霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第八章 神乎(かみか)魔乎(まか)〔一六九〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第66巻 山河草木 巳の巻 篇:第2篇 容怪変化 よみ(新仮名遣い):ようかいへんげ
章:第8章 神乎魔乎 よみ(新仮名遣い):かみかまか 通し章番号:1690
口述日:1924(大正13)年12月16日(旧11月20日) 口述場所:祥雲閣 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年6月29日
概要: 舞台:オーラ山 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-07-13 19:39:38 文字数:6056 OBC :rm6608
愛善世界社版:115頁 八幡書店版:第11輯 771頁 修補版: 校定版:115頁 普及版:67頁 初版: ページ備考:
001 美(び)の化身(けしん)、002愛(あい)の権化(ごんげ)、003善(ぜん)の極致(きよくち)、004真情(しんじやう)の発露(はつろ)にして平和(へいわ)の女神(めがみ)と渇仰(かつかう)憧憬(どうけい)さるる天成(てんせい)の美人(びじん)も、005一度(ひとたび)霜雪(さうせつ)を踏(ふ)み激浪(げきらう)怒濤(どたう)の中(なか)に漂(ただよ)ひ、006あらゆる危険(きけん)と罪悪(ざいあく)との渦(うづ)に巻(ま)かれて、007其(その)精神内(せいしんない)に急激(きふげき)なる変調(へんてう)を来(きた)した時(とき)は、008忽(たちま)ち鬼女(きぢよ)となり悪魔(あくま)となり、009竜蛇(りゆうだ)となり国(くに)を傾(かたむ)け城(しろ)を覆(くつが)へし、010あらゆる男子(だんし)の心胆(しんたん)をとろかし、011男子(だんし)の稜々(りようりよう)たる気骨(きこつ)も、012肉離(にくばな)れのする所(ところ)まで魔(ま)の手(て)を伸(の)ばすものである。013実(げ)にも女(をんな)は外道(げだう)の骨頂(こつちやう)、014鬼畜(きちく)の親玉(おやだま)、015悪魔(あくま)の集合場(しふがふぢやう)、016暗黒(あんこく)無明(むみやう)の張本(ちやうほん)となつて天下(てんか)を混乱(こんらん)し、017あらゆる害毒(がいどく)を流布(るふ)するに至(いた)る。018彼(かれ)ヨリコ姫(ひめ)は梅花(ばいくわ)の唇(くちびる)、019柳(やなぎ)の眉(まゆ)、020鈴(すず)をはつたやうな眼(め)、021白(しろ)い顔(かほ)の中央(ちうあう)に、022こんもりとした恰好(かつかう)のよい鼻(はな)、023白珊瑚(しろさんご)の歯(は)の色(いろ)、024背(せ)は高(たか)からず低(ひく)からず、025地蔵(ぢざう)の肩(かた)、026ふつくりとして恰好(かつかう)のよい乳房(ちぶさ)、027滑(なめ)らかな玉(たま)の肌(はだ)、028髪(かみ)は漆(うるし)の如(ごと)く瑠璃(るり)の如(ごと)く黒(くろ)き艶(つや)を腮辺(しへん)に放(はな)ち、029象牙(ざうげ)細工(ざいく)のやうな手首(てくび)、030指(ゆび)の先(さき)、031瑪瑙(めなう)のやうな爪(つめ)の色(いろ)、032歩行(ほかう)する姿(すがた)は春(はる)の花(はな)の微風(びふう)に揺(ゆ)れるが如(ごと)く、033縦(たて)から見(み)ても横(よこ)から見(み)ても034どこに点(てん)の打(う)ち所(どころ)のない嬋娟(せんけん)窈窕(えうてう)たる傾国(けいこく)の美人(びじん)であつた。035彼(かれ)はタライの村(むら)の吾(わが)家(いへ)にある頃(ころ)より、036その美貌(びばう)が災(わざはひ)して、037あらゆる男子(だんし)に恋(こひ)の矢玉(やだま)を集中(しふちう)されたが、038彼(かれ)ヨリコ姫(ひめ)の意思(いし)に合(あ)つた賢明(けんめい)にして勇壮(ゆうさう)なる男子(だんし)の本領(ほんりやう)を具備(ぐび)した恋人(こひびと)が見付(みつ)からなかつた。039さうして彼(かれ)は蜥蜴面(とかげづら)、040蛙面(かはづづら)、041閻面(えんまづら)、042南瓜面(かぼちやづら)、043瓢箪面(へうたんづら)、044瓜実顔(うりざねがほ)、045茄子(なすび)のやうな黒(くろ)い顔(かほ)等(とう)の悪性(あくしやう)男(をとこ)に包囲(はうゐ)攻撃(こうげき)され、046日夜(にちや)男子(だんし)たるものの弱点(じやくてん)を知(し)り、047嘔吐(おうど)を催(もよほ)す思(おも)ひに十六(じふろく)の春(はる)より三(さん)年(ねん)の光陰(くわういん)を味気(あぢき)なく情(なさ)けなく感(かん)じつつ暮(くら)してゐた。048世(よ)の中(なか)の男子(だんし)と云(い)ふ男子(だんし)は一人(ひとり)として碌(ろく)なものはない、049一寸(ちよつと)見(み)ては才子(さいし)と見(み)え勇者(ゆうしや)と見(み)え、050或(あるひ)は人情(にんじやう)深(ふか)き有徳者(いうとくしや)と見(み)え、051間然(かんぜん)する所(ところ)なき男(をとこ)の中(なか)の男(をとこ)だと世(よ)の誉(ほまれ)を専(もつぱ)らにする男子(だんし)に接(せつ)して見(み)ても、052その魂(たましひ)を包(つつ)んだ肉体(にくたい)と云(い)ふ表皮(へうひ)を破羅(はら)剔抉(てきけつ)して精神(せいしん)のドン底(ぞこ)を洞察(どうさつ)すると、053何(いづ)れも悪臭(あくしう)蝟集(ゐしふ)して恰(あたか)も塵捨場(ごみすてば)の如(ごと)く、054糞尿(ふんねう)の堆積(たいせき)せるが如(ごと)くに感(かん)じ、055恋(こひ)てふものの到底(たうてい)、056完全(くわんぜん)に味(あぢ)はふべからざる事(こと)を知(し)つた。057彼(かれ)ヨリコ姫(ひめ)は比較(ひかく)的(てき)他(た)の女(をんな)に比(くら)べて理智(りち)に富(と)んでゐた。058凡(すべ)てが男性(だんせい)的(てき)であつた。059それ故(ゆゑ)なまめかしい香油(かうゆ)の香(にほひ)や白粉(おしろい)の香(にほひ)で、060ごまかして居(ゐ)るハイカラ男子(だんし)を見(み)ては蛇蝎(だかつ)の如(ごと)くに忌(い)み嫌(きら)うた。061さうして男子(だんし)てふものの卑怯(ひけふ)さ、062腑甲斐(ふがひ)なさ、063女(をんな)に対(たい)して無力(むりよく)なる真理(しんり)を悟(さと)つた。064彼(かれ)は如何(いか)にもして自分(じぶん)に勝(まさ)る逞(たくま)しい、065雄々(をを)しい男子(だんし)と結婚(けつこん)して見(み)たいとの念慮(ねんりよ)を離(はな)さなかつた。
066 時(とき)しもあれ、067バラモン教(けう)の修験者(しゆげんじや)玄真坊(げんしんばう)なるもの、068荒風(あらかぜ)吹(ふ)き捲(ま)くる或(ある)日(ひ)の夕(ゆふべ)、069門口(かどぐち)に立(た)つて一夜(いちや)の宿(やど)を乞(こ)うた。070彼(かれ)ヨリコ姫(ひめ)は戸(と)の節穴(ふしあな)より修験者(しゆげんじや)を垣間(かいま)見(み)れば071帽子(ばうし)を深(ふか)く被(かぶ)つて居(ゐ)るためその面体(めんてい)は確(しか)と分(わか)らねど、072どこともなしに逞(たくま)しい、073男(をとこ)らしい男(をとこ)だと直覚(ちよくかく)した。074そこで彼(かれ)は心(こころ)よく戸(と)を開(ひら)いて修験者(しゆげんじや)を呼(よ)び入(い)れ、075いろいろと世(よ)の有様(ありさま)を徹宵(てつせう)して語(かた)り合(あ)ひ076玄真坊(げんしんばう)の普通人(ふつうじん)とは異(こと)なり、077どこともなく山気(やまけ)のあるに心(こころ)を傾(かたむ)け、078不満足(ふまんぞく)乍(なが)らも……普通(ふつう)の男子(だんし)に比(くら)ぶればチツトは男(をとこ)らしい処(ところ)もある、079盈(み)つれば虧(か)くる世(よ)の習(ならひ)、080到底(たうてい)明暗(めいあん)行交(ゆきか)ふ世(よ)の中(なか)には、081円満(ゑんまん)とか具足(ぐそく)とか完全(くわんぜん)とか云(い)ふ事(こと)は望(のぞ)まれなからう、082エーままよ、083此(この)男(をとこ)と、084母(はは)と妹(いもうと)にはすまないが共(とも)に手(て)を携(たづさ)へ、085吾(わが)家(や)を抜(ぬ)け出(いだ)し、086一(ひと)つ天下(てんか)を驚(おどろ)かすやうな大賭博(おほばくち)が打(う)つて見(み)たい。087のるか、088そるかだ、089事(こと)の成功(せいこう)不成功(ふせいこう)は問(と)ふ所(ところ)でない。090一度(いちど)死(し)んだら二度(にど)とは死(し)なぬ。091何事(なにごと)も死(し)を決(けつ)して断行(だんかう)すれば鬼神(きしん)も避(さ)くるとかや、092あゝ断行(だんかう)々々(だんかう)……と首肯(うなづ)き乍(なが)ら自分(じぶん)の方(はう)から玄真坊(げんしんばう)を口説(くど)き落(おと)し、093あくる日(ひ)の真夜中(まよなか)頃(ごろ)、094両人(りやうにん)手(て)に手(て)を執(と)つて、095十八(じふはち)年(ねん)住(す)みなれし故郷(こきやう)を後(あと)に、096彼方(あちら)此方(こちら)と漂浪(さまよ)ひ乍(なが)ら、097遂(つひ)に十八(じふはつ)才(さい)の暮(くれ)、098此(この)オーラ山(ざん)に立(た)て籠(こも)り大陰謀(だいいんぼう)実行(じつかう)の第一歩(だいいつぽ)を進(すす)めんとしたのである。
099 彼女(かのぢよ)は時期(じき)の至(いた)るまで表面(うはべ)に柔順(じうじゆん)と貞淑(ていしゆく)を粧(よそほ)ひ豺狼(さいらう)の心(こころ)を深(ふか)く胸(むね)に包(つつ)み、100おひおひ月日(つきひ)が経(た)つに従(したが)つて、101鼻持(はなもち)のならぬ香(にほひ)を感(かん)じて来(き)た玄真坊(げんしんばう)に、102表面(へうめん)あらゆる媚(こび)を呈(てい)し、103夫婦(ふうふ)となつて時(とき)の至(いた)るを待(ま)ちつつあつた。104彼(かれ)は、105もはや、1051躊躇(ちうちよ)すべき時(とき)に非(あら)ず、106シーゴー坊(ばう)や玄真坊(げんしんばう)の部下(ぶか)に集(あつ)まる三千(さんぜん)人(にん)の悪党輩(あくたうばら)を利用(りよう)してトルマン国(ごく)を吾(わが)手(て)に入(い)れ、107バルガン城(じやう)を根拠(こんきよ)として月(つき)の国(くに)七千(せん)余国(よこく)の大女帝(だいによてい)となり、108驍名(げうめい)を天下(てんか)に輝(かがや)かさむ事(こと)を日夜(にちや)神(かみ)に祈(いの)つてゐたのである。109それ故(ゆゑ)彼(かれ)は今(いま)迄(まで)塗(ぬ)つて居(ゐ)た金箔(きんぱく)を剥(は)がし生地(きぢ)を表(あら)はして、110シーゴー、111玄真(げんしん)の二(に)巨頭(きよとう)に向(むか)ひ思(おも)ひきつた言動(げんどう)に出(いで)たのである。112果(はた)して二(に)巨頭(きよとう)は彼(かれ)の大胆(だいたん)不敵(ふてき)なる言(げん)と、113其(その)度胸(どきよう)に心胆(しんたん)を奪(うば)はれ、114旭(あさひ)に霜(しも)の当(あた)つて消(き)ゆるが如(ごと)く、115もろくも彼(かれ)が前(まへ)に甲(かぶと)を脱(ぬ)ぎ、116彼(かれ)を女帝(によてい)と仰(あふ)ぎ謀主(ぼうしゆ)となし、117遂(つひ)に幕下(ばくか)となる事(こと)を甘諾(かんだく)したのである。
118シーゴー『女帝(によてい)様(さま)、119吾々(われわれ)が日頃(ひごろ)の望(のぞ)みを遂行(すゐかう)する為(ため)には、120如何(いか)なる方法(はうはふ)手段(しゆだん)をとれば、121いいでせうか。122御(ご)指導(しだう)を仰(あふ)ぎ度(た)いもので厶(ござ)います』
123ヨリコ『お前(まへ)達(たち)両人(りやうにん)は妾(わらは)の言(げん)に背(そむ)きはせないか。124まづ、125それから定(き)めておかう』
126シーゴー『今(いま)となつて何(なに)しに[※「何しに」は「何為に」で、「なぜ」という意味。]お言葉(ことば)に背(そむ)きませう』
127ヨリコ『よしよし、128玄真坊(げんしんばう)は如何(どう)だ』
129玄真(げんしん)『私(わたし)もシーゴーと同意見(どういけん)で厶(ござ)います』
130ヨリコ『そんなら、131妾(わらは)が空前(くうぜん)絶後(ぜつご)の大計画(だいけいくわく)、132神算(しんさん)鬼謀(きぼう)の奥(おく)の手(て)を教(をし)へてやらう。133先(ま)づ当山(たうざん)に古(ふる)くより祀(まつ)られある天王(てんわう)の社(やしろ)を策源地(さくげんち)と定(さだ)め、134玄真坊(げんしんばう)は表面(へうめん)天(てん)より降(くだ)りし救世主(きうせいしゆ)となり、135シーゴーは三千(さんぜん)の部下(ぶか)を統率(とうそつ)し、136妾(わらは)は天(てん)より降(くだ)りし棚機姫(たなばたひめ)の化神(けしん)となつて天下(てんか)の万民(ばんみん)を誑惑(けふわく)し、137まづ第一(だいいち)に挙兵(きよへい)準備(じゆんび)のため金品(きんぴん)、138糧食(りやうしよく)、139軍器(ぐんき)を徴集(ちようしふ)する事(こと)に着手(ちやくしゆ)せねばならぬ』
140シーゴー『成(な)る程(ほど)、141先立(さきだ)つものは金銭(かね)と糧食(りやうしよく)と武器(ぶき)で厶(ござ)います。142それを無事(ぶじ)に蒐集(しうしふ)する方法(はうはふ)は如何(いかが)致(いた)したら宜(よろ)しう厶(ござ)いますか』
143ヨリコ『先(ま)づ玄真坊(げんしんばう)は天来(てんらい)の救世主(きうせいしゆ)と揚言(やうげん)し、144当山(たうざん)の有名(いうめい)なる大杉(おほすぎ)の上(うへ)に、145日夜(にちや)天(てん)の星(ほし)下(くだ)つて救世主(きうせいしゆ)の教(をしへ)を聞(き)くと遠近(をちこち)に触(ふ)れ廻(ま)はり、146ギャマンの中(なか)に油(あぶら)を注(そそ)ぎ、147之(これ)に火(ひ)を点(てん)じ、148昼(ひる)の中(うち)より杉(すぎ)の木(き)の梢(こずゑ)に十五六(じふごろく)ケ(こ)計(ばか)り火(ひ)を点(てん)じ遠近(ゑんきん)の民(たみ)を驚(おどろ)かせ、149天王(てんわう)の社(やしろ)を信仰(しんかう)の中心(ちうしん)と定(さだ)めるのだ。150一方(いつぱう)シーゴーは数多(あまた)の部下(ぶか)を使役(しえき)し、151あらゆる富豪(ふうがう)の家(いへ)に忍(しの)び入(い)り、152美人(びじん)を奪(うば)ひ帰(かへ)り、153当山(たうざん)の天然(てんねん)岩窟(がんくつ)に幽閉(いうへい)し置(お)き、154而(しか)して後(のち)、155シーゴーは救世主(きうせいしゆ)玄真坊(げんしんばう)の高弟(かうてい)と称(しよう)し、156娘(むすめ)を奪(うば)はれし家々(いへいへ)に修験者(しゆげんじや)となつて立(た)ち現(あら)はれ頻(しき)りに宣伝(せんでん)をなし、157幸(さいはひ)に之(これ)を信(しん)じて来(きた)るものには天地(あめつち)八百万(やほよろづ)の神(かみ)を招待(せうたい)し、158神助(しんじよ)を願(ねが)ふため、159信者(しんじや)の財産(ざいさん)の高(たか)に応(おう)じ一戸(いつこ)につき金子(きんす)五十(ごじふ)両(りやう)乃至(ないし)五百(ごひやく)両(りやう)、160之(これ)に加(くは)ふるに穀物(こくもつ)は一俵(いつぺう)乃至(ないし)百俵(ひやくぺう)を神(かみ)に献(たてまつ)らしめ、161夜(よる)の間(ま)に、162オーラ川(がは)の谷間(たにあひ)に鉄線(てつせん)を通(つう)じ、163滑車(くわつしや)を以(もつ)て谷底(たにそこ)に輸送(ゆそう)し、164数多(あまた)の部下(ぶか)は沢山(たくさん)の運送船(うんそうせん)を造(つく)り、165米麦(こめむぎ)は船(ふね)にて八(はち)里(り)の下流(かりう)ホーロの谷間(たにあひ)迄(まで)輸送(ゆそう)し166バルガン城(じやう)攻撃(こうげき)の時(とき)の糧食(りやうしよく)に宛(あ)て167妾(わらは)は天王(てんわう)の社(やしろ)に身(み)を潜(ひそ)め、168迷信(めいしん)深(ふか)き愚夫(ぐふ)愚婦(ぐふ)に神託(しんたく)を伝(つた)へ、169出師(すゐし)の準備(じゆんび)を致(いた)さうではないか。170これに勝(ま)したる巧妙(かうめう)な手段(しゆだん)はあるまいと思(おも)ふ。171両人(りやうにん)、172吾(わが)神策(しんさく)には恐(おそ)れ入(い)つたであらう』
173シーゴー『成程(なるほど)、174水(みづ)も洩(も)らさぬ御(ご)計画(けいくわく)、175いや、176もう感心(かんしん)仕(つかまつ)りました。177オイ玄真坊(げんしんばう)、178知識(ちしき)の源泉(げんせん)たる天来(てんらい)の女傑(ぢよけつ)、179到底(たうてい)吾々(われわれ)の及(およ)ぶ所(ところ)ではない。180どうだ、181お前(まへ)も感心(かんしん)しただらうのう』
182玄真(げんしん)『イヤ、183もうズツト感心(かんしん)した。184それでは一(ひと)つ大芝居(おほしばゐ)にとりかからう』
185 之(これ)よりシーゴーは谷間(たにあひ)の大木(たいぼく)を伐(き)り倒(たふ)し、186沢山(たくさん)な舟(ふね)を造(つく)り、187兵糧(ひやうらう)運搬(うんぱん)の用(よう)に供(きよう)すべく数多(あまた)の部下(ぶか)を使役(しえき)して、188昼夜(ちうや)兼行(けんかう)して舟(ふね)の建造(けんざう)に着手(ちやくしゆ)し、189玄真坊(げんしんばう)は大杉(おほすぎ)の木(き)に縄梯子(なはばしご)をかけ、190ギヤマンのランプを樹上(じゆじやう)高(たか)く輝(かがや)かすことに苦心(くしん)した。
191 附近(ふきん)の村民(そんみん)はオーラ山(さん)の大杉(おほすぎ)の木(き)に、192夜(よ)な夜(よ)な燦爛(さんらん)たる光(ひかり)のとどまり輝(かがや)くのを見(み)て何(いづ)れも不審(ふしん)の眉(まゆ)をひそめ、193日(ひ)の暮(く)るるを待(ま)つて村人(むらびと)が花火(はなび)を見(み)る如(ごと)くワイワイと囃(はや)し立(た)て、194種々(しゆじゆ)雑多(ざつた)の批評(ひひやう)を下(くだ)してゐた。195シーゴーは三千(さんぜん)の部下(ぶか)の中(なか)より力(ちから)の強(つよ)い気(き)の利(き)いた奴(やつ)を百(ひやく)人(にん)斗(ばか)り選(えら)み、196遠近(ゑんきん)の村落(そんらく)に放(はな)ち、197あわよくば直接(ちよくせつ)金品(きんぴん)を奪(うば)ひ、198或(あるひ)は富豪(ふうがう)の娘(むすめ)を掻攫(かつさら)ひ、199密(ひそか)にオーラ山(さん)に連(つ)れ帰(かへ)り数多(あまた)の天然(てんねん)岩窟(がんくつ)に押込(おしこ)めおく事(こと)にとりかかつた。200遠近(ゑんきん)の村民(そんみん)は盗賊(たうぞく)横行(わうかう)し、201娘(むすめ)や妻(つま)を奪(うば)はれると云(い)ふ噂(うはさ)が、202それから、2021それへと伝(つた)はり、203何(いづ)れも夜分(やぶん)になると戸(と)を鎖(とざ)し、204遂(つひ)には樹上(じゆじやう)の梢(こずえ)の光(ひかり)を見物(けんぶつ)するものもなくなつた。205シーゴーは修験者(しゆげんじや)に化(ば)け済(す)まし、206遠近(ゑんきん)の村落(そんらく)を、
207シーゴー『諸行(しよぎやう)無常(むじやう)、208是生(ぜしやう)滅法(めつぽふ)、209生滅(しやうめつ)滅已(めつい)、210寂滅(じやくめつ)為楽(ゐらく)、211本来(ほんらい)無東西(むとうざい)、212何所有(かしよう)南北(なんぼく)、213迷故(めいこ)三界(さんかい)城(じやう)、214悟(ご)故(こ)十(じつ)方(ぱう)空(くう)、215生者(しやうじや)必滅(ひつめつ)、216会者(ゑしや)定離(ぢやうり)、217南無(なむ)波羅門(ばらもん)帝釈(たいしやく)自在天(じざいてん)、218帰命(きみやう)頂礼(ちやうらい)謹上(ごんじやう)再拝(さいはい)』
219と錫杖(しやくぢやう)を振(ふ)り乍(なが)ら220村々(むらむら)の目星(めぼ)しき門戸(もんこ)に立(た)つて順礼(じゆんれい)した。221この宣伝(せんでん)は大(おほい)に効(かう)を奏(そう)し、222何(いづ)れも戦々(せんせん)恟々(きようきよう)として悲歎(ひたん)の淵(ふち)に沈(しづ)む人(ひと)は、223オーラ山(さん)の救世主(きうせいしゆ)を頼(たよ)り一切(いつさい)の災厄(さいやく)を免(まぬが)れむ事(こと)を希求(ききう)するに至(いた)つた。224シーゴーは部下(ぶか)を修験者(しゆげんじや)に仕立(した)て遠近(ゑんきん)を巡錫(じゆんしやく)せしめ、
225『オーラ山(さん)には天来(てんらい)の大(だい)救世主(きうせいしゆ)出現(しゆつげん)し玉(たま)ひ、226山河(さんか)草木(さうもく)、227禽獣(きんじう)虫魚(ちうぎよ)は云(い)ふも更(さら)なり、228万有(ばんいう)愛護(あいご)の教(をしへ)を垂(た)れさせ玉(たま)ひ、229遂(つひ)には天地(てんち)の神明(しんめい)もその徳(とく)に感(かん)じ、230夜(よ)な夜(よ)な救世主(きうせいしゆ)のまします珍(うづ)の聖場(せいぢやう)の傍(かたはら)に立(た)てる大杉(おほすぎ)の梢(こずゑ)に天降(あまくだ)り、231燦爛(さんらん)たる光明(くわうみやう)を放(はな)ち救世主(きうせいしゆ)の教(をしへ)を聞(き)かせ玉(たま)ふ。232前古(ぜんこ)未曽有(みぞう)の瑞祥(ずゐしやう)なり』
233と言葉(ことば)巧(たくみ)に宣伝(せんでん)をしたので234娘(むすめ)を失(うしな)ひしもの、235妻(つま)を失(うしな)ひしもの、236病(やまひ)に苦(くるし)めるものは、237吾(われ)も吾(われ)もと先(さき)を争(あらそ)ひオーラ山(さん)の救世主(きうせいしゆ)に面会(めんくわい)せむと、238蟻(あり)の甘(あま)きに集(つど)ふが如(ごと)く参詣(さんけい)する事(こと)となつた。
239 今(いま)迄(まで)人跡(じんせき)さへ絶(た)えたるオーラ山(さん)は救世主(きうせいしゆ)出現(しゆつげん)ありとの評判(ひやうばん)に、240老若(らうにやく)男女(なんによ)の嫌(きら)ひなく金銭(きんせん)、241物品(ぶつぴん)、242穀物(こくもつ)は云(い)ふも更(さら)なり、243家(いへ)の重宝(ぢうはう)として保存(ほぞん)しありし、2431槍(やり)薙刀(なぎなた)等(など)の武器(ぶき)迄(まで)も神器(しんき)と称(しよう)して奉納(ほうなふ)する事(こと)となり244瞬(またた)く間(うち)に穀物(こくもつ)の山(やま)、245矛(ほこ)の林(はやし)が築(きづ)かれた。246玄真坊(げんしんばう)は処(ところ)狭(せ)き迄(まで)集(あつ)まり来(きた)る人々(ひとびと)に向(むか)ひ、247大杉(おほすぎ)の大木(たいぼく)を小楯(こだて)にとり、248さも鷹揚(おうやう)なる口調(くてう)にて、
249玄真(げんしん)『汝(なんぢ)等(ら)一切(いつさい)の衆生(しゆじやう)、250善男(ぜんなん)善女(ぜんによ)、251吾(わが)教(をし)ふる言(げん)を聞(き)け。252吾(われ)は父(ちち)なく母(はは)なく天(てん)を以(もつ)て父(ちち)となし地(ち)を以(もつ)て母(はは)となす宇宙(うちう)唯一(ゆゐいつ)の天帝(てんてい)の再来(さいらい)なるぞ。253先(ま)づ吾(われ)を信(しん)ずるものは躄(あしなへ)は立(た)ち、254盲(めくら)は明(あか)りを見(み)、255聾(みみしい)は聞(き)き、256癩病(らいびやう)は清(きよ)まり、257身体(しんたい)壮健(さうけん)にして無限(むげん)の長寿(ちやうじゆ)を保(たも)ち、258富貴(ふうき)繁昌(はんぜう)し、259死(し)しては天国(てんごく)に上(のぼ)り、260百花(ひやくくわ)爛漫(らんまん)芳香(はうかう)馥郁(ふくいく)たる天国(てんごく)の楽園(らくゑん)に無限(むげん)無極(むきよく)に歓喜(くわんき)の生涯(しやうがい)を送(おく)り、261求(もと)めずして百味(ひやくみ)の飲食(おんじき)を給(きふ)せられ、262不老(ふらう)不死(ふし)なるべし。263汝(なんぢ)等(ら)かかる美(うる)はしき天国(てんごく)に至(いた)らむ事(こと)を望(のぞ)まば吾(わが)救世主(きうせいしゆ)の言(げん)を聞(き)け。264汝(なんぢ)等(ら)が花婿(はなむこ)をとり、265花嫁(はなよめ)をとるにも、266相当(さうたう)の結納(ゆひなふ)が要(い)るだらう、267金銭(かね)なり、268物品(ぶつぴん)なり、269箪笥(たんす)、270長持(ながもち)、271旗(はた)、272指物(さしもの)、273武器(ぶき)等(など)は嫁入(よめい)りに要(えう)する肝腎要(かんじんかなめ)の結納(ゆひなふ)なるべし。274汝(なんぢ)等(ら)天国(てんごく)の楽園(らくゑん)に至(いた)り天人(てんにん)と結婚(けつこん)をなし、275平和(へいわ)の生涯(しやうがい)を永遠(ゑいゑん)に送(おく)らむとせば、276先(ま)づ神(かみ)の御前(みまへ)に結納金(ゆひなふきん)を献上(けんじやう)すべし。277金銀(きんぎん)珠玉(しゆぎよく)米穀(べいこく)その他(た)あらゆる武器(ぶき)を天帝(てんてい)の化神(けしん)たる吾(わが)前(まへ)に奉(たてまつ)り、278永遠(えいゑん)無窮(むきう)の幸福(かうふく)を得(え)よ。279汝(なんぢ)等(ら)の知(し)る如(ごと)く、280吾(われ)を天帝(てんてい)の化身(けしん)として久方(ひさかた)の天津空(あまつそら)より天(てん)の星(ほし)下(くだ)らせ玉(たま)ひ、281吾(わが)徳(とく)を慕(した)ひ、282吾(わが)説法(せつぱふ)を聴聞(ちやうもん)し玉(たま)ふ。283その証拠(しようこ)には毎夜(まいよ)この神木(しんぼく)に星光(せいくわう)燦爛(さんらん)たるを見(み)るならむ。284決(けつ)して疑(うたが)ふ事(こと)勿(なか)れ。285怪(あや)しむ事(こと)勿(なか)れ。286疑(うたがひ)は信仰(しんかう)の門(もん)を破(やぶ)り、287疑(うたがひ)は地獄(ぢごく)を造(つく)り、288暗黒(あんこく)を作(つく)り、289滅亡(めつぼう)を招(まね)くものぞ。290愛善(あいぜん)なる神(かみ)に対(たい)するには愛(あい)と善(ぜん)を以(もつ)てせよ。291信真(しんしん)なる神(かみ)に対(たい)するには信(しん)と真(まこと)とを以(もつ)てせよ。292神(かみ)は相応(さうおう)の理(り)に住(ぢう)し玉(たま)ひ、293内面(ないめん)外面(ぐわいめん)共(とも)に汝(なんぢ)等(ら)の行為(かうゐ)を調査(てうさ)し玉(たま)ふ。294神(かみ)の愛(あい)するは即(すなは)ち吾(わが)身(み)を愛(あい)し吾(わが)家(いへ)を愛(あい)し、295国土(こくど)を愛(あい)するの謂(ゐ)ひなり。296疑(うたが)ふ事(こと)勿(なか)れ。297善男(ぜんなん)善女(ぜんによ)よ、298一切(いつさい)の衆生(しゆじやう)よ、299帰命(きみやう)頂礼(ちやうらい)神道(しんだう)加持(かぢ)、300謹上(ごんじやう)再拝(さいはい)々々(ごんじやう)々々(さいはい)』
301 日々(ひび)集(つど)ひくる愚夫(ぐふ)愚婦(ぐふ)に対(たい)し、302右(みぎ)の言葉(ことば)を繰(くり)返(かへ)し、303鼻(はな)をすすらせ嬉(うれ)し涙(なみだ)をこぼさせ軍資(ぐんし)の蒐集(しうしふ)に心力(しんりよく)を注(そそ)いでゐた。304さうして大切(たいせつ)な娘(むすめ)や妻(つま)を紛失(ふんしつ)したるものに対(たい)しては特別(とくべつ)の祈祷(きたう)と称(しよう)し、305沢山(たくさん)の金品(きんぴん)を献納(けんなふ)せしめ、306ヨリコ姫(ひめ)の贋(にせ)棚機姫(たなばたひめ)が忍(しの)び居(ゐ)る天王(てんわう)の社(やしろ)に伴(ともな)ひ行(ゆ)き、307神勅(しんちよく)を受(う)けしめつつあつた。308何(いづ)れも深山(しんざん)の事(こと)とて朝(あさ)は夜明(よあ)け頃(ごろ)より参来(まゐき)集(つど)ふものあれども、309玄真坊(げんしんばう)の託宣(たくせん)により、310七(なな)つ下(さが)れば一人(ひとり)も残(のこ)らず此(この)山(やま)を下(くだ)らせた。311その理由(りいう)は、
312『七(なな)つ時(どき)以後(いご)は天神(てんしん)地祇(ちぎ)八百万(やほよろづ)の神(かみ)、313毎夜(まいよ)下(くだ)り玉(たま)ひて、314天下(てんか)救済(きうさい)の為(ため)に玄真坊(げんしんばう)の説法(せつぱふ)を聞(き)かせ玉(たま)ふ。315それ故(ゆゑ)智慧(ちゑ)証覚(しようかく)の劣(おと)れる凡人(ぼんじん)は遠慮(ゑんりよ)すべし。316万一(まんいち)強(し)ひて止(とど)まらむとするものは神罰(しんばつ)忽(たちま)ちに至(いた)るべし』
317と脅威(けふゐ)し、318信徒(しんと)の帰(かへ)り去(さ)つた後(あと)は、319あらゆる美味(びみ)を食(くら)ひ、320酒(さけ)を飲(の)み、321ヨリコ姫(ひめ)を真中(まんなか)にシーゴー、322玄真坊(げんしんばう)は三(みつ)つ巴(どもゑ)となり、323その他(た)の頭分(かしらぶん)は傍(かたはら)に侍(じ)して暴飲(ばういん)暴食(ばうしよく)に舌鼓(したつづみ)を打(う)つて居(ゐ)たのである。
324ヨリコ『シーゴー殿(どの)、325随分(ずいぶん)お骨折(ほねをり)と見(み)えて、326非常(ひじやう)な効果(かうくわ)が上(あが)りましたよ。327世界(せかい)の愚夫(ぐふ)愚婦(ぐふ)共(ども)は蟻(あり)の如(ごと)くに集(あつ)まり来(きた)り、328沢山(たくさん)な金銭(きんせん)物品(ぶつぴん)を此(この)きつい山(やま)も顧(かへり)みず送(おく)つて来(く)るやうになつたのは全(まつた)くお前(まへ)のお骨折(ほねをり)だ。329此(この)調子(てうし)で六(ろく)ケ月(げつ)も続(つづ)いたならば、330最早(もはや)兵糧(ひやうらう)は心配(しんぱい)は要(い)らぬ。331仮(たと)へ十万(じふまん)の部下(ぶか)と雖(いへど)も、332容易(ようい)に養(やしな)ふ事(こと)が出来(でき)るだらう。333汝(なんぢ)の天晴(あつぱれ)な働(はたら)きはまさに勲一等(くんいつとう)功一級(こういつきふ)だよ』
334 シーゴーは得意(とくい)な顔(かほ)して335さも嬉(うれ)しさうに、
336シーゴー『不束(ふつつか)な吾々(われわれ)の微弱(びじやく)なる働(はたら)き、337女帝(によてい)様(さま)のお褒(ほ)めに預(あづか)りまして身(み)に余(あま)る光栄(くわうえい)で厶(ござ)います。338尚(なほ)此(この)上(うへ)は粉骨(ふんこつ)砕身(さいしん)、339犬馬(けんば)の労(らう)を厭(いと)ひませぬ。340どうか大望(たいまう)成就(じやうじゆ)の上(うへ)は宜(よろ)しくお引立(ひきたて)をお願(ねがひ)致(いた)します』
341ヨリコ『そんな事(こと)は、342言(い)はいでも分(わか)つてゐるよ。343お前(まへ)は妾(わし)の右(みぎ)の腕(うで)だ、344腕(うで)なしには働(はたら)きは、345どんな英雄(えいゆう)だつて豪傑(がうけつ)だつて出来(でき)はせないよ。346乾児(こぶん)あつての親分(おやぶん)、347親分(おやぶん)あつての乾児(こぶん)だ』
348シーゴー『エヘヽヽヽ有難(ありがた)う厶(ござ)います、349鹿猪(ろくちよ)尽(つ)きて猟犬(れふけん)煮(に)らる……と云(い)ふ様(やう)な惨(みじ)めな目(め)に合(あ)はしちや、350いけませぬよ』
351ヨリコ『ホヽヽヽヽ何(いづ)れ悪党(あくたう)と悪党(あくたう)との結合(けつがふ)だもの、352それも保証(ほしよう)の限(かぎ)りではなからうよ、353ホヽヽヽ』
354玄真(げんしん)『女帝(によてい)様(さま)、355私(わたし)の働(はたら)きはどうで厶(ござ)いますか』
356ヨリコ『お前(まへ)の働(はたら)きは又(また)格別(かくべつ)だ。357何(なん)と云(い)つても天帝(てんてい)の化身(けしん)だからね』
358玄真(げんしん)『どちらの功績(いさをし)が大(おほ)きう厶(ござ)いますか。359それを聞(き)かして頂(いただ)かないと、360ネツカラ励(はげ)みがつきませぬがな。361そして競争心(きやうさうしん)が一向(いつかう)起(おこ)りませぬがな。362凡(すべ)て物事(ものごと)は競争(きやうさう)によつて進歩(しんぽ)し発達(はつたつ)するのですからな』
363ヨリコ『お前(まへ)は左(ひだり)の手(て)だよ。364右(みぎ)の手(て)も必要(ひつえう)なれば左(ひだり)の手(て)も必要(ひつえう)だ。365お前(まへ)等(たち)両人(りやうにん)は何(いづ)れも兄(けい)たり難(がた)く弟(てい)たり難(がた)しと云(い)ふ間柄(あひだがら)だ。366決(けつ)して手柄(てがら)に甲乙(かふおつ)はない。367妾(わらは)の手柄(てがら)はお前(まへ)等(たち)二人(ふたり)の手柄(てがら)、368否(いや)部下(ぶか)一同(いちどう)の手柄(てがら)、369お前(まへ)等(たち)初(はじ)め部下(ぶか)一般(いつぱん)の手柄(てがら)は妾(わらは)の手柄(てがら)、370上下(じやうか)一致(いつち)不離(ふり)不即(ふそく)の鞏固(きようこ)の関係(くわんけい)が結(むす)ばれてゐるのだ。371何(いづ)れも協心(けふしん)戮力(りくりよく)して印度(いんど)統一(とういつ)の為(ため)に活動(くわつどう)して下(くだ)さい。372今日(けふ)は部下(ぶか)一般(いつぱん)にも祝(いはひ)の酒(さけ)を与(あた)へたがよからうぞよ』
373シーゴー『ハイ、374承知(しようち)致(いた)しました。375部下(ぶか)も喜(よろこ)ぶで厶(ござ)いませう』
376 かかる所(ところ)へ小頭(こがしら)のパンクと云(い)ふ男(をとこ)、377恐々(こはごは)現(あら)はれ来(きた)り、378三(さん)人(にん)の前(まへ)に両手(りやうて)を突(つ)き、
379パンク『お頭様(かしらさま)に申(まをし)上(あげ)ます。380大変(たいへん)な事(こと)が起(おこ)りました。381どうかシーゴー様(さま)にでも来(き)て貰(もら)つて取(とり)押(おさ)へて貰(もら)はなくては、382到底(たうてい)パンクの腕(うで)では解決(かいけつ)がつきませぬ』
383ヨリコ『パンク、384どんな事(こと)が起(おこ)つたのか』
385パンク『ハイ申(まをし)上(あげ)兼(か)ねますが386部下(ぶか)共(ども)が食糧(しよくりやう)の事(こと)について叱事(こごと)を申(まを)し、387もうお暇(ひま)を貰(もら)つて国(くに)に帰(かへ)り正業(せいげふ)につくとか申(まを)しまして388二百(にひやく)人(にん)斗(ばか)り同盟軍(どうめいぐん)を組織(そしき)しました。389成(な)るべく、390こんな内輪(うちわ)揉(も)めはお頭(かしら)に聞(き)かし度(たく)はありませぬが、391もう駄目(だめ)で厶(ござ)います。392彼(かれ)等(ら)の主張(しゆちやう)する所(ところ)によれば、393お頭(かしら)や頭株(あたまかぶ)は百味(ひやくみ)の飲食(おんじき)に舌鼓(したつづみ)を打(う)ち、394俺(おれ)たちは高梁(かうりやん)や炒米(ちよみ)の味(あぢ)ないものに甘(あま)んじ菜葉(なつぱ)斗(ばか)り食(く)はして、395骨(ほね)から肉離(にくばな)れがして、396到底(たうてい)動(うご)けないから帰(かへ)らう帰(かへ)らうと云(い)つてゐるのです』
397ヨリコ『成(な)る程(ほど)、398それも尤(もつと)もだらう。399これシーゴーさま、400一(いち)時(じ)も早(はや)く今(いま)、401妾(わらは)の云(い)つた通(とほ)り酒(さけ)を一般(いつぱん)にふれまひ、402かう沢山(たくさん)集(あつ)まつた御(ご)馳走(ちそう)に舌鼓(したつづみ)を打(う)たしてやつて下(くだ)さい。403獅子(しし)、404狼(おほかみ)、405虎(とら)、406山犬(やまいぬ)等(など)も腹(はら)さへよけりや人(ひと)に噛(か)みつかぬものだから、407ホヽヽヽヽ』
408 シーゴーはパンクと共(とも)に409谷底(たにぞこ)の部下(ぶか)の集団(しふだん)を目(め)がけてヨリコの命(めい)を伝(つた)ふべく縄梯子(なはばしご)に乗(の)つて下(くだ)り行(ゆ)く。
410(大正一三・一二・一六 旧一一・二〇 於祥雲閣 北村隆光録)
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