)
めぬといふので、
331
十分
(
じふぶん
)
に
口
(
くち
)
にくくんだ。
332
何
(
なん
)
とも
知
(
し
)
れない
可
(
い
)
い
味
(
あぢ
)
がする、
333
モ
一口
(
ひとくち
)
呑
(
の
)
みたくて
仕方
(
しかた
)
がないが、
334
三十
(
さんじふ
)
年
(
ねん
)
の
寿命
(
じゆみやう
)
が
縮
(
ちぢ
)
まるのも
惜
(
をし
)
いと
思
(
おも
)
つたか、
335
惜
(
をし
)
相
(
さう
)
に
甲
(
かふ
)
に
渡
(
わた
)
した。
336
甲
(
かふ
)
は
一口
(
ひとくち
)
呑
(
の
)
んで
其
(
その
)
風味
(
ふうみ
)
に
感
(
かん
)
じ、
337
又
(
また
)
厭
(
いや
)
相
(
さう
)
に
丙
(
へい
)
丁
(
てい
)
戊
(
ぼう
)
と
呑
(
の
)
みまはした。
338
戊
(
ぼう
)
の
口
(
くち
)
に
廻
(
まは
)
つた
時分
(
じぶん
)
は、
339
ホンの
舌
(
した
)
がぬれる
程
(
ほど
)
より
無
(
な
)
かつた。
340
五
(
ご
)
人
(
にん
)
は
俄
(
にはか
)
に
踊
(
をど
)
り
出
(
だ
)
し、
341
息苦
(
いきぐる
)
しくなり、
342
川
(
かは
)
に
飛込
(
とびこ
)
んだり、
343
這
(
は
)
ひ
上
(
あが
)
つたり、
344
訳
(
わけ
)
の
分
(
わか
)
らぬ
事
(
こと
)
を
喋
(
しやべ
)
り
出
(
だ
)
して、
345
一目散
(
いちもくさん
)
に
陣中
(
ぢんちう
)
に
駆込
(
かけこ
)
んだ。
346
非常
(
ひじやう
)
に
猛烈
(
まうれつ
)
な
匂
(
にほひ
)
がする、
347
此
(
この
)
匂
(
にほひ
)
を
嗅
(
か
)
いだものは
忽
(
たちま
)
ち
感染
(
かんせん
)
し、
348
軍服
(
ぐんぷく
)
を
脱
(
ぬ
)
ぎすて、
349
赤裸
(
まつぱだか
)
になつて、
350
川中
(
かはなか
)
へ
投
(
な
)
げ
込
(
こ
)
むのが
特色
(
とくしよく
)
である。
351
次
(
つぎ
)
から
次
(
つぎ
)
へ
伝染
(
でんせん
)
して、
352
三千
(
さんぜん
)
人
(
にん
)
の
軍隊
(
ぐんたい
)
の
大半
(
たいはん
)
は
剣
(
けん
)
を
谷川
(
たにがは
)
に
投
(
なげ
)
すて、
353
チューニックを
脱
(
ぬ
)
いで、
354
之
(
こ
)
れ
又
(
また
)
谷川
(
たにがは
)
に
放
(
はふ
)
り
込
(
こ
)
み、
355
赤裸
(
まつぱだか
)
となつて、
356
ワイワイと
訳
(
わけ
)
の
分
(
わか
)
らぬ
事
(
こと
)
を
囀
(
さへづ
)
り
初
(
はじ
)
めた。
357
次
(
つぎ
)
から
次
(
つぎ
)
へと
伝染
(
でんせん
)
して、
358
スボスボと
赤裸
(
まつぱだか
)
になる
者
(
もの
)
計
(
ばか
)
りなので、
359
カーネルのマルタは
之
(
これ
)
を
見
(
み
)
て
驚
(
おどろ
)
き、
360
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
将軍
(
しやうぐん
)
に
注進
(
ちうしん
)
せむと
本陣
(
ほんぢん
)
指
(
さ
)
して
一目散
(
いちもくさん
)
に
駆込
(
かけこ
)
んだ、
361
赤裸
(
まつぱだか
)
の
沢山
(
たくさん
)
の
軍人
(
ぐんじん
)
は
訳
(
わけ
)
の
分
(
わか
)
らぬ
事
(
こと
)
をガアガアと
囀
(
さへず
)
り
乍
(
なが
)
ら、
362
列
(
れつ
)
を
作
(
つく
)
つて、
363
将軍
(
しやうぐん
)
の
陣営
(
ぢんえい
)
指
(
さ
)
して
突喊
(
とつかん
)
し
行
(
ゆ
)
く。
364
(
大正一二・二・二二
旧一・七
於竜宮館
松村真澄
録)
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