霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章 飯(めし)の灰(はひ)〔一四一三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第55巻 真善美愛 午の巻 篇:第1篇 奇縁万情 よみ(新仮名遣い):きえんばんじょう
章:第5章 飯の灰 よみ(新仮名遣い):めしのはい 通し章番号:1413
口述日:1923(大正12)年03月03日(旧01月16日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
テームス夫婦は四人の介抱に全力を尽くしていた。そして治国別に、道晴別が全快するまでは家に留まるように懇願した。治国別は別宅に入り、バラモン組の連中に、三五教の教理を説き諭していた。
万公は台所に回って、下女のお民を主人気取りで使役していた。お民から、バラモン軍の兵士・フエルとベットが蔵に閉じ込められていると聞いて、手伝いをさせるために二人を解放した。
万公は三人を口やかましく使役していたが、フエルは手桶の水をかまどの下へぶちあけてしまった。灰が一面に立ち上がり、炊事場は真っ黒になってしまった。
テームス家の二の番頭アヅモスが炊事場の様子を見にやってくると、一面に灰煙が立っている。怪訝に思ったが、万公に怒鳴られてすごすごと退散した。フエル、ベット、お民は鍋蓋の間から入った飯の上の灰を杓子で削り取っていた。
一同はおかしな歌を歌いながら、灰まみれの全部をこしらえて慌ただしく朝飯を病室に運んで行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-05-13 20:55:55 文字数:4692 OBC :rm5505
愛善世界社版:58頁 八幡書店版:第10輯 54頁 修補版: 校定版:59頁 普及版:23頁 初版: ページ備考:
001 テームス夫婦(ふうふ)は下僕(しもべ)のアーシスと共(とも)に、002四(よ)人(にん)の介抱(かいほう)に全力(ぜんりよく)を尽(つく)して居(ゐ)た。003治国別(はるくにわけ)以下(いか)八(はち)人(にん)のお客(きやく)に対(たい)してはアヅモスを以(もつ)て接待係(せつたいがかり)となし、004治国別(はるくにわけ)の急(いそ)ぎ此処(ここ)を出立(しゆつたつ)せむとするを聞(き)いて打驚(うちおどろ)き、005せめて道晴別(みちはるわけ)の病気(びやうき)全快(ぜんくわい)する迄(まで)、006吾(わが)家(や)にとどまり玉(たま)はむ事(こと)をと、007頻(しき)りに懇願(こんぐわん)した。008治国別(はるくにわけ)は止(や)むを得(え)ず、009四方(しはう)庭先(にはさき)をめぐらした、010可(か)なり広(ひろ)き別宅(べつたく)に入(い)りて、011バラモン組(ぐみ)の連中(れんぢう)に三五(あななひ)の教理(けうり)を日夜(にちや)説(と)き諭(さと)してゐた。012万公(まんこう)は此(この)家(いへ)に到着(たうちやく)し一度(いちど)顔(かほ)を合(あは)したきり、013台所(かつて)の方(はう)に廻(まは)つて、014下女(げぢよ)のお民(たみ)を主人(しゆじん)気取(きどり)で使役(しえき)し、015家事(かじ)万端(ばんたん)に注意(ちうい)を与(あた)へてゐた。
016万公(まんこう)『オイお民(たみ)、017汝(きさま)も俺(おれ)の家(うち)へ来(き)てからまだ間(ま)もないのだから、018勝手(かつて)も分(わか)るまい、019そして田舎出(いなかで)のホヤホヤで、020どこ共(とも)なしに土臭(つちくさ)い。021これから家事(かじ)万端(ばんたん)の事(こと)を、022若主人(わかしゆじん)の万公別(まんこうわけ)が教(をし)へてやるから、023其(その)心算(つもり)で、024何事(なにごと)もハイハイと服従(ふくじゆう)致(いた)すのだぞ』
025お民(たみ)『万公別(まんこうわけ)さまとやら、026根(ね)ツから御(ご)結婚(けつこん)の話(はなし)も聞(きき)ませぬし、027一体(いつたい)何方(どなた)のお婿(むこ)さまになられたのですか。028何(なん)だか主人(しゆじん)の様(やう)な気(き)がせなくてなりませぬワ。029又(また)大家(たいけ)の主人(しゆじん)たる者(もの)が炊事場(すゐじば)へやつて来(き)て、030下女(げぢよ)をつかまへて指図(さしづ)をするといふやうな卑劣(けち)な事(こと)では、031下男(げなん)や下女(げぢよ)はケチ臭(くさ)い主人(しゆじん)だと云(い)つて、032排斥(はいせき)しますよ』
033万公(まんこう)『馬鹿(ばか)を言(い)ふな。034隅(すみ)から隅(すみ)迄(まで)気(き)がつかなくては、035一家(いつけん)の主人(あるじ)たる資格(しかく)がない。036今(いま)迄(まで)のやうな主人面(しゆじんづら)をして居(を)つては、037之(これ)丈(だけ)税金(ぜいきん)のかかる時節(じせつ)、038どうしても会計(くわいけい)が持(も)てぬぢやないか、039それだから上下(しやうか)一致(いつち)して、040先(ま)づ第一(だいいち)に家内(かない)の整理(せいり)を按排(あんばい)し、041而(しか)して後(のち)外部(ぐわいぶ)の仕事(しごと)にかかるのだ』
042お民(たみ)『お嬢(ぢやう)さまを始(はじ)めお客(きやく)さまの病気(びやうき)で、043御(ご)主人(しゆじん)は御(お)手(て)が引(ひ)けず、044アヅモス、045アーシスのお二人(ふたり)は病人(びやうにん)やお客(きやく)さまに係(かか)つてゐるなり、046さう八釜(やかま)しう言(い)つて貰(もら)つても、047何程(なにほど)千手(せんじゆ)観音(くわんおん)さまだつて、048女(をんな)一人(ひとり)で、049こんな広(ひろ)い内(うち)がどう甘(うま)く行(ゆ)きますものか。050チツと考(かんが)へて御覧(ごらん)なさい。051アオスから晩(ばん)まで、052独楽(こま)の様(やう)な目(め)にあはされてキリキリ舞(まひ)をしてゐるのですよ、053喧(やか)ましう云(い)つて下(くだ)さるな。054お前(まへ)さまは贋主人(にせしゆじん)でせう。055そんなこと云(い)つてもあきませぬよ』
056万公(まんこう)『馬鹿(ばか)云(い)ふな、057汝(きさま)一人(ひとり)で忙(いそが)しいから俺(おれ)が主人(しゆじん)の身(み)をも省(かへり)みず、058汝(きさま)の苦衷(くちう)を察(さつ)して手伝(てつだひ)に来(き)てやつたのだ。059チツとそこらの掃除(さうぢ)をせぬかい、060此(この)散(ち)らけ様(やう)は何(なん)だ』
061お民(たみ)『掃除(さうぢ)どもする間(ま)がありますか、062庫(くら)の中(なか)に居(を)るバラモンのお客(きやく)さまには握(にぎ)り飯(めし)を放(ほ)り込(こ)んでやらねばならず、063水(みづ)を持(も)つて行(ゆ)かねばならず、064夫(そ)れに俄(にはか)の沢山(たくさん)のお客(きやく)さま、065チツとお前(まへ)さまも手伝(てつだ)ひなされ』
066万公(まんこう)『ナニ、067バラモンのお客(きやく)さまが庫(くら)に居(を)るとは此奴(こいつ)ア妙(めう)だ、068何(なん)と云(い)ふ奴(やつ)だ』
069お民(たみ)『何(なん)でもフエルとかベツトとかいふ男(をとこ)ですよ』
070万公(まんこう)『ウン其奴(そいつ)ア面白(おもしろ)い、071臨時(りんじ)其奴(そいつ)を下男(げなん)として使(つか)つてやらう。072さうすればベツト、073フエルも喜(よろこ)ぶだらう、074オイお民(たみ)、075庫(くら)の鍵(かぎ)を貸(か)せ』
076お民(たみ)『本当(ほんたう)に万公(まんこう)さま、077貴方(あなた)は若主人(わかしゆじん)ですか。078主人(しゆじん)に間違(まちが)ひなければ鍵(かぎ)を渡(わた)します。079サア之(これ)を持(も)つてお行(ゆ)きやす。080東(ひがし)から三(みつ)つ目(め)の庫(くら)ですよ』
081と庫(くら)の鍵(かぎ)を抽出(ひきだし)から取出(とりだ)して万公(まんこう)に渡(わた)した。082万公(まんこう)はイソイソとして鍵(かぎ)を携(たづさ)へ、083庫(くら)の戸(と)をあけ、084怖(こは)相(さう)に中(なか)を一寸(ちよつと)覗(のぞ)いてみると、085フエル、086ベツトも又(また)ブルブルもので庫(くら)の隅(すみ)に抱(だ)き合(あ)うて縮(ちぢ)かみゐる。
087万公(まんこう)『オイ、088バラモンの大将(たいしやう)、089俺(おれ)は当家(たうけ)の若主人(わかしゆじん)だ。090今日(けふ)は許(ゆる)してやるから下男(げなん)の代(かは)りに家内(かない)の掃掃除(はきさうぢ)をするのだ。091随分(ずいぶん)お客(きやく)が俄(にはか)に殖(ふ)えたのだから……ヨモヤ厭(いや)とは申(まを)すまいな』
092フエル『ハイ、093若主人(わかしゆじん)様(さま)の御(ご)仁慈(じんじ)有難(ありがた)う存(ぞん)じます。094どんな事(こと)でも致(いた)しますから、095何卒(どうぞ)お使(つか)ひ下(くだ)さいませ』
096 二人(ふたり)は万公(まんこう)を本当(ほんたう)の若主人(わかしゆじん)だと信(しん)じて了(しま)つた。
097万公(まんこう)『サ、098先(ま)づ座敷(ざしき)の掃除(さうぢ)からやるのだ。099オイ、100フエル、101ベツトの両人(りやうにん)、102随分(ずいぶん)広(ひろ)い間(ま)だから一寸(ちよつと)骨(ほね)が折(を)れるぞ。103骨(ほね)折(を)ると云(い)つても障子(しやうじ)の骨(ほね)折(を)つちや、104忽(たちま)ち幾分(いくぶん)かの損害(そんがい)だから、105充分(じゆうぶん)注意(ちゆうい)をして貰(もら)はねばならぬ、106先(ま)づ掃除(さうぢ)の仕方(しかた)から教(をし)へてやらう、107……一番(いちばん)に戸障子(としやうじ)を開(あ)け放(はな)つて了(しま)ひ、108どうしても動(うご)かす事(こと)の出来(でき)ぬ大切(たいせつ)な品物(しなもの)は被物(おほひ)をかけておくのだ。109それから払塵(はたき)のかけ方(かた)は天井(てんじやう)のスミズミから戸障子(としやうじ)腰張(こしば)りといふ順序(じゆんじよ)に、110上(うへ)からダンダンと払塵(はたき)の先(さき)で品(しな)よくハタくやうにするのだ。111一寸(ちよつと)今(いま)俺(おれ)が標本(へうほん)を見(み)せてやる……コレ此(この)通(とほ)りだ。112腕(うで)をニユツと伸(の)ばし、113手首(てくび)を下向(したむ)けるやうにしてやりさへすれば、114棧(さん)に柄(え)が当(あた)らず、115埃(ほこり)は甘(うま)く散(ち)つて了(しま)ふ。116ハタキが済(す)むと今度(こんど)は箒(はうき)を使(つか)ふのだ』
117フエル『ハイ有難(ありがた)う、118箒(はうき)使(つか)ふ位(くらゐ)はよく知(し)つてゐます。119オイ、120ベツト、121汝(きさま)も此(この)箒(はうき)を以(もつ)て掃(は)くのだ』
122と云(い)ひ乍(なが)ら両人(りやうにん)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に畳(たたみ)を掃(は)き出(だ)した。
123万公(まんこう)『コラコラそんな掃(は)き様(やう)があるか。124箒(はうき)の使方(つかひかた)は畳(たたみ)の目(め)に添(そ)うて掃(は)かないと、125塵(ちり)がスツカリ畳(たたみ)の中(なか)へ入(い)つて了(しま)ふぢやないか、126汝(きさま)のやうに箒(はうき)の先(さき)を上(あ)げよつて使(つか)ひよると、127埃(ほこり)がそこらへ飛(と)びさがして、128箒(はうき)は損(いた)むなり、129又(また)元(もと)の障子(しやうじ)の棧(さん)へ止(と)まつて了(しま)ふぢやないか。130そんな中央(まんなか)の方(はう)斗(ばか)り掃(は)いたつて何(なん)になる、131隅々(すみずみ)をよく掃(は)きさへすれば、132中央(まんなか)は独(ひと)り美(うつく)しうなるのだ。133そして掃掃除(はきさうぢ)が済(す)んだら、134箒(はうき)を吊(つ)つておくのだ、135立(た)てておくと、136すぐに薙刀(なぎなた)の穂先(ほさき)のやうに曲(まが)つて了(しま)ふぞ。137掃除(さうぢ)がスツカリすんだ後(あと)は、138先(さき)に付(つ)いてをる塵(ちり)を除(と)つておくのだ』
139フエル『モシ、140御(ご)主人(しゆじん)様(さま)、141随分(ずいぶん)貴方(あなた)は能(よ)う気(き)がつきますな、142丸(まる)で女(をんな)みた様(やう)ですワ』
143万公(まんこう)『きまつた事(こと)だ、144変性(へんじやう)女子(によし)の瑞霊(みづのみたま)だ、145サ、146之(これ)から水(みづ)の御用(ごよう)だ。147箒(はうき)がすんだら、148雑巾(ざふきん)がけをやるのだ。149雑巾(ざふきん)は能(よ)く水(みづ)につけ揉(も)み出(だ)して、150可(か)なり固(かた)く絞(しぼ)り、151力(ちから)を入(い)れて拭(ふ)かないと、152却(かへつ)て縁板(えんいた)が汚(きたな)くなるぞ。153バケツの水(みづ)も度々(たびたび)取替(とりか)へぬと駄目(だめ)だ。154雑巾(ざふきん)のかけ方(かた)は板(いた)の目(め)に添(そ)うて、155雑巾(ざふきん)をよく折返(をりかへ)して拭(ふ)くのだよ。156椽(えん)の隅(すみ)は雑巾(ざふきん)を三角形(さんかくがた)に折(を)つて拭(ふ)くと、157スミ迄(まで)綺麗(きれい)になる。158ニス、159漆(うるし)の上等(じやうとう)の材木(ざいもく)などは、160湿(しめ)つた雑巾(ざふきん)をかけては却(かへつ)て悪(わる)くなるものだ。161乾(かわ)いた雑巾(ざふきん)を根(こん)に任(まか)して使(つか)ふのだ。162朝晩(あさばん)の拭掃除(ふきさうぢ)も門掃(かどはき)も硝子研(がらすみが)きも、163雑巾掛(ざふきんがけ)も皆(みな)人格(じんかく)の修養(しうやう)だ、164そして社会(しやくわい)奉仕(ほうし)の一(ひと)つだ。165あああ主人(しゆじん)になつても、166並(なみ)や大抵(たいてい)の事(こと)ぢやないわい。167コリヤコリヤ、168バケツの水(みづ)が汚(よご)れてゐるぢやないか、169なぜ新(あたら)しいのと汲(く)み替(か)へぬのだ。170そんな泥(どろ)のやうな水(みづ)で雑巾(ざふきん)を絞(しぼ)るものだから、171これみい、172板(いた)の間(ま)に白(しろ)い筋(すぢ)がついてるぞ』
173フエル『オイ、174ベツト、175難(むつか)しい主人(しゆじん)だな、176やり切(き)れぬぢやないか』
177万公(まんこう)『一寸(ちよつと)主人(しゆじん)に跟(つ)いて来(こ)い、178之(これ)から飯焚(めしたき)を仰付(おほせつ)けてやる』
179フエル『ヘーヘー、180仕方(しかた)がありませぬ。181永(なが)らく庫(くら)へ放(ほ)り込(こ)まれ、182折角(せつかく)外(そと)へ出(だ)して貰(もら)うたと思(おも)へば、183煙草(たばこ)一服(いつぷく)せぬ前(さき)に、184下男(げなん)や下女(げぢよ)の役目(やくめ)を仰付(おほせつ)けられ、185実(じつ)に光栄(くわうえい)です』
186万公(まんこう)『ゴテゴテ申(まを)さず、187俺(おれ)の後(うしろ)へ跟(つ)いて来(く)るのだ』
188と大手(おほて)をふり乍(なが)らお民(たみ)の飯焚場(めしたきば)へやつて来(き)た。
189万公(まんこう)『オイお民(たみ)、190鍵(かぎ)をしまつておいてくれ、191サア之(こ)れだ。192新参者(しんざんもの)の男衆(をとこしう)が二人(ふたり)出来(でき)たから汝(きさま)も心易(こころやす)うしてやつてくれ。193但(ただし)心易(こころやす)うせいと云(い)つても程度(ていど)問題(もんだい)だ。194併(しか)し汝(きさま)の頬(ほほ)ベタは赤(あか)いから、195いかな物好(ものずき)でも、196つまみ喰(ぐ)ひする奴(やつ)はあるまいから、197マア安心(あんしん)だ』
198お民(たみ)『ヘン、199放(ほ)つといて下(くだ)さいませ、200怪(け)ツ体(たい)な旦那(だんな)様(さま)だなア』
201万公(まんこう)『オイお民(たみ)、202四(よつ)つも五(いつ)つも一度(いちど)に竃(かま)に火(ひ)をつけてるが、203一体(いつたい)何(なに)を焚(た)いてるのだ』
204と云(い)ひ乍(なが)ら、205鍋(なべ)の蓋(ふた)を一々(いちいち)取(と)つてみて、
206万公(まんこう)『ヤア此奴(こいつ)ア飯(めし)だ、207……此奴(こいつ)ア副食物(おかず)だ、208……コリヤコリヤお民(たみ)、209飯(めし)が煮(に)え立(た)つた後(あと)は、210火(ひ)をズーツと弱(よわ)めるのだぞ。211そして白(しろ)い泡(あわ)を外(そと)へこぼさない様(やう)にするのだ、212米(こめ)の甘味(あまみ)がスツカリ帰(い)んで了(しま)ふからな。213火(ひ)を焚(た)く時(とき)には仕事(しごと)の手順(てじゆん)を考(かんが)へて、214ズツと続(つづ)けて用(もち)ふる方(はう)が、215火力(くわりよく)の経済(けいざい)となるから、216汝(きさま)のやうに一遍(いつぺん)に冷(つめ)たい竃(かま)をぬくめようとすると、217大変(たいへん)な損(そん)だぞ。218余(あま)つた火(ひ)を次(つぎ)へ廻(まは)しまわしすれば、219何程(なにほど)経済(けいざい)上(じやう)利益(りえき)かも知(し)れぬ。220火(ひ)を焚(た)く時(とき)はよく調節(てうせつ)して、221炎(ほのほ)の先(さき)が鍋(なべ)の底(そこ)に当(あた)る程度(ていど)のものにしておけば、222それ以上(いじやう)外(そと)へ火(ひ)がねぶる様(やう)な事(こと)では焚物(たきもの)が無駄(むだ)になる。223オイ、224フエル、225ベツト、226汝(きさま)も俺(おれ)の云(い)ふ事(こと)をよう聞(き)いておけ。227第一(だいいち)テームス家(け)の損(そん)になる事(こと)だからな。228奉公人(ほうこうにん)根性(こんじやう)と云(い)つて、229主人(しゆじん)の居(を)らぬ時(とき)にや、230不経済(ふけいざい)な事(こと)許(ばか)りしよるから、231今(いま)までとはチツと違(ちが)うぞ。232今度(こんど)の主人(しゆじん)は経済(けいざい)学者(がくしや)だからなア』
233お民(たみ)『ホホホホ主人(しゆじん)が鍋(なべ)の蓋(ふた)をあけて調(しら)べる様(やう)になつたら、234最早(もはや)其(その)家(いへ)は駄目(だめ)ですよ。235余程(よほど)家(いへ)の財政(ざいせい)が苦(くる)しいとみえますなア』
236万公(まんこう)『馬鹿(ばか)云(い)ふな、237冥加(みやうが)と云(い)ふ事(こと)を知(し)らんか。238オイ、239ベツト、240フエル、241お前(まへ)はこれからお客(きやく)が多(おほ)いのだから、242お民(たみ)の仕事(しごと)を手伝(てつだ)つてやつてくれ。243第一(だいいち)経済(けいざい)を重(おも)んじて、244薪(たきぎ)や炭(すみ)を粗末(そまつ)にせない様(やう)に頼(たの)むぞ。245よく乾(かわ)いた薪(たきぎ)を用(もち)ゐ、246無暗(むやみ)に沢山(たくさん)釜(かま)の下(した)へ捻(ね)ぢ込(こ)むと、247却(かへつ)て燃(も)えが悪(わる)く、248燻(くすぶ)つて了(しま)ふ。249割木(わりき)なら、250太(ふと)い奴(やつ)を四本(しほん)位(ぐらゐ)くべるのだ。251そして薪(たきぎ)と薪(たきぎ)とが重(かさ)ならぬやうに組合(くみあは)さないと、252燃(も)えにくいぞ。253そして物(もの)が煮(に)え上(あが)つたら、254使(つか)ひさしの薪(たきぎ)はすぐに消(け)すのだ。255火消壺(ひけしつぼ)へつつ込(こ)むか水(みづ)をかけるかしてなア……』
256フエル『ハイハイ畏(かしこ)まりました。257オイ、258お民(たみ)さま、259俺(おれ)も少(すこ)しは陣中(ぢんちう)で飯焚(めしたき)もやつた事(こと)がある。260チツと俺(おれ)が標本(へうほん)をみせてやらう』
261お民(たみ)『アタ暑(あつ)いのに困(こま)つてをつた所(ところ)ですよ。262マア、263チツと此処(ここ)で腰(こし)でも下(おろ)してお前(まへ)のお手際(てぎわ)を拝見(はいけん)しませう』
264万公(まんこう)『オイ、265お民(たみ)、266焦(こ)げ臭(くさ)いぢやないか、267早(はや)く焚物(たきもの)を引(ひ)かぬかい』
268お民(たみ)『余(あま)り俄旦那(にはかだんな)さまが喧(やかま)しう仰有(おつしや)るものだから、269外(ほか)へ気(き)を取(と)られてお飯(まんま)が焦(こ)げついたのですよ、270黒(くろ)くなつたら、271フエル、272ベツトに食(く)はしたら宜(よろ)しいワ、273ホホホホ』
274万公(まんこう)『オイ両人(りやうにん)、275何(なん)とかせぬかい、276鍋(なべ)がペチペチ云(い)ふとるぢやないか』
277 フエルは手桶(てをけ)の水(みづ)を慌(あわ)てて竃(かまど)の下(した)へぶちやけた拍子(ひやうし)に、278ブーと灰(はひ)が一面(いちめん)に立上(たちあが)り、279炊事場(すゐじば)は真黒(まつくろ)になつて了(しま)つた。280そして体中(からだぢう)灰(はひ)まぶれになり、281鼻(はな)をつまんで、282四(よ)人(にん)とも表(おもて)へ駆(か)け出(だ)し、283空気(くうき)を吸(す)うてゐる。
284 アヅモスは朝飯(あさめし)が遅(おそ)いので腹(はら)をへらし、285炊事場(すゐじば)の様子(やうす)を考(かんが)へに来(く)ると、286そこら一面(いちめん)灰煙(はひけむり)が立(た)つてゐる。287アヅモスは大声(おほごゑ)で、288……『お民(たみ)お民(たみ)』と呼(よ)んだ。289お民(たみ)は外(そと)から……
290お民(たみ)『ハイ、291二(に)の番頭(ばんとう)さまですか、292何(なん)ぞ御用(ごよう)ですかい』
293アヅモス『何(なに)をキヨロキヨロしてゐるのだ、294早(はや)く御飯(ごはん)を持(も)つて来(こ)んかい、295皆(みな)お客(きやく)さまがお腹(なか)がすいてるぢやないか』
296お民(たみ)『エ、297お前(まへ)は男(をとこ)の癖(くせ)に、298喧(やかま)しう言(い)ふものぢやありませぬ。299今(いま)若旦那(わかだんな)さまと一生(いつしやう)懸命(けんめい)に、300御飯(ごはん)をたいてゐた所(ところ)ですよ』
301アヅモス『当家(たうけ)に若旦那(わかだんな)のある筈(はず)がない、302何(なに)を呆(とぼ)けてゐるのだ。303此処辺(ここら)スツカリ灰(はひ)まぶれぢやないか、304チツと掃除(さうぢ)をせぬかい』
305 万公(まんこう)は裏口(うらぐち)から灰(はひ)だらけの炊事場(すゐじば)へ帰(かへ)り来(きた)り、
306万公(まんこう)『ア、307お前(まへ)はアヅモスか、308俺(おれ)は若主人(わかしゆじん)の万公別(まんこうわけ)だ。309今(いま)お民(たみ)に炊事(すゐじ)の教授(けうじゆ)をしてゐた所(ところ)だ。310たつた今(いま)調理(てうり)して新参者(しんざんもの)のフエル、311ベツトに膳部(ぜんぶ)を運(はこ)ばすから、312病人(びやうにん)の介抱(かいほう)を神妙(しんめう)にして来(こ)い。313そして舅姑殿(しうとしうとめどの)にもチツと遅(おそ)うなつてすみませぬが、314たつた今(いま)、315持(も)つて参(まゐ)りますと……さう云(い)つといてくれ』
316アヅモス『ヘーエ、317妙(めう)ですな。318貴方(あなた)何時(いつ)の間(ま)に御(ご)養子(やうし)になられたのですか』
319万公(まんこう)『そんなこた尋(たづ)ねる丈(だけ)野暮(やぼ)だ。320スガールに聞(き)いてみよ、321それで分(わか)らな、322今度(こんど)出(で)て来(き)た俺(おれ)等(たち)の家来(けらい)の竜彦(たつひこ)に聞(き)いて見(み)りや分(わか)るのだ。323エエ男(をとこ)が炊事場(すゐじば)へ出(で)て来(く)るものぢやない、324若主人(わかしゆじん)の言(い)ひ付(つけ)だ、325早(はや)く彼方(あちら)へ行(ゆ)け』
326 アヅモスは怪訝(けげん)な顔(かほ)をしてスゴスゴと此(この)場(ば)を立去(たちさ)り、327病室(びやうしつ)に引返(ひきかへ)した。
328 万公(まんこう)、329お民(たみ)、330外(ほか)二人(ふたり)は箒(はうき)や雑巾(ざふきん)やハタキで再(ふたた)び大掃除(おほさうぢ)をなし、331鍋蓋(なべぶた)の隙(すき)から、332這入(はい)つた飯(めし)の上(うへ)の灰(はひ)を杓子(しやくし)で削(けづ)り取(と)り、333水桶(みづをけ)の中(なか)へ落(おと)して洗(あら)ひ、
334万公(まんこう)『此(この)家(うち)は俄(にはか)に客(きやく)がフエールの
335飯焚(めしたき)男(をとこ)泡(あわ)を吹(ふ)くなり。
336泡(あわ)ふいた飯(めし)も知(し)らずに焦(こ)げつかし
337心(こころ)を焦(こ)がす四人(よにん)連(づ)れかな』
338フエル『若主人(わかしゆじん)掃除(さうぢ)万端(ばんたん)指図(さしづ)して
339飛(と)び廻(まは)りたる灰神楽(はひかぐら)かな。
340灰神楽(はひかぐら)かぶつて体(からだ)は泥(どろ)まぶれ
341飯(めし)の灰(はひ)をば払(はら)ふ可笑(をか)しさ。
342払(はら)うても又(また)払(はら)うても飛(と)んで来(く)る
343灰(はひ)は四隅(よすみ)に立(た)ち上(あが)りつつ。
344お民(たみ)さま胸(むね)を焦(こ)がして居(ゐ)るとみえ
345飯(めし)の焦(こ)げたも知(し)らぬ熱情(ねつじやう)。
346若夫婦(わかふうふ)、夫婦(ふうふ)々々(ふうふ)と泡(あわ)を吹(ふ)く
347声(こゑ)聞付(ききつ)けて飯(めし)を焦(こ)がしつ。
348胸(むね)焦(こ)がし飯(めし)を焦(こ)がして灰(はひ)まぶれ
349此(この)御(ご)馳走(ちそう)を配膳(はいぜん)と云(い)ふ』
350 斯(か)く馬鹿口(ばかぐち)を叩(たた)き乍(なが)ら、351灰(はひ)まぶれの膳部(ぜんぶ)を拵(こしら)へ、352慌(あわ)ただしく朝飯(あさめし)を客間(きやくま)と病室(びやうしつ)に持運(もちはこ)んで行(ゆ)く。
353(大正一二・三・三 旧一・一六 於竜宮館 松村真澄録)
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