霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一一章 亞魔(あま)の河(かは)〔一六九三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第66巻 山河草木 巳の巻 篇:第2篇 容怪変化 よみ(新仮名遣い):ようかいへんげ
章:第11章 亞魔の河 よみ(新仮名遣い):あまのかわ 通し章番号:1693
口述日:1924(大正13)年12月16日(旧11月20日) 口述場所:祥雲閣 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年6月29日
概要: 舞台:オーラ山の岩窟 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2018-06-25 01:54:00 文字数:4467 OBC :rm6611
愛善世界社版:151頁 八幡書店版:第11輯 785頁 修補版: 校定版:151頁 普及版:67頁 初版: ページ備考:戦前の版も、戦後の校定版、愛世版もみな「亞魔」または「亜魔」だが、普及版では何故か「悪魔」と書いて「あま」とルビが振ってある。
001 スガコはオーラ山(さん)の岩窟(がんくつ)に玄真坊(げんしんばう)につれ込(こ)まれ、002天国(てんごく)に於(お)ける神(かみ)の族籍(ぞくせき)を査(しら)ぶる為(ため)と称(しよう)し、003一(いつ)週間(しうかん)も待(ま)たされてゐた。004彼(かれ)は其(その)間(あひだ)に無聊(ぶれう)を慰(なぐさ)むる為(ため)、005望郷(ばうきやう)の歌(うた)を唄(うた)つてゐた。
006スガコ『オーラの峰(みね)は高(たか)く共(とも)
007此(この)谷川(たにがは)は深(ふか)く共(とも)
008吾(わが)身(み)を育(そだ)てはぐくみし
009誠(まこと)の親(おや)の御恵(みめぐみ)に
010比(くら)べまつれば九牛(きうぎう)の
011一毛(いちまう)だにも如(し)かざらむ
012夜(よ)な夜(よ)な通(かよ)ふ風(かぜ)の足(あし)
013吾(わが)垂乳根(たらちね)の父上(ちちうへ)の
014居間(ゐま)の雨戸(あまど)を訪(おとづ)れて
015さやぎまつれど如何(いか)にせむ
016風(かぜ)に霊(れい)なく言葉(ことば)なく
017吾(わが)言霊(ことたま)をまつぶさに
018伝(つた)へむ由(よし)もなく斗(ばか)り
019父(ちち)は吾(わが)身(み)の行(ゆ)く末(すゑ)を
020案(あん)じわづらひ玉(たま)ひつつ
021歎(なげ)きに沈(しづ)み朝夕(あさゆふ)の
022食物(たべもの)さへも進(すす)まずに
023吐息(といき)をつかせ玉(たま)ふらむ
024あゝ恋(こひ)しや父(ちち)の御(おん)顔容(かんばせ)
025妻(つま)に別(わか)れて只(ただ)一人(ひとり)
026浮世(うきよ)の風(かぜ)にもまれつつ
027妾(わらは)を杖(つゑ)とし力(ちから)とし
028後添(のちぞえ)さへも持(も)たせられず
029恵(めぐ)みはぐくみ玉(たま)ひしを
030夜(よる)の嵐(あらし)に誘(さそ)はれて
031一人(ひとり)の娘(むすめ)は雲(くも)がくれ
032探(たづ)ねむ由(よし)も荒風(あらかぜ)の
033野原(のはら)を亘(わた)る声(こゑ)斗(ばか)り
034悲(かな)しみ玉(たま)ふ有様(ありさま)を
035今(いま)目(ま)のあたり見(み)る心地(ここち)
036吾(わが)身(み)に翼(つばさ)あるならば
037此(この)岩窟(いはやど)を脱(ぬ)け出(い)でて
038帰(かへ)らむものとは思(おも)へ共(ども)
039玄真坊(げんしんばう)のいぶかしき
040其(その)まなざしにいとめられ
041進(すす)みもならず退(しりぞ)きも
042ならぬ苦(くる)しき果敢(はか)なさよ
043玄真坊(げんしんばう)といへる人(ひと)
044自(みづか)ら天(てん)の神(かみ)様(さま)の
045化身(けしん)といへど訝(いぶ)かしや
046別(べつ)に変(かは)りしこともなく
047朝(あさ)な夕(ゆふ)なに吾(わが)側(そば)に
048い寄(よ)り添(そ)ひ来(き)て厭(いや)らしき
049目色(めいろ)を注(そそ)ぎ忌(い)まはしき
050言葉(ことば)の端(はし)の何(なん)となく
051いとも卑(いや)しく思(おも)ほゆる
052醜(しこ)の曲霊(まがひ)の取憑(とりかか)り
053世(よ)を紊(みだ)さむと企(たく)らみて
054かかる悪戯(いたづら)なすならむ
055あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
056梵天(ぼんてん)帝釈(たいしやく)自在天(じざいてん)
057大国彦(おほくにひこ)の大御神(おほみかみ)
058一日(ひとひ)も早(はや)く吾(わが)胸(むね)の
059雲(くも)を晴(は)らさせ玉(たま)へかし
060大日(おほひ)は照(て)る共(とも)曇(くも)る共(とも)
061月(つき)は盈(み)つ共(とも)虧(か)くる共(とも)
062仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)む共(とも)
063神(かみ)の御恵(みめぐみ)父(ちち)の恩(おん)
064一日(ひとひ)片時(かたとき)忘(わす)れむや
065神(かみ)の形(かたち)に造(つく)られし
066妾(わらは)は神(かみ)の子(こ)神(かみ)の宮(みや)
067神(かみ)に等(ひと)しき此(この)身(み)にも
068曲(まが)の雲霧(くもきり)かかるとは
069実(げ)に訝(いぶ)かしき世(よ)の様(さま)よ
070あはれみ玉(たま)へ天地(あめつち)の
071誠(まこと)の神(かみ)の御(おん)前(まへ)に
072慎(つつし)み敬(ゐやま)ひ願(ね)ぎまつる。
073思(おも)ひきや誠(まこと)の神(かみ)と思(おも)ひしに
074吾(わが)身(み)を恋(こ)ふる神司(かむづかさ)とは。
075いと聖(きよ)き神(かみ)の柱(はしら)と思(おも)ひしに
076怪(あや)しきことの多(おほ)き人(ひと)かな。
077此(この)儘(まま)に仇(あだ)に月日(つきひ)を過(すご)しなば
078妾(わらは)も曲(まが)の餌食(ゑじき)とならむ』
079 斯(か)く歌(うた)つてゐる所(ところ)へ、080玄真坊(げんしんばう)は鍵(かぎ)を以(もつ)て錠(ぢやう)をねぢあけ、081ソツと入(いり)来(きた)り、
082玄真(げんしん)『スガコ殿(どの)、083どうも忙(いそが)しいことで厶(ござ)つた。084今日(けふ)は殊更(ことさら)沢山(たくさん)な参詣者(さんけいじや)で、085此(この)方(はう)も実(じつ)に多忙(たばう)を極(きは)めたよ。086併(しか)し乍(なが)ら最早(もはや)七(なな)つ下(さが)り、087漸(やうや)く人(ひと)は家路(いへぢ)に帰(かへ)つたから、088先(ま)づお前(まへ)の美(うつく)しい顔容(かんばせ)を見(み)て、089一(いち)日(にち)の疲(つか)れを休(やす)めようと思(おも)ふのだ。090何(なん)とマア美(うつく)しい顔(かほ)だなア』
091と厭(いや)らしげな笑(ゑみ)を湛(たた)へ、092川瀬(かはせ)の乱杭(らんぐひ)のやうな歯(は)をニユツと出(だ)して、093スガコの頬(ほほ)にキッスをしようとする。094スガコは驚(おどろ)いて『アレまあ』と言(い)ひ乍(なが)ら、095象牙(ざうげ)細工(ざいく)のやうな白(しろ)い美(うつく)しい手(て)で、096玄真坊(げんしんばう)の額(ひたひ)をグツと押(お)した。
097玄真(げんしん)『アツハヽヽヽ、098怖(こは)いか、099可笑(をか)しいか、100恥(はづ)かしいか。101テも扨(さて)も初心(うぶ)な者(もの)だなア。102オイ、103スガコ、104今日(けふ)初(はじ)めて天(てん)から使(つかひ)が来(き)て、105お前(まへ)の神籍(しんせき)を査(しら)べて見(み)た所(ところ)、106マア喜(よろこ)べよ、107第一(だいいち)霊国(れいごく)の天人(てんにん)で、108而(しか)も此(この)方(はう)の女房(にようばう)の霊(みたま)だつたよ。109それだから、110相応(さうおう)の理(り)に仍(よ)つて天(てん)に在(あ)つては比翼(ひよく)の鳥(とり)、111地(ち)に在(あ)つては連理(れんり)の枝(えだ)、112どうあつても天地(てんち)相応(さうおう)の真理(しんり)により、113其方(そなた)と夫婦(ふうふ)にならなくちや、114やり切(き)れない因縁(いんねん)が結(むす)ばれてあるのだ。115何(なん)だか其方(そなた)の危難(きなん)を救(すく)つた時(とき)から、116床(ゆか)しい女(をんな)だと思(おも)つてゐたが、117よくよく査(しら)べて見(み)れば、118右(みぎ)の通(とほ)り、119どうぢや、120姫(ひめ)、121嬉(うれ)しいか』
122 スガコは真青(まつさを)な顔(かほ)をして、123唇(くちびる)を紫色(むらさきいろ)に染(そ)め、124声(こゑ)を慄(ふる)はせ乍(なが)ら、
125スガコ『エー、126残念(ざんねん)やな、127妾(わらは)は貴方(あなた)に謀(はか)られました。128如何(どう)したら可(よ)からうかな。129梵天(ぼんてん)帝釈(たいしやく)自在天(じざいてん)様(さま)、130何卒(どうぞ)此(この)急場(きふば)をお助(たす)け下(くだ)さいませ、131惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
132玄真(げんしん)『アハヽヽヽ、133流石(さすが)は少女(をとめ)だ、134ヤツパリ恥(はづか)しいのだな。135初(はじめ)の間(うち)は三番叟(さんばそう)でも後(のち)には深(ふか)くなるものだ。136あゝイヤイヤイヤ、137オーハ、138カツタカタ、139遂(つひ)には、140カツタカタと埒(らち)のあくもんだて、141結局(けつきよく)男子(だんし)の方(はう)が恋(こひ)にカツタカツタだ、142アハヽヽヽ』
143 スガコは忌々(いまいま)し相(さう)な顔(かほ)をし、144眉(まゆ)の辺(あたり)に皺(しわ)をよせ乍(なが)ら、
145スガコ『モシ玄真(げんしん)様(さま)、146何卒(どうぞ)妾(わらは)をお赦(ゆる)し下(くだ)さいませ。147其(その)代(かは)りに外(ほか)の事(こと)なら、1471どんな御用(ごよう)でも致(いた)します』
148玄真(げんしん)『ヤア、149お前(まへ)は第一(だいいち)霊国(れいごく)の天人(てんにん)の霊(みたま)だから、150卑(いや)しい炊事(すゐじ)や掃除(さうぢ)などは、151霊(みたま)に不相応(ふさうおう)だ。152只(ただ)拙僧(せつそう)の神業(しんげふ)即(すなは)ち神生(かみう)み、153人生(ひとう)みの御用(ごよう)さへすれば、154こけた箒(はうき)を起(おこ)すこともいらない。155さてもさても幸運(かううん)な生(うま)れつきだのう』
156と玄真坊(げんしんばう)はスガコに内兜(うちかぶと)を見透(みすか)され、157蚰蜒(げぢげぢ)の如(ごと)く嫌(きら)はれてゐるのを、158恋(こひ)に晦(くら)んだ眼(まなこ)には盲(めくら)滅法界(めつぱふかい)、159あやめも分(わか)ず、160恋(こひ)の黒雲(くろくも)に包(つつ)まれ、161得意(とくい)になつて、162うるさく口説(くど)きたててゐるのである。163スガコは一(ひと)つ困(こま)らしてやらうと思(おも)ひ、164平気(へいき)の面(かほ)を装(よそほ)ひ乍(なが)ら、165微笑(びせう)を浮(う)かべて、
166スガコ『妾(わらは)が最(もつと)も敬愛(けいあい)する師(し)の君様(きみさま)、167貴方(あなた)様(さま)は妾(わらは)の危(あやふ)き生命(いのち)をお助(たす)け下(くだ)さいまして、168天(てん)にも地(ち)にも代(か)へ難(がた)き御(ご)高恩(かうおん)、169万劫(まんご)末代(まつだい)、170ミロクの代(よ)までも忘(わす)れは致(いた)しませぬ。171其(その)上(うへ)妾(わらは)の神籍(しんせき)までお調(しら)べ下(くだ)さるとは、172何(なん)たる勿体(もつたい)ない事(こと)で厶(ござ)いませうか。173第一(だいいち)霊国(れいごく)の天人(てんにん)の霊(みたま)と仰(おほ)せられましたが、174もしや妾(わらは)は棚機姫(たなばたひめ)の命(みこと)では厶(ござ)いませぬかい』
175玄真(げんしん)『ヤア流石(さすが)は偉(えら)い者(もの)だ。176其方(そなた)のいふ如(ごと)く全(まつた)く棚機姫(たなばたひめの)命(みこと)のお前(まへ)は霊(みたま)だよ。177星(ほし)さまでいへば天(あま)の川(かは)を隔(へだ)てた、178右側(うそく)の姫星(ひめほし)様(さま)だ。179そして此(この)方(はう)は彦星(ひこぼし)だ』
180スガコ『ヤ、181それで分(わか)りました。182棚機(たなばた)様(さま)は年(ねん)に一度(いちど)の逢瀬(あふせ)とやら申(まを)しますが、183それは事実(じじつ)で厶(ござ)いませうか』
184玄真(げんしん)『そらさうだ、185開闢(かいびやく)以来(いらい)動(うご)かす可(べか)らざる天律(てんりつ)に仍(よ)つて、186万劫(まんご)末代(まつだい)きまつてゐる、187本当(ほんたう)に仲(なか)のよい夫婦(ふうふ)だよ。188天(あま)の川(かは)を隔(へだ)てて、189年(ねん)が年中(ねんぢう)、190互(たがひ)に面(かほ)を見合(みあは)せて居(ゐ)らつしやる神(かみ)様(さま)の、191吾々(われわれ)は霊(みたま)だからなア。192だから私(わし)とお前(まへ)は、193朝(あさ)から晩(ばん)迄(まで)面(かほ)を見合(みあは)せ、194仲(なか)能(よ)う暮(くら)さねばならぬ因縁(いんねん)があるのだ』
195スガコ『成程(なるほど)、196左様(さやう)で厶(ござ)いますな。197然(しか)らば、198妾(わらは)と師(し)の君様(きみさま)とは、199天(てん)に於(おい)て夫婦(ふうふ)の霊(みたま)、200年(ねん)に一度(いちど)の逢瀬(あふせ)とやら、201仰(おほ)せ御尤(ごもつと)も。202妾(わらは)も天地(てんち)相応(さうおう)の理(り)によりまして、203七(しち)月(ぐわつ)七日(なぬか)の夜(よ)まで師(し)の君様(きみさま)と夫婦(ふうふ)になることは出来(でき)ませぬなア。204まして貴方(あなた)様(さま)は天帝(てんてい)の化身(けしん)とやら、205天帝(てんてい)からして神律(しんりつ)をお紊(みだ)しなさるやうなことは厶(ござ)いますまい。206どうか、207此(この)谷川(たにがは)を天(あま)の川(かは)と見(み)なし、208川(かは)向(むか)ふへ妾(わらは)をおいて下(くだ)さらば、209それこそ天地(てんち)合体(がつたい)合(あは)せ鏡(かがみ)ぢや厶(ござ)いませぬか』
210と巧(うま)く言(い)ひぬけて了(しま)つた。211玄真坊(げんしんばう)は……うつかり、212口糸(くちいと)をたぐられ、213取返(とりかへ)しのつかぬことになつて了(しま)つた……と一(いち)時(じ)はギヨツとしたが、214中々(なかなか)の曲者(くせもの)、215『アハヽヽヽ』と大口(おほぐち)をあけ、216無雑作(むざふさ)に笑(わら)ひ乍(なが)ら、
217玄真(げんしん)『オイ、218スガコ姫(ひめ)、219本当(ほんたう)は棚機姫(たなばたひめ)様(さま)ぢやない、220モツトモツトモツト奥(おく)の奥(おく)の立派(りつぱ)な立派(りつぱ)な神(かみ)様(さま)だ』
221スガコ『ヘーエ、222そりや又(また)何(ど)ういふ神(かみ)様(さま)で厶(ござ)いますか』
223玄真(げんしん)『マアさうだなア、224お前(まへ)の霊(みたま)は木花姫(このはなひめ)の大神(おほかみ)様(さま)、225そして俺(おれ)の霊(みたま)は岩長姫(いはながひめの)命(みこと)だ。226それだから、227何(ど)うしてもかうしても夫婦(ふうふ)にならなくちやなるまい。228此(この)玄真坊(げんしんばう)は岩(いは)の如(ごと)く頑(ぐわん)として威厳(ゐげん)の備(そな)はつた修験者(しゆげんじや)。229常磐(ときは)堅磐(かきは)に、230さざれ石(いし)の巌(いはほ)となりて苔(こけ)のむす迄(まで)、231此(この)世(よ)を守(まも)る下津(したつ)岩根(いはね)の大(おほ)ミロク様(さま)も同様(どうやう)だ。232そしてお前(まへ)の霊(みたま)は木花(このはな)咲耶姫(さくやひめの)命(みこと)様(さま)だから嬋娟(せんけん)窈窕(えうてう)たる花(はな)の如(ごと)き美人(びじん)、233否(いな)花(はな)にも優(まさ)る美人(びじん)、234柔(じう)よく剛(がう)を制(せい)すといつてな、235お前(まへ)は柔(じう)、236俺(わし)は剛(がう)だ。237併(しか)し剛(がう)又(また)柔(じう)を制(せい)すといふことあり。238剛(がう)中(ちう)柔(じう)あり、239柔(じう)中(ちう)剛(がう)あり、240不離(ふり)不即(ふそく)、241密接(みつせつ)固漆(こしつ)の関係(くわんけい)があるのだから、242何(なん)と云(い)つても天地(てんち)から結(むす)ばれたる夫婦(ふうふ)の間柄(あひだがら)だよ』
243スガコ『ホヽヽヽあのマア師(し)の君様(きみさま)のヨタを仰有(おつしや)いますこと。244岩長姫(いはながひめ)は御(ご)女体(によたい)、245木花姫(このはなひめ)様(さま)も御(ご)女体(によたい)、246そして天(てん)の神(かみ)様(さま)ではなくて、247国津(くにつ)神(かみ)様(さま)の御(おん)娘子(むすめご)、248御(お)二人(ふたり)様(さま)は姉妹(きようだい)の間柄(あひだがら)ぢや厶(ござ)いませぬか。249愚昧(ぐまい)な妾(わらは)だと思召(おぼしめし)、250いいかげんに嘲弄(てうろう)しておいて下(くだ)さいませ。251天(てん)を以(もつ)て父(ちち)となし、252地(ち)を以(もつ)て母(はは)となし、253八百万(やほよろづ)の神(かみ)に御(ご)説法(せつぽふ)をなさる貴(たつと)き御(おん)身(み)を以(もつ)て、254月(つき)に七日(なぬか)の汚(けが)れある女(をんな)の妾(わらは)に御(お)からかひ遊(あそ)ばすとは御(ご)冗談(じやうだん)にも程(ほど)が厶(ござ)いますよ、255ホツホヽヽヽヽ』
256玄真(げんしん)『イヤもう何(なに)から何(なに)迄(まで)、257目(め)から鼻(はな)、258耳(みみ)から口(くち)へつきぬける計(ばか)りの大学出(だいがくで)の才媛(さいゑん)だ。259天地(てんち)を父母(ふぼ)とする此(この)玄真坊(げんしんばう)も、260其方(そなた)には一本(いつぽん)参(まゐ)つたワイ、261アツハヽヽヽ』
262スガコ『ソレ御覧(ごらん)なさい。263師(し)の君様(きみさま)は妾(わらは)に対(たい)し冗談(じようだん)を云(い)つてゐらつしやつたのでせう、264神(かみ)様(さま)に似合(にあ)はず、265お人(ひと)が悪(わる)いぢやありませぬか』
266玄真(げんしん)『イヤ、267ナニナニ嘲弄(からかひ)所(どころ)か、268冗談(じようだん)所(どころ)か、269真実真(しんじつしん)の一生(いつしやう)懸命(けんめい)だ。270お前(まへ)の為(ため)なら、271一(ひと)つよりない命(いのち)をすてても構(かま)はないといふ覚悟(かくご)だ。272決(けつ)して嘘言(うそ)はつかない、273冗談(じようだん)は言(い)はない。274万一(まんいち)此(この)方(はう)の言葉(ことば)に詐(いつは)りがあつたら、275一(ひと)つよりない首(くび)でもお前(まへ)に与(や)るワ』
276スガコ『ホヽヽヽヽヽそんな首(くび)、277貰(もら)つたつても、278煙草入(たばこいれ)の根付(ねつ)けにもなるぢやなし、279仕方(しかた)がありませぬワ。280髑髏(しやれかうべ)にして枕(まくら)にした所(ところ)で格好(かくかう)が悪(わる)くつて、281不釣合(ふつりあひ)なり、282廃物(はいぶつ)利用(りよう)の利(き)かぬ首(くび)つ玉(たま)ですからね』
283玄真(げんしん)『コリヤ姫(ひめ)、284何(なん)と云(い)ふ、285姫御前(ひめごぜん)の優(やさ)しい面(かほ)にも似(に)ず、286無茶(むちや)なことをいふのだ。287お前(まへ)は私(わし)のいふことを誤解(ごかい)してゐるな。288よく考(かんが)へてみよ。289此(この)玄真坊(げんしんばう)は神(かみ)様(さま)に仕(つか)へる時(とき)は即(すなは)ち天帝(てんてい)の化身(けしん)であり、290神(かみ)様(さま)の御用(ごよう)を休(やす)んだ時(とき)は一介(いつかい)の修験者(しゆげんじや)だ。291神(かみ)の籍(せき)に於(おい)ては神(かみ)の活動(はたらき)をなし、292人(ひと)の籍(せき)に於(おい)ては人(ひと)の活動(はたらき)をなし、293変現(へんげん)出没(しゆつぼつ)自由(じいう)自在(じざい)、294或(ある)時(とき)は天(てん)に蟠(わだか)まる竜(りゆう)となり、295或(ある)時(とき)は古池(ふるいけ)になく蛙(かはず)となり、296時(とき)ありては蠑螈(いもり)蚯蚓(みみづ)になる。297之(これ)が即(すなは)ち神(かみ)の神(かみ)たる所以(ゆゑん)だ。298ここの道理(だうり)をトツクリと考(かんが)へて、299いさぎよい返事(へんじ)をしてくれ、300なあスガコ』
301スガコ『あゝ左様(さやう)で厶(ござ)いますか、302貴方(あなた)は神(かみ)となつたり、303人(ひと)となつたり、304甚(はなは)だしきは蛙(かはず)となつたり、305蠑螈(いもり)306蚯蚓(みみづ)となつたり、307何(なん)とマア器用(きよう)な御(お)方(かた)ですこと、308併(しか)し乍(なが)ら玄真坊(げんしんばう)様(さま)、309私(わたし)は益々(ますます)貴方(あなた)が怖(こは)いらしくなつて参(まゐ)りましたよ。310そして夫婦(ふうふ)になれと仰有(おつしや)る様(やう)ですが、311私(わたくし)も月(つき)に七日(なぬか)の障(さはり)ある人間(にんげん)の肉体(にくたい)、312神(かみ)様(さま)と添(そ)ふ訳(わけ)には行(ゆ)かず、313又(また)修験者(しゆげんじや)は女(をんな)に接(せつ)する時(とき)は死後(しご)仏罰(ぶつばつ)に仍(よ)つて七万(しちまん)有尋(いうじん)の大蛇(だいじや)となり、314且(か)つ修験者(しゆげんじや)に犯(をか)された女(をんな)は八万(はちまん)地獄(ぢごく)に墜(お)ちるといふバラモンの教(をしへ)、315かう考(かんが)へてみますれば、316修験者(しゆげんじや)としての貴方(あなた)の妻(つま)になる事(こと)は絶対(ぜつたい)に厭(いや)で厶(ござ)います。317況(いは)んや人間(にんげん)と生(うま)れ乍(なが)ら、318蛙(かはず)、319蠑螈(いもり)、320蚯蚓(みみづ)などと夫婦(ふうふ)約束(やくそく)は到底(たうてい)出来(でき)ませぬ。321どうか悪(あし)からず此(この)理由(りいう)を御(ご)賢察(けんさつ)下(くだ)されまして、322忌(い)まはしい夫婦(ふうふ)関係(くわんけい)などには言及(げんきふ)なさらないよう、323御(お)願(ねがひ)申(まを)します。324其(その)代(かは)り妾(わらは)はどこ迄(まで)も、325貴方(あなた)様(さま)を師(し)の君様(きみさま)と尊崇(そんすう)し、326敬愛(けいあい)し、327誠(まこと)を尽(つく)しますから、328貴方(あなた)も妾(わらは)を愛(あい)して下(くだ)さいませ。329そして結構(けつこう)な経文(きやうもん)を教(をしへ)て下(くだ)さい。330お願(ねがひ)申(まを)します』
331玄真(げんしん)『マアマア今日(けふ)はこれ位(くらゐ)にしておかう、332お前(まへ)も神経(しんけい)昂奮(かうふん)してゐるから、333何(なに)を云(い)つても耳(みみ)に入(い)るまい。334女(をんな)といふ者(もの)は一(いち)日(にち)に七度(ななたび)も心(こころ)が変(かは)るといふから、335水(みづ)の出(で)ばなに何(なに)をいつても駄目(だめ)だ。336又(また)風向(かぜむき)のよい時(とき)にゆつくり話(はな)さう程(ほど)に。337左様(さやう)ならスガコ殿(どの)、338ゆつくりお休(やす)みなさい』
339といひ乍(なが)ら、340やや悄気(しよげ)気味(ぎみ)になつて、341岩(いは)の戸(と)をあけ、342吾(わが)居間(ゐま)なる次(つぎ)の岩窟(がんくつ)に帰(かへ)り行(ゆ)くのであつた。343後(あと)にスガコ姫(ひめ)はハツと吐息(といき)をつき乍(なが)ら、344独言(ひとりごと)。
345スガコ『あゝ情(なさけ)ないことになつたものだなア。346かやうな所(ところ)へ拐(かどは)かされ、347悪人輩(あくにんばら)の恋(こひ)の犠牲(ぎせい)に供(きよう)せられむとするのか。348一度(いちど)は拒(こば)んでみても、349かれ玄真坊(げんしんばう)の燃(も)ゆるが如(ごと)き恋(こひ)の炎(ほのほ)は容易(ようい)に消(け)すことは出来(でき)まい。350何(なん)とか彼(かん)とか言(い)つて一(いち)日(にち)送(おく)りに日(ひ)を送(おく)り、351助(たす)け人(びと)の来(く)る迄(まで)時節(じせつ)を待(ま)つより仕方(しかた)がない。352あゝ父上(ちちうへ)は嘸(さぞ)、353妾(わらは)の行方(ゆくへ)について御(ご)心配(しんぱい)して厶(ござ)るだらう。354何(なん)とマア不運(ふうん)な父娘(おやこ)だらう。355悩(なや)み禍(わざはひ)の浮世(うきよ)とは云(い)ひ乍(なが)ら356ジャンクの家(いへ)には、3561これ程(ほど)迄(まで)に禍(わざはひ)の見舞(みま)ふものか。357テもさても358残酷(ざんこく)な世(よ)の中(なか)だなア。359あゝ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。360天地(てんち)の大神(おほかみ)あはれみ玉(たま)へ救(すく)ひ玉(たま)へ』
361(大正一三・一二・一六 旧一一・二〇 於祥雲閣 松村真澄録)
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