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霊界物語
山河草木(第61~72巻、入蒙記)
第66巻(巳の巻)
序文
総説
第1篇 月の高原
第1章 暁の空
第2章 祖先の恵
第3章 酒浮気
第4章 里庄の悩
第5章 愁雲退散
第6章 神軍義兵
第2篇 容怪変化
第7章 女白浪
第8章 神乎魔乎
第9章 谷底の宴
第10章 八百長劇
第11章 亞魔の河
第3篇 異燭獣虚
第12章 恋の暗路
第13章 恋の懸嘴
第14章 相生松風
第15章 喰ひ違ひ
第4篇 恋連愛曖
第16章 恋の夢路
第17章 縁馬の別
第18章 魔神の囁
第19章 女の度胸
第20章 真鬼姉妹
余白歌
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霊界物語
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山河草木(第61~72巻、入蒙記)
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第66巻(巳の巻)
> 第1篇 月の高原 > 第3章 酒浮気
<<< 祖先の恵
(B)
(N)
里庄の悩 >>>
第三章
酒
(
さけい
)
浮気
(
うけい
)
〔一六八五〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第66巻 山河草木 巳の巻
篇:
第1篇 月の高原
よみ(新仮名遣い):
つきのこうげん
章:
第3章 酒浮気
よみ(新仮名遣い):
さけいうけい
通し章番号:
1685
口述日:
1924(大正13)年12月15日(旧11月19日)
口述場所:
祥雲閣
筆録者:
加藤明子
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1926(大正15)年6月29日
概要:
舞台:
タライの村の里庄ジャンクの家
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2018-04-11 15:52:38
OBC :
rm6603
愛善世界社版:
37頁
八幡書店版:
第11輯 742頁
修補版:
校定版:
37頁
普及版:
67頁
初版:
ページ備考:
001
タライの
村
(
むら
)
の
里庄
(
りしやう
)
ジャンクの
家
(
うち
)
の
表門
(
おもてもん
)
には、
002
甲
(
かふ
)
乙
(
おつ
)
二人
(
ふたり
)
の
門番
(
もんばん
)
が
胡坐
(
あぐら
)
をかいて
雑談
(
ざつだん
)
に
耽
(
ふけ
)
つて
居
(
ゐ
)
た。
003
甲
(
かふ
)
(アンコ)
『オイ、
004
バンコ、
005
どうも
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
位
(
ぐらゐ
)
怪体
(
けたい
)
な
時候
(
じこう
)
はないぢやないか。
006
朝
(
あさ
)
も
早
(
はや
)
くから
日
(
ひ
)
の
丸様
(
まるさま
)
がカンカンとお
照
(
て
)
りなさるかと
思
(
おも
)
へば、
007
直様
(
すぐさま
)
西
(
にし
)
の
方
(
はう
)
から
黒雲
(
くろくも
)
がやつて
来
(
き
)
て
日
(
ひ
)
の
丸
(
まる
)
を
呑
(
の
)
んで
了
(
しま
)
ひ、
008
お
月様
(
つきさま
)
が
照
(
て
)
るかと
思
(
おも
)
へば、
009
雲
(
くも
)
に
呑
(
の
)
まれ、
010
この
暑
(
あつ
)
い
国
(
くに
)
も
底冷
(
そこづめ
)
たい
風
(
かぜ
)
が
吹
(
ふ
)
き
011
何
(
なん
)
とはなしに
悪魔
(
あくま
)
に
襲
(
おそ
)
はれさうな
気分
(
きぶん
)
で、
012
酒
(
さけ
)
でも
飲
(
の
)
まなければやりきれぬぢやないか』
013
バンコ『オイ、
014
アンコ、
015
それは
何
(
なに
)
を
云
(
い
)
ふのだ。
016
酒
(
さけ
)
どころかい、
017
大事
(
だいじ
)
な
大事
(
だいじ
)
な
一人娘
(
ひとりむすめ
)
のお
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
はお
行衛
(
ゆくゑ
)
が
分
(
わか
)
らず、
018
ジャンクの
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
が
日々
(
にちにち
)
青息
(
あをいき
)
吐息
(
といき
)
で、
019
大自在天
(
だいじざいてん
)
様
(
さま
)
に
火物断
(
ひものだち
)
をし
艱難
(
かんなん
)
苦労
(
くらう
)
をして
御座
(
ござ
)
るのに、
020
其
(
その
)
家
(
いへ
)
の
子
(
こ
)
の
吾々
(
われわれ
)
が
安閑
(
あんかん
)
と
酒
(
さけ
)
を
呑
(
の
)
むやうな
不始末
(
ふしまつ
)
が
出来
(
でき
)
ようか。
021
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
がお
帰
(
かへ
)
りになつたら
三日
(
みつか
)
なりと
五日
(
いつか
)
なりとお
祝
(
いはひ
)
の
酒
(
さけ
)
を
頂
(
いただ
)
かうとままだ。
022
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
が
火物断
(
ひものだち
)
をして
厶
(
ござ
)
るのに、
023
吾々
(
われわれ
)
は
結構
(
けつこう
)
なお
扶持
(
ふち
)
を
頂
(
いただ
)
き
安閑
(
あんかん
)
と
門番
(
もんばん
)
をさして
頂
(
いただ
)
いて
居
(
ゐ
)
るのぢやないか。
024
勿体
(
もつたい
)
ない、
025
冥加
(
めうが
)
に
尽
(
つ
)
きるぞよ』
026
アンコ『
夫
(
そ
)
れだつて
人間
(
にんげん
)
はさう
悲観
(
ひくわん
)
斗
(
ばか
)
りするものぢやない。
027
天地
(
てんち
)
の
道理
(
だうり
)
を
考
(
かんが
)
へて
見
(
み
)
よ、
028
黒雲
(
くろくも
)
は
日月
(
じつげつ
)
を
呑
(
の
)
み、
029
大蛇
(
をろち
)
は
人
(
ひと
)
を
呑
(
の
)
み、
030
蛇
(
へび
)
は
蛙
(
かへる
)
を
呑
(
の
)
み、
031
大魚
(
たいぎよ
)
は
小魚
(
せうぎよ
)
を
呑
(
の
)
み、
032
暴君
(
ばうくん
)
は
人
(
ひと
)
の
国家
(
こくか
)
を
呑
(
の
)
み、
033
英雄
(
えいゆう
)
は
天下
(
てんか
)
を
呑
(
の
)
み、
034
女房
(
にようばう
)
は
夫
(
をつと
)
を
呑
(
の
)
み、
035
大工
(
だいく
)
の
宝
(
たから
)
は
槌
(
つち
)
と
鑿
(
のみ
)
、
036
人間
(
にんげん
)
は
酒
(
さけ
)
を
呑
(
の
)
み、
037
茶
(
ちや
)
を
呑
(
の
)
み、
038
水
(
みづ
)
を
呑
(
の
)
み、
039
芸者
(
げいしや
)
は
人
(
ひと
)
の
家倉
(
いへくら
)
を
呑
(
の
)
み、
040
おまけに
床
(
とこ
)
の
下
(
した
)
から
這
(
は
)
い
上
(
あが
)
つて
来
(
き
)
て
吾々
(
われわれ
)
を
遠慮
(
ゑんりよ
)
会釈
(
ゑしやく
)
もなく
噛
(
か
)
んで
血
(
ち
)
を
啜
(
すす
)
る
奴
(
やつ
)
は
蚤
(
のみ
)
だ。
041
それだから
門番
(
もんばん
)
のみ
に
心力
(
しんりよく
)
を
費
(
つひや
)
し
謹慎
(
きんしん
)
々々
(
きんしん
)
と
謹慎
(
きんしん
)
のみ
に
日
(
ひ
)
を
送
(
おく
)
つて
居
(
ゐ
)
るやうな
事
(
こと
)
で、
042
どうして
人間
(
にんげん
)
様
(
さま
)
の
生命
(
いのち
)
が
保
(
たも
)
たれようか。
043
人間
(
にんげん
)
は
生活
(
せいくわつ
)
する
為
(
ため
)
に
生
(
いき
)
て
居
(
ゐ
)
るのぢやないか』
044
バンコ『
馬鹿
(
ばか
)
云
(
い
)
ふな、
045
今
(
いま
)
の
人間
(
にんげん
)
に
生活
(
せいくわつ
)
なんてあるものか。
046
生活
(
せいくわつ
)
と
云
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
は
生々
(
いきいき
)
として
社会
(
しやくわい
)
に
最善
(
さいぜん
)
的
(
てき
)
活動
(
くわつどう
)
をなし、
047
神
(
かみ
)
の
御子
(
みこ
)
として
世
(
よ
)
の
為
(
ため
)
、
048
人
(
ひと
)
の
為
(
ため
)
に
愛善
(
あいぜん
)
の
徳
(
とく
)
に
住
(
ぢう
)
し、
049
信真
(
しんしん
)
の
光
(
ひかり
)
に
浴
(
よく
)
して、
050
善美
(
ぜんび
)
なる
生涯
(
しやうがい
)
を
送
(
おく
)
るものを
称
(
しよう
)
して
生活者
(
せいくわつしや
)
と
云
(
い
)
ふのだ。
051
どいつも、
052
こいつも
生活難
(
せいくわつなん
)
がどうだの、
053
生命
(
せいめい
)
がどうだのと
学者
(
がくしや
)
振
(
ぶ
)
つて
吐
(
ほざ
)
いて
居
(
ゐ
)
るが、
054
生命
(
せいめい
)
がどこにあるか。
055
何奴
(
どいつ
)
も
此奴
(
こいつ
)
も、
056
機械
(
きかい
)
人形
(
にんぎやう
)
のやうに、
057
ウヨウヨと
蠢動
(
しゆんどう
)
して
暗黒界
(
あんこくかい
)
に
堕落
(
だらく
)
し、
058
虫
(
むし
)
の
息
(
いき
)
で
半死
(
はんし
)
半生
(
はんしやう
)
の
境遇
(
きやうぐう
)
にあり
乍
(
なが
)
ら、
059
新生命
(
しんせいめい
)
だとか
何
(
なん
)
とか
云
(
い
)
つて
居
(
ゐ
)
るのが、
060
をかしいわい。
061
生活難
(
せいくわつなん
)
ではなくて
生存難
(
せいぞんなん
)
の
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
ふのだらう』
062
アンコ『
生存難
(
せいぞんなん
)
に
打
(
う
)
ち
勝
(
か
)
ち
半死
(
はんし
)
半生
(
はんしやう
)
の
境涯
(
きやうがい
)
を
脱却
(
だつきやく
)
しようとして
吾々
(
われわれ
)
は
活動
(
くわつどう
)
をして
居
(
ゐ
)
るのだ、
063
それだから
生活
(
せいくわつ
)
といふのだ。
064
今日
(
こんにち
)
の
種々
(
いろいろ
)
の
主義者
(
しゆぎしや
)
を
見
(
み
)
よ
065
彼奴
(
あいつ
)
だつて……………、
066
左
(
ひだり
)
に
傾
(
かたむ
)
いているのぢやないか。
067
左
(
ひだり
)
に
傾
(
かたむ
)
くのは
酒
(
さけ
)
に
限
(
かぎ
)
る。
068
それだから
左傾
(
さけい
)
(
酒
(
さけ
)
)
党
(
たう
)
と
云
(
い
)
ふのぢや、
069
あゝ
酒
(
さけ
)
なるかな、
070
酒
(
さけ
)
は
百薬
(
ひやくやく
)
の
長
(
ちやう
)
だ。
071
万民
(
ばんみん
)
愛護
(
あいご
)
の
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
だ、
072
平和
(
へいわ
)
の
曙光
(
しよくわう
)
だ』
073
バンコ『オイオイ アンコ、
074
さう
脱線
(
だつせん
)
しては
困
(
こま
)
るぢやないか、
075
酒
(
さけ
)
と
左傾党
(
さけいたう
)
とを
混同
(
こんどう
)
してるぢやないか』
076
アンコ『
定
(
きま
)
つた
事
(
こと
)
だ。
077
酒
(
さけ
)
に
酔
(
よ
)
うた
上
(
うへ
)
に
管
(
くだ
)
を
巻
(
ま
)
き、
078
終
(
しま
)
ひの
果
(
はて
)
には
気
(
き
)
に
入
(
い
)
らない
嬶
(
かか
)
の
横面
(
よこづら
)
をはり
倒
(
たふ
)
し、
079
家
(
いへ
)
から
追
(
おひ
)
出
(
だ
)
して
新規
(
しんき
)
播直
(
まきなほ
)
しに
愛善
(
あいぜん
)
の
徳
(
とく
)
に
富
(
と
)
み、
080
信真
(
しんしん
)
の
光
(
ひかり
)
に
満
(
み
)
ちた
女神
(
めがみ
)
様
(
さま
)
を
入
(
い
)
れるのが
酒
(
さけ
)
の
徳
(
とく
)
だよ。
081
之
(
これ
)
を
称
(
しよう
)
して
万民愛
(
ばんみんあい
)
の
世界
(
せかい
)
改革
(
かいかく
)
酒断
(
しゆだん
)
(
手段
(
しゆだん
)
)と
云
(
い
)
ふのだ。
082
左傾党
(
さけいたう
)
だつて
同
(
おな
)
じやうなものだ。
083
古
(
ふる
)
い
社会
(
しやくわい
)
を
立替
(
たてか
)
へて
新
(
あたら
)
しい
平和
(
へいわ
)
の
社会
(
しやくわい
)
を
立
(
た
)
て
直
(
なほ
)
さうとするのだから、
084
いづれ
一度
(
いちど
)
は
酒
(
さけ
)
の
酔
(
よひ
)
と
同様
(
どうやう
)
に、
085
落花
(
らくくわ
)
狼藉
(
らうぜき
)
乱離
(
らんり
)
骨敗
(
こつぱい
)
、
086
矛盾
(
むじゆん
)
混沌
(
こんとん
)
の
暗黒界
(
あんこくかい
)
を
来
(
きた
)
さないとも
限
(
かぎ
)
らない。
087
破壊
(
はくわい
)
の
為
(
ため
)
の
破壊
(
はくわい
)
でなく、
088
建設
(
けんせつ
)
の
為
(
ため
)
の
破壊
(
はくわい
)
だよ。
089
さあさうだから
僕
(
ぼく
)
は
仮令
(
たとへ
)
主人
(
しゆじん
)
がどうあらうとも、
090
僕
(
ぼく
)
は
僕
(
ぼく
)
として
酒
(
さけ
)
に
信頼
(
しんらい
)
するのだ』
091
バンコ『
夫
(
そ
)
れやさうかも
知
(
し
)
れぬが、
092
避
(
さけ
)
得
(
う
)
る
限
(
かぎ
)
り
酒
(
さけ
)
は
避
(
さけ
)
たいものだなア』
093
アンコ『
山
(
やま
)
は
さけ
海
(
うみ
)
はあせなむ
世
(
よ
)
ありとも
094
酒
(
さけ
)
に
心
(
こころ
)
は
離
(
はな
)
れざりけり。
095
と
云
(
い
)
ふ
古歌
(
こか
)
があるだらう。
096
さうだから
僕
(
ぼく
)
は
酒
(
さけ
)
を
止
(
や
)
める
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ないのだ。
097
何奴
(
どいつ
)
も
此奴
(
こいつ
)
もな
さけ
ない
顔
(
かほ
)
をして
忠義面
(
ちうぎづら
)
を
振
(
ふり
)
廻
(
まは
)
し、
098
世
(
よ
)
の
潮流
(
てうりう
)
に
漂
(
ただよ
)
ひ、
099
時代
(
じだい
)
の
風
(
かぜ
)
に
吹
(
ふ
)
きまくられて
戦慄
(
せんりつ
)
して
居
(
ゐ
)
るのだからなア、
100
困
(
こま
)
つたものだよ。
101
酒
(
さけ
)
の
反対
(
はんたい
)
は
浮
(
う
)
けだ、
102
「
酒
(
さけ
)
を
呑
(
の
)
め
呑
(
の
)
め
呑
(
の
)
んだら
浮
(
う
)
けよ」と
云
(
い
)
ふぢやないか。
103
何程
(
なにほど
)
浮
(
う
)
け
浮
(
う
)
け
浮
(
う
)
いて
浮世
(
うきよ
)
を
暮
(
くら
)
せと
云
(
い
)
つたつて
瓢箪
(
へうたん
)
ぢやあるまいし、
104
酒
(
さけ
)
も
呑
(
の
)
まずに
浮
(
う
)
けるものか。
105
左傾
(
さけい
)
即
(
そく
)
右傾
(
うけい
)
(
酒
(
さけ
)
即
(
そく
)
浮
(
う
)
け)なりと
云
(
い
)
ふ
這般
(
しやはん
)
の
真理
(
しんり
)
を
知
(
し
)
らない
唐変木
(
たうへんぼく
)
は、
106
現代
(
げんだい
)
の
世
(
よ
)
に
処
(
しよ
)
することは
出来
(
でき
)
やせないぞ』
107
バンコ『オイそんな
大
(
おほ
)
きな
声
(
こゑ
)
で
左傾
(
さけい
)
々々
(
さけい
)
と
云
(
い
)
ふものぢやないわ。
108
此
(
こ
)
の
頃
(
ごろ
)
はバラモンのスパイが
昼夜
(
ちうや
)
の
区別
(
くべつ
)
なく
往来
(
わうらい
)
して
居
(
ゐ
)
るぞ、
109
些
(
すこ
)
し
危険
(
きけん
)
の
言語
(
げんご
)
は
避
(
さ
)
けたら
好
(
よ
)
からうぞ。
110
大黒主
(
おほくろぬし
)
から
御
(
ご
)
発布
(
はつぷ
)
になつた
法律
(
はふりつ
)
をお
前
(
まへ
)
は
何
(
なん
)
と
心得
(
こころえ
)
て
居
(
ゐ
)
るか』
111
アンコ『
法律
(
はふりつ
)
と
云
(
い
)
ふものは、
112
正邪
(
せいじや
)
善悪
(
ぜんあく
)
を
蹂躙
(
じうりん
)
して
立
(
た
)
つ、
113
暴君
(
ばうくん
)
の
専政
(
せんせい
)
を
謳歌
(
おうか
)
する
唯一
(
ゆゐいつ
)
の
機関
(
きくわん
)
に
過
(
す
)
ぎないのだ。
114
強者
(
きやうしや
)
は
益々
(
ますます
)
強
(
つよ
)
く
弱者
(
じやくしや
)
は
益々
(
ますます
)
弱
(
よわ
)
く、
115
悪徳
(
あくとく
)
の
蔓延
(
まんえん
)
する
悪魔
(
あくま
)
の
機関
(
きくわん
)
だ。
116
今日
(
こんにち
)
の
法学者
(
はふがくしや
)
だつて
奸吏
(
かんり
)
だつてみんな
善
(
ぜん
)
の
仮面
(
かめん
)
を
被
(
かぶ
)
り、
117
飽迄
(
あくまで
)
も
悪
(
あく
)
を
遂行
(
すゐかう
)
しようとして
居
(
ゐ
)
るのぢやないか。
118
それだから
暗黒
(
あんこく
)
無明
(
むみやう
)
の
世界
(
せかい
)
だと
云
(
い
)
ふのだよ。
119
現代
(
げんだい
)
の
悲境
(
ひきやう
)
を
救
(
すく
)
ふのには
酒
(
さけ
)
でも
呑
(
の
)
んで
浩然
(
こうぜん
)
の
気
(
き
)
を
養
(
やしな
)
ひ、
120
恍惚
(
くわうこつ
)
として
其
(
その
)
心魂
(
しんこん
)
は
天国
(
てんごく
)
の
楽園
(
らくゑん
)
に
遊
(
あそ
)
ぶためだ。
121
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
にこれに
増
(
ま
)
したる
救世主
(
きうせいしゆ
)
があらうか。
122
あゝ
酒
(
さけ
)
なるかな
酒
(
さけ
)
なるかな。
123
僕
(
ぼく
)
は
飽迄
(
あくまで
)
酒党
(
さけたう
)
だ。
124
酒党
(
さけたう
)
は
即
(
すなは
)
ち
浮
(
う
)
け
党
(
たう
)
。
125
どうだ、
126
僕
(
ぼく
)
の
教説
(
けうせつ
)
が、
127
うけ
取
(
と
)
れたかな』
128
バンコ『
右
(
みぎ
)
確
(
たしか
)
に
うけ
とり
不申候
(
まうさずさふらふ
)
だ、
129
アハヽヽヽ。
130
併
(
しか
)
し
貴様
(
きさま
)
は
臭
(
くさ
)
いぢやないか』
131
アンコ『
馬鹿
(
ばか
)
云
(
い
)
ふな、
132
俺
(
おれ
)
は
二十八
(
にじふはつ
)
才
(
さい
)
だ、
133
壮年
(
さうねん
)
の
花盛
(
はなざか
)
りだよ。
134
正
(
まさ
)
に
男子
(
だんし
)
として
美
(
び
)
の
頂点
(
ちやうてん
)
に
達
(
たつ
)
した
所
(
ところ
)
だ。
135
スガコ
姫
(
ひめ
)
さまだつて
俺
(
おれ
)
にはチヨイ
惚
(
ぼ
)
れだつたのだからなア。
136
俺
(
おれ
)
もスガコさまのお
顔
(
かほ
)
をチヨイチヨイ
拝
(
をが
)
むのが
楽
(
たの
)
しみに、
137
こんな
卑
(
いや
)
しい
門番
(
もんばん
)
になつたのだ。
138
蛟竜
(
かうりよう
)
池中
(
ちちう
)
に
潜
(
ひそ
)
むとも、
139
何時
(
いつ
)
迄
(
まで
)
か
池中
(
ちちう
)
のものならむや。
140
一朝
(
いつてう
)
風雲
(
ふううん
)
を
得
(
う
)
れば
天地
(
てんち
)
に
蟠
(
わだかま
)
つて
日月
(
じつげつ
)
を
呑吐
(
どんと
)
する
底
(
てい
)
の
神力
(
しんりき
)
を
有
(
いう
)
する
怪男児
(
くわいだんじ
)
だよ』
141
バンコ『ハヽヽヽヽ、
142
デカタン
風
(
かぜ
)
のやうに、
143
好
(
よ
)
くも
吹
(
ふ
)
いたものだなア。
144
スガコ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
に
愛
(
あい
)
して
貰
(
もら
)
はうと
思
(
おも
)
へば
門番
(
もんばん
)
ぢや
気
(
き
)
が
利
(
き
)
かねえ。
145
なぜ
貴様
(
きさま
)
の
云
(
い
)
ふ
通
(
とほ
)
り
天地
(
てんち
)
に
蟠
(
わだかま
)
つて
風雲
(
ふううん
)
を
捲
(
ま
)
き
起
(
おこ
)
し、
146
男
(
をとこ
)
の
中
(
なか
)
の
男
(
をとこ
)
と
謳
(
うた
)
はれないのだ。
147
天下一
(
てんかいち
)
の
人気
(
にんき
)
男
(
をとこ
)
となつて
見
(
み
)
たまへ。
148
スガコ
姫
(
ひめ
)
以上
(
いじやう
)
の
美人
(
びじん
)
が
煩
(
うる
)
さい
程
(
ほど
)
貴様
(
きさま
)
の
周囲
(
しうゐ
)
に
集
(
あつ
)
まつて
来
(
く
)
るやうになるわ。
149
此
(
こ
)
んな
門番
(
もんばん
)
位
(
ぐらゐ
)
やつて
居
(
ゐ
)
てスガコ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
に
対
(
たい
)
し、
150
恋
(
こひ
)
ぢやの
愛
(
あい
)
ぢやの
吐
(
ぬか
)
すのは
片腹
(
かたはら
)
痛
(
いた
)
いわ、
151
アハヽヽヽ。
152
御
(
ご
)
主人
(
しゆじん
)
の
心
(
こころ
)
も
知
(
し
)
らず、
153
懐
(
ふところ
)
の
中
(
なか
)
に
朝
(
あさ
)
から
晩
(
ばん
)
迄
(
まで
)
酒器
(
しゆき
)
を
隠
(
かく
)
しやがつて、
154
人
(
ひと
)
の
目
(
め
)
を
盗
(
ぬす
)
んでチヨイチヨイと
引
(
ひ
)
つかけて
居
(
ゐ
)
ると
云
(
い
)
ふケチな
根性
(
こんじやう
)
だから、
155
いつ
迄
(
まで
)
も
頭
(
あたま
)
が
上
(
あが
)
らないのだ、
156
ハヽヽヽヽ』
157
アンコ『これやバンコ、
158
俺
(
おれ
)
の
金
(
かね
)
で
俺
(
おれ
)
が
呑
(
の
)
むのに
何
(
なに
)
が
悪
(
わる
)
い。
159
貴様
(
きさま
)
は
俺
(
おれ
)
の
先輩
(
せんぱい
)
ぢや、
1591
上役
(
うはやく
)
だといつも
威張
(
ゐばり
)
よるが、
160
そんな
事
(
こと
)
で
人
(
ひと
)
が
使
(
つか
)
へるか。
161
コセコセと
何
(
なん
)
だい。
162
部下
(
ぶか
)
の
行動
(
かうどう
)
をゴテゴテ
云
(
い
)
ふやうな
事
(
こと
)
でどうして
世
(
よ
)
が
治
(
をさ
)
まるか。
163
吾々
(
われわれ
)
は
圧迫
(
あつぱく
)
すりやする
程
(
ほど
)
頭
(
かしら
)
を
擡
(
もた
)
げるのだ。
164
反抗
(
はんかう
)
と
抗議
(
かうぎ
)
と
革命
(
かくめい
)
は
吾輩
(
わがはい
)
の
生命
(
せいめい
)
だ。
165
チエー
貴様
(
きさま
)
もいまのうちに
目
(
め
)
が
覚
(
さ
)
めないとアンコ
主義者
(
しゆぎしや
)
の
暴動
(
ばうどう
)
が
起
(
おこ
)
り
貴様
(
きさま
)
の
地位
(
ちゐ
)
を
転覆
(
てんぷく
)
し、
166
バンコ
末代
(
まつだい
)
浮
(
う
)
かべぬやうになるかも
知
(
し
)
れないぞ。
167
エーン。
168
懐中
(
くわいちう
)
に
呑
(
の
)
んで
居
(
ゐ
)
た
此
(
この
)
酒徳利
(
さけどくり
)
を
貴様
(
きさま
)
に
看破
(
かんぱ
)
された
以上
(
いじやう
)
、
169
もはや
何
(
なん
)
の
躊躇
(
ちうちよ
)
が
要
(
い
)
るものか。
170
焼糞
(
やけくそ
)
だ、
171
やけ
酒
(
ざけ
)
だ、
172
言論
(
げんろん
)
では
追付
(
おつか
)
ない。
173
示威
(
じゐ
)
行動
(
かうどう
)
だ』
174
と
言
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
鬼
(
おに
)
の
蕨
(
わらび
)
を
固
(
かた
)
めてバンコの
頭
(
あたま
)
を
首
(
くび
)
も
飛
(
と
)
べよと
擲
(
なぐ
)
りつけた。
175
バンコはアツと
叫
(
さけ
)
んで
其
(
その
)
場
(
ば
)
に
倒
(
たふ
)
れた。
176
かかる
所
(
ところ
)
へジャンクの
家
(
うち
)
の
下僕
(
しもべ
)
セールは
慌
(
あわただ
)
しく
走
(
はし
)
り
来
(
きた
)
り、
177
セール『オイ、
178
何
(
なん
)
だ
何
(
なん
)
だ、
179
妙
(
めう
)
な
悲鳴
(
ひめい
)
が
聞
(
きこ
)
えたぢやないか』
180
アンコ『アハヽヽヽ、
181
アンコさまが
国家
(
こくか
)
安固
(
あんこ
)
の
為
(
た
)
めに、
182
バンコ
平和
(
へいわ
)
の
基礎
(
きそ
)
を
作
(
つく
)
る
為
(
た
)
め、
183
日頃
(
ひごろ
)
の
主義
(
しゆぎ
)
主張
(
しゆちやう
)
(
酒義
(
しゆぎ
)
酒張
(
しゆちやう
)
)の
実行
(
じつかう
)
と
出
(
で
)
かけたのだ。
184
ても
扨
(
さ
)
ても
脆
(
もろ
)
いものぢやわい、
185
イヒヽヽヽ』
186
セール『オイ、
187
アンコ、
188
そんな
気楽
(
きらく
)
な
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
つて
居
(
ゐ
)
るどころかい。
189
バンコが
人事
(
じんじ
)
不省
(
ふせい
)
に
陥
(
おちい
)
つて
居
(
ゐ
)
るぢやないか』
190
アンコ『アハヽヽヽ
人事
(
じんじ
)
不省
(
ふせい
)
に
陥
(
おちい
)
るのも
天
(
てん
)
の
然
(
しか
)
らしむる
所
(
ところ
)
ぢや。
191
此奴
(
こやつ
)
は
自分
(
じぶん
)
の
事
(
こと
)
ばかり
考
(
かんが
)
へて
人事
(
じんじ
)
を
省
(
かへり
)
みないから
人事
(
じんじ
)
不省
(
ふせい
)
に
陥
(
おちい
)
つたのだ。
192
其
(
その
)
癖
(
くせ
)
人
(
ひと
)
の
頭
(
あたま
)
に
上
(
あが
)
つて
不正
(
ふせい
)
の
事
(
こと
)
ばかりやりやがつて、
193
唯一
(
ゆゐいつ
)
の
吾々
(
われわれ
)
の
娯楽
(
ごらく
)
にして
居
(
ゐ
)
る
酒
(
さけ
)
をどうだの、
194
こうだのと
頭
(
あたま
)
から
圧迫
(
あつぱく
)
しやがるものだから
195
酒
(
さけ
)
の
霊
(
れい
)
が
聯盟
(
れんめい
)
して
茲
(
ここ
)
に
直接
(
ちよくせつ
)
行動
(
かうどう
)
となつたのだ、
196
アハヽヽ』
197
セール『チエツ、
198
酒呑
(
さけのみ
)
と
云
(
い
)
ふものは
仕方
(
しかた
)
のないものぢやなア。
199
どうれ
介抱
(
かいはう
)
してやらねばなるまい』
200
とセールは
清
(
きよ
)
らかな
湯水
(
ゆみづ
)
を
汲
(
く
)
み
来
(
きた
)
り、
201
頭部
(
とうぶ
)
面部
(
めんぶ
)
の
嫌
(
きら
)
ひなく
伊吹
(
いぶき
)
の
狭霧
(
さぎり
)
を
吹
(
ふ
)
きかけ、
202
…バラモン
自在天
(
じざいてん
)
救
(
すく
)
ひたまへ
助
(
たす
)
けたまへ…と
流汗
(
りうかん
)
淋漓
(
りんり
)
として
祈願
(
きぐわん
)
を
籠
(
こ
)
めた。
203
半時
(
はんとき
)
斗
(
ばか
)
りたつとバンコは
息
(
いき
)
吹
(
ふ
)
きかえし、
204
セールに
手
(
て
)
を
引
(
ひ
)
かれ、
205
ヒヨロリ ヒヨロリと
吾
(
わが
)
居間
(
ゐま
)
を
指
(
さ
)
して
導
(
みちび
)
かれ
行
(
ゆ
)
く。
206
後
(
あと
)
見送
(
みおく
)
つてアンコは
怪
(
あや
)
しき
笑
(
わら
)
ひを
泛
(
うか
)
べ、
207
アンコ『チヨツ、
208
エヽ
反古
(
ほご
)
の
小撚
(
こより
)
で
造
(
つく
)
つた
羅漢
(
らかん
)
のやうな
面
(
つら
)
曝
(
さら
)
しやがつて、
209
酒
(
さけ
)
がどうのこうのと
何
(
なん
)
だい。
210
又
(
また
)
セールもセールだ。
211
闇
(
くらがり
)
で
蛙
(
かはづ
)
を
踏
(
ふ
)
み
潰
(
つぶ
)
したやうな
声
(
こゑ
)
を
出
(
だ
)
しやがつて、
212
吾輩
(
わがはい
)
に
意見
(
いけん
)
がましい
事
(
こと
)
を
吐
(
こ
)
きやがつた。
213
ヘン
何奴
(
どいつ
)
も
此奴
(
こいつ
)
も
古
(
ふる
)
い
頭
(
あたま
)
だな。
214
然
(
しか
)
し
俺
(
おれ
)
も、
215
些
(
ちつ
)
とは
好
(
よ
)
くないかも
知
(
し
)
れぬ。
216
あまり
直接
(
ちよくせつ
)
行動
(
かうどう
)
が
早
(
は
)
やすぎたからなア。
217
併
(
しか
)
し
当家
(
たうけ
)
の
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
もさう
云
(
い
)
ふもののお
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
だ。
218
一人
(
ひとり
)
よりないお
嬢
(
ぢやう
)
さまは
悪漢
(
わるもの
)
に
夜
(
よる
)
の
間
(
ま
)
に
奪
(
うば
)
はれ
今
(
いま
)
にお
行衛
(
ゆくゑ
)
が
分
(
わか
)
らず、
219
其所
(
そこ
)
へ
向
(
む
)
けてバラモン
軍
(
ぐん
)
の
大将
(
たいしやう
)
大足別
(
おほだるわけ
)
奴
(
め
)
、
220
沢山
(
たくさん
)
の
部下
(
ぶか
)
を
引
(
ひ
)
きつれ
闖入
(
ちんにふ
)
し
来
(
きた
)
り、
221
金銀
(
きんぎん
)
珠玉
(
しゆぎよく
)
を
奪
(
うば
)
ひ
取
(
と
)
り
帰
(
かへ
)
つた
後
(
あと
)
だから、
222
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
も
御
(
ご
)
心配
(
しんぱい
)
なさるのも
御
(
ご
)
無理
(
むり
)
はあるまい。
223
アヽ
思
(
おも
)
へば
思
(
おも
)
へばお
気
(
き
)
の
毒様
(
どくさま
)
だ』
224
と
独
(
ひと
)
り
語
(
ご
)
ちつつ
又
(
また
)
もや
懐
(
ふところ
)
から
酒徳利
(
さけどつくり
)
を
出
(
だ
)
し、
225
額
(
ひたひ
)
をピシヤピシヤと
右
(
みぎ
)
の
手
(
て
)
で
叩
(
たた
)
き
乍
(
なが
)
ら、
226
左
(
ひだり
)
の
手
(
て
)
で
徳利
(
とくり
)
の
口
(
くち
)
を
自分
(
じぶん
)
の
口
(
くち
)
へ
運
(
はこ
)
んで
居
(
ゐ
)
る。
227
其所
(
そこ
)
へ
慌
(
あわただ
)
しく
門
(
もん
)
を
潜
(
くぐ
)
つて
入
(
い
)
り
来
(
きた
)
る
一人
(
ひとり
)
の
男
(
をとこ
)
があつた。
228
アンコは
目敏
(
めざと
)
くこれを
見
(
み
)
て、
229
アンコ『オイオイオイ、
230
どこへ
行
(
ゆ
)
くのだ。
231
此処
(
ここ
)
に
門番
(
もんばん
)
が
厶
(
ござ
)
るぞ。
232
此
(
この
)
関所
(
せきしよ
)
を
越
(
こ
)
えるのにや
吾輩
(
わがはい
)
の
許可
(
きよか
)
を
受
(
う
)
けねばなるまい。
233
一体
(
いつたい
)
貴様
(
きさま
)
の
名
(
な
)
は
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ふか』
234
男
(
をとこ
)
(インカ)
『ハイ
私
(
わたし
)
は
隣村
(
となりむら
)
の
百姓
(
ひやくしやう
)
でインカと
申
(
まをし
)
ます。
235
ジャンクの
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
に
御
(
ご
)
報告
(
ほうこく
)
の
為
(
た
)
め
取急
(
とりいそ
)
ぎ
参
(
まゐ
)
りました。
236
何卒
(
なにとぞ
)
お
通
(
とほ
)
し
下
(
くだ
)
さいませ』
237
アンコ『ハヽヽヽヽ。
238
お
前
(
まへ
)
の
名
(
な
)
はインカと
云
(
い
)
ふのか。
239
そんなら
門
(
もん
)
の
通過
(
つうくわ
)
を
允可
(
いんか
)
してやらぬでもないが、
240
貴様
(
きさま
)
は
右傾党
(
うけいたう
)
か
左傾党
(
さけいたう
)
か、
241
どちらだ。
242
左傾党
(
さけいたう
)
なら
此
(
この
)
酒
(
さけ
)
を
飲下
(
いんか
)
して
進
(
すす
)
むのだな』
243
インカ『イヤ
有難
(
ありがた
)
う、
244
私
(
わたし
)
は
酒
(
さけ
)
の
話
(
はなし
)
を
聞
(
き
)
くとどんな
大切
(
だいじ
)
な
用
(
よう
)
でも
忘
(
わす
)
れて
仕舞
(
しま
)
ふのです。
245
どうか
帰
(
かへ
)
りに
呑
(
の
)
まして
下
(
くだ
)
さい』
246
アンコ『ナランナラン、
247
人
(
ひと
)
の
志
(
こころざし
)
を
無
(
む
)
にすると
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
があるか。
248
先
(
ま
)
づ
一
(
いつ
)
ぱいグツと
飲下
(
いんか
)
して
而
(
しか
)
して
後
(
のち
)
に
君
(
きみ
)
の
使命
(
しめい
)
をジャンクの
主
(
あるじ
)
に
報告
(
はうこく
)
すれば
可
(
い
)
いのだ。
249
さうクシヤクシヤと
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
を
狭
(
せま
)
く
小
(
ちひ
)
さく
暮
(
くら
)
すものぢやないよ。
250
まア
一口
(
ひとくち
)
やりたまへ』
251
とインカの
口許
(
くちもと
)
へ
突
(
つき
)
つける。
252
インカは
目
(
め
)
を
細
(
ほそ
)
うしてガブガブと
音
(
おと
)
を
立
(
た
)
て
嬉
(
うれ
)
しげに
呑
(
の
)
み
干
(
ほ
)
した。
253
アンコ『オイ、
254
コラコラ
貴様
(
きさま
)
が
皆
(
みな
)
呑
(
の
)
んで
了
(
しま
)
つたぢやないか。
255
俺
(
おれ
)
をどうして
呉
(
く
)
れるのだ』
256
インカ『
誠
(
まこと
)
にすみませぬ、
257
あまり
美味
(
おい
)
しい
酒
(
さけ
)
で
口
(
くち
)
を
離
(
はな
)
さうと
思
(
おも
)
つたのですが、
258
副守
(
ふくしゆ
)
の
奴
(
やつ
)
、
259
空
(
から
)
になる
迄
(
まで
)
離
(
はな
)
して
呉
(
く
)
れなかつたのです。
260
何卒
(
どうぞ
)
過
(
す
)
ぎ
去
(
さ
)
つた
事
(
こと
)
は
大目
(
おほめ
)
に
見
(
み
)
て
下
(
くだ
)
さいな』
261
アンコ『よし、
262
それぢや
俺
(
おれ
)
の
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
を
聞
(
き
)
いて
呉
(
く
)
れるか、
263
聞
(
き
)
いてくれりや
了見
(
れうけん
)
する』
264
インカ『どんな
事
(
こと
)
で
厶
(
ござ
)
いますか、
265
とも
角
(
かく
)
聞
(
き
)
かして
頂
(
いただ
)
きませう』
266
アンコ『
俺
(
おれ
)
の
名
(
な
)
はアンコだ。
267
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
俺
(
おれ
)
の
地位
(
ちゐ
)
は
余
(
あま
)
り
安固
(
あんこ
)
でない。
268
今
(
いま
)
バンコに
対
(
たい
)
して
蛮行
(
ばんかう
)
をやつたものだから、
269
どうやら
首
(
くび
)
が
飛
(
と
)
びさうだ。
270
だから
此所
(
ここ
)
をスタコラヨイヤサと
三十六
(
さんじふろく
)
計
(
けい
)
の
奥
(
おく
)
の
手
(
て
)
を
出
(
だ
)
さうとして
居
(
ゐ
)
た
所
(
とこ
)
だが、
271
此処
(
ここ
)
を
出
(
だ
)
されちや
居所
(
ゐどころ
)
に
困
(
こま
)
る。
272
浮浪罪
(
ふらうざい
)
で
捕
(
つか
)
まつては
大変
(
たいへん
)
だから、
273
暫
(
しばら
)
くお
前
(
まへ
)
の
家
(
うち
)
に
養
(
やしな
)
つて
貰
(
もら
)
ひたいものだなア』
274
インカ『
何
(
なん
)
の
事
(
こと
)
かと
思
(
おも
)
へばそんな
御用
(
ごよう
)
ですか。
275
ヘイ
宜
(
よろ
)
しい、
276
私
(
わたし
)
もコマの
村
(
むら
)
の
侠客
(
けふかく
)
ぢや。
277
男
(
をとこ
)
が
頼
(
たの
)
まれちや
後
(
あと
)
には
引
(
ひ
)
けませぬ、
278
安心
(
あんしん
)
なさい。
279
きつと
引
(
ひ
)
き
受
(
う
)
けますよ』
280
アンコ『やア
有難
(
ありがた
)
い、
281
夫
(
それ
)
で
一寸
(
ちよつと
)
安心
(
あんしん
)
した。
282
併
(
しか
)
し
君
(
きみ
)
、
283
慌
(
あわただ
)
しうやつて
来
(
き
)
たのは
何
(
なん
)
の
用
(
よう
)
だ。
284
一寸
(
ちよつと
)
端緒
(
たんちよ
)
だけでもよいが、
285
僕
(
ぼく
)
に
内報
(
ないはう
)
して
呉
(
く
)
れまいか』
286
インカ『や、
287
実
(
じつ
)
の
所
(
ところ
)
は
自分
(
じぶん
)
の
村
(
むら
)
に
大変
(
たいへん
)
な
騒動
(
さうだう
)
が
起
(
おこ
)
つたのだ。
288
里庄
(
りしやう
)
の
悴
(
せがれ
)
サンダーさまが
当家
(
たうけ
)
のお
嬢様
(
ぢやうさま
)
スガコ
様
(
さま
)
にゾツコン、
289
ラブして
厶
(
ござ
)
つた
所
(
ところ
)
、
290
お
前
(
まへ
)
も
知
(
し
)
つての
通
(
とほ
)
りスガコさまが
行衛
(
ゆくゑ
)
不明
(
ふめい
)
になつたのだ。
291
サンダーさまが
失望
(
しつばう
)
落胆
(
らくたん
)
の
為
(
た
)
め
発狂
(
はつきやう
)
したと
見
(
み
)
え、
292
此
(
この
)
間
(
あひだ
)
から
行衛
(
ゆくゑ
)
が
分
(
わか
)
らぬのだ。
293
夫
(
それ
)
が
為
(
た
)
めに
村中
(
むらぢう
)
は
山
(
やま
)
と
云
(
い
)
はず
谷
(
たに
)
と
云
(
い
)
はず
広
(
ひろ
)
い
野原
(
のはら
)
迄
(
まで
)
、
294
返
(
かへ
)
せ
戻
(
もど
)
せと
鉦
(
かね
)
や
太鼓
(
たいこ
)
で
探
(
さが
)
して
見
(
み
)
たのだが、
295
今
(
いま
)
に
行衛
(
ゆくゑ
)
が
分
(
わか
)
らぬので
許嫁
(
いひなづけ
)
のある
当家
(
たうけ
)
へ
無音信
(
だま
)
つて
居
(
ゐ
)
る
訳
(
わけ
)
には
行
(
ゆ
)
かないので、
296
里庄
(
りしやう
)
に
頼
(
たの
)
まれ
使
(
つかひ
)
に
来
(
き
)
たのだ。
297
自分
(
じぶん
)
も
沢山
(
たくさん
)
の
乾児
(
こぶん
)
を
使
(
つか
)
つて
昼夜
(
ちうや
)
兼行
(
けんかう
)
で
探
(
さが
)
して
居
(
ゐ
)
るのだが
今
(
いま
)
にわからないのだよ。
298
実
(
じつ
)
に
気
(
きの
)
毒
(
どく
)
な
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
たものだ。
299
夫
(
それ
)
のみならず
300
バラモン
軍
(
ぐん
)
が
通過
(
つうくわ
)
の
際
(
さい
)
村中
(
むらぢう
)
の
婦女
(
ふぢよ
)
を
誘拐
(
いうかい
)
し、
301
村民
(
そんみん
)
は
大変
(
たいへん
)
に
困
(
こま
)
つて
居
(
ゐ
)
る、
302
何
(
なん
)
とかして
一
(
いち
)
時
(
じ
)
も
早
(
はや
)
く
所在
(
ありか
)
を
探
(
さが
)
さねば
303
此
(
この
)
インカだつて
男
(
をとこ
)
の
顔
(
かほ
)
が
立
(
た
)
たないのだ』
304
アンコ『アーさうか、
305
夫
(
そ
)
れや
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
だ。
306
俺
(
おれ
)
もお
前
(
まへ
)
の
兄弟分
(
きやうだいぶん
)
となつて、
307
一
(
ひと
)
つ
捜索隊
(
さうさくたい
)
の
御用
(
ごよう
)
でも
努
(
つと
)
めようかなア、
308
アハヽヽヽ』
309
インカ『ヤア、
310
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
も
奥
(
おく
)
へ
往
(
い
)
つて
報告
(
はうこく
)
を
済
(
す
)
まして
来
(
く
)
るから、
311
又
(
また
)
後
(
あと
)
で
悠
(
ゆ
)
つくり
話
(
はな
)
さうか』
312
と
云
(
い
)
ひながら
足早
(
あしばや
)
にジャンクの
館
(
やかた
)
をさしてかけり
往
(
ゆ
)
く。
313
かかる
所
(
ところ
)
へ
宣伝歌
(
せんでんか
)
を
歌
(
うた
)
ひながら、
314
やつて
来
(
き
)
たのは
照国別
(
てるくにわけ
)
の
一行
(
いつかう
)
五
(
ご
)
人
(
にん
)
であつた。
315
アンコが
厳重
(
げんぢう
)
に
鎖
(
とざ
)
した
門
(
もん
)
の
外
(
そと
)
に
宣伝使
(
せんでんし
)
一行
(
いつかう
)
は
立
(
た
)
ち
乍
(
なが
)
ら、
316
照国
(
てるくに
)
『お
頼
(
たの
)
み
申
(
まを
)
す、
317
お
頼
(
たの
)
み
申
(
まを
)
す』
318
アンコ『ナヽ
何
(
なん
)
だ、
319
バラモン
教
(
けう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
はお
断
(
ことわ
)
りだ。
320
宣伝使
(
せんでんし
)
なんかに
用
(
よう
)
はない。
321
トツトと
帰
(
かへ
)
つて
下
(
くだ
)
さい。
322
当家
(
たうけ
)
は
心配事
(
しんぱいごと
)
が
出来
(
でき
)
て
上
(
うへ
)
を
下
(
した
)
へと
大騒動
(
おほさうどう
)
だ。
323
そんな
気楽
(
きらく
)
さうな
歌
(
うた
)
を
歌
(
うた
)
つて
来
(
く
)
る
乞食
(
こじき
)
の
潜
(
くぐ
)
る
門
(
もん
)
ぢやない。
324
トツトと
帰
(
い
)
んで
貰
(
もら
)
ひませうかい』
325
梅公
(
うめこう
)
『
主
(
す
)
の
神
(
かみ
)
は
此
(
この
)
家
(
や
)
の
嘆
(
なげ
)
きを
救
(
すく
)
はむが
為
(
ため
)
に、
326
教
(
をしへ
)
の
御子
(
みこ
)
をつかはし
門外
(
もんぐわい
)
に
立
(
た
)
たせ
給
(
たま
)
へども、
327
奸悪
(
かんあく
)
なる
世
(
よ
)
はこの
御使
(
みつかひ
)
を
迎
(
むか
)
へ
入
(
い
)
れ
救
(
すく
)
はるる
事
(
こと
)
を
知
(
し
)
らず、
328
実
(
じつ
)
に
憐
(
あは
)
れむべきの
至
(
いた
)
りだ』
329
と
大声
(
おほごゑ
)
に
叱呼
(
しつこ
)
した。
330
タクソン『オイ
門番
(
もんばん
)
、
331
アンコにバンコ、
332
俺
(
おれ
)
は
主人
(
しゆじん
)
にお
気
(
き
)
に
入
(
い
)
りのタクソンさまだぞ。
333
お
屋敷
(
やしき
)
の
難儀
(
なんぎ
)
を
救
(
すく
)
ふべく
三五教
(
あななひけう
)
の
活神
(
いきがみ
)
様
(
さま
)
をお
迎
(
むか
)
へ
申
(
まをし
)
て
来
(
き
)
たのだ。
334
何
(
なに
)
をグヅグヅして
居
(
ゐ
)
るか。
335
サア
早
(
はや
)
く
開
(
あ
)
けたり、
336
開
(
あ
)
けたり』
337
アンコ『エイ、
338
嬶盗
(
かかぬす
)
まれのタクソン
奴
(
め
)
、
339
偉
(
えら
)
さうに
吐
(
ぬか
)
しやがる。
340
仕方
(
しかた
)
がない、
341
開
(
あ
)
けてやらう』
342
と
呟
(
つぶや
)
き
乍
(
なが
)
ら、
343
閂
(
かんぬき
)
を
外
(
はづ
)
し、
344
パツと
門
(
もん
)
を
開
(
ひら
)
いた。
345
タクソン『ヤア
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
、
346
いつも
元気
(
げんき
)
な
顔
(
かほ
)
をして
居
(
ゐ
)
るなア、
347
結構
(
けつこう
)
々々
(
けつこう
)
』
348
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
照国別
(
てるくにわけ
)
一行
(
いつかう
)
を
案内
(
あんない
)
し
邸内
(
ていない
)
深
(
ふか
)
く
進
(
すす
)
み
入
(
い
)
る。
349
(
大正一三・一二・一五
旧一一・一九
於祥雲閣
加藤明子
録)
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