霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一章 独(ひと)り旅(たび)〔二〇〇五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第80巻 天祥地瑞 未の巻 篇:第1篇 忍ケ丘 よみ(新仮名遣い):しのぶがおか
章:第1章 独り旅 よみ(新仮名遣い):ひとりたび 通し章番号:2005
口述日:1934(昭和9)年07月26日(旧06月15日) 口述場所:関東別院南風閣 筆録者:森良仁 校正日: 校正場所: 初版発行日:1934(昭和9)年12月5日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
水上山に国土の司の長男であった艶男(あでやか)は、竜の島根に行くことになり、竜女たちの恋の嵐に取り巻かれた。
竜女のひとり、燕子花(かきつばた)との恋に落ち、一緒に竜の島根を抜け出して、水上山に帰り、燕子花を妻とした。
しかし燕子花は出産後に竜神の体に戻っていたところを艶男に目撃され、恥ずかしさのあまり大井川の淵に身を沈めてしまった。
竜の島根から艶男を追ってきた三柱の竜女神の霊と燕子花の霊は恋を争った。その激しさに艶男はついに淵に身を投じたが、暴風、大雨、地震が起こり、水上山は修羅の巷と化した。
阿鼻叫喚の地獄となってしまったが、御樋代神である朝霧比女の神が四柱の侍神を従えて水上山に降臨し、言霊によって天変地異の惨状をしづめた。
朝霧比女の神は、国司夫婦を引退させ、艶男と燕子花の子・竜彦が成人するまで、重臣の巌ケ根に水上山の国政を託した。竜彦は侍神の子心比女の神が預かることとなり、御樋代神一行は高光山に宮居を定めて国土に君臨することとなった。
その後、巌ケ根は、予讃の国の国務を余念なく務めることとなった。水上山から高光山までは、三百里の遠距離であったが、その間の開拓を成し遂げようと、巌ケ根は日夜心を砕いていた。
巌ケ根には、四人の息子、春男、夏男、秋男、冬男がいた。
葭原の国土は、地上一面葭草に覆われ、その間に水奔草(すいほんそう)というものが発生していた。水奔草は見た目は美しいが、毒をもち、これに触るものはたちまち命を落とした。
それがために国津神も禽獣虫魚も原野に住むのを恐れていた。原野に住んでいたのは、甲羅のある鰐に似た怪獣と、蛇とムカデを混同したようなイチジという爬虫族のみであった。
巌ケ根はこの原野を開拓しようと、まず四男の冬男を高光山まで派遣した。冬男はまず国土を視察しようと、水奔草の茂る原野を勇んでまい進していた。
すると、一つの低い丘山に行き当たった。ここには多くの国津神があちこちに穴を掘って住居し、やや広い村を形作っていた。しかしこれは実は生きた人間ではなく、水奔草の毒にあたって生命を失った水奔鬼という幽霊の集団であった。
そのようなことは露知らない冬男は、この丘のとある小さな家に一夜の宿を乞うた。
すると屋内より、年老いた白髪異様の婆が現れ、「笑い婆」と名乗った。婆は笑いながら歌を歌い、娘ともども冬男を歓迎しようと述べた。
冬男は婆の勧めに屋内に進み入ると、容色端麗な乙女が三人、笑みをたたえて愛想よく迎え出た。そして、冬男を誘惑する歌を歌った。
冬男は困惑を歌に現すが、終日の旅行に身体縄のごとく疲れ、ぐったりとその場に倒れ伏してしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:3346 OBC :rm8001
愛善世界社版: 八幡書店版:第14輯 295頁 修補版: 校定版:15頁 普及版: 初版: ページ備考:
001 人(ひと)を喜(よろこ)ばせ、002人(ひと)を泣(な)かせ、003人(ひと)を怒(いか)らせ、004人(ひと)を死(し)なしめ、005山野(さんや)を滅尽(めつじん)し、006大廈(たいか)高楼(かうろう)を覆(くつが)へして修羅(しゆら)の巷(ちまた)と世(よ)を化(くわ)す魔物(まもの)は、007大三災(だいさんさい)の風水火(ふうすゐくわ)ならずとも、008小三災(せうさんさい)の飢病戦(きびやうせん)の災(わざはひ)ならずとも、009表面(へうめん)より見(み)れば、010さも美(うるは)しく味(あぢは)ひよく、011春陽(しゆんやう)の気(き)を四辺(しへん)に漂(ただよ)はしむる恋愛(れんあい)そのものである。012雲(くも)の上人(うへびと)も、013農工商(のうこうしやう)も、014ルンペンも、015禽獣(きんじう)虫魚(ちうぎよ)も、016恋(こひ)のためには、017生命(せいめい)を賭(と)して戦(たたか)ふものである。
018 茲(ここ)に水上山(みなかみやま)の館(やかた)に、019国土(くに)の司(つかさ)として鎮(しづ)まれる艶男(あでやか)は、020竜(たつ)の島根(しまね)にゆくりなくも救(すく)ひ上(あ)げられ、021恋(こひ)の嵐(あらし)、022愛(あい)の雨(あめ)、023情(なさけ)の礫(つぶて)に取(と)りまかれ、024不知(しらず)不識(しらず)に落城(らくじやう)して、025人面(にんめん)竜身(りうしん)の燕子花(かきつばた)の恋(こひ)に囚(とら)はれたるが、026数多(あまた)の女竜神(ぢよりうしん)等(たち)の羨望(せんばう)の的(まと)となり、027竜(たつ)の島(しま)ケ根(ね)に居(ゐ)たたまらず、028燕子花(かきつばた)と諜(しめ)し合(あ)はせ、029月夜(つきよ)を幸(さいは)ひ、030窃(ひそ)かに竜(たつ)の都(みやこ)の表門(おもてもん)を忍(しの)び出(い)で、031八尋鰐(やひろわに)や水火土(しほつち)の神(かみ)の舟(ふね)に助(たす)けられ、032水上山(みなかみやま)の父母(ふぼ)の館(やかた)に帰(かへ)り、033燕子花(かきつばた)を妻(つま)となし、034琴瑟(きんしつ)相和(あひわ)して楽(たの)しき月日(つきひ)を送(おく)りけるが、035好事(かうず)魔(ま)多(おほ)しとの譬(たとへ)に洩(も)れず、036竜(たつ)の島根(しまね)の女神(めがみ)、037白萩(しらはぎ)、038白菊(しらぎく)、039女郎花(をみなへし)の三(さん)人(にん)は元(もと)の竜体(りうたい)と変(へん)じ、040玉耶湖(たまやこ)の波(なみ)を渡(わた)りて、041艶男(あでやか)の住(す)まへる水上山(みなかみやま)の麓(ふもと)を流(なが)るる大井川(おほゐがは)の対岸(たいがん)、042藤(ふぢ)ケ丘(をか)に身(み)を潜(ひそ)め、043艶男(あでやか)の日夜(にちや)の声(こゑ)を聞(き)きて楽(たの)しみ居(ゐ)たりけるが、044茲(ここ)に艶男(あでやか)の妻(つま)燕子花(かきつばた)の子(こ)を生(う)める苦(くる)しさに、045元(もと)の竜体(りうたい)となりて玉(たま)の御子(みこ)を抱(いだ)き寝(ね)れるを垣間見(かいまみ)され、046その恐(おそ)ろしき姿(すがた)に仰天(ぎやうてん)して、047艶男(あでやか)は吾(わが)館(やかた)に逃(に)げ入(い)りて震(ふる)へ居(ゐ)たりける。
048 さて燕子花(かきつばた)は、049その浅(あさ)ましき竜体(りうたい)を夫(をつと)に見付(みつ)けられしを恥(は)ぢ、050御子(みこ)を産屋(うぶや)に残(のこ)し置(お)き、051大井川(おほゐがは)の深淵(ふかぶち)に身(み)を投(とう)じて淵(ふち)の鬼(おに)となりけるを、052妻(つま)の愛情(あいじやう)忘(わす)れ難(がた)く、053恐(こ)は怖(ご)はながら、054恋(こひ)しさ、055悲(かな)しさ、056大井(おほゐ)の淵(ふち)に舟(ふね)を浮(うか)べて清遊(せいいう)を試(こころ)むる折(をり)、057白萩(しらはぎ)、058白菊(しらぎく)、059女郎花(をみなへし)の竜神(たつがみ)の霊(れい)、060燕子花(かきつばた)の竜神(たつがみ)と恋(こひ)を争(あらそ)ひ、061互(たがひ)に鎬(しのぎ)を削(けづ)りて、062口(くち)を紅(あけ)に染(そ)めけるが、063艶男(あでやか)も堪(たま)りかね、064忽(たちま)ち淵(ふち)に身(み)を投(とう)じたるより、065天地(てんち)震動(しんどう)し、066暴風(ばうふう)吹(ふ)き起(おこ)り、067大雨(たいう)頻(しき)りに臻(いた)り、068忽(たちま)ち暗黒界(あんこくかい)と化(くわ)し、069水上山(みなかみやま)の聖場(せいぢやう)は修羅(しゆら)の巷(ちまた)となりにける。070国津(くにつ)神(かみ)は嘆(なげ)き悲(かな)しみ、071阿鼻(あび)叫喚(けうくわん)の地獄(ぢごく)を現出(げんしゆつ)したる折(をり)もあれ、072御空(みそら)の雲(くも)を分(わ)けて悠然(いうぜん)と水上山(みなかみやま)の頂上(ちやうじやう)さして、073御樋代(みひしろ)神(がみ)なる朝霧(あさぎり)比女(ひめ)の神(かみ)は、074四柱(よはしら)の侍神(じしん)を従(したが)へ降(くだ)りまし、075厳(いづ)の言霊(ことたま)を宣(の)り上(あ)げて、076天変(てんぺん)地異(ちい)の惨状(さんじやう)をしづめたまひて、077天国(てんごく)浄土(じやうど)を築(きづ)かせたまひ、078艶男(あでやか)と燕子花(かきつばた)との中(なか)に生(うま)れたる嬰児(えいじ)の竜彦(たつひこ)が成人(せいじん)するまで、079子心(こごころ)比女(ひめ)の神(かみ)に托(たく)し給(たま)ひ、080世継(よつぎ)の御子(みこ)を失(うしな)ひし老夫婦(らうふうふ)を退隠(たいいん)せしめ、081重臣(ぢゆうしん)の巌(いは)ケ根(ね)をして、082竜彦(たつひこ)の成人(せいじん)まで国務(こくむ)を預(あづか)らしめ置(お)きて、083茲(ここ)に朝霧(あさぎり)比女(ひめ)の神(かみ)は従神(じうしん)と共(とも)に生言霊(いくことたま)の雲(くも)を起(おこ)し、084遥(はる)かの空(そら)に聳(そび)ゆる高光山(たかみつやま)の東面(とうめん)に御(おん)宮居(みやゐ)を定(さだ)め、085永遠(えいゑん)に此(この)国土(くに)に君臨(くんりん)せむと出(い)でさせ給(たま)ひける。086跡(あと)に残(のこ)りし巌(いは)ケ根(ね)は、087御樋代(みひしろ)神(がみ)の神言(みこと)畏(かしこ)み、088老(お)いたる君(きみ)に仕(つか)へつつ、089予讃(よさ)の国(くに)をして至治(しち)泰平(たいへい)の世(よ)となし、090老身(らうしん)夫婦(ふうふ)の心(こころ)を慰(なぐさ)め、091御樋代(みひしろ)神(がみ)の恩命(おんめい)に報(むく)いむとして、092朝(あさ)な夕(ゆふ)な神(かみ)を祈(いの)り、093国津(くにつ)神(かみ)を愛(いつくし)み、094以(もつ)て国務(こくむ)に余念(よねん)なかりける。
095 水上山(みなかみやま)より以東(いとう)約(やく)十余(じふよ)里(り)の地点(ちてん)は、096山神彦(やまがみひこ)の力(ちから)によりて開拓(かいたく)され、097国津神(くにつかみ)等(たち)も心(こころ)を安(やす)んじて耕作(かうさく)の業(げふ)に従事(じうじ)し居(ゐ)たれども、098高光山(たかみつやま)の山麓(さんろく)までは約(やく)三百(さんびやく)里(り)までの遠距離(ゑんきより)あり。099而(しか)して高光山(たかみつやま)以西(いせい)は御樋代(みひしろ)神(がみ)の御(ご)命令(めいれい)に依(よ)り、100水上山(みなかみやま)の国館(くにやかた)の執政(しつせい)巌(いは)ケ根(ね)は、101如何(いか)にもして開拓(かいたく)せむと日夜(にちや)焦慮(せうりよ)しつつありける。102この巌(いは)ケ根(ね)は意外(いぐわい)の子福者(こぶくしや)にして、103春男(はるを)、104夏男(なつを)、105秋男(あきを)、106冬男(ふゆを)の四柱(よはしら)の男子(をのこ)を持(も)ち、107何(いづ)れも一人(ひとり)世(よ)に立(た)つまでの成年者(せいねんしや)なりける。
108 葭原(よしはら)の国土(くに)は其(その)名(な)の如(ごと)く地上(ちじやう)一面(いちめん)葭草(よしぐさ)に充(み)たされ、109其(その)間(あひだ)に水奔草(すゐほんさう)なるもの発生(はつせい)し、110黄色(きいろ)き花(はな)を開(ひら)き、111外面(ぐわいめん)より見(み)れば実(じつ)に112美(うる)はしき花(はな)なれども、113其(その)花(はな)に葉(は)に茎(くき)に強(つよ)き毒(どく)を含(ふく)みて、114之(これ)に触(ふ)るるものあれば、115何(いづ)れも其(その)毒(どく)に中(あた)り、116忽(たちま)ち生命(せいめい)を落(おと)すが故(ゆゑ)に、117国津神(くにつかみ)等(たち)も禽獣(きんじう)虫魚(ちうぎよ)も、118其(その)難(なん)を恐(おそ)れて広(ひろ)き原野(げんや)に棲(す)むものなかりけり。119只(ただ)生命(せいめい)を保(たも)ち得(う)るものは、120甲羅(かふら)のある鰐(わに)に似(に)たる怪獣(くわいじう)と蛇(へび)と蜈蚣(むかで)を混同(こんどう)したる如(ごと)きイヂチといふ爬虫族(はちうぞく)の棲(す)みて、121あらゆる人畜(じんちく)に害(がい)を与(あた)へれば、122国津(くにつ)神(かみ)の住(す)むに応(ふさ)はず、123開拓(かいたく)の始(はじ)めより葭草(よしぐさ)や水奔草(すゐほんさう)の茂(しげ)るに任(まか)せありけるが、124その物凄(ものすご)きこと言語(げんご)に絶(ぜつ)せり。125巌(いは)ケ根(ね)は此(この)荒地(あれち)を開拓(かいたく)すべく、126先(ま)づ第四男(だいよなん)の冬男(ふゆを)をして冒険(ぼうけん)的(てき)旅行(りよかう)を為(な)さしめ、127高光山(たかみつやま)の頂上(ちやうじやう)に遣(つか)はしにける。128冬男(ふゆを)は只(ただ)一人(ひとり)父(ちち)の命(めい)を奉(ほう)じ、129雄心(ゆうしん)勃々(ぼつぼつ)として際限(さいげん)なき原野(げんや)を開拓(かいたく)せむと、130先(ま)づ第一(だいいち)着手(ちやくしゆ)として国形(くにがた)を視察(しさつ)せむと、131全身(ぜんしん)を皮衣(かはごろも)に固(かた)め、132水奔草(すゐほんさう)の生(お)ひ茂(しげ)る中(なか)を勇往(ゆうわう)邁進(まいしん)せるが、133一(ひと)つの広(ひろ)き低(ひく)き丘山(をかやま)に突(つ)き当(あた)りける。134此処(ここ)には数多(あまた)の国津(くにつ)神(かみ)が彼方(あなた)此方(こなた)に穴(あな)を穿(うが)ちて住居(ぢゆうきよ)し、135稍(やや)広(ひろ)き村落(そんらく)をなしけるが、136何(いづ)れも生(い)きたる人間(にんげん)にあらず、137水奔草(すゐほんさう)の毒(どく)に中(あた)りて生命(せいめい)を失(うしな)ひし水奔鬼(すゐほんき)といふ幽霊(いうれい)の集団(しふだん)なりける。138斯(か)かることとは露知(つゆし)らぬ冬男(ふゆを)は、139此(この)丘(をか)にたどりつき、140とある小(ちひ)さき家(いへ)に立寄(たちよ)り、141一夜(いちや)の宿(やど)を乞(こ)はむと門(かど)に立(た)ちて訪(おとな)ふ。
142『醜草(しこぐさ)の生(お)ひ茂(しげ)りたる荒野(あらの)越(こ)えて
143来(きた)りしものよ一夜(ひとよさ)の
144露(つゆ)の宿(やど)りを許(ゆる)せかし
145吾(われ)こそは水上山(みなかみやま)の神館(みやかた)に
146時(とき)の執政(しつせい)巌(いは)ケ根(ね)が
147四男(よなん)と生(あ)れし冬男(ふゆを)なり
148此(この)国原(くにはら)を開拓(ひら)かむと
149父(ちち)の御言(みこと)をかがふりて
150毒草(どくさう)茂(しげ)る荒野(あらの)越(こ)え
151高光山(たかみつやま)の聖場(せいぢやう)に
152進(すす)まむ道(みち)を黄昏(たそが)れぬ
153一夜(いちや)の宿(やど)り許(ゆる)せよ』
154と歌(うた)へば、155屋内(をくない)より年老(としお)いたる白髪(はくはつ)異様(いやう)の婆(ばば)、156跛(ちんば)曳(ひ)き曳(ひ)き門口(かどぐち)に立(た)ち現(あら)はれ、
157『国津(くにつ)神(かみ)吾(われ)は笑(わら)ひといふ婆(ばば)ア
158おかまひなくば宿(やど)らせ給(たま)へ。
159アハハハハ吾(われ)はをかしき癖(くせ)ありて
160人(ひと)の顔(かほ)さへ見(み)れば笑(わら)ふも。
161イヒヒヒヒ
162ウフフフフ
163エヘヘヘヘ
164オホホホホ
165をかしやをかしやおもしろや
166この婆(ばば)久(ひさ)しくここに棲(す)みなれて
167神代(かみよ)の事(こと)もことごとく
168つぶさに知(し)れり一夜(ひとよさ)は
169いふも愚(おろ)かや三日(みか)五日(いつか)
170十日(とうか)二十日(はつか)もかまはずに
171留(とど)まり給(たま)へ吾(わが)家(いへ)は
172穢(きたな)けれども奥(おく)広(ひろ)し
173玉(たま)をあざむくまな娘(むすめ)
174山(やま)、川(かは)、海(うみ)の三人持(みたりも)ち
175いと安(やす)らかに暮(くら)すなり
176先(ま)づ先(ま)づ奥(おく)へ進(すす)ませ給(たま)へ
177アハハハハ
178イヒヒヒヒ
179ウフフフフ
180エヘヘヘヘ
181オホホホホ
182あな面白(おもしろ)や、あなをかしやな』
183と言(い)ひつつ、184婆(ばば)は腹(はら)を抱(かか)へ大地(だいち)にのた打(う)ち廻(まは)りて、185をかしさに堪(た)へかぬるものの如(ごと)し。
186 冬男(ふゆを)は婆(ばば)の勧(すす)めによつて、187奥深(おくふか)く進(すす)み入(い)れば、188容色(ようしよく)端麗(たんれい)なる二八(にはち)の乙女(をとめ)三(さん)人(にん)、189笑(ゑみ)を湛(たた)へて愛想(あいさう)よく出(い)で迎(むか)へ、
190『君(きみ)こそは水上(みなかみ)の山(やま)の聖場(せいぢやう)より
191来(きた)りし神(かみ)か雄々(をを)しき姿(すがた)よ』
192と先(ま)づ姉(あね)の「山(やま)」が歌(うた)へば、193次(つぎ)なる妹(いもうと)の「川(かは)」は其(その)後(あと)をついで、
194『美(うる)はしき大丈夫(ますらを)なるよその眼(まなこ)
195その顔(かむばせ)は月(つき)に似(に)たるも。
196夜(よ)な夜(よ)なに吾(わが)夢(ゆめ)に見(み)し艶人(あでびと)は
197君(きみ)の姿(すがた)によく似(に)ましけり。
198この丘(をか)に朝夕(あさゆふ)住(す)みてなつかしの
199君(きみ)の出(い)でまし待(ま)ちわびしはや。
200君(きみ)こそは吾(わが)背(せ)の君(きみ)と定(さだ)まりし
201此(この)村里(むらざと)の司(つかさ)にますぞや』
202 海(うみ)は歌(うた)ふ。
203『姉妹(おとどい)が今(いま)か今(いま)かと待(ま)ちわびし
204美(うるは)しの君(きみ)に会(あ)ひにけるかな。
205此(この)里(さと)に出(い)でます上(うへ)は元津国(もとつくに)に
206帰(かへ)しはやらじあきらめ給(たま)はれ』
207 冬男(ふゆを)は怪訝(けげん)な顔(かほ)をしながら歌(うた)ふ。
208『あやしかることを聞(き)くかな吾(われ)は今(いま)
209国土(くに)開拓(ひら)かむと進(すす)み来(きた)るを。
210一夜(ひとよさ)の宿(やど)りを乞(こ)ひて明日(あす)は早(はや)く
211高光山(たかみつやま)に旅行(たびゆ)く身(み)なるよ。
212美(うる)はしき三人(みたり)乙女(をとめ)に止(と)められて
213吾(わが)魂(たましひ)はをののきにけり』
214 山(やま)は歌(うた)ふ。
215『怪(あや)しきはうべなり恋(こひ)のくせものに
216とりかこまれし君(きみ)にありせば。
217醜草(しこぐさ)の野路(のぢ)を渉(わた)りて来(こ)し君(きみ)は
218再(ふたた)び御国(みくに)に帰(かへ)り得(え)ざらむ。
219如何程(いかほど)に藻掻(もが)き給(たま)ふも三人(みたり)の吾(われ)等(ら)
220如何(いか)で許(ゆる)さむ明日(あす)の旅出(たびで)を』
221 冬男(ふゆを)は歌(うた)ふ。
222『御樋代(みひしろ)の神(かみ)の神言(みこと)を畏(かしこ)みて
223国形(くにがた)見(み)むと来(きた)りし吾(われ)なり。
224なまめかしき三人(みたり)の女(をみな)の言(こと)の葉(は)に
225留(とど)まるべしやは国津(くにつ)神(かみ)吾(われ)は』
226 川(かは)は歌(うた)ふ。
227『吾(わが)姉(あね)の宣(の)る言(こと)の葉(は)をいなみまさむ
228君(きみ)に力(ちから)の如何(いか)であるべき。
229恋(こひ)すてふ心(こころ)をもたぬ大丈夫(ますらを)は
230木石(ぼくせき)に似(に)て醜(しこ)のたぶれよ。
231此(この)里(さと)は寝(ね)たびの里(さと)よ村人(むらびと)は
232如何(いか)で君(きみ)をば安(やす)く帰(かへ)さむ』
233 冬男(ふゆを)は歌(うた)ふ。
234『おそろしき醜草原(しこぐさはら)を過(す)ぎて来(こ)し
235吾(われ)は再(ふたた)び女(め)になやむかも』
236 海(うみ)は歌(うた)ふ。
237『道(みち)の辺(べ)の水奔草(すゐほんさう)のわざはひに
238かからせ給(たま)ふ君(きみ)と知(し)らずや』
239 冬男(ふゆを)は歌(うた)ふ。
240『皮衣(かはごろも)着(き)つつ過(す)ぎ来(こ)し吾(われ)なれば
241如何(いか)で生命(いのち)にかかはりあるべき』
242 斯(か)く歌(うた)ふ折(をり)しも、243以前(いぜん)の笑(わら)ひ婆(ばば)は跛(ちんば)曳(ひ)き曳(ひ)き奥(おく)に入(い)り来(きた)り、
244『三(さん)人(にん)の娘(むすめ)の力(ちから)に及(およ)ばずば
245吾(われ)何処(どこ)までも許(ゆる)さざるべし。
246ハハハハハ
247イヒヒヒヒ
248さもいぢらしき男(をとこ)かな』
249と言(い)ひつつ再(ふたた)び表(おもて)をさして出(い)でて行(ゆ)く。250冬男(ふゆを)は終日(しうじつ)の旅行(りよかう)に身体(しんたい)縄(なは)の如(ごと)く疲(つか)れ、251グツタリと其(その)場(ば)に伏(ふ)しけるが、252三(さん)人(にん)の乙女(をとめ)は、253頭辺(かしらべ)に、254足(あし)の辺(べ)に、255腰(こし)の辺(べ)に、256喰(くら)ひつく様(やう)にして、257何(なに)かひそひそ呪文(じゆもん)の如(ごと)きものを唱(とな)へ居(ゐ)たりき。258夜(よ)は深々(しんしん)と更(ふ)け渡(わた)り、259此(こ)の丘(をか)の辺(べ)に棲(す)む禽獣(きんじう)虫魚(ちうぎよ)の怪(あや)しき声(こゑ)は、260四辺(しへん)の闇(やみ)をさいて次第(しだい)々々(しだい)に高(たか)まり来(きた)る。
261(昭和九・七・二六 旧六・一五 於関東別院南風閣 森良仁謹録)
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