霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一九章 清滝(きよたき)〔一四二七〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第55巻 真善美愛 午の巻 篇:第4篇 法念舞詩 よみ(新仮名遣い):ほうねんぶし
章:第19章 清滝 よみ(新仮名遣い):きよたき 通し章番号:1427
口述日:1923(大正12)年03月05日(旧01月18日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
元ビク国右守のベルツとその部下シエールは、反逆の罪で百日の閉門を申し付けられた怨みにより、照国岳の清めの滝に籠り、妖幻坊の魔法を習ってビクトリヤ城を転覆しようと水垢離を取っていた。
二人の前に妖沢坊と名乗る魔神が現れ、百日の間、蟹・イモリ・カエルのみを食して修業をしたら魔法を授けると託宣した。ベルツは三十日ばかりすると、毒に当たったか腹痛を起こして苦しみ出した。
シエールは主人の病気を治そうと滝に打たれていると、十一、二才の少女が現れて滝に飛び込んだ。シエールは、自分の祈りを聞き届けたエンゼルが現れたと勘違いして喜び、ベルツに報告に行った。ベルツも、その姿を見て天津乙女が助けに降ってきたを思い込んだ。
乙女はビクトリヤ王の娘・ダイヤ姫であり、父刹帝利の病気平癒の願掛けに来ていたのであった。そうとも知らず、ベルツとシエールは帰ろうとするダイヤ姫の前に出て、自分たちの大望を遂げさせて欲しいと、野心と計画の内容を話してしまった。
ダイヤ姫はベルツとシエールの企みを聞いて、名乗りを上げて正体を明かし、二人に改心を迫った。ベルツとシエールは、少女が仇と狙うビクトリヤ王の娘であると知って、姫を捕えてしまった。
二人は自分たちの企みや居場所を知ってしまった姫を害そうとしたが、姫の胆力と美貌を認めて、命が惜しければベルツの妻となってビク国簒奪の計画に参加するように口説いた。
ダイヤ姫はこれを拒絶し、ベルツとシエールは剣を引き抜いて姫に切りかかった。姫は剣をかわし、樫の大木を盾にして防いでいる。
そこへほら貝を吹きながら四人の山伏が観音経を称えながら登ってきた。ベルツとシエールは山伏の姿に驚いて、山頂をめがけて逃げて行った。山伏たちは治道、道貫、素道、求道の四人であった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-05-31 20:35:40 文字数:4872 OBC :rm5519
愛善世界社版:248頁 八幡書店版:第10輯 123頁 修補版: 校定版:261頁 普及版:105頁 初版: ページ備考:
001火熱(くわねつ)烈(はげ)しき太陽(たいやう)は
002天津(あまつ)御空(みそら)に晃々(くわうくわう)と
003照国岳(てるくにだけ)の谷間(たにあひ)に
004高(たか)くかかれる大瀑布(だいばくふ)
005清(きよ)めの滝(たき)の片辺(かたほとり)
006小(ちひ)さき庵(いほり)を結(むす)びつつ
007二人(ふたり)の男(をとこ)が朝夕(あさゆふ)に
008裸(はだか)となりて何事(なにごと)か
009声(こゑ)を限(かぎ)りに祈(いの)り居(ゐ)る。
010 此(この)両人(りやうにん)はベルツ、011シエールの主従(しゆじゆう)である。012左守(さもり)の司(かみ)並(ならび)にタルマンの為(ため)に右守(うもり)の職(しよく)を剥奪(はくだつ)され、013百(ひやく)日(にち)の閉門(へいもん)を申付(まをしつ)けられ、014恨(うら)み骨髄(こつずい)に徹(てつ)し、015妖幻坊(えうげんばう)の魔法(まはふ)を習(なら)つて、016ビクトリヤ城(じやう)を転覆(てんぷく)し、017再(ふたた)び勢力(せいりよく)を盛(も)り返(かへ)し、018自分(じぶん)は刹帝利(せつていり)となり、019シエールを左守司(さもりのかみ)に任(にん)じ、020一国(いつこく)の主権(しゆけん)を握(にぎ)らむと、021一心(いつしん)不乱(ふらん)に水垢離(みづごり)をとつてゐたのである。022七日目(なぬかめ)の夜(よる)、023二人(ふたり)が一生(いつしやう)懸命(けんめい)に水垢離(みづごり)をとつてゐると、024山岳(さんがく)も崩(くづ)るる許(ばか)りの大音響(だいおんきやう)と共(とも)に、025白馬(はくば)に跨(またが)り、026宙空(ちうくう)より蹄(ひづめ)の音(おと)戞々(かつかつ)と降(くだ)つて来(き)たのは緋衣(ひごろも)を着(き)た坊主姿(ばうずすがた)なりける。027これは妖幻坊(えうげんばう)の兄弟分(きやうだいぶん)と聞(きこ)えたる妖沢坊(えうたくばう)といふ魔神(まがみ)なり。028妖沢坊(えうたくばう)は二人(ふたり)に向(むか)ひ、
029妖沢(えうたく)『汝(なんぢ)はビクの国(くに)の右守司(うもりのかみ)を勤(つと)めたるベルツ並(ならび)に家令(かれい)のシエールであらう。030汝(なんぢ)の願(ねがひ)は速(すみやか)に聞届(ききとど)け得(え)させむ。031付(つ)いては百(ひやく)日(にち)百夜(ひやくや)の水行(すいぎやう)をなし、032食物(しよくもつ)は此(この)谷川(たにがは)に棲息(せいそく)する蟹(かに)、033蠑螈(いもり)、034蛙(かはづ)を餌食(ゑじき)となし、035其(その)他(た)の物(もの)は一切(いつさい)食(くら)ふ可(べ)からず。036若(も)し誤(あやま)つて他(た)の食(しよく)を取(と)る時(とき)は、037汝(なんぢ)の行(ぎやう)は全(まつた)く水泡(すゐほう)に帰(き)すべし。038又(また)百(ひやく)日(にち)の修業中(しうぎやうちう)、039人(ひと)に発見(はつけん)されたる時(とき)は折角(せつかく)の修業(しうぎやう)も無効(むかう)となるべし、040必(かなら)ず用心(ようじん)怠(おこた)る勿(なか)れ。041此(この)荒行(あらぎやう)が済(す)めば、042汝(なんぢ)に空中(くうちう)飛行(ひかう)の術(じゆつ)を授(さづ)け、043且(かつ)千変(せんぺん)万化(ばんくわ)の化身(けしん)の法(はふ)を教(をし)ゆべし、044ゆめゆめ疑(うたが)ふ勿(なか)れ』
045と厳(おごそ)かに伝(つた)へ、046山岳(さんがく)を揺(ゆる)がし乍(なが)ら、047再(ふたた)び駒(こま)の首(かしら)を立直(たてなほ)し、048空中(くうちう)高(たか)く姿(すがた)を消(け)した。049二人(ふたり)は有難涙(ありがたなみだ)にくれて妖沢坊(えうたくばう)の後姿(うしろすがた)を合掌(がつしやう)し、050呪文(じゆもん)を唱(とな)へてゐた。051三十(さんじふ)日(にち)許(ばか)り修業(しうぎやう)をした時(とき)、052ベルツは蛙(かはづ)、053蠑螈(いもり)の毒(どく)が中(あた)つたのか、054俄(にはか)に腹痛(ふくつう)を起(おこ)し、055手足(てあし)を藻掻(もが)き、056泡(あわ)を吹(ふ)き出(だ)しける。057シエールは一生(いつしやう)懸命(けんめい)に、
058シエール『ウラル彦(ひこの)命(みこと)妖沢坊(えうたくばう)様(さま)、059何卒(どうぞ)主人(しゆじん)の病気(びやうき)をお癒(なほ)し下(くだ)さいませ』
060と滝壺(たきつぼ)に打(う)たれて、061又(また)もや一心(いつしん)不乱(ふらん)に荒行(あらぎやう)にかかつてゐる。062ベルツは虚空(こくう)を掴(つか)んで苦(くるし)み悶(もだ)える。063此(この)体(てい)を見(み)てシエールは命(いのち)限(かぎ)りに滝壺(たきつぼ)に飛(と)び込(こ)み、064祈念(きねん)を凝(こ)らしてゐた。065そこへ十一二(じふいちに)才(さい)の美(うる)はしき女(をんな)、066木(き)の茂(しげ)みを分(わ)けてスタスタと登(のぼ)り来(きた)り、067忽(たちま)ち赤裸(まつぱだか)となつて滝壺(たきつぼ)に飛込(とびこ)んだ。068シエールはエンゼルが自分(じぶん)の祈(いの)りを聞(き)いて、069助(たす)けに来(き)て呉(く)れたものと思(おも)ひ、070一生(いつしやう)懸命(けんめい)に乙女(をとめ)の姿(すがた)を伏拝(ふしをが)み、071感謝(かんしや)の涙(なみだ)にくれてゐる。072乙女(をとめ)は二人(ふたり)の男(をとこ)に目(め)もかけず、073滝壺(たきつぼ)に飛込(とびこ)み一心(いつしん)不乱(ふらん)に、
074乙女(をとめ)『大国常立(おほくにとこたち)の大神(おほかみ)、075何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)、076父(ちち)の病気(びやうき)を救(すく)はせ玉(たま)へ、077仮令(たとへ)吾(わが)身(み)の命(いのち)は取(と)られませう共(とも)、078少(すこ)しも苦(くる)しうは存(ぞん)じませぬ。079今(いま)父(ちち)が亡(な)くなつては、080又(また)もや右守司(うもりのかみ)ベルツ主従(しゆじゆう)が、081如何(いか)なる事(こと)を致(いた)すか知(し)れませぬ。082ビクの国(くに)の一大事(いちだいじ)で厶(ござ)います』
083と神言(かみごと)を奏上(そうじやう)し、084祈(いの)り始(はじ)めた。085されど瀑布(ばくふ)の轟々(がうがう)たる水音(みなおと)に遮(さへぎ)られて、086乙女(をとめ)の何事(なにごと)を願(ねが)ひ居(ゐ)るやは、087両人(りやうにん)の耳(みみ)に入(い)らなかつた。088シエールはベルツの側(そば)に進(すす)み寄(よ)り、089頭(かしら)を撫(な)で乍(なが)ら、
090シエール『モシ旦那(だんな)様(さま)、091御(ご)安心(あんしん)なされませ。092今(いま)私(わたくし)が妖沢坊(えうたくばう)をお願(ねが)ひ致(いた)しましたら、093アレあの通(とほ)り、094天女(てんによ)が天降(あまくだ)られて、095貴方(あなた)の病気(びやうき)平癒(へいゆ)の為(ため)に滝壺(たきつぼ)にかかつて祈念(きねん)をして下(くだ)さいます。096キツと御(ご)病気(びやうき)の直(なほ)る瑞祥(ずゐしやう)で厶(ござ)いませう。097必(かなら)ず必(かなら)ず御(ご)心配(しんぱい)下(くだ)さいますな。098南無(なむ)妖沢坊(えうたくばう)大明神(だいみやうじん)守(まも)り玉(たま)へ幸(さきは)へ玉(たま)へ』
099と涙交(なみだまじ)りに願(ねが)ひゐる。100ベルツは不思議(ふしぎ)にも此(この)言葉(ことば)を聞(き)くより、101神経(しんけい)作用(さよう)か知(し)らね共(ども)、102俄(にはか)に気分(きぶん)がよくなり、103頭(かしら)をあげて滝壺(たきつぼ)を見(み)れば、104花(はな)を欺(あざむ)く美(うる)はしき乙女(をとめ)が滝壺(たきつぼ)に打(う)たれて、105白(しろ)い体(からだ)を曝(さら)し乍(なが)ら、106一心(いつしん)不乱(ふらん)に念(ねん)じて居(ゐ)る。107ベルツは吾(わが)身(み)の苦痛(くつう)も忘(わす)れ立上(たちあが)り、
108ベルツ『掛巻(かけまく)も畏(かしこ)き天津(あまつ)御国(みくに)より下(くだ)らせ玉(たま)うた天津(あまつ)乙女(をとめ)様(さま)、109何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)拙者(せつしや)の願望(ぐわんまう)を御(お)聞届(ききとど)け下(くだ)さいますやうに、110之(これ)に付(つ)いては体(からだ)が資本(しほん)で厶(ござ)いますから、111此(この)病気(びやうき)の一(いち)時(じ)も早(はや)く全快(ぜんくわい)致(いた)し、112百(ひやく)日(にち)百夜(ひやくや)の修業(しうぎやう)が無事(ぶじ)に了(をは)ります様(やう)、113御(お)願(ねが)ひ申(まを)します』
114と両手(りやうて)を合(あは)せて頼(たの)み入(い)る。115乙女(をとめ)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に、
116乙女(をとめ)『父(ちち)の病(やまひ)を癒(なほ)させ玉(たま)へ』
117と祈願(きぐわん)するのみであつた。118稍(やや)あつて乙女(をとめ)は滝壺(たきつぼ)を上(あが)り、119身体(からだ)の水(みづ)を拭(ふ)き取(と)り、120キチンと衣服(いふく)を着替(きか)へた。121四辺(あたり)を見(み)れば二人(ふたり)の男(をとこ)が褌(まはし)一(ひと)つになつて、122一生(いつしやう)懸命(けんめい)に滝壺(たきつぼ)を拝(をが)んでゐる。123乙女(をとめ)はスタスタと帰(かへ)り行(ゆ)かうとするを、124二人(ふたり)は慌(あわ)てて行手(ゆくて)に跪(ひざま)づき、
125ベルツ『天津(あまつ)乙女(をとめ)様(さま)、126如何(いかが)で厶(ござ)いませうか、127妖沢坊(えうたくばう)様(さま)の命令(めいれい)に仍(よ)つて、128百(ひやく)日(にち)百夜(ひやくや)の荒行(あらぎやう)を致(いた)し、129大望(たいまう)を達(たつ)せむと願(ねが)つて居(を)りますが、130神(かみ)様(さま)のお蔭(かげ)で成就(じやうじゆ)するものとは存(ぞん)じますが、131かやうに病気(びやうき)になつては、132如何(いかん)ともする事(こと)が出来(でき)ませぬ。133何卒(なにとぞ)御(お)指図(さしづ)をお願(ねが)ひ致(いた)します』
134乙女(をとめ)『其(その)方(はう)の願望(ぐわんまう)とは如何(いか)なる事(こと)か、135詳(くは)しく陳述(ちんじゆつ)せよ』
136ベルツ『ハイ、137私(わたし)はビクの国(くに)の右守司(うもりのかみ)ベルツと申(まを)す者(もの)、138之(これ)なる男(をとこ)は家令(かれい)のシエールと申(まを)す者(もの)で厶(ござ)います。139ビクトリヤ城内(じやうない)には悪人(あくにん)はびこり、140左守司(さもりのかみ)一味(いちみ)の者(もの)、141三五教(あななひけう)の悪(あく)宣伝使(せんでんし)を城内(じやうない)に引(ひき)ずり込(こ)み、142拙者(せつしや)の軍職(ぐんしよく)を解(と)き、143専横(せんわう)の限(かぎ)りを尽(つく)し居(を)りますれば、144国家(こくか)の害賊(がいぞく)を除(のぞ)く為(ため)に、145両人(りやうにん)が此処(ここ)にて荒行(あらげう)を致(いた)して居(を)る所(ところ)で厶(ござ)います』
146乙女(をとめ)『汝(なんぢ)の敵(てき)と見(み)なすは左守(さもり)一人(ひとり)であるか』
147ベルツ『左守(さもり)は申(まを)すに及(およ)ばず、148刹帝利(せつていり)の老耄(おいぼれ)、149其(その)外(ほか)アール、150ハルナ等(など)の悪人(あくにん)を征伐(せいばつ)致(いた)さねば到底(たうてい)天下(てんか)は無事(ぶじ)に治(をさ)まりませぬ』
151乙女(をとめ)『ホホホホホ、152其(その)方(はう)が噂(うはさ)に聞(き)いた悪虐(あくぎやく)無道(ぶだう)のベルツ主従(しゆじゆう)であつたか。153左様(さやう)な悪企(わるだく)みを致(いた)す共(とも)、154到底(たうてい)成功(せいこう)の望(のぞ)みはあるまい。155どうぢや今(いま)の内(うち)に悔(く)い改(あらた)めて真人間(まにんげん)になる気(き)はないか』
156ベルツ『ヘー、157それは何(なん)で厶(ござ)います、158決(けつ)して私欲(しよく)の為(ため)に致(いた)すのでは厶(ござ)いませぬ。159天下(てんか)公共(こうきよう)の為(ため)に、160民(たみ)の苦(くる)しみを助(たす)くる慈愛心(じあいしん)より、161身(み)を犠牲(ぎせい)にして、162かかる荒行(あらぎやう)を致(いた)して居(を)るので厶(ござ)います』
163シエール『天津(あまつ)乙女(をとめ)様(さま)、164何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)、165吾々(われわれ)の霊(みたま)をよくよくお査(しら)べ下(くだ)さいまして、166正邪(せいじや)の御(ご)裁判(さいばん)を願(ねが)ひます』
167と悪人(あくにん)は自分(じぶん)のやつた事(こと)を少(すこ)しも悪(あく)と思(おも)うて居(ゐ)ない。168天下(てんか)国家(こくか)の為(ため)に最善(さいぜん)の努力(どりよく)を尽(つく)してゐると考(かんが)へてゐるらしい。
169乙女(をとめ)『妾(わらは)は汝(なんぢ)の言(い)ふ如(ごと)き天津(あまつ)乙女(をとめ)ではない。170ビクの国(くに)の刹帝利(せつていり)ビクトリヤ王(わう)の娘(むすめ)ダイヤ姫(ひめ)であるぞよ。171左様(さやう)な悪虐(あくぎやく)無道(ぶだう)な企(たく)みを致(いた)すよりも惟神(かむながら)の本心(ほんしん)に立返(たちかへ)り、172忠良(ちうりやう)なる臣民(しんみん)として、173国家(こくか)に尽(つく)したら何(ど)うだ』
174ベルツ『ナニ、175其(その)方(はう)が敵(てき)と付狙(つけねら)ふビクトリヤ王(わう)の娘(むすめ)であつたか。176エー、177天津(あまつ)乙女(をとめ)と見誤(みあやま)り、178尊(たふと)い頭(あたま)をメツタ矢鱈(やたら)に下(さ)げたのが残念(ざんねん)だ。179妖沢坊(えうたくばう)のお示(しめ)しには、180此(この)行中(ぎやうちう)に人間(にんげん)に見付(みつ)けられては、181折角(せつかく)の荒行(あらぎやう)が水泡(すいはう)に帰(き)するとの事(こと)であつた。182エー、183モウ破(やぶ)れかぶれだ。184吾(わが)願望(ぐわんまう)の届(とど)かぬとあれば、185仇(かたき)の片割(かたわ)れ、186嬲殺(なぶりごろし)に致(いた)して怨(うら)みを晴(は)らしてくれむ。187オイ、188シエール、189荒縄(あらなは)を以(もつ)て此(この)女(をんな)を縛(しば)り上(あ)げよ』
190と厳(きび)しく命(めい)ずれば、191シエールは、
192シエール『ハイ畏(かしこ)まりました』
193と棕櫚縄(しゆろなは)を取(と)つて、194後手(うしろで)に括(くく)り、195樫(かし)の枝(えだ)に引(ひつ)かけて、196宙空(ちうくう)に吊(つ)り上(あ)げる。197乙女(をとめ)は腕(うで)もむしれむ許(ばか)りの痛(いた)さを、198歯(は)をくひしばり目(め)を塞(ふさ)いで一言(ひとこと)も発(はつ)せず、199堪(こら)えて居(ゐ)る。
200 ベルツは之(これ)を眺(なが)めて心地(ここち)よげに打笑(うちわら)ひ、
201ベルツ『アハハハハ、202小(こ)ちつぺ奴(め)が、203こんな所(ところ)へ俺(おれ)等(ら)の行方(ゆくへ)を嗅付(かぎつ)けてやつて来(き)やがつたのだな、204此奴(こいつ)ア大変(たいへん)だ。205此奴(こいつ)を帰(い)なせば、206キツと後(あと)から左守(さもり)のハルナ奴(め)、207軍隊(ぐんたい)を率(ひき)ゐて俺(おれ)達(たち)を召捕(めしとり)に来(く)る算段(さんだん)であらう。208王女(わうぢよ)の身(み)として、209かやうな所(ところ)へ出(で)て来(く)るとは大胆(だいたん)至極(しごく)、210之(これ)には何(なに)か仔細(しさい)があるであらう。211一度(いちど)吊(つ)り下(おろ)し、212拷問(がうもん)にかけて云(い)はしてみよう、213サア下(おろ)せ』
214と厳命(げんめい)すれば、215シエールは又(また)もや綱(つな)を緩(ゆる)めて地上(ちじやう)に下(おろ)した。216ダイヤは既(すで)に目(め)を眩(ま)かし歯(は)をくひしばつてゐる。
217シエール『ヤア、218チヨロ臭(くさ)い、219モウうたひあがつたとみえる。220モシ旦那(だんな)様(さま)、221此奴(こいつ)ア駄目(だめ)ですよ、222物(もの)を言(い)ひませぬがなー』
223ベルツ『ナアニ、224今(いま)目(め)を眩(ま)かした所(ところ)だから、225滝壺(たきつぼ)へ一遍(いつぺん)つつ込(こ)め。226蛇(へび)の叩(たた)き殺(ころ)した奴(やつ)でさへも、227水(みづ)へ漬(つ)ければすぐに蘇生(いきかへ)るものだ。228サ、229早(はや)く放(ほ)り込(こ)んでみよ』
230 『ハイ』と答(こた)へてシエールはダイヤ姫(ひめ)の身体(からだ)を引抱(ひつかか)へ、231綱(つな)を解(ほど)いて、232滝壺(たきつぼ)へザンブと許(ばか)り投込(なげこ)んだ。233ダイヤはハツと気(き)がつき、234滝壺(たきつぼ)を這(は)ひ上(あが)り、235其処辺(そこら)をキヨロキヨロ見廻(みまは)し、236赤裸(まつぱだか)のまま逃(に)げむとするを、237シエールはグツと細腕(ほそうで)を握(にぎ)り、238以前(いぜん)の樫(かし)の根本(ねもと)に引摺(ひきず)り来(きた)り、
239シエール『コリヤ、240ダイヤ姫(ひめ)、241幼(をさな)き女(をんな)の分際(ぶんざい)として、242斯様(かやう)な所(ところ)へ只(ただ)一人(ひとり)修業(しうぎやう)に来(く)るとは大胆(だいたん)至極(しごく)、243之(これ)には何(なに)か仔細(しさい)があるであらう。244吾々(われわれ)両人(りやうにん)が照国山(てるくにやま)に、245王家(わうけ)転覆(てんぷく)の祈願(きぐわん)を凝(こ)らし居(ゐ)る事(こと)を嗅(か)ぎつけ、246やつてうせたのであらう。247サ、248逐一(ちくいち)白状(はくじやう)致(いた)せ。249包(つつ)み隠(かく)すに於(おい)ては、250其(その)方(はう)を水責(みづぜめ)、251火責(ひぜめ)、252剣責(つるぎぜめ)に致(いた)すが、253それでも可(い)いか』
254ダイヤ『無礼(ぶれい)千万(せんばん)な、255主人(しゆじん)の娘(むすめ)を捉(とら)へて左様(さやう)な脅迫(けふはく)を致(いた)すといふ事(こと)があるか。256チツと天地(てんち)の道理(だうり)を考(かんが)へて見(み)よ』
257ベルツ『エー、258喧(やかま)しい、259天地(てんち)の道理(だうり)を考(かんが)へるやうな者(もの)が、260ビクトリヤ城(じやう)転覆(てんぷく)の修業(しうぎやう)を致(いた)すものかい。261サ、262早(はや)く事実(じじつ)を白状(はくじやう)致(いた)せ。263何(なに)を願(ねが)ひに来(き)たのだ。264其(その)願(ねがひ)の筋(すぢ)から第一(だいいち)に聞(き)いてやらう』
265ダイヤ『此(この)照国山(てるくにやま)は妾(わらは)兄妹(きやうだい)六(ろく)人(にん)が永(なが)らく住居(ぢうきよ)してゐた馴染(なじみ)のある所(ところ)だ。266父(ちち)の御(ご)病気(びやうき)を平癒(へいゆ)させむが為(ため)に、267清(きよ)めの滝(たき)へ水垢離(みづごり)をとりに来(き)たのだよ。268臣下(しんか)の身分(みぶん)として主人(しゆじん)のする事(こと)をゴテゴテいふ権利(けんり)があるか、269控(ひか)えて居(を)れ。270年(とし)は若(わか)く共(とも)、271ビクの国(くに)刹帝利(せつていり)の娘(むすめ)だ。272エエ汚(けが)らはしい、273一時(いつとき)も早(はや)くどつかへ姿(すがた)を隠(かく)せ。274執拗(しつこう)帰(かへ)らぬに於(おい)ては線香(せんかう)を立(た)てて燻(くす)べてやらうか』
275シエール『丸切(まるき)り青大将(あをだいしやう)が座敷(ざしき)へ這上(はひあが)つた時(とき)のやうに言(い)つてゐやがる。276こんな女(あま)つちよに脅迫(けうはく)されて、277此(この)荒男(あらをとこ)の顔(かほ)が立(た)つものか、278地異(ちい)天変(てんぺん)もここ迄(まで)行(ゆ)けば極端(きよくたん)だ。279地震(ぢしん)ゴロゴロ雷(かみなり)ビリビリとやつて来(き)たやうだ。280併(しか)し乍(なが)らどう考(かんが)へても、281こんな美(うつく)しい女(をんな)をムザムザ殺(ころ)すのは勿体(もつたい)ない様(やう)だ。282オイ、283ダイヤさま、284物(もの)も一(ひと)つ相談(さうだん)だが、285何程(なにほど)お前(まへ)が王女(わうぢよ)だといつても、286位(くらゐ)の高(たか)いのは実地(じつち)の時(とき)の間(ま)に合(あ)ふものでない。287荒男(あらをとこ)二人(ふたり)と格闘(かくとう)すれば、288到底(たうてい)お前(まへ)は殺(ころ)されねばなるまい。289蛇(へび)と蛙(かはづ)のやうなものだから、290茲(ここ)は一(ひと)つ思案(しあん)をし直(なほ)して、291旦那(だんな)様(さま)の奥方(おくがた)となり、292ビクの国(くに)の女王(ぢよわう)となつて暮(くら)す考(かんが)へはないか』
293ダイヤ『悪逆(あくぎやく)無道(ぶだう)の謀叛人(むほんにん)奴(め)、294エエ汚(けが)らはしい、295下(さが)りおらう』
296ベルツ『何(なん)と云(い)つても美(うつく)しい者(もの)だ。297そしてこれ丈(だけ)の胆力(たんりよく)があれば、298此(この)女(をんな)を女房(にようばう)にすればどんな事(こと)でも出来(でき)るだらう。299イヤ、300ダイヤ姫(ひめ)様(さま)、301茲(ここ)は一(ひと)つお考(かんが)へ直(なほ)しを願(ねが)ひます。302左守(さもり)といふ奴(やつ)は表面(へうめん)忠義(ちうぎ)らしく見(み)せて居(を)りますが、303彼(あれ)こそ心中(しんちう)深(ふか)く野心(やしん)を包蔵(はうざう)する曲者(くせもの)で厶(ござ)いますぞ。304刹帝利(せつていり)様(さま)は左守(さもり)に誤(あやま)られ、305ビクの国家(こくか)を棒(ぼう)に振(ふ)らうとして厶(ござ)る。306危険(きけん)至極(しごく)な今日(こんにち)の場合(ばあひ)。307真(しん)の忠臣(ちうしん)が現(あら)はれて支(ささ)へなくては、308万代(ばんだい)不易(ふえき)の王家(わうけ)は続(つづ)きますまい……大忠(たいちう)は不忠(ふちう)に似(に)たり、309大孝(たいかう)は不孝(ふかう)に似(に)たり、310大信(たいしん)は偽(いつは)りに似(に)たり、311大善(だいぜん)は大悪(だいあく)に似(に)たり……といふ事(こと)がありませう。312表面(へうめん)大悪人(だいあくにん)と見做(みな)されたる此(この)ベルツ位(ぐらゐ)、313王家(わうけ)や国家(こくか)を憂(うれ)ひて居(ゐ)る者(もの)は厶(ござ)いませぬぞ。314チツと冷静(れいせい)に胸(むね)に手(て)を当(あ)てて、315王家(わうけ)と国家(こくか)の為(ため)にお考(かんが)へを願(ねが)ひ度(た)いものです。316よく考(かんが)へて御覧(ごらん)なさい。317貴女(あなた)の父上(ちちうへ)は左右(さいう)の奸臣(かんしん)に誤(あやま)られ、318大切(たいせつ)な五(ご)人(にん)の王子(わうじ)迄(まで)悉皆(しつかい)殺(ころ)さうとなさつたぢやありませぬか。319何処(どこ)の国(くに)に親(おや)が子(こ)を愛(あい)せない者(もの)がありませう。320何(なに)が宝(たから)だと云(い)つても、321吾(わが)子(こ)位(ぐらゐ)宝(たから)はない。322其(その)宝(たから)を殺(ころ)さうとなさるのだから、323決(けつ)して之(これ)はお父上(ちちうへ)の心(こころ)から出(で)たのでは厶(ござ)いませぬ、324皆(みな)左守(さもり)やタルマンの入(い)れ知恵(ぢゑ)で厶(ござ)りまするぞ。325かやうな悪人(あくにん)を重用(ぢうよう)するは実(じつ)に危険(きけん)千万(せんばん)で厶(ござ)りまする。326貴方(あなた)はお若(わか)いので、327城内(じやうない)の様子(やうす)を御存(ごぞん)じ厶(ござ)いますまいが、328それはそれはタルマン、329キユービツトの両人(りやうにん)は天地(てんち)容(い)れざる大悪人(だいあくにん)で厶(ござ)いますよ。330何卒(どうか)此(この)急場(きふば)を救(すく)ふ為(ため)に、331幸(さいはひ)貴方(あなた)は王家(わうけ)のお血筋(ちすぢ)、332此(この)右守(うもり)と夫婦(ふうふ)になり、333国家(こくか)の大難(だいなん)を未然(みぜん)に防(ふせ)ぐお考(かんが)へはありませぬか』
334ダイヤ『エエつべこべと、335汝(なんぢ)の邪智(じやち)侫弁(ねいべん)聞(き)く耳(みみ)は持(も)たぬ、336汚(けが)らはしい。337王家(わうけ)がどうならうが、338国家(こくか)が何(ど)うならうが、339構(かま)つてくれな。340何事(なにごと)も天(てん)の時節(じせつ)だ。341汝(なんぢ)等(ら)如(ごと)き有苗輩(いうぺうはい)の関知(くわんち)する所(ところ)でない。342大(おほ)きにお世話(せわ)だ、343さがり居(を)らう』
344と厳然(げんぜん)として言(い)ひ放(はな)つた。345ベルツ、346シエールは、
347ベルツ、シエール『最早(もはや)駄目(だめ)だ、348両人(りやうにん)左右(さいう)より寄(よ)つてかかつて、349可哀相(かあいさう)乍(なが)ら、350殺害(さつがい)しくれむ』
351と大剣(たいけん)を引抜(ひきぬ)き、352左右(さいう)より切(き)つてかかるを、353ダイヤは身(み)をかはし、354飛鳥(ひてう)の如(ごと)く刃(やいば)を潜(くぐ)り、355樫(かし)の大木(たいぼく)を木楯(こだて)に取(と)つて防(ふせ)ぎ戦(たたか)ひゐる。
356 斯(か)かる所(ところ)へブウブウブウと法螺貝(ほらがひ)を吹(ふ)き乍(なが)ら、357四(よ)人(にん)の山伏(やまぶし)、
358四人の山伏『衆(しう)生(じやう)被(ひ)困(こん)厄(やく)、359無(む)量(りやう)苦(く)逼(ひつ)身(しん)、360観(くわん)音(のん)妙(めう)智(ち)力(りき)、361能(のう)救(ぐ)世(せ)間(けん)苦(く)、362具(ぐ)足(そく)神(じん)通(つう)力(りき)、363広(くわう)修(しゆう)智(ち)方(はう)便(べん)、364十(じつ)方(ぱう)諸(しよ)国(こく)土(ど)、365無(む)刹(せつ)不(ぶ)現(げん)身(しん)、366種(しゆ)々(じゆ)諸(しよ)悪(あく)趣(しゆ)、367地(ぢ)獄(ごく)鬼(き)畜(ちく)生(しやう)、368生(せい)老(らう)病(びやう)死(し)苦(く)、369以(い)漸(ぜん)悉(しつ)令(りやう)滅(めつ)』
370と観音経(くわんのんきやう)を唱(とな)へ乍(なが)ら登(のぼ)つて来(く)る。371ベルツ、372シエールの両人(りやうにん)は四(よ)人(にん)の姿(すがた)に驚(おどろ)いて、373ダイヤを捨(す)て、374着物(きもの)をかかへ、375山上(さんじやう)目(め)がけて、376荊棘(けいきよく)茂(しげ)る中(なか)を雲(くも)を霞(かすみ)と逃(に)げて行(ゆ)く。377此(この)山伏(やまぶし)は治道(ちだう)、378道貫(だうくわん)、379素道(そだう)、380求道(きうだう)、381四(よ)人(にん)の修験者(しうげんじや)なりけり。
382(大正一二・三・五 旧一・一八 於竜宮館 松村真澄録)
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