霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章 至聖団(しせいだん)〔一六三四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第64巻上 山河草木 卯の巻上 篇:第1篇 日下開山 よみ(新仮名遣い):ひのしたかいさん
章:第5章 至聖団 よみ(新仮名遣い):しせいだん 通し章番号:1634
口述日:1923(大正12)年07月10日(旧05月27日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年10月16日
概要: 舞台:アメリカン・コロニー あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-03-27 19:04:23 文字数:4456 OBC :rm64a05
愛善世界社版:59頁 八幡書店版:第11輯 398頁 修補版: 校定版:58頁 普及版:62頁 初版: ページ備考:
派生[?]この文献を底本として書かれたと思われる文献です。[×閉じる]:出口王仁三郎著作集 > 第二巻 変革と平和 > 第三部 『霊界物語』の思想 > 至聖団
001 ブラバーサはスバツフオードに伴(ともな)はれて、002アメリカンコロニーへと歩(ほ)を運(はこ)んだ。003百(ひやく)人(にん)ばかりの信者(しんじや)が、004祭壇(さいだん)の前(まへ)で一生(いつしやう)懸命(けんめい)になつて祈願(きぐわん)を凝(こ)らす最中(さいちう)であつたので、005老紳士(らうしんし)と共(とも)に末席(まつせき)の方(はう)から礼拝(れいはい)をなし、006天下(てんか)万民(ばんみん)の為(ため)に一(いち)日(にち)も早(はや)く聖主(せいしゆ)の降臨(かうりん)されて神業(しんげふ)を開(ひら)きたまふ日(ひ)の来(きた)れかしと祈(いの)りつつありけり。
007 一同(いちどう)礼拝(れいはい)を終(をは)つて、008珍(めづ)らしき客(きやく)のスバツフオードの傍(かたはら)に端座(たんざ)せるを見(み)て不思議(ふしぎ)の眉(まゆ)を潜(ひそ)めて眺(なが)めて居(ゐ)る。009スバツフオードは一同(いちどう)に向(むか)ひ、010言葉(ことば)静(しづか)に、
011スバッフォード『皆(みな)さま、012此(この)御(お)方(かた)は高砂島(たかさごじま)から神命(しんめい)を奉(ほう)じて遥々(はるばる)お越(こ)しになつたブラバーサと云(い)ふ聖師(せいし)ですよ。013僧院(そうゐん)ホテルに御(ご)宿泊(しゆくはく)の方(かた)だが、014メシヤ再臨(さいりん)の先駆(せんく)として御(ご)出張(しゆつちやう)になつたのですから、015お互(たがひ)に親(した)しく交際(かうさい)をさして戴(いただ)かうぢやありませぬか』
016 一同(いちどう)はこの言葉(ことば)に生(い)き復(かへ)つた様(やう)な面色(かほいろ)を浮(うか)べて、017異口(いく)同音(どうおん)に『サンキウサンキウ』と連呼(れんこ)するのであつた。
018 ブラバーサは一同(いちどう)に向(む)かひ厚(あつ)く礼(れい)を復(かへ)し、019且(か)つ一場(いちぢやう)の挨拶(あいさつ)的(てき)演説(えんぜつ)を始(はじ)めかけた。
020ブラバーサ『御(ご)一同(いちどう)様(さま)、021私(わたくし)は最前(さいぜん)聖師(せいし)の御(ご)紹介(せうかい)下(くだ)さつた如(ごと)く、022高砂島(たかさごじま)から神命(しんめい)を帯(お)びてメシヤ再臨(さいりん)の先駆(せんく)として派遣(はけん)されましたルート・バハー団(だん)の宣伝使(せんでんし)ブラバーサと申(まを)す者(もの)で御座(ござ)います。023八千(はつせん)哩(まいる)の海洋(かいやう)を渡(わた)り漸(やうや)く昨日(きのふ)の夕方(ゆふがた)、024尊(たふと)きエルサレムの停車場(ていしやぢやう)へと安着(あんちやく)いたしました処(ところ)が、025初(はじ)めての当地(たうち)の到着(たうちやく)にて土地(とち)の勝手(かつて)も分(わか)らず、026如何(いか)にして橄欖山(かんらんざん)へ行(ゆ)かうかと心配(しんぱい)しながら、027夕暮(ゆふぐ)れの大道(だいだう)を歩(あゆ)んで居(を)りますと、028貴団(きだん)の信者(しんじや)マリヤ様(さま)に図(はか)らずも途中(とちう)に御(お)目(め)に掛(かか)り、029カトリックの僧院(そうゐん)ホテルへ案内(あんない)して頂(いただ)きました上(うへ)、030夜分(やぶん)にも拘(かか)はらず市中(しちう)の案内(あんない)までして頂(いただ)き、031慕(した)はしき橄欖山(かんらんざん)まで参拝(さんぱい)さして貰(もら)ひましたのは、032全(まつた)く貴団(きだん)の公平(こうへい)無私(むし)にして克(よ)く神(かみ)様(さま)の大御心(おほみこころ)を体得(たいとく)し遊(あそ)ばしたその賜(たまもの)と、033深(ふか)く深(ふか)く感謝(かんしや)いたした次第(しだい)で御座(ござ)います。034加(くは)ふるに御(ご)親切(しんせつ)なるスバツフオード聖師(せいし)までが、035態々(わざわざ)ホテルまで御(ご)訪問(はうもん)下(くだ)さいまして、036種々(いろいろ)と結構(けつこう)な御(ご)教訓(けうくん)を承(うけたま)はり、037貴団(きだん)の純(じゆん)なる信仰(しんかう)の模様(もやう)と愛(あい)の結晶(けつしやう)とも云(い)ふべき美(うる)はしき生活(せいくわつ)の有様(ありさま)を拝聴(はいちやう)しまして、038感涙(かんるい)に咽(むせ)びました。039悪魔(あくま)横行(わうかう)の暗黒(あんこく)なる世界(せかい)にも、040貴団(きだん)の如(ごと)き真善(しんぜん)美愛(びあい)の聖(せい)なる団体(だんたい)が造(つく)られてあるかと思(おも)へば、041神(かみ)様(さま)の仁慈(じんじ)の大御心(おほみこころ)と周到(しうたう)なる御(ご)経綸(けいりん)とには感謝(かんしや)せざるを得(え)なく成(な)つて参(まゐ)りました。042私(わたくし)も今日(けふ)は神(かみ)様(さま)の仁愛(じんあい)の光(ひかり)に照(て)らされまして、043大神(おほかみ)の愛(あい)の深(ふか)く尊(たふと)き事(こと)を悟(さと)りましたが、044世界(せかい)の人類(じんるゐ)はイザ知(し)らず、045私(わたくし)の出生(しゆつせい)した高砂島(たかさごじま)などは今(いま)より五十(ごじふ)年前(ねんぜん)までは、046御(お)話(はなし)するさへも恥(はづ)かしい様(やう)な状態(じやうたい)で御座(ござ)いました。047基督(キリスト)の愛(あい)、048孔子(こうし)の仁(じん)、049仏陀(ぶつだ)の慈悲(じひ)なぞ申(まを)す事(こと)は、050私(わたくし)共(ども)に取(と)つては非常(ひじやう)に神秘(しんぴ)的(てき)な了解(れうかい)し難(がた)い、051到底(たうてい)凡人(ただびと)の手(て)の届(とど)かぬ高遠(かうゑん)なものの様(やう)に教(をし)へられて来(き)たもので御座(ござ)います。052各宗(かくしう)各教(かくけう)の宣教者(せんけうしや)が余(あま)りに神仏(しんぶつ)の教(をしへ)に勿体(もつたい)を付(つ)け過(す)ぎて、053仁(じん)だの愛(あい)だの慈悲(じひ)なぞの神理(しんり)を此(この)世(よ)の外(ほか)のものの様(やう)に仕(し)て了(しま)つたのです。054然(しか)るに天運(てんうん)循環(じゆんくわん)の神律(しんりつ)に由(よ)つて、055神(かみ)の御国(みくに)と称(とな)へられた極東(きよくとう)の高砂島(たかさごじま)に厳瑞(げんずゐ)二柱(ふたはしら)の救世主(きうせいしゆ)あらはれ玉(たま)ひて、056高大(かうだい)博遠(はくゑん)なる愛(あい)は私(わたくし)共(ども)に極(きは)めて手近(てぢか)いもの親(した)しきものにして、057日々(にちにち)の生活(せいくわつ)から放(はな)さうとしても放(はな)され得(え)ないものと成(な)つたのです。058何(なん)と有難(ありがた)い尊(たふと)いことで御座(ござ)いませう。059御(ご)一同(いちどう)様(さま)も、060又(また)愛(あい)の真諦(しんたい)を能(よ)く体得(たいとく)遊(あそ)ばされ、061キリストの再臨(さいりん)を誠心(せいしん)誠意(せいい)待望(たいばう)されつつ国籍(こくせき)と宗教(しうけう)の障壁(しやうへき)を脱却(だつきやく)して聖団(せいだん)を創立(さうりつ)されました事(こと)は、062天下(てんか)万民(ばんみん)のために実(じつ)に洪大(こうだい)無限(むげん)の大神業(だいしんげふ)だと考(かんが)へまして、063貴団(きだん)の御(ご)精神(せいしん)のある事(こと)に感謝(かんしや)措(お)かない次第(しだい)で御座(ござ)います。064自国(じこく)の恥(はぢ)を申(まを)し上(あ)げるではありませぬが、065今日(こんにち)は国籍(こくせき)や宗教(しうけう)の如何(いかん)に関係(くわんけい)なく、066世界(せかい)人類愛(じんるゐあい)の上(うへ)より御(ご)参考(さんかう)の為(ため)一言(いちごん)申上(まうしあ)げ度(た)いと思(おも)ひます。067貴団(きだん)の方々(かたがた)や現今(げんこん)の若(わか)い人(ひと)達(たち)には、068殆(ほとん)ど想像(さうざう)も出来(でき)ない程(ほど)に我(わが)生国(せいこく)高砂島(たかさごじま)は、069三百(さんびやく)諸侯(しよこう)の小(ちひ)さい敵国(てきこく)に分割(ぶんかつ)されて居(を)りましたのが、070今(いま)より僅(わづ)かに五十(ごじふ)年(ねん)以前(いぜん)の状態(じやうたい)でありました。071甲州(かふしう)と乙州(おつしう)とはおろか、072同(おな)じ乙州(おつしう)でもアールとセンダーに於(おい)ても、073シエルとアンターとの間(あひだ)に於(おい)ても、074全(まつた)く敵国(てきこく)の状態(じやうたい)で、075所謂(いはゆる)郷関(きやうくわん)を一歩(いつぽ)出(い)づるが最後(さいご)、076生命(せいめい)の保証(ほしよう)が出来(でき)ないやうな実状(じつじやう)で御座(ござ)いました。077そればかりか、078各自(かくじ)腰(こし)に秋水(しうすゐ)を帯(お)び家(いへ)を出(い)づれば男子(だんし)は七(しち)人(にん)の敵(てき)ありと覚悟(かくご)して居(ゐ)るのが武士道(ぶしだう)の尊(たふと)い所(ところ)と謂(ゐ)はれ、079神国魂(しんこくみたま)の精華(せいくわ)としられて居(を)りました。080又(また)武士(ぶし)は切捨(きりすて)御免(ごめん)と言(い)つて、081平民(へいみん)を切(き)り殺(ころ)す位(ぐらゐ)なことは武士(ぶし)の普通(ふつう)の特権(とくけん)とさへ見(み)られて居(を)つたのです。082現(げん)に今(いま)より三十(さんじふ)年前(ねんぜん)に有(あ)つても、083甲州人(かふしうじん)とか乙州人(おつしうじん)とか言(い)ふ言語(げんご)には、084如何(いか)にもヨソヨソしい意味(いみ)を以(もつ)て居(を)つたのです。085又(また)今日(こんにち)と雖(いへど)も官吏(くわんり)とか、086平民(へいみん)とか云(い)ふ言葉(ことば)には、087一種(いつしゆ)の強固(きやうこ)な障壁(しやうへき)が築(きづ)かれてある様(やう)な感(かん)じを与(あた)へて居(を)ります。088私共(わたくしども)の父(ちち)即(すなは)ち維新(ゐしん)の戦(たたか)ひに参加(さんか)した人(ひと)達(たち)は、089常(つね)に私共(わたくしども)の子供(こども)の時代(じだい)を見(み)て、090今日(こんにち)の青年(せいねん)や子供(こども)は大変(たいへん)に柔順(じうじゆん)になつたと言(い)つて驚(おどろ)いた位(くらゐ)です。091私共(わたくしども)の子供(こども)の時分(じぶん)はそれでも他(た)の町村内(ちやうそんない)の子供(こども)に対(たい)しては一種(いつしゆ)の敵意(てきい)を持(も)つて町村(ちやうそん)と町村(ちやうそん)との子供(こども)の喧嘩(けんくわ)は余(あま)り珍(めづ)らしいものではありませぬでした。092他(た)町村(ちやうそん)の子供(こども)を見(み)て石瓦(いしかはら)を投(な)げ付(つ)け、093怪我(けが)をさせて快哉(くわいさい)を叫(さけ)ぶ事(こと)なぞは普通(ふつう)の事(こと)としられて居(を)りました。094それ位(ぐらゐ)だから、095維新前(ゐしんぜん)即(すなは)ち三百(さんびやく)諸侯(しよこう)の各地(かくち)に割拠(かつきよ)して絶(た)えず争(あらそ)つて居(ゐ)た時代(じだい)は、096中々(なかなか)殺伐(さつばつ)なもので有(あ)つた事(こと)は、097古老(こらう)の談話(だんわ)を聞(き)いて見(み)れば驚(おどろ)かされる位(くらゐ)であります。098それが今日(こんにち)では子供(こども)の喧嘩(けんくわ)でさへ頗(すこぶ)る珍(めづ)らしくなつて来(き)ました。099町村(ちやうそん)の子供(こども)と町村(ちやうそん)の子供(こども)とが互(たがひ)に敵視(てきし)する様(やう)なことは、100今日(こんにち)の子供(こども)には想像(さうざう)が付(つ)かない様(やう)になりました。101是(これ)は何(なん)の為(ため)かと考(かんが)へて見(み)れば、102高砂島(たかさごじま)の三百(さんびやく)諸侯(しよこう)の我利(がり)我利(がり)連(れん)が一天(いつてん)万乗(ばんじやう)の大君(おほぎみ)の思召(おぼしめし)によつて何(いづ)れも前非(ぜんぴ)を悔(く)い、103帰順(きじゆん)の誠(まこと)を輸(いた)して大君(おほぎみ)の下(もと)に畏服(ゐふく)し、104一切(いつさい)を投(な)げ出(だ)して了(しま)つたからでありませう。105それが為(ため)に人心(じんしん)大(おほい)に和(やは)らぎ、106四方(しはう)平等(べうどう)的(てき)の精神(せいしん)が国民(こくみん)の間(あひだ)に貫流(くわんりう)する様(やう)になつたので御座(ござ)います。107何(なに)が野蛮(やばん)だと言(い)つても、108互(たがひ)に敵意(てきい)を持(も)つて争(あらそ)ふ程(ほど)野蛮(やばん)なことは有(あ)りますまい。109故(ゆゑ)に野蛮人(やばんじん)とは其(その)親愛(しんあい)の範囲(はんゐ)の極(きは)めて狭小(けふせう)なるものを意味(いみ)し、110文明人(ぶんめいじん)とは親愛(しんあい)の範囲(はんゐ)の極(きは)めて広大(くわうだい)なるを意味(いみ)するものとすれば、111貴団(きだん)の如(ごと)きは実(じつ)に世界(せかい)に先(さき)んじて文明(ぶんめい)の中(なか)の大文明(だいぶんめい)の花(はな)を開(ひら)かせ玉(たま)ふたものと、112衷心(ちうしん)より感謝(かんしや)に堪(た)へない次第(しだい)で御座(ござ)います。113大慈(だいじ)大悲(だいひ)の大神(おほかみ)様(さま)は全地上(ぜんちじやう)の世界(せかい)をして、114天国(てんごく)浄土(じやうど)と為(な)し、115万民(ばんみん)に安息(あんそく)と栄光(えいくわう)を与(あた)へむが為(ため)に三千(さんぜん)年(ねん)の御(ご)経綸(けいりん)を遊(あそ)ばして、116今(いま)や高砂島(たかさごじま)に聖跡(せいせき)を垂(た)れ玉(たま)ひました。117そして大神(おほかみ)の元(もと)の御(お)屋敷(やしき)たる此(この)エルサレムに御(ご)降臨(かうりん)遊(あそ)ばす、118その準備(じゆんび)として瑞(みづ)の御魂(みたま)の聖主(せいしゆ)を下(くだ)し、119万民(ばんみん)の罪(つみ)を贖(あがな)ひたまふこととなつたので御座(ござ)います。120又(また)神(かみ)の選民(せんみん)たるイスラエル民族(みんぞく)の方々(かたがた)が主唱者(しゆしやうしや)となつて各国(かくこく)の人々(ひとびと)をこの聖地(せいち)に集(あつ)め、121メシヤの再臨(さいりん)を信(しん)じてアメリカンコロニーの如(ごと)き立派(りつぱ)な殿堂(でんだう)を作(つく)られて居(を)られる事(こと)は、122私(わたくし)に採(と)りまして実(じつ)に何(なん)とも言(い)へぬ有難(ありがた)い嬉(うれ)しい頼(たの)もしい事(こと)だか判(わか)りませぬ。123願(ねが)はくは私(わたくし)もこの聖団員(せいだんゐん)の一人(ひとり)に加(くは)へて頂(いただ)きますれば、124身(み)の光栄(くわうえい)是(これ)に過(す)ぎませぬ。125アヽ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
126と拍手(はくしゆ)の内(うち)に勇(いさ)まし気(げ)に降壇(かうだん)した。127老紳士(らうしんし)は直(ただち)に登壇(とうだん)して、
128スバッフォード『只今(ただいま)聖師(せいし)のお話(はなし)によつて、129今回(こんくわい)の聖地(せいち)御(ご)出向(しゆつかう)も了解(れうかい)いたしました。130この団員(だんゐん)も定(さだ)めて私(わたくし)と同(おな)じ御(ご)意見(いけん)だと思(おも)ひます。131個々(ここ)分立(ぶんりつ)して日(ひ)に夜(よ)に争闘(さうとう)の絶間(たえま)が無(な)かつたと云(い)ふ高砂島(たかさごじま)が、132今(いま)より五十(ごじふ)年(ねん)以前(いぜん)に於(おい)て統一(とういつ)せられ、133又(また)厳瑞(げんずゐ)二柱(ふたはしら)の救世主(きうせいしゆ)が現(あら)はれたまふたのも、134メシヤ再臨(さいりん)世界(せかい)一体(いつたい)の大神(おほかみ)様(さま)の深遠(しんゑん)なる御(ご)経綸(けいりん)で御座(ござ)いませう。135国内(こくない)の凡(すべ)ての障壁(しやうへき)が取(と)り除(のぞ)かるる事(こと)によつて、136今日(こんにち)の向上(かうじやう)と繁栄(はんゑい)を来(き)たす事(こと)になつた以上(いじやう)は、137猶(なほ)も進(すす)んで世界中(せかいぢう)が争闘(そうとう)を止(や)めて相親愛(あひしんあい)し、138各国(かくこく)各人種(かくじんしゆ)などと云(い)ふ根本(こんぽん)的(てき)敵愾心(てきがいしん)を取(と)り去(さ)る事(こと)によつて、139人類(じんるゐ)の文化(ぶんくわ)は神聖(しんせい)なものとなり之(これ)と同時(どうじ)にその福利(ふくり)の程度(ていど)も大変(たいへん)に高(たか)めらるること疑(うたがひ)なき真理(しんり)であります。140要(えう)するに吾々(われわれ)お互(たがひ)の親愛(しんあい)の範囲(はんゐ)の大小(だいせう)によつて、141野蛮(やばん)ともなり文明(ぶんめい)ともなるのです。142世界(せかい)の平和(へいわ)を来(きた)さむがため、143即(すなは)ち五六七(みろく)の神政(しんせい)出現(しゆつげん)のためには、144各国(かくこく)国民間(こくみんかん)の有形(いうけい)と無形(むけい)の大障壁(だいしやうへき)を第一着(だいいちちやく)に取(と)り除(のぞ)かねば駄目(だめ)です。145この挙(きよ)に出(いで)ずして世界(せかい)の平和(へいわ)、146五六七(みろく)神政(しんせい)の成就(じやうじゆ)を夢(ゆめ)みるは恰(あたか)も器具(きぐ)を別々(べつべつ)にして、147水(みづ)の融合(ゆうがふ)を来(きた)さうとするものと同様(どうやう)の愚挙(ぐきよ)では有(あ)りますまいか。148それ故(ゆゑ)、149吾々(われわれ)団体員(だんたいゐん)は世界(せかい)に率先(そつせん)して平和(へいわ)の真諦(しんたい)を示(しめ)し、150メシヤ再臨(さいりん)の準備(じゆんび)に従事(じゆうじ)して居(を)るもので御座(ござ)います。151今日(こんにち)は高砂島(たかさごじま)の聖師(せいし)の御(ご)来着(らいちやく)によつて、152私(わたくし)は神界(しんかい)の御(ご)経綸(けいりん)の洪大(こうだい)無辺(むへん)なるに感喜(かんき)の余(あま)り、153茲(ここ)に一言(いちごん)蕪辞(ぶじ)を述(の)べ御(ご)挨拶(あいさつ)に代(か)へました。154何(ど)うか団員(だんゐん)諸氏(しよし)もこの聖師(せいし)と共(とも)に空前(くうぜん)絶後(ぜつご)の大神業(だいしんげふ)の完成(くわんせい)に尽(つく)されむ事(こと)を希望(きばう)いたします』
155と悠然(いうぜん)として演壇(えんだん)を下(くだ)つた。156団員(だんゐん)一同(いちどう)は拍手(はくしゆ)してスバツフオード聖師(せいし)の説(せつ)に賛同(さんどう)し和気(わき)藹々(あいあい)として堂(だう)に溢(あふ)るるばかりであつた。157今迄(いままで)うつむき勝(がち)で感涙(かんるい)に咽(むせ)んで居(ゐ)たマグダラのマリヤは、158やをら身(み)を起(おこ)してツカツカと演壇(えんだん)の上(うへ)に立(た)ち上(あが)り、159謹厳(きんげん)な態度(たいど)を以(もつ)て一場(いちぢやう)の演説(えんぜつ)を始(はじ)めかけた。160一同(いちどう)は拍手(はくしゆ)してマリヤの講演(かうえん)を迎(むか)へた。
161マリヤ『妾(わたし)は只今(ただいま)両(りやう)聖師(せいし)の御(ご)演説(えんぜつ)を承(うけたま)はりまして、162大(おほい)に心強(こころづよ)く感(かん)じました。163海洋(かいやう)万里(ばんり)の遠方(ゑんぱう)から遥々(はるばる)御(お)越(こ)しになり、164エルサレムの停車場(ていしやぢやう)前(まへ)の街路(がいろ)に於(おい)て妾(わたし)と会合(くわいがふ)されました事(こと)は実(じつ)に奇蹟中(きせきちう)の奇蹟(きせき)だと考(かんが)へます。165ブラバーサ様(さま)は全(まつた)く神(かみ)様(さま)の御(ご)使命(しめい)を帯(お)び、166メシヤ再臨(さいりん)の先駆(せんく)として御(ご)光来(くわうらい)になつた事(こと)は寸毫(すんがう)も疑(うたが)ふ余地(よち)は御座(ござ)いませぬ。167妾(わたし)は皆(みな)さまと共(とも)に世界(せかい)万民(ばんみん)の為(ため)に、168聖師(せいし)の光臨(くわうりん)を祝(しゆく)し且(か)つ満腔(まんこう)の喜悦(きえつ)に堪(た)へないので御座(ござ)います。169メシヤの降臨(かうりん)キリストの再臨(さいりん)、170五六七(みろく)神政(しんせい)成就(じやうじゆ)とは名称(めいしよう)こそ変(かは)つて居(を)りますが、171要(えう)するに同(おな)じ意味(いみ)だと考(かんが)へます。172斯(かか)る目出度(めでた)き世界(せかい)になるのも全(まつた)く神(かみ)様(さま)の御(ご)経綸(けいりん)で御座(ござ)いますが、173その神業(しんげふ)に奉仕(ほうし)する生宮(いきみや)が現(あら)はれなくては成(な)りませぬ。174先(ま)づ第一(だいいち)に神(かみ)の子(こ)神(かみ)の生宮(いきみや)たる吾々(われわれ)は、175世界(せかい)にあらゆる有形(いうけい)無形(むけい)この二(ふた)つの大(だい)なる障壁(しやうへき)を取(と)り除(のぞ)かねばなりませぬ。176有形(いうけい)的(てき)障害(しやうがい)の最大(さいだい)なるものは対外(たいぐわい)的(てき)戦備(せんび)≪警察(けいさつ)的(てき)武備(ぶび)は別(べつ)≫と国家(こくか)的(てき)領土(りやうど)の閉鎖(へいさ)とであります。177又(また)無形(むけい)の障壁(しやうへき)の最大(さいだい)なるものとは、178即(すなは)ち国民(こくみん)及(およ)び人種間(じんしゆかん)の敵愾心(てきがいしん)だと思(おも)ひます。179又(また)宗教団(しうけうだん)と宗教団(しうけうだん)との間(あひだ)の敵愾心(てきがいしん)だと思(おも)ひます。180此(この)世界(せかい)的(てき)の有形(いうけい)の大障壁(だいしやうへき)を除(のぞ)く為(ため)には先(ま)づ無形(むけい)の障壁(しやうへき)から取(と)り除(のぞ)いて掛(かか)らねば成(な)らないと思(おも)ひます。181聖(せい)キリストは天国(てんごく)は爾曹(なんぢら)の内(うち)に在(あ)りと言(い)はれて居(ゐ)ます。182聖(せい)アブデユル・バハーは世界(せかい)の平和(へいわ)の人々(ひとびと)の心(こころ)の内(うち)に建(た)てられねば成(な)らぬと教(をし)へられて居(ゐ)ます。183仏陀(ぶつだ)は慈悲(じひ)の心(こころ)を十方(じつぱう)世界(せかい)に拡(ひろ)めて限界(げんかい)を設(まう)けるなと教(をし)へられて居(ゐ)ます。184ツルク聖主(せいしゆ)の御(ご)示教(じけう)も先(ま)づ第一(だいいち)に世界(せかい)人類(じんるゐ)の和合(わがふ)を以(もつ)て五六七(みろく)神政(しんせい)成就(じやうじゆ)の絶対(ぜつたい)条件(でうけん)として居(を)られます。185神聖(しんせい)とか精神(せいしん)とか霊的(れいてき)とか申(まを)すことは、186別(べつ)に不可思議(ふかしぎ)な神秘(しんぴ)なものでは無(な)く、187人類愛(じんるゐあい)の心(こころ)即(すなは)ち他(た)の国民(こくみん)や人種(じんしゆ)に対(たい)して少(すこ)しの障壁(しやうへき)も築(きづ)かず、188胸襟(きようきん)を披(ひら)いて自分(じぶん)の友人(いうじん)に対(たい)すると同様(どうやう)に友愛(いうあい)の心(こころ)を持(も)つ事(こと)で御座(ござ)います。189この障壁(しやうへき)をなす唯一(ゆゐいつ)の根元(こんげん)は自己心(じこしん)と自我心(じがしん)です。190幸(さいはひ)に我(わが)聖団(せいだん)は自己(じこ)自愛(じあい)の心(こころ)を脱却(だつきやく)し、191唯(ただ)何事(なにごと)も大神(おほかみ)様(さま)の御心(みこころ)に任(まか)す人々(ひとびと)の集(あつ)まりで御座(ござ)いますから、192大神(おほかみ)様(さま)も御(ご)嘉賞(かしやう)遊(あそ)ばして遥々(はるばる)と高砂島(たかさごじま)から聖師(せいし)を招(まね)き、193我々(われわれ)の聖団(せいだん)に与(あた)へて下(くだ)さつたものと厚(あつ)く深(ふか)く感謝(かんしや)する次第(しだい)であります。194アーメン』
195 マリヤは茲(ここ)まで演(えん)じ了(をは)り、196一同(いちどう)に向(むか)つて軽(かる)く一礼(いちれい)しながら壇(だん)を降(くだ)る。197拍手(はくしゆ)の声(こゑ)は急霰(きふさん)の如(ごと)く場(ぢやう)の外(そと)まで響(ひび)き渡(わた)つて居(ゐ)る。
198 アヽ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。
199(大正一二・七・一〇 旧五・二七 北村隆光録)
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