霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一二章 (こひ)暗路(やみぢ)〔一六九四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第66巻 山河草木 巳の巻 篇:第3篇 異燭獣虚 よみ(新仮名遣い):いしょくじゅうきょ
章:第12章 恋の暗路 よみ(新仮名遣い):こいのやみじ 通し章番号:1694
口述日:1924(大正13)年12月16日(旧11月20日) 口述場所:祥雲閣 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年6月29日
概要: 舞台:コマの村の里庄の家のサンダーの部屋、門口、オーラ山 あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる] 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2018-04-18 15:53:58 OBC :rm6612
愛善世界社版:165頁 八幡書店版:第11輯 791頁 修補版: 校定版:165頁 普及版:67頁 初版: ページ備考:
001 コマの(むら)里庄(りしやう)二男(じなん)サンダーは002許嫁(いひなづけ)のジャンクの(むすめ)スガコの行衛(ゆくゑ)不明(ふめい)となりしより怏々(おうおう)として(たの)しまず、003日夜(にちや)煩悶(はんもん)苦悩(くなう)結果(けつくわ)004神経病(しんけいびやう)(おこ)して一室(ひとま)()(こも)り、005(ひと)()ふのを(きら)ふやうになつた。006両親(りやうしん)はサンダーの憂欝(いううつ)(しづ)める状態(じやうたい)()ていろいろに(こころ)(くるし)め、007医者(いしや)よ、008(くすり)よ、009修験者(しゆげんじや)よと(さわ)ぎまはれども、010サンダーは一切(いつさい)医薬(いやく)(はい)(かつ)修験者(しゆげんじや)祈祷(きたう)(きら)ひ、011一室(ひとま)(ひそ)んで時々(ときどき)自分(じぶん)(かみ)()(むし)つたり(みみ)()いたり、012体中(からだぢう)自分(じぶん)(つめ)()(むし)り、013半狂乱(はんきやうらん)(ごと)くになつて()た。014さうして時々(ときどき)(あや)しげな(こゑ)述懐(じゆつくわい)をのべて()る。
015サンダー『ジャンクの(いへ)(うま)れたる
016トルマン(ごく)()(たか)
017美人(びじん)(きこ)えしスガコさま
018(むす)ぶの(かみ)(ひき)(あは)
019いつかは()うて(いも)()
020(あか)(えにし)(むす)昆布(こぶ)
021苦労(くらう)するめの夫婦(ふうふ)ぞと
022(たの)しみ()つた甲斐(かひ)もなく
023()味気(あぢき)なき諸行(しよぎやう)無常(むじやう)
024(いま)行衛(ゆくゑ)白雲(しらくも)
025何処(いづこ)(はて)にましますか
026(やなぎ)眉毛(まゆげ)(すず)しき目許(めもと)
027つんもりしたる鼻貌(はなかたち)
028(べに)(くちびる)(はな)(くち)
029(みみ)にかけたる七宝(しつぽう)
030時々(ときどき)(ひか)夜光石(やくわうせき)
031(かみ)(からす)濡羽色(ぬればいろ)
032起居(たちゐ)物腰(ものごし)しとやかに
033棚機姫(たなばたひめ)大空(おほぞら)
034天降(あも)りましたる風情(ふぜい)にて
035(この)()(ひと)(うま)れまし
036(わが)恋妻(こひづま)となり(たま)
037間近(まぢか)(そら)果敢(はか)なくも
038(あき)()()()()てて
039何処(どこ)のいづこに()しますか
040(ただ)しは(たけ)(けだもの)
041餌食(ゑじき)とならせ(たま)ひしか
042(おも)へば(おも)へば味気(あぢき)なき
043憂世(うきよ)(のこ)されいつ(まで)
044(なが)らふ(こと)(はづか)しさ
045(われ)()()()(はし)なれば
046(こひ)しき(つま)(うば)はれて
047いかで(この)(まま)()()まむ
048(わが)(たま)()のある(かぎ)
049(くも)()けても(さが)()
050容貌(みめ)(うる)はしき(ひめ)(かほ)
051(ふたた)びまみえ村肝(むらきも)
052(こころ)(おく)(かた)()
053(たがひ)()()()(かは)
054(この)()(ひろ)(たの)もしく
055(くら)さむものと(おも)ふより
056(あたま)(いた)(むね)つかへ
057日月(じつげつ)(そら)(かがや)けど
058いとも(くら)けき心地(ここち)して
059闇夜(やみよ)(わた)(ごと)くなり
060あゝ如何(いか)にせむ千秋(せんしう)
061(うらみ)はつきじトルマンの
062(くに)(ふさ)がる(くも)(そら)
063(そら)()(かり)(こころ)しあらば
064(こひ)しき(ひめ)在所(ありか)をば
065(たづ)(もと)めて(わが)()ふる
066(こころ)(つた)()れよかし
067(まま)ならぬ()()(なが)
068(かみ)(ほとけ)見放(みはな)され
069かかる憂目(うきめ)(あぢ)あふか
070(おや)(つみ)とは(たれ)()
071(まこと)(かみ)親々(おやおや)
072(おも)(つみ)をば()みの()
073身魂(みたま)(まで)(おごそ)かに
074(くは)へますべき道理(だうり)なし
075あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
076天地(てんち)(あひ)(かみ)まさば
077(わが)胸先(むなさき)(くる)しさを
078いと(すみや)かに科戸辺(しなどべ)
079(かぜ)(はら)はせ(たま)へかし
080(あさ)(ゆふ)なに(ひめ)()
081いと(やす)かれと真心(まごころ)
082(ささ)げて(いの)(たてまつ)
083(ささ)げて(いの)(たてまつ)る』
084 かく(うた)(をは)り、085サンダーは(ちから)なげに気晴(きば)らしの(ため)とて郊外(かうぐわい)()往来(ゆきき)(ひと)(なが)めてゐた。086サンダーは国内(こくない)きつての美男子(びだんし)白面(はくめん)青年(せいねん)087(つね)女装(ぢよさう)(この)み、088何人(なにびと)(あひ)()(ひと)(これ)男子(だんし)(みと)むるものはなき(ほど)美貌(びばう)(そな)へてゐた。089(かれ)門口(もんぐち)()つて(そら)()(くも)をポカンとして(なが)めて()ると、090そこへ錫杖(しやくぢやう)をガチヤンガチヤンと(おと)させ(なが)(あら)はれ(きた)白髪(はくはつ)異様(いやう)修験者(しゆげんじや)091(かれ)美貌(びばう)()て、092その(まへ)錫杖(しやくぢやう)(とど)め、093顔色(かほいろ)(やはら)(なが)ら、
094修験者(しゆげんじや)『これこれお(ぢやう)さま、095貴女(あなた)顔色(かほいろ)(わる)いやうだが、096(なに)心配事(しんぱいごと)(ござ)るかな。097(わか)(むすめ)に、098よくあるラブと()(やまひ)ではなからうか。099それならばオーラ(ざん)(あら)はれ(たま)救世主(きうせいしゆ)(もと)参拝(さんぱい)()祈願(きぐわん)()めなされ。100(かなら)霊験(れいけん)がありますよ。101拙僧(せつそう)はオーラ(さん)活神(いきがみ)玄真坊(げんしんばう)(さま)高弟(かうてい)でシーゴー(ばう)(まを)すもの、102人助(ひとだす)けのために各地(かくち)遍歴(へんれき)(いた)修験者(しゆげんじや)(ござ)る。103いかなる煩悶(はんもん)苦悩(くなう)も、104オーラ(ざん)玄真坊(げんしんばう)さまに(うかが)へば(たちま)煙散(えんさん)霧消(むせう)し、105平和(へいわ)幸福(かうふく)太陽(たいやう)が、106貴方(あなた)心天(しんてん)(かがや)くであらう。107帰妙(きめう)頂礼(ちやうらい)神道(しんだう)加持(かぢ)謹上(きんじやう)再拝(さいはい)
108(おごそ)かに呪文(じゆもん)(とな)へる。109サンダーは(いま)(まで)修験者(しゆげんじや)祈祷(きたう)両親(りやうしん)から(すす)められ、110(また)出入(でいり)(もの)からも(すす)められてゐたが、111チツトも()()かなかつた。112(しか)るに(いま)()のあたり113威儀(ゐぎ)厳然(げんぜん)たる修験者(しゆげんじや)()ひ、114どこともなく(たの)もしき言葉(ことば)()()まれ、115(すこ)しく(こころ)(うご)()した。
116サンダー『もし、117修験者(しゆげんじや)(さま)118(わたし)はあるにあられぬ煩悶(はんもん)苦悩(くなう)(ふち)(しづ)んで()ります。119もはや(この)()(いや)になり、120一層(いつそう)天国(てんごく)(たび)をなさむかと只今(ただいま)思案(しあん)にくれてゐた(ところ)(ござ)りますが、121いかなる煩悶(はんもん)苦悩(くなう)玄真坊(げんしんばう)()活神(いきがみ)(さま)(ねが)へばお(たす)(くだ)さるでせうか』
122シーゴー『貴方(あなた)は、123まだお()きなさらぬか。124()霊験(れいけん)顕著(けんちよ)なること日月(じつげつ)(ごと)く、125オーラ(ざん)(むか)つて参拝(さんぱい)する善男(ぜんなん)善女(ぜんによ)(あり)(あま)きに(つど)(ごと)く、126(あけ)()つより午後(ごご)(なな)(どき)までは(ひき)もきらぬ群集(ぐんしふ)127各自(めいめい)神徳(しんとく)(いただ)いて(かへ)りますよ。128(なか)には(つま)(うしな)ひ、129(むすめ)(うしな)ひいろいろ心配(しんぱい)して()られた(かた)が、130玄真坊(げんしんばう)天眼力(てんがんりき)によつて、131所在(ありか)(わか)歓喜(くわんき)(なみだ)(よく)して()られる(かた)沢山(たくさん)(ござ)ります。132まづ一度(いちど)(まゐ)りなさいませ』
133サンダー『あらたかな(かみ)(さま)がオーラ(ざん)(あらは)れたといふ(こと)はチヨコチヨコ(うけたまは)つて()ますが、134偽救主(にせきうしゆ)135(にせ)キリストが雨後(うご)(たけのこ)(ごと)(あらは)れる時節(じせつ)ですから、136(また)その種類(しゆるゐ)(ぞん)じ、137(しもべ)(ども)忠告(ちうこく)をも()かず(いま)(まで)(うと)んじて()りましたが、138貴方(あなた)のお(はなし)()いてどうやら(こころ)(うご)()して()ました。139(しか)らば(ちか)(うち)140気分(きぶん)のよい()(かんが)へて参拝(さんぱい)(いた)すで(ござ)りませう』
141シーゴー『や、142それは結構(けつこう)です、143屹度(きつと)後利益(ごりやく)がありますよ。144(いち)(にち)(はや)くお(まゐ)りなさいませ』
145()(なが)ら、146素知(そし)らぬ(かほ)して(また)もや錫杖(しやくぢやう)をガチヤつかせ(なが)(とほ)彼方(かなた)(すす)()く。
147 サンダーは暗夜(あんや)一縷(いちる)光明(くわうみやう)()たる(ごと)心地(ここち)して、148その()夕暮(ゆふぐれ)よりソツと(わが)()()()でオーラ(さん)大杉(おほすぎ)(ほし)(ひかり)()あてとし、149道々(みちみち)(うた)(うた)(なが)夜風(よかぜ)()かれつつトボトボと(すす)()くのであつた。
150サンダー『天津(あまつ)御空(みそら)()(わた)
151(くさ)より()でし()(かみ)
152(また)もや(くさ)()りまして
153あとに(かがや)(もち)(つき)
154(ほし)(ひかり)(まばら)にて
155()()(わた)大野原(おほのはら)
156()()(かぜ)百草(ももくさ)
157そよぎの(おと)(さわ)がしく
158(いぬ)()(ごゑ)かしましく
159彼方(あなた)此方(こなた)村々(むらむら)
160(きこ)(きた)るぞ(おそ)ろしき
161スガコの(ひめ)所在(ありか)をば
162(たづ)ねむものと足乳根(たらちね)
163(ちち)(はは)との()(しの)
164(よる)(まぎ)れて一人旅(ひとりたび)
165(さび)しき野路(のぢ)誰故(たれゆゑ)
166生命(いのち)()へて(あい)したる
167スガコの(きみ)があればこそ
168スガコの(ひめ)よスガコさま
169(まへ)何処(いづこ)(そら)にゐる
170無言(むげん)霊話(れいわ)があるならば
171ここに()ますと一言(ひとこと)
172音信(おとづれ)(われ)(おく)りませ
173(わが)(たましひ)()()なに
174(なれ)所在(ありか)(たづ)ねむと
175中有(ちうう)(まよ)へど(かぎ)りなき
176(この)()(うへ)弥広(いやひろ)
177(なん)手掛(てがか)りなく(ばか)
178(なみだ)(そで)(しぼ)りつつ
179(よる)(さび)しき一人寝(ひとりね)
180(まくら)(かよ)(むし)()
181(なれ)(みこと)(ささや)きと
182(おも)(まよ)ふぞ果敢(はか)なけれ
183(この)()(かみ)()ますなら
184(こひ)(こが)れし二人仲(ふたりなか)
185(むす)ぶの(かみ)引合(ひきあは)
186(かなら)()はせ(たま)ふとは
187(おも)(なぐさ)めゐるなれど
188(こころ)(くら)(わが)(おも)
189()ませ(たま)へよスガコ(ひめ)
190()べど(さけ)べど荒風(あらかぜ)
191(なか)(さへぎ)(かな)しさに
192(わが)真心(まごころ)()(みみ)
193(ただ)()らぬが口惜(くちを)しや
194(ゆめ)になりとも()はま()しと
195(おも)(いぬ)れば(ゆめ)()
196(こひ)しき(なれ)(おとな)ひの
197(こゑ)かと()れば(あめ)(おと)
198(かぜ)野原(のはら)(わた)(こゑ)
199(なれ)松虫(まつむし)鈴虫(すずむし)
200()にもはかなき蓑虫(みのむし)
201()()(ほそ)(しも)(した)
202()にも(さび)しき(わが)心根(むね)
203()みとりませよスガコ(ひめ)
204(なれ)()はむと朝夕(あさゆふ)
205(おも)恋路(こひぢ)(つの)()
206(いま)(まつた)病気(いたづき)
207ままならぬ()となりにけり
208さはさり(なが)(なれ)(おも)
209(こひ)(ちから)不思議(ふしぎ)なる
210病躯(びやうく)(おこ)して野路(のぢ)山路(やまぢ)
211区別(けじめ)白露(しらつゆ)()けて()
212オーラの(やま)生神(いきがみ)
213稜威(みいづ)()けて(いも)()
214(なれ)()はむが(たのし)みに
215(つめ)たき夜風(よかぜ)()(なが)
216(つゆ)芝草(しばぐさ)()みしめて
217(こころ)(そら)(あか)りをば
218(つゑ)(ちから)(たの)みつつ
219(われ)はイソイソ(のぼ)()
220(われ)はイソイソ(のぼ)()く』
221 サンダーはトボトボと夜露(よつゆ)(したた)高原(かうげん)を、222オーラ(さん)()あてに(すす)みしが、223途中(とちう)(おい)てガラリと()(あか)して(しま)つた。224身体(しんたい)綿(わた)(ごと)(つか)()路傍(みちばた)方形(はうけい)(いは)(こし)をかけ、225(いき)(やす)(つひ)には(ねむり)についた。226(おと)名高(なだか)美青年(びせいねん)227(いろ)(あく)(まで)(しろ)く、228(たま)(はだへ)229(きぬ)(とほ)して(ひか)るが(ごと)230(まゆ)(すず)しうして鼻筋(はなすぢ)(とほ)り、231()象牙(ざうげ)細工(ざいく)(ごと)(しろ)くして光沢(くわうたく)あり、232黒目勝(くろめがち)(つゆ)()びたる()233(たれ)()にも(をんな)とより()えなかつた。234大画伯(だいぐわはく)精根(せいこん)()らして()れる()(なか)より()()()(ごと)美人(びじん)235四辺(あたり)芳香(はうかう)(くん)じ、236音楽(おんがく)(きこ)ゆるが(ごと)(おも)ひに()たされる。237かかる美男子(びだんし)女装(ぢよさう)したまま、238頬杖(ほほづゑ)をついて路傍(ろばう)(いは)(こし)(うち)かけ(ねむ)つて()()風情(ふうぜい)海棠(かいだう)(あめ)(しほ)るる(ごと)く、239梅花(ばいくわ)(あさひ)(にほ)へるが(ごと)く、240一見(いつけん)(ひと)をして恍惚(くわうこつ)たらしめ、241心魂(しんこん)をして(ちう)()ばしむる(ごと)光景(くわうけい)である。
242 そこへシーゴーの部下(ぶか)なる、243ショール、244コリ()十七八(じふしちはち)(めい)手下(てした)(したが)へ、245(ひげ)(つゆ)()かせ、246尻切(しりきれ)草鞋(わらぢ)をパサつかせ(なが)(この)()(あら)はれ(きた)り、247サンダーの(ねむ)れる姿(すがた)()(ゆめ)(うつつ)(はた)(また)天女(てんによ)降臨(かうりん)か。248()(をんな)かとアツケにとられ、249少時(しばし)(たたず)んでゐた。
250 ショールは(しき)りに(くび)()(なが)ら、251左右(さいう)部下(ぶか)(かへり)み、
252ショール『(なん)と、253綺麗(きれい)なものだなア。254オイ、255まともから(をが)むと、256()がマクマクするぢやないか。257あれは(はた)して人間(にんげん)だらうか、258もし人間(にんげん)とすれば(この)(あひだ)のやうに、259(なん)とか一芝居(ひとしばゐ)をして玄真坊(げんしんばう)(さま)岩窟(いはや)引張(ひつぱり)()まうぢやないか。260さうすりやキツト()褒美(ほうび)に、261(また)(うま)(さけ)でもふれまつて(もら)うと、262ままだよ。263なあコリ、264貴様(きさま)どう(かんが)へるか』
265コリ『ウン(まつた)くだ』
266ショール『(なに)(まつた)くだい。267(まつた)くでは意味(いみ)(わか)らぬぢやないか』
268コリ『ウンウン(なに)しろ(まつた)くだ。269(まつた)御免(ごめん)(かうむ)()いわい。270彼奴(あいつ)ア、271キツト化衆(ばけしう)だ。272(この)()(なか)にあんな美人(びじん)があらう(はず)がない、273相手(あひて)になるな。274(この)(あひだ)美人(びじん)だつて神徳(しんとく)(たか)玄真坊(げんしんばう)(さま)何程(なんぼ)口説(くど)いてもたらしても、275(てこ)にあはないのだもの。276(おれ)(たち)のやうな小盗児(せうとる)(れん)は、277まづ相手(あひて)にならぬ(はう)がましだよ。278いらはぬ(かみ)(たたり)なしだ。279何時(いつ)280尻尾(しりを)()すか()れない、281サア()げろ ()げろ』
282とがやがや()(さわ)ぐ。283(この)(こゑ)にサンダーはフツト()()まし、284四辺(あたり)()れば(もり)(からす)はカアカアと(きよ)()(わた)り、285小鳥(ことり)はチユンチユン ジヤンジヤンと鼓膜(こまく)(ゆる)がせる。286サンダーはショール、287コリの一隊(いつたい)(むか)(おもむろ)(くち)(ひら)いて、
288サンダー『もし、289そこに()らるる方々(かたがた)290(もの)をお(たづ)(いた)しますがオーラ(ざん)修験者(しゆげんじや)291玄真坊(げんしんばう)のお住居(すまゐ)何処(いづこ)(ござ)いますか。292遠方(ゑんぱう)から大杉(おほすぎ)見当(みあて)ルビ「みあて」はママ(まゐ)りましたが、293(ふもと)にかかつてより目標(めじるし)見失(みうし)なひ、294行手(ゆくて)(なや)んで()ります。295どうか()案内(あんない)(くだ)さいますまいか』
296 ショールは()(こゑ)にやつと安心(あんしん)し、
297ショール『ヤツパリ人間(にんげん)だ』
298小声(こごゑ)(ささや)(なが)ら、
299ショール『ハイ、300(わたし)(この)(へん)をうろついてゐる泥棒(どろばう)(ござ)いますが、301玄真坊(げんしんばう)(さま)(ところ)案内(あんない)せよと仰有(おつしや)いますけど、302(わたし)のやうな悪人(あくにん)到底(たうてい)(そば)へも()れませぬ。303(この)(あひだ)玄真坊(げんしんばう)鉄拳(てつけん)(あめ)にあひ、304吾々(われわれ)一同(いちどう)はコリコリ(いた)して()ります。305のうコリ、306(いた)かつたな。307(また)もや、308こんな(ところ)にうろついて()(ところ)玄真坊(げんしんばう)(さま)見付(みつ)けられたならば、309「これ貴様(きさま)はあれほど(いまし)めて()るのに、310ショールコリもせず小盗児(せうとる)をやつてるか」と、311いかいお目玉(めだま)(いただ)いては睾丸(きんたま)(ちぢ)(あが)ります。312(この)(みち)をスツト一直線(いつちよくせん)三十町(さんじつちやう)(ばか)りお(あが)りになれば、313そこが玄真坊(げんしんばう)(さま)のお(やかた)です。314(わか)らな、315(しばら)()つて(くだ)さい。316もう半時(はんとき)もすれば沢山(たくさん)参詣者(さんけいしや)がここを(とほ)りますよ。317さうすれば一緒(いつしよ)にお(あが)りになれば()案内(あんない)もいりますまい』
318サンダー『泥棒(どろばう)泥棒(どろばう)名乗(なの)るのは(いま)(きき)(はじ)めだ。319そんな正直(しやうぢき)(こと)泥棒(どろばう)渡世(とせい)出来(でき)るのか』
320ショール『ハイ、321貴方(あなた)(たい)してのみ、322こんな正直(しやうぢき)(こと)(まを)したのです。323(かく)したつて貴下(あなた)のその眼孔(がんこう)には、324()看破(かんぱ)されますからな。325大方(おほかた)(ぢやう)さまはシーゴー(さま)修験者(しゆげんじや)()いてお(まゐ)りになつたのでせう』
326サンダー『あゝさうです。327修験者(しゆげんじや)(わたし)門前(もんぜん)(とほ)り、328あらたかな(かみ)(さま)があるから(まゐ)れと()つて(くだ)さつたので、329とるものも()()へず(よる)(みち)(いそ)いで、330やつて()たのですよ』
331ショール『(をとこ)のやうな言葉(ことば)(づかひ)もあり、332(をんな)のやうな言葉(ことば)(づかひ)もあり、333(わたし)としては、334(まへ)さまの正体(しやうたい)(わか)りませぬが、335貴下(あなた)はそんな(こと)()つて吾々(われわれ)行動(かうどう)調(しら)べて()らつしやるのでせう。336大親分(おほおやぶん)のヨリコ(ひめ)女帝(によてい)(さま)でせうがな』
337 サンダーは……女装(ぢよさう)をしてゐる(こと)なり、338ヤツパリ彼奴(あいつ)()(をんな)()()る、339(いま)ヨリコ(ひめ)女帝(によてい)()ふたのは(なに)山賊(さんぞく)親分(おやぶん)()かも()れない。340あゝ()木端(こつぱ)盗人(ぬすと)親分(おやぶん)(かほ)()(こと)出来(でき)ないものだ。341キツト数千(すうせん)団体(だんたい)(かか)へてゐる大親分(おほおやぶん)だらう。342此奴(こいつ)(ひと)計略(けいりやく)にかけ、343(つか)れた(あし)(あゆ)むのを(たす)かるため(かつ)がして(あが)つて()ようかな……と(にはか)大胆(だいたん)(こころ)(おこ)しワザとおチヨボ(ぐち)をし(なが)ら、
344サンダー『オホヽヽヽ、345(まへ)(わらは)乾児(こぶん)()えるな、346(まへ)(さつ)(どほ)りヨリコ(ひめ)女帝(によてい)だよ。347玄真坊(げんしんばう)さまのお(そば)案内(あんない)して()れや。348(わらは)(からだ)大切(たいせつ)に、349荒男(あらをとこ)がよつて(この)阪道(さかみち)()()げるのだよ。350サア()褒美(ほうび)(これ)()げよう』
351(ふところ)より小判(こばん)をとり()し、352ばらばらと大地(だいち)()げつけた、353小盗児(せうとる)(れん)(さき)(あらそ)うて(ひろ)(ふところ)()()み、354サンダーを大親分(おほおやぶん)(おも)ひ、355手車(てぐるま)()せて、356きついきつい赤土(あかつち)(すべ)坂道(さかみち)(あせ)をタラタラ(なが)(なが)大杉(おほすぎ)(した)357玄真坊(げんしんばう)所在(ありか)へと(おく)()く。
358大正一三・一二・一六 旧一一・二〇 於祥雲閣 北村隆光録)
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