筆の花墨の実りの芳ばしく
永久に栄ゆる紫雲閣かな。
柔肌の若葉の枝に日は刺して
朝風清き紫雲閣かな。
紫雲閣若葉の風に吹かれつつ
明光兼題選みけるかな。
年古りし庭の赤松翠して
光目出度き朝日かがやく。
高松の産土神社へ両総務
吾に代りて詣でけるかな。
声潜め揺り起こせども玉の家は
旅の疲れに小揺ぎもせず。
玉の家の発熱を見て鎮魂を
授くる間もなく笑顔見せけり。
更生の春を迎へて草木の
芽ぐむが如く栄ゆる斯道。
新生の弥勒の春に相生の
松の緑の色深きかな。
瑞々し二名の島に五つ御魂
教伝へけり四国の空に。
明光誌和歌の追加と吾も亦
てにはの合はぬ歌を詠みけり。
どうしても聞えぬ歌は詠者には
気の毒ながら没とせしかな。
歌らしき歌のみ選れば百分の
一にも足らぬ淋しき明光。
いそがしき儘に選者は出詠の
歌の修正添削はせず。
どうしても歌にならない屑言葉
惜し気もなしに打ち捨てにけり。
白石氏電話をかけて午後六時
迎ひに参ると報らせ来にけり。
苦になりし和歌の選みも今日すみて
ホツト一息吐きにけるかな。
初夏の風庭のおもてにそよぎつつ
陽はうららかに雨蛙なく。
空も海も山野も青くさえ渡る
夏の世界の美はしきかな。
玻璃鉢に錦魚を生けて眺むれば
糸長々と糞垂れ放てり。
○明光社第十九回
兼題 蛍
夕暮の川辺を縫ふて光り行く
蛍の糸の長くもあるかな。
夕闇の野路に小供の声すなり
早蛍火のもえ初めにけむ。
早苗振も済みて帰らん道の辺に
闇を明かして飛ぶ蛍かな。
人通りさへなき寂しき畔路も
蛍飛ぶ夜は賑はしきかな。
幼児につひせがまれて老の身も
蛍狩らむと夜の野路辿る。
蚕豆の鞘黒ずみて小溝辺に
闇を縫ひつつ蛍とび交ふ。
叢に身をこがしつつ世をなげく
吾に似しかな沢の蛍火。
金龍の池のおもても水底も
蛍飛ぶ夜の美はしきかな。
おそ蛍三重の高殿とび越えて
何処とも無く闇に消えたり。
葱の葉の筒にほたるをつめこみて
川辺にささやく小供愛らし。
山鳩の若葉ふくみてなく夜半の
川のおもてに蛍火賑はし。
庭の面に盥を置きて湯をつかふ
上に淋しく飛ぶ蛍かな。
静なる並松川も蛍とぶ
頃は人声賑はしくたつ。
水の面に蛍流るとよく見れば
御空の星のうつれるなりけり。
十五夜の月照り栄えて蛍火の
光はうすくぼかされにけり。
開け行く御代は蛍の名所も
名のみ残りて電灯かがやく。
葱の葉の筒を手にして保津川に
蛍狩せし去年をしのばゆ。
蓄積せる旅中の雑用も今日無事に片付き稍安心せしものか、俄に睡魔に襲はれ夢心地して半日を空しく送る。鈴木少年は小豆島に随航して帰り途、壇の浦の亡霊に悩まされ、発熱激しく寝汗をかきて臥床に呻吟せり。王仁是を聞くや直ちに寝床訪づれて鬼を追出しければ、忽ち元気快復して面上笑を湛るに至れり。
壇の浦恨みの鬼に憑依され
打伏しにけり鈴木少年。
数歌を謡ひて鬼を追ひやれば
鈴木少年笑ひ出したり。
曲神の猛り狂へる世の中は
神より外に頼むもの無し。
紫雲山 摺鉢山や亀命山
何れも劣らぬ眺めなるかな。
玉蘭の梢は庭に拡がりて
風孕みつつ上下に舞ふ。
一行の記念の為と保多織を
十反買ひて頒ちけるかな。
分所長 支部長来たり新宣使
任命の礼宣りて出で行く。
水打ちし庭の若葉に日の照りて
落つる水玉水晶に似し。
苔の生す庭の伏石水打てば
居間の内まで凉味漂ふ。
薄暗き部屋の角より昼も蚊の
襲ひ来るこそ心地悪しけれ。
薔薇の花瓶にさしたる文机に
もたれて今日の一日暮れけり。
梅の実は若葉の蔭に鈴生りて
春の名残を留むる庭の面。
半日の休日利用し今日も亦
二十八枚四半切書く。
徒然の余り今日も亦夕方よりたはむれ歌なぞ詠みて笑ふは吾のみならず、出雲の神も笑ひますらむ。
君思ふ心の空の五月暗
なきつつ渡る時鳥かな。
瀬戸の海い渡り行けば美しき
家守る汝の目におどるかも。
忙しき旅の身ながら朝夕に
やさしき汝の目にうつるかな。
かほのよき人と朝夕かたる身も
君居まさずて淋しかりけり。
吾妹子をしのびて寝ぬる春の夜の
夢おどろかす家鶏鳥の声。
二名島愛媛朝夕ながむれど
吾妹子ならねばせんすべもなき。
瀬戸の海景色眺めて思ふかな
妹とし見れば一入ならむと。
この景色家守る君に見せばやと
思ふは吾のまことなりけり。
のろけ歌毎日聞かされやりきれぬ
なぞと岡やき初めだしたり。
吾妹子は天恩郷にありと聞きて
吾たましひは亀岡に飛ぶ。
年頃の娘の前で恋の歌
詠みて聞かせる馬鹿おやぢかな。
初めての国に旅してはじめての
人に思はれうぬぼれはじめし。
遠目より見たる美人も近よれば
皺くちやだらけの赤ら顔なる。
ほれたよな顔して見せりや鼻高く
美人ぶりだす馬鹿女かな。
暇あれば恋歌のみよむ吾こそは
時候のせいかどうかしてゐる。
恋の歌あまり沢山こきすぎて
尻のつばめの合はぬ吾かな。
歌と云へば第一恋を歌ふこそ
わが敷しまの道にぞありける。
八雲たつ出雲八重垣つまごみの
歌敷島の栞なりけり。
引臼の様な妻をば持ち乍ら
こひのふなのと馬鹿らしきかな。
大空に星はまたたき風 死して
静なる夜に妹思ふかな。
たはむれによみし恋歌も疑ひの
眼に見ればあやしかるらむ。
蚊のせまる机にもたれ吾恋歌
しるし行く人気の毒なるかな。
のろけ歌書かされおならかがされて
鼻もちならぬ吾ぞあほらし。
ふるふよな美人を見せて敵をば
うたんと云へるよき人のあり。
とびきりの美人を見せて吾輩を
とろかす人は悪魔なるらむ。
飛びついてふるひつくよなとびきりは
夏の田の面に雨をよんでる。
満月が障子の穴からのぞき込み
吾恋歌によだれ垂らせり。
目と目にて言葉を交し忍ぶ身も
人目の関を越ゆるすべなし。