霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第八章 放棄(はうき)〔一四一六〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第55巻 真善美愛 午の巻 篇:第2篇 縁三寵望 よみ(新仮名遣い):えんさんちょうぼう
章:第8章 放棄 よみ(新仮名遣い):ほうき 通し章番号:1416
口述日:1923(大正12)年03月03日(旧01月16日) 口述場所:竜宮館 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
アヅモスは炊事場に戻ると、お民に小言を言い始めた。アヅモスとお民は口げんかになった。お民はフエルにも矛先を向け、柄杓を水に汲んで二人にぶっかけた。アヅモスとフエルは鉄拳を振るってお民を叩きつけた。
お民の悲鳴を聞いて、番頭の一人・アーシスが走り来たり、お民からアヅモスを引き離した。フエルは逃げてしまった。アヅモスはアーシスを箒で叩きつけて、逃げてしまった。
アーシスは、お民の態度をたしなめて注意を与えた。アーシスはふと、お民に素性を尋ねた。お民は自分の母がビクトリヤ城に奉公に行っていた間に刹帝利のお手がかかって生まれたのだ、と明かした。一方アーシスも、自分は左守キュービットの落とし子だと明かした。
二人は出生の秘密を明かしたからには夫婦となろうと言いあった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-05-18 17:36:08 文字数:4892 OBC :rm5508
愛善世界社版:99頁 八幡書店版:第10輯 69頁 修補版: 校定版:101頁 普及版:42頁 初版: ページ備考:
001 アヅモスはフエルと共(とも)に炊事場(すゐじば)に帰(かへ)り、002下女(げぢよ)のお民(たみ)を捉(つか)まへてそろそろ小言(こごと)を云(い)ひ初(はじ)めた。
003アヅモス『オイ、004お民(たみ)、005貴様(きさま)が確(しつか)りしないものだから大変(たいへん)な恥(はぢ)を掻(か)いたぢやないか。006何(なん)の為(ため)に炊事(すゐじ)の御用(ごよう)をして居(ゐ)るのだ。007女(をんな)と云(い)ふものは飯焚(めした)きが肝腎(かんじん)だ。008折角(せつかく)の珍客(ちんかく)さまに灰(はひ)まぶれの飯(めし)を食(く)はさうとしたぢやないか、009ちと心得(こころえ)ないと当家(ここ)には置(お)く事(こと)は出来(でき)ぬぞ』
010お民(たみ)『アヅモスの番頭(ばんとう)さま、011さう注文通(ちうもんどほり)に御飯(ごはん)が焚(た)けるものぢやありませぬよ、012今日(こんにち)の日天(につてん)様(さま)でも照(て)つたり曇(くも)つたり遊(あそ)ばすぢやありませぬか、013…………
014朝夕(あさゆふ)の飯(めし)さへこわし柔(やはら)かし
015兎角(とかく)ままにはならぬ世(よ)の中(なか)……
016と云(い)ふ歌(うた)さへあるぢやありませぬか。017さう小言(こごと)を仰有(おつしや)ると此方(こちら)の方(はう)から尻(しり)をからげて「左様(さやう)なら」と出(で)かけませうか。018此(この)頃(ごろ)は彼方(あちら)や此方(こちら)に沢山(たくさん)の工場(こうぢやう)が出来(でき)て女(をんな)は払底(ふつてい)ですよ。019こんな月給(げつきふ)の安(やす)い下女(げぢよ)になるものは滅多(めつた)にありませぬよ。020私(わたし)が此家(ここ)の下女(げぢよ)に来(き)て上(あ)げたのは、021恩恵(おんけい)的(てき)に社会(しやくわい)奉仕(ほうし)の一端(いつたん)だと思(おも)うて来(き)て居(を)るのですよ。022万公別(まんこうわけ)と云(い)ひ、023お前(まへ)さまと云(い)ひ全然(まるきり)女(をんな)の腐(くさ)つた様(やう)な男(をとこ)だな。024女(をんな)の事(こと)を構(かま)ふ腰抜(こしぬ)けは目(め)なつと噛(か)んで死(し)んだがよろしいわいなア、025これでも家政(かせい)学校(がくかう)を卒業(そつげふ)したシヤンですからねえ、026ヘン余(あま)り構(かま)うて貰(もら)ひますまいかい』
027アヅモス『偉(えら)さうに云(い)うて居(ゐ)るが、028今朝(けさ)の料理(れうり)の仕方(しかた)は一体(いつたい)何(なん)だ。029あんな加減(かげん)の悪(わる)いものが食(く)へると思(おも)ふか、030偉(えら)さうに云(い)ふない』
031お民(たみ)『食(く)へなけりや食(く)はいでもよいぢやないか。032お前(まへ)達(たち)は料理法(れうりはふ)を知(し)らないものだからゴテゴテ云(い)ふのだらう、033下司口(げすぐち)だからなア。034松魚節(かつを)の煮汁(だし)か、035昆布(こぶ)の煮汁(だし)か、036雑魚(ざこ)の煮汁(だし)か、037味(あぢ)の素(もと)を使(つか)つたか弁別(べんべつ)のつかないやうな下司口(げすぐち)が、038料理(れうり)の小言(こごと)を云(い)ふ資格(しかく)がありますか』
039アヅモス『偉(えら)さうに云(い)ふない、040何(なん)だその風(ふう)は、041のめのめと売女(ばいた)の出来損(できぞこな)い見(み)たやうな風(ふう)をしやがつて、042そんな事(こと)で立派(りつぱ)な料理(れうり)が出来(でき)ると思(おも)ふか。043抑(そもそも)料理(れうり)に取(と)りかかるには襷(たすき)をかけるか、044エプロンを着(つ)けるかして身仕度(みじたく)をきちんとして髪(かみ)の毛(け)もバラバラせぬやうに、045そして苔(こけ)の生(は)えたやうな手(て)を、046曹達(さうだ)ででも洗(あら)つて清潔(せいけつ)にしなければ、047折角(せつかく)の御(ご)馳走(ちそう)に黴菌(ばいきん)が伝染(うつ)るぢやないか。048そして米(こめ)を磨(と)ぐにも砂(すな)を注意(ちうい)して取(と)るのだ、049クレクレと揺(ゆす)つて居(を)ると砂(すな)は底(そこ)にイサルから容易(ようい)なものだ。050今朝(けさ)のやうに灰(はひ)や砂(すな)の混(まじ)つた飯(めし)は誰(たれ)だつて食(く)はれぬぢやないか。051さうして洗(あら)ふにもお米(こめ)を砕(くだ)かないやうにして、052水(みづ)が澄(す)みきり白水(しろみづ)がないとこ迄(まで)洗(あら)ふのだぞ』
053お民(たみ)『エエ八釜(やかま)しい番頭(ばんとう)ぢやな。054お前(まへ)さまは何処(どこか)でボーイでもやつて居(ゐ)たのかな、055好(よ)うこせこせと釜(かま)の下(した)までゴテづく吝嗇坊(けちんばう)だなア』
056アヅモス『別(べつ)に構(かま)ひたい事(こと)は無(な)いけれど、057余(あま)り貴様(きさま)が分(わか)らぬから、058一応(いちおう)料理法(れうりはふ)を教(をし)へて置(お)くのだ。059総(すべ)て小鳥(ことり)や魚(さかな)を串(くし)にさして焼(や)く時(とき)は火(ひ)を遠(とほ)くし、060そして強火(つよび)にした方(はう)が、061美味(おい)しう焼(や)けるものだ。062魚(さかな)は身(み)の方(はう)から、063小鳥(ことり)は皮(かは)の方(はう)から焼(や)くのだよ。064昔(むかし)から魚身(ぎよしん)鳥皮(てうひ)といふからなア、065充分(じゆうぶん)焼(や)いてから裏(うら)がへさないと不味(まづく)なる。066さうして網(あみ)や串(くし)の焼(や)けた後(あと)で肉(にく)を載(の)せるのだ。067それから煮(に)る時(とき)には醤油(しやうゆ)や水(みづ)を十分(じふぶん)煮立(にた)たして置(お)いて、068其(その)後(あと)に入(い)れないと甘(うま)い汁(しる)が出(で)て仕舞(しま)ふのだ。069野菜(やさい)は真青(まつさを)に茹(ゆで)るには湯(ゆ)に塩(しほ)を少(すこ)し入(い)れて蓋(ふた)をせずに茹(ゆで)ると其(その)儘(まま)の色(いろ)を保(たも)つて居(ゐ)る。070さうして茹(ゆだ)つたら直(すぐ)冷(つめ)たい水(みづ)に入(い)れるのだ。071牛蒡(ごばう)や、072蕗(ふき)や、073筍(たけのこ)や、074百合根(ゆりね)等(など)の灰汁(あく)の強(つよ)いものは一(いつ)たん湯掻(ゆが)いてから煮(た)くのだ。075さうして使(つか)うた道具(だうぐ)はいつも定(きま)つた場所(ばしよ)へキチンと置(お)いて置(お)くのだ、076清潔(きれい)に磨(みが)いて元(もと)の所(ところ)へちやんと戻(もど)して置(お)かぬとまさかの時(とき)に間(ま)に合(あ)はぬぞ。077棚(たな)の上(うへ)に塵(ちり)が溜(たま)つて居(を)るか居(を)らぬかそれも考(かんが)へて網(あみ)や串(くし)や、078薄鍋(うすなべ)を置(お)いて置(お)くのだ。079そして余(あま)つた食物(たべもの)は蠅不入(はいいらず)に入(い)れるか、080布巾(ふきん)をかけて置(お)くのだぞ』
081お民(たみ)『エエ矢釜(やかま)しい、082お前(まへ)さまは土方(どかた)の飯焚(めした)きでも仕(し)て居(ゐ)たのだらう。083余(あま)り喋(しやべ)るとお里(さと)が見(み)えますぞや』
084アヅモス『これやお民(たみ)、085土方(どかた)の飯焚(めした)きとは何(なん)だ。086女(をんな)と思(おも)うて容赦(ようしや)をすれば何(なに)を吐(ぬか)すか分(わか)つたものぢやない、087不調法(ぶてうはふ)しておきやがつて何(なに)を口答(くちごた)へをするのぢや、088これでも一家(いつか)の総理(そうり)大臣(だいじん)だぞ』
089お民(たみ)『ホホホホ。090総理(そうり)大臣(だいじん)なんて尻(けつ)が呆(あき)れますわい。091当家(たうけ)の総理(そうり)大臣(だいじん)はシーナさまぢやありませぬか、092お前(まへ)さまは二(に)の番頭(ばんとう)だ。093そこらの隅(すみ)くたを掃除(さうぢ)大臣(だいじん)だ。094ごたごた云(い)はずと箒(はうき)なともつて次(つぎ)の間(ま)を掃(は)いて来(き)なさい。095万公山(まんこうやま)が破裂(はれつ)して大変(たいへん)な灰(はひ)が降(ふ)つて居(ゐ)ますぞよ。096箒(はうき)を使(つか)つたらチヤンと釘(くぎ)にかけて置(お)くのですよ。097其処辺(そこら)に立(た)てて置(お)くと箒(はうき)の先(さき)がサツパリ薙刀(なぎなた)のやうになつて仕舞(しま)ひますぞや。098そしてハタキは手首(てくび)を下(さ)げて、099天井裏(てんじやううら)から障子(しやうじ)の棧(さん)と上(うへ)から下(した)へパタパタとはたくのですよ。100どうしても動(うご)かせない道具(だうぐ)は被物(おほひ)をしておいて隅(すみ)から掃(は)いて来(く)るのです。101そして畳(たたみ)の目(め)に逆(さか)らうと、102塵埃(ほこり)が皆(みんな)畳(たたみ)の目(め)に滲(にじ)んで仕舞(しま)ひますよ。103箒(はうき)の先(さき)を跳(は)ねんやうにしてソツソツと掃(は)くのですよ、104それが済(す)んだら椽側(えんがは)の掃除(さうぢ)をしなさい。105雑巾(ざふきん)を緩(ゆる)う堅(かた)う絞(しぼ)つて、106板(いた)の目(め)なりに力(ちから)を入(い)れて拭(ふ)くのだよ。107角(すみ)の所(ところ)は雑巾(ざふきん)を三角(さんかく)にして拭(ふ)けば綺麗(きれい)になりますわ。108夫(それ)からニス、109漆(うるし)や、110桧(ひのき)の柱(はしら)は乾布巾(からぶきん)で念入(ねんい)れに拭(ふ)くのですよ。111きつと濡(ぬ)れた雑巾(ざふきん)で拭(ふ)いてはなりませぬぞえ』
112アヅモス『これお民(たみ)、113何(なん)だ下女(げぢよ)の癖(くせ)に番頭(ばんとう)に指揮(さしづ)すると云(い)ふ事(こと)があるか』
114お民(たみ)『ヘン私(わたし)が下女(げぢよ)なら、115お前(まへ)は下男(げなん)ぢや、116余(あま)り偉(えら)さうに云(い)うて貰(もら)ひますまいか。117これこれフエルさま お前(まへ)が灰撒(はひまき)の発頭人(ほつとうにん)だ。118何(なに)をグヅグヅして居(ゐ)るのだ、119早(はや)くアヅモスの下男(げなん)と一緒(いつしよ)に掃除(さうぢ)をしなさらぬかいなア』
120フエル『さう矢釜(やかま)しゆ云(い)ふない。121俺(おれ)だつて今朝(けさ)迄(まで)庫(くら)の中(なか)へ罪人(ざいにん)同様(どうやう)突込(つつこ)まれて居(ゐ)たのだから、122些(ちつ)とは休養(きうやう)しなければやりきれぬぢやないか』
123 お民(たみ)は、
124お民『エエこの女郎(めらう)男(をとこ)の腰抜(こしぬけ)奴(め)』
125と云(い)ふより早(はや)く柄杓(ひしやく)に水(みづ)を汲(く)んで二人(ふたり)にぶツかけた。126アヅモス、127フエルは真赤(まつか)になつて、
128アヅモス、フエル『これやお民(たみ)、129馬鹿(ばか)にしやがるな、130これを喰(くら)へ』
131と双方(さうはう)から鉄拳(てつけん)を振(ふる)つて一人(ひとり)の女(をんな)を叩(たた)き付(つ)けて居(ゐ)る。132お民(たみ)は荒男(あらをとこ)二人(ふたり)に叩(たた)きつけられ、133悲鳴(ひめい)を上(あ)げて『人殺(ひとごろし)ー人殺(ひとごろし)ー』と叫(さけ)び出(だ)した。134此(この)声(こゑ)に驚(おどろ)いてアーシスは走(はし)り来(きた)り、135いきなりアヅモスの首(くび)に手拭(てぬぐ)ひを後(うしろ)からパツと引(ひ)つかけグツと引(ひ)き倒(たふ)した。136フエルはこの権幕(けんまく)に驚(おどろ)いて裏口(うらぐち)から細(ほそ)くなつて逃(に)げ出(だ)しけり。
137お民(たみ)『アーシスさま好(よ)う来(き)て下(くだ)さいました。138此奴(こいつ)偉(えら)さうに云(い)やがつて仕方(しかた)がないので水(みづ)をかけてやりましたら、139男(をとこ)らしうもない、140女(をんな)一人(ひとり)に二人(ふたり)の荒男(あらをとこ)が鉄拳(てつけん)を振(ふる)つて喧嘩(けんくわ)を買(か)ひに来(き)よつたのですよ』
141アーシス『本当(ほんたう)に無茶(むちや)の事(こと)をする男(をとこ)ですね。142オイ、143アヅモス何(なん)だ、144下女(げぢよ)を捉(つか)まへて余(あま)り大人気(おとなげ)ないぢやないか』
145アヅモス『エーチヨツ、146横合(よこあひ)から飛(と)んで来(き)やがつてちよつかいを出(だ)しやがるものだから、147折角(せつかく)の折檻(せつかん)がワヤになつて仕舞(しま)つた。148コリヤ、149アーシス、150俺(おれ)の喉(のど)を締(し)めてどうするのだ、151これ見(み)よ、152痕(かた)がついて居(ゐ)るぢやないか』
153アーシス『喧嘩(けんくわ)の結末(かた)がついたらそれでよいぢやないか。154アー偉(えら)い畳中(たたみぢう)が灰(はひ)だらけだ。155ちと箒(はうき)なと持(も)つて其処辺(そこら)中(ぢう)を掃除(さうぢ)して来(こ)い。156これだけお客(きやく)さまで忙(いそが)しいのに、157女(をんな)を相手(あひて)にして居(ゐ)る所(どころ)かい』
158アヅモス『此奴(こいつ)もお民(たみ)が感染(かんせん)したと見(み)えて箒(はうき)持(も)て箒(はうき)持(も)てと吐(ぬか)しやがるな。159箒(はうき)に憚(はばか)りさまだ』
160アーシス『貴様(きさま)は何時(いつ)もほうきの守(かみ)だといつて威張(ゐば)つて居(ゐ)たぢやないか。161箒(はうき)持(も)つのは貴様(きさま)の性(しやう)に合(あ)うて居(ゐ)るわ。162サア早(はや)く掃(は)いたり掃(は)いたり』
163 アヅモスは庭箒(にははうき)を取(と)るより早(はや)く、164アーシスの頭(かしら)を目蒐(めが)けて、
165アヅモス『コリヤ、166伯耆(はうき)の守(かみ)さまが、167貴様(きさま)の頭(かしら)を播磨(はりま)の守(かみ)さまだ』
168と云(い)ひ乍(なが)らピシヤピシヤと撲(なぐ)りつけ尻(しり)に帆(ほ)をかけて此(この)場(ば)を逃(に)げ去(さ)つた。169アーシスは怒(いか)つてアヅモスの後(あと)を追(お)つ駆(か)けようとするのを、170お民(たみ)はグツと抱(だ)き止(と)め声(こゑ)を慄(ふる)はして、
171お民(たみ)『もしもし貴方(あなた)、172一寸(ちよつと)待(ま)つて下(くだ)さいませ、173これだけ沢山(たくさん)のお客(きやく)さまでお取(と)り込(こ)みでもあり、174病人(びやうにん)さまもあるのに、175番頭(ばんとう)同士(どうし)が喧嘩(けんくわ)なさつては家(うち)の親方(おやかた)に済(す)みませぬ。176又(また)スガールさまやスミエルさまの病気(びやうき)に障(さは)るといけませぬからなア』
177アーシス『さうだと云(い)つて此(この)儘(まま)にする訳(わけ)には行(ゆ)かぬぢやないか、178後(のち)の為(ため)にならぬからなア』
179お民(たみ)『まアまア今日(けふ)は辛抱(しんばう)して下(くだ)さいませ、180親方(おやかた)や娘(むすめ)さまが心配(しんぱい)なさいますからな』
181アーシス『ウンそれもさうだ。182そんならお前(まへ)の意見(いけん)に従(したが)つて今日(けふ)は忘(わす)れる事(こと)にせう。183併(しか)しお前(まへ)も此(この)家(うち)へ来(き)たらチツと言葉(ことば)を改(あらた)めて呉(く)れぬと困(こま)るよ。184御(ご)主人(しゆじん)様(さま)を親方(おやかた)と云(い)つたり、185お嬢様(ぢやうさま)の名(な)を呼(よ)んだりすると云(い)ふ事(こと)があるか』
186お民(たみ)『そんなら何(なん)と云(い)つたらよいのですか』
187アーシス『お上(かみ)の方(かた)をお呼(よ)びするには御(ご)主人(しゆじん)様(さま)を旦那(だんな)様(さま)と云(い)ふのだ。188奥様(おくさま)はお部屋(へや)様(さま)とか奥様(おくさま)とか云(い)つてよい。189さうして御(ご)老人(らうじん)は御(ご)隠居(いんきよ)様(さま)とか、190大旦那(おほだんな)様(さま)とか申上(まをしあげ)るのだよ。191男(をとこ)のお子様(こさま)なれば坊(ばう)様(さま)、192女(をんな)のお子(こ)はお嬢様(ぢやうさま)、193或(あるひ)は坊(ばう)ちやま、194お嬢(ぢやう)さまなど云(い)つたらよい。195二人(ふたり)以上(いじやう)の時(とき)は大(おほ)きな坊(ばう)ちやま、196小(ちひ)さいお嬢様(ぢやうさま)と云(い)ふのだ。197そして自分(じぶん)の事(こと)は私(わたくし)と云(い)ひ、198ウチだとか、199アテだとか、200ワタシなどは見(み)つともないから云(い)はぬがいい。201さうして受(う)け答(ごた)へはヘエなんと云(い)つてはいけない、202ハイと云(い)ふのだよ。203朝(あさ)起(お)きたらお上(かみ)へ御(ご)挨拶(あいさつ)をするのに「お早(はや)う厶(ござ)います」と云(い)ひ、204晩(ばん)は「お寝(やす)み遊(あそ)ばせ」、205外出(ぐわいしゆつ)の時(とき)には「行(い)つて参(まゐ)ります」、206自分(じぶん)の用事(ようじ)で外出(ぐわいしゆつ)する時(とき)は「一寸(ちよつと)やつて頂(いただ)きます」と云(い)ふのだ。207帰宅(きたく)の時(とき)は「唯今(ただいま)帰(かへ)りました」、208御飯(ごはん)の時(とき)は「頂(いただ)きます」とか、209「頂戴(ちやうだい)致(いた)します」とか云(い)ふのだ。210そして旦那(だんな)様(さま)の外出(ぐわいしゆつ)の時(とき)は「行(い)つていらつしやいませ」、211お帰(かへ)りになつた時(とき)には「お帰(かへ)り遊(あそ)ばしませ」と、212かう叮嚀(ていねい)に云(い)ふのだよ。213総(すべ)て言葉使(ことばづかひ)はハツキリと叮嚀(ていねい)にさうして柔(やさ)しみのあるやうに注意(ちゆうい)するのだ。214使(つかひ)に往(い)つて来(き)たら、215必(かなら)ず直様(すぐさま)復命(ふくめい)しなくてはならない。216後(あと)から序(ついで)に申上(まをしあげ)ますと云(い)ふやうな懶惰事(ずるいこと)をやつて居(を)ると何時(いつ)の間(ま)にか肝腎(かんじん)の用(よう)を忘(わす)れて仕舞(しま)ふからなア』
217お民(たみ)『何(なん)とまア此処(ここ)の内(うち)の男衆(をとこしう)は俄(にはか)旦那(だんな)様(さま)を初(はじ)め、218誰人(たれ)も彼(か)れも女(をんな)みたやうな事(こと)を云(い)ふ人(ひと)が集(よ)つたものだ、219オホホホホ、220これで私(わたし)も大分(だいぶん)に勉強(べんきやう)を致(いた)しました』
221アーシス『お民(たみ)さま、222お前(まへ)はどこともなしに下女(げぢよ)に似合(にあ)はぬ垢抜(あかぬけ)がして居(ゐ)るが、223実際(じつさい)は何処(どこ)から来(き)たのだ。224一寸(ちよつと)聞(き)かして貰(もら)ひ度(た)いものだな』
225お民(たみ)『私(わたし)はビクの城下(じやうか)に生(うま)れた者(もの)で厶(ござ)いますが、226一寸(ちよつと)様子(やうす)があつて親(おや)の名(な)を名乗(なの)る事(こと)が出来(でき)ないのですよ』
227アーシス『ウンさうすると父(てて)なし子(ご)だな』
228お民(たみ)『まアそんなものでせう。229併(しか)し父親(てておや)なしに出来(でき)る子(こ)は広(ひろ)い世界(せかい)に一人(ひとり)もありますまいから何処(どこ)かにあるでせう』
230アーシス『お前(まへ)の父親(てておや)と云(い)ふのは一体(いつたい)誰(たれ)だ』
231お民(たみ)『私(わたし)は血沼(ちぬ)の村(むら)の卓助(たくすけ)と云(い)ふ人(ひと)に育(そだ)てられた者(もの)ですが、232私(わたし)のお父(とう)さまは立派(りつぱ)な方(かた)だと云(い)ふ事(こと)です。233私(わたし)の母(はは)が奉公(ほうこう)に行(い)つて居(を)つて腹(おなか)が膨(ふく)れ、234奥様(おくさま)が八釜(やかま)しいので父(ちち)が金(かね)をつけて卓助(たくすけ)の家(うち)にやつたのださうですが、235養家(やうか)の両親(りやうしん)も既(すで)に亡(な)くなつて仕舞(しま)ひ、236只(ただ)の一人(ひとり)ぼつちで仕方(しかた)がないので其処辺(そこら)中(ぢう)を奉公(ほうこう)し歩(ある)き、237二三(にさん)日前(にちまへ)に此処(ここ)に雇(やと)はれたのです』
238アーシス『実(じつ)の事(こと)は俺(おれ)もビクトリヤ城下(じやうか)の生(うま)れだが、239そいつは妙(めう)だなア』
240お民(たみ)『ヘエ貴方(あなた)もビクトリヤ城下(じやうか)ですか、241さうしてお父(とう)さまは何(なん)と云(い)ふ方(かた)です』
242アーシス『これは秘密(ひみつ)だから云(い)はれないのだが、243人(ひと)に云(い)はなければ知(し)らしてやらう。244俺(おれ)も実(じつ)はこの村(むら)へ、245そつと里子(さとご)にやられたのだ。246俺(おれ)の父(ちち)といふのは左守(さもり)の司(かみ)のキユービツトと云(い)ふお方(かた)だ。247何(なん)でも下女(げぢよ)との中(なか)に俺(おれ)が生(うま)れたので、248藁(わら)の上(うへ)から此(この)村(むら)の首陀(しゆだ)の家(うち)へやつて仕舞(しま)つたと云(い)ふ事(こと)だ。249どうかして一遍(いつぺん)遇(あ)ひたいのだけれど、250名乗(なの)る訳(わけ)にもゆかず困(こま)つたものだよ。251さうして一体(いつたい)お前(まへ)は誰(たれ)の子(こ)だい』
252お民(たみ)『私(わたし)のお母(かあ)さまは皐月(さつき)と云(い)ひました。253ビクトリヤ城内(じやうない)へ御(ご)奉公(ほうこう)に上(あが)つて居(ゐ)る時(とき)、254刹帝利(せつていり)様(さま)のお手(て)が掛(か)かつて腹(おなか)が膨(ふく)れ、255それが為(ため)にそつと卓助(たくすけ)の家(うち)へ下(くだ)されたのださうです。256こんな事(こと)云(い)つて貰(もら)うと私(わたし)の命(いのち)が無(な)くなりますから、257どうぞ秘密(ひみつ)に頼(たの)みますよ』
258アーシス『成程(なるほど)道理(だうり)でどこともなしに気品(きひん)の高(たか)い所(ところ)がある。259ヤア恐(おそ)れ入(い)りました』
260お民(たみ)『斯(か)う双方(さうはう)から何事(なにごと)も打(う)ち合(あ)けた以上(いじやう)は、261一層(いつそ)の事(こと)貴方(あなた)と夫婦(ふうふ)になつたらどうでせう、262さうすれば互(たがひ)に秘密(ひみつ)が守(まも)れますからなア』
263アーシス『そりや有難(ありがた)いが何(なん)だか勿体(もつたい)無(な)いやうな気(き)がしてならないわ、264世(よ)が世(よ)ならお前(まへ)は立派(りつぱ)な王女(わうぢよ)様(さま)だ。265私(わたし)は臣(けらい)の身分(みぶん)だからなア』
266お民(たみ)『そんな斟酌(しんしやく)が要(い)りますか、267サア手(て)つ取(と)り早(ばや)く相談(さうだん)を定(き)めやうぢやありませぬか』
268 斯(か)く二人(ふたり)が話(はな)して居(を)る次(つぎ)の間(ま)に何人(なにびと)とも知(し)れず足音(あしおと)がスウスウと次第(しだい)に細(ほそ)く消(き)えてゆく。269これはアヅモスが二人(ふたり)の話(はなし)を立(た)ち聞(ぎ)きして居(ゐ)たのである。
270(大正一二・三・三 旧一・一六 於竜宮館 加藤明子録)
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