霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三章 酒(さけい)浮気(うけい)〔一六八五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第66巻 山河草木 巳の巻 篇:第1篇 月の高原 よみ(新仮名遣い):つきのこうげん
章:第3章 酒浮気 よみ(新仮名遣い):さけいうけい 通し章番号:1685
口述日:1924(大正13)年12月15日(旧11月19日) 口述場所:祥雲閣 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年6月29日
概要: 舞台:タライの村の里庄ジャンクの家 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2018-04-11 15:52:38 文字数:5537 OBC :rm6603
愛善世界社版:37頁 八幡書店版:第11輯 742頁 修補版: 校定版:37頁 普及版:67頁 初版: ページ備考:
001 タライの村(むら)の里庄(りしやう)ジャンクの家(うち)の表門(おもてもん)には、002甲(かふ)乙(おつ)二人(ふたり)の門番(もんばん)が胡坐(あぐら)をかいて雑談(ざつだん)に耽(ふけ)つて居(ゐ)た。
003甲(かふ)(アンコ)『オイ、004バンコ、005どうも此(この)頃(ごろ)位(ぐらゐ)怪体(けたい)な時候(じこう)はないぢやないか。006朝(あさ)も早(はや)くから日(ひ)の丸様(まるさま)がカンカンとお照(て)りなさるかと思(おも)へば、007直様(すぐさま)西(にし)の方(はう)から黒雲(くろくも)がやつて来(き)て日(ひ)の丸(まる)を呑(の)んで了(しま)ひ、008お月様(つきさま)が照(て)るかと思(おも)へば、009雲(くも)に呑(の)まれ、010この暑(あつ)い国(くに)も底冷(そこづめ)たい風(かぜ)が吹(ふ)き011何(なん)とはなしに悪魔(あくま)に襲(おそ)はれさうな気分(きぶん)で、012酒(さけ)でも飲(の)まなければやりきれぬぢやないか』
013バンコ『オイ、014アンコ、015それは何(なに)を云(い)ふのだ。016酒(さけ)どころかい、017大事(だいじ)な大事(だいじ)な一人娘(ひとりむすめ)のお姫(ひめ)様(さま)はお行衛(ゆくゑ)が分(わか)らず、018ジャンクの旦那(だんな)様(さま)が日々(にちにち)青息(あをいき)吐息(といき)で、019大自在天(だいじざいてん)様(さま)に火物断(ひものだち)をし艱難(かんなん)苦労(くらう)をして御座(ござ)るのに、020其(その)家(いへ)の子(こ)の吾々(われわれ)が安閑(あんかん)と酒(さけ)を呑(の)むやうな不始末(ふしまつ)が出来(でき)ようか。021姫(ひめ)様(さま)がお帰(かへ)りになつたら三日(みつか)なりと五日(いつか)なりとお祝(いはひ)の酒(さけ)を頂(いただ)かうとままだ。022旦那(だんな)様(さま)が火物断(ひものだち)をして厶(ござ)るのに、023吾々(われわれ)は結構(けつこう)なお扶持(ふち)を頂(いただ)き安閑(あんかん)と門番(もんばん)をさして頂(いただ)いて居(ゐ)るのぢやないか。024勿体(もつたい)ない、025冥加(めうが)に尽(つ)きるぞよ』
026アンコ『夫(そ)れだつて人間(にんげん)はさう悲観(ひくわん)斗(ばか)りするものぢやない。027天地(てんち)の道理(だうり)を考(かんが)へて見(み)よ、028黒雲(くろくも)は日月(じつげつ)を呑(の)み、029大蛇(をろち)は人(ひと)を呑(の)み、030蛇(へび)は蛙(かへる)を呑(の)み、031大魚(たいぎよ)は小魚(せうぎよ)を呑(の)み、032暴君(ばうくん)は人(ひと)の国家(こくか)を呑(の)み、033英雄(えいゆう)は天下(てんか)を呑(の)み、034女房(にようばう)は夫(をつと)を呑(の)み、035大工(だいく)の宝(たから)は槌(つち)と鑿(のみ)、036人間(にんげん)は酒(さけ)を呑(の)み、037茶(ちや)を呑(の)み、038水(みづ)を呑(の)み、039芸者(げいしや)は人(ひと)の家倉(いへくら)を呑(の)み、040おまけに床(とこ)の下(した)から這(は)い上(あが)つて来(き)て吾々(われわれ)を遠慮(ゑんりよ)会釈(ゑしやく)もなく噛(か)んで血(ち)を啜(すす)る奴(やつ)は蚤(のみ)だ。041それだから門番(もんばん)のみに心力(しんりよく)を費(つひや)し謹慎(きんしん)々々(きんしん)と謹慎(きんしん)のみに日(ひ)を送(おく)つて居(ゐ)るやうな事(こと)で、042どうして人間(にんげん)様(さま)の生命(いのち)が保(たも)たれようか。043人間(にんげん)は生活(せいくわつ)する為(ため)に生(いき)て居(ゐ)るのぢやないか』
044バンコ『馬鹿(ばか)云(い)ふな、045今(いま)の人間(にんげん)に生活(せいくわつ)なんてあるものか。046生活(せいくわつ)と云(い)ふ奴(やつ)は生々(いきいき)として社会(しやくわい)に最善(さいぜん)的(てき)活動(くわつどう)をなし、047神(かみ)の御子(みこ)として世(よ)の為(ため)、048人(ひと)の為(ため)に愛善(あいぜん)の徳(とく)に住(ぢう)し、049信真(しんしん)の光(ひかり)に浴(よく)して、050善美(ぜんび)なる生涯(しやうがい)を送(おく)るものを称(しよう)して生活者(せいくわつしや)と云(い)ふのだ。051どいつも、052こいつも生活難(せいくわつなん)がどうだの、053生命(せいめい)がどうだのと学者(がくしや)振(ぶ)つて吐(ほざ)いて居(ゐ)るが、054生命(せいめい)がどこにあるか。055何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も、056機械(きかい)人形(にんぎやう)のやうに、057ウヨウヨと蠢動(しゆんどう)して暗黒界(あんこくかい)に堕落(だらく)し、058虫(むし)の息(いき)で半死(はんし)半生(はんしやう)の境遇(きやうぐう)にあり乍(なが)ら、059新生命(しんせいめい)だとか何(なん)とか云(い)つて居(ゐ)るのが、060をかしいわい。061生活難(せいくわつなん)ではなくて生存難(せいぞんなん)の事(こと)を云(い)ふのだらう』
062アンコ『生存難(せいぞんなん)に打(う)ち勝(か)ち半死(はんし)半生(はんしやう)の境涯(きやうがい)を脱却(だつきやく)しようとして吾々(われわれ)は活動(くわつどう)をして居(ゐ)るのだ、063それだから生活(せいくわつ)といふのだ。064今日(こんにち)の種々(いろいろ)の主義者(しゆぎしや)を見(み)よ065彼奴(あいつ)だつて……………、066左(ひだり)に傾(かたむ)いているのぢやないか。067左(ひだり)に傾(かたむ)くのは酒(さけ)に限(かぎ)る。068それだから左傾(さけい)(酒(さけ))党(たう)と云(い)ふのぢや、069あゝ酒(さけ)なるかな、070酒(さけ)は百薬(ひやくやく)の長(ちやう)だ。071万民(ばんみん)愛護(あいご)の神(かみ)様(さま)だ、072平和(へいわ)の曙光(しよくわう)だ』
073バンコ『オイオイ アンコ、074さう脱線(だつせん)しては困(こま)るぢやないか、075酒(さけ)と左傾党(さけいたう)とを混同(こんどう)してるぢやないか』
076アンコ『定(きま)つた事(こと)だ。077酒(さけ)に酔(よ)うた上(うへ)に管(くだ)を巻(ま)き、078終(しま)ひの果(はて)には気(き)に入(い)らない嬶(かか)の横面(よこづら)をはり倒(たふ)し、079家(いへ)から追(おひ)出(だ)して新規(しんき)播直(まきなほ)しに愛善(あいぜん)の徳(とく)に富(と)み、080信真(しんしん)の光(ひかり)に満(み)ちた女神(めがみ)様(さま)を入(い)れるのが酒(さけ)の徳(とく)だよ。081之(これ)を称(しよう)して万民愛(ばんみんあい)の世界(せかい)改革(かいかく)酒断(しゆだん)(手段(しゆだん))と云(い)ふのだ。082左傾党(さけいたう)だつて同(おな)じやうなものだ。083古(ふる)い社会(しやくわい)を立替(たてか)へて新(あたら)しい平和(へいわ)の社会(しやくわい)を立(た)て直(なほ)さうとするのだから、084いづれ一度(いちど)は酒(さけ)の酔(よひ)と同様(どうやう)に、085落花(らくくわ)狼藉(らうぜき)乱離(らんり)骨敗(こつぱい)、086矛盾(むじゆん)混沌(こんとん)の暗黒界(あんこくかい)を来(きた)さないとも限(かぎ)らない。087破壊(はくわい)の為(ため)の破壊(はくわい)でなく、088建設(けんせつ)の為(ため)の破壊(はくわい)だよ。089さあさうだから僕(ぼく)は仮令(たとへ)主人(しゆじん)がどうあらうとも、090僕(ぼく)は僕(ぼく)として酒(さけ)に信頼(しんらい)するのだ』
091バンコ『夫(そ)れやさうかも知(し)れぬが、092避(さけ)得(う)る限(かぎ)り酒(さけ)は避(さけ)たいものだなア』
093アンコ『山(やま)はさけ海(うみ)はあせなむ世(よ)ありとも
094酒(さけ)に心(こころ)は離(はな)れざりけり。
095と云(い)ふ古歌(こか)があるだらう。096さうだから僕(ぼく)は酒(さけ)を止(や)める事(こと)は出来(でき)ないのだ。097何奴(どいつ)も此奴(こいつ)もなさけない顔(かほ)をして忠義面(ちうぎづら)を振(ふり)廻(まは)し、098世(よ)の潮流(てうりう)に漂(ただよ)ひ、099時代(じだい)の風(かぜ)に吹(ふ)きまくられて戦慄(せんりつ)して居(ゐ)るのだからなア、100困(こま)つたものだよ。101酒(さけ)の反対(はんたい)は浮(う)けだ、102「酒(さけ)を呑(の)め呑(の)め呑(の)んだら浮(う)けよ」と云(い)ふぢやないか。103何程(なにほど)浮(う)け浮(う)け浮(う)いて浮世(うきよ)を暮(くら)せと云(い)つたつて瓢箪(へうたん)ぢやあるまいし、104酒(さけ)も呑(の)まずに浮(う)けるものか。105左傾(さけい)即(そく)右傾(うけい)(酒(さけ)即(そく)浮(う)け)なりと云(い)ふ這般(しやはん)の真理(しんり)を知(し)らない唐変木(たうへんぼく)は、106現代(げんだい)の世(よ)に処(しよ)することは出来(でき)やせないぞ』
107バンコ『オイそんな大(おほ)きな声(こゑ)で左傾(さけい)々々(さけい)と云(い)ふものぢやないわ。108此(こ)の頃(ごろ)はバラモンのスパイが昼夜(ちうや)の区別(くべつ)なく往来(わうらい)して居(ゐ)るぞ、109些(すこ)し危険(きけん)の言語(げんご)は避(さ)けたら好(よ)からうぞ。110大黒主(おほくろぬし)から御(ご)発布(はつぷ)になつた法律(はふりつ)をお前(まへ)は何(なん)と心得(こころえ)て居(ゐ)るか』
111アンコ『法律(はふりつ)と云(い)ふものは、112正邪(せいじや)善悪(ぜんあく)を蹂躙(じうりん)して立(た)つ、113暴君(ばうくん)の専政(せんせい)を謳歌(おうか)する唯一(ゆゐいつ)の機関(きくわん)に過(す)ぎないのだ。114強者(きやうしや)は益々(ますます)強(つよ)く弱者(じやくしや)は益々(ますます)弱(よわ)く、115悪徳(あくとく)の蔓延(まんえん)する悪魔(あくま)の機関(きくわん)だ。116今日(こんにち)の法学者(はふがくしや)だつて奸吏(かんり)だつてみんな善(ぜん)の仮面(かめん)を被(かぶ)り、117飽迄(あくまで)も悪(あく)を遂行(すゐかう)しようとして居(ゐ)るのぢやないか。118それだから暗黒(あんこく)無明(むみやう)の世界(せかい)だと云(い)ふのだよ。119現代(げんだい)の悲境(ひきやう)を救(すく)ふのには酒(さけ)でも呑(の)んで浩然(こうぜん)の気(き)を養(やしな)ひ、120恍惚(くわうこつ)として其(その)心魂(しんこん)は天国(てんごく)の楽園(らくゑん)に遊(あそ)ぶためだ。121世(よ)の中(なか)にこれに増(ま)したる救世主(きうせいしゆ)があらうか。122あゝ酒(さけ)なるかな酒(さけ)なるかな。123僕(ぼく)は飽迄(あくまで)酒党(さけたう)だ。124酒党(さけたう)は即(すなは)ち浮(う)け党(たう)。125どうだ、126僕(ぼく)の教説(けうせつ)が、127うけ取(と)れたかな』
128バンコ『右(みぎ)確(たしか)にうけとり不申候(まうさずさふらふ)だ、129アハヽヽヽ。130併(しか)し貴様(きさま)は臭(くさ)いぢやないか』
131アンコ『馬鹿(ばか)云(い)ふな、132俺(おれ)は二十八(にじふはつ)才(さい)だ、133壮年(さうねん)の花盛(はなざか)りだよ。134正(まさ)に男子(だんし)として美(び)の頂点(ちやうてん)に達(たつ)した所(ところ)だ。135スガコ姫(ひめ)さまだつて俺(おれ)にはチヨイ惚(ぼ)れだつたのだからなア。136俺(おれ)もスガコさまのお顔(かほ)をチヨイチヨイ拝(をが)むのが楽(たの)しみに、137こんな卑(いや)しい門番(もんばん)になつたのだ。138蛟竜(かうりよう)池中(ちちう)に潜(ひそ)むとも、139何時(いつ)迄(まで)か池中(ちちう)のものならむや。140一朝(いつてう)風雲(ふううん)を得(う)れば天地(てんち)に蟠(わだかま)つて日月(じつげつ)を呑吐(どんと)する底(てい)の神力(しんりき)を有(いう)する怪男児(くわいだんじ)だよ』
141バンコ『ハヽヽヽヽ、142デカタン風(かぜ)のやうに、143好(よ)くも吹(ふ)いたものだなア。144スガコ姫(ひめ)様(さま)に愛(あい)して貰(もら)はうと思(おも)へば門番(もんばん)ぢや気(き)が利(き)かねえ。145なぜ貴様(きさま)の云(い)ふ通(とほ)り天地(てんち)に蟠(わだかま)つて風雲(ふううん)を捲(ま)き起(おこ)し、146男(をとこ)の中(なか)の男(をとこ)と謳(うた)はれないのだ。147天下一(てんかいち)の人気(にんき)男(をとこ)となつて見(み)たまへ。148スガコ姫(ひめ)以上(いじやう)の美人(びじん)が煩(うる)さい程(ほど)貴様(きさま)の周囲(しうゐ)に集(あつ)まつて来(く)るやうになるわ。149此(こ)んな門番(もんばん)位(ぐらゐ)やつて居(ゐ)てスガコ姫(ひめ)様(さま)に対(たい)し、150恋(こひ)ぢやの愛(あい)ぢやの吐(ぬか)すのは片腹(かたはら)痛(いた)いわ、151アハヽヽヽ。152御(ご)主人(しゆじん)の心(こころ)も知(し)らず、153懐(ふところ)の中(なか)に朝(あさ)から晩(ばん)迄(まで)酒器(しゆき)を隠(かく)しやがつて、154人(ひと)の目(め)を盗(ぬす)んでチヨイチヨイと引(ひ)つかけて居(ゐ)ると云(い)ふケチな根性(こんじやう)だから、155いつ迄(まで)も頭(あたま)が上(あが)らないのだ、156ハヽヽヽヽ』
157アンコ『これやバンコ、158俺(おれ)の金(かね)で俺(おれ)が呑(の)むのに何(なに)が悪(わる)い。159貴様(きさま)は俺(おれ)の先輩(せんぱい)ぢや、1591上役(うはやく)だといつも威張(ゐばり)よるが、160そんな事(こと)で人(ひと)が使(つか)へるか。161コセコセと何(なん)だい。162部下(ぶか)の行動(かうどう)をゴテゴテ云(い)ふやうな事(こと)でどうして世(よ)が治(をさ)まるか。163吾々(われわれ)は圧迫(あつぱく)すりやする程(ほど)頭(かしら)を擡(もた)げるのだ。164反抗(はんかう)と抗議(かうぎ)と革命(かくめい)は吾輩(わがはい)の生命(せいめい)だ。165チエー貴様(きさま)もいまのうちに目(め)が覚(さ)めないとアンコ主義者(しゆぎしや)の暴動(ばうどう)が起(おこ)り貴様(きさま)の地位(ちゐ)を転覆(てんぷく)し、166バンコ末代(まつだい)浮(う)かべぬやうになるかも知(し)れないぞ。167エーン。168懐中(くわいちう)に呑(の)んで居(ゐ)た此(この)酒徳利(さけどくり)を貴様(きさま)に看破(かんぱ)された以上(いじやう)、169もはや何(なん)の躊躇(ちうちよ)が要(い)るものか。170焼糞(やけくそ)だ、171やけ酒(ざけ)だ、172言論(げんろん)では追付(おつか)ない。173示威(じゐ)行動(かうどう)だ』
174と言(い)ひ乍(なが)ら鬼(おに)の蕨(わらび)を固(かた)めてバンコの頭(あたま)を首(くび)も飛(と)べよと擲(なぐ)りつけた。175バンコはアツと叫(さけ)んで其(その)場(ば)に倒(たふ)れた。
176 かかる所(ところ)へジャンクの家(うち)の下僕(しもべ)セールは慌(あわただ)しく走(はし)り来(きた)り、
177セール『オイ、178何(なん)だ何(なん)だ、179妙(めう)な悲鳴(ひめい)が聞(きこ)えたぢやないか』
180アンコ『アハヽヽヽ、181アンコさまが国家(こくか)安固(あんこ)の為(た)めに、182バンコ平和(へいわ)の基礎(きそ)を作(つく)る為(た)め、183日頃(ひごろ)の主義(しゆぎ)主張(しゆちやう)(酒義(しゆぎ)酒張(しゆちやう))の実行(じつかう)と出(で)かけたのだ。184ても扨(さ)ても脆(もろ)いものぢやわい、185イヒヽヽヽ』
186セール『オイ、187アンコ、188そんな気楽(きらく)な事(こと)を云(い)つて居(ゐ)るどころかい。189バンコが人事(じんじ)不省(ふせい)に陥(おちい)つて居(ゐ)るぢやないか』
190アンコ『アハヽヽヽ人事(じんじ)不省(ふせい)に陥(おちい)るのも天(てん)の然(しか)らしむる所(ところ)ぢや。191此奴(こやつ)は自分(じぶん)の事(こと)ばかり考(かんが)へて人事(じんじ)を省(かへり)みないから人事(じんじ)不省(ふせい)に陥(おちい)つたのだ。192其(その)癖(くせ)人(ひと)の頭(あたま)に上(あが)つて不正(ふせい)の事(こと)ばかりやりやがつて、193唯一(ゆゐいつ)の吾々(われわれ)の娯楽(ごらく)にして居(ゐ)る酒(さけ)をどうだの、194こうだのと頭(あたま)から圧迫(あつぱく)しやがるものだから195酒(さけ)の霊(れい)が聯盟(れんめい)して茲(ここ)に直接(ちよくせつ)行動(かうどう)となつたのだ、196アハヽヽ』
197セール『チエツ、198酒呑(さけのみ)と云(い)ふものは仕方(しかた)のないものぢやなア。199どうれ介抱(かいはう)してやらねばなるまい』
200とセールは清(きよ)らかな湯水(ゆみづ)を汲(く)み来(きた)り、201頭部(とうぶ)面部(めんぶ)の嫌(きら)ひなく伊吹(いぶき)の狭霧(さぎり)を吹(ふ)きかけ、202…バラモン自在天(じざいてん)救(すく)ひたまへ助(たす)けたまへ…と流汗(りうかん)淋漓(りんり)として祈願(きぐわん)を籠(こ)めた。203半時(はんとき)斗(ばか)りたつとバンコは息(いき)吹(ふ)きかえし、204セールに手(て)を引(ひ)かれ、205ヒヨロリ ヒヨロリと吾(わが)居間(ゐま)を指(さ)して導(みちび)かれ行(ゆ)く。
206 後(あと)見送(みおく)つてアンコは怪(あや)しき笑(わら)ひを泛(うか)べ、
207アンコ『チヨツ、208エヽ反古(ほご)の小撚(こより)で造(つく)つた羅漢(らかん)のやうな面(つら)曝(さら)しやがつて、209酒(さけ)がどうのこうのと何(なん)だい。210又(また)セールもセールだ。211闇(くらがり)で蛙(かはづ)を踏(ふ)み潰(つぶ)したやうな声(こゑ)を出(だ)しやがつて、212吾輩(わがはい)に意見(いけん)がましい事(こと)を吐(こ)きやがつた。213ヘン何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も古(ふる)い頭(あたま)だな。214然(しか)し俺(おれ)も、215些(ちつ)とは好(よ)くないかも知(し)れぬ。216あまり直接(ちよくせつ)行動(かうどう)が早(は)やすぎたからなア。217併(しか)し当家(たうけ)の旦那(だんな)様(さま)もさう云(い)ふもののお気(き)の毒(どく)だ。218一人(ひとり)よりないお嬢(ぢやう)さまは悪漢(わるもの)に夜(よる)の間(ま)に奪(うば)はれ今(いま)にお行衛(ゆくゑ)が分(わか)らず、219其所(そこ)へ向(む)けてバラモン軍(ぐん)の大将(たいしやう)大足別(おほだるわけ)奴(め)、220沢山(たくさん)の部下(ぶか)を引(ひ)きつれ闖入(ちんにふ)し来(きた)り、221金銀(きんぎん)珠玉(しゆぎよく)を奪(うば)ひ取(と)り帰(かへ)つた後(あと)だから、222旦那(だんな)様(さま)も御(ご)心配(しんぱい)なさるのも御(ご)無理(むり)はあるまい。223アヽ思(おも)へば思(おも)へばお気(き)の毒様(どくさま)だ』
224と独(ひと)り語(ご)ちつつ又(また)もや懐(ふところ)から酒徳利(さけどつくり)を出(だ)し、225額(ひたひ)をピシヤピシヤと右(みぎ)の手(て)で叩(たた)き乍(なが)ら、226左(ひだり)の手(て)で徳利(とくり)の口(くち)を自分(じぶん)の口(くち)へ運(はこ)んで居(ゐ)る。
227 其所(そこ)へ慌(あわただ)しく門(もん)を潜(くぐ)つて入(い)り来(きた)る一人(ひとり)の男(をとこ)があつた。228アンコは目敏(めざと)くこれを見(み)て、
229アンコ『オイオイオイ、230どこへ行(ゆ)くのだ。231此処(ここ)に門番(もんばん)が厶(ござ)るぞ。232此(この)関所(せきしよ)を越(こ)えるのにや吾輩(わがはい)の許可(きよか)を受(う)けねばなるまい。233一体(いつたい)貴様(きさま)の名(な)は何(なん)と云(い)ふか』
234男(をとこ)(インカ)『ハイ私(わたし)は隣村(となりむら)の百姓(ひやくしやう)でインカと申(まをし)ます。235ジャンクの旦那(だんな)様(さま)に御(ご)報告(ほうこく)の為(た)め取急(とりいそ)ぎ参(まゐ)りました。236何卒(なにとぞ)お通(とほ)し下(くだ)さいませ』
237アンコ『ハヽヽヽヽ。238お前(まへ)の名(な)はインカと云(い)ふのか。239そんなら門(もん)の通過(つうくわ)を允可(いんか)してやらぬでもないが、240貴様(きさま)は右傾党(うけいたう)か左傾党(さけいたう)か、241どちらだ。242左傾党(さけいたう)なら此(この)酒(さけ)を飲下(いんか)して進(すす)むのだな』
243インカ『イヤ有難(ありがた)う、244私(わたし)は酒(さけ)の話(はなし)を聞(き)くとどんな大切(だいじ)な用(よう)でも忘(わす)れて仕舞(しま)ふのです。245どうか帰(かへ)りに呑(の)まして下(くだ)さい』
246アンコ『ナランナラン、247人(ひと)の志(こころざし)を無(む)にすると云(い)ふ事(こと)があるか。248先(ま)づ一(いつ)ぱいグツと飲下(いんか)して而(しか)して後(のち)に君(きみ)の使命(しめい)をジャンクの主(あるじ)に報告(はうこく)すれば可(い)いのだ。249さうクシヤクシヤと世(よ)の中(なか)を狭(せま)く小(ちひ)さく暮(くら)すものぢやないよ。250まア一口(ひとくち)やりたまへ』
251とインカの口許(くちもと)へ突(つき)つける。252インカは目(め)を細(ほそ)うしてガブガブと音(おと)を立(た)て嬉(うれ)しげに呑(の)み干(ほ)した。
253アンコ『オイ、254コラコラ貴様(きさま)が皆(みな)呑(の)んで了(しま)つたぢやないか。255俺(おれ)をどうして呉(く)れるのだ』
256インカ『誠(まこと)にすみませぬ、257あまり美味(おい)しい酒(さけ)で口(くち)を離(はな)さうと思(おも)つたのですが、258副守(ふくしゆ)の奴(やつ)、259空(から)になる迄(まで)離(はな)して呉(く)れなかつたのです。260何卒(どうぞ)過(す)ぎ去(さ)つた事(こと)は大目(おほめ)に見(み)て下(くだ)さいな』
261アンコ『よし、262それぢや俺(おれ)の云(い)ふ事(こと)を聞(き)いて呉(く)れるか、263聞(き)いてくれりや了見(れうけん)する』
264インカ『どんな事(こと)で厶(ござ)いますか、265とも角(かく)聞(き)かして頂(いただ)きませう』
266アンコ『俺(おれ)の名(な)はアンコだ。267併(しか)し乍(なが)ら俺(おれ)の地位(ちゐ)は余(あま)り安固(あんこ)でない。268今(いま)バンコに対(たい)して蛮行(ばんかう)をやつたものだから、269どうやら首(くび)が飛(と)びさうだ。270だから此所(ここ)をスタコラヨイヤサと三十六(さんじふろく)計(けい)の奥(おく)の手(て)を出(だ)さうとして居(ゐ)た所(とこ)だが、271此処(ここ)を出(だ)されちや居所(ゐどころ)に困(こま)る。272浮浪罪(ふらうざい)で捕(つか)まつては大変(たいへん)だから、273暫(しばら)くお前(まへ)の家(うち)に養(やしな)つて貰(もら)ひたいものだなア』
274インカ『何(なん)の事(こと)かと思(おも)へばそんな御用(ごよう)ですか。275ヘイ宜(よろ)しい、276私(わたし)もコマの村(むら)の侠客(けふかく)ぢや。277男(をとこ)が頼(たの)まれちや後(あと)には引(ひ)けませぬ、278安心(あんしん)なさい。279きつと引(ひ)き受(う)けますよ』
280アンコ『やア有難(ありがた)い、281夫(それ)で一寸(ちよつと)安心(あんしん)した。282併(しか)し君(きみ)、283慌(あわただ)しうやつて来(き)たのは何(なん)の用(よう)だ。284一寸(ちよつと)端緒(たんちよ)だけでもよいが、285僕(ぼく)に内報(ないはう)して呉(く)れまいか』
286インカ『や、287実(じつ)の所(ところ)は自分(じぶん)の村(むら)に大変(たいへん)な騒動(さうだう)が起(おこ)つたのだ。288里庄(りしやう)の悴(せがれ)サンダーさまが当家(たうけ)のお嬢様(ぢやうさま)スガコ様(さま)にゾツコン、289ラブして厶(ござ)つた所(ところ)、290お前(まへ)も知(し)つての通(とほ)りスガコさまが行衛(ゆくゑ)不明(ふめい)になつたのだ。291サンダーさまが失望(しつばう)落胆(らくたん)の為(た)め発狂(はつきやう)したと見(み)え、292此(この)間(あひだ)から行衛(ゆくゑ)が分(わか)らぬのだ。293夫(それ)が為(た)めに村中(むらぢう)は山(やま)と云(い)はず谷(たに)と云(い)はず広(ひろ)い野原(のはら)迄(まで)、294返(かへ)せ戻(もど)せと鉦(かね)や太鼓(たいこ)で探(さが)して見(み)たのだが、295今(いま)に行衛(ゆくゑ)が分(わか)らぬので許嫁(いひなづけ)のある当家(たうけ)へ無音信(だま)つて居(ゐ)る訳(わけ)には行(ゆ)かないので、296里庄(りしやう)に頼(たの)まれ使(つかひ)に来(き)たのだ。297自分(じぶん)も沢山(たくさん)の乾児(こぶん)を使(つか)つて昼夜(ちうや)兼行(けんかう)で探(さが)して居(ゐ)るのだが今(いま)にわからないのだよ。298実(じつ)に気(きの)毒(どく)な事(こと)が出来(でき)たものだ。299夫(それ)のみならず300バラモン軍(ぐん)が通過(つうくわ)の際(さい)村中(むらぢう)の婦女(ふぢよ)を誘拐(いうかい)し、301村民(そんみん)は大変(たいへん)に困(こま)つて居(ゐ)る、302何(なん)とかして一(いち)時(じ)も早(はや)く所在(ありか)を探(さが)さねば303此(この)インカだつて男(をとこ)の顔(かほ)が立(た)たないのだ』
304アンコ『アーさうか、305夫(そ)れや気(き)の毒(どく)だ。306俺(おれ)もお前(まへ)の兄弟分(きやうだいぶん)となつて、307一(ひと)つ捜索隊(さうさくたい)の御用(ごよう)でも努(つと)めようかなア、308アハヽヽヽ』
309インカ『ヤア、310兎(と)も角(かく)も奥(おく)へ往(い)つて報告(はうこく)を済(す)まして来(く)るから、311又(また)後(あと)で悠(ゆ)つくり話(はな)さうか』
312と云(い)ひながら足早(あしばや)にジャンクの館(やかた)をさしてかけり往(ゆ)く。
313 かかる所(ところ)へ宣伝歌(せんでんか)を歌(うた)ひながら、314やつて来(き)たのは照国別(てるくにわけ)の一行(いつかう)五(ご)人(にん)であつた。315アンコが厳重(げんぢう)に鎖(とざ)した門(もん)の外(そと)に宣伝使(せんでんし)一行(いつかう)は立(た)ち乍(なが)ら、
316照国(てるくに)『お頼(たの)み申(まを)す、317お頼(たの)み申(まを)す』
318アンコ『ナヽ何(なん)だ、319バラモン教(けう)の宣伝使(せんでんし)はお断(ことわ)りだ。320宣伝使(せんでんし)なんかに用(よう)はない。321トツトと帰(かへ)つて下(くだ)さい。322当家(たうけ)は心配事(しんぱいごと)が出来(でき)て上(うへ)を下(した)へと大騒動(おほさうどう)だ。323そんな気楽(きらく)さうな歌(うた)を歌(うた)つて来(く)る乞食(こじき)の潜(くぐ)る門(もん)ぢやない。324トツトと帰(い)んで貰(もら)ひませうかい』
325梅公(うめこう)『主(す)の神(かみ)は此(この)家(や)の嘆(なげ)きを救(すく)はむが為(ため)に、326教(をしへ)の御子(みこ)をつかはし門外(もんぐわい)に立(た)たせ給(たま)へども、327奸悪(かんあく)なる世(よ)はこの御使(みつかひ)を迎(むか)へ入(い)れ救(すく)はるる事(こと)を知(し)らず、328実(じつ)に憐(あは)れむべきの至(いた)りだ』
329と大声(おほごゑ)に叱呼(しつこ)した。
330タクソン『オイ門番(もんばん)、331アンコにバンコ、332俺(おれ)は主人(しゆじん)にお気(き)に入(い)りのタクソンさまだぞ。333お屋敷(やしき)の難儀(なんぎ)を救(すく)ふべく三五教(あななひけう)の活神(いきがみ)様(さま)をお迎(むか)へ申(まをし)て来(き)たのだ。334何(なに)をグヅグヅして居(ゐ)るか。335サア早(はや)く開(あ)けたり、336開(あ)けたり』
337アンコ『エイ、338嬶盗(かかぬす)まれのタクソン奴(め)、339偉(えら)さうに吐(ぬか)しやがる。340仕方(しかた)がない、341開(あ)けてやらう』
342と呟(つぶや)き乍(なが)ら、343閂(かんぬき)を外(はづ)し、344パツと門(もん)を開(ひら)いた。
345タクソン『ヤア御(ご)苦労(くらう)、346いつも元気(げんき)な顔(かほ)をして居(ゐ)るなア、347結構(けつこう)々々(けつこう)』
348と云(い)ひ乍(なが)ら照国別(てるくにわけ)一行(いつかう)を案内(あんない)し邸内(ていない)深(ふか)く進(すす)み入(い)る。
349(大正一三・一二・一五 旧一一・一九 於祥雲閣 加藤明子録)
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