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霊界物語
山河草木(第61~72巻、入蒙記)
第66巻(巳の巻)
序文
総説
第1篇 月の高原
第1章 暁の空
第2章 祖先の恵
第3章 酒浮気
第4章 里庄の悩
第5章 愁雲退散
第6章 神軍義兵
第2篇 容怪変化
第7章 女白浪
第8章 神乎魔乎
第9章 谷底の宴
第10章 八百長劇
第11章 亞魔の河
第3篇 異燭獣虚
第12章 恋の暗路
第13章 恋の懸嘴
第14章 相生松風
第15章 喰ひ違ひ
第4篇 恋連愛曖
第16章 恋の夢路
第17章 縁馬の別
第18章 魔神の囁
第19章 女の度胸
第20章 真鬼姉妹
余白歌
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山河草木(第61~72巻、入蒙記)
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第66巻(巳の巻)
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<<< 総説
(B)
(N)
祖先の恵 >>>
第一章
暁
(
あかつき
)
の
空
(
そら
)
〔一六八三〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第66巻 山河草木 巳の巻
篇:
第1篇 月の高原
よみ(新仮名遣い):
つきのこうげん
章:
第1章 暁の空
よみ(新仮名遣い):
あかつきのそら
通し章番号:
1683
口述日:
1924(大正13)年12月15日(旧11月19日)
口述場所:
祥雲閣
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1926(大正15)年6月29日
概要:
舞台:
トルマン国のタライの村のサンヨの家
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2018-04-10 14:11:08
OBC :
rm6601
愛善世界社版:
7頁
八幡書店版:
第11輯 731頁
修補版:
校定版:
7頁
普及版:
初版:
ページ備考:
001
三千
(
さんぜん
)
世界
(
せかい
)
の
救世主
(
きうせいしゆ
)
002
泥
(
どろ
)
にまみれし
現世
(
うつしよ
)
を
003
洗
(
あら
)
ひ
清
(
きよ
)
むる
瑞御霊
(
みづみたま
)
004
神
(
かむ
)
素盞嗚
(
すさのを
)
の
大神
(
おほかみ
)
の
005
堅磐
(
かきは
)
常磐
(
ときは
)
に
鎮
(
しづ
)
まれる
006
ウブスナ
山
(
やま
)
の
大霊場
(
だいれいぢやう
)
007
斎苑
(
いそ
)
の
館
(
やかた
)
の
神柱
(
かむばしら
)
008
八島
(
やしま
)
の
主
(
ぬし
)
の
命
(
めい
)
を
受
(
う
)
け
009
此
(
この
)
世
(
よ
)
の
運命
(
うんめい
)
月
(
つき
)
の
国
(
くに
)
010
ハルナの
都
(
みやこ
)
に
蟠
(
わだか
)
まる
011
醜
(
しこ
)
の
曲津
(
まがつ
)
を
三五
(
あななひ
)
の
012
誠
(
まこと
)
の
道
(
みち
)
に
言向
(
ことむ
)
けて
013
世界
(
せかい
)
の
平和
(
へいわ
)
と
幸福
(
かうふく
)
を
014
来
(
きた
)
さむ
為
(
ため
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
015
常夜
(
とこよ
)
の
暗
(
やみ
)
も
照国
(
てるくに
)
の
016
別
(
わけの
)
命
(
みこと
)
は
国公
(
くにこう
)
や
017
梅公
(
うめこう
)
、
照公
(
てるこう
)
伴
(
ともな
)
ひて
018
荒風
(
あらかぜ
)
すさぶ
河鹿山
(
かじかやま
)
019
霜
(
しも
)
にふるへる
冬木立
(
ふゆこだち
)
020
神
(
かみ
)
の
使命
(
しめい
)
を
畏
(
かしこ
)
みて
021
スタスタ
登
(
のぼ
)
り
下
(
くだ
)
りつつ
022
数多
(
あまた
)
の
敵
(
てき
)
の
屯
(
たむろ
)
せる
023
難所
(
なんしよ
)
を
漸
(
やうや
)
く
突破
(
とつぱ
)
して
024
水底
(
みなそこ
)
までも
澄
(
す
)
み
渡
(
わた
)
る
025
葵
(
あふひ
)
の
沼
(
ぬま
)
の
月影
(
つきかげ
)
も
026
清照姫
(
きよてるひめ
)
や
黄金姫
(
わうごんひめ
)
の
027
教司
(
をしへつかさ
)
に
廻
(
めぐ
)
り
合
(
あ
)
ひ
028
茲
(
ここ
)
に
袂
(
たもと
)
を
別
(
わか
)
ちつつ
029
神
(
かみ
)
の
依
(
よ
)
さしの
宣伝歌
(
せんでんか
)
030
声
(
こゑ
)
も
涼
(
すず
)
しく
唄
(
うた
)
ひつつ
031
東
(
ひがし
)
南
(
みなみ
)
を
指
(
さ
)
して
行
(
ゆ
)
く
032
月日
(
つきひ
)
重
(
かさ
)
ねて
漸
(
やうや
)
くに
033
デカタン
国
(
こく
)
の
高原地
(
かうげんち
)
034
タライの
村
(
むら
)
の
棒鼻
(
ぼうばな
)
の
035
茶屋
(
ちやや
)
の
表
(
おもて
)
に
着
(
つ
)
きにけり。
036
梅公
(
うめこう
)
『
先生
(
せんせい
)
、
037
葵
(
あふひ
)
の
沼
(
ぬま
)
も
随分
(
ずいぶん
)
広
(
ひろ
)
いものですな。
038
清照姫
(
きよてるひめ
)
様
(
さま
)
、
039
黄金姫
(
わうごんひめ
)
様
(
さま
)
にお
別
(
わか
)
れしてから、
040
一瀉
(
いつしや
)
千里
(
せんり
)
の
勢
(
いきほひ
)
で、
041
人造
(
じんざう
)
テクシーに
乗
(
の
)
つて、
042
随分
(
ずいぶん
)
駆
(
か
)
け
出
(
だ
)
した
積
(
つもり
)
ですが、
043
たうとう
夜
(
よ
)
が
明
(
あ
)
けたぢやありませぬか。
044
速力
(
そくりよく
)
といひ、
045
時間
(
じかん
)
から
考
(
かんが
)
へて
見
(
み
)
れば、
046
先
(
ま
)
づ
二十
(
にじふ
)
里
(
り
)
は
確
(
たしか
)
に
突破
(
とつぱ
)
したでせう。
047
其
(
その
)
間
(
あひだ
)
は
一方
(
いつぱう
)
は
湖面
(
こめん
)
の
月
(
つき
)
、
048
一方
(
いつぱう
)
は
茫々
(
ばうばう
)
たる
原野
(
げんや
)
、
049
人家
(
じんか
)
も
無
(
な
)
く、
050
時々
(
ときどき
)
怪獣
(
くわいじう
)
の
逃
(
にげ
)
出
(
だ
)
す
音
(
おと
)
に
驚
(
おどろ
)
かされ、
051
やツと
此処
(
ここ
)
で
人家
(
じんか
)
を
見
(
み
)
つけ、
052
休息
(
きうそく
)
しようとすれば、
053
どの
家
(
いへ
)
も
此
(
この
)
家
(
いへ
)
も
戸
(
と
)
を
締
(
し
)
めて
静
(
しづ
)
まり
返
(
かへ
)
つてゐるぢやありませぬか』
054
照国
(
てるくに
)
『ウン、
055
旭
(
あさひ
)
のガンガンとお
照
(
て
)
り
遊
(
あそ
)
ばすのに、
056
気楽
(
きらく
)
な
所
(
ところ
)
と
見
(
み
)
える
哩
(
わい
)
。
057
茫漠
(
ばうばく
)
たる
原野
(
げんや
)
に
人口
(
じんこう
)
稀薄
(
きはく
)
と
来
(
き
)
てゐるのだから、
058
生存
(
せいぞん
)
競争
(
きやうそう
)
だとか、
059
生活難
(
せいくわつなん
)
だとかいふ
忌
(
い
)
まはしい
騒
(
さわ
)
ぎも
起
(
おこ
)
らず、
060
太平
(
たいへい
)
の
夢
(
ゆめ
)
を
貪
(
むさぼ
)
つてゐる
此
(
この
)
国人
(
くにびと
)
は、
061
実
(
じつ
)
に
羨
(
うらや
)
ましいぢやないか』
062
梅公
(
うめこう
)
『
併
(
しか
)
し
先生
(
せんせい
)
、
063
私
(
わたくし
)
の
考
(
かんが
)
へでは
各戸
(
かくこ
)
戸締
(
とじ
)
めをして
静
(
しづ
)
まり
返
(
かへ
)
つてゐるのは、
064
貴方
(
あなた
)
の
仰有
(
おつしや
)
る
太平
(
たいへい
)
の
夢
(
ゆめ
)
ぢやありますまい。
065
コレ
御覧
(
ごらん
)
なさい、
066
此処
(
ここ
)
には
血汐
(
ちしほ
)
が
流
(
なが
)
れて
居
(
を
)
ります。
067
此
(
この
)
血
(
ち
)
は
決
(
けつ
)
して
犬
(
いぬ
)
や
豚
(
ぶた
)
の
血
(
ち
)
ぢやありますまい。
068
大足別
(
おほだるわけ
)
の
部下
(
ぶか
)
が
人民
(
じんみん
)
を
殺害
(
さつがい
)
したり、
069
いろいろの
凶悪
(
きやうあく
)
な
事
(
こと
)
を
行
(
や
)
つた
記念
(
きねん
)
ではありますまいか。
070
私
(
わたくし
)
の
考
(
かんが
)
へでは、
071
人民
(
じんみん
)
が
恐
(
おそ
)
れて
戸
(
と
)
をしめて、
072
息
(
いき
)
を
殺
(
ころ
)
してゐるのだらうと
思
(
おも
)
ひますがな』
073
照国
(
てるくに
)
『
大足別
(
おほだるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
がどうやら
此処
(
ここ
)
を
通過
(
つうくわ
)
したらしいから、
074
或
(
あるひ
)
は
掠奪
(
りやくだつ
)
、
075
強盗
(
がうたう
)
、
076
強姦
(
がうかん
)
、
077
殺戮
(
さつりく
)
など、
078
所在
(
あらゆる
)
悪業
(
あくごふ
)
をやりよつたかも
知
(
し
)
れないなア。
079
実
(
じつ
)
にバラモン
軍
(
ぐん
)
といふ
奴
(
やつ
)
は
乱暴
(
らんばう
)
な
代物
(
しろもの
)
だ、
080
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
此
(
この
)
家
(
いへ
)
を
叩
(
たた
)
き
起
(
おこ
)
して
様子
(
やうす
)
を
聞
(
き
)
いてみようぢやないか』
081
梅公
(
うめこう
)
『
何
(
なん
)
だか
私
(
わたくし
)
は
体内
(
たいない
)
の
憤怒
(
ふんぬ
)
といふ
怪物
(
くわいぶつ
)
が
頭
(
あたま
)
を
擡
(
もた
)
げ
出
(
だ
)
し、
082
胸中
(
きようちう
)
聊
(
いささ
)
か
不穏
(
ふおん
)
になつて
来
(
き
)
ました。
083
ヒヨツとしたら、
084
此
(
この
)
家
(
いへ
)
の
中
(
なか
)
にはバラモンの
頭株
(
かしらかぶ
)
が
潜伏
(
せんぷく
)
してるのではありますまいか。
085
里人
(
さとびと
)
は
已
(
すで
)
に
已
(
すで
)
に
家
(
いへ
)
を
捨
(
す
)
てて
逃
(
にげ
)
去
(
さ
)
り、
086
其
(
その
)
後
(
あと
)
へバラモンの
奴
(
やつ
)
、
087
ぬつけりこと
住
(
す
)
み
込
(
こ
)
んで、
088
吾々
(
われわれ
)
を
騙討
(
だましうち
)
する
計画
(
けいくわく
)
かも
知
(
し
)
れませぬぜ』
089
照国
(
てるくに
)
『とも
角
(
かく
)
、
090
戸
(
と
)
を
叩
(
たた
)
いて
呼
(
よび
)
起
(
おこ
)
し、
091
内部
(
ないぶ
)
の
秘密
(
ひみつ
)
を
調査
(
てうさ
)
してみようぢやないか』
092
梅公
(
うめこう
)
『オイ、
093
照
(
てる
)
さま、
094
君
(
きみ
)
は
何
(
なに
)
をふさぎ
込
(
こ
)
んでゐるのだ。
095
こんな
所
(
ところ
)
でへこたれて
何
(
ど
)
うするのだい。
096
これからが
千騎
(
せんき
)
一騎
(
いつき
)
の
性念場
(
しやうねんば
)
だぞ。
097
神軍
(
しんぐん
)
の
勇士
(
ゆうし
)
が、
098
其
(
その
)
青
(
あを
)
ざめた
面
(
つら
)
は
何
(
なん
)
だい』
099
照公
(
てるこう
)
『
別
(
べつ
)
に
欝
(
ふさ
)
ぎ
込
(
こ
)
んでゐるのぢやない』
100
梅公
(
うめこう
)
『そんなら
何
(
なん
)
だ。
101
心
(
こころ
)
の
戸締
(
とじ
)
めをやつて、
102
此
(
この
)
家
(
いへ
)
の
主人
(
しゆじん
)
の
如
(
ごと
)
く、
103
家
(
いへ
)
の
隅
(
すま
)
くたで
慄
(
ふる
)
うてゐるのだらう。
104
何時
(
いつ
)
も
偉相
(
えらさう
)
に
云
(
い
)
つてゐる
刹那心
(
せつなしん
)
はどこで
紛失
(
ふんしつ
)
して
了
(
しま
)
つたのだ』
105
照公
(
てるこう
)
『
先
(
ま
)
づ
此
(
この
)
家
(
いへ
)
を
開
(
あ
)
けて
見給
(
みたま
)
へ、
106
誰
(
たれ
)
も
居
(
ゐ
)
ないだらう。
107
人間
(
にんげん
)
の
住
(
す
)
んでゐる
家
(
いへ
)
は
屋根
(
やね
)
の
棟
(
むね
)
を
見
(
み
)
ても
活々
(
いきいき
)
してゐる。
108
ここはキツト
空家
(
あきや
)
だよ』
109
梅公
(
うめこう
)
『
馬鹿
(
ばか
)
云
(
い
)
ふな、
110
何
(
なに
)
程
(
ほど
)
不景気
(
ふけいき
)
でも
家賃
(
やちん
)
が
高
(
たか
)
くつても、
111
かう
五軒
(
ごけん
)
も
六軒
(
ろくけん
)
も
空家
(
あきや
)
が
並
(
なら
)
ぶ
道理
(
だうり
)
がない。
112
又
(
また
)
空家
(
あきや
)
なれば、
113
はすかいピシヤンがあり
相
(
さう
)
なものだ。
114
斜
(
はす
)
かい
紙
(
がみ
)
の
貼
(
は
)
つてないとこを
見
(
み
)
れば
115
人
(
ひと
)
がゐるに
定
(
きま
)
つてゐるワ』
116
照公
(
てるこう
)
『
斜
(
はす
)
かひピシヤンつて
117
何
(
なん
)
の
事
(
こと
)
だい』
118
梅公
(
うめこう
)
『ハヽヽヽヽ
世情
(
せじやう
)
に
通
(
つう
)
じない
坊
(
ぼ
)
んさまだなア。
119
斜
(
はす
)
かいピシヤンといふことは、
120
白
(
しろ
)
い
紙
(
かみ
)
に
貸家
(
かしや
)
と
書
(
か
)
いて、
121
戸
(
と
)
をピシヤンと
締
(
し
)
め、
122
それを
斜交
(
はすか
)
ひに
貼
(
は
)
ることだ。
123
それのしてない
所
(
ところ
)
はキツと
人
(
ひと
)
がゐるのだ。
124
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
戸
(
と
)
を
叩
(
たた
)
いてやらうかい。
125
三千
(
さんぜん
)
世界
(
せかい
)
の
救世主
(
きうせいしゆ
)
、
126
其
(
その
)
救世主
(
きうせいしゆ
)
のお
使
(
つかひ
)
が
門
(
かど
)
に
立
(
た
)
つてゐるのに、
127
心
(
こころ
)
の
盲
(
めくら
)
、
128
心
(
こころ
)
の
聾
(
つんぼ
)
は
門
(
もん
)
を
開
(
ひら
)
いて
迎
(
むか
)
へ
入
(
い
)
れ
奉
(
たてまつ
)
り
平和
(
へいわ
)
と
幸福
(
かうふく
)
とを
味
(
あぢ
)
はふことを
知
(
し
)
らないものだ』
129
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
130
ドンドンドンと
拳
(
こぶし
)
を
固
(
かた
)
めて、
131
メツタ
矢鱈
(
やたら
)
に、
132
戸
(
と
)
の
破
(
わ
)
れる
程
(
ほど
)
叩
(
たた
)
きつけた。
133
幾
(
いく
)
ら
打
(
う
)
つても
叩
(
たた
)
いても、
134
鼠
(
ねずみ
)
の
声
(
こゑ
)
一
(
ひと
)
つ
聞
(
きこ
)
えて
来
(
こ
)
ない。
135
梅公
(
うめこう
)
『どうも
不思議
(
ふしぎ
)
だなア。
136
不在
(
るす
)
の
中
(
うち
)
へ
無理
(
むり
)
に
這入
(
はい
)
れば
空巣
(
あきす
)
狙
(
ねら
)
ひと
誤解
(
ごかい
)
されるなり、
137
又
(
また
)
仮令
(
たとへ
)
人
(
ひと
)
が
居
(
を
)
つてもお
入
(
はい
)
りなさいと
云
(
い
)
はない
限
(
かぎ
)
りは、
138
家宅
(
かたく
)
侵入罪
(
しんにふざい
)
となるなり、
139
コリヤ
断念
(
だんねん
)
して、
140
どつか
外
(
ほか
)
の
家
(
うち
)
へ
行
(
い
)
つて
休息
(
きうそく
)
することにしよう。
141
先生
(
せんせい
)
、
142
さう
願
(
ねが
)
つたら
何
(
ど
)
うでせうか』
143
照国
(
てるくに
)
『ウン、
144
お
前
(
まへ
)
の
云
(
い
)
ふのも
一応
(
いちおう
)
尤
(
もつと
)
もだが、
145
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
つて
戸
(
と
)
を
叩
(
たた
)
き
破
(
わ
)
つてでも
這入
(
はい
)
らうぢやないか』
146
梅公
(
うめこう
)
『
先生
(
せんせい
)
の
御
(
ご
)
命令
(
めいれい
)
とあればやつつけませう』
147
と
無理
(
むり
)
に
戸
(
と
)
を
引
(
ひき
)
開
(
あ
)
け、
148
屋内
(
をくない
)
に
三
(
さん
)
人
(
にん
)
は
進
(
すす
)
み
入
(
い
)
つた。
149
見
(
み
)
れば
余
(
あま
)
り
広
(
ひろ
)
からぬ
座敷
(
ざしき
)
の
隅
(
すみ
)
に、
150
雁字
(
がんじ
)
がらめに
縛
(
くく
)
られ、
151
額口
(
ひたひぐち
)
から
血
(
ち
)
を
出
(
だ
)
して、
152
虫
(
むし
)
の
息
(
いき
)
になつた
老婆
(
らうば
)
が
一人
(
ひとり
)
横
(
よこ
)
たはつてゐる。
153
梅公
(
うめこう
)
『
先生
(
せんせい
)
、
154
ヤツパリ
空家
(
あきや
)
ではありませぬワ。
155
可哀相
(
かあいさう
)
にこんな
老人
(
としより
)
が、
156
しかも
眉間
(
みけん
)
に
傷
(
きず
)
をうけ、
157
雁字
(
がんじ
)
搦
(
がら
)
めにくくられて
居
(
ゐ
)
るではありませぬか。
158
此
(
この
)
婆
(
ばあ
)
さまを
助
(
たす
)
けて、
159
事情
(
じじやう
)
を
聞
(
き
)
きませうか』
160
照国
(
てるくに
)
『あゝ
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
に
御
(
お
)
願
(
ねがひ
)
しよう。
161
サアお
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
も
私
(
わたし
)
と
一緒
(
いつしよ
)
に
神言
(
かみごと
)
を
奏上
(
そうじやう
)
しよう』
162
『ハイ
畏
(
かしこ
)
まりました』と
梅
(
うめ
)
、
163
照
(
てる
)
の
両人
(
りやうにん
)
は
音吐
(
おんと
)
朗々
(
らうらう
)
として
神言
(
かみごと
)
を
奏上
(
そうじやう
)
し、
164
天
(
あま
)
の
数歌
(
かずうた
)
を
数回
(
すうくわい
)
繰
(
くり
)
返
(
かへ
)
した。
165
老婆
(
らうば
)
は
初
(
はじ
)
めて
気
(
き
)
のついたかの
如
(
ごと
)
く、
166
秋
(
あき
)
の
虫
(
むし
)
の
霜
(
しも
)
に
悩
(
なや
)
みし
如
(
ごと
)
き
細
(
ほそ
)
き
声
(
こゑ
)
を
張
(
はり
)
上
(
あげ
)
て、
167
老婆
(
らうば
)
(サンヨ)
『
何
(
いづ
)
れの
方
(
かた
)
かは
知
(
し
)
りませぬが、
168
よくマアお
助
(
たす
)
け
下
(
くだ
)
さいました。
169
どうぞ、
170
お
慈悲
(
じひ
)
に
此
(
この
)
縄
(
なは
)
を
解
(
と
)
いて
下
(
くだ
)
さいませ』
171
梅公
(
うめこう
)
『お
前
(
まへ
)
が
頼
(
たの
)
まなくても
助
(
たす
)
けに
来
(
き
)
たのだ』
172
と
言
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
173
短刀
(
たんたう
)
を
取
(
とり
)
出
(
だ
)
し
縄目
(
なはめ
)
をプツと
切
(
き
)
つて、
174
梅公
(
うめこう
)
『サアサアお
婆
(
ばあ
)
さま、
175
安心
(
あんしん
)
なさい。
176
モウ
吾々
(
われわれ
)
が
現
(
あら
)
はれた
以上
(
いじやう
)
は、
177
虎
(
とら
)
でも
狼
(
おほかみ
)
でも
獅子
(
しし
)
でも
恐
(
おそ
)
るるに
足
(
た
)
らない。
178
ここにゐられる
先生
(
せんせい
)
は
照国別
(
てるくにわけ
)
といつて、
179
神力
(
しんりき
)
無双
(
むそう
)
の
勇士
(
ゆうし
)
だよ。
180
これには
何
(
なに
)
か
深
(
ふか
)
い
理由
(
わけ
)
があるだらう。
181
一度
(
いちど
)
話
(
はなし
)
て
下
(
くだ
)
さらぬか』
182
老婆
(
らうば
)
(サンヨ)
『ハイ
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
います。
183
喉
(
のど
)
が
渇
(
かわ
)
いてをりますから、
184
恐
(
おそ
)
れながら
水
(
みづ
)
一杯
(
いつぱい
)
戴
(
いただ
)
けますまいか』
185
梅公
(
うめこう
)
『ヨシヨシ
水
(
みづ
)
は
無代
(
ただ
)
だ。
186
お
前
(
まへ
)
が
青息
(
あをいき
)
吐息
(
といき
)
をついてる
九死
(
きうし
)
一生
(
いつしやう
)
の
場合
(
ばあひ
)
を、
187
葵
(
あふひ
)
の
沼
(
ぬま
)
で
無料
(
むれう
)
で
購入
(
こうにふ
)
して
来
(
き
)
た
水筒
(
すいとう
)
の
水
(
みづ
)
、
188
サアサア
遠慮
(
ゑんりよ
)
はいらぬ、
189
幾
(
いく
)
らなつと
呑
(
の
)
みなさい。
190
一杯
(
いつぱい
)
で
足
(
た
)
りなけりや、
191
若
(
わか
)
い
者
(
もの
)
の
足
(
あし
)
だ、
192
幾
(
いく
)
らでも
汲
(
く
)
んで
来
(
き
)
てやらう』
193
と
水筒
(
すいとう
)
を
老婆
(
らうば
)
の
口
(
くち
)
にあてた。
194
老婆
(
らうば
)
は
飢
(
う
)
え
渇
(
かわ
)
いた
餓鬼
(
がき
)
の
如
(
ごと
)
く、
195
クツクツと
喉
(
のど
)
を
鳴
(
な
)
らし、
196
瞬
(
またた
)
く
間
(
ま
)
に
水筒
(
すいとう
)
を
空
(
から
)
にして
了
(
しま
)
つた。
197
梅公
(
うめこう
)
『これが
所謂
(
いはゆる
)
命
(
いのち
)
の
清水
(
しみづ
)
だ、
198
瑞
(
みづ
)
の
霊
(
みたま
)
の
御
(
ご
)
利益
(
りやく
)
だ。
199
婆
(
ばあ
)
さま
200
しつかりしなさいや』
201
老婆
(
らうば
)
(サンヨ)
『ハイ
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
います。
202
貴方
(
あなた
)
に
頂
(
いただ
)
いた
此
(
この
)
清水
(
しみづ
)
、
203
五臓
(
ござう
)
六腑
(
ろつぷ
)
に
浸
(
し
)
み
渡
(
わた
)
り、
204
体中
(
からだぢう
)
が
活々
(
いきいき
)
として
参
(
まゐ
)
りました。
205
そして
俄
(
にはか
)
に
温
(
あたた
)
かくなつて
参
(
まゐ
)
りました。
206
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
います』
207
照公
(
てるこう
)
『
時
(
とき
)
に
梅公
(
うめこう
)
、
208
此
(
この
)
御
(
お
)
婆
(
ばあ
)
さまの
額口
(
ひたひぐち
)
にはエライ
傷
(
きず
)
が
出来
(
でき
)
てるぢやないか。
209
此
(
この
)
傷
(
きず
)
をば
直
(
なほ
)
してやらなくちやならうまい』
210
梅公
(
うめこう
)
『オイ
照
(
てる
)
さま、
211
お
土
(
つち
)
だ お
土
(
つち
)
だ』
212
照公
(
てるこう
)
は『
成程
(
なるほど
)
』とうなづき
乍
(
なが
)
ら、
213
表
(
おもて
)
へ
駆
(
かけ
)
出
(
だ
)
し、
214
一握
(
ひとにぎ
)
りの
黄色
(
きいろ
)
い
真土
(
まつち
)
を
取
(
と
)
つて
来
(
き
)
て、
215
婆
(
ばあ
)
さまの
疵口
(
きづぐち
)
に
塗
(
ぬ
)
り、
216
繃帯
(
ほうたい
)
で
鉢巻
(
はちまき
)
をさせ、
217
二三回
(
にさんくわい
)
数歌
(
かずうた
)
を
奏上
(
そうじやう
)
し、
218
照公
(
てるこう
)
『サアお
婆
(
ばあ
)
さま、
219
これですぐ
平癒
(
へいゆ
)
するよ』
220
老婆
(
らうば
)
(サンヨ)
『ハイ、
221
おかげ
様
(
さま
)
で
最早
(
もはや
)
痛
(
いた
)
みがとまりました。
222
人
(
ひと
)
を
悩
(
なや
)
める
神
(
かみ
)
もあれば、
223
人
(
ひと
)
を
助
(
たす
)
ける
神
(
かみ
)
もあるとは、
224
よく
云
(
い
)
つたことで
厶
(
ござ
)
います。
225
貴方
(
あなた
)
は
本当
(
ほんたう
)
に
救世主
(
きうせいしゆ
)
で
厶
(
ござ
)
います。
226
此
(
この
)
御恩
(
ごおん
)
は
決
(
けつ
)
して
忘
(
わす
)
れは
致
(
いた
)
しませぬ。
227
私
(
わたくし
)
はサンヨと
申
(
まを
)
す
者
(
もの
)
で
228
若
(
わか
)
い
時
(
とき
)
から
夫
(
をつと
)
に
離
(
はな
)
れ、
229
二人
(
ふたり
)
の
娘
(
むすめ
)
と
細
(
ほそ
)
い
煙
(
けぶり
)
を
立
(
た
)
てて
暮
(
くら
)
して
居
(
を
)
りましたが、
230
姉
(
あね
)
の
方
(
はう
)
は
性質
(
せいしつ
)
が
悪
(
わる
)
く、
231
十八
(
じふはち
)
の
春
(
はる
)
232
私
(
わたし
)
の
宅
(
うち
)
に
泊
(
とま
)
つた
修験者
(
しゆげんじや
)
に
拐
(
かどわ
)
かされ、
233
行衛
(
ゆくゑ
)
は
知
(
し
)
れず、
234
あとに
残
(
のこ
)
つた
一人
(
ひとり
)
の
妹
(
いもうと
)
を
力
(
ちから
)
として、
235
余命
(
よめい
)
をつないで
居
(
を
)
りました
所
(
ところ
)
、
236
バラモン
軍
(
ぐん
)
の
大足別
(
おほだるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
の
部下
(
ぶか
)
がやつて
参
(
まゐ
)
りまして、
237
私
(
わたし
)
の
娘
(
むすめ
)
を
掠奪
(
りやくだつ
)
しようと
致
(
いた
)
しますので
238
命
(
いのち
)
に
代
(
か
)
へても
渡
(
わた
)
されないと
拒
(
こば
)
みました
所
(
ところ
)
、
239
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても
老人
(
としより
)
の
非力
(
ひりき
)
、
240
一方
(
いつぱう
)
は
血気
(
けつき
)
盛
(
ざか
)
りの
命知
(
いのちし
)
らずの
軍人
(
いくさびと
)
、
241
五六
(
ごろく
)
人
(
にん
)
の
奴
(
やつ
)
に、
242
貴方
(
あなた
)
の
御覧
(
ごらん
)
の
通
(
とほ
)
り、
243
手足
(
てあし
)
を
雁字
(
がんじ
)
り
巻
(
まき
)
に
縛
(
しば
)
られ、
244
刀
(
かたな
)
の
むね
で
額
(
ひたひ
)
を
打
(
う
)
たれ、
245
致死期
(
ちしご
)
の
際
(
さい
)
に、
246
貴方
(
あなた
)
に
助
(
たす
)
けられたので
厶
(
ござ
)
いますが、
247
何
(
ど
)
うか
貴方
(
あなた
)
等
(
がた
)
の
御
(
ご
)
神力
(
しんりき
)
によりまして、
248
誠
(
まこと
)
につけ
上
(
あが
)
りのした
願
(
ねがひ
)
なれど、
249
モ
一度
(
いちど
)
娘
(
むすめ
)
に
合
(
あ
)
はせて
下
(
くだ
)
さることは
出来
(
でき
)
ますまいかなア』
250
と
老
(
おい
)
の
涙
(
なみだ
)
に
膝
(
ひざ
)
をぬらしてゐる。
251
照国別
(
てるくにわけ
)
は
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
さに
堪
(
た
)
へず『ウン』と
云
(
い
)
つた
切
(
き
)
り、
252
両眼
(
りやうがん
)
を
塞
(
ふさ
)
いで、
253
何事
(
なにごと
)
か
祈願
(
きぐわん
)
をこらしてゐる。
254
照公
(
てるこう
)
も
両眼
(
りやうがん
)
に
涙
(
なみだ
)
を
浮
(
う
)
かべ、
255
老婆
(
らうば
)
の
痩
(
やせ
)
こけた
哀
(
あは
)
れな
面
(
かほ
)
を
見
(
み
)
つめてゐた。
256
老婆
(
らうば
)
は
一行
(
いつかう
)
の
面
(
かほ
)
を
打
(
うち
)
仰
(
あふ
)
ぎ
乍
(
なが
)
ら、
257
宣伝使
(
せんでんし
)
の
返答
(
へんたふ
)
いかにと
待
(
ま
)
ち
佗
(
わび
)
面
(
がほ
)
である。
258
少時
(
しばし
)
は
沈黙
(
ちんもく
)
の
幕
(
まく
)
が
四
(
よ
)
人
(
にん
)
の
間
(
あひだ
)
におりた。
259
梅公
(
うめこう
)
『
婆
(
ばあ
)
アさま、
260
其
(
その
)
さらはれた
娘
(
むすめ
)
といふのは
年頃
(
としごろ
)
は
幾
(
いく
)
つだな』
261
サンヨ『
数
(
かぞ
)
へ
年
(
どし
)
十八
(
じふはち
)
歳
(
さい
)
で
厶
(
ござ
)
います』
262
梅公
(
うめこう
)
『
年
(
とし
)
は
二八
(
にはち
)
か
二九
(
にく
)
からぬ、
263
花
(
はな
)
の
莟
(
つぼみ
)
の
真娘
(
まなむすめ
)
、
264
人
(
ひと
)
もあらうに、
265
バラモン
軍
(
ぐん
)
にさらはれるとは
因果
(
いんぐわ
)
な
母娘
(
おやこ
)
だなア。
266
ヨーシ、
267
私
(
わたし
)
も
人
(
ひと
)
を
救
(
すく
)
ふ
宣伝使
(
せんでんし
)
の
卵
(
たまご
)
だ。
268
男子
(
だんし
)
が
一旦
(
いつたん
)
こんなことを
聞
(
き
)
いた
以上
(
いじやう
)
、
269
何
(
ど
)
うして
見逃
(
みのが
)
すことが
出来
(
でき
)
よう。
270
義侠心
(
ぎけふしん
)
とかいふ
奴
(
やつ
)
、
271
私
(
わたし
)
の
肚
(
はら
)
の
中
(
なか
)
でソロソロ
動員令
(
どうゐんれい
)
を
発布
(
はつぷ
)
しさうだ。
272
婆
(
ばあ
)
さま
273
安心
(
あんしん
)
なさい。
274
キツト
私
(
わたし
)
が
取
(
とり
)
返
(
かへ
)
してみよう、
275
男子
(
だんし
)
の
言葉
(
ことば
)
に
二言
(
にごん
)
はありませぬぞや』
276
サンヨ『
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
います。
277
枯木
(
かれき
)
に
花
(
はな
)
の
咲
(
さ
)
いたやうな
気分
(
きぶん
)
になりました。
278
私
(
わたし
)
の
生命
(
いのち
)
は
何
(
ど
)
うなつても
惜
(
をし
)
みませぬから、
279
どうかあの
娘
(
むすめ
)
をお
救
(
すく
)
ひ
下
(
くだ
)
さいませ。
280
そして
私
(
わたし
)
は
最早
(
もはや
)
老齢
(
らうれい
)
、
281
此
(
この
)
世
(
よ
)
に
少
(
すこ
)
しも
未練
(
みれん
)
は
厶
(
ござ
)
いませぬが、
282
姉
(
あね
)
といひ
妹
(
いもうと
)
といひ、
283
行衛
(
ゆくえ
)
が
知
(
し
)
れないので
厶
(
ござ
)
います。
284
どうぞ
貴方
(
あなた
)
がどちらかにお
会
(
あ
)
ひ
下
(
くだ
)
さらば、
285
娘
(
むすめ
)
の
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
をお
任
(
まか
)
せ
致
(
いた
)
します』
286
梅公
(
うめこう
)
『お
婆
(
ばあ
)
さま、
287
お
前
(
まへ
)
の
娘
(
むすめ
)
とあらば
随分
(
ずいぶん
)
別嬪
(
べつぴん
)
だらうな。
288
お
前
(
まへ
)
の
面立
(
おもだ
)
ちも
一
(
ひと
)
しほ
気品
(
きひん
)
が
高
(
たか
)
く、
289
昔
(
むかし
)
は
花
(
はな
)
にウソつく
美人
(
びじん
)
であつたらう。
290
其
(
その
)
俤
(
おもかげ
)
がまだ
残
(
のこ
)
つてゐるよ』
291
サンヨ『ホヽヽヽ
御
(
ご
)
冗談
(
じようだん
)
斗
(
ばか
)
り
仰有
(
おつしや
)
いまして……
私
(
わたし
)
は
此
(
この
)
通
(
とほ
)
り
皺苦茶
(
しわくちや
)
だらけの
狸婆
(
たぬきばば
)
で
厶
(
ござ
)
いますが、
292
親
(
おや
)
の
口
(
くち
)
から
申
(
まを
)
すと
何
(
なん
)
だか
自慢
(
じまん
)
のやうに
厶
(
ござ
)
いませうが、
293
此
(
この
)
里
(
さと
)
きつての
美人
(
びじん
)
だと、
294
娘
(
むすめ
)
は
言
(
い
)
はれて
居
(
を
)
りました』
295
梅公
(
うめこう
)
『さうだらう、
296
美人
(
びじん
)
と
聞
(
き
)
けば
猶更
(
なほさら
)
憐
(
あは
)
れを
一層
(
いつそう
)
増
(
ま
)
すやうだ。
297
お
婆
(
ばあ
)
さま、
298
心配
(
しんぱい
)
なさいますな。
299
キツト
此
(
この
)
梅公
(
うめこう
)
が
助
(
たす
)
けて
見
(
み
)
せませう』
300
サンヨ『
何分
(
なにぶん
)
宜
(
よろ
)
しう
願
(
ねが
)
ひます』
301
照公
(
てるこう
)
『オイ
梅公
(
うめこう
)
、
302
美人
(
びじん
)
と
聞
(
き
)
いて、
303
俄
(
にはか
)
に
貴様
(
きさま
)
の
顔色
(
かほいろ
)
がよくなつたぢやないか、
304
ハツハヽヽ』
305
梅公
(
うめこう
)
『
一度
(
いちど
)
に
開
(
ひら
)
く
梅公
(
うめこう
)
の
花嫁
(
はなよめ
)
だ。
306
キツと
俺
(
おれ
)
のムニヤ ムニヤ ムニヤ』
307
照公
(
てるこう
)
『ハヽヽヽヽ、
308
たうとうあとをボカして
了
(
しま
)
ひよつたな。
309
併
(
しか
)
し
先生
(
せんせい
)
、
310
梅公
(
うめこう
)
が
軽率
(
けいそつ
)
にも、
311
美人
(
びじん
)
と
聞
(
き
)
いて
安請合
(
やすうけあひ
)
に
請合
(
うけあひ
)
ましたが、
312
何
(
ど
)
うでせう、
313
ここの
娘
(
むすめ
)
も
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
だが、
314
大足別
(
おほだるわけ
)
の
部下
(
ぶか
)
が
行
(
ゆ
)
く
先々
(
さきざき
)
で
所在
(
あらゆる
)
悪虐
(
あくぎやく
)
無道
(
ぶだう
)
をやつてゐると
思
(
おも
)
へば、
315
ここの
娘
(
むすめ
)
の
一人
(
ひとり
)
に
全力
(
ぜんりよく
)
を
尽
(
つく
)
す
訳
(
わけ
)
にも
行
(
ゆ
)
きますまい。
316
あなたと
私
(
わたし
)
は
一
(
いち
)
時
(
じ
)
も
早
(
はや
)
く
此
(
この
)
場
(
ば
)
を
立
(
たち
)
去
(
さ
)
り、
317
ここの
娘
(
むすめ
)
の
一件
(
いつけん
)
は
梅公
(
うめこう
)
に
一任
(
いちにん
)
しておこうぢやありませぬか』
318
照国
(
てるくに
)
『いや、
319
心配
(
しんぱい
)
はいらぬ。
320
何事
(
なにごと
)
も
吾々
(
われわれ
)
の
耳
(
みみ
)
に
入
(
い
)
つた
以上
(
いじやう
)
は、
321
キツト
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
お
)
引合
(
ひきあは
)
せだから、
322
娘
(
むすめ
)
さまの
所在
(
ありか
)
も
分
(
わか
)
るだらう。
323
又
(
また
)
お
婆
(
ばあ
)
さまも
益々
(
ますます
)
壮健
(
さうけん
)
になり、
324
千歳
(
ちとせ
)
の
命
(
いのち
)
を
保
(
たも
)
つであらう。
325
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
三
(
さん
)
人
(
にん
)
が
肚
(
はら
)
を
合
(
あは
)
せ、
326
御
(
ご
)
神業
(
しんげふ
)
の
為
(
ため
)
に
進
(
すす
)
まうぢやないか。
327
コレコレお
婆
(
ばあ
)
さま、
328
照国別
(
てるくにわけ
)
が
呑
(
の
)
み
込
(
こ
)
んだ、
329
キツト
二人
(
ふたり
)
の
娘
(
むすめ
)
を
助
(
たす
)
けて
上
(
あ
)
げませう』
330
サンヨ『ハイ
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
います。
331
何分
(
なにぶん
)
宜
(
よろ
)
しくお
慈悲
(
じひ
)
を
願
(
ねが
)
ひます』
332
と、
333
とめどもなく
涙
(
なみだ
)
にひたつてゐる。
334
かかる
所
(
ところ
)
へ
門口
(
かどぐち
)
のあいたのを
幸
(
さいはひ
)
、
335
二人
(
ふたり
)
の
男
(
をとこ
)
が
慌
(
あわ
)
ただしく
入
(
い
)
り
来
(
きた
)
り、
336
甲
(
かふ
)
(エルソン)
『オイ
婆
(
ばあ
)
さま、
337
お
前
(
まへ
)
の
宅
(
うち
)
は
別状
(
べつじやう
)
ないかなア』
338
乙
(
おつ
)
(タクソン)
『
実
(
じつ
)
ア、
339
婆
(
ばあ
)
さま
一人
(
ひとり
)
、
340
娘
(
むすめ
)
一人
(
ひとり
)
、
341
バラモン
軍
(
ぐん
)
の
襲来
(
しふらい
)
で
困
(
こま
)
つて
居
(
ゐ
)
るだらうから、
342
助
(
たす
)
けに
来
(
き
)
たいと
思
(
おも
)
うたが、
343
何分
(
なにぶん
)
俺
(
おれ
)
の
女房
(
にようばう
)
迄
(
まで
)
取
(
とり
)
さらへられて
取返
(
とりかへ
)
すことの
出来
(
でき
)
ないやうな
場合
(
ばあひ
)
で、
344
残念
(
ざんねん
)
だつた。
345
どうぢや、
346
花香
(
はなか
)
さまは、
347
御
(
ご
)
無事
(
ぶじ
)
だつたかなア』
348
サンヨ『あゝお
前
(
まへ
)
は、
349
タクソン、
350
エルソンのお
二人
(
ふたり
)
さまか、
351
ようマア
親切
(
しんせつ
)
に
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さつた。
352
残念
(
ざんねん
)
乍
(
なが
)
ら
娘
(
むすめ
)
の
花香
(
はなか
)
はバラモン
軍
(
ぐん
)
にかつさらはれました。
353
オンオンオン』
354
と
村人
(
むらびと
)
の
親切
(
しんせつ
)
な
言葉
(
ことば
)
を
聞
(
き
)
いて
恥
(
はぢ
)
も
外聞
(
ぐわいぶん
)
も
忘
(
わす
)
れて
泣
(
な
)
き
倒
(
たふ
)
れる。
355
タクソン『お
婆
(
ばあ
)
さま、
356
心配
(
しんぱい
)
するな。
357
キツト、
358
バラモンの
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
守護
(
しゆご
)
で、
359
時節
(
じせつ
)
をまつてをれば、
360
親子
(
おやこ
)
の
対面
(
たいめん
)
をさして
下
(
くだ
)
さるだらう。
361
私
(
わたし
)
だつて
女房
(
にようばう
)
を
取
(
と
)
られ、
362
財産
(
ざいさん
)
をボツたくられ、
363
実
(
じつ
)
に
悲
(
かな
)
しい
目
(
め
)
に
会
(
あ
)
うたけれど、
364
日頃
(
ひごろ
)
信仰
(
しんかう
)
のおかげで
何事
(
なにごと
)
も
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
に
任
(
まか
)
せ、
365
慰
(
なぐさ
)
めてゐるのだ。
366
あーあ』
367
と
吐息
(
といき
)
をつく。
368
サンヨ『
私
(
わたし
)
は
娘
(
むすめ
)
を
取
(
と
)
られ、
369
吾
(
わが
)
身
(
み
)
は
雁字
(
がんじ
)
搦
(
がら
)
みにしばられ、
370
剣
(
つるぎ
)
の
むね
にて
眉間
(
みけん
)
を
打
(
う
)
たれ、
371
虫
(
むし
)
の
息
(
いき
)
になつてゐた
所
(
ところ
)
を、
372
此
(
この
)
先生
(
せんせい
)
方
(
がた
)
が
御
(
ご
)
親切
(
しんせつ
)
にお
尋
(
たづ
)
ね
下
(
くだ
)
さつて、
373
いろいろと
介抱
(
かいはう
)
なし
下
(
くだ
)
さつたおかげで、
374
甦
(
よみがへ
)
つたのだよ。
375
どうか、
376
此
(
この
)
方々
(
かたがた
)
に
御
(
お
)
礼
(
れい
)
を
申
(
まを
)
して
下
(
くだ
)
さい』
377
タクソン『ヤ、
378
余
(
あま
)
りあわててゐるので、
379
三
(
さん
)
人
(
にん
)
のお
方
(
かた
)
に
御
(
ご
)
挨拶
(
あいさつ
)
も
忘
(
わす
)
れてゐた。
380
……コレハコレハお
三
(
さん
)
人
(
にん
)
さま、
381
誠
(
まこと
)
に
失礼
(
しつれい
)
を
致
(
いた
)
しました。
382
そして
貴師
(
あなた
)
はバラモンの
宣伝使
(
せんでんし
)
で
厶
(
ござ
)
いますか』
383
梅公
(
うめこう
)
『イヤ、
384
吾々
(
われわれ
)
はバラモンではない。
385
斎苑
(
いそ
)
の
館
(
やかた
)
の
瑞
(
みづ
)
の
御霊
(
みたまの
)
大神
(
おほかみ
)
の
神勅
(
しんちよく
)
を
奉
(
ほう
)
じ、
386
天下
(
てんか
)
を
救済
(
きうさい
)
に
廻
(
めぐ
)
つてゐる
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
だ』
387
タクソン、
388
エルソンの
二人
(
ふたり
)
は『ハツ』と
驚
(
おどろ
)
き
両手
(
りやうて
)
をついて、
389
落涙
(
らくるい
)
し
乍
(
なが
)
ら
感謝
(
かんしや
)
の
意
(
い
)
を
表
(
へう
)
してゐる。
390
高原
(
かうげん
)
を
吹
(
ふき
)
渡
(
わた
)
る
名物
(
めいぶつ
)
の
大風
(
おほかぜ
)
は
窓
(
まど
)
の
戸
(
と
)
をガタつかせ
乍
(
なが
)
ら、
391
ヒユーヒユーと
怪
(
あや
)
しき
声
(
こゑ
)
を
立
(
た
)
てて
北
(
きた
)
から
南
(
みなみ
)
へ
渡
(
わた
)
つて
行
(
ゆ
)
く。
392
(
大正一三・一二・一五
旧一一・一九
於祥雲閣
松村真澄
録)
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