霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一一章 道晴別(みちはるわけ)〔一三九七〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第54巻 真善美愛 巳の巻 篇:第3篇 猪倉城寨 よみ(新仮名遣い):いのくらじょうさい
章:第11章 道晴別 よみ(新仮名遣い):みちはるわけ 通し章番号:1397
口述日:1923(大正12)年02月22日(旧01月7日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月26日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
治国別の従者となった晴彦は、玉国別を助けて河鹿峠の神殿造営に携わった。神殿が完成した暁に名を道晴別と賜り、治国別を追って、ビクトル山を通過し、シメジ峠にやってきた。
すると山道で、玉木村(フサの国)の豪農の僕たち三人連れに出会った。彼らが言うには、猪倉山にこのごろ砦を構えたバラモン軍の鬼春別将軍が主人の娘姉妹をさらっていったので、三五教の宣伝使に救助を依頼するべくビクトル山に行く途中だと言う。
道晴別はビクトル山は通過してしまったので、師匠や兄弟弟子たちと行き違いになったかもしれないと考えたが、玉木村の話を聞いて宣伝使として見過ごすことはできず、まずは一人でこの件を受諾することにした。
道晴別は僕たちに案内されて玉木村に向かった。その途中、玉木村の娘たちをさらったバラモン軍の二人の士官、フエルとベットが山道を張っていた。玉木村の者が、ビクトル山の治国別に応援を頼みに行かないように警戒していたのである。
フエルとベットは、道晴別が歌う宣伝歌の声が耳に入るとやにわに怖気づいてしまった。上官のフエルが逃げようとしたので、ベットは捕まえて逃げ出さないようにもみあっているところへ、道晴別たちがやってきた。
二人は道晴別の言霊で霊縛され、尋問を受けた。玉木村の僕の一人が、ベットが娘をさらいに来たバラモン軍の士官だと報告した。ベットとフエルはうまくごまかして逃げようとしたが、道晴別は霊縛したまま二人を玉木村まで連行した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-04-10 15:00:00 文字数:5417 OBC :rm5411
愛善世界社版:129頁 八幡書店版:第9輯 666頁 修補版: 校定版:129頁 普及版:58頁 初版: ページ備考:
001道晴別(みちはるわけ)『神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)の
002神言(みこと)畏(かしこ)みウブスナの
003貴(うづ)の聖地(せいち)を立出(たちい)でて
004治国別(はるくにわけ)の従者(とも)となり
005河鹿(かじか)峠(たうげ)を打越(うちこ)えて
006魔神(まがみ)のたけぶ山口(やまぐち)の
007森(もり)に一夜(いちや)を明(あ)かす折(をり)
008忽(たちま)ち丑(うし)の時(とき)参(まゐ)り
009妖怪(えうくわい)変化(へんげ)の出現(しゆつげん)と
010怪(あや)しみゐたる折(をり)もあれ
011松彦司(まつひこつかさ)の胆力(たんりよく)に
012よくよく見(み)れば妹(いもうと)の
013思(おも)ひ掛(がけ)なき楓姫(かへでひめ)
014やれ嬉(うれ)しやと兄妹(きやうだい)の
015名乗(なのり)を上(あ)ぐる時(とき)もあれ
016神(かみ)の恵(めぐみ)の幸(さち)はひて
017二人(ふたり)の親(おや)に巡(めぐ)り会(あ)ひ
018祠(ほこら)の森(もり)に立帰(たちかへ)り
019玉国別(たまくにわけ)と諸共(もろとも)に
020瑞(みづ)の御舎(みあらか)建(た)て了(をは)り
021道晴別(みちはるわけ)と名(な)を賜(たま)ひ
022吾(わが)師(し)の君(きみ)の後(あと)を追(お)ひ
023漸(やうや)く此処(ここ)に来(きた)りけり
024流(なが)れも清(きよ)きライオンの
025広(ひろ)き河瀬(かはせ)を横切(よこぎ)りて
026ビクトル山(さん)を右手(めて)に見(み)つ
027草(くさ)青々(あをあを)と生(お)ひしげる
028野路(のぢ)を渉(わた)りて今(いま)ここに
029シメジ峠(たうげ)に着(つ)きにけり
030ああ惟神(かむながら)々々(かむながら)
031吾(わが)師(し)の君(きみ)は如何(いか)にして
032いづくの果(はて)にましますか
033心(こころ)も急(いそ)ぐ一人旅(ひとりたび)
034一日(ひとひ)も早(はや)く大御神(おほみかみ)
035会(あ)はさせ玉(たま)へ惟神(かむながら)
036神(かみ)の御前(みまへ)に祈(ね)ぎまつる』
037と歌(うた)ひ乍(なが)ら、038シメジ峠(たうげ)の登(のぼ)り口(ぐち)迄(まで)やつて来(き)たのは道晴別(みちはるわけ)である。039道晴別(みちはるわけ)はシメジ峠(たうげ)の急坂(きふはん)を眺(なが)めて、040暫(しば)し息(いき)を休(やす)めてゐた。041降(ふ)りみ、042降(ふ)らずみ、043五月雨(さみだれ)の空(そら)低(ひく)うして、044時鳥(ほととぎす)の声(こゑ)は彼方(あなた)此方(こなた)の森林(しんりん)より聞(きこ)え来(きた)る。045山(やま)も野(の)も一面(いちめん)に緑(みどり)の新装(しんさう)を凝(こ)らし、046何(なん)とはなく蒸(む)し暑(あつ)く、047上着(うはぎ)が邪魔(じやま)になる様(やう)な気分(きぶん)になつて来(き)た。048道晴別(みちはるわけ)は急阪(きふはん)を打仰(うちあふ)ぎ乍(なが)ら、
049道晴(みちはる)『ああ何(なん)ときつい阪(さか)だらう。050吾(わが)師(し)の君(きみ)を始(はじ)め、051松彦(まつひこ)、052竜彦(たつひこ)、053万公(まんこう)は最早(もはや)此処(ここ)を通(とほ)られたであらうか、054此(この)道端(みちばた)の岩石(がんせき)が物(もの)言(い)ふものならば知(し)らしてくれるだらうに、055ああ仕方(しかた)がない。056先(ま)づ此(この)岩上(がんじやう)に端座(たんざ)して瞑想(めいさう)に耽(ふけ)り、057師(し)の君(きみ)が通(とほ)られたか通(とほ)られないか伺(うかが)つてみよう。058併(しか)し乍(なが)らまだ自分(じぶん)は魂(みたま)が研(みが)けてゐないから、059ハツキリした事(こと)は分(わか)らぬ、060困(こま)つたものだなア』
061と呟(つぶや)いてゐる。062そこへ二三(にさん)人(にん)の男(をとこ)が急(せ)はし相(さう)にスタスタと坂(さか)を降(くだ)つて来(く)る。063三(さん)人(にん)は岩上(がんじやう)の道晴別(みちはるわけ)を見(み)て、
064甲(かふ)(シーナ)『一寸(ちよつと)物(もの)をお尋(たづ)ね申(まを)します。065貴方(あなた)様(さま)は三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)様(さま)ぢや厶(ござ)いませぬか』
066道晴(みちはる)『ハイ、067拙者(せつしや)はお察(さつ)しの通(とほ)り、068道晴別(みちはるわけ)と申(まを)す宣伝使(せんでんし)で厶(ござ)います。069何(なん)ぞ御用(ごよう)で厶(ござ)るかな』
070甲(かふ)(シーナ)『かやうな所(ところ)でお話(はなし)申上(まをしあ)げても畏(おそ)れ多(おほ)う厶(ござ)いますが、071実(じつ)の所(ところ)はビクトル山(さん)に尊(たふと)き宣伝使(せんでんし)が現(あら)はれ、072人民(じんみん)の苦(くるし)みをお助(たす)け下(くだ)さるといふ事(こと)を承(うけたま)はり、073主人(しゆじん)の命令(めいれい)に仍(よ)つて、074其(その)お方(かた)にお目(め)にかかりたいと、075吾々(われわれ)僕(しもべ)三(さん)人(にん)が危険(きけん)を冒(をか)して、076此処(ここ)迄(まで)参(まゐ)りました』
077道晴(みちはる)『ビクトル山(さん)に三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)がゐるといふ話(はなし)がありますかな、078はてなア』
079と手(て)を組(く)み、
080道晴(みちはる)『ああ失策(しま)つた、081こんな事(こと)なら、082一寸(ちよつと)道寄(みちよ)りをして来(き)たらよかつたに、083吾(わが)師(し)の君(きみ)がまだ後(あと)にゐられたかも知(し)れない。084余(あま)り遅(おく)れたと思(おも)うて急(いそ)いで来(き)たものだから、085大方(おほかた)行過(ゆきす)ぎたのだなア』
086と私(ひそ)かに小声(こごゑ)で囁(ささや)いてゐる。
087甲(かふ)(シーナ)『貴方(あなた)は、088さうすると、089三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)の御(ご)一行(いつかう)ぢや厶(ござ)いませぬか、090何(なん)でも四(よ)人(にん)許(ばか)りゐられるといふ事(こと)で厶(ござ)いますが』
091道晴(みちはる)『ああ其(その)四(よ)人(にん)の方(かた)は、092私(わたし)の師匠(ししやう)なり友人(いうじん)だ。093ビクトル山(さん)に確(たしか)にゐられるといふ事(こと)が分(わか)つてゐるかな』
094甲(かふ)(シーナ)『イエイエ、095もうお立(た)ちになつたか、096まだゐられますか、097それが判然(はつきり)分(わか)らないのです』
098道晴(みちはる)『そして宣伝使(せんでんし)に会(あ)ひに行(ゆ)くとは、099如何(いか)なる御用(ごよう)があるのかな』
100甲(かふ)(シーナ)『ハイ実(じつ)の所(ところ)は、101私(わたし)は玉木村(たまきむら)の豪農(がうのう)の僕(しもべ)で厶(ござ)いますが、102二人(ふたり)のお嬢(ぢやう)さまが猪倉山(ゐのくらやま)の山寨(さんさい)に巣(す)を構(かま)へてゐる、103鬼春別(おにはるわけ)とか云(い)ふバラモンのゼネラルの部下(ぶか)に攫(とら)はれ遊(あそ)ばし、104御(ご)主人(しゆじん)夫婦(ふうふ)はいろいろ雑多(ざつた)とお嬢(ぢやう)さまの身(み)の上(うへ)を案(あん)じ、105夜(よる)も昼(ひる)も水行(すいぎやう)をして、106神(かみ)様(さま)にお願(ねがひ)遊(あそ)ばした所(ところ)、107夢(ゆめ)のお告(つげ)に、108ビクトル山(さん)には三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)が来(き)てゐられるから、109其(その)方(かた)にお願(ねがひ)申(まを)せば、110キツと取返(とりかへ)して下(くだ)さるだらうとのお言葉(ことば)、111それを力(ちから)としてお願(ねがひ)申(まを)さむと、112此処(ここ)迄(まで)参(まゐ)つたので厶(ござ)います』
113道晴(みちはる)『フーン、114それは気(き)の毒(どく)な事(こと)だ。115宣伝使(せんでんし)として、116こんな事(こと)を聞(き)いて見遁(みのが)す訳(わけ)には行(ゆ)くまい。117兎(と)も角(かく)主人(しゆじん)の内(うち)へ案内(あんない)してくれ、118神(かみ)様(さま)の御(ご)神力(しんりき)でキツと取返(とりかへ)して上(あ)げるから』
119甲(かふ)(シーナ)『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)います。120定(さだ)めて主人(しゆじん)も喜(よろこ)ばれる事(こと)でせう。121然(しか)らばお伴(とも)致(いた)します。122之(これ)から三(さん)里(り)許(ばか)り、123此(この)峠(たうげ)を登(のぼ)り下(くだ)り遊(あそ)ばしたならば、124つい近(ちか)くの村(むら)で厶(ござ)います。125兎(と)も角(かく)そこ迄(まで)お越(こ)し下(くだ)さいまして、126主人(しゆじん)と御緩(ごゆつく)り話(はなし)をして下(くだ)さいませ。127此(この)峠(たうげ)はバラモン軍(ぐん)の雑兵(ざふひやう)が徘徊(はいくわい)を致(いた)しますれば、128随分(ずいぶん)気(き)をつけて行(い)つて下(くだ)さいませ、129到底(たうてい)一人(ひとり)では通(とほ)れない所(ところ)で厶(ござ)いますから、130かうして三(さん)人(にん)で参(まゐ)つたので厶(ござ)います。131ここへ来(く)る迄(まで)にも、132随分(ずいぶん)危険(きけん)な目(め)に会(あ)うて参(まゐ)りましたので厶(ござ)います』
133 道晴別(みちはるわけ)は、
134道晴(みちはる)『そんならお前(まへ)の主人(しゆじん)の宅(たく)へ行(ゆ)かう』
135と三(さん)人(にん)を後前(あとさき)に従(したが)へ、136胸突阪(むなつきざか)を喘(あへ)ぎ喘(あへ)ぎ登(のぼ)つて行(ゆ)く。
137 シメジ峠(たうげ)の山頂(さんちやう)に稍(やや)平坦(へいたん)な地点(ちてん)がある。138そこには風(かぜ)に揉(も)まれて、139枝振(えだぶり)のひねた面白(おもしろ)いパインが四五本(しごほん)並(なら)びゐたり。140チューニック姿(すがた)の二人(ふたり)の男(をとこ)、141一人(ひとり)はベツトと云(い)ひ、142一人(ひとり)はフエルと云(い)ふ。143小(ちひ)さい石(いし)に腰(こし)をかけて、144四方(よも)の風景(ふうけい)を見下(みおろ)し乍(なが)ら雑談(ざつだん)に耽(ふけ)つてゐた。
145ベツト『オイ、146随分(ずいぶん)に此(この)地方(ちはう)は絶景(ぜつけい)ぢやないか。147どの山(やま)も、148この山(やま)も、149あの通(とほ)り上(うへ)の方(はう)は禿頭病(とくとうびやう)の頭(あたま)のやうになつて、150其(その)間(あひだ)に青(あを)い木(き)が、151点綴(てんてつ)してゐる様(さま)は丸(まる)で絵(ゑ)を見(み)る様(やう)だ。152ライオン河(がは)の流(なが)れは幽(かす)かに帯(おび)を曳(ひ)いたやうに見(み)えて居(ゐ)るが、153俺(おれ)達(たち)も随分(ずいぶん)、154あこを渡(わた)つた時(とき)にや苦労(くらう)をしたものだ』
155フエル『成程(なるほど)、156中途(ちうと)に馬(うま)が屁古垂(へこた)れて、157貴様(きさま)は四五丁(しごちやう)許(ばか)り押流(おしなが)され、158土人(どじん)に助(たす)けられて屁古垂(へこた)れた時(とき)のザマは今(いま)目(め)に見(み)えるやうだ。159随分(ずいぶん)鼻(はな)をたらしやがつて、160濡(ぬ)れ鼠(ねづみ)のやうになつて、161唇(くちびる)まで紫色(むらさきいろ)に染(そ)めて居(を)つた時(とき)のザマつて、162なかつたよ。163あの時(とき)に俺(おれ)がゐなかつたら、164貴様(きさま)は土人(どじん)に攫(さら)はれて、165嬲殺(なぶりごろ)しに会(あ)うて居(を)つたか分(わか)らぬのだ。166無類(むるゐ)飛(と)び切(き)りの悪党(あくたう)だからなア』
167ベツト『ヘン、168偉相(えらさう)に云(い)ふない、169之(これ)でもバラモン軍(ぐん)の、170グレジナアーだ。171第一(だいいち)玉木村(たまきむら)の豪農(がうのう)の娘(むすめ)スミエル、172スガールの両人(りやうにん)を甘(うま)くチヨロまかし、173猪倉山(ゐのくらやま)の本陣(ほんぢん)へ連(つ)れて帰(かへ)つたのも、174ヤツパリ此(この)ベツトだから、175偉(えら)い者(もの)だらう。176悪(あく)もここ迄(まで)徹底(てつてい)せないと貴様(きさま)のやうな事(こと)では到底(たうてい)軍人(ぐんじん)にはなれやしないぞ。177ゴテゴテ申(まを)さずに俺(おれ)の命令(めいれい)に服従(ふくじゆう)するのだ。178又(また)俺(おれ)が甘(うま)くゼネラルに取持(とりも)つて伍長(ごちやう)位(ぐらゐ)にはして貰(もら)うてやるワイ』
179フエル『ヘン、180馬鹿(ばか)にすない、181俺(おれ)はかうみえても准士官(じゆんしくわん)だ、182少尉(せうゐ)候補生(こうほせい)だ。183汝(きさま)はまだ軍曹(ぐんさう)ぢやないか、184俺(おれ)が斯(か)う化(ば)けて居(ゐ)るのを知(し)らぬのかい』
185ベツト『ヘン、186甘(うま)い事(こと)云(い)ふない。187汝(きさま)の肩章(けんしやう)を見(み)れば能(よ)く分(わか)つてるぢやないか』
188フエル『サア、189そこが秘密(ひみつ)の役(やく)を仰(おほ)せつかつてゐる丈(だけ)で、190エッボオーレッポの印(しるし)が書(か)いてあるのだ。191モウ一月(ひとつき)もすれば、192立派(りつぱ)なユウンケルだ。193さうすれば、194汝(きさま)、195俺(おれ)が腮(あご)で使(つか)つてやるのだから、196今(いま)の内(うち)に機嫌(きげん)を取(と)つておかぬと出世(しゆつせ)の妨(さまた)げになるぞ。197嘘(うそ)と思(おも)ふなら之(これ)をみい』
198と襟(えり)を引(ひつ)くり返(かへ)して見(み)せた。199ベツトはよくよく覗(のぞ)いて見(み)ると、200ユウンケル候補生(こうほせい)の印(しるし)がついてゐる。201忽(たちま)ち大地(だいち)に平太張(へたば)り、
202ベツト『これはこれは上官(じやうくわん)とは知(し)らず、203誠(まこと)に失礼(しつれい)を致(いた)しました』
204フエル『アハハハハ、205往生(わうじやう)したか、206バラモン軍(ぐん)のマーシヤル閣下(かくか)より内命(ないめい)を受(う)けて居(を)るのだぞ。207併(しか)し汝(きさま)が部下(ぶか)と共(とも)に連(つ)れ帰(かへ)つた二人(ふたり)の女(をんな)は、208何時(なんどき)取返(とりかへ)しに来(く)るか知(し)れぬから、209ここに番(ばん)をしてゐるのだ。210豪農(がうのう)テームスの僕(しもべ)の奴(やつ)が、211ビクトル山(さん)に居(を)る三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)に報告(はうこく)に行(ゆ)きよつたら、212夫(そ)れこそ大変(たいへん)だから、213此(この)一筋道(ひとすぢみち)を扼(やく)して、214一人(ひとり)も残(のこ)らず此処(ここ)を通(とほ)る奴(やつ)は取調(とりしら)べ、215怪(あや)しとみたならば、216首(くび)を刎(は)ねるのだ。217此(この)頂上(ちやうじやう)に只(ただ)一人(ひとり)居(を)れば、218仮令(たとへ)何万(なんまん)人(にん)出(で)て来(き)ても、219一度(いちど)にかかる訳(わけ)には行(ゆ)かぬのだから、220汝(きさま)は交替兵(かうたいへい)の来(く)る迄(まで)神妙(しんめう)に勤(つと)めて居(ゐ)るのだぞ』
221ベツト『ハイ、222承知(しようち)致(いた)しました。223併(しか)しどうも私(わたし)一人(ひとり)では、224心細(こころぼそ)う厶(ござ)います。225代(かは)りが来(く)る迄(まで)、226ここに暫(しばら)く貴方(あなた)も付合(つきあ)つて貰(もら)ひますまいか、227どうやら宣伝使(せんでんし)の声(こゑ)が聞(きこ)えて来(く)るやうですから……』
228 フエルは幽(かす)かに三五教(あななひけう)の宣伝歌(せんでんか)が耳(みみ)に這入(はい)つたので、229早(はや)くも、230ベツトを此処(ここ)におき自分(じぶん)は体(てい)よく逃出(にげだ)す考(かんが)へで、231こんな命令(めいれい)を下(くだ)してゐた。232宣伝歌(せんでんか)は益々(ますます)高(たか)く聞(きこ)えて来(き)た。
233フエル『オイ、234ベツト、235サア、236ここが汝(きさま)の手柄(てがら)の現(あらは)れ時(どき)だ。237俺(おれ)は軍務(ぐんむ)の都合(つがふ)に仍(よ)つて、238ここを退却(たいきやく)する、239確(しつか)り頼(たの)むぞ』
240ベツト『マア、241一寸(ちよつと)待(ま)つて下(くだ)さい。242千騎(せんき)一騎(いつき)の此(この)場合(ばあひ)、243貴方(あなた)は体(てい)よい事(こと)を云(い)つて逃(に)げるのぢやありませぬか。244何程(なにほど)軍務(ぐんむ)が忙(いそが)しいと云(い)つて、245眼前(がんぜん)に敵(てき)を控(ひか)へて、246大将(たいしやう)から逃(に)げると云(い)ふ事(こと)がありますか』
247とグツと後(うしろ)から、248フエルに抱(だ)き付(つ)き、249剛力(がうりき)に任(まか)せて動(うご)かさぬ、250フエルは逃(に)げ出(だ)さうとすれ共(ども)、251ビクともする事(こと)が出来(でき)ぬ。252逃(に)げやうとする、253逃(に)がそまいとする。254汗(あせ)みどろになつて揉(も)みあうてゐる所(ところ)へ、255漸(やうや)く登(のぼ)つて来(き)たのは道晴別(みちはるわけ)であつた。256ベツト、257フエルは道晴別(みちはるわけ)の姿(すがた)を見(み)て、258おぢけづき、259手足(てあし)はワナワナ慄(ふる)ひ出(だ)し、260バタリと地上(ちじやう)に腰(こし)を下(おろ)した。
261道晴(みちはる)『お前(まへ)はバラモン軍(ぐん)の兵士(へいし)と見(み)えるが、262玉木村(たまきむら)の豪農(がうのう)テームスの娘(むすめ)、263スミエル、264スガールの両人(りやうにん)を猪倉山(ゐのくらやま)の山寨(さんさい)に隠(かく)してゐると云(い)ふ事(こと)だが、265お前(まへ)はそれを知(し)つてゐるか』
266ベツト『ヘーヘーヘー、267根(ね)つから存(ぞん)じませぬ。268そんな噂(うはさ)があつたやうにも厶(ござ)いましたが、269よくよく調(しら)べてみますると、270全(まつた)く……嘘(うそ)で厶(ござ)いました。271私(わたし)はゼネラルの従卒(じゆうそつ)を致(いた)して居(を)りましたから、272何(なに)もかも陣中(ぢんちう)の事(こと)は存(ぞん)じて居(を)りますが、273女(をんな)なんかは一人(ひとり)も居(を)りませぬ』
274 甲(かふ)はベツトの顔(かほ)を見(み)て、
275甲(かふ)(シーナ)『ああお前(まへ)はお嬢(ぢやう)さまを、276此(この)間(あひだ)、277四五(しご)人(にん)の男(をとこ)を連(つ)れて取(と)りに来(き)た大将(たいしやう)だなア……、278モシ宣伝使(せんでんし)様(さま)、279此(この)男(をとこ)で厶(ござ)います。280此奴(こいつ)が連(つ)れ帰(かへ)つたのですから、281よくお査(しら)べ下(くだ)さいませ』
282ベツト『エエ滅相(めつさう)な、283私(わたし)に似(に)た顔(かほ)は沢山(たくさん)居(を)りますから、284取違(とりちが)へて貰(もら)つては困(こま)ります。285コレ、286テームスさまの内(うち)の奴(やつこ)さま、287能(よ)く私(わたし)の顔(かほ)を見(み)て下(くだ)さい。288似(に)た所(ところ)があつても、289どつかに違(ちが)つた所(ところ)があるだらう。290お前(まへ)は余(あま)り俄(にはか)の事(こと)で驚(おどろ)いたから間違(まちが)つたのだらう。291テームスやベリシナが、292何卒(どうぞ)娘(むすめ)丈(だけ)は堪(こら)へて下(くだ)さい。293其(その)代(かは)り私(わたし)を……と云(い)つた時(とき)に、294顔(かほ)もあげずに俯(うつむ)いて居(を)つたぢやないか。295お前(まへ)達(たち)もさうだつたらう、296怖(こは)い時(とき)の目(め)でみたら、297キツと見違(みちが)ひするものだ』
298甲(かふ)(シーナ)『ハツハハハ、299私(わたし)の主人(しゆじん)が言(い)つた言葉(ことば)や、300其(その)時(とき)の状況(じやうきやう)迄(まで)今(いま)言(い)つたでないか。301さうすればヤツパリお前(まへ)に違(ちが)ひない。302先生(せんせい)、303此奴(こいつ)で厶(ござ)います。304何卒(どうぞ)一(ひと)つドテライ目(め)に会(あ)はして、305お嬢(ぢやう)さまを取返(とりかへ)すやうに命(めい)じて下(くだ)さいませ』
306道晴(みちはる)『ウン、307よし、308オイ、309ベツト、310本当(ほんたう)の事(こと)を云(い)はぬと、311此方(こちら)にも考(かんが)へがあるぞ』
312ベツト『エー、313実(じつ)の所(ところ)は、314此処(ここ)に厶(ござ)るフエルさまの命令(めいれい)に依(よ)りまして、315ホンの機械(きかい)的(てき)に動(うご)いたので厶(ござ)います。316何卒(どうぞ)フエルさまに談判(だんぱん)をして下(くだ)さいませ。317今(いま)貴方(あなた)のお声(こゑ)が聞(きこ)えたので、318此(この)フエルさまがビツクリして逃(に)げようとした所(ところ)を、319私(わたし)が喰(く)ひ止(と)めて、320貴方(あなた)に突出(つきだ)さうと思(おも)ひ、321今(いま)格闘(かくとう)してをつたのです。322言(い)はば此(この)男(をとこ)が張本人(ちやうほんにん)ですから、323私(わたし)は其(その)張本人(ちやうほんにん)を捕(つか)まへた御(ご)褒美(ほうび)に、324何卒(どうぞ)助(たす)けて下(くだ)さいな』
325フエル『コリヤ、326ベツト、327馬鹿(ばか)を云(い)ふな、328俺(おれ)が何時(いつ)そんな命令(めいれい)をしたか』
329ベツト『ヘヘヘヘヘ、330甘(うま)い事(こと)仰有(おつしや)いますワイ、331モシ宣伝使(せんでんし)様(さま)、332此(この)フエルは普通兵(ふつうへい)の肩章(けんしやう)をかけて居(を)りまするが、333此奴(こいつ)ア悪(あく)の証拠(しようこ)にや、334襟裏(えりうら)にユウンケル候補生(こうほせい)の印(しるし)を持(も)つて居(を)ります。335それをお調(しら)べになつたら一番(いちばん)よう分(わか)ります。336私(わたし)は御存(ごぞん)じの通(とほ)り軍曹(ぐんさう)ですから……』
337道晴(みちはる)『どちらが善(ぜん)か悪(あく)か知(し)らぬが、338兎(と)も角(かく)自分(じぶん)の罪(つみ)を上官(じやうくわん)に塗(ぬ)りつけようとする所(ところ)から考(かんが)へてみれば、339ヤツパリ貴様(きさま)の方(はう)が悪(わる)い。340まて、341今(いま)言霊(ことたま)の御(ご)馳走(ちそう)をやる、342悪(あく)の強(つよ)い奴(やつ)は言霊(ことたま)の打(う)たれようがきついから、343直様(すぐさま)分(わか)るのだ』
344甲(かふ)(シーナ)『ハハハハハ、345其(その)ザマ何(なん)だ。346夜(よる)の夜中(よなか)に、347四五(しご)人(にん)の雑兵(ざふひやう)を連(つ)れて来(き)やがつて、348偉相(えらさう)に威張(ゐばり)散(ち)らした時(とき)の権幕(けんまく)と、349今日(けふ)の権幕(けんまく)とは、350まるで鬼(おに)と餓鬼(がき)と程(ほど)違(ちが)ふぢやないか。351ザマ見(み)やがれ。352三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)が現(あら)はれた以上(いじやう)は、353仮令(たとへ)バラモンに幾万(いくまん)の敵(てき)が居(を)らうと屁(へ)のお茶(ちや)だ、354エヘヘヘヘ、355よい気味(きみ)だな』
356道晴(みちはる)『オイ甲(かふ)、357せうもない事(こと)を云(い)ふものでない。358お前(まへ)は黙(だま)つてをれば可(い)いのだ。359バラモン軍(ぐん)のフエル殿(どの)、360鬼春別(おにはるわけ)、361久米彦(くめひこ)両将軍(りやうしやうぐん)はお達者(たつしや)で厶(ござ)るかな』
362フエル『ハイ御(ご)親切(しんせつ)に有難(ありがた)う厶(ござ)います。363極(きは)めて壮健(さうけん)に軍務(ぐんむ)にお尽(つく)しになつて居(を)ります』
364道晴(みちはる)『さうか、365それや実(じつ)にバラモン軍(ぐん)の為(ため)には大慶(たいけい)だ。366併(しか)しモウ斯(か)うなつては隠(かく)しても駄目(だめ)だから、367実地(じつち)の事(こと)を言(い)つて貰(もら)ひたい』
368フエル『ハイ、369私(わたし)は直接(ちよくせつ)其(その)任(にん)に当(あた)つたのぢやありませぬが、370玉木村(たまきむら)の豪農(がうのう)の娘(むすめ)スミエル、371スガールといふ美人(びじん)が確(たしか)にゼネラルの側(そば)に居(を)りまする』
372道晴(みちはる)『あ、373さうだらう、374よう言(い)つてくれた。375併(しか)しお前(まへ)達(たち)両人(りやうにん)は、376此(この)儘(まま)帰(かへ)してやるは易(やす)いが、377又(また)すべての計画(けいくわく)の障害(しやうがい)になると困(こま)るから、378兎(と)も角(かく)、379玉木村(たまきむら)のテームスが家(いへ)まで跟(つ)いて来(き)てくれ』
380フエル『ハイ、381ソレヤ行(ゆ)かぬこた厶(ござ)いませぬが、382それよりも此処(ここ)を見逃(みのが)して下(くだ)さいますれば、383甘(うま)く二人(ふたり)の娘(むすめ)を助(たす)け出(だ)して来(き)ますがなア、384のう、385ベツト、386ここは思案(しあん)の仕所(しどころ)だ。387一層(いつそう)の事(こと)、388バラモン軍(ぐん)を脱退(だつたい)して、389三五(あななひ)のお道(みち)へ帰順(きじゆん)するお土産(みやげ)として、390二人(ふたり)を玉木村(たまきむら)へ返(かへ)さうだないか』
391ベツト『ヘーン、392そんな事(こと)が出来(でき)ますかな』
393 フエルは目(め)をグツと睨(にら)み、
394フエル『馬鹿(ばか)だなア、395何(なん)とか彼(か)とか云(い)つてここを助(たす)かるのだ、396チと気(き)をつけぬかい』
397といふ意味(いみ)を目(め)で知(し)らした。
398ベツト『モシ道晴別(みちはるわけ)様(さま)、399フエルの大将(たいしやう)の様子(やうす)を御覧(ごらん)になれば、400どちらが善(ぜん)か悪(あく)か判(わか)るでせう。401兎(と)も角(かく)私(わたし)は帰順(きじゆん)致(いた)します。402何卒(どうぞ)霊縛(れいばく)を解(と)いて下(くだ)さい御(ご)恩返(おんがへ)しを致(いた)しますから……』
403道晴(みちはる)『ハハハ、404今(いま)霊縛(れいばく)を解(と)いたら、405一目散(いちもくさん)に逃出(にげだ)すだらう。406兎(と)も角(かく)玉木村(たまきむら)へ来(く)るがよい。407何程(なにほど)厭(いや)と申(まを)しても、408神力(しんりき)に仍(よ)つて引張(ひつぱ)つて行(ゆ)く、409どこなつと行(ゆ)くなら行(い)つてみよ』
410と云(い)ひ乍(なが)ら、411三(さん)人(にん)の奴(やつこ)を連(つ)れて、412シメジ峠(たうげ)の急阪(きふはん)を下(くだ)り行(ゆ)く。413フエル、414ベツトは綱(つな)をつけて引張(ひつぱ)られるやうな心地(ここち)し、415足元(あしもと)危(あやふ)く、416厭(いや)相(さう)に自然(しぜん)的(てき)に跟(つ)いてゆく。417漸(やうや)くにして玉木村(たまきむら)の稍(やや)広(ひろ)き原野(げんや)の中央(まんなか)に、418老木(らうぼく)茂(しげ)る一構(ひとかま)へがある。419ここがテームスの屋敷(やしき)であつた。420道晴別(みちはるわけ)は宣伝歌(せんでんか)を歌(うた)ひ乍(なが)ら、421三(さん)人(にん)の奴(やつこ)に案内(あんない)され、422フエル、423ベツトを霊縛(れいばく)した儘(まま)門内(もんない)に招(まね)き入(い)れられたり。
424(大正一二・二・二二 旧一・七 於竜宮館 松村真澄録)
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