霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一章 暁(あかつき)の空(そら)〔一六八三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第66巻 山河草木 巳の巻 篇:第1篇 月の高原 よみ(新仮名遣い):つきのこうげん
章:第1章 暁の空 よみ(新仮名遣い):あかつきのそら 通し章番号:1683
口述日:1924(大正13)年12月15日(旧11月19日) 口述場所:祥雲閣 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年6月29日
概要: 舞台:トルマン国のタライの村のサンヨの家 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2018-04-10 14:11:08 文字数:5133 OBC :rm6601
愛善世界社版:7頁 八幡書店版:第11輯 731頁 修補版: 校定版:7頁 普及版: 初版: ページ備考:
001三千(さんぜん)世界(せかい)の救世主(きうせいしゆ)
002泥(どろ)にまみれし現世(うつしよ)を
003洗(あら)ひ清(きよ)むる瑞御霊(みづみたま)
004神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)の
005堅磐(かきは)常磐(ときは)に鎮(しづ)まれる
006ウブスナ山(やま)の大霊場(だいれいぢやう)
007斎苑(いそ)の館(やかた)の神柱(かむばしら)
008八島(やしま)の主(ぬし)の命(めい)を受(う)け
009此(この)世(よ)の運命(うんめい)月(つき)の国(くに)
010ハルナの都(みやこ)に蟠(わだか)まる
011醜(しこ)の曲津(まがつ)を三五(あななひ)の
012誠(まこと)の道(みち)に言向(ことむ)けて
013世界(せかい)の平和(へいわ)と幸福(かうふく)を
014来(きた)さむ為(ため)の宣伝使(せんでんし)
015常夜(とこよ)の暗(やみ)も照国(てるくに)の
016別(わけの)命(みこと)は国公(くにこう)や
017梅公(うめこう)、照公(てるこう)伴(ともな)ひて
018荒風(あらかぜ)すさぶ河鹿山(かじかやま)
019霜(しも)にふるへる冬木立(ふゆこだち)
020神(かみ)の使命(しめい)を畏(かしこ)みて
021スタスタ登(のぼ)り下(くだ)りつつ
022数多(あまた)の敵(てき)の屯(たむろ)せる
023難所(なんしよ)を漸(やうや)く突破(とつぱ)して
024水底(みなそこ)までも澄(す)み渡(わた)る
025葵(あふひ)の沼(ぬま)の月影(つきかげ)も
026清照姫(きよてるひめ)や黄金姫(わうごんひめ)の
027教司(をしへつかさ)に廻(めぐ)り合(あ)ひ
028茲(ここ)に袂(たもと)を別(わか)ちつつ
029神(かみ)の依(よ)さしの宣伝歌(せんでんか)
030声(こゑ)も涼(すず)しく唄(うた)ひつつ
031東(ひがし)南(みなみ)を指(さ)して行(ゆ)く
032月日(つきひ)重(かさ)ねて漸(やうや)くに
033デカタン国(こく)の高原地(かうげんち)
034タライの村(むら)の棒鼻(ぼうばな)の
035茶屋(ちやや)の表(おもて)に着(つ)きにけり。
036梅公(うめこう)『先生(せんせい)、037葵(あふひ)の沼(ぬま)も随分(ずいぶん)広(ひろ)いものですな。038清照姫(きよてるひめ)様(さま)、039黄金姫(わうごんひめ)様(さま)にお別(わか)れしてから、040一瀉(いつしや)千里(せんり)の勢(いきほひ)で、041人造(じんざう)テクシーに乗(の)つて、042随分(ずいぶん)駆(か)け出(だ)した積(つもり)ですが、043たうとう夜(よ)が明(あ)けたぢやありませぬか。044速力(そくりよく)といひ、045時間(じかん)から考(かんが)へて見(み)れば、046先(ま)づ二十(にじふ)里(り)は確(たしか)に突破(とつぱ)したでせう。047其(その)間(あひだ)は一方(いつぱう)は湖面(こめん)の月(つき)、048一方(いつぱう)は茫々(ばうばう)たる原野(げんや)、049人家(じんか)も無(な)く、050時々(ときどき)怪獣(くわいじう)の逃(にげ)出(だ)す音(おと)に驚(おどろ)かされ、051やツと此処(ここ)で人家(じんか)を見(み)つけ、052休息(きうそく)しようとすれば、053どの家(いへ)も此(この)家(いへ)も戸(と)を締(し)めて静(しづ)まり返(かへ)つてゐるぢやありませぬか』
054照国(てるくに)『ウン、055旭(あさひ)のガンガンとお照(て)り遊(あそ)ばすのに、056気楽(きらく)な所(ところ)と見(み)える哩(わい)。057茫漠(ばうばく)たる原野(げんや)に人口(じんこう)稀薄(きはく)と来(き)てゐるのだから、058生存(せいぞん)競争(きやうそう)だとか、059生活難(せいくわつなん)だとかいふ忌(い)まはしい騒(さわ)ぎも起(おこ)らず、060太平(たいへい)の夢(ゆめ)を貪(むさぼ)つてゐる此(この)国人(くにびと)は、061実(じつ)に羨(うらや)ましいぢやないか』
062梅公(うめこう)『併(しか)し先生(せんせい)、063私(わたくし)の考(かんが)へでは各戸(かくこ)戸締(とじ)めをして静(しづ)まり返(かへ)つてゐるのは、064貴方(あなた)の仰有(おつしや)る太平(たいへい)の夢(ゆめ)ぢやありますまい。065コレ御覧(ごらん)なさい、066此処(ここ)には血汐(ちしほ)が流(なが)れて居(を)ります。067此(この)血(ち)は決(けつ)して犬(いぬ)や豚(ぶた)の血(ち)ぢやありますまい。068大足別(おほだるわけ)の部下(ぶか)が人民(じんみん)を殺害(さつがい)したり、069いろいろの凶悪(きやうあく)な事(こと)を行(や)つた記念(きねん)ではありますまいか。070私(わたくし)の考(かんが)へでは、071人民(じんみん)が恐(おそ)れて戸(と)をしめて、072息(いき)を殺(ころ)してゐるのだらうと思(おも)ひますがな』
073照国(てるくに)『大足別(おほだるわけ)将軍(しやうぐん)がどうやら此処(ここ)を通過(つうくわ)したらしいから、074或(あるひ)は掠奪(りやくだつ)、075強盗(がうたう)、076強姦(がうかん)、077殺戮(さつりく)など、078所在(あらゆる)悪業(あくごふ)をやりよつたかも知(し)れないなア。079実(じつ)にバラモン軍(ぐん)といふ奴(やつ)は乱暴(らんばう)な代物(しろもの)だ、080兎(と)も角(かく)此(この)家(いへ)を叩(たた)き起(おこ)して様子(やうす)を聞(き)いてみようぢやないか』
081梅公(うめこう)『何(なん)だか私(わたくし)は体内(たいない)の憤怒(ふんぬ)といふ怪物(くわいぶつ)が頭(あたま)を擡(もた)げ出(だ)し、082胸中(きようちう)聊(いささ)か不穏(ふおん)になつて来(き)ました。083ヒヨツとしたら、084此(この)家(いへ)の中(なか)にはバラモンの頭株(かしらかぶ)が潜伏(せんぷく)してるのではありますまいか。085里人(さとびと)は已(すで)に已(すで)に家(いへ)を捨(す)てて逃(にげ)去(さ)り、086其(その)後(あと)へバラモンの奴(やつ)、087ぬつけりこと住(す)み込(こ)んで、088吾々(われわれ)を騙討(だましうち)する計画(けいくわく)かも知(し)れませぬぜ』
089照国(てるくに)『とも角(かく)、090戸(と)を叩(たた)いて呼(よび)起(おこ)し、091内部(ないぶ)の秘密(ひみつ)を調査(てうさ)してみようぢやないか』
092梅公(うめこう)『オイ、093照(てる)さま、094君(きみ)は何(なに)をふさぎ込(こ)んでゐるのだ。095こんな所(ところ)でへこたれて何(ど)うするのだい。096これからが千騎(せんき)一騎(いつき)の性念場(しやうねんば)だぞ。097神軍(しんぐん)の勇士(ゆうし)が、098其(その)青(あを)ざめた面(つら)は何(なん)だい』
099照公(てるこう)『別(べつ)に欝(ふさ)ぎ込(こ)んでゐるのぢやない』
100梅公(うめこう)『そんなら何(なん)だ。101心(こころ)の戸締(とじ)めをやつて、102此(この)家(いへ)の主人(しゆじん)の如(ごと)く、103家(いへ)の隅(すま)くたで慄(ふる)うてゐるのだらう。104何時(いつ)も偉相(えらさう)に云(い)つてゐる刹那心(せつなしん)はどこで紛失(ふんしつ)して了(しま)つたのだ』
105照公(てるこう)『先(ま)づ此(この)家(いへ)を開(あ)けて見給(みたま)へ、106誰(たれ)も居(ゐ)ないだらう。107人間(にんげん)の住(す)んでゐる家(いへ)は屋根(やね)の棟(むね)を見(み)ても活々(いきいき)してゐる。108ここはキツト空家(あきや)だよ』
109梅公(うめこう)『馬鹿(ばか)云(い)ふな、110何(なに)程(ほど)不景気(ふけいき)でも家賃(やちん)が高(たか)くつても、111かう五軒(ごけん)も六軒(ろくけん)も空家(あきや)が並(なら)ぶ道理(だうり)がない。112又(また)空家(あきや)なれば、113はすかいピシヤンがあり相(さう)なものだ。114斜(はす)かい紙(がみ)の貼(は)つてないとこを見(み)れば115人(ひと)がゐるに定(きま)つてゐるワ』
116照公(てるこう)『斜(はす)かひピシヤンつて117何(なん)の事(こと)だい』
118梅公(うめこう)『ハヽヽヽヽ世情(せじやう)に通(つう)じない坊(ぼ)んさまだなア。119斜(はす)かいピシヤンといふことは、120白(しろ)い紙(かみ)に貸家(かしや)と書(か)いて、121戸(と)をピシヤンと締(し)め、122それを斜交(はすか)ひに貼(は)ることだ。123それのしてない所(ところ)はキツと人(ひと)がゐるのだ。124兎(と)も角(かく)戸(と)を叩(たた)いてやらうかい。125三千(さんぜん)世界(せかい)の救世主(きうせいしゆ)、126其(その)救世主(きうせいしゆ)のお使(つかひ)が門(かど)に立(た)つてゐるのに、127心(こころ)の盲(めくら)、128心(こころ)の聾(つんぼ)は門(もん)を開(ひら)いて迎(むか)へ入(い)れ奉(たてまつ)り平和(へいわ)と幸福(かうふく)とを味(あぢ)はふことを知(し)らないものだ』
129と云(い)ひ乍(なが)ら、130ドンドンドンと拳(こぶし)を固(かた)めて、131メツタ矢鱈(やたら)に、132戸(と)の破(わ)れる程(ほど)叩(たた)きつけた。133幾(いく)ら打(う)つても叩(たた)いても、134鼠(ねずみ)の声(こゑ)一(ひと)つ聞(きこ)えて来(こ)ない。
135梅公(うめこう)『どうも不思議(ふしぎ)だなア。136不在(るす)の中(うち)へ無理(むり)に這入(はい)れば空巣(あきす)狙(ねら)ひと誤解(ごかい)されるなり、137又(また)仮令(たとへ)人(ひと)が居(を)つてもお入(はい)りなさいと云(い)はない限(かぎ)りは、138家宅(かたく)侵入罪(しんにふざい)となるなり、139コリヤ断念(だんねん)して、140どつか外(ほか)の家(うち)へ行(い)つて休息(きうそく)することにしよう。141先生(せんせい)、142さう願(ねが)つたら何(ど)うでせうか』
143照国(てるくに)『ウン、144お前(まへ)の云(い)ふのも一応(いちおう)尤(もつと)もだが、145思(おも)ひ切(き)つて戸(と)を叩(たた)き破(わ)つてでも這入(はい)らうぢやないか』
146梅公(うめこう)『先生(せんせい)の御(ご)命令(めいれい)とあればやつつけませう』
147と無理(むり)に戸(と)を引(ひき)開(あ)け、148屋内(をくない)に三(さん)人(にん)は進(すす)み入(い)つた。149見(み)れば余(あま)り広(ひろ)からぬ座敷(ざしき)の隅(すみ)に、150雁字(がんじ)がらめに縛(くく)られ、151額口(ひたひぐち)から血(ち)を出(だ)して、152虫(むし)の息(いき)になつた老婆(らうば)が一人(ひとり)横(よこ)たはつてゐる。
153梅公(うめこう)『先生(せんせい)、154ヤツパリ空家(あきや)ではありませぬワ。155可哀相(かあいさう)にこんな老人(としより)が、156しかも眉間(みけん)に傷(きず)をうけ、157雁字(がんじ)搦(がら)めにくくられて居(ゐ)るではありませぬか。158此(この)婆(ばあ)さまを助(たす)けて、159事情(じじやう)を聞(き)きませうか』
160照国(てるくに)『あゝ兎(と)も角(かく)神(かみ)様(さま)に御(お)願(ねがひ)しよう。161サアお前(まへ)達(たち)も私(わたし)と一緒(いつしよ)に神言(かみごと)を奏上(そうじやう)しよう』
162 『ハイ畏(かしこ)まりました』と梅(うめ)、163照(てる)の両人(りやうにん)は音吐(おんと)朗々(らうらう)として神言(かみごと)を奏上(そうじやう)し、164天(あま)の数歌(かずうた)を数回(すうくわい)繰(くり)返(かへ)した。165老婆(らうば)は初(はじ)めて気(き)のついたかの如(ごと)く、166秋(あき)の虫(むし)の霜(しも)に悩(なや)みし如(ごと)き細(ほそ)き声(こゑ)を張(はり)上(あげ)て、
167老婆(らうば)(サンヨ)『何(いづ)れの方(かた)かは知(し)りませぬが、168よくマアお助(たす)け下(くだ)さいました。169どうぞ、170お慈悲(じひ)に此(この)縄(なは)を解(と)いて下(くだ)さいませ』
171梅公(うめこう)『お前(まへ)が頼(たの)まなくても助(たす)けに来(き)たのだ』
172と言(い)ひ乍(なが)ら、173短刀(たんたう)を取(とり)出(だ)し縄目(なはめ)をプツと切(き)つて、
174梅公(うめこう)『サアサアお婆(ばあ)さま、175安心(あんしん)なさい。176モウ吾々(われわれ)が現(あら)はれた以上(いじやう)は、177虎(とら)でも狼(おほかみ)でも獅子(しし)でも恐(おそ)るるに足(た)らない。178ここにゐられる先生(せんせい)は照国別(てるくにわけ)といつて、179神力(しんりき)無双(むそう)の勇士(ゆうし)だよ。180これには何(なに)か深(ふか)い理由(わけ)があるだらう。181一度(いちど)話(はなし)て下(くだ)さらぬか』
182老婆(らうば)(サンヨ)『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)います。183喉(のど)が渇(かわ)いてをりますから、184恐(おそ)れながら水(みづ)一杯(いつぱい)戴(いただ)けますまいか』
185梅公(うめこう)『ヨシヨシ水(みづ)は無代(ただ)だ。186お前(まへ)が青息(あをいき)吐息(といき)をついてる九死(きうし)一生(いつしやう)の場合(ばあひ)を、187葵(あふひ)の沼(ぬま)で無料(むれう)で購入(こうにふ)して来(き)た水筒(すいとう)の水(みづ)、188サアサア遠慮(ゑんりよ)はいらぬ、189幾(いく)らなつと呑(の)みなさい。190一杯(いつぱい)で足(た)りなけりや、191若(わか)い者(もの)の足(あし)だ、192幾(いく)らでも汲(く)んで来(き)てやらう』
193と水筒(すいとう)を老婆(らうば)の口(くち)にあてた。194老婆(らうば)は飢(う)え渇(かわ)いた餓鬼(がき)の如(ごと)く、195クツクツと喉(のど)を鳴(な)らし、196瞬(またた)く間(ま)に水筒(すいとう)を空(から)にして了(しま)つた。
197梅公(うめこう)『これが所謂(いはゆる)命(いのち)の清水(しみづ)だ、198瑞(みづ)の霊(みたま)の御(ご)利益(りやく)だ。199婆(ばあ)さま200しつかりしなさいや』
201老婆(らうば)(サンヨ)『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)います。202貴方(あなた)に頂(いただ)いた此(この)清水(しみづ)、203五臓(ござう)六腑(ろつぷ)に浸(し)み渡(わた)り、204体中(からだぢう)が活々(いきいき)として参(まゐ)りました。205そして俄(にはか)に温(あたた)かくなつて参(まゐ)りました。206有難(ありがた)う厶(ござ)います』
207照公(てるこう)『時(とき)に梅公(うめこう)、208此(この)御(お)婆(ばあ)さまの額口(ひたひぐち)にはエライ傷(きず)が出来(でき)てるぢやないか。209此(この)傷(きず)をば直(なほ)してやらなくちやならうまい』
210梅公(うめこう)『オイ照(てる)さま、211お土(つち)だ お土(つち)だ』
212 照公(てるこう)は『成程(なるほど)』とうなづき乍(なが)ら、213表(おもて)へ駆(かけ)出(だ)し、214一握(ひとにぎ)りの黄色(きいろ)い真土(まつち)を取(と)つて来(き)て、215婆(ばあ)さまの疵口(きづぐち)に塗(ぬ)り、216繃帯(ほうたい)で鉢巻(はちまき)をさせ、217二三回(にさんくわい)数歌(かずうた)を奏上(そうじやう)し、
218照公(てるこう)『サアお婆(ばあ)さま、219これですぐ平癒(へいゆ)するよ』
220老婆(らうば)(サンヨ)『ハイ、221おかげ様(さま)で最早(もはや)痛(いた)みがとまりました。222人(ひと)を悩(なや)める神(かみ)もあれば、223人(ひと)を助(たす)ける神(かみ)もあるとは、224よく云(い)つたことで厶(ござ)います。225貴方(あなた)は本当(ほんたう)に救世主(きうせいしゆ)で厶(ござ)います。226此(この)御恩(ごおん)は決(けつ)して忘(わす)れは致(いた)しませぬ。227私(わたくし)はサンヨと申(まを)す者(もの)で228若(わか)い時(とき)から夫(をつと)に離(はな)れ、229二人(ふたり)の娘(むすめ)と細(ほそ)い煙(けぶり)を立(た)てて暮(くら)して居(を)りましたが、230姉(あね)の方(はう)は性質(せいしつ)が悪(わる)く、231十八(じふはち)の春(はる)232私(わたし)の宅(うち)に泊(とま)つた修験者(しゆげんじや)に拐(かどわ)かされ、233行衛(ゆくゑ)は知(し)れず、234あとに残(のこ)つた一人(ひとり)の妹(いもうと)を力(ちから)として、235余命(よめい)をつないで居(を)りました所(ところ)、236バラモン軍(ぐん)の大足別(おほだるわけ)将軍(しやうぐん)の部下(ぶか)がやつて参(まゐ)りまして、237私(わたし)の娘(むすめ)を掠奪(りやくだつ)しようと致(いた)しますので238命(いのち)に代(か)へても渡(わた)されないと拒(こば)みました所(ところ)、239何(なん)と云(い)つても老人(としより)の非力(ひりき)、240一方(いつぱう)は血気(けつき)盛(ざか)りの命知(いのちし)らずの軍人(いくさびと)、241五六(ごろく)人(にん)の奴(やつ)に、242貴方(あなた)の御覧(ごらん)の通(とほ)り、243手足(てあし)を雁字(がんじ)り巻(まき)に縛(しば)られ、244刀(かたな)のむねで額(ひたひ)を打(う)たれ、245致死期(ちしご)の際(さい)に、246貴方(あなた)に助(たす)けられたので厶(ござ)いますが、247何(ど)うか貴方(あなた)等(がた)の御(ご)神力(しんりき)によりまして、248誠(まこと)につけ上(あが)りのした願(ねがひ)なれど、249モ一度(いちど)娘(むすめ)に合(あ)はせて下(くだ)さることは出来(でき)ますまいかなア』
250と老(おい)の涙(なみだ)に膝(ひざ)をぬらしてゐる。251照国別(てるくにわけ)は気(き)の毒(どく)さに堪(た)へず『ウン』と云(い)つた切(き)り、252両眼(りやうがん)を塞(ふさ)いで、253何事(なにごと)か祈願(きぐわん)をこらしてゐる。254照公(てるこう)も両眼(りやうがん)に涙(なみだ)を浮(う)かべ、255老婆(らうば)の痩(やせ)こけた哀(あは)れな面(かほ)を見(み)つめてゐた。256老婆(らうば)は一行(いつかう)の面(かほ)を打(うち)仰(あふ)ぎ乍(なが)ら、257宣伝使(せんでんし)の返答(へんたふ)いかにと待(ま)ち佗(わび)面(がほ)である。258少時(しばし)は沈黙(ちんもく)の幕(まく)が四(よ)人(にん)の間(あひだ)におりた。
259梅公(うめこう)『婆(ばあ)アさま、260其(その)さらはれた娘(むすめ)といふのは年頃(としごろ)は幾(いく)つだな』
261サンヨ『数(かぞ)へ年(どし)十八(じふはち)歳(さい)で厶(ござ)います』
262梅公(うめこう)『年(とし)は二八(にはち)か二九(にく)からぬ、263花(はな)の莟(つぼみ)の真娘(まなむすめ)、264人(ひと)もあらうに、265バラモン軍(ぐん)にさらはれるとは因果(いんぐわ)な母娘(おやこ)だなア。266ヨーシ、267私(わたし)も人(ひと)を救(すく)ふ宣伝使(せんでんし)の卵(たまご)だ。268男子(だんし)が一旦(いつたん)こんなことを聞(き)いた以上(いじやう)、269何(ど)うして見逃(みのが)すことが出来(でき)よう。270義侠心(ぎけふしん)とかいふ奴(やつ)、271私(わたし)の肚(はら)の中(なか)でソロソロ動員令(どうゐんれい)を発布(はつぷ)しさうだ。272婆(ばあ)さま273安心(あんしん)なさい。274キツト私(わたし)が取(とり)返(かへ)してみよう、275男子(だんし)の言葉(ことば)に二言(にごん)はありませぬぞや』
276サンヨ『有難(ありがた)う厶(ござ)います。277枯木(かれき)に花(はな)の咲(さ)いたやうな気分(きぶん)になりました。278私(わたし)の生命(いのち)は何(ど)うなつても惜(をし)みませぬから、279どうかあの娘(むすめ)をお救(すく)ひ下(くだ)さいませ。280そして私(わたし)は最早(もはや)老齢(らうれい)、281此(この)世(よ)に少(すこ)しも未練(みれん)は厶(ござ)いませぬが、282姉(あね)といひ妹(いもうと)といひ、283行衛(ゆくえ)が知(し)れないので厶(ござ)います。284どうぞ貴方(あなた)がどちらかにお会(あ)ひ下(くだ)さらば、285娘(むすめ)の身(み)の上(うへ)をお任(まか)せ致(いた)します』
286梅公(うめこう)『お婆(ばあ)さま、287お前(まへ)の娘(むすめ)とあらば随分(ずいぶん)別嬪(べつぴん)だらうな。288お前(まへ)の面立(おもだ)ちも一(ひと)しほ気品(きひん)が高(たか)く、289昔(むかし)は花(はな)にウソつく美人(びじん)であつたらう。290其(その)俤(おもかげ)がまだ残(のこ)つてゐるよ』
291サンヨ『ホヽヽヽ御(ご)冗談(じようだん)斗(ばか)り仰有(おつしや)いまして……私(わたし)は此(この)通(とほ)り皺苦茶(しわくちや)だらけの狸婆(たぬきばば)で厶(ござ)いますが、292親(おや)の口(くち)から申(まを)すと何(なん)だか自慢(じまん)のやうに厶(ござ)いませうが、293此(この)里(さと)きつての美人(びじん)だと、294娘(むすめ)は言(い)はれて居(を)りました』
295梅公(うめこう)『さうだらう、296美人(びじん)と聞(き)けば猶更(なほさら)憐(あは)れを一層(いつそう)増(ま)すやうだ。297お婆(ばあ)さま、298心配(しんぱい)なさいますな。299キツト此(この)梅公(うめこう)が助(たす)けて見(み)せませう』
300サンヨ『何分(なにぶん)宜(よろ)しう願(ねが)ひます』
301照公(てるこう)『オイ梅公(うめこう)、302美人(びじん)と聞(き)いて、303俄(にはか)に貴様(きさま)の顔色(かほいろ)がよくなつたぢやないか、304ハツハヽヽ』
305梅公(うめこう)『一度(いちど)に開(ひら)く梅公(うめこう)の花嫁(はなよめ)だ。306キツと俺(おれ)のムニヤ ムニヤ ムニヤ』
307照公(てるこう)『ハヽヽヽヽ、308たうとうあとをボカして了(しま)ひよつたな。309併(しか)し先生(せんせい)、310梅公(うめこう)が軽率(けいそつ)にも、311美人(びじん)と聞(き)いて安請合(やすうけあひ)に請合(うけあひ)ましたが、312何(ど)うでせう、313ここの娘(むすめ)も気(き)の毒(どく)だが、314大足別(おほだるわけ)の部下(ぶか)が行(ゆ)く先々(さきざき)で所在(あらゆる)悪虐(あくぎやく)無道(ぶだう)をやつてゐると思(おも)へば、315ここの娘(むすめ)の一人(ひとり)に全力(ぜんりよく)を尽(つく)す訳(わけ)にも行(ゆ)きますまい。316あなたと私(わたし)は一(いち)時(じ)も早(はや)く此(この)場(ば)を立(たち)去(さ)り、317ここの娘(むすめ)の一件(いつけん)は梅公(うめこう)に一任(いちにん)しておこうぢやありませぬか』
318照国(てるくに)『いや、319心配(しんぱい)はいらぬ。320何事(なにごと)も吾々(われわれ)の耳(みみ)に入(い)つた以上(いじやう)は、321キツト神(かみ)様(さま)の御(お)引合(ひきあは)せだから、322娘(むすめ)さまの所在(ありか)も分(わか)るだらう。323又(また)お婆(ばあ)さまも益々(ますます)壮健(さうけん)になり、324千歳(ちとせ)の命(いのち)を保(たも)つであらう。325兎(と)も角(かく)三(さん)人(にん)が肚(はら)を合(あは)せ、326御(ご)神業(しんげふ)の為(ため)に進(すす)まうぢやないか。327コレコレお婆(ばあ)さま、328照国別(てるくにわけ)が呑(の)み込(こ)んだ、329キツト二人(ふたり)の娘(むすめ)を助(たす)けて上(あ)げませう』
330サンヨ『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)います。331何分(なにぶん)宜(よろ)しくお慈悲(じひ)を願(ねが)ひます』
332と、333とめどもなく涙(なみだ)にひたつてゐる。
334 かかる所(ところ)へ門口(かどぐち)のあいたのを幸(さいはひ)、335二人(ふたり)の男(をとこ)が慌(あわ)ただしく入(い)り来(きた)り、
336甲(かふ)(エルソン)『オイ婆(ばあ)さま、337お前(まへ)の宅(うち)は別状(べつじやう)ないかなア』
338乙(おつ)(タクソン)『実(じつ)ア、339婆(ばあ)さま一人(ひとり)、340娘(むすめ)一人(ひとり)、341バラモン軍(ぐん)の襲来(しふらい)で困(こま)つて居(ゐ)るだらうから、342助(たす)けに来(き)たいと思(おも)うたが、343何分(なにぶん)俺(おれ)の女房(にようばう)迄(まで)取(とり)さらへられて取返(とりかへ)すことの出来(でき)ないやうな場合(ばあひ)で、344残念(ざんねん)だつた。345どうぢや、346花香(はなか)さまは、347御(ご)無事(ぶじ)だつたかなア』
348サンヨ『あゝお前(まへ)は、349タクソン、350エルソンのお二人(ふたり)さまか、351ようマア親切(しんせつ)に来(き)て下(くだ)さつた。352残念(ざんねん)乍(なが)ら娘(むすめ)の花香(はなか)はバラモン軍(ぐん)にかつさらはれました。353オンオンオン』
354と村人(むらびと)の親切(しんせつ)な言葉(ことば)を聞(き)いて恥(はぢ)も外聞(ぐわいぶん)も忘(わす)れて泣(な)き倒(たふ)れる。
355タクソン『お婆(ばあ)さま、356心配(しんぱい)するな。357キツト、358バラモンの神(かみ)様(さま)の御(ご)守護(しゆご)で、359時節(じせつ)をまつてをれば、360親子(おやこ)の対面(たいめん)をさして下(くだ)さるだらう。361私(わたし)だつて女房(にようばう)を取(と)られ、362財産(ざいさん)をボツたくられ、363実(じつ)に悲(かな)しい目(め)に会(あ)うたけれど、364日頃(ひごろ)信仰(しんかう)のおかげで何事(なにごと)も神(かみ)様(さま)に任(まか)せ、365慰(なぐさ)めてゐるのだ。366あーあ』
367と吐息(といき)をつく。
368サンヨ『私(わたし)は娘(むすめ)を取(と)られ、369吾(わが)身(み)は雁字(がんじ)搦(がら)みにしばられ、370剣(つるぎ)のむねにて眉間(みけん)を打(う)たれ、371虫(むし)の息(いき)になつてゐた所(ところ)を、372此(この)先生(せんせい)方(がた)が御(ご)親切(しんせつ)にお尋(たづ)ね下(くだ)さつて、373いろいろと介抱(かいはう)なし下(くだ)さつたおかげで、374甦(よみがへ)つたのだよ。375どうか、376此(この)方々(かたがた)に御(お)礼(れい)を申(まを)して下(くだ)さい』
377タクソン『ヤ、378余(あま)りあわててゐるので、379三(さん)人(にん)のお方(かた)に御(ご)挨拶(あいさつ)も忘(わす)れてゐた。380……コレハコレハお三(さん)人(にん)さま、381誠(まこと)に失礼(しつれい)を致(いた)しました。382そして貴師(あなた)はバラモンの宣伝使(せんでんし)で厶(ござ)いますか』
383梅公(うめこう)『イヤ、384吾々(われわれ)はバラモンではない。385斎苑(いそ)の館(やかた)の瑞(みづ)の御霊(みたまの)大神(おほかみ)の神勅(しんちよく)を奉(ほう)じ、386天下(てんか)を救済(きうさい)に廻(めぐ)つてゐる三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)だ』
387 タクソン、388エルソンの二人(ふたり)は『ハツ』と驚(おどろ)き両手(りやうて)をついて、389落涙(らくるい)し乍(なが)ら感謝(かんしや)の意(い)を表(へう)してゐる。390高原(かうげん)を吹(ふき)渡(わた)る名物(めいぶつ)の大風(おほかぜ)は窓(まど)の戸(と)をガタつかせ乍(なが)ら、391ヒユーヒユーと怪(あや)しき声(こゑ)を立(た)てて北(きた)から南(みなみ)へ渡(わた)つて行(ゆ)く。
392(大正一三・一二・一五 旧一一・一九 於祥雲閣 松村真澄録)
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