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霊界物語
真善美愛(第49~60巻)
第55巻(午の巻)
序文
総説歌
第1篇 奇縁万情
第1章 心転
第2章 道謡
第3章 万民
第4章 真異
第5章 飯の灰
第6章 洗濯使
第2篇 縁三寵望
第7章 朝餉
第8章 放棄
第9章 三婚
第10章 鬼涙
第3篇 玉置長蛇
第11章 経愕
第12章 霊婚
第13章 蘇歌
第14章 春陽
第15章 公盗
第16章 幽貝
第4篇 法念舞詩
第17章 万巌
第18章 音頭
第19章 清滝
第20章 万面
第21章 嬉涙
第22章 比丘
余白歌
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真善美愛(第49~60巻)
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第55巻(午の巻)
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(B)
(N)
万面 >>>
第一九章
清滝
(
きよたき
)
〔一四二七〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第55巻 真善美愛 午の巻
篇:
第4篇 法念舞詩
よみ(新仮名遣い):
ほうねんぶし
章:
第19章 清滝
よみ(新仮名遣い):
きよたき
通し章番号:
1427
口述日:
1923(大正12)年03月05日(旧01月18日)
口述場所:
竜宮館
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1925(大正14)年3月30日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
元ビク国右守のベルツとその部下シエールは、反逆の罪で百日の閉門を申し付けられた怨みにより、照国岳の清めの滝に籠り、妖幻坊の魔法を習ってビクトリヤ城を転覆しようと水垢離を取っていた。
二人の前に妖沢坊と名乗る魔神が現れ、百日の間、蟹・イモリ・カエルのみを食して修業をしたら魔法を授けると託宣した。ベルツは三十日ばかりすると、毒に当たったか腹痛を起こして苦しみ出した。
シエールは主人の病気を治そうと滝に打たれていると、十一、二才の少女が現れて滝に飛び込んだ。シエールは、自分の祈りを聞き届けたエンゼルが現れたと勘違いして喜び、ベルツに報告に行った。ベルツも、その姿を見て天津乙女が助けに降ってきたを思い込んだ。
乙女はビクトリヤ王の娘・ダイヤ姫であり、父刹帝利の病気平癒の願掛けに来ていたのであった。そうとも知らず、ベルツとシエールは帰ろうとするダイヤ姫の前に出て、自分たちの大望を遂げさせて欲しいと、野心と計画の内容を話してしまった。
ダイヤ姫はベルツとシエールの企みを聞いて、名乗りを上げて正体を明かし、二人に改心を迫った。ベルツとシエールは、少女が仇と狙うビクトリヤ王の娘であると知って、姫を捕えてしまった。
二人は自分たちの企みや居場所を知ってしまった姫を害そうとしたが、姫の胆力と美貌を認めて、命が惜しければベルツの妻となってビク国簒奪の計画に参加するように口説いた。
ダイヤ姫はこれを拒絶し、ベルツとシエールは剣を引き抜いて姫に切りかかった。姫は剣をかわし、樫の大木を盾にして防いでいる。
そこへほら貝を吹きながら四人の山伏が観音経を称えながら登ってきた。ベルツとシエールは山伏の姿に驚いて、山頂をめがけて逃げて行った。山伏たちは治道、道貫、素道、求道の四人であった。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2024-05-31 20:35:40
OBC :
rm5519
愛善世界社版:
248頁
八幡書店版:
第10輯 123頁
修補版:
校定版:
261頁
普及版:
105頁
初版:
ページ備考:
001
火熱
(
くわねつ
)
烈
(
はげ
)
しき
太陽
(
たいやう
)
は
002
天津
(
あまつ
)
御空
(
みそら
)
に
晃々
(
くわうくわう
)
と
003
照国岳
(
てるくにだけ
)
の
谷間
(
たにあひ
)
に
004
高
(
たか
)
くかかれる
大瀑布
(
だいばくふ
)
005
清
(
きよ
)
めの
滝
(
たき
)
の
片辺
(
かたほとり
)
006
小
(
ちひ
)
さき
庵
(
いほり
)
を
結
(
むす
)
びつつ
007
二人
(
ふたり
)
の
男
(
をとこ
)
が
朝夕
(
あさゆふ
)
に
008
裸
(
はだか
)
となりて
何事
(
なにごと
)
か
009
声
(
こゑ
)
を
限
(
かぎ
)
りに
祈
(
いの
)
り
居
(
ゐ
)
る。
010
此
(
この
)
両人
(
りやうにん
)
はベルツ、
011
シエールの
主従
(
しゆじゆう
)
である。
012
左守
(
さもり
)
の
司
(
かみ
)
並
(
ならび
)
にタルマンの
為
(
ため
)
に
右守
(
うもり
)
の
職
(
しよく
)
を
剥奪
(
はくだつ
)
され、
013
百
(
ひやく
)
日
(
にち
)
の
閉門
(
へいもん
)
を
申付
(
まをしつ
)
けられ、
014
恨
(
うら
)
み
骨髄
(
こつずい
)
に
徹
(
てつ
)
し、
015
妖幻坊
(
えうげんばう
)
の
魔法
(
まはふ
)
を
習
(
なら
)
つて、
016
ビクトリヤ
城
(
じやう
)
を
転覆
(
てんぷく
)
し、
017
再
(
ふたた
)
び
勢力
(
せいりよく
)
を
盛
(
も
)
り
返
(
かへ
)
し、
018
自分
(
じぶん
)
は
刹帝利
(
せつていり
)
となり、
019
シエールを
左守司
(
さもりのかみ
)
に
任
(
にん
)
じ、
020
一国
(
いつこく
)
の
主権
(
しゆけん
)
を
握
(
にぎ
)
らむと、
021
一心
(
いつしん
)
不乱
(
ふらん
)
に
水垢離
(
みづごり
)
をとつてゐたのである。
022
七日目
(
なぬかめ
)
の
夜
(
よる
)
、
023
二人
(
ふたり
)
が
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
水垢離
(
みづごり
)
をとつてゐると、
024
山岳
(
さんがく
)
も
崩
(
くづ
)
るる
許
(
ばか
)
りの
大音響
(
だいおんきやう
)
と
共
(
とも
)
に、
025
白馬
(
はくば
)
に
跨
(
またが
)
り、
026
宙空
(
ちうくう
)
より
蹄
(
ひづめ
)
の
音
(
おと
)
戞々
(
かつかつ
)
と
降
(
くだ
)
つて
来
(
き
)
たのは
緋衣
(
ひごろも
)
を
着
(
き
)
た
坊主姿
(
ばうずすがた
)
なりける。
027
これは
妖幻坊
(
えうげんばう
)
の
兄弟分
(
きやうだいぶん
)
と
聞
(
きこ
)
えたる
妖沢坊
(
えうたくばう
)
といふ
魔神
(
まがみ
)
なり。
028
妖沢坊
(
えうたくばう
)
は
二人
(
ふたり
)
に
向
(
むか
)
ひ、
029
妖沢
(
えうたく
)
『
汝
(
なんぢ
)
はビクの
国
(
くに
)
の
右守司
(
うもりのかみ
)
を
勤
(
つと
)
めたるベルツ
並
(
ならび
)
に
家令
(
かれい
)
のシエールであらう。
030
汝
(
なんぢ
)
の
願
(
ねがひ
)
は
速
(
すみやか
)
に
聞届
(
ききとど
)
け
得
(
え
)
させむ。
031
付
(
つ
)
いては
百
(
ひやく
)
日
(
にち
)
百夜
(
ひやくや
)
の
水行
(
すいぎやう
)
をなし、
032
食物
(
しよくもつ
)
は
此
(
この
)
谷川
(
たにがは
)
に
棲息
(
せいそく
)
する
蟹
(
かに
)
、
033
蠑螈
(
いもり
)
、
034
蛙
(
かはづ
)
を
餌食
(
ゑじき
)
となし、
035
其
(
その
)
他
(
た
)
の
物
(
もの
)
は
一切
(
いつさい
)
食
(
くら
)
ふ
可
(
べ
)
からず。
036
若
(
も
)
し
誤
(
あやま
)
つて
他
(
た
)
の
食
(
しよく
)
を
取
(
と
)
る
時
(
とき
)
は、
037
汝
(
なんぢ
)
の
行
(
ぎやう
)
は
全
(
まつた
)
く
水泡
(
すゐほう
)
に
帰
(
き
)
すべし。
038
又
(
また
)
百
(
ひやく
)
日
(
にち
)
の
修業中
(
しうぎやうちう
)
、
039
人
(
ひと
)
に
発見
(
はつけん
)
されたる
時
(
とき
)
は
折角
(
せつかく
)
の
修業
(
しうぎやう
)
も
無効
(
むかう
)
となるべし、
040
必
(
かなら
)
ず
用心
(
ようじん
)
怠
(
おこた
)
る
勿
(
なか
)
れ。
041
此
(
この
)
荒行
(
あらぎやう
)
が
済
(
す
)
めば、
042
汝
(
なんぢ
)
に
空中
(
くうちう
)
飛行
(
ひかう
)
の
術
(
じゆつ
)
を
授
(
さづ
)
け、
043
且
(
かつ
)
千変
(
せんぺん
)
万化
(
ばんくわ
)
の
化身
(
けしん
)
の
法
(
はふ
)
を
教
(
をし
)
ゆべし、
044
ゆめゆめ
疑
(
うたが
)
ふ
勿
(
なか
)
れ』
045
と
厳
(
おごそ
)
かに
伝
(
つた
)
へ、
046
山岳
(
さんがく
)
を
揺
(
ゆる
)
がし
乍
(
なが
)
ら、
047
再
(
ふたた
)
び
駒
(
こま
)
の
首
(
かしら
)
を
立直
(
たてなほ
)
し、
048
空中
(
くうちう
)
高
(
たか
)
く
姿
(
すがた
)
を
消
(
け
)
した。
049
二人
(
ふたり
)
は
有難涙
(
ありがたなみだ
)
にくれて
妖沢坊
(
えうたくばう
)
の
後姿
(
うしろすがた
)
を
合掌
(
がつしやう
)
し、
050
呪文
(
じゆもん
)
を
唱
(
とな
)
へてゐた。
051
三十
(
さんじふ
)
日
(
にち
)
許
(
ばか
)
り
修業
(
しうぎやう
)
をした
時
(
とき
)
、
052
ベルツは
蛙
(
かはづ
)
、
053
蠑螈
(
いもり
)
の
毒
(
どく
)
が
中
(
あた
)
つたのか、
054
俄
(
にはか
)
に
腹痛
(
ふくつう
)
を
起
(
おこ
)
し、
055
手足
(
てあし
)
を
藻掻
(
もが
)
き、
056
泡
(
あわ
)
を
吹
(
ふ
)
き
出
(
だ
)
しける。
057
シエールは
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に、
058
シエール『ウラル
彦
(
ひこの
)
命
(
みこと
)
妖沢坊
(
えうたくばう
)
様
(
さま
)
、
059
何卒
(
どうぞ
)
主人
(
しゆじん
)
の
病気
(
びやうき
)
をお
癒
(
なほ
)
し
下
(
くだ
)
さいませ』
060
と
滝壺
(
たきつぼ
)
に
打
(
う
)
たれて、
061
又
(
また
)
もや
一心
(
いつしん
)
不乱
(
ふらん
)
に
荒行
(
あらぎやう
)
にかかつてゐる。
062
ベルツは
虚空
(
こくう
)
を
掴
(
つか
)
んで
苦
(
くるし
)
み
悶
(
もだ
)
える。
063
此
(
この
)
体
(
てい
)
を
見
(
み
)
てシエールは
命
(
いのち
)
限
(
かぎ
)
りに
滝壺
(
たきつぼ
)
に
飛
(
と
)
び
込
(
こ
)
み、
064
祈念
(
きねん
)
を
凝
(
こ
)
らしてゐた。
065
そこへ
十一二
(
じふいちに
)
才
(
さい
)
の
美
(
うる
)
はしき
女
(
をんな
)
、
066
木
(
き
)
の
茂
(
しげ
)
みを
分
(
わ
)
けてスタスタと
登
(
のぼ
)
り
来
(
きた
)
り、
067
忽
(
たちま
)
ち
赤裸
(
まつぱだか
)
となつて
滝壺
(
たきつぼ
)
に
飛込
(
とびこ
)
んだ。
068
シエールはエンゼルが
自分
(
じぶん
)
の
祈
(
いの
)
りを
聞
(
き
)
いて、
069
助
(
たす
)
けに
来
(
き
)
て
呉
(
く
)
れたものと
思
(
おも
)
ひ、
070
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
乙女
(
をとめ
)
の
姿
(
すがた
)
を
伏拝
(
ふしをが
)
み、
071
感謝
(
かんしや
)
の
涙
(
なみだ
)
にくれてゐる。
072
乙女
(
をとめ
)
は
二人
(
ふたり
)
の
男
(
をとこ
)
に
目
(
め
)
もかけず、
073
滝壺
(
たきつぼ
)
に
飛込
(
とびこ
)
み
一心
(
いつしん
)
不乱
(
ふらん
)
に、
074
乙女
(
をとめ
)
『
大国常立
(
おほくにとこたち
)
の
大神
(
おほかみ
)
、
075
何卒
(
なにとぞ
)
々々
(
なにとぞ
)
、
076
父
(
ちち
)
の
病気
(
びやうき
)
を
救
(
すく
)
はせ
玉
(
たま
)
へ、
077
仮令
(
たとへ
)
吾
(
わが
)
身
(
み
)
の
命
(
いのち
)
は
取
(
と
)
られませう
共
(
とも
)
、
078
少
(
すこ
)
しも
苦
(
くる
)
しうは
存
(
ぞん
)
じませぬ。
079
今
(
いま
)
父
(
ちち
)
が
亡
(
な
)
くなつては、
080
又
(
また
)
もや
右守司
(
うもりのかみ
)
ベルツ
主従
(
しゆじゆう
)
が、
081
如何
(
いか
)
なる
事
(
こと
)
を
致
(
いた
)
すか
知
(
し
)
れませぬ。
082
ビクの
国
(
くに
)
の
一大事
(
いちだいじ
)
で
厶
(
ござ
)
います』
083
と
神言
(
かみごと
)
を
奏上
(
そうじやう
)
し、
084
祈
(
いの
)
り
始
(
はじ
)
めた。
085
されど
瀑布
(
ばくふ
)
の
轟々
(
がうがう
)
たる
水音
(
みなおと
)
に
遮
(
さへぎ
)
られて、
086
乙女
(
をとめ
)
の
何事
(
なにごと
)
を
願
(
ねが
)
ひ
居
(
ゐ
)
るやは、
087
両人
(
りやうにん
)
の
耳
(
みみ
)
に
入
(
い
)
らなかつた。
088
シエールはベルツの
側
(
そば
)
に
進
(
すす
)
み
寄
(
よ
)
り、
089
頭
(
かしら
)
を
撫
(
な
)
で
乍
(
なが
)
ら、
090
シエール『モシ
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
、
091
御
(
ご
)
安心
(
あんしん
)
なされませ。
092
今
(
いま
)
私
(
わたくし
)
が
妖沢坊
(
えうたくばう
)
をお
願
(
ねが
)
ひ
致
(
いた
)
しましたら、
093
アレあの
通
(
とほ
)
り、
094
天女
(
てんによ
)
が
天降
(
あまくだ
)
られて、
095
貴方
(
あなた
)
の
病気
(
びやうき
)
平癒
(
へいゆ
)
の
為
(
ため
)
に
滝壺
(
たきつぼ
)
にかかつて
祈念
(
きねん
)
をして
下
(
くだ
)
さいます。
096
キツと
御
(
ご
)
病気
(
びやうき
)
の
直
(
なほ
)
る
瑞祥
(
ずゐしやう
)
で
厶
(
ござ
)
いませう。
097
必
(
かなら
)
ず
必
(
かなら
)
ず
御
(
ご
)
心配
(
しんぱい
)
下
(
くだ
)
さいますな。
098
南無
(
なむ
)
妖沢坊
(
えうたくばう
)
大明神
(
だいみやうじん
)
守
(
まも
)
り
玉
(
たま
)
へ
幸
(
さきは
)
へ
玉
(
たま
)
へ』
099
と
涙交
(
なみだまじ
)
りに
願
(
ねが
)
ひゐる。
100
ベルツは
不思議
(
ふしぎ
)
にも
此
(
この
)
言葉
(
ことば
)
を
聞
(
き
)
くより、
101
神経
(
しんけい
)
作用
(
さよう
)
か
知
(
し
)
らね
共
(
ども
)
、
102
俄
(
にはか
)
に
気分
(
きぶん
)
がよくなり、
103
頭
(
かしら
)
をあげて
滝壺
(
たきつぼ
)
を
見
(
み
)
れば、
104
花
(
はな
)
を
欺
(
あざむ
)
く
美
(
うる
)
はしき
乙女
(
をとめ
)
が
滝壺
(
たきつぼ
)
に
打
(
う
)
たれて、
105
白
(
しろ
)
い
体
(
からだ
)
を
曝
(
さら
)
し
乍
(
なが
)
ら、
106
一心
(
いつしん
)
不乱
(
ふらん
)
に
念
(
ねん
)
じて
居
(
ゐ
)
る。
107
ベルツは
吾
(
わが
)
身
(
み
)
の
苦痛
(
くつう
)
も
忘
(
わす
)
れ
立上
(
たちあが
)
り、
108
ベルツ『
掛巻
(
かけまく
)
も
畏
(
かしこ
)
き
天津
(
あまつ
)
御国
(
みくに
)
より
下
(
くだ
)
らせ
玉
(
たま
)
うた
天津
(
あまつ
)
乙女
(
をとめ
)
様
(
さま
)
、
109
何卒
(
なにとぞ
)
々々
(
なにとぞ
)
拙者
(
せつしや
)
の
願望
(
ぐわんまう
)
を
御
(
お
)
聞届
(
ききとど
)
け
下
(
くだ
)
さいますやうに、
110
之
(
これ
)
に
付
(
つ
)
いては
体
(
からだ
)
が
資本
(
しほん
)
で
厶
(
ござ
)
いますから、
111
此
(
この
)
病気
(
びやうき
)
の
一
(
いち
)
時
(
じ
)
も
早
(
はや
)
く
全快
(
ぜんくわい
)
致
(
いた
)
し、
112
百
(
ひやく
)
日
(
にち
)
百夜
(
ひやくや
)
の
修業
(
しうぎやう
)
が
無事
(
ぶじ
)
に
了
(
をは
)
ります
様
(
やう
)
、
113
御
(
お
)
願
(
ねが
)
ひ
申
(
まを
)
します』
114
と
両手
(
りやうて
)
を
合
(
あは
)
せて
頼
(
たの
)
み
入
(
い
)
る。
115
乙女
(
をとめ
)
は
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に、
116
乙女
(
をとめ
)
『
父
(
ちち
)
の
病
(
やまひ
)
を
癒
(
なほ
)
させ
玉
(
たま
)
へ』
117
と
祈願
(
きぐわん
)
するのみであつた。
118
稍
(
やや
)
あつて
乙女
(
をとめ
)
は
滝壺
(
たきつぼ
)
を
上
(
あが
)
り、
119
身体
(
からだ
)
の
水
(
みづ
)
を
拭
(
ふ
)
き
取
(
と
)
り、
120
キチンと
衣服
(
いふく
)
を
着替
(
きか
)
へた。
121
四辺
(
あたり
)
を
見
(
み
)
れば
二人
(
ふたり
)
の
男
(
をとこ
)
が
褌
(
まはし
)
一
(
ひと
)
つになつて、
122
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
滝壺
(
たきつぼ
)
を
拝
(
をが
)
んでゐる。
123
乙女
(
をとめ
)
はスタスタと
帰
(
かへ
)
り
行
(
ゆ
)
かうとするを、
124
二人
(
ふたり
)
は
慌
(
あわ
)
てて
行手
(
ゆくて
)
に
跪
(
ひざま
)
づき、
125
ベルツ『
天津
(
あまつ
)
乙女
(
をとめ
)
様
(
さま
)
、
126
如何
(
いかが
)
で
厶
(
ござ
)
いませうか、
127
妖沢坊
(
えうたくばう
)
様
(
さま
)
の
命令
(
めいれい
)
に
仍
(
よ
)
つて、
128
百
(
ひやく
)
日
(
にち
)
百夜
(
ひやくや
)
の
荒行
(
あらぎやう
)
を
致
(
いた
)
し、
129
大望
(
たいまう
)
を
達
(
たつ
)
せむと
願
(
ねが
)
つて
居
(
を
)
りますが、
130
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
のお
蔭
(
かげ
)
で
成就
(
じやうじゆ
)
するものとは
存
(
ぞん
)
じますが、
131
かやうに
病気
(
びやうき
)
になつては、
132
如何
(
いかん
)
ともする
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
ませぬ。
133
何卒
(
なにとぞ
)
御
(
お
)
指図
(
さしづ
)
をお
願
(
ねが
)
ひ
致
(
いた
)
します』
134
乙女
(
をとめ
)
『
其
(
その
)
方
(
はう
)
の
願望
(
ぐわんまう
)
とは
如何
(
いか
)
なる
事
(
こと
)
か、
135
詳
(
くは
)
しく
陳述
(
ちんじゆつ
)
せよ』
136
ベルツ『ハイ、
137
私
(
わたし
)
はビクの
国
(
くに
)
の
右守司
(
うもりのかみ
)
ベルツと
申
(
まを
)
す
者
(
もの
)
、
138
之
(
これ
)
なる
男
(
をとこ
)
は
家令
(
かれい
)
のシエールと
申
(
まを
)
す
者
(
もの
)
で
厶
(
ござ
)
います。
139
ビクトリヤ
城内
(
じやうない
)
には
悪人
(
あくにん
)
はびこり、
140
左守司
(
さもりのかみ
)
一味
(
いちみ
)
の
者
(
もの
)
、
141
三五教
(
あななひけう
)
の
悪
(
あく
)
宣伝使
(
せんでんし
)
を
城内
(
じやうない
)
に
引
(
ひき
)
ずり
込
(
こ
)
み、
142
拙者
(
せつしや
)
の
軍職
(
ぐんしよく
)
を
解
(
と
)
き、
143
専横
(
せんわう
)
の
限
(
かぎ
)
りを
尽
(
つく
)
し
居
(
を
)
りますれば、
144
国家
(
こくか
)
の
害賊
(
がいぞく
)
を
除
(
のぞ
)
く
為
(
ため
)
に、
145
両人
(
りやうにん
)
が
此処
(
ここ
)
にて
荒行
(
あらげう
)
を
致
(
いた
)
して
居
(
を
)
る
所
(
ところ
)
で
厶
(
ござ
)
います』
146
乙女
(
をとめ
)
『
汝
(
なんぢ
)
の
敵
(
てき
)
と
見
(
み
)
なすは
左守
(
さもり
)
一人
(
ひとり
)
であるか』
147
ベルツ『
左守
(
さもり
)
は
申
(
まを
)
すに
及
(
およ
)
ばず、
148
刹帝利
(
せつていり
)
の
老耄
(
おいぼれ
)
、
149
其
(
その
)
外
(
ほか
)
アール、
150
ハルナ
等
(
など
)
の
悪人
(
あくにん
)
を
征伐
(
せいばつ
)
致
(
いた
)
さねば
到底
(
たうてい
)
天下
(
てんか
)
は
無事
(
ぶじ
)
に
治
(
をさ
)
まりませぬ』
151
乙女
(
をとめ
)
『ホホホホホ、
152
其
(
その
)
方
(
はう
)
が
噂
(
うはさ
)
に
聞
(
き
)
いた
悪虐
(
あくぎやく
)
無道
(
ぶだう
)
のベルツ
主従
(
しゆじゆう
)
であつたか。
153
左様
(
さやう
)
な
悪企
(
わるだく
)
みを
致
(
いた
)
す
共
(
とも
)
、
154
到底
(
たうてい
)
成功
(
せいこう
)
の
望
(
のぞ
)
みはあるまい。
155
どうぢや
今
(
いま
)
の
内
(
うち
)
に
悔
(
く
)
い
改
(
あらた
)
めて
真人間
(
まにんげん
)
になる
気
(
き
)
はないか』
156
ベルツ『ヘー、
157
それは
何
(
なん
)
で
厶
(
ござ
)
います、
158
決
(
けつ
)
して
私欲
(
しよく
)
の
為
(
ため
)
に
致
(
いた
)
すのでは
厶
(
ござ
)
いませぬ。
159
天下
(
てんか
)
公共
(
こうきよう
)
の
為
(
ため
)
に、
160
民
(
たみ
)
の
苦
(
くる
)
しみを
助
(
たす
)
くる
慈愛心
(
じあいしん
)
より、
161
身
(
み
)
を
犠牲
(
ぎせい
)
にして、
162
かかる
荒行
(
あらぎやう
)
を
致
(
いた
)
して
居
(
を
)
るので
厶
(
ござ
)
います』
163
シエール『
天津
(
あまつ
)
乙女
(
をとめ
)
様
(
さま
)
、
164
何卒
(
なにとぞ
)
々々
(
なにとぞ
)
、
165
吾々
(
われわれ
)
の
霊
(
みたま
)
をよくよくお
査
(
しら
)
べ
下
(
くだ
)
さいまして、
166
正邪
(
せいじや
)
の
御
(
ご
)
裁判
(
さいばん
)
を
願
(
ねが
)
ひます』
167
と
悪人
(
あくにん
)
は
自分
(
じぶん
)
のやつた
事
(
こと
)
を
少
(
すこ
)
しも
悪
(
あく
)
と
思
(
おも
)
うて
居
(
ゐ
)
ない。
168
天下
(
てんか
)
国家
(
こくか
)
の
為
(
ため
)
に
最善
(
さいぜん
)
の
努力
(
どりよく
)
を
尽
(
つく
)
してゐると
考
(
かんが
)
へてゐるらしい。
169
乙女
(
をとめ
)
『
妾
(
わらは
)
は
汝
(
なんぢ
)
の
言
(
い
)
ふ
如
(
ごと
)
き
天津
(
あまつ
)
乙女
(
をとめ
)
ではない。
170
ビクの
国
(
くに
)
の
刹帝利
(
せつていり
)
ビクトリヤ
王
(
わう
)
の
娘
(
むすめ
)
ダイヤ
姫
(
ひめ
)
であるぞよ。
171
左様
(
さやう
)
な
悪虐
(
あくぎやく
)
無道
(
ぶだう
)
な
企
(
たく
)
みを
致
(
いた
)
すよりも
惟神
(
かむながら
)
の
本心
(
ほんしん
)
に
立返
(
たちかへ
)
り、
172
忠良
(
ちうりやう
)
なる
臣民
(
しんみん
)
として、
173
国家
(
こくか
)
に
尽
(
つく
)
したら
何
(
ど
)
うだ』
174
ベルツ『ナニ、
175
其
(
その
)
方
(
はう
)
が
敵
(
てき
)
と
付狙
(
つけねら
)
ふビクトリヤ
王
(
わう
)
の
娘
(
むすめ
)
であつたか。
176
エー、
177
天津
(
あまつ
)
乙女
(
をとめ
)
と
見誤
(
みあやま
)
り、
178
尊
(
たふと
)
い
頭
(
あたま
)
をメツタ
矢鱈
(
やたら
)
に
下
(
さ
)
げたのが
残念
(
ざんねん
)
だ。
179
妖沢坊
(
えうたくばう
)
のお
示
(
しめ
)
しには、
180
此
(
この
)
行中
(
ぎやうちう
)
に
人間
(
にんげん
)
に
見付
(
みつ
)
けられては、
181
折角
(
せつかく
)
の
荒行
(
あらぎやう
)
が
水泡
(
すいはう
)
に
帰
(
き
)
するとの
事
(
こと
)
であつた。
182
エー、
183
モウ
破
(
やぶ
)
れかぶれだ。
184
吾
(
わが
)
願望
(
ぐわんまう
)
の
届
(
とど
)
かぬとあれば、
185
仇
(
かたき
)
の
片割
(
かたわ
)
れ、
186
嬲殺
(
なぶりごろし
)
に
致
(
いた
)
して
怨
(
うら
)
みを
晴
(
は
)
らしてくれむ。
187
オイ、
188
シエール、
189
荒縄
(
あらなは
)
を
以
(
もつ
)
て
此
(
この
)
女
(
をんな
)
を
縛
(
しば
)
り
上
(
あ
)
げよ』
190
と
厳
(
きび
)
しく
命
(
めい
)
ずれば、
191
シエールは、
192
シエール
『ハイ
畏
(
かしこ
)
まりました』
193
と
棕櫚縄
(
しゆろなは
)
を
取
(
と
)
つて、
194
後手
(
うしろで
)
に
括
(
くく
)
り、
195
樫
(
かし
)
の
枝
(
えだ
)
に
引
(
ひつ
)
かけて、
196
宙空
(
ちうくう
)
に
吊
(
つ
)
り
上
(
あ
)
げる。
197
乙女
(
をとめ
)
は
腕
(
うで
)
もむしれむ
許
(
ばか
)
りの
痛
(
いた
)
さを、
198
歯
(
は
)
をくひしばり
目
(
め
)
を
塞
(
ふさ
)
いで
一言
(
ひとこと
)
も
発
(
はつ
)
せず、
199
堪
(
こら
)
えて
居
(
ゐ
)
る。
200
ベルツは
之
(
これ
)
を
眺
(
なが
)
めて
心地
(
ここち
)
よげに
打笑
(
うちわら
)
ひ、
201
ベルツ『アハハハハ、
202
小
(
こ
)
ちつぺ
奴
(
め
)
が、
203
こんな
所
(
ところ
)
へ
俺
(
おれ
)
等
(
ら
)
の
行方
(
ゆくへ
)
を
嗅付
(
かぎつ
)
けてやつて
来
(
き
)
やがつたのだな、
204
此奴
(
こいつ
)
ア
大変
(
たいへん
)
だ。
205
此奴
(
こいつ
)
を
帰
(
い
)
なせば、
206
キツと
後
(
あと
)
から
左守
(
さもり
)
のハルナ
奴
(
め
)
、
207
軍隊
(
ぐんたい
)
を
率
(
ひき
)
ゐて
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
を
召捕
(
めしとり
)
に
来
(
く
)
る
算段
(
さんだん
)
であらう。
208
王女
(
わうぢよ
)
の
身
(
み
)
として、
209
かやうな
所
(
ところ
)
へ
出
(
で
)
て
来
(
く
)
るとは
大胆
(
だいたん
)
至極
(
しごく
)
、
210
之
(
これ
)
には
何
(
なに
)
か
仔細
(
しさい
)
があるであらう。
211
一度
(
いちど
)
吊
(
つ
)
り
下
(
おろ
)
し、
212
拷問
(
がうもん
)
にかけて
云
(
い
)
はしてみよう、
213
サア
下
(
おろ
)
せ』
214
と
厳命
(
げんめい
)
すれば、
215
シエールは
又
(
また
)
もや
綱
(
つな
)
を
緩
(
ゆる
)
めて
地上
(
ちじやう
)
に
下
(
おろ
)
した。
216
ダイヤは
既
(
すで
)
に
目
(
め
)
を
眩
(
ま
)
かし
歯
(
は
)
をくひしばつてゐる。
217
シエール『ヤア、
218
チヨロ
臭
(
くさ
)
い、
219
モウ
うたひ
あがつたとみえる。
220
モシ
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
、
221
此奴
(
こいつ
)
ア
駄目
(
だめ
)
ですよ、
222
物
(
もの
)
を
言
(
い
)
ひませぬがなー』
223
ベルツ『ナアニ、
224
今
(
いま
)
目
(
め
)
を
眩
(
ま
)
かした
所
(
ところ
)
だから、
225
滝壺
(
たきつぼ
)
へ
一遍
(
いつぺん
)
つつ
込
(
こ
)
め。
226
蛇
(
へび
)
の
叩
(
たた
)
き
殺
(
ころ
)
した
奴
(
やつ
)
でさへも、
227
水
(
みづ
)
へ
漬
(
つ
)
ければすぐに
蘇生
(
いきかへ
)
るものだ。
228
サ、
229
早
(
はや
)
く
放
(
ほ
)
り
込
(
こ
)
んでみよ』
230
『ハイ』と
答
(
こた
)
へてシエールはダイヤ
姫
(
ひめ
)
の
身体
(
からだ
)
を
引抱
(
ひつかか
)
へ、
231
綱
(
つな
)
を
解
(
ほど
)
いて、
232
滝壺
(
たきつぼ
)
へザンブと
許
(
ばか
)
り
投込
(
なげこ
)
んだ。
233
ダイヤはハツと
気
(
き
)
がつき、
234
滝壺
(
たきつぼ
)
を
這
(
は
)
ひ
上
(
あが
)
り、
235
其処辺
(
そこら
)
をキヨロキヨロ
見廻
(
みまは
)
し、
236
赤裸
(
まつぱだか
)
のまま
逃
(
に
)
げむとするを、
237
シエールはグツと
細腕
(
ほそうで
)
を
握
(
にぎ
)
り、
238
以前
(
いぜん
)
の
樫
(
かし
)
の
根本
(
ねもと
)
に
引摺
(
ひきず
)
り
来
(
きた
)
り、
239
シエール『コリヤ、
240
ダイヤ
姫
(
ひめ
)
、
241
幼
(
をさな
)
き
女
(
をんな
)
の
分際
(
ぶんざい
)
として、
242
斯様
(
かやう
)
な
所
(
ところ
)
へ
只
(
ただ
)
一人
(
ひとり
)
修業
(
しうぎやう
)
に
来
(
く
)
るとは
大胆
(
だいたん
)
至極
(
しごく
)
、
243
之
(
これ
)
には
何
(
なに
)
か
仔細
(
しさい
)
があるであらう。
244
吾々
(
われわれ
)
両人
(
りやうにん
)
が
照国山
(
てるくにやま
)
に、
245
王家
(
わうけ
)
転覆
(
てんぷく
)
の
祈願
(
きぐわん
)
を
凝
(
こ
)
らし
居
(
ゐ
)
る
事
(
こと
)
を
嗅
(
か
)
ぎつけ、
246
やつてうせたのであらう。
247
サ、
248
逐一
(
ちくいち
)
白状
(
はくじやう
)
致
(
いた
)
せ。
249
包
(
つつ
)
み
隠
(
かく
)
すに
於
(
おい
)
ては、
250
其
(
その
)
方
(
はう
)
を
水責
(
みづぜめ
)
、
251
火責
(
ひぜめ
)
、
252
剣責
(
つるぎぜめ
)
に
致
(
いた
)
すが、
253
それでも
可
(
い
)
いか』
254
ダイヤ『
無礼
(
ぶれい
)
千万
(
せんばん
)
な、
255
主人
(
しゆじん
)
の
娘
(
むすめ
)
を
捉
(
とら
)
へて
左様
(
さやう
)
な
脅迫
(
けふはく
)
を
致
(
いた
)
すといふ
事
(
こと
)
があるか。
256
チツと
天地
(
てんち
)
の
道理
(
だうり
)
を
考
(
かんが
)
へて
見
(
み
)
よ』
257
ベルツ『エー、
258
喧
(
やかま
)
しい、
259
天地
(
てんち
)
の
道理
(
だうり
)
を
考
(
かんが
)
へるやうな
者
(
もの
)
が、
260
ビクトリヤ
城
(
じやう
)
転覆
(
てんぷく
)
の
修業
(
しうぎやう
)
を
致
(
いた
)
すものかい。
261
サ、
262
早
(
はや
)
く
事実
(
じじつ
)
を
白状
(
はくじやう
)
致
(
いた
)
せ。
263
何
(
なに
)
を
願
(
ねが
)
ひに
来
(
き
)
たのだ。
264
其
(
その
)
願
(
ねがひ
)
の
筋
(
すぢ
)
から
第一
(
だいいち
)
に
聞
(
き
)
いてやらう』
265
ダイヤ『
此
(
この
)
照国山
(
てるくにやま
)
は
妾
(
わらは
)
兄妹
(
きやうだい
)
六
(
ろく
)
人
(
にん
)
が
永
(
なが
)
らく
住居
(
ぢうきよ
)
してゐた
馴染
(
なじみ
)
のある
所
(
ところ
)
だ。
266
父
(
ちち
)
の
御
(
ご
)
病気
(
びやうき
)
を
平癒
(
へいゆ
)
させむが
為
(
ため
)
に、
267
清
(
きよ
)
めの
滝
(
たき
)
へ
水垢離
(
みづごり
)
をとりに
来
(
き
)
たのだよ。
268
臣下
(
しんか
)
の
身分
(
みぶん
)
として
主人
(
しゆじん
)
のする
事
(
こと
)
をゴテゴテいふ
権利
(
けんり
)
があるか、
269
控
(
ひか
)
えて
居
(
を
)
れ。
270
年
(
とし
)
は
若
(
わか
)
く
共
(
とも
)
、
271
ビクの
国
(
くに
)
刹帝利
(
せつていり
)
の
娘
(
むすめ
)
だ。
272
エエ
汚
(
けが
)
らはしい、
273
一時
(
いつとき
)
も
早
(
はや
)
くどつかへ
姿
(
すがた
)
を
隠
(
かく
)
せ。
274
執拗
(
しつこう
)
帰
(
かへ
)
らぬに
於
(
おい
)
ては
線香
(
せんかう
)
を
立
(
た
)
てて
燻
(
くす
)
べてやらうか』
275
シエール『
丸切
(
まるき
)
り
青大将
(
あをだいしやう
)
が
座敷
(
ざしき
)
へ
這上
(
はひあが
)
つた
時
(
とき
)
のやうに
言
(
い
)
つてゐやがる。
276
こんな
女
(
あま
)
つちよに
脅迫
(
けうはく
)
されて、
277
此
(
この
)
荒男
(
あらをとこ
)
の
顔
(
かほ
)
が
立
(
た
)
つものか、
278
地異
(
ちい
)
天変
(
てんぺん
)
もここ
迄
(
まで
)
行
(
ゆ
)
けば
極端
(
きよくたん
)
だ。
279
地震
(
ぢしん
)
ゴロゴロ
雷
(
かみなり
)
ビリビリとやつて
来
(
き
)
たやうだ。
280
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
らどう
考
(
かんが
)
へても、
281
こんな
美
(
うつく
)
しい
女
(
をんな
)
をムザムザ
殺
(
ころ
)
すのは
勿体
(
もつたい
)
ない
様
(
やう
)
だ。
282
オイ、
283
ダイヤさま、
284
物
(
もの
)
も
一
(
ひと
)
つ
相談
(
さうだん
)
だが、
285
何程
(
なにほど
)
お
前
(
まへ
)
が
王女
(
わうぢよ
)
だといつても、
286
位
(
くらゐ
)
の
高
(
たか
)
いのは
実地
(
じつち
)
の
時
(
とき
)
の
間
(
ま
)
に
合
(
あ
)
ふものでない。
287
荒男
(
あらをとこ
)
二人
(
ふたり
)
と
格闘
(
かくとう
)
すれば、
288
到底
(
たうてい
)
お
前
(
まへ
)
は
殺
(
ころ
)
されねばなるまい。
289
蛇
(
へび
)
と
蛙
(
かはづ
)
のやうなものだから、
290
茲
(
ここ
)
は
一
(
ひと
)
つ
思案
(
しあん
)
をし
直
(
なほ
)
して、
291
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
の
奥方
(
おくがた
)
となり、
292
ビクの
国
(
くに
)
の
女王
(
ぢよわう
)
となつて
暮
(
くら
)
す
考
(
かんが
)
へはないか』
293
ダイヤ『
悪逆
(
あくぎやく
)
無道
(
ぶだう
)
の
謀叛人
(
むほんにん
)
奴
(
め
)
、
294
エエ
汚
(
けが
)
らはしい、
295
下
(
さが
)
りおらう』
296
ベルツ『
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても
美
(
うつく
)
しい
者
(
もの
)
だ。
297
そしてこれ
丈
(
だけ
)
の
胆力
(
たんりよく
)
があれば、
298
此
(
この
)
女
(
をんな
)
を
女房
(
にようばう
)
にすればどんな
事
(
こと
)
でも
出来
(
でき
)
るだらう。
299
イヤ、
300
ダイヤ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
、
301
茲
(
ここ
)
は
一
(
ひと
)
つお
考
(
かんが
)
へ
直
(
なほ
)
しを
願
(
ねが
)
ひます。
302
左守
(
さもり
)
といふ
奴
(
やつ
)
は
表面
(
へうめん
)
忠義
(
ちうぎ
)
らしく
見
(
み
)
せて
居
(
を
)
りますが、
303
彼
(
あれ
)
こそ
心中
(
しんちう
)
深
(
ふか
)
く
野心
(
やしん
)
を
包蔵
(
はうざう
)
する
曲者
(
くせもの
)
で
厶
(
ござ
)
いますぞ。
304
刹帝利
(
せつていり
)
様
(
さま
)
は
左守
(
さもり
)
に
誤
(
あやま
)
られ、
305
ビクの
国家
(
こくか
)
を
棒
(
ぼう
)
に
振
(
ふ
)
らうとして
厶
(
ござ
)
る。
306
危険
(
きけん
)
至極
(
しごく
)
な
今日
(
こんにち
)
の
場合
(
ばあひ
)
。
307
真
(
しん
)
の
忠臣
(
ちうしん
)
が
現
(
あら
)
はれて
支
(
ささ
)
へなくては、
308
万代
(
ばんだい
)
不易
(
ふえき
)
の
王家
(
わうけ
)
は
続
(
つづ
)
きますまい……
大忠
(
たいちう
)
は
不忠
(
ふちう
)
に
似
(
に
)
たり、
309
大孝
(
たいかう
)
は
不孝
(
ふかう
)
に
似
(
に
)
たり、
310
大信
(
たいしん
)
は
偽
(
いつは
)
りに
似
(
に
)
たり、
311
大善
(
だいぜん
)
は
大悪
(
だいあく
)
に
似
(
に
)
たり……といふ
事
(
こと
)
がありませう。
312
表面
(
へうめん
)
大悪人
(
だいあくにん
)
と
見做
(
みな
)
されたる
此
(
この
)
ベルツ
位
(
ぐらゐ
)
、
313
王家
(
わうけ
)
や
国家
(
こくか
)
を
憂
(
うれ
)
ひて
居
(
ゐ
)
る
者
(
もの
)
は
厶
(
ござ
)
いませぬぞ。
314
チツと
冷静
(
れいせい
)
に
胸
(
むね
)
に
手
(
て
)
を
当
(
あ
)
てて、
315
王家
(
わうけ
)
と
国家
(
こくか
)
の
為
(
ため
)
にお
考
(
かんが
)
へを
願
(
ねが
)
ひ
度
(
た
)
いものです。
316
よく
考
(
かんが
)
へて
御覧
(
ごらん
)
なさい。
317
貴女
(
あなた
)
の
父上
(
ちちうへ
)
は
左右
(
さいう
)
の
奸臣
(
かんしん
)
に
誤
(
あやま
)
られ、
318
大切
(
たいせつ
)
な
五
(
ご
)
人
(
にん
)
の
王子
(
わうじ
)
迄
(
まで
)
悉皆
(
しつかい
)
殺
(
ころ
)
さうとなさつたぢやありませぬか。
319
何処
(
どこ
)
の
国
(
くに
)
に
親
(
おや
)
が
子
(
こ
)
を
愛
(
あい
)
せない
者
(
もの
)
がありませう。
320
何
(
なに
)
が
宝
(
たから
)
だと
云
(
い
)
つても、
321
吾
(
わが
)
子
(
こ
)
位
(
ぐらゐ
)
宝
(
たから
)
はない。
322
其
(
その
)
宝
(
たから
)
を
殺
(
ころ
)
さうとなさるのだから、
323
決
(
けつ
)
して
之
(
これ
)
はお
父上
(
ちちうへ
)
の
心
(
こころ
)
から
出
(
で
)
たのでは
厶
(
ござ
)
いませぬ、
324
皆
(
みな
)
左守
(
さもり
)
やタルマンの
入
(
い
)
れ
知恵
(
ぢゑ
)
で
厶
(
ござ
)
りまするぞ。
325
かやうな
悪人
(
あくにん
)
を
重用
(
ぢうよう
)
するは
実
(
じつ
)
に
危険
(
きけん
)
千万
(
せんばん
)
で
厶
(
ござ
)
りまする。
326
貴方
(
あなた
)
はお
若
(
わか
)
いので、
327
城内
(
じやうない
)
の
様子
(
やうす
)
を
御存
(
ごぞん
)
じ
厶
(
ござ
)
いますまいが、
328
それはそれはタルマン、
329
キユービツトの
両人
(
りやうにん
)
は
天地
(
てんち
)
容
(
い
)
れざる
大悪人
(
だいあくにん
)
で
厶
(
ござ
)
いますよ。
330
何卒
(
どうか
)
此
(
この
)
急場
(
きふば
)
を
救
(
すく
)
ふ
為
(
ため
)
に、
331
幸
(
さいはひ
)
貴方
(
あなた
)
は
王家
(
わうけ
)
のお
血筋
(
ちすぢ
)
、
332
此
(
この
)
右守
(
うもり
)
と
夫婦
(
ふうふ
)
になり、
333
国家
(
こくか
)
の
大難
(
だいなん
)
を
未然
(
みぜん
)
に
防
(
ふせ
)
ぐお
考
(
かんが
)
へはありませぬか』
334
ダイヤ『エエつべこべと、
335
汝
(
なんぢ
)
の
邪智
(
じやち
)
侫弁
(
ねいべん
)
聞
(
き
)
く
耳
(
みみ
)
は
持
(
も
)
たぬ、
336
汚
(
けが
)
らはしい。
337
王家
(
わうけ
)
がどうならうが、
338
国家
(
こくか
)
が
何
(
ど
)
うならうが、
339
構
(
かま
)
つてくれな。
340
何事
(
なにごと
)
も
天
(
てん
)
の
時節
(
じせつ
)
だ。
341
汝
(
なんぢ
)
等
(
ら
)
如
(
ごと
)
き
有苗輩
(
いうぺうはい
)
の
関知
(
くわんち
)
する
所
(
ところ
)
でない。
342
大
(
おほ
)
きにお
世話
(
せわ
)
だ、
343
さがり
居
(
を
)
らう』
344
と
厳然
(
げんぜん
)
として
言
(
い
)
ひ
放
(
はな
)
つた。
345
ベルツ、
346
シエールは、
347
ベルツ、シエール
『
最早
(
もはや
)
駄目
(
だめ
)
だ、
348
両人
(
りやうにん
)
左右
(
さいう
)
より
寄
(
よ
)
つてかかつて、
349
可哀相
(
かあいさう
)
乍
(
なが
)
ら、
350
殺害
(
さつがい
)
しくれむ』
351
と
大剣
(
たいけん
)
を
引抜
(
ひきぬ
)
き、
352
左右
(
さいう
)
より
切
(
き
)
つてかかるを、
353
ダイヤは
身
(
み
)
をかはし、
354
飛鳥
(
ひてう
)
の
如
(
ごと
)
く
刃
(
やいば
)
を
潜
(
くぐ
)
り、
355
樫
(
かし
)
の
大木
(
たいぼく
)
を
木楯
(
こだて
)
に
取
(
と
)
つて
防
(
ふせ
)
ぎ
戦
(
たたか
)
ひゐる。
356
斯
(
か
)
かる
所
(
ところ
)
へブウブウブウと
法螺貝
(
ほらがひ
)
を
吹
(
ふ
)
き
乍
(
なが
)
ら、
357
四
(
よ
)
人
(
にん
)
の
山伏
(
やまぶし
)
、
358
四人の山伏
『
衆
(
しう
)
生
(
じやう
)
被
(
ひ
)
困
(
こん
)
厄
(
やく
)
、
359
無
(
む
)
量
(
りやう
)
苦
(
く
)
逼
(
ひつ
)
身
(
しん
)
、
360
観
(
くわん
)
音
(
のん
)
妙
(
めう
)
智
(
ち
)
力
(
りき
)
、
361
能
(
のう
)
救
(
ぐ
)
世
(
せ
)
間
(
けん
)
苦
(
く
)
、
362
具
(
ぐ
)
足
(
そく
)
神
(
じん
)
通
(
つう
)
力
(
りき
)
、
363
広
(
くわう
)
修
(
しゆう
)
智
(
ち
)
方
(
はう
)
便
(
べん
)
、
364
十
(
じつ
)
方
(
ぱう
)
諸
(
しよ
)
国
(
こく
)
土
(
ど
)
、
365
無
(
む
)
刹
(
せつ
)
不
(
ぶ
)
現
(
げん
)
身
(
しん
)
、
366
種
(
しゆ
)
々
(
じゆ
)
諸
(
しよ
)
悪
(
あく
)
趣
(
しゆ
)
、
367
地
(
ぢ
)
獄
(
ごく
)
鬼
(
き
)
畜
(
ちく
)
生
(
しやう
)
、
368
生
(
せい
)
老
(
らう
)
病
(
びやう
)
死
(
し
)
苦
(
く
)
、
369
以
(
い
)
漸
(
ぜん
)
悉
(
しつ
)
令
(
りやう
)
滅
(
めつ
)
』
370
と
観音経
(
くわんのんきやう
)
を
唱
(
とな
)
へ
乍
(
なが
)
ら
登
(
のぼ
)
つて
来
(
く
)
る。
371
ベルツ、
372
シエールの
両人
(
りやうにん
)
は
四
(
よ
)
人
(
にん
)
の
姿
(
すがた
)
に
驚
(
おどろ
)
いて、
373
ダイヤを
捨
(
す
)
て、
374
着物
(
きもの
)
をかかへ、
375
山上
(
さんじやう
)
目
(
め
)
がけて、
376
荊棘
(
けいきよく
)
茂
(
しげ
)
る
中
(
なか
)
を
雲
(
くも
)
を
霞
(
かすみ
)
と
逃
(
に
)
げて
行
(
ゆ
)
く。
377
此
(
この
)
山伏
(
やまぶし
)
は
治道
(
ちだう
)
、
378
道貫
(
だうくわん
)
、
379
素道
(
そだう
)
、
380
求道
(
きうだう
)
、
381
四
(
よ
)
人
(
にん
)
の
修験者
(
しうげんじや
)
なりけり。
382
(
大正一二・三・五
旧一・一八
於竜宮館
松村真澄
録)
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