霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第四章 里庄(りしやう)の悩(なやみ)〔一六八六〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第66巻 山河草木 巳の巻 篇:第1篇 月の高原 よみ(新仮名遣い):つきのこうげん
章:第4章 里庄の悩 よみ(新仮名遣い):りしょうのなやみ 通し章番号:1686
口述日:1924(大正13)年12月15日(旧11月19日) 口述場所:祥雲閣 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年6月29日
概要: 舞台:タライの村の里庄ジャンクの家 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:5102 OBC :rm6604
愛善世界社版:51頁 八幡書店版:第11輯 748頁 修補版: 校定版:51頁 普及版:67頁 初版: ページ備考:
001 タライの村(むら)の里庄(りしやう)ジャンクは重(かさ)なる悲運(ひうん)に悄然(せうぜん)として奥(おく)の間(ま)に火物断(ひものだ)ちをなし、002顔色(がんしよく)青(あを)ざめ、003殆(ほとん)ど此(この)世(よ)の人(ひと)とは見(み)えぬ迄(まで)にやつれ乍(なが)ら004二絃琴(にげんきん)を弾(だん)じて、0041心(こころ)の煩悶(はんもん)苦悩(くなう)を慰(なぐさ)めてゐた。
005ジャンク『久方(ひさかた)の、空(そら)すみ渡(わた)り日月(じつげつ)の
006光(ひかり)は清(きよ)く万有(ばんいう)を
007照(て)らし玉(たま)へど醜神(しこがみ)の
008其(その)勢(いきほひ)の猛(たけ)くして
009真澄(ますみ)の空(そら)も瞬間(しゆんかん)に
010墨(すみ)を流(なが)せし常暗(とこやみ)の
011淋(さび)しき世(よ)とはなりにけり
012地(ち)には百草(ももぐさ)繁茂(はんも)して
013紫(むらさき)紅(くれなゐ)赤(あか)白(しろ)の
014目出(めで)たき花(はな)は遠近(をちこち)と
015所(ところ)狭(せ)き迄(まで)咲(さき)匂(にほ)ふ
016さながら花(はな)の莚(むしろ)をば
017布(し)きし如(ごと)くに見(み)ゆれ共(ども)
018天(てん)に叢雲(むらくも)花(はな)に嵐(あらし)
019静(しづか)な波(なみ)も風(かぜ)吹(ふ)かば
020海(うみ)の底(そこ)ひも白波(しらなみ)の
021立髪(たてがみ)ふるひ大津辺(おほつべ)の
022岸(きし)に噛(か)みつく世(よ)の習(なら)ひ
023天国(てんごく)浄土(じやうど)と頼(たの)みてし
024タライの村(むら)の吾(わが)家(いへ)も
025世(よ)の変遷(へんせん)にもれずして
026柱(はしら)と頼(たの)む吾(わが)妻(つま)は
027十年(ととせ)の前(まへ)に病気(いたづき)の
028身(み)を横(よこ)たへて幽界(かくりよ)に
029果敢(はか)なき旅(たび)をなせしより
030忘(わす)れがたみの一人娘(ひとりご)を
031家(いへ)の杖(つゑ)とし力(ちから)とし
032這(は)へば立(た)て立(た)てば歩(あゆ)めと朝宵(あさよひ)に
033心(こころ)を配(くば)り育(はぐ)くみて
034漸(やうや)く二九(にく)の春(はる)迎(むか)へ
035ヤレ嬉(うれ)しやと思(おも)ふ間(ま)も
036なくなく醜(しこ)の荒風(あらかぜ)に
037吹(ふ)きまくられて情(つれ)なくも
038後(あと)に残(のこ)りし吾(われ)独(ひと)り
039天(てん)に歎(なげ)き地(ち)に哭(こく)し
040呼(よ)べど叫(さけ)べど行方(ゆくへ)さへ
041空(そら)白雲(しらくも)の当(あて)もなく
042無限(むげん)の涙(なみだ)干(ひ)もやらず
043憂(う)きに苦(くるし)む吾(わが)不運(ふうん)
044憐(あは)れみ玉(たま)へ自在天(じざいてん)
045大国彦(おほくにひこ)の御(おん)前(まへ)に
046偏(ひとへ)に願(ねが)ひ奉(たてまつ)る
047此(この)家(や)の柱(はしら)と頼(たの)みてし
048スガコの姫(ひめ)は今(いま)いづこ
049雨(あめ)の夕(ゆふべ)や霜(しも)の朝(あさ)
050心(こころ)痛(いた)むる足乳根(たらちね)の
051父(ちち)の心(こころ)を思(おも)ひ出(で)て
052胸(むね)に万斛(ばんこく)の涙(なみだ)をば
053湛(たた)へて苦(くるし)みゐるならむ
054さは去(さ)り乍(なが)ら吾(わが)娘(むすめ)
055如何(いか)なる曲(まが)に捉(とら)はれて
056苦(くるし)み悩(なや)みあるとても
057神(かみ)の賜(たま)ひし玉(たま)の緒(を)の
058命(いのち)の此(この)世(よ)に在(あ)る限(かぎ)り
059日頃(ひごろ)頼(たの)みし家(いへ)の子(こ)を
060四方(よも)に遣(つか)はし所在(ありか)をば
061尋(たづ)ね出(いだ)して老(おい)の身(み)の
062涙(なみだ)にぬれし衣手(ころもで)を
063天津(あまつ)御空(みそら)の日(ひ)のかげに
064乾(かわ)かし喜(よろこ)ぶ事(こと)もあらむ
065それを一途(いちづ)の望(のぞ)みとし
066老(おい)の命(いのち)を永(なが)らへて
067味(あぢ)なき月日(つきひ)を送(おく)るなり
068憐(あはれ)み玉(たま)へ自在天(じざいてん)
069仮令(たとへ)天地(てんち)は失(う)するとも
070忘(わす)れ難(がた)きは恩愛(おんあい)の
071吾(わが)子(こ)を思(おも)ふ赤心(まごころ)に
072まさりしものはあらざらむ
073あゝなつかしやなつかしや
074夢(ゆめ)になり共(とも)スガコ姫(ひめ)
075恋(こひ)しき父(ちち)よと一言(ひとこと)の
076言(こと)あげせよや惟神(かむながら)
077神(かみ)の恵(めぐみ)の深(ふか)ければ
078又(また)も逢瀬(あふせ)の川波(かはなみ)の
079会(あ)うて流(なが)るる愛(あい)の海(うみ)
080救世(ぐぜい)の舟(ふね)に救(すく)はれて
081父(ちち)の館(やかた)へイソイソと
082帰(かへ)り来(き)ませよ吾(あ)は汝(なれ)の
083身魂(みたま)の幸(さち)を祈(いの)りつつ
084朝(あさ)な夕(ゆふ)なに歎(なげ)くなり
085あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
086神霊(みたま)の恩頼(ふゆ)を願(ね)ぎまつる』
087 かかる折(をり)しも玄関番(げんくわんばん)に導(みちび)かれて隣村(となりむら)の侠客(けふかく)インカが088隔(へだ)ての襖(ふすま)を押(お)しあけ、0881叮嚀(ていねい)に辞儀(じぎ)をし乍(なが)ら、
089インカ『エー、0891旦那(だんな)様(さま)090御免(ごめん)下(くだ)さいませ』
091 此(この)声(こゑ)にジャンクは琴(こと)の手(て)を止(や)めて、092涙(なみだ)をかくし乍(なが)ら、
093ジャンク『ヨー、094ア、095其方(そなた)は、096音(おと)に名高(なだか)き隣村(となりむら)の侠客(けふかく)インカ親分(おやぶん)であつたか、097ヨウ、098マア来(き)て下(くだ)さつた。099そして御用(ごよう)の筋(すぢ)はどんな事(こと)かなア、100早(はや)く聞(き)かしてもらひたい』
101インカ『ハイ、102お嬢様(ぢやうさま)の御(お)行方(ゆくへ)を探(さが)し求(もと)め、103一(いち)日(にち)も早(はや)く旦那(だんな)様(さま)に喜(よろこ)んで頂(いただ)かうと思(おも)ひ、104五十(ごじふ)人(にん)の手下(てした)を遠近(ゑんきん)四方(しはう)に間(ま)くばり、105大捜索(だいさうさく)を致(いた)しましたが、106今(いま)にお所在(ありか)は分(わか)らず面目(めんぼく)次第(しだい)は厶(ござ)りませぬ。107貴方(あなた)の御(ご)心中(しんちう)は此(この)インカ御(お)察(さつ)し申(まを)します』
108ジャンク『ア、109それはお心(こころ)を煩(わづら)はし、110誠(まこと)に申訳(まをしわけ)がありませぬ。111何(いづ)れ貴方(あなた)の御(ご)威光(ゐくわう)と御(ご)親切(しんせつ)によつて、112娘(むすめ)のスガコはやがて帰(かへ)るで厶(ござ)いませう。113何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)宜(よろ)しう願(ねが)ひます』
114インカ『ハイ、115承知(しようち)致(いた)しました。116面目(めんぼく)次第(しだい)も厶(ござ)いませぬが、117痩(やせ)てもこけても、118遠近(ゑんきん)に名(な)を売(う)つた侠客(けふかく)の私(わたし)、119力(ちから)の限(かぎ)り活動(くわつどう)を致(いた)し、120お心(こころ)に副(そ)ふ様(やう)努(つと)めるで厶(ござ)いませう。121併(しか)しかかるお歎(なげき)の央(なかば)へ、122又(また)もや御(ご)心配(しんぱい)の事(こと)を申上(まをしあげ)るのは私(わたし)の身(み)に取(と)つて、123実(じつ)に心苦(こころぐる)しい次第(しだい)で厶(ござ)いますが、124お嬢(ぢやう)さまの許嫁(いひなづけ)のサンダー様(さま)は、125日夜(にちや)怏々(おうおう)として楽(たのし)まず、126遂(つひ)には御(お)行方(ゆくへ)が分(わか)らなくなり、127お父上(ちちうへ)マルク様(さま)より私(わたし)に捜索方(さうさくかた)を依頼(いらい)され、128これも又(また)二三(にさん)日前(にちまへ)から骨(ほね)を折(を)つて探(さが)してゐますが、129どうもお行方(ゆくへ)が分(わか)りませぬので、130私(わたし)の顔(かほ)も台(だい)なしで厶(ござ)います』
131ジャンク『何(なに)、132マルクさまの御(ご)子息(しそく)が、133行方(ゆくへ)不明(ふめい)とな。134左様(さやう)な事(こと)が……出来(でき)てゐるのなら、135これ程(ほど)眤懇(じつこん)な間柄(あひだがら)、136なぜに直(す)ぐに知(し)らしに来(き)て下(くだ)さらなかつたのだらう。137サテ不思議(ふしぎ)な事(こと)だなア』
138インカ『実(じつ)の所(ところ)は、139マルクの旦那(だんな)様(さま)も直様(すぐさま)御(ご)通知(つうち)遊(あそ)ばす筈(はず)で厶(ござ)いましたが、140旦那(だんな)様(さま)が嬢様(ぢやうさま)の事(こと)に就(つ)いて御(ご)心配(しんぱい)の最中(さいちう)へ、141こんな話(はなし)を申(まを)し上(あ)げたら、142嘸(さぞ)お力(ちから)おとしをなさるだらうと思召(おぼしめ)され、143ソツと人知(ひとし)れず捜索(そうさく)を始(はじ)められ、144御(ご)子息(しそく)のサンダー様(さま)が御(お)帰(かへ)りになりさへすれば、145それで貴方(あなた)様(さま)に御(ご)心配(しんぱい)をかけるに及(およ)ばないと、146今(いま)迄(まで)包(つつ)んでゐられましたので厶(ござ)いますが、147どうしても行方(ゆくへ)が分(わか)らぬとすれば、148当家(たうけ)の御(ご)養子(やうし)と定(き)まつたサンダーさまの事(こと)で厶(ござ)いますから、149旦那(だんな)様(さま)に報告(はうこく)せずには居(を)られないので、150今日(こんにち)は私(わたし)に「一寸(ちよつと)、151お使(つかひ)に行(い)つて来(き)てくれぬか」との御(お)頼(たの)み、152罷(まかり)出(いで)ました次第(しだい)で厶(ござ)います』
153ジャンク『何(なん)と、154憂(うれひ)が重(かさ)なれば重(かさ)なるものだなア。155吾(わが)娘(むすめ)の紛失(ふんしつ)といひ、156許嫁(いひなづけ)の養子(やうし)サンダーの行方(ゆくへ)不明(ふめい)といひ、157あゝ天道(てんだう)は是(ぜ)か非(ひ)か。158かく迄(まで)歎(なげ)きの打(うち)重(かさ)なるものだらうか、159如何(いか)なる宿世(すぐせ)の罪業(ざいごふ)かは知(し)らね共(ども)、160これは又(また)余(あんま)り惨酷(ざんこく)だ、161あゝ』
162と吐息(といき)をつき差(さし)俯(うつむ)き、163熱(あつ)い涙(なみだ)をポロリポロリとおとしてゐる。
164インカ『お歎(なげき)は御(ご)無理(むり)も厶(ござ)いませぬが、165歎(なげ)いて事(こと)のすむものでも厶(ござ)いませぬ。166先(ま)づ心(こころ)を落(おち)つけなさいませ。167きツと神(かみ)様(さま)が御(お)助(たす)け下(くだ)さるでせう』
168ジャンク『ヤ、169有難(ありがた)う、170悔(くや)んで帰(かへ)らぬ事(こと)を、171又(また)しても年老(としより)の愚痴(ぐち)、172つい涙(なみだ)がこぼれるのだ、173アハヽヽヽヽヽ。174これもしインカさま、175サンダーはバラモン軍(ぐん)に捉(とら)はれたのではありますまいか』
176インカ『神(かみ)ならぬ身(み)の吾々(われわれ)、177何(ど)うとも申上(まをしあ)げかねますが、178サンダー様(さま)は何時(いつ)も女装(ぢよさう)をしてゐられますから、179大足別(おほだるわけ)の軍勢(ぐんぜい)が女(をんな)と過(あやま)つてつれ帰(かへ)つたのかも知(し)れませぬ。180私(わたし)も一身(いつしん)を賭(と)して、181バラモンの陣中(ぢんちう)に駆(か)け込(こ)み、182実否(じつぴ)を査(しら)べむかと存(ぞん)じますけれど、183何(なに)を云(い)うても目(め)に余(あま)る大軍(たいぐん)、184血(ち)に飢(う)ゑたる虎狼(こらう)共(ども)の群(むれ)、185可惜(あたら)犬死(いぬじに)を致(いた)すよりも……と存(ぞん)じ、186卑怯(ひけふ)かは知(し)りませぬが、187何(なに)とかして安全(あんぜん)にお救(すく)ひ申(まを)したいと苦心(くしん)惨澹(さんたん)の最中(さいちう)で厶(ござ)います。188義(ぎ)を見(み)ては命(いのち)を惜(をし)まぬ侠客(けふかく)なれど、189目的(もくてき)も達(たつ)せずに犬死(いぬじに)するは、190男子(だんし)の意気(いき)でも厶(ござ)いますまい。191湧(わ)きかへる胸(むね)を抑(おさ)へて、192時(とき)を待(ま)つて居(を)るやうな次第(しだい)で厶(ござ)います。193併(しか)し邪(じや)は正(せい)に勝(か)つものぢや厶(ござ)いませぬ。194きつとお嬢様(ぢやうさま)もサンダー様(さま)も無事(ぶじ)にお帰(かへ)りなさるでせう。195心丈夫(こころぢやうぶ)にお待(ま)ちなさいませ』
196ジャンク『ハイ、197弱肉(じやくにく)強食(きやうしよく)の暗(やみ)の世(よ)の中(なか)、198誰(たれ)にたよる術(すべ)もなき腑甲斐(ふがひ)なき里庄(りしやう)の身(み)、199只(ただ)貴方(あなた)様(さま)を唯一(ゆゐいつ)の助(たす)け神(がみ)として、200細(ほそ)き息(いき)の根(ね)をつないで居(を)ります。201何分(なにぶん)宜(よろ)しく願(ねが)ひます』
202 斯(か)く話(はな)す所(ところ)へ旧臣(きうしん)のタクソンは慌(あわただ)しく入(いり)来(きた)り、203頭(あたま)を畳(たたみ)にすりつけ乍(なが)ら、
204タクソン『旦那(だんな)様(さま)、205御(ご)愁傷(しうしやう)の程(ほど)御(お)察(さつ)し申(まを)し上(あ)げます。206まだ嬢様(ぢやうさま)のお行方(ゆくへ)は何(なん)の便(たよ)りも厶(ござ)いませぬか』
207ジャンク『ア、208其方(そなた)はタクソンか、209よう来(き)て下(くだ)さつた。210娘(むすめ)の行方(ゆくへ)に付(つい)て、211今(いま)インカ親分(おやぶん)と相談(さうだん)をしてゐた所(ところ)だ。212お前(まへ)も大切(だいじ)な女房(にようばう)を取(と)られ、213さぞ心配(しんぱい)してゐるだらう』
214タクソン『旦那(だんな)様(さま)、215勿体(もつたい)ない其(その)お言葉(ことば)。216私(わたし)の女房(にようばう)なんか、217物(もの)の数(かず)でも厶(ござ)いませぬが、218大切(たいせつ)な、219只(ただ)お一人(ひとり)の嬢様(ぢやうさま)を、220お捕(と)られ遊(あそ)ばした旦那(だんな)様(さま)のお心(こころ)、221立(た)つても居(ゐ)てもゐられないで厶(ござ)いませう。222早速(さつそく)御(お)見舞(みまひ)に参(まゐ)り、223嬢様(ぢやうさま)の御(おん)在所(ありか)を探(さが)し出(だ)さねば済(す)まないので厶(ござ)いますが、224バラモン軍(ぐん)の跋扈(ばつこ)跳梁(てうりやう)の為(ため)に、225吾(わが)女房(にようばう)はかつさらはれ、226又(また)村(むら)の妻女(さいぢよ)は残(のこ)らず毒手(どくしゆ)にかかり、227阿鼻(あび)叫喚(けうくわん)の地獄(ぢごく)の有様(ありさま)で厶(ござ)いますから、228旦那(だんな)様(さま)にはすまぬ事(こと)とは知(し)り乍(なが)ら、229其(その)方(はう)に手(て)をとられ、230いろいろ善後策(ぜんごさく)を講(かう)じ、231つい、232御(ご)無沙汰(ぶさた)を致(いた)しました』
233ジャンク『ナニ、234そんな心配(しんぱい)はしてくれな。235お前(まへ)も村人(むらびと)の為(ため)に非常(ひじやう)に力(ちから)を尽(つく)してゐるといふ事(こと)を聞(き)いて、236蔭(かげ)乍(なが)ら私(わたし)も感涙(かんるい)にむせんでゐたのだ。237私(わたし)の娘(むすめ)はどうでもよい。238村(むら)の災難(さいなん)を救(すく)ひさへすれば、239之(これ)にまさつた喜(よろこ)びはないのだ』
240タクソン『旦那(だんな)様(さま)の慈愛(じあい)に深(ふか)き其(その)お言葉(ことば)を、241村人(むらびと)が聞(き)いたなら、242さぞ喜(よろこ)ぶ事(こと)で厶(ござ)いませう。243私(わたし)も貴方(あなた)のお言葉(ことば)は神(かみ)の慈言(じげん)のやうに心(こころ)にしみ渡(わた)り、244有難(ありがた)さ勿体(もつたい)なさ、245自然(しぜん)に落涙(らくるい)を致(いた)します。246あゝ時(とき)にインカの親分(おやぶん)さま、247御(ご)親切(しんせつ)に有難(ありがた)う御座(ござ)います。248どうかお嬢様(ぢやうさま)の為(ため)に一臂(いつぴ)の力(ちから)をお添(そ)へ下(くだ)さいますやう、249旦那(だんな)様(さま)に代(かは)り、250お願(ねがひ)申(まを)します』
251 インカも涙(なみだ)ぐみ乍(なが)ら、252許嫁(いひなづけ)のサンダーが又(また)もやさらはれたといへば、253歎(なげき)の上(うへ)に歎(なげき)をかさねる道理(だうり)だ。254此(この)タクソンには知(し)らさない方(はう)が可(い)いだらうと思(おも)つたから、255サンダーの事(こと)は口(くち)にせず、
256インカ『お嬢様(ぢやうさま)の事(こと)は御(ご)心配(しんぱい)下(くだ)さいますな。257キツト神(かみ)様(さま)がお救(すく)ひ下(くだ)さるでせう。258又(また)私(わたし)も神(かみ)様(さま)のお力(ちから)に仍(よ)つて最善(さいぜん)の努力(どりよく)を尽(つく)さして頂(いただ)きませう』
259タクソン『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)います。260モウ斯(か)うなれば、261神(かみ)様(さま)に何事(なにごと)もおすがりするより途(みち)が厶(ござ)いませぬ。262時(とき)に、263旦那(だんな)様(さま)、264インカ様(さま)、265お喜(よろこ)び下(くだ)さいませ。266斎苑(いそ)の館(やかた)より派遣(はけん)されたる三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)、267照国別(てるくにわけ)といふ活神(いきがみ)様(さま)が此(この)村(むら)にお出(い)でになり、268サンヨの家(いへ)にお立寄(たちよ)り下(くだ)さいまして、269婆(ばあ)さまの危難(きなん)をお救(すく)ひ下(くだ)され、270其(その)上(うへ)、271バラモンの悪神(あくがみ)を言向(ことむけ)和(やは)してやらうと仰有(おつしや)いましたので、272吾々(われわれ)の奉(ほう)ずる宗旨(しうし)は違(ちが)ひますけれど、273神(かみ)の助(たすけ)に二(ふた)つはないと存(ぞん)じ、274お願(ねがひ)致(いた)しまして、275只(ただ)今(いま)当家(たうけ)の玄関(げんくわん)迄(まで)お伴(とも)を致(いた)しました。276宣伝使(せんでんし)にお尋(たづ)ねになつたならば277嬢様(ぢやうさま)の所在(ありか)も判然(はんぜん)するだらうかと存(ぞん)じましたので、278旦那(だんな)様(さま)に照会(せうくわい)もせず、279だしぬけに、280失礼(しつれい)ながら御(ご)案内(あんない)申(まを)して参(まゐ)りました』
281ジャンク『ナニ、282三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)様(さま)を御(ご)案内(あんない)申(まを)して来(き)たといふのか。283あ、284何(なに)はともあれ大自在天(だいじざいてん)様(さま)の御(お)引合(ひきあは)せだらう。285サアサア玄関(げんくわん)にお待(ま)たせ申(まを)してはすまない。286早(はや)く奥(おく)へ通(とほ)つて頂(いただ)くやうに……セールは居(を)らぬか、287セール セール』
288 呼(よ)ばはれば『ハイ』と答(こた)へて、289セールは此(この)場(ば)に現(あら)はれ、
290セール『旦那(だんな)様(さま)、291何(なん)の御用(ごよう)で厶(ござ)いますか』
292ジャンク『お前(まへ)は、293玄関(げんくわん)にお客様(きやくさま)が見(み)えてゐるのを知(し)らぬのか、294早(はや)くお迎(むか)へ申(まを)して来(こ)い。295玄関番(げんくわんばん)もせずにどこへ行(い)つて居(を)つたのだ』
296セール『ハイ、297誠(まこと)に不都合(ふつがふ)を致(いた)しました。298実(じつ)は表門(おもてもん)に当(あた)つて、299騒々(さうざう)しい声(こゑ)がしますので取(と)る物(もの)も取(とり)敢(あへ)ず行(い)つてみれば、300アンコ、301バンコの大喧嘩(おほげんくわ)、302バンコは鉄拳(てつけん)をくらつて気絶(きぜつ)致(いた)しましたので、303いろいろと介抱(かいはう)を致(いた)し、304漸(やうや)く蘇生(そせい)させましたが、305どうやらすると再(ふたた)び昏睡(こんすい)状態(じやうたい)に入(い)り相(さう)なので、306目(め)も放(はな)されず介抱(かいはう)致(いた)してをりました。307旦那(だんな)様(さま)の御(お)歎(なげき)の央(なかば)へ、308かやうな下(くだ)らぬ門番(もんばん)の争(あらそい)事(ごと)迄(まで)申上(まをしあ)げては済(す)まないと存(ぞん)じ、309差(さし)控(ひか)えて居(を)りました』
310ジャンク『そりや怪(け)しからぬ奴(やつ)だ。311アンコといふ奴(やつ)は、312酒(さけ)くせの悪(わる)い男(をとこ)だからなア。313併(しか)し何(なに)は兎(と)もあれ、314宣伝使(せんでんし)を御(ご)案内(あんない)申(まを)して来(こ)い』
315 『ハイ』と答(こた)へて、316セールは玄関(げんくわん)に立(たち)現(あら)はれ、317一同(いちどう)を案内(あんない)した。318照国別(てるくにわけ)始(はじ)め梅公(うめこう)、319照公(てるこう)、320エルソンの四(よ)人(にん)はジャンクの居間(ゐま)に、321一礼(いちれい)を施(ほどこ)し座(ざ)に着(つ)いた。
322ジャンク『これはこれは三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)様(さま)、323賤(しづ)が伏家(ふせや)を能(よ)くお訪(たづ)ね下(くだ)さいました。324何分(なにぶん)宜(よろ)しく御(お)願(ねがひ)申(まを)します。325私(わたし)は此(この)村(むら)の里庄(りしやう)を勤(つと)むるジャンクと申(まを)す者(もの)で厶(ござ)います』
326照国(てるくに)『お初(はつ)にお目(め)にかかります。327此(この)村(むら)の入口(いりぐち)にてタクソンさまにお目(め)にかかり、328承(うけたま)はればお館(やかた)にはお取込(とりこみ)のお有(あ)りなさるといふ事(こと)、329それを聞(き)いては宣伝使(せんでんし)の吾々(われわれ)、330聞捨(ききずて)にもなりませぬから、331御(お)邪魔(じやま)を致(いた)し、332御(ご)機嫌(きげん)を伺(うかが)ひに参(まゐ)りました。333何分(なにぶん)神力(しんりき)の足(た)らぬ、334修業中(しうげふちう)の吾々(われわれ)で厶(ござ)いますから、335何(なに)もお間(ま)に合(あ)ひませぬが、336神(かみ)様(さま)のお力(ちから)によりて、337最善(さいぜん)の方法(はうはふ)を尽(つく)さして頂(いただ)きたいと思(おも)ひます』
338ジャンク『尊(たふと)き有難(ありがた)き其(その)御(お)言葉(ことば)、339老木(おいき)も若芽(わかめ)を吹(ふき)出(だ)し、340花(はな)に合(あ)ふ春陽(しゆんやう)の気(き)が漂(ただよ)ふ様(やう)で厶(ござ)います。341此処(ここ)に厶(ござ)るお方(かた)はインカ親分(おやぶん)といつて隣村(となりむら)の侠客(けふかく)で厶(ござ)いますが、342此(この)方(かた)にもいろいろと御(ご)心配(しんぱい)にあづかつて居(ゐ)るので厶(ござ)います』
343照国(てるくに)『あゝ、344これはこれは、345お初(はつ)にお目(め)にかかります。346あなたが有名(いうめい)な侠客(けふかく)のインカ親分(おやぶん)で厶(ござ)いましたか。347何卒(なにとぞ)お見知(みし)りおかれまして、348今後(こんご)は御(ご)眤懇(じつこん)に願(ねが)ひます』
349インカ『貴方(あなた)様(さま)は、350今(いま)承(うけたま)はれば尊(たふと)き三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)様(さま)。351ならず者(もの)の取締(とりしまり)を致(いた)す野郎(やらう)で厶(ござ)います。352どうか私(わたし)のやうなケチな奴(やつ)でも、353男(をとこ)のはしくれと思召(おぼしめ)し、354何卒(なにとぞ)お目(め)をかけ下(くだ)さいませ』
355 斯(か)かる所(ところ)へセールはあわただしく此(この)場(ば)に現(あら)はれ、
356セール『旦那(だんな)様(さま)に申(まをし)上(あ)げます、357今(いま)国王(こくわう)様(さま)のお使(つかひ)がみえまして厶(ござ)います。358如何(いかが)取(とり)斗(はか)らひませうや』
359ジャンク『ハテ国王(こくわう)様(さま)のお使(つかひ)とは何事(なにごと)だらう。360何(なに)は兎(と)もあれ、361別殿(べつでん)に御(ご)案内(あんない)申(まを)せ。362すぐさまお目(め)にかかるから……』
363セール『ハイ畏(かしこ)まりました』
364とセールは足早(あしばや)に玄関(げんくわん)指(さ)して出(いで)てゆく。365一同(いちどう)は面(かほ)見合(みあは)せ、366何事(なにごと)の起(おこ)りしならむかと不審(ふしん)の眉(まゆ)をひそめて居(ゐ)た。
367照国別(てるくにわけ)『三五(あななひ)の神(かみ)のあれます上(うへ)からは
368いかなる事(こと)もゆめな憂(うれ)ひそ』
369照国(てるくに)『世(よ)の中(なか)は相身互(あひみたがひ)、370まして四海(しかい)兄弟(けいてい)と申(まを)しますれば、371何卒(なにとぞ)御(ご)眤懇(じつこん)に願(ねが)ひませう』
372 ジャンクは小声(こごゑ)で『ハヽヽヽヽヽ』と笑(わら)い乍(なが)ら、
373ジャンク『先生(せんせい)様(さま)374暫(しばら)く失礼(しつれい)を致(いた)します。375オイ、376タクソン、377お使(つかひ)にお目(め)に掛(かか)つて来(く)るから、378お前(まへ)は宣伝使(せんでんし)様(さま)の接待(せつたい)をしてゐてくれ』
379タクソン『ハイ承知(しようち)致(いた)しました。380勝手(かつて)覚(おぼ)えし御(お)家(いへ)の中(なか)、381御(ご)安心(あんしん)なさいませ』
382ジャンク『タクソン、383落度(おちど)のないよう、384御(ご)無礼(ぶれい)をせぬ様(やう)に頼(たの)んでおくぞや』
385と言葉(ことば)を残(のこ)し、386別室(べつしつ)に入(はい)つて、3861礼服(れいふく)を着用(ちやくよう)し、387別殿(べつでん)さして進(すす)み行(ゆ)く。
388(大正一三・一二・一五 旧一一・一九 於祥雲閣 松村真澄録)
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